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ジャックが笑う4 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 22:44:07 [No.25]
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人形の視座1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 22:51:59 [No.35]


ジャックが笑う4 (No.24 への返信) - アズミ


 女が悲鳴をあげて逃げていく。
 切り裂きジャックは、何も言わなかった。

「…………」

 ただ、両手に保持したメスから握る力をほんの少しだけ、抜いた。

(やる気だな……)

 ジャックの戦闘の術理は推し量りかねたが、少なくとも逃走を考える相手の放つ殺気ではない。仕掛けてくる。
 大我との間合いは約5m。抜刀済みの泥慈威は聊か遠いが、納刀するだけの隙は無さそうだ。

(詰めるか……)

 大我のすり足が石畳を擦った……瞬間。

「邪魔だな」

 何事か呟いて、ジャックが動いた。
 ……大我の目前まで!

「――ッ!?」

 甲高い金属音が二つ、夜闇に響く。
 右の一撃目を柄で弾き、左の二撃目を……刃で弾くことに何か猛烈な嫌な予感を覚え、身を捻ってかわす。

 しゅこっ、という軽い音が響いた。
 瞬間、大我の背後にあった青銅製のガス灯が、藁でも断ち切るように真ん中から両断されて崩れ落ちる。

「ンだ、とっ!?」

 予想外の威力に驚く暇もなく、返す刀で右の刃が迫る。食らえばひとたまりもないことはたった今背後のガス灯が証明してくれた。
 ならば――!

「はッ!」

 石畳を殴りつけるように掌を叩きつけ、反動でジャックに向けて跳ねるように身をかわし、斬撃の『内側』を潜る。
 そのまま当て身を叩きつけると、真上からジャックが肺から息を絞り出す音が聞こえた。
 勢い、両者の身体が離れる。大我がすかさず後方に飛ぶと、ジャックもまたこれに同調して間合いを取った。

(なんだ――今のは……?)

 左右両刀とも、見た目あまりにも貧弱な刃だ。そも戦闘用に鍛えられた刃には見えない。実際、柄に受けた一撃目は技の鋭さに比してあまりにも軽かった。
 問題は左の二撃目。青銅の柱を一撃の下に両断する鋭さと膂力。
 武器が特別なのか?
 左の武器だけ何か仕掛けがあるのか?

(違うな)

 本能でそう悟った。返す刀で放ってきたあの二撃目も、『必殺にできた』。奴の手管がそう言っていた。
 黒い外套に目深に被った山高帽。表情も体格も推し量りかねる、奇妙な相手だった。少なくとも打ち合った感触として男には違いなさそうだが。

 ジャックが動く。
 今度は充分な溜めを以って迎撃できた。
 刃で受け流す。…一合、二合……三合、四合……。

(五合目はあれが来る!)

 納刀しながら体をかわし、泥慈威を抜き打つ!
 鞘が蒸気の咆哮をあげ、神速の刃がジャックを捉えた――はずだった。

「――『強靭』」

 ジャックは惜しげもなく両手の刃を放り捨てると。外套を翻して泥慈威を『絡め取った』。

「――ッ!?」

 布で刃物を絡め取る術理自体は珍しくはない。だが、この封魔刀・佐上義鷹"泥慈威(デイジー)”、生半な業物ではない。この急場でそんな曲芸じみた技で防がれるとは――!

「大我さんっ!」

 背後から響いたカタリナの声に、大我は我に返った。
 切り裂きジャックが外套から次の刃を引き抜いている。その狙いは――。

「――やめろォッ!」

 叩き落す暇はなかった。かわせ、と叫んでも無駄であることは解っていた。
 だが――後に思う。まだ他に、何かやれることはあったのではないか、と。

 とす、と。

 酷く呆気ない音を立てて、カタリナの胸にジャックが投擲した刃が突き刺さったのが、見えた。

 脳髄が沸騰するのを、感じた。

「が――ああああああッ!!!」

 ジャックの二撃目が迫っていたが、構うことなく納刀、再び踏み込み、居合で逆袈裟に斬り上げる。

「ちッ!」

 切りかかってきた刃物ごと、ジャックの右手を深く薙いだ。
 いずれにせよ離脱する腹積もりではあったらしく、ジャックが大きく飛びずさる。
 右手は皮一枚で繋がっているような状態だったが、気にすることなくそのまま走り去った。
 一瞬だけ追うことを考えたが、カタリナの呻きが大我に冷や水を浴びせかける。

「カタリナッ!」

 慌てて駆け寄るが、刃物は正中線やや左寄りの胸に深く突き刺さっている。
 致命傷だ。そんな考えが過ぎったが、強引に振りはらった。

「医者を――!」

「呼ばなくていい」

 背後から男の声がかかった。
 振り向くと、コートを着た青年が二人を見下ろしている。

「俺が『直す』」

 男はカタリナの胸元をナイフのようなもので切り開くと、手にしたステッキを当てて何事か呟き始めた。
 治療行為には見えない。大我は焦ったが、青年の肩からちょこんと降りた小さな影が、言った。

「大丈夫よ。マスターはこの子のことは世界で一番よく知ってるわ」

「っ……!?」

 ぎょっとしてその影を見た。
 人形。小さな人形が、独りでに動いて喋っている。

「あ、あんた、一体……い、医者……」

「いいや」

 青年は首を振った。
 そして、冗談めかすでもなく、こう言ったのだ。


「魔法使いさ」


[No.25] 2011/04/24(Sun) 22:44:07

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