 | 最近、学校の友達と先生が衝突しまくってるのを見ている。 彼は「○○が嫌いで、○○だけに興味がある」と主張していて、 先生は「すぐに嫌いと決めつけないで、まだあなたが触れていないものはいっぱいあるから」と言ってる。 それに対して彼は「それを言ったらきりがない、もし先生がその言葉に忠実に生きてきたなら先生は今頃スーパーマンになっているはずだ」 で、先生が薦めてくる作品をことごとく否定する。 先生の「すぐに嫌いと決めつけないで」という言葉は俺ももっともだと思うけどしかしその言葉ではだめだと思う。 その言葉には相手を納得させる力は希薄だ。 先生曰く「学ぶ事は変わる事だ」 「好き嫌いを露骨に表に出すという事は君は学ぶ事それ自体を放棄している」と。 どれももっともだと思う。けどこれを彼が納得できるかと言うとそうは思えない。 彼はおそらく自分の周りを自分の好きなものだけで固めたい。 それによって自分のアイデンティティを保っている。ような気になっている。 ようは余裕が無い。夢見がち。私はお菓子しか食べないのとか言う深田恭子みたいな感じ。 だから自分の側に置きたくないものを全力で否定して、 でもどうせ自分の事を肯定してくれればそれだけで「いい先生だ」とか言う。てか実際言った。 人は変わろうと思って変われるものじゃない。 けどそれと同時に変わろうと思って変われなければ諦めろという話でもある。 憧れだけでは見えないものが多すぎる。 苦しい事も多い。不安も多い。でも偉くも何ともない。覚悟もない。 けど憧れを捨てたって別に偉くない。 けど彼は自分の事偉いと思っている。偉そうにあれだこれだうるさくて ただ自分の中で偉いのだ。そんなものジャスコで野垂れ死にだ。 野垂れ死にベイベー。 俺はわかってる。したたかクール。 もちろんだがわかってたって偉くない。 どれもこれも心の中で分かってればそれでいい。けど今心の中をあえて一つ言ってしまえば 俺はもう若くない。 若者なんてなんも愛おしくない死んでしまえという事だ。
で、あと、念のため言うけど 彼が作る作品は全然面白くないです。へっぽこです。彼が否定してきたどの作品にも負けてます。彼の批判のため余計にそう見えます。最悪です。口だけです。 だからこそやたら「青いな」と感じてしまう。苛立ちすらおぼえる。 でもこれを放っておかない事が俺の美意識に律していると感じる。
自分で、昔の自分が言った事は正しいと思う。 それは論理的だとかそういう事ではなく、当時の十代という立場から発せられた言葉である、という事だけでその言葉が圧倒的に正しいと感じられるためである。 実際正しいかどうかという事ではなく、その時代状況というバックグラウンドの所為で圧倒的な「正しさ」が漂ってくる。 信じない事が罪悪のように思えてくる。 実際正しいかどうかではない。「正しいと思えるかどうか」なのだ。 俺の過去の言葉は間違いなく俺に「正しいと思わせる」思わせてしまう。 |
No.408 - 2007/11/30(Fri) 22:10:43
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