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No.513へ返信

all こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505]
Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506]
開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507]
Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508]
開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509]
宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510]
宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511]
宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512]
開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513]
戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523]
戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524]
戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525]
戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526]
宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527]
介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528]


開戦儀礼・U (No.512 への返信) - アズミ


 四谷想司は、“戦い”を愉しめない子供だった。


 両親は健在……であるはずだが、顔もろくに覚えていない。
 魔術師の祖父に引き取られ、その後継者として育てられてきた。
 魔術刻印の継承など、その生活には幾許かの苦痛が伴ったものの……祖父は概ね優しく、想司の子供時代は人並みに、あるいは魔術としては破格に、幸福なまま過ぎ去った。

 ただ一つ、特筆すべきことがあるとすれば。
 四谷想司は、“戦い”を愉しめない子供だった。

 喧嘩が嫌いとか、競争を厭うとか、その程度では収まらなかった。
 絵空事、フィクション、漫画やアニメやゲーム、果ては童話の中の戦いすら愉しむことが出来なかった。
 勇猛さに対する憧れだとか、力を誇示する欲望だとか、そういった普通の子供……特に男の子が備えている精神的特質が絶無に等しかったのだ。

 初めて『桃太郎』を読んだ時に思ったのは、「なぜ鬼は退治されなければならなかったのか」だった。
 “悪い鬼”であると明言されるが、その悪徳は作中に示されない。車に満載するほどの財宝が描かれるが、それを奪われた人々は物語に全く現れない。桃太郎はそれまで幸福に育ち、そこに彼を戦いに駆り立てる差し迫った事情は見当たらない。
 攻め入り、殺し尽くし、富を奪う。めでたしめでたし。
 その流れに、暴力の気配に、わけもわからず怯えた。誰もが持っているはずの野蛮さが、闘争本能が、彼には全くなかった。

 そんなことを祖父に言うと、祖父は優しく微笑んだ。

「それでいいのだ、優しい想司。そんなお前でこそ、私の跡を継げるのだ」

 当時、その言葉の意味はわからなかった。今以ってもわからない。
 ただ、魔術師ならずとも生きにくくなるであろうそんな想司の軟弱さを、祖父は決して叱らなかった。
 ただ、一つだけを厳命した。

「どれだけ戦いを恐れ、厭うたとしても……生きることだけは放棄するな」

 それはお前を愛する者、愛した者たちへの背約だ。
 たとえ誰かを傷つけ、あるいいは殺めるとしても。


「生きてさえいれば、意志を捨てなければ、いつか答えには辿り着けるのだから」

 私がダメでもお前が。お前がダメでもその後継者が。
 目指している限り、いつか答えには辿り着ける。そのために道を歩み、血を繋ぐのが魔術師なのだから。
 ゆえに――……

「生きることだけは、やめてはならないよ」

 思えば。
 魔術の継承さえ強制はしなかった祖父の、それは唯一の“命令”だった。





「……がっ、あっ……!」

 果たして、当たりどころは最悪に近かった。
 足が酷い火傷で動けない。左腕は明後日の方向に折れ曲がっており、脇腹には砕けた座席の一部が刃となって突き刺さっている。
 瀕死だ。数秒で死ぬことはないにしろ、数時間……少なくとも、救助が来るまで保ちはすまい。

「フム――? 運が無いな、小僧」

 瓦礫を踏み砕いてキャビンに入ってきた男が、事も無げに言う。
 まるで犬の糞でも踏みつけてしまったかのような、そんな気安さで。
 魔力など察しなくとも解る。この超然とした精神性、間違いなく――……

「さァ……ヴァン、ト……!」

「如何にも。キャスターである」

 鷹揚に頷いてみせる。
 まさか、湖底市に辿り着く前に襲ってくる前に襲ってくるとは予想していなかった。
 令呪が現れた時点で参加者には違いないが、サーヴァントが揃っていなければ聖杯戦争は始まらないのに。
 だが、それは全て己が迂闊さであったと想司はすぐに気づく。

「少々脅しが効きすぎたようだが、まぁよい……小僧、令呪を寄越せ」

「な――に……?」

「お前の如き凡夫が参陣したとて、無為に死ぬだけだ。今のように。
 ゆえにその令呪と未だ呼ばぬサーヴァント、我々が有効活用してやろう。
 その傷は治してやるゆえ、令呪を寄越せ」

 そう。
 サーヴァントがいなければ、倒しても聖杯戦争は進行しない。だが、令呪が存在しているなら、それを奪うことはできる。実質、一人脱落と同じことだ。

「我は霊媒治療に然程の心得が無いため、右腕ごと引き抜くことになるが――まぁ、命までは取らぬ」

「じょ……」

 冗談じゃない。
 命まで取らないというキャスターの言も、正直なところ信用ならなかった。
 ここまで人を殺しかけておいて、命までは取らないなど尋常な人間でも信用ならない。まして――まして、ここまでしておいて「少々やりすぎたか」程度にしか思わないような手合いの言葉など、何の信用にもなるまい。
 右腕一本で手打ちというのもぞっとしない。時計塔の上位魔術師ならば本物と寸分違わぬ義手を用意することもできようが、想司にそんな伝手はない。令呪を無理矢理引っこ抜かれれば魔術回路にも恐らく異常が出る。

 それは、ダメだ。

 ……それだけは、ダメだ!

「よせ、無為だ」

 こちらの意図を悟ったか、右手に輝く円盤を生み出して、キャスターが制止する。
 だからといって、素直に止まってやる義理はない。
 懐に入っているのは、粘土板だ。本来ルーンを彫り込んで使う為の。予め、そこに術式が全て刻みこんである。

『――告げる
  (セット)

 素に霊と魂。礎に牙と爪の天使。祖には我が大師クロウリー。
 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

 巡れ。巡れ。巡れ。巡れ。巡れ。
(まざれ。まざれ。まざれ。まざれ。まざれ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。』

 字の表面を撫ぜることで、術式が起動する。
 想司は一般的な元素魔術(フォーマルクラフト)に関しては全くの凡夫であった。
 が、ロード=エルメロイU世の教え子の類に漏れず、ただ一つ異才があった。“書き記す”という工程を持つ魔術に関してのみ、超抜した才能を発揮したのだ。
 長い魔術史の中にも特異な、ある種の特化型の天才。ゆえに、キャスターも反応が遅れた。
 所詮、現代の魔術師の行使する魔術など自分ならば容易く防ぎきれるとたかを括っていた。さらには、筆記を用いるがゆえに無音。ゆえに、その術式の内容を察することが出来なかった。

『――……告げる!
     (セット)

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 況や、それが“サーヴァント召喚”であろうなどと、推測さえ出来なかった。
 本来ならば綿密なスケジュールの元、最高の条件で長大かつ複雑な儀式を以って行われる術だ。
 こんな土壇場で、魔法陣も描かずに行うなど。当の想司にさえ成功するかは賭けだった。

『誓いを此処に。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者』

 懐に収まったままの媒介が、燃えるように熱い。
 もはや止まれない。最後だけは、言葉に出す。
 編み上げられた術のトリガーを、全力で引く!

「……! 貴様、何を――!?」

 もう遅い!

「汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」


 そして、想司とキャスターの間に輝きが満ちた。





 最初に視界に飛び込んできたのは、長大な十字架だ。
 陽光の如き眩い輝きを背に、十字架がそびえ立っている。

「――……ご無事ですか、マスター?」

 それを捧げ持つ、女がいた。
 青いチュニックの上から深紅のヒマティオンを纏った、青髪の女。

「……君が……僕の、サーヴァント……?」

 想司の問いに、女は頷く。

「ランサー、召喚に応じここに参上しました」

 ランサー。槍兵の英霊。
 全クラスで最も敏捷性に優れる、“最速”のサーヴァント。

「チィッ!」

 キャスターの反応は迅速だった。
 生み出した光熱の円盤を、躊躇うことなく全力で投擲する。

『アテンの円盤よ!』

 太陽神アテンの姿を模した攻撃魔術。
 一工程(シングルアクション)で成立する速射型だが、神代の魔術――『高速神言』を修めるキャスターのそれの威力は大魔術に匹敵する。まさしく極小規模の太陽と呼ぶにふさわしい。
 だが。

「主の恵みあれ!」

 ランサーが朗々たるソプラノで聖句を紡ぎ、十字架を一閃する。さながら、それこそ槍のように。
 どう見ても木製のそれは、太陽の表面並の熱量――摂氏6000℃に及ぶ高熱の火球を真正面から受け、そのまま打ち砕いた。

「な――にィッ!?」

 流石に予想外だったか、そのまま突進する女の一撃を、辛うじて飛び退き回避する。
 ランサーは深追いせず、十字架をキャスターに突きつけるように掲げた。

「――――立ち去りなさい、キャスター。
 マスターの治療をしなければなりません。ここで退くならば追うことはしないと誓いましょう」

「退け、だと……? 女が、王(ファラオ)に指図するか!」

 アテンは平和と恵みの神。その信徒たるキャスターは流血を好まないが、しかしそれは必ずしも温厚であることを意味しない。
 その手を血に染めることはなくとも、彼は敵には一度として容赦しなかった。
 王に刃向かう者は、これを必ず征服してきた!

「東の地平より美しく現れ出でる、生きるアテン、生命を生み出したる者よ――……」

 先刻とは異なる長大な詠唱。十以上の小節を以って簡易儀式と成す瞬間契約(テンカウント)。
 しかし、ランサーは微塵も態度を揺らがせず、静かに言った。

「やめなさい、無為です」

 奇しくも、それは先刻キャスターが想司に言った台詞の焼き直しだった。

「ッ……灼き尽くせ!」

 生み出された大量の円盤が、余熱でキャビンを焼き焦がしながらランサーに迫る。
 その全てが轟音を上げて直撃し、そして――……

「……だから言ったでしょう。無為だと」

 “無傷”で、黒煙の向こうから現れた。

『――退け、キャスター!』

 驚愕するより先に飛んできたのは、凛土の念話だ。

『対魔力だ! 三騎士クラスと正面戦闘はリスクが高すぎる!』

 セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士クラスはクラススキルとして対魔力と呼ばれる魔術抵抗スキルを高い水準で持つ。
 その防御力たるや、事実上魔術では傷一つ付かない英霊も存在するほどだ。
 ランサーの対魔力レベルは不明だが、諸々の条件を加味してAランク相当の魔術防御を得ていることはもはや確定である。
 魔術師(キャスター)とはあまりにも相性が悪い。

「だが!」

『令呪をこんなところで切らせるな! 退け!」

「……チ――……ィィッ!!」

 キャスターが地を蹴り、キャビンから飛び出すとそれを空中で凛土の乗った円盤が拾う。

「貴様はいずれ必ず誅滅する! それまで命運は預けておくぞ、ランサーッ!」

 その捨て台詞には返すことなく、ランサーはただ油断なく十字架を構えることで応じた。

 一刻に満たない沈黙。

 輝く円盤が地平線の向こうに去ったのを確認して、ようやく想司は深く息を吐いた。

「助……かった……」

 と、同時に急激に視界が暗転し、身体がまるで床に抱き寄せられるように引き倒される。

「マスター!」

 駆け寄ってくるランサーを視界に収めたのを最後に、想司は意識を手放した。


[No.513] 2013/02/14(Thu) 23:33:43

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