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人形の視座1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 22:51:59 [No.35]


人形夜会2 (No.30 への返信) - アズミ

 昼間アップルパイを広げた作業台の上に、カタリナの身体を静かに横たえる。

「あー、慣れない肉体労働はするもんじゃないな……」

 千多が大きく息を吐く。
 自動人形としては破格の軽さだが、それでも完全に脱力した状態の躯体を通りから縁起屋まで運ぶのはそれなりに重労働であった。
 体力的には大我の方が上だし実際そう申し出たのだが、身長の関係で足を引き摺ってしまうので結局千多が運ぶことと相成った。
 背後で大我少年が妙にしょぼくれているのは、カタリナを守れなかったことばかりが原因ではあるまい。

「あの、さ。千多の兄貴。カタリナ……治るのか?」

 カタリナが自動人形であることは千多が既に説明したが、それでも胸を肉厚の刃で貫通されているのである。素人目には大丈夫には見えない。
 が、千多はぱたぱたと手を振った。

「中の晶炭ごとボイラーを撃ち抜かれて燃料切れになってるだけだ。このぐらいならどってことはない」

 言いながらぷちぷちと背中のボタンを外し、カタリナの上半身を裸にし始める。
 露わになった豊かな乳房を目にしてしまってから、大我は慌てて部屋の外に飛びだした。

「お、俺邪魔するといけないから外出てるッ!」

 千多も思わず苦笑い。

「初心だなぁ」

「あれが普通よ、あのぐらいの年なら」

 作業台の脇で必要な道具を並べ始めたクレメンティーナが口をとがらせる。

「6歳で私のスカートをめくったどこかの誰かさんと違って、可愛げがあるわ」

「……いいかげん時効にしないか、それ」

 頸椎のあたりと鎖骨の間に埋没している小さなスイッチを操作し、背中のメンテナンス用ハッチを開きながら千多がげんなりとする。

「だいたい、ほら。参考までに偉大なる先達の作品を見せてもらっただけだって。他意はないんだって」

「へー、そう。
 それにしては初めての人形は随分スタイルのよろしいこと。私と違って」

 ダメだ。なんか妙に臍を曲げている。どういうわけだかカタリナのメンテ中はいつもクレメンティーナの機嫌が悪くなるフシがあった。
 千多は反論を諦めて作業に集中する。
 シリンダーの停止を確認してからチャンバー脇のつまみを『停止』まで捻る。ボイラーに熱が残っていないのを確認してから展開すると、壁面に小さな亀裂が入り、中の晶炭が砕けていた。

「ボイラーは丸ごと変えた方がいいな……」

「替えを持ってくる?」

「いや、昼間の奴を使う。晶炭だけ持ってきてくれ」

 千多はポケットから缶状の部品を取り出す。
 あのはぐれ人形の冥福を祈りながら、カタリナの故障したそれと取り替えた。
 クレメンティーナの寄越した、5cmほどの正八面体の結晶をボイラーにセットし、蓋を閉じて脇のつまみを回す。
 がちん、と音がして、カタリナの心臓部は再び鼓動を開始した。
 
「とりあえずこれでいい。駆動系のダメージは落ち着いてからゆっくり直そう」

 千多がハッチを閉じると、それに呼応したようにカタリナの両上腕が展開し、勢いよく蒸気が噴き出した。

「……けほっ、けほっ……お父様?」

 晶炭の破片と思しき鉱物を2、3回咳とともに吐き出すと、カタリナはぱちりと瞼を開いた。

「無事で何よりだわ、カタリナ」

「クレメンティーナ大伯母様……」

「その大伯母様はやめて頂戴。
 ……とりあえず服着なさいな」

 クレメンティーナはため息を突いて着衣を促した。
 カタリナにとって千多は父親であり、それに習うならその祖母の娘であるクレメンティーナは確かに大伯母と呼ぶのが妥当なのだが、やはり見た目が永遠の少女たる彼女からすればあまり嬉しい呼び方ではない。
 千多は苦笑いしながら、大我を呼ぶために部屋を出た。





「すまねえ」

 部屋を出た千多を迎えたのは、頭を深く下げた大我だった。
 突然のことに何が何やら解らず首を傾げる千多に、大我は頭を上げぬまま続けた。

「俺が一緒にいながら、カタリナに怪我させちまった」

 そう聞いて、千多はあぁ、と少し納得した。大我の故郷であり……そして、祖母の故郷でもある帝都の東の地域では、帝都における騎士道に似た価値観が広範に普及しているらしい。特に刀を日常的に帯びる戦士階級、それも男性には殊更にその傾向が強いと聞いた。

「……頭を上げてくれよ。
 お前さんにカタリナを守る義理があったわけでなし……大我少年が無事だっただけ僥倖さ」

「でも……っ!」

「手紙の件は承った」

 なおも続けようとする大我に、千多は先刻預かった大虎からの手紙でぺしりと叩いて制した。

「ただ何分突然なんで、部屋の準備ができてない。今日のところはこの工房で適当に休んでくれ」

「え……?」

「カタリナはまだ動かせない。心細かろうから付いてやってくれよ」

 きょとんとする少年に、魔法使いは意地悪く笑った。

「……でも、変なことはするなよ?少年にはまだ早いからな」





 空が白み始めた頃。
 縁起屋の倉庫の片隅で、未だ一睡もせずに千多はガラクタの山から小さな懐中時計を取りだした。

「お兄様を使うの?」

 何時の間にそこにいたのか、クレメンティーナが背後から問う。
 千多は驚いた様子もなく、懐中時計をコートのポケットにしまい込んだ。

「必要になるかは解らない。だが……一つだけ決めた」

 その視線は鋭かった。
 久しく見ていなかった、『敵』を定めた魔法使いの眼。

「俺の家族を傷つけた莫迦を、この帝都に生かしてはおかない」

 クレメンティーナは、普段の温厚な様からは想像もつかない物騒な視線が、嫌いではない。
 彼が怒るのは大概、家族を傷つけられた時で。
 その家族には、自分たち人形もちゃんと入っているからだ。

「……貴方の望むままにすればいいわ、マスター」

 いつも、お傍に。

 クレメンティーナは静かに魔法使いの隣に侍った。


[No.31] 2011/04/24(Sun) 22:48:52

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