湖底市の日常・1 - アズミ - 2011/07/26(Tue) 19:34:17 [No.467] |
└ その頃&その頃 - りん - 2011/07/27(Wed) 01:43:34 [No.468] |
└ 人域魔境1 - アズミ - 2011/07/28(Thu) 02:03:38 [No.472] |
└ 尋ね人おらず - りん - 2011/07/29(Fri) 01:22:45 [No.476] |
└ 文絵、かたるかたる - りん - 2011/08/02(Tue) 01:40:33 [No.480] |
└ 珍奇な来訪者1 - アズミ - 2011/08/02(Tue) 01:49:21 [No.482] |
└ 魔女と騎士 1 - 桐瀬 - 2011/08/03(Wed) 21:40:19 [No.485] |
└ 魔女と騎士 2 - りん - 2011/08/04(Thu) 00:09:07 [No.486] |
└ 人域魔境2 - アズミ - 2011/08/04(Thu) 01:59:06 [No.487] |
└ 珍奇な来訪者2 - アズミ - 2011/08/04(Thu) 23:36:58 [No.488] |
└ 人域魔境3 - りん - 2011/08/05(Fri) 01:24:05 [No.489] |
愛車のドアを開けると、冷えた車内をたちまち夏が浸食してくる。 やかましい蝉の鳴き声、35℃を優に超える熱気。湿気。……不快な大気。 安曇は早くも汗ばんできたシャツの襟を撫ぜて湿った感触にうんざりしながら後部座席のドアを開いた。 「う――わぁ……」 感嘆の声を漏らすマリーア。 眼前に広がるのは、緑の多い湖底市においてすら目を引くほどの雑木林と、その中を貫いていく石畳。続く先に聳える小高い山。 それだけ見れば、公園か、あるいは寺社仏閣と判断するであろう佇まいであるが。 「ここ、本当にアパートなんですか?」 「あぁ、部屋数6つ、食堂風呂共同。家賃は46000円、敷金礼金無し、ペットは不可」 和彦の問いに安曇は頷いて答えた。 西三荘。湖底駅から徒歩10分の距離にあるアパートである。 人間、妖怪問わず入居可……という謳い文句だけはこの街において決して珍しいものではないが、十全な環境を備えている場所となるとそう多くはない。 雪女や南国妖怪のために冷暖房完備は鉄則だし、天狗は清浄な空気の下でないと健康を害す。煙羅煙羅は生存のために炭焼き窯が必要だし、おとろしのようなある種の妖怪は神社のような清められた場を要し、逆にろくろ首や魍魎にとってそうした環境は害毒そのものである。 なので、不特定の妖怪が居住する集合住宅に求められる条件は、一般人が想像するより遥かに多い。 この西三荘は元は人間が経営する人間用の下宿であり、裏山を含む広大な土地を除けば普通のアパートであったのだが、湖底市が妖怪特区に指定されて後は適宜必要に応じて施設の増加が行われており実のところ管理人でさえ全てを把握していないという。 遠くで、蝉の声に交じって波山の甲高い鳴き声が響いた。和彦とマリーアがびくりと震える。 「大丈夫だよ、人を襲う妖怪はいない」 背を叩いて2人を促し、先に進んだ。 石畳はそのものは、そう長く続いているわけではない。神社の細道を思わせる風景が暫し続くと、その先に拍子抜けするほどこじんまりとした、木造建築が姿を現す。 なるほど、この大きさなら6部屋が精々であろう。奥には共同の風呂と食堂と思しき離れが見てとれた。和彦とマリーアが得心していると、唐突に安曇が足を止めた。 「――? どうしまし……」 ――どすん! 土嚢を乱暴に放ったような音を響かせて落ちた何かが、視界を遮った。 一瞬それが何か理解しかね、和彦の視線がぐるぐるとそれの周囲を巡る。 ――生首だった。車ほどもある、巨大な。 「うわああああああああっ!?」 和彦が戦いて尻もちをつく。マリーアも……彼女もまた妖怪であるにも関わらず……口元を押さえて硬直した。 その前に立つ安曇が呆れたように肩を竦め、雫がてくてくと前に進み出て……無遠慮に生首を蹴っ飛ばした。 「痛ぇ」 「おどかすな」 「いや、悪い、悪ぃ」 生首は気を害した様子もなく笑みを浮かべて謝罪する。髭の伸びきった中年男性であるが、顔立ちに愛敬があるためか不思議と恐怖は漸減された。 「釣瓶落としのおっさん」 「よぉう、比丘尼のとこの坊主。何の用だぁ? 後ろのは新入りかかぁ?」 生首……釣瓶落としの問いに、安曇は首を振る。 「ただの見学だよ。……管理人さんは?」 「穂乃香なら食堂だぁ。飯の時間だからな」 「あいよ、どうも」 軽く手を挙げて挨拶とし、安曇は釣瓶落としの脇を抜ける。向こうも向こうで用は済んだのか、するすると吊り下がる髪を伝って樹上へ戻って行った。 安曇が一度だけ振りかえると、和彦は未だに尻もちをついた態勢のまま呆けている。 「どうしたの、行くよ?」 「ひゃ、ひゃいっ!?」 素っ頓狂な声をあげて、地を掻くように和彦は安曇に追随した。慌ててマリーアもついていくのを見届けて、雫は小さく息をつく。 先行きは、不安だった。 ● 嫌いではないが。土台、狐の飯にしてはそうめんという奴はカロリーが足りないのだ。 そんなことを考えながら、柳木穂乃香は縁側でそうめんを啜っていた。 「簡単だし食べやすいけど、こんな食生活してるとどんどん何かする気がなくなっちゃうのよねぇ」 「そういうのは自分で茹でてから言ってくださいよ……どうせ何かするわけじゃないし」 先刻まで穂乃香が使っていた団扇を奪い取って煽ぐ咲。作るのは簡単だが、この季節は厨房に立つこと自体が重労働だ。 だいたいにして家事全般、咲がやっているのだから何かする気も何も、穂乃香に仕事などありはしない。管理人業といっても、そうそう新入居者が来るわけでなし。 だが、穂乃香は不満そうに頬を膨らませた。 「あらぁ、これでも意外と忙しいのよ?まぁ、自分から動くことは少ないけど……」 足を数度ぶらぶらとさせてから、何かに気づいて立ちあがった。 「ほら、向こうから用事がやってきたじゃない」 指し示す石畳の方からやってくる人影。 咲は、嘆息して縁側を立った。客が来たら来たで、どうせ茶を出すのは自分の仕事なのだ。 [No.472] 2011/07/28(Thu) 02:03:38 |