 | ラップというのは、「歌うように語る」ことなのだな。 兄さんは「語るように歌っている」から、ラップに聴こえないんだ。 おんなじようで大きな違い。ふむ。
実は。『港の握手会』の際にシングルを予約したものの、まだお店に取りに行っておらず、今日初めて「話がしたい」を聴いた。
アルバムはおおむね満足なのだけど、「とある物語」だけは、渡辺俊幸さんのアレンジを採用してほしかったなぁ。 あの曲は、明るくて華やかで、兄さんがついぞ見た事のないような満面の笑みで歌っている場面が脳裏に焼き付いているから、それを保って欲しかった。 イメージの中の光と色は、あの宝塚の大階段のフィナーレなのよ。 それが全然違っちゃって。 笹路さんアレンジを最初に聴いてたら、それはそれで受け入れられたと思うのだけれど、ちょっと残念。
「この時が、ずっと」が一番好きかな。 次に「ヨーコ」。 松田聖子黄金期の、アルバムの一曲みたい。 松本隆・大瀧詠一コンビ的な。 奈歩ちゃんのCandyボイスがすてき。
・・・そういえば。渡辺俊幸さんって、渡辺宙明さんの御子息なのね。 さださんを通して30数年前から知ってる人なのに、宙明さんのお子さんだなんて知らずにいた。 宙明さんは言わずと知れた、特撮物の音楽をたくさん手がけられてる方。 兄さんが好きだったという『太陽戦隊サンバルカン』もやっておられたはず。 一昨年には、『題名のない音楽会』で宙明さんの特撮物の音楽特集があって、『海賊戦隊ゴーカイジャー』の5人も出てきたりして、キャーキャー言って見てたんだけど、渡辺俊幸さんのお父さんだなんて思いもしなかった。 今年初めて知って、ほんとにびっくり。
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ここに、父の事を書いちゃったので、その後の報告。 23日に転移の有無の検査結果が出ると聞いていたので、前日に実家に電話をかけたら、「実は検査自体をキャンセルした。」とのこと。
父は17年前に心筋梗塞をやり、その後も動脈瘤の手術をしたり、今は??なんとか管狭窄症”(正式名失念)って奴で、足が痛くて日常生活もままならない状態。 それらの病後、多種多様な薬を毎日3食後に飲む生活が続いてる。 癌だからって、もうこれ以上薬漬けの生活はしたくないってことらしい。 もういい年だし、癌を受け入れて生きてゆく事にすると母に宣言して、検査を断っちゃったのだそうだ。 父は医療不信が強い頑固者。 母は、父の8つ年下のせいか、意見できなくて父の意思を呑むしかなくて。 私は、「父らしい選択だなぁ」と思って、意思を尊重しようなんて思った。 電話した時点では。
「夜のソフトタッチ会」の日、ご一緒した直友さんは看護婦さんで。 「ソフトタッチ会」の順番待ちしている時に、ついつい相談しちゃった。 そしたら、前立腺癌って、骨転移しやすいんだって。 骨に転移すると、ものすごい痛みで。 今は、女性ホルモンを補充して患部を小さくするとか、患部だけに放射線を当てるとかの良い治療法があるから、せめて転移が有るか無いかの検査だけでもした方がいいって話してくれた。 暗い話題を振っちゃってごめんって言ったら、「私にとっては日常茶飯事だから大丈夫」って答えた言葉が重くてカッコ良くて。
ゴールデンウィークに、短くしか帰れないけど帰省するので、その時に父と話すつもり。 頑固だけど、娘の私の言葉は一応聞いてくれるし、私は母と違って父に強い態度が取れるので。
父の死生観はおぼろげながら知ってる。 長年教師として生き、膨大な本を読み、知識を蓄え、少々偏屈な理屈に沿って生きてる父。
最終的な意思は尊重したい。 生きたいように生きたらいいと思ってる。 CENSOREDように死んだらいいとも思ってる。 いずれは死ぬんだから、誰もかれも。 思うように。願うままに。 その前に、出来るだけ言葉を交わそうと思っている。
ごめんね。こんな話。 でも、書くと、すこし荷物を降ろせる気がする。 心の重荷を。 |
No.1980 - 2013/04/25(Thu) 01:28:48
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