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湖底市の日常・1 - アズミ


「俺は本気だ!」

 タンブラーをカウンターに叩きつけて、杉城は激昂した。
 かの若い妖事一課の刑事が激することは日常茶飯事であったが、それが仕事ではなく色恋沙汰となると話が違う。千年に一度、天狗の長の交代に匹敵するほどの大珍事と言えた。
 岬は思わず呆気に取られたが、当の杉城が一拍置いて律義にマスターに謝罪し、飛び散ったウィスキーを布巾で始末しはじめた段になってようやくズレ落ちた眼鏡を直した。

「そうは言ってもですね、杉城刑事。
 相手は竜王のお嬢さんですよ? さすがに、こう……」

「安月給の刑事とじゃ身分が違うというのか」

 濁らせた口調に、杉城は仏頂面で言葉を被せる。
 普段は妖虎が舌を巻くほどのザルだが、心惑えば即ち酒に呑まれやすくもなるのか、杉城の眼は据わっていた。

「えぇ、まぁ……」

 この平成の世に身分違いの恋など……否、『恋に身分違いなる概念を差し挟むなど』、時代錯誤も甚だしいとは岬も思っていた。ゆえにこそ口ごもったのだが、いざそうした場面に居合わせてみると、太平洋を統括する竜王の娘と安月給の、それも妖怪を取り締まる妖事一課の刑事の恋愛など上手くいくとは到底思えなかった。
 まして……

「それにマズいでしょう、刑事が担当事件の関係者と恋愛なんて。捜査の公正が疑われかねない」

 普段、正義感と思い込みで暴走しがちな杉城刑事にあっては今更の話とも思えたが、逆にいえば純然たる正義感と情熱だったからこそ理解ある上司にお目こぼしをいただいてきたと言えなくもない。それが色恋沙汰とあっては、今度はそうした援護も期待できないだろう。

「無論、事件は解決する。乙姫のお嬢さんが困ってるのを放っておけるか!」

 鼻息荒く宣言する杉城だったが、その目はもはやお姫様を守る騎士のそれであって、真実を追う刑事のものではない。彼のためにもどうにか説き伏せねばならないが、これは殺人事件の解決よりも難事と見えた。
 ……全く、お医者様でも草津の湯でも、とはよく言ったものだ。

「そのお嬢さんが犯人の可能性だってあるんですよ」

「何だと、貴様ァ!」

 岬は危険を冒しても冷水を浴びせかけるつもりで言ったのだが、案の定、杉城は激昂して岬の襟首を掴み上げた。

「いたた、そういう可能性もあるってことですよ!
 アリバイはまだ無いんだから、疑ってかかるのが刑事の仕事じゃないですか!」

「ぬ、う……」

 根が真面目な男だけに、『刑事の仕事』という文言は効いたらしい。
 杉城は岬を放して再びタンブラーと向き合ったが、なおもぶつぶつと反論だけは欠かさなかった。
 その右手には、純白のハンカチーフが巻かれている。犯人と格闘して切りつけられた傷を止血してくれた、お嬢さんのハンカチ。
 この初恋まっただ中の無骨な刑事は、包帯に変えることもなく健気にもそれを巻き続けている。

「あんな可憐な乙姫お嬢さんが、人を殺めるなんて出来るもんか……」

「まぁ、それは否定しませんがね」

 岬は昼に出会った乙姫お嬢さんの姿を思い浮かべた。
 流れるような黒髪、白磁のような肌。澄んだ翡翠のような瞳の楚々とした美少女。
 柔和で、一緒にいるだけで幸せになれるような人だった。『虫も殺さないような善人』とはああいう人のことを言うのだろう。
 ついでに角隠しと白無垢を着せて袴姿の杉城の隣に並べてみた。
 ……画的に違和感が酷すぎる。立場や身分の違いを差っ引いても、彼の恋路は障害が多そうだ。 


  ――安曇理仁著『マヨヒガ探偵岬明日太4 竜宮城殺人事件』より

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 人目のある昼間の喫茶店にも関わらず、目の前の『自称ファン』は尋常ではない熱の入りようで安曇の作品を褒め称えた。

「ほんっとに光栄ですっ!あの安曇理仁先生にこうしてお会いできるなんて!
 マヨヒガ探偵の最新作も読みました! いやあ、毎度、先生の『倫理的に考えてまさか無いだろう』という話の纏め方には感服させられます!」

「はぁ、どうも……」

 純文学で賞でも取らなければ、基本的に作家など日蔭の商売である。
 安曇厚志はそれなりに印税に恵まれている部類だが、未だに映像化の話は入らないし人気は『知る人ぞ知る』の部類を出ない。
 だものだから、彼は自分の作品を褒められるのが酷く苦手だった。
 トリックではなくシナリオを褒める……本当に褒められているか怪しい表現だったが……この少年は自分の作品を『解っている』部類であろうとは思った。おべっかではなかろう。
 安曇の看板シリーズは『マヨヒガ探偵岬明日太』シリーズであるが、これは探偵小説でありながら密室トリックならぬ妖術を駆使した『マヨヒガトリック』を多用する、ミステリ界に言わせればトンデモ推理小説であり(まぁ安曇自身オカルト小説のつもりで書いているのだが)、その作品のトリックを褒め称える輩はまず以って作品を読まずにタイトルで適当に褒めていると見て間違いない。
 とはいえそんな珍奇な作品を書く身だからして、手放しで称賛されることは極めて稀であった。ゆえに、こうしていざ褒めちぎられると、どうにもケツの据わりが悪い。
 隣でフラッペをつついている雫はそんな安曇の心中を察してかにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「あー、その、ところでね、和彦くん。そろそろ本題に入りたいんだ。
 編集さんの話じゃ、何か、悩みがあるんだって?」

「あ、はい……」

 強引に称賛を打ち切って話を進めると、少年……和彦は、冷水を浴びせられたように熱を引っ込めて居住まいを正した。
 栗林和彦。安曇の担当編集者である栗林嬢の甥っ子に当たる18歳の少年である。何やら深刻な悩みがあるとのことで、編集の好で相談に乗ってやってくれと栗林嬢に頼まれ、こうして喫茶店にて面会と相成ったわけだが。

「そちらのお嬢さんにも関係のあることなのかな?」

 進路の悩みか何かと思っていたが、いざやってきてみれば話に聞いていた18歳の少年の隣には、彼より少し年若い少女の姿があった。
 淡い水色の髪をボブカットにした、西洋人のように見える少女である。……もっとも、尋常な人類に水色の毛髪などあり得ない。恐らくは妖怪の類であろう。
 少女は安曇の視線に気づいたか、おどおどと会釈して自己紹介した。

「マリーアって、言います。苗字はありません……ウンディーネなので」

 思ったよりも流暢な日本語だった。

「ウンディーネ。四大精霊の一つだね。湖や泉に棲む水の精霊」

 西洋のものとしては比較的日本でもネームバリューの高い妖怪である。仮にもオカルト小説を書いている人間としては当然の知識だった。
 と、同時に大方和彦少年の悩みも察しがついてしまい、その厄介さに我知らず渋面を作る。
 それに気づいてかどうなのか、和彦少年は慌てて話を続けた。

「先生は人間と妖怪の恋愛について開明的なお方と聞き及んでいます!
 最新作、読みました!まさか杉城刑事とお嬢さんが2巻ごしで結ばれるなんて――」

「あぁ、まぁ……あれは編集さんのアドバイスもあったんだけど」

「それに叔母の話では先生自身、人魚と添い遂げる決意をなさって不老不死になられたとか!
 僕、感動しました!愛があったってなかなかできる決心じゃありませんよね!」

 安曇は頭を抱えた。隣でバキッ、という破壊音。どうやら雫がプラスチックのスプーンを噛み砕いたらしい。
 確かに彼自身が他者に説明しないせいもあって、雫との関係は愛人だのなんだのと誤解を受けること甚だしいが、栗林嬢にまでそんな認識をされていたとは予想外であった。
 誤解されても仕方のない生活であるし、一面においては真実でもあるが……。

「つまり――その、あれだ。君たちは」

「はい!僕たち、結婚しようと思うんです!」





 ウンディーネには異類婚姻譚が多い。
 錬金術の祖、パラケルスス曰くには、魂無きウンディーネは人間と結ばれることで魂を得るという。
 しかしその結婚には大きな制約が付き纏う。水辺で夫に罵倒されたウンディーネは水に帰ってしまうとか、また夫が浮気した場合、ウンディーネは夫を殺さねばならないとも言われている。
 移り気な人間の男には概ね厳しい条件であり、ゆえにこそウンディーネと人間の恋は大方悲恋に終わる。

 つまるところ、栗林和彦少年の事情とはこういうことだ。
 彼は修学旅行先のドイツで偶然から出会ったウンディーネのマリーアと、今時珍しいほど熱烈に恋に落ち、彼女を連れ帰って結婚を前提に交際することを宣言した。
 妖怪と人間の婚姻は妖怪特区においては法的に認められているものの、世間では未だに珍しい。当然のごとく親類縁者からの猛反対を受け、彼は唯一の理解者である栗林嬢の仲介で湖底市に訪れ、先達……だと栗林嬢が勝手に思っていた……安曇に協力を求めた。
 栗林嬢の目論見としては、おそらく妖怪と人間の実態について見せつけることで彼らに諦めさせるか、あるいは腹を決めさせるつもりなのだろう。親類一同を敵に回した和彦少年としては、『先達のお墨付き』が欲しいに違いない。実際に上手くいった人間がいるのなら、親戚も幾許かは納得せざるを得ないだろうという皮算用だ。
 で、実際のところそんなお手本になるようなロマンチックな関係ではない安曇たちとしては。

「……どうするの?」

「追い返すってのは悪い気がするしなぁ」

 一服つくと言い訳して席を立った安曇と雫は、吸いもしない喫煙所で弱ったように顔を突き合わせた。

「結婚には早い年だと思うけど」

「交際を始める年としちゃ悪くないさ。
 それに大人なら許すってわけでもないのに年齢を理由にするのはズルい大人の遣り口だよ。俺は好かないな」

「なら、どうするの?」

「結局、月並みだけど『社会見学』でもさせるのが妥当かな」

 妖怪と人間が共に生きるというのは、決して楽な道ではない。無条件で棄却されるべき道でないのも、また確かだが。
 この湖底市は一つのモデルケースだ。職業、学校、あらゆる面において人間と妖怪は共生している。湖底市役所に提出される婚姻届の半分は異類婚という統計もある。この街の実態を見た程度で諦めるようなら、結婚などしない方がいい。当然だが。

「……諦めなかったら?」

 雫は鋭く、そう問うた。
 視線の先には、安曇がいる。人魚の肉を食って不老不死になった男。人間を辞めて、人間の道を示そうとした少年のなれの果て。

「……応援してやらないとね。
 他の誰が反対したって、俺だけは『彼の道に異論を挟む資格が無い』。そうだろう?」

 安曇の言葉に、雫は無言で視線を逸らすことで応えた。





「と、いうわけで今日一日は社会見学だ」

 一行は安曇の愛車に乗り込み、湖底市の街中に繰り出した。

「君たちには妖怪と人間が一緒に生きるってことの現実を見てもらう。
 人と違う生き方っていうのは、どんなことでもキツいもんさ。わかるよね?」

「はい」

 和彦少年は真剣に頷く。……が、イコール真摯であるとは言えないのが難しいところだ。

「まぁ、今日一日が終わって、まだ2人が付き合いたいっていうなら、その時は俺も協力してあげるよ」

「本当ですか!?」

「男に二言はない」

 色めき立つ2人に、安曇は悟られないように息をついて、視線を前に向けた。

 さて、まずは誰のところに向かうか……。

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※本スレです。
 一行の行く先に現れて普段の生活を愚痴るもよし、惚気るもよし、あるいはいきなり一行を赤血軍が狙ってもよし、ということで。


[No.467] 2011/07/26(Tue) 19:34:17

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