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No.506へ返信

all こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505]
Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506]
開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507]
Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508]
開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509]
宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510]
宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511]
宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512]
開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513]
戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523]
戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524]
戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525]
戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526]
宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527]
介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528]


Red・T (No.505 への返信) - アズミ

 覆水、盆に帰らず。

 かつて太公望呂尚が説いた因果の遡行の否定は、しかし現代の魔術師にとっては真理足り得ない。
 こぼれた水の一滴、否、分子一つとて残さず掻き集め、拾い上げ、盆に返す――という現象は、確かに自然にはあり得ない。
 が、膨大な労力と資金を投じれば周知の科学ですら不可能ではない。魔術においてもまた然り。
 因果の逆転は無論扱うに容易い術ではないが、しかしその存在自体は周知された神秘である。

 なればこそ、マリナ=エレノアールは水を戻そうとする。

 そこは深紅の部屋であった。
 六方全てを覆う薄い灰色の壁は投射される赤光により深紅に染め上げられ、本来なら橙の暖かな明かりを放っているはずのランプの灯火さえ鮮血じみた何処か冷たい紅に色を奪われている。
 光源は、床。より厳密に言えば床の中央に描かれた幾何学模様。

 魔術。
 端的に言えば――……そう、覆水を盆に帰すための魔術儀礼。
 因果を遡行し修正する魔術であり、過去を覆すための行動。

(――……愚行、なんだろうな)

 そう独りごちながら、少女は尚も儀礼を止めようとはしない。
 過去を見て足掻くものは、等しく未来を犠牲にする。かつて、友は彼女にそう言った。
 否定はしない。
 それでも、もう止められない。
 この行いを。この想いを。この、愚かしさを。

「昇れ」
(もどれ)

 流れ落ちた紅い雫にそう命じる。
 自然の理に逆らえ。因果よ逆行せよ。
 僅かに刺すような痛みと共に、体内の小魔力(オド)と周囲の大魔力(マナ)が床の文様に流れ込む。
 紅に満ちた部屋の中、神秘が駆動する。
 身に纏う衣類は深紅。彼女と最も相性のいい現時刻、西の空を染める夕陽もまた、深紅。
 紅は彼女に力を与える。それは生まれついての性。あるいは、起源と呼ばれるモノ。……もっとも、彼女は紅という色を単純に好きにはなれなかったが。

 目を苛む毒々しい紅に、意識を集中させる。
 身体から血液が滲むイメージ。それをトリガーとして、励起する彼女の35の魔術回路。同時に、意識が魔術師としての自分にシフトする。
 魔術師としての自分は簡潔だ。
 イメージするのは上に伸びていくような深紅の線、この世の断りに逆らい天に昇っていく深紅の水が引き伸ばす紅い道筋。
 ただそれだけをイメージして、全ての感情を排除し、五感の全て、いや、六感すら注ぎ込み集中する。

「昇れ」
(もどれ)

 その場の魔力の全てを注ぎ込むように、少女は自らの内の深紅の線に集中した。

「昇れ、昇れ、昇れ」
(もどれ、もどれ、もどれ)

 瞳は閉じている。
 部屋に満ち溢れる輝きは既に網膜を焼くほどの眩さ。
 のみならず、視界を閉じることでさらにマリナは己を魔術の鋳型に嵌めこみ、流し込む。

―――ドクン

 心臓が一つ、大きく脈打った。深紅の線が、螺旋を描き収束していく。
 額に汗を浮かべながらも術の行使を続ける。
 二度目は無いのだ、この術には。
 過去を覆すということは、即ち現在を保持しながら過去を観測し、さらにそこへ手を伸ばすようなもの。
 細緻にして強い力を問われる術式。彼女の――悲しいかな、才に恵まれているとは言い難い彼女の魔術では、この絶好の機会を逃せば二度目の好機はあり得ない。
 やがて深紅の線が――そう、水面に走る波紋のように円を描き、それが絞り上げられ渦となって紅の光を立体として立ち上げる。

 瞬間、炸裂。

「――――っ!!」

 物理的な衝撃は無い。
 濃厚に練り込まれた魔力が拡散しそれがさながら突風のように中心から拡散したものだから、堪らず少女は両手で我が身を護ろうとした。

(嘘ッ、しくじった!?)

 少女は身体にぐらり、と鈍重な重みが加わるような感覚を感じる。
 魔力を沢山使った時の反動だ、彼女にとってそう珍しいものではない。
 それは重要ではない―――問題はこの疲弊感は成功かの証か、失敗のそれか。
 意を決して少女は顔を覆うように交差させていた両腕を退け、目前を見据えた――そして。

「―――あ」

 目前に立つ男と目が合った。

「――――美しい」

 彼の瞳は、彼女のそれと対を成すように深い蒼。儀式の余波で軽く揺れる髪は金糸のよう。
 身に纏う鎧はその二つを映えさせる、磨き上げられた白銀。

「然り、然り。……物語には女優(ヒロイン)が必要だ。
 それも我が剣を捧げるに相応しい、美しく気高き乙女が」

 パンッ、と一つ、眼前の男が手を打ち鳴らす。
 その舞台がかった言葉通り、開演の合図さながらに。

「よろしい! 今再び、我が騎士道物語の開演と参ろう。
 答えは自明だが、これも様式だ――……」

 男は――騎士は、茫然と見るマリナに籠手に覆われた手を差し伸べた。


「サーヴァント、ライダー。召喚に応じまかり越した。
 問おう。――……汝が我がマスターか?」


[No.506] 2013/02/10(Sun) 23:05:21

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