ルリルラ・リ - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:35:59 [No.537] |
└ 時間超過のアンコール - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:42:10 [No.538] |
└ 用済みのコンダクター - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 10:13:17 [No.539] |
└ 鉄屑のモニュメント - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 22:38:00 [No.543] |
└ 奏甲のメモリアル(前編) - 咲凪 - 2013/07/02(Tue) 12:47:36 [No.544] |
└ 奏甲のメモリアル(後編) - 咲凪 - 2013/07/06(Sat) 14:06:39 [No.545] |
└ Re - 咲凪 - 2013/07/07(Sun) 19:21:10 [No.546] |
Q.何で多くの機奏英雄(コンダクター)は召喚される時、温泉に召喚される場合が多いのか?。 A.そこに浪漫があるからさ。 ……実際のところは、温泉が幻糸の門(アークズアーチ)という召喚の際に通る門であるという説があるのだが、その真実は明らかにされていない。 しかし、雉鳴舞子が宿縁に出会ったのは温泉であったし、彼女はアーカイアに召喚された時、そこは間違いなく温泉であった。 舞子は16歳の華の女子高生であったが、16歳の乙女というだけで1分1秒、すべての時間が青春の輝きに満ちている訳ではもちろん無いのである。 掃除当番であった為に友人とのスケジュールが合わず、帰宅部であった為に、部活動に精を出すでも無く、 舞子はその鬱々とした雨の日、青春を謳歌する事なく、暮らしているマンションへと帰ると、何となく疲れた身体を癒す為にシャワーを浴びる事にしたのだ。 洗面所で服を脱いで、裸になった舞子ががらり、と音を立てて浴室の扉を開けると、そこは間違いなく風呂ではあったのだが、見知った浴室では無かった。 いつからウチの風呂は露天風呂になったのだろう?、舞子は唐突な視界の変化に驚くよりも先に目を丸くして呆気にとられる。 「……あれ、え、どうして、此処、何処……?」 手が触れていたはずの浴室の扉の感触は既に無く、気が付けば膝までが露天風呂に浸かっていた。 そこが風呂だと認識できるのは明らかに人の手が入った人工物によって整理された様子が見て取れた事で、咄嗟に振り向いた舞子の後ろには、洗面所ではなく、やはり見知らぬ露天風呂と、木々に囲まれた風景が広がっていた。 舞子があまりに突然の事に声も出せずにいると、次第に彼女の胸の内に不安が広がっていく、その不安を振り払うように辺りを伺うと……湯気の向こうに人の姿が見えた。 細身のシルエットは同年代程の女性のように見えた、その姿を認めると、舞子は慌ててざぶざぶとお湯を掻き分けて、その人影へと近づいて行った。 「ぁ、あの……っ!」 「…………?」 細身のシルエットの正体は、やはり同年代程の女性であったのだが、その背まで伸びたプラチナブロンドの髪を見て、舞子は戸惑う、明らかに日本人では無い金髪の女性に言葉が通じないかもしれない。 困ったな、と舞子が思いながら、よくよくその金髪の女性……舞子と同年代であれば少女といった方が正しい、その少女を見て、舞子はしばし息をする事を忘れた。 美しい少女であったが、その美しさが舞子を忘我させたのではない。 彼女は舞子が……テレビや芸能雑誌を含めて、初めて見るレベルの美少女であったが、舞子を忘我させたのはその容貌では無く、舞子自身の胸中に広がる言い様のない安堵感だった。 満足感、といった方が正しいかもしれない、己が今まで気付きさえしていなかった心の見えざる隙間を埋められたような充足感を舞子は理由も理屈も無く感じ、忘我の次に困惑する。 「…………」 「何か用があるんじゃなかったの?」 「えっ、あ、はい、……あれ、言葉通じてる?」 “理由がない満足”という困惑に舞子が言葉を失っていると、話しかけてきた舞子に黙られて焦れたのか、金髪の少女の側から舞子に声をかけた。 その言葉は流暢な日本語……では無かったのだが、舞子にはその言葉が理解できた、日本語でも無ければ英語でも無い、初めて聞く言葉であるというのに。 「わ、私どうしちゃったんだろ……夢でも見てるのかな……」 「…………もしかして、貴方は現世の方?」 「ふぇっ?」 「……どうもその間抜けな面を見る限り、間違いなさそうね」 ふぅ、とため息を吐いて金髪の少女は思案するように……いや、何か面倒事を抱えて困ったように前髪をかき上げる。 舞子にしてみれば初めて聞く単語や、向こうは状況を完全に理解している様子にさらに困惑を深めるしか無いのだが、少女からいきなり間抜け面呼ばわりされた事にも面食らう。 (なんだってのよ、もぉ……) 少女は舞子の内心など何処吹く風といったふうに、形の整った眉根を寄せて、思案を続けている。 ときおり、「何で今更……」だの、「まさか、もしかして……」だのといった呟きを漏らしているのが舞子にも聞こえているのだが、どうにも独り言のようで少女の視線は宙を泳いでいる。 「あの〜……もしもし?」 どうしよう、変な人かも、と思いながらも、再度舞子が少女に声をかけると、思案どころか苦悩していた様子の少女が呼び掛けに応えるように視線を真っ直ぐに舞子へと向ける。 少女の意志の強そうな瞳に見つめられて、舞子は再び充足感を感じたが、舞子はその感覚を今は無視する事にした。 「あの、ですね、いきなり変な事を聞くと思うんですけれど……」 「ここが何処なのか?、という質問かしら?」 「一体此処は……え、あれ?」 「此処はハルフェアの王都ルリルラにある温泉よ、まぁ名高い王立温泉ルリルラでは無いのだけれど……たぶん貴女に言っても、まだ意味も判らないわよね」 「春フェア?……瑠璃、えっと何?」 少女の言葉通り、彼女が話す単語の一つ一つが、舞子には意味不明で、まるで異世界の話にしか思えない。 舞子のその困惑の様子に、少女はまた大きくため息を吐く。 「……信じられない、というよりも信じたくないわ……」 少女は、右の手の平を自らの胸の上に置いて、何かを確かめるようにしばらく瞳を閉じた。 心臓の鼓動を確かめるようなその仕草の後、少女はやっぱり眉を額に寄せて、何か不愉快な目にでも遭ったかのように渋い表情をした。 「あれ、なんか……怒ってる?」 「怒ってないわ、呆れ果てているだけよ…………ついていらっしゃい、大遅刻の機奏英雄(コンダクター)さん、貴女の知りたい事、全部教えてあげるわ」 そう言うと、少女は舞子を連れて露天風呂……少女の言うには温泉をざぶざぶと掻き分けて歩いていく、その視線の先には出入口であろう扉が舞子からも見えた。 すべてを教えてくれるという少女についていく事に舞子も異存は無かったのだが、ふとある事に気づいて、少女を呼び止める。 「あ、ちょっと待って!」 「……何?」 「わ、私……服、無いんだけど!」 舞子が着ていた制服や下着は、舞子のマンションの洗面所に脱いだままで置いてある。 洗面所に戻る手段が判らない舞子には、その衣類を取り戻す手段がない、というより、服がないと何処にも行けない、温泉からも出られない。 「私のを貸してあげるから、ちょっと待ってなさい」 「あ、どうも……お手間をかけます。それと、できれば今聞きたい事があるんだけれど」 「何かしら?、湯でのぼせるような長話はお断りなんだけど」 「貴女の名前を教えて、お礼が言いたいの」 舞子がそういって微笑みかけると、少女はいよいよ苦虫を噛み潰したような顔をする。 まだ舞子は知らない事だが、少女にとっては舞子との付き合いは、長ければ長いほど彼女の心を苛立たせ、掻き乱す事になるからだ。 「マーシャよ、でも名前で呼ばなくて良いわ」 「わかった、ありがとうマーシャ」 おそらくマーシャは舞子の、そして舞子はマーシャの、宿縁で結ばれた存在であるからだ。 [No.538] 2013/06/29(Sat) 11:42:10 |