こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505] |
└ Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506] |
└ 開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507] |
└ Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508] |
└ 開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509] |
└ 宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510] |
└ 宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511] |
└ 宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512] |
└ 開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513] |
└ 戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523] |
└ 戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524] |
└ 戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525] |
└ 戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526] |
└ 宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527] |
└ 介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528] |
魔術協会の手が及ぶ地域の霊地には、必ずセカンドオーナーと呼ばれる管理者が存在する。 魔術協会から霊地の管理を任されたいわば“領主”であり、例外なく名門魔術師である。 その権勢は――畢竟、直接武力で覆し得るとはいえ――協会に属する魔術師には一定の効果があり、同じ土地に根を張る魔術師はまず彼らに挨拶に行き、工房建設の許可を得なければならない。 夜半。 湖底市中央部に広がる旧い住宅地、その一角に存在する戦前から存在する洋館。 そこに、湖底市を管理するセカンドオーナー……霧積家の工房が存在する。 地上3階、坪200。豪邸と呼ぶにはやや慎ましやかだが、下手に侵入すれば即座に攻性防壁が不埒者の魂までも焼却し、それをかわしても50を超えるゴーレムや悪霊が襲いかかり八つ裂きにする、セカンドオーナーの居城に相応しい魔術要塞である。 ……が、実のところ地上部分は単なる居住区に過ぎず、霧積の魔術の秘奥、そしてその後継者たる当主はほぼ一年中、地下の書斎に籠り切りだ。 「お父様」 重苦しい音と共に樫の扉が開き、書斎の入口に少女が立つ。 数秒の沈黙の後、書斎の奥――明かりが少ないゆえ闇に包まれたそこから、落ちついた、抑揚のない声が返った。 「イライザか」 イライザ=フランセス=霧積。 霧積家の跡取りたる魔術師。時計塔における階梯は第一位。誰に問うても否定できぬ、正真正銘の天才である。 巻いた金髪とエメラルドのような碧瞳、白磁の肌。いずれも日本人離れしているが、唯一、155cmに満たない小柄な体が彼女の血の半分がこの国のそれであることを示している。 「監督役から連絡がありました。……明日、全てのマスターがこの湖底市に揃うと」 父は沈黙を以って先を促した。 寡黙な彼が言葉を返すことは珍しい。ただの相槌ですら。 気にした様子もなく……やや静寂に気圧された様子もあるが、イライザは続けた。 「我々が捕捉しているのはアイルランドはエレノアール家の当主、没落したシェイド家の後裔、アインツベルンが雇った“死神”、そして“異端”橋口凛土……」 つらつらと読み上げて、監督役から渡されたメモを仕舞う。 「それと、三日前市内に入った“天川”が行方を晦ましています。死んだのでなければ、あるいは彼も」 「……魔術協会から来るという、最後の一人は」 イライザは訝った。 寡黙な父が彼女に問い返す、などというのはこの10年、3度あったかないかの珍事だ。 加えて、その最後の一人は数合わせのようなもので……到底、彼の興味を引くような魔術師ではないのだが。 かくいうイライザもその男の名を覚えておらず、慌てて仕舞いこんだメモを取り出して広げた。 「……ソウシ。四谷想司です」 「知らない名だ」 「それは、そうでしょう……まだ2代目、新興もいいところです。 まぁ、あのロード・エルメロイU世の薫陶を受けている以上、凡骨ではないでしょうが――……」 とはいえ、現在は第七階位の未熟な魔術師に過ぎない。 聖杯戦争が始まる今日明日に突然、空前の熟達を見せる……などということはまずあるまい。脅威と取るにはあまりに矮小だ。 「…………志摩ではないのか」 「はい……?」 その呟きを聞き取りかねて、イライザは眉をひそめる。が、父はそれきり、元の寡黙さを取り戻してしまった。 数十秒ほど未練たらしく待ってみたが、やがてイライザは諦めて先を続けた。 「注意すべきは“死神”スー=シェン。元封印指定執行者たる彼本人もさることながら、その背後にあるアインツベルン。 そして、“異端”橋口凛土――彼に関しては聖杯戦争、否、霧積家のみならず、協会そのものにとっても忌むべき問題です」 「手練と聞いている。……不安は無いのかね?」 父の問いに、イライザは用意しておいた笑みを浮かべた。 掲げた右手に風を纏う剣の意匠。 令呪。 「――……もちろん」 こつり、と背後の床を金属のブーツが叩く。 イライザの傍に、影のように立つ人影は、騎士。 頭から爪先まで、黒い全身甲冑に身を包んだ、年齢はおろか性別さえ定かならぬ、サーヴァント。 「如何なる敵であろうと、私とセイバーが打倒します。 ……聖杯は、必ず我が霧積の下に」 主人の宣言に、剣の英霊は黙してその剣を捧げ持った。 ● 依頼主の遣いが寄越した、重そうな……ともすればこのまま人を僕殺できそうなボストンバッグの口を開く。 そこに満載された金のインゴットを呆れ半分で眺めて、スー=シェンは息を吐いた。 「もう少し、なんとかならなかったので?」 概算して指定の依頼料以上は十分にあるが、だからといって今日びバッグに溢れるほどのインゴットを渡されても始末に困る。鋳造も自分でやったのか製造番号も入っていない。捌くのも一苦労だ。 が、そんなスーの心中を知ってか知らずか、アインツベルンの遣いである少女は首を傾げた。 ホムンクルス。北欧の魔術の大家アインツベルンがその錬金術を以って構築した人造人間。……あるいは、人間に似たパーツで構成された人形。 さして手間をかけた個体でも無さそうだ。知能が無いのか、それとも喋る機能が無いのか。ともあれ、建設的な会話は見込めないようだと判断すると、スーは言葉を紡ぐのも億劫になったか、しっ、しっ、とジェスチャーでホムンクルスを追い払う。 少女は特に気を害した様子もなく踵を返すと、路地裏の闇に消えていった。 残されたバッグをさてどうしたものかと暫し眺めていると、傍らに霊体化していた、彼のサーヴァントが現れる。 現代で言えばユダヤ系の印象を受ける、偉丈夫である。 服装は豪奢だが機能美を感じさせ、一方で背に負った弓と矢筒は長く使いこまれた風格がある。王侯の気品と熟練の狩人が持つ鋭利さが同居した、不思議な男だった。 「――……私が運び推奨です?」 その端正な外見に似合わぬ、文法が滅茶苦茶な日本語で言うサーヴァントにスーは「お願いします」と肩を竦める。 「アインツ、ベルン」 数十kgはあるであろうボストンバッグを軽々と持ち上げて、その名を口にする。 アインツベルン。 ドイツに本拠を置く、かのラインの黄金を受け継いだという錬金術の名門。 大本たる冬木の聖杯を構築した御三家のひとつでもある。 長きに渡り聖杯に執着し続けた家でもあり、聖杯の解体と流出を内心苦々しく思っていたであろうことは想像に難くない。今次聖杯戦争の開催にあたり、聖杯の奪取、ないしは破壊がスーに持ちかけられた依頼なのであるが。 「信じる証明の有無ですか?」 相変わらず混沌とした台詞だが、まぁ大意は「信じられるのですか?」といったところか。 「信じる? ……あなたの言葉とも思えませんね、アーチャー」 スーのサーヴァント……アーチャーは、鳶色の瞳を巡らせて、主に向けた。 「姿を見せない、情報も寄越さない、戦力も機材も用意しない、ただ金だけ寄越して用件を突きつけてくる。 自己強制証文があろうが統一言語で命じようが、信頼はおろか信用も出来る相手ではありませんよ。 ……おまけに、評判も最悪だ」 アインツベルンは非常に閉鎖的で、外部の人間を信用しない。 スーが執行者時代から聞き及んでいたことだ。これまでの様子を見るに、間違った情報ではあるまい。 バッグ一杯の黄金など、彼らからすれば端金もいいところだ。で、あるから彼らにとってスーの存在は、良くて捨て駒、悪ければ……。 「ま、金は受け取った以上、仕事はこなしますよ。……あなたも」 懐から煙草を取りだし、箱から一本引き抜く。 ライターを持つ手の甲に、鎌と塔を組み合わせた2画の紋様が赤く彩られていた。 「欲しいんでしょ? 聖杯」 「無論の結論です」 こくりと頷くアーチャーを皮肉るように口の端を少し吊り上げる。 コートの裾をはためかせて、白衣の死神は繁華街に向けて歩き出した。 [No.510] 2013/02/13(Wed) 23:44:33 |