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all スチームパンクスレ再録 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:39:13 [No.5]
File:1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:40:42 [No.6]
クレメンティーナは眠らない1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:41:47 [No.7]
クレメンティーナは眠らない2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:42:47 [No.8]
帝都迷宮案内1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:43:30 [No.9]
帝都迷宮案内2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:44:55 [No.11]
博士と助手と人形と1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 12:45:50 [No.12]
清水自動人形工房 - ジョニー - 2011/04/24(Sun) 12:46:52 [No.13]
ジャックが笑う1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:47:30 [No.14]
クレメンティーナは眠らない3 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:49:11 [No.15]
ジャックが笑う2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:49:53 [No.16]
ジャックが笑う3 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:50:26 [No.17]
博士と助手と人形と2 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 12:51:12 [No.18]
赤の退魔剣士 - ありくい - 2011/04/24(Sun) 12:52:26 [No.19]
ジャック狩り1 - ジョニー - 2011/04/24(Sun) 12:53:07 [No.20]
人形夜会1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:53:43 [No.21]
ただの趣味だと彼は言った - 咲凪 - 2011/04/24(Sun) 12:54:23 [No.22]


帝都迷宮案内2 (No.9 への返信) - アズミ

「じゃあ、話を聞いてくる」

 それだけ言って、ウィンストンは工房に入っていく。
 入口の脇には打ちだしの鉄板に『アーリア蒸気工房』と書かれた味もそっけもない看板が風に揺れていた。
 この工房の主と千多は知己であったが、近くに真っ当な駐車場がなかったため、車の番として千多とクレメンティーナは居残りだ。
 5番街の治安は悪くないが、それでも車上荒らしぐらいはたまに出る。
 露天で買った林檎果汁のジュースをストローで啜っていると、どこからかがしゃん、ぷすん、がしゃん、ぷすんという機械音が聞こえてきた。

「なんだ……?」

 眉をひそめて辺りを見回していると、足元のクレメンティーナが何かに気づいたように千多のコートをくいくいと引っ張った。

「マスター」

「ん……?」

 指し示す方に視線を向けると、路地裏から何かが這いだしてくる。

 がしゃん、ぷすん。
 がしゃん、ぷすん。

 ぱっと見では人間の上半身に見える。……が、当然上半身と下半身が泣き別れした状態で這いずりまわれる人間はいない。
 自動人形だ。
 よくよく見れば酷くいいかげんな作りで、辛うじて人型はしているものの、纏った襤褸の下は人工皮膚もつけていない剥き出しのフレームである。ぷすんぷすんという音はこれまた背中に剥き出しの……自動人形に搭載するには聊か大きすぎる蒸気機関から発せられるもので、どうやらシリンダーを始めとしてあちこちに不調を抱えているようだった。
 そんな有様なのに顔面だけは美しい女性のそれで、それが余計に歪な印象を強めていた。

「――人形師の方ト、お見受ケしまス……」

 声帯にまで不調があるのか、金属音の混じった片言の帝国語で自動人形は言った。

「どうカ、私ヲ貴方の召使にシてくださイ」

「……………」

 どうやら、この人形は『はぐれ自動人形』であるらしかった。





 はぐれ自動人形、というものが最近問題視されている。

 自動人形は人型という不安定なボディにも搭載しうる小型高性能の蒸気機関と精神性を表現しうるほど高度な階差機関を要する、現代技術の粋を集めた先進機械だ。
 これを作りだすことを最終目標とする技術者も少なくない。

 だが、当然のことながら一つの成功を生み出すには無数の失敗を積み重ねなければならない。
 結果、技術者たちが自動人形の完成という境地に至るまでに、無数の『出来損ない』がこの世に生み出される。
 外観が整っていないとか、精神に欠陥がある程度ならまだいい方で、初期的なものであればそもそも上半身しか作られていないとか、酷ければ素材をケチったせいで人間大のブリキの玩具にしか見えない外観のものも少なくはない。
 多くは親である人形師に破壊され鋳潰され、再び自動人形の原材料となるわけだが……死を恐れて逃げ出したり、再利用を面倒がって人形師に棄てられるなりしたものが、『はぐれ自動人形』となる。

 街には……とりわけ、管理の緩い下町や歓楽街には、そんな出来損ないの人形が溢れた。野良犬のように。
 身元もなく、人権もなく、救いあげてくれる福祉さえない。五体さえ不満足なことが多い彼らに出来る仕事はほとんどない。人を積極的に傷つけられないように倫理制限をかけられていれば、犯罪に走ることさえ難しい。
 結局はそれこそ壊れた人形のように路傍に転がって故障を待つか……もう少し活動的ならば、他の自動人形を襲って晶炭を奪う。飲まず食わずでも死なないが、燃料が無くなれば止まってしまうからだ。

 一時期、街には大量のスクラップが溢れた。自動人形の製作自体に法的拘束がかかる話が上がりだした頃、ようやく皆が態度を改めた。
 人形師は一体一体を大切に作るようになり、故買屋は積極的にスクラップの使える部分を改修して転売し始めた。それでも残った部分を国が回収する、ということで一応の決着がついた。

 それでも。
 それでも、帝都から出来損ないの人形が消えることは、ない。





「……どうカ、私ヲ貴方の召使にシてくださイ」

 千多が押し黙っていると、はぐれ人形はもう一度そう言った。
 一般人が自動人形と聞くとすぐにメイド服を着たものを想像するように、召使は自動人形にとって最もポピュラーな職業だ。
 責任を伴う管理職は無論のこと出来ないし、鉄工所や鉱山などの危険な職場での作業が花形とはされるものの、これも高性能で優秀な自動人形でなければかえって危なくて任せられない。階差機関の性能が低ければ文化・芸術分野もダメだ。
 必然、自動人形の社会的な使い道は、召使や労役の類に収まる。人間より長時間働けるし、主人に逆らったり手癖の悪さを見せることだけは絶対にないからだ。

「私ハ……よく……働きまス。
 足ヲつけて……いただけレば、よりお役に立てマすが、こノままでも……精一杯働かサセて頂きマス」

 はぐれ自動人形にとって絶対の救済こそ。人間に拾われることである。
 それ以外に安定を得る道がないということもあるが、よしんば他の自動人形を襲って晶炭を安定して得られたとしても、それ以前に人間と関わりを持たないと精神が保たないのだ。
 人形として生まれてしまった以上、それは不可避の宿命である。

「マスター……」

 クレメンティーナが、主人を見た。
 そこから続く言葉を、表情から類推するのは難しい。あるいは彼女本人にさえ、何を言ったらいいのか、何を望んだらいいのか解らないのかもしれない。
 生前、千多の祖母は言っていた。「面倒も見れないのに野良犬に餌をやるものではない。それは人形でも同じことだ」と。
 そんなことはクレメンティーナも百も承知だし、目の前のはぐれ人形に手を差し伸べることが偽善であることも解っている。この壊れかけの人形を好ましくも思えはしない。
 だが、一抹の憐憫は感じる。それは逆らい難い衝動だった。

「どうカ……どウカ……」

「……ダメだ」

 だが、千多は首を振った。
 憐憫とか偽善とか。それ以前のところでこのはぐれ人形は、もうダメだと理解したのだ。

「お前、最近記憶の欠落が激しいだろう」

 千多の指摘にはぐれ人形は押し黙る。恐らくは図星だ。

「お前の階差機関、欠損が生じてるんだ」

 片言の喋り方も、恐らく声帯の不調ばかりではないと千多は推測した。

「並列配置された予備でなんとか動けてるんだろうけど、一度崩壊の始まった階差機関はもう直しようがない」

 お前は、これから死ぬんだ。
 千多がそう言うと、はぐれ人形は寂しげに笑んだ。
 否定はしなかった。泣きも、喚きもしなかった。
 人間が、それも人形師がそう指摘したのだ。それは自動人形にとって、疑う余地もない事実だった。
 ぷすんと音を立てて地面に踏ん張っていた腕から力を抜くと、静かにぼろぼろの身体を横たえる。

「人形師様」

「なんだ?」

「私ヲ壊しテくださイ」

 はぐれ人形は、静かに言った。
 それからつらつらと、幾つかの部品の名前を述べた。記憶する限り、自分の中でも質のいい部分だという。それを抜き取って、人間の役に立ててほしい。はぐれ人形は、そう言った。
 珍しいことではない。自動人形とは、そうしたものだ。
 千多は杖をはぐれ人形の上に掲げた。

「お前、名前は?」

 その問いを承諾と取ったらしく、はぐれ人形は微笑みながら応えた。
 名前を聞くと、千多は何も言わずに杖でこつん、と軽く人形の頭を叩く。
 小さく火花が散ったかと思うと、岩が崩れて砂になるように、はぐれ人形の身体がぼろぼろと崩れていく。
 数刻後には、そこに鉄粉の山が出来上がっていた。
 千多は鉄粉の中から幾つかの部品を拾い上げてコートのポケットに突っ込むと、自動車に背をもたれたまま、何事もなかったように再びストローを吸い始める。

 千多は何も言わなかった。

 クレメンティーナは何も言えなかった。
 ただ、主人の横に寄り添って、蒸気の街並みを眺め続けていた。


[No.11] 2011/04/24(Sun) 12:44:55

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