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No.100に関するツリー

   サイバーパンクスレ本編再録その2 - 桐瀬 - 2011/04/30(Sat) 22:53:52 [No.100]
魔術少女の憂鬱 - 桐瀬 - 2011/04/30(Sat) 22:54:28 [No.101]
Return failed 5 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 22:55:07 [No.102]
魔術少女は笑わない - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 22:56:24 [No.104]
その覚悟は・2 - キュアスノー - 2011/04/30(Sat) 22:56:53 [No.105]
ルーレット・ルート・アドベント - サン=バオ/雉鳴 舞子 - 2011/04/30(Sat) 22:57:38 [No.106]
End Rank - 教祖 - 2011/04/30(Sat) 22:58:24 [No.107]
その覚悟は・終 - キュアスノー - 2011/04/30(Sat) 22:59:18 [No.108]
Return failed 6 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 22:59:55 [No.109]
魔術少女の消失 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:10:16 [No.110]
サン・ザ・ウィル - 雉鳴 舞子/サン=バオ - 2011/04/30(Sat) 23:11:00 [No.111]
Return failed 7 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:11:35 [No.112]
幕間―魔術少女の場合― - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:12:17 [No.113]
フォロー・ザ・サン - 咲凪 - 2011/04/30(Sat) 23:12:52 [No.114]
魔術少女の休息 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:13:33 [No.115]
Return failed 8 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:14:19 [No.116]
Rock you!1 - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:16:47 [No.117]
依頼 - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:17:29 [No.118]
魔術少女の暴走 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:19:32 [No.119]
イントルーダーズ - 黒須恭太郎 - 2011/04/30(Sat) 23:20:51 [No.120]



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サイバーパンクスレ本編再録その2 (親記事) - 桐瀬

そのに

[No.100] 2011/04/30(Sat) 22:53:52
魔術少女の憂鬱 (No.100への返信 / 1階層) - 桐瀬

(……失敗だった?)
 
 眼前で敵の攻撃から味方を庇って吹き飛ばされる黒い装束の少女を見た時に私はそう感じた。
 支援をしてくれと言われたから支援をした。私は間違いなく一仕事をして、好機は作ってあげた。
 
(……それなのに、この状況は)

 一合終わってみれば、こちらはアタッカーを一人失って敵は五体満足。
 アタッカーはもう一人残っているけれど、先の様子を見るに期待をかけない方が良さそうに思えてくる。
 黒の少女が吹き飛ばされた時に減速はさせた。だから、壁への衝突によるダメージはさほどではないだろうがあの大きさの敵の打撃をまともに受けて立っている事は期待しない方がいいだろう。

(さて、そうなると……)

 周囲に目を走らせる。
 この周囲の家電の類は全て敵の構成に使用されたのだろう。目につくものは紙ゴミ、布きれ、浮浪者の死骸……ロクなものが無い。
 建物は利用できなくもないが、できれば派手に立ち回りたくはない。体力も消耗する。
 
 私が考えを巡らせている間にもガラクタは次の攻撃動作に入る。
 敵の攻撃を凌ぐのは容易い。だが、倒すとなると別問題だ。
 そもそも敵がどういった個体なのかが判らない。魔術的なものを媒介に構成されたものかとも思ったが、先の砲弾を逸らした時の"手応え"が違った。
 電脳の類であれば私の専門外だが……いざという時に廃品がくっついて無差別に攻撃を始めるなどという非効率で意味不明なものを作るとも思えない。
 いずれにせよ相手の倒し方も見極められぬうちに全力を出して消耗するのは上策とはいえない。

 そうこうしている間に、ガラクタが腕をこちらに向けて構えたかと思うと、飽きもせずその構成物を飛び道具としてこちらへと発射する。
 飛来する廃品に、先に符を張り付けた家電砲弾を動かし、衝突させることで軌道を逸らす。
 衝突させた家電は粉々に砕け散り、もはや元が何であったかよく分からない状態になってしまったが、軌道の逸れた廃品は豪快な音を立てて背後の建物に衝突した。
 
(動かす事はできる、か)

 元は敵の一部分とはいえ、離れてしまえば何か特殊な力が働いているわけではないようだ。
 
「そこの白いの!」

 敵に目を向けたまま、白い装束の少女に声をかける。
 少女は未だ味方が倒された現実を受け入れられぬのか、それとも単純に恐れ故か、呆然としたような表情をしていたが構わず続ける。

「いい?3分だけ時間は稼いであげるから、さっさと戦える姿勢を整えなさい!」

 3分。我ながらサービスしている方だと思う。
 それは純粋に、未知なる力と敵への好奇心があったからである。
 しかし、好奇心は猫をも殺す。深入りは危険である。3分稼いでも何も状況が好転しないようであれば……

「それでも何もできないですっていうんなら私は逃げるからね。こっちは慈善事業でやってるんじゃないから、死ぬなら一人でお願い」

 死ぬ、という言葉に一瞬少女が反応したように見えたが、そんな事はどうでもいい。
 言う事は言った。あとはやる事をやるだけだ。

「さあかかってくるといいわ、ガラクタ。どういうカラクリか見極めてやる」


[No.101] 2011/04/30(Sat) 22:54:28
Return failed 5 (No.101への返信 / 2階層) - 深選

 人間の身体というリソースを使う以上、サイボーグに万能はない。
 俺の身体は電脳への防御はともかく攻撃機能は全く備えていないし、魔法関連ともなればもうお手上げだ。
 同じように。サン=バオの義体は交渉や情報収集向けに作られており、荒事には比較的向かない。

 たとえば、瓦礫が降り注ぐストリートを走り抜けることなど、想定はしていない。

『危ないところだったな』

「ありがとうございます、Mr.深選」

 バオの上に落ちてきた瓦礫を受け止め、俺は言う。バオは表情の変化こそ乏しかったが、一応は謝辞を述べた。
 そのまま抱え上げ、マイコを待たせている近くのセーフハウスに向けて移動し始める。

『言葉は要らん、情報で貰う』

 無論、慈善事業でなどあるはずはない。そんなもの、ストリートでは笑えないだけジョークより役に立たない。
 サンも予測していたのか、「答えられることなら」と頷いた。

 サン=バオ。
 上海統合企業ビル……通称バベルの塔のエージェント。上海の総元締めの耳目そのものと言っていい。
 だからこそ、こちらから接触するときは細心の注意を要するのだが。

「ロングイヤーを探している。お前たちの仕事を請けたのを最後に所在がわからん」

「ロングイヤー氏は我々の依頼を追え、上海脱出の途へつきました」

 脱出した、と言い切らないのはもうこいつらはあの情報屋に関心がないと言うことだろう。

「今度はどこと戦争を?」

 まるで人を四六時中抗争に明け暮れてるかのように言う。……そう間違いでもないか。
 
『教団、という名に聞き覚えは?』

 サンは一瞬、目を見開いた。
 兄弟で同一の義体さえ使ってポーカーフェイスを貫くこいつらだが、サンだけは今ひとつ詰めが甘い。
 サンはそれでも一瞬で平静を取り戻すと、顎で路地の出口を固める武装集団を示す。

「恐らく、彼らのことでしょう」

『なるほど、手間が省けた』

 俺は頷くとサンをそこらに放り捨て、バリケードの向こうから銃口を覗かせるザコどもにセーフハウスから持ってきたコルツ“ブルベアー”グレネードランチャーを発射した。




 セーフハウスに戻る前に無力化したクリッター(後で知ったが、デンリョウというらしい)は3匹。蹴散らしたチンピラのほうは数える気にもならない。
 使ったのは先述のブルベアー3発と軍用AMライフル“ルシファーズハンマー”2発、“フラットフィールド”ミサイルランチャーが2発。あと焼却剤(テルミット)と9mm弾が少々。
 ……どデカい出費だ。

『お前の値段がどんどん吊りあがっていくな』

「知らないわよ、そんなの」

 ぶすくれてマイコが言う。

『だが、だいたい話は解ってきた』

 マイコを狙っているのは『終焉の位階』とかいうカルト教団。何やら物騒なナノマシンテロを企んでいるが、その肝とも言うべきナノテク兵器の天敵が、誰あろうマイコの中にあるナノブレイカー、というわけだ。

『理解したか?』

「とんでもないとばっちりってことはね」

 言いながら、マイコはほとんど衣服の体をなしていない病院服を脱ぎ捨て、そこらにかけてあったアーマークロークを「借りるわよ」とだけ言って着込み始めた。

『何をしている?』

「お別れしてたの」

『お別れ?』

「ずっと昔に終わった、私の時代に」

 マイコは泣いていたようだった。いや、泣き終わったようだった。部屋と泣き腫れた顔に、さんざ泣き喚いて、転げまわった後があった。
 マイコは慣れない手つきで、スタンバトンやらルームスイーパーあたりの小型拳銃をクロークのホルダーに突っ込む。無遠慮に。
 ……素人の護身用としてはいい選択だ。

「借りるわ」

『返すアテはあるのか?』

 マイコは応えず、セーフハウスの埃っぽい床をじゃり、と踏みつけた。

「ホントさいってーの時代だわ。最低。どいつもこいつも拝金主義の暴力主義、そのくせこのか弱い乙女の頼る先なんて強姦魔や人攫いと50歩100歩の戦争屋だけだし……」

 酷い言い草だ。
 マイコは振り向いた。決然と。

「返すわ。アテは無いけど、これが終わったらアンタに借りたもの、全部返す」

『これが終わったら、ね』

 それは、生き残るということだ。
 上海全域を敵に回しても厭わないカルト教団や、あるいはそれ以外の相手に命を狙われて。

「今誓ったことが二つあるわ」

 マイコの目は据わっていた。
 一皮向けたとか、人間的に成長したとか、そんな高尚なものではあるまい。
 そんなものより、もっとこのストリート向けだ。

「一つはこの世界で生きていく事」

 つまり、ブチ切れたのだ。

「もう一つは絶対に、
 “ぎゃふん”なんて言わない事よ!」


[No.102] 2011/04/30(Sat) 22:55:07
魔術少女は笑わない (No.102への返信 / 3階層) - イライザ・F・霧積

 こちらを厄介な敵と認識したのか、ガラクタも改めてこちらに向き直るような動作をする。
 もっとも、どこが顔かなど判りはしないので、もしかしたら後ろ向きだったのかもしれないが。

「さあ、どこからでも来るといいわ」

 手を無造作にローブのポケットに突っ込み、その姿勢のまま相手の動きを待つ。
 このガラクタの攻撃力は侮れない。実際に、地面を穿ち人一人を軽々とふき飛ばすだけのパワーは持っているし、遠距離攻撃の手段も備えている。完全に生身な私が直撃を食らえば良くて血だまり、まあおそらくは原型がなんだったのかよくわからないものになるだろう。
 
「こないならこっちから行くよ?」
 
 先に符を張った廃品は二つ。一つは先程盾にして完全に粉々になってしまった。
 残る一つの位置を確認しつつ一歩前に出る。
 それに呼応するかのように、ガラクタが腕を振り上げる。
 構わずに更に前へ進み出れば、間合いに入ったと同時にその腕が勢いよく振り下ろされる。
 
「所詮はパワーだけの物体ね」
 
 振り下ろされた腕に潰される前にすぐ横に"跳んで"回避。腕は派手に地面を穿つだけに終わる。
 私自身の筋力的な身体能力は大したことはない。正直その辺の同年代の子と比べても劣っている自信がある。
 しかし私にはこの魔術がある。物理的でただの力任せの攻撃など、如何様にでも対処できる。
 オマケにこの智慧の欠片さえも見出せないガラクタのようなモノの攻撃の直撃を受けるなど……

「あり得ない」

 地面を穿った腕に手をつきながら呟く。
 一瞬でもこれを魔術的なものかもしれぬと思った自身の判断もありえない。今時魔術的な"人造人間"(ゴーレム)でももっとマシなものを作れる。
 私の余裕に怒ったのだろうか、ガラクタはそのまま力任せに……それしかできないのだろうが、振り下ろした腕をそのままこちらに向かって薙ぐように振るう。
 それを後方に"跳んで"回避。仕込みは終った。経費は最小限に、時間は最大限に稼ぐならばこれが一番だと判断する。

「もうちょっとマシな組成をしてもらうように、ご主人サマに言っときなさい」

 指を鳴らす。同時に先に符を張った廃品が急速に勢いをつけてガラクタの腕に直撃する。
 直撃した廃品と共に、腕を構成する部品が一部弾け飛ぶ。
 次の瞬間、ギギ――と組み合わせた金属部品を引き剥がすかのような音が響いたかと思えば、ガラクタの腕があらぬ方向に引っ張られ、そのまま離れようとするかのような動きを見せる。

「相性、って知ってる?」

 電脳の世界ではどうだか知らないが、魔術の世界では未だ相性での有利不利は間違いなく存在する。
 魔術と一口に言っても系統は様々である。そして一個人でそれら全てを身につけるなど到底不可能でもある。
 だから、誰しも得意分野、というものができてくる。
 火が得意な者、心を読める者、私であれば物体の移動に関する術……どこぞのストリートミュージシャンはあれは幻術だったか。
 いずれにせよ、物体を自在に動かせる私には、サイボーグ以上にガラクタを寄せ集めただけのような構造の敵などただのバラバラにしやすい塊でしかない。

「まあ、相性を見切って逃げなかった時点で悪いのはアナタ」

 そう。相性が悪ければどうしようもない。だから私は、いざという時の為に逃げる術を磨いてきた。
 今日だって逃げるつもりだ。ちらと白い少女の方に目をやれば、未だ立ち直っていなさそうであるし、コレを倒してやる義理もない。
 3分経つまであと少し。メキメキと不快な音を立てる腕を見ながら私は逃げるルートとその先の事を考え始めていた。


[No.104] 2011/04/30(Sat) 22:56:24
その覚悟は・2 (No.104への返信 / 4階層) - キュアスノー

 「……エレクトロ!!」

3分時間を稼ぐ。イライザにそう言われてからどれくらい経ったろう。はっと我に返ったキュアスノーは、キュアエレクトロが吹き飛ばされた場所へと走り寄る。

 その胸を占めるのは安否の心配よりも、誰かに頼りたい、すがりたいという一心。我ながら情けなさに涙が出そうだ。

 「……ここです。イライザさんが衝撃をやわらげてくれたので、たいしたことはありません」

 収まった砂煙の中から、片ひざをついたキュアエレクトロが現れる。しかし、その言葉とは裏腹に黒い衣裳は煤に汚れ所々が破れ、激突したであろう背後の壁には巨大な穴が穿たれていた。

 「馬鹿なこと言うなっピ! ほんとは立つのも大変なくらいのダメージっピよ!」

 PIYOがキュアエレクトロの周りを心配そうに浮遊する。なんとか立ち上がろうとするが、がくりと倒れこんでしまう。
 キュアスノーは慌ててその体を支える。もういいよ、逃げよう。そう、口を開こうとした時、

 「たしかに、今の私には戦闘続行は難しいかもしれません。――だから、貴女があの電魎を倒してください。キュアスノー」

 キュアエレクトロの瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。その視線に耐えられず、俯く。

 「む、無理だよ……私には出来ないよ。さっきだって、私が動けなかったから、私を庇ったからエレクトロが……!」

 「無理ではありません。あなたなら、出来る。」

 あっさりと言い放つキュアエレクトロに、え、と見つめ返す。変わらぬ無表情の中に何かの確信が見て取れた。

 「初めて出会ったときを覚えていますか? 電魎の攻撃を受けるところだった私を、貴女は手を引いて助けてくれた。自分が死ぬかもしれない危険を冒しても」

 そうだ、あの時も電魎が巨大な腕を振り下ろしていて、気がついたら目の前の少女を引っ張っていたのだ。

 「あれは……無我夢中だったし……」

 ……今の、キュアエレクトロの様に?

 「何かを考える前に、無意識に人を助けることが出来る。それはとても大切で温かなことだと思います。あの時、貴女の手を感じた瞬間、私のパートナーは貴女だと思いました」

 「………」

 「あの時の勇気が、強い気持ちがあれば、私のパートナーは、貴女は何にも負けません」

 いつもと変わらぬ無表情の中の確信。それは、他ならぬ私に向けられていた。

 「……本当に、出来るかな? 私、馬鹿だから本気にしちゃうよ?」

 「出来ます。私と貴女と、二人なら。」

 その言葉に、急に世界が色付きはじめた気がした。空気が澄んだ気がした。視界がクリアになった気がした。
 ようやく一つ、吹っ切れた気がした。

 「どうなっても責任は取れないけど……私をその気にさせた責任はとってもらうからね!」

 白と黒の戦士はともに笑い合い、倒すべき敵へと視線を向けた。


[No.105] 2011/04/30(Sat) 22:56:53
ルーレット・ルート・アドベント (No.105への返信 / 5階層) - サン=バオ/雉鳴 舞子

 サンにはやるべき事が二つあった。
 一つはこのブシドー租界に居るというベヘモスを開発したという闇医者をしているナノ工学者の調査。
 もう一つはもう一度深選と接触し、“何処で教団を知り”、“何故彼等と争っているのか”を知る必要がある。

 教団に関する情報は次兄であるアルが調査を進めている事だが、ここで教団に関する情報を見逃す手も無いのだ。
 幸いにして、深選という男は報酬さえ払えば(そして仮に彼が現在何者かに雇われており、その雇い主の意向で口を閉ざす場合、以外は)報酬に見合うだけの情報を提供してくれるだろう。
 こういう点、ブシドー租界の人間は“使える”のだ。

「……ただまぁ」

 個人的には受け入れがたい価値観だ、とサンは思っている。



 たまたま近くに放り捨てられたので、思ったよりも早くサンは深選のセーフハウスに辿り着く。
 案の定というか何と言うか、やはり“戦争中”だけあって警戒しているのだろう、此方から来訪を伝える前に、サンの接近を察知した深選の方からやって来た。

『今日は良く会うじゃないか』
「そうですね」
『それで、本題は?』

 サンは手っ取り早く、教団に関する情報が欲しい旨と現在深選が置かれている状況の説明を求め、そしてその情報に支払える金額を提示した。
 ただの情報にしては十二分な額のそれを簡単に支払える事が、なんだかんだ言って彼等エージェントが持つ一番の情報入手能力の源であった。
 そして瑣末な事に簡単に巨額を動かせる事こそが、彼等がArに心酔する要因の一つでもある。

『ただの情報にしては随分な額だな』
「貴方もベヘモスを知ったなら、事を急く事くらい理解なさるでしょう?」
『なるほど、お前達は企業に属する人間だからな』

 サンは知らぬ事だが、この時深選の脳裏にはナノブレイカーの存在が過ぎっていた。
 ナノブレイカーは上海総合企業ビル……バベルの塔も喉から手が出る程に欲しい素材だろう。
 高く買い取ってくれる事は確実だが、果たして此処で彼等にナノブレイカーを手渡す事が生き札になるか、死に札になるか、その価値が莫大なだけに悩む判断となったのだ。

「ねぇ、どうしたの……?」

「?」
『お前は出てくるな』

 来客だ、とセーフハウスの外に出たきり中々戻って来ない深選に痺れを切らしたのか、案外、武器を持った事で強気にでもなったのかもしれない舞子が扉から顔を出した。

 サンはセーフハウスの中に第三者が居る事を予測される状況の一つに入れていたので、取り立てて驚く事は無かったのだが。

「Mr.深選、彼女は?」
『女だ、気にするな』
「……えぇ、そうですね」

 サンは思う、恋愛は自由だと思う、でもロリコンはどうかと思う。

「でも、ロリコンはどうかと思う」
『心の声が外に出てるぞ』
「えぇ、大事な事なので、ついうっかり」


[No.106] 2011/04/30(Sat) 22:57:38
End Rank (No.106への返信 / 6階層) - 教祖

 地下にあるドクの研究室、その入り口は今無残に引き裂かれようとしていた。
 地下に大音響で響き渡る爆音と共に、強固なはずの扉の向こうからチェーンソーの先端が覗き、高度な電子ロックを時代遅れの凶器によって力ずくで破られようとしてた。

「ふぅあはぁはははぁああぁ! Drァァァっ」

 一度聞いたらそう簡単には忘れられない特徴的な声と共に、チェーンソーによって出来た裂け目に手をかけ、サイボーグもかくやという怪力によってドアが引っぺがされる。

「おぃおぃ、普通に入ってこれんのかアンタ」

 呆れた風に呟くドクの目の前に、悠然と歩いてくる大柄の神父。
 本来神聖なはずのその衣装も、彼が纏っていると歪んだ邪悪なものに見えるのだから彼の異常さがよく分るというものだ。

 カルト教団「終焉の位階」、その頂点に立つ教祖グレーシス。それがこの狂人の名である。

「Drァ、ベヘモスを受け取りにぃ、来ぃたぞぉぉぉ」

「わざわざアンタが来るとはねぇ。だが、ありゃぁまだ未完成だぞ?」

 その言葉に、教祖グレーシスは口が裂けたように哂い、信者の前で演説するかのように両腕を広げる。

「この魔都をぉ、浄滅できるのならばぁぁ! それでぇ構わんのだよぉぉぉぉぉぉお!!」

 未完成だろうが、制御不能なだろうが、この上海全域を消し去ることが可能ならばそれで構わないと言い切る真正の狂人。

「それでぇ、ベヘモスはぁ、どぉこにあるぅぅぅう!」

「此処にはねぇぞ」

「ぬぅわぁにぃぃ?」

 ドクのその言葉に、哂いを抑え、ギョロリと眼球だけでドクの顔を睨みつける。

「それに持ってても渡さんよ、未完成品を渡すのはナノテク技術者としてのプライドが許さん」

「……ベヘモスはぁぁぁ、どぉぉぉこぉぉにぃ、あるうぅぅぅぅぅうう!!?」

 教祖グレースの眼に素人でもわかる狂気が宿る。
 同時にその両腕が変質し、チェーンソーと化して爆音を轟かせて回転を始める。

 その狂気は有様は、答えねば命に関わるだろうことを容易に感じさせた。


[No.107] 2011/04/30(Sat) 22:58:24
その覚悟は・終 (No.107への返信 / 7階層) - キュアスノー

 「さて、そろそろ3分経つけれど、どうする?」

 イライザは二人の傍にふわりと降り立つと、開口一番そう言った。
 無力化は難しくとも逃げるに難くない。ガラクタが如何程のものかの見極めも済んだ今、少女たちの返事如何ではすぐに逃げる算段をつける。

 しかし、白い方の少女が口に出した言葉は意外なものだった。

 「……はい。戦います。戦って、勝ちます!」

 驚いて白い少女を見る。その顔には、先ほどまでの怯えが消え、強い意志が伺える。
 どうやら立ち直ったようだ。難しいだろうと思っていただけに、イライザは彼女のことを少し見直す。

 「それで、具体的に勝算はあるの? これ以上長引かせたくはないんだけど」

 今度は黒い少女が答える。

 「貴女のおかげで電魎もかなり消耗しているようです。あれなら私とキュアスノーで倒せる」

 「って……貴女、立ってるのも辛そうじゃない。本当に大丈夫なの?」

 壁に寄りかかってなんとか立っているような状態だ。あの一撃を喰らって生きているだけでも凄いといえばその通りだが、とても飛んだり跳ねたりは出来ないだろう。

 「はい。なので貴女にお願いがあります。あいつの動きを少しの間でいい、止めてもらえないでしょうか。」

 動きさえ止められれば打つ手があるのか。
 再びイライザの心の中に好奇心が芽生えてくる。

 「OK、何か知らないけど任されたわ。それでも駄目なら逃げるけどね」

 「問題はありません。キュアスノーが決着を付けます。」

 急に名前を呼ばれてビクリと体を震わせる白い方。……本当に大丈夫なのだろうか。

 「まぁいいわ。きっちり足止めしてやるわよ」

 言うが早いか、イライザは電魎めがけて走り出す。

 《おおおおおおおん!!》

 それに向けて電魎もパーツを飛ばすが、舞う様に体を操るイライザには掠りもしない。

 「いい加減、ワンパターンなのよ!」

 飛び上がり、電魎の頭部を足蹴にしてくるりと着地する。
 そのすれ違いざま、電魎の体にはすでに符が貼り付けられている。

 「散らかしすぎよ。少しは自分で片付けなさい」

 パチン。イライザが指を鳴らせば、走りぬけざまに瓦礫に貼り付けておいた符達が反応し、次々と電魎に――正確には電魎に貼り付けた符に――めがけ飛んでいく。

 まるで四方八方から狙撃されているかのように、あるいは瓦礫が、あるいは元は電魎の一部だった廃品が電魎の体を撃ち抜き、躍らせる。

 「ま、こんなところかしらね。あとはお手並み拝見、と」



 「PIYO、ウェポンシフト」

 「ピッピー! PIYOも活躍するっピよ!」

 キュアエレクトロの声に反応して、PIYOの身体が光に包まれ、変容していく。やがて形作るは――真白の弦のない弓。

 キュアエレクトロがそれを手に取ると、ヴン…と電磁の弦が紡がれる。強力な電子の矢を放つ、キュアエレクトロの必殺武器だ。

 キュアエレクトロは壁を体の支えに弓を構え、静かにキュアスノーを見る。
 キュアスノーも無言で見つめ返し、頷く。そしてふっと微笑む。大丈夫だよ、とでもいうように。
 そしてキュアスノーは再び表情を引き締めると、電魎に向かい疾走った。


 「闇に歪みし電子の命よ……」

 ヴン……。キュアエレクトロの手に光の矢が生まれ、電磁の弦を引き絞る。
 キュアエレクトロを中心に力が渦を巻き、矢の輝きが増してゆく。

 その様子に気づいた電魎が体を向けるが、すでに遅い。

 
 「あるべき姿に還れ……エレクトロ・イニシアリゼーションショット!!」

 放たれた光の矢はさらに力強さを増し、身動きの取れない電魎の胸を貫く。

 《おおおおおおおんんん!!!》

 膨大な情報攻撃が、電魎の体の電子結合を分解し、がらがらと崩れ落ちていく。
 胸部のテレビ画面が崩れると、中に隠れていたコアの怨霊が醜悪な表情をさらけ出す。

 「今です、スノー!!」

 「了っ解!!」

 疾走しながら視界に捉えるのは、無残にも破壊された街並み、そして……怪我人と、死者。
 キュアスノーは初めてキュアエレクトロと出会ったときのことを思い出す。

 訳の分からないうちに戦いに巻き込まれ、無意識のうちに少女を助け、いつの間にやら自身が戦うことになったあの時。キュアエレクトロは言った。

 『強い想いを拳に込めて、叩きつけるイメージです。絶対に負けない、許せないという、強い意志』


 「人や街をこんなにする電魎をゆるせない……情けない自分自身に負けたくない……そして何より」

 私はキュアエレクトロを、京を守りたい!

 「闇に囚われし哀れな魂よ!」

 反動で地面が陥没するほどの力を矯めて跳躍する。
 振りかぶった腕には、常人でも可視できるほどのエネルギーがほとばしる。

 「――私の拳で成仏しなさい!!  スノー・全力パァァァァァンチ!!!」


 キュアスノーの拳が、むき出しの怨霊部分に突き刺さる。

 《おおおおおおぉぉぉぉぉん……》

 激しい閃光と電魎の叫び声が轟く。
 やがてそれが少しずつ止んでいき……静寂が訪れる。


 まったく、先ほどまでの騒動が嘘のような静けさであった。電魎を形作っていたモノはただの廃品の山になり、この場に満ちていた禍々しい気も晴れている。


 「……終わったと見ていいのかしら」

 「ええ、そのようです。」

 そんな二人に向けて、少し離れた位置のキュアスノーが極上の笑顔でピースサインを掲げた。




 「……でも、キュアスノーのネーミングセンスはどうかと思うっピ」


[No.108] 2011/04/30(Sat) 22:59:18
Return failed 6 (No.108への返信 / 8階層) - 深選

『別に恋愛対象じゃない。
 お前は俺のプライベートを詮索に着たのか?』

「いえ、失敬」

 俺が肩を竦めると、サンは咳払いを一つして本題に入った。

「で、返答はいかに」

 俺は思案した。
 全てを明かし、マイコをバベルに渡すのが最も安易で安全な方策だ。
 ベヘモスを無効化できれば、企業連が総出で教団を捻り潰すなどわけもあるまい。
 数日上海は騒がしくなるかもしれないが、俺は特に骨を折ることなく一定の対価を得る。

 だが。

 だが、俺は、バベルにマイコを渡すのに、一定の抵抗を感じていた。
 サムライとしての勘が、警鐘を鳴らしていたのだ。

『闇を恐れんとすれば、まず闇から眼を逸らすな』

「なんです、それは?」

『サムライの金言さ。
 一つ、聞く』

「なにか」

『ロングイヤーはちゃんと逃がしたか?』

 サンの表情が、動いた。
 三兄弟揃って、バベルの意向を第一に動く鉄面皮集団だが、この末弟だけはエージェントとして非常になりきれないところがあるのは以前から知っていた。

「――全力を尽くしましたが、あの苛烈な攻撃です。……途中で逸れてしまい……」

 弁解するように言うサンに、俺は玄関の片隅に放置してあったものを拾い上げると、見せ付けるように出した。

『ヤツは苦しんで死んだぞ』

 引き千切られた、少女の腕だ。

 今度こそ、サンの眼が見開かれた。マイコがしゃっくりのような声を上げる。

『見捨てたな?』

 サンは、深く呼吸した。
 それ以上同様の跡を表に出さなかったのは驚嘆に値するが、それだけだ。

「――致し方の無い、ことでした」

『なら、この話はナシだ。
 今、お前たちに切る札はない』

 バベルは上海の陰謀の8割を握るという実質的な支配者だ。
 とどのつまり、住民にとってなくてはならない庇護者であり、慈善事業の流行らないこの街で、唯一弱者に福祉という名の慈愛を与える者でもある。
 だが、一方で……企業にはなんら珍しいことではないが……彼らは必要とあらば個々人の命など容易く切り捨てる。

 俺の命も。マイコの命も。だ。

 報酬は魅力的だが、いつ切り捨てるとも……こちらに牙を剥くともわからない連中との取引は、この状況では余りに危険すぎる。

 サンは「残念です」と一言残すと、踵を返した。が、最後に一つだけ聞いてくる。

「Mr.深選。
 あなたは我々の敵ですか?」

『目下、俺の敵は教団だ。
 だが、お前らが斬り捨てられたいというなら考えておこう』





「苦しんで死んだ、は酷くねぇですかい?」

 ソファの上に転がった肉塊が、かすれ気味の声で文句を言う。
 ロングイヤーだ。

『苦しんだし死んだようなものだろう、その状態なら』

 元は13歳程度の少女型義体を使っていたらしいが、教団の追っ手にこっぴどくやられたらしい。
 帰ってくる途中、損傷が酷く電脳がシールドされた状態でゴミ箱の中に転がっていたのを偶然見つけて持って帰ってきた。
 とりあえず、ありあわせの義体のパーツで喋れるようにはしておいたが。
 マイコは何か酷いホラーでも見ているかのような視線を送りながら、一定の距離を取っている。

『この件が片付くまで匿うのはいい。何なら義体の手配ぐらいはしてやる』

「そりゃありがてえ。恩に着ますぜ旦那」

 俺は笑った。

『言葉は要らん。謝礼は情報で返せ。ドクがベヘモスを作ったという件、詳しく聞かせろ』


[No.109] 2011/04/30(Sat) 22:59:55
魔術少女の消失 (No.109への返信 / 9階層) - イライザ・F・霧積

 初めはどうなるかと思った一戦だったが、終わってみればこんなものかといった気分であった。
 一人の怯えに振り回された感は否めないが、立ち直ってトドメを刺せた事で帳消しにしてあげようと思う。
 それよりも今は気になる事がある。

(成仏……?)

 白の少女は、あのガラクタを殴りつける時に間違いなく成仏しろと言った。となると、霊的な何かが絡んだ生物だったのだろうか。勿論ただの比喩表現として用いた可能性もあるが、今の世に成仏などという単語を用いる人間はその筋の者以外はそういないだろう。その直前に見えた核のようなモノも気になる。

(……確かめてみるか)

 やり遂げた笑顔でピースサインを掲げる少女の横に跳ぶと、傍に転がっている、本当にガラクタになってしまった物体に直接触れてみる。
 
(やっぱり、ただのガラクタ……)

 少なくとも魔術的な要素が介在した痕跡はやはり、無い。
 となると、この二人組に問いただしてみるのが一番か。何かを知っていそうな雰囲気ではある。

「ねえちょっと」

「はえ?」

 気の抜けたような返事を返される。あるいは敵を倒して本当に気が抜けたのか。
 先が思いやられる事であるが、そこまでは私が心配する事ではない。生きる術を身につけられなければどこかで果てるだけだ。
 それよりも、大事なのは敵の事だ。未知のものを未知のままにしておくのは健康上よろしくない。

「コレ、何なの?知ってるんでしょ?」

 ガラクタになったガラクタを示しながら尋ねる。
 白の少女が何かを答えようとしたところに、黒い少女が「それは私から」と、やや不自由な体を引っ張りながらやってきた。

「まあどっちでもいいんだけど。判りやすくお願いね」


〜〜〜


「ふーん。デンリョウ、ねえ」

 そういえばどこかでそんな記述を見かけた記憶がある。
 あれは、父様の書斎だったか……?そうそう出くわす様な代物ではないように書かれていたはずだが、今聞いた説明によると、最近頻発しているらしい。
 
「で、あなた達はそれを退治する専門家、と」

 言いながら白の少女に目を向けると、申し訳なさそうな気まずそうな表情をしていた。
 さしずめ新人と言ったところか。黒の少女の対応を見るに、期待はかけられているようではあるが。

「なるほど。大体の事情は判った。んで、さ」

 私は片手を開いて差し出す。
 意図したところが伝わらなかったのか、二人揃って首を傾げるのを見るに至って私は本気で今後を心配しそうになる。

「お・れ・い。私は善意で助けたんじゃないの。っていうか被害者なの。寝ているところを叩き起こされて使わないでいい体力を使わせられて挙句の果てに敵を倒す手伝いまでしたの。しかるべき謝礼は頂いてトーゼンなの。おわかり?」

「しかし……」

「わかってる」

 黒の少女が何かを言おうとするのを遮って止める。
 どう贔屓目に見たってこの二人は対価として差し出せそうなものは持っていない。
 人によってはさっきからピヨピヨうるさいヤツとか良い値がつくかもしれないが、私はさっぱり興味が無い。

「とりあえず地図見せて」

「え?」

「ち・ず。そんくらいなら持ってるでしょ」

 私の言葉に白の少女は慌てて端末のようなものを取りだすと、せかせかとそれを操作してこちらに画面を示す。
 そこに映っているのはなるほど地図のようだった。
 端末をそのまま白の少女に操作させつつ、私は地図を書き写していく。
 必要なのは、家がある老街までのルート。それ以外は無視して写していったため、作業自体はすぐに終わった。

「オッケー、大丈夫よ」

「あのー、これで……?」

「私を叩き起こした分くらいは帳消しかな」

 私の言葉に白の少女は肩を落とす。
 当り前である。どこの世界に地図を見せただけでタダ働きをしてくれる人間がいるか。
 まあこれ以上苛めたところで気が晴れる以外何もないので、口には出さないでおくが。

「まあ、今はどうしようもなさそうだから、ツケって事にしておいてアゲル。」

 言うだけ言うと、私はさっと背を向けて瞬間移動の姿勢に入る。

「そんじゃ、生きてたらまた会いましょう。Tschüs!」

 こうして私はようやく帰宅の途についた。


[No.110] 2011/04/30(Sat) 23:10:16
サン・ザ・ウィル (No.110への返信 / 10階層) - 雉鳴 舞子/サン=バオ

 深選が何処からか拾ってきたロングイヤーとかいう……女の子だと思ったけど、なんでも本当は違うらしい、と話し込んでいるのを尻目に、私はさっきの……サン、という人の事を考えていた。

 私に関わる話をしていたようだが、正直、自分の身の振り方を他人に預けるというのはゾッとする。
 の、だけど……。

『おい、何処へ行く』

 さすがに見逃さない、私はサンと言う人が去っていく方に足を進めていたのだから。

「逃げる訳じゃないし、あの人に付いて行く訳じゃないよ、文句があるなら付いてくれば!」
『待てと言ってるだろ』

 待たない。
 理由を説明すれば、何となく一笑に伏される気がして嫌だったし、これまで深選が口にしていた事に私は“迎合出来ない”。
 それを証明しなければいけないし、私は、それがこの世界で『私が生きる』事だと思っていた。

 理由も無く、人の為に動いたって良い。
 私はそれを、曲げるつもりは無い。



 ロングイヤーを見捨てた事は、紛れも無い事実だ。

 その事に後悔をしているかと言えば、判らない。
 仕方が無いというのは嘘では無いし、出来る範囲の事はしたとも、思う。

「……詭弁だな」

 結局、偽善でしかないのだ。
 自分が甘いと言われる事はよく理解しているし、最終的に、見捨てるという判断に自分は迎合した、言い訳は決して、出来ない。

 この上海では、慈善事業に意味など無いと……そういう台詞が横行している事を思い出す。
 受け入れがたいと思う、だが事実だとも思う。
 何より、自分がそれを体現していると思えた、自分は結局、人間を切り捨てて生きているのだから――。

「ちょっと!」
「――?」

 背後から接近する人物には気付いていた。
 先ほど深選の所に居た娘だ、急いで追いかけてきたらしく息を切らしている。

「ちょっと……」
「何か?」

 置いてきた物も無いのに、忘れ物を届けに来たという事もあるまい。
 よくよく見れば、少し離れた場所で深選が様子まで伺っている……全く、何だというのだ。

「さっきの、嘘なの!」
「……は?」

 義体は“目を丸くする”という事は無い。
 それでも多分、今私は目を丸くしていた。

「なんだっけ、ロングイヤー……?、彼、生きてるの!」
「え、生き……て?」
「そう!」

 様子を伺っていた深選が近づいてくる、まぁ、それはそうだろう。
 真実……真実なのだろう、を暴露したこの娘を連れ戻しに来たのだ。

『なんのつもりだ!』
「だって、あんまりな言い草じゃない!」
「……」
「この人の顔を見れば判るでしょう、後悔してたのよ、この人!」

 繰り返すも、今の私は目を丸くしてる筈だ。

 何だ、これ。

 つまり、彼女は、私を気遣って態々追いかけてきて……恐らく保護者なのだろう深選にとっては、どちらかといえば不利益な事を伝えに来たらしい。

「……」
『何か言いたい事でもあるのか』
「いえ……」

 結局、そのまま深選は彼女を連れて帰って行った。
 私はというと、彼に文句を言う事も無く、彼が連れた娘の無意味な……少なくとも、この上海では全く意味の無い優しさの事を考えていた。

「これが無意味なのか……?」

 では、何故今私は、救われているのだ?。

「……この生き方は、そんなに駄目なのか?」

 こんな生き方も、あって良いのでは無いのか?。
 私は……そればかりを、考えていた。


[No.111] 2011/04/30(Sat) 23:11:00
Return failed 7 (No.111への返信 / 11階層) - 深選

 ドクの診療所へ向かう道中、マイコは終止不機嫌だった。
 好き勝手言った当人が一番不機嫌という有様には何か納得がいかないが、さりとて現状を打破できる言葉も見つからず、黙々と歩を進める。
 ……空気を読まずに沈黙を破ったのは、ロングイヤーだった。

「謝ったほうがいいんじゃないですかい?」

 今は少女型の義体ではなく、ベビーカーほどの大きさの偵察ドローンにジャックインしている。乗り物として便利ではなかろうが、これから荒事になることを考えればこの機種あたりが妥当だろう。
 ……本当はセーフハウスに置いていきたかったのだが、それは泣いて拒否したので諦めて連れてきた。

 俺は嘆息した。
 まぁ、謝ってコトが済むなら済ませておくべきだ。ストリートならずとも人間関係の鉄則だ。
 幸いにして、何を謝るべきかもはっきりしている。

『気分を害したなら悪かった。
 底意地の悪いやり方だったな』

「……別に」

 いっそ食って掛かってきてくれれば話の続けようもあったのだが、マイコはヘソを曲げたままだ。

『別に、俺たちとて血も涙も捨てたわけではないし、捨てようとも思ってはいない』

 どうだか、と返されるのがオチだと思ったが、マイコは何も言わずに聞いた。

『だが、実際にはそういうのを殺さざるを得ない生き方があり、少なくともヤツがいるのはそういう場所だ。
 それを理解してもらいたいんだ。……お前に』

「私に?」

 全く、カウンセラーやハイスクールの教師の仕事だコイツは。
 だが、たまにはこういうのも悪くはない。でないと、残り1%の人間の部分まで腐ってしまいそうだから。

「つまり、バベルを侮るなってぇことを、お嬢さんに伝えたかったってことさ、旦那は」

 マイコの周りをがちゃがちゃと歩きながら、ロングイヤーが言う。身体がいつもより不便なせいか、饒舌になっているらしい。

「ウェットでもホットでも、大いに結構。だがストリートじゃあクールに振舞うのさ。
 ウェットなところを見せちまうと……へへ。
 俺の商売相手を悪くいいたかないが、どいつもこいつもすぐさまそこに漬け込んでくるからな」

 ――音紋センサーに感。
 目標複数……識別、軍用ドローン。
 伏せろ、という言葉が口内で爆ぜた。間に合わない。ロングイヤーとマイコをまとめて蹴倒し、手近な看板を引き抜いて遮蔽にする。

 刹那、路地の壁がグレネードで粉砕された。

「ひえええええーっ!?」

 ロングイヤーの情けない声。

「マイコを連れて走れ!」

 それだけ叫んで、俺は懐からブルベアーとバレッタ・レイヴンを抜き放つ。

「やは、り、生きていましたねロングイヤー」

「いけない、いけない、悪戯ウサギさん」

 ローブを羽織った小柄なサイボーグに、脇を固める軍用ドローン。
 ロングイヤーを半殺しにしたツギハギ野郎。大方、さきほどのやり取りを街頭のセキュリティをハックして聞いてやがったな。

「こ、今度こそ、念入りに殺しましょう、お姉様」

「そうね、邪魔者も一緒に、お兄様」

 見る限りキリングマシーンは10数体。……まぁ、なんとかなるか。

「旦那ぁ!」

『行け。こっちを片付けてから追う』

 レイヴンのスライドを引き、俺は笑った。

『この件が終わるまでは、護るって契約だからな』


[No.112] 2011/04/30(Sat) 23:11:35
幕間―魔術少女の場合― (No.112への返信 / 12階層) - イライザ・F・霧積

 カツ、と一歩踏み出した足音が響く。
 父様の部屋はどうしてこう無機質なのだろう、と思う。
 そこは魔術師の部屋というにはあまりにも機械化されすぎていて。
 父様自身こそ生身であるものの、その生活空間は上海に暮らす一般的な中産階級のそれと何ら変わるところはない。
 これでは『如月』が大きな勢力となれないのも頷ける気もする。構成員の中には、私がトップに立てと唆す者まで出る始末である。
 もっとも、そんな話は右から左である。
 組織のトップなどに興味はないし、私は父様の一番の味方であると自負している。それに、『如月』がかろうじて今の状態を維持できているのはやはり父様の手腕あってこそのものだと思う。その辺を判っていない奴が多すぎる。
 カツ、カツと何歩か歩みを進めて立ち止まる。やっぱりこの部屋は、どうにも肌に合わない。父様がいなければ来ないところだ。
 身に纏わり付く嫌悪感を払いつついつものように椅子に座り、いつものように何やら私にはよくわからないものを操作している父様に声をかける。

「お父様」

「……イライザか」

 返ってくる声もいつもの如く。
 落ち着いた、抑揚の少ない声。何を考えているのか判らない声。けれど確かに、幼いころから聞いた声。 

「先程、功刀行政特区に行ってきましたの」

「……」

「私、地図を忘れてしまって。仕方なくしばらく彷徨していたのですけど」

「……」

「そうしましたら、そこでちょっとした騒動に巻き込まれてしまいまして」

「……」

「電魎なる無機物と少し交戦しましたの。さして強敵ではございませんでしたけれども」

「……電魎」

 父様が反応を返すのは珍しい。大抵は無言に促されて私が喋り……そのまま終わりだ。
 いつから習慣付いたものかは覚えてないが、いつの頃からかそうやって暮らしてきている。
 何もおかしいと思わないし、おかしいと思われたくもない。
 これが私と父様の間での立派なコミュニケーションなのだから。

「ご存知ですか?」

「ああ……知っているよ。近頃教団の連中が何やら関わっているらしい、が……」

「教団?」

「『終焉の位階』……知っているだろう?」

「それは勿論……その教団が何を?」

 私の知る限り、教団は終末論めいた事を言いふらしながら貧民層を味方につけ肥大化してきた勢力である。
 その実態はいわゆるカルト教団兼テロリスト。流石の私もあそこの仕事を手引きした事はないが、組織としては大きな勢力であるため、情報はいくらでも転がっている。

「電魎のここ最近の頻発と、教団には関係があるという事だよ」

「……そのような話は初めて聞きました」

「イライザ。お前はもう少し情報の整理能力を身につけた方が良い。そのままでは多種多様な組織の手引きをし、内部に入り込んで書き留めた情報が全くの無駄だよ」

 父様は、私が今も大事に抱えている日誌に目をやりながらそう言った。
 そうは言っても、情報の整理などした事もないしする気にもならない。漠然と、いろいろな話を集めておけば何かの役に立つかもしれないと思っているだけで、興味があったり必要な情報は覚えているが、それ以外のものは記憶の片隅にあるかないかといったレベルである。

「イライザ」

 考えている事を読まれたか。やや厳しめの口調で名を呼ばれる。
 逆らうつもりもないので、「ごめんなさい」と謝罪すると納得したのか話を元に戻し、続けた。

「ともかく、お前が無差別に集め続けた情報を整理すると、ここ最近の教団の動きは奇妙でもある」

「そうなのですか?」

「今までは無差別に布教活動をしていたかのように見えたが、今は何か明確な目的を持って動いているように見える。」

「明確な目的とは?」

「そこまでは判らないよ。ただ、電魎らしきものが現れた際に付近で教団関係者が動いているというのは……確かなようだね。今回も、何かなかったかい」

 言われてみれば、あのガラクタを相手にしていただけにしては周囲が騒がしかったような気もする。
 よく確かめもしなかったが、教団によるテロでも起きていたのだろうか。

「……まあ教団の目的が何かは判らないけれど、十分に気をつけることだ。お前の身に何かあっては困るからね」

「……はい」

 教団と電魎……さしあたっては私には何の関係もない話だ。
 テロなど日常茶飯事だし、巻き込まれたところで逃げれば良いだけの話である。
 そう結論付けた私は、「失礼します」と頭を下げて、部屋を辞する。
 いつもより長話をしたせいか、息苦しい。こういう時は、何かしら気分転換をするに限る。
 老街にでも行くかな……と考えつつ、私は父様の家であるところの『如月』本部を出た。


[No.113] 2011/04/30(Sat) 23:12:17
フォロー・ザ・サン (No.113への返信 / 13階層) - 咲凪

 深選は二重に驚いていた。
 一つは、この男が想像以上にウェットだった事。
 もう一つはバベルに本当にこんな男が居た事だ。

『何のつもりだ?』
「私達は彼等の情報が欲しい、そう伝えた筈です」

 深選はもう一度問う。

『何の、つもりだ?』

 男は少し、返答を考えた。



 少しだけ時を遡る。

 言われた通り、舞子とロングイヤーは逃げた。
 自分達が戦力として見込めない事はとうに理解していたし、こと戦闘という分野の判断においては舞子も深選を信用していたのだ。
 彼が逃げろという以上、それ以上の選択肢など無い。

「げぇっ!」

 そんな二人の前に、3度、この男は現れた。
 舞子は直前に深選から言われた事を思い出した。
 「バベルを甘く見るな」というフレーズが頭を過ぎる。
 その男は少し前まで見せていたポーカーフェイスも何処に行ったのやら、口を真一文字に結び、苦悩に満ちた表情をしていた。

「や、やっぱりお前、俺の口封じを狙って……!」

 見れば、物々しい銃が男の手には握られている。
 舞子はそのライフル銃の名前なぞ知らないが、この時代においても中々に長大で、取り回しには不十分に思えた。
 だが、それで良い事までは舞子は知らない。

 逃げ道を塞ぐように現れた男に、舞子とロングイヤーの足は止まったが、男は深く目を閉じて二人に歩み寄り、そして“すれ違い”その先へと進んでいった。

「えぁ……?」
「あ、の……」

 表情は苦渋に満ちていた。
 男はあえて、無駄をしてみる事にしたのだ。
 だがそれは、男の心に正直な行いであったし、男はどうしても、この生き方を試して見る必要があったのだ。

「お逃げなさい」

 それだけ言うと、男はそのまま舞子とロングイヤーを背に、足を進めて行く。

 ――――戦場へ。



 長大なライフルは、軍用ドローンに風穴を開けるには十分な威力と射程を持っていたが、難点として速射性に劣っていた。
 威力は実弾に数倍勝る“レイ・ライフル”を傭兵が実戦に利用しない理由はそこにある、射撃地点を割り出され易いという事もあり、基本対人となるスナイパーもこれを利用する者は少ない。

 だが、軍用ドローンを相手にしている場合、この限りでは無い。

 攻撃力に特化したこの狙撃銃は、装甲に重点を置いた兵器を相手にした場合のみ、価値のある武器であった。

『何のつもりだ?』

 深選は男に尋ねた。
 彼は基本的に戦闘タイプでは無い、職務も義体も、だ。
 何の意味も無く、軍用ドローンが暴れる此処に現れる者が居たら、そいつは自殺志願者以外にありえないと深選は思ったが……どうやらそういう類では無いらしい。

「私達は彼等の情報が欲しい、そう伝えた筈です」

 それも一つの事実ではあった。
 そして、彼の義体は戦闘用とは言いがたいが、まるっきり出来ないという訳では無いのだ。
 深選が察しているように、彼の職務は情報の入手だ。
 その職務の都合も手伝って、ことセンサーの類においてのみ、彼の義体は深選のそれを凌駕している。

 だからこうして、遠距離からの援護射撃という形でのみ、戦闘をする事も出来るのだが……。

『何の、つもりだ?』

 だが、深選は納得しなかった。
 会話(当然肉声は届かない、センサーが音声を拾い、再編成している)をしながらも、戦闘の手を止めなかったが、意識は若干男の方に注がれた。

 その間にもレイヴンは休まず火を吐いている。

 男はレイ・ライフルの射程を活かす為に相当離れていたが、それで危険が無いという訳では無いのだ。

 だからこそ深選は解せない。
 男の、この状況を悟り、この場に現れた状況予測能力は確かに賞賛に値するが、何故現れたのだ、そこが不条理でならない。
 男が言うように、情報が目当てならば戦闘に参加する必要など無いのだ。
 援護が全く助からない等とは思わないし、わざわざ存在を明らかにしている以上、後ろから撃たれる事を心配している訳でも無い。
 心底、意味不明だったので尋ねた言葉に、男は少し考えて、ようやく答えた。
 返答の言葉と共に飛んできたレイ・ライフルの光線が、軍用ドローンの一体に風穴を開ける。

「あの娘の発言内容から、この状況は予測される状況に含まれていました」

 レイ・ライフルは銃身が焼け付くのを防ぐ意味でも、連射は効かない。
 本来ならば冷却の時間を置くのがセオリーではあるのだが、もっと単純に射撃間の感覚を短くする方法がある。

 簡単だ、銃身を次々に交換すれば良いのだ(ただし、金が掛かるので、普通やらない)。

 その作業をしながら、男は、サン=バオという、エージェントにしてはウェットに過ぎる男は言葉を続ける。

「私は、二度もMr.ロングイヤーを見捨てたく無い」
『……』

 深選はてっきり、舞子の言葉に感化でもされたのかと思ったが、「なるほど、コイツは“本来こういうのか”」と思い直した。

 “迎合する事は出来ない”し、バベルに対する認識はおいそれと変わるものではなかったが、深選はサンを少しだけ理解した。

『判っていると思うが、お前がどういう状況でも俺はお前を助けない』
「当然です」

 男は、サン=バオは、確かめる必要があったのだ。
 自分という存在と、その存在を証明する為の生き方を、確かめる必要があったのだ。


[No.114] 2011/04/30(Sat) 23:12:52
魔術少女の休息 (No.114への返信 / 14階層) - イライザ・F・霧積

 老街。
 いわゆるスラム。
 スラムというだけで忌避する人間も多いが、住めば都とはよく言ったもの。
 寧ろ私は、これくらい雑然としていた方が性に合う。
 
 露店が不規則に建ち並ぶ一角を抜け、マフィアが闊歩する地区を跨ぎ、亜人が屯する街路を通り抜ける。
 普段の移動には魔術を使うが、ここでだけはそんな無粋な真似はしない。
 一歩一歩地面を踏みしめ、この街を実感する。それが礼儀だ。

 そうしているうちにやがて目的地にたどり着く。
 今の上海では、精々この老街でしか見かけられないが、何の変哲もない、一世代前のアパートメント。
 もう少し頑張れば意味のない文化遺産にでもなれるかもしれない。そんな建物の一室の我が家。


〜〜〜
 すっかり埃塗れになってしまったローブを脱ぎ捨て、シャワーを浴びた私は身を投げ出すようにしてベッドに倒れこむ。。
 寝床と書物には拘っているだけあって、いつ寝てもこのベッドの寝心地は最高である。
 
 まだ一日も終わっていないというのに今日は疲れた。いや、余計な体力を使わされた、というのが正しいだろうか。
 魔術師にとって体力は資本である。電脳関係と違って、機械がなんとかしてくれるわけではないのである。
 中には例外もいるが、少なくとも私は魔術の行使に体力を消耗する。それを軽減する為の符であったり杖であったりローブであったりの媒介物であり、たゆまぬ努力による練度の向上である。
 今日は符の持ち合わせも少なかった。戦闘するつもりなど全くなかったし、逃げれば良いと思っていたから。

「それをあんな事までしちゃってさあ……」

 結局倒すところまで手伝ってしまった。
 それで手に入った情報がそこまで役に立つとは思えないものであったのだから骨折り損である。
 
「お人よし」

 誰にともなく呟く。
 代償が無ければ結局あの二人を適当に言い包めて売り飛ばせばよかったわけで。
 それをしなかったのは同じ女として同情したのか、少女の頑張りに感化されたのか……いずれにせよらしくない。

「……」

 それに加えて父様の話である。
 消耗した体力であの部屋で長話をするのは正直かなり辛かった。
 私はとことん、電脳、という奴がダメなのだと思う。何故だかは判らないが生理的に受け付けられない。だからこうしてこんな所に住んでいる。
 
「電魎と教団、ねえ」

 あの二人から聞いた話は、父様のおかげで聞いた時よりも具体的な形は持った。
 しかしだからといって私に何かしら関係のある話になったわけでもなかった。
 私が直接何かをする必要性も感じないし、しなくてもそれぞれ対処する人間がいるだろう。あの二人組には教えておいてあげた方がいいかもしれないが、どこに居るのかも判らないし、敢えて探し出してまで教えてやる義理はない。

「……寝よう」

 そう思い枕に顔を埋めてみるも色々な考えが頭をめぐって寝付けない。
 仕方なしに上体を起こし窓の外を見る。まだ老街をぶらつくには早い時間かもしれないが、する事もないので出かけることにした。
 代えのローブを纏い、追加の符を懐に突っ込み、準備はできたかと思い鏡を見れば髪があらぬ方向にはねていた。
 そういえばシャワーを浴びたのだったと思いだし、生れつきの不自然なほどに白い髪を真直ぐに整えると家を出る。
 
「さて……」

 少し時間は早いがバーに行くか、ミュージシャンに喧嘩を吹っ掛けに行くか、露店でも巡るか……
 寝れなかったためにやや不機嫌な足取りで私は家を後にした。


[No.115] 2011/04/30(Sat) 23:13:33
Return failed 8 (No.115への返信 / 15階層) - 深選

 最後の榴弾で4機目のドローンが各坐した。
 軽くなったブルベアーをその場に放り捨て、手近な路地裏に飛び込む。と同時に、機関砲の12.7mm弾が轟音と共にアスファルトを舐め尽した。

『北に30だ』

「了解」

 俺が座標を呟けば、音も無く走った閃光がこちらに狙いを定めていたドローンを撃ちぬく。悪くない腕だ。

『何機潰した?』

「計6機……ですが……」

 サンが口ごもる。

『どうした?』

「沈黙したはずの機体が2機、立ち上がりました」

『なに?』

 非常階段を蹴り上がり、手近なビルの屋上に回りこむ。
 見下ろせば、なるほど先ほど各坐したはずのドローンが火花を散らしたまま立ち上がりつつある。
 中枢から炎を噴きながら、だ。

『馬鹿な……』

 見覚えのあるモデルだ。よもや足の先端に制御系を移してるなどという奇抜なことは有り得まい。頭を潰してなぜ動ける?
 俺の疑問に答が出る前に、ドローンは駆動系の作動音に合わせて身を震わせた。
 さながら、獣のように。

『クリッターか!』

「なんですって?」

『ヤツらの使うコマだ、前にブシドー租界のストリートでやりあった』

 あの時はガラクタの集合体のようなあからさまな魔法の所産だったが、なるほど物理的に結合さえしていない寄せ集めでも動かせるなら大破したドローンなど、むしろ動かしやすい依り代だろう。
 粉々にして焼却すれば一先ず黙るのは実証済みだが、それにはちと手持ちの弾薬が足りない。

『サン、道を拓け』

「Mr?」

 スマートリンク起動。レイヴンにアセンブル。

『埒が明かん、頭を殺る』

 重力加速度と人工筋肉の躍動が命じるままに、俺の身体が宙を舞った。




 生身の歩兵には死神の如く恐れられる戦闘用ドローンだが、サイボーグに取ってみれば幾分か脅威度は減る。
 確かにその火力は最高級の軍用義体を紙くずのように引き裂き、砲弾は命中したショックだけで心臓を麻痺させることさえままある。
 だが、ヤツらは遅い。
 脳みそが無く、精神が無く、魂が無い『兵器』に、『兵士』と同じだけの反応速度を付与することは、さしもの先端技術でもまだ未到達の領域だ。
 装甲を蹴り飛ばし、銃弾の雨を潜り抜け、前へ、前へ!
 間抜けに見送るカメラアイに行きがけの駄賃とばかりに弾丸を叩き込み、さらに前へ!

『見えた』

 視界の中心に現れた点は、サイバーリムに力を込めると同時にあっという間にローブを纏った人影という立体と化す。

「まぁ、迅い」

 緊張感のカケラもない間延びした声。
 構わず俺は引き金を引いた。
 一撃目で頭部の右半分が吹き飛ぶ。

「あら、お兄様。もうお休みの時か」

 続けて発射した弾丸は、頭蓋に弾かれて喉を貫き潰した。硬い。人工物か。
 マガジン捨て、強装弾に変更。スマートリンク調整。

『死ね』

 今度こそ、サイボーグの頭が砕けて散った。



 楽観はしていなかったが、コントロールを失ったドローンたちは……否、ドローンかどうかも最早怪しいが……その活動を止めることなく、無差別な破壊活動を始めた。
 長居は無用だ。俺は踵を返した。

「どちらへ?」

『後はそっちの仕事だ。ツレを追う』

 この暴走ドローンどもを片付ける義理はないし、そもそもやれと言われても不可能だ。
 これだけ派手に暴れれば企業警察も押っ取り刀で駆けつけるだろうし、任せても構うまい。そして、その総元締めはコイツら……バベルなのだ。
 とはいえ、忠告の一つぐらいは責任を持ってもいいだろう。

『おまわりじゃ無駄死にするだけだ。呼ぶなら企業軍か魔法使いにしておけ』

「Mr.深選」

 今度こそ立ち去ろうとする俺を、サンは呼び止めた。
 数瞬の逡巡の後、もう一度だけ先刻と同じ質問をする。

「事情は、話してもらえませんか」

 少々、予想外だった。答が変わるはずもあるまいに。

『お前らは信用ならん。
 いや……逆に聞こう。お前はバベルを信用できるのか?』

 サンは押し黙った。
 ストリートは過酷だが、企業は冷酷だ。ウェットなヤツが、いや人間が生きるにはより厳しい場所。
 だからこそ、一部の例外を除き誰もが企業に傅いて、いつかは限界を感じストリートに身を落とすのだ。
 俺も、例外ではなかった。
 サンは長い沈黙の後、一つだけ付け加えた。

「あの、お嬢さんを。悪いようにはしないでください」

 ……つまるところ、そういうことか。
 繰言になる取引も、つまりはマイコが心配するがゆえのこと。
 俺はだいぶ呆れて、だが一つだけ応えてやった。

『アイツの命は、俺が620新円かけて拾ってやった命だ』

 安くは無い。毎日、ゴミクズのように人が死んでいくこの街では。

『誰かに奪られるのは、俺だって業腹だ』


[No.116] 2011/04/30(Sat) 23:14:19
Rock you!1 (No.116への返信 / 16階層) - コウイチ・シマ

「お疲れちゃーん、Co−1!」

 ステージを降りた俺を、マネージャー……と言っても、ペイを出してるわけじゃないので実質知り合いのボランティアだ……が出迎える。
 くねくねとしなを作るが、アフロにヒゲの40過ぎのおっさんだ。一応断っておく。

「相変わらずゴキゲンなノリだったじゃないの。これなら龍門夜もイタダキね!」

 龍門夜(ロンメンイェ)ってのは年に一度の上海ストリート最大の音楽祭だ。メジャーのスカウトもやってくる、ストリート上がりのミュージシャンにとっては文字通りの登竜門。
 ……個人的にはさほど興味ないのだが、それを口に出すとまた長々と説教されるので、やめておいた。
 今日はそれより気になることもある。

「そういえばCo−1、お客さんが来てたわよ?例の魔女ッコ」

 マネージャーの一言で、俺の懸念は現実のものとなった。
 行かないわけには……いくまい。一応。

「ご法度とは言わないけど、ほどほどにしときなさいよォ。
 眩遊庵の耳ッコのこともあるしィ、メジャーになったらそういうのうるさいんだから!」

 大いに解りやすい誤解だ。眩遊庵の耳ッコとやらも含めて。
 解こうと善処はしたのだが、今日までついぞその努力が報われたことはない。
 俺は適当に手を振って応えると、そのまま控え室に引っ込んだ。




「や、気づいてくれたみたいだね」

「ギグにローブ姿で来るヤツなんざ他にいるか。黒ミサじゃあるまいし」

 シェイクを啜りながら手を挙げる馴染みの魔法使い、イライザ・F・霧積に俺はこめかみを抑えながら言った。

「いいかげん慣れなよ、貴方も客も。昨日今日の付き合いじゃあるまいしさ」

 老街の中心部、クラブ"BlockHeads"。俺に限らず、上海のスラムで活動するミュージシャンの大概にとって馴染みの店だ。
 ツキイチ程度でギグを演らせてもらっているのだが、店の位置が解り易いせいか、この女魔術師が俺に接触を取る時は大概ここだ。見ての通り、良家のお嬢さながらの上等な服に、占い師でも着ないようなソレもんのオカルトローブを纏って。
 おかげでノリが悪くなって困る。俺は一応、貧しいストリートの味方で通ってるし、そのつもりなのだ。
 だが、魔女は俺の渋面など露ほども気にせず話を切り出した。

「で、さ。ちょっと愚痴に付き合ってよ」

 今ヒマ?とか、付き合ってくれる?と一応聞いてみるとか、会話に必要な段取りが二段ばかり飛び越えられている。
 いつものことだ。

 そして、それが愚痴だけで済まないのも、いつものことなのだ。




 ポートコムをネットに繋ぎ、今日の新聞を流し見しながら聞いたイライザの愚痴は、小一時間ほど続いた。

「デンリョウにキョウダン、ねぇ」

 そのものズバリは誌面に出ていないが、それと思しき騒ぎは散見される。
 ギャングが血みどろの抗争を路上でおっぱじめようが大した記事にもならない上海のストリートだが、軍用ドローンや身の丈5mを越える化け物と女の子が魔法合戦をやらかしたとなれば流石に扱いもデカい。

「で、コウイチ。噛まない?」

 ……今、話に変な展開があった気がする。

「なんでそうなる。
 お前、関わる気は無いって今さっき言ったじゃねえか」

「言ったね」

「自分が関わりたくないもんになんで俺を噛ませようとするんだ?」

「いたいけな女の子が街の平和のため、巨大な化け物に傷つきながらも立ち向かう、っていうのはストリートのカリスマとしては放って置けないかな、と思って」

 善意で教えに来たんだよ?と臆面もなく言う。
 断じて明言しておくが、俺はミュージシャンであって、悪を挫くヒーローでもなければ、テロを防ぐ法の番人でもない。
 たぶんその台詞も何度めだか解ったものじゃないのだが、イライザは気にした様子もなかった。

「でも、魔法使いよね。
 その気になれば企業の重役も一瞬で暗殺できる」

「…………」

 それも、一面の事実ではあるが。
 俺は眉間を揉み解しながら、暫し思考を巡らせた。
 普段は低血圧極まりないこいつが突拍子もないことを俺に押し付けに来るのは初めてじゃないし、そういう状況には共通点がある。

「つまり、お前は噛みたいわけか?」

「話、聞いてた?
 私は――」

「寝る前に考え込むぐらいには、気にしてんだろ?この件の――特に、女の子のこと」

 イライザは眉をひそめた。が、ムキになって否定はしないのがこの女の賢明なところだ。

「昔、モーシってこの国のえれー人が言ったのさ。『人間は誰でも人の困ってんのを見過ごせないドージョーシンってのを持ってる』ってな」

 うろ覚えだが、まぁ間違っては無いはずだ。学歴はないがガクはある俺。

「理屈こねくり回してないで自分のセンスを肯定しろよ、魔術師<メイジ>。
 シニカルなだけが人間じゃないぜ?」

「それは貴方の言い分だよ、呪い師<シャーマン>」

 あるいは父親との会話で溜まった鬱屈を発散したいだけかもしれない。
 あるいは、頭の上を飛ぶ蝿を叩き落したい、ぐらいの気持ちかもしれない。
 ただ少なくとも言い切れるのは、本当に『噛みたい』のは、この女のほうってことだ。

 イライザは嘆息して、残ったシェイクを全て啜った。

「まぁ、ってことは貴方は噛んでくれるわけね?」

「しょうがないからお前に付き合ってやるってことさ」

 立ち上がったのは同時だった。伝票を押し付けてきたのは、この女のせめてもの反撃か。


「まぁ、たまには命のかかった酔狂もいい、か」


[No.117] 2011/04/30(Sat) 23:16:47
依頼 (No.117への返信 / 17階層) - 三草・ガーデルネア

 モーニングコーヒーを洒落込みながら新聞を眺める。

「ストリートでお化けと少女が魔法合戦なぁ」

 その中でも気になる情報はこれだろうか、5メートルもあれば色々できる。
 いや、潜入がしにくいか。
 気にはなるがそれだけだ、別にこれ以上の情報を調べようとも思わない。
 探偵は依頼人がいなければ仕事はしないのだ。

「……当り前か。ん?」
 
 メールが入る、どうやらその仕事の依頼のようだ。
 優雅にコーヒー(っぽいもの、原材料不明の粗悪品)が飲める生活とはいえ、仕事なしというわけにもいかない。
 むしろどちらかといえば貧乏である。
 さて、今日はどんな浮気調査が……
 
「まいったな」
 
 一通り文面を確認した一声がそれである。
 簡素な文面には、仕事内容、報酬前払い済み、成功確認の電話番号(どうせ一回しか使えないのだろう)
 それのみが記されていた。
 
 いかに依頼人がいなければ仕事にならないとはいえ、流石に身元不明ではお話にならない。
 俺はメールを閉じる。
 
 と、言いたいところだが、こんなことは割とある、探偵なんぞに身分を明かせるかとかそんな感じだろうか。
 心臓に悪いからやめてもらいたい。実際、そのまま消されそうになったことも数十っ回ある。
 仕事内容はある人物を三日後までに特定の場所に連れて行くだけ。
 しかも困ったことに、前金で入金済みだ、結構おいしい。
 …怪しいにもほどがある。
 しかし依頼は依頼である、いや、高周波ブレード買えるな、違う、いや、そうだ。
 
 いったん保留にして、その『ある人物』の名を見つめる。
 
 「イライザ・フランセス、か」
 
 俺はコートと帽子をひっつかみ街へと繰り出した。


[No.118] 2011/04/30(Sat) 23:17:29
魔術少女の暴走 (No.118への返信 / 18階層) - イライザ・F・霧積

「はいコレ」
 
「……なんだコイツらは?」

 クラブを出た後、私は一旦家に引き返した。いけすかないミュージシャンを引き連れて。
 大体、一曲一曲はともかく総合すると煩いだけのあのクラブの何が良いのか未だに理解が出来ない。おまけに偶に私が姿を見せるとやれノリが悪いだの格好がおかしいだのと難癖をつけられる。あまりにも鬱陶しいので何人物理的に黙らせたかは覚えていないが。一応は店に配慮をして、ちゃんと外部で決着をつけていると断っておく。
 
 話を戻そう。
 一旦家に引き返した私は、アパートメントの横に眠らせて転がしておいた数人の男共を引っ張りだしてコウイチの前に引き倒す。
 先刻、家を出たばかりの私を誘拐しようとした不届き者達である。
 鬱憤晴らしに全員何かの実験台にしてもよかったのだが、コイツらの服に縫い付けられていた特徴的なエンブレムを見て、捕まえるに留めておいた。
 
「コレ、なんだか判るでしょ?」

「例の教団の奴らか」

「御名答」

 教団が私に何の用があったのかは知らないが、生憎と協力してやるつもりはなかった。
 もしかしたら私を消しに来たのかもしれないが、そうだとすれば侮られたものである。

「……よし。そんじゃあ、後ヨロシク」

 全員引きずり出すと、欠伸をしながらも自室へと向かうために階段に足をかける。

「おい待て。何がヨロシクなんだ」

 そんな事、一から十まで説明しなくても判るだろうに。
 それともこれからの現実を受け入れたくないのだろうか。私に勝手な理屈をつけて一枚噛んだ以上嫌とは言わせないが。動ける限界まで働かせてやる腹積もりである。

「敵の下っ端とっつかまえたらやる事なんて決まってるでしょ。じ・ん・も・ん。物理的に痛めつけても傷口に塩を塗っても呪っても幻術使っても何してもいいからね。そういうことで」

 何か言いたげなコウイチを無視して階段を上ろうとした矢先に大事な事を思い出す。

「あ、その間私寝てるから。終ったら呼んでね。」

 よし。後は寝るだけである。
 何やら悪態をついていると思われるコウイチを置いて、私は揚々と階段を上って行った。


〜〜〜

「で、ここで合ってんの?」

「聞き出した話によると間違ってねえはずだが」

 眼前には、古めかしい旧時代のビルディング。
 外見からは、地震でも起ころうものなら一瞬で倒壊しかねないほどの年代を感じさせるそれはしかし、内部に入ってみれば意外なほど整えられているという話であった。
 それも、教団の力なのだろうか。それとも単純にここの持ち主が暇なだけか。
 そこは老街の一角、とあるマフィアが根城にしている建物であった。

 コウイチが聞き出した話によると、私を襲う指示を出した奴はここにいるらしい。
 ここのマフィアがしばらく前から教団に傾倒しているような話は聞いていたが、教団内部で指示を出せる幹部のようなポジションにまでなっていたとは驚きではある。名前は忘れてしまったが、それほど有能であったと記憶はしていないのだけれど。

 いずれにせよ、幹部からトップの居場所、あるいは電魎との関係を聞き出せれば話は早い。
 幸いにして潜入手段には事欠かないし直接やりあったとしてそうそう負ける相手だとも思わない。
 とはいえ、どこに厄介事が潜んでいるかも判らないし、慎重に行くにこした事はない。

「と、いうわけで」

 私は一歩横に逸れて、入り口を指し示す。

「何がだ」

「お先にどうぞ」

「まるで俺が先に行きたがってるみたいじゃねえか」

「私にはそう見えるけど。早くいかないと突っ込ませるわよ」

 符を翻して見せると、コウイチは仕方なしといった風情で一歩前に出た。
 尋問の時といい、何だかんだと言いながら動いてくれる辺りは評価してやってもいいと思う。
 だからといって何があるわけでもないが。

(しかし――)

 教団を追い詰めて電魎との関係を暴いてどうするのか。
 私にとって何の利益にもならないのに何故こんな事をするのか。

(――まあ、後で考えるか)

 癪ではあるが、先だってのシャーマンの言に従って自身の感性を一旦肯定してみる事にした。
 それで得るものがあるならば、それもいいかもしれないと思ったから。


[No.119] 2011/04/30(Sat) 23:19:32
イントルーダーズ (No.119への返信 / 19階層) - 黒須恭太郎

 「ところで、黒須研究所はあんたがやらせたのかい」

 自らの命の危機を前に、ドクはのんびりと意外な名前を口にした。

 「黒須ぅぅ? ふん、そぉんな虫けらも叩き潰したかもしれんなぁぁぁ」

 「さしもの教祖さんでも、電魎が倒されるのは脅威だったかな?」

 ドクの言葉に、教祖はいらだったようにチェーンソーで傍らの椅子を両断する。

 「大事の前にぃぃ小事を潰しただあけのことおおお!! 貴様にはぬあんの関係もないぃぃ!!
 さぁぁぁベヘモスの在処を言えええええい!」

 チェーンソーを首元に突きつけられる。しかし、変わらずドクは飄々と笑う。

 「まぁ冥土の土産だ、付き合いなさいよ。あの研究所も考えてみりゃぁ災難でなぁ。あんたに潰される原因になった研究だって、元を辿りゃ電魎に行き着く」

 ぴくりと教祖が眉を動かす。ドクが何が言いたいのかが分からない。
 ドクはその心を読んだように肩をすくめる。

 「――いや何、あそこにゃ電魎に殺されかけた可愛そうな一人息子がいるってぇ話さ」

 教祖が弾かれた様に後ろを見る。視線の先、一つしかない出入り口にはいつの間にか人影が立っている。

 「そしてその可愛そうな一人息子を助けてやったのが何を隠そう、この俺でね」

 その隙にドクはすばやく教祖と距離をとり、安全を図っていた。
 出入り口に立つ男――黒須恭太郎が口を開く。

 「偉そうに言うけどな、半分は実験材料に使いやがっただろう。まったく、親父もなんでこんな怪しい闇医者と知り合いだったんだか。……それはともかく、教祖様自らお出ましたぁ驚くじゃないか」

 教祖が来ることを察知したドクは、密かに恭太郎に連絡を取っていた。長々とした無駄とも思える話は時間稼ぎだった訳だ。

 予期せぬ事態に教祖は怒りで体を震わせる。長きに渡り巨大な組織に君臨してきた彼は、思ったとおりに物事が進まないことが何よりも許せない。

 「……すおれがどおおおおしたぁぁぁ! 貴様らバラバラに引き裂いてくれるうううああああ!!!」

 両腕のチェーンソーを交差させると、耳障りな音を立てて高速回転を始める。

 「やらせねえよ。……ガラじゃないが、仇をとらせてもらう、――装身!!」

 小さな意匠の施されたレリーフの様な物――イクシードギアを腰に当てると、一瞬の光と共に変身が完了する。
 すぐさま走り出し、ドクと教祖の間に立ち入る。

 「PIYO、ウェポンシフト・ガンモード」

 恭太郎の声に反応して、周囲を飛んでいたぬいぐるみのような物体が大型拳銃へと変形する。
 恭太郎はそれを手に取ると、立て続けに発砲した。

 「ぅおおのれえええ小癪なああああ!!」

 教祖はその全てを叩き落すものの、それ以上距離をつめることが出来ない。
 近づきさえ出来れば侵食するなり一刀に斬り捨てるなりできるというのに。


 一方で恭太郎も攻めきれないでいた。見るからに接近戦に長ける相手を容易に近づけたくはないが、かといって銃弾は全て防がれる。弾は多次元から自動装填され尽きることはないが、決め手に欠ける。

 「おいおい大丈夫なのかよ。スタミナ切れとか起こすなよ」

 「やかましい、置いて逃げるぞ」


 このまま拮抗状態にもつれ込むかと思われたが、


 「ち、ちょっとPIYO! まずいって勝手にこんなところまで入っちゃって!」

 「ピピーっ! PIYO、呼ばれたっピヨ!」

 「呼ばれた、とは。一体誰にですか」


 場違いに明るい声が3つ、乱入してきた。


[No.120] 2011/04/30(Sat) 23:20:51
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