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all Beautiful world 1 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 01:00:13 [No.596]
Beautiful world 2 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 16:28:27 [No.597]
Beautiful world 3 - アズミ - 2014/08/24(Sun) 00:29:55 [No.598]
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Beautiful world 8 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 17:57:45 [No.607]
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設定資料1 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 22:41:10 [No.609]
Beautiful world 10 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 13:30:59 [No.610]
Beautiful world 11 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 20:30:13 [No.611]
Beautiful world 12 - アズミ - 2014/09/29(Mon) 18:42:43 [No.612]
Beautiful world 13 - アズミ - 2014/10/03(Fri) 22:41:23 [No.613]


Beautiful world 1 - アズミ

 彼女はこの暗黒の宇宙に独りきりだった。
 過去は抹消され、現在を知らず、未来は閉ざされるばかりだった。

 で、あるから。彼女の始まりは、間違いなくあの瞬間なのだ。

 ラグランジュ4宙域に浮かぶ、あの廃墟の扉が抉じ開けられた、あの日……。





 音も無く――そもそも宇宙空間では音が伝播しない――焼き切られた隔壁が宙を漂いだすのを確認して、セイリはレーザートーチを切った。
 隔壁をマグネットで捉え、傍にワイヤーで固定する。流してデブリを増やす愚を犯してはジャンク屋の名折れだ。

「開いたぞ、ミシェル。カーゴを寄越してくれ……ミシェル?」

 この先にあるのが宝であれガラクタであれ、船が無ければ運び出せない。
 母船で待機する仲間に通信を開くが、返ってきたのはノイズだけだった。
 こんこん、と2、3度ヘルメットの側頭部をノックするが、変化は無し。

「チッ、調子が悪いな。こんなところ、ジャマーは撒かれてないはずなんだが」

 孤立した時はその場を動くな、というのが宙間作業の鉄則だ。が、本当に身動き一つせずに待つほどには状況は切迫していない。

「先にお宝とご対面、といくか」

 黙っていても酸素(エア)は消費する。万一を考えてバーニアの推進剤は節約しなければならないが、徒歩で行ける範囲ならば行動しても問題はあるまいと踏んだ。
 隔壁の枠を踏み越え、壁を蹴って廃墟の中へ進む。
 無人の廃墟にぽっかりと開いた闇は、まるで悪魔の顎のように不気味で。一つ息を呑んでしまってから、幾ら歳を重ねても、克服できない恐怖は厳然と存在するのだとセイリは自分に弁解した。

 が、果たして。
 中に踏み入り周囲を調べるにつけ、彼の不安は助長される一方だった。

「……なんだ、こりゃあ」

 それほどまでに、その廃墟は不自然だったのだ。

 端的に言えば、来歴が見えない。
 およそ人工物であれば、然るべき知識を持つ者が見ればその存在自体で来歴を知ることが出来る。何時、何者によって、如何なる目的で作られたのかを。
 だが、この施設は偏執的なまでにそうした来歴が消されていた。
 いずれのシステム、部品も長期に渡り、全人類圏レベルで広範に普及したものが厳選して使用されている。年代のジャンプもお構いなし。最新の循環システムがあったかと思えば、それに半世紀前のフィルターが備え付けられていたりする。

 極めつけは、“沈黙”。
 普通、どんな機密施設でも人が使用する以上は案内図なり、非常時用のガイドなり存在するものだ。そこには必ず言語があり、未だ人類が統一言語を獲得していない以上は使用されている言語で施設の背景を知ることが出来る。
 だが、この施設にはない。
 案内図も、ガイドも、一切の言語が存在しない。
 その有様から、顔を焼き潰された死体を想像して、セイリは我知らず身震いした。
 思わず引き返したくなる衝動に駆られるが、そんな内心を嘲笑うように直接的な危険は一切存在しない。自然、吸い込まれるように足は奥へと進んでいく。

 そして、まるで謀られたようにセイリは施設の最奥に辿り着いた。

「コイツが中心部、ってことになるはずだが」

 ライトで照らされたそれの第一印象は、“棺”だった。
 人間一人が横たわるのにちょうどいいサイズ。それでいて居住性はまるで考えられていない閉鎖性。
 ……人体を収める、函。

「循環システムが集中して……あっちのが生命維持系、とするとコールドスリープシステムか、何かか……?」

 そう当たりをつけてみる。この周辺の宙域では昔、生化学研究が盛んだったという知識に照らし合わせれば尤もらしい推論だとも思う。
 だが、ここでも“沈黙”は徹底されていた。

「後生大事そうに奥に仕舞いこんであるくせに、注意書きも無しってのはどういうことだ、おい」

 言語どころか、警告や操作方法を示すマーキングの類さえない。工場で組み立ててその場に放置したような、全くの無垢な鉄塊。

「ん――……?」

 いや、一つだけ。
 “棺”をまさぐるセイリの目に、一つだけ文字が飛び込んできた。
 黒い地金に白く、そっけなくプリントされた4文字。

 N E M O

「ニ、モ……?」

 数字やアルファベットの羅列……コードに相当しそうなものは何もない。恐らくはこの“棺”、あるいは“棺”の主を示すであろう一語だけが、そこにあった。
 Nemo。
 ラテン語だ。今や母語として使用する者のいない、学者と宗教家の言葉。
 意味は――――“誰でもない者”。

「……冗談」

 思わず乾いた笑みが出る。
 誰でもない者などこの世に存在するものか。
 同時に、それは内心の恐怖を紛らわせるための笑いでもあった。
 ジャンク屋の勘が告げている。これは、何かマズいものだ。
 過去を消す者は、つまり後ろ暗い者だ。軍のウェットワーカーがそうであるように。犯罪組織の上役がそうであるように。
 仲間との通信は未だ途絶したまま。
 これは本当に、通信状況が悪いだけか?
 何か、もっと致命的な事態が今も進行しているのではないか?

「……ミシェル……おい、ミシェル」

 囁くような声で、仲間を呼ぶ。応えるのはノイズだけ。
 思わず通信機を内蔵した側頭部に触れた、その瞬間……気づいた。
 “棺”の上部。それが本当に棺だったとしたならば、顔を覗き込むような位置。
 その部分の外装が、スライドすることに。

 窓だ。中を覗き込める。

「……」

 まるで繰り糸に操られるように、自然とその窓に手をかけた。
 やめろ、と心臓が叫ぶ。
 かけた手を右に。
 見るな、と本能が喚く。
 ゆっくりと、開いた窓に頭を近づけて。

 そして、見た。

 窓の向こうから、こちらを覗いている少女を。

「――っ!」

 内容は覚えていないが、反射的に叫びを上げかかった機先を制して少女は言った。
 簡潔に、静だがはっきりと届く声で。


『おまえは、だれだ』


 その時ようやく、セイリは魂ごと吐き出すかの如き絶叫を上げることが出来た。


 そして――…………


[No.596] 2014/08/23(Sat) 01:00:13

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