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クリスチャン・フェローシップ・オン・ザ・インターネットのコミュニティー掲示板
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冤罪事件 / 沙耶香(新管理人) 引用

この前、17年半前の幼児殺傷事件の容疑者にされた菅家さんが冤罪と分かり釈放されたけれど、
取り入れて間もない誤ったDNA鑑定だけを盾に自白を迫り、恐怖心から認めてしまい、
17年半もの時間を拘留されて奪われてしまった。

弁護側から何度も再鑑定の依頼があったにもかかわらず棄却されてしまった。
菅家さんの立場に立つと、やるせない思いだろうと思います。

でも、世間の人にはこの話をすると、逮捕されるにはそれだけの理由がある、この菅家さんにも何らかの落ち度がある、そんなにいい人ではないんだ、何かがあるから逮捕されるんだと言っている人もいます。

そんなこと言っていたら、みんな人間はそうだと思います。何らかの落ち度がない人間なんていないと思います。
人間はみな罪人だから・・・

でも、大体やってもいないのに、やっていると認めてしまうのは弱者だと思います。
強者はやっていても、やっていないと居直ることができます。弱者はやってもいないのに、やっていると言わされてしまうふしがあります。

事件当時の警察官・検察官の人たちは菅家さんに心からの謝罪をしてあげてほしいです。

なのに、検察官関係者は当時のベストのベストを尽くしたと言っているらしい。
一人の無罪の人を17年半も拘留しておいて、その人を前にして言える台詞だとはとても思えない。

こういう人たちが検察官・警察官なのだから、冤罪がなくならないのもうなずける。

警察官も愛媛で幹部が裏金を使っていることを内部告発した人がどこの警察でも裏金を使っていることを明かした。
それに、高校生たちがひったくりを捕まえるとひったくり犯や窃盗犯を取り締まる部署の警察官だったらしい。

こういう人たちが、誤った自白を迫り、無実の人を勝手に犯人に仕立て上げ、人生を奪ってしまう。
本当嘆かわしいです。

天のお父様神様どうか、この世の理不尽が訂正され、この世の中が主イエス様のお考えに基づいて回って行きますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.4675 2009/06/06(Sat) 03:50:50

Re: 冤罪事件 / 沙耶香(新管理人) 引用

冤罪事件の菅家さんは、検察が間接的に謝罪してきたときは絶対許せないとしていたが、警察本部長が、直接謝罪してきたので、許す気になったらしい。

17年半は想像もつかないくらい辛かったと思うのに、謝罪で許す気になって本当菅家さん素晴らしいと思います。

もう一度人生を取り戻してほしいです。冤罪事件の支援者になるそうです。素晴らしいお考えだとイエス様喜ばれていると思います。

No.4687 2009/06/17(Wed) 16:31:27

Re: 冤罪事件 / 沙耶香(新管理人) 引用

菅家さんの場合は、DNA鑑定がきっかけで、冤罪を晴らせたからまだいいけれど、無罪を主張し続けているのに、誰かの偽証とかで、有罪にされて服役して刑期を終えて出てきて、本人しか冤罪を知りえない状況の人もいます。

そういう人はずっとそれを背負って生きていかなければならない。

警察や検察はもっともっとそういう人の立場になって、もし自分がしてもいないことで服役する立場になったらどれくらい大変だろうかといつも考えながら捜査・調査・聞き込み・してくれることを切に願います。

No.4690 2009/06/26(Fri) 11:47:39
Rise&Shine vol.6 / Udai 引用

こんにちわ、みなさん。
アメリカ北西部ではRise&Shineという超教派ミニストリーを行っています。日本のリバイバルのために祈っています。是非一度、ウェブサイトに立ち寄ってみてください。主の祝福が豊かにありますように。管理人様、宣伝になってしまいますが、載せていただけたら感謝です。尊い働きに主の祝福が豊かにありますように☆
「起きよ、光を放て!」 イザヤ60:1

No.4688 2009/06/18(Thu) 12:10:17

Re: Rise&Shine vol.6 / 沙耶香(新管理人) 引用

Udai様、スレッド感謝します。
しかし、ルールに従って、この掲示板の管理人と【CFI】の公式協力者以外の方はホームページのリンクや何らかの宣伝はご遠慮いただくことになっているので、HPのアドレスを削除させていただいた次第でございます。
どうぞご了承くださいますようお願い申し上げます。
またの投稿お待ちしております。

No.4689 2009/06/25(Thu) 14:38:39
世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 神の子 引用

よく聞きなさい。富んでいる人が天国に入るのは、難しいものだ。富んでいる人が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方が、まだ優しいのである。

あなたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人が民を支配し、偉い人が権力を振るっている。あなたの中で偉くなりたい人は、皆に仕える人になり、頭になりたい人は、すべての人の僕になりなさい。人の子も仕えられるためではなく、仕えるため自分の命を献げに来たのである。だれでも自分を高くする人は低くされ、自分を低くする人は高くされるのである。

だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、一方と親しんで他方をうとんじるからである。あなたは、神と富の両方に仕えることはできない。

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、あなたに必要なこれらのものは、すべて添えて与えられるのだ。だから、明日のことを思いわずらうな、思いわずらう必要は無いのである。

No.4665 2009/05/31(Sun) 10:41:50

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

僕は神のひとり子イエスが僕のために十字架で死んでくださった神の愛をより深く知って、心の奥底から喜んで神に仕える人間になりたいと思います。しかし、表現方法の違いかもしれませんが、僕は「神に必要とされる人」になりたいとも、なれるとも思っていません。もし僕に与えられた「良い仕事」(エペソ2:10)をしないことを僕が選ぶなら、マタイ3:9のように、神は人を石ころからでも造って、その仕事のために用いることがおできになると信じています。

No.4666 2009/06/02(Tue) 20:50:31

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 沙耶香(新管理人) 引用

私はこの世から必要なお金持ちや権力者にもなれないし、神に必要な人にもまだまだなれていない人だと思います。
しかし、日々イエス様に近づこうとして、聖書を読んだり、お祈りしたりと信仰の道を主イエス様とともに歩んでいます。

No.4667 2009/06/03(Wed) 13:10:32

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

私は通りすがりの者であり、また横槍で失礼させて頂きますが、一言書かせていただきます。

☆石次郎さんへ。

石次郎さんは、ご自分は神に従いたいと仰る一方、他方では、ご自分は神に従うことは必要とは考えていない、と仰っておられるようにしか私には聞こえないのですが。矛盾していませんか。

No.4668 2009/06/03(Wed) 23:49:46

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。僕が幸せになるためには、神に従うことが僕にとって必要です。しかし、それは、全知全能の神が僕の従いを必要とする、ということとは違います。僕が神に与えられた自由意志で、自分の幸せよりもプライドを選んで、神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら、神は僕の自由意志を尊重されて僕を手放されると信じます。その場合、僕が聞き従って、するはずだった神の御国のための仕事は、他の人に与えられると思います。たとえば、エステル記5:13−14でモルデカイが言ったように、もしエステルが沈黙を守ることを選んでいたら、神は別の所からユダヤ人のために助けを起こされたと信じます。

No.4669 2009/06/04(Thu) 20:46:25

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

>僕が幸せになるためには、神に従うことが僕にとって必要です。

はい。われわれ(人間の側)には、神のみこころに従う必要があると言うことですね。

それで、単刀直入にお伺いしますが、石次郎さんは、その必要なことを、実際にしておられますか? あるいは、しようと努力しておられますか?

もし、しておられるなら、あるいは、しようと努力しておられるなら、

>神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら

などというのは、石次郎さんご自身の考えを反映していませんから、意味がありません。


もし、しておられないなら、あるいは、しようと努力さえしておられないなら、

>僕が聞き従って、するはずだった神の御国のための仕事は、他の人に与えられると思います。

というのは、私には、言い訳にしか聞こえないのですが・・・。

No.4671 2009/06/05(Fri) 00:06:10

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ

僕は神に聞き従いたいと思います。そのためにただひとつ必要なことはルカ38−42節のマリヤのように主を信頼して静かに主に聞くことだと信じています。これさえ僕ができれば、聞き従うための力は主がくださいます。表現の仕方の違いかもしれませんが、「聞き従うために努力している。」というと、自分の力で頑張っているという感じなので、僕の目標としているところとは違います。とおりすがりさんの目標はどのようでしょうか?

神は僕を愛しておられるが、必要とされていない、というのは、神の愛とはそういう愛であるというのが僕の理解です。とおりすがりさんは、神が自分を必要とされるようになるように努力されておられるのでしょうか?

No.4672 2009/06/05(Fri) 03:02:35

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

>「聞き従うために努力している。」というと、自分の力で頑張っているという感じなので、・・・とおりすがりさんの目標はどのようでしょうか?

神に従おうとする時、それが「努力と決断を要する」行いを伴うということは(イエスでさえ、「努力して狭い門から入りなさい」と教えておられることからしても)明白です。


>とおりすがりさんは、神が自分を必要とされるようになるように努力されておられるのでしょうか?

いいえ。私が努力したから、神が私を必要とされたのではありません。 神が私を必要とするのは、文字通り、神がそうお決めになられたからであって、その必要を、私の側で作ったり、消したりすることは出来ません。

ただ、その背後に神の側で如何なる理由があるにせよ、神が私を何らかの形で必要としているなら、私は、その必要に対して誠実に努力して応答する責任があると考えます。

神のみこころに従おうとしつつ、それと逆の行いをしてしまうことが私にもあります。ですが、その場合、「どうせ神は私の行いを必要とはしていないんだから平気。」見たいな言い訳を意図的に思考の枠組みの中に入れようとするのは、不誠実だと私は思います。

No.4674 2009/06/05(Fri) 11:51:12

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。

「神が僕を必要とされるか」ということで、僕が興味のあるのは、自分の行ないについて言い訳をすることではなくて、神がどのようなお方であるのか、神の僕への愛はどのようなものであるか、ということです。

人間は基本的には、僕を必要とするとして、僕がその必要を満たすときに、僕を人間なりに「愛して」くれると思います。神も、僕を必要とされたので、僕を造られ、僕が必要を満たせば愛してくださるお方なのでしょうか。あるいは、神は僕を必要とされているわけでないが、僕を造ってくださり、愛してくださり、僕が役にたたない罪人であったときに僕のために死んでくださったのでしょうか。

僕は、三位一体の神は、全く何も被造物がなくとも、父と子の聖霊が愛し合って完全であり、被造物を造る必要はなかったと考えています。それで、神は僕を必要とされるので、僕を造られたとも、僕が神の必要を満たすときだけ、僕を愛される、とも考えていません。とおりすがりさんは、神がとおりすがりさんを必要とされたので造られた、とお考えでしょうか?

僕は、信仰を持ったころには、神が僕を必要とされたので、信仰を与えてくださったと思っていました。そのころには、自分の目に良いと見えること(士師記21:25)な何でも努力してするようにしていて、疲れてしまいました。努力していないように見えるクリスチャンたちは、誠実ではないと思って、ちょうどルカ10:38−42のマルタのように、彼らを非難していました。その後、僕が努力してやっていたことは、結局自分のやりたかったことであって、必ずしも、主が僕に望まれたことではなかったことに気づきました。

僕は今では、自分が神に必要とされていないと思っています。そのような僕を愛して死んでくださった主に対し、誠実でありたいと強く願います。そのためには、マリヤのように、主の前に静かにして、努力して主の御声を聞くことが、ただひとつ必要なことだと信じています。僕は自分の目に正しいと見えることに努力するのではなく、主イエスさまが僕に望まれることだけを、誠実にやりとげたいと願います。

No.4676 2009/06/06(Sat) 22:16:51

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

丁寧なお返事をありがとうございました。

>僕は「神に必要とされる人」になりたいとも、なれるとも思っていません。

という文章は、石次郎さんが最初に書かれたことですが、これは、「自分が何かをすることを、自分勝手にそれが”神に必要とされている”と思い込むべきではない。」という意味だったのでしょうか。 だから今は、そのような思い込みに基づいた行動に躍起になるのではなく、ただ主の足元で静かにしていたい。 そういうことでしょうか。

また、

>もし僕に与えられた「良い仕事」(エペソ2:10)をしないことを僕が選ぶなら、(中略)神は人を石ころからでも造って、その仕事のために用いることがおできになる

というのは、たとえ神が自分に望んでおられる事があっても、人間としての自分の側ではそれを正しく理解でき無いので、その結果として神に従う行動が今現在の自分には出来ていないという現状があっても、神はそれをお裁きにはなられない筈だ。だから、今は静かにしていて大丈夫だ。ということでしょうか。

もし石次郎さんの仰りたかったことが上のようなことであるなら、私にも分かります。「それは言い訳だ」と私が書いたことは誤解でした。

「マリヤのように、主の前に静かにして」いる事が、石次郎さんの今の「行い」であるなら、その「行い」は誰にも代行してもらえませんよね。 イエスは石ころに語りたいと願っておられるのではなく、石次郎さんにこそ語りたい、石次郎さんに対して語らねばならないと望まれている「何か」があると信ずるからこそ、石次郎さんは、主のみもとで静まっておられるわけです。

「これをするのは、主のみこころ」と心から信ずることが出来る何か。あるいは、御言葉から直接的にチャレンジを受ける何かが、私たちに示される時が必ず来ます。 その時に、それをするのは、他人でも石ころでも無く、私たちしかありません。 きっと、その「時」の準備として、「今」の積み重ねがあるのだと思います。

私からお答えするべきことがあれば、ご質問ください。
当方からは、とりあえず疑問はありません。
ありがとうございました。

No.4677 2009/06/07(Sun) 05:36:42

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。

僕ととおりすがりさんは、「必要とする」という言葉を別の意味で使っているのだと思います。それから、人間の自由意志と神のご計画という非常に難解な問題があり、この問題について、おそらく僕たちは、かなり違う考えを持っていると思います。そういう違いがあることを認めたうえで、できるだけ誤解がないように、共通点であると思えることをもとに以下を書いてみます。

僕は、以前の自分の目に正しいと見えることに努力していた自分は、マリヤのことでイエスに不平を言ったマルタのようであった、また、放蕩息子の帰還を喜ばず、父に不平を言った兄のようであった、そしてルカ18章90−14で自分の行ないを誇って人を見下していたパリサイ人のようであった、と感じています。これは努力することが悪いと言っているのではありません。努力の方向と、努力する力の源に気をつけたいということです。

たとえていうと、僕は軍隊に入ったばかりの新米兵士が、将軍の計画を無視して、自分の目に良いと思えることを自分勝手に努力してやっていた、ということです。兵士はまず将軍の命令を聞いてから動かないと役にたちません。聞くためには、まず静かにする必要があります。命令を聞いたら、ただちに実行すれば良いのです。

今は、僕はへブル10:19−22のように、イエスの血によるきよめを信じて、大胆に聖なる神のに近づき、静かにするようにしています。これがルカ10:38−42でイエスが言われた「ただひとつ必要なこと」と信じるからです。最初のころは、自分の目に良いと思えたことをやめることに不安もありましたが、僕がするべきことは、神が示してくださると信じました。静かにしていると、お導きを感じることがあります。僕の場合は、自分のしたいことと、神さまからのお導きを勘違いしたことが多いので、慎重に、「これはあなたからのものでしょうか?」と祈り聞き求め、信頼する兄弟姉妹と相談し、聖書のみことばに矛盾しないか祈りの中で検討するようにしています。そして、神さまからのお導きであると確信できたら、神さまに力を祈り求めながら、そのことをすぐに行なう努力をすることにしています。

努力する方向が、自分勝手なものにならないように、努力する力を神からいただいた、ということを忘れて不平を持ったり、人を見下したりするようにならないように注意している、ということです。

No.4678 2009/06/07(Sun) 21:30:23

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

もう少しお伺いしたいことがあります。もし宜しければご返信ください。

上記4678番にて石次郎さんが書いておられる「兵士と将軍」の喩えを鑑みた上で考えると、

>もし僕に与えられた「良い仕事」(エペソ2:10)をしないことを僕が選ぶなら、

というのは将軍に対する命令違反であり、


>自分の幸せよりもプライドを選んで、神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら

というのは、「(敵前)逃亡」です。


兵士がそのような行動に出る場合、たとえ将軍は別の適任者を採用することが出来たとしても、当の兵士自身について言えば、その人は任務遂行に不適格な者として、軍隊からは脱落せざるを得なくなります。 つまり不名誉除隊、あるいは懲戒処分の対象になります。

将軍の命令を新米である今はとても遂行出来ない。 敵を恐れている。戦闘時の的確な判断も出来ない。 訓練が足りていない。自信も無い。 しかし、いつか命令を遂行できるように、役に立つ兵士になるために、今訓練に身を投じている。 ・・・そういう人は、「僕が命令違反しても、僕は懲戒されるだけで、他の人がその穴を埋めてくれる」とは考えないはずです。 

わたしはまだ引っかかっています。もし宜しければ、

>もし僕に与えられた「良い仕事」(エペソ2:10)をしないことを僕が選ぶなら、
>自分の幸せよりもプライドを選んで、神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら

と石次郎さんが書かれたことの意味を、もう少し正確にご説明いただければと願っています。

No.4679 2009/06/09(Tue) 05:10:12

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。

これはかなり深く重要なところだと思うので、まずお祈りします。

どうか僕ととおりすがりさんの考え方の違いを超えて、お互いの書くことを通して神さまから聞くべきことを聞くことができますように。

「兵士の将軍」の例でいうと、2人の熱心に訓練に身を投じている兵士を考えてみてください。1人は、「自分が任務を果たさないと、将軍は戦争に負けてしまう。将軍は自分を必要としている。」と考えて訓練に励んでいます。もう1人は、「自分は任務を果たさないでも、将軍は必ず戦争に勝つ力をお持ちだ。その意味では将軍は僕を必要とされていない。でも、将軍は自分の命をかけて僕を愛してくれている。僕は将軍の役に立ちたい。」と考えて訓練に励んでいます。2人目は「僕が命令に違反しても、僕が懲戒されるだけで、将軍は他の人がその穴を埋めるようにする力を持っておられる。」と考えています。でも、「だから命令違反しよう。」とはならないのです。「自分は必要とされている」ということが、この兵士が将軍の命令に従う動機ではないからです。彼は自分は将軍の勝利に必要ではないが、自分は愛されていることを知っています。そして、その愛に応えたいことだけが彼が命令に従う動機なのです。

No.4680 2009/06/09(Tue) 20:34:46

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

レスをありがとうございました。

>2人目は「僕が命令に違反しても、僕が懲戒されるだけで、将軍は他の人がその穴を埋めるようにする力を持っておられる。」と考えています。・・・彼は自分は将軍の勝利に必要ではないが、自分は愛されていることを知っています。そして、その愛に応えたいことだけが彼が命令に従う動機なのです。

「命令違反」、というのは、正確に定義すれば、「自分が命じられていることがハッキリ判っているのにもかかわらず、あえて、それを行わないことを自らの知性と力をもって”選ぶ。”」ということです。 それは、兵士の訓練不足や無知、命令の誤った解釈や、判断ミスが原因の「失敗」とはまるで違います。

私は、この「命令違反」と「失敗」を区別した上で、色々お伺いしています。

石次郎さんのように、従順でありたいと願う心や、愛に基づいた従順を強調するのであれば、「私が命令違反しても、私が懲戒されるだけで、神はその穴埋めができる」という考えは、実は何の理由にもなってはいない、と私は思います。


結局のところ、私としてこれまでのやりとりを通して判ったのは、石次郎さんが

>もし僕に与えられた「良い仕事」(エペソ2:10)をしないことを僕が選ぶなら、
>自分の幸せよりもプライドを選んで、神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら

と書かれたことは、神は自分を愛しているが「必要」とはしていないと言うことを表面的に立証する目的で、「後付け」した「言葉のあや」だったのだと考えれば合点が行く、ということです。

最初は、「すごく怖いことを平気で書くのはなぜ?」とびっくりしていました。 神に懲戒され、見放されると言うことが、どれほど恐ろしいことかをマジメに意識した上で書いておられのか、と疑問に思っていました。 そこまで深い意味はこめて居られなかった、ということとして、私は理解しています。

誤解があれば、ご指摘ください。

No.4682 2009/06/10(Wed) 00:04:09

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。

とおりすがりさんが僕を誤解している、というより、僕ととおりすがりさんは、神の全知全能ということで、ある意味で全く違った考えを持っているということだと思います。どちらかが間違った考えを信じているので、この点についてはコミュニケーションは人間どおしではほとんど不可能だと思います。それでお祈りしてから下記のことを書いてみます。

どうか、僕たちそれぞれが、お互いから聞くべきことを心を開いて聞くことができますように、神さまがお導きください。

僕は「自分の目に見える良いこと」をして、意識の上では知らないうちに、「命令違反」を実際にしたことがあります。そのとき僕の受けた懲戒は、神が僕から顔をそむけられたことを実感するとても恐ろしいものでした。僕は自分の判断に過剰な自信を持っていたために、そのときに持っていた知識で謙虚に考えれば「命令違反」とする分かることを、「良いこと」と考えて、してしまいました。このような行為は、とおりすがりさんの定義で「ハッキリ判っている」ということが、意識の上で判っているということなら、「失敗」ということになると思います。しかし、聖書では創世記20章のアビメレクの例のように、意識の上で判っている命令違反だけが罪に問われるわけではないと思います。

僕は、神を誇らずに自分を誇るプライドの罪の心が、このように意識の上では「自分の目に良いことに見える」ことをして、神からずれていってしまう根本原因と考えて恐れています。神を恐れるからこそ、「全知全能の神が自分を必要とされている」という、自分を誇る考え方を警戒します。

ルカ10:38−42の状況で、マルタは「イエスは私のもてなしを必要とされている。」というプライドを含んだ心を持っていたと思います。だからイエスの前に座って静かに指示を待つ前に、動いてしまったと思います。マルタの「気は落ち着かず」、主に心から仕えるときにいただけるはずの平安はマルタにはありませんでした。そして、マリヤの様子は、マルタには怠惰にしか見えませんでした。もし、マルタがもてななしの用意を始める前に、イエスの前に静かに座っていたら、イエスは「私と弟子たちのもてなしをしなさい」とマルタに命じてくださっただろうと僕は想像します。そして、マルは、心から喜んで、心に平安を持ってイエスと弟子たちのおもてなしをしたと思います。マリヤがただ座っていても、全く気にならなかったろうと思います。

とおりすがりさんは、ご自分はルカ10:38−42のマリヤのようにでありたいと願っておられますか?

No.4683 2009/06/10(Wed) 21:00:56

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

石次郎さんは、色々な事を一気に多方面から考えるタイプの方のようですね。  私は、問題を一つずつ、ゆっくりと理解しながら進むタイプなので、正直言うと、石次郎さんの思考にはついて行けそうもありません。

>どちらかが間違った考えを信じているので、

困りましたね・・・。 すみませんが、こういうことを仰る時点で、実はご自分の考えが正しいと心のどこかで既に思っていると言うことが判ると思うのですが。 各々が置かれている状況がぜんぜん違うから、考え方もぜんぜん違っている、ということじゃないんでしょうか?

>そのとき僕の受けた懲戒は、神が僕から顔をそむけられたことを実感するとても恐ろしいものでした。

そうでしょう? だから私にはわからないのですよ。 なぜ石次郎さんが、「僕が命令に違反しても、僕が懲戒されるだけで・・・」などと仰れるのかが。また、同じ理由から、石次郎さんが一体なにを意図して

>自分の幸せよりもプライドを選んで、神に聞き従わないで神から遠く離れていくことを選ぶなら

と書かれたのかが、よく判らないのです。


>神を恐れるからこそ、「全知全能の神が自分を必要とされている」という、自分を誇る考え方を警戒します。

なるほど。 これは判りました。 現在の石次郎さんに取っては、過去の失敗に対する反省から「自力で努力して誇る」ということへの恐れがある訳ですね。それならば、確かに今は静かにしているのが良いのかも知れませんね。


>とおりすがりさんは、ご自分はルカ10:38−42のマリヤのようにでありたいと願っておられますか?

うーん。どうでしょう。 イエスの前に座っている時もあれば、努力して何かをしようとしている時もあると思います。「聞く」ことと「行う」ことは、両方必要だと思いますからね。


さて、身勝手で申し訳ありませんが、私の側からお伺いしたいことはとりあえずもうありません。 色々とご説明ありがとうございました。 私はひとまずこれで失礼させて頂きたいと思います。

No.4684 2009/06/10(Wed) 22:04:36

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / 石次郎 引用

とおりすがりさんへ。

興味深い会話を、どうもありがとうございました。

僕は黙示11−15、特に12,13節の「行ないに応じてさばかれた」ということから最終的には「行ない」によってさばかれる、と考えています。だから行ないを軽視しているのではありません。「聞かないで」する行ないはへブル6:1の「死んだ行ない」、ロマ14:23の「信仰から出ていないこと」になると考えて、警戒しています。

自分が命令違反した場合について考える僕の意図は、神がどのようなお方であるか、自分が恐れる事態も含めて考えることによって神に聞き求めたい、それだけです。

No.4685 2009/06/11(Thu) 19:30:35

Re: 世の金持ちや 権力者ではなく 神に必要とされる人になりなさい / とおりすがり 引用

石次郎さんへ。

こちらこそ色々と参考になりました。
ありがとうございました。

>自分が命令違反した場合について考える僕の意図は、神がどのようなお方であるか、自分が恐れる事態も含めて考えることによって神に聞き求めたい、それだけです。

了解しました。 論述する上で「極論」を用いた、と言うことで私は理解させていただきます。

ただし、極論あるいは例外的な事象を一般論を語る上での根拠にしてしまうと、一般論は大きく捻じ曲げられてしまう場合があります。つまり相手に大きな誤解を与えます。

今回の件にしても、石次郎さんが「神は私を必要とされていない」と考えられた本当の理由は、ご自分の過去の失敗の認識にあった訳ですから。

聖書全体から浮上する神の御性質が如何なるものか、それはゆっくりと理解してゆかねばならないと思います。

それでは、今回は以上にて。では。

No.4686 2009/06/11(Thu) 22:22:09
豚インフルエンザ / 沙耶香(新管理人) 引用

最近、豚インフルエンザが流行っていて、兵庫のほうなんかは、高校が2週間通学禁止になったりして、すごい大変なことになっています。観光地などは来る人が当然のごとく減り、億の赤字だと言っています。

鳥インフルエンザがはやったこともあり、何だかいろいろと神様の警告かもしれないです。

だって、私たち障害者のための障害者団体の郵便制度出やすくできる制度が悪徳業者によって利用されている。業者が悪質だと思っていたら、大元の日本郵政がかかわっていた。しかも、厚生労働省の係長や課長などがかかわっていた。
障害者の制度が障害者のために利用されず、悪質業者によって、その関係機関の人たちみなで私欲を満たしている。
この状況も氷山の一角だと思います。

天のお父様イエス様どうかこの世の不正・悪を正しく裁いてください。そしてこの世が弱者の暮らしやすい世の中に変えられますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.4664 2009/05/31(Sun) 03:37:29
鼻炎 / 沙耶香(新管理人) 引用

花粉症のシーズンが終わったというのに、私はずっと鼻炎の症状に悩まされている。

いつも鼻がうじゅうじゅして、むずがゆくてティッシュが手放せない。かんでもかんでも鼻水が出てくる。
食器の洗い物をする前に鼻水をかんでいても、洗っている途中で鼻水が出てきて、もう何事も集中してできない。
私は梅雨のころまで続くのですが、たまにこういう人もいるらしいです。

箱ティッシュの減りが何カ月かは早いです。今は親が支払っているのでいいのですが、そのうち一人暮らしになるとすべてが私の肩にかかってきます。

それまでには、イエス様が癒してくださると信じます。

No.4663 2009/05/30(Sat) 09:06:20
教会合宿 / 沙耶香(新管理人) 引用

私たちの教会では、夏の教会合宿が長野で7月末に2泊3日であります。

例年、この夏の教会合宿はいろんな人の癒しや祝福や恵みがかなりあり、御心の合宿だと言われています。
今祈って、いろいろと検討しているところです。

ここにきているみなさんも、私が御心の対応ができるように祈っていてください。

No.4660 2009/05/26(Tue) 10:04:23

Re: 教会合宿 / 石次郎 引用

どうか沙耶香さんが教会合宿について、御心をよく聞き求めて、主に従うことができますように、お導きくださいませ。

No.4661 2009/05/28(Thu) 19:57:22

Re: 教会合宿 / 沙耶香(新管理人) 引用

うーーん、何だか金銭的な事情が違ってきてよくわからないということになってきました。

天のお父様神様イエス様どうか私が教会合宿に参加するのが御心なら参加できるようにしてください。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.4662 2009/05/30(Sat) 08:54:17
御言葉 / 沙耶香(新管理人) 引用

私は体調精神状態悪いし、トイレも近いので、夜中にいつも目が覚めるのだが、目が覚めたらいつも、精神状態よくなくて、ずっといじめられてきたこととか、辛い苦しい経験や、親に虐待されている様子とか思いだし辛くてたまらなくなり、いたたまれなくなり、死にたくなります。

こういう時に最適な御言葉っていうものがあれば、誰か教えてほしいのですが・・・。

No.4657 2009/05/19(Tue) 04:11:31

Re: 御言葉 / 石次郎 引用

最適かどうか分かりませんが、僕には第1列王記の18−19章が浮かびます。特にエリヤの18章のバアルの預言者たちに対する大勝利と、19章4節でエリヤが疲れきって死にたくなったところと、その後に主が12節で「かすかな細い声」でエリヤに話されたところです。この世にはあわせられないで、疲れきって死にたくなるエリヤへの主の愛と力を強く感じます。

No.4658 2009/05/20(Wed) 01:31:15

Re: 御言葉 / Aja 引用

夜中に目が覚めるのはつらいですね・・・。
私は夜中に目が覚めることはあまりないですが、ふとんに入ってもなかなか眠りにつけないことはあります。

そういう時は賛美歌のCDを聞いたり、説教のテープを聞いたりしています。そうするといつの間にか眠っています。

御言葉・・・だと、やはり苦しい時は私は詩篇を読みます。23篇とか42編とか好きですね。

No.4659 2009/05/23(Sat) 10:12:42
自殺願望 / 沙耶香(新管理人) 引用

何かちょっとあるとすぐに「死にたい」と思ってしまいます。

学生時代、ずっといじめられっ子だったのだけれど、その原因がやはり弱さにあり、いじめる子というのは、やり返してくる、言い返してくるような強い子は相手にしない。
何をしても何を言っても、我慢してしまう、誰にも言わない子を対象にします。
私もそうだったです。

でも結局そういう弱い性格は変えられないです。
だから死んでしまったら楽になれると思うのだが、自殺未遂を何度もしていて、今度しても助かるのでは?という不安からなかなかできない。

あーー、イエス様早く迎えに来てください。

No.4656 2009/05/18(Mon) 08:52:36
賛美大会 / 沙耶香(新管理人) 引用

今日は私たちの教会の群れでの地区予選賛美大会があります。牧師と伝道師が県外に行っています。

私も行きたかったのだが、最近、体調が悪いのと、金銭的に守りに入らないといけないというので、断念した。

天のお父様イエス様どうか、今日の賛美大会地区予選で、牧師と伝道師の喉やギターや体調を守り、主に響く讃美歌が歌えますように。
イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・

No.4650 2009/05/13(Wed) 08:53:04

Re: 賛美大会 / Aja 引用

「地区予選」・・・ということは、本番があるんですよね。いつなんでしょうか???

沙耶香さんの体調もよくなりますように。

No.4651 2009/05/13(Wed) 21:44:17

Re: 賛美大会 / 沙耶香(新管理人) 引用

本番は、うちの教会の群れの団体で行く、夏の教会合宿の2泊3日の時にあります。

誰が優勝してもおかしくないくらいみなかなりハイレベルで、歌手顔負けという感じです。

Ajaさんのお祈りに感謝します。

No.4652 2009/05/14(Thu) 09:43:33

Re: 賛美大会 / 石次郎 引用

賛美大会というと、聖書には歌って賛美することが多く書いてありますね。使徒16章22−25節で、パウロとシラスがむちで何度も打たれてから牢に入れられて賛美していたこと、コロサイ3:16、黙示14:3の新しい歌が特に印象に残っています。

どうか、沙耶香さんの教会の群れの賛美大会を祝福してくださいませ。沙耶香さんが体調が悪いときも、霊とまことによって主を賛美する祝福をいただけますように。

No.4653 2009/05/14(Thu) 20:58:58

Re: 賛美大会 / 沙耶香(新管理人) 引用

使徒16章22−25節・・・パウロとシラスが賛美していると、ほかの囚人たちも聞き入っていたらしい。
コロサイ3章16節・・・たがいに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、心から神に向かって歌えとあります。
黙示14:3・・・御座の前と、4つのいきもの及び長老たちの前とで、新しい歌を歌ったとあります。

うちの教会、なぜか、聖歌讃美歌はほとんど歌わず、自分たちが作ったオリジナル賛美を歌う。しかも毎年新曲を作り、オリジナル讃美歌集も毎年つくる。だから毎週新曲を覚えていかないといけない。
変っているが、イエス様が示してくださった教会だから、ついて行きます。

石次郎さんのお祈りに感謝します。

No.4654 2009/05/15(Fri) 11:07:54

Re: 賛美大会 / 石次郎 引用

沙耶香さんの教会は個性的ですね。僕は、神さまが個人個人を皆違うように造られ、一人一人の個性を用いて主が素晴らしい目的を達成してくださるように、教会もひとつひとつ個性があるように神さまがされたと思います。沙耶香さんの教会は黙示14:3が成就するときに歌う新しい歌を用意するための個性が与えられているのかもしれませんね。

No.4655 2009/05/15(Fri) 20:32:14
29日の教会行事 / 沙耶香(新管理人) 引用

昨日は教会のみんなで、午前中は老人施設で讃美歌のコンサートをして、午後は筍ほりをしたのだが、
私は体調精神状態よくないために筍ほりをさせてくれる人の家で休憩していた。

しかし、教会の人が掘ってくれたので4つくらいもらえた。掘らないのに収穫にありつけて感謝ですよね。
その家のお母さんは今回腰を痛めていたのに、煮豆や筍の煮物を作って歓迎してくれた。感謝ですよね。
主に感謝!!

No.4641 2009/04/30(Thu) 14:36:53

Re: 29日の教会行事 / Aja 引用

たけのこ掘りって私はやったことも見たこともないですが、
きっと根が強くはっていて掘るのはかなり力がいるのでは
ないでしょうか…?? 
たけのこ、おいしいですよね〜。

No.4645 2009/05/02(Sat) 21:52:50

Re: 29日の教会行事 / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、筍ほり男手がいるそうです。最後の仕留めるところは男性じゃないとできないそうです。

うん、たけのこ、うちは、鰹節と一緒に煮ました。
教会の人はお吸い物にしたり、ご飯にしたり、春巻きにしたりするそうです。

友人は素揚げてんぷらや味付けてんぷらにするそうです。
みなさんは、どういう料理をするのかな?

No.4647 2009/05/03(Sun) 07:51:24

Re: 29日の教会行事 / 石次郎 引用

僕はたけのこを自分で料理したことはないですが、煮たのを食べるのが好きです。

No.4648 2009/05/04(Mon) 22:15:38

Re: 29日の教会行事 / 沙耶香(新管理人) 引用

今日は母が筍でお寿司を作ってくれました。

ごぼうと人参とさやえんどうとエビを入れて作ってくれました。

私はかなりおいしいと思ったのだが、母は、いっつものほうがおいしい。今日のはいまいちだ。というから、「お母さんはアナゴが好きだから、アナゴが入っていないから、物足りなさを感じるのでは・・・?」というと、「うん、それはある。いつもアナゴの骨でだしを取ってから作っているから。」と言っていた。

今日はアナゴが手に入らなかったらしい。

No.4649 2009/05/05(Tue) 23:44:46
トポス教会 / 石次郎 引用

社会の弱者の方々の活動ということで、上野公園のホームレスの方々のために給食や青空のもとでの礼拝などをされているトポス教会のことを思います。牧師夫妻が私財を投げ打って、主に奉仕されていて心を打たれます。牧師夫妻は自分たちの名前を出さないようにされているらしく、ホームページなどもないようですが、ごとう ひでたか さんが、「キリストの愛を 超多忙なあなたに」というブログでトポス教会のことを紹介されています。「トポス教会、ごとう」で検索すると、出てくると思います。

No.4639 2009/04/24(Fri) 21:53:04

Re: トポス教会 / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、社会の弱者のために私財をなげうってイエス様とともに救いの手を差し伸べる・・・。素晴らしいです。きっと主にそうしなさいと言われたのだと思います。
この前東京の公園でホームレスの人などに行列を作って、炊き出しをしている教会の牧師のことをしていたが、この人たちのことだろうか?
違う人でこういう人がたくさん出てきているとうれしいのだが・・・。
私もこういうホームレスの人たちと同じだからです。私もいつそういう風になるのか分からない状況だからです。私は精神障害者で働けず、家庭では虐待されているので、帰る家はなく、居場所もないと精神科の先生などに言われています。だから、いつホームレスになって、しかも、ホームレスの人のように空き缶集めなどできないし、いろんな病気をかかえているので、そのまま飢え死にするかもしれないです。そう考えると全く人ごとだとは思えないです。
というか、近未来の自分だと考えています。
とかく、ホームレスの人や精神障害者は世間からは偏見の目で見られがちだが、それは自分たちが恵まれた環境におられるからだということが分かっていないからです。
前にも、前管理人さんからトポス教会のことを聞き、ネットで調べてみたが、うん、石次郎さんがおっしゃるように、牧師夫妻は名前を出していないので、全くヒットしなかったです。
「トポス教会 ごとう」で検索してみるとごとうさんのHPが出てきました。前に、この掲示板に来てくれた時に一度来訪したことがありますが、同じHPのように見えて、文章が違っている??なんでだろうか?

このHPのカ所で「家には帰れませんが、幸いに家族以上に
私のことを心配してくれている
人がいる。友人がいる。」
というところが印象に残りました。こういう人がいるとうれしいですよね。
このペンネーム山之内さんの妻(男性)はホームレスをやめる決心がついた。宮城に帰って仕事を捜すと書いてあります。もうどうにもならなくてホームレスになった人ではないんですね・・・。そうすると自分の意志で仕事もできるので、まだまだ救いがあります。
ごとうさん、お忙しい方なのでしょうけれど、こういう風に主とともに弱者に目を向けられていて素晴らしいと思います。

No.4640 2009/04/25(Sat) 23:48:58

Re: トポス教会 / 石次郎 引用

マタイ25:31−46を読むと、僕たちが主イエスさまに心を向けるなら、社会的な弱者の人々に目を向けることになるのだな、と思います。

No.4644 2009/05/02(Sat) 21:05:23

Re: トポス教会 / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、マタイ25・31−46読みました。
社会的弱者の人々に心を向ける・・・これは一言で言ってもふつうはなかなかできないことなのです。
なんせ、人間的感情では大体人は自分のメリットになる人としか付き合わない、自分のメリットになることしかしないのです。

働けない人、身体・精神・知的障害者、仕事ができない=収入がない人に何かをしたってあまりこの世的メリットはありません。

だからこういう人からは人間は離れて行きます。

私はそういう人だが、世間家族みな離れて行きました。

教会に行くようになって、最初は受け入れてくれていてもだんだんと至らなさ、醜さ、この世的に何も持っていないということが強く実感されて、だんだんと離れて行きました。

結局私にはイエス様しかいないです。でも主イエス様は裏切らないお方だから・・・最高の伴侶を得て幸せです。

No.4646 2009/05/03(Sun) 07:48:56
天国にいるお婆ちゃんへ。 / 沙耶香(新管理人) 引用

私は本当に駄目な孫で、成績も悪く、お婆ちゃんは近所でも有名なくらいきれいな人だったのに私はブスで、お婆ちゃんの期待するような道を歩めなくて、ごめんなさい。
お婆ちゃんは本当にこんな孫によくしてくれて感謝しています。
母の姉のおばさんも私に目をかけてくれました。もう亡くなりましたが、カトリックのクリスチャンだったので、天国にいっていると信じています。
こんな姪っ子でごめんなさい。そしてありがとう。

No.4642 2009/05/01(Fri) 12:54:10

Re: 天国にいるお婆ちゃんへ。 / 石次郎 引用

僕はこの世で神さまにいろいろなものを与えていただいて、おごりの心を持ってしまい、クリスチャンやキリスト教を馬鹿にして長い間生きていました。そのような僕でしたが神さまは目をかけてくださり、主イエスさまは僕の罪のために死んでくださいました。そのことを示していただいてからも、僕はいろいろな間違った行ないをしてしまいました。どうか僕の罪をお赦しください。そして聖くて優しい愛を、ありがとう。

No.4643 2009/05/01(Fri) 19:45:39
NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

NPO白浜レスキューネットワークは、白浜バプテストキリスト教会の藤藪牧師が中心になって、自殺者救済活動や生活自立活動、自殺予防策活動を行なっておられます。

素晴らしい活動と思いますが、この2月からは、行政主導で、三段壁でのパトロールが開始され、3月の議会では自殺対策に予算がついたそうです。このように、官民一体で弱者のために働いておられます。

これらの活動が3月6日には、日本テレビの朝の番組「スッキリ!」で取り上げられ、3月9日には、関西テレビの「ニュースアンカー」でも取り上げられたそうです。また5月25日放送予定の番組「カメラは見た(仮名称)」でも彼らの活動が放送されることになっているそうです。

藤藪牧師と白浜レスキューネットワークの活動がますます祝福され、神さまが弱者を救われる不思議なわざに用いられますように、お祈りします。

No.4626 2009/04/14(Tue) 19:33:36

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

あー、前に聞いたことがありますが、でも農作業をしながらとか自立に向けていろいろしてくれるだけで、結局は自分で自活しないといけないのでしょ?
私たち弱者は働けないので、働くと逆に病状を悪化させるので、こういう人たちにはちょっと無理じゃないかな?と思いますが・・・。
世間は私たちに働け、自立しなさいというが、無理なのです。前私たちの病院の患者で結成していた「ごかい」というグループが「働かない権利」というのをスローガンに掲げていたことがありました。
ま、でも弱者にもいろいろいます。精神障害者にもいろいろいます。イエス様に救ってくださいとお祈りしていたら、必ずどこかに救い出してくれる人などがいます。

主とともに弱者への救いをしてくれる人がどんどん増えて行くといいと思います。そしていずれは私もそういう人を助けるお手伝いに用いてもらいたいと思います。

No.4627 2009/04/16(Thu) 07:50:48

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

沙耶香さん、「白浜レスキューネットワーク」で検索するとサイトが出てくるので、最近の具体的な活動内容について興味がおありでしたら、サイトを見てみてください。

社会的な「弱者」と一口に言っても、神さまの助けがあると自立することのできる人たちと、そうではない人たちがおられると思います。自立することのできる弱者の人たちが自立できるように助ける奉仕もとても尊い仕事だと僕は思います。

自立するこののできない弱者については、神さまがそのように彼らを造られたので、そのまま存在を受け入れることが大切だと思います。カトリックの伝統の中でフランスに1964年に作られたラルシュ・コミュニティーは、知的障害者の存在をそのまま受け入れるという理念を持っていると思います。日本でも静岡に「ラルシュ・かなの家」が作られています。「ラルシュ・コミュニティー」や「ラルシュ・かなの家」で検索すると、いろいろ分かると思います。

No.4628 2009/04/17(Fri) 22:35:46

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、弱者の中にも障害者だけではないと思います。何かの事情で傷つき職場を負われたということもあるでしょう。うん、自立することのできる弱者を自立に持っていくのも尊い仕事だと思います。
私は自分も自立できない精神障害者なために、弱者というとどうしても自分と重なり合わせるので・・・。
知的障害者も精神障害者と分けられているが、本来同じなのだ。知的障害者は精神薄弱と言われ、精神病院に一生入院していることも多いのだ。それに知的障害者の人も精神科医から処方された向精神薬をのんでいるのだ。
ラルシュ・コミュニティーで開きました。いろいろな活動があるようです。
しかし、石次郎さんはよくこういう弱者の活動を知っていますね。弱者の救いに興味を傾けるクリスチャンなのですか?だったら、私と同じですね・・・。

No.4629 2009/04/18(Sat) 11:09:00

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

マタイ25:31−46を読むと、主イエスさまは、空腹である人に食べる物を与えたり、病気の人を見舞ったりすることは、主イエスさまにすることだと教えておられます。社会的弱者の人たちのうちに主イエスさまがおられるのだと思います。それで社会的弱者の人たちに奉仕することによって、主イエスさまに仕える、とうことに特に興味があります。

弱者の人たちに福音を伝えて永遠の救いに用いていただくことも重要だけれど区別して考えています。

ラルシュ・コミュニティーについて僕が知ったのは、ヘンリー・ナウエンというキリスト者に興味があるからです。

No.4630 2009/04/19(Sun) 04:23:32

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

ヘンリー・ナウエン??知らない。聞いたことないです。偉大なキリスト者だったのですか?
うーん??私はクリスチャンだが、何も知らないのだなあ。でも何も知らなくてもイエス様に用いていただこうという気持ちは大いにあります。
こんな私でも生きている価値を認めてくれたのはイエス様だけだからだ。
人間はみな私のことを馬鹿にしてさげすみいじめ、どん底に引き落としてきた。そんな人間の評価なんか当てにならないと教えてくれました。
あなたは高価で尊い・・・

No.4631 2009/04/20(Mon) 09:41:42

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

ヘンリー・ナウエンはハーバード大学の神学部教授だったのですが、この世では賞賛されるそのような地位を捨てて、ラルシュ・コミュ二ティーで、障害者たちとともに生きることを選んだキリスト者です。

興味がわくようでしたら、「ヘンリー・ナウエン、ハーバード、ラルシュ」で検索すると、いろいろ出てくると思います。

No.4632 2009/04/20(Mon) 21:52:00

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

へーー、ハーバード大学って神学部なんかがあるの?アメリカってクリスチャンが多いと聞いていたが、そこまで進んでいるのか?すごいなぁ・・・。
へーー、でも大学教授さんでありながら、そんな名誉な職をすて、障害者と共に生きる道を選ぶなんて全く素晴らしいですね・・・。この世的考え方に左右されない素晴らしい人だと思います。なかなかそういう人はいないと思います。クリスチャンでもいないと思います。
うん、「ヘンリー・ナウエン、ハーバード、ラルシュ」で検索してみます。

No.4633 2009/04/21(Tue) 06:08:21

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

検索して何か心に残ることがありましたら、教えていただければ嬉しいです。管理人はリンクも貼り付けることができるそうなので、リンクも教えてください。お願いします。

No.4635 2009/04/21(Tue) 22:04:24

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

うーん、活字アレルギーの私はなかなかよくはわからないし、このヘンリー・ナウエンの関連本の紹介などが多いが、印象に残ったのは、

https://www.sophia.ac.jp/J/first.nsf/Content/cathocen_katayanagi

のところです。障害者と一体となっているところなどが印象に残りました。
知的障害者はなまじっか知識のある人より神の恵みを受けやすいんだとか筆者は言っています。弱さをそのまま神の前に差し出すからだそうだ。私のような弱者にはうれしい言葉だ。

No.4636 2009/04/22(Wed) 07:22:06

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 石次郎 引用

沙耶香さん、印象に残ったリンクを教えてくださってありがとうございます。「彼らは傷つきやすい、多くの弱さを抱えた自分をそのまま神に差し出しているようだった」というところが、印象的です。自分を飾らずに、そのまま神に差し出す、というのは、この世的な能力を与えられた人ほど難しいことだと思います。でも、そのように、自分を誇らずに、ありのままの自分で神の御前に出ることを、神は一番喜んでくださると信じています。マタイ5:3で、イエスが「心の貧しい者は幸いです。」と言われたのは、こういうことだろう、と思います。天の御国はすでにその人のものであると信じます。

No.4637 2009/04/22(Wed) 22:42:48

Re: NPO白浜レスキューネットワーク / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、マタイ5:3で心の貧しいものは幸いです。天の御国はその人のものだからです。とあります。うん、私たち精神疾患弱者は世間からも家族からも非難され、居場所がなく、苦しんでいると思います。しかし、天の御国が私たちのものだと神に言われるとうれしくて・・・。

No.4638 2009/04/23(Thu) 06:45:52
季節の移り変わり / 沙耶香(新管理人) 引用

だんだんと温かくなってきましたね。
蚊も飛散してきます。蚊が部屋に入り込んでいたらしくて、朝方目が覚めてから、蚊がぶんぶん飛んできて、気になって眠れなくなりました。
ほっておくとさされるし・・・。痒くなるし・・・。そろそろ蚊取り線香を用意しないといけなくなります。
この間まで寒い寒いと言っていたのが、もう蚊に悩まされる季節になったのですね・・・。
季節の移り変わりは早いです。

No.4634 2009/04/21(Tue) 06:12:14
CFIの新たなルール / 沙耶香(新管理人) 引用

協力者が話し合って決定があり、掲示板のルールが一部変更になり、CFIの公式な協力者ではない新管理人の私にも書き込みにリンクを含めることができるようになりましたのでお伝えしておきます。

それから、私沙耶香の聖書通読ブログをノアのブログでしていたのだが、ノアのブログは閉鎖になってしまい、ライブドアのブログに移行しました。アドレスは、
http://blog.livedoor.jp/rakkoanimal/
です。よかったらどなたでも遊びに来てください。

No.4621 2009/04/01(Wed) 04:46:03

Re: CFIの新たなルール / 石次郎 引用

沙耶香さん。最近仕事で忙しいのですが、また時間があるときにライブドアの聖書通読のブログも読ませてもらってコメントしたいと思っています。沙耶香さんが苦労しながら聖書通読を続けておられることは素晴らしい証だと感じて、信仰の励みになっています。

No.4622 2009/04/01(Wed) 19:17:03

Re: CFIの新たなルール / 沙耶香(新管理人) 引用

石次郎さんがブログにコメントをつけてくれていることに今日気づきました。返事をつけているところもありますので、また時間のある時にでも見ておいてくれると嬉しいと思います。

No.4625 2009/04/07(Tue) 10:16:03
花粉症 / 沙耶香(新管理人) 引用

花粉症最前線で、今花粉症の人は多いし、皆苦しんでいます。私も毎年花粉症になるのだが、病気で家でいるから、普通の人より軽いはずなのに、毎年鼻水、鼻がむずがゆい、くしゃみという症状に悩まされます。
この前の日曜日に症状が解禁しました。
私の場合天気予報の花粉症情報が終わってからも、症状が続き、梅雨のころも悩まされ、夏前まで悩まされます。
アレルギー性鼻炎の薬を前は飲んでいたのだが、眠くなるし、ほかにも薬を飲んでいるので、あまり薬漬けになってもいけないので、花粉症の薬は最近は飲んでいない。
今年の花粉の飛散数はかなり多いらしい。
去年の夏に猛暑だったかららしい。
だんだんと花粉症人口は増えていくらしい。私は今40手前だが、10代のころ、学生時代から花粉症だった。
花粉症は苦しいが、イエス様がいつも見守ってくれていると思うと感謝でうっとりします。
花粉症で苦しんでいるみなさん、イエス様により頼み、癒しを求めて行きましょう。

No.4610 2009/02/19(Thu) 13:50:18

Re: 花粉症 / 石次郎 引用

花粉症や病気で苦しむとき、僕たちの中に自然に祈りの心が出てくると思います。聖書の士師記で苦しんだイスラエルの民は祈るというより、神に叫びます。そして、神は民をあわれんで苦しみより救い出してくださいます。ところが救い出されると民は神を忘れてしまいます。日本では「苦しいときの神頼み」と言いますが、本当に心から万物を造ってくださった神により頼むことはとても良いことだと思います。良くないことは、苦しくなくなると、神のことなど忘れてしまい、自分の目に正しいと見えることをしていることだと思います。士師記は

そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。

という文で終わっていてとても印象的です。

No.4611 2009/02/19(Thu) 22:04:38

Re: 花粉症 / 沙耶香(新管理人) 引用

天国に行ったら、花粉症もないだろうし、精神疾患で苦しまなくてもいいし、いじめもないだろうし、お金の心配もしなくていいです。
早く天国へ連れて行ってほしいです。
私たち精神障害者は本当生きていくのにかなりの苦労がかかります。
しかし、イエス様が苦労を背負い込んでくださいます。

No.4612 2009/02/24(Tue) 12:41:37

Re: 花粉症 / 沙耶香(新管理人) 引用

まだまだ終わらぬ花粉症。本当に辛い。
しかし、イエス様の十字架ですでに癒されたと信じて期待して感謝します。

No.4623 2009/04/06(Mon) 11:50:00

Re: 花粉症 / 石次郎 引用

どうか沙耶香さんの花粉症が癒されますように。

ローマ8章16−17節を読んで、花粉症や病気やけがなどで辛いことがあるときも、十字架の上で僕たちのために苦しまれたイエスさまと、苦難をともにしたい、と思います。

No.4624 2009/04/06(Mon) 22:31:45
謝罪 / 沙耶香(新管理人) 引用

このHPに来てくださっているみなさんに謝罪しなければならないことがあります。私のアドレスであったiesusamasama@yahoo.co.jpは私の不注意でパスワードを忘れてしまい、使えないようになってしまいました。今までにメールをくれた人に対して謝罪します。
今度新アドレスを作りましたので、今後ご意見ご感想などがある方はこちらまでお送りください。
tadokoo@yahoo.co.jpです。

No.4619 2009/03/13(Fri) 08:47:24
ルワンダ / 石次郎 引用

最近の「ホテル・ルワンダ」や「ルワンダの涙」の映画でも描かれたましたが、アフリカのルワンダという国で1994年に民族の対立から大虐殺がありました。クリスチャンの団体が、虐殺した側の人々の悔い改めと、された側の人々の赦しのために、加害者の人たちが、被害者の人たちの家を再建するというユニークな活動をされているそうです。この活動がNHKのドキュメンタリーで最近放映されたそうです。

ルワンダで佐々木さんという日本人の方が、クリスチャンとして、この活動に参加されているそうです。「ルワンダ、佐々木」といれて検索すると、いろいろ出てきましたので、興味のある方は検索してみてください。

No.4613 2009/02/27(Fri) 21:31:46

Re: ルワンダ / 沙耶香(新管理人) 引用

「ルワンダ 佐々木」と入れて検索してみました。佐々木さんというクリスチャンはルワンダへ行く機会が不思議と与えられたとありますが、年配者だが稼働年齢だと思うので、お仕事か何かで行ったのかもしれないですね・・・。

素晴らしいですね。加害者も悔い改め、被害者も赦し・・・これぞ主の道だと思えます。佐々木さん応援したくなります。こういうクリスチャンが増えることを信じて期待して感謝します。

私の知り合いのクリスチャンの元夫はDVをする人であまりよくない人らしいが、たまたま街角で見かけたホームレスの人に現金を渡し、その後もその人を支援して一人前に生きていくように手助けしているらしい。
その元夫は大学教授なのだが、県外から来た貧乏な学生を家に呼んで奥さんに食事を作らせて毎日食べさせていたらしい。賄い婦のようだったとおっしゃっておられました。
DVはイエス様に反する行動だが、こういうボランティア的なこともしているところはイエス様は喜ばれます。
うちの父親も私にDVしているが、dvをする人というのは家庭内ではよくないが、外ではかなりいい人で人望もあるということが多いと思います。
外でよくするように内側に入ってもよくしてくれたらこういう旦那はいいんだけれど・・・。

No.4614 2009/02/28(Sat) 09:36:49

Re: ルワンダ / 石次郎 引用

神さまが佐々木さんをルワンダにお導きされて神の国の義のための仕事を与えられたのだと信じます。神さまが僕たちに、神の国の義のためのそれぞれの仕事を与えてくださり、不思議な力ですべてを用意してくださることがエペソ2:10に書いてあると思います。僕たちは祈りで佐々木さんを応戦することができるので嬉しく思います。

どうか、佐々木さんを大いに祝福し、その祝福を通して多くのルワンダの人々と、日本人を祝福してくださいますように。

佐々木さんは、ルワンダに行かれたときに、虐殺に聖職者を含む多くのクリスチャンが関わったことを知って衝撃を受けたとどこかに書かれていました。人間はこのように、この世的にはとりかえしのつかない失敗をしてしまいますが、神さまが悔い改めを与えてくださり、それらの失敗さえ他のこととともに働かせて霊的には益にしてくださると信じます(ローマ8:28)。

No.4615 2009/02/28(Sat) 22:16:09

Re: ルワンダ / 沙耶香(新管理人) 引用

良い行いをもあらかじめ備えてくださっている・・・イエス様素晴らしいですね・・・。
しかし、人間とはどんないい人聖職者でも罪人だから・・・でも悔い改めたら赦されるので、生きている間に早く悔い改めたらいいですよね。

No.4616 2009/03/02(Mon) 17:49:32

Re: ルワンダ / 石次郎 引用

信仰をもとに恵みとして与えられるキリスト者の良い行ないは、本当に主の御名の栄光を現す素晴らしい恵みだと思います。黙示19章8節に、聖徒たちの正しい行ないは、キリストの花嫁が着る麻布の衣であるという素晴らしいイメージが書かれています。

No.4617 2009/03/06(Fri) 22:23:23

Re: ルワンダ / 沙耶香(新管理人) 引用

黙示19・8・・・読みました。麻布とは聖徒たちの正しい行いであるそうだ。
主によってさせてもらえるよい行いは本当に素晴らしい。しかし、いつも謙虚であらねば・・・よい行いをし続けていて自分を主にしてしまってはいけない。

No.4618 2009/03/07(Sat) 14:47:14
長崎26聖人 / 沙耶香(新管理人) 引用

今日は長崎で26聖人が殉教した日ですね・・・。
天のお父様神様イエス様どうか私たちより先に亡くなった26人のクリスチャンを心よりご冥福申し上げます。イエス様の尊い御名によってアーメン・・・。

No.4602 2009/02/05(Thu) 16:21:07

Re: 長崎26聖人 / 石次郎 引用

12,13歳の少年たちが、賛美歌を歌いながら殉教したということを読みました。

No.4603 2009/02/05(Thu) 22:54:58

Re: 長崎26聖人 / 沙耶香(新管理人) 引用

子供たちもいたそうです。でも喜んで十字架にかけられて死んでいったそうです。

No.4604 2009/02/06(Fri) 12:35:01

Re: 長崎26聖人 / 石次郎 引用

喜んで、というところが大切なところだと思います。僕たちキリスト者は、自分の力で頑張っていやいやながら主に命じられたことをする、というののでは、まだ罪の支配から完全には解放されていないと思います。僕たちは、主に喜んでいただくことを喜んで、完全に自由にされたしもべとして、死にいたるまで主イエスさまに忠実でありたいです。

No.4605 2009/02/13(Fri) 22:38:40

Re: 長崎26聖人 / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、でも最初はいやいやでも、主に示されることから始まるのかもしれません。イエス様にだんだん近づく一歩かもしれません。全く近づいていない人は示されることもないでしょう。示されても、最初はなかなか従えない。そのうち、いやいや、示されたことに従って行く。そのうち、喜んで従って行くという風に変えてくださるのかもしれません。
主とともに歩む信仰の道は素晴らしいです。

No.4606 2009/02/14(Sat) 17:03:45

Re: 長崎26聖人 / 石次郎 引用

そうですね。マラキ3:8−10では、主がいやいやながら十分の一を捧げて、祝福を受けるかためしてみよ、と言われたと思います。いやいやながら従ってみるということが、スタート地点になるということだと思います。ここで注意したいことは、いやいやながら従ったときに、その行ないを誇ってしまうと、そこで進歩は止まってしまうということです。ルカ18:10−14では、パリサイ人は、いやいやながら十分の一を捧げていることを誇ってしまっている、と思います。いやいやながら従ったときに、誇らなければ、だんだん神に聞き従うことの喜びが分かってくる、ということだと考えます。

No.4607 2009/02/15(Sun) 23:43:56

Re: 長崎26聖人 / 沙耶香(新管理人) 引用

マラキ3・8−10・・・うん、何度か読みました。

>>主がいやいやながら十分の一を捧げて、祝福を受けるかためしてみよ、と言われたと思います。いやいやながら従ってみるということが、スタート地点になるということだと思います。

石次郎さんも最初は、10分の1をいやいや捧げていたのですか?

>>いやいやながら従ったときに、その行ないを誇ってしまうと、そこで進歩は止まってしまうということです。

いや、でもいやいやながら従う人はその行いを誇ってしまう人はいると思います。その人の性格などにもよると思うけれど・・・。

>>ルカ18:10−14・・・うん、読みました。

神様との関係で人に誇るとよくないですよね。神様と自分との関係です。人に誇るようなことではありません。

No.4608 2009/02/16(Mon) 10:38:29

Re: 長崎26聖人 / 石次郎 引用

最初のころだけでなく、今でも主に聞き従うとき、自分のどこかにいやいやながら、というところを感じます。いやいやさが大きいときほど、良い行いができたと思うとき、人と自分を比べて、人に対してだけでなく神に対してまで誇る気持ちが出てきます。1コリント4:7でパウロは

あなたには、何かもらったものでないものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。

と書いています。誇る気持ちがあると、神さまにもらったもので良い行いをさせていただいたとき、神さまに心から感謝しなくなり、神さまから遠くずれていくと思います。

No.4609 2009/02/16(Mon) 22:43:00
罪人 / 沙耶香(新管理人) 引用

人間はみな、罪人であるが、自分は特別罪深い人間なのではないか?と不安になります。
学生時代はずっといじめられっ子だった。どこに行っても何も悪いこともしていないのにいじめられている子・・・どこにでもそういう子がいるが、私はそういう部類だった。
そのことを思い起こすと自分は生きている価値がないと思い知らされます。
人間からすると、私はこの世的には自分からは何も持っていないです。
容姿・仕事・能力・友達・要領のよさ・世間を潜り抜ける性格・私はそのどれも持っていないのです。だからみな人間は離れて行きます。
だけれど、イエス様だけが目をかけてくださっています。
いじめで嫌になり、閉じこもり精神疾患になり、病気でいろんなものが見えなくなり、価値観も変わり、苦しんできましたし、ずっと苦しんでいます。
いじめられていた子が、バスジャックとか大きな事件を起こす場合があるが、それはその子だけの責任じゃなく、いじめてきた子の罪でもあると思います。
今、学校や職場などでいじめや虐待をしている人、いずれはイエス様が裁いてくださいますが、いじめなんていう幼稚なことは即刻やめてください。
自分が逆の立場に立ったらと考えたらできないと思います。弱いからいじめるのではなく、弱いからかばう、弱いから助ける・・・という風になって行くといいのだが・・・。

No.4593 2009/01/20(Tue) 09:19:35

Re: 罪人 / ゲゲゲの鬼太郎 引用

いじめは、罪人だからという問題ではないのです。

よく事件を起こす人の幼少の頃の話を聞くと、共通して親の愛が欠乏している事になります。

子供がいじめに走るのは、親の愛で満たされていない不満のイライラな想いをどのように解消しようかとなった時に行なわれる現象がいじめとして表面化しているだけなのですが、その子供が人をいじめて満たされるわけではないのですが、人をいじめる事で自分が存在していると大人にアプローチの手段として大人の気を引くだけの事なのです。

ですから、いじめの解決は親の愛を満たしてあげる他にはないのです。

対策としては、親道教育です。

しかし、親を教育するのは難しいことでして、解決できない要因でもあるのではないでしょうか?

もう一つの解決できない要因として思うのは、もっと子供自信が自分の個性認め、勇気をもって人生を歩もうとしていない事です。

いじめは成長の試練であり、ステップアップのハードルとして捉えて、自助努力をしようとしていないところです。
何でも人のせいにしてしまっている、他力本願なところではないかと思っています。

昔の封建社会の方が子供は助け合って、大人社会に挑んでいたものです、そんな時は、強いものは弱いものを助けていたものですし、ガキ大将がいじめを蔑視していた事で、いじめの予防はされていた事を思います。

ですから、沙耶香さんのような人は多いと思いますが、その経験がマイナス面ではなくプラスの出来事として、昇華できれば人生も意味深いものとなるのではないでしょうか?

子供の頃は失敗する事が特権といわれるものです。
大人の愛の傘の下で、大いにエンジョイをしたら良いのではないでしょうか?

大人になると失敗は許されないものですから。

人は支え合って生きるように神はお創りになられましたから、一人で悩んでないで相談する事を神は願われているのです。

No.4594 2009/01/22(Thu) 12:06:48

ゲゲゲの鬼太郎さんへ。 / 沙耶香(新管理人) 引用

うん、いじめはなくならないとみなが言いますし、大人になった親を教育するなんて至難の業です。
神様はどうして人間を強いものが弱いものをいじめるように造られたのでしょうか?
強かったら、仲間を寄せ集めて弱いものを守ろうと思わないのだろうか?逆に仲間を寄せ集めていじめようとする・・・悪いことをする誘惑のほうが強いのだろうか?
神様強者と弱者を造らずに、みな同じような感じにしたらよかったのになー。そうすると、いじめも発生せず、みな仲間という感じになるのでは・・・?

>>沙耶香さんのような人は多いと思いますが、その経験がマイナス面ではなくプラスの出来事として、昇華できれば人生も意味深いものとなるのではないでしょうか?

これは学生時代ずっとどこへいっても何も悪いこともしないのにずっといじめられてきた子じゃないと分からないと思います。ちょっとの期間、何かのきっかけでいじめられていた子だったら、その経験をプラスにすることができるでしょうけれど、ずっとそうだといじめられるために生れてきたんだ、生きている価値がないのでは・・・?ということになりかねません。
精神障害者にもなり、憂鬱なのだが、私の場合は幸いイエス様とであえて、存在価値を認めてもらったので・・・。
いじめられっ子もいじめている子もイエス様に向かうといいですね・・・。

No.4595 2009/01/23(Fri) 10:58:43

Re: 罪人 / ゲゲゲの鬼太郎 引用

沙耶香さん、あなたの「これは学生時代ずっとどこへいっても何も悪いこともしないのにずっといじめられてきた子じゃないと分からないと思います」というこの台詞を言ってしまった事でどのような事を言われた人が感じるのかを知っていますか?

私がその台詞を聞いてどのように思うのかを言いますと。
「そうですか、そのトラウマを大事にして、いじめを無くせるならいつまでもそう言っていて下さい」と思い、微力ながらではありますが、私もいじめ対して一緒に考えて、私の経験を提供させていただければ何か道が見えてくるのではないかと思う事が余計なお世話なのかな!と悲しい思いがします。

もし、イエスが沙耶香さんのように、イスラエル民族からいじめられている時に、イスラエル民族に対して「なんで、私をいじめるの」と泣き言を言っているとどう思いますか?

神はいじめる人も、いじめられる人も平等に愛しているのです、そんな、中で私たちは兄弟愛を育てなくてはならないのではないでしょうか?
神の愛の力のすばらしさを解った人が勝利者なのです。

少し難しいいい回しかも知れませんが私の確信の一つをお伝えしておきます。

No.4596 2009/01/23(Fri) 17:05:39

ゲゲゲの鬼太郎さんへ。 / 沙耶香(新管理人) 引用

私は学生時代は、いじめられるのは自分が悪いのだと何もかも自分を責めていました。自分が悪いとしていたほうが楽だからです。何も悪くないのにいじめられていたということを受け入れることができなかったのです。
しかし、家に閉じこもりいろいろ見えてきました。
うん、神様はいじめる人もいじめられる人も平等に愛しているだろうけれど、いじめる人に対しては、悔い改めないと後でお叱りはあるでしょうけれど・・・。

何だか混乱してきましたが、いじめてきた人もいじめたことを悔い改め、いじめられた人もいじめた人を赦しイエス様の愛で包まれるとイエス様一番喜ばれます。

No.4597 2009/01/25(Sun) 05:33:05

Re: 罪人 / ゲゲゲの鬼太郎 引用

私は「人生」というものは「死」を迎える時に自分の姿がどのようになっているかが問題だと思っています。

いじめられっこのいじめっ子もその死というゴールに対して平等という観点では、私はいじめられっ子の方が人間に深みが育つと思います。  

そして、前管理人の大垣さんも言っておられるように、沙耶香さんは神の愛の訓練を受けていた事だと思います。
その訓練が実って神の愛を受け入れる事の出来る器が育っているのだと思います。

これからも、いろんな訓練を受けて成長してくれることを、イエスは期待しているのでしょうね。

しかし、いじめっ子を怨んでしまっている心があれば、その心の染みも取り除かなければ、沙耶香さんも同じ事をしてしまうかもしれませんから、お気をつけ下さいね。

No.4599 2009/01/26(Mon) 09:44:36

ゲゲゲの鬼太郎さんへ。 / 沙耶香(新管理人) 引用

いろいろ細心のアドバイス感謝します。
うん、いじめてきた子が悔い改めていたら赦そうという思いはあるが、私をいじめてきた子は同じシーンだとまた同じことをすると思うのです。
だけれど、神様は、私たちが悔い改める前に十字架にかかり私たちの罪を赦してくださいました。私も同じようにいじめてきた子を赦すことをイエス様は望んでおられると思いますので、お祈りによって変えていただこうと思います。
天のお父様神様イエス様どうか私が私のことをいじめてきた子たちを神様の愛で赦すことができますように。イエス様の尊い御名によってお祈りいたします。アーメン・・・
また、いろいろアドバイスをいただけることを期待しています。

No.4600 2009/01/26(Mon) 12:14:25

Re: 罪人 / ゲゲゲの鬼太郎 引用

赦す事は本当に難しい課題ですね!

赦しと言うのは、沙耶香さんが言っているように、「いじめていた子が悔い改めていたら赦そうと思う」とうように、前提条件があれば出来るという事ではないのですよ。

そこがイエスの赦しと大きく違うのです。

祈りではなく実体で赦せるようになれるようにがんばりましょうね!

沙耶香さんが変れば周りが変ってくる事を実感できるようになれば、イエスの心が分かるようになると思います、
すると、もっと大きく深い神の愛がそそがれるでしょう。

No.4601 2009/01/27(Tue) 00:14:50
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