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all スチームパンクスレ再録 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:39:13 [No.5]
File:1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:40:42 [No.6]
クレメンティーナは眠らない1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:41:47 [No.7]
クレメンティーナは眠らない2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:42:47 [No.8]
帝都迷宮案内1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:43:30 [No.9]
帝都迷宮案内2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:44:55 [No.11]
博士と助手と人形と1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 12:45:50 [No.12]
清水自動人形工房 - ジョニー - 2011/04/24(Sun) 12:46:52 [No.13]
ジャックが笑う1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:47:30 [No.14]
クレメンティーナは眠らない3 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:49:11 [No.15]
ジャックが笑う2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:49:53 [No.16]
ジャックが笑う3 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:50:26 [No.17]
博士と助手と人形と2 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 12:51:12 [No.18]
赤の退魔剣士 - ありくい - 2011/04/24(Sun) 12:52:26 [No.19]
ジャック狩り1 - ジョニー - 2011/04/24(Sun) 12:53:07 [No.20]
人形夜会1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:53:43 [No.21]
ただの趣味だと彼は言った - 咲凪 - 2011/04/24(Sun) 12:54:23 [No.22]


ジャックが笑う2 (No.15 への返信) - アズミ


 ぞんざいな蹴りが、はぐれ人形の腹に突き刺さった。

「…………っ!」

 袋小路に身体が転がる。
 踏ん張る腕も立ち上がる足ももぎ取られた達磨状態の人形が、ボールのように路地裏に転がった。
 腹腔内の空気が押し出されて口から漏れ出たが、粗雑な階差機関は痛覚を再現していないし、表情も変えられない。
 平気な顔をしている人形が気に入らなかったのか、女たちは罵声を浴びせながらなおも人形に暴行を加えた。

「このクズっ!」

「泥棒猫が!アンタたちのおかげでアタシらは商売あがったりだよっ!」

 けばけばしい化粧を塗りたくった女たちは、この歓楽街を根城にする娼婦たちだった。
 彼女らは帝都の裏社会においては高所得層と呼びうるが、同時に美貌の維持という慢性的かつ高額な先行投資も要する。
 組織的な女衒ならともかく、個人営業の彼女らは、ほんの数日仕事が途絶えるだけでも死活問題であった。

「……申し訳ありません」

 人形は無表情なまま、謝罪した。心から。そう、心からだ。
 人形は問題の本質を把握する程度には賢明で、少なくとも私刑を受けるに値する程度には、娼婦らの生活に打撃を与えたのだと理解していた。
 だが、その謝罪から誠意を汲み取れと言うのもまた無理な話。娼婦たちは激昂し、防御もできず、またする気もない人形を、拙い暴力で以って蹂躙し始めた。

 そのはぐれ人形は娼婦だった。
 階差機関こそ粗雑だったものの、小型高性能な蒸気機関、頑強なフレーム、美麗な人工皮膚と造形、ハード的な面においてはまず一級品の出来であった。
 はぐれ人形は、そも生まれた時から慰み者であった。
 近頃、貴族の間では自動人形を側女にするのが『流行り』で、彼女はそういった需要に応えて製作され、貴族に売却された内の一体であった。
 ……とはいえ、所詮一過性の流行。早々に飽きられ、処理されることもなく路傍に捨てられた彼女は己に唯一身に着いた生業の道で生き延びんとした。

「謝るっ!ぐらいならっ!金の一つも吐き出してみろってんだっ!ええっ!?」

 ……結果、生身の娼婦から客を奪った。
 不幸だったのは、彼女がその帰結に思い当ったのが娼婦たちに私刑を受けた直前であったことだ。
 手持ちの金は晶炭に消え(そもそも、金銭感覚に今ひとつ疎い彼女は客に騙され二束三文で抱かれていたのだが)、出来るのは彼女らの苛烈な八つ当たりに耐えながら空虚な謝罪を繰り返すだけ。
 行く末は決まっている。
 このまま娼婦たちの怒りのままに壊されるのだ。娼婦たちがもう少し冷静なら、彼女らの代わりに仕事をしてあがりを全て吸い上げられる、という末路もあり得たが、いずれにせよ壊すことはあっても直すことはありえない。晶炭が切れればそれまでだ。

 はぐれ人形は、それを別に悲しいとは思わなかった。
 悲しいと思う機能が、そもそもなかった。彼女にあるのは愛し、愛される機能だけだ。

「……あん?なんだい、アンタは――」

 もう、自分が愛されることは無いのだから。

「ベティ?……ひっ、な、これ……血!?」

 このまま壊れてしまっても。

「や、やめ……ッ、人殺――……!」

 別に――。




「……大丈夫かい?」

 停止しかけた思考が、再び動き出す。
 かけられた声に首を回し、視線を上げるとそこには若い男がいた。
 と、同時に。
 先刻まで自分に暴行を加えていた娼婦たちが、揃って『破壊』され、転がっているのに気がついた。

「助けていただいてありがとうございます、人間様」

 はぐれ人形は、ともかく自分を助けてくれたのだから礼を言った。
 娼婦たちを殺したことについては何も言わなかった。……悲しむべきことだとは思ったが、男の行いを咎め立てする権限は人形にはない。

「いいんだ。君が無事なら」

 男は人形を抱え上げた。見た目より逞しい身体だと、人形は思った。
 男は、人形の身の上について問うた。人形が前述のような経緯を語ると、男は貴族の身勝手さに怒るでも娼婦の横暴さに憤るでもなく、ただ安堵した笑みでこう言った。

「僕のものになってくれないか?」

 人形は承諾した。断る理由がなかった。
 ただ、なぜかとだけ問い返した。

「――……一目見て、君に恋したからさ」

 男ははにかんで、暫く言うか言うまいか悩んだ末に、そう言った。
 ……まだ、自分は愛してもらえるらしい。
 愛してくれる人が、いるらしい。
 ならば愛されよう。それが、自分の仕事なのだ。



「私を愛していただけますか、人間様」

「あぁ、勿論。この世の終わりまで、何があっても!」




 そして、切り裂きジャックは産声をあげた。


[No.16] 2011/04/24(Sun) 12:49:53

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