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母を想う掲示板

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母親を亡くした経験や、こちらのサイトの感想などをお聞かせください
(No Subject) / ナナ
最愛の大切な大切なお母さんを突然若くして失ってしまったみなさんどうしてますか?
時が癒してくれる・・・そうでしょうか?
もう戻ってこないとあきらめなのではないでしょうか。
今思えば、本気で戻ってきてくれると思ってました。
でも、それはありえない事と気づいてはいるけど、僅かな望みさえ必要だった。
一日一日を生きる事は、少しずつお母さんに近づいてると思えば、この世の不条理も耐えられる。
あとどれくらいで逢えるのか誰にも分からないけど、近づいてるのは確かだから。

生きがいのお母さんを失って、誰にも相談せず、誰にも愚痴もこぼせず、孤独感と喪失感と戦って平気なふりして生きてます。
お母さんであり姉妹であり大親友であり先輩であり。
お母さんがいれば何もいらなかった。
それをもう一度伝えたい。
魂は本当に残るのだろうか?
No.4311 - 2012/07/29(Sun) 20:20:47
きっと星に・・ / しゅん
こんばんわ。

一番の理解者だった母。

一番の喧嘩相手だった母。

一番の一番の大切だった母。

今でも写真を見るとあの時の笑顔を思い出します。

今だって母さんを想わない日はありません。

そっちからはこっちが見えますか?

きっと見えてますよね・・・

時はどんどん過ぎてゆくけれど、あの時から時間が止まってしまったみたいです。

まだタマにこの詩を聞いて
涙を流す時があるんだけど笑ってるかな〜

”どんな日も 傍にそう いてくれた母という光に 温かく優しく包まれて
無限の愛と笑顔 かけがえのない僕の1等星 幸せをありがとう”


http://www.youtube.com/watch?v=h6HvOj8HebM
No.4310 - 2011/06/07(Tue) 01:28:44
お骨 / あかねこ [ Home ]
こんにちは。
いつもお世話になっています。

おかあさんがいなくなってもうすぐ3年です。
実はうちはお骨をまだ手元に置いています。
特定の宗派を持ってないし、ずっとそのままにしてきて。
一年前に亡くなった祖母の遺骨と一緒に、
宗派を問わずに10年に一度骨仏を作ってくれるお寺に預けたら、との話がでてきて、
正直わたしは戸惑っています。

わたしにとって、家の中の仏壇の一画はふだん寄り付かないところで、
そこに行ったらいやでもおかあさんのことを考えるしそこで考えるおかあさんは遠くにいってしまったみたいだからいやなんです。
でもお骨を納めるってなったらおかあさんはもっと遠くにいってしまうみたいで、わたしはいやです。

それでちょっと考えたのですが、
遺骨を入れて身につけるペンダントってありますよね。
ああいったものを作ってもいいかなと思っているのですが、どうしょうか?
ここに集まってこられるみなさまは作られましたか?
作って、どうですか?
よければ教えていただきたいです。
よろしくお願いします。
No.4307 - 2011/03/31(Thu) 23:01:23
Re: お骨 / ようこ
あかねこさん、こんばんは。
私は、母を亡くして2年半が経ちました。
母を想うと、あーしてあげればよかった、こうしてあればよかったと後悔の念ばかりです。また母に会いたい。

私は、母の遺骨をお墓と、分骨で母の故郷に埋葬しましたが、ひとつかみ、ペンダントにしまいました。
出かける時は、必ず母の遺骨が入ったペンダントを身につけて出かけています。母と一緒の景色を見て、一緒に出かけている感じで、嬉しい気持ちになります。
ペンダントがあってもなくても、母は側にいてくれていると思うけれど、ペンダントを作られて、お母様と一緒に行きたかった所とか、思い出の場所を行かれてみたらいかがでしょうかね。
No.4308 - 2011/04/04(Mon) 22:59:57
Re: お骨 / はるかぜ
とても久々に書き込みます。
5月のはじめに母の3回忌を迎えます。
1年はそのまま実家で父のそばにいた母の遺骨。
1周忌の納骨時に 父の元と私の元に分骨しました。
そのときにペンダントも作って今もしています。
お風呂のときにははずしていますが。
ハート型にMomと刻印がされています。
ようこさんが書いてらっしゃるように
ペンダントがあってもなくてもそばには居てくれるはずですが やっぱり なんか心強く思います。

それでも不安なときは
母と話がしたくて 寂しくてたまらないときも
ありますが そういうときは
ペンダントを握り締めたりしてしまいます。
No.4309 - 2011/04/04(Mon) 23:15:36
高村光太郎 ・母をおもふ / ちゃく
皆様

こんばんは、ちゃくです。久しぶりに書き込みますね。
母のガンが発覚し、手術は成功したのですが、再発してからは何かにすがりたくて、仏教や般若心経の本をずいぶんと読みました。この中で、一昨年100歳で亡くなられた松原泰道氏という有名な禅僧の本は、どこか優しく
非常に共感できる部分がたくさんありました。松原氏も生まれてすぐお母さんを亡くし、いろいろな場面でお母さんの話がでてきますが、著名な詩も紹介しています。
高村光太郎の「母をおもふ」もこの中の1つで、私も気に入っています。松原氏はお母さんの記憶も無く、写真もないため、会いたくなったらどこか似ているところがあると、鏡を見るそうです。

***************************
夜中に目をさましてかじりついた
あのむつとするふところの中のお乳。
 
「お父さんとお母さんとどっちが好き」と
夕暮の背中の上でよくきかれたあの路地口。
 
ノミで怪我をしたおれのうしろから
切火をうって学校へ出してくれたあの朝。
 
酔ひしれて帰つて来たアトリヱに
金釘流のあの手紙が待つてゐた巴里の一夜。
 
立身出世しないおれをいつまでも信じきり、
自分の一生の望もすてたあの凹んだ眼。
 
やつとおれのうちの上り段をあがり、
おれの太い腕に抱かれたがつたあの小さなからだ。
 
さうして今死なうといふ時の
あの思ひがけない権威ある変貌。
 
母を思ひ出すとおれは愚にかへり、
人生の底がぬけて
怖いものがなくなる。
どんな事があらうともみんな
死んだ母が知つてるやうな気がする。
*************************
母を亡くし、光太郎は程なく愛妻の千恵子も亡くします。僕は最後の「母を思ひ出すとおれは愚にかへり、人生の底がぬけて怖いものがなくなる。どんな事があらうともみんな死んだ母が知つてるやうな気がする。」という部分が好きです。今は未だ両親の死から完全に立ち直れてはいませんし、仕事のプレッシャーから抑うつ状態で薬も飲んでいます。「怖いものがなくなる」という心境にはまだまだ達していませんが、いつも母・父が見守っていてくれていると信じています。強くなりたい、お母さん見ててくださいね。
No.4306 - 2011/03/03(Thu) 19:09:35
るうさんへ。 / あこ
下にある、るうさんのお気持ちを読んで、
胸が締め付けられる思いでした。

体調は大丈夫でしょうか…?
無理なさらないでくださいね。

いろいろ、後悔って、絶対あると思うんです。
わたしの母は突然亡くなったので、お別れも言えませんでした。
最後にかけた言葉は自分がイライラしてたときの言葉で、まさかあれが最後だなんて。
たぶん、これは一生後悔してもしきれません。

けど、受け止めなければって思っています。
この罪も、自分の運命なんだと思っています。

るうさんはお子さんがいらっしゃるんですよね。
わたしはまだいませんので、母に孫の顔を見せてあげることさえできませんでした。
寂しくて寂しくて。
いずれ子育てが始まるとしても、母がいないので不安です。
でも、義母の力を借りたり(勝手に考えてますが…)して、がんばろうと思います。

るうさんのお母様は、お孫さんに出会えただけできっとうれしかったと思います。

みなさん、状況がいろいろ違いますもんね。
結婚する前に亡くされた方は、きっとお母様に見せたかったと思うと思います。
わたしは、孫を見せたかった。。。
でも、きっと孫を見せれたとしても、
もっと成長する姿を見せたかった、って、
望んでもキリがないと思います。。

るうさんの心が、少しでも元気になることを祈っています。

あと、お正月はやっぱりつらいですよね。。
わたしも今年は母のいない初めてのお正月だったので、寂しかったです。
でも、実家が元気になるように少しでも空元気でふるまってしまいました。
No.4301 - 2011/01/16(Sun) 09:54:14
Re: るうさんへ。 / ちゃく
るうさま、みなさま

こんばんは。ちゃくです。私も後悔はありますね。母がなくなった時は子どもはいませんでした。子ども好きで、赤ちゃんを預かったりする仕事をしていた母、口にはしなかったけどずうっと孫の誕生を待っていたのだと思います。母が亡くなって2年半、あとを追うように亡くなった父が旅立って1年半、昨年暮れにやっと元気な男の子を授かりました。妻の妊娠中は色々大変だったけど、どこかで両親、特に母が見守っていてくれいると信じていました。おかげ様で無事に生まれ、順調に育っています。でも、やっぱり母には抱っこさせてあげたかった・・・きっと喜んだだろうに・・と思うとやりきれない時もありますね。でも両親の遺影に向かって息子を見せていると、天国からニコニコしながら見ている両親が目に浮かんだりします。

正月はうちの実家もさびしいです。生まれ育った家に中年の兄が1人でおり、今年は子育てのため、行けませんでした。子どものころは祖母や叔父・叔母も来て賑やかだったのに。すべては無常なのですね。
No.4302 - 2011/01/16(Sun) 19:17:25
Re: るうさんへ。 / しゅん
あこ さん ちゃく さん こんばんわ。
ちゃく さんお久しぶりです・・・

私には父親がまだ健在でおります。
毎日のように会っていますけど、なかなか優しくなれないです。

私、バチがあたりますよね・・・
辛くあたってる訳ではないです。
後姿を見ると寂しく、悲しくなります。
母さんがいてくれたらな〜って考えます。
何をしてあげればいいのか、何をすれば喜ぶのか・・
きっといつかくる別れの時までコレをくりかえすのかな〜って思います。

この世の中に”永遠 ”って事やモノは何一つありません。
目に見える形のあるものは日々変化し続ける世の中です。

お母さん達がいる世界の方が永遠がきっとある世界なのかも知れませんね。。。

だからずっと待っていてくれますよね・・・
No.4303 - 2011/01/21(Fri) 22:08:32
Re: るうさんへ。 / あこ
ちゃくさん、はじめまして。

ちゃくさんは、お父様も亡くされたのですね。
お気持ち、お察しします。。

でも、新しい生命の誕生は、本当に素晴らしくおめでたいことでしたね。
お母様に抱かせてあげたい、って気持ち、
本当にそうですよね。。
わたしも、想像しては、もういないことに愕然とし、深い悲しみに襲われることがあります。
でも、いつか、次は自分が母親になるんだから・・・って、
気持ちを強く持ちたいって思っています。


しゅんさん、こんにちは。
以前、書き込んだときにレスしていただきました。
ありがとうございます。

うちも、父親が健在ですが、
やっぱりだんだん年をとっていきますし、怖くもありますね。まだ60代ですが。
大事にしなきゃ!って分かっていても、イライラしてしまったり。。
へこんだときに旦那に話すと、
親子なんだから、しょうがないよって言われます。
母のときもそうでしたが、冷たい態度をとったりと後悔することが多かったですが、
でもそれも親子なんだから。。。って思って、
自分をなぐさめてます。

最近よく思うのは、
わたしたちが生きているこの世界のほうが偽もの?なのかな、なんて。
母のいる、亡くなった人のいる世界が正しいのかもしれない。
誰も知らない世界だから、もしかしたらそうゆう世界があるのかもしれませんよね。
そして、そう考えたとき、
その世界でも笑っていて欲しいなって思います。

思い出すたびに辛くても、それでも生ある限り、わたしたちは生きていくんですよね。
辛いこともありますが、強くならなきゃなーなんて。。

いつか、お母さんに会うことがきっとできますよ。
そのときは、思い切り子供に戻って甘えたいですよね!

母が亡くなって思わない日はありませんが、
静かに思いをめぐらせることのできる日のときは、
幸せに思います。。
No.4304 - 2011/01/31(Mon) 16:50:17
あこさんへ / るう
だいぶ日にちがたっていますが、メッセージをいただいてありがとうございました。
体調が不安定なときにインフルエンザにもかかってしまいちょっと悲惨でしたが・・返信が遅れてすみません。
今はだいぶ落ち着いています・・みなさんにも気にかけていただき感謝してます。
後悔はきっと誰にでもあるのだろうなと思いながら・・普段は安定剤などを飲んでやり過ごしていますが、それでも時々耐えられなくなってしまうんですよね。。
もっともっと強さがほしいな・・といつも思います。
でもあこさんから少し勇気をいただけたような気がします。
母のこととなるとてんでダメな私です・・その上に次々と降りかかる困難があったりして、人生ってホントに修行だなと思いながら生きております(苦笑)
No.4305 - 2011/02/02(Wed) 12:55:21
寒いですね。 / あこ
久しぶりに書きます。

わたしは昨年春に母を亡くしました。
あれから半年以上経ち、
その間、前向きになったり、落ち込んだり、
毎日がいろんな感情で疲れました。

でも、その分少しずつ前に進めたのかな。
こちらの掲示板は、母親限定だから、
なんか皆さんの母への思いが共感できて、うれしくて。
ありがとうございます。

わたしは、人前では、お母さん!!恋しい。
ってそぶり見せないし。
忘れて、前向きに生きてますよ、て見えるかもしれないけど、心はずーっと母に会いたくて、さびしくて。。。

こうやって書いてると、
普段泣いてない分(前は毎日泣いてましたが、そのうち我慢できるようになってしまいました)
素直に涙がこぼせます。

皆さん、ふとつらくなるときがありますか?
わたしは、温泉なんです。
母と、亡くなる半年くらい前に旅行で一緒に入って、
そのときのこととか思い出してしまいます。

わたし自身温泉が好きで、
今住んでいるところは温泉がたくさんあるので旦那と時々行くのですが、
気持ちいいなーって、リラックスしてると、
いろいろ考えてしまうのかもしれません。
幸せを感じる一方、罪悪感、苦しさ、、、
いろいろ感じてしまいます。

あと、亡くなってしばらくは、
ごはんを食べてるときも、おいしいっって感じると、
悲しさと罪悪感でいっぱいでしたが、
最近はこれは克服できた気がします。
ただ食い意地が張ってるだけなのかもしれませんが・・・

最近は、とても寒い日が続きますので、
みなさん体に気をつけてくださいね。
また来ます。
No.4298 - 2011/01/15(Sat) 23:40:27
Re: 寒いですね。 / まり [ Home ]
あこさん、はじめまして。

私は母を亡くしてもうすぐ3年になります。
もう3年・まだ3年、どちらも本当の気持ちで…。今でも母と歩いた場所を通ったり、母の好きだったものを見たりすると胸が苦しくなって、できるならこの場で母を呼びながら泣き伏してしまいたいと思うことがあります。
周りからしたら「まだ引きずっているの!?」って言われそうだけれど、やっぱりそれが嘘偽りのない気持ちだったり。

その一方で少しずつ進んで行こうとしている自分もいて。
罪悪感との間でぐらぐら揺れたりもしますが、ここでみなさんがそれぞれの悲しみをこらえて、それでがんばっているのを見ると励まされます。
あこさんの気持ちにもとても共感しました。

私と同じ想いの人がいるのはとてもほっとしますね。
あこさん、どうもありがとう。
No.4299 - 2011/01/15(Sat) 23:51:07
Re: 寒いですね。 / あこ
まりさん、初めまして。
返信ありがとうございます。

まりさんはお母様を亡くされて3年なんですね。
もう3年、まだ3年…
確かに、そうですね。
周りから見たら、3年経ったらだいぶ落ち着いたかな?って思うかもしれませんよね。
でも、その一方で日々お母様のことを忘れたことはないでしょうから、きっと3年って長い月日だったのではないでしょうか。
その3年でまりさんはわたしの3倍頑張ってこられたんだと思います。

わたしは、母が亡くなってすぐは、
すぐにでも時間が過ぎて欲しいと思っていました。
毎朝、起きると現実を確認しなければいけませんでした。
起きるのが悲しい作業でした。
夢なら、会えるかもしれない。。
でも、結局夢であって欲しいと願っても、現実は現実でした。
現実を受け止めることもつらく、でも家族のために前向きにならなれけばいけない…

実際は、時間が過ぎれば過ぎるほど、
母に会えない期間が長くなり、つらくなっていったんですけどね。
でも、やっぱり会いたいって願ってもかなわない現実があるのなら、どうにかしなければって思いました。
毎日思わない日はないし、自分の中で母を忘れなければ、自分が死ぬまでずっと母と一緒にいられるって思いました。

前向きになることって罪悪感感じますよね。
わたしは毎日、母を思わない日はありませんが、
でも一時的にでも忘れる時間(仕事とか)があるのは大事だと思います。
それは悪いことではなく、母もそれを望んでる気がするんです。
自分の子供が、悲しみを乗り越えて強くなっていく姿。
世のお母さんなら誰も望むことだと思うんですよね…

母を亡くさなければわからない気持ち。
みなさんの話を読んでいると、うんうんって思うし、
同時に、わたしだけじゃないんだ、って励まされます。

頑張りましょうね(^-^)
わたしも、日々少しの幸せを見つけたり、
大切に過ごしたいと思っています。
No.4300 - 2011/01/16(Sun) 09:34:30
忘れることって… / ゆき子
まりさん、あかねこさん、返信ありがとうございました。
私たちは生かされているのかもしれませんね。
そう思ったら、今よりももう少し生きる気力が湧いてくるのかもしれません。
きっと空から母が見てくれると思って毎日を生きようと思います。

話は変わりますが、皆さんはお母様の遺品、どうしていらっしゃいますか?
私は以前は全部取っておきたいと思っていたのですが、もしかしたら遺品があることによって前に進めないのじゃないか?と思って、少しずつ整理することにしています…。
最近、私が未来を見ていくのには、母を忘れることが一番良いことではないのかと思い始めているんです。
どうしても母のことを思い出すと、過去の思い出に浸って現実を見ることができなくて…。
だから母が着ていた服や使っていた物を整理するようになりました。
それが良い選択なのかどうかは分からないのですが。
他の方がどうしてるのか気になりまして…。
No.4289 - 2011/01/11(Tue) 20:34:43
Re: / まり [ Home ]
ゆき子さん、こんにちは。

こちらこそ、またここでお会いすることができてよかった。

母の遺品ですが、私は「思い出BOX」というのを作りました。ホームセンターで洋服を入れるプラスチックの大きなケースを買ってきて、その中に入る分だけを選んで、あとの洋服や品物は人にあげたり寄付したりして処分しました。
今もたまに箱を開けて中を見て、母に話しかけたりしています。

無理に忘れることはないと私は思いますよ?
こうやって私たち自身が生きていること、それ事態が母の形見で、愛されて、愛してきた記憶で…。
母を忘れることなんてできないのだから、母と一緒に生きていく道を見つけたい、少しずつそう思うようになってきました。

まだ泣いたり落ち込んだりも多いのですが。お互い焦らずゆっくり進めたらいいですね。
No.4293 - 2011/01/12(Wed) 16:06:54
Re: 忘れることって… / しゅん
ゆき子さん、あかねこさん こんばんわ。
母さんの子供は息子3人でした・・・
娘がいれば良かったっていっつも聞かされていました。
はずかしい話ですが・・
母さんの洋服に顔をうずめて泣いた事がありました。
知り合いの女性の方にその話をしたら
「マザコンじゃない」って言われました。
経験した人じゃないと分からないですもんね・・
別に否定はしませんでした、その通りなんです。
母とはいっつも喧嘩ばかりして泣かせたり、悲しませて、苦しませていました。
母を喪った時からマザコンって言われてもしかたがないほど母さんの事を想うようになってしまいました。
母さんとは喧嘩もしたけど色々な所に連れて行ったり喜びそうな事を探してしてあげたり・・・
初めてもらったお給料で買ってあげたスカーフを冬になると必ず首に巻いてくれてた。
そんな母さんが毎日言ってた言葉は
「今日も一日無事に過ごせてありがとうございました」
でした。
毎日お布団の上で言ってました。

感謝する心を教えてくれたのも母さんだったです。
あっ遺品でしたね。
ほとんど知人にあげたりとか捨ててしまいました。
少し残っています、スカーフは大事にしまってあります・・・
No.4294 - 2011/01/12(Wed) 23:18:09
Re: 忘れることって… / あかねこ [ Home ]
まりさんのおっしゃるように、またここでお会いできてよかったです。

お母さんの遺品については
わたしはあまりお役に立てませんが…

わたしはまだお母さんがいなくなったこと認めきれてません。
のこったものは全部そのままです。
病院で着てたパジャマもなにもかも。
時計は姉が使っています。
身につけられるものは使うのもいいかと思います。
母の若いころの着物はよく着ています。
無理に整理することもないと思ってます。

でももっと近くで感じていたいから
遺骨をペンダントにするようなもの、どうなのかなとちょっと考えています。
No.4297 - 2011/01/15(Sat) 19:55:21
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