63481722
異常現象に気づいたらお知らせください。
★地震前兆・地震雲・湘南・IKU様のサイト "DeDe la Casa"(デデさんの地震前兆情報サイト)
★れいわ新選組 参議院議員選挙 2022
SAMEJIMA TIMES 元朝日新聞記者がれいわ新選組を熱烈応援!(動画チャンネル)
★「山本太郎を伝える動画」チャンネル →「東京選挙区は山本太郎 チャンネル」
★「比例は❛れいわ❜とお書きください。」横浜で山本太郎の訴え。2022.7.6  橋本康二 チャンネル
★街宣LIVE(大阪) 水道橋博士 高井たかし やはた愛(2022年7月9日)
私の心に残る街宣です。
★【れいわの国会質問 ダイジェスト】 参議院選挙の投開票日(7月10日)が迫っています。
【れいわ新選組】の目指す社会像が上記動画からも明白に伝わって来ます。
★「子供へのこの危険なワクチン接種など論外、百害あって一利なし」(22.11.25 議員会館)
★「シェディング」はデマではない。ファイザー研究計画書が「シェディング」を警告していた。
★ わずか6時間で逆転写 一生涯不可逆。【自然療法士 ルイ】
★地震前兆現象・宏観観測情報・地震情報リンク集

Name
Mail
URL
Subject
File
Color
Cookie / Pass
(No Subject) NEW / 震源地は鹿児島県と熊本県の県境です
2026/03/21【第3次世界大戦】日本の電気が止まる…米軍崩壊で起きる最悪の未来

2026/03/18【4月値上げ】ホルムズ海峡封鎖で超加速!ドラッグストア・スーパーで今買わないと後悔するものランキング

No.257766 2026/03/22(Sun) 06:21:38
馬年の巨大地震を預言していた二人の力士(安馬&霧馬山) NEW / 震源地は鹿児島県と熊本県の県境です
霧島、14場所ぶり3度目V!安青錦に黒星も千秋楽を前に賜杯 大関復帰が濃厚に【大相撲春場所】
https://news.yahoo.co.jp/articles/de3aa0ad29c7d00bd82ebf9b70543a1c0d6ee35f
霧島(きりしま)という四股名は、2023年7月の新大関昇進に合わせて、師匠である陸奥親方(元大関・霧島)の現役時代の四股名を継承したものです。それまでの四股名「霧馬山(きりばやま)」は、師匠の「霧」、モンゴル出身の「馬」、双葉山の「山」から名付けられていました。
【快適バス旅】鹿児島中央から熊本空港まで!きりしま号が快適すぎて驚いた件

【ライブ】熊本で1000回を超える地震が発生!生放送で解説します!(2026年3月21日)

日馬富士 公平(1984年4月14日 - )は、2008年11月場所までの四股名は安馬 公平で、愛称はアマだった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%A6%AC%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%85%AC%E5%B9%B3
霧島 鐵力(1996年4月24日 - )は、モンゴル国ドルノド県出身、大関昇進まで名乗った四股名の「霧馬山」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E9%90%B5%E5%8A%9B
★21世紀の地震予知の知名度横綱級の松原照子と東海アマの雛形が二人の力士でしたが、東日本大震災や熊本地震の日付が限定出来た誕生日
霧島 大関昇進への道!

■画像のノストラダムスの2章52と53番(パンデミック)ですが、長年「二つの大地震」「二つの海」「二人の力士」と翻訳された暗号から、2月22日に起きたNZ地震(日本人28人死亡)から東日本大震災や二人の力士に該当する白鵬と日馬富士の誕生日のようなXデーが隠されています。

No.257765 2026/03/22(Sun) 06:19:19
ハルマゲドン(春マゲドン)、アラグチ(荒口) NEW / 震源地は鹿児島県と熊本県の県境です
イラン攻撃による中東情勢の悪化によって、ガソリン価格の高騰に歯止めがかかっていません。価格はどこまで上がるのか?名古屋にある石油卸売業者を取材すると、このままの緊張状態が続き、補助金が入らなければ、価格は1リットル300円に到達するのではないかとの指摘も…取材しました。
【ガソリン価格】1リットル300円超えも!?/燃料不足と価格高騰で工事・工場もストップか?【”石油”卸売業者に直撃!】

2026年03月21日、エネルギー戦争激化でイランがイスラエル最大の製油所を攻撃 Cassie B.
さてはてメモ帳さんのサイトより
http://glassbead.blog.shinobi.jp/wars/haifa
イランは、イランの主要ガス田に対するイスラエルの攻撃への報復として、ハイファにあるイスラエル最大の製油所を攻撃した。
これは国家のエネルギーインフラを標的とする危険な変化を示している。
イランは、インフラが再び打撃を受けた場合には自制を一切行わないと警告した。
この攻撃は、イスラエルの奥深くにある価値の高い経済目標を攻撃するイランの能力を示している。
この報復のエネルギー戦争は世界経済の安定を脅かし、より広範な紛争を引き起こす危険性がある。
3月19日、イランの弾道ミサイルによる直接攻撃がハイファにあるイスラエル最大の製油所を襲い、進行中の地域紛争に危険な新たな段階を迎えた。イランイスラム革命防衛隊(IRGC)が主張するこの攻撃はバザン製油所を標的としたもので、近くの郊外で火災、煙の噴出、局所的な停電が発生した。この攻撃は、ちょうど前日にイランの重要な南パルス・ガス田をイスラエルが攻撃(ホワイトハウスと調整されたものであると米当局者が確認した作戦)したことに対する意図的な報復である。このやりとりは、国家のエネルギーインフラを標的とする方向への移行を示唆しており、この動きは世界経済の安定を脅かし、より広範な戦争の危険を冒すものである。

バザン製油所は、1 日あたり 197,000 バレルの石油を処理する能力があり、イスラエルのエネルギー供給の要である。ビデオ映像には、イスラエル中北部に向けて発射された弾道ミサイル3波のうちの1波が施設に命中し、施設から煙が立ち上る様子が映っていた。製油所が被害を受けたのはこれが初めてではない。昨年6月のイランによる攻撃でも被害を受け、従業員3人が死亡した。イスラエルのエリ・コーエン[Eli Cohen]エネルギー大臣は、今回の被害は「局所的で重大なものではない」と軽視したが、そのような目標への攻撃成功の象徴的かつ戦略的影響は甚大である。

報復のエネルギー戦争

直接のきっかけは、3月18日のイランのサウス・パルス・ガス田に対するイスラエルによる攻撃だった。サウス・パルスは世界最大のガス田であり、イラン最大の国内エネルギー源である。アクシオスが報じたこの攻撃は、ホワイトハウスと連携し承認されたもので、イスラエルがイランの天然ガス施設を攻撃したのは初めてである。ドナルド・トランプ米大統領は、米国には警告は与えられていなかったと公に述べたが、観察者らは米国の諜報機関がこの計画を知らなかった可能性は低いと指摘した。

イランの反応は迅速かつ多面的だった。数時間以内に、カタールのラス・ラファン工業都市の天然ガス施設にもミサイル攻撃を実施し、カタール・エナジーが「甚大な被害」と呼ぶ事態を引き起こした。しかし、主なカウンターパンチはハイファに向けられた。アルジャジーラのテヘラン特派員アリ・ハシェム[Ali Hashem]は、「イラン側は、これは南パルス施設への攻撃に対する報復だと言っている」と報じた。



ゼロ拘束の警告

イラン政府は報復を予定通りに行ったが、最後通牒を突き付けた。イランのアッバス・アラグチ[Abbas Araghchi]外務大臣は、ソーシャルメディアプラットフォームXに、「我が国のインフラに対するイスラエルの攻撃に対する我々の対応は、我々の力のほんの一部を使った。自制の唯一の理由は、要求された緊張緩和を尊重することだった。」と書いた。続いて彼は、「我が国のインフラが再び攻撃された場合には自制は一切しない」と明確な脅迫を続けた。

この宣言は紛争に新たな一線を引くもので、イランのエネルギー資産に対するさらなる攻撃がさらに厳しい対応を引き起こすことを示唆している。ハイファへの攻撃は、今回は限定的な物理的被害をもたらしたものの、価値の高い経済目標を達成するためにイスラエルの奥深くまで手を伸ばすイランの能力と意欲を示している。

地上では余波を受けて、イスラエルの消防救助隊が製油所の火災を「完全に制圧」した。環境保護省はミサイル破片の落下を危険物事件として扱ったが、監視チームは空気の異常値は報告しておらず、公衆への危険はないと述べた。イスラエル電力会社は、送電線に破片が当たり、一時的な停電が発生したが、45分以内に復旧したと報告した。

地域情勢は依然として不安定である。製油所攻撃と同じ日に、レバノン国境近くのイスラエル北部でロケット弾攻撃があり、4人が負傷した。アルジャジーラによると、この暴力行為は、2月下旬にアメリカとイスラエルの対イラン戦争で始まり、その後、レバノンでのイスラエルの攻撃が激化し、1,000人以上が死亡した、より広範なエスカレーションの一環である。

このやりとりは、エネルギーインフラが主な戦場になりつつある危険な新たなパラダイムを浮き彫りにしている。何十年にもわたって、中東の紛争は領土紛争と政治イデオロギーが中心となってきた。現在、戦争はますます敵対国の経済エンジンと機能を麻痺させることを目的としている。製油所やガス田が標的となると、その波及効果は世界の原油価格、インフレ、紛争地域から遠く離れた国々への供給の安全に影響を及ぼす。今回のハイファの限定的な被害は、誤った安心感を与えている可能性がある。次の攻撃ははるかに重大なものになる可能性があり、現代の戦争では、照明が消えることも、それを引き起こす爆発と同じくらい武器として効果的である可能性があることを証明している。

2026/03/21、高橋洋一、青山和弘、須田慎一郎、石田英司「ホルムズ海峡、事実上の封鎖による国内外の影響」「原油備蓄放出、ガソリン価格は?」3月16日〜20日放送分


2026年03月21日、失敗に終わった「一方的ゲーム」:自ら仕掛けたイランの罠にはまり苦境に陥るトランプ
マスコミに載らない海外記事さんのサイトより
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2026/03/post-8f43e0.html
イランの精神的指導者の暗殺と軍事作戦開始からわずか二週間後、ホワイトハウスは矛盾した命令を発する沈没寸前の船のようだ。「短期侵攻」という強気な発言と、撤退を模索する焦燥感の間でワシントンは揺れ動いている。アメリカ大統領にとって真実は単純かつ残酷だ。イランは抵抗しているだけでなく、アメリカを中東から永久に追い出すことを目標に、何年も戦い続ける覚悟ができている。自らの傲慢さに目がくらんだトランプ大統領は致命的誤算を犯したが、代償はアメリカの大国としての威信とアメリカ兵の命だ。

 トランプ大統領は作戦終了を示唆し「名誉ある退場」を模索しているが、イスラエルのイスラエル・カッツ国防相は即座に「期限なし」戦争を宣言した。

 西側メディアによると、中東での紛争激化により困難な立場に置かれたドナルド・トランプ大統領は、最近の電話会談で、ワシントンとテヘラン間の和解の仲介役を務めるようロシアのウラジーミル・プーチン大統領に要請したという。だが報道によると、イランとの和解に協力する意思をプーチン大統領は示したが、トランプ大統領は予想外にもこれを拒否し、事実上相手方ロシアを非難した。情報通の報告によれば、恩知らずにも「ウクライナとロシアの戦争を終わらせた方が、はるかに役に立つ。その方がずっと役に立つ」とトランプ大統領は述べた。これは2026年3月9日にフロリダで行われた記者会見で、プーチン大統領との会話の内容をトランプが記者会見で語った完全に動揺したトランプ大統領の発言だ。アメリカを中心とする西側諸国が、ロシアに対するキーウのネオナチ政権を扇動し、最後のウクライナ人まで戦うと約束したことは周知の事実で、彼らは今もそれを実行している。
 犯罪に近い無知:テヘランの警告をトランプが無視した理由

 過去の教訓を忘れる者は同じ過ちを繰り返す運命にあると歴史は教えている。イランを巡る状況の展開を見る限り、ドナルド・トランプは歴史を忘れただけでなく、教科書を露骨に燃やしてしまったようだ。紛争のまさに始まり、精神的指導者ラフバルの残虐な暗殺後、イラン指導部は明確かつ断固こう述べた。アメリカとイスラエルは再び超えてはならない一線を越えた。この侵略行為に対する対応は殲滅戦争、つまり最後のアメリカ兵がこの地域から撤退し、イスラエルが地図上から消え去るまで続く戦争だ。

 トランプは何をやったのか? まるで老練カジノ賭博師のように、彼はイランが一撃で崩壊することに全てを賭けた。開戦当初の彼の発言は傲慢さに満ちていた。「4、5週間で終わる」「これは簡単だ」。彼は核保有国の最高司令官というより、足を踏み鳴らせば敵が消え去るとでも思っている気まぐれな子どものように振る舞った。

 だが東側情勢は微妙な問題だ。イランは2003年のイラクのように数週間で壊滅した国ではない。イランは千年の歴史を持つ文明で、祖国のために殉教する覚悟が国民の規範の一部になっている不屈の文化を持つ国だ。トランプは近視眼的にこの点を無視した。彼は爆弾の力に頼り、国民の精神力の強さを忘れていた。指導者の死後、イラン軍事機構が崩壊するどころか、怒りを募らせて更に強化されるとは予想していなかった。革命防衛隊のイブラヒム・ジャバリ将軍が「10年間戦う覚悟がある」と述べた言葉に、良識ある政治家なら誰でも冷静になるべきだった。だが、ホワイトハウスでは、どうやら彼らは未だに自分たちが陥った事態の深刻さを理解していないようだ。

 「私が終わらせたい時に終わらせる」:強さを装う弱さ

 ここ1週間のドナルド・トランプ発言は政治的分裂症の典型例と言える。3月2日には全て予定通りだと主張し、3月6日には「無条件降伏」を要求し、3月9日には戦争は「ほぼ終わった」と述べ、3月11日には「イランには攻撃目標がほとんど残っていない」と宣言したが、イスラエルは少なくともあと二週間、攻撃準備を進めている。

 これは戦略ではない。追い詰められた動物をもがき苦しませているようなものだ。大国を率いる能力の欠如を示している。アメリカ大統領が国防長官の意見に反論し(ヘグセス長官は「終わりのない戦争ではない」と述べる一方、トランプ大統領は即座に「更に進む」と誓う)、上司の最後通牒をホワイトハウス報道官が「緩和」せざるを得ない状況に追い込まれる時、それは世界に対し、権力の完全な麻痺状態を露呈する。

 結果は、アメリカがその傲慢さに対し十分な代償を払ったとイランが判断する時期によって決まる。

 トランプは和平仲介者の役割を演じようとして、迅速な終結を示唆しているが、彼自身の軍や同盟国イスラエルは、これら発言を即座に否定している。一体何が起きているのか? 事実、イランに関する誤算は致命的なものになった。楽勝で支持率を上げるはずだった戦争は、血みどろの惨劇に変貌した。イランはクウェート、バーレーン、シリアにある米軍基地に激しい攻撃を加えている。米兵が命を落としている。原油価格は激しく変動し、トランプが繁栄を約束した一般アメリカ国民の懐を直撃している。

 「まだ十分な勝利を収めていない」という彼の発言は当初の計画が失敗したことを悟った男の叫びだ。彼はもはや有権者にどんな「勝利」を示せばよいのか分からなくなっている。イラン・インフラを破壊した? だが敵は攻撃を続けている。イランの将軍を殺害した? だが彼らは更に決意の固い新たな将軍に取って代わられている。

 民衆の怒りと10年にわたる戦争:トランプを追い詰めたイラン

 この状況で、トランプにとって最も恐ろしいのは、今のところ軍事的敗北ではなく、戦略的行き詰まりだ。イランは最初から真実を語っていた。彼らは最後まで戦うつもりだ。軍事戦術だけでなく、国民全体の意思をジャバリ将軍は代弁した。「アメリカがこの地域から追放され、撤退を余儀なくされるまで我々は戦争を続ける」。

 今停戦しても、アメリカが体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けるための猶予期間に過ぎないことをイランは理解している。そのため、テヘランは安易な解決策を求めていない。ホルムズ海峡封鎖、アメリカ船舶やタンカーの撃沈や、何年も続く戦いも辞さない構えだ。この戦争を、彼らは原則をめぐる戦いに変えたのだ。

 そして、まさにここで、トランプの支配手法の腐敗が露呈する。彼は安易な取り引きや短期的利益しか考えない。だが、戦争、特にイランとの戦争は不動産取り引きではない。「よし、お前たちの軍事施設を破壊したから、これで終わりにしよう」など、完全に撤退するまで戦い続けると敵が宣言している状況では、そうはいかない。

 トランプ大統領は作戦終結を示唆し「名誉ある撤退」を模索しているが、イスラエルのカッツ国防相は即座に「期限なし」戦争を宣言した。一体どちらの言うことを聞けばよいのか? アメリカ大統領か、それともアメリカを更に泥沼に引きずり込もうとする同盟国か? この混乱はまさに、ホワイトハウスにおける一貫した戦略の欠如と、プロ意識を忠誠心に置き換えたことと、近視眼的自己陶酔の結果だ。

 傲慢さの代償

 自らの卓越性と、世界に自らの意思を押し付ける権利を確信してドナルド・トランプは、この戦争に臨んだ。しかし、既にそうではないと歴史は断言している。国家精神はミサイルでは破壊できないことをイランは示した。トランプの誤算は、静かな怒りを弱さと、対話の姿勢を臆病さと勘違いした点にある。

 今日、自ら鳴り物入りで始めた戦争を一体どう終わらせればいいのか分からない指導者を世界は目にしている。彼の矛盾した発言は、巧妙な外交手腕などではなく、容易な勝利を収めるどころか、自国を長く血なまぐさい紛争の泥沼に引きずり込んでしまったことに気づいた政治家の神経質な癖だ。

 イランは警告した。だが信じてもらえなかった。そして今自らを偉大な戦略家と自負するアメリカ大統領は背後で閉ざされた罠から抜け出す方法を必死に探している。この戦争の結末は、もはやトランプ大統領が「いつ終わらせたいか」によって決まるのではない。傲慢さに対してアメリカが十分な代償を払ったとイランが判断する時が結末を左右する。テヘラン声明を見る限り、代償は非常に長く、非常に大きなものになりそうだ。

2026/03/19、エネルギー戦争⚡️⚡️ 中東から日本に何も届かない❗️日本の発電所が稼働停止‼️ 溶媒不足で産業もピンチ‼️ 事態は収束の兆しなし‼️

No.257764 2026/03/22(Sun) 05:17:01
ひさしぶりに火山性地震が起きた「栗駒山」のある「宮城県」でいったい何が起きているのか NEW / 牡丹鍋
★加美町の西小野田小学校が153年の歴史に幕 ピーク時は児童715人 現在は40人(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「宮城県」にあるすべての市町村の「0歳〜49歳の日本人」の数をならべたものです。

■「宮城県」にある市町村の「0歳〜49歳の日本人」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 0〜49歳 宮城県女川町【1995年】7565人→【2025年】2210人(-70.79%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県南三陸町【1995年】1万2595人→【2025年】4141人(-67.12%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県丸森町【1995年】1万1019人→【2025年】4099人(-62.80%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県山元町【1995年】1万1370人→【2025年】4368人(-61.58%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県気仙沼市【1995年】5万1740人→【2025年】1万9949人(-61.44%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県川崎町【1995年】7005人→【2025年】2949人(-57.90%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県七ヶ宿町【1995年】1011人→【2025年】429人(-57.57%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県涌谷町【1995年】1万2928人→【2025年】5702人(-55.89%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県栗原市【1995年】5万1636人→【2025年】2万2879人(-55.69%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県松島町【1995年】1万0704人→【2025年】4956人(-53.70%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県村田町【1995年】8547人→【2025年】4009人(-53.09%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県加美町【1995年】1万7887人→【2025年】8455人(-52.73%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県白石市【1995年】2万6015人→【2025年】1万2365人(-52.47%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県蔵王町【1995年】8745人→【2025年】4167人(-52.35%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県大郷町【1995年】6494人→【2025年】3112人(-52.08%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県色麻町【1995年】5298人→【2025年】2587人(-51.17%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県角田市【1995年】2万2310人→【2025年】1万0942人(-50.95%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県石巻市【1995年】11万3506人→【2025年】5万7097人(-49.70%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県七ヶ浜町【1995年】1万4536人→【2025年】7483人(-48.52%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県登米市【1995年】5万9018人→【2025年】3万0720人(-47.95%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県塩竈市【1995年】4万0804人→【2025年】2万2244人(-45.49%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県美里町【1995年】1万7465人→【2025年】9911人(-43.25%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県東松島市【1995年】2万8667人→【2025年】1万8302人(-36.16%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県大崎市【1995年】8万8944人→【2025年】5万7500人(-35.35%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県柴田町【1995年】2万6365人→【2025年】1万7801人(-32.48%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県亘理町【1995年】2万1713人→【2025年】1万5127人(-30.33%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県大衡村【1995年】3955人→【2025年】2816人(-28.80%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県仙台市泉区【1995年】13万5742人→【2025年】10万0776人(-25.76%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県多賀城市【1995年】4万3131人→【2025年】3万2841人(-23.86%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県大河原町【1995年】1万4667人→【2025年】1万1811人(-19.47%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県岩沼市【1995年】2万7253人→【2025年】2万2059人(-19.06%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県仙台市宮城野区【1995年】12万6219人→【2025年】10万3863人(-17.71%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県仙台市若林区【1995年】9万0694人→【2025年】7万6297人(-15.87%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県仙台市太白区【1995年】14万5796人→【2025年】12万4303人(-14.74%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県仙台市青葉区【1995年】17万8589人→【2025年】15万4632人(-13.41%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県利府町【1995年】1万8897人→【2025年】1万8887人(-0.05%)▼
日本人 0〜49歳 宮城県名取市【1995年】4万2558人→【2025年】4万3708人(+2.70%)△
日本人 0〜49歳 宮城県大和町【1995年】1万4983人→【2025年】1万5593人(+4.07%)△
日本人 0〜49歳 宮城県富谷市【1995年】2万3057人→【2025年】2万8973人(+25.66%)△

日本人 0〜49歳 宮城県全体【1995年】154万9428人→【2025年】109万0063人(-29.65%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県女川町」で「0歳〜49歳の日本人」が「70.79%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県南三陸町」で「0歳〜49歳の日本人」が「67.12%」も減っています。

★今年度で閉校 大崎市の下伊場野小学校で最後の修了式 児童4人 35年の歴史に幕(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「宮城県」にあるすべての市町村の「50歳以上の日本人」の数をならべたものです。

■「宮城県」にある市町村の「50歳以上の日本人」増加率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 50歳以上 宮城県富谷市【1995年】7024人→【2025年】2万3228人(+230.69%)△
日本人 50歳以上 宮城県利府町【1995年】6256人→【2025年】1万6784人(+168.29%)△
日本人 50歳以上 宮城県仙台市泉区【1995年】4万4472人→【2025年】10万4613人(+135.23%)△
日本人 50歳以上 宮城県名取市【1995年】1万8467人→【2025年】3万5433人(+91.87%)△
日本人 50歳以上 宮城県仙台市宮城野区【1995年】4万4654人→【2025年】8万0929人(+81.24%)△
日本人 50歳以上 宮城県仙台市太白区【1995年】5万9806人→【2025年】10万7933人(+80.47%)△
日本人 50歳以上 宮城県多賀城市【1995年】1万5911人→【2025年】2万8338人(+78.10%)△
日本人 50歳以上 宮城県仙台市青葉区【1995年】7万5516人→【2025年】13万3407人(+76.66%)△
日本人 50歳以上 宮城県仙台市若林区【1995年】3万5245人→【2025年】6万0045人(+70.36%)△
日本人 50歳以上 宮城県岩沼市【1995年】1万2037人→【2025年】2万0356人(+69.11%)△
日本人 50歳以上 宮城県大和町【1995年】7362人→【2025年】1万1834人(+60.74%)△
日本人 50歳以上 宮城県七ヶ浜町【1995年】6308人→【2025年】9906人(+57.04%)△
日本人 50歳以上 宮城県大河原町【1995年】7296人→【2025年】1万1301人(+54.89%)△
日本人 50歳以上 宮城県柴田町【1995年】1万1924人→【2025年】1万8297人(+53.45%)△
日本人 50歳以上 宮城県亘理町【1995年】1万1572人→【2025年】1万7460人(+50.88%)△
日本人 50歳以上 宮城県東松島市【1995年】1万4227人→【2025年】1万9365人(+36.11%)△
日本人 50歳以上 宮城県大崎市【1995年】4万9295人→【2025年】6万3565人(+28.95%)△
日本人 50歳以上 宮城県大衡村【1995年】2057人→【2025年】2645人(+28.59%)△
日本人 50歳以上 宮城県塩竈市【1995年】2万2900人→【2025年】2万8645人(+25.09%)△
日本人 50歳以上 宮城県蔵王町【1995年】5501人→【2025年】6582人(+19.65%)△
日本人 50歳以上 宮城県川崎町【1995年】4061人→【2025年】4829人(+18.91%)△
日本人 50歳以上 宮城県松島町【1995年】6630人→【2025年】7822人(+17.98%)△
日本人 50歳以上 宮城県美里町【1995年】1万0878人→【2025年】1万2797人(+17.64%)△
日本人 50歳以上 宮城県角田市【1995年】1万3033人→【2025年】1万5235人(+16.90%)△
日本人 50歳以上 宮城県村田町【1995年】5026人→【2025年】5749人(+14.39%)△
日本人 50歳以上 宮城県白石市【1995年】1万6064人→【2025年】1万7880人(+11.30%)△
日本人 50歳以上 宮城県涌谷町【1995年】7667人→【2025年】8471人(+10.49%)△
日本人 50歳以上 宮城県石巻市【1995年】6万7052人→【2025年】7万3654人(+9.85%)△
日本人 50歳以上 宮城県色麻町【1995年】3205人→【2025年】3481人(+8.61%)△
日本人 50歳以上 宮城県大郷町【1995年】3909人→【2025年】4197人(+7.37%)△
日本人 50歳以上 宮城県気仙沼市【1995年】3万3908人→【2025年】3万5542人(+4.82%)△
日本人 50歳以上 宮城県登米市【1995年】3万9139人→【2025年】4万0740人(+4.09%)△
日本人 50歳以上 宮城県加美町【1995年】1万2141人→【2025年】1万2292人(+1.24%)△
日本人 50歳以上 宮城県栗原市【1995年】3万8694人→【2025年】3万6845人(-4.78%)▼
日本人 50歳以上 宮城県山元町【1995年】7496人→【2025年】6923人(-7.64%)▼
日本人 50歳以上 宮城県南三陸町【1995年】8132人→【2025年】7148人(-12.10%)▼
日本人 50歳以上 宮城県丸森町【1995年】8409人→【2025年】7311人(-13.06%)▼
日本人 50歳以上 宮城県七ヶ宿町【1995年】1175人→【2025年】749人(-36.26%)▼
日本人 50歳以上 宮城県女川町【1995年】5519人→【2025年】3300人(-40.21%)▼

日本人 50歳以上 宮城県全体【1995年】74万9968人→【2025年】110万5631人(+47.42%)△
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県富谷市」で「50歳以上の日本人」が「230.69%」も増えています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県利府町」で「50歳以上の日本人」が「168.29%」も増えています。

★今年度で閉校する加美町・鹿原小学校で最後の卒業式 76年の歴史に幕(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「宮城県」にあるすべての市町村の「日本人の総人口」をならべたものです。

■「宮城県」にある市町村の「日本人の総人口」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 総人口 宮城県女川町【1995年】1万3084人→【2025年】5510人(-57.89%)▼
日本人 総人口 宮城県七ヶ宿町【1995年】2186人→【2025年】1178人(-46.11%)▼
日本人 総人口 宮城県南三陸町【1995年】2万0727人→【2025年】1万1289人(-45.53%)▼
日本人 総人口 宮城県丸森町【1995年】1万9428人→【2025年】1万1410人(-41.27%)▼
日本人 総人口 宮城県山元町【1995年】1万8866人→【2025年】1万1291人(-40.15%)▼
日本人 総人口 宮城県気仙沼市【1995年】8万5648人→【2025年】5万5491人(-35.21%)▼
日本人 総人口 宮城県栗原市【1995年】9万0330人→【2025年】5万9724人(-33.88%)▼
日本人 総人口 宮城県涌谷町【1995年】2万0595人→【2025年】1万4173人(-31.18%)▼
日本人 総人口 宮城県加美町【1995年】3万0028人→【2025年】2万0747人(-30.91%)▼
日本人 総人口 宮城県大郷町【1995年】1万0403人→【2025年】7309人(-29.74%)▼
日本人 総人口 宮城県川崎町【1995年】1万1066人→【2025年】7778人(-29.71%)▼
日本人 総人口 宮城県色麻町【1995年】8503人→【2025年】6068人(-28.64%)▼
日本人 総人口 宮城県白石市【1995年】4万2079人→【2025年】3万0245人(-28.12%)▼
日本人 総人口 宮城県村田町【1995年】1万3573人→【2025年】9758人(-28.11%)▼
日本人 総人口 宮城県石巻市【1995年】18万0558人→【2025年】13万0751人(-27.59%)▼
日本人 総人口 宮城県登米市【1995年】9万8157人→【2025年】7万1460人(-27.20%)▼
日本人 総人口 宮城県松島町【1995年】1万7334人→【2025年】1万2778人(-26.28%)▼
日本人 総人口 宮城県角田市【1995年】3万5343人→【2025年】2万6177人(-25.93%)▼
日本人 総人口 宮城県蔵王町【1995年】1万4246人→【2025年】1万0749人(-24.55%)▼
日本人 総人口 宮城県塩竈市【1995年】6万3704人→【2025年】5万0889人(-20.12%)▼
日本人 総人口 宮城県美里町【1995年】2万8343人→【2025年】2万2708人(-19.88%)▼
日本人 総人口 宮城県七ヶ浜町【1995年】2万0844人→【2025年】1万7389人(-16.58%)▼
日本人 総人口 宮城県大崎市【1995年】13万8239人→【2025年】12万1065人(-12.42%)▼
日本人 総人口 宮城県東松島市【1995年】4万2894人→【2025年】3万7667人(-12.19%)▼
日本人 総人口 宮城県大衡村【1995年】6012人→【2025年】5461人(-9.17%)▼
日本人 総人口 宮城県柴田町【1995年】3万8289人→【2025年】3万6098人(-5.72%)▼
日本人 総人口 宮城県亘理町【1995年】3万3285人→【2025年】3万2587人(-2.10%)▼
日本人 総人口 宮城県多賀城市【1995年】5万9042人→【2025年】6万1179人(+3.62%)△
日本人 総人口 宮城県大河原町【1995年】2万1963人→【2025年】2万3112人(+5.23%)△
日本人 総人口 宮城県岩沼市【1995年】3万9290人→【2025年】4万2415人(+7.95%)△
日本人 総人口 宮城県仙台市宮城野区【1995年】17万0873人→【2025年】18万4792人(+8.15%)△
日本人 総人口 宮城県仙台市若林区【1995年】12万5939人→【2025年】13万6342人(+8.26%)△
日本人 総人口 宮城県仙台市太白区【1995年】20万5602人→【2025年】23万2236人(+12.95%)△
日本人 総人口 宮城県仙台市青葉区【1995年】25万4105人→【2025年】28万8039人(+13.35%)△
日本人 総人口 宮城県仙台市泉区【1995年】18万0214人→【2025年】20万5389人(+13.97%)△
日本人 総人口 宮城県大和町【1995年】2万2345人→【2025年】2万7427人(+22.74%)△
日本人 総人口 宮城県名取市【1995年】6万1025人→【2025年】7万9141人(+29.69%)△
日本人 総人口 宮城県利府町【1995年】2万5153人→【2025年】3万5671人(+41.82%)△
日本人 総人口 宮城県富谷市【1995年】3万0081人→【2025年】5万2201人(+73.53%)△

日本人 総人口 宮城県全体【1995年】229万9396人→【2025年】219万5694人(-4.51%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県女川町」で「日本人の総人口」が「57.89%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県七ヶ宿町」で「日本人の総人口」が「46.11%」も減っています。

★「風も強くて火もバンバン」名取市の住宅街で7棟全焼の火事 90代男性が軽いやけど(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「宮城県」にあるすべての市町村の「0歳〜19歳の日本人」の数をならべたものです。

■「宮城県」にある市町村の「0歳〜19歳の日本人」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 0〜19歳 宮城県女川町【1995年】2896人→【2025年】667人(-76.97%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県南三陸町【1995年】4988人→【2025年】1386人(-72.21%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県丸森町【1995年】4478人→【2025年】1310人(-70.75%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県川崎町【1995年】2833人→【2025年】917人(-67.63%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県山元町【1995年】4340人→【2025年】1428人(-67.10%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県気仙沼市【1995年】1万9446人→【2025年】6439人(-66.89%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県涌谷町【1995年】5058人→【2025年】1761人(-65.18%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県七ヶ宿町【1995年】421人→【2025年】150人(-64.37%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県栗原市【1995年】2万0712人→【2025年】7473人(-63.92%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県村田町【1995年】3356人→【2025年】1286人(-61.68%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県大郷町【1995年】2713人→【2025年】1046人(-61.44%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県松島町【1995年】3980人→【2025年】1554人(-60.95%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県白石市【1995年】9947人→【2025年】3918人(-60.61%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県角田市【1995年】8840人→【2025年】3536人(-60.00%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県加美町【1995年】6942人→【2025年】2820人(-59.38%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県蔵王町【1995年】3488人→【2025年】1419人(-59.32%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県石巻市【1995年】4万3038人→【2025年】1万8147人(-57.83%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県色麻町【1995年】2161人→【2025年】913人(-57.75%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県登米市【1995年】2万3947人→【2025年】1万0194人(-57.43%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県七ヶ浜町【1995年】5543人→【2025年】2521人(-54.52%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県美里町【1995年】6762人→【2025年】3268人(-51.67%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県塩竈市【1995年】1万4824人→【2025年】7168人(-51.65%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県大崎市【1995年】3万4269人→【2025年】1万8625人(-45.65%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県東松島市【1995年】1万0973人→【2025年】6042人(-44.94%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県柴田町【1995年】9918人→【2025年】5540人(-44.14%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県亘理町【1995年】8547人→【2025年】4916人(-42.48%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県仙台市泉区【1995年】5万0770人→【2025年】3万2039人(-36.89%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県大衡村【1995年】1510人→【2025年】1025人(-32.12%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県多賀城市【1995年】1万5454人→【2025年】1万0775人(-30.28%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県大河原町【1995年】5473人→【2025年】3829人(-30.04%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県岩沼市【1995年】1万0406人→【2025年】7314人(-29.71%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県仙台市宮城野区【1995年】4万1901人→【2025年】2万9556人(-29.46%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県仙台市若林区【1995年】2万9545人→【2025年】2万1812人(-26.17%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県仙台市太白区【1995年】4万9884人→【2025年】3万8718人(-22.38%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県仙台市青葉区【1995年】5万6007人→【2025年】4万4729人(-20.14%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県利府町【1995年】7734人→【2025年】6724人(-13.06%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県大和町【1995年】5629人→【2025年】5050人(-10.29%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県名取市【1995年】1万6026人→【2025年】1万5327人(-4.36%)▼
日本人 0〜19歳 宮城県富谷市【1995年】9204人→【2025年】1万0895人(+18.37%)△

日本人 0〜19歳 宮城県全体【1995年】56万3963人→【2025年】34万2237人(-39.32%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県女川町」で「0歳〜19歳の日本人」が「76.97%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「宮城県南三陸町」で「0歳〜19歳の日本人」が「72.21%」も減っています。

「年齢別人口」に興味のある人は、総務省が運営している政府統計サイト「e-Stat」でお住まいの市区町村のデータを調べてみるといいかもしれません。
なお、ホームページで最新の「年齢別人口」を公開している市区町村もあります。

★【宮城】石巻市で住宅1棟全焼 焼け跡から80代とみられる女性の遺体みつかる(YouTube)

■「北海道」「東京都」「神奈川県」「宮城県」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)(1947年〜)
------------------------------------------------------------------------------------------
1947年 出生数【北海道】14万1577人【東京】15万7306人【神奈川】7万4699人【宮城】5万5512人
1948年 出生数【北海道】15万3210人【東京】16万1476人【神奈川】7万2569人【宮城】5万6242人
1949年 出生数【北海道】16万4640人【東京】16万7697人【神奈川】7万4597人【宮城】5万7052人
1950年 出生数【北海道】14万7055人【東京】14万8423人【神奈川】6万5719人【宮城】5万3224人
1951年 出生数【北海道】13万6014人【東京】13万7295人【神奈川】5万9971人【宮城】4万8017人
1952年 出生数【北海道】12万9840人【東京】13万3336人【神奈川】5万6541人【宮城】4万6076人
1953年 出生数【北海道】11万9212人【東京】12万5859人【神奈川】5万3048人【宮城】4万2439人
1954年 出生数【北海道】11万0354人【東京】12万6303人【神奈川】5万2359人【宮城】3万9631人
1955年 出生数【北海道】10万3678人【東京】12万7847人【神奈川】5万1786人【宮城】3万8509人
1956年 出生数【北海道】9万8863人【東京】12万7153人【神奈川】5万0714人【宮城】3万6476人
1957年 出生数【北海道】9万3181人【東京】13万1115人【神奈川】5万1124人【宮城】3万3703人
1958年 出生数【北海道】9万4427人【東京】14万6080人【神奈川】5万4954人【宮城】3万4207人
1959年 出生数【北海道】9万5324人【東京】15万2933人【神奈川】5万7246人【宮城】3万2686人
1960年 出生数【北海道】9万3852人【東京】16万4826人【神奈川】6万0704人【宮城】3万1363人
1961年 出生数【北海道】9万2401人【東京】17万2128人【神奈川】6万5034人【宮城】3万0063人
1962年 出生数【北海道】9万1949人【東京】18万3009人【神奈川】6万9982人【宮城】2万9062人
1963年 出生数【北海道】9万3326人【東京】19万3553人【神奈川】7万6175人【宮城】2万8772人
1964年 出生数【北海道】9万2800人【東京】20万7567人【神奈川】8万5101人【宮城】2万8695人
1965年 出生数【北海道】9万6666人【東京】22万5492人【神奈川】9万7386人【宮城】2万9240人
1966年 出生数【北海道】7万4230人【東京】17万7354人【神奈川】7万7093人【宮城】2万2834人
1967年 出生数【北海道】9万9012人【東京】23万5583人【神奈川】11万0998人【宮城】3万1258人
1968年 出生数【北海道】9万3410人【東京】22万9042人【神奈川】11万1200人【宮城】2万9404人
1969年 出生数【北海道】9万2477人【東京】22万9174人【神奈川】11万6708人【宮城】2万9403人
1970年 出生数【北海道】9万1867人【東京】22万9687人【神奈川】12万3714人【宮城】3万0428人
1971年 出生数【北海道】9万3568人【東京】23万2695人【神奈川】13万0245人【宮城】3万1446人
1972年 出生数【北海道】9万5200人【東京】23万0584人【神奈川】13万3642人【宮城】3万2038人
1973年 出生数【北海道】9万5104人【東京】22万6372人【神奈川】13万6389人【宮城】3万3655人
1974年 出生数【北海道】9万4356人【東京】20万9244人【神奈川】12万8800人【宮城】3万3666人
1975年 出生数【北海道】8万9631人【東京】18万6701人【神奈川】11万8656人【宮城】3万2760人
1976年 出生数【北海道】8万6335人【東京】17万3538人【神奈川】11万3725人【宮城】3万2604人
1977年 出生数【北海道】8万3020人【東京】16万4459人【神奈川】10万8479人【宮城】3万2450人
1978年 出生数【北海道】8万2012人【東京】15万7066人【神奈川】10万4523人【宮城】3万2038人
1979年 出生数【北海道】7万8956人【東京】14万8543人【神奈川】10万0103人【宮城】3万1534人
1980年 出生数【北海道】7万5526人【東京】13万9953人【神奈川】9万4356人【宮城】3万1129人
1981年 出生数【北海道】7万2380人【東京】13万6753人【神奈川】9万2221人【宮城】3万0164人
1982年 出生数【北海道】7万2828人【東京】13万3777人【神奈川】9万0818人【宮城】3万0365人
1983年 出生数【北海道】7万2017人【東京】13万2052人【神奈川】9万0575人【宮城】2万9982人
1984年 出生数【北海道】7万0210人【東京】13万1151人【神奈川】8万8504人【宮城】2万9320人
1985年 出生数【北海道】6万6413人【東京】12万6178人【神奈川】8万6101人【宮城】2万8025人
1986年 出生数【北海道】6万3947人【東京】12万1745人【神奈川】8万3485人【宮城】2万7049人
1987年 出生数【北海道】6万1219人【東京】11万8509人【神奈川】8万3295人【宮城】2万6226人
1988年 出生数【北海道】5万9211人【東京】11万4422人【神奈川】8万4023人【宮城】2万4999人
1989年 出生数【北海道】5万5251人【東京】10万6480人【神奈川】7万9184人【宮城】2万4118人
1990年 出生数【北海道】5万4428人【東京】10万3983人【神奈川】7万9437人【宮城】2万3324人
1991年 出生数【北海道】5万3909人【東京】10万3226人【神奈川】8万0911人【宮城】2万3196人
1992年 出生数【北海道】5万3121人【東京】10万0965人【神奈川】7万9805人【宮城】2万2961人
1993年 出生数【北海道】5万0925人【東京】9万8291人【神奈川】7万9552人【宮城】2万1833人
1994年 出生数【北海道】5万2522人【東京】10万1998人【神奈川】8万3868人【宮城】2万2759人
1995年 出生数【北海道】4万9950人【東京】9万6823人【神奈川】8万0692人【宮城】2万2267人
1996年 出生数【北海道】4万9784人【東京】9万7954人【神奈川】8万2092人【宮城】2万2155人
1997年 出生数【北海道】4万8912人【東京】9万7906人【神奈川】8万1699人【宮城】2万1978人
1998年 出生数【北海道】4万9065人【東京】9万8960人【神奈川】8万3104人【宮城】2万2312人
1999年 出生数【北海道】4万6680人【東京】9万7959人【神奈川】8万1792人【宮城】2万1886人
2000年 出生数【北海道】4万6780人【東京】10万0209人【神奈川】8万2906人【宮城】2万2154人
2001年 出生数【北海道】4万6236人【東京】9万8421人【神奈川】8万1839人【宮城】2万1751人
2002年 出生数【北海道】4万6101人【東京】10万0118人【神奈川】8万1498人【宮城】2万1474人
2003年 出生数【北海道】4万4939人【東京】9万8534人【神奈川】8万0262人【宮城】2万0829人
2004年 出生数【北海道】4万4020人【東京】9万9272人【神奈川】7万9441人【宮城】2万0236人
2005年 出生数【北海道】4万1420人【東京】9万6542人【神奈川】7万6196人【宮城】1万9326人
2006年 出生数【北海道】4万2204人【東京】10万1674人【神奈川】7万9118人【宮城】1万9706人
2007年 出生数【北海道】4万1550人【東京】10万3837人【神奈川】7万9193人【宮城】1万9810人
2008年 出生数【北海道】4万1074人【東京】10万6015人【神奈川】7万9179人【宮城】1万9863人
2009年 出生数【北海道】4万0165人【東京】10万6613人【神奈川】7万8057人【宮城】1万8988人
2010年 出生数【北海道】4万0158人【東京】10万8135人【神奈川】7万8077人【宮城】1万9126人
2011年 出生数【北海道】3万9292人【東京】10万6027人【神奈川】7万6000人【宮城】1万8062人
2012年 出生数【北海道】3万8686人【東京】10万7401人【神奈川】7万5477人【宮城】1万8707人
2013年 出生数【北海道】3万8190人【東京】10万9986人【神奈川】7万4320人【宮城】1万8949人
2014年 出生数【北海道】3万7058人【東京】11万0629人【神奈川】7万2997人【宮城】1万8069人
2015年 出生数【北海道】3万6696人【東京】11万3194人【神奈川】7万3476人【宮城】1万8023人
2016年 出生数【北海道】3万5129人【東京】11万1964人【神奈川】7万0649人【宮城】1万7399人
2017年 出生数【北海道】3万4058人【東京】10万8990人【神奈川】6万8133人【宮城】1万6681人
2018年 出生数【北海道】3万2642人【東京】10万7150人【神奈川】6万6564人【宮城】1万6211人
2019年 出生数【北海道】3万1020人【東京】10万1818人【神奈川】6万3035人【宮城】1万4947人
2020年 出生数【北海道】2万9523人【東京】9万9661人【神奈川】6万0865人【宮城】1万4480人
2021年 出生数【北海道】2万8762人【東京】9万5404人【神奈川】5万8836人【宮城】1万3761人
2022年 出生数【北海道】2万6407人【東京】9万1097人【神奈川】5万6498人【宮城】1万2852人
2023年 出生数【北海道】2万4430人【東京】8万6348人【神奈川】5万3991人【宮城】1万2328人
2024年 出生数【北海道】2万2658人【東京】8万4207人【神奈川】5万1423人【宮城】1万1242人
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、都会の「東京」や「神奈川」では「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)が起きましたが、田舎の「北海道」や「宮城」では「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)が起きませんでした。
理由は簡単で、高度成長期だった1960年代〜1970年代に「田舎」から「都会」へ出て行ったたくさんの若者が、「都会」で結婚して子供をたくさん生んだからです。
若者が出て行った「田舎」では子供が増えなくて、若者がたくさん入ってきた「都会」では子供がたくさん増えました。

★仙台市西部に初の「林野火災注意報」 乾燥と強風で加美町などでは住宅全焼の火事も(YouTube)

■日本の「既婚女性」と「独身女性」の人数と割合(1960年〜2020年)※結婚出産世代のみ
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 25〜29歳 女性【既婚】316万5896人(76.3%)【独身】98万3971人(23.7%)
1965年 日本 25〜29歳 女性【既婚】337万6668人(79.6%)【独身】86万4823人(20.4%)
1970年 日本 25〜29歳 女性【既婚】369万5575人(80.3%)【独身】90万6465人(19.7%)
1975年 日本 25〜29歳 女性【既婚】417万5836人(77.8%)【独身】119万1558人(22.2%)★
1980年 日本 25〜29歳 女性【既婚】334万8413人(74.5%)【独身】114万4090人(25.5%)
1985年 日本 25〜29歳 女性【既婚】262万1907人(67.7%)【独身】124万8312人(32.3%)
1990年 日本 25〜29歳 女性【既婚】229万5605人(57.8%)【独身】167万2831人(42.2%)
1995年 日本 25〜29歳 女性【既婚】215万1902人(49.8%)【独身】216万5860人(50.2%)
2000年 日本 25〜29歳 女性【既婚】209万9428人(43.5%)【独身】272万2033人(56.5%)◆
2005年 日本 25〜29歳 女性【既婚】155万9535人(38.2%)【独身】251万8198人(61.8%)
2010年 日本 25〜29歳 女性【既婚】130万3214人(37.1%)【独身】221万3309人(62.9%)
2015年 日本 25〜29歳 女性【既婚】110万9787人(34.6%)【独身】210万1623人(65.4%)
2020年 日本 25〜29歳 女性【既婚】100万3036人(32.3%)【独身】210万1966人(67.7%)
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 30〜34歳 女性【既婚】326万9183人(86.0%)【独身】53万1788人(14.0%)
1965年 日本 30〜34歳 女性【既婚】364万5742人(88.0%)【独身】49万6343人(12.0%)
1970年 日本 30〜34歳 女性【既婚】379万9880人(89.9%)【独身】42万5504人(10.1%)
1975年 日本 30〜34歳 女性【既婚】414万8446人(89.8%)【独身】47万2136人(10.2%)
1980年 日本 30〜34歳 女性【既婚】470万9754人(88.1%)【独身】63万7079人(11.9%)★
1985年 日本 30〜34歳 女性【既婚】387万1475人(86.2%)【独身】62万1384人(13.8%)
1990年 日本 30〜34歳 女性【既婚】319万3773人(82.9%)【独身】65万7705人(17.1%)
1995年 日本 30〜34歳 女性【既婚】306万3708人(76.6%)【独身】93万6989人(23.4%)
2000年 日本 30〜34歳 女性【既婚】298万9254人(69.0%)【独身】134万5554人(31.0%)
2005年 日本 30〜34歳 女性【既婚】302万5065人(62.8%)【独身】178万9049人(37.2%)◆
2010年 日本 30〜34歳 女性【既婚】246万0055人(60.8%)【独身】158万4425人(39.2%)
2015年 日本 30〜34歳 女性【既婚】215万7129人(59.0%)【独身】149万6226人(41.0%)
2020年 日本 30〜34歳 女性【既婚】188万5313人(57.4%)【独身】139万7210人(42.6%)
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 35〜39歳 女性【既婚】283万3054人(85.9%)【独身】46万6620人(14.1%)
1965年 日本 35〜39歳 女性【既婚】330万6613人(87.5%)【独身】47万2036人(12.5%)
1970年 日本 35〜39歳 女性【既婚】368万8521人(89.6%)【独身】42万9497人(10.4%)
1975年 日本 35〜39歳 女性【既婚】381万4679人(90.6%)【独身】39万4478人(9.4%)
1980年 日本 35〜39歳 女性【既婚】415万5679人(90.3%)【独身】44万8201人(9.7%)
1985年 日本 35〜39歳 女性【既婚】471万3636人(88.3%)【独身】62万3365人(11.7%)★
1990年 日本 35〜39歳 女性【既婚】391万0560人(87.5%)【独身】55万7952人(12.5%)
1995年 日本 35〜39歳 女性【既婚】328万3532人(84.9%)【独身】58万3538人(15.1%)
2000年 日本 35〜39歳 女性【既婚】318万0969人(79.9%)【独身】80万1757人(20.1%)
2005年 日本 35〜39歳 女性【既婚】313万5144人(73.8%)【独身】111万3979人(26.2%)
2010年 日本 35〜39歳 女性【既婚】331万7927人(69.8%)【独身】143万7189人(30.2%)◆
2015年 日本 35〜39歳 女性【既婚】283万2499人(68.2%)【独身】132万2817人(31.8%)
2020年 日本 35〜39歳 女性【既婚】250万1549人(67.7%)【独身】119万0874人(32.3%)
------------------------------------------------------------------------------------------
※★…日本の「第1次ベビーブーム世代」(1947年〜1949年生まれ)が含まれている
※◆…日本の「第2次ベビーブーム世代」(1971年〜1974年生まれ)が含まれている
※独身…「未婚(入籍経験なし)」「離別(入籍経験あり)」「死別」の合計
※10月1日時点
※日本在住の外国人を含む
※出典:総務省統計局「国勢調査」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※近年の「国勢調査」では不詳者が増加傾向にあるため「不詳補完値」を使用
※転載自由

★伊達政宗の霊廟・瑞鳳殿近くの寺で竹やぶを焼く火事 墓参りの火が燃え移ったか(YouTube)

■日本の「既婚男性」と「独身男性」の人数と割合(1960年〜2020年)※結婚出産世代のみ
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 25〜29歳 男性【既婚】219万6151人(53.2%)【独身】193万2283人(46.8%)
1965年 日本 25〜29歳 男性【既婚】225万3977人(53.8%)【独身】193万5341人(46.2%)
1970年 日本 25〜29歳 男性【既婚】240万6136人(52.9%)【独身】213万8088人(47.1%)
1975年 日本 25〜29歳 男性【既婚】277万6464人(51.2%)【独身】264万6875人(48.8%)★
1980年 日本 25〜29歳 男性【既婚】200万3097人(44.2%)【独身】253万1059人(55.8%)
1985年 日本 25〜29歳 男性【既婚】152万8626人(38.8%)【独身】240万7924人(61.2%)
1990年 日本 25〜29歳 男性【既婚】138万1770人(34.3%)【独身】265万1561人(65.7%)
1995年 日本 25〜29歳 男性【既婚】140万7624人(31.9%)【独身】301万1478人(68.1%)
2000年 日本 25〜29歳 男性【既婚】147万0696人(29.6%)【独身】349万3150人(70.4%)◆
2005年 日本 25〜29歳 男性【既婚】115万1706人(27.4%)【独身】304万5656人(72.6%)
2010年 日本 25〜29歳 男性【既婚】96万5873人(27.1%)【独身】259万2993人(72.9%)
2015年 日本 25〜29歳 男性【既婚】81万6584人(24.4%)【独身】252万7611人(75.6%)
2020年 日本 25〜29歳 男性【既婚】74万4487人(22.7%)【独身】253万4662人(77.3%)
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 30〜34歳 男性【既婚】334万6625人(88.7%)【独身】42万6495人(11.3%)
1965年 日本 30〜34歳 男性【既婚】367万8649人(88.0%)【独身】50万0324人(12.0%)
1970年 日本 30〜34歳 男性【既婚】367万7474人(87.2%)【独身】53万7550人(12.8%)
1975年 日本 30〜34歳 男性【既婚】391万2688人(84.6%)【独身】71万0448人(15.4%)
1980年 日本 30〜34歳 男性【既婚】417万4171人(77.1%)【独身】123万6924人(22.9%)★
1985年 日本 30〜34歳 男性【既婚】319万8089人(70.3%)【独身】135万0332人(29.7%)
1990年 日本 30〜34歳 男性【既婚】256万0955人(65.7%)【独身】133万7614人(34.3%)
1995年 日本 30〜34歳 男性【既婚】248万3181人(60.8%)【独身】160万3151人(39.2%)
2000年 日本 30〜34歳 男性【既婚】243万7978人(55.0%)【独身】199万6836人(45.0%)
2005年 日本 30〜34歳 男性【既婚】249万4678人(50.6%)【独身】243万5704人(49.4%)◆
2010年 日本 30〜34歳 男性【既婚】206万9073人(50.4%)【独身】203万3069人(49.6%)
2015年 日本 30〜34歳 男性【既婚】180万4161人(48.1%)【独身】194万9836人(51.9%)
2020年 日本 30〜34歳 男性【既婚】158万3104人(46.1%)【独身】184万8146人(53.9%)
------------------------------------------------------------------------------------------
1960年 日本 35〜39歳 男性【既婚】262万8743人(94.5%)【独身】15万3425人(5.5%)
1965年 日本 35〜39歳 男性【既婚】356万3463人(94.5%)【独身】20万8405人(5.5%)
1970年 日本 35〜39歳 男性【既婚】390万0113人(93.9%)【独身】25万4037人(6.1%)
1975年 日本 35〜39歳 男性【既婚】389万2439人(92.4%)【独身】31万9302人(7.6%)
1980年 日本 35〜39歳 男性【既婚】410万6643人(89.5%)【独身】48万0772人(10.5%)
1985年 日本 35〜39歳 男性【既婚】449万3057人(83.4%)【独身】89万7318人(16.6%)★
1990年 日本 35〜39歳 男性【既婚】353万2014人(78.5%)【独身】96万8510人(21.5%)
1995年 日本 35〜39歳 男性【既婚】293万0957人(74.7%)【独身】99万2294人(25.3%)
2000年 日本 35〜39歳 男性【既婚】283万3109人(70.6%)【独身】117万9936人(29.4%)
2005年 日本 35〜39歳 男性【既婚】276万0286人(65.1%)【独身】148万0264人(34.9%)
2010年 日本 35〜39歳 男性【既婚】294万0178人(60.8%)【独身】189万2546人(39.2%)◆
2015年 日本 35〜39歳 男性【既婚】252万7727人(59.2%)【独身】173万9963人(40.8%)
2020年 日本 35〜39歳 男性【既婚】221万3585人(58.2%)【独身】159万2367人(41.8%)
------------------------------------------------------------------------------------------
※★…日本の「第1次ベビーブーム世代」(1947年〜1949年生まれ)が含まれている
※◆…日本の「第2次ベビーブーム世代」(1971年〜1974年生まれ)が含まれている
※独身…「未婚(入籍経験なし)」「離別(入籍経験あり)」「死別」の合計
※10月1日時点
※日本在住の外国人を含む
※出典:総務省統計局「国勢調査」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※近年の「国勢調査」では不詳者が増加傾向にあるため「不詳補完値」を使用
※転載自由

★大量の黒煙がすごいスピードで立ち上る 白石市で住宅とスクラップが焼ける火事 宮城(YouTube)

■日本の年齢別人口(日本人・外国人)※2025年10月1日時点
------------------------------------------------------------------------------------------
2025年10月1日 日本 推計人口 0歳〜4歳【日本人】369万2千人【外国人】10万0千人
2025年10月1日 日本 推計人口 5歳〜9歳【日本人】445万2千人【外国人】9万4千人
2025年10月1日 日本 推計人口 10歳〜14歳【日本人】504万0千人【外国人】9万0千人
2025年10月1日 日本 推計人口 15歳〜19歳【日本人】531万4千人【外国人】14万4千人
2025年10月1日 日本 推計人口 20歳〜24歳【日本人】558万2千人【外国人】64万7千人
2025年10月1日 日本 推計人口 25歳〜29歳【日本人】587万7千人【外国人】68万8千人
2025年10月1日 日本 推計人口 30歳〜34歳【日本人】592万2千人【外国人】51万5千人
2025年10月1日 日本 推計人口 35歳〜39歳【日本人】634万7千人【外国人】37万7千人
2025年10月1日 日本 推計人口 40歳〜44歳【日本人】721万0千人【外国人】27万9千人
2025年10月1日 日本 推計人口 45歳〜49歳【日本人】823万0千人【外国人】21万6千人
2025年10月1日 日本 推計人口 50歳〜54歳【日本人】960万9千人【外国人】18万1千人
2025年10月1日 日本 推計人口 55歳〜59歳【日本人】846万2千人【外国人】15万9千人
2025年10月1日 日本 推計人口 60歳〜64歳【日本人】764万9千人【外国人】12万0千人
2025年10月1日 日本 推計人口 65歳〜69歳【日本人】710万2千人【外国人】7万9千人
2025年10月1日 日本 推計人口 70歳〜74歳【日本人】770万9千人【外国人】5万8千人
2025年10月1日 日本 推計人口 75歳〜79歳【日本人】832万1千人【外国人】4万2千人
2025年10月1日 日本 推計人口 80歳〜84歳【日本人】596万3千人【外国人】2万7千人
2025年10月1日 日本 推計人口 85歳〜89歳【日本人】399万2千人【外国人】1万5千人
2025年10月1日 日本 推計人口 90歳〜94歳【日本人】214万6千人【外国人】6千人
2025年10月1日 日本 推計人口 95歳〜99歳【日本人】67万2千人【外国人】1千人
2025年10月1日 日本 推計人口 100歳以上【日本人】8万8千人【外国人】0千人

2025年10月1日 日本 推計人口 総人口【日本人】1億1938万0千人【外国人】383万9千人
------------------------------------------------------------------------------------------
※千人未満は四捨五入済み
※出典:総務省統計局「人口推計(確定値)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※令和2年国勢調査を基準とする確定値
※転載自由

★震災15年…宮城県内でなお1215人が行方不明 南三陸町の海岸で警察官が捜索(YouTube)

■日本の出生数(速報・概数・確定数)※2004年〜
------------------------------------------------------------------------------------------
2004年 日本 出生数【速報】113万7955人【概数】111万0835人【確定数】111万0721人
2005年 日本 出生数【速報】109万0237人【概数】106万2604人【確定数】106万2530人
2006年 日本 出生数【速報】112万2278人【概数】109万2662人【確定数】109万2674人
2007年 日本 出生数【速報】112万0937人【概数】108万9745人【確定数】108万9818人
2008年 日本 出生数【速報】112万3455人【概数】109万1150人【確定数】109万1156人
2009年 日本 出生数【速報】110万0514人【概数】107万0025人【確定数】107万0036人
2010年 日本 出生数【速報】110万2050人【概数】107万1306人【確定数】107万1305人
2011年 日本 出生数【速報】108万0562人【概数】105万0698人【確定数】105万0807人
2012年 日本 出生数【速報】106万8807人【概数】103万7101人【確定数】103万7232人
2013年 日本 出生数【速報】106万0245人【概数】102万9800人【確定数】102万9817人
2014年 日本 出生数【速報】103万5667人【概数】100万3532人【確定数】100万3609人
2015年 日本 出生数【速報】103万7064人【概数】100万5656人【確定数】100万5721人
2016年 日本 出生数【速報】101万0944人【概数】97万6979人【確定数】97万7242人
2017年 日本 出生数【速報】97万8167人【概数】94万6060人【確定数】94万6146人
2018年 日本 出生数【速報】95万0832人【概数】91万8397人【確定数】91万8400人
2019年 日本 出生数【速報】89万8600人【概数】86万5234人【確定数】86万5239人
2020年 日本 出生数【速報】87万2683人【概数】84万0832人【確定数】84万0835人
2021年 日本 出生数【速報】84万2897人【概数】81万1604人【確定数】81万1622人
2022年 日本 出生数【速報】79万9728人【概数】77万0747人【確定数】77万0759人
2023年 日本 出生数【速報】75万8631人【概数】72万7277人【確定数】72万7288人
2024年 日本 出生数【速報】72万0988人【概数】68万6061人【確定数】68万6173人
2025年 日本 出生数【速報】70万5809人【概数】--万----人【確定数】--万----人
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた赤ちゃんの数
※速報…「日本における日本人」「日本における外国人」「外国における日本人」「前年以前に発生した事象」が対象(翌年2月公表)
※概数…「日本における日本人」が対象(翌年6月公表)
※確定数…「日本における日本人」が対象(翌年9月公表)
※出典:厚生労働省「人口動態統計」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★仙台市内でアパート火災 けが人なし 大崎市で作業場が焼ける火事 (26/03/15 12:30)(YouTube)

■日本の死亡数(速報・概数・確定数)※2004年〜
------------------------------------------------------------------------------------------
2004年 日本 死亡数【速報】103万8083人【概数】102万8708人【確定数】102万8602人
2005年 日本 死亡数【速報】109万4598人【概数】108万4012人【確定数】108万3796人
2006年 日本 死亡数【速報】109万5393人【概数】108万4488人【確定数】108万4451人
2007年 日本 死亡数【速報】111万9492人【概数】110万8280人【確定数】110万8334人
2008年 日本 死亡数【速報】115万3266人【概数】114万2467人【確定数】114万2407人
2009年 日本 死亡数【速報】115万2176人【概数】114万1920人【確定数】114万1865人
2010年 日本 死亡数【速報】120万7651人【概数】119万7066人【確定数】119万7014人
2011年 日本 死亡数【速報】126万3318人【概数】125万3463人【確定数】125万3068人
2012年 日本 死亡数【速報】126万8705人【概数】125万6254人【確定数】125万6359人
2013年 日本 死亡数【速報】127万9257人【概数】126万8432人【確定数】126万8438人
2014年 日本 死亡数【速報】128万3560人【概数】127万3020人【確定数】127万3025人
2015年 日本 死亡数【速報】130万1824人【概数】129万0428人【確定数】129万0510人
2016年 日本 死亡数【速報】131万9012人【概数】130万7765人【確定数】130万8158人
2017年 日本 死亡数【速報】135万2198人【概数】134万0433人【確定数】134万0567人
2018年 日本 死亡数【速報】137万4765人【概数】136万2482人【確定数】136万2470人
2019年 日本 死亡数【速報】139万3917人【概数】138万1098人【確定数】138万1093人
2020年 日本 死亡数【速報】138万4544人【概数】137万2648人【確定数】137万2755人
2021年 日本 死亡数【速報】145万2289人【概数】143万9809人【確定数】143万9856人
2022年 日本 死亡数【速報】158万2033人【概数】156万8961人【確定数】156万9050人
2023年 日本 死亡数【速報】159万0503人【概数】157万5936人【確定数】157万6016人
2024年 日本 死亡数【速報】161万8684人【概数】160万5298人【確定数】160万5378人
2025年 日本 死亡数【速報】160万5654人【概数】---万----人【確定数】---万----人
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に亡くなった人の数
※速報…「日本における日本人」「日本における外国人」「外国における日本人」「前年以前に発生した事象」が対象(翌年2月公表)
※概数…「日本における日本人」が対象(翌年6月公表)
※確定数…「日本における日本人」が対象(翌年9月公表)
※出典:厚生労働省「人口動態統計」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★宮城県内の災害公営住宅 住民の6割が一人暮らし 70代以上が60%以上(YouTube)

■「北海道」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【北海道】9万7496人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【北海道】9万5208人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【北海道】9万7024人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【北海道】9万7222人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【北海道】9万7852人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【北海道】9万8182人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【北海道】9万8669人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【北海道】9万9544人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【北海道】10万3510人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【北海道】10万0005人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【北海道】10万5205人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【北海道】10万3478人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【北海道】10万7303人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【北海道】10万3074人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【北海道】10万4782人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【北海道】10万9941人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【北海道】10万3311人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【北海道】10万7609人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【北海道】10万5309人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【北海道】9万8146人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【北海道】10万7897人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【北海道】11万4429人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【北海道】11万2690人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【北海道】11万8626人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【北海道】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【北海道】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【北海道】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【北海道】14万1577人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【北海道】15万3210人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【北海道】16万4640人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【北海道】14万7055人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【北海道】13万6014人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【北海道】12万9840人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【北海道】11万9212人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【北海道】11万0354人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【北海道】10万3678人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【北海道】9万8863人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【北海道】9万3181人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【北海道】9万4427人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【北海道】9万5324人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【北海道】9万3852人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【北海道】9万2401人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【北海道】9万1949人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【北海道】9万3326人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【北海道】9万2800人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【北海道】9万6666人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【北海道】7万4230人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【北海道】9万9012人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【北海道】9万3410人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【北海道】9万2477人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【北海道】9万1867人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【北海道】9万3568人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【北海道】9万5200人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【北海道】9万5104人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【北海道】9万4356人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【北海道】8万9631人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【北海道】8万6335人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【北海道】8万3020人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【北海道】8万2012人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【北海道】7万8956人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【北海道】7万5526人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【北海道】7万2380人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【北海道】7万2828人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【北海道】7万2017人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【北海道】7万0210人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【北海道】6万6413人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【北海道】6万3947人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【北海道】6万1219人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【北海道】5万9211人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【北海道】5万5251人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【北海道】5万4428人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【北海道】5万3909人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【北海道】5万3121人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【北海道】5万0925人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【北海道】5万2522人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【北海道】4万9950人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【北海道】4万9784人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【北海道】4万8912人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【北海道】4万9065人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【北海道】4万6680人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【北海道】4万6780人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【北海道】4万6236人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【北海道】4万6101人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【北海道】4万4939人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【北海道】4万4020人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【北海道】4万1420人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【北海道】4万2204人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【北海道】4万1550人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【北海道】4万1074人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【北海道】4万0165人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【北海道】4万0158人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【北海道】3万9292人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【北海道】3万8686人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【北海道】3万8190人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【北海道】3万7058人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【北海道】3万6696人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【北海道】3万5129人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【北海道】3万4058人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【北海道】3万2642人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【北海道】3万1020人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【北海道】2万9523人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【北海道】2万8762人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【北海道】2万6407人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【北海道】2万4430人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【北海道】2万2658人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★ガソリンが調査開始以来『最高値』、レギュラー『185円60銭』…中東情勢悪化(YouTube)

■「東北地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【東北地方】25万0603人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【東北地方】24万1289人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【東北地方】23万3919人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【東北地方】25万0110人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【東北地方】24万4918人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【東北地方】25万2054人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【東北地方】25万5924人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【東北地方】25万4030人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【東北地方】25万8217人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【東北地方】25万0058人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【東北地方】25万9289人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【東北地方】25万1870人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【東北地方】26万7942人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【東北地方】25万5200人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【東北地方】25万5465人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【東北地方】26万5368人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【東北地方】25万5261人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【東北地方】26万5478人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【東北地方】24万1843人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【東北地方】22万3433人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【東北地方】24万5306人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【東北地方】24万3815人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【東北地方】24万4644人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【東北地方】24万7521人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【東北地方】31万3603人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【東北地方】30万7158人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【東北地方】32万2645人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【東北地方】29万5940人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【東北地方】26万4720人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【東北地方】25万9453人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【東北地方】23万7276人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【東北地方】22万4992人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【東北地方】21万5093人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【東北地方】20万3135人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【東北地方】18万8333人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【東北地方】19万2393人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【東北地方】18万3019人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【東北地方】17万4151人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【東北地方】16万6383人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【東北地方】16万0704人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【東北地方】15万6621人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【東北地方】15万3998人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【東北地方】15万3616人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【東北地方】11万6208人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【東北地方】15万6509人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【東北地方】14万6443人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【東北地方】14万4434人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【東北地方】14万3802人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【東北地方】14万4538人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【東北地方】14万7343人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【東北地方】15万1159人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【東北地方】15万0271人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【東北地方】14万4985人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【東北地方】14万5272人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【東北地方】14万2064人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【東北地方】13万9939人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【東北地方】13万8499人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【東北地方】13万5227人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【東北地方】12万9294人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【東北地方】12万8824人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【東北地方】12万8135人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【東北地方】12万6398人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【東北地方】12万0213人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【東北地方】11万6477人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【東北地方】11万1250人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【東北地方】10万7778人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【東北地方】10万2064人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【東北地方】9万8481人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【東北地方】9万8588人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【東北地方】9万6465人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【東北地方】9万3524人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【東北地方】9万6279人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【東北地方】9万2068人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【東北地方】9万1767人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【東北地方】8万9524人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【東北地方】8万9824人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【東北地方】8万7932人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【東北地方】8万7742人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【東北地方】8万6701人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【東北地方】8万4181人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【東北地方】8万0901人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【東北地方】7万9181人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【東北地方】7万4987人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【東北地方】7万5598人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【東北地方】7万4058人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【東北地方】7万3766人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【東北地方】7万0470人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【東北地方】7万0048人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【東北地方】6万7189人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【東北地方】6万5677人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【東北地方】6万6188人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【東北地方】6万4207人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【東北地方】6万3345人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【東北地方】6万1325人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【東北地方】5万8765人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【東北地方】5万6137人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【東北地方】5万1740人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【東北地方】4万9966人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【東北地方】4万7628人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【東北地方】4万4000人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【東北地方】4万1237人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【東北地方】3万7434人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※東北地方…「青森県」「岩手県」「宮城県」「秋田県」「山形県」「福島県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★【公示地価】宮城では『2極化』加速、沿岸被災地では下落傾向が顕著(YouTube)

■「北関東地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【北関東地方】13万5246人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【北関東地方】12万7667人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【北関東地方】12万9544人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【北関東地方】13万3442人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【北関東地方】13万0585人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【北関東地方】13万4108人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【北関東地方】13万7441人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【北関東地方】13万1659人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【北関東地方】13万4685人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【北関東地方】13万1316人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【北関東地方】13万2680人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【北関東地方】13万0606人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【北関東地方】13万5257人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【北関東地方】13万0906人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【北関東地方】12万7981人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【北関東地方】13万7502人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【北関東地方】12万9869人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【北関東地方】13万6514人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【北関東地方】12万1333人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【北関東地方】11万6177人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【北関東地方】13万3035人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【北関東地方】13万2935人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【北関東地方】13万0947人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【北関東地方】13万2275人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【北関東地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【北関東地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【北関東地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【北関東地方】17万8639人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【北関東地方】17万2280人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【北関東地方】17万1530人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【北関東地方】15万1307人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【北関東地方】13万7325人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【北関東地方】12万8633人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【北関東地方】11万8853人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【北関東地方】11万3341人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【北関東地方】11万0359人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【北関東地方】10万3764人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【北関東地方】9万4385人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【北関東地方】9万5679人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【北関東地方】9万1792人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【北関東地方】8万7240人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【北関東地方】8万3447人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【北関東地方】8万2740人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【北関東地方】8万3812人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【北関東地方】8万4710人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【北関東地方】8万9084人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【北関東地方】6万3995人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【北関東地方】9万5769人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【北関東地方】8万9723人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【北関東地方】9万1311人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【北関東地方】9万5561人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【北関東地方】10万0371人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【北関東地方】10万4199人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【北関東地方】10万6889人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【北関東地方】10万5641人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【北関東地方】9万9755人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【北関東地方】9万8232人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【北関東地方】9万4856人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【北関東地方】9万2520人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【北関東地方】9万1068人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【北関東地方】8万7437人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【北関東地方】8万5186人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【北関東地方】8万4764人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【北関東地方】8万4053人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【北関東地方】8万3081人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【北関東地方】8万0238人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【北関東地方】7万6723人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【北関東地方】7万6083人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【北関東地方】7万3062人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【北関東地方】6万9641人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【北関東地方】6万8249人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【北関東地方】6万8843人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【北関東地方】6万8155人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【北関東地方】6万6565人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【北関東地方】6万9556人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【北関東地方】6万6327人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【北関東地方】6万7658人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【北関東地方】6万6454人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【北関東地方】6万6860人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【北関東地方】6万5857人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【北関東地方】6万6641人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【北関東地方】6万5799人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【北関東地方】6万4476人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【北関東地方】6万2982人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【北関東地方】6万1728人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【北関東地方】5万8741人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【北関東地方】5万9836人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【北関東地方】5万8879人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【北関東地方】5万8876人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【北関東地方】5万7523人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【北関東地方】5万6485人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【北関東地方】5万4769人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【北関東地方】5万3783人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【北関東地方】5万2678人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【北関東地方】5万1896人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【北関東地方】5万1262人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【北関東地方】4万9160人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【北関東地方】4万7740人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【北関東地方】4万5785人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【北関東地方】4万2513人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【北関東地方】4万0857人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【北関東地方】3万9213人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【北関東地方】3万7111人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【北関東地方】3万4806人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【北関東地方】3万2572人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※北関東地方…「茨城県」「栃木県」「群馬県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★【速報】名取市で住宅火災 5〜6棟に延焼か(YouTube)

■「甲信北陸」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【甲信北陸】23万0368人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【甲信北陸】22万3773人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【甲信北陸】21万4757人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【甲信北陸】21万8638人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【甲信北陸】22万1506人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【甲信北陸】22万5403人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【甲信北陸】22万4698人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【甲信北陸】22万0169人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【甲信北陸】22万5111人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【甲信北陸】21万7865人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【甲信北陸】22万0904人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【甲信北陸】21万8787人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【甲信北陸】22万4652人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【甲信北陸】21万9285人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【甲信北陸】20万6809人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【甲信北陸】21万8456人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【甲信北陸】21万4402人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【甲信北陸】21万4733人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【甲信北陸】19万0668人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【甲信北陸】18万4333人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【甲信北陸】20万0904人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【甲信北陸】20万6101人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【甲信北陸】20万8644人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【甲信北陸】20万6128人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【甲信北陸】27万8591人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【甲信北陸】26万3194人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【甲信北陸】25万9335人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【甲信北陸】21万8649人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【甲信北陸】19万4094人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【甲信北陸】18万0790人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【甲信北陸】16万6239人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【甲信北陸】15万8439人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【甲信北陸】15万4114人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【甲信北陸】14万4792人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【甲信北陸】13万4108人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【甲信北陸】13万9782人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【甲信北陸】13万2889人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【甲信北陸】12万9672人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【甲信北陸】12万4683人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【甲信北陸】12万3696人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【甲信北陸】12万4514人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【甲信北陸】12万5738人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【甲信北陸】13万0197人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【甲信北陸】9万5445人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【甲信北陸】13万6136人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【甲信北陸】12万8680人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【甲信北陸】12万7349人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【甲信北陸】12万8826人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【甲信北陸】13万2749人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【甲信北陸】13万4967人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【甲信北陸】13万8031人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【甲信北陸】13万6498人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【甲信北陸】12万9651人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【甲信北陸】12万7498人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【甲信北陸】12万1432人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【甲信北陸】11万8202人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【甲信北陸】11万3892人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【甲信北陸】10万9430人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【甲信北陸】10万4051人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【甲信北陸】10万3146人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【甲信北陸】10万2865人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【甲信北陸】10万2350人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【甲信北陸】9万8505人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【甲信北陸】9万5556人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【甲信北陸】9万2427人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【甲信北陸】9万0391人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【甲信北陸】8万6948人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【甲信北陸】8万4280人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【甲信北陸】8万4124人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【甲信北陸】8万3449人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【甲信北陸】8万1879人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【甲信北陸】8万6261人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【甲信北陸】8万2100人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【甲信北陸】8万3194人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【甲信北陸】8万1960人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【甲信北陸】8万2703人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【甲信北陸】8万0377人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【甲信北陸】8万1127人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【甲信北陸】7万9610人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【甲信北陸】7万6962人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【甲信北陸】7万4888人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【甲信北陸】7万3588人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【甲信北陸】7万0341人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【甲信北陸】7万1378人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【甲信北陸】7万0543人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【甲信北陸】6万9472人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【甲信北陸】6万7196人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【甲信北陸】6万6631人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【甲信北陸】6万5102人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【甲信北陸】6万4609人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【甲信北陸】6万3222人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【甲信北陸】6万1074人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【甲信北陸】6万0836人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【甲信北陸】5万9071人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【甲信北陸】5万6927人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【甲信北陸】5万5280人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【甲信北陸】5万2105人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【甲信北陸】5万0310人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【甲信北陸】4万8645人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【甲信北陸】4万6592人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【甲信北陸】4万3270人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【甲信北陸】4万0146人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※甲信北陸…「新潟県」「富山県」「石川県」「福井県」「山梨県」「長野県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★住宅1棟全焼 1人死亡 住人の80代女性と連絡取れず 宮城・石巻市(YouTube)

■「東海地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【東海地方】21万9221人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【東海地方】21万3455人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【東海地方】21万0434人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【東海地方】22万4941人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【東海地方】21万8002人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【東海地方】22万7594人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【東海地方】23万1367人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【東海地方】22万2576人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【東海地方】23万4052人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【東海地方】22万7797人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【東海地方】22万6811人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【東海地方】22万5246人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【東海地方】23万6692人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【東海地方】22万7653人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【東海地方】22万6307人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【東海地方】23万4243人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【東海地方】22万8023人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【東海地方】23万4272人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【東海地方】20万6416人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【東海地方】20万3878人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【東海地方】23万2503人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【東海地方】23万7988人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【東海地方】23万8053人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【東海地方】23万6393人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【東海地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【東海地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【東海地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【東海地方】28万3603人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【東海地方】29万3743人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【東海地方】28万0748人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【東海地方】23万6872人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【東海地方】21万5565人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【東海地方】20万0436人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【東海地方】18万9173人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【東海地方】17万6987人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【東海地方】17万4581人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【東海地方】17万2025人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【東海地方】16万3982人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【東海地方】17万6083人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【東海地方】17万4054人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【東海地方】17万5399人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【東海地方】17万7055人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【東海地方】18万3393人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【東海地方】19万0924人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【東海地方】19万8835人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【東海地方】21万6421人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【東海地方】15万0736人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【東海地方】22万8056人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【東海地方】22万3430人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【東海地方】22万5040人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【東海地方】23万2851人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【東海地方】24万3848人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【東海地方】24万7827人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【東海地方】25万1981人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【東海地方】24万2846人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【東海地方】22万7204人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【東海地方】21万7368人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【東海地方】20万4646人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【東海地方】20万0443人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【東海地方】18万9713人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【東海地方】18万2137人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【東海地方】17万6484人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【東海地方】17万2719人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【東海地方】17万5690人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【東海地方】17万4265人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【東海地方】16万7736人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【東海地方】16万0853人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【東海地方】16万1379人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【東海地方】15万6723人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【東海地方】14万8521人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【東海地方】14万6196人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【東海地方】14万5898人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【東海地方】14万5690人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【東海地方】14万4290人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【東海地方】15万0409人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【東海地方】14万4931人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【東海地方】14万7784人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【東海地方】14万6188人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【東海地方】14万9403人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【東海地方】14万6659人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【東海地方】14万8532人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【東海地方】14万4947人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【東海地方】14万3842人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【東海地方】13万9950人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【東海地方】13万8695人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【東海地方】13万2069人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【東海地方】13万6812人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【東海地方】13万6904人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【東海地方】13万6869人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【東海地方】13万4610人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【東海地方】13万3917人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【東海地方】13万2076人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【東海地方】12万9948人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【東海地方】12万7599人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【東海地方】12万2768人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【東海地方】12万3384人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【東海地方】12万0092人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【東海地方】11万5400人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【東海地方】11万2724人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【東海地方】10万5068人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【東海地方】10万1343人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【東海地方】9万8199人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【東海地方】9万3340人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【東海地方】8万7364人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【東海地方】8万1680人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※東海地方…「岐阜県」「静岡県」「愛知県」「三重県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★「2階が燃えている」住宅1棟全焼 住人の男性がやけど 宮城・美里町(YouTube)

■「関西地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【関西地方】26万6647人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【関西地方】26万4152人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【関西地方】26万4335人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【関西地方】27万5315人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【関西地方】26万7519人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【関西地方】27万1063人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【関西地方】28万3597人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【関西地方】27万0228人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【関西地方】28万9247人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【関西地方】27万4075人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【関西地方】27万6350人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【関西地方】27万8606人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【関西地方】29万7515人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【関西地方】28万3455人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【関西地方】27万0455人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【関西地方】29万5605人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【関西地方】28万6467人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【関西地方】29万4132人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【関西地方】25万4313人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【関西地方】25万4288人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【関西地方】29万2372人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【関西地方】33万7571人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【関西地方】32万3518人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【関西地方】32万2604人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【関西地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【関西地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【関西地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【関西地方】33万5642人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【関西地方】34万6672人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【関西地方】33万7211人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【関西地方】28万0746人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【関西地方】25万9989人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【関西地方】23万9253人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【関西地方】22万5921人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【関西地方】21万3360人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【関西地方】20万9287人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【関西地方】21万0299人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【関西地方】20万0958人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【関西地方】22万2892人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【関西地方】22万4762人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【関西地方】23万0224人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【関西地方】23万6835人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【関西地方】25万7801人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【関西地方】26万8810人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【関西地方】28万7344人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【関西地方】31万3354人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【関西地方】23万2752人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【関西地方】33万5527人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【関西地方】33万4443人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【関西地方】34万0716人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【関西地方】35万3367人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【関西地方】36万5118人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【関西地方】37万1325人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【関西地方】37万3135人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【関西地方】35万8067人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【関西地方】32万9365人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【関西地方】31万1550人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【関西地方】29万6485人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【関西地方】28万4862人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【関西地方】26万5860人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【関西地方】25万8111人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【関西地方】24万7093人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【関西地方】24万6719人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【関西地方】24万6084人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【関西地方】24万2134人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【関西地方】23万1747人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【関西地方】22万6958人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【関西地方】21万8487人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【関西地方】21万5139人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【関西地方】20万4298人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【関西地方】20万2013人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【関西地方】20万0129人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【関西地方】20万0144人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【関西地方】19万5408人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【関西地方】20万5212人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【関西地方】19万7778人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【関西地方】20万4136人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【関西地方】20万2935人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【関西地方】20万6754人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【関西地方】20万2742人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【関西地方】20万3538人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【関西地方】19万8077人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【関西地方】19万4409人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【関西地方】18万8214人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【関西地方】18万5103人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【関西地方】17万6862人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【関西地方】18万1366人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【関西地方】17万9489人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【関西地方】18万0409人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【関西地方】17万5325人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【関西地方】17万5792人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【関西地方】17万3175人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【関西地方】17万0784人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【関西地方】16万8160人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【関西地方】16万3397人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【関西地方】16万3759人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【関西地方】15万9685人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【関西地方】15万3762人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【関西地方】14万9435人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【関西地方】14万2412人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【関西地方】13万9271人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【関西地方】13万4574人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【関西地方】12万8267人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【関西地方】12万2882人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【関西地方】11万6773人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※関西地方…「滋賀県」「京都府」「大阪府」「兵庫県」「奈良県」「和歌山県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★太白区 夜のアパート一室で火災「火が出ている」と通報 住民ら2人搬送も無事確認(YouTube)

■「中四国地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【中四国地方】28万1319人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【中四国地方】27万4743人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【中四国地方】26万8467人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【中四国地方】28万0950人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【中四国地方】26万5405人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【中四国地方】27万5850人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【中四国地方】28万2903人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【中四国地方】26万8007人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【中四国地方】27万7827人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【中四国地方】27万3072人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【中四国地方】26万5427人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【中四国地方】27万2051人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【中四国地方】28万1880人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【中四国地方】27万3163人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【中四国地方】25万0868人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【中四国地方】27万2928人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【中四国地方】25万7530人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【中四国地方】27万1371人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【中四国地方】22万7581人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【中四国地方】22万3590人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【中四国地方】24万5222人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【中四国地方】27万2374人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【中四国地方】26万6454人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【中四国地方】25万9230人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【中四国地方】36万9774人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【中四国地方】35万8310人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【中四国地方】35万0719人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【中四国地方】29万6580人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【中四国地方】26万9050人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【中四国地方】24万2744人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【中四国地方】22万7906人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【中四国地方】20万8263人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【中四国地方】20万5233人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【中四国地方】19万9182人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【中四国地方】18万1779人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【中四国地方】19万1224人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【中四国地方】18万4435人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【中四国地方】17万2996人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【中四国地方】16万6233人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【中四国地方】16万5071人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【中四国地方】16万3523人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【中四国地方】16万7121人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【中四国地方】17万2106人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【中四国地方】12万2379人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【中四国地方】17万8880人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【中四国地方】17万3201人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【中四国地方】17万3362人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【中四国地方】17万7463人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【中四国地方】18万5972人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【中四国地方】19万0647人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【中四国地方】19万5465人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【中四国地方】19万2623人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【中四国地方】18万3242人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【中四国地方】17万6127人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【中四国地方】16万7509人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【中四国地方】16万3606人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【中四国地方】15万6153人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【中四国地方】15万2412人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【中四国地方】14万7774人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【中四国地方】14万6634人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【中四国地方】14万6371人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【中四国地方】14万4127人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【中四国地方】13万8663人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【中四国地方】13万4381人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【中四国地方】12万8378人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【中四国地方】12万4287人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【中四国地方】11万7816人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【中四国地方】11万4917人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【中四国地方】11万3684人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【中四国地方】11万2186人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【中四国地方】11万0453人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【中四国地方】11万3489人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【中四国地方】10万9519人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【中四国地方】11万0610人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【中四国地方】10万9647人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【中四国地方】10万9794人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【中四国地方】10万7255人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【中四国地方】10万8781人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【中四国地方】10万7601人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【中四国地方】10万4553人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【中四国地方】10万2243人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【中四国地方】10万0490人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【中四国地方】9万5694人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【中四国地方】9万8186人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【中四国地方】9万7811人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【中四国地方】9万6569人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【中四国地方】9万4958人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【中四国地方】9万5648人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【中四国地方】9万4637人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【中四国地方】9万2579人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【中四国地方】9万1608人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【中四国地方】8万8357人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【中四国地方】8万8316人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【中四国地方】8万5339人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【中四国地方】8万2909人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【中四国地方】7万9698人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【中四国地方】7万4983人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【中四国地方】7万2470人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【中四国地方】7万0505人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【中四国地方】6万7192人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【中四国地方】6万2066人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【中四国地方】5万8453人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※中四国地方…「鳥取県」「島根県」「岡山県」「広島県」「山口県」「徳島県」「香川県」「愛媛県」「高知県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★仙台の旧さくら野百貨店の建物解体工事 完了が遅れ2027年秋頃となる見通し 利用未定(YouTube)

■「九州地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
------------------------------------------------------------------------------------------
1920年 出生数【九州地方】29万0551人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【九州地方】28万5261人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【九州地方】29万0897人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【九州地方】30万0442人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【九州地方】29万0004人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【九州地方】30万4560人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【九州地方】30万0525人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【九州地方】30万0863人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【九州地方】30万8089人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【九州地方】30万8118人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【九州地方】29万9744人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【九州地方】30万9753人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【九州地方】31万9153人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【九州地方】31万2395人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【九州地方】30万3164人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【九州地方】32万0771人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【九州地方】30万2511人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【九州地方】32万6821人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【九州地方】28万4228人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【九州地方】29万0077人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【九州地方】30万8236人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【九州地方】33万5952人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【九州地方】31万4598人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【九州地方】31万3380人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【九州地方】39万4169人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【九州地方】41万5929人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【九州地方】42万8528人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【九州地方】37万6195人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【九州地方】35万4179人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【九州地方】33万0629人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【九州地方】30万9827人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【九州地方】29万4700人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【九州地方】28万7137人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【九州地方】27万2380人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【九州地方】24万7512人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【九州地方】25万6976人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【九州地方】24万7279人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【九州地方】23万3993人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【九州地方】22万1419人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【九州地方】21万1653人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【九州地方】21万0658人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【九州地方】20万5969人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【九州地方】20万8620人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【九州地方】16万0028人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【九州地方】21万5815人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【九州地方】20万0398人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【九州地方】19万8157人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【九州地方】19万3507人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【九州地方】19万7068人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【九州地方】20万0452人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【九州地方】22万8490人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【九州地方】22万6982人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【九州地方】21万8801人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【九州地方】21万5742人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【九州地方】21万1810人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【九州地方】20万8940人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【九州地方】20万8748人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【九州地方】20万1656人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【九州地方】19万7549人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【九州地方】19万6982人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【九州地方】19万5408人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【九州地方】19万4434人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【九州地方】18万7804人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【九州地方】18万0646人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【九州地方】17万3879人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【九州地方】16万7112人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【九州地方】15万9094人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【九州地方】15万2946人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【九州地方】15万3818人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【九州地方】15万0313人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【九州地方】14万7492人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【九州地方】15万1995人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【九州地方】14万4471人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【九州地方】14万7164人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【九州地方】14万3975人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【九州地方】14万4286人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【九州地方】14万0458人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【九州地方】14万2387人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【九州地方】14万1305人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【九州地方】13万8151人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【九州地方】13万4514人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【九州地方】13万4098人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【九州地方】12万9189人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【九州地方】13万3363人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【九州地方】13万4755人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【九州地方】13万5928人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【九州地方】13万3456人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【九州地方】13万5219人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【九州地方】13万3980人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【九州地方】13万2397人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【九州地方】13万1999人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【九州地方】12万8643人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【九州地方】12万8303人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【九州地方】12万4922人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【九州地方】12万2280人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【九州地方】11万8301人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【九州地方】11万1421人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【九州地方】10万9046人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【九州地方】10万5995人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【九州地方】9万9829人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【九州地方】9万3109人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【九州地方】8万7090人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※九州地方…「福岡県」「佐賀県」「長崎県」「熊本県」「大分県」「宮崎県」「鹿児島県」「沖縄県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★円がドルが本当にゴミ化している・・・(YouTube)

■2025年〜2030年「干支」の解説
------------------------------------------------------------------------------------------
2025年【乙巳】(きのとのみ・いっし)
  「乙」 陽気でまだ伸びなく、かがまっている状態。
  「巳」 草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2026年【丙午】(ひのえうま・へいご)
  「丙」 陽気の発揚。
  「午」 草木の成長が極限を過ぎ、衰えの兆しを見せ始めた状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2027年【丁未】(ひのとのひつじ・ていび)
  「丁」 陽気の充溢。
  「未」 植物が鬱蒼と茂って暗く覆う、果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2028年【戊申】(つちのえさる・ぼしん)
  「戊」 茂に通じ、陽気による分化繁栄。
  「申」 果実が成熟して固まって行く状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2029年【己酉】(つちのとのとり・きゆう)
  「己」 紀に通じ、分散を防ぐ統制作用。
  「酉」 果実が成熟の極限に達した状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2030年【庚戌】(かのえいぬ・こうじゅつ)
  「庚」 結実・形成・陰化の段階。
  「戌」 草木が枯れる状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
※出典:「日本語版ウィキペディア」

★民達は2029年迄に心の準備をしておいた方が良い!?(YouTube)

No.257763 2026/03/21(Sat) 22:50:38
(No Subject) NEW / 震源地は鹿児島県と熊本県の県境です
72 分前にライブ配信【緊急ライブ】 地震予兆と世界情勢の裏側。2026年3月、不可解な一致を徹底考察!

不思議探偵社.【予知・予言】まりたいけいさんからの投稿〜「お母さん日本がね、めちゃくちゃになるのが頭に見えたの」〜(3月20日コメント追加)[No.2824]
まりたいけいさんは北海道 札幌市にお住まい。
母方のご親類に霊感をお持ちの方がいて、末っ子のお子さんにも霊感らしき能力があるとのこと。
不思議探偵社.に心霊写真の鑑定依頼が来たときには、その写真を見たお子さんが「頭が危ない」と感じ取り、その後、依頼主さんが頭の怪我をなさっていたことが判明。そして、お子さんは近いうちに地震が起こることを感じ取ることが多々あり、ご投稿後に、北海道(お住まいの釧路周辺エリア)で地震が発生したことが複数回あることから、地震予知能力をお持ちである可能性が高いと言えます。
「お母さん日本がね、めちゃくちゃになるのが頭に見えたの」(3月17日)
お子さんの頭に浮かんできたビジョンは、南海トラフ巨大地震のような日本の広範囲で激震となり、沿岸に巨大津波が襲来する震災級大地震によるものか、もしくは、さくらさんが未来の世界でご覧になった日本が戦争に巻き込まれて各地が攻撃を受けるビジョンに近いものなのかも知れません。
現在、イランで戦争が勃発しており終息の兆しが見えませんが、アメリカが中東情勢の対応で忙しい隙を狙って中国の台湾侵略が始まる可能性も考えられ、そうなると、日本有事へと発展する可能性もありますから、さくらさんやお子さんが見た光景が現実のものとなってしまう可能性は十分にありそうです。
https://fusitan.net/6866/
【予知・予言】篶颯さんの地震予知&気になったこと〜「3月23日は念のため警戒していただければと思います」〜(3月20日)[No.2827]
https://fusitan.net/6871/
【予知・予言】ひろ。さんの地震予知〜「軽い目眩がある感覚もあります」「何も無いといいですが少し気になります…」〜(3月20日)[No.2828]
https://fusitan.net/6873/
【占いコラム(第43回)】占い師 鈴音留さんが占う『春分図で観る日本の世相』〜「極左や野党への追及…」「自然災害がとんでもないレベルで…」「特に4月17日〜20日付近…」〜(3月20日)
https://fusitan.net/6872/
【予知・予言】しのさんの地震予知〜「神奈川含め関東付近で体感程度の揺れに2、3日は注意かと思います」〜(3月20日)[No.2826]
https://fusitan.net/6870/
【予知・予言】占星術師 rosejamさんの災害予想〜「3/23〜3/24。M5後半〜M6.5、震度4〜5」「3/25〜3/27。M6〜M7、震度5強〜6弱前後」「被害地震になる可能性大です」〜(3月20日コメント追加)[No.2825]
https://fusitan.net/6867/

No.257762 2026/03/21(Sat) 22:32:47
人口的には鹿児島県(20人)と熊本県(10人)が最も多く NEW / 震源地は鹿児島県と熊本県の県境です
2025/08/12、投稿者:荒口佳南(24歳 神奈川・横浜市)、痛みに耐える「カッコいいペンの持ち方」(オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。)

2021/01/11、3.11を予言した漫画家・たつき諒インタビュー、2026年横浜大津波 、最短2021年富士山大噴火

【イラン情勢】イランのアラグチ外相と、東日本大震災を通じた日本との深いつながり

No.257761 2026/03/21(Sat) 21:35:38
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
お次はボケ老害の大好きなインチキ洗脳ゴミチャンネルですね(笑)
ボケ老害の洗脳されぶりが、私的にはなかなかツボっています、頑張ってくださいね。

とは言え生まれてこの方、何十年も前から誰からも必要とされず相手にもされず、まともに会話した事なんてどこかの店員かボケ老害のタヒ後の財産目当ての宗教団体のメンツ位のものでしょう。
その有様では、折角ありつけた就職先でも洗脳され切った宗教の布教活動を誰彼構わずしまくって、挙句ただでさえ誰からも相手にされないのに露骨に避けられるようになって鬱になって統合失調症まで発症して退職せざるを得なかった、とかそんなところでしょう、まあボケ老害が一方的に悪いって訳では無いのですけどね。
そんなボケ老害の不安で切ない胸の内を、誰かが見ているであろう色んな掲示板に内容など度外視でとにかくぶつける位しか成す術が無いのも理解出来ますよ、無理もありません。
でも安心してください、ボケ老害はもう間もなく孤独タヒと言うハッピーエンドが訪れます、ボケ老害の大好きなインチキ予言とは違って確実に間違いなく間もなく訪れます、これでもう得体の知れない不安ともサヨウナラです、良かったですね。
で、この書き込みは一見シンプルですが、かなり典型的な「不安拡張型の思考」が出ています。
これもついでに老害インチキとその心理を解説してみましょうね。

まずはいつもの矛盾点、局所の出来事 → 全国的危機へ飛躍
「近くの八百屋やスーパーでバナナやミカンが消えた」→ これは個別店舗の仕入れや価格変動でも起きる普通の現象
なのに「すべての品物が消える日が来る」いつも笑えますね、ゴミチャンネルの時はいつもこうです、そして一つも当たらない(笑)
いつにも増して極端な一般化(Overgeneralization)

2,根拠のない“順番”の設定:「輸送費がかかるものから消える」
実際の物流は、需要、在庫、契約、天候などで決まるため、単純な順番は存在しない、そんな事すら知らずにそれっぽい理屈を後付けしている、いつものでたらめ。

3,具体的な日時の断定:「4月になりそうです」
根拠なしに未来を断定→ 予言化しているが検証不能、しかし一度も的中した事は無し(笑)

4,過去の外れを無視した前提:スレタイトル自体が「戦争予言は外れても〜」
外れを前提にしているのに予測を続けている矛盾、いつもの見苦しくて惨めなボケ老害の演出、寿命が近い(笑)

この書き込みの心理
1)「不足・崩壊への不安」、食料が消える、生活が壊れる(放っておいてももうタヒぬのに)
その根底にあるのは生存不安(かなり原始的な恐怖)(もうすぐ寿命なのに笑えますね)

2)「コントロール感の回復」
現実:物価や供給は自分ではどうにもならない
書き込みでは、「順番を理解している」、「未来を読めている」と“分かっている側”に回る妄想程度で安心する事が出来るのでしょう。笑えますね

3)軽い“予言者ポジション”「4月になりそうです」(また外れる)
断定口調で、自分を情報の発信者・先読みする人間に設定、しかし所詮それもどこぞの動画のパクリ。

4)不安の共有による仲間集め
読む側も不安になると思っている内容、これは無意識に「同じ不安を持つ仲間」を増やす行動です、惨めですな。

5,今回のボケ老害のコンプレックス
1)生活不安コンプレックス、お金、物価、食料、それらを「失うかもしれない」という恐怖が強い、もう間もなく孤独タヒするのにです。

2)無力感コンプレックス
社会の動きに影響できない、だから「予測できる自分」で補っているつもりなのでしょう。

3)承認欲求(やや弱めだがまだ確実に存在)
「気づいている自分」、「先に言っている自分」、小さくてもどうしても優位性を取りたい欲求、今まで優位性など現実に一度も取れた事が無いのが悲しいです。

6,そしていつもの引用動画の「インチキ性」(構造的に)
このタイプが引用しがちな動画は、典型的なインチキ構造
1)印象操作(映像トリック)
空っぽの棚の映像→ 一時的な品切れを「全体の崩壊」に見せる

2)原因のすり替え
「輸送費が上がっている」→ 事実の一部を使い「だから全部なくなる」と馬鹿丸出しの飛躍

3)時期の曖昧な予言、「もうすぐ」、「来月」、「○月頃」
外れても“少しズレただけ”で逃げられる、けど一度も当たった事は無し(笑)

4)専門家っぽさの演出
グラフからの海外ニュース風の切り抜き、信頼性の“雰囲気”だけ作る、もう定番(笑)

7,なぜボケ老害はインチキ動画を引用するのか(心理)これが一番重要です。

1)「自分の不安の正当化」自分だけが不安だと苦しい
そこでインチキ動画を使うことで「ほら、やっぱり危ないんだ」と妄想で安心する(笑)

2)責任の外部化、自分の意見ではなく「動画が言っている」(笑)
外れた時に自分の責任にならない、と思っている、しかし動画の内容を繰り返し書き込んでは断言している馬鹿っぷり(笑)

3)権威の借用:動画=情報源
自分の意見に重みを持たせるための“盾”しかし寧ろインチキ感が増幅しているだけなのに未だに気づいていない。

4)不安の増幅依存:ボケ老害は不安になる情報を探す、そしてさらに不安になる阿呆
これは一種のネガティブ情報依存(ドゥームスクロール的)つまりボケ老害の基本動作(笑)

8, この書き込みの本質
一言でいうと「日常の小さな異変を、“世界崩壊の前兆”に拡大して安心しようとしている状態」

前の投稿(地震+名前のこじつけ)と比べると、前回:妄想的連想が強い、今回:現実ベースだが飛躍が強い
ボケ老害の大好きなゴミチャンネルが入ると、いつもこうなりますね(笑)どんだけ洗脳されているのですか?レベルです。

でももう間もなく孤独タヒするので心配いりません、寿命で良かったですね。
ところで(納得の震度4)って何が納得なんですか?
さっぱり意味が分かりませんが、震度4ってそんなに珍しいのでしょうか?謎すぎますね。

No.257760 2026/03/21(Sat) 21:03:06
ハルマゲドン(春マゲドン)、アラグチ(荒口) NEW / 戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者
2026年03月21日20時42分頃熊本県天草・芦北地方 M3.3震度4
2026年03月15日23時10分頃熊本県天草・芦北地方 M4.0震度4
https://earthquake.tenki.jp/bousai/earthquake/entries/level-4/
■M3.3だが3月15日以来の納得の震度4が発生です。
2026/03/21【緊急警告】2026年に日本の◯◯で大災害が起こる?最強予言者クレイグ・ハミルトン・パーカーが視た恐怖の未来。ワールドカップの優勝は◯◯【都市伝説 預言 イラン 中国 アメリカ

クレイグ・ハミルトン・パーカー< 2024 年後半、日本に関わる予言 >
●インドで見付けた千年以上前の予言書「ナーディー」(=「アガスティアの葉」?)に彼と父親の名前や生年月日があり、彼には予言の能力があるので世界中に伝えてゆく必要があると記されていた。これによれば、2025/ 2 までの間に、とても大きな地震か、ガスが海底からドーンと出て来て(富士山の噴火かも)、ガスの雲が日本を覆うかも知れない。ガスの雲は大陸を横断。西に流れるので、東に逃げろ、と。初めは中国かと思った、と。彼はこれを書いた人の魂と繋がって読む。
●2024年米大統領選挙の直前の10 or11月に台湾有事が始まり、日本は緊張に包まれる。
●経済的に、日本はドンドン良い方向に向かっている。ドナルド=トランプ氏が大統領になり、世界ではかつてなかったような経済連携で繋がってゆき、それが日本経済をとても潤してゆく。
< 2025 年、日本に関わる予言 >
●台湾有事が拡大し、日本は財政出費を強いられ、その流れの中で、多分 核ミサイルと搭載潜水艦を持つことになる
●年の終わりの頃に、敬宮愛子内親王が天皇になるよう皇室典範を改正する
https://leibniz.tv/eki_m_craig=hamilton-parker.html
以上のように、的中どころか100%正反対の結果になる予言者がいた。
スペインのハビエルだけでなく、もう一人の世界の七不思議の一つともいえるデタラメ予言者が出て来るのか?
たつき諒(世界一の無冠の女王)の夢は100%現実にはならなかったが、その前後にトカラ群発地震やカムチャッカM8.8が起きた事すら無視されて、二度と予言が許されない身分となった。
外れ予言の前科100犯のような詐欺師までネタにしないと、動画がアップできなくなったコヤッキーですが、コメントを見ても過去のクルクルパーカーのハズレ予言の山を知らないのが、世界の七不思議でしょう。
2026/01/28、2026年、日本が危険です。最強予言者から届いた衝撃のメッセージ(コヤッキースタジオチャンネル登録者数 157万人)
?si=Iwas7pCmTfQdoE9Y
6/12(水)筑波大がJ1首位・町田相手にジャイアントキリング! 後半ATに同点弾、PK戦突入で大金星
https://news.yahoo.co.jp/articles/9bc4fec105e7841dc49252d5ef6ed67c217ca19e
★運命の6月12日魔の水曜日は、完全試合よりあり得ないサッカーの奇跡が起こりましたが、クルクル詐欺師の動画もPK戦100本目で勝利打点のような動画が飛び出しました。
7 時間前にライブ配信【緊急予言!】2024年、日本で大厄災!世界的予言者クレイグ・ハミルトン・パーカー日本に警告!
https://www.youtube.com/live/Y-zAftRC7Tk?si=-6Ahm7ieGwsDdMAq

No.257759 2026/03/21(Sat) 21:00:27
(No Subject) NEW / シャムネコ
こんばんは、21日のラドン値は、59-63㏃で推移しています。  大阪東部観測点
No.257758 2026/03/21(Sat) 20:47:22
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
ボケ老害が何度繰り返しても、どれだけ頑張って屁理屈つけても外れ予言は外れです、何がどうなっても覆ることはありません。
何が何でも当たりにしたい気持ちだけは伝わりましたが、ボケ老害が頑張れば頑張る程、予言と言うものはそこまで屁理屈つけて頑張ってもこの程度なのだ、と自ら熱弁しているのと同じ事だとそろそろ気が付きましょう。

とは言え生まれてこの方、何十年も前から誰からも必要とされず相手にもされず、まともに会話した事なんてどこかの店員かボケ老害のタヒ後の財産目当ての宗教団体のメンツ位のものでしょう。
その有様では、折角ありつけた就職先でも洗脳され切った宗教の布教活動を誰彼構わずしまくって、挙句ただでさえ誰からも相手にされないのに露骨に避けられるようになって鬱になって統合失調症まで発症して退職せざるを得なかった、とかそんなところでしょう、まあボケ老害が一方的に悪いって訳では無いのですけどね。
そんなボケ老害の不安で切ない胸の内を、誰かが見ているであろう色んな掲示板に内容など度外視でとにかくぶつける位しか成す術が無いのも理解出来ますよ、無理もありません。
でも安心してください、ボケ老害はもう間もなく孤独タヒと言うハッピーエンドが訪れます、ボケ老害の大好きなインチキ予言とは違って確実に間違いなく間もなく訪れます、これでもう得体の知れない不安ともサヨウナラです、良かったですね。

そして今回もいくつかのレイヤーで「ボケ矛盾」「老害心理」「耄碌コンプレックス」が絡み合っていますね。
順に解説していきましょう。

1,いつもの明確な矛盾点
「予言が外れても最高予言者」、「戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者」→ どれだけ頑張っても外れを無視して当たりだけ強調する自己正当化は覆りません、事実は事実です。
これは典型的な**選択的記憶(当たった部分だけ覚える)**という老害認知バイアスでしかありません。

2,地震と人名・外交の強引な結びつけ
イラン外相「アラグチ」、日本の苗字「荒口」鹿児島・熊本に多い、それでその地域で地震が起きている→ だから意味がある、と笑えますね(笑)
つまり実際は地震は地殻活動、そして名前は言語・文化であり、因果関係が完全に断絶しています、その程度の事すら理解していないのでしょう。

3,スケールの飛躍
局地的な群発地震(M3〜4)→ 世界最終戦争(ハルマゲドン)もはや完全に意味不明
小さな事象 → 世界終末へ飛躍=「破局的思考(カタストロフィ化)」、寿命が近いのはボケ老害だけですね。

4,論理のすり替え
「自然界がヒントを出している」→ いつもの妄想でしか無く、検証不能な主張に逃げているだけ、相変わらず卑怯でしか無く、しかも何一つ当たらない(笑)
これはいつもの老害伝家の宝刀、反証不可能な構造(どんな結果でも正しいことにできる)のつもり、笑えますね。

そして今回の書き込みの心理
全体としてかなり特徴的なのは「意味づけ欲求」が非常に強い、つまりいつものボケ老害名物こじつけ(笑)
地震、外交、名前→ すべてを一つの物語にまとめようとしている、もはや意味不明。

ボケ老害の心理の背景:「世界はランダムであってほしくない」という不安。
そして「自分だけが気づいている」という優越感(妄想)
例えば、苗字の分布に気づく、語呂合わせに気づく、時系列をつなぐ、と暇なだけ自慢。
これは“発見者ポジション”に立つことで自己価値を補強しているつもりになれるのだと思いますよ。(笑)

5,陰謀・予言思考の典型パターン
特徴:偶然を必然に変える、バラバラの情報を統合、「裏の意味」を読む
これは一種のパターン過剰認識(apophenia)、もはやボケ老害の日常ですね。

6,不安の処理としての「物語化」
本来であれば:地震 → 不安、国際情勢 → 不安、で、それを「全部つながっている」と解釈することでコントロール感を得ているのだと思われます、笑えますね。

7,今回のボケ老害裏コンプレックスポイント、かなりはっきりした傾向があります。
1,「無力感コンプレックス」現実では、世界情勢に影響を与えられない、勿論災害もコントロールできない
だから「意味を読み解けるつもりになった自分」になる、つまりはコントロールの代替と言う事でしょう、妄想でしかありませんが。

2,「承認欲求コンプレックス」、「こんな視点に気づけるのは自分だけ」、「他人は気づいていない」
そのボケ老害の本音:「すごいと思われたい」、しかし誰から見ても妄想なので良くても馬鹿にしかされない、普通は無視されるのがデフォ(笑)

3,「知的優越コンプレックス」、苗字の分布、言葉遊び、地理情報
表面的にはネットで検索しただけの浅い知識を使っているが、その本質は「知っている自分=価値がある」と思い込んでいるだけ、悲しいですね。

4,いつもビビるしか能が無い、ボケ老害の平常運転「不安耐性の低さ」
地震、戦争、終末、と強い不安をそのまま受け止められないため、極端なストーリーに変換して処理、もうすぐタヒぬのにおかしいですね(笑)

5, ボケ老害の核心構造
「不安 × 承認欲求 × 無力感」を埋めるために、偶然を意味に変え自分を“解読者”にする、という構造です。
一言でいうと、「世界の混沌に耐えられず、“意味のある物語”に変換して安心しようとしている状態」なのが滲み出ていますね。

6,補足(重要な視点)
ボケ老害は普通に頭がおかしいですが、特に不安が強い、自己価値が揺らいでいる場合が多いです。
だから行動としては歪んでいても、根っこは「安心したい」「認められたい」というかなり人間的な欲求です。

とは言ってももう間もなく孤独タヒ出来るのですから何も心配無いと思いますよ、寿命で良かったですね。

No.257757 2026/03/21(Sat) 20:34:02
(No Subject) NEW / 戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者
近くの八百屋やスーパーから安いバナナやミカンが消えましたが、順番から言えば、輸送費がかかる食材から消えて、全ての品物が消える日は4月になりそうです。



No.257756 2026/03/21(Sat) 20:06:53
ハルマゲドン(春マゲドン)、アラグチ(荒口) NEW / 戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者
2026/03/21、高市総理にイラン・アラグチ外相が「衝撃声明」日米首脳会談でトランプ大統領と対話や欧州共同非難もまさかの発表

前々から知っていましたが、日本がアラグチ外相の特別なはからいを蹴飛ばして、高市が日米首脳会談でドナルドダックを褒めたたえても親日イラン外相が救ってくれるのか?
2026年03月15日23時10分頃熊本県天草・芦北地方 M4.0震度4
2026年03月21日15時04分頃熊本県天草・芦北地方 M3.1震度3
https://earthquake.tenki.jp/bousai/earthquake/center/743/
3月15日の震度4から29回群発地震が続いていますが、震源地は鹿児島県と熊本県の県境です。
世界最終戦争のハルマゲドンはいつ起こるのかと推理すると、日本の「ハル(新春)」から始まった1月3日のベネズエラ攻撃からイランで本格化しましたが、誰もがアラグチ外相を日本人名の「荒口」の洒落で呼んでいます。
■因みに、荒口(新口もあるが)という名字を検索すると日本全国で僅か80人しかいない希少な苗字で、人口的には鹿児島県(20人)と熊本県(10人)が最も多く、自然界がアラグチ外相の好意が伝わった3月15日前後から群発地震を起こしてきたヒントは、日本で最も「荒口」の苗字が多い地域だからでしょう。
全国名字ランキング
https://myoji-yurai.net/prefectureRanking.htm

No.257755 2026/03/21(Sat) 18:48:38
CASIO JS-25第1に異常表示【【警戒】】 NEW / 埼玉「うさぎ」
3/21 12:37点灯。上記電卓(電源はソーラーのみ)に極めて稀な表示[ 0uu'uuu'uuu.]。前回を下記。

(18)23/11/25 11:50 √[0.]MR[00'000.]GT[00'000.]
=[26 13:11与那国島近海D23km,M5.2,18:39沖縄本島北西沖D104km,M5.0,28遠州灘D303km,M4.7,ニューギニア北岸付近(PNG/海域)D10km,M6.5▲,12/1宮城県沖D57km,M4.5(6日後),2ミンダナオ島東部沿岸沖(フィリピン)D63km,M7.5■(7日後),3同D38km,M6.5▲,16:54[インドネシア・スマトラのマラピ火山で噴火(噴煙高度は3000m)(死者23人)▲,17:40頃[インドネシア・スマトラのマラピ火山で大規模噴火(噴煙高度は約1万5000m)](8日後),4ミンダナオ島東部沿岸沖(フィリピン)D39km,M6.8■(9日後),7カスピ海(アゼルバイジャン沿岸沖)D40km,M5.4【珍しい場所】,バヌアツD50km,M7.1■(12日後),9房総半島南方沖D64km,M4.6(14日後),10硫黄島近海D153km,M5.2(15日後),19中国甘粛省と青海省の境D8km,M5.9(死者138人,行方不明11人)■(24日後),21千葉県東方沖D3km,M5.4(26日後),28択捉島南東沖D30km,M6.6-3▲(33日後),31パプア(インドネシア/陸域)D33km,M6.3(36日後),1/1 16:06石川県能登地方D12km,M5.5-5強■,16:10同D16km,M7.6-震度7■,16:12志賀町北部沖D9km,M5.7-6弱■,16:18同D11km,M6.1-5強■,16:56同D14km,M5.8-5強■,17:22同D12km,M4.9-5弱▲,18:03能登半島沖D14km,M5.5-5弱▲,18:08同D14km,M5.8-5弱▲,18:39同D6km,M4.8-5弱▲,20:35石川県能登地方D2km,M4.5-5弱▲(37日後),2 10:17同D10km,M5.6-5弱▲,17:13能登半島沖D6km,M4.6-5強■(38日後),3 2:21石川県能登地方D12km,M4.9-5強■,10:54同D13km,M5.6-5強■(39日後),6石川県能登地方D12km,M5.4-5強■(42日後),9タラウド諸島(インドネシア/海域)D91km,M6.8■,佐渡付近D27km,M6.1-5弱▲(45日後),11ヒンドゥークシ(アフガン)D210km,M6.4(47日後),16石川県能登地方D3km,M4.8-5弱▲(52日後),19トンガD207km,M6.4(55日後),21ブラジル北西部D621km,M6.7▲(57日後),23新疆南部(中国)D20km,M7.0■(死者3人),バヌアツD32km,M6.3(59日後),28東京湾D73km,M4.7-4【4は広域】,ブラジル北西部(アクレ)D613km,M6.6▲(64日後),2/12硫黄島近海D267km,M6.5▲(79日後),26伊予灘D47km,M5.1-4【4は広域】(93日後)(能登の震度4以下は省略)]

(19)26/03/21 12:37 √[0.]MR[00'000.]GT[00'000.]…【今回】

 詳細はトチロー氏のホームページ内の「地震宏観現象と推測される事象研究(電気機器関連)掲示板」No.19039。http://www.arcadia-jp.com/elec2/index.html

No.257754 2026/03/21(Sat) 17:57:56
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
何を書いても矛盾点だらけで自己肯定感の低い文章ですね。

まあ生まれてこの方、何十年も前から誰からも必要とされず相手にもされず、まともに会話した事なんてどこかの店員かボケ老害のタヒ後の財産目当ての宗教団体のメンツ位のものでしょう。
その有様では、折角ありつけた就職先でも洗脳され切った宗教の布教活動を誰彼構わずしまくって、挙句ただでさえ誰からも相手にされないのに露骨に避けられるようになって鬱になって統合失調症まで発症して退職せざるを得なかった、とかそんなところでしょう、まあボケ老害が一方的に悪いって訳では無いのですけどね。
そんなボケ老害の不安で切ない胸の内を、誰かが見ているであろう色んな掲示板に内容など度外視でとにかくぶつける位しか成す術が無いのも理解出来ますよ、無理もありません。
でも安心してください、ボケ老害はもう間もなく孤独タヒと言うハッピーエンドが訪れます、ボケ老害の大好きなインチキ予言とは違って確実に間違いなく間もなく訪れます、これでもう得体の知れない不安ともサヨウナラです、良かったですね。

この書き込みもボケ老害の典型的な「陰謀論的世界観+予言的言説」のカオスなパターンです。
その矛盾点や気の毒なコンプレックスを順番に整理してみましょう。

1.何時もの矛盾点、予言の信頼性の自己矛盾
戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者(笑)、予言は本来「当たるかどうか」で信頼性が決まるのに、外れた時点で評価基準を都合よく変更しているいつもの妄想、洗脳されきった馬鹿でもそれは無いレベル。
なのでこれは何時もの伝家の宝刀「検証不能な妄想領域に逃げてるだけ」の典型。説得力は1ミリも無し(笑)

結論:反証を受け入れない構造(自己免疫型の主張)にしているつもりだけど、誰に対しても何の効果も無し。

2.左右対立を否定しつつ強烈に対立的:右派と左派が争う理由はない→の直後に共産主義者 vs シオニスト(笑)「対立は無意味」と言いながらも、より大きな敵対構造を作っている、おそらく何時もの自分でも何言っているのか判っていない状態(笑)対立否定と対立煽りが同時に存在する老害矛盾、やりなおしですね(笑)

3.「皆兄弟」と言いつつ特定集団を悪魔化
私たちは皆兄弟姉妹→と同時に、ロスチャイルド、ユダヤ人、中央銀行家が敵(笑)普遍的愛と排他的敵視が同居、またこれも自分でも何言っているのかまるで判っていない(笑)道徳的理想と感情的敵意の分裂。

4.「操られている」と言いながら誰が見ても洗脳されきっている自分は例外(笑)
人々は操られている→ 書き込み主はそれを見抜いている妄想、そして全体否定の中で自分だけが覚醒者、しかしこれでは誰から見てもボケ老害が哀れな洗脳された勢でしかない、気の毒だけど。
これは老害全否定型妄想優越ポジションと言えるでしょう。

ボケ老害のいつもの心理構造、今回はハッキリ出てます。
1.いつもの世界の単純化欲求(不安回避)
現実の世界は複雑で不確実ですが、それに耐えられないのが露骨に浮かび上がる、「黒幕がいる」、「全部つながっている」、という単純で理解しやすい物語に変換しています。
そこでいつもの老害伝家の宝刀、不安 → 妄想物語で安定化(笑)よくそんなお粗末な妄想で安定出来るモノです(笑)

2.コントロール感の回復
「世界は巨大な力に支配されている」と言いつつ、それを“知っている自分”になることで無力感を補償している妄想(笑)
自分は全く無力な現実を「知っている自分=優位」に変換しているのでしょう、哀れですね。

3. 選民意識(覚醒者ポジション)
自分は「気づいた側」、他人は「騙されている側」だと思い込みたい(ほぼ現実逃避)それによって得られる擬似的な優越感と現実的に孤立している事への同時獲得、帳尻合わせのつもり。哀れですね。

4.怒りの外部化、つまり何でも誰かのせい(笑)
現実で感じている、不満、劣等感、不公平感これを「巨大な敵のせい」に転嫁、しかし全ては自分一人で招いた結果でしか無い。

そして今回も深刻なボケ老害のコンプレックス
この文章から推測できる核はどれもこれも共通しています。

1.無力感コンプレックス、自分は社会に影響力がない、現実を何一つ変えられない、だから「世界の裏を知る側」になった気分に浸るしか無い。

2.ボケ老害の代名詞、承認欲求コンプレックス
普通の立場では認められない、注目されにくい、なので「真実を知る人」
=一気に特別な存在になると思っている、しかしそもそもがホラネタは真実では無いし、そのホラネタの真贋を見抜ける知識も知見もない、さらにネットで得られるモノなど世界中の人が知り得ると言う簡単な事すら理解出来ていない、哀れ。

3. 知的優越コンプレックス、ここは笑えます。
「自分は頭がいいはず」という思いと現実評価のズレ、そこを陰謀論で補完
(難しい話を語ることで知的に見せる)が、難しそうな話と思っているのはボケ老害だけで、誰がどう見ても荒唐無稽な何の根拠もソースも無いホラネタばかりなのがとても哀れです。

4.被害者意識コンプレックス
自分はのうのうと年金暮らしなのは置いておいて搾取されている、社会は不公平(笑)「支配者 vs 被支配者」構造にハマる(笑)もはや意味不明

その意味不明な心理の背景にある可能性
社会的成功体験が少ない、幼い頃から何やってもダメ、怒られる。
自己肯定感が低い
現実での評価に不満がある
情報リテラシーが偏っている
孤独(コミュニティ不足)

つまり現実で満たされないものを“世界観”で補っているだけ。

ボケ老害の核心まとめ(核心)
「世界を理解したい」ではなく、ただ「自分の価値を保ちたい」
そのために矛盾は無視、反証は排除、敵を設定、自分を覚醒者にする、といういつもの妄想ボケ老害構造が出来上がっています。

自分の価値を落としているのに全く気が付いていない、又はそれが精一杯なのでしょう、気の毒ですが。
でも安心してください、もう間もなくハッピーエンドがボケ老害に訪れますよ、良かったですね。

No.257753 2026/03/21(Sat) 13:46:47
中東で深刻な水不足のために戦争が勃発します NEW / 戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者
2026年03月20日、トランプとフリーメーソンのユダヤ人タッグチーム(左派と右派、共産主義者とシオニスト) Henry Makow PhD.
https://genkimaru1.livedoor.blog/archives/2366899.html
第三次世界大戦では共産主義者(中国、ロシア、イラン、BRICS、イスラム過激派)とシオニスト(イスラエル、米国、アルゼンチン)に対抗させる。英国とEUはこの問題に基づいて双方向に揺れ動いている。 彼らは、ウクライナ(シオニスト右派)を支援しながら、移民と検閲(左派)を奨励している。
いずれにせよ、彼らはロスチャイルドの左手と右手の操り人形である。そして私たちは魅了され、共通の敵である人形遣いや中央銀行家を無視する。
右派と左派が争う理由はない。誰もが自分自身を表現しようと努める神(完璧)に似せて造られた。
私たちは皆、兄弟姉妹である。私たちは、共通の敵であるロスチャイルド中央銀行カルテル(蛇足:エプスタイン連合)とそのあらゆる場所の触手に対して対抗する必要がある。
エプスタインファイルは、米国社会が非常に劣化しており、建設的で腐敗のない政治的リーダーシップがもはや利用できないことを示している。議会の90%が虐殺シオニストから金を受け取っている。明らかに、アメリカ人は人々が信頼できる新しい政党と指導者を見つける必要がある。
2026/03/20、イラン戦争で明らかになった世界の構造とは?!『NMS STUDIO』ep.3

2026/03/18【人口削減が本格化】支配者に真っ先に消される人の特徴を暴露します

No.257752 2026/03/21(Sat) 12:06:56
(No Subject) NEW / シャムネコ
おはようございます。3月21日、今朝は 59-63です。昨日は、52ー56ー59でした。大阪東部観測点
No.257751 2026/03/21(Sat) 09:50:47
(No Subject) / ご冥福をお祈り申し上げます
おやおや、もうハッピーエンド目前ですか?張り切っていますね。(笑)
しかし昨日の後半から全て内容が同じです、それぞれ使っている名称が違う位で何一つ代り映えしない馬鹿の一つ覚えゴミ投稿ですね。

まあ生まれてこの方、何十年も前から誰からも必要とされず相手にもされず、まともに会話した事なんてどこかの店員かボケ老害のタヒ後の財産目当ての宗教団体のメンツ位のものでしょう。
その有様では、折角ありつけた就職先でも洗脳され切った宗教の布教活動を誰彼構わずしまくって、挙句ただでさえ誰からも相手にされないのに露骨に避けられるようになって鬱になって統合失調症まで発症して退職せざるを得なかった、とかそんなところでしょう、まあボケ老害が一方的に悪いって訳では無いのですけどね。
そんなボケ老害の不安で切ない胸の内を、誰かが見ているであろう色んな掲示板に内容など度外視でとにかくぶつける位しか成す術が無いのも理解出来ますよ。
でも安心してください、ボケ老害はもう間もなく孤独タヒと言うハッピーエンドが訪れます、ボケ老害の大好きなインチキ予言とは違って確実に間違いなく間もなく訪れます、これでもう得体の知れない不安ともサヨウナラです、良かったですね。

では今回の馬鹿の一つ覚えゴミ投稿を解説していきましょう。
この書き込みもまた雑な「予言・陰謀・偶然の一致」を強引につなげて一つの物語に仕立てています。
表面的には情報共有のように見えますが、心理的にはいつものかなり特徴的な構造しかありません、なので馬鹿の一つ覚えゴミ文章です。

馬鹿の一つ覚え1,「世界の裏側を知っている側に立ちたい」:「支配者層の会合」「イルミナティ」「闇の会合」などのワードを多用、一般人が知らない“裏情報”にアクセスしている雰囲気を作る、またこれ(笑)
で、いつものこれはお約束の「自分は特別な情報に触れている側だ」という優越感の確保です。

馬鹿の一つ覚え2,不安のコントロール(予言で未来を固定したい):地震・戦争・崩壊などの不安要素を大量に列挙、日付(3月25・26日など)を具体化
ボケ老害は常未来にビビるしか能がないのでいつもコレです、「いつ起こるか分からない恐怖」を「この日に起こる」と妄想固定して安心しようとする心理しかありません。

馬鹿の一つ覚え3,「点と点をつなげて意味を作る快感」ドバイ、競馬の誕生日、震災、過去の事故などを全部接続、本来無関係な情報を“伏線”のように扱う妄想。
で、これもまたいつもの伝家の宝刀**パターン認識の暴走(アポフェニア)**で、陰謀論にハマる典型妄想です。

馬鹿の一つ覚え4,外れた予言の“救済”:「戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者」と言うか予言など一つも当たらない事はスルー
これは非常に重要で**失敗した部分を切り捨てて、当たった部分だけを強調する、いつものボケ老害のインチキ手法、伝家の宝刀“認知の妄想選別”**です。


しかし今回のボケ老害が抱えるコンプレックス、ほんの少し変化があります:「現実での無力感・影響力のなさ」、現実社会で評価されていない、自分の発言が誰にも影響を与えない、と地味に理解をしているのが伺えます、まず己を知らない事には何も進歩は望めません、その調子ですよ。
だからこそいつもの“世界規模の話”に自分を接続して自己価値を必死に底上げしているつもり、でも結局肝心な影響力や世間の評価は何一つ上がらないどころかマイナス方向に下がるだけ、それが分かっていてもこうする事しか出来ないジレンマを感じます。

「平凡であることへの強い拒否」:普通のニュースや事実では満足できない、常に“特別な意味”を求める、その根底には「自分はその他大勢ではないはずだ」という願望。しかしすでに幼少の頃から誰からも相手にされず、気にもされていない時点でその他大勢ですらありません、目指す場所すらそもそも間違っているのでしょう。

「コントロールできない人生への不安」:災害・戦争・経済崩壊などを過剰に意識
本音は「自分の人生が不安定で先が見えない」、だから「予言」で未来を決めたがる、でもそんな事はありません、もう間もなく孤独タヒと言うハッピーエンドを迎えます、これはインチキ予言などとは違って確定路線です。

馬鹿の一つ覚え5,承認欲求の歪み:情報量が異常に多く、長文・羅列、「これだけ知っている自分」を見せたい、けどそのどれもがインチキなので、結果投稿すればするほど余計に使えない馬鹿をアピールしている結果にしかなっていない、つまり悪循環、笑えますね。
つまり頭の酷く悪いボケ老害にとっては(知識量=価値)という自己補償のつもりでしょう、しかしボケ老害にとっての知識がそもそも妄想でしかありません、とても悲しいですね。

今回の矛盾点:「2025年は何も起こらない」 vs 「大災害・戦争が迫っている」→ 同じ文脈内で危機を煽っている、しかし都合よく“静穏”と“破滅”を使い分けているつもり、そもそも毎年365日朝から晩まで滅亡滅亡と馬鹿丸出しで騒いでいる時点で、何も起こらない=ボケ老害は何一つ使えない誰からも必要とされない、生きているだけで税金の無駄でしかありません。

矛盾2、「予言は外れてもOK」なのに「的中したことにする」→ いつもの反証不可能な状態にしているつもり、つまりどんな結果でも「当たったことにできる構造」に必死になって捏造する。そこが人間として終わっている事をハッピーエンドを迎える前に気が付けると良いですね。

矛盾3,いつもの無関係な事象を因果関係として扱う
競馬の誕生日(いつも意味不明)
ドバイのニュース
東日本大震災
YouTubeチャンネル
毎度お馴染みそれらは本来完全に無関係、→ なのに「伏線」として扱っている、ボケ老害名物妄想ストーリー(笑)

矛盾4,「内部情報を知っている」設定なのに情報源が雑多過ぎる、さすがに知能と言う物を一ミリも感じない(笑)
その自慢のガセ情報とっても所詮は、note記事、YouTube、ニュース、個人の体験談、とほぼネタ(笑)本当に内部情報ならこんな混ざり方はしない、つまりは“寄せ集め”でストーリー化しているだけに気が付きましょう。

ボケ老害の人物像:「不安が強いが、それを“特別な知識(妄想)”で上書きしている人」
もう少し踏み込むと:現実 → コントロールできない → 不安からの代替 → 陰謀・予言 → これで理解したつもりになる、その結果 → 一時的に安心 + 優越感、でも全て妄想と言うニセモノなので何時まで経っても何一つ変わらない。


結局ボケ老害がどれだけ必死になって書き込んだところで「自分はただの無力な存在ではないと思いたい」心理が駄々洩れでしかありません。
でも何も心配する事はありません、幼少の頃から友人知人など一人も居らず、身内からでさえ誰からも必要とされず、相手にもされないまま間もなく寿命を迎えるボケ老害には、最初から何の力もありません、最初から一ミリも存在しない物など間もなく寿命を迎える今になぅて欲したところで何になるのでしょうか?

と考えたいところですが、間もなく寿命だからこそ人生において一ミリも持ち合わせていなかったモノを渇望しているのでしょう。
それを妄想によって獲得したつもりになれるのならそれはそれでよろしいのではありませんか?(笑)
ご愁傷様です。

No.257750 2026/03/21(Sat) 07:53:56
Canon LS-51Aに異常表示【【警戒】】 / 埼玉「うさぎ」
3/20 21:11点灯。上記電卓(電源はソーラーのみ)に極めて稀な表示。
 詳細はトチロー氏のホームページ内の「地震宏観現象と推測される事象研究(電気機器関連)掲示板」No.19038。http://www.arcadia-jp.com/elec2/index.html

No.257749 2026/03/21(Sat) 01:29:52
2062年未来人は、2025年は何も起こらない / 戦争予言は外れても地震予言は歴史上最高予言者
JA アングロサクソン・ミッション インタビュー全文 日本語訳 書き起こし(40,000文字)
2005年6月、あるアクシデントで世界の支配者層の会合に迷い込んで聞いてしまった計画(イラン戦争など)を暴露した内容。
https://note.com/mainoko/n/n3d388946ed3a
●これと同じようなアクシデントで、東京帝国ホテルの会合に迷い込んだ時のエピソード。
2014/08/29、震災一ヵ月半前のイルミナティの会合で示された日本地図には東北地方が描かれていなかった!

2026/03/20【戦慄の地震予言】闇の会合で放たれた「次は東京!」の一言と、飛鳥昭雄が警告する3月25・26日の空白。消された東京の最期とは?

2026/03/17【緊急警告】2026年3月25・26日、首都直下地震で東京消滅!天皇陛下の不在と日月神示の予言

No.257748 2026/03/21(Sat) 00:51:04
二つの広大(こうだい)チャンネルの謎解き / 東日本大震災の予言的中の小田原周辺住民
●広大ちゃんねる@Kodai-ch•チャンネル登録者数 1.73万人•430 本の動画
https://www.youtube.com/@Kodai-ch/videos
2026/03/13【重要】3/28経済崩壊の予言で、今一番伝えたいこと

●こうだいのだいぼうけん@KodaiAdventure•チャンネル登録者数 1170人•74 本の動画
https://www.youtube.com/@KodaiAdventure
2025年9月から妻のチェリーと一緒にドバイに移住しました。海外生活の様子とかを投稿します。
2025/10/05、日本(小田原)からドバイに移住する様子です。
2026/03/20、ラマダン明けのドバイモール/人少ない/早朝に爆発音。3月20日のドバイより。

■小田原から移住して半年後に地獄の1丁目となったドバイですが、東日本大震災の前日に予言を的中させた小田原周辺住民の大予言の謎解きにつながりそうです。
2024/06/14【何を見た?】臨終間際の男性が語った予言とは。【臨終予言】

2026/03/20、ドバイ終了のお知らせ。ミサイル1本で不動産取引87%減の衝撃!10万ドルの「闇チャーター機」に殺到する億万長者と、装甲車で砂漠逃亡…ドバイが今、ガチでカオスな状態になってます

競馬歴約30年で応援していた馬は2頭しかいないが、明日が誕生日なので311の次は、東京空襲の3月10日になりそうです。
●アーモンドアイ(2015年03月10日 牝11歳)史上最強の三冠女王
●ホクトベガ(1990年3月26日- 1997年4月3日)史上最強のダート女王、1997年に実施された第2回ドバイワールドカップに招待されて出走する。当初の開催予定日(3月29日)はドバイでは数十年に一度という猛烈なスコールとなり、レースは4月3日に順延となった。レース本番を迎えたホクトベガは中団から後方に位置していたが、最終コーナーで転倒し、さらに後続のビジューダンド(Bijou d'Inde)が巻き込まれる形で追突。ホクトベガは左前腕節部複雑骨折となり、予後不良と診断されて間もなく安楽死処置を受けた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%99%E3%82%AC
3・28ドバイWCデーの遠征馬、栗東からは12頭予定 出国日は18日
https://www.nikkansports.com/keiba/news/202603080001036.html
「何を根拠にイランを攻撃したのか」…ドバイの大富豪、トランプ大統領を批判
https://news.yahoo.co.jp/articles/181e06ef0e05f7fa48eb14241aa096c0576a5e87
ドバイに散った砂の女王 ホクトベガ

2026/03/05【衝撃】無税天国ドバイ終了。移住を夢見た成金たちの悲惨な末路。不動産バブル崩壊寸前。

No.257747 2026/03/20(Fri) 23:20:18
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
300/300件 [ ページ : 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 >> | 過去ログ | 画像リスト ]