ルリルラ・リ - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:35:59 [No.537] |
└ 時間超過のアンコール - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:42:10 [No.538] |
└ 用済みのコンダクター - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 10:13:17 [No.539] |
└ 鉄屑のモニュメント - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 22:38:00 [No.543] |
└ 奏甲のメモリアル(前編) - 咲凪 - 2013/07/02(Tue) 12:47:36 [No.544] |
└ 奏甲のメモリアル(後編) - 咲凪 - 2013/07/06(Sat) 14:06:39 [No.545] |
└ Re - 咲凪 - 2013/07/07(Sun) 19:21:10 [No.546] |
Q.歌姫大戦の後ですか? A.英雄大戦の後ですよ 「……それじゃあ、此処は本当に異世界で、私が元々住んでいた世界では無いんだね……」 「えぇ、他に聞きたいことがあれば何でも教えてあげるわ、精神的にダメージを受ける話ばかりで良ければね」 先に温泉からあがったマーシャから、代わりの衣類(現世でいうジャージによく似ていた)を借りた舞子が、マーシャに連れて来られたのは、彼女と出会った温泉施設の食堂だった。 学生である舞子にとって、マーシャから借りたジャージの様な衣装はむしろ馴染む物だったが、マーシャの格好は舞子にとって見慣れない衣類だった。 水着かレオタードのように身体にフィットした黒いアンダーウェアは肩やへそ周りを出した露出度の高いモノで、その上から赤を基調として、金の装飾の入ったブラウス……に似た上着を羽織っている。 他にも膝丈まであるストッキングを履いていたり、ベルトを締めていたりしているが、舞子にとってはやっぱり風変りな格好だった。 マーシャだけがそうだったら、彼女だけが変わっている、と認識したのだろうが、食堂で食事を採っている現地民の中には同様の格好が多く、それがこの地の文化なのだと舞子も理解をせざるを得ない。 「その格好って、此処では普通なんだね、日本……えと、私が居た国では見た事無かったから、ちょっとびっくりだよ」 「正確にはハルフェア……私たちが今いる国ね、ハルフェアではポピュラーな格好ね、私も初めて着るのだけど」 「えっ?」 「私は地元民じゃないの、生家はシュピルドーゼという国で……いえ、それよりも、貴女が知るべき事が沢山あるわね」 舞子はマーシャから、この異世界アーカイアの事と、さらに己がアーカイアに召喚された機奏英雄(コンダクター)と呼ばれる存在である事を聞かされていた。 そのすべてが信じがたいファンタジーでしか無かったのだが、己の身に起きた不条理を説明するにはマーシャの言葉を信じるしかなく、また、何故かマーシャが嘘を言っていない事が舞子には判った。 そして聞かされた中で最も愕然とした事は、元居た世界……アーカイアでは現世と呼ぶ世界に確実に戻る手段が発見されていない事だったが、もう一つショックだったのは……やる事が無い事だ。 「それにしても、機奏英雄だっけ?、………やる事が全部終わっているなら、何で私呼ばれたの?」 「そんな事知らないわ、……英雄大戦、召喚された英雄達の最終決戦の時に、相当いろいろあったみたいだから、その時の影響なのかもしれないけれど……」 かつて、このアーカイアは奇声蟲(ノイズ)という脅威に晒されていた。 その脅威がもたらす滅亡の危機に立ち向かうべく、アーカイア……驚くべき事に、それまでは女性だけの世界だったアーカイアは、機奏英雄としての能力を持つ、現世の男性を召喚したのだ。 稀に手違いか何かで、男性では無く女性が召喚されるというケースもあったが……召喚された英雄達は、奇声蟲を討伐して、アーカイアに平穏をもたらした……。 ……というのは話のほんの入り口だった。 それから奇声蟲の正体が、かつてこの世界に存在したという幻糸(アーク)というモノの影響で変貌を遂げた元男性であったり、戦いの因果が200年前にあったという歌姫大戦という戦いから、あるいはそれ以前から繋がっていたり……。 英雄対英雄の血で血を洗うような戦いに発展した事や、最終決戦の時に、ノクターンという儀式によって幻糸がアーカイアから消滅して、男性が奇声蟲になる現象が無くなったという事を舞子は教えられたが……それはやっぱり、舞子の理解の範疇を大幅に超えていた。 「今理解すべき重要な点は“此処がアーカイアである事”と、“戦いが終わってもう機奏英雄がやる事が無い”って事、そして“確実に現世に行く手段が無い”事を理解すれば良いわ」 「……………」 「ショック?、……まぁ無理も無いでしょうけれど……」 マーシャから一通りの説明を受けて、舞子は俯いて黙り込む。 確かに、マーシャから聞いた話はとてつもなくショックな話だった、だが舞子はマーシャの話の中で、気になる点が幾つかあったのだ。 「ねぇ、マーシャ、機奏英雄っていうのは、アーカイアに宿縁で結ばれた歌姫っていうのが居るんでしょう?」 「……居ないわ」 「え?、でもさっきの話だと……」 「多くの英雄には宿縁で結ばれた歌姫が居るのでしょうけど、貴女には居ないわ」 舞子はマーシャの機嫌が悪くなったのに気付いた。 どうやらマーシャは、その歌姫というものが好きではないのか、もしくは機奏英雄が好きでは無いのかもしれないと、舞子は思う。 「そうなんだ……いや、あはは、実は温泉で会った時ね?、マーシャを見てビビビっと来たというか……なんだか昔馴染みの友達に会ったみたいな気分になってね?」 「…………」 「それで、さっきまで話を聞いて、もしかしたらマーシャが私の宿縁の歌姫だったりするのかな?って思ったんだけど、……あ、ごめん、厚かましいよね、会ったばっかりなのに」 「…………」 「そういえばマーシャの名前聞いたのに、私はまだ名乗って無かったね、私は雉―――」 「聞きたくないわ」 「雉鳴――――え?」 舞子を拒絶するマーシャの声色には怒気よりも悲しみの色があった、舞子は歌姫の事を簡単にマーシャから説明を受けていたが、歌姫が歌術を行使するのに必要なチョーカーの存在までは聞き及んでいない。 そして、マーシャはその首にチョーカーを巻いてはいない、彼女は歌姫では無いからだ。 「…………ごめん、迷惑掛けてるのに、図々しいよね」 マーシャの拒絶に、舞子はいよいよ気持ちが落ち込んで来た。 そうなるときまりが悪いのはマーシャだ、つい感情的になってしまい、舞子に八つ当たりをしているという自覚もまた彼女にあるからだ。 温泉で会った時に――――舞子の肩で揺れる黒髪や、彼女の特徴的な青い瞳を見た時、……舞子という存在を認識してから、マーシャの胸中には理由もなく高揚感があった、温泉で自らの心音を確かめたのはその為だ。 舞子の言う通りなのだ、マーシャは舞子が己の宿縁である事を感じ取り……その出会いが余りにも遅いというのに、宿縁という繋がりを得て高揚している自分に苛立ちを感じているのだ。 マーシャは英雄大戦が始まる以前、英雄召喚の儀を切っ掛けとして大量に生まれた“即席歌姫”の一人だった。 歌姫というものは本来、献金や審査によって厳しく査定され、ようやく名乗ることが出来る名誉ある称号であったのだが、世界の危機を前にしては名誉もなにも無く、多少の素質があれば誰でも歌姫になる事が出来た、マーシャもそうだった。 後は、宿縁である英雄が現れてくれれば良かった、力の限り英雄を助け、奇跡を紡ぐ織歌を歌い、宿縁の人と共にアーカイアを救うんだ、という強い意志がその時のマーシャにはあった、多くの歌姫と同様にだ。 しかし、マーシャには宿縁が現れなかった。 宿縁たる英雄に出会えない歌姫は、それでも戦争の中でやる事や出来る事は沢山あったが…………その真たる意味で、歌姫としての責務を果たす事が出来なかった。 そしてマーシャは、いつか宿縁が現れると、自分にも、いつか、いつか……と願いながら、宿縁を探し続けながら……いつしか、英雄大戦という戦いは、ノクターンをもってして終わりを告げたのだった。 ノクターンはアーカイアから幻糸を消失させ、その脅威と恩恵もまた、幻糸と共に消え失せ、男性が蟲化する事も無くなった代わりに、歌姫は奇跡の織歌である“歌術”を失った。 マーシャはその時、歌姫でも無くなった。 元々即席歌姫であったマーシャは人生の総てを歌術に捧げてきた訳ではない、もちろん宿縁に出会えなかった無念の思いはあったが、その結末はマーシャ自身が意外に感じる程、すんなりと受け入れる事が出来た。 もう終わった事だと納得して、受け入れて、そして諦めたのだ、結果として……アーカイアは救われたのだから、もうそれで良いではないかと、マーシャは思っていたのだ。 それなのに……すべてが終わったというのに、マーシャは舞子と出会ってしまった、己の待ち焦がれた宿縁の存在と、探し求めた機奏英雄と、でもその時にはもう、自分は歌姫では無いというのに!。 「……あぁ……もう、悪かったわ、八つ当たりしているのよ、貴女に、意地悪をしているのはその為、貴女は悪くない」 そう、舞子は何も悪くない、マーシャだってそれは十分に判っている。 舞子はマーシャに、自分が迷惑を掛けていると言っていたが、本当に迷惑を被っているのは用も無いのに召喚されてしまった舞子の方だ、だからこそ、自分が舞子を助けなければいけないとマーシャは感じる。 家族や友人と強制的に引き離されてしまった舞子に最も献身できるのは、宿縁を置いて他ならない、自分はもう歌姫では無いけれど……宿縁に尽くすと決めたあの時のマーシャの気持ちに、偽りは無い。 「八つ当たりかぁ……あはは、まぁでも、面倒掛けてるのはホントだしね、ありがと、マーシャ」 「面倒だなんて思っていないわ、それより……キジナキ、って言ってたわよね、それが名前?」 「あ、違うの、それは家の名前で……私の名前は舞子、雉鳴舞子」 舞子の名前を知って、マーシャは……やはりまだ胸の内に澱みのようなモヤモヤを抱えていたけれど……それを飲み込んで、舞子の存在を受け入れる。 「それじゃあ舞子、とりあえず行く処が無いでしょうから、私が泊まっている宿へ来ると良いわ、質問に答える人間も必要でしょう?」 「え、良いの?」 「当たり前よ、貴女の歌姫は何処にもいないけれど貴女の宿縁は…………どうやら、この私のようだから」 その言葉を聞いて、舞子はぱぁっと花が咲いたような朗らかな笑みを浮かべた。 「やっぱり!」 マーシャもまた、舞子の笑顔につられて苦笑を浮かべた、そして思うのだ、出来るだけ早く……この舞子を元の世界に返してあげる為に、舞子と別れる為に、自分は頑張らなくてはいけないと。 [No.539] 2013/06/30(Sun) 10:13:17 |