[ リストに戻る ]
No.535へ返信

all ルリルラ、新生200年前スレ - ジョニー - 2013/06/20(Thu) 23:22:53 [No.529]
迷子船 - ジョニー - 2013/06/21(Fri) 20:12:01 [No.530]
Bring to the boil 1 - アズミ - 2013/06/21(Fri) 21:58:32 [No.531]
迷子船2 - ジョニー - 2013/06/22(Sat) 01:22:45 [No.532]
Bring to the boil 2 - アズミ - 2013/06/22(Sat) 09:25:04 [No.533]
迷子船3 - ジョニー - 2013/06/22(Sat) 22:38:34 [No.534]
Bring to the boil 3 - アズミ - 2013/06/23(Sun) 12:27:25 [No.535]
迷子船4 - ジョニー - 2013/06/23(Sun) 16:07:19 [No.536]
迷子船5 - ジョニー - 2013/08/31(Sat) 22:38:55 [No.559]


Bring to the boil 3 (No.534 への返信) - アズミ

『おおおおおゥッ!!』

 鈍重に見える巨大な肢体が生物の如きしなやかさで躍り、刃のない音叉のような武器が冗談のように長虫の巨体を解体していく。

「すごい」

 アルテが漏らした呟きには感嘆よりも、むしろ慄きが混じっていた。
 強さゆえではない。確かに一地方レベルにはギリギリ収まらないほどの機奏英雄ではあろうが、逆に言えばそれ以上の腕利きもまた枚挙に暇がない。
 アルテの戦慄は、眼前の奏甲の異質さゆえだ。
 火力がなく、出力もなく、速度もなく、重量さえ特筆すべきものはない。
 つまり、彼女ら工房の技術者が理想とし、追求する“兵器の強さ”がないのだ。

「あれがロストメモリーってヤツか……」

 一部の老技術者が伝えるところによれば、絶対奏甲とは本来そうしたものだという。
 歌姫大戦期には銃も火薬も化学兵器もなく、それどころか実に八割の奏甲は貧弱なシャルラッハロートT、武器は幻糸を纏わぬただの鋼鉄器であったという。
 にも関わらず、彼らは奇声蟲を一度はアーカイアから駆逐してみせた。

 あるのは、旋律。熟練の歌姫が紡ぐ、歌術の剣と鎧。
 あるのは、律動。熟練の英雄が奏でる、技と勘働き。
 あるのは、調和。その両者を一つに纏めることだけに腐心し、それ以外を切り捨て果てた古代の遺物。

 つまるところ、目の前の奏甲が再現してみせたそれは絶対奏甲における古式戦闘。
 それを立脚させる、歌姫大戦期に存在した現在とは全く異なる設計思想。オーバーテクノロジー。
 現代においては失伝したそれらを、俗に“ロストメモリー”という。

『オーラスだ、歌えッ!』

 英雄が吼えて、歌姫が歌う。
 奏甲が輝き、音叉がまた一体のワームの頭部を割断する。
 轟音と砂煙を上げて、最後のワームが砂漠に伏した。

「……………」

 一同が静まり返る。
 象牙色の奏甲は、音叉を一振るいすると双頭をシャッフェムッタへ向けてもたげた。
 この奏甲はハイリガー・トリニテートと呼ばれる機種だ。
 見た目の通りコクピットを2つ備え、英雄と歌姫が同乗し、教科書的には奏甲にとって最も肝要とされる“機奏合一”の補助に第一義を置く機体である。
 先述したロストメモリーの一つであり、英雄大戦においては発掘されレストアされた機体が僅かに運用されているだけ。
 何分にそうした来歴の機体なので、何処の勢力に属するのか一目で判断し難い。見たところ、所属を示す紋章や旗印の類も存在しなかった。
 いざとなればいつでも逃げ出せるよう、エアヴァの手が舵にかかる。

『……康一さん。志摩、康一さんですか?』

 が、真也が声をかけると、ハイリガーは武器をおろした。

『風霧真也か』

 右のコクピットが開き、中から年の頃20前後の男が現れる。
 真也と同じ、ニホンジン。真也もまたコクピットから出てそれに応じた。
 どうやら知り合いらしい二人の反応に、ようやく艦橋の一同は胸を撫で下ろした。



 一難去って、目立たないよう砂丘の影に船を停め……艦橋。
 康一らを含め、艦内の全員が一堂に会していた。

「「「「「200年前?」」」」」

 康一の説明を聞くと、真也をはじめとするシャッフェムッタの一行は異口同音に訝しげに問い返した。

「正確には並行世界っていうか……えーっと」

 SFファンでも学があるでもない康一はそれ以上の説明に窮し、傍らのアリアに「パス」と投げた。
 彼女は英雄大戦に参戦した多くの戦時徴用者と異なり、歌術学院にて正規の教育を受け叙階された歌姫である。実のところアーカイアにおいては大層な高学歴者なのだが、外見や言動のせいでインテリらしい扱いを受けることが少ない。
 アリアはこほん、とわざとらしく一つ咳払いして一席ぶち始める。

「正確には、『他譜世界(アドリブ)』っていうんだけど」

 省約すれば、それは現世における並行宇宙論と似たような概念だ。
 アーカイアにおいて世界は“はじまりの音”が紡いだ歌の産物であるとされる。歌術はその御業を極小規模で再現することで世界を改変し奇跡を引き起こしているわけだし、最近の研究では機奏英雄が奇声蟲化するのは彼らが外部からもたらされた文字通りのノイズであるからと言われているが……まぁその辺りは余談だ。
 ともあれ、その歌が一つだけのものなのか、という問題は現世におけるそれと同じく歌姫の間で盛んに議論されてきた。
 歌姫が歌を幾度も練習するように、はじまりの音もまた幾多の世界の歌を紡いたのではないか。そして歌姫が全く同じ歌声を二度と再現出来ないように、それらは同じ曲であるがゆえに概ね似た世界でありながら、細部には差異があるではないか。
 そうしたアーカイアにおける並行世界概念を、歌術学院においては『他譜世界(アドリブ)』と称するのだとアリアは説明した。

「まぁ、そんなにエラい研究じゃないっていうか、日蔭者の研究っていうか……」

「要するにトンデモ学説か」

「……なんだけどね」

 どうも個人的にはそれなりに興味があるのか、歯切れ悪くいうアリアを康一が一言で斬って捨てる。
 康一は気にせず、幾らか実際的な話に移った。

「まぁ、“このアーカイア”は明らかに“俺たちのアーカイア”の200年前とは明らかに違う。
 十二賢者は歌姫大戦の後、すぐに英雄の蟲化を公言して排除を訴えてる」

「それで、どうなったんです?」

 穏やかな話題ではない。途端に真也が色めき立つ。
 が、康一は肩を竦めた。

「あまりに先が見えな過ぎる。俺たちの時代の評議会だって一先ずは解決策を探すっつってただろ。急に排除しろったって英雄も歌姫もはいそうですかと従うわけがない。一般人にしたって、戦後復興は奏甲がないと立ち行かないしな。
 おまけに三姫までその動きを非難して、十二賢者と同調した評議員は全員罷免された。戦争らしい戦争にさえならなかったよ」

 十二賢者らのその後のことは、よくわからん、と康一は言った。が、恐らく無事ではいないだろうと真也は予測する。
 アーカイアの政体は基本的に政治暗闘に長けており、そうした不穏分子は躊躇いなく処分する傾向がある。内々に粛清されたと考えるべきだろう。

「今は幻糸の薄い地方に保養所を作って、蟲化の始まったヤツはそこに放り込まれてる。まぁ……そういう連中の先行きは暗いが、概ねは上手くいってるよ。蟲化なんてしない奴はなかなかしないしな」

 アーカイアの異物たる英雄は幻糸に侵されいずれは異形の怪物、奇声蟲と化す。
 が、その進行度は個体差が非常に激しい。
 理論上は幻糸の濃い場所に留まるほど進行しやすいのだが、康一など大戦中の二年間、ほとんどを比較的幻糸濃度の高い虹諸島で暮らしながらまったく蟲化の兆候がないぐらいだ。

「状況はだいたいわかった。んで、ウチらはなぜここに? 帰るアテはあるんか?」

 班長であるエアヴァが核心を問う。
 アリアは押し黙り、康一は一同をゆっくりと見回した。

「わからん。誰かが呼んだのか、あるいはポザネオで発動したっていう“ノクターン”の影響なのか。帰るアテは、来れたんだから帰れるだろう、としか今は言いようがないな」

 同じアーカイアである以上、機奏英雄が現世に戻るよりは目があるのは確かだ。アリアによれば、空間移動は時間移動よりはハードルが低いらしい。単純に200年前の世界にタイムスリップするより状況はまだマシ。これも確か。
 だが、そこまでだ。具体的な解決策は何もない。
 本当にあるかもわからない時間跳躍の歌術遺産を探して回っているのがいい証拠である。
 一同は顔を見合わせ、ざわめく。その語調や顔色には不安の色が濃い。
 それを断ち切るように、康一は続けて口を開いた。

「で、お前らどうする?」

「どうする、って……一緒に来てくれないんですか?」

 シルナが意外そうに言う。
 実際、頼る者も組織もないこの世界で心細いであろうし、固まって動くべきという意見も理解は出来るのだが……康一は困ったように眉をひそめた。

「一緒に行くのは構わねえけど、この船は目立ち過ぎる。都市に立ち寄れなきゃ戻る手掛かりだって探せないぜ」

 無論のこと、この時代に奏甲支援船は存在しない。
 いや、あるいは工房の虎の子だとかさらなる古代の遺物だとか、そういった類としては存在するかもしれないが、目を引くという点では似たようなものだ。
 その巨体ゆえに威圧感も大きい。迂闊に都市に近づけば国軍の攻撃を受ける可能性すらある。
 結果として、行動拠点としてはリスクが大き過ぎるのだ。

「捨てるわけにいかないってんなら止めないが、ともかくこの船には同行出来ない。連絡手段は確保するが、これからどうするかは自分たちで決めてくれ」

 康一がそう言うと、再び艦橋は喧々諤々の議論に包まれた。


[No.535] 2013/06/23(Sun) 12:27:25

Name
E-Mail
URL
Subject
Color
Cookie / Pass

- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS