こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505] |
└ Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506] |
└ 開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507] |
└ Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508] |
└ 開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509] |
└ 宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510] |
└ 宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511] |
└ 宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512] |
└ 開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513] |
└ 戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523] |
└ 戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524] |
└ 戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525] |
└ 戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526] |
└ 宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527] |
└ 介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528] |
――……聖杯(Holy grail)。 最後の晩餐において、救世主が弟子たちにワインを振る舞った杯。 それは中世騎士道物語を経て、手にした者の願いをなんでも叶える万能の願望機として定義された。 過去、数多の人間が聖杯を求め旅立ち、争い、破滅していったが――余人に隠された神秘を司る魔術師の世界においてすら真実の聖杯を手に入れた者はいない。 魔術師たちの自衛・管理団体たる魔術協会の有史以来、発見された聖杯の候補物は西暦2015年現在、実に800余。 その候補物の所有権を争い行われる、財、謀、武の全てをかけた魔術師同士の闘争――……それを、俗に『聖杯戦争』と呼ぶ。 否、呼んだのだ。……かつては。 ● ロンドン、時計塔。 その、ある講師の薄暗闇に閉ざされた研究室において。 「かつて――……日本の冬木と呼ばれる土地において、聖杯戦争があった」 ばさり、と机上に一まとめのカード群が広げられる。 タロットに類似するが、その寓意は何れの版とも一致せず、枚数は僅かに7枚。 描かれているのは、剣士(セイバー)、槍兵(ランサー)、弓兵(アーチャー)、騎乗兵(ライダー)、魔術師(キャスター)、暗殺者(アサシン)、狂戦士(バーサーカー)――……7種の英霊の鋳型(アーキタイプ)。 「聖杯を求める7人の魔術師と、それらをマスターとして契約する7騎の使い魔(サーヴァント)を以って覇権を争う……現在、冬木式と俗に称する決闘儀礼」 広げた手が、そのまま順々にカードを捲り返していく。 1枚、2枚、3枚……最後に残った剣士のカードを手に取り、こちらに向けて見せた後、それさえも裏にして机上に戻した。 「結局、聖杯の降臨を得ることなく冬木の聖杯は解体された。 が、その儀礼術式のみは流出し、各地で冬木の粗悪な模倣が乱発――……今や、単に聖杯戦争と言えば冬木式の決闘儀礼を指す。 もはや、聖杯の真贋さえ半ばどうでもよく――だ」 本末転倒な話だ、と話者は肩を竦めた。 伸びた手が、暗幕を払いのける。暗闇を切り裂くように外界の光が差し込み、室内の二人の男を照らし出した。 一人はこの部屋の主、ウェイバー・ベルベット。 通称をロード・エルメロイ2世。時計塔の――恐らくは現最優の講師にして、第四階位の魔術師。痩身ながら攻性の威厳を備えた、三十路前後の偉丈夫である。 相対するのは、四谷想司。 ロード・エルメロイ2世の教え子の一人にして、第七階位――……ようやく見習いを脱した程度の魔術師。こちらも負けず劣らずの巨躯の持ち主だが、表情は真逆に柔和で覇気が無い。 「クソ忌々しいことに」 ロードは不機嫌そうに……もっとも、ここ数年彼の機嫌が良かったためしは無いが……眉間に皴を刻んで続ける。 「老人どもはお前に第826聖杯候補物による聖杯戦争への参加を打診してきた」 冬木の聖杯が解体された西暦2012年以降、聖杯戦争開催の報せは散発的ながら珍しくはない頻度でやってくる。 無論、最高位の聖遺物と疑われるような極上の魔術礼装がそうそう転がっているわけもなく、大概は贋作であるが――悪いことに、聖杯戦争が開催可能な程度には優秀な候補物はそれなりに存在した。 魔術協会としては優れた魔術礼装であるそれらを放置するわけにはいかず、さりとて見返りの少ない殺し合いに有力な魔術師を参加させるわけにもいかず……結果として、組織的後ろ盾と魔術の蓄積に乏しい若い家の魔術師がやり玉にあげられる。いわば、生贄だ。 かてて加えて。 「辞退は出来ないん……ですよね?」 「“それ”がお前の手にある限りはな」 鼻を鳴らして、ロードが想司の右手の甲に浮かんだ文様を示す。 刺青のようであるが、物理的に刻まれたものではない。染料にしては鮮明に過ぎる真紅が描く、ペン先で形作られた十字架の図案。 令呪。聖杯戦争のマスター候補に分配される、サーヴァントに対する絶対命令権。聖杯を求め現界する英霊に交換条件として科される魔術的な頸木。 聖杯戦争の条件が整った際、聖杯が選んだマスター候補に分配される……という。開催地にいる魔術師、あるいは参加の意思を積極的に示した者に優先的に分配される傾向があるが、稀に遠隔地の魔術師に先んじて顕れるケースもある。 もっとも――冬木以外で聖杯戦争が開催されるようになって以降、実際のところは怪しい。 聖杯戦争を管理する魔術協会か聖堂教会の干渉によるものなのではないかというのが、もっぱらの噂だった。ロード・エルメロイ2世の教え子がマスターに選ばれがちなのは、必ずしも彼が冬木の第四次聖杯戦争の参加者であった縁ばかりではあるまい。 「旅費程度は負担するそうだ。時計塔としても、聖杯戦争がいつまでも開催出来なくては困るからな」 「……拠点の設置は?」 「そこまで甘えるな」 「せめて宿泊費ぐらいは」 「出ない。……私がトイチで貸してやってもいいが」 つまり、聖杯戦争の開催にさえ漕ぎ着ければ後は野となれ山となれ、ということ。 想司は痛むこめかみを指で押さえた。 「逆に言えば、開催さえしてしまえば辞退も自由だ。適当なところで帰ってこい」 命が惜しければな。 そう、小さくしかし鋭く付け加える。 射竦められて、思わず想司は背筋を正した。 彼の記憶が確かなら、ロードの参加した第四次聖杯戦争の生還者は、彼を含めて僅かに3名。当時、時計塔有史以来の天才と言われた先代ロード・エルメロイも婚約者ともども死亡している。 聖杯戦争は決闘だ。時として魔術師の合理さえ超越した、理不尽な殺し合い。 それに自分が参加する。想司の胸に去来するその事実は、あまりに非現実的で、空寒い響きがあった。 「開催地は日本。某県、湖底市」 「――……こ、てい……し?」 そうだ、とロードは頷く。 で、あるならば。あながち、想司が選ばれたのは協会上層の嫌がらせというわけではないのかもしれない。 なぜなら。 「里帰りというほど、悠長な旅にはならないだろうがな」 そこは、彼の生まれ育った場所なのだから。 [No.507] 2013/02/11(Mon) 09:02:11 |