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all コテファテ再録1 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:10:32 [No.306]
RedT - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:11:06 [No.307]
RedT−2 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:11:44 [No.308]
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RedT−4 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:13:03 [No.310]
―間奏― - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:13:42 [No.311]
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フランケンシュタインの怪物U - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:18:30 [No.313]
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煉獄の生 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:25:46 [No.324]
平穏の狭間T−1 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:26:43 [No.325]


フランケンシュタインの怪物U (No.312 への返信) - アズミ

 部屋に張り巡らせた『糸』の上に佇みながら、師の教えを反芻する。

 即ち曰く。
 過失を正そうとしてはならない。

 ピンと張りつめた『糸』は、成人男性一人を保持するにはあまりに脆弱に過ぎる。ほんの刹那、コンマ1mmでも重心に狂いを生じさせればずり落ち、この身は次に張られた『糸』に委ねられる。
 落ちたとしても、決して登ってはならない。ただ落ちて、墜ちて、失敗が積み重なった末に地に堕ちるまで。
 時間の許す限りこれを続ける。

 過失は起きる。どれだけ注意していても。
 だが、正してはならない。過失に心を揺らしてもならない。終着に進みながら、なおそれを遅らせるという苦痛を伴う無為に、全神経を捧げなければならない。
 即ちこれは肉体の鍛錬であり、神経の鍛錬であり、同時に精神の鍛錬である。

 康一の下には、最早一本の『糸』しかない。
 保って数分――一瞬だけそう試算したが、それさえこの鍛錬には必要ない工程だ。自省し、自制する。

 過失を、取り戻そうとしてはならない。
 鍛錬が終局に近づくと、康一の脳裏には常に師の貌が過ぎる。
 さもあらん。彼女こそが、彼の長くは無い人生最大の過失。その象徴。
 この作業は鍛錬であると同時に、彼自身にとって己に忘却を強いることでもあった。――つまり、過失を忘却し教訓だけを記憶し、未来への動力とする。そんな、人間として当たり前の行動を自身に刻み込むための。

「主」

 不意に部屋のドアが開き、流麗なテノールが響いた。
 原因は意識の隙か、僅かな気流の乱れか。それは判然としなかったが、康一の重心が崩れた。
 足が『糸』から滑り落ちる。だが、決して動揺はせずに身を翻し、部屋の中心に着地した。

「――……失礼。鍛錬のお邪魔でしたか」

 残心を待って、闖入者が謝罪する。
 銀の長髪を流したままにした、白人系の美丈夫であった。人柄を感じさせる柔和な表情と合わせて同性からすら十二分に魅力的に見えたが、纏う衣装は漆黒の甲冑、腰には長剣。即時、戦場に馳せ参じられるかの如き完全武装であった。

「いや、気にしないでいい。……用件は?」

「監督者からの報告です。……本日ただ今より、聖杯戦争を開催すると」

「……最後のマスターが揃ったか」

 康一は息を吐いた。
 青年の寄越したコートを程よく上気した身体に纏うと、部屋に張り巡らせた『糸』をその袖に一瞬で巻き取る。

「出陣を?」

「まぁ、一応真面目にやらねえと、な。いくぞランサー」

「御意」

 コートの裾を翻して部屋を辞する康一に、ランサーと呼ばれた青年は静かに追随した。





 志摩康一の始まりを語るには――それこそ、18年の時を遡らなければならない。それは冗長だし、彼の18年は他の人間よりほんの少し濃密に過ぎる。……だから、この場は『二人の始まり』を語る。

 志摩康一がこの湖底市の聖杯戦争に参加したのは、魔術協会の命令故にであった。
 かつて偽と断ぜられた、湖底市の聖杯。
 だが先ごろ、この霊場を管理する加賀家から聖杯発見の報を受け、協会と教会、そして現地の魔術師によって聖杯戦争の開催が提言された。
 聖杯。
 万能の願望機たる魔術礼装。
 数多候補が存在し、しかし表向き、冬木のそれを除いて全てが偽とされてきた。
 実際、ここ湖底市のものも、一度はそう判定されたのだ。

 聖杯は本物なのか?
 実のところ、志摩康一にそれほど興味はない。
 志摩康一の未来に、望みは無い。志摩康一の過去に、贖いはあってはならない。師はそう教えたし、彼は愚直にそれに従ってきた。
 聖杯なるものが本当にあったとして。そういったものを求めてはならぬと、師は繰り返し教えてきたのだ。

「巡れ(まざれ)」

 だから、これはただの仕事なのだ。
 手慰みに珈琲にミルクを混ぜるように、康一は術を編んでいく。

「巡れ、巡れ、巡れ」

 魔術協会からの命令は調査。もちろん、聖杯が本物だったならばその奪取と解明も織り込み済みの話だろうが、わざわざ従ってやる気はさらさらない。

「御身は我が従僕。
 命運は我が走狗。
 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば、応じよ」

 気の向かない、仕事だ。

「来たれ、抑止の天輪より――天秤を守りし者よ!」

 風が巻いた。
 円を描くように、集って、球を描くように。
 巡る。巡る。巡る。
 風が塵と光を巻き込み、部屋の中心に珠を描く。
 珠に、文字通り瑕が走った。

(……しくじった?)

 そう思いながらも、康一の心は揺れない。日頃の鍛錬の成果をこういう時に痛感する。……最も、痛感せずに済めばそれにこしたことはないのも、また確かだが。
 彼の平静な心に反して、瑕は何度も走った。
 自分の過失ではないと魔術師は悟る。揺らしてもいない鉢の水面に波が立ったなら、風か地震を疑うべきである。ましてこの儀式は、前提となる聖杯からしてイレギュラー塗れだ。何が起きてもおかしくはない。

(問題はこれが致命的な事象かどうか――!?)

 光が爆ぜた。
 突風が狭い部屋を蹂躙し、康一は両腕で顔を庇ってその場に踏みとどまる。

 果たして。

 果たして、気がつけば目の前に立っていたのは、青年だった。
 銀の長髪、青の瞳。身に纏う漆黒の鎧、腰に下がる西洋剣。

 サーヴァント。

 魔術を超越する使い魔。
 人為にて顕現した英霊。
 聖杯戦争を共に戦う、マスターの刃にして生命線。

「――お初に御意を得ます。
 ランサー、招致に応じここに参上しました」


[No.313] 2011/05/23(Mon) 21:18:30

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