01410
Chatter 8th woman

何か書いていってくださいね!

HOME | お知らせ(3/8) | 記事検索 | 携帯用URL | フィード | ヘルプ | 環境設定 | ロケットBBS
1896年11月23日 / エル
読書をしていて時に思う。
この本は作家が二十代の時に出版されたものだけれど、もしこの作家が五十代の時に出版されていたらどんな内容になっていただろう。この本は作家の晩年に出版されたものだけれど、初期に出版されていたらどんな内容になっていただろう。
明治の作家が平成に作品を発表したら・・・。平成の作家が明治に作品を発表したら・・・。
この作家とこの作家が対談したらどうなるのだろう。例えば、芥川龍之介と芥川賞受賞者が対談したらどうなるのだろうとか、江戸川乱歩と京極夏彦が対談したらどうなるのだろうとか(笑)。

そしてしばし本を閉じて、作家が暮らしていた街へ実際に足を運んでみる。たいていは、変わり続ける商店街の中で、住宅街の中で、見落としてしまいそうな小さな碑や立て札しか当時を偲ぶものは残されていないけれど、行きつけの居酒屋であるとか、ゆかりの寺であるとか、作家が暮らしていた街を散策するのも、読者にとっては一興である。

東京都文京区本郷に樋口一葉ゆかりの井戸が残されている。地元の人達に清掃され、大切に使用されている現役の史跡である。立て札を読んでいて、享年二十四、という短い一生に驚かされる。
二十代前半の感性で書く作品と年齢を重ねてから書く作品はどれくらい違うのだろうか。
もし三十歳の一葉がたけくらべを書いたら、どんなたけくらべになっただろうか。五十歳の一葉がにごりえを書いたら、どんなにごりえになっただろうか。
そして一葉が現代に生きていたら、どんな物語を紡ぎ出していたのだろうか。

樋口一葉、享年二十四。
というのが私の中で一つの矜持になっている。
ねえ、その文章、それでいいの?
文章を書いていると、一葉が私に語りかけてくるのである。
そうだねえ。もうちょっと書き直してみるかねえ。一葉さんからも何かアイディアをもらえないかねえ。
見えない教えてもらえない一葉におもねる訳にもいかないのだが、今一度推敲してみようか。

手紙やメールにどんなメッセージが書いてあると私は嬉しく思うのだろうか。BBSにどんな事が書いてあると私は興味深く読むのだろうか。そういった読み手の視点を常に考慮して、文章を書いていこうと思う。

本を開き、書かれた物語の世界を想像する事で作者を知る事ができる。そして本を閉じて、作者の生活した場所やゆかりの地を訪れる事で作者の別の一面を知る事もできるのではないだろうか。
116年後、本郷の街角で、創作する際の喜びや苦悩に思いを馳せる人がいるなんて、生前の一葉は思いもよらなかっただろう。
井戸水を汲みながら、その清冽な感触に、行き詰っていたプロットが動き出しただろうか。吹き渡る風はアイディアを運んでくれただろうか。
時代と共に街並みは大きく変わっていくけれど、今も涸れていない井戸水に手を浸し、街に吹く風を肌で感じていると、そんな一葉の姿が脳裏に浮かんでくる。

この本は誰が読むのかわからない。
パソコンの向こうには誰がいるのかわからない。
でもあなたが興味深く楽しく読んでくれたら嬉しい。
時代、能力、環境・・・。私と、1896年11月23日、二十四歳で他界した樋口一葉とでは様々な事が違うのだが、その気持ちだけは同じかもしれない。
No.1014 - 2012/11/23(Fri) 01:04:41
ただ時が経っただけで / エル
チャターエイスウーマンに出会えた事が嬉しくてたまらなかった2002年9月11日、下北沢シェルターからの帰り道。
このバンドに出会えた事を一体誰に感謝したらいいのだろう。
チャターエイスウーマンに?
私に?
いるんだかいないんだかわからない音楽の神様に?
10年経った今も、答えはわからないままだ。

次はどんな曲を聴けるのだろう。次は、いつ、どこで、私は彼らの音楽を楽しんでいるのだろう。
彼らが音楽を奏でる場所は常に幸せが共存していた。
一曲一曲が人に愛される曲であるようにと未来に希望を託して発表されたのだろう。そう思うとどの作品にも愛しさが湧いてくる。ライヴのたびにこれらの作品は、そこにいるリスナーの心に出会い、宝物のような存在になった。彼らの音楽の素晴らしさ、私が受け取った感動や喜びを超える表現をするのは難しいけれど、それに一歩でも近づける言葉を、これからもここに書いていければ、と思う。
一回のライヴを、一曲を、一音を、最後の一瞬まで全身全霊でパフォーマンスしてくれた彼らに対する感謝の思いは、今も深く静かに私の中にある。

「10年、経ったんやねえ。」
この10年間、キャビネットの中からいつも私を叱咤激励してくれる私の守護神、The Goddess of grungeも、今日はちょっと感慨深いようだ。
「10年が経ったんだね。ただ時が経っただけ、本当に、ただ時が経っちゃっただけ、だねえ。」
苦笑まじりでこの10年を振り返る。
そしてこのただ時が経っただけの10年は、なんて愛しさに満ち溢れた10年なのだろうと気付かせてくれたチャターエイスウーマンに、改めて最大のリスペクトを・・・。
No.1013 - 2012/09/11(Tue) 00:01:02
JUST ANOTHER SUMMER  / エル
きらきらしたVISION。
何か楽しい事が起こりそうな予感。
海、山、街・・・。未知の場所で、目にするものを、経験するものを、他の季節より鮮明に記憶している季節。

夏に思う事とは何かと問えば、かつての私ならそう答えただろう。そのようなポジティヴな思考ができなくなってしまったのはいつからだろうか。
秋が待ち遠しい。この暑さをやり過ごすのはどうしたらいいものかと憂うばかりになって久しい。
皆さんは夏と言えばどんな事を思うだろうか。

ところがそんなネガティヴな思いは一歩外へ出ると変わってくる。クーラーの効いた過しやすい部屋の中に閉じこもって夏を思う時は夏のデメリットしか思い浮かばないのに、倒れそうなほどの炎天下に外出すると数々の夏の良さに気付かされるのは何故なのだろう。
夏の異称、朱夏という言葉にふさわしく咲き誇る花。
この夏を忘れるな。この夏、命の限り鳴く私達一匹一匹を忘れるなと言わんばかりの蝉時雨。
旅に出るまでもなく近所を散策しただけでも、鮮やかに咲く花の美しさに目を奪われ、わずか数日の寿命の中で絶唱する虫の声に命の大切さを思う。
夏はマイナスの要素ばかりではないと思い直すのが、近年の私が夏に思う事のようである。

人通りの途絶えた白昼、揺らめくかげろうの中で、冷えたスポーツドリンクを片手に夏空を見上げる。一年を通して好んでコーヒーを飲んでいる私であるが、この暑さではコーヒーではなくてスポーツドリンクを摂取するようにと体が警告しているようである(笑)。
突き抜けるような青空を見上げながら、皆さんはお元気だろうか、お変わりないだろうかとぼんやり思う、いつもの、ありきたりの夏。
そして、いつもと変わらない、なんの変哲もない、そんなありきたりの夏を過している事こそが、何よりも幸せなのだという事をしみじみと思う。

今日は大暑。暦の上では一年の内で最も暑い時期とされている。

くれぐれもお体を大切に過されますように。
暑中お見舞い申し上げます。
No.1012 - 2012/07/22(Sun) 17:25:20
決起集会 / エル
ゴールはどこなのだろう。そしていつなのだろう。楽な道のりだけではない事はわかっている。でも今はただ走る事が楽しいのだ。そんな思いをいだいて走り出したランナーの姿が目に浮かぶ。
スタートを切ったばかりのランナーの喜びが、スタートを切ったばかりのバンドの喜びに重ね合わせて見えてくる。

MY FIRST STORYというバンドのライヴを観てきた。

全力で演奏し、全力で楽しんでいるバンドがいる。
全てが新鮮であり、今はただライヴをするのが楽しくてたまらない、そしてリスナーに対する感謝の気持ちが痛いほど伝わってきた。

時は、彼らを、私達を、どのように変えていくだろうか。
ライヴを行なう場所がある。リスナーが存在している。彼らはそれを当たり前のように思ってライヴを行なうバンドになってしまわないだろうか。
ライヴを観る場所がある。バンドが存在している。私達はそれを当たり前のように思ってライヴを観るリスナーになってしまわないだろうか。
慣れては駄目だ。
百戦錬磨の大御所バンドが観せてくれる完成度の高いライヴより、課題の多い新人バンドのライヴに気付かされる事もある。満面の笑みを浮かべて名残惜しそうにステージを去って行くMY FIRST STORYに拍手を送りながら、彼らから伝わってくる痛いほどの気持ちをいつまでも忘れてはいけないと思った。

全力で聴き、全力で楽しんでいるオーディエンスがいる。
彼らが最近活動を始めた新人バンドならば、彼らを応援し始めた私達も必然的に新人リスナーだ。上気した顔でライヴハウスから出てくる人達を見ていると、なんともほほえましい気持ちになってくる。
どこなのか、いつなのか、わからないゴールは、そこに向かって走るランナーだけのものではなくて、応援する人達のものでもある。みんなが一丸となり頑張った事に意味があるのだと思う。

そんな人達が集まって思いっきり楽しんだ今日のライヴ。まるで決起集会のような2012年6月10日、渋谷WWWだった。

視覚と聴覚を研ぎ澄ませて集中した三時間。ライヴハウスを一歩出た途端、視覚と聴覚がおぼろげになり、それまで遮断していた感覚が鋭敏になってくる。

鋭敏になった空腹に応えてくれるか、ラーメン二郎よ(笑)。
No.1011 - 2012/06/10(Sun) 23:58:08
幸せな一年でありますように。 / エル
音楽に酩酊しているという感じでしょうか。
混み合った電車の中、気が付くと窓に映った私の顔は自然とほころんでいました。
笑っている顔を周りの人に見られないように、いつもうつむいていたライヴの帰り道。

大好きな曲が流れる空間に居られたのは本当に幸せな事でした。
今も私はあなたの作品から、音楽の恵みを、音楽の幸(さち)を、頂いています。
私の人生を彩っているあなたの音楽に感謝の念は尽きません。

時が経ち、変わったものがありました。
私達の年齢。
時が経ち、変わらないものがありました。
音楽の大切さ。

チャターエイスウーマンとグリーンスリーヴスの曲が、今も私の中で無限ループしています。

何か別の曲でリセットできるのでしょうか。
未だに打ち勝つ曲が見つかりません。

ベアさん、お誕生日、おめでとうございます。
No.1010 - 2012/05/29(Tue) 00:06:46
理想郷 / エル
街並みが芝居の中の書き割りのように見えてくる。行き交う人達が、そして自分自身でさえも、この街を舞台にしたドラマの中の登場人物になったようなあいまいさを覚える。そんな現実の街がある。
見る事も触れる事もできないのに生き生きと五感に感じている。そんな架空の街がある。

今日もどこかでひっそりと終わりを迎える店があり、その一方で華々しくスタートを切る店があるのだろう。短いサイクルで移り変わっていくさまは、まるで何かに追い立てられているようである。久しぶりにお気に入りの店に行ってみると「閉店しました。」という貼り紙を貼られたシャッターの前で途方に暮れるのはよくある事だ。
ラーメン屋がカフェになっている。アジアの雑貨屋がいつの間にか北欧のインテリアを売っている。ブランドものの店が撤退しファーストファッションの店にとって変わられている。
最先端を追求するこの街を俯瞰すると、街全体が細胞分裂しているように見えるのかもしれない。
このドラッグストアの前は、このコンビニエンスストアの前は、何が建っていたのだろう。もはや思い出す事は困難である。
本を購入する人、試聴機で曲を聴いている人、巨大VISIONから流される映像を眺める人、立ち食い蕎麦屋へ向かう人・・・。誰か脚本家がいてそのシナリオ通りにみんなが動いているような、この街を歩いていると全てが作り物のように見えてくるのは何故なのだろう。
新曲を満載したラッピングトレーラーが視覚と聴覚に「今」を訴えてくる。今日街を走っているトレーラーから大音量で流されている曲も明日には別の曲に差し替えられる。次から次へと提供される情報に、私達は追いついているのだろうか。ほんのひと月前、トレーラーが宣伝していたのは誰だったのだろう。走り去るトレーラーを見送りながらあやふやな記憶をたどっている。

常に私の心の中には一つの街が存在する。
グリーンスリーヴスの音楽を聴いていると心の中に浮かび上がってくる風景がある。この風景は決して変わらない。初めて聴いた時から、もう何回聴いたかわからない今に至るまで、聴くたびに出現するこの理想郷は、私の心の中で磐石な強さで変わらない。
沈み行く太陽と上がり始める月と煌めく星、吹き抜けていく風、行き交う人達のざわめき・・・。
決してたどりつけない街なのに、彼らの曲を聴くたびに、間違いなく私は、昼と夜が交差する空を仰ぎ、風を体感し、通り過ぎていく人達の楽しく語り合う声を聞いているのだ。
音楽は世に出した時点で作者と聴き手のものになる。聴いた瞬間から音楽は両者の共有財産だ。
実在しない事が不思議に思えるほど現実感を伴なっているこの街は、初めて曲が奏でられた時から今も変わらずに、私の心のふるさとであり続けている。

今日も私はグリーンスリーヴスを聴いている。
今日も私は理想郷で魂を遊ばせている。
No.1009 - 2012/04/29(Sun) 01:18:17
春の光と闇の中で / エル
春の陽光が、そこに座れと言う。過ぎ去った幾つもの春を、春の陽(ひ)は思い出させる。
春の宵闇が、寄り道をさせる。あと何回の春が残されているのかと、春の宵は問いかける。

人生を謳歌している人がいる(何をもって幸福とするのか幸福の物差しなんてないけれど)。
ついていない人生だと思う人がいる(そんなあなたをなんて恵まれているのだろうと羨む誰かがいるかもしれない)。
これから幾つもの春を過す人がいる。
これが最後の春となる人がいる。
全ての人に春はやってくる。その当たり前の事が嬉しい。

咲いて空を彩り、散って地を飾る。今まで見た中で今年は一番美しいと、毎年思う事を今年も思う。
この春も桜を愛でている。その当たり前の事が嬉しい。

光の中、桜の樹の下にたたずむひとときに、過ぎ去った春を、今まで出会ってきた人を、思う。
闇の中、桜の樹の下にたたずむひとときに、残された春を、これから出会う人を、思う。

いい春だなあ。

この空の下のどこかであなたがそう思っていたら、嬉しく思う。
No.1008 - 2012/03/31(Sat) 23:36:20
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
100/100件 [ ページ : << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

Rocket Board Type-LL (Free) Rocket BBS