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ジャックが笑う7 (No.28 への返信) - アズミ

 ジャン=カルロ=ピバルディ。
 ミリアが直接面識のある『彼』は、そんな名前だったはずだ。
 帝立蒸気機械研究所の研究員。深い見識を持つ優良な人材ではあったが、閃きには欠ける……いわゆる、目立たない技術者というのが周囲の評価であった。

「気に入らん男だったよ」

 夜の道を進みながら、ミリアは言った。
 数度、研究成果について論を交わしただけの間柄だったが、逆に言えばそれだけで明確な嫌悪を彼女に植え付けるような、そんな男だった。

「私から見れば、明らかに奴のそう言った評価は自身が不当に低く構築したものだった。
 敢えて目立たずにいるためのポーズだったわけだ」

「なんでそんなことを?」

「恐らく、『仮面』の一つだったのさ。ジャン=カルロ=ピバルディはな」

「『仮面』?」

「貴族の一部が『ペルソナプレイ』なる戯れを嗜んでいるのは知っているか?」

 一日草は首を振った。
 さもあらん、表だってやるような遊びではないし、多分に違法性も含む。
 帝都では、身元は金で買える。伝手の有無はともかく、そのこと自体は周知の事実だ。貧困層が糊口を凌ぐために戸籍まで売却することはしょっちゅうだし、没落貴族がその家名を売り払って海外で財を為す場合もある。0から『人間』を作りあげる業者も存在するとかなんとか。
 暇と財を持て余した上流階級の子弟が様々な戸籍を買い漁って、サロンや市井で別人として振舞う、日常の中で一種の演劇を愉しむ行為……それを『ペルソナプレイ』と呼ぶ。
 少なくともミリアはピバルディを名乗った男が『フレモンド伯』の名でサロンに顔を出していたことを人伝に聞いて知っているし、7番街の『スチーム・クラブ』で見かけた時は『5番街のヨハン』を名乗っていたのも記憶している。

「ジャン=カルロ=ピバルディも恐らくそんな中の一つだったのだろうな……と、ここだ」

 ミリアが足を止め、投光式のランタンを掲げる。一日草のグレースケールの視界の中に、ぼう、と大きな洋館が出現した。

「ここが、その……ピバルディ氏の?」

「自宅ということになっている」

 民間人の家としては豪華なほうと言えるだろう。敷地はおよそ120坪、作りの古さから考えて、蒸気革命以前からここにあったものを改修したものだろうか。
 ミリアは門を何やらがしゃがしゃと弄っていたが、やがて一歩下がると錠前に向けてぞんざいに蹴りを入れだした。

「ちょっと、ちょっとそんな乱暴な!?」

「大丈夫だよ、役所で調べてきたが、書類上は空き家になってる」

「そうじゃなくて!こんなところで騒いだら近所迷惑じゃないですか!」

 どう考えても中に切り裂きジャックがいた場合に気付かれるデメリットのほうが問題なのだが、一日草の指摘も若干ずれている。
 ミリアが「じゃあお前がやれ」と退がったので、一日草は仕方なく手刀で錠前を両断した。





 大量の紙束を放置した書斎はダミー。本命は、本来食料倉庫だったと思しき地下スペース。それも一見して空の箱に二重底で仕込む。

「……いやはや、セオリー通りだな」

 ミリアは呆れたように呟いたが、背後の一日草は他ならぬミリア自身にも呆れているように見えた。

「ミリアさんもこういうところに大事な書類を隠したりするんですか?」

「……まぁ、そんな時期もあったかな」

 言いながら、ランタンの明かりを絞る。
 書類を読むためというより、自身の表情を隠すためだろうと一日草は直感した。
 ミリアはばらばらと紙束をめくっていく。速読の心得があったとは初耳だが、別段驚きはしなかった。ものの数分で、頁を送る手が止まる。

「……黒だな」

「え?」

「ヴィクター=フランケンシュタイン著、『11月の憂鬱』の写し。……禁忌人形作成のハウツー本だよ」

「それって……」

「半世紀前に禁書指定を受けてる。単純所持でも帝国教会に異端審問にかけられかねんシロモノだ……他にも、『シェム・ハ・メフォラシュ』、プリンの『妖蛆の秘密』……」

 そして、他の資料とは一線を画す、頻繁に人の手が入ったと思しき手帳を手にする。


「そして、奴自身が書いたと思しき禁忌人形への臓器搭載に関する研究データ!
 何か弁明はあるか、ピバルディ!」

 ミリアが怒鳴るように言った。
 一日草がぎょっとして周囲を見回す。
 実のところあてずっぽうだったのだが、果たしてミリアに応える者があった。

「……お久しぶりですね、アーリア研究員」

 がらがらと、粗雑な作りの車輪が回る音がした。ミリアが音の元へランタンを向けると、奇妙な影が近付いてくる。
 一日草がそれを見た印象は、『帽子掛け』だった。
 キャスターのついた一本足に、案山子のように斜めに伸びた腕、その上にはパペットのような随分簡略化された頭部が据え付けられている。身にまとった外套と帽子のおかげで、どうにかそれが『人形』であると気づくことができた。

「思考を模写したメッセンジャーだ。戦闘能力は無い」

 ミリアが小声で言ったが、一日草は警戒を解かない。
 そんなこちらの事情にはお構いなしに、メッセンジャーは言葉を紡ぐ。

「そろそろ当局の捜査が及ぶことは覚悟していたが、まさか君がここに来るとはね」

「私自身、気まぐれが過ぎるとは思っている」

 ミリアは憮然として言った。
 ここまで関わってしまったことが不満なのではない。これで、本格的に関わらざるを得なくなったことが腹立たしかった。

「お前が『切り裂きジャック』だな、ピバルディ」

「いいや、『切り裂くジャック』が『ピバルディでもあった』のさ」

 不敵に笑うメッセンジャーの向こうに、ミリアはあのイラつく研究員の顔を幻視した。


[No.29] 2011/04/24(Sun) 22:47:15

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