[ リストに戻る ]
No.526へ返信

all こてふぁて・りろーでっど - アズミ - 2013/02/10(Sun) 21:19:38 [No.505]
Red・T - アズミ - 2013/02/10(Sun) 23:05:21 [No.506]
開戦儀礼・T - アズミ - 2013/02/11(Mon) 09:02:11 [No.507]
Red・U - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:16:45 [No.508]
開幕 - アズミ - 2013/02/11(Mon) 12:19:44 [No.509]
宣戦俯瞰・T - アズミ - 2013/02/13(Wed) 23:44:33 [No.510]
宣戦俯瞰・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 15:12:32 [No.511]
宣戦俯瞰・V - アズミ - 2013/02/14(Thu) 21:01:40 [No.512]
開戦儀礼・U - アズミ - 2013/02/14(Thu) 23:33:43 [No.513]
戦決の朝・T - アズミ - 2013/02/15(Fri) 21:11:52 [No.523]
戦決の朝・U - アズミ - 2013/02/16(Sat) 00:04:46 [No.524]
戦決の朝・V - アズミ - 2013/02/16(Sat) 22:13:58 [No.525]
戦決の朝・W - アズミ - 2013/02/16(Sat) 23:48:16 [No.526]
宣戦俯瞰・W - アズミ - 2013/02/17(Sun) 11:41:24 [No.527]
介悟の庭・1 - アズミ - 2013/04/02(Tue) 19:42:09 [No.528]


戦決の朝・W (No.525 への返信) - アズミ

「ゆくぞ、ランサー!」

 地を蹴り、ライダーが間合いを詰める。
 全身を覆う甲冑ではないが、歩兵の装備としては十分以上に重装。に対して携えるのは中世のおいて決闘などに使用された細身の剣、レイピア。
 想司の認識からいうと聊かちぐはぐな組み合わせであったが、物腰からしても生前、戦闘を経験しなかった手合いではあるまい。
 で、あるならば先刻のように、正面からの打ち合いになればランサーの不利となる。

「ランサー、近づけるな!」

「我が主の苦難をここに――……」

 主の忠言に応え、ランサーが聖言を紡ぐ。
 
『第二苦難・甘茨!』
(アンナ・バルバリン!)

 イエスがアンナの庭園に引き出された際にかけられたという、二つ目の茨冠に由来する秘蹟。
 地面から茨が沸き立ち、低く生い茂るとライダーの足を絡め取り、その突進を食い止めた。

「なんのっ!」

 が、そこはランサーに次いで機動性を信条とするライダーである。
 茨が足に食い込む前に跳躍。
 同時にレイピアをその場に捨て、右腕を虚空に伸ばす。

『――……おお、この太陽! あぁ、この真昼! あぁ、この歓びの満ち溢れた真昼!』
 (O diese Sonne! Ha, dieser Tag! Ha, dieser Wonne sonnigster Tag!)

 歌劇の台詞を口ずさむような詠唱。――……と、同時に虚空から弓が現れ出でた!

「“投影”!? いや……」

 想司が訝る間もなく襲いかかる矢を、辛うじてランサーは回避する。
 無から有を生み出す、という現象は単純に見えて非常に不安定だ。
 術者の既知の物体を模倣し出現させる投影という魔術が存在するが、せいぜい外見と若干の性質を真似た程度の粗悪な劣化コピーであり、しかも何もしないでも1分と保たずに瓦解してしまう。
 まして、実用レベルの武器を生み出すのは相当の離れ業だ。
 一般的なサーヴァントの装備のように、霊体化していた武装を実体化させたと見るのが無理がないが……だとすると、この騎士はライダーでありながらレイピアに加えて弓までも標準装備として信仰されるほどに愛用していたことになる。

(トリスタン卿――?)

 竪琴の名手にして必中の弓を持つ円卓の騎士。
 先刻のライダーの詠唱はまさしく歌劇『トリスタンとイゾルデ』の一節だ。しかしかなり後世に著された歌劇の台詞を詠唱にするという点に違和感を感じる。
 そんな疑念をよそに、ライダーは茨を一足で踏み越えてランサーに飛びかかる。

『俺のケツを舐めろ!』
 (Leck mich am Arsch!)

 その詠唱と共に、今度はライダーの右腕がまるまる鋼鉄の義腕と化す。

「腕がすげ変わった――!?」

 もはや、霊体化を解いたというレベルではない。
 メカニズムはともかく、これは恐らく宝具――ないしは、固有のスキルだ。
 そして、驚愕する間もなく迫る、太く重い鉄塊の拳!

「くっ……あぁぁっ!?」

 辛うじてランサーは十字架で受け止める。が、跳躍の勢いもあり、そのまま強引に殴り切られた。

「ランサー!」

 想司は思わず駆け出し、飛ばされてきたその身体を受け止める。
 ボールのように跳ね飛んできた人体は、それだけで凶器だ。諸共に地面に叩きつけられ、想司の身体から鈍い音が響く。

「ぐあっ……!?」

「ソウシ!」

 だが、主を気遣う間はない。ライダーはそのまま追撃をかけてくる。

「――美しき木よ。輝ける木よ。
 (――Arbor decora et fulgida,)

 王の紫に飾られたる木よ。
 (ornata regis purpura,)

 その木は選ばれて杭となり、聖なる御手、御足が触るるに値したるなり!」
 (electa, digno stipite tam sancta membra tangere! )

 しかし図らずも間合いは稼がれた。
 ここを逃すなとばかりにランサーは十節に及ぶ大規模詠唱を完遂する。
 大魔術である。
 いかに対魔力を備えていようと、特に魔術に抵抗の高い類の英霊でなければ牽制には十分なはず!

『主、憐れめよ!』
(キリエ・エレイソン!)

 ライダーの鋼腕を、十字架を以って全力で迎え撃つ。
 同時にその十字架、否、十字架に内蔵された聖十字架から天命履行の概念が迸り、ライダーを強制的に昇天させんと霊核目掛けて駆けのぼる!

「チ――ィィィッ!!」

 これは放置できぬと判断したか、ライダーが義腕を切り捨てて後退する。

 両者の位置は奇しくも戦端を開いた間合いへ。
 ランサーは油断なく十字架を構えるが……。

「――……やめだ」

 ライダーは、構えを解いた。

「ライダー!」

「これ以上を望むなら令呪を寄越せ、マリナ」

 叱責する主に、逆に叱るようにライダーが言う。
 マリナは言葉を詰まらせた。

「こちらも準備不足だ。この場でこの英霊を仕留めようと思うなら令呪の一つも切らなければ勝算は無い。
 そして何より――……」

 演劇じみた、大仰な仕草で肩を竦める。 

「手負いの女を初見で討ち取るなぞ、騎士として余りにも“映えぬ”」

 その、一見して不真面目な仕草にマリナは毒気を抜かれた。

「…………そうね。私が焦り過ぎたわ」

 マリナはライダーと共に、想司らと相対したまま円を描くように教会の敷地の出口へ歩を進めた。

「――追いたければ追ってもいいわよ、志摩のマスター」

 挑発なのだろうが、想司に乗る余裕も気もありはしない。
 代わりに口を突いたのは、問いだった。

「なぜその名前を知ってるんだ? その名前は、十年前に――」

「家名を変えても、宿命は変えられない」

 想司の言葉を遮って、マリナが断じる。

「この聖杯戦争に在る限り、あなたは“志摩”なのよ。
 『志摩康一』の後継者、想司」

「――……、」

 その迫力に気圧されて、想司は押し黙った。
 それを見てもはや用は無くなったのか、マリナとライダーは去っていく。
 ランサーは、追撃を提案しなかった。
 その余裕は、想司にも彼女にもありはしなかったから。





「……で、我に陣地構築を任せてお前は何をしているのだ、マスター」

 安い賃貸アパートの部屋の隅々にまで術式を敷設しながらのキャスターの問いに、凛土は古ぼけた本を閉じて、表紙を叩いた。

「お勉強、さ。……僕は聖杯戦争に関しては素人も同然だからね」

 装丁は頑丈だが、厚さはそれほどでもない。
 さもあらん、それは日記だ。それも、せいぜいが10年前につけられた。
 筆者は――……表紙に書かれている限りでは、『橋口圭司』。凛土が幾度か口にした、甥っ子の名だとキャスターは記憶している。
 そして、タイトルは……

「『湖底聖杯戦争全記録』……?」

 今まさに行われている最中だというのに、『全記録』?

「……つまるところ、“第一次”の、ということさ。公式には時計塔にさえ伏せられているが――」

 凛土は裏表紙を捲り、末尾のページを見せる。
 何枚かの写真と名前の走り書きで構成されたページ。
 『橋口圭司』、『パトリツィア=エフェメラ』、『七貴心』、『加賀弓』、『霧積如月』、『サティアス=アール』……そして、『志摩康一』。

「……以前にもあったんだよ、湖底の聖杯戦争は」





「――はい、では教会への連絡はそちらからお願いします。
 すいません――いえ、大丈夫です。それでは」

 通話を終えて、携帯電話を畳む。
 時計塔の魔術師の大半は未だに携帯電話さえ使いこなせず遠距離通話を使い魔に頼る手合いが多いが、想司は師の影響で特に偏見なく機械を使う。
 ……そう、通話相手は師。ロード=エルメロイ2世。

「ここのことは魔術協会に伝えたよ。ロードが時計塔経由で教会に連絡するから、遺体回収ぐらいはすぐに来るって」

「そうですか――……良かった」

 想司の言葉にランサーは組んだ手を解いて立ちあがる。
 その目の前にはきちんと棺に収められた神父らの亡骸が並べられている。一見して、傷は無い。ランサーが何らかの秘蹟を以って銃弾に砕かれた頭部を修復したのだ。……彼女らにとって、身体は最後の審判の後に蘇るものであるから。
 のみならず、彼女は自身の傷は癒えきらぬままに亡骸たちの塗油と聖体拝領を済ませ、聖水により聖別し、納棺までした。……想司の報告が終わるまで、祈りさえ捧げ続けた。

「あとは教会の人に任せよう。時期が時期だから、礼拝堂なら傷みはしないはずだ」

「はい」

「……その、やり方とかわからないんだけど……僕も祈った方が?」

 ランサーにおずおずと問うと、彼女は深く頷いた。

「お願いします。彼らが天に備えられた住処へ逝けるように」

 携帯電話を懐に戻すと、想司は彼女の隣に跪いた。
 正直なところ、想司はクリスチャンでもなければその教えに殊更関心を抱いたこともない。ただ、ランサーの祈りにはそんな彼でさえ、何か感じ入るところがあった。
 上手く表現できないが――“祈ること自体を目的にしていない”と感じたのだ。

「――……私は生前の彼らを知りません」

 その内心を知ってか知らずか、ランサーが口を開く。

「ですが鉄火に倒れ、このような無惨な目に遭って“然るべき”人間など居はしないはずです」

 如何な戦場に立つ人間であろうと。仮に悪人であろうと。あるいは、多くの人間の死を踏み躙ってきた者であっても。
 酷いことは、少ない方がいい。死んで当然などということは、あるはずがない。
 ……せめて、捧げる祈りぐらいは万人にあるべきだと。ランサーはそう言った。

「……そうだね」

 想司は腕を組んだ。
 見様見真似で、聖句も作法も知らないが……気持ちぐらいは、本物を捧げよう。
 どうか、安らかに。あなたの魂が目指した場所へいけますように。

「――そう、ありますように」
 (――――Amen.)





 二人が教会を出ると、既に日は傾き始めていた。
 結局、死体の回収と葬送、魔術協会への報告で半日使ってしまった。

(――ロードが知ったら悠長な奴だって叱られるな)

 実際、悠長な話ではある。
 半日あれば魔術陣地の構築ぐらいは済ませられるだろう。偵察用の使い魔を作ることだって出来る。
 その時間を――聖杯戦争以外のことに使ってしまった。不思議と、“無駄にした”という表現には抵抗があったが……。

(監督役だってもういないんだ)

 あの死神は、聖杯戦争に関わった者を全て殺すと言った。教会の惨劇を見るに、恐らく本気だろう。
 マリナ=エレノアールも……なぜか、想司に恨みや憎悪めいた感情を持っているようだった。
 スーが釘を刺した通り、もう棄権は出来ないだろう。保護してくれる監督役はいない。……サーヴァントが、ランサーがいなければ生き残ることさえ難しい。

「ランサー」

「はい」

 丘を出ながら、想司はランサーに……躊躇いは感じつつも、全てを正直に述べることに決めた。

「……僕を助けて欲しい」

「無論です。私は――……」

「違うんだ。僕はここで――聖杯戦争を棄権するつもりだった」

 それは取りも直さず、ランサーを自害させることに等しい。
 ランサーの願いを放り投げることに等しい。
 告解の言葉は淀みなく出たものの、彼女の顔を見る勇気はどうしても、なかった。

「僕には、聖杯に託す願いはない。
 渇望する欲求も、縋りたい願いもない。名誉なんて要らないし、根源への到達だってそこまで急いじゃいない。
 ――……少なくとも、人を殺し殺されてまでは」

 足を止める。
 彼女の顔を見ろ。頭を下げて懇願しろ。
 そうする義務が、自分にはある。

「でも、もうそれは出来ない。あの白いマスターは僕を殺すと言った。降りることは出来ないと。
 僕は、死にたくない。他の何を譲れても、この命を差し出すことだけは出来ない。
 だから……」

 ランサーの顔を見る。
 表情は逆光で窺い知れない。

「――お願いします。助けてください」

 頭を下げた。深く。
 自分が助かるために見捨てようとした相手に。自分が助かるために、命を懸けてくれと。
 なんと自分勝手で、都合のいい人間だろうか。
 正直なところ、想司はここでランサーに切り捨てられることも覚悟していた。そうされるだけのことはしていると自覚していた。
 それでも、彼女を頼る以外にこの命を守る方法はなくて。全てを打ち明け頼む以外に、彼女と向き合う手段はない。

「……顔を上げてください、ソウシ」

 ランサーは想司の肩をとって、優しく助け起こした。
 逆光が外れ、彼を見下ろす彼女の柔和な表情が目に入る。悪戯小僧の告白を受け入れる母や教師のような、少し苦みの入った微笑み。

「主は仰られました。“自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい”と」

 新約聖書マタイによる福音書22章39の言葉。
 教会に置いて“主を愛せよ”と並び最も重要とされる戒律である。

「あなたが他者の死を厭うあまり己の命を捨てたとすれば、それは誰も愛していないのと同じことです。なぜなら、それはすなわちあなたを愛する者への裏切りなのだから。
 あなたは自分を愛している。自分の命の重さを知っている。なればこそ他者の命の重さを知り、それが喪われることを厭うことが出来る」

 想司を立たせて、視線を並べる。あくまで対等に扱うために。

「私もまた、あなたを愛しましょう。自分を愛するように。
 この地で懸命に生きている誰かを殺め、求める願いなど私にもありません。
 そして、助けを求める死に瀕した誰かを見捨て、縋る望みなど私にもありません」

 そして、ランサーは言った。

「――あなたを救います、ソウシ。
   同じ祈りを胸に抱く、対等な人間として」


[No.526] 2013/02/16(Sat) 23:48:16

Name
E-Mail
URL
Subject
Color
Cookie / Pass

- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS