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(No Subject) NEW / ご冥福をお祈りします
ネット上の掲示板やSNSにおいて、脈絡のない数字、事実、専門用語、あるいは特定の文字列を大量に羅列する書き込みは、主に自閉スペクトラム症(ASD)や学習障害(LD)の傾向がある方の特性として見られることがあります。
これはコミュニケーションの目的が「相手に情報を伝える」ことではなく、「自分の世界観を表現する」や「安心感を得る」ことにある場合に発生しやすい特徴です。
主な特徴は以下の通りです。
1. こだわり・反復行動(ASDの特性)
同じパターンへの固執: 特定の数字、URL、文字、ニュースタイトルなどを規則的に、あるいは無限に羅列する。
事実のみの提示: 自分の感情や主観を交えず、客観的な事実やデータを列挙する傾向がある。
文脈の無視: スレッドの話題に関係なく、自分の入力したい情報を羅列する。

2. コミュニケーションの独特さ(ASDの特性)
相手の意図を汲み取れない: 相手が求めている情報ではなく、自分が「知っていること」「好きなこと」を一方的に提示する。
対人関係の距離感: 相手に対する関心が薄く、対話のキャッチボールではなく「一方的な情報の投下」になる。
文字の羅列による安心感: 記号やデータの羅列自体に集中し、自己満足や安心感を得ている。

3. 言語・記述の特性(学習障害やLDの傾向)
文脈構成の苦手さ: 文章の構成力や明確さが欠けるため、文章で意見をまとめるよりも、断片的なデータを羅列する方が容易である場合がある。
思考の整理が困難: 情報がうまく整理できず、思ったことをそのまま書き連ねてしまう。

注意点
これらの行動は、故意の荒らし行為(トロール)とは異なり、本人には「迷惑をかけている」という認識が薄く、むしろ自身の特性に基づいたコミュニケーション行動である可能性が高いです。
つまり誰から見ても迷惑行為でしかない書き込みも、本人にとっては数少ない他人とのコミュニケーションの手段である可能性が高いと言う事です。

No.257318 2026/03/01(Sun) 20:16:37
火山性地震が増えている「十和田」のある「青森県」でいったい何が起きているのか NEW / 牡丹鍋
★“船の墓場”県が関係者に撤去指導26回…ついに撤去勧告も回答なし(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「青森県」にあるすべての市町村の「0歳〜49歳の日本人」の数をならべたものです。

■「青森県」にある市町村の「0歳〜49歳の日本人」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 0〜49歳 青森県今別町【1995年】2723人→【2025年】440人(-83.84%)▼
日本人 0〜49歳 青森県外ヶ浜町【1995年】5614人→【2025年】1237人(-77.97%)▼
日本人 0〜49歳 青森県風間浦村【1995年】1851人→【2025年】442人(-76.12%)▼
日本人 0〜49歳 青森県佐井村【1995年】1909人→【2025年】484人(-74.65%)▼
日本人 0〜49歳 青森県深浦町【1995年】6877人→【2025年】1797人(-73.87%)▼
日本人 0〜49歳 青森県中泊町【1995年】1万0363人→【2025年】2845人(-72.55%)▼
日本人 0〜49歳 青森県新郷村【1995年】2118人→【2025年】607人(-71.34%)▼
日本人 0〜49歳 青森県鰺ヶ沢町【1995年】8871人→【2025年】2645人(-70.18%)▼
日本人 0〜49歳 青森県大鰐町【1995年】8322人→【2025年】2619人(-68.53%)▼
日本人 0〜49歳 青森県田子町【1995年】4693人→【2025年】1522人(-67.57%)▼
日本人 0〜49歳 青森県平内町【1995年】1万0272人→【2025年】3398人(-66.92%)▼
日本人 0〜49歳 青森県三戸町【1995年】8417人→【2025年】2937人(-65.11%)▼
日本人 0〜49歳 青森県西目屋村【1995年】1301人→【2025年】478人(-63.26%)▼
日本人 0〜49歳 青森県蓬田村【1995年】2247人→【2025年】854人(-61.99%)▼
日本人 0〜49歳 青森県五戸町【1995年】1万3700人→【2025年】5343人(-61.00%)▼
日本人 0〜49歳 青森県七戸町【1995年】1万2743人→【2025年】4996人(-60.79%)▼
日本人 0〜49歳 青森県野辺地町【1995年】1万0740人→【2025年】4317人(-59.80%)▼
日本人 0〜49歳 青森県東通村【1995年】5432人→【2025年】2195人(-59.59%)▼
日本人 0〜49歳 青森県南部町【1995年】1万4447人→【2025年】5923人(-59.00%)▼
日本人 0〜49歳 青森県横浜町【1995年】3546人→【2025年】1456人(-58.94%)▼
日本人 0〜49歳 青森県つがる市【1995年】2万5928人→【2025年】1万0875人(-58.06%)▼
日本人 0〜49歳 青森県大間町【1995年】4543人→【2025年】1947人(-57.14%)▼
日本人 0〜49歳 青森県板柳町【1995年】1万0465人→【2025年】4656人(-55.51%)▼
日本人 0〜49歳 青森県東北町【1995年】1万3791人→【2025年】6202人(-55.03%)▼
日本人 0〜49歳 青森県鶴田町【1995年】9809人→【2025年】4462人(-54.51%)▼
日本人 0〜49歳 青森県五所川原市【1995年】4万0924人→【2025年】1万9609人(-52.08%)▼
日本人 0〜49歳 青森県むつ市【1995年】4万5794人→【2025年】2万2055人(-51.84%)▼
日本人 0〜49歳 青森県黒石市【1995年】2万5538人→【2025年】1万2697人(-50.28%)▼
日本人 0〜49歳 青森県十和田市【1995年】4万5606人→【2025年】2万4196人(-46.95%)▼
日本人 0〜49歳 青森県階上町【1995年】9369人→【2025年】5015人(-46.47%)▼
日本人 0〜49歳 青森県田舎館村【1995年】5748人→【2025年】3084人(-46.35%)▼
日本人 0〜49歳 青森県青森市【1995年】20万9341人→【2025年】11万5399人(-44.88%)▼
日本人 0〜49歳 青森県平川市【1995年】2万2920人→【2025年】1万2753人(-44.36%)▼
日本人 0〜49歳 青森県八戸市【1995年】17万0849人→【2025年】9万5788人(-43.93%)▼
日本人 0〜49歳 青森県弘前市【1995年】12万4013人→【2025年】7万0121人(-43.46%)▼
日本人 0〜49歳 青森県藤崎町【1995年】1万0482人→【2025年】6421人(-38.74%)▼
日本人 0〜49歳 青森県六ヶ所村【1995年】7818人→【2025年】4835人(-38.16%)▼
日本人 0〜49歳 青森県三沢市【1995年】3万0032人→【2025年】1万8838人(-37.27%)▼
日本人 0〜49歳 青森県六戸町【1995年】6896人→【2025年】4701人(-31.83%)▼
日本人 0〜49歳 青森県おいらせ町【1995年】1万4132人→【2025年】1万2432人(-12.03%)▼

日本人 0〜49歳 青森県全体【1995年】97万0184人→【2025年】50万2621人(-48.19%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県今別町」で「0歳〜49歳の日本人」が「83.84%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県外ヶ浜町」で「0歳〜49歳の日本人」が「77.97%」も減っています。

★十和田湖の廃船【十和田湖観光汽船】(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「青森県」にあるすべての市町村の「50歳以上の日本人」の数をならべたものです。

■「青森県」にある市町村の「50歳以上の日本人」増加率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 50歳以上 青森県階上町【1995年】4200人→【2025年】7462人(+77.67%)△
日本人 50歳以上 青森県おいらせ町【1995年】6992人→【2025年】1万2377人(+77.02%)△
日本人 50歳以上 青森県八戸市【1995年】7万9857人→【2025年】11万7537人(+47.18%)△
日本人 50歳以上 青森県十和田市【1995年】2万3137人→【2025年】3万2682人(+41.25%)△
日本人 50歳以上 青森県三沢市【1995年】1万2842人→【2025年】1万7855人(+39.04%)△
日本人 50歳以上 青森県青森市【1995年】10万6284人→【2025年】14万6675人(+38.00%)△
日本人 50歳以上 青森県六戸町【1995年】4225人→【2025年】5666人(+34.11%)△
日本人 50歳以上 青森県弘前市【1995年】6万9865人→【2025年】8万8417人(+26.55%)△
日本人 50歳以上 青森県六ヶ所村【1995年】3796人→【2025年】4652人(+22.55%)△
日本人 50歳以上 青森県むつ市【1995年】2万4158人→【2025年】2万9383人(+21.63%)△
日本人 50歳以上 青森県五所川原市【1995年】2万4924人→【2025年】3万0023人(+20.46%)△
日本人 50歳以上 青森県黒石市【1995年】1万4627人→【2025年】1万7473人(+19.46%)△
日本人 50歳以上 青森県藤崎町【1995年】6657人→【2025年】7846人(+17.86%)△
日本人 50歳以上 青森県東北町【1995年】8377人→【2025年】9566人(+14.19%)△
日本人 50歳以上 青森県野辺地町【1995年】6403人→【2025年】7295人(+13.93%)△
日本人 50歳以上 青森県平川市【1995年】1万4570人→【2025年】1万6489人(+13.17%)△
日本人 50歳以上 青森県五戸町【1995年】9015人→【2025年】9846人(+9.22%)△
日本人 50歳以上 青森県大間町【1995年】2466人→【2025年】2686人(+8.92%)△
日本人 50歳以上 青森県田舎館村【1995年】3807人→【2025年】4144人(+8.85%)△
日本人 50歳以上 青森県七戸町【1995年】8216人→【2025年】8876人(+8.03%)△
日本人 50歳以上 青森県鶴田町【1995年】6569人→【2025年】7049人(+7.31%)△
日本人 50歳以上 青森県南部町【1995年】9591人→【2025年】1万0198人(+6.33%)△
日本人 50歳以上 青森県板柳町【1995年】7206人→【2025年】7502人(+4.11%)△
日本人 50歳以上 青森県横浜町【1995年】2399人→【2025年】2466人(+2.79%)△
日本人 50歳以上 青森県つがる市【1995年】1万7598人→【2025年】1万7818人(+1.25%)△
日本人 50歳以上 青森県平内町【1995年】6186人→【2025年】6257人(+1.15%)△
日本人 50歳以上 青森県東通村【1995年】3317人→【2025年】3335人(+0.54%)△
日本人 50歳以上 青森県蓬田村【1995年】1643人→【2025年】1576人(-4.08%)▼
日本人 50歳以上 青森県三戸町【1995年】6134人→【2025年】5761人(-6.08%)▼
日本人 50歳以上 青森県中泊町【1995年】6938人→【2025年】6474人(-6.69%)▼
日本人 50歳以上 青森県鰺ヶ沢町【1995年】6560人→【2025年】5812人(-11.40%)▼
日本人 50歳以上 青森県大鰐町【1995年】6332人→【2025年】5608人(-11.43%)▼
日本人 50歳以上 青森県田子町【1995年】3595人→【2025年】3173人(-11.74%)▼
日本人 50歳以上 青森県新郷村【1995年】1790人→【2025年】1444人(-19.33%)▼
日本人 50歳以上 青森県風間浦村【1995年】1385人→【2025年】1110人(-19.86%)▼
日本人 50歳以上 青森県深浦町【1995年】6248人→【2025年】4978人(-20.33%)▼
日本人 50歳以上 青森県外ヶ浜町【1995年】4820人→【2025年】3693人(-23.38%)▼
日本人 50歳以上 青森県佐井村【1995年】1578人→【2025年】1142人(-27.63%)▼
日本人 50歳以上 青森県今別町【1995年】2440人→【2025年】1653人(-32.25%)▼
日本人 50歳以上 青森県西目屋村【1995年】1114人→【2025年】732人(-34.29%)▼

日本人 50歳以上 青森県全体【1995年】53万7861人→【2025年】67万4731人(+25.45%)△
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県階上町」で「50歳以上の日本人」が「77.67%」増えています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県おいらせ町」で「50歳以上の日本人」が「77.02%」増えています。

★どうなる?十和田湖の放置遊覧船 10年以上放置 青森県は “撤去勧告”へ(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「青森県」にあるすべての市町村の「日本人の総人口」をならべたものです。

■「青森県」にある市町村の「日本人の総人口」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 総人口 青森県今別町【1995年】5163人→【2025年】2093人(-59.46%)▼
日本人 総人口 青森県佐井村【1995年】3487人→【2025年】1626人(-53.37%)▼
日本人 総人口 青森県外ヶ浜町【1995年】1万0434人→【2025年】4930人(-52.75%)▼
日本人 総人口 青森県風間浦村【1995年】3236人→【2025年】1552人(-52.04%)▼
日本人 総人口 青森県西目屋村【1995年】2415人→【2025年】1210人(-49.90%)▼
日本人 総人口 青森県深浦町【1995年】1万3125人→【2025年】6775人(-48.38%)▼
日本人 総人口 青森県新郷村【1995年】3908人→【2025年】2051人(-47.52%)▼
日本人 総人口 青森県中泊町【1995年】1万7301人→【2025年】9319人(-46.14%)▼
日本人 総人口 青森県鰺ヶ沢町【1995年】1万5431人→【2025年】8457人(-45.19%)▼
日本人 総人口 青森県大鰐町【1995年】1万4654人→【2025年】8227人(-43.86%)▼
日本人 総人口 青森県田子町【1995年】8288人→【2025年】4695人(-43.35%)▼
日本人 総人口 青森県平内町【1995年】1万6458人→【2025年】9655人(-41.34%)▼
日本人 総人口 青森県三戸町【1995年】1万4551人→【2025年】8698人(-40.22%)▼
日本人 総人口 青森県蓬田村【1995年】3890人→【2025年】2430人(-37.53%)▼
日本人 総人口 青森県東通村【1995年】8749人→【2025年】5530人(-36.79%)▼
日本人 総人口 青森県つがる市【1995年】4万3526人→【2025年】2万8693人(-34.08%)▼
日本人 総人口 青森県横浜町【1995年】5945人→【2025年】3922人(-34.03%)▼
日本人 総人口 青森県大間町【1995年】7009人→【2025年】4633人(-33.90%)▼
日本人 総人口 青森県七戸町【1995年】2万0959人→【2025年】1万3872人(-33.81%)▼
日本人 総人口 青森県五戸町【1995年】2万2715人→【2025年】1万5189人(-33.13%)▼
日本人 総人口 青森県南部町【1995年】2万4038人→【2025年】1万6121人(-32.94%)▼
日本人 総人口 青森県野辺地町【1995年】1万7143人→【2025年】1万1612人(-32.26%)▼
日本人 総人口 青森県板柳町【1995年】1万7671人→【2025年】1万2158人(-31.20%)▼
日本人 総人口 青森県鶴田町【1995年】1万6378人→【2025年】1万1511人(-29.72%)▼
日本人 総人口 青森県東北町【1995年】2万2168人→【2025年】1万5768人(-28.87%)▼
日本人 総人口 青森県むつ市【1995年】6万9952人→【2025年】5万1438人(-26.47%)▼
日本人 総人口 青森県黒石市【1995年】4万0165人→【2025年】3万0170人(-24.88%)▼
日本人 総人口 青森県五所川原市【1995年】6万5848人→【2025年】4万9632人(-24.63%)▼
日本人 総人口 青森県田舎館村【1995年】9555人→【2025年】7228人(-24.35%)▼
日本人 総人口 青森県平川市【1995年】3万7490人→【2025年】2万9242人(-22.00%)▼
日本人 総人口 青森県六ヶ所村【1995年】1万1614人→【2025年】9487人(-18.31%)▼
日本人 総人口 青森県弘前市【1995年】19万3878人→【2025年】15万8538人(-18.23%)▼
日本人 総人口 青森県十和田市【1995年】6万8743人→【2025年】5万6878人(-17.26%)▼
日本人 総人口 青森県青森市【1995年】31万5625人→【2025年】26万2074人(-16.97%)▼
日本人 総人口 青森県藤崎町【1995年】1万7139人→【2025年】1万4267人(-16.76%)▼
日本人 総人口 青森県八戸市【1995年】25万0706人→【2025年】21万3325人(-14.91%)▼
日本人 総人口 青森県三沢市【1995年】4万2874人→【2025年】3万6693人(-14.42%)▼
日本人 総人口 青森県階上町【1995年】1万3569人→【2025年】1万2477人(-8.05%)▼
日本人 総人口 青森県六戸町【1995年】1万1121人→【2025年】1万0367人(-6.78%)▼
日本人 総人口 青森県おいらせ町【1995年】2万1124人→【2025年】2万4809人(+17.44%)△

日本人 総人口 青森県全体【1995年】150万8045人→【2025年】117万7352人(-21.93%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県今別町」で「日本人の総人口」が「59.46%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県佐井村」で「日本人の総人口」が「53.37%」も減っています。

★青森県最大級廃墟街in十和田湖(YouTube)

下の表は、1995年と2025年時点での「青森県」にあるすべての市町村の「0歳〜19歳の日本人」の数をならべたものです。

■「青森県」にある市町村の「0歳〜19歳の日本人」減少率ランキング(1995年→2025年)
-----------------------------------------------------------------------------------------
日本人 0〜19歳 青森県今別町【1995年】1055人→【2025年】118人(-88.82%)▼
日本人 0〜19歳 青森県外ヶ浜町【1995年】2068人→【2025年】326人(-84.24%)▼
日本人 0〜19歳 青森県風間浦村【1995年】750人→【2025年】134人(-82.13%)▼
日本人 0〜19歳 青森県佐井村【1995年】746人→【2025年】144人(-80.70%)▼
日本人 0〜19歳 青森県深浦町【1995年】2628人→【2025年】548人(-79.15%)▼
日本人 0〜19歳 青森県鰺ヶ沢町【1995年】3450人→【2025年】789人(-77.13%)▼
日本人 0〜19歳 青森県中泊町【1995年】3915人→【2025年】905人(-76.88%)▼
日本人 0〜19歳 青森県新郷村【1995年】800人→【2025年】189人(-76.38%)▼
日本人 0〜19歳 青森県田子町【1995年】1835人→【2025年】489人(-73.35%)▼
日本人 0〜19歳 青森県大鰐町【1995年】2928人→【2025年】791人(-72.98%)▼
日本人 0〜19歳 青森県平内町【1995年】3992人→【2025年】1123人(-71.87%)▼
日本人 0〜19歳 青森県三戸町【1995年】3174人→【2025年】960人(-69.75%)▼
日本人 0〜19歳 青森県横浜町【1995年】1402人→【2025年】444人(-68.33%)▼
日本人 0〜19歳 青森県野辺地町【1995年】4090人→【2025年】1335人(-67.36%)▼
日本人 0〜19歳 青森県東通村【1995年】2102人→【2025年】705人(-66.46%)▼
日本人 0〜19歳 青森県五戸町【1995年】5131人→【2025年】1730人(-66.28%)▼
日本人 0〜19歳 青森県七戸町【1995年】4902人→【2025年】1688人(-65.57%)▼
日本人 0〜19歳 青森県蓬田村【1995年】863人→【2025年】301人(-65.12%)▼
日本人 0〜19歳 青森県大間町【1995年】1818人→【2025年】640人(-64.80%)▼
日本人 0〜19歳 青森県南部町【1995年】5482人→【2025年】1965人(-64.16%)▼
日本人 0〜19歳 青森県つがる市【1995年】9684人→【2025年】3517人(-63.68%)▼
日本人 0〜19歳 青森県板柳町【1995年】3897人→【2025年】1543人(-60.41%)▼
日本人 0〜19歳 青森県むつ市【1995年】1万7303人→【2025年】6874人(-60.27%)▼
日本人 0〜19歳 青森県黒石市【1995年】9748人→【2025年】3999人(-58.98%)▼
日本人 0〜19歳 青森県鶴田町【1995年】3684人→【2025年】1513人(-58.93%)▼
日本人 0〜19歳 青森県五所川原市【1995年】1万5064人→【2025年】6205人(-58.81%)▼
日本人 0〜19歳 青森県東北町【1995年】5185人→【2025年】2142人(-58.69%)▼
日本人 0〜19歳 青森県西目屋村【1995年】431人→【2025年】180人(-58.24%)▼
日本人 0〜19歳 青森県六ヶ所村【1995年】2946人→【2025年】1324人(-55.06%)▼
日本人 0〜19歳 青森県階上町【1995年】3622人→【2025年】1659人(-54.20%)▼
日本人 0〜19歳 青森県十和田市【1995年】1万7135人→【2025年】8007人(-53.27%)▼
日本人 0〜19歳 青森県田舎館村【1995年】2179人→【2025年】1065人(-51.12%)▼
日本人 0〜19歳 青森県青森市【1995年】7万5253人→【2025年】3万6879人(-50.99%)▼
日本人 0〜19歳 青森県平川市【1995年】8651人→【2025年】4316人(-50.11%)▼
日本人 0〜19歳 青森県弘前市【1995年】4万5009人→【2025年】2万2522人(-49.96%)▼
日本人 0〜19歳 青森県八戸市【1995年】6万2831人→【2025年】3万2019人(-49.04%)▼
日本人 0〜19歳 青森県藤崎町【1995年】3972人→【2025年】2175人(-45.24%)▼
日本人 0〜19歳 青森県三沢市【1995年】1万1160人→【2025年】6176人(-44.66%)▼
日本人 0〜19歳 青森県六戸町【1995年】2638人→【2025年】1727人(-34.53%)▼
日本人 0〜19歳 青森県おいらせ町【1995年】5384人→【2025年】4530人(-15.86%)▼

日本人 0〜19歳 青森県全体【1995年】35万8907人→【2025年】16万3696人(-54.39%)▼
-----------------------------------------------------------------------------------------
※△…増加、▼…減少
※住民基本台帳に登録されている日本人(日本国籍者)
※1995年3月31日と2025年1月1日時点
※1995年の数値は現在の市町村域にあたるエリアのもの
※出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県今別町」で「0歳〜19歳の日本人」が「88.82%」も減っています。
また、1995年から2025年までの30年のあいだに「青森県外ヶ浜町」で「0歳〜19歳の日本人」が「84.24%」も減っています。

「年齢別人口」に興味のある人は、総務省が運営している政府統計サイト「e-Stat」でお住まいの市区町村のデータを調べてみるといいかもしれません。
なお、ホームページで最新の「年齢別人口」を公開している市区町村もあります。

★ふるさと歴史館73 閉山で集落消えた上北鉱山(YouTube)

■「北海道」「東京都」「神奈川県」「青森県」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)(1947年〜)
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1947年 出生数【北海道】14万1577人【東京】15万7306人【神奈川】7万4699人【青森】4万8997人
1948年 出生数【北海道】15万3210人【東京】16万1476人【神奈川】7万2569人【青森】4万6805人
1949年 出生数【北海道】16万4640人【東京】16万7697人【神奈川】7万4597人【青森】5万1475人
1950年 出生数【北海道】14万7055人【東京】14万8423人【神奈川】6万5719人【青森】4万6137人
1951年 出生数【北海道】13万6014人【東京】13万7295人【神奈川】5万9971人【青森】4万1780人
1952年 出生数【北海道】12万9840人【東京】13万3336人【神奈川】5万6541人【青森】4万0981人
1953年 出生数【北海道】11万9212人【東京】12万5859人【神奈川】5万3048人【青森】3万8670人
1954年 出生数【北海道】11万0354人【東京】12万6303人【神奈川】5万2359人【青森】3万6484人
1955年 出生数【北海道】10万3678人【東京】12万7847人【神奈川】5万1786人【青森】3万5219人
1956年 出生数【北海道】9万8863人【東京】12万7153人【神奈川】5万0714人【青森】3万3066人
1957年 出生数【北海道】9万3181人【東京】13万1115人【神奈川】5万1124人【青森】3万1368人
1958年 出生数【北海道】9万4427人【東京】14万6080人【神奈川】5万4954人【青森】3万2361人
1959年 出生数【北海道】9万5324人【東京】15万2933人【神奈川】5万7246人【青森】3万1645人
1960年 出生数【北海道】9万3852人【東京】16万4826人【神奈川】6万0704人【青森】2万9881人
1961年 出生数【北海道】9万2401人【東京】17万2128人【神奈川】6万5034人【青森】2万9216人
1962年 出生数【北海道】9万1949人【東京】18万3009人【神奈川】6万9982人【青森】2万8247人
1963年 出生数【北海道】9万3326人【東京】19万3553人【神奈川】7万6175人【青森】2万7714人
1964年 出生数【北海道】9万2800人【東京】20万7567人【神奈川】8万5101人【青森】2万7776人
1965年 出生数【北海道】9万6666人【東京】22万5492人【神奈川】9万7386人【青森】2万8204人
1966年 出生数【北海道】7万4230人【東京】17万7354人【神奈川】7万7093人【青森】2万1594人
1967年 出生数【北海道】9万9012人【東京】23万5583人【神奈川】11万0998人【青森】2万8407人
1968年 出生数【北海道】9万3410人【東京】22万9042人【神奈川】11万1200人【青森】2万7203人
1969年 出生数【北海道】9万2477人【東京】22万9174人【神奈川】11万6708人【青森】2万6714人
1970年 出生数【北海道】9万1867人【東京】22万9687人【神奈川】12万3714人【青森】2万6369人
1971年 出生数【北海道】9万3568人【東京】23万2695人【神奈川】13万0245人【青森】2万6014人
1972年 出生数【北海道】9万5200人【東京】23万0584人【神奈川】13万3642人【青森】2万5926人
1973年 出生数【北海道】9万5104人【東京】22万6372人【神奈川】13万6389人【青森】2万5985人
1974年 出生数【北海道】9万4356人【東京】20万9244人【神奈川】12万8800人【青森】2万5090人
1975年 出生数【北海道】8万9631人【東京】18万6701人【神奈川】11万8656人【青森】2万4031人
1976年 出生数【北海道】8万6335人【東京】17万3538人【神奈川】11万3725人【青森】2万3627人
1977年 出生数【北海道】8万3020人【東京】16万4459人【神奈川】10万8479人【青森】2万3104人
1978年 出生数【北海道】8万2012人【東京】15万7066人【神奈川】10万4523人【青森】2万2443人
1979年 出生数【北海道】7万8956人【東京】14万8543人【神奈川】10万0103人【青森】2万2337人
1980年 出生数【北海道】7万5526人【東京】13万9953人【神奈川】9万4356人【青森】2万1761人
1981年 出生数【北海道】7万2380人【東京】13万6753人【神奈川】9万2221人【青森】2万0750人
1982年 出生数【北海道】7万2828人【東京】13万3777人【神奈川】9万0818人【青森】2万0372人
1983年 出生数【北海道】7万2017人【東京】13万2052人【神奈川】9万0575人【青森】2万0449人
1984年 出生数【北海道】7万0210人【東京】13万1151人【神奈川】8万8504人【青森】2万0062人
1985年 出生数【北海道】6万6413人【東京】12万6178人【神奈川】8万6101人【青森】1万9095人
1986年 出生数【北海道】6万3947人【東京】12万1745人【神奈川】8万3485人【青森】1万8353人
1987年 出生数【北海道】6万1219人【東京】11万8509人【神奈川】8万3295人【青森】1万7324人
1988年 出生数【北海道】5万9211人【東京】11万4422人【神奈川】8万4023人【青森】1万6373人
1989年 出生数【北海道】5万5251人【東京】10万6480人【神奈川】7万9184人【青森】1万5544人
1990年 出生数【北海道】5万4428人【東京】10万3983人【神奈川】7万9437人【青森】1万4635人
1991年 出生数【北海道】5万3909人【東京】10万3226人【神奈川】8万0911人【青森】1万5030人
1992年 出生数【北海道】5万3121人【東京】10万0965人【神奈川】7万9805人【青森】1万4486人
1993年 出生数【北海道】5万0925人【東京】9万8291人【神奈川】7万9552人【青森】1万4357人
1994年 出生数【北海道】5万2522人【東京】10万1998人【神奈川】8万3868人【青森】1万4767人
1995年 出生数【北海道】4万9950人【東京】9万6823人【神奈川】8万0692人【青森】1万3972人
1996年 出生数【北海道】4万9784人【東京】9万7954人【神奈川】8万2092人【青森】1万3955人
1997年 出生数【北海道】4万8912人【東京】9万7906人【神奈川】8万1699人【青森】1万3606人
1998年 出生数【北海道】4万9065人【東京】9万8960人【神奈川】8万3104人【青森】1万3594人
1999年 出生数【北海道】4万6680人【東京】9万7959人【神奈川】8万1792人【青森】1万3146人
2000年 出生数【北海道】4万6780人【東京】10万0209人【神奈川】8万2906人【青森】1万2920人
2001年 出生数【北海道】4万6236人【東京】9万8421人【神奈川】8万1839人【青森】1万2889人
2002年 出生数【北海道】4万6101人【東京】10万0118人【神奈川】8万1498人【青森】1万2434人
2003年 出生数【北海道】4万4939人【東京】9万8534人【神奈川】8万0262人【青森】1万1723人
2004年 出生数【北海道】4万4020人【東京】9万9272人【神奈川】7万9441人【青森】1万1554人
2005年 出生数【北海道】4万1420人【東京】9万6542人【神奈川】7万6196人【青森】1万0524人
2006年 出生数【北海道】4万2204人【東京】10万1674人【神奈川】7万9118人【青森】1万0556人
2007年 出生数【北海道】4万1550人【東京】10万3837人【神奈川】7万9193人【青森】1万0162人
2008年 出生数【北海道】4万1074人【東京】10万6015人【神奈川】7万9179人【青森】1万0187人
2009年 出生数【北海道】4万0165人【東京】10万6613人【神奈川】7万8057人【青森】9524人
2010年 出生数【北海道】4万0158人【東京】10万8135人【神奈川】7万8077人【青森】9712人
2011年 出生数【北海道】3万9292人【東京】10万6027人【神奈川】7万6000人【青森】9532人
2012年 出生数【北海道】3万8686人【東京】10万7401人【神奈川】7万5477人【青森】9168人
2013年 出生数【北海道】3万8190人【東京】10万9986人【神奈川】7万4320人【青森】9126人
2014年 出生数【北海道】3万7058人【東京】11万0629人【神奈川】7万2997人【青森】8853人
2015年 出生数【北海道】3万6696人【東京】11万3194人【神奈川】7万3476人【青森】8621人
2016年 出生数【北海道】3万5129人【東京】11万1964人【神奈川】7万0649人【青森】8626人
2017年 出生数【北海道】3万4058人【東京】10万8990人【神奈川】6万8133人【青森】8035人
2018年 出生数【北海道】3万2642人【東京】10万7150人【神奈川】6万6564人【青森】7803人
2019年 出生数【北海道】3万1020人【東京】10万1818人【神奈川】6万3035人【青森】7170人
2020年 出生数【北海道】2万9523人【東京】9万9661人【神奈川】6万0865人【青森】6837人
2021年 出生数【北海道】2万8762人【東京】9万5404人【神奈川】5万8836人【青森】6513人
2022年 出生数【北海道】2万6407人【東京】9万1097人【神奈川】5万6498人【青森】5985人
2023年 出生数【北海道】2万4430人【東京】8万6348人【神奈川】5万3991人【青森】5696人
2024年 出生数【北海道】2万2658人【東京】8万4207人【神奈川】5万1423人【青森】5099人
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※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

上の表を見てもわかるように、都会の「東京」や「神奈川」では「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)が起きましたが、田舎の「北海道」や「青森」では「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)が起きませんでした。
理由は簡単で、高度成長期だった1960年代〜1970年代に「田舎」から「都会」へ出て行ったたくさんの若者が、「都会」で結婚して子供をたくさん生んだからです。
若者が出て行った「田舎」では子供が増えなくて、若者がたくさん入ってきた「都会」では子供がたくさん増えました。

★国に造らされた巨大リゾート施設が廃墟となって残る街に行ってみた(YouTube)

■日本の年齢別人口(日本人・外国人)※2025年9月1日時点
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2025年9月1日 日本 推計人口 0歳〜4歳【日本人】370万5千人【外国人】9万8千人
2025年9月1日 日本 推計人口 5歳〜9歳【日本人】446万6千人【外国人】9万2千人
2025年9月1日 日本 推計人口 10歳〜14歳【日本人】504万7千人【外国人】8万9千人
2025年9月1日 日本 推計人口 15歳〜19歳【日本人】531万8千人【外国人】15万5千人
2025年9月1日 日本 推計人口 20歳〜24歳【日本人】560万0千人【外国人】59万6千人
2025年9月1日 日本 推計人口 25歳〜29歳【日本人】587万6千人【外国人】66万6千人
2025年9月1日 日本 推計人口 30歳〜34歳【日本人】592万2千人【外国人】50万6千人
2025年9月1日 日本 推計人口 35歳〜39歳【日本人】636万6千人【外国人】37万0千人
2025年9月1日 日本 推計人口 40歳〜44歳【日本人】722万4千人【外国人】27万6千人
2025年9月1日 日本 推計人口 45歳〜49歳【日本人】825万1千人【外国人】21万3千人
2025年9月1日 日本 推計人口 50歳〜54歳【日本人】960万8千人【外国人】18万0千人
2025年9月1日 日本 推計人口 55歳〜59歳【日本人】846万1千人【外国人】15万7千人
2025年9月1日 日本 推計人口 60歳〜64歳【日本人】761万9千人【外国人】11万9千人
2025年9月1日 日本 推計人口 65歳〜69歳【日本人】710万6千人【外国人】7万9千人
2025年9月1日 日本 推計人口 70歳〜74歳【日本人】774万2千人【外国人】5万7千人
2025年9月1日 日本 推計人口 75歳〜79歳【日本人】828万1千人【外国人】4万2千人
2025年9月1日 日本 推計人口 80歳〜84歳【日本人】597万8千人【外国人】2万7千人
2025年9月1日 日本 推計人口 85歳〜89歳【日本人】398万6千人【外国人】1万5千人
2025年9月1日 日本 推計人口 90歳〜94歳【日本人】213万7千人【外国人】6千人
2025年9月1日 日本 推計人口 95歳〜99歳【日本人】66万8千人【外国人】1千人
2025年9月1日 日本 推計人口 100歳以上【日本人】8万8千人【外国人】0千人

2025年9月1日 日本 推計人口 総人口【日本人】1億1944万9千人【外国人】374万3千人
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※千人未満は四捨五入済み
※出典:総務省統計局「人口推計(確定値)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★「ドーンと音がした…」青森市でアパート火災 2人搬送 大雪で消防車が近づけず…(YouTube)

■日本の出生数(速報・概数・確定数)※2004年〜
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2004年 日本 出生数【速報】113万7955人【概数】111万0835人【確定数】111万0721人
2005年 日本 出生数【速報】109万0237人【概数】106万2604人【確定数】106万2530人
2006年 日本 出生数【速報】112万2278人【概数】109万2662人【確定数】109万2674人
2007年 日本 出生数【速報】112万0937人【概数】108万9745人【確定数】108万9818人
2008年 日本 出生数【速報】112万3455人【概数】109万1150人【確定数】109万1156人
2009年 日本 出生数【速報】110万0514人【概数】107万0025人【確定数】107万0036人
2010年 日本 出生数【速報】110万2050人【概数】107万1306人【確定数】107万1305人
2011年 日本 出生数【速報】108万0562人【概数】105万0698人【確定数】105万0807人
2012年 日本 出生数【速報】106万8807人【概数】103万7101人【確定数】103万7232人
2013年 日本 出生数【速報】106万0245人【概数】102万9800人【確定数】102万9817人
2014年 日本 出生数【速報】103万5667人【概数】100万3532人【確定数】100万3609人
2015年 日本 出生数【速報】103万7064人【概数】100万5656人【確定数】100万5721人
2016年 日本 出生数【速報】101万0944人【概数】97万6979人【確定数】97万7242人
2017年 日本 出生数【速報】97万8167人【概数】94万6060人【確定数】94万6146人
2018年 日本 出生数【速報】95万0832人【概数】91万8397人【確定数】91万8400人
2019年 日本 出生数【速報】89万8600人【概数】86万5234人【確定数】86万5239人
2020年 日本 出生数【速報】87万2683人【概数】84万0832人【確定数】84万0835人
2021年 日本 出生数【速報】84万2897人【概数】81万1604人【確定数】81万1622人
2022年 日本 出生数【速報】79万9728人【概数】77万0747人【確定数】77万0759人
2023年 日本 出生数【速報】75万8631人【概数】72万7277人【確定数】72万7288人
2024年 日本 出生数【速報】72万0988人【概数】68万6061人【確定数】68万6173人
2025年 日本 出生数【速報】70万5809人【概数】--万----人【確定数】--万----人
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※1年間に生まれた赤ちゃんの数
※速報…「日本における日本人」「日本における外国人」「外国における日本人」「前年以前に発生した事象」が対象(翌年2月公表)
※概数…「日本における日本人」が対象(翌年6月公表)
※確定数…「日本における日本人」が対象(翌年9月公表)
※出典:厚生労働省「人口動態統計」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★津軽鉄道 ボロすぎて田んぼの真ん中でエンジン止まる(YouTube)

■日本の死亡数(速報・概数・確定数)※2004年〜
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2004年 日本 死亡数【速報】103万8083人【概数】102万8708人【確定数】102万8602人
2005年 日本 死亡数【速報】109万4598人【概数】108万4012人【確定数】108万3796人
2006年 日本 死亡数【速報】109万5393人【概数】108万4488人【確定数】108万4451人
2007年 日本 死亡数【速報】111万9492人【概数】110万8280人【確定数】110万8334人
2008年 日本 死亡数【速報】115万3266人【概数】114万2467人【確定数】114万2407人
2009年 日本 死亡数【速報】115万2176人【概数】114万1920人【確定数】114万1865人
2010年 日本 死亡数【速報】120万7651人【概数】119万7066人【確定数】119万7014人
2011年 日本 死亡数【速報】126万3318人【概数】125万3463人【確定数】125万3068人
2012年 日本 死亡数【速報】126万8705人【概数】125万6254人【確定数】125万6359人
2013年 日本 死亡数【速報】127万9257人【概数】126万8432人【確定数】126万8438人
2014年 日本 死亡数【速報】128万3560人【概数】127万3020人【確定数】127万3025人
2015年 日本 死亡数【速報】130万1824人【概数】129万0428人【確定数】129万0510人
2016年 日本 死亡数【速報】131万9012人【概数】130万7765人【確定数】130万8158人
2017年 日本 死亡数【速報】135万2198人【概数】134万0433人【確定数】134万0567人
2018年 日本 死亡数【速報】137万4765人【概数】136万2482人【確定数】136万2470人
2019年 日本 死亡数【速報】139万3917人【概数】138万1098人【確定数】138万1093人
2020年 日本 死亡数【速報】138万4544人【概数】137万2648人【確定数】137万2755人
2021年 日本 死亡数【速報】145万2289人【概数】143万9809人【確定数】143万9856人
2022年 日本 死亡数【速報】158万2033人【概数】156万8961人【確定数】156万9050人
2023年 日本 死亡数【速報】159万0503人【概数】157万5936人【確定数】157万6016人
2024年 日本 死亡数【速報】161万8684人【概数】160万5298人【確定数】160万5378人
2025年 日本 死亡数【速報】160万5654人【概数】---万----人【確定数】---万----人
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※1年間に亡くなった人の数
※速報…「日本における日本人」「日本における外国人」「外国における日本人」「前年以前に発生した事象」が対象(翌年2月公表)
※概数…「日本における日本人」が対象(翌年6月公表)
※確定数…「日本における日本人」が対象(翌年9月公表)
※出典:厚生労働省「人口動態統計」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★【青森県】2年連続の大雪 リンゴ生産者嘆く 「直したばかり…」 山田大鰐町長が視察(YouTube)

■日本の「既婚女性」と「独身女性」の人数と割合(1960年〜2020年)※結婚出産世代のみ
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1960年 日本 25〜29歳 女性【既婚】316万5896人(76.3%)【独身】98万3971人(23.7%)
1965年 日本 25〜29歳 女性【既婚】337万6668人(79.6%)【独身】86万4823人(20.4%)
1970年 日本 25〜29歳 女性【既婚】369万5575人(80.3%)【独身】90万6465人(19.7%)
1975年 日本 25〜29歳 女性【既婚】417万5836人(77.8%)【独身】119万1558人(22.2%)★
1980年 日本 25〜29歳 女性【既婚】334万8413人(74.5%)【独身】114万4090人(25.5%)
1985年 日本 25〜29歳 女性【既婚】262万1907人(67.7%)【独身】124万8312人(32.3%)
1990年 日本 25〜29歳 女性【既婚】229万5605人(57.8%)【独身】167万2831人(42.2%)
1995年 日本 25〜29歳 女性【既婚】215万1902人(49.8%)【独身】216万5860人(50.2%)
2000年 日本 25〜29歳 女性【既婚】209万9428人(43.5%)【独身】272万2033人(56.5%)◆
2005年 日本 25〜29歳 女性【既婚】155万9535人(38.2%)【独身】251万8198人(61.8%)
2010年 日本 25〜29歳 女性【既婚】130万3214人(37.1%)【独身】221万3309人(62.9%)
2015年 日本 25〜29歳 女性【既婚】110万9787人(34.6%)【独身】210万1623人(65.4%)
2020年 日本 25〜29歳 女性【既婚】100万3036人(32.3%)【独身】210万1966人(67.7%)
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1960年 日本 30〜34歳 女性【既婚】326万9183人(86.0%)【独身】53万1788人(14.0%)
1965年 日本 30〜34歳 女性【既婚】364万5742人(88.0%)【独身】49万6343人(12.0%)
1970年 日本 30〜34歳 女性【既婚】379万9880人(89.9%)【独身】42万5504人(10.1%)
1975年 日本 30〜34歳 女性【既婚】414万8446人(89.8%)【独身】47万2136人(10.2%)
1980年 日本 30〜34歳 女性【既婚】470万9754人(88.1%)【独身】63万7079人(11.9%)★
1985年 日本 30〜34歳 女性【既婚】387万1475人(86.2%)【独身】62万1384人(13.8%)
1990年 日本 30〜34歳 女性【既婚】319万3773人(82.9%)【独身】65万7705人(17.1%)
1995年 日本 30〜34歳 女性【既婚】306万3708人(76.6%)【独身】93万6989人(23.4%)
2000年 日本 30〜34歳 女性【既婚】298万9254人(69.0%)【独身】134万5554人(31.0%)
2005年 日本 30〜34歳 女性【既婚】302万5065人(62.8%)【独身】178万9049人(37.2%)◆
2010年 日本 30〜34歳 女性【既婚】246万0055人(60.8%)【独身】158万4425人(39.2%)
2015年 日本 30〜34歳 女性【既婚】215万7129人(59.0%)【独身】149万6226人(41.0%)
2020年 日本 30〜34歳 女性【既婚】188万5313人(57.4%)【独身】139万7210人(42.6%)
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1960年 日本 35〜39歳 女性【既婚】283万3054人(85.9%)【独身】46万6620人(14.1%)
1965年 日本 35〜39歳 女性【既婚】330万6613人(87.5%)【独身】47万2036人(12.5%)
1970年 日本 35〜39歳 女性【既婚】368万8521人(89.6%)【独身】42万9497人(10.4%)
1975年 日本 35〜39歳 女性【既婚】381万4679人(90.6%)【独身】39万4478人(9.4%)
1980年 日本 35〜39歳 女性【既婚】415万5679人(90.3%)【独身】44万8201人(9.7%)
1985年 日本 35〜39歳 女性【既婚】471万3636人(88.3%)【独身】62万3365人(11.7%)★
1990年 日本 35〜39歳 女性【既婚】391万0560人(87.5%)【独身】55万7952人(12.5%)
1995年 日本 35〜39歳 女性【既婚】328万3532人(84.9%)【独身】58万3538人(15.1%)
2000年 日本 35〜39歳 女性【既婚】318万0969人(79.9%)【独身】80万1757人(20.1%)
2005年 日本 35〜39歳 女性【既婚】313万5144人(73.8%)【独身】111万3979人(26.2%)
2010年 日本 35〜39歳 女性【既婚】331万7927人(69.8%)【独身】143万7189人(30.2%)◆
2015年 日本 35〜39歳 女性【既婚】283万2499人(68.2%)【独身】132万2817人(31.8%)
2020年 日本 35〜39歳 女性【既婚】250万1549人(67.7%)【独身】119万0874人(32.3%)
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※★…日本の「第1次ベビーブーム世代」(1947年〜1949年生まれ)が含まれている
※◆…日本の「第2次ベビーブーム世代」(1971年〜1974年生まれ)が含まれている
※独身…「未婚(入籍経験なし)」「離別(入籍経験あり)」「死別」の合計
※10月1日時点
※日本在住の外国人を含む
※出典:総務省統計局「国勢調査」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※近年の「国勢調査」では不詳者が増加傾向にあるため「不詳補完値」を使用
※転載自由

★【倒壊の恐れ】弘前市初の行政代執行 大雪の影響 空き家の解体作業に着手(YouTube)

■日本の「既婚男性」と「独身男性」の人数と割合(1960年〜2020年)※結婚出産世代のみ
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1960年 日本 25〜29歳 男性【既婚】219万6151人(53.2%)【独身】193万2283人(46.8%)
1965年 日本 25〜29歳 男性【既婚】225万3977人(53.8%)【独身】193万5341人(46.2%)
1970年 日本 25〜29歳 男性【既婚】240万6136人(52.9%)【独身】213万8088人(47.1%)
1975年 日本 25〜29歳 男性【既婚】277万6464人(51.2%)【独身】264万6875人(48.8%)★
1980年 日本 25〜29歳 男性【既婚】200万3097人(44.2%)【独身】253万1059人(55.8%)
1985年 日本 25〜29歳 男性【既婚】152万8626人(38.8%)【独身】240万7924人(61.2%)
1990年 日本 25〜29歳 男性【既婚】138万1770人(34.3%)【独身】265万1561人(65.7%)
1995年 日本 25〜29歳 男性【既婚】140万7624人(31.9%)【独身】301万1478人(68.1%)
2000年 日本 25〜29歳 男性【既婚】147万0696人(29.6%)【独身】349万3150人(70.4%)◆
2005年 日本 25〜29歳 男性【既婚】115万1706人(27.4%)【独身】304万5656人(72.6%)
2010年 日本 25〜29歳 男性【既婚】96万5873人(27.1%)【独身】259万2993人(72.9%)
2015年 日本 25〜29歳 男性【既婚】81万6584人(24.4%)【独身】252万7611人(75.6%)
2020年 日本 25〜29歳 男性【既婚】74万4487人(22.7%)【独身】253万4662人(77.3%)
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1960年 日本 30〜34歳 男性【既婚】334万6625人(88.7%)【独身】42万6495人(11.3%)
1965年 日本 30〜34歳 男性【既婚】367万8649人(88.0%)【独身】50万0324人(12.0%)
1970年 日本 30〜34歳 男性【既婚】367万7474人(87.2%)【独身】53万7550人(12.8%)
1975年 日本 30〜34歳 男性【既婚】391万2688人(84.6%)【独身】71万0448人(15.4%)
1980年 日本 30〜34歳 男性【既婚】417万4171人(77.1%)【独身】123万6924人(22.9%)★
1985年 日本 30〜34歳 男性【既婚】319万8089人(70.3%)【独身】135万0332人(29.7%)
1990年 日本 30〜34歳 男性【既婚】256万0955人(65.7%)【独身】133万7614人(34.3%)
1995年 日本 30〜34歳 男性【既婚】248万3181人(60.8%)【独身】160万3151人(39.2%)
2000年 日本 30〜34歳 男性【既婚】243万7978人(55.0%)【独身】199万6836人(45.0%)
2005年 日本 30〜34歳 男性【既婚】249万4678人(50.6%)【独身】243万5704人(49.4%)◆
2010年 日本 30〜34歳 男性【既婚】206万9073人(50.4%)【独身】203万3069人(49.6%)
2015年 日本 30〜34歳 男性【既婚】180万4161人(48.1%)【独身】194万9836人(51.9%)
2020年 日本 30〜34歳 男性【既婚】158万3104人(46.1%)【独身】184万8146人(53.9%)
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1960年 日本 35〜39歳 男性【既婚】262万8743人(94.5%)【独身】15万3425人(5.5%)
1965年 日本 35〜39歳 男性【既婚】356万3463人(94.5%)【独身】20万8405人(5.5%)
1970年 日本 35〜39歳 男性【既婚】390万0113人(93.9%)【独身】25万4037人(6.1%)
1975年 日本 35〜39歳 男性【既婚】389万2439人(92.4%)【独身】31万9302人(7.6%)
1980年 日本 35〜39歳 男性【既婚】410万6643人(89.5%)【独身】48万0772人(10.5%)
1985年 日本 35〜39歳 男性【既婚】449万3057人(83.4%)【独身】89万7318人(16.6%)★
1990年 日本 35〜39歳 男性【既婚】353万2014人(78.5%)【独身】96万8510人(21.5%)
1995年 日本 35〜39歳 男性【既婚】293万0957人(74.7%)【独身】99万2294人(25.3%)
2000年 日本 35〜39歳 男性【既婚】283万3109人(70.6%)【独身】117万9936人(29.4%)
2005年 日本 35〜39歳 男性【既婚】276万0286人(65.1%)【独身】148万0264人(34.9%)
2010年 日本 35〜39歳 男性【既婚】294万0178人(60.8%)【独身】189万2546人(39.2%)◆
2015年 日本 35〜39歳 男性【既婚】252万7727人(59.2%)【独身】173万9963人(40.8%)
2020年 日本 35〜39歳 男性【既婚】221万3585人(58.2%)【独身】159万2367人(41.8%)
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※★…日本の「第1次ベビーブーム世代」(1947年〜1949年生まれ)が含まれている
※◆…日本の「第2次ベビーブーム世代」(1971年〜1974年生まれ)が含まれている
※独身…「未婚(入籍経験なし)」「離別(入籍経験あり)」「死別」の合計
※10月1日時点
※日本在住の外国人を含む
※出典:総務省統計局「国勢調査」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※近年の「国勢調査」では不詳者が増加傾向にあるため「不詳補完値」を使用
※転載自由

★【雪害】屋根が倒壊・窓ガラス割れる 雪害が起きたらどうする?補償は?(YouTube)

■「東北地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
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1920年 出生数【東北地方】25万0603人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【東北地方】24万1289人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【東北地方】23万3919人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【東北地方】25万0110人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【東北地方】24万4918人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【東北地方】25万2054人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【東北地方】25万5924人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【東北地方】25万4030人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【東北地方】25万8217人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【東北地方】25万0058人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【東北地方】25万9289人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【東北地方】25万1870人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【東北地方】26万7942人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【東北地方】25万5200人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【東北地方】25万5465人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【東北地方】26万5368人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【東北地方】25万5261人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【東北地方】26万5478人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【東北地方】24万1843人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【東北地方】22万3433人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【東北地方】24万5306人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【東北地方】24万3815人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【東北地方】24万4644人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【東北地方】24万7521人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【東北地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【東北地方】31万3603人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【東北地方】30万7158人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【東北地方】32万2645人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【東北地方】29万5940人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【東北地方】26万4720人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【東北地方】25万9453人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【東北地方】23万7276人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【東北地方】22万4992人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【東北地方】21万5093人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【東北地方】20万3135人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【東北地方】18万8333人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【東北地方】19万2393人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【東北地方】18万3019人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【東北地方】17万4151人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【東北地方】16万6383人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【東北地方】16万0704人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【東北地方】15万6621人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【東北地方】15万3998人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【東北地方】15万3616人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【東北地方】11万6208人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【東北地方】15万6509人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【東北地方】14万6443人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【東北地方】14万4434人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【東北地方】14万3802人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【東北地方】14万4538人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【東北地方】14万7343人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【東北地方】15万1159人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【東北地方】15万0271人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【東北地方】14万4985人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【東北地方】14万5272人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【東北地方】14万2064人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【東北地方】13万9939人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【東北地方】13万8499人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【東北地方】13万5227人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【東北地方】12万9294人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【東北地方】12万8824人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【東北地方】12万8135人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【東北地方】12万6398人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【東北地方】12万0213人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【東北地方】11万6477人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【東北地方】11万1250人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【東北地方】10万7778人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【東北地方】10万2064人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【東北地方】9万8481人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【東北地方】9万8588人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【東北地方】9万6465人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【東北地方】9万3524人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【東北地方】9万6279人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【東北地方】9万2068人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【東北地方】9万1767人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【東北地方】8万9524人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【東北地方】8万9824人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【東北地方】8万7932人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【東北地方】8万7742人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【東北地方】8万6701人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【東北地方】8万4181人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【東北地方】8万0901人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【東北地方】7万9181人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【東北地方】7万4987人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【東北地方】7万5598人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【東北地方】7万4058人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【東北地方】7万3766人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【東北地方】7万0470人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【東北地方】7万0048人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【東北地方】6万7189人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【東北地方】6万5677人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【東北地方】6万6188人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【東北地方】6万4207人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【東北地方】6万3345人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【東北地方】6万1325人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【東北地方】5万8765人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【東北地方】5万6137人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【東北地方】5万1740人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【東北地方】4万9966人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【東北地方】4万7628人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【東北地方】4万4000人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【東北地方】4万1237人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【東北地方】3万7434人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※東北地方…「青森県」「岩手県」「宮城県」「秋田県」「山形県」「福島県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★【青森市】特定空き家を撤去 大雪の影響 青森市初の “緊急代執行”(YouTube)

■「甲信北陸」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
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1920年 出生数【甲信北陸】23万0368人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【甲信北陸】22万3773人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【甲信北陸】21万4757人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【甲信北陸】21万8638人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【甲信北陸】22万1506人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【甲信北陸】22万5403人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【甲信北陸】22万4698人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【甲信北陸】22万0169人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【甲信北陸】22万5111人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【甲信北陸】21万7865人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【甲信北陸】22万0904人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【甲信北陸】21万8787人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【甲信北陸】22万4652人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【甲信北陸】21万9285人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【甲信北陸】20万6809人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【甲信北陸】21万8456人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【甲信北陸】21万4402人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【甲信北陸】21万4733人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【甲信北陸】19万0668人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【甲信北陸】18万4333人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【甲信北陸】20万0904人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【甲信北陸】20万6101人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【甲信北陸】20万8644人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【甲信北陸】20万6128人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【甲信北陸】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【甲信北陸】27万8591人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【甲信北陸】26万3194人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【甲信北陸】25万9335人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【甲信北陸】21万8649人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【甲信北陸】19万4094人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【甲信北陸】18万0790人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【甲信北陸】16万6239人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【甲信北陸】15万8439人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【甲信北陸】15万4114人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【甲信北陸】14万4792人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【甲信北陸】13万4108人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【甲信北陸】13万9782人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【甲信北陸】13万2889人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【甲信北陸】12万9672人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【甲信北陸】12万4683人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【甲信北陸】12万3696人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【甲信北陸】12万4514人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【甲信北陸】12万5738人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【甲信北陸】13万0197人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【甲信北陸】9万5445人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【甲信北陸】13万6136人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【甲信北陸】12万8680人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【甲信北陸】12万7349人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【甲信北陸】12万8826人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【甲信北陸】13万2749人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【甲信北陸】13万4967人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【甲信北陸】13万8031人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【甲信北陸】13万6498人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【甲信北陸】12万9651人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【甲信北陸】12万7498人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【甲信北陸】12万1432人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【甲信北陸】11万8202人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【甲信北陸】11万3892人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【甲信北陸】10万9430人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【甲信北陸】10万4051人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【甲信北陸】10万3146人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【甲信北陸】10万2865人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【甲信北陸】10万2350人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【甲信北陸】9万8505人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【甲信北陸】9万5556人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【甲信北陸】9万2427人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【甲信北陸】9万0391人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【甲信北陸】8万6948人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【甲信北陸】8万4280人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【甲信北陸】8万4124人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【甲信北陸】8万3449人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【甲信北陸】8万1879人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【甲信北陸】8万6261人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【甲信北陸】8万2100人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【甲信北陸】8万3194人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【甲信北陸】8万1960人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【甲信北陸】8万2703人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【甲信北陸】8万0377人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【甲信北陸】8万1127人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【甲信北陸】7万9610人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【甲信北陸】7万6962人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【甲信北陸】7万4888人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【甲信北陸】7万3588人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【甲信北陸】7万0341人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【甲信北陸】7万1378人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【甲信北陸】7万0543人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【甲信北陸】6万9472人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【甲信北陸】6万7196人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【甲信北陸】6万6631人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【甲信北陸】6万5102人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【甲信北陸】6万4609人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【甲信北陸】6万3222人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【甲信北陸】6万1074人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【甲信北陸】6万0836人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【甲信北陸】5万9071人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【甲信北陸】5万6927人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【甲信北陸】5万5280人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【甲信北陸】5万2105人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【甲信北陸】5万0310人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【甲信北陸】4万8645人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【甲信北陸】4万6592人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【甲信北陸】4万3270人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【甲信北陸】4万0146人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※甲信北陸…「新潟県」「富山県」「石川県」「福井県」「山梨県」「長野県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★【倒壊】青森県五所川原駅近く 建物倒壊 五能線の一部で終日運休(YouTube)

■「中四国地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
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1920年 出生数【中四国地方】28万1319人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【中四国地方】27万4743人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【中四国地方】26万8467人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【中四国地方】28万0950人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【中四国地方】26万5405人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【中四国地方】27万5850人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【中四国地方】28万2903人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【中四国地方】26万8007人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【中四国地方】27万7827人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【中四国地方】27万3072人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【中四国地方】26万5427人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【中四国地方】27万2051人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【中四国地方】28万1880人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【中四国地方】27万3163人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【中四国地方】25万0868人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【中四国地方】27万2928人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【中四国地方】25万7530人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【中四国地方】27万1371人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【中四国地方】22万7581人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【中四国地方】22万3590人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【中四国地方】24万5222人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【中四国地方】27万2374人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【中四国地方】26万6454人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【中四国地方】25万9230人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【中四国地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【中四国地方】36万9774人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【中四国地方】35万8310人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【中四国地方】35万0719人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【中四国地方】29万6580人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【中四国地方】26万9050人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【中四国地方】24万2744人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【中四国地方】22万7906人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【中四国地方】20万8263人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【中四国地方】20万5233人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【中四国地方】19万9182人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【中四国地方】18万1779人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【中四国地方】19万1224人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【中四国地方】18万4435人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【中四国地方】17万2996人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【中四国地方】16万6233人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【中四国地方】16万5071人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【中四国地方】16万3523人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【中四国地方】16万7121人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【中四国地方】17万2106人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【中四国地方】12万2379人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【中四国地方】17万8880人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【中四国地方】17万3201人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【中四国地方】17万3362人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【中四国地方】17万7463人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【中四国地方】18万5972人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【中四国地方】19万0647人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【中四国地方】19万5465人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【中四国地方】19万2623人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【中四国地方】18万3242人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【中四国地方】17万6127人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【中四国地方】16万7509人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【中四国地方】16万3606人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【中四国地方】15万6153人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【中四国地方】15万2412人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【中四国地方】14万7774人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【中四国地方】14万6634人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【中四国地方】14万6371人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【中四国地方】14万4127人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【中四国地方】13万8663人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【中四国地方】13万4381人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【中四国地方】12万8378人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【中四国地方】12万4287人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【中四国地方】11万7816人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【中四国地方】11万4917人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【中四国地方】11万3684人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【中四国地方】11万2186人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【中四国地方】11万0453人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【中四国地方】11万3489人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【中四国地方】10万9519人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【中四国地方】11万0610人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【中四国地方】10万9647人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【中四国地方】10万9794人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【中四国地方】10万7255人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【中四国地方】10万8781人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【中四国地方】10万7601人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【中四国地方】10万4553人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【中四国地方】10万2243人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【中四国地方】10万0490人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【中四国地方】9万5694人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【中四国地方】9万8186人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【中四国地方】9万7811人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【中四国地方】9万6569人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【中四国地方】9万4958人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【中四国地方】9万5648人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【中四国地方】9万4637人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【中四国地方】9万2579人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【中四国地方】9万1608人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【中四国地方】8万8357人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【中四国地方】8万8316人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【中四国地方】8万5339人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【中四国地方】8万2909人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【中四国地方】7万9698人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【中四国地方】7万4983人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【中四国地方】7万2470人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【中四国地方】7万0505人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【中四国地方】6万7192人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【中四国地方】6万2066人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【中四国地方】5万8453人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
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※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※中四国地方…「鳥取県」「島根県」「岡山県」「広島県」「山口県」「徳島県」「香川県」「愛媛県」「高知県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★まもなく廃線になる、真夏の非冷房路線に乗ってきた!(YouTube)

■「九州地方」「東京圏」「日本全体」の出生数(生まれた赤ちゃんの数)※1920年〜2024年
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1920年 出生数【九州地方】29万0551人【東京圏】25万4113人【日本全体】202万5564人
1921年 出生数【九州地方】28万5261人【東京圏】26万5328人【日本全体】199万0876人
1922年 出生数【九州地方】29万0897人【東京圏】25万9937人【日本全体】196万9314人
1923年 出生数【九州地方】30万0442人【東京圏】26万2237人【日本全体】204万3297人
1924年 出生数【九州地方】29万0004人【東京圏】26万2729人【日本全体】199万8520人
1925年 出生数【九州地方】30万4560人【東京圏】29万7277人【日本全体】208万6091人
1926年 出生数【九州地方】30万0525人【東京圏】28万9281人【日本全体】210万4405人(今年100歳)
1927年 出生数【九州地方】30万0863人【東京圏】29万3661人【日本全体】206万0737人
1928年 出生数【九州地方】30万8089人【東京圏】30万5114人【日本全体】213万5852人
1929年 出生数【九州地方】30万8118人【東京圏】29万4720人【日本全体】207万7026人
1930年 出生数【九州地方】29万9744人【東京圏】29万8691人【日本全体】208万5101人
1931年 出生数【九州地方】30万9753人【東京圏】31万2387人【日本全体】210万2784人
1932年 出生数【九州地方】31万9153人【東京圏】31万2348人【日本全体】218万2742人
1933年 出生数【九州地方】31万2395人【東京圏】31万6122人【日本全体】212万1253人
1934年 出生数【九州地方】30万3164人【東京圏】29万7952人【日本全体】204万3783人
1935年 出生数【九州地方】32万0771人【東京圏】33万5890人【日本全体】219万0704人
1936年 出生数【九州地方】30万2511人【東京圏】32万4595人【日本全体】210万1969人(今年90歳)
1937年 出生数【九州地方】32万6821人【東京圏】32万9804人【日本全体】218万0734人
1938年 出生数【九州地方】28万4228人【東京圏】29万6630人【日本全体】192万8321人
1939年 出生数【九州地方】29万0077人【東京圏】30万7651人【日本全体】190万1573人
1940年 出生数【九州地方】30万8236人【東京圏】35万0392人【日本全体】211万5867人
1941年 出生数【九州地方】33万5952人【東京圏】39万6118人【日本全体】227万7283人
1942年 出生数【九州地方】31万4598人【東京圏】39万4112人【日本全体】223万3660人
1943年 出生数【九州地方】31万3380人【東京圏】41万7378人【日本全体】225万3535人
1944年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1945年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人
1946年 出生数【九州地方】--万----人【東京圏】--万----人【日本全体】---万----人(今年80歳)
1947年 出生数【九州地方】39万4169人【東京圏】38万3194人【日本全体】267万8792人★
1948年 出生数【九州地方】41万5929人【東京圏】37万1128人【日本全体】268万1624人★
1949年 出生数【九州地方】42万8528人【東京圏】38万1282人【日本全体】269万6638人★
1950年 出生数【九州地方】37万6195人【東京圏】33万4151人【日本全体】233万7507人
1951年 出生数【九州地方】35万4179人【東京圏】30万6753人【日本全体】213万7689人
1952年 出生数【九州地方】33万0629人【東京圏】29万3384人【日本全体】200万5162人
1953年 出生数【九州地方】30万9827人【東京圏】27万3633人【日本全体】186万8040人
1954年 出生数【九州地方】29万4700人【東京圏】26万9144人【日本全体】176万9580人
1955年 出生数【九州地方】28万7137人【東京圏】27万1210人【日本全体】173万0692人
1956年 出生数【九州地方】27万2380人【東京圏】26万0838人【日本全体】166万5278人(今年70歳)
1957年 出生数【九州地方】24万7512人【東京圏】26万2475人【日本全体】156万6713人
1958年 出生数【九州地方】25万6976人【東京圏】28万4013人【日本全体】165万3469人
1959年 出生数【九州地方】24万7279人【東京圏】29万2534人【日本全体】162万6088人
1960年 出生数【九州地方】23万3993人【東京圏】30万8514人【日本全体】160万6041人
1961年 出生数【九州地方】22万1419人【東京圏】32万0916人【日本全体】158万9372人
1962年 出生数【九州地方】21万1653人【東京圏】34万1609人【日本全体】161万8616人
1963年 出生数【九州地方】21万0658人【東京圏】36万7333人【日本全体】165万9521人
1964年 出生数【九州地方】20万5969人【東京圏】40万0246人【日本全体】171万6761人
1965年 出生数【九州地方】20万8620人【東京圏】44万3633人【日本全体】182万3697人
1966年 出生数【九州地方】16万0028人【東京圏】34万5201人【日本全体】136万0974人(今年60歳)
1967年 出生数【九州地方】21万5815人【東京圏】48万9943人【日本全体】193万5647人
1968年 出生数【九州地方】20万0398人【東京圏】48万2111人【日本全体】187万1839人
1969年 出生数【九州地方】19万8157人【東京圏】49万6969人【日本全体】188万9815人
1970年 出生数【九州地方】19万3507人【東京圏】51万6995人【日本全体】193万4239人
1971年 出生数【九州地方】19万7068人【東京圏】53万7741人【日本全体】200万0973人◆
1972年 出生数【九州地方】20万0452人【東京圏】54万6722人【日本全体】203万8682人◆
1973年 出生数【九州地方】22万8490人【東京圏】55万1729人【日本全体】209万1983人◆
1974年 出生数【九州地方】22万6982人【東京圏】52万2705人【日本全体】202万9989人◆
1975年 出生数【九州地方】21万8801人【東京圏】47万8806人【日本全体】190万1440人
1976年 出生数【九州地方】21万5742人【東京圏】45万4493人【日本全体】183万2617人(今年50歳)
1977年 出生数【九州地方】21万1810人【東京圏】43万3278人【日本全体】175万5100人
1978年 出生数【九州地方】20万8940人【東京圏】41万8119人【日本全体】170万8643人
1979年 出生数【九州地方】20万8748人【東京圏】39万9691人【日本全体】164万2580人
1980年 出生数【九州地方】20万1656人【東京圏】37万4953人【日本全体】157万6889人
1981年 出生数【九州地方】19万7549人【東京圏】36万9644人【日本全体】152万9455人
1982年 出生数【九州地方】19万6982人【東京圏】36万2776人【日本全体】151万5392人
1983年 出生数【九州地方】19万5408人【東京圏】35万8059人【日本全体】150万8687人
1984年 出生数【九州地方】19万4434人【東京圏】35万2781人【日本全体】148万9780人
1985年 出生数【九州地方】18万7804人【東京圏】34万0258人【日本全体】143万1577人
1986年 出生数【九州地方】18万0646人【東京圏】32万7405人【日本全体】138万2946人(今年40歳)
1987年 出生数【九州地方】17万3879人【東京圏】32万3556人【日本全体】134万6658人
1988年 出生数【九州地方】16万7112人【東京圏】32万0303人【日本全体】131万4006人
1989年 出生数【九州地方】15万9094人【東京圏】30万3169人【日本全体】124万6802人
1990年 出生数【九州地方】15万2946人【東京圏】30万0075人【日本全体】122万1585人
1991年 出生数【九州地方】15万3818人【東京圏】30万4252人【日本全体】122万3245人
1992年 出生数【九州地方】15万0313人【東京圏】29万9117人【日本全体】120万8989人
1993年 出生数【九州地方】14万7492人【東京圏】29万7463人【日本全体】118万8282人
1994年 出生数【九州地方】15万1995人【東京圏】31万2309人【日本全体】123万8328人
1995年 出生数【九州地方】14万4471人【東京圏】29万9653人【日本全体】118万7064人
1996年 出生数【九州地方】14万7164人【東京圏】30万4156人【日本全体】120万6555人(今年30歳)
1997年 出生数【九州地方】14万3975人【東京圏】30万1764人【日本全体】119万1665人
1998年 出生数【九州地方】14万4286人【東京圏】30万4169人【日本全体】120万3147人
1999年 出生数【九州地方】14万0458人【東京圏】29万9467人【日本全体】117万7669人
2000年 出生数【九州地方】14万2387人【東京圏】30万4809人【日本全体】119万0547人
2001年 出生数【九州地方】14万1305人【東京圏】30万0188人【日本全体】117万0662人
2002年 出生数【九州地方】13万8151人【東京圏】30万0985人【日本全体】115万3855人
2003年 出生数【九州地方】13万4514人【東京圏】29万4809人【日本全体】112万3610人
2004年 出生数【九州地方】13万4098人【東京圏】29万3642人【日本全体】111万0721人
2005年 出生数【九州地方】12万9189人【東京圏】28万3057人【日本全体】106万2530人
2006年 出生数【九州地方】13万3363人【東京圏】29万3755人【日本全体】109万2674人(今年20歳)
2007年 出生数【九州地方】13万4755人【東京圏】29万5669人【日本全体】108万9818人
2008年 出生数【九州地方】13万5928人【東京圏】29万8020人【日本全体】109万1156人
2009年 出生数【九州地方】13万3456人【東京圏】29万6234人【日本全体】107万0036人
2010年 出生数【九州地方】13万5219人【東京圏】29万7282人【日本全体】107万1305人
2011年 出生数【九州地方】13万3980人【東京圏】29万0465人【日本全体】105万0807人
2012年 出生数【九州地方】13万2397人【東京圏】28万8702人【日本全体】103万7232人
2013年 出生数【九州地方】13万1999人【東京圏】29万0119人【日本全体】102万9817人
2014年 出生数【九州地方】12万8643人【東京圏】28万6144人【日本全体】100万3609人
2015年 出生数【九州地方】12万8303人【東京圏】28万9767人【日本全体】100万5721人
2016年 出生数【九州地方】12万4922人【東京圏】28万2454人【日本全体】97万7242人(今年10歳)
2017年 出生数【九州地方】12万2280人【東京圏】27万4254人【日本全体】94万6146人
2018年 出生数【九州地方】11万8301人【東京圏】26万8359人【日本全体】91万8400人
2019年 出生数【九州地方】11万1421人【東京圏】25万3950人【日本全体】86万5239人
2020年 出生数【九州地方】10万9046人【東京圏】24万8022人【日本全体】84万0835人
2021年 出生数【九州地方】10万5995人【東京圏】23万8090人【日本全体】81万1622人
2022年 出生数【九州地方】9万9829人【東京圏】22万8012人【日本全体】77万0759人
2023年 出生数【九州地方】9万3109人【東京圏】21万8105人【日本全体】72万7288人
2024年 出生数【九州地方】8万7090人【東京圏】20万9349人【日本全体】68万6173人(今年2歳)
------------------------------------------------------------------------------------------
※1年間に生まれた日本人(日本国籍者)の赤ちゃんの数
※★…日本の「第1次ベビーブーム」(1947年〜1949年)
※◆…日本の「第2次ベビーブーム」(1971年〜1974年)
※九州地方…「福岡県」「佐賀県」「長崎県」「熊本県」「大分県」「宮崎県」「鹿児島県」「沖縄県」の合計
※東京圏…「埼玉県」「千葉県」「東京都」「神奈川県」の合計
※「海外の領土」「アメリカ占領時の沖縄県」を含まない
※1944年〜1946年は戦災のため比較可能なデータなし
※出典:厚生労働省「人口動態統計(確定数)」(政府統計サイト「e-Stat」で公開中)
※転載自由

★円がドルが本当にゴミ化している・・・(YouTube)

■2025年〜2030年「干支」の解説
------------------------------------------------------------------------------------------
2025年【乙巳】(きのとのみ・いっし)
  「乙」 陽気でまだ伸びなく、かがまっている状態。
  「巳」 草木の成長が極限に達した状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2026年【丙午】(ひのえうま・へいご)
  「丙」 陽気の発揚。
  「午」 草木の成長が極限を過ぎ、衰えの兆しを見せ始めた状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2027年【丁未】(ひのとのひつじ・ていび)
  「丁」 陽気の充溢。
  「未」 植物が鬱蒼と茂って暗く覆う、果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2028年【戊申】(つちのえさる・ぼしん)
  「戊」 茂に通じ、陽気による分化繁栄。
  「申」 果実が成熟して固まって行く状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2029年【己酉】(つちのとのとり・きゆう)
  「己」 紀に通じ、分散を防ぐ統制作用。
  「酉」 果実が成熟の極限に達した状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
2030年【庚戌】(かのえいぬ・こうじゅつ)
  「庚」 結実・形成・陰化の段階。
  「戌」 草木が枯れる状態を表しているとされる。
------------------------------------------------------------------------------------------
※出典:「日本語版ウィキペディア」

★民達は2029年迄に心の準備をしておいた方が良い!?(YouTube)

No.257317 2026/03/01(Sun) 20:14:38
CASIO DS-120第2に異常表示【【警戒】】 NEW / 埼玉「うさぎ」
3/1 12:42点灯。上記電卓(電源はソーラーのみ)に極めて稀な表示。
 詳細はトチロー氏のホームページ内の「地震宏観現象と推測される事象研究(電気機器関連)掲示板」No.19014。http://www.arcadia-jp.com/elec2/index.html

No.257316 2026/03/01(Sun) 20:05:40
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈りします
障害を持つ方が「予言が的中した」という状況を強く主張したり、そう見せかけようとしたりする心理的な背景には、障害の種類や状況により異なりますが、一般的に以下のような要因が考えられます。

1. 自己肯定感の向上と社会的な評価
障害や慢性的な疾患を抱える中で、自尊心(セルフエスティーム)が低くなったり、無力感を感じたりすることがあります。予言を的中させるという行為は、自分に「特別な力」がある、あるいは「周囲より優れている」という証拠になり、低下した自尊心を補う手段(自己評価の維持)として使われることがあります。

2. 周囲の理解や関心を得たい(承認欲求)
日常生活において、自分の苦しみや訴えが十分に理解されていない、真実を語っても否定される、という「伝わらない苦しさ(カサンドラ症候群に似た孤立感)」を抱えている場合、予言の的中によって周囲の驚きや注目を集め、「自分の言うことは正しい」と認めさせたいという心理が働くことがあります。

3. 不安やコントロール不能な状況への対処
障害による将来の不安や、自分の生活がコントロールできないことへの焦燥感から、不確定な未来を「予測」し、それを的中させたと確信することで、状況を支配している(コントロール感)を感じようとする心理が働くケースがあります(これは一種の防衛機制や認知の歪み)。

4. 精神疾患の症状としての妄想(妄想性障害・統合失調症)
妄想性障害や統合失調症の症状として、妄想や「自分の考えが未来に影響する」という確信(関係妄想など)が、本人の現実感として強く存在する場合が挙げられます。

妄想性障害: 1つまたはそれ以上の誤った強い思い込みが1か月以上続き、日常生活に支障を来す病気。

統合失調症: 考えや気持ちがまとまらなくなり、幻聴や妄想などの症状が現れる病気。
これらの場合、本人は「必死に的中させた」というより、その未来が「必然的に起こる」と確信している場合があります。

5. 危機感の共有と安心の追求
特に、恐怖や不安を煽る内容である場合、その予言が当たることで、「自分だけが正しいことを知っていた」という安心感や、「これほど恐ろしいことが起きるのだ」という共有を周囲に求める心理が働くこともあります。
これらの行動は、社会的な孤立や、日常生活における「理解のされにくさ」から生まれることが多いです。

No.257315 2026/03/01(Sun) 18:23:44
備蓄やなんやかんや忙し過ぎる日々 NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
cocomiチャンネルより奥の深い情報の動画をアップして来たこのチャンネルでは、ハメネイ死亡説は偽情報かも知れない。
zero チャンネル登録者数 6.11万人•231 本の動画
https://www.youtube.com/@zero-xp6pb/videos
2026/03/01「ハメネイ氏○亡」ついにイランへの攻撃が開始されました。

2026/01/05【実録】ノストラダムスが封印した「黒い本」の内容が2026年、現実になった

↑の動画では世界中のノストラダムスの研究家ですら知らなかった口伝だけで伝えられた予言があり、最近流出したのか審議不明ですが、2026年という年を含む予言が伝わっていたようです。
■ネット検索しても「黒い本」についてはヒットしませんが、ノストラダムスの予言が100%的中して来た真相は、全世界の統治者が予言を解釈して自作自演の歴史を作って来たからであり、今も続いているからです。(番外編の六行詩より具体的な口伝があったようです)

No.257314 2026/03/01(Sun) 17:32:29
再掲 (6回目) NEW / 埼玉「うさぎ」
★ CASIO DS-120第5に異常表示【【厳重警戒】】 / 埼玉「うさぎ」
2/17 13:43消灯13:50点灯。上記電卓(電源はソーラーのみ)に極めて稀な表示。
 詳細はトチロー氏のホームページ内の「地震宏観現象と推測される事象研究(電気機器関連)掲示板」No.19002,No.19003。http://www.arcadia-jp.com/elec2/index.html
No.257152 2026/02/17(Tue) 16:37:33

No.257313 2026/03/01(Sun) 14:38:35
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈りします
ノストラダムスの大予言(1999年に恐怖の大王が来るなど)のような、終末論や特定の超常的な信念を強く的中していると思い込む心理は、障害の有無に関わらず人間一般に見られる認知の歪み(バイアス)ですが、障害を持つ方の場合、不安への対処や情報の処理プロセスにおいて、特定の要因が影響している可能性があります。
主な心理的背景は以下の通りです。

1. 不安と社会的不確実性への防衛心理
心理的安定の追求: 将来が見えない不安や、社会的な孤立感、あるいは自身の将来に対する見通しの立たなさを抱える中で、「未来に何が起こるか(たとえ滅亡であっても)が決まっている」という確実なシナリオを提示されると、逆に心が安らぐ心理が働きます。

コントロール感の獲得: 自分の人生を自分でコントロールしにくいと感じている時、予言という「抗えない力」を信じることで、不安な世の中を理解・解釈できたような気分になり、心理的な主導権を取り戻した感覚(錯覚)を得ます。

2. 認知的な固執と「正常化」への欲求
固執性(柔軟性の低下): 高次脳機能障害など、前頭葉機能の低下が関連する場合、一度思い込んだ情報(ノストラダムス=本当)を修正することが難しくなる「固執性」が見られることがあります。
認知的閉鎖欲求: 曖昧な状況を嫌い、白黒はっきりさせたい欲求が強い場合、複雑な社会情勢を「予言の的中」という単純な構造に当てはめて理解しようとします。

3. 確証バイアス(Confirmation Bias)
的中している情報ばかりを集める: 世の中のニュース(災害や戦争など)をノストラダムスの詩句と強引に関連付け、当たっている情報だけを認識し、外れている(予言に合致しない)情報を無視・忘却します。一度信じると、その信念を裏付ける情報ばかりを集める傾向が強まります。

4. 信頼性への依存
カリスマやメディアの盲信: 周囲の情報源が限られている場合、本や動画など、特定の情報源(この場合、五島勉の『ノストラダムスの大予言』的な解釈)を全面的に信頼し、それを自分の信念として取り込んでしまう場合があります。

5. 障害受容のプロセスと「神の啓示」
世界観の投影: 障害を持つ人が、もし自己肯定感が低い状態にある場合、厳しい現実を生き抜くための逃避として、終末論的なドラマに自分を重ね合わせる(自分は選ばれた人、あるいはこの世が悪いから終わる、といった考え)ケースも見られます。また、宗教的・精神的な「正しい教え」を求めた結果、オカルト的な予言がその代わりとなることもあります。

補足:
これらの心理は、妄想性障害や統合失調症などの精神疾患で見られる、事実とは異なる内容を確信する症状(妄想)と関連する場合もあります。しかし、健常者でも不安が高い時には陰謀論や疑似科学にハマりやすいという研究結果もあり、誰もが持ちうる「認知の偏り」の一種として理解することも重要です。

No.257312 2026/03/01(Sun) 12:03:41
自衛隊も参戦 NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
【🇮🇱米vsイラン】開戦直後から米空母を狙い撃ち❗️中露北が参戦の意欲を見せる!

【緊急】米イラン侵攻 これは拡大する戦争です・いよいよホルムズ海峡封鎖(眠れるラジオ 都市伝説 作業用)安眠研究所 # 85

No.257311 2026/03/01(Sun) 12:01:28
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈りします
的中した事実のない予言を的中したと思い込む心理は、障害の有無にかかわらず、人間の脳に備わった「情報の処理偏向(認知バイアス)」や「防衛機能」に起因します。精神的な不安や特性が強い場合、これらのメカニズムが通常より強く働き、現実の解釈が歪められることがあります。
主な心理的メカニズムと背景は以下の通りです。

1. 主な心理的メカニズム
確証バイアス (Confirmation Bias)
自分の信じたい予言や仮説を支持する情報ばかりに目が行き、それに反する事実(予言が外れたこと)を無視または過小評価する心理です。
「的中した例」だけを記憶し、外れた数多くの例を忘れる(または解釈を変える)傾向があります。

認知的不協和の解消 (Cognitive Dissonance)
「信じていた予言が外れた」という現実と、「予言は正しい」という信念が矛盾すると、脳は不快感(不協和)を感じます。この不快感を解消するために、「あれは的中していた」と解釈を歪めて、信念を維持しようとします。

アポフェニア (Apophenia)
無関係な情報の中に規則性や関連性を見出そうとする人間の脳の傾向です。全く関係のない出来事と予言を無理やり結びつけて、「的中した」と思い込みます。

予言の自己成就 (Self-fulfilling Prophecy)
予言の内容を信じるあまり、自分の行動や解釈がその結果に向かってしまい、結果として「予言通り」にしてしまう心理現象です。

2. 心理的な背景と特性
不安の解消と安心感の獲得
将来が見えない不安やストレスが強い場合、予言という「確かな情報」を信じることで、安心感を得ようとします(正常性バイアス、制御感の獲得)。

被害妄想や妄想的確信
統合失調症やパラノイア(妄想性障害)などの精神的特性がある場合、客観的事実ではなく、自分の妄想を現実として確信するため、外から見れば予言が外れていても、本人は「的中している」と強く思い込むことがあります。

高い自己関連性
その予言が自分にとって重要であればあるほど、認知バイアスは強く働き、客観的な視点を失いやすくなります。

まとめ
この現象は、「現実を受け入れることが精神的に苦痛である」場合に、脳が自己防衛のために現実を歪めて解釈した結果と言えます。特に、認知のゆがみや強い不安特性を持つ場合、このメカニズムが正常に機能せず、非現実的な確信に結びつきやすいと考えられます。

No.257310 2026/03/01(Sun) 11:59:23
どんな世界大戦よりも激しい最終戦争 NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
2600年以上前の旧約聖書の時代から続く星空のメッセージの預言の日が、今年2月21日からカウントダウンが始まって2月28日に限定されたのは、黙示録2章28番の「明けの明星」でしょう。
これから起こるのは歴史上のどんな世界大戦よりも激しい最終戦争になりそうなのは、全世界の支配者層だけでなく数十億人レベルの聖書信者に後押しされるからでしょう。

ヨハネの黙示録2章(2月26〜29日)
26 勝利を得る者、わたしのわざを最後まで持ち続ける者には、諸国民を支配する権威を授ける。
27 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。それは、わたし自身が父から権威を受けて治めるのと同様である。
28 わたしはまた、彼に明けの明星を与える。
29 耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。
https://www.wordproject.org/bibles/jp/66/2.htm#0
『黙示録 明けの明星』の意味をわかりやすくまとめて解説(読み方・解釈)

イザヤ書14章 聖書解説  「サタンと悪の起源。そのさばき。〜暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。〜」

【2026年2月28日】6つの惑星が夜空に並ぶ!「惑星パレード」の観測チャンスを見逃すな【時間・方角・見え方解説】

No.257309 2026/03/01(Sun) 11:56:17
ノストラダムス予言詩が的中されておられます。 NEW / 防災@横浜

アメリカとイスラエルによられますイランへの攻撃がなされてしまわれました。
イランによられますホルムズ海峡封鎖が予言詩に記されておられますように、現実の事象となっておられます。
予言詩によられますれば、強固なる封鎖となってしまわれ、原油の大幅なる高騰を招いてしまわれるようでございまする。

 ウェンでない油とグレッスがトンノーのなかにある
 閉じられた港の前の二十一
 第二のギュエは死によって成功をかちとる
 いくつかのドアをひらく者は そのギョエに圧倒される
      第7巻40番 五島氏の大予言?U(P210)

 では、上記させていただいてございまする予言詩を、ノストラダムス予言解読におかれます世界的権威でもあられました、故五島勉氏の解読を基に、ご説明させていただこうと思いまする。
 この予言詩におかれます一行目につきましては、「ウェン」=ラードでございまして、「グレッス」=固形油、「トンノー」=船倉や車の荷台であるとのことでございます。
 そして、二行目におかれましては、「閉じられた港の前の二十一」ということでございまするので、二十一世紀には、イランと思われます国によられまして、石油積出港でもあられます、ホルムズ海峡が封鎖されてしまい、石油が船倉に積まれたままの状態になってしまうといった予言であろうかと、想定させていただいておりました所。アメリカとイスラエルによられます、イランへの攻撃が始まってしまわれ、現実のものとなってございまする。

 「「ホルムズ海峡通過許されない」イラン革命防衛隊 ロイター報道、海事当局は封鎖確認せず」
https://www.sankei.com/article/20260301-RASDANA35ZJOLM5YPECDD7LXVE/

さらにおかれましては、次なる三行目と四行目におかれまする「ギュエ」につきましてでございますけれども、この「ギュエ」につきましては、見張りのことであるということでございますので、「第二のギュエ(第二の見張り)は死によって成功をかちとる」ということであろうかと思われまする。また、「いくつかのドアをひらく者」ということでございまして、海峡の通航を可能にしようと軍事力を行使しましても、その「第二のギョエ」であります見張りによられ、死をも厭わない強力な防御に「圧倒され」てしまい、通航はかなわないようでございまする。
尚、イランにおかれましては、中国との25カ年に渉る協定「2021年3月に中国とイランの間で締結された25カ年包括的協力協定(Iran-China 25-year Cooperation Program)」を結ばれておられますと共に、ロシアとの間におかれましても、「2025年1月に包括的戦略的パートナーシップ条約」を結ばれておられまするので、今後におかれます展開が心配なところでございます。破局への前兆としまして、「その前兆は春先に」との解読も存在しますので、正に、破局への前兆であろうと受け止めてございまする。
また、ホルムズ海峡封鎖によられます原油の高騰と、さらなる戦火と思われまする予言詩も存在しておられますので、この場をお借りして掲載させていただこうと思いまする。

サベの涙が最も高くなるとき
人間の肉体も死によって灰になる
ファロスの島は十字軍に乱され
ロードスにはきびしいスペクトルが現われる
       第5巻16番 五島氏の大予言・中東編P95

この予言詩の一行目におかれます「サベの涙」につきましては、故五島勉氏によられますれば、「サベ」=サバであり、三千年程前にアラビア半島に栄えた都のことであるとのことでございまして、そこの女王が有名なるサバの女王でございまして、英語ではシバの女王となるとのことでございまする。そのサバの宝物の黒真珠や黒檀などが、サバの玉やサバの木と呼ばれて固体でありましたので、「サべの涙」という液体といいますれば、黒い液体ということになりまして、これは原油の暗示であろうということでございました。ですので、前期させていただいてございまする予言詩との関連からも、ホルムズ海峡が封鎖されてしまわれ、原油価格が最も高騰した時期に、「人間の肉体」が「灰になる」ようなる大規模な攻撃がなされてしまわれるのでございましょうか。
三行目と四行目におかれましては、「ファロス」でございます、アレクサンドリア港の東側にあるファロス島には「十字軍」と暗示されておられます軍隊が迫るようでございまして、ギリシャにおかれます観光の島でもございます「ロードス」島におかれましては、「きびしい」戦争の「スペクトル」=幻影、が現れるということになるようでございまする。

尚、ノストラダムス予言によられます「一九九九年七の月」によられまして、「恐怖の大王」が降らなかったことにつきましては、以下の内容によられるものでございまする。

この「一九九九年七の月」におかれます破滅が回避されたことにおかれましては、1999年以前に発刊されておられます「ノストラダムスの大予言?U/故五島氏」におかれます176〜178ページに記されてございまするので、転記させていただき、ご紹介させていただこうと思いまする。
ブロワ城におかれます、ノストラダムスと王妃との会話の伝承とのことでございます。

〖故五島勉氏 ノストラダムスの大予言?U(昭和54年12月発行)の176〜178?n〗より

“恐怖の大王”の前に“別のもの”が現われれば‥‥
「しかし、そなたはあのとき、??ただし?≠ニ言いましたね。一九九九年七の月、世界は滅びる、救いはどこにもない、??ただし?≠ニ……」
カトリーヌは思い出したようにささやいた。彼女は白いローブを着てブロワ城の庭を歩んでいた。庭にはいつか冬が来ていた。枯れたクローバを踏んで、王妃はあとに従う大予言者を振り向いた。——ノストラダムスはものうげに答えた。
「そう……そうでございました。たしかにそう申しました。一九九九年、恐怖の大王が降る、救いなどどこからも来ない。ただし、と」
「そのあとを聞きたい」王妃は言った。「??ただし?≠ヌうなのです? そなたはあのあと何を言おうとしたのです?」
ノストラダムスは黙った。彼はゆっくり立ちどまり、少し口ごもってからつぶやいた。
「しいて申せと仰せられるなら、お教えいたしましょう。……わたくしはあのとき、こう申し上げようと思ったのです。Mais, si autre(ただし、もし??別のもの?≠ェ)……と」
「別のもの?」
「はい」
「それはなんじゃ?」
「わかりませぬ。……それはまだ、遠い霧のかなたにあります。果たして現れるかどうかもわかりませぬ。ただ、もしも終わりの前……恐怖の大王が降る前に、その??別のもの?≠ェ現われれば……」
「現れれば?」
「そうすれば、おそらく人間は――一九九九年七の月にも、きっと滅びずに済むであろう、と」
カトリーヌは深い息をついた。彼女が少しでも希望を持てる言葉を聞いたのは、ノストラダムスとの長い対話のなかで、これが初めてだった。彼女は強い好奇心をみせてノストラダムスと向きあった。
「それは喜ばしいこと。その正体を知りたいものじゃ。その??別のもの?≠ニは人間ですか?」
「………」
「新しい救世主のような?」
「………」
「申しなさい。そなたは未来が見えると言った。??恐怖の大王?≠フほかはなんでも。ならばその??別のもの?≠煬ゥえているのでしょう?」
「いいえ」ノストラダムスは苦しそうに頭を振った。
「終りのころのありさまでわたくしに見えるのは、大地震や飢えや戦いや……不思議な乗り物や光る鳥……そして??大王?≠ェ降ったあとの惨状……それだけです。??大王?≠ェ見えないのと同様、その??別のもの?≠煬ゥえませぬ。
ただ、もし??別のもの?≠ェ現われれば、そうした終わりのむごいありさまも消えていくように思われるのです。……そのときも戦いや欠乏は起こり、人々は苦しむでしょうが、??恐怖の大王?≠ヘ降らず、??光の反対のもの?≠熄Pっては来ない……。
そして人間は、苦しみながらもつづいていくでありましょう。終わりはたぶん、先に延ばせるでありましょう。??別のもの?≠ェ現われさえすれば……。
彼は口をつぐんだ。あとは何も言わなかった。重ねて問いかける王妃を忘れたように、彼はロワール川の向こうの冬空を――何かをさぐるように見つめていた。

このように、1979年に発行されておられますご著書におかれまして、「一九九九年七の月」以前に“別のもの”としての表現をなされておられますメシアが出現されるならば、「??恐怖の大王?≠ヘ降らず、??光の反対のもの?≠熄Pっては来ない……。」と記されてございまして、さらにおかれましては、「そして人間は、苦しみながらもつづいていくでありましょう。終わりはたぶん、先に延ばせるでありましょう。??別のもの?≠ェ現われさえすれば……。」ということでございます。
そうしますと、1999年の破滅につきましては、メシアの出現によられまして回避されておられるということでございますのですけれども、「終わりはたぶん、先に延ばせるでありましょう。」とのことでございまするので、その先に延ばされましたる「終わり」が、破滅ではなく、メシアのご活躍によられ、破局となりまして、現代の私たちに襲いかかって来てしまっておられるようでございまする。
   
 『新たなる時代の幕開け』ノストラダムスによる救いとは!
https://www.facebook.com/yama.agama/

                                

No.257308 2026/03/01(Sun) 11:48:28
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
誰からも相手にされなくても妄想(現実とは異なる確固たる信念)を訴え続ける障害者の心理は、本人にとっては妄想が「現実」であり、その現実を他者に認めてもらいたい、あるいは自分を脅かす存在に対処したいという強い欲求に基づいています。
主な精神医学的・心理的背景は以下の通りです。

1. 心理的な背景とメカニズム
妄想が「現実」であるという確信
本人にとって妄想は偽りではなく、真実です。周囲が相手にしなくても、本人は「正しいことが理解されていない」と感じ、真実を伝えようとします。

孤独と孤立の回避・承認欲求
相手にされない状況は、強い孤独感や孤立感を生みます。妄想を訴える行為は、たとえ反発されても、他者とコミュニケーションを取り、自分の存在を認めさせたい(承認欲求)の裏返しである場合があります。

恐怖・不安と自己防衛
被害妄想の場合、「他人が自分を陥れようとしている」という強い恐怖感や不信感が根底にあります。周囲に否定されることは、敵に味方されるのと同じ恐怖であり、必死に自分の身を守ろうとして訴えを止められません。

認知の歪み(猜疑性)
ふとした他者の言葉や行動を「自分を攻撃している」「悪意がある」と解釈してしまう(被害的解釈)傾向が非常に強く、現実の否定を根拠がないものと切り捨ててしまいます。

2. 想定される背景・精神障害
これらの心理は、以下のような疾患で見られることがあります。

妄想性障害(パラノイア)
特定の被害妄想や追跡妄想はあるが、それ以外は正常に行動出来る疾患。自分の妄想が正しいと頑なに信じ、誰にも理解されなくても説得しようとします。

統合失調症
病気による認知機能の障害で、妄想や幻聴が現れます。本人はその世界に支配され、現実的な会話が困難になることがあります。

妄想性(猜疑性)パーソナリティ障害
生涯にわたって他者への不信感が強く、誰も信用できないため、確証がないのに妄想的になってしまうケース。

3. 周囲が相手にしない状況での心理
「敵」の存在
話を相手にしない人たちを、妄想の一部として「敵」や「陰謀の仲間」と認識し、さらに被害意識を強める場合があります。
悲観と怒り
「自分なんか」という悲観と、周囲が悪いという怒りが混在し、社会的生活・人間関係において深刻な孤独感を抱えています。

このような場合、本人を論破しようとしたり、否定したりすることは妄想を強める結果になります。精神科などの専門的な医療機関による適切な治療(薬物療法や認知行動療法など)が求められます。

No.257307 2026/03/01(Sun) 08:20:22
【事故】神奈川県横浜市鶴見区 アヒル隊長を乗せた車が NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
なぜパキスタン・アフガニスタン戦争は始まったのか:なぜタリバンは自分たちを助けた人々を攻撃するのか

大事故が連続した最悪の日!血塗られた土曜日をわかりやすく解説【三井三川炭鉱炭塵爆発/鶴見事故】

【事故】神奈川県横浜市鶴見区 アヒル隊長を乗せた車が ...
https://matomedane.jp/page/202102
鶴見事故とは、1963年11月9日夜に神奈川県横浜市鶴見区で発生した、列車脱線多重衝突事故である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B6%B4%E8%A6%8B%E4%BA%8B%E6%95%85
1963年11月9日(★土曜日)15時12分、三井三池三川炭鉱炭じん爆発458人死亡839人負傷
1963年11月9日(★土曜日)21時40分、横浜市鶴見区列車脱線多重衝突事故死者161人
2023年10月7日(★土曜日)犠牲者9割超、女性や子ども アフガニスタン地震(死者1500人)
2023年10月7日(★土曜日)「これはイスラエルにとっての911だ」ガザ戦争勃発
2025年11月9日(日)、すみのえアート・ビート(巨大アヒルちゃんがやって来る!) 大阪・住之江「北加賀屋」にある、近代産業遺産・名村造船所大阪工場跡地を舞台に
https://suminoe-labo.com/art/suminoeartbeat20251109/
■大阪にやって来た巨大アヒルは、昨年11月9日の日曜日でしたが、日本では11月9日が魔の土曜日でした。

No.257306 2026/03/01(Sun) 08:12:04
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
アポフェニア(無関係な事象に意味や繋がりを見出す)やパラノイア(妄想的な不信・迫害感)が重篤な障害者の脳では、主に神経伝達物質の異常と、感情・知覚を司る脳部位の機能不全が組み合わさって起きていると考えられています。これらは統合失調症や高次脳機能障害の症状として現れることが多いです。
脳科学・精神医学的な観点からの主なメカニズムは以下の通りです。

1. 脳内神経伝達物質の不均衡(ドーパミン仮説)
ドーパミンの過剰分泌: 脳の報酬系や認知に関わるドーパミンという神経伝達物質が異常に働くと、本来は意味のない情報に「重要である」「意味がある」という誤った信号を出します。

アポフェニアの誘発: この「誤った意味づけ」が、偶然の連鎖を巨大な陰謀や関連性として認識するアポフェニア(データ妄想)を引き起こします。

2. 脳の機能不全と構造的・機能的特徴
前頭葉の機能低下: 感情や行動を抑制し、論理的・客観的に事象を判断する役割を持つ「前頭葉」の機能が低下または血流量が低下しているケースが多いです。これにより、妄想や不信感を論理的に打ち消すことができなくなります。
大脳辺縁系(感情領域)の過活動: 不安や恐怖をつかさどる大脳辺縁系、特に扁桃体などが過剰に活動し、恐怖や疑念が妄想の根底になります。

大脳皮質・神経ネットワークの異常: 知覚や認知を担当する大脳皮質の働きに異常があり、現実の情報を正しく処理できないため、知覚情報が歪んで解釈されます。

3. 具体的な脳機能の障害
作業記憶(ワーキングメモリ)の低下: 短期的に情報を保持して行動する能力が低下し、文脈の理解が困難になります。
感情・行動の制御能力の欠如: 脳の損傷(脳梗塞や外傷など)により、感情が暴走しやすく、妄想に基づいて直情的に行動してしまうことがあります。

4. 関連する精神疾患・障害
統合失調症: アポフェニアやパラノイアは、統合失調症の典型的な前駆症状や精神症状として現れます。
器質性精神障害(高次脳機能障害): 脳血管障害や頭部外傷によって脳が物理的にダメージを受け、性格変化や被害妄想が現れる状態です。

アポフェニアやパラノイアが重篤化すると、本人の現実は客観的な現実から大きく乖離し、日常生活や社会生活に支障をきたすため、投薬や医療支援が必要な状態となります。

No.257305 2026/03/01(Sun) 07:48:43
2029年4月13日まで続く NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
2020/09/09、プレヤーレンの「エノク予言」高島康司 今井の宇宙室 #5

警報⚡️⚡️ アメリカ、イランを攻撃❗️ イランは激しく報復‼️ 戦いは現在も進行中‼️

米国イラン攻撃の家計への影響を徹底試算!

世界が崩壊し始めた

No.257304 2026/03/01(Sun) 07:47:27
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
的中した事実のない予言を的中したと思い込む心理は、障害の有無にかかわらず、人間の脳に備わった「情報の処理偏向(認知バイアス)」や「防衛機能」に起因します。精神的な不安や特性が強い場合、これらのメカニズムが通常より強く働き、現実の解釈が歪められることがあります。
主な心理的メカニズムと背景は以下の通りです。

1. 主な心理的メカニズム
確証バイアス (Confirmation Bias)
自分の信じたい予言や仮説を支持する情報ばかりに目が行き、それに反する事実(予言が外れたこと)を無視または過小評価する心理です。
「的中した例」だけを記憶し、外れた数多くの例を忘れる(または解釈を変える)傾向があります。

認知的不協和の解消 (Cognitive Dissonance)
「信じていた予言が外れた」という現実と、「予言は正しい」という信念が矛盾すると、脳は不快感(不協和)を感じます。この不快感を解消するために、「あれは的中していた」と解釈を歪めて、信念を維持しようとします。

アポフェニア (Apophenia)
無関係な情報の中に規則性や関連性を見出そうとする人間の脳の傾向です。全く関係のない出来事と予言を無理やり結びつけて、「的中した」と思い込みます。

予言の自己成就 (Self-fulfilling Prophecy)
予言の内容を信じるあまり、自分の行動や解釈がその結果に向かってしまい、結果として「予言通り」にしてしまう心理現象です。

2. 心理的な背景と特性
不安の解消と安心感の獲得
将来が見えない不安やストレスが強い場合、予言という「確かな情報」を信じることで、安心感を得ようとします(正常性バイアス、制御感の獲得)。

被害妄想や妄想的確信
統合失調症やパラノイア(妄想性障害)などの精神的特性がある場合、客観的事実ではなく、自分の妄想を現実として確信するため、外から見れば予言が外れていても、本人は「的中している」と強く思い込むことがあります。

高い自己関連性
その予言が自分にとって重要であればあるほど、認知バイアスは強く働き、客観的な視点を失いやすくなります。

まとめ
この現象は、「現実を受け入れることが精神的に苦痛である」場合に、脳が自己防衛のために現実を歪めて解釈した結果と言えます。特に、認知のゆがみや強い不安特性を持つ場合、このメカニズムが正常に機能せず、非現実的な確信に結びつきやすいと考えられます。

No.257303 2026/03/01(Sun) 07:39:48
北朝鮮まで参戦の準備中、イタリアも攻撃された NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
2026年3月1日 06:34、イランが報復攻撃 イスラエルや中東各地の米軍施設へ
イラン側は攻撃を受けた直後に報復としてイスラエルに向けてミサイルを発射したほか、アメリカ海軍第5艦隊の司令部があるバーレーンをはじめ、アラブ首長国連邦やカタール、クウェートなど、周辺国のアメリカ軍施設にミサイルやドローンで反撃しました。
一方、イスラエルのネタニヤフ首相は28日、ビデオ声明で、ハメネイ体制が終焉したという見方を示したうえで、「独裁者自身も、もはや存在しない兆候がある」と述べ、ハメネイ師本人が死亡した可能性に言及しました。
https://www.kab.co.jp/news/article/16387860



No.257302 2026/03/01(Sun) 07:37:09
(No Subject) NEW / ご冥福をお祈り申し上げます
的中した事実のない予言を的中したと思い込む心理は、障害の有無にかかわらず、人間の脳に備わった「情報の処理偏向(認知バイアス)」や「防衛機能」に起因します。精神的な不安や特性が強い場合、これらのメカニズムが通常より強く働き、現実の解釈が歪められることがあります。
主な心理的メカニズムと背景は以下の通りです。

1. 主な心理的メカニズム
確証バイアス (Confirmation Bias)
自分の信じたい予言や仮説を支持する情報ばかりに目が行き、それに反する事実(予言が外れたこと)を無視または過小評価する心理です。
「的中した例」だけを記憶し、外れた数多くの例を忘れる(または解釈を変える)傾向があります。

認知的不協和の解消 (Cognitive Dissonance)
「信じていた予言が外れた」という現実と、「予言は正しい」という信念が矛盾すると、脳は不快感(不協和)を感じます。この不快感を解消するために、「あれは的中していた」と解釈を歪めて、信念を維持しようとします。

アポフェニア (Apophenia)
無関係な情報の中に規則性や関連性を見出そうとする人間の脳の傾向です。全く関係のない出来事と予言を無理やり結びつけて、「的中した」と思い込みます。
予言の自己成就 (Self-fulfilling Prophecy)
予言の内容を信じるあまり、自分の行動や解釈がその結果に向かってしまい、結果として「予言通り」にしてしまう心理現象です。

2. 心理的な背景と特性
不安の解消と安心感の獲得
将来が見えない不安やストレスが強い場合、予言という「確かな情報」を信じることで、安心感を得ようとします(正常性バイアス、制御感の獲得)。
被害妄想や妄想的確信
統合失調症やパラノイア(妄想性障害)などの精神的特性がある場合、客観的事実ではなく、自分の妄想を現実として確信するため、外から見れば予言が外れていても、本人は「的中している」と強く思い込むことがあります。
高い自己関連性
その予言が自分にとって重要であればあるほど、認知バイアスは強く働き、客観的な視点を失いやすくなります。

まとめ
この現象は、「現実を受け入れることが精神的に苦痛である」場合に、脳が自己防衛のために現実を歪めて解釈した結果と言えます。特に、認知のゆがみや強い不安特性を持つ場合、このメカニズムが正常に機能せず、非現実的な確信に結びつきやすいと考えられます。

No.257301 2026/03/01(Sun) 07:35:28
日本に来るタンカーの100%を拿捕する可能性 NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
2026/02/27 、狙いはイランじゃない。中国を干上がらせる罠だ

サロメの予言はロシア侵攻を的中させてから早ければ2023年、あるいは2024年か2026年の2〜7月に第三次世界大戦が始まると予言していましたが、なぜか2025年は何も起こらない中休みだったと解釈できそうです。
https://tocana.jp/2022/10/post_242333_entry.html
サロメ氏は今年初めに英紙「Daily Mail」オンライン版でのインタビューで、イギリス王室は「2025年後半から2026年初頭」の間に「主要メンバーの健康に関連した大きな出来事」を経験するだろうと予測して的中した。
王室関係以外でアトス氏は第三次世界大戦が迫っていると述べているが、東欧や中東ではなく南シナ海こそが真に懸念すべき事態だと述べている。
https://tocana.jp/2025/11/post_288637_entry.html
イランより極東アジアが戦場となるとしたら、日本の何倍も中東の石油に依存している中国が日本に来るタンカーの100%を拿捕する可能性も出てきました。
2026/02/28【【速報】】超緊急情報 ホルモン街道 停止

バブ・エル・マンデブ海峡から始まる第三次世界大戦

No.257300 2026/03/01(Sun) 00:03:03
未来の教科書に載る日付となりそうです NEW / 魔の土曜日2月28日(1987年)
2025年12月08日23時15分頃青森県東方沖M7.5震度6強
昨年最大の地震が起きた12月8日以来何も起こらなかったのは、今度は日本が逆真珠湾攻撃を食らうほどのペルシャ湾攻撃の2026年2月28日と1941年12月8日は、未来の教科書に載る日付となりそうです。
2024/10/18【太平洋戦争の事実】開戦の理由、大東亜戦争『開戦の詔勅』現代語訳【キャスター朗読】

惑星直列2026年2月28日(土)

No.257299 2026/02/28(Sat) 22:12:48
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