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No.354へ返信

all コテファテ再録3 - アズミ - 2011/05/24(Tue) 21:56:45 [No.352]
天幕模様U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 21:57:20 [No.353]
天幕模様V - アズミ - 2011/05/24(Tue) 21:58:00 [No.354]
天幕模様W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 21:58:43 [No.355]
悟睡の日T - アズミ - 2011/05/24(Tue) 21:59:21 [No.356]
悟睡の日U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:00:00 [No.357]
悟睡の日V - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:00:38 [No.358]
民の太陽と - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:01:20 [No.359]
悟睡の日W - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:02:05 [No.360]
悟睡の日X - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:03:08 [No.361]
悟睡の日Y - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:04:00 [No.362]
透る射界T - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:05:00 [No.363]
透る射界U - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:05:39 [No.364]
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その他大勢のためだけの - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:07:00 [No.366]
透る射界W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:07:38 [No.367]
透る射界X - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:11:58 [No.368]
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執終の王T - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:14:30 [No.370]
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執終の王U - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:15:51 [No.372]
宿命の帝王 - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:16:32 [No.373]
執終の王V - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:17:10 [No.374]
執終の王W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:17:53 [No.375]
暫時の会談 - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:18:51 [No.376]
少女偽曲W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:19:33 [No.377]
天幕模様X - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:20:10 [No.378]
暗く蠢く - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:20:36 [No.379]


天幕模様V (No.353 への返信) - アズミ

 治癒魔術というのはその必要性ゆえに研究は進んでいるものの、専門で扱う人間は少ない。
 魔術は他の意志が介在する人体には極めて通りが悪く、治癒魔術はその命題に真っ向から反する技術だからである。成果が上がりにくいのだ。
 マリナの魔術はそうした前提条件を踏まえれば、まず驚異的な精度と言っていい。また、同じく康一の身体も『治療しやすい』構造であったが、それにしたところで消失した腕をまるまる一本作りだすのは不可能である。
 ……そして、それで問題もない。

「……だからそんな面ぁすんなって」

 康一はげんなりと、治療……いや、『補修』を行おうとする彼を覗きこむランサーに言った。

「し、しかしっ……!」

 舞子を救急車に任せ、七貴邸に戻る途中、康一らはセーフハウスで『部品』を回収したのだが、その間ランサーは謝罪するやら戸惑うやら、まるで親とはぐれた子供――いや、飼い主とはぐれた犬?……のように狼狽しまくった。
 ……まぁ、その経歴を鑑みれば仕方のない反応ではあるのだが、あまりマリナたちに見くびられるような様は見せないで欲しいとは、思った。
 その隣にはマリナとライダーの姿がある。今後、緊急時のことを考えると彼らに自分の構造と治療法を知らせておくのは必要なことだと思ったからだ。
 マリナは礼装の秘匿についてしきりに気にしていたが――まぁ、それについては康一とて偉そうなことは言えない身分だし、そもそも元の製作者はとっくに亡くなっている。構いはしないだろう。

「ちゃんと治るから。そこで見てろ」

 昼間購入した組み立て式家具で構成した『メンテナンス台』に腰かけ、セーフハウスで回収したバイオリンケースほどの鞄を開く。
 中にあったのは……。

「それは――義手、か?」

「あぁ、そんじょそこらの義手よりよく動く」

 取り出して、まるで人間の腕そのものかのように精巧なそれを台に固定した。
 肩の先に来るようにすると、その径といい形状といい、康一本人の腕と判別がつかない。……いや、判別がつかないのではなく。

「そうか……今までの腕も」

「腕だけじゃないさ」

 縫合用の『糸』を出しながら、康一は肩をごきごきと鳴らした。戦闘でだいぶ疲労が蓄積している。他の部分も診た方がいいか。

「腕も、足も。頭も。見える部分は全部」

 二人のサーヴァントはぎょっとしたように康一を見る。ただ一人、前もって事情を説明されていたマリナだけは、少し居心地の悪い表情だった。

「俺の身体は、ギミックで出来てるんだ」

 



 畸形嚢腫、という症例がある。
 最も高分化な胚細胞性腫瘍であり――つまるところ、組みあがらなかった人間の出来損ないの部品が母体などに腫瘍として居残ってしまう病気だ。

 康一は、それだった。

 皮膚がなかった。骨がなかった。目がなく、歯がなく、消化器が全く存在しなかった。
 そのくせ人並の脳と循環器、生殖器などの一部の内臓はきっちりと備えていた。……それらに由来する22の魔術回路も。
 志摩の家は魔術回路の喪失による家の没落に危機感を抱いており、その対策を幾らか母体に施していたらしい。恐らくはこの稀有な症例もそれゆえと思われるが……まぁ、それは余談だ。

 結論から言えば、志摩の家は康一になるはずのモノを『標本』として扱うことにした。
 どうやら生まれ持った属性が特異なものであると解ったからだ。……でなければ、きっと単なる腫瘍として切って捨てられただろう。別段、おかしなことではない。畸形嚢腫は人間のパーツを含むが、人間ではない。

 だが、師はそうは思わなかったらしい。

 アトラス院に籍を置いていた師は医療方面にも造詣があったらしく、畸形嚢腫の摘出に立ち会い、そしてそのままそれを奪取して逃走した。
 『標本』が欲しかったわけではない。
 師は、その人間の出来損ないに、自らが組み上げた身体を与えた。あまつさえ、子のように愛し、育てた。……きっと、康一が強硬に求めなければ魔術に触れさせさえしなかっただろう。

 志摩康一は死んだ人間だ。
 何故ならば彼には何も無かった。
 ただ財産が無いのでは無く、彼には本当に何も無かったのだ。腕も、脚も、瞳や耳や舌ですら。
 何一つ持たずにこの世に産み落とされた彼には本来は名前すら持って居なかったのだ。

「だが、全てを――師が与えてくれた」

 語り終えた康一に、マリナが口を開いた。

「――まだ」

「ん?」

「まだ、アンタが聖杯を求める理由、聞いてなかったわ」

 マリナの表情には幾許かの同情があった。指摘すればムキになって否定するだろうが。
 マリナは、努めて無表情に問うた。

「アンタの望みは、身体を手に入れること?それとも――その、お師匠様を」

「……きっとそういう余計なことを考えさせちまうから、俺は今まで黙ってたのさ」

 自嘲するように、康一は言って、首を振った。

「――今の身体は気に言ってる。頼まれたって替えてやる気はない」

 この身体は、大切な人がくれたものだから。師が確かに愛してくれた証としてくれたものだから。
 ならば、この身体に不足などない。志摩康一の身体は、これ以外には在り得ない。

「師を取り戻すことは――まぁ、考えないではなかった。でも、ダメだ。……ダメだろう、そんなもの」

 聖杯にかける願いは、聖杯戦争という儀礼を通過する以上、須く人の死の上に成り立つ。

 その願いは、当然のように人の血に汚れている。

 それが悪いとは言わない。
 血に塗れずに生きていくことなど出来ないし、その覚悟出来ないなら魔術師などやるべきではない。
 だが。他者の、自分の大切なモノの死を、こちらの勝手で血に塗れさせていいのか?
 そうして帰ってきたモノを、自分は本当にあの師と同じに見れるのか?

「……そいつは、俺には無理だ」

 『糸』で継いだ左手を何度も握り、具合を確かめる。
 触覚正常、神経正常、タイムラグ許容範囲内。

「だから、俺の聖杯戦争は協会が寄越した、ただの仕事だ。
 ……だが、命がかかっている以上、手抜きや容赦をする気はない」

 康一の向ける視線に、マリナは思わず目を逸らした。
 彼の言葉は、マリナがあの消耗したサーヴァントを前に勝利ではなく友人を選んだことを責めているように彼女には聞こえた。

「……だから、後悔しないように戦え。そのままな」

「そのまま?」

 聞き咎めて、思わずマリナは鸚鵡返しをした。

「……怒ってないの?さっきのこと」

「何で怒らなくちゃならないんだよ」

 康一は呆れたような顔をした。

「お前は友達を見捨てて聖杯を得るのを良しとせず、結果として友達をちゃんと助けたんだろ?」

 なら、あの戦いは勝ちと思っていいじゃないか、と康一は言う。
 定めた目的を満たしたなら、その行動は無駄ではなかったのだと。

「俺たちは対等な同盟だ。お前に払えない代償を要求はしない。
 お前は、よくやったよ。俺も助かった。有難う」

 マリナは、その言葉にイラついた。我ながら不当な怒りだとは思ったが、偽らざる怒りだった。

 ……狡い。

 なんでこいつは、こうも悟ったようなことを言えるのだ。他者の功績を認め、己の過失を認められるのだ。
 たいして歳も違わないくせに。
 これじゃ、なんだか自分が子供のように見えるではないか。

「アンタって、狡いわ」

 マリナの短い言葉をどう取ったのか、康一はただ、苦笑を返すだけだった。


[No.354] 2011/05/24(Tue) 21:58:00

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