Beautiful world 1 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 01:00:13 [No.596] |
└ Beautiful world 2 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 16:28:27 [No.597] |
└ Beautiful world 3 - アズミ - 2014/08/24(Sun) 00:29:55 [No.598] |
└ Beautiful world 4 - アズミ - 2014/09/24(Wed) 17:09:03 [No.603] |
└ Beautiful world 5 - アズミ - 2014/09/24(Wed) 22:18:01 [No.604] |
└ Beautiful world 6 - アズミ - 2014/09/25(Thu) 23:53:39 [No.605] |
└ Beautiful world 7 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 17:56:44 [No.606] |
└ Beautiful world 8 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 17:57:45 [No.607] |
└ Beautiful world 9 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 18:00:03 [No.608] |
└ 設定資料1 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 22:41:10 [No.609] |
└ Beautiful world 10 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 13:30:59 [No.610] |
└ Beautiful world 11 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 20:30:13 [No.611] |
└ Beautiful world 12 - アズミ - 2014/09/29(Mon) 18:42:43 [No.612] |
└ Beautiful world 13 - アズミ - 2014/10/03(Fri) 22:41:23 [No.613] |
夜半。 セイリはアストレイのコックピットの中にいた。 仕事は片付いたが、砂漠に留まる限り野盗の襲撃の恐れは常にある。戦闘能力のあるMS乗りは交代で見張りに当たっていた(当然、そのぶんの手当ては出る)。 「ふぁー……あ」 とはいえ、見張り自体はセンサー任せだ。有事に備えてコックピットに座っているだけなので、酷く退屈な仕事である。思わず欠伸が漏れた。 居眠りするわけにはいかないのが辛いところだった。 ニモはハッチから身を乗り出して砂漠をずっと眺めている。 何が楽しいのかわからないが、にこりともしないまま視線を外す様子もない。 沈黙に耐えかねて、セイリは口を開いた。 「今度から助手ってことにするか」 「なにが」 ニモは振り返りもしない。 「お前の立場だよ。そのー……不名誉な勘繰りを受けないためにもはっきりさせとかないとな」 口に出すとまた「オサナヅマってなんだ」が始まりかねないので、敢えて暈す。 実際、よくよく考えればやっていることは助手と言って差し支えない。少し若いが今時働き始める年齢としては早過ぎるほどではないし、余計な詮索は回避できるだろう。 ニモは興味もなさげに「ん」とだけ返して、そのまま。口調にも感情は表れない。ただ了解の意を示しただけ。 ふと、ずっと気になっていたことを聞く気になった。 「……なぁ、お前は不安じゃないのか」 「不安?」 「自分が何者かわからない、なんてさ。想像するだにケツの据わりが悪くて仕方ない」 ジャンク屋は自由な職業だ。公的庇護は最低限だが、その代わりに制限も最低限。 何処にいこうと何処で生きようと自由。何処で野垂れ死ぬのも、自由。それを望んで、ジャンク屋になった。 だがそんなセイリでも、色々と抱えている過去はある。 生まれた国、生きている母、彼女への仕送り、死んだ父、彼が遺したもの。故郷の友人、ジャンク屋としての友人。人として生きている限り捨てられないしがらみ。友誼、憎悪、執着……。 だが、それらが全て無くなってしまったら。最初から無かったとしたら。 それは宇宙から地球が消えてなくなるぐらい、不安で恐ろしいことだと思う。 だが、ニモは首を振った。 「別に。私は私だ」 回答は簡潔で、しかし欺瞞は無かった。 過去は無い。だから幸福も不幸もわからない。 だから未来が解らない。どうなっても構いはしない。 ゆえに現在はあるがまま。過去への評価と、未来への展望を決めるために全てを見て、知っていく。 不安は、感じるとすればその先の話だと。彼女は相変わらず何の感情も篭っていない声音で言った。 いつもこんな調子なので、彼女との間で突っ込んだ会話は続いた例がない。 が、その日は少しだけ違った。 「……セーリは何者がいい?」 不意にニモが振り向いて、そう聞いた。 唐突すぎる質問に困惑していると、ニモは言葉を継いだ。 「私はただ“私”でいい。でも、セーリが決めたほうがいいと思うなら、決める。……助手か? オサナヅマか?」 「お前、実は意味わかってて言ってるだろ」 半眼を向けると、ニモはしれ、と言った。 「知ってる。さっきホセに聞いた」 「知っててそれかよ。からかってんのか」 「なぜ? 私は別にいい」 ニモはやはり、にこりともしない。 「助手でもオサナヅマでもただの“私”でも、今の私にとって良いも悪いもない。全部おんなじ」 特に望みも欲もなく。護るべきプライドもアイデンティティもなく。資産は僅かに出来る機械の扱いと、女であることだけ。 ならば妥当な選択肢だと、彼女はこともなげに言った。 善悪も禍福も知らない彼女は、後悔することも知らない。命に直結しない、文化的余禄は平気で棒に振ってしまう。……その、貞操とか、恋愛観とか、そういう類のものも。 「助手は、まぁともかく……その、そういうのはだな、好きな相手に言うもんだ」 セイリは柄ではないことを重々承知で、教え諭すように言う。 しかし、ニモの返答は剛速球、かつ抉るような際どい変化球だった。 「好き」 「あ?」 あまりに間もなく、抑揚なく言ったので、その言葉の意味を一瞬解りかねた。 「セーリのことは好き」 ニモはもう一度、しかしそれ以上は何も言わなかった。 弁解染みた理由はつけなかった。量るような虚飾や比喩もつけなかった。 あまりに簡潔な好意に、思わずしどろもどろになりかけて、スクールの子供じゃあるまいし、と自分に呆れる。 「そ、そうか」 いきなりものを口に突っ込まれたようなマヌケなかおで目を白黒させ、視線は地に落とし、次に天を仰ぎ、ようやくそれだけ口から搾り出した。 そしてニモはもう一度だけ、問うた。 「セーリ。私は、何者であればいい?」 何の感情も篭っていない表情。視線。言葉。 だからこそ、その問いは真っ直ぐだった。 機械の愚直さでも奴隷の卑屈さでもない。大地に立とうとする、赤子の無垢さ。生のままの命が問う、最初の疑問。 ――――己は、何者であるべきなのか。 それに対して、欺瞞や韜晦で応じるのは憚られた。己の本心で応じねばならないと、セイリは思ったのだ。 だから………… ◆ 「L4宙域に詳しい奴、ねぇ」 翌日、報酬を受け取りがてらホセに問うと、彼は腕を組んで考え込んだ。 「どんな方面でもいい、情報が無さ過ぎて今のところそれぐらいしか絞りようがないんだ」 あの、ニモを拾った廃墟にも、ニモ自身にもその素性を探る手がかりは全くなかった。であれば、他所から当たるしかあるまい。あの廃墟を作った誰か、ニモを置き去りにした誰かを直接探すしか。 「L4宙域の廃墟コロニー群は、今やジャンク屋の定番ルートだが……それも『新星攻防戦』以来の話だからなぁ。それ以前となると、組合結成以前の古参のジャンク屋か東アジア共和国を当たってみるしかないんじゃないか」 新星攻防戦は2年前の6月、ザフトが東アジア共和国所有の資源衛星『新星』を襲撃、奪取した大規模な会戦だ。L4に存在したコロニー群も多くが被害を受け、放棄。廃墟と化したコロニー群は現在、ジャンク屋が回る定番ルートの一つに数えられている。 あの廃墟がその際に放棄されたものだとするなら、その素性を探るには新星攻防戦以前のL4に詳しい人間を当たらなければならない。 「東アジア共和国か」 旧中国と朝鮮半島を中心とした地球連合に属する極東の国家だ。セイリの母の故郷である旧日本地区もこの一部になっている。日本地区にはツテもなくはない。 また、カオシュンまで行けば宇宙港もある。宇宙に上がることも視野に入れられるし、ともあれ一先ずはそこを目指すのもいいかもしれない。 「東アジアに行くなら俺たちの艦に乗ってけよ。うちもカオシュンに行く予定だからな」 「いいのか?」 「他にも何人か乗ってくしな、旅は道連れってヤツさ。……飯代分は働いてもらえるんだろ?」 ウィンクしてホセはいう。ちゃっかりしている、とセイリは笑んで頷いた。 合流の予定を打ち合わせて、自分のMSに戻る。 コックピットまで登ると、シートでニモが待っていた。 「私は、別に自分が誰でもいい」 座ったままセイリを見つめてそう言うニモに、首を振った。 「俺は、お前が誰なのか知っておきたい」 ニモは、自分は自分だと言う。自分が何者でも、セイリがそれでいいというなら何者でもない自分でいいのだと。過去など要らないと。 だが、セイリはそうは思わない。過去があって、今があって、その延長にこそ未来がある。ありのままのニモを受け入れることと、彼女に何かを望むことはまた別なのだ。 ニモという人間を識って、ようやく理解できる。自分にとって何者なのかを定めることが出来る。 そう言うと、ニモはようやくシートを明け渡した。 「次は何処に?」 「その本の国に」 言って、ニモが傍らに持っている本を示す。 母の故郷の言葉で書かれた本。 ユーラシア大陸を越えた果てにある、日の出ずる国。 「行こう、東アジア共和国へ」 [No.604] 2014/09/24(Wed) 22:18:01 |