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No.597へ返信

all Beautiful world 1 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 01:00:13 [No.596]
Beautiful world 2 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 16:28:27 [No.597]
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Beautiful world 4 - アズミ - 2014/09/24(Wed) 17:09:03 [No.603]
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Beautiful world 10 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 13:30:59 [No.610]
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Beautiful world 12 - アズミ - 2014/09/29(Mon) 18:42:43 [No.612]
Beautiful world 13 - アズミ - 2014/10/03(Fri) 22:41:23 [No.613]


Beautiful world 2 (No.596 への返信) - アズミ

 そして――…………悪夢の闇に、目覚めの鐘が鳴り響いた。

「おーきろー」

 ごぃんごぃんと、重くかつ歪な響き方をする金属音と共に、あの声がセイリの意識を覚醒の世界に呼び戻す。
 瞼を開くと、彼女はそこにいた。

「ニモ」

 名を呼ぶと両手に打ち鳴らしていたフライパンと鍋を持ったまま、ニモはにこりともせずくり、と首だけを傾げた。
 愛想は無いが、愛嬌はある。そんな印象を抱かせる動作。

「おはよう、セーリ」

 頭から爪先まで、ガラスを編み上げて作ったような少女だ。
 腰まで伸びる真っ直ぐな髪はファイバーの束のように銀色で、瞳は南国の海のように薄い青。肌は白磁のように色素が薄い。
 テントの入り口から漏れる日光で、ニモの髪が煌いた。
 眩さに目を細めながら、セイリは寝袋から身を起こす。
 と、同時に急に襲ってきた冷気に身震いした。

「今――何時だ、ニモ?」

 問いながら入り口の天幕を捲る。
 そこはラグランジュ4の廃施設ではなく、リビア砂漠のど真ん中だった。地平線の彼方に、未だ昇り切っていない朝陽が顔を出している。
 ……昇り切っていない朝陽!
  寒いわけだ、湿度の低い砂漠は保温性が悪く、昼夜の気温差が極めて大きい。日中の暑いイメージばかりが先行するが、リビア砂漠の夜は夏場でも20度を下回るのだ。

「えーと、4時」

「早過ぎる! 仕事は9時からって言っただろ!」

 暢気に時計を示すニモに、悲鳴染みた抗議を送る。
 が、彼女は何処吹く風と言った様子で傍らに置いてあった本を手に取った。日本……今はもう国としては存在しない、セイリの母の故郷の書籍だった。

「“早起きは三文の徳”。本に書いてあった」

 諺だ。英語圏で言う“早起きの鳥は虫をつかまえる”と同義。
 彼の母の口癖でもあった。セイリもその意味するところはよく知っている。だからこそ、反論した。

「お前、三文って幾らか知ってるか? 今の価値だとたった50ワースだぞ」

 そこらのダイナーでハンバーガーを一つ頼んで100ワース(=1ワード)のご時勢である。少なくとも砂漠の早朝に身を震わせるだけの価値があるとは到底思えない。
 が、ニモは悪びれもせず応じて見せた。

「じゃあ1年早起きし続ければ185.5ワードの徳だな。旧式の携帯端末が一つ買える」

「……そうだな、値切れば家電もいけるかもな」

 よかったな、と言わんばかりの……それも皮肉や当て付けではなく本心で……ニモに、セイリは反論を諦めて寝袋を被りなおした。
 すると、ニモはトコトコとセイリの傍まで近づくと、何の遠慮もなく同じ寝袋に潜り込んできた。

「なんだよ」

「さむい」

 ニモは山吹色とブラウンのツートンのタンクトップの下にスパッツというラフな格好の上に同色のだぶだぶのコートを羽織っている。本人の要望に従ってセイリが買い与えたものだ。暖色で纏めているのは彼女の非生物的な白さに対する彼のせめてもの抵抗。
 暑がりなんだか寒がりなんだかよくわからない格好だが、彼女はどういうわけだかこういう珍妙な服装を好む傾向があった。が、今現在の気温からすれば明らかに薄着に過ぎる。
 巣に篭る兎のように首だけ出してこちらに向けてきたニモに、セイリは大きくため息をついた。

「……なんなんだよお前は、もう……」

 もう一眠りするには、目はすっかり覚めてしまった。



 セイリ=ナバ=カンヤがあの廃墟で彼女……ニモと出会ってから、3ヶ月が過ぎた。
 結局、通信はたまたま調子が悪かっただけでミシェルとは問題なく合流し、施設を解体して金になりそうなシステムを二人で山分けした。

 問題はニモだった。

 結局、彼女が何者か、彼女を納めていた“棺”がなんだったかも解らず仕舞いだ。何せ当の本人が何も“知らなかった”。
 覚えていないの間違いではないのかと何度も確認した。“棺”がコールドスリープ装置だったとして、杜撰な管理と覚醒で記憶障害が起きる事はそう珍しい症例ではない。
 が、彼女は断固として言った。“知らない”と。
 彼女は何も知らなかった。
 一般常識、世界情勢、自分の来歴、何も、何もだ。
 自分が何者かどころか、服の着方さえセイリがいちいち教えてやらなければならなかった。
 言語も同様だった。あの『おまえはだれだ』も、何の事はない、セイリが上げかかった叫びを聞いて鸚鵡返ししただけらしい。

 扱いかねたと見えて、ミシェルはニモのことをセイリに一任し逃げるように去っていった。

 セイリは頭を抱えたが、この少女を無体に扱うことも見捨てることも出来ず、とりあえず生活の世話をすることにした。
 果たして思ったほどの苦労は無かった。
 彼女の学習能力は恐ろしく高く、一通りの会話を一時間足らずセイリと会話しただけで習得してしまったのだ。服の着方、金の使い方、生活に必要なこと全般を習得するのに一週間もかからなかった。
 医者にも見せてみたが、少なくとも医学的にはごく普通の人間……らしい。年齢は医者の見立てでは16歳。150cmそこそこの身長はそれにしては低いように感じたが、特別発育不全というわけでもないらしい。痩せ気味な印象を受けるが、間近で見ると頬はふっくらとしているし、全体のシルエットは年頃の少女らしい柔らかいラインをしている。
 結局のところわかったのはそのぐらいで、セイリの元にはこの白紙のような、あるいは空っぽの瓶のような少女が残された。

 書き付けるものも、中に注ぐものも思いつかず、セイリはニモと一緒にいる。
 これから彼女をどうするか、まだ答えが出ていないまま、3ヶ月。

 惰性で過ぎ去った奇妙な共同生活は、まだ当分続きそうだった。


[No.597] 2014/08/23(Sat) 16:28:27

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