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all 儚くも在る灰色(ぐれい)のセカイ/0 - 咲凪 - 2011/07/28(Thu) 00:29:53 [No.470]
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一瞬の虹色、永遠の灰色/3 - アズミ - 2015/02/06(Fri) 22:12:06 [No.619]


一瞬の虹色、永遠の灰色/3 (No.618 への返信) - アズミ

 サイレンが鳴っている。
 回転灯の刺々しい光が、ビルを赫々と染めている。

 ――何か、マズいことが起きている。

 それは解る。それだけは理解できる。だが、事態を何一つ呑み下すことが出来ないまま、宮野川は急転する事態をただ傍観するしか出来なかった。

「何が起きてるんです」

 もはや声の震えを隠そうともせず、馴染みらしい警官と何か話してきた安曇に宮野川は問うた。

「7人死んだ」

 安曇の回答は簡潔。そのくせ内容は理解しかねるほどに異常で、奇怪だった。

「1階で5人、2階で3人。3人はシンクに溜めた水に頭を突っ込んだまま溺死。2人は身体を折り畳んで入った冷蔵庫の中で凍死。1人は手首を切って自分で血を吸い尽くして失血死。1人はエレベーターシャフトとの隙間に挟まって轢死。ずっと2階で止まってたのはそのせいだ」

 聞いているだけで、気がおかしくなりそうな内容。悪夢の中としか思えぬ凶事。他人事としか処理できないホラー。
 だが、最後の言葉がギリギリ、宮野川の意識を正気に繋ぎとめる。

「全員が自殺と見られている」
「自、殺?」

 繋がった。
 その言葉だけで、宮野川と、彼の友人と、高崎の死と、この異常事態がか細い糸で繋がった。

「それぞれの死に他者が関わった痕跡がないのと、遺書が残っていた。パソコンのメモ帳だったり、懐の手帳だったり、書き殴った媒体は様々だけど……」

 内容は、全員一緒。


 ――私は、灰色になりたい。


「何が起きているんです!」

 宮野川は半狂乱になって叫んだ。
 警官や救急隊員が訝しげにこちらを見るが、最早知ったことではなかった。
 この異常事態を、一片であろうと構わない、僅かにでも理解できなければ次の瞬間にでも発狂してしまいそうだった。
 安曇は眼鏡の位置を直しながら、暫し逡巡した。
 そして、なるだけ宮野川を刺激しないように言葉を選んだ様子で、言った。

「俺の家に行こう。道中で、告別式以来俺が考えていたことを話したい」

 宮野川に、否やを言う気力はなかった。





「怖いかい?」

 助手席の宮野川に、運転しながら安曇が問う。
 握りしめた拳が、震えていた。
 怖い。確かに、怖い。消えた理小路を心配する余裕さえなかった。そんな自分に僅かに幻滅する程度には精神を復調させつつはあったが。

「まずは、敵をはっきりさせよう」
「敵?」
「そう、敵だ。僕たちは敵に攻撃されている。一つ事態を理解できたね」

 “敵”。
 安曇は、はっきりとそう言った。
 まずは問題を明確にせねばならなかった。不明であることは即ち恐怖だからだ。
 現出する死という致命的な事象が、恣意的な攻撃によるものなのか、それとも偶発的な事故、あるいは天災なのか。もし攻撃だとしたら、その相手は何者なのか。なにゆえに凶事を振りまくのか。
 それを詳らかにすれば、同時に事態に対し冷静さを取り戻すことが出来る。

「敵のことを、俺は“縊れ鬼”と呼んでいる」
「くびれ、おに?」
「そう、縊り殺す、の“くびる”だ」

 中国では“いき”と読む。古くは宋代の古書“太平御覧”などにも名が見られる。
 これらは冥界の死者が転生する際、その身代わりを用意するために生者を縊死させるものをいうが、日本におけるそれはもう少し抽象的で、簡潔だ。
 幕末の随筆に名が見られ、それによると江戸で役人が宴を開いた際、客である同僚の一人が急用があるのでと帰ろうとした。用事をしつこく問い質すと、首を括る約束をしたという。役人は同僚に酒をたらふく飲ませて引き留め、後に正気を取り戻した同僚に問い質すともはや首を括る気は無くなっていた。間もなく近隣で自殺者が出たとの報せが届き、役人は「縊れ鬼の仕業だ」と悟ったそうな。

「つまるところ、縊れ鬼とは自殺念慮を誘発する妖怪だ」
「そんな妖怪がいるんですか?」

 聞くだに恐るべき妖怪だ。
 そんな危険な存在なら今の時代、公安がマークするなり注意喚起するなり何なりされそうなものだが。

「いないよ」
「はぁ?」
「少なくとも現在そんな妖怪は実在が確認されてない。文献だけの存在だ。人を自殺させるから、仮にそう呼んでる」
「それじゃ何もわかってないのと同じじゃないですか」

 呆れたように言う宮野川に、安曇は嗤った。見えない敵に向けるような、不敵で攻撃的な笑み。

「名前もわからないよりは幾らか“怖くない”だろう?」
「それは、まぁ……」

 なんとなくは納得したものの、どこか釈然としないまま頷く。
 と、同時に気付く。

「……先輩は、少なくともその“縊れ鬼”の仕業だって思ってるんですね? つまり、高崎は」
「まだ断定は出来ない。でも、ただの自殺とは考えにくくなった」
 
 車が赤信号に捕まった。

「そう思った根拠は? 少なくとも警察は高崎の死を疑ってなかった。先輩があいつの死を不審に思ったのはなんでです?」

 宮野川は安曇から視線を外さずに問うた。
 もう震えは止まっていた。代わりに焦燥が心を支配している。
 自分たちの周囲で、何か致命的な事態が進行している。7人もの命を奪い去った何かが。それに既に高崎が犠牲になり、今また理小路が――――理小路。理小路は、大丈夫だろうか?

「俺も自殺したからだよ」

 あまりの告白に、再び胃が引きつった。
 安曇はコツコツとハンドルを指で叩きながら続ける。

「いや、未遂だ。当然だけど。昨日の夜、風呂に張った水に頭を突っ込んで溺死してたのを同居人に見つかった」

 溺死“しかかったのを”の間違いではないかと思ったが、敢えて指摘する余裕はなかった。

「なんで」
「なんでだろうな……当然、今は別に死にたいとは考えてないんだ。全く唐突に自殺念慮が巻き起こった。この点は伝承の縊れ鬼と符合するね」

 安曇は他人事のようにそう分析する。

「よく平然としてられますね」

 宮野川は呆れて言う。
 つい昨晩死にかけた人間の口ぶりとは思えない。まして、その原因に未だ直面している最中だというのに。

「怖い、とはまったく思わなかったんだ。たぶん一度標的になると精神力云々で抵抗は無理だな。……ただ、その時――」
「その時?」
「“灰色になりたい”と思ったんだ」
「またそれですか? なんなんです、それ」

 灰色。どうやらこれが一連の事件のキーワードであるのは間違いない。
 だが、安曇の答えは要領を得ないものだった。

「感覚的なものでうまく言葉で説明できない。今を維持しつつ、別の何かになりたい、同一化したいみたいな……うーん、しっくりこないな」

 そうこうしている内に、車は丘の上の住宅地へと入っていく。

「ともかく、暫く君は俺と一緒に行動したほうがいい。会社は休んでくれ……というか、公には行けないことになっている」
「公には?」
「さっきの俺たちは本来なら参考人として引っ張られる場面だ。現場に来てた桐代刑事が知り合いだったんで見逃してもらったけど、署まで任意同行した、という方向で口裏を合わせることになってる」
「あぁ」

 まるで刑事ドラマのような段取りだが、思い返せば安曇の著作で全く同じ展開が見たことを思い出す。成る程、こういうのは実際の経験を反映して書いているものらしい。

「同居人が一人いるけど……まぁ、適当によろしくやってくれ。たぶん理小路よりは幾らか難物だけど、悪い子じゃない」

 あの理小路よりか。宮野川は眠気で重くなり始めた頭に若干頭痛を覚えた。
 向かう先、安曇の家の並ぶ通りに、朝陽が昇り始めていた。


[No.619] 2015/02/06(Fri) 22:12:06

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