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No.490へ返信

all 湖底市の非日常 - アズミ - 2011/08/02(Tue) 23:21:42 [No.483]
湖底市の非日常・2 - アズミ - 2011/08/06(Sat) 01:07:36 [No.490]
日常の裏側・1 - りん - 2011/08/07(Sun) 02:15:48 [No.492]
非日常の使者 - ジョニー - 2013/02/02(Sat) 01:29:19 [No.504]


湖底市の非日常・2 (No.483 への返信) - アズミ

「あー……今月も赤字だわ」

 店の奥から響く柳の声に、睦月は視線を吟味していた注連縄から視線を上げた。聞えよがしの大声は、冷やかしを牽制するものに違いない。

「今日は買っていくから安心しろ」

 そうとだけ言って、再び視線を落とす。
 何の変哲もない注連縄だが、退魔具というものはその性質上大量生産が利かないため、低価格帯の商品でも質が一定しない。使い物にならないほど酷い商品はこの九十九堂には置いていないが、一方で値段以上の働きを見せる粒選りの品はときたま紛れ込んでいる。睦月の厳しい台所事情では、その程度の差異も見逃すわけにはいかない。

「どうせならもっと質のいいやつ買ってってよ。結界張るならうちオリジナルのがさぁ」

 要するにもっと金を落としていけ……ということなのだが、これに関しては睦月も譲れない。

「触れただけで魂魄が灼き切られるような代物を持ち歩けるか。こっちは無資格だぞ」

 退魔師資格の有無は、所持が許される道具にも影響してくる。
 あからさまに他者への殺傷能力を持つ道具は当然のことながら無資格の一般人の所持は禁じられているし、そのまま物理的に武器として利用できるならばさらに銃刀法による制限も加わる。
 逆に言えばスタンガンやバール、盗聴器が犯罪への利用を想定されながらも一般人に販売されているように、『護身用』『防犯用』の枠内に収まるならば一般人への販売も可能だし、実際のところ大手のメーカーはそうした分野に力を入れている。

「そこまでは言わないけどさ、そういう小粒ばっかり買われていくとこっちも職人冥利ってものを感じづらいっていうか」

「気持ちは解らんでもないがな」

 若いうちというのはとかく解りやすい、ラディカルな結果を求め、尊びがちである。
 それは退魔師の業界においても例外ではない。曰くつきの霊刀やら、聖別した銃火器、大仰な儀礼道具。若い退魔師はそうした派手な得物を好む傾向にあるらしいが……実際のところ、それらをきちんと役立てられる退魔師は少ない。
 退魔師というのは本質的に『拝み屋』なのだ。
 鬼神のように身体を鍛えて鬼と殴り合うぐらいなら鬼を使役してしまったほうが効率がいい。効くかも解らない銃の撃ち方を覚えるより、経文の一つも覚えたほうが確実だし、安上がりで済む。

「もっとこっちの方に力を入れたらどうだ。
 強力だが不便な道具より、ささやかでも便利な道具のほうが世に受け入れられるのは当然の流れだ」

 注連縄や朱、聖水などの雑貨を顎で示して言う。
 腕は悪くないのだ。年齢の割に、という但し書きをつければ天才と言っていい。こういう小粒な商品の出来を見てこそそれが解る。
 だが、九十九柳は客観的に見て商売下手だった。目盲滅法ハイエンドな商品ばかりにオリジナリティを割り振っており、結果として買い手が一向につかない。

「わかってるけどさ。そういうの、腕を振るう余地が少ないでしょ?」

「派手なら腕がいいってものでもあるまいよ」

 と嘆息して言いはするが、聞き入れはすまいと睦月は諦めている。
 承認欲求の強い若者は、『誰でも出来る仕事』というのを軽んじがちだ。睦月自身にも覚えがなくはないし、若いうちから小さく纏まってもそれはそれで本人のためにはならない。
 視線を巡らせ、壁のケースに収められた霊具の数々を見て取る。いずれも傑作と言っていいが、仮に自分が現役の退魔師だったとしても使い道は少なそうだった。銃社会のアメリカでもロケットランチャーの出番は早々ないように。
 と、そのうち一つ。霊刀に目をやったところで、柳が聊か沈んだ様子で言った。

「観月のおじさん、捕まったんだよね」

「観月……? あぁ、観月か」

 以前、廃材置き場の捕りもので逮捕された元退魔師だ。使う術理が法に触れる呪詛であったために資格を取れず、殺し屋に身を落とした男。
 そういえば彼が携えていた霊刀が、これと同型だった。

「客だったのか」

「一度だけだけどね。先代の頃から付き合いがあったみたい」

「ふぅん……」

 さすがに思うところあるのか、柳の言葉は歯切れが悪い。
 とはいえ、この手の状況で使える慰めの言葉は生涯において品切れだ。睦月はそれ以上何も言わず、幾らかの退魔具を購入すると、店を出た。

「……なんで、おじさんはあんなことしたのかな」

 恐らく答えは期待していないであろう、柳の呟きに、睦月はただ一言で返した。

「弱かったからさ」

 それが、悪いことだとまでは言わなかったが。





「十三夜様」

 車に向かうと、クロがこの炎天下の中、車の外に控えていた。
 別名を送り犬と呼ばれる彼女の種族は、あまり慣れない屋内に入りたがらない傾向がある。
 クロはこちらに気づくと、睦月に車内に置き忘れた携帯を示した。

「どうした」

「桐代刑事から連絡です。……観月唯史が、殺されたと」

 睦月は片眉を跳ねあげて、携帯を引っ手繰った。


[No.490] 2011/08/06(Sat) 01:07:36

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