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ジャックが笑う4 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 22:44:07 [No.25]
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クレメンティーナは眠らない4 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 22:50:49 [No.33]
赤の退魔剣士3 - ありくい - 2011/04/24(Sun) 22:51:24 [No.34]
人形の視座1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 22:51:59 [No.35]


クレメンティーナは眠らない4 (No.32 への返信) - アズミ


 11月の雨は冷たい。
 窓の外。街をしとしとと濡らす陰鬱な天気を眺めたまま、千多は息を吐いた。

「そうか、禁忌人形をねぇ」

「…………」

 千多が清水自動人形工房に訪れたのは、昨夜の立ち回りで入院したウィンストンの代わりに知己の事情聴取を行うためだった。
 代わりの警官は動いているが、ウィンストンが一蹴されるほどの切り裂きジャックの戦闘力を鑑みると、警察にはどうにも荷が重い。
 彼らに還元される雀の涙ほどの税金のために死ねというのは余りに薄情だと千多は思うのだ。
 知己は……千多の予測を裏切って、全てをすんなりと話した。
 禁忌人形のこと。ジャックのこと。記憶処理を受けていたこと。

 そして、今現在の自分の惑い。

「……俺には、解らないんだ。
 奴のこの研究メモが正しいのか、単なる狂人の妄言なのか」

 清水知己は魔法も嗜むものの、元来、純然たる技術者として人形を作っている。
 魂魄の存在などそれ自体信じられないというのが正直なところだったし、その制御に至ってはそれこそこの帝都中を漁ってもかの『人形師』とその後継たる千多しか扱えない。

「……まぁ、正しいよ。それは保証する」

 千多の言葉に、知己の表情は揺らいだ。この人形師はどちらの答えを期待していたのか。
 ただの妄言と切って捨てて欲しかったのか、それとも一縷の希望を繋いで欲しかったのか。
 ……あるいは、当人さえそれを判断しかねていたのかもしれない。そういう、混沌とした表情だった。

 数刻の沈黙。

「……綾を」

 知己は慎重に言葉を選びながら、しかし芯鉄を打ち込んだかの如き粘り強さで問い続けた。


「教えていただきたい。綾を、取り戻す方法を」

「魔法使いが己の秘儀を容易く明かすと?」

「思いません」

 即座の返答に、千多が知己に向き直った。
 相変わらず表情は読めないが、視線だけはまっすぐに……射抜くように千多に向けられている。

「どんな対価でも払います」

 有無を言わせぬ意志を感じた。
 魔法使いが己の秘儀を他者に明かすことは、まずない。
 知己はどんな対価でも、と言った。それこそ、全財産、全研究資料、あるいは命さえ払いそうな、そんな有様だ。それでなお足りないなら、実力行使に出てくるだろう。
 千多は傍らに置いたステッキに手をかけた。

「……その、幼馴染を取り戻すために?」

「……」

「あの人形を壊すことに決めたのか?」

 顎で隣の部屋の気配を指す。
 人形製作に使う工房はそれなりに防音性が高い。この部屋の会話は聞こえていないだろう。自分を壊すかもしれない算段も。

「……わかりません」

 そこで初めて、知己は明確な迷いを見せた。

「でも、今の俺にはその選択肢さえない。虫のいい話だということは解っています。でも――」

 千多は、知己の言葉を遮るように、ステッキで一つ、とん、と床を叩いた。
 押し黙る知己。

「……愛していれば、そこに魂は生まれる」

「……?」

 千多は大きくため息を吐いて、言った。


「作り手の意識が、人形の魂を定義する。それが最も基本的な契約だ」





「……まるでおまじないですね」

 知己はその言葉の真意を測りかねて、渋面を作った。
 遠回しの拒否か、韜晦されたのかと思ったのだろう。さもあらん。千多とて、この秘儀を祖母から教わった時、子供相手だからと誤魔化されたように感じたものだ。

「だが事実だ。材料は想念。方向性を与えるのは作った者の愛情」

 帝都の東方には、付喪神という民間伝承がある。長年愛用された物品に魂が宿り、変化するという言い伝え。同じく、こうも言う。人形とは人の形を真似た時点で魂を宿す要項を備えており、ゆえに亡霊の類を宿しやすいと。
 人形に本来主体性は無い。製作者が愛したなら、愛したままの魂を宿し、定着する。
 魂を作るというのは、たったそれだけのことなのだ。

「具体的な手段もまた然りだ。
 重要なのは作り手の意識。お前が、如何に幼馴染を取り戻したいか。それが肝要なんだ」

 ジャックの研究メモを肯定する千多には確たる根拠があった。
 前例があるのだ。禁忌人形はおろか、純然たる自動人形に魂を移し替えて生きている男が、この帝都には一人、いる。

「一度解体して、組み立て直せ。霊器たる脳髄を中心にして、禁忌人形ではなく人形義肢を作るつもりで。
 あくまで、『人間』を組み立てるつもりでやるんだ」

 瓶の中身を変えてはいけない。その中身は、既に必要十分なのだから。人間の綾が生きるための材料は、それこそ魂さえ揃っているのだから。
 問題は瓶のラベルなのだ。そこに『人形のサヤ』と書いてあるから、その魂は人形になった。ならば。

「貼り替えればいいのさ、『人間の綾』に」

 それだけ述べると、千多は席を立った。
 もう話すことは無いとばかりに、一度も振り返らず。

「……たった、それだけのことで?」

「たったそれだけのことを秘儀にしてしまったのが今の人形師だ。
 人形を物か代替にしか思わない。『人形そのもの』のことなんて、真っ向から見てもいない。
 人形を心から愛しているなら魂なんて勝手に宿る。同じように、お前がその幼馴染を心から愛しているなら、たったそれだけで戻ってくるさ」

 ドアを開けるその時、千多が一度だけ視線を向けてきた。
 心の奥まで見透かすような、冷めた鋭い視線だった。

「心から、愛しているならな」

 それは暗に、今のままでは無理だと言い含めるものだった。
 綾か、サヤか。
 悩むままでは、どちらも失いかねない。そういう警告だった。

「……僕が禁忌人形を作ったことは」

「誰かに言うつもりはない。
 人様に迷惑をかけないなら、禁忌を侵そうが法を犯そうが好きにしたらいい。だがな」

 千多の向こうの空で、雷鳴が一度響いた。

「自分のしたことからは、逃げられないぞ」

 法から、倫理から、暴力から差別から貧困から、全てから逃げても自分からは逃げられない。
 それだけ言って、魔法使いは去って行った。

 自分からは逃げられない。
 サヤを作ってしまったという事実は決して消えない。
 綾を取り戻すのは容易いが、彼女とサヤは同時に存在しえない。それは彼岸を渡すよりも困難な奇跡だ。
 選ばなければならない。どちらかを。

 知己は、力なく工房の椅子に身を預け続けていた。


[No.33] 2011/04/24(Sun) 22:50:49

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