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No.392へ返信

all コテファテ再録4 - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:33:01 [No.380]
天幕模様Y - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:33:40 [No.381]
透る射界Z - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:34:18 [No.382]
崩壊境界T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:37:01 [No.383]
神王の息 - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:37:44 [No.384]
神王の息U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:38:14 [No.385]
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血宴の絆T - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:43:03 [No.388]
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少女偽曲Y - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:45:49 [No.392]
螺旋血管T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:46:21 [No.393]
赤色偽剣T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:47:00 [No.394]
血宴の絆V - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:47:39 [No.395]
血宴の絆W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:48:13 [No.396]
血宴の絆X - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:48:57 [No.397]
血宴の絆Y - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:49:41 [No.398]
義侠舞曲T - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:50:45 [No.399]
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レアルタ・ヌアU - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:52:47 [No.401]
レアルタ・ヌアV - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:53:21 [No.402]
赤色偽剣U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:53:57 [No.403]


少女偽曲Y (No.391 への返信) - アズミ

 床いっぱいに広がる『水面』の上に、セイヴァーは佇んでいた。
 血のような色であるが、血ではない。血に肉は溶け込まない。
 血に人間が呑みこまれることなど、あってはならない。

「ぎ――が……っ……ぐぁ……」

 足元で、写真屋の店主が溶解していく。魂を手放し、単なる魔力となって宝具の中に投じられていく。
 セイヴァーはその様を物憂げに眺めながら、背後に生じた気配に振り向きもせず声をかけた。

「……来たか、空涯」

「これは貴様の謀りか、セイヴァー」

「あぁ」

 包み晦ますことなく、異装のサーヴァントは主の問いに答えた。

「どうせ、明日にはここもイレギュラーに喰われていた。……ならば、我らの礎にしてやっても構うまい」

「そんなことはどうでもいい」

 従僕の……エゴに塗れたりとはいえ人間性を感じる弁解を、しかし主は非人間的に「そんなこと」と切って捨てた。

「ランサーは捨て置けと言ったはずだ」

 あぁ、そっちか。とセイヴァーは肩を竦める。
 否、志摩空涯がこういう人間であることはとうの昔に承知の上だったはずだが。……セイヴァーは己が大概、身勝手な人間であると自認しているのだが、この男は――あるいは魔術師というものは、人でなしさ加減において次元が違う。

「黒化英霊は質が落ちる。所詮は粗悪な模造(コピー)……いや、映身(シャドウ)か。
 ともあれ、7騎放りこんでも聖杯を満たすには聊か足りん」

「正規のサーヴァントが2、3人倒れねばならないことは理解している。
 何故、ランサーなのだ」

「イレギュラーの成長が予想より早い。聖杯戦争の進行を急がねばならん。弱ったヤツではアレに対しての戦力足り得まい」

 セイヴァーは空涯に向き直った。ことこの一件に関して、彼とマスターの利害は今ひとつ一致しきれないことは理解していた。

 セイヴァーは聖杯戦争を進めたい。その為にランサーを仕留める気でおり、その上でマスターの意に沿うには志摩康一を捕らえ、その身体を空涯に奪わせなければならない。
 だが戦闘に特化した魔術師一人を虜にするというのは容易なことではない。空涯が不服なのはそこだ。『志摩康一が生きてさえいれば目的達成には不足が無いのに』、余計な危険を冒すことになる。多少聖杯戦争の進行が遅れてもそれは避けたいリスクだったのだ。

「――……いいだろう」

 折れたのは空涯だった。
 先刻の無様な逃走からすると、あのサーヴァントには何か単純な消耗以上の不調があるようだ。で、あれば聖杯に辿りついた『先』に取って置く必要はない。

「セイバーが奴を倒せばそれで良しとする。
 で、なければ――」


 ぐずぐずに崩れた被害者の身体が、とぷんと『水面』に沈んで消えた。





 『糸』を引くと、ランサーが保持した義手が吸い寄せられるように傷口に接触する。
 然るべき装置も助手もいない荒っぽい治療に剥き出しの神経が悲鳴を上げるが、苦悶している時間は無い。康一はマリナのそれに比べれば遥かに劣る魔術で傷口を塞ぎにかかる。 
 どうにか表皮が癒着し始めた頃、ランサーは口を開いた。

「……何故、私を呼ばなかったのです、主」

 主従を結んで三日目。彼女が口にした中で初めて、主を咎める響きを持つ言葉だった。

「奴を遠ざける為に移動していたのは解っています。
 何故!私を護るためにそのような無茶を!」

 サーヴァントは、否。騎士は主を護るもの。どんな名誉も武勲も、主君を護れなければ意味が無い。仮令、世の全てが騎士を讃えたとしても己の心が騎士を弾劾する。
 誇りは、地に落ちる。ランサーはそれを痛いほど知っていた。

「……言ったぜ、ランサー。
 俺なんかの為に命を懸けるなって」

 暫し瞑目し、やがて観念したように康一は首を振った。
 そろそろ決着をつけるべきだろう。セイバーにまで指摘されたのが、一つの転機だ。

「ランサー、俺はお前の主君にはなれない。お前の忠義を捧げるに足る主じゃあない。
 そんなものを護り切って。聖杯を手に入れて。それでお前の名誉は回復されるのか?
 いや、そもそも――」

 セイバーが指摘した通りだ。
 ランサーの誇りとは、自己満足から来るものなのか。卑小かどうかはさておき、己の中に定義されればそれでいいものなのか。
 違う。
 あのアーサー王を前にした時の慟哭を聞けば、違うように思った。

「――……」

 押し黙るランサーに続けた。

「そもそも。お前の『主』に代わりはあるのか。お前の主君は、アーサー王だけじゃあないのか?」

 騎士としての生き方が問題ではないのだ。
 ランサーは、かの騎士王に、彼女を騎士の華と讃えてくれた乙女にこそ忠義を捧げた。
 否、もっと単純に。

「――護りたかった」

 ランサーはぽつりと言った。

 大切な人を。
 憧れた人を。
 ただ、護りたかった。
 少女の全ては、その想いで出来ていた。

「その通りです、康一。
 私はアーサー王を……アルトリア様をこそ護りたかった。あの方の為にこそ聖杯を捧げたかった」

 なればこそ、彼女は己の名誉に何の意味も見出さなかった。
 彼女が欲しかったのは、「アルトリアを癒した」誉れなのだ。架空の王でも見も知らぬマスターでもない。
 だから、ランサーの戦いはとっくに終わっていたのだ。不名誉は、雪げないことが確定していた。

 彼女の王は。
 アルトリアは死んだのだから。
 あのカムランの丘で。

「……ランサー。終わりにしてもいいんだ」

 康一は言った。
 それは決定的に彼の命運を断つ選択だったが、この魔術師はそれを躊躇わない。
 マリナの協力を辞したのと同じ。それが通すべきものなら、この男は己の命さえ切り捨てて筋を通す。

「お前の聖杯戦争は、もう終わってもいい。ここで降りたって、構わないんだ」

 ランサーの求めるものは、もう聖杯ですら手に入らない。この聖杯戦争に、意味などない。
 ならば、もう傷つく意味もないだろう。疲れ果てたその命を、削る意味などないだろう。
 ここで、降りてもいい。康一はそう言った。

 この状況でそれをすれば。
 彼の行く先は決まっているのに。

「――あなたは、似ている」

 肯定も否定もせず、ランサーは言葉を紡いだ。

「人が誰かに尽くすのは、己の心を護るため。人が道理を通すのは、己の誇りを護るためのはずなのに。
 あなたは、己の心も誇りも見てはいない。
 あなたは、己の為に生きていない」

 その果てにあるのは、必ず悲劇なのだ。彼女は、愛する主君の生涯からその理を導き出した。
 あるいは、康一はそれより『壊れて』いるかもしれない。死ぬその瞬間さえ、この人は己の心に一瞥さえしないかもしれない。

「――……それが、私には悲しくて。
 それが、私には許せなくて。
 だから……」

 己の為に生きられない主ならば、この従僕が身を、代わりに捧げよう。

「どうか、我儘をお許しください『主』。
 あなたの為に戦うことを」

 ランサーは、昨夜と同じ真っ直ぐな眼で、康一を見た。

「……ランサー」

 今度は、康一は目を逸らせなかった。むしろ吸い寄せられるように、その青い瞳を見つめた。

「己が誇りのためでも、
 亡きアルトリア様の為でもありません。
 かつての罪を雪ぐ為でも、
 かつての過失を購う為でもなく。
 志摩康一の為に、私はこの命を捧げたいのです」

 円卓の騎士パーシヴァルは、失意の中に死んだ。
 彼女の物語は、もう終わったのだ。ならば。

「あなたのサーヴァント、ランサーのパルジファルとして」

 ならば、今度はパルジファルの物語を始めよう。
 分不相応な虚飾ならば、それに見合う自分を鍛え上げよう。誇りを持って唱えればいい。
 自分は、傷ついた主を癒したのだと。

 たとえ今は偽りでも、それを貫いて真実にすることは出来るはずだから。

「……俺、は」

 康一は、震える手を抑えた。
 応えなければならない。彼女の真摯な好意に。
 忠義を捧げるに足らない主であることなど、逃げる理由にはならない。忠義を捧げるに足る主になればいい。

「……俺は、壊れた人間だ。
 否、人間にさえ成り損なった、継ぎ接ぎの偽物だ。
 だが……」

 フランケンシュタインの怪物が、人間になれなかったとしても。
 せめて、この少女の主としてだけは偽物ではなく、真実になろう。
 師がくれた愛が、この偽物だらけの命の中で唯一真実であるように。

「だが……解った。
 俺は、お前の主になろう。
 パルジファル。
 お前の誇りを、俺が護る。
 俺の命と道行を、お前が護ってくれ」

 康一は、ランサーの剣を抜いてその肩に掲げた。

 ――誰も見ていない騎士叙勲。

 魔術師が血で血を洗う修羅の中で、二人だけが誓った主従の契りだった。


[No.392] 2011/05/24(Tue) 22:45:49

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