ルリルラ・リ - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:35:59 [No.537] |
└ 時間超過のアンコール - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:42:10 [No.538] |
└ 用済みのコンダクター - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 10:13:17 [No.539] |
└ 鉄屑のモニュメント - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 22:38:00 [No.543] |
└ 奏甲のメモリアル(前編) - 咲凪 - 2013/07/02(Tue) 12:47:36 [No.544] |
└ 奏甲のメモリアル(後編) - 咲凪 - 2013/07/06(Sat) 14:06:39 [No.545] |
└ Re - 咲凪 - 2013/07/07(Sun) 19:21:10 [No.546] |
Q.どうしてハルフェアに? A.観光地だからさ マーシャが雉鳴舞子を現世へと帰還させようと思う理由は、舞子にはアーカイアにおいての人脈も実績も無いからだ。 奇声蟲の大量襲来や、その後の英雄大戦の時に召喚された機奏英雄は、その時はまだ幻糸が在ったので、機奏英雄のみが動かす事の出来るロボットである絶対奏甲(アブソリュート・フォノ・クラスタ)を動かす事が出来た。 召喚された英雄達は、その絶対奏甲を駆って戦い抜き……ある者は人脈を広げ、ある者は実績を上げて、このアーカイアで生きる術を身に着けていった。 絶対奏甲は幻糸を動力としていた為、幻糸が消失した今のアーカイアでは、絶対奏甲は起動する事は無い(正確には一部の例外的な事例もあるが、概ね動かないという見解で正しい)。 かくして、英雄達はアーカイアでの最大の力、絶対奏甲を失ったのだが……アーカイアに残された英雄達には、それでも身を立てる術があった。 これまでの活躍の中で広げた人脈を頼り、ある者は歌姫の生家で世話になる事になったり、ある者は英雄として上げてきた実績と功績から領主の地位に就いた者まで居る。 ほかにも、さまざまな現世の知識を使って開業する者、あくまで現世帰還を目指し研究や冒険を続ける者など……英雄大戦を終えた機奏英雄のその後は、千差万別なモノだった。 だが、英雄大戦が終わり、幻糸も無いというのに今更アーカイアにやって来た舞子には、頼る人脈も、誇る実績も何もない。 それでも、機奏英雄には援助をしてくれる国の政策等も無い事は無いのだが……舞子は女性なのだ、奏甲を動かす手段が無く、幻糸の恩恵も無い今のアーカイアで、女性が自らを現世人だと証明する事は難しい。 少し前に、現世人を装った、現世の知識を吹き込まれたアーカイア人が、まんまと援助金を騙し取ったという事件があった事も間が悪かった。 今、舞子がしかるべき場所で機奏英雄としての援助を求めたところで、門前払いを食らうのは目に見えて明らかだったのだ。 「問題は山積みだけど、とりあえず今日の処は私に付き合いなさい」 温泉でマーシャに出会い、彼女の宿泊していた……マーシャは旅行でハルフェアに来ていたので、宿を利用していたのだが、その宿泊先で寝泊まりをして、食事もご馳走になった舞子にマーシャが言ったのは翌日の朝の事だった。 「アーカイアの事は右も左も判らないから任せるよ、……でも何処に行くの?」 「絶対奏甲を見に行くわよ、貴女にはもう縁がないモノでしょうけれど……アーカイアを知る上では、見ておかなければ話にならないわ」 英雄大戦後、戦争被害からの復興の始まる中、各国を悩ませたのは起動しなくなった絶対奏甲の扱いだった。 もはや動かない巨大な鉄クズに過ぎない絶対奏甲は、はっきり言って復興のジャマ者でしか無かったのだが……簡単に廃棄が出来るものでも、もちろん無かった。 その巨大さが理由の一つではあるのだが、最たる理由は、それを駆って戦った英雄や歌姫たちの陳情だった。 いかに動かぬ物置のようになってしまっても、絶対奏甲は英雄や歌姫と共に大戦を戦い抜いた、言わば英雄のもう一人の相棒なのだ、当然強い愛着を持つ者が廃棄を認める訳は無い。 しかし、同時に絶対奏甲は戦争の象徴でもあった。 絶対奏甲に強い愛着を持ち、大切に思う人間が居るのと同様に、絶対奏甲を憎み、見たくもない程嫌う人間も居るのだ、ましてや、今は復興が各国の最優先事項である。 かつて英雄や歌姫であった者の意見を無視するのは、今のアーカイアの世論においては非常に心象の悪い行動であったのだが……奏甲はハッキリ言ってジャマでしかない、各国は頭を悩ませた。 そこに解決のアイディアを出したのはハルフェアの女王、ソルジェリッタであった。 むろん、ハルフェアとて戦争の被害が全く無い訳では無かったのだが、田舎国家と称される程の僻地である事が幸いしてか、その被害は各国の中で最も少ないと言っていい。 前述の理由からハルフェア国民には絶対奏甲に怨嗟の声をあげる者も少なく、また、ハルフェアはリゾート地、観光地としての面が強かった為、ソルジェリッタはあるプランを提案したのだ。 英雄大戦を記念する為の催しとして、絶対奏甲展をハルフェアにて開催する、と。 絶対奏甲は各国が威信を賭けて開発した美術品としても優れたモノである、それがジャマ物扱いされるのはあまりにも物悲しいという理由での提案であったが、それが意外や、好評を受けた。 もはや動かぬ絶対奏甲を後生大事に秘蔵しておく理由もない為に、各国は状態の良い絶対奏甲をハルフェアへと運び込み、来るべき絶対奏甲展の準備を進めた。 絶対奏甲の優美さ、迫力を伝える為に、そして戦争の悲惨さを伝える為に、そのすべてを忘れぬ為にと企画された絶対奏甲展は、奏甲を憎む人々にも……無論反対の声もあったが、必要な事と受け入れられた。 この企画がうまくいけば、後々にはハルフェア以外の国家にも、絶対奏甲を展示する展示館を建設する事で、英雄達の要望にも応えたうえで、絶対奏甲を安息の眠りに就かせる事が出来る。 女王ソルジェリッタは企画が軌道に乗った頃、ハルフェア王家に伝わり、そして英雄大戦の時にも、ソルジェリッタとその英雄の絶対奏甲として活躍した“ミリアルデブリッツ”を展示すると発表した。 この発表は各国の人々の関心を集め、マーシャも伝説の絶対奏甲、ミリアルデブリッツをこの眼で見たいと思い、今回ハルフェアに旅行に来ていたのだ……無論、その時はまだ、今更宿縁に会うとは思いもしなかったのだが。 「……ま、任せるとは言ったけど、服は昨日のではダメだったの?」 「何を言っているの、いつまでも借り物の服で過ごすつもり?、奢ってあげてるのだから文句を言わない」 件の絶対奏甲展がある為か、普段以上の賑わいを見せるハルフェア王都ルリルラの街。 その街の服屋で買い物を済ませて出てきたマーシャの格好は先日と変わらないが、連れ添って出て来た舞子の格好もまた、ハルフェア風の身軽な姿になっていた。 舞子は断ったのだが、ジャージ(のような服)は外歩きをするような服では無いとの事で、マーシャが自腹を切って買い与えたのだ。 赤と黒を基調としたマーシャの衣装に合わせたかのような黒いアンダーウェアに暖色のオレンジのベスト、白地に赤のラインが走った巻きスカートをベルトで固定している他、ベルトからはハルフェア特有の革ベルトのアクセサリーを垂らしてる。 ストッキングは履いているが極短い物で、くるぶし程しかないストッキングの上からショートブーツを履くと、まるで素足の上にブーツを履いているように見える、服屋曰く、ある萌黄の歌姫が流行らせたスタイルであるらしい。 これらはお金を出すマーシャが選んだもので、アンダーウェアは本当ならば大胆なハイレグ状の物を選んでいたのだが、舞子が何とかマーシャを説得してスパッツにチューブトップ型のトップスにして貰ったのだ。 (あの服屋さん、ズボンもあったよね……スカートも……もっと長いのあったよね……) マーシャ曰く、旅行の醍醐味は旅先の文化を体感する事であり、その場所の衣類を纏い、その場所の食べ物を食べ、その場所の文化に溶け込むのだという。 話に聞く限りではマーシャの故郷はシュピルドーゼという国であるそうなので、その国の衣装も持って来ているなら見たいと思った舞子がキャリーバッグを引いて先を行くマーシャに告げると。 「何を言ってるの、故郷の衣装なんて着なれた物を旅先で着るなんて勿体ない、それに……似合うでしょ?」 そう言うと、マーシャはくるりと振り向いて軽くポーズを決めるように腰に手をやった、確かに似合っている、決まっている。 マーシャはとびきりの美少女であったので、道行く人々……話には聞いていたが確かに男性に比べて圧倒的に女性が多い、だというのに、道行く人々がすれ違うたびにマーシャに視線を向けてしまう。 舞子としてもマーシャの容姿の端麗さは判っているが、どうやら本人も自分の容姿が優れている事を理解しているらしい、マーシャの自信満々の顔を見て、舞子もまた苦笑する、「仰る通りで御座います、お姫様」と胸の内で呟いて。 「さぁ、見えてきたわよ、……なるほど、確かにあれは一番最初に目に入るわよね」 絶対奏甲展の会場に近づくと、次第に道行く人の数は増えていき、奏甲展という稼ぎ時にこぞって出店した屋台がおいしそうな食べ物の匂いを漂わせている。 そして、入場も間近というあたりで、会場の外からもその姿が見受けられたのが、その乳白色の絶対奏甲だった、それが舞子が初めて目にする絶対奏甲、リーゼ・ミルヒヴァイスだった。 「で、でかぁぁっ!?、絶対奏甲ってあんなにでっかいの!?」 「ちょっと違うわね、あれはリーゼ・ミルヒヴァイスといって、特別巨大な奏甲なのよ、巨人機という別名があるのよ」 「へぇ〜……そういえばお台場にああいうのがあったのを思い出すなぁ」 「オダイバ?、それって現世の事?」 「うん、えっと……あれって何メートルって設定なんだっけな、ロボットが立ってたのよ」 舞子はリーゼ・ミルヒヴァイスを見て、以前お台場で見た、有名なアニメのロボットが立っている姿を思い出す、あれはあれで、初めて見た時は驚いたものだ。 同時に、男の子って本当にこういうのが好きなんだなぁ……と、心のどこかで呆れた程だ。 「現世にも絶対奏甲のような存在があるのね……現世人が絶対奏甲を操縦できた訳だわ」 「あはは、違う違う、ロボットって言っても歩いたりはしない作り物で……まぁでも、男の人がロボットに馴染み深いっていうのは、本当かもね」 「この絶対奏甲展も、機奏英雄の陳情に応える形で開催が決定したと聞いているものね、でも私も好きなのよね、現世の言葉でいうロボットって」 「そうなの?」 「だってシビれるじゃない、舞子も絶対奏甲が本当に動いているところを見たら驚くわよ、格好良いんだから」 そういって語るマーシャの口調にはやや熱が籠っていた、本当に絶対奏甲が好きで、このイベントを楽しみにしていた事が舞子にも判る。 舞子自身は、絶対奏甲というものに勿論興味はあったが……それが戦争に使われていた兵器だと聞いていたので、興味半分、おっかないのが半分といった気持ちだったのだが。 「ハルフェア絶対奏甲展へようこそ〜!」 「列に並んで、慌てずに進んでくださ〜い、走らないでくださいね〜」 アーカイアの言葉で“スタッフ”と、その次に現世の英語で“Staff”と書かれた腕章を付けた会場係員が声を挙げている。 その中には現世人も含まれており、大規模な同人誌即売会のスタッフをしていた経験を生かしていたりするのは余談だ、どんな経験が異世界でも役に立つのか、判らないものである。 会場に入る前に、外に展示するしか無かったリーゼ・ミルヒヴァイスのその巨大さを間近から楽しみ……、会場入りした舞子とマーシャを最初に出迎えたのは、この言葉だった。 『このアーカイアで起きた総ての戦いを忘れぬ為に、絆を、血を、涙を、その総ての記憶を遺す為に、その戦いの生き証人達を此処に展示する』 [No.543] 2013/06/30(Sun) 22:38:00 |