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No.511へ返信

all こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505]
Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506]
開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507]
Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508]
開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509]
宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510]
宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511]
宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512]
開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513]
戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523]
戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524]
戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525]
戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526]
宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527]
介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528]


宣戦俯瞰・U (No.510 への返信) - アズミ

 幾重にも隠蔽の魔術が施された船舶が、湖底港に音もなく接岸する。
 小型とはいえ、24フィートに達する立派なヨットである。尋常ならば夜間に、それも無断で寄港して見咎められないはずがない。

「さすがは西欧財閥製、といったところか」

 ヨットから港に降り立ち、クルス=シェイドは独りごちる。
 黒髪黒瞳であるが、無論日本人ではない。彼が闇の中に映える白い肌の腕を上げて合図すると、ヨットは再び音もなく岸を離れ、沖合へと消えていった。
 神秘を一般社会に秘匿することに血道を上げる魔術師にとって、隠蔽に関する魔術は基本にして重要だ。
 とはいえ、魔術協会と距離を置く新興の団体がこれだけの――それも、時計塔の魔術師が気嫌いするであろう機械類と融合した魔術礼装を揃える。

 時代は変わりつつある。

 もはや家柄と歴史がモノを言う旧態依然とした魔術師の時代は、終わろうとしている。
 言わずもがな、聖杯戦争のためだ。表の歴史がそうであるように、武力の激突によって活発化した大きなうねりは魔術師の社会までも急激に変えようとしている。
 結果として、また戦禍は広がるのだろう。クルスの知る、幾つかの忌むべき前例の如く。

(……ここは、そうはさせないさ)

 昂る意識を努めて冷却し、クルスは街を目指し踵を返す。
 その傍らに、小さな靴音だけをさせて女が現れた。

「勝手に出るな、バーサーカー」

 狂戦士(バーサーカー)の名には聊か不似合いな、中世欧州風の豪奢なドレスを纏った貴婦人である。
 ただ、その衣装はティアラに嵌めこまれたルビーからドームのように広がったスカート、果てはハイヒールに至るまで全てが血で染め上げたように深紅。
 乱れた髪の奥に覗く瞳もまた紅で、そこに湛えた光は狂気に淀み、濁っていた。

「――――……においが、する」

 ルージュの引かれた唇から、くぐもった声が漏れた。

「におい?」

 訝しげに問うクルスに答えず、バーサーカーはその視線を街中へ向けた。

「惨劇のにおい。淫蕩のにおい。獣欲のにおい。……異教徒のにおい」

 男を前にした娼婦のように、あるいは獲物を前にした獣のように。三日月に吊りあがった口唇から漏れ出でる、吐息――――そして、火の粉。
 そう、火の粉。闇を照らすランタンのように、バーサーカーの口内に炎が揺らめいている。
 クルスは舌打ちを一つすると、バーサーカーを手で制した。

「拠点の構築が先だ。抑えろ」

「おさ……える?」

 あからさまに不満そうに眉をひそめる。炎が蛇の舌のようにちろちろと外気を撫でた。
 クルスはそれを予測していたのか、制した手を翻して甲を見せる。
 そこに描かれているのは、炎と時計を組み合わせた意匠の赤い紋様。

「令呪を使われたいのか?」

 令呪。三度のみ使える、マスターのサーヴァントに対する絶対命令権。
 が、その効果はサーヴァントの命令を強制するのみならず、サーヴァントが同意するならばその命令を実行するための助力ともなる。
 いわば、サーヴァントにとっても切り札。浪費するのは面白くない。

「ウゥゥ……」

 燻ぶる火種を噛み殺すように、バーサーカーが口を閉じる。
 クルスはやれやれとばかりに一つ息を吐くと、先刻バーサーカーが視線を向けた市街地を見る。

「そうがっつくこともないさ。……どうせ、すぐに嫌でも戦わなければならなくなる」


 ――そう。
 今次聖杯戦争、その開戦の時は……刻一刻と迫っていた。





 天川希は、茫然と“それ”を見上げた。

 肺を刺すような鋭い夜気を掻き混ぜるように、9本の白尾が揺れ動く。
 その一本一本が希の身長の2倍ほどもあり、根元にそびえる胴体の大きさたるや、一軒家ほどもある。
 それほど熱心に学んだわけでもない希ですら、一目で“それ”が何であるかに気付いた。
 幾つもの国を呑みこんできた滅びの化身。混血たる己では遠く及ばぬ幻想。天川たる己でも到底敵わぬ、形ある絶望。

 だというのに。
 月明かりを照り返し、黄金に輝くそれに――――

(――……きれいなの……)

 希はただ、見蕩れた。




 銀光が、夜闇を切り裂いた。

 天川勇治が振り抜いた刀によって胴体と泣き別れした魔術師の首が、工事現場に転げ、恨めしい視線を仇に向ける。

「……貴様のような奴が他人を恨める筋合いか」

 刃を一振るいし血糊を払い落すと、勇治はそれきり首にかかずらうこと無く、彼が今まさに行わんとしていた魔術儀式のほうに注意を移した。
 床に――おそらくは鶏の血で描いた魔法陣。彼の魔術知識は本職のそれに比べればお粗末な物だが、それでも事前情報から何を目的としたものかは見当が付いていた。

「サーヴァントの召喚……まだ始めてはいなかったようだな」

 もしこの魔術師が既にサーヴァントを従えていたなら、殺されていたのは勇治のほうだったろう。
 かつて人ならざる者と交わった人間の後裔――俗に“混血”と称される一族の出である勇治は、無論のこと常人を凌駕する卓越した身体能力を持つが……それでも、抑止力の一端にまで上り詰めた英霊と比べれば聊か以上に分が悪い。
 そしてこのような儀式が行われるということは、必然、ここ湖底市で聖杯戦争が開催されるという噂は、確定情報となる。

「迷惑な話だ」

 天川は人ならざる力を以って、人ならざる理法で人間社会に仇成す者を狩る、“魔術師狩り”の血族。
 その彼らにとって、聖杯戦争はおよそ考え付く限り、最悪の厄種である。
 魔術師は魔術が衆目に触れることを忌み、慎むが、それは周知されることで魔術が神秘を喪うことを忌避しているのであって、一般社会に配慮しているわけでは決してない。
 であるから、バレさえしなければ幾らでも人的被害を出すし、時に隠蔽に失敗して街一つが壊滅することも……特に聖杯戦争においては、ままある。
 勇治は聖杯戦争を阻止すべく、天川からこの街へ派遣されてきたのだが……。

「この調子なら既に2、3体は呼ばれていると覚悟すべきか……」

 それは取りも直さず、今後サーヴァントを相手取る可能性が高いということ。
 今回、見習いとしてまだ幼い彼の妹、天川希を連れてきているが――到底、“現場の空気を感じさせる”などという余裕はあるまい。今日のうちに家に戻らせるべきだろう。
 勇治はリノリウム張りの上に描かれた魔法陣を靴裏でこそぎ消すと、妹の姿を探して視線を巡らせた。
 荒事になったため隠れていろ、とだけ言っておいたのだが……ここは改装工事中で放棄された百貨店跡、小柄な希が隠れようと思えば場所はいくらでもある。

「希!」

 声を張り上げる。人目につくと困るので、幾分か控えめであるが。
 それが木霊となって工事現場に反響すること、たっぷり十数秒。勇治がもう一度呼ぼうと思ったその時、闇の奥から応える者がいた。

「お呼びかな、兄上様」

 希の声――……

(……では、ないな)

 声質は確かに希のものだが、妹の言葉ではないと、勇治は瞬時に確信した。
 我知らず、右手が刀の柄にかかる。

「誰だ」

 勇治の誰何に、“声”は呵々と笑った。

「これは冷たきこと。血を分けた妹に、まるで怨敵のような扱いよのう」

「お前は、妹ではない」

 明らかに口調が違う。否、口調以上に言葉の奥に見える人格が違う。
 声は……あぁ、そして。闇の奥から現れたその姿は、明らかに天川希、本人であるというのに。
 顔も、身体も、まさしく勇治の妹のもの。しかし、纏った服は別れる直前に見た霊服ではなく、やたらに露出度の高い漢服で、手には幼い彼女の身体には聊か大き過ぎる扇を抱えている。
 希――の姿をした何かは、笑みを収めて口を尖らせるように勇治を糾弾した。
 

「だとしても、そう邪険にすることはなかろうよ。――……妾は他ならぬ、お前様の呼び出した従僕なれば」

「なに?」

 狼狽すると同時に、右手の甲に鈍痛が走った。
 眼前の何者かへの警戒は緩めぬまま、視線を向ける。

 そこに浮かんだのは、鳥居の狭間に揺れる炎をあしらった魔術紋様。

「令呪……!?」

「おうとも。
 アサシン、彼岸へ至るその呼び声に応じ、ここに参上した。よろしく頼むぞ、主様や」

 ――儀式は、完成していたのか。
 勇治は 唇を噛んだ。
 おそらくサーヴァントの召喚が行われた、まさにその瞬間に勇治が魔術師を絶命させたのだ。
 マスターの選定は召喚の儀式とはまた別に、聖杯の術式そのものが行うという。
 支配権の宙ぶらりんな状態になったアサシンのマスターとして、手近にいて素養のある勇治が選ばれた。そういうことか。
 ならば。

「……ならば令呪を以って命じる! アサシン、自が――……!」

「その先は言わぬ方が良いぞ、主様。妹の命が惜しくばな」

 その言葉に、思わず出しかけた自害の命令を詰まらせる。

「…………希に何をした」

 はっきりとした敵意と憎悪を込めて問う勇治に、しかしアサシンは柳に風といった様子で、何処からか取り出した扇で口元を隠す。

「であるから、言ったであろ? 血を分けた妹に、と」

「まさか――……」

 想像に難くは無い。そういった魔術は存在するし、魔の類にも超抜能力としてそれを行う個体がいるし、対抗策もまた天川は幾らか保有する。
 だが。だが、よりにもよって。
 サーヴァントが、それをしたのか。

「妾は霊体として存在できぬ。“そういう存在である”ゆえに。
 であるのでな。気の毒ではあるが、妹御の身体は預からせてもらった。この身体は……」

「希に、憑依したのか……っ!」

 勇治の激昂を、しかしアサシンは薄い笑みで肯定した。


[No.511] 2013/02/14(Thu) 15:12:32

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