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クリスチャン・フェローシップ・オン・ザ・インターネットのコミュニティー掲示板
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士師記10章 / 沙耶香 引用

今日は士師記10章を読みます。

6節に
またイスラエル人は、主の目の前に重ねてあくを行い、バアルやアシュタロテ、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。こうして彼らは主を捨て、主に仕えなかった。
とあるが、いろんな神様がおられるのですね・・・真の神様はイエス様のみなのに・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章51-55節を読みます。
天のお父様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、51節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様が触られただけで癒されるという・・・素晴らしいですよね。

読んでいる途中で昔のひどいいじめを思い出した。ずっと辛かった。この世の中って本当弱者や劣っているものには冷たい。最近大分県教育委員会での不正が出てきているが、同じ点数なら口利きでというのはあるだろうと思っていたが、点数をかさ上げしたり、わざと下げたりしているなんて絶対赦せないですね・・・。そういう人が教師になっているんだから、いじめもなくならないはずだ。教育現場がすさんでいるのに、子供達もすさんでいくよ。イエス様が早く再臨してこの世の不正や理不尽さを取り去って欲しいです。

No.4217 2008/07/24(Thu) 21:55:30

再士師記10章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記10章を読みます。

7節の
主の怒りはイスラエルに向かって燃え上がり、彼らをペリシテ人の手とアモン人の手に売り渡された。
が印象に残りました。主の怒りが一番怖い。

15,16節の
すると、イスラエル人は主に言った。「私たちは罪を犯しました。あなたがよいと思われることを何でもわたしたちにしてください。ただ、どうか、きょう、私たちを救い出してください。」
彼らが自分達のうちから外国の神々を取り去って、主に仕えたので、主は、イスラエルの苦しみを見るに忍びなくなった。
が印象に残りました。主は悔い改めるとまた救おうとされるお方・・・どこまでも優しくどこまでも哀れみ深いお方・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章56-60節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいたが、一つに絞れなかったので、全体をもう何度か読みます。
どうつくろっても、どう隠してもイエス様には分かります。

No.4225 2008/07/25(Fri) 22:23:28
大垣さん、どうもです。 / レーシェル 引用

聖書は、直接的な表現ではなく、比喩や象徴などの表現方法での紹介が多いと思いますが、その証拠が、カトリックで解明されることなく、プロテスタントにいたっては何百もの宗派があるほど、聖書解釈には人間の自由解釈が満載となっているではないでしょうか、聖書だけでは神の創造目的が直接的に伝わる方法としては疑問符です、聖書では不可能であると言うのが6000年かけた結論となるのではないでしょうか?

その聖書の不備を完全に解説できるのが、生きた神である、イエス=キリストから教わるしか人間が救われる道がないのだと思います。 その永遠の命の道である、イエス=キリストを死に追いやったのが、ユダヤ民族の無知だったことは明らかなのではないでしょうか、そのときの無念な気持ちから、再びこの世に降臨すると予言をしたのが、キリスト再臨説ではないでしょうか?

ですから、再臨主を迎えることは、人類の死活問題なのです、再臨主に出会い共に歩む事が出来なければ、どんなに信仰が深くても意味がなくなることなのではないでしょうか?

ぜひ、皆様も聖書だけの解釈に頼ることなく、神の心情を中心とした解説を共に学んでくださいね!

No.4220 2008/07/25(Fri) 08:08:33

Re: 大垣さん、どうもです。 / 大垣 引用

本当に生きた神である主キリストに出会い、共に歩むことが救いの道であると思います。「山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないならば、なんの値うちもありません。」とTコリント13章2節にあります。ここでいう「愛」とは、原語でアガペーという無条件の愛で、これは人間が生まれつき持っている愛ではなく、神と出会い、神に与えられて、持つようになる愛だと信じます。

ところで、レーシェルさんは、キリストに出会って教えていただければ、神の創造目的や心情について人間が完全に理解することが可能だと思いますか?

No.4223 2008/07/25(Fri) 09:52:51

大垣さん、どうもです。 / レーシェル 引用

まずは、神と人間は住んでいるところの次元は違いますが、人間と神と共通する因縁は愛情だと思っています。

それも、親の愛情なのだと思います。

ですから、私もつくづく感じておりますが、自分が結婚して子供を持って始めて、無償の愛による喜びを理解でき子を愛する過程で自分たちが親として子供によって育てられているように感じます、

結論的に思うのは、神の創造目的や心情を理解できる可能性があるのは、理想の家庭を築こうと努力できる夫婦によって理解できることが確かで可能だと思います。

No.4224 2008/07/25(Fri) 12:06:14
沙耶香 さんへ / レーシェル 引用

この世の全ての女性が信仰をもって、自分を大事にする貞操観念を持ち続けてくれれば、地位向上し神様が求めた女性像が実現するに違いないと思っております。

現在の世界中の多くの問題は、女性本来の能力を発揮し切れていないのが原因だと思います。

可能性はあると思いませんか?

No.4218 2008/07/24(Thu) 22:24:13

Re: 沙耶香 さんへ / 沙耶香 引用

世界中のすべての女性が信仰をもつ・・・???かなりありえない話のような気がいたしますが・・・。でもそうなるといいですよね。そうなると素晴らしいと思います。
可能性はイエス様にお任せしましょう。
私は何もかも普通の人より劣っている人なので、私なんかの意見は参考にはならないと思うのですが・・・。

No.4221 2008/07/25(Fri) 09:06:46

Re: 沙耶香 さんへ / レーシェル 引用

> 世界中のすべての女性が信仰をもつ・・・???かなりありえない話のような気がいたしますが・・・。でもそうなるといいですよね。そうなると素晴らしいと思います。
> 可能性はイエス様にお任せしましょう。
> 私は何もかも普通の人より劣っている人なので、私なんかの意見は参考にはならないと思うのですが・・・。


「私なんか」といわれるのは、神に対して親不孝な言い方ではないかと思いますよ、神は女性を創造の全てのものを集約した全ての愛情を注いで創られたのが女性なのですから、

女性という事にもっと自信を持ってください、お願いします。

女性は神の愛を受け止めるだけの大きな器を持った存在で、男性からすれば、究極に尊敬するべき存在なのですよ!

女性が神の愛を受けた時に輝く姿に男性は喜び男性としての存在意義を感じれるものだと思います。

ですから、女性の不幸な姿は、男性の存在意義の喪失となってしまいますから、女性は自身が最高の幸せを求める為の努力は惜しまないでがんばってほしいと思います。

No.4222 2008/07/25(Fri) 09:24:10
大垣さん、沙耶香さんありがとうございます。 / レーシェル 引用

罪の解明をしようとすると、その原因は失楽園の出来事を正しく分析しなければ理解する道はないと確信しています。

わたしは、キリスト教のりんご説はあまりにも幼稚な解説だと思っていますが、大垣さんは失楽園の物語から人類の罪をどのように理解されておりますか?

それに、罪が解らなければ、イエス=キリストの価値が見出せないのではないでしょうか?

女性がこの世を左右する大きな存在なので、沙耶香さんの感じている事は将来の日本に少なからず影響を及ぼしますのであなたの意見も貴重なので、重要な参考意見ではあります。

素直なご意見をこれからもよろしくお願いします。

No.4216 2008/07/24(Thu) 17:45:16

Re: 大垣さん、沙耶香さんありがとうございます。 / 大垣 引用

>それに、罪が解らなければ、イエス=キリストの価値が見出せないのではないでしょうか?

まさしくそのとおりだと思います。僕はキリストの恵みの価値について深く知りたいので、罪について深く知りたいと思います。僕は信仰を持つ前は、どんどん勉強して調べて考えれば自分の力で、知りたいことは何でも解明して理解できると思っていました。それで、信仰を持ってからも、ほぼ同じような考えで、祈りながら、勉強していけば、真理が理解できると思っていました。理解が大きく深まったと感じたとき、罪や恵みを完全に理解したと錯覚して、納得していたこともありました。そのようなときには、しばらく僕の理解の進歩はそこで止まってしまっていたと思います。しかし、しばらくすると、自分の理解より、さらに深い真理があることを神が示してくださいました。

そのようなことを繰り返していううちに、だんだん神の恵みも愛も自分の理解力が遠く及ばない深いものであることに実感を持って気がつかされました。だから、罪の本当の意味も、自分の理解力は遠く及ばないと考えています。

僕の神の理解は、本当に、薄っぺらな浅いものだと思います。それでも、僕が今の理解で満足せずに神を信頼して真理を求め続けるる限り、神がお導きくださり、だんだんより深い真理の理解を与えてくださるのだと信じています。

失楽園についてですが、まさに、罪の理解はここに始まると僕も思います。創世記2−3章の描写が、歴史上に現実に起こったことなのか、寓意であるのか、僕にはよく分かりません。僕は聖書が神のみことばだと信じていますから、歴史的な事実であるにせよ、寓意であるにせよ、真理を正しく描写していることを信じます。ただ、一人一人、みな違いますから、レーシェルさんが今の時点で、失楽園についての理解をさらに深めるために、別の失楽園の描写を神に求められるなら、神がそのような描写を与えてくださると信じます。

No.4219 2008/07/24(Thu) 23:52:00
大垣 さんへ / レーシェル 引用

あなたの言い分では、「人間が罪人で生まれ、多くの人を殺戮する戦争は当然の事で、性倫理の混乱も、神の創造理想の人間の姿であり、人間が苦しみ悲しむ姿を見て神は喜んでいる」と言っているように聞こえますが。

そう言う事ですか?

それと、あなたにとって「人間の罪」はどのようなものなのですか?

No.4211 2008/07/23(Wed) 08:14:28

沙耶香 さんへ / レーシェル 引用

沙耶香さんも考えてみてくれませんか?

No.4213 2008/07/23(Wed) 23:05:38

Re: 大垣 さんへ / 大垣 引用

罪とは何か、ということは、この掲示板でかなりいろいろ話し合って考えたことがあるのですが、結局僕は、よく分かりませんでした。ごく基本的には、罪とは神にそむくことだと考えています。

僕の書いた考えは、レーシェルさんの解釈と全く違います。なぜ違うかということを説明するのは、それほど簡単ではありません。ひとつには、人間はどうしても時間に縛られて考えるので、僕は自分の考えを自分でよく理解できているとは思いません。

それでも、試しにたとえ話のように説明してみるなら、創世の前には、まだ時間は造られていなかったと考えます。その時間のない世界で、まず、神は心の中でアダムとイブを造られ、理想として、彼らが自由意志を持っていても、神にそむく罪を犯さないことを望まれた。それで、彼らがそむことを前提に、歴史を心の中で展開された。そして、神のひとり子キリストを心の中で世に送ってみられた。神は人間たちが、キリストのいうことに聞き従うことを理想とされた。しかし、人間たちは、キリストにもそむことが神には分かった。そこで、神は、そのことを前提に、キリストが十字架で死ぬこと以外に、人間を救う道はないことを見られた。そして、キリストの救いによって、やがて、信仰者たちが理想の新しい天と地に住むことを見られた。そこで、神は歴史のすべてをご計画された上で、時間を造られ、世界を造られ、人間を造られた。

人間の罪を、神は悲しみ、また、その罪が原因となる苦しみを神は一緒に苦しまれ悲しまれたと信じます。キリストの十字架を見れば、それは明らかだと思います。同時に、キリストの十字架のような苦しみも、人間の罪を前提とした神のご計画にあらかじめ入っていたと僕は信じます。

No.4214 2008/07/24(Thu) 08:26:10

Re: 大垣 さんへ / 沙耶香 引用

人間は罪人・・・
イエス様にきよめてもらいながら、イエス様に近づいていこうとしても罪の性質は残ります。
でも罪を悔い改めながら、生きていく姿をイエス様は喜ばれると思います。
答えになっていないかもしれない。私は管理人さんと比べても誰と比べても能力も劣るし、学歴もないし、活字アレルギーでなかなか聖書の内容もわからないし・・・苦戦している状態で、私なんかの意見は参考にならないと思いますが・・・

No.4215 2008/07/24(Thu) 08:36:24
士師記9章残り / 沙耶香 引用

今日は士師記9章残りを読みます。

37節に
ガアルはまたいった。「いや。人々がこの地の一番高いところから降りてくる。また一隊がメオヌニムの樫の木のほうから来る。」
とあるが、メオヌニムの樫の木とは何だろうか?と思って横の注を見ると、あるいは「ト者のテレビンの木」とあるが、ト者って何だろうか?テレビンの木って何だろうか?と思って辞書を引くと、ト者は載っていない。テレビンで引くと、テレビンチナというので出てきて、マツ科植物から採取される樹脂のことみたいだ。聞いたことないが・・・。

45節に
アビメレクはその日、一日中、町で戦い、この町を攻め取り、そのうちにいた民を殺し、そのうちにいた民を殺し、町を破壊して、そこに塩をまいた。
とあるが、「塩をまく」というのはどういう意味があってしているのだろうか?と思って、脚注を見ると、永遠の廃墟であることを示す象徴的行為だと書いてあります。うーん、普通に考えたら塩をまくというのは、きよめるとかそういう意味かと思っていましたが・・・。
申命記29・23、エレ17・6が関連箇所となっているので、開いてみます。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章41-45節を読みます。
天のお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、42節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、お祈りするときに、わたしの願いではなく御心のままにしてください。というのがいいです。自分の願いではなく、御心が最善策だから・・・。

No.4207 2008/07/22(Tue) 09:05:09

Re: 士師記9章残り / 大垣 引用

45節。塩はけがれをきよめる、ということと、永遠の廃墟、ということは関係があるように思います。人間は、イエスの尊い血できよめられないかぎり、どうしてもけがれがあるので、塩が大量にまかれたところには住めない、というようなことです。

No.4210 2008/07/22(Tue) 21:22:31

再士師記9章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記9章残りを読みます。

31節に
トルマにいるアビメレクのところに使者を送って言わせた。「今、エベデの子ガアルとその身内のものたちがシェケムに来ています。今、彼らは町を、あなたにそむかせようとしています。
とあるが、トルマってどこだろうか?と思って脚注を見ると、アルマと同じらしい。アルマはシェケムの南8キロにある、ベート・リマと同定らしい。

44節の
アビメレクと、彼とともにいた一隊は突入して、町の門の入口に立った。一方、他の2隊は野にいたすべての者を襲って、打ち殺した。
が印象に残りました。

57節に
神はシェケムの人々のすべての悪を彼らの頭上に報いられた。こうしてエルバアルの子ヨタムののろいが彼らに実現した。
とあるが、ヨタムののろいとは何だろうか?と思って脚注を見ると、シェケムも滅び、アビメレクも滅びるということだそうだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章46-50節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、48節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様を裏切るなんてふとときだけれど、人間はみな多かれ少なかれイエス様を裏切りながら生きているんだと思います。罪人はみなそうです。

No.4212 2008/07/23(Wed) 09:52:07
大垣 さんへ / レーシェル 引用

私は、アダムとイブが神の子供としてこの世の神の権限(三大祝福)を安心して相続させることが出来るほどの人格を確立しエデンの園の主人になるよう神は図ったのだと思います。そして、神の完全相対できる人間アダムとイブを育てる為にその教育役に天使長ルシファーを使わしたのだろうと思います。それで、本来は神様の祝福の元でアダムとイブは結婚する事を人類創造本然の始まりとしていたのが、神の計画に予定されていない出来事として、イブさんが天使長ルシファーの誘惑にのって、時ではない時に時の事を行ったとして、ルシファーの主導でアダムとイブは結婚をしてしまったので、アダムとイブは神様の完全相対の立場から背中を向ける事となったから、本来の神の完全相対として立ちうる人を立てるためにイエスを地上に送られて、人類を三大祝福圏に呼び戻すことが出来る道を造ろうとされたのだと思います。

そして、イエスが本来の神の目的(地上天国実現)を完全に果たすことが出来ていたならば、再臨主を待つ必要がなかったのではないでしょうか?

どう思いますか?

No.4206 2008/07/21(Mon) 23:20:37

Re: 大垣 さんへ / 大垣 引用

僕の考えでは、神は人間と違って時間に縛られないので、アダムがそむくこと、人間たちが神のひとり子イエスにさえそむくことを、神は創世のときから知っておられたと思います。たとえば、イザヤ書53章を読むと、イエスが僕たちのそむきの罪のために刺し通されることを、神はイエスが生まれるずいぶん前から知っておられたことが分かります。

しかし、創世の以前の論理的な順序みたいなものがあって、レーシェルさんが書かれたようなことを、神が創世の際に望まれていた、という面はあっただろうと思います。ただし、御心どおりにならなかったのは、子なる神たるイエスの力に限りがあったからではなく、人間の罪の責任だと思います。

No.4209 2008/07/22(Tue) 21:13:31
士師記8章残り / 沙耶香 引用

今日は士師記8章残りを読みます。

20、21節に
そしてギデオンは自分の長男エテルに「立って、彼らを殺しなさい。」と言ったが、その若者は自分の剣を抜かなかった。彼はまだ若かったので、恐ろしかったからである。
そこで、ゼバフとツァルムナはいった。「立って、あなたが私たちに撃ちかかりなさい。人の勇気はそれぞれ違うのですから。」すると、ギデオンはたって、ゼバフとツァルムナを殺し、彼らのらくだの首にかけてあった三日月形の飾りを取った。
とあるが、何だか「殺しなさい」とか実際に殺してしまう恐ろしい光景が書かれているが、どうしたのだろうか?と思って脚注を見ると、死刑執行の様子らしい。
「殺す」といっているので、死刑とは思いつかなかった。でも広い意味で言えば死刑も「殺人」行為なのかもしれないなー。でも難しいところですよね。

24,25節に
「金の耳輪」というのが出てくるが、この時代はこういうものをよくみなが身につけていたのだろうか?

27節に
ギデオンはそれで、一つのエポデを作り、彼の町のオフラにそれを置いた。すると、イスラエルはみな、それを慕って、そこで淫行を行った。それはギデオンとその一族にとって、落とし穴となった。
とあるが、オフラって何だったっけ?と思って横の注を見ると、士師記6章・24節と出ているので、開きます。
うーん?今一分からないので、「オフラ」で辞書で引いてみます。「オフライン」のことと勘違いして出てきて、話にならないです。
うーん???でもイエス様を慕うイスラエルの民が淫行を行うなんてどうしてだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章21-25節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、22節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、イエス様を裏切るような人間はのろわれます。人間は罪人なので、日常の些細な罪は間逃れないが、特定の罪を犯さないように気をつけていないといけない。

No.4192 2008/07/18(Fri) 17:30:33

Re: 士師記8章残り / 大垣 引用

27節のオフラは7章11節にあるように、ギデオンの出身地です。旧約聖書では、まだイエスは人間としては地上に来られていなかったので、イスラエルの民はイエスを慕っていたわけではありません。また、士師記の時代、イスラエルの民も、偶像崇拝や淫行などの罪を何回も犯しました。

No.4194 2008/07/19(Sat) 12:47:46

再士師記8章残り / 沙耶香 引用

>>27節のオフラは7章11節にあるように、ギデオンの出身地です。

7章11節を開きましたが、オフラがギデオンの出身地だなんて書いていませんが・・・

今日はもう一度士師記8章残りを読みます。

しかし毎日暑い。暑苦しい。うちの家は冷房がつかないのだが、冷房なしで何か暑さの乗り切り方を知りませんか?もうすでに夏ばて気味です。

30節に
ギデオンには彼から生まれた息子が70人いた。彼には大勢の妻がいたからである。
とあるが、大勢の妻って何人いたんだろうか?息子が70人ってすごいなーーー。そんなに息子がいる人なんていないだろうなーー。

31節に
シェケムにいたそばめもまた、彼にひとりの男の子を産んだ。そこで彼はアビメレクという名をつけた。
とあるが、「そばめ」って何だろうか?と思って辞書を引くと、本妻以外のめかけのような人のようだ。

33節に
ギデオンが死ぬとすぐ、イスラエル人は再びバアルを慕って淫行を行い、バアル・ベリテを自分達の神とした。
とあるが、「バアル・ベリテ」ってどういう神様なのだろうか?と思って脚注を見ると、カナンの肥沃神だと書いてあるが、肥沃神って何だろうか?と思って辞書を引くと、出てこないので、肥沃で引くと、土がよく肥えていることだとあるので、田畑がよく実るようにという神様なのかな?と思うのですが・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章26-30節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、26節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、本当にそのとおりです。一番偉い人こそ一番腰を低くするようにするとイエス様喜ばれます。でも大体人間は罪人だから、偉い人は威張っている。その点からすると、うちの牧師は腰が低くで素晴らしいと思います。

No.4196 2008/07/19(Sat) 21:41:25

Re: 士師記8章残り / 大垣 引用

>7章11節を開きましたが、オフラがギデオンの出身地だなんて書いていませんが・・・

すみません、6章11節の間違いでした。

カナンの肥沃神とは、作物がよく実るようにすると信じられていた偶像神です。カナンには大きな川がないので、雨が降らないと作物が実りませんでした。それで、肥沃神への信仰がさかんになっていました。

No.4201 2008/07/21(Mon) 21:47:30

Re: 士師記8章残り / 沙耶香 引用

>>すみません、6章11節の間違いでした。

士師記6章11節を開いたが、オフラがギデオンの出身地だなんて書いてないけれど・・・

士師記6章11節・・・
さて主の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下に座った。このとき、ヨアシュの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた。
うーん、この文章からオフラがギデオンの出身地だと読み取らないといけないのかな?・・・私には分からないなー。

No.4205 2008/07/21(Mon) 23:02:46

Re: 士師記8章残り / 大垣 引用

>この文章からオフラがギデオンの出身地だと読み取らないといけないのかな?

いえ、ここから、ギデオンは当時、オフラという所にいた、ということが分かるだけです。出身地としたのは、僕の解釈ですが、違うかもしれません。

No.4208 2008/07/22(Tue) 20:59:14
士師記9章25節まで / 沙耶香 引用

今日は士師記9章25節までを読みます。

4節に
彼らはバアル・ベリテの宮から銀70シェケルを取り出して彼に与えた。アビメレクはそれで、ごろつきの、すうすうしい者たちを雇った。彼らはアビメレクのあとについた。
とあるが、ここでいう「ごろつき」とは世間でいう「ごろつき」のことだろうか?と思って横の注を見ると、士11・3、2歴13・7とあるので、開いてみます。
うん、そうみたいだなー。

8節に
木々が自分達の王を立てて油を注ごうと出かけた。彼らはオリーブの木に言った。「私たちの王となってください。」
とあるが、実際に木に王になってくださいなんてことはないので、何かの比喩だと思うのだが・・・と思って横の注を見ると、士9・8-15、2列14・9、2歴25・18、士8-22,23とあるので開きます。
うーん、よく分からないですね・・・植物にも意思があるという感じで想像で言っているのだろうか?

23節の
神は、アビメレクとシェケムの者達の間に悪霊を送ったので、シェケムの者たちはアビメレクを裏切った。
が印象に残りました。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章31-35節を読みます。
天におられるお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、32節が気になるので、これをもう何度か読みます。
裏切り者に対してもこういう風に言える心の広いイエス様、見習わないといけないが、なかなか自分を迫害してくる人をそういう風にはできない。
天のお父様神様イエス様どうか私が、私を迫害してくる家族やほかの人をも愛することができて、迫害されても感謝することができますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.4197 2008/07/20(Sun) 17:49:42

Re: 士師記9章25節まで / 大垣 引用

8−15節はたとえ話であって、比喩です。ヨタムが比喩を使って、8章22−23節で、王になってほしいとの願いを断ったギデオンの良い動機を、3種類の木で説明しています。また、いばらの木々はアビメレクをあらわしています。16−20節で、ヨタムはたとえ話を解き明かしています。チェーン式聖書の7−15節の脚注と、19−20節の脚注も読んでみてください。

No.4202 2008/07/21(Mon) 21:55:22

再士師記9章25節まで / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記9章25節までを読みます。

8節に
木々が自分達の王を立てて油を注ごうと出かけた。彼らはオリーブの木に言った。「私たちの王となってください。」
とあるが、オリーブの木をいうのは何か意味があるのだろうか?と思って横の注を見ると、士9・9、エレ11・16とあるので、開きます。
エレミヤ11・16に「よい実を実らせる美しい緑のオリーブの木。」の解説に髪は、イスラエルの民が祝福を受けて繁栄することを願って、こう呼ばれた。とあるので、オリーブの木は祝福と繁栄の象徴かな?と思うのだが・・・。

10節に
ついで、木々は無花果の木にいった。「来て、私たちの王となってください。」
とあるが、いちじくの木にも何か意味があるのだろうか?と思って横の注を見ると、士9・11、創世記3・7、民13・23,20・5、申命記8・8,1列4・25,2列18・31,20・7、ネヘ13・15、雅2・13,イザ34・4とあるので開きます。
うーん、よく分からないが、ぶどうの木と同じように心の平安を得られるものの象徴として書かれていると思うのだが・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章36-40節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、40節が気になるので、これをもう何度か読みます。
誘惑に陥らないように・・・・人間はみな抱えている課題です。

>>8−15節はたとえ話であって、比喩です。ヨタムが比喩を使って、8章22−23節で、王になってほしいとの願いを断ったギデオンの良い動機を、3種類の木で説明しています。また、いばらの木々はアビメレクをあらわしています。16−20節で、ヨタムはたとえ話を解き明かしています。チェーン式聖書の7−15節の脚注と、19−20節の脚注も読んでみてください。

全く何も分からないままに読んでいたわけです。恐ろしいなー。うん、7-15節の脚注と16-20節の脚注読みましたが、例え話だとは書いていないので、分からないですし、それに何だか難解すぎてよく分からない。頭が余計に混乱しますが・・・。

No.4204 2008/07/21(Mon) 22:57:03
大垣 さんへ / レーシェル 引用

私は家庭を持って子供を授かるのにいろいろと努力して8年かかってようやくのことでした。
その時の感動は忘れるものではありません。

その思いを神様にあわせてみたら、アダムとイブの誕生がどれほど歓喜満ちた出来事なのかと深く理解できることにつながった経験を私はさせていただいたように感じております。

そんなアダムとイブの失楽園の出来事は、神の親としての想いからは、最悪の道を、人類始祖が選んだ結果なのだと思うことが自然ではないのでしょうか?

この点はいかが思いますか?

No.4200 2008/07/21(Mon) 13:55:56

Re: 大垣 さんへ / 大垣 引用

人知をはるかに超えた神の愛をより深く理解できる経験を与えられることは本当に大きな祝福だと思います。

人類始祖がそして神にそむくことを選んだことは愚かで悪いことで、失楽園は人間のそのような選択の結果だと信じます。それは親としての神を悲しませる行いだったとも信じます。ただ、人間の親と違って、神は悪を善用される力を持った方ですので、アダムの愚行も、創世のときから、神が人間に最終的に幸福を与えられるための、ご計画の中に入っていたことだろうと思います。創世記37書で、ヨセフの兄たちがヨセフを奴隷として売ったのは罪の行いだったが、50章20節のように、神はそれを良いことのための計らいとなさいました。アダムの罪の行いも、本質的には同じことだろうと思います。

No.4203 2008/07/21(Mon) 22:09:42
大垣 さんへ / レーシェル 引用

神様と霊界とこの世とアダム・イブの相関関係をどのように理解し納得しているのですか?

私も参考にさせて頂きたいのです ぜひ、お答えください。

No.4198 2008/07/20(Sun) 22:52:58

Re: 大垣 さんへ / 大垣 引用

レーシェルさん、2つの書きこみ、どうもありがとうございます。

神の愛の衝動を感じておられることで、それは素晴らしい祝福を神からいただいておられると思います。その感覚を、大切にしていただきたいと願います。

神がなぜ人間を創られたか、また、神様と霊界とこの世とアダム・イブの相関関係について、これくらい大きな問題になると、僕は、まず、最初から人間には完全な理解は無理だろうということを考えます。それから、僕に納得のいく答えは、ある意味で深みにかけるので、怪しいという気持ちもあります。

今のところは、まだまだ、祈りの中で考えているところです。特に霊界については、聖書にどの時点で創造されたかさえはっきり書いていないと思うし、はっきり分かることがあまりに少ないように思います。神が人間をなぜ創られたかについて、僕のスタート地点としては、神学の教科書にのっていた、「三位一体の神は、父と子と聖霊がお互いに完全な愛で交わり、全く世界創造の必要はなかったが、神の栄光のために世界を創造された。」というようなことです。多くの神学者たちが祈りの中で考えてきたことだと思うので、尊重したいと思います。それから、あるキリスト者から聞いた、「父なる神が、アダムにイブを与えられたように、子なる神に花嫁を与えるために世界を創られた。」という説がとても気になっています。

もしこれらの説が何かご参考になれば幸いです。いずれにしても、神は愛ですから、愛のために人間を創られた、ということを確信しています。

No.4199 2008/07/21(Mon) 11:01:06
大垣 さん ありがとう / レーシェル 引用

あなたは、物事を理性と情でバランスの取れた判断が出来る人だと思いました。 あなたのような方が羊飼いとして、導いて多くの方を再臨のイエスに出会わせてあげてください。

「神は愛なり」といわれるように、この世に散らばった愛の結晶の全てを集めて固めた大きな結晶が神なのかなと思うほど神は「愛したい」という衝動が泉のごとく湧き続けているのだとも感じています。

 その衝動から、我が子が欲しいという想いが、宇宙創造につながったのではないかと信じています。 その神の愛の相続者として人間が必要になったのでは思っています。

どう思いますか?

No.4195 2008/07/19(Sat) 13:21:30
大垣さん、どうもです。 / レーシェル 引用

わたしは、既存の多くのクリスチャンがよく言っているようにあなたもこのように「人間のけがれをきよめるためには、神の子イエスが人間として十字架にかかる必要があったのだろうと思います。」言っていますが、この言葉が人間の都合で解釈されているのではないかと思っています。

その証拠が、2000年もの間再臨主を迎える破目になっているのではないかと思っています。

つまり、神の意図がクリスチャンのトップの方々に伝わっていないからだと結論つけられても仕方がないのではないでしょうか?


神が宇宙の創造をして、人間を最後に創られたとされていますが、何のために人間を創造されたのでしょうか?
神は人間を創造する前に、天使界を創り、多くの天使が存在していると聖書にも書いてあると思いますが、神の似姿としての天使がいるのになぜ、神はその天使を見ているだけで満足できなかったのでしょうか?

不思議だとは思いませんか?

No.4190 2008/07/18(Fri) 11:38:46

Re: 大垣さん、どうもです。 / 大垣 引用

僕はキリスト教という宗教を信じるということと、キリストを信じるということは、違うことだと思います。キリストを信頼すると、キリストと何らかの意味で出会うことができて、キリストが救ってくださると信じています。その過程で、キリスト教という宗教が大きな役目を果たす人もいるだろうし、そうでない人もいるだろうと思います。

キリスト教という宗教について責任のある地位にある教会の指導者たちも、人間なので、神や聖書を完全に正しく理解されているとは僕は思いません。人間には知りえない宇宙や霊の世界を造られた神がいかに人知を超えて深い方かということを考えると、これは、当たり前のことだと思います。それでキリスト教という宗教は、神と比べると不完全だろうと思います。宗教が人間を救うのではく、キリストが人間を救われると信じます。

神が人間を創造する前に、天使界を創られたとは、聖書にははっきり書いていないように僕は思います。しかし、天使を人間よりも先に創られたとしても、神が人間を創造された理由は、何か満足できないことがあったからではないだろうと思います。神には、人間を創る必要はなかったが、神が人間を愛され、その聖なる愛を人間が受け入れ、その愛で人間が神を愛するようになることを、神が喜ばれたから、人間を創られたのだと思います。

僕は神も、神のされることも不思議だと思います。だからこそ神は神なのだと思って、神を信頼します。いろいろな宗教のように、人間が理解できて、納得できることは、すべて神の前には不完全なものだろうと思っています。

No.4193 2008/07/19(Sat) 12:34:37
唐突ですが! / レーシェル 引用

沙耶香 さんはどう思いますか?

No.4191 2008/07/18(Fri) 15:07:07
返事くださり、ありがとうございます。 / レーシェル 引用

わたしは、人間イエスがどのようにして、堕落したとされる人間を救おうとされたのかと疑問に思うのです。
神が出来ないことを、人間イエスに託さなければいけない理由が納得することが出来ないからです。

大垣さんの「何かの基準」という「何か?」という事は、あなたは確信することが出来るものがないという事ですか? 

もうひとつの質問に対して、もしも、私がイエスの存在価値が解っていて、そばにいたならば人類が救われるべく地上天国を一緒に創ってから、天上天国へ行っていただくのが一番良いのではないかと思うのです。

2000年前に地上天国が出来ていたならば、今の世界の様々な悲劇はグーンと皆無に近い状態まで減っているのではないかと思うのです。

No.4188 2008/07/17(Thu) 17:59:07

Re: 返事くださり、ありがとうございます。 / 大垣 引用

レーシェルさん、お返事ありがとうございます。

>あなたは確信することが出来るものがないという事ですか? 

僕は自分の知識とか判断とか自分の力で確信したいとは思わないということです。僕がキリストを自分の救い主として受け入れたのは、2003年のことでした。テロとその報復について考えているうちに、人間に救いがあるとしたら、それは敵を愛するしか方法がないと思ったからです。ところが、自分にはどうしても敵を愛する力がないと思いました。それで、神の力に頼ることにしました。だから、再臨のイエスに出会った場合、その方がイエスであるという確信も、神の力により神に与えていただきたいと思うし、与えられると信じます。

>神が出来ないことを、人間イエスに託さなければいけない理由が納得することが出来ないからです。

聖書では、アブラハムが信仰の人として知られていますが、創世記18章16-33節で、アブラハムは神を信頼しながら、神のされることを理解して納得することはできずに、神に質問をしました。僕も、神を信頼しますが、いろいろなことすべてを完全に理解して納得できたわけではないし、できるとも思っていません。その上で、ある程度の理解を試みています。父なる神と一体である永遠の神のひとり子が、人間を救うために人間イエスとしてこの世に来られたと僕は信じています。人間の罪の罰を支払い、人間のけがれをきよめるためには、神の子イエスが人間として十字架にかかる必要があったのだろうと思います。

>2000年前に地上天国が出来ていたならば、今の世界の様々な悲劇はグーンと皆無に近い状態まで減っているのではないかと思うのです。

神が人間をお造りになったときに、人間が神にそむいて罪の行いをする自由意志を与えず、ロボットのような人間を造ることが可能だったと思います。そうされていれば、2000年前からだけでなく、最初から人間の悲劇な何も起こらなかったろうと思います。しかし、神は人間に自由意志を与えられた。それは、自由意志のないところには、本当の愛はないからだろうと思います。人間が悪をする自由意志を持ちながら、いつか人間が天国で救われるとするなら、イエスが十字架にかかられる以外の道はなかったと信じています。

No.4189 2008/07/18(Fri) 10:30:24
いのちの道はどこからか? / レーシェル 引用

クリスチャンの皆様方は、目の前に再臨のイエスが現れた時に何を基準として、再臨のイエスと判断しますか?

2000年前にイエスが十字架に就く時に、あなたがその場に居合わせたらどのようにしたいと思いますか?

冗談ではなく、真剣にお答えできる方、お願いします。

No.4183 2008/07/17(Thu) 10:29:51

Re: いのちの道はどこからか? / 大垣(管理人) 引用

レーシェルさん、はじめまして。2つの投稿は内容が同じだったので、ひとつにまとめました。ご了承ください。

>目の前に再臨のイエスが現れた時に何を基準として、再臨のイエスと判断しますか?

僕は何かの基準によって自分の力で確信できるのではないだろうと思います。イエスがイエスの力で目の前におられる方がイエスであると僕が知るようにされると信じます。

>2000年前にイエスが十字架に就く時に、あなたがその場に居合わせたらどのようにしたいと思いますか?

「わが主、わが神、感謝します。」と言ってひれ伏して拝みたいと思います。

レーシェルさんが、このような質問をされたのは、どうしてですか。さしつかえなかったら、教えてください。

No.4187 2008/07/17(Thu) 11:55:24
士師記8章17節まで / 沙耶香 引用

今日は士師記8章17節までを読みます。

7節に
そこでギデオンは言った。「そういうことなら、主が私の手にゼバフとツァルムナを渡されるとき、私は荒野のいばらやとげで、あなたがたを踏みつけてやる。」
とあるが、「いばら」って何だろうか?と思って横の注を見ると、この章の16節に関連箇所があるらしいから見てみます。
同じような感じで載っていて意味がわからないので、辞書を開きます。
薔薇、カラタチなどのとげのある低木の総称らしい。

9節に
それでギデオンはまたペヌエルの人々に言った。「私が無事に帰ってきたら、このやぐらをたたきこわしてやる。」
とあるが、やぐらって何だろうか?と思って横の注を見ると、この章の17節に関連箇所があるらしいから見てみます。
あまりよく分からないので、辞書を引きます。
「いわくら」の転とも、「谷倉」の意ともいうらしくて、鎌倉・室町時代、山腹に横穴を掘って墓所としたものらしい。後世貯蔵庫としても用いられたらしい。神奈川県鎌倉市近傍に多く見られるらしい。今一ピンとこないので、やぐらでネット検索してみます。画像が見えにくいが、小さな墓地のような感じだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章11-15節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、15節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様に一緒に食卓につくことをどんなにか望んでいたといわれるなんて素晴らしいことですね・・・。

No.4182 2008/07/16(Wed) 21:23:25

Re: 士師記8章17節まで / 大垣 引用

9節の「やぐら」は、墓所や墓地ではなく、戦いのときに敵を防ぐための高い建物のことだと思います。

No.4184 2008/07/17(Thu) 11:25:40

再士師記8章17節まで / 沙耶香 引用

>>9節の「やぐら」は、墓所や墓地ではなく、戦いのときに敵を防ぐための高い建物のことだと思います。

あ、そうなの?笑・・・とんでもない方向に進んでいました。

今日はもう一度士師記8章17節までを読みます。

11節に
そこでギデオンは、ノバフとヨグボハの東の天幕にすむ人々の道に沿って上っていき、陣営を打った。陣営は油断していた。
とあるが、ノバフとヨグボハってどこだろうか?と思って横の注を見ると、民32ー35,42とあるので、開いてみます。
よく分からない。妙な名前だ。あの「12部族の・・地図」を開いてもよく分からない。ノバフというのは元は人の名前らしい。ノバフというのは「ほえる」という意味らしい。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章16-20節を読みます。
天のお父様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、19,20節が気になるので、これをもう何度か読みます。
ここは牧師が聖餐式の前にいつも朗読する箇所です。

No.4186 2008/07/17(Thu) 11:30:49
士師記7章 / 沙耶香 引用

今日は士師記7章を読みます。

12節に
そこには、ミデヤン人や、アマレク人や、東の人々がみな、いなごのように大勢、谷に伏していた。そのらくだは、海辺の砂のように多くて数え切れなかった。
とあるが、らくだが砂のように多いなんてすごいなー。

16節に
そして、彼は300人を3隊にわけ、全員の手に角笛とからつぼとを持たせ、そのつぼの中にたいまつを入れさせた。
とあるが、たいまつというのは松の大きいものなのだろうか?と思って辞書を引くと、松や竹の割り木、または枯れ草などを束ね、これに火をつけ照明となるものと出てきたが・・・あまりよく分からないが、昔はそういう物があったんだねー。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章1-5節を読みます。
天におられるお父様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、3節が気になるので、これをもう何度か読みます。
サタンに入ってこられると恐ろしいですね。きちんとイエス様とつながっていないと、サタンは巧妙だから、人の隙を突きます。

No.4180 2008/07/14(Mon) 15:29:41

再士師記7章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記7章を読みます。

5節の
そこでギデオンは民を連れて、水のところに下って行った。すると、主はギデオンに仰せられた。「犬がなめるように、舌で水をなめるものは残らず別にしておき、また、ひざをついて飲むものも残らずそうせよ。」
が印象に残りました。

16節に
そして、彼は300人を3隊にわけ、全員の手に角笛と殻つぼとを持たせ、そのつぼの中にたいまつを入れさせた。
とあるが、この時代は角笛というものがはやっていたのだろうか?

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ22章6-10節を読みます。
天のお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、6節が気になるので、これをもう何度か読みます。
イエス様は命を狙われていた。迫害されていた。私も家族から迫害されているが、でもイエス様も同じだったと思うと生きていくことができます。

No.4181 2008/07/15(Tue) 16:21:03
士師記6章残り / 沙耶香 引用

今日は士師記6章残りを読みます。

20節に
すると、神の使いはギデオンに言った。「肉と種を入れないパンを取って、この岩の上に置き、その吸い物を注げ。」それで彼はそのようにした。
とあるが、肉とパンの上に吸い物を注いだら、じゅくじゅくになって食べれるものにならないのではないか?と思うのだが・・・

37、38節に
今、私は打ち場に刈り取った一頭分の羊の毛を置きます。もしその羊の毛の上にだけ露が降りていて、土全体がかわいていたら、あなたがおことばのとおりに私の手でイスラエルを救われることが、私にわかります。」
すると、そのようになった。ギデオンが翌日、朝早く、その羊の毛を押し付けて、その羊の毛から露を絞ると、鉢いっぱいになるほど水が出た。
とあるが、これは何かの比喩的表現だろうか?何だか混乱してくる。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ21章28-32節を読みます。
天のお父様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、31節が気になるのでこれをもう何度か読みます。
神の国は近いと知りなさい・・・むむむ・・・

No.4175 2008/07/12(Sat) 09:25:40

Re: 士師記6章残り / 大垣 引用

20節ですが、21節にあるように、主の使いは肉とパンを食べようとしていたわけではないので、じゅくじゅくになったとしても心配ないと思います。

37,38節ですが、ギデオンは22節で主が彼に語られたことが分かったけれど、まだ主の言われたことを信じることができませんでした。それで、ギデオンは主に奇蹟を見せていただいて、彼が信じることができるようにお願いしました。だから、ここは比喩的な表現ではなく、文字通りに奇蹟が起こったと思います。

No.4176 2008/07/12(Sat) 20:50:15

再士師記6章残り / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記6章残りを読みます。

昨日、トマトが凍っていて解かしても食べられなくなっていたみたいで捨てていた。ビールも凍っていて飲める物にならなかったそうだ。時々冷蔵庫でも凍る場合がある。温度調節をきちんとしないといけない。
何だかうちの冷蔵庫最近調子悪い。冷蔵庫から水が滴るし、冷凍庫の下に氷が張るらしい。電気屋に着てみてもらわないといけないと言っているが、見てもらっていない。

>>20節ですが、21節にあるように、主の使いは肉とパンを食べようとしていたわけではないので、じゅくじゅくになったとしても心配ないと思います。

食べなくても、パンがじゅくじゅくになったら感じ悪いじゃないですか?

28節に
町の人々がよく朝早く起きてみると、バアルの祭壇は取り壊され、そのそばにあったアシェラ像は切り倒され、新しく築かれた祭壇の上には、第2の雄牛が捧げられていた。
が印象に残りました。第2の雄牛・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ21章33-38節を読みます。
天におられるお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、33,34節が気になるので、これをもう何度か読みます。
いやー、本当にこの世のわずらいのために沈みこんでいるところっていつもそうだからなーー。気をつけていないと・・・

No.4177 2008/07/13(Sun) 18:19:36

Re: 士師記6章残り / 大垣 引用

>食べなくても、パンがじゅくじゅくになったら感じ悪いじゃないですか?

僕たちには、見た目が感じ悪いと思えることも、主の使いにはきよいものなのだろうと思います。見た目よりも、ギデオンが主を信頼して聞き従ってささげる心が重要なのだと思います。

No.4179 2008/07/13(Sun) 22:42:59
士師記5章 / 沙耶香 引用

今日は士師記5章を読みます。

天のお父様、私が聖書の読む箇所を間違えずにまた、聖書の御言葉が頭や心に染み渡るようにしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

4節の
主よ。あなたがセイルを出て、エドムの野を進み行かれたとき、大地は揺れ、天もまた、したたり、雲は水をしたたらせた。
が印象に残りました。

6節に
アナテの子シャムガルのとき、またヤエルのときに、隊商は絶え、旅人はわき道を通った。
とあるが、シャムガルのときって何だろうか?と思って脚注を見ると、3-31とあるので、開きます。3番目の士師らしい。
隊商って何だろう?と思って、横の注を見ると、イザヤ33-8とあるので、開きます。軍隊の商売かな?

18節に
ゼブルンは、いのちをも賭して死ぬ民。野の高いところにいるナフタリも、そうである。
とあるが、「賭して」ってどういう意味かな?と思って横の注を見ると、「そしって」とありますが、「そしって」とはどういう意味なのだろうか?と思って、「そしり」で辞書を引くと、非難ということみたいだ。

19節に
王たちはやってきて、戦った。そのときカナンの王たちは、メギドの流れのそばのタナクで戦って、銀の分捕り品を得なかった。
とあるが、銀の分捕り品とは何だろうか?と思って横の注を見ると、この章の30節に出ているみたいなので、見ます。染めた織物の分捕りものらしい。

25節に
シセラが水を求めると、ヤエルは乳を与え、高価な鉢で凝乳を勧めた。
とあるが、凝乳って一体何だろうか?と思って横の注を見ると、創世記18・8とあるので、開いてみます。
参敗し固まった牛乳で、ヨーグルトのことみたいだ。

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ21章7-11節を読みます。
天のお父様神様イエス様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると11節が気になるので、これをもう何度か読みます。
うん、前触れというのはよくあることだと思います。

No.4169 2008/07/08(Tue) 16:35:44

再士師記5章 / 沙耶香 引用

今日はもう一度士師記5章を読みます。

10節に
黄褐色のろばに乗るもの、裁きの座に座するもの、道を歩くものよ。よく聞け。
とあるが、黄褐色のロバに乗るものってなんだろうか?と思って脚注を見ると、上流階級のものたちを指すらしい。

13節に
そのとき、生き残った者は貴人のように降りてきた。主の民は私のために勇士のように降りてきた。
とあるが、勇士とは何だろうか?と思って横の注を見ると、この章の23節に関連箇所が載っているので開いてみます。
うーん、よく分からないが勇ましい人ということかな?

26節は
殺人行為を如実に説明しているのだろうか?でも27節でひざをついたところで打ち殺されたとあるので、26節では死んでなかったのだろうか?よく分からないなー・・・

・・・癒しに通じる読み方・・・
今日はルカ21章12-17節を読みます。
天におられるお父様神様どうか今から読む聖書の聖句からイエス様の語られるべきお言葉をお語りください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
何度か読んでいると、16,17節が気になるのでこれをもう何度か読みます。
うーん、イエス様に聞き従っていくときに、世間とはおおよそ逆流するので、そういうことになるでしょうね・・・

No.4170 2008/07/09(Wed) 16:09:03

Re: 士師記5章 / 大垣 引用

隊商も、勇士も辞書にのっている普通の言葉なので、時間があるときに調べてみてください。

1節に「歌った」とあるように、5章の2節からは詩になっています。沙耶香さんが以前に読まれた詩篇の書のようにへブル語の詩は同じような意味のことをくりかえすことが多いです。26-27節は同じような意味のことをくりかえしています。

No.4172 2008/07/11(Fri) 09:04:11

Re: 士師記5章 / 沙耶香 引用

勇士を辞書で引くと、勇ましく強い人とか勇ましい兵士という意味らしい。
隊商を辞書で引くと、砂漠などを隊を組んで通行する商人の一隊らしい。うーん、こちら日本ではそんなの見たことないからよく分からない。

No.4178 2008/07/13(Sun) 18:25:16
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