ルリルラ・リ - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:35:59 [No.537] |
└ 時間超過のアンコール - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:42:10 [No.538] |
└ 用済みのコンダクター - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 10:13:17 [No.539] |
└ 鉄屑のモニュメント - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 22:38:00 [No.543] |
└ 奏甲のメモリアル(前編) - 咲凪 - 2013/07/02(Tue) 12:47:36 [No.544] |
└ 奏甲のメモリアル(後編) - 咲凪 - 2013/07/06(Sat) 14:06:39 [No.545] |
└ Re - 咲凪 - 2013/07/07(Sun) 19:21:10 [No.546] |
Q.クロイツシリーズは? A.さすがに本物を展示する事は無理なので、クロイツイメージが参考展示されています。 「…………」 華燭奏甲という、絶対奏甲の中でも上位機をやはりハイテンションのマーシャと共に見物していた舞子は、ある一体の奏甲の前で黙してそれを見つめる男に気づいた。 男という事、彼はただそれだけで間違いなく元機奏英雄だった。 舞子が男に目が止まったのは、男には片腕が無かったからだ。 男が見ていた絶対奏甲はカルミィーンロート、舞子の様子に気づいたマーシャが、やはりハイテンションにその機体がいかに豪華かつ強力な機体であるかを説明してくれる。 しかし、舞子としては気になるのは奏甲よりも片腕のない男の方で、彼が片腕を失った理由はおそらく戦争によるものだと舞子は思ったのだ。 40に届こうかという位の中年の男だったが、たくましい身体つきに凛々しい顔つき、金髪も身なりも整った紳士然とした男だった、片腕が無い事がどうしても周りの目を引くが、本人が慣れているのかそれを気にした素振りもない。 むしろ、彼の意識はじっとカルミィーンロートに注がれていた。 「………ん?」 あまり見ていては失礼かと思い、舞子が視線を移すよりも先に男が舞子の視線に気づいた、目が合ったのだ。 「あ、ごめんなさい、……えっと、その、もしかしてこれって、貴方の奏甲なんですか?」 男に意識が向いたのはその片腕からだが、彼が懐かしげな表情でじっとカルミィーンロートを見ていていた事で、舞子はその奏甲が男のかつての愛機であったのでは、と思ったのだ。 片腕の男は、自分が注目されていた事に少し恥ずかしそうにしながら微笑む、気を悪くしたような様子も無く、姿に似合わず可愛い反応だと舞子は思う。 「いえ、これは知人の乗っていた絶対奏甲でね……それを思い出していたのですよ」 「ぁ……」 そういって、片腕の男はもう一度カルミィーンロートに視線を向けて目を細めた。 舞子もマーシャも、それを見て、また男の失われた片腕がそういう想像を促した事もあって、表情を曇らせた。 片腕の男の語る知人が、既に故人であると思ったのだ。 「ん?、……あぁ、もしかして私の知人が故人であると思ったかな?、大丈夫、彼らは生きていますよ」 「そうなんですか、良かった……」 少女二人の安堵の様子に、片腕の男は優しく微笑む、「もっとも、最近は顔を合わせていませんが」と前置きを述べたうえで。 「この奏甲に乗っていたのは丁度お嬢さん位の年頃の青年でね、彼は現世に帰還を望んでいたので、今もその方法を探している筈です」 「現世への帰還……!」 その言葉に食いついたのは舞子ではなくマーシャの方だった。 「おや、興味がおありで」 「えぇ、……現世に限らず、異界に続く門といえば、蟲ヶ森の門、今はその存在くらいしか心当たりもありませんし……」 「なるほど、しかしその蟲ヶ森の門は確実性に乏しく、博打でしかない事もご存じのようだ」 片腕の男の言葉に、マーシャは黙して頷いた。 舞子は現世の帰還という話題にもちろん関心があったのだが、蟲ヶ森(インゼクテンバルト)だの、門(ゲート)だの、耳慣れない言葉に会話に混ざれないでいる。 そして片腕の男もまた、まさか舞子が今更になって召喚された機奏英雄であるとは思ってはいないだろうが、男は言葉をこう続けた。 「故郷に帰りたいと思う気持ちは十二分に判るつもりですが、くれぐれも無謀な行いはしない事です、命あっての何とやらと言いますし、御二人に不幸があれば、私も悲しい」 「ありがとうございます、私も帰れれば帰りたいけど、やっぱり命が一番大事だと思ってますから」 片腕の男はその言葉に頷くと、「失礼」と断ってから腕時計を確認する、腕時計は現世人が召喚時に所持している事が多い物品で、アーカイアでの貴重品の1つだ。 「それでは私はこれで失礼します、友人……私の歌姫をしてくれていた人との約束があるので、それでは」 「貴重なお話、ありがとうございます」 「さようなら〜」 手を振る舞子とマーシャに、残っている片腕を上げて応えると、男は去って行った。 その後も、舞子とマーシャは、絶対奏甲を見物して回った。 カルミィーンロートと同じく人馬型の華燭奏甲、マリーエングランツ。 希少品である故に、これもまさかの展示となった200年前にも活躍した遺失技術の絶対奏甲、ハイリガー・トリニテート。 戦争末期に活躍した現世技術や新技術や資材を贅沢に利用した絶対奏甲の数々……。 Ru…… 「……うん?」 「どうしたの、舞子?」 「ううん、ちょっと……声、気の所為かな?」 数多くの絶対奏甲、そしてそれにまつわる展示、そしてそれをハイテンションで解説するマーシャを楽しむ舞子は、頭の中に自分では無い誰かの声が聞こえた気がして、ふいに立ち止まる。 絶対奏甲展に訪れている人の数は多い、おそらくはその中の誰かの声であろうと舞子は思う。 Ra……Ra…… 「……歌?」 「舞子?、……え、何……歌術?」 その声は舞子だけではなく、マーシャにも聞こえているようだった。 舞子はそれが声ではなく歌だと気づき、マーシャには、それがまるで歌術のように力を持った歌だという事に気づいた。 しかし、この世界にはもう幻糸は無いのだ、歌術はもう、この世界からは失われている。その歌が何故今更になって聞こえるというのか、マーシャは疑問を抱いた。 「何処から……あ、もしかして、歌術の説明をしているんじゃないかな?」 「…………そう、かしら」 舞子の予想は歌が聞こえる理由としては妥当なものだとマーシャにも思えた。 しかし、耳をどんなに澄ましても、聞こえてくるのは来場客の話声くらいで、歌らしきものは聞こえてはこなかった。 やはり気の所為かもしれないと、二人は思う。 「それよりマーシャ、あの……蟹みたいなのも絶対奏甲なの?」 「あぁ、あれはフォイアロートね、あれも200年前の歌姫対戦の時から活躍してきた絶対奏甲の中でも愛好家の多い名機でね、私にとっても五本の指に入る好きな奏甲で……」 舞子の指さした赤い色の異形の奏甲を見て、マーシャの意識は微かに聞こえた歌の事など忘れて、赤い奏甲に夢中になった。 もっと近くで見物をしようと、舞子の手を取ってマーシャは先へと進もうとする、舞子も手を引かれてマーシャに付いて歩いてい行く――――――が。 「――――えっ」 「な、何っ……?」 世界がモノクロになった。 二人を取り巻く、二人を除いた、世界の総てがモノクロになり停止した。 否、世界が停止したのではない、舞子とマーシャに流れる時間だけが、他の時間から切り離された、その瞬間が引き伸ばされて、さながら世界が停止したように二人には感じられたのだ。 驚きのあまり、二人が周りを見渡せば、あれだけ居た来場客の姿が一人も見当たらず、その事が殊更に状況の異常さを二人に伝えていた。 「マーシャ……これっ……」 いったいこれは何なのか、アーカイアへの突然の召喚を経験した舞子だが、このような異常状態はその時には現れなかった。 マーシャもまた舞子に答える言葉が無かった、彼女にも、今この時何が起こっているのか、まったく見当もつかない。 やがて世界は現実感をなくし、その輪郭をおぼろげにして、溶けるように崩れていく。 舞子やマーシャが立っていた床も無くなり、やがて二人は天も地も方向も無い、落ちているのか上っているのかも判らない空間へと投げ出された。 「マーシャ!」 「ま、舞子……っ」 さながら宇宙のような混沌の空間の中で、視界が揺らぎ、意識を失う直前の二人に出来た事は、互いが離れ離れにならぬように、しっかりと手を繋ぐ事だけだった。 [No.545] 2013/07/06(Sat) 14:06:39 |