コテファテ再録2 - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:48:27 [No.326] |
└ 少女偽曲T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:49:23 [No.327] |
└ 少女偽曲U - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:50:06 [No.328] |
└ 運命の名 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:50:49 [No.329] |
└ 欠損英雄W - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:51:28 [No.330] |
└ 欠損英雄X - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:51:55 [No.331] |
└ 平穏の狭間T−2 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:52:42 [No.332] |
└ イレギュラーT - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 21:53:11 [No.333] |
└ 天命に至る道 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:53:58 [No.334] |
└ イレギュラーU - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 21:54:55 [No.335] |
└ 宿命への直言 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:55:36 [No.336] |
└ 殺神夜会T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:56:15 [No.337] |
└ 星の巡り - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:56:58 [No.338] |
└ 少女偽曲V - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:57:56 [No.339] |
└ 日常の狭間T−3 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:59:23 [No.340] |
└ 殺神夜会U - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:00:04 [No.341] |
└ イレギュラーV - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 22:00:44 [No.342] |
└ 殺神夜会V - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:02:11 [No.343] |
└ 歪な因果 - きうい - 2011/05/23(Mon) 22:02:50 [No.344] |
└ 殺神夜会W - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:03:34 [No.345] |
└ 『其』の時 - きうい - 2011/05/23(Mon) 22:04:13 [No.346] |
└ 虚構彩る勝利の剣―1 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:05:05 [No.347] |
└ 虚構彩る勝利の剣―2 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:05:39 [No.348] |
└ 虚構彩る勝利の剣―3 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:06:10 [No.349] |
└ 虚構彩る勝利の剣―4 - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:06:44 [No.350] |
└ 天幕模様T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:07:16 [No.351] |
騎士たちの嘲笑と背の高い騎士の頬を張る掌に、少女は宮廷を追われた。 彼らの言い分が解らぬほど、少女は愚かではない。だが、それで納得するほど殊勝でもなかった。 胸を渦巻く怒りを吐き出す場の無いまま街を彷徨う少女は、道中で横暴を働く騎士に出会った。 民草に乱暴を働き、威張り散らし虐げる。真紅の鎧兜ばかりが立派なその姿に、少女は憤った。 人を嘲笑うのが、騎士なのか。 力に任せ横暴を働くのが、騎士なのか! 憤りに任せて、少女は騎士に勝負を挑んだ。 怒りに任せて拳を振るい、力に任せて引き抜いた大木で騎士を強か打ち倒した。 気がついてみれば。 眼下には物言わぬ騎士の亡骸。 周囲には、自分を恐れる人々の眼があった。 血だまりに映る自分の姿に、少女は慄いた。 襤褸を纏った貧相な身体には無数の傷が走り、その両手と顔は返り血に染め上げられている。 醜い。 森の中で見た騎士とは程遠い、愚か者の姿がそこにあった。 騎士とて愚者を嘲笑うことはあろう。 騎士とて力に溺れることはあろう。 しかし。 こんな野蛮で醜い人間が、騎士になどなれようはずがない。 絶望して膝をついた少女に、しかし喝采を送る乙女がいた。 周囲の白い目も意に介さず少女を賞賛し、血で汚れることも厭わず少女の傷を労わった。 「お立ちなさい、立派な人。あなたは民草の為に傷つくことを恐れず、戦った」 そして暖かい抱擁で少女を癒し、認めたのだ。 「あなたこそ、真に騎士の華となる人です」 その青い瞳。その美しい金の髪を、少女は知っていた。 それは、ウェールズの森で憧れた騎士。 それは、少女を嗤わなかった誉れ高き騎士王。 この人に、全てを捧げよう。 私は、この人の騎士になろう。 その時、ついにウェールズの森の少女は死に果てた。 円卓の騎士パーシヴァルは、その時こそこの世界に生まれ落ちたのだ。 ● マリナに割り当てられた部屋は、長く使っていないのか埃っぽくはあったものの、まず作りは上等と言ってよかった。 寝床にするには充分な柔らかさのあるソファに身を預ける。 「……あー、しんどかったな。今日は」 眉間を揉みながら、康一は愚痴を漏らした。 このまま眠ってしまうのもいいかもしれない。するべきことは幾つかあったが、まずは取り急ぎ体力を回復することだ。戦闘能力の維持こそ最優先である。 しかし、康一が眠りの海に意識を沈める前に、眼前に控えるランサーが声をかけた。 「……主。先刻の言、真意ですか」 「なんだよ、藪から棒に」 そう言いながらも、康一はランサーの言わんとしていることは察していた。 昼間の、地下道での一件を思い返す。敵意丸出しで、危うく戦力を温存している相手への深追いという愚を犯しかけた馬鹿の姿を。 ……全く、馬鹿め。 「主は、あの男を――」 「……あぁ。討ちたいと思ってるよ」 あっさりと、認めた。 過失に囚われてはならない。 教訓だけを心に刻み、過失を消去し、未来へ進め。 それが、師の教えだ。 愛する、師の。真実、愛していた母親の。 『師はそんなことは望んじゃいない』。 『それで師が帰ってくるわけじゃない』。 は、陳腐だが、真理だ。 しかし真実じゃあない。真実たる価値がない。 「俺は、奴が憎い。仇を討ちたい。それはきっと、偽らざる真意だ」 愛していたのだ。 何の見返りもなく、死人の自分に命をくれた。 この偽物だらけの人生で、唯一真実の愛を与えてくれた人なのだ。 それを殺した相手が、憎くないハズがない。 だが。 「だがな」 「……?」 「師は、望まない。奴を殺しても師は帰ってこない。 師がくれたこの命を放ってまで仇を討つなんてのは、許されざる愚行だ」 あぁ、馬鹿め。昼間の自分を心から罵る。 あの状況で追撃をもし敢行していれば、十中八九敗北していただろう。そのぐらいの伏せ札は遺した行動だった。 良くて二人とも殺されていたし、悪くすれば捕らえられて令呪と身体を奪われていたに違いない。 「無駄死にほど不本意なことはない。 奴は敵だ、立ち塞がるなら倒す。 だが憎悪に捉われず、無理なら退く。 それが結論だ。偽りなく、俺が選んだ方針だ」 過失に囚われるな。 教訓を心に刻みこめ。 未来を。どんな時でも、未来を捨てるな。生き続けることに勝る夢を持つな。 この、最愛の師がくれた命を無駄にしてはならないのだ。 「すまなかったな、ランサー。昼間の俺の行動は、失策だった」 「……いえ。あなたは賢明です、主」 ランサーの眼差しは、しかし何故か深い悲しみが含まれていた。 「あなたは賢明です。私が仕えた王も、そうだった」 王は笑わない人だった。 常住坐臥を王たるべく使い、己の心を殺して王に徹し、臣下の心に目を閉じて臣に徹させた。 人の心が解らぬ王とそしられた。誰しもに敬われたが、誰にも心を許さなかった。 それが偽りの姿であることを、パーシヴァルは己の心の中だけに悟っていた。 「……ですが、それは。悲しい人の生き方です」 康一は己の為に生きていない。 己の命を守ってはいても、それはその命をくれた師の為だ。生き残るために最善を尽くしても、それは師が愛した弟子の為だ。 根本で、己の為に生きていない。 ――そんな生き方は、人間として壊れている。 「――……」 康一は、無言だった。表情さえ動かさなかった。 承知していた。 志摩康一は、偽物で出来ている。 身体は模造で、親は義理。 技術は模倣。信念は借り物。 それらで出来ているこの命は、きっと偽物なのだろう。 ならば。 きっと、この心もまた機械仕掛けのギミックに違いない。 受けた愛を返すだけの、機械に違いない。 「我儘をお許しください、主」 ランサーは傅いた。 かつて、彼女は王を諌めなかった。 憧れの王に、憧れたままの王であって欲しかったから。壊れた王こそ、真なる王と思ってやまなかったから。 それは彼女の過失だ。 もう、取り戻せない過失なのだ。 「かの悪逆の魔術師を討てと、このパーシヴァルめにご命じください。 身命を賭して、討ち果たしてご覧にいれます」 ランサーの真摯な忠義から、康一は目をそらした。 動揺していた。どんな失策にも動じず、次を思考し続けた精神が根底から揺らいだのを、自覚した。 「――俺の為に、命なんぞ賭けるな」 絞り出すような、その言葉が精一杯だった。 「あなたの為ではありません。 私の我儘です。私が、そうしたいのです。 かつての罪を雪ぐ為に。 かつての過失を購う為に。 私は、あなたにこの命を捧げたいのです」 こんなに狼狽したのは、たぶん師に叱られた時以来だった。 あぁ、そうだ。この騎士の眼は、あの時の師と同じなのだ。 真実の眼だ。 心から、相手を思う瞳だ。 「……俺は」 康一は、逃げた。 偽物を継ぎ接ぎしたフランケンシュタインの怪物には、真実の愛は眩しすぎる。 「俺は、お前の王じゃあ、ない」 だから、自分に尽くしても罪は雪がれない。購いの手段にはなってはやれない。 そう言って、康一はソファに寝転んだ。 少女は無言で一礼し、恥じ入るように姿を霊体に転じた。 その悲しみに満ちた表情が、いつまでも。 いつまでも、康一の胸を苛んでいた。 [No.339] 2011/05/23(Mon) 21:57:56 |