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No.512へ返信

all こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505]
Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506]
開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507]
Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508]
開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509]
宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510]
宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511]
宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512]
開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513]
戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523]
戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524]
戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525]
戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526]
宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527]
介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528]


宣戦俯瞰・V (No.511 への返信) - アズミ


 ――同刻。

 湖底港へ向かうフェリーのキャビンに、時計塔を発った四谷想司の姿があった。
 その日の最終便、時刻は既に23時を回りつつあったため、周囲に人はまばらだ。僅かな乗客さえ揃って仮眠しており、人目は無いに等しい。
 それを確認してから、想司は懐から小さな小箱を取り出し、幾重にもかけられた厳重な錠前を外して開いた。

「まったく、ロードもあれで面倒見がいいんだから」

 そこに入っていたくすんだ輝きを放つ小さな金属片を眺めて、想司は嘆息した。





「今さら説明するまでも無かろうが――英霊は完全なランダムで呼ばれるわけではない」

 デスクの下から小箱を取り出して、ロードが言う。
 無論、想司もそれは心得ている。
 召喚される英霊の選定には幾つかの条件があるが、省約するならばそれは「縁に引っ張られる」と纏める事が出来る。
 何の準備も行わなければマスターに似た要素を持つ英霊が選定されるし、何らかの媒介……お目当ての英霊に縁のある物品を用意すればその英霊が召喚されやすくなるわけだ。

「ただ、前者はリスクが大きい」

「そう……ですか?」

 聖杯戦争も二桁を数える現在、サーヴァントとマスターの相性は無視できないウェイトを占めることは(少なくとも時計塔では)周知されている。
 自分自身を縁として呼び出した英霊ならば、きっと相性も良かろうというのが想司の……まぁ、素人考えなのだが。

「自分の似姿に必ずしも好感を抱くとは限るまい。同族嫌悪で信頼関係がガタガタになる可能性もある。
 また、英霊と一口で言っても星の数ほどいる。“相性がいいだけの山火事を消火した原始人”でも呼ばれたらどうする?」

「あー……」

 英霊は生前偉大な功績をあげ、死後においてなお信仰の対象となった英雄がなる存在だが、その“偉大な功績”は絶対評価ではなく社会の大きさ、文明の成熟度に比した相対評価で決定される。
 現代においてアマゾンの密林伐採を止めた事業家がいたとしよう。
 規模で言えば彼は“地球を救った”のかもしれないが、それが死後に至るまで信仰を集めるかといえば否だ。英霊足り得る存在ではない。
 逆に原始時代において山火事一つを止め、周囲の村々救った男がいたとしよう。
 その当時の“人類の生存圏、その最大単位”を救った彼を周囲の人々は祭り上げ、死後もなお信仰し、あまつさえその一生をさらに脚色するだろう。そうしたものこそが英霊となる。
 ……が、それがあまりにもローカルであったり、戦闘力に欠けるものであった場合、英霊としての価値はともかく聖杯戦争では役に立つまい。

「そうした事態を避けるための、媒介というわけだ」

「はぁ……それで、その箱は?」

 説明はわかったが、今ひとつ話が見えない。
 ロードは「クソ(ファック)、これだからジャップは」、と一言悪態をつき小箱を突き出した。

「察しの悪い奴だ。お前が使う媒介だよ」

「……え、でも拠点も宿泊費も出ないんじゃ!?」

「媒介も貸し出さんとは言っていない」

 しれ、と言う。

「いいか、貸し出すだけだ。必ず返却しろ、いいな?」

 身長180を越える偉丈夫で、しかも彫りが深く終始不機嫌な男が返却だの貸し出すだの言うとどうにもヤクザに絡まれたような圧迫感を感じるのだが……。

「ご、ご厚意、痛み入ります」

 ……厚意、なのだろう。恐らく。
 とりあえず礼を言うと、ロードは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
 許可を得て錠前を外し、小箱を開くと――……そこに入っているのは金属片。
 魔術礼装の素材として貴金属は見慣れているので、すぐに黄金だろうとあたりはついた。

「ロード、これは?」

「ロンバルディアの鉄王冠から剥がれおちた金属片だ」

「ロッ!?」

 ロンバルディアの鉄王冠。
 イエスを磔刑にした聖釘を潰して作った鉄製の王冠であり、イタリアはランゴバルド王国、後に中世イタリア王国の王権の象徴とされた品だ。
 言わずもがな、値のつけようもない国宝、否、人類史に残る宝である。
 確かに過去2度、表面の黄金片を紛失したため大きさを詰めているという記録があるが……。

「こ、こんなものどこから!? っていうか、こんなの貸し出していいんですか!?」

「倉庫に死蔵されていたものだ。後で返却すれば老人たちもとやかくは言わん」

 それは気づかれない内に、という但し書きが入らないだろうか。

「返せなかったら……」

「その時はお前は死んでいる。いずれにせよ気にすることじゃない」

「は、はぁ……」

 このロード、見た目通りに肝が太い。伊達に一度聖杯戦争を戦い抜いていないということか――……いや、そもそも確かその第四次聖杯戦争で師から媒介を盗み出したのだったか?
 ともあれ今さら辞退するわけにもいかず、想司はその小箱を受け取ることになった。
 ごくごく小さな黄金片だけに、手の上に乗せたそれはとても軽い……はずだったが、なぜか想司にはそれが百貫もあるように感じられた。





 適当なところで帰ってこい、と言ったのに、渡してきたのはこれである。

「ひょっとして期待されてるのかな……?」

 で、あれば素直にすぐ帰るのも悪い気はする。
 だいたいにして、聖杯戦争の敗退はイコール、サーヴァントの死である。
 なにせ一度死んでいる英霊なので、死自体はそれほど重大事でないかもしれないが……それでも彼らは例外なく聖杯に託す願いを持っているわけで、想司の辞退はそれを棒に振らせるに等しい。おとなしく辞退すると言って聞いてくれるかは甚だ怪しい。

「ロンバルディアの鉄王冠っていうことは、呼ばれるのはコンスタンティヌス帝か、シャルルマーニュか、ナポレオンか……」

 なにせ4世紀頃から地中海世界の覇者に綿々と受け継がれてきた王冠である。今挙げた何れ劣らぬ大英雄の他にも、赤髭王を始めとした歴代神聖ローマ皇帝とも縁深い。
 彼らは基本的に魔窟の如き中世欧州の丁々発止を生き抜いた英傑である。想司が「怖いからやめます」と言って大人しく帰ってくれるような連中では、まず無い。
 かといって、ロードの言った通り完全な相性で召喚するのは危険すぎる。
 こんな臆病な自分に引かれてやってくるような英霊では、監督役に保護を求める前に他のサーヴァントに諸共殺されかねない。

「…………どうしよう」

 頭を抱える。
 胃も痛くなってきた。神経性の胃炎なぞ受験の時以来だ。 

「……トイレ行こう……」

 蒼い顔で席を立つ。
 トイレに向かう途中、席にもたれて仮眠している客にぶつかった。

「あ、すいません」

 起こしてしまったか。そう思い、小声で謝罪する、が――その客は、起きるどころか首が落ちていた。

「――――――……え?」

 ごろん、と床に転がった生首と眼が合う。
 が、その視線は虚ろ。よく見れば、マネキン並にお粗末な造形のそれは、人形だった。

「……これって」

 拾いあげる。
 似たようなものに見覚えがあった。……人形師と言われる類の魔術師たちが、偵察などに使う低級の魔術人形である。
 嫌な予感がして、周囲を見回す。
 いくらなんでも、“キャビンにいる乗客が自分以外全員仮眠している”などという事態は、おかしくはないか……?
 だとすれば――

「――……マズい!?」

 次の瞬間、窓の外から眩い光が迫り、キャビンを炎で埋め尽くした。





 フェリーの現在位置から100mほど。
 海上に、それと並走するように浮かぶ円盤があった。
 空飛ぶ円盤、だ。そうとしか表現できない。それ自体が仄かに輝いており実像が掴みづらく、構造はおろか素材さえ不明。
 その上に、キャスターとそのマスター、“異端”橋口凛土はいた。
 何処にでも居そうな、日本人男性である。もし然るべき立場の人間であれば加えて、学者……それもフィールドワーク中心の学者特有のラフさ知性の同居を感じとれるかもしれないが。

「フェリーひとつの乗客乗員をまるまる人形とすり替えるってのはねぇ……なかなか難儀だったよ」

 嘆息気味にそういう凛土に、キャスターはなぜかドヤ顔で満足げに頷く。

「アテンは平和を尊ばれる。流血は極力避けねばな」

 ネメスを被りウアスを携えた、中年手前の男である。
 恰好はあからさまに古代エジプト王朝のファラオのそれだが、特徴的なのはその身体。
 指が異常に長く、顎が尖り、後頭部が大きい。胴体のバランスも脂肪の付き方が特殊で、有体に云ってバランスが悪かった。
 一昔前に流行った宇宙人を彷彿とさせる有様である。
 キャスターの言うアテンとは古代エジプトの太陽神……あるいは、太陽そのものを指す。彼の言に違わず平和と恵みの神であり、流血を好まない。

「時計塔のマスターは死んだかな?」

 凛土の問いに、キャスターは否定で応じる。

「火加減は落としておいた。余程当たりどころが悪くなければ死にはすまい」

 言って、くいと指でフェリーを示すと、円盤はそれに従って甲板に接近し始めた。

「降伏勧告に行く。念の為ここを動くなよ、マスター」

「別に殺したいわけじゃないけどね。もう一撃放り込んだほうが確実じゃないかい?」

 凛土の意見は尤もであったが、キャスターは聞かずに甲板へ降り立つ。
 令呪が出現し、かつサーヴァントをまだ召喚していないのは調査済みだ。狙うならば絶好の機会ではあるが、それでも魔術師には違いない。
 念を入れてアウトレンジから焼き尽くすのが安全なのは間違いないのだが……。

「ファラオにしてアテン第一の信徒たる我がそのような狭量をして何とする」

 キャスターは頑として受け付けない。
 わかっていたので、凛土もそれ以上は続けなかった。
 キャスターの信仰は筋金入りだ。それがゆえに歴史の敗者となったほどに。今さら三十路にもならない若輩の、それも学者風情に窘められて宗旨替えなどするはずもない。

(なんとなれば、令呪を使って命じればいいか)

 それきり円盤に引っ込んだのを見て取ると、キャスターは瓦礫を蹴散らしてキャビンへ踏み入った。


[No.512] 2013/02/14(Thu) 21:01:40

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