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all 儚くも在る灰色(ぐれい)のセカイ/0 - 咲凪 - 2011/07/28(Thu) 00:29:53 [No.470]
儚くも在る灰色(ぐれい)のセカイ/1 - 咲凪 - 2011/07/28(Thu) 01:01:34 [No.471]
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一瞬の虹色、永遠の灰色/1 - アズミ - 2013/07/14(Sun) 21:02:00 [No.551]
廻る祈りの遺灰(くれめいん) - 咲凪 - 2015/01/31(Sat) 02:00:23 [No.617]
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一瞬の虹色、永遠の灰色/3 - アズミ - 2015/02/06(Fri) 22:12:06 [No.619]


一瞬の虹色、永遠の灰色/1 (No.479 への返信) - アズミ

 1999年、7月末日。

 安曇厚志は、高崎修一の告別式に参列していた。
 故人とはかれこれ10年近く顔を合わせていないが、高校時代の後輩であり、同じ文芸部の所属であった。
 高崎が出版関係に勤めていたためその死を伝え聞き、焼香の一つぐらいはあげておこうとやってきた次第である。

「本日は、わざわざ遠いところをありがとうございます……」

「いえ……高崎くんのこと、ご愁傷様でした。どうかお気を落とさず」

 お決まりの文句であるが、頭を下げる遺族と安曇の表情は沈痛だった。紋切り型の言葉しか出すことができない。そんなやり取りだった。
 彼らだけではない。告別式に参加する者は皆、例外なくその雰囲気に陰を負っている。
 湿った空気だった。諦めの乾きがなかった。
 さもあらん。高崎修一の死は穏便なものではなかった。

――自殺、だ。

 高崎修一は自殺したらしい。
 無論、葬儀で普通そういうことには触れないが、新聞の死亡欄にはその旨掲載されるし、そもそも自殺ともなるとどうしても噂になる。安曇もまた、高崎の死を聞き及んだ時点でそれを知った。
 老衰ならば、笑みがこぼれることもある。病死ならばまだ諦めもつく。が、事故死や自殺は、駄目だ。死者を悼む以外は許されない。悼むだけでも許されない。
 底無し沼のような、行き着く先のない悲しみが場を支配する。
 それに堪えかねるように、安曇は葬儀場を後にした。

「――――ふぅ」

 胃の中に沈殿する陰気を吐き出すように、一つ大きく息をつく。

「安曇先輩」

 と、不意に背後から呼び止める声があった。
 振り向くと、そこにはどこか見覚えのある顔があった。

「宮野川?」

 反射的に名前が口を突いて出た。
 遅れて、褪せた記憶を脳の奥から引っ張り出す。
 宮野川幸助。
 高崎と同じく、母校の文芸部に所属していた後輩だった。
 とはいえ、高崎ともども深い付き合いがあったわけではない。安曇が文芸部に所属したのは三年の春からで、多分に零細部への名義貸しに近かった。それなりに真面目に顔を出したが、受験も控えていたため実質、付き合いは半年ほどである。
 以後10年近くも会っていないのに、よくこちらがわかったものだと安曇は少し感心した。

「お久しぶりッス。先輩も来てたんですね」

「あぁ。仕事先で偶然、訃報を耳にしてね」

 そこで、会話が途切れた。
 元気だったか、とか、当たり障りのない言葉がいくつか浮かんだが、葬儀場の前だ。旧交を温めるには場が悪すぎる。
 安曇は腕時計をちらと見た。

「これからどっか、行かないか? 飯時には少し早いけど」

「……いいッスね」

 それだけ言葉を交わして、二人は並んで歩き始めた。



 その後、二人で同じ市内の蕎麦屋に入った。
 20代の若者が雁首を揃えて入るには聊か淡白な昼食だが、告別式の雰囲気に当てられたのかもしれない。どうにも、生臭を食う気分にはなれなかった。

「理小路も居ればよかったんですけど」

 宮野川と話したおかげか。今度はすんなりと思い出せた。
 理小路細(りこうじ・ささめ)。
 やはり文芸部に所属していた一人……つまるところ安曇の後輩にあたるが、人間ではない。雪女の一種だったと記憶している。高校生にしてはやや幼く見える少女だった。

「焼香だけあげて、さっさと帰っちまったんです。……あいつなりに堪えてたみたいで」

「仲良かったもんな、君ら。……高崎とはまだ付き合いが?」

「えぇ、俺は。理小路と高崎は疎遠だったみたいですけど」

 高崎・宮野川とはクラスメートで(少なくとも傍目には)仲が良く、どちらかといえば文芸部においては安曇のほうが浮いた存在であった。
 暫し、黙して蕎麦を啜る。
 笊の上が空いた頃合で、安曇は意を決して切り出した。

「――高崎は、なぜあんなことに?」

 僅か半年の付き合いであった安曇に、彼が自殺した理由を推し量ることさえ出来ようはずもない。
 ただ、物書きらしい繊細な人間ではあったように思う。
 そうした輩は多かれ少なかれそんなものだ。こういう言い方もなんだが、何が切欠で自殺したとしてもそう驚くことではない。『僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である』という奴だ。
 宮野川は首を振った。

「わかりません……少なくとも死ぬことを考えるほど悩みがあるようには見えなかったし」

 そういうのは表に出ないっていうし、当てにならないとは思いますケド、と続ける。
 だが言葉に反して、宮野川には何か心当たりがあると安曇は見た。
 自殺の動機かはわからないが、何かしら悩みがあったか。そんなところだろう。
 だが口に出さないのならば、敢えてそれに嘴を突っ込むこともない。

「そう、か……」

 それ以上は何も言わず、安曇は箸を置いた。



 その日、掲示板サイト『白夜』に一つスレッドが立った。
 誰もが荒らしとしか認識しなかった、意味不明で脈絡のないそれは、しかし管理人に消去されることもなく、一昼夜に渡ってネット上に存在し続けた。
 内容は、ただ一文。


――私は、灰色になった。


[No.551] 2013/07/14(Sun) 21:02:00

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