Beautiful world 1 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 01:00:13 [No.596] |
└ Beautiful world 2 - アズミ - 2014/08/23(Sat) 16:28:27 [No.597] |
└ Beautiful world 3 - アズミ - 2014/08/24(Sun) 00:29:55 [No.598] |
└ Beautiful world 4 - アズミ - 2014/09/24(Wed) 17:09:03 [No.603] |
└ Beautiful world 5 - アズミ - 2014/09/24(Wed) 22:18:01 [No.604] |
└ Beautiful world 6 - アズミ - 2014/09/25(Thu) 23:53:39 [No.605] |
└ Beautiful world 7 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 17:56:44 [No.606] |
└ Beautiful world 8 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 17:57:45 [No.607] |
└ Beautiful world 9 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 18:00:03 [No.608] |
└ 設定資料1 - アズミ - 2014/09/26(Fri) 22:41:10 [No.609] |
└ Beautiful world 10 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 13:30:59 [No.610] |
└ Beautiful world 11 - アズミ - 2014/09/27(Sat) 20:30:13 [No.611] |
└ Beautiful world 12 - アズミ - 2014/09/29(Mon) 18:42:43 [No.612] |
└ Beautiful world 13 - アズミ - 2014/10/03(Fri) 22:41:23 [No.613] |
バザールはさながら祭の様相を呈していた。 港湾区から商業区まで大通り沿いにMSや車両が立ち並び、その足元では細々とした部品や家電が露天売りされている。人が集まる以上便乗しなければ損ということなのか、本来の趣旨を外れてファーストフードを売っている露店や路上で大道芸を始める者、果ては風俗の呼び込みらしき姿まであった。 その混沌とした有様はさすがに興味深いのか、ニモは物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回している。 「セーリ、セーリ」 さっさと購入したSサイズシートと折り畳み式のアームを抱えて難儀しながら人込みの中を進むセイリの服の裾を、ニモがちょいちょいと引っ張る。 「あれ、何だ?」 指差す先に視線を向けると、倉庫の壁に真新しいポスターが貼られていた。 ジンを連合の量産MS、ストライクダガーが素手で殴り倒しているイラストが描かれている。遠目には連合のプロパガンダの類かと思ったが、どうやらそうではないらしい。 「『挑戦者求ム! 紅海の女豹、破竹の快進撃!』……あー、つまりこれは、あれか。MSでストリートファイトをやってるのか」 港湾部の放棄されたエリアを使って、MSによる格闘戦を見世物にしているらしい。 MSは戦闘兵器であるが、さすがに素手による攻撃では早々、パイロットが危険に晒されることはない。少なくとも人的被害は出なさそうだし、全高18mの巨人が殴り合う様はそれだけでさぞ見応えがあるだろう。 エンターテイメントとしてはなかなかいい企画に思える。面白いことを考えるものだ。 「見たいのか?」 セイリが問うと、ニモはこくこくと頷いた。 そろそろ何か趣味なり遊びなり覚えさせるべきかと思ってはいたが、意外なものに興味を示したものだと複雑な気分になる。 MSの殴り合いの鑑賞なぞ健全な趣味とは言いがたいかもしれないが、ニモが読書以外に興味を示したのはこれが初めてだし、コックピットの改装は自体はそう時間はかからない。戦闘機動中のMSの稼働時間を考えればそう長い出し物でもないだろう。 「OK、OK。見に行こう。……コイツをハンガーに置いてきてからな」 セイリは荷物を抱えなおして、ハンガーに向けて歩き始めた。 ◆ 興行は盛況なようだった。 バザール自体、人がごった返していたが、この港湾部は取り分け密度が濃い。 比較的背が高く、顔が出せるセイリですら息が詰まりそうなほどだ。小柄なニモなど人込みに押し潰されかねない。 「これじゃ近づけないな……」 半分諦めた様子でセイリが呟くと、途中でポップコーンとソーダを買って準備万端のニモは我に秘策あり、と言わんばかりに胸を張った。 「セーリ、あれだ!」 その指差す……否、ソーダのストローで指す先には子供を肩車している父親の姿。 「いや、あれだ、ってお前……」 ニモが如何に小柄といっても、10代半ばである。ハーフコーディネイターであるセイリは筋力も体力もそこらの一般人の比ではないため、やる分には無理ではない。無理ではないが……。 「30近い男が? 16の女の子を? 肩車しろって?」 絵面的にアウトというレベルではない。 「あれ!」 ニモはあくまで退かなかった。 セイリはたっぷり3分は渋ったが、根負けして已む無くニモを担ぎ上げる。 騒ぎに紛れて目立ちはしないことを祈るしかなかった。 「ん」 「……どーも」 懐柔のつもりなのか、肩の上からニモが差し出してきたソーダのストローを加える。 『レッディィィス・アンド・ジェンットルメンッ!!』 観衆のざわめきに負けない大音量で、司会が興行の開始を告げる。 『皆様大変長らくお待たせしましたァ! 選手入場です!』 大仰な身振りで示した先、西側のゲートからMSが姿を現す。 黒地に白いワンポイントで塗装されたジンだ。ポンチョのように砂上迷彩用のマントを羽織っており、何の意味があるのか鎖つきのMSサイズの棺桶(恐らくコンテナを改造したものだろう)を引き摺っている。 如何にもキャラクター性を押し出した無意味な装飾だ。これも興行のギミックか。 『挑戦者! 復讐のマリアッチ! ホセ=デ=ラ=カルデロン=ウルタァァァァドッ!!』 ぶー。 「セーリ、つめたい」 思わずソーダを噴出したセイリに、太股にかかったニモが抗議する。 『南アメリカ侵攻時、住民諸共ザフトを吹き飛ばす連合の卑劣な作戦で家族と同僚を喪った悲劇のメキシカン! 血祭りに上げた連合軍の悲鳴は死んだ恋人へのセレナータ! 今宵も弔いの時が来たァ!』 ジンが天に拳を突き上げると、観衆が割れんばかりの歓声を送る。合わせてコクピットが開き、パイロットがそれに応えた。 間違いない。綿のマントに麦藁のソンブレロというベタなマリアッチスタイルだが、ホセだ。 「ホセにそんな過去があったのか」 「いやいやいやいや、ペドロ普通に生きてるだろ……」 丸きり信じたらしく呟くニモに、セイリは呆れて言う。 まぁ、要するにそういう設定、筋書きなのだろう。 どうやらガチンコの殴り合いではなく、プロレスのような娯楽重視の見世物らしい。 「しかし何やってるんだアイツ……」 訝るセイリをよそに、対面のゲートが開く。 中から現れたのはニモは初めて見るMSだった。 全体的に曲面で構成されるジンと対照的に、箱を積み上げたようながっちりとした巨体。顔はジンともアストレイとも異なる、ゴーグルをかけたような面構えである。 「ストライクダガーだ、連合の量産MS」 いつもの携帯端末の代わりにセイリが説明する。 『対するは防衛戦12連勝、紅海の女豹!』 ストライクダガーが、両腕を天に突き上げる。後から追加したらしきナックルガードには、艶かしいポーズを取る豹が描かれていた。 『ディナ=カンタァァァァルッ!!』 観衆が沸き立つ。 だが、先ほどのホセを出迎えたそれと違い、歓声ではない。 ディフェンディングチャンプだというのに、観衆から巻き起こったのは盛大なブーイングだった。 コックピットが開き、中からパイロット……ディナ=カンタールが姿を現す。 肩書きのイメージに反していたって普通の女性だった。いや、少女と表現してもいい。 歳はまだ20か、もう少し前だろう。長いサイドテールに纏めた蜂蜜のような濃い金髪といい、際どいミニスカートとチューブトップという井出達といい、快活な印象はあるがストリートファイターよりはダンサーといったほうが納得がいく外見だった。 『カワイイ顔に似合わずかつて連合軍パイロットとして12のMSの首を狩ったトリプルエース! アタシを好きにしていいのはアタシより強い男だけ、と公言して憚らない! 今日こそその鉄壁のガードは打ち崩されるのかァ!』 司会の向上が終わるや否や、しなを作って小悪魔じみた艶やかな笑みを浮かべてウィンクを飛ばし、ミニスカートの端を摘んでちらりと上げてみせる。どっと沸く観衆。 「なるほど、そういう悪役(ヒール)か」 「ひーる?」 得心した様子のセイリに、ニモが頭上で首を傾げる。 「今は分裂してるが、この辺りは元々アフリカ共同体だ、親プラントなんだよ」 アフリカ共同体とは北アフリカ、西アフリカ地域の国家が形成していた経済・軍事同盟だ。先の戦争では親プラントの姿勢を貫いたが、ザフトが撤退するや否やアフリカ共同体も体制が揺らぎ、現在は各自治区ごとに分裂してしまっている。 「ああやってヘイトを稼いで負けを期待させるんだ。勝ち続ける限り、観衆は“もしかしたら今度こそは”と思ってやってくる」 あの扇情的なパフォーマンスもその一環だろう。 なんとも品には欠けるが本格的な“つくり”だ。裏方にそういう経験のあるブックメーカーがいるのかもしれない。 「じゃあ、これはお芝居なのか」 ニモの声音は平坦ではあったが、心なしか残念そうにセイリは聞こえた。 が、彼は首を振り断言する。 「いや、ホセがやってる時点でそれはない」 MSの格闘戦でそれとわからないように手を抜くというのは非常に難易度が高い。コーディネイターとはいえ練習したわけでもないだろうホセには出来ない芸当だと踏んだ。 「背景は茶番でも、ファイトはガチンコだ」 ジンとストライクダガーが中央の線まで進み、思い思いのファイティングポーズで構えた。 ホセのジンの構えはボクシングのそれ……に見えないこともない。恐らくホセはそれを意識したのだろうが、セイリが見る限り、人間のそれに比べると腕が開きすぎている。ジンの関節の構造的限界だ。あれでは構えの意味を為さない。 一方のストライクダガーは引いた右拳を腰だめに構え、左腕を楯を構えるように前方に掲げている。人間の格闘技ではまず使用されない、奇異なスタイルだった。 『レディィィ…………ファイッ!!』 そして、ゴングがサファガの港湾区に、高らかに鳴り響いた。 [No.611] 2014/09/27(Sat) 20:30:13 |