[ リストに戻る ]
No.121に関するツリー

   サイバーパンクスレ本編再録その3 - 桐瀬 - 2011/04/30(Sat) 23:21:51 [No.121]
ハード・ボイルド・ブルース - アル=シャーユィ - 2011/04/30(Sat) 23:22:30 [No.122]
Rock you!2 - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:23:18 [No.123]
一次終息 - 黒須京 - 2011/04/30(Sat) 23:24:16 [No.124]
リターン・トゥ・ナイト - 雉鳴 舞子 - 2011/04/30(Sat) 23:25:07 [No.125]
Return failed 9 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:25:40 [No.126]
魔術少女の思考 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:26:27 [No.127]
トゥルー・トゥ・レディ - 咲凪 - 2011/04/30(Sat) 23:27:28 [No.128]
いくさば - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:28:21 [No.129]
Rock you!3 - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:29:56 [No.130]
戦場跡にて - シア&カルデア - 2011/04/30(Sat) 23:30:43 [No.131]
Return failed 10 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:31:12 [No.132]
ダーク・イル・ウィル - アル=シャーユィ - 2011/04/30(Sat) 23:32:19 [No.133]
血塗れの魔剣中隊 - スレイヤー大尉 - 2011/04/30(Sat) 23:32:59 [No.134]
魔術少女の決意 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:33:48 [No.135]
移動 - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:34:47 [No.136]
交わる線 - 上山小雪 - 2011/04/30(Sat) 23:35:36 [No.137]
Return failed 11 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:36:09 [No.138]
魔術少女の交渉 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:36:46 [No.139]
マジック・アンド・エージェント - アル=シャーユィ - 2011/04/30(Sat) 23:37:35 [No.140]
バベル・エンゼル・ボイス - 雉鳴 舞子 - 2011/04/30(Sat) 23:38:31 [No.141]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
サイバーパンクスレ本編再録その3 (親記事) - 桐瀬

そのさん

[No.121] 2011/04/30(Sat) 23:21:51
ハード・ボイルド・ブルース (No.121への返信 / 1階層) - アル=シャーユィ

 やはり老街の空気は臭い。

 アルはポーカーフェイスを崩さずに、心の中で毒づいた。
 彼はこの老街を嫌っていた、この街の臭いも嫌いだし、人間の事も嫌っていると言って良い。
 上海総合企業ビル……バベルの威光も、この老街までは中々届かないのが実情だ。
 アルは思う、彼の主であるArの意思がこの街……いや、上海の全てに行き届き、Arに人々が管理されるようになれば、この街の環境も改善される筈。
 少なくとも、アルはそう信じている。

 アルが老街に訪れた目的は教団……“終焉の位階”の調査だ。
 アルは情報の収拾・伝達を目的としたエージェントだ、教団の名は何度も耳にしている。
 それでもなお調査が必要なくらい、この街の闇は深い。

 終焉の位階は貧民層を中心に広がっているらしく、また、貧民層はバベルが福祉活動を行っているにも関わらず、こうしたテロ組織に走る。
 アルはこの闇の深さの原因をそういった貧民層に住む人間の“浅ましさ”だと考えていた。
 だから、アルはこの老街が嫌いなのだ。

 嫌いな街の空気を吸い、嫌いな街の土を踏みしめながら、アルは見渡した風景の中に知った顔を見つけた。
 三草・ガーデルネア、アームズストリートを中心に活動している探偵だ。
 彼の姿を見つけたアルは、迷わずに彼に近づいた。

「Mr.ガーデルネアですね?」
「お前は……」



 二人は直接の面識は無かったが、違いに情報を取り扱う身として、お互いの顔と名前くらいは知っていた。

「終焉の位階か、聞いた事くらいはあるが……」
「彼等の足がかり一つでも良いのです」
「そうだな……心当たりは、無くも無いが……」

 話をする為に、取り合えず入った喫茶店で頼んだ珈琲は案の定不味かった。
 二人とも一口飲んだきり、二口と啜ろうとしない珈琲が静かに湯気を立てる。

 アルは三草の情報収集能力を高く評価していた、実際、彼がこの老街を訪れているのは探し人である“イライザ・フランセス”がこの老街をうろついているという情報を掴んだからだ。

 同じように、三草としてもアル……ひいてはバベルの情報網を活用すれば、探し人を探すのがぐっと楽になるという確信はあった。
 だが彼はプロの探偵だ、依頼内容をそう易々と企業のエージェントに漏らす事は出来ない。

「どうしたもんかなぁ」
「……?」
「いや、俺も仕事の事を考えていたのさ」
「なるほど、……貴方の情報、提供して下さるならば、此方も相応の謝礼はしますが」

 三草は不味い珈琲をあえて飲んだ、やはり不味い。
 アルの出方は予想通りだ、そして確実な方法だ。

「まぁ、良いだろ」
「助かります」

 この時二人は、まさか三草の探し人が、そのアジトに居るとは夢にも思っていなかった。


[No.122] 2011/04/30(Sat) 23:22:30
Rock you!2 (No.122への返信 / 2階層) - コウイチ・シマ

 上海は常にこの国の先端都市であり続けたが、同時に常に旧時代の面影をどこかしらに残す街でもあった。
 バイタリティと勢いに任せてネオンと高層建築を乱立させたかと思えば、貧民街はそのまま放置するような政府の大雑把さが為せる業なのだが、このマフィアのアジトもまた、そうして放置された貧民用の集合住宅の慣れの果てらしい。
 外観からして古臭いビルだが、実際、人の手が入り蘇ったのはつい最近のように見て取れた。
 建材の補強やセキュリティの設置はしっかりしたものだが、補強材は壁に露出しているし、監視カメラも通路の端にこれ見よがしに吊り下げられている。
 お世辞にも立地条件のいいとは言えないこんな場所に、どんな理由でこんなアジトを拵えたのか。

「……だが、コイツを調べるのは骨だなどうも」

 床を踏みしめたブーツが、じゃり、と湿った音を立てる。
 周囲には元はイライザを攫おうとした連中と似たり寄ったりのチンピラどもが死屍累々のブラッド・バス。
 ……こうして俺たちが正面から堂々と侵入してきてるのに何の反応もないことからすると、恐らくは鏖殺(ミナゴロシ)、か。

「先回りして口封じ、かな?」

 ローブに血がつかないようにおそるおそるついてくるイライザが言う。
 聞く限りではここのボスが教団に傾倒したのはそう古い話じゃない。仲間意識なぞカルト教団には一番期待できない類のものだし、その可能性もなくはないが。

「もうちっとやりようがあるだろ。
 まぁ、モノがカルトだから合理的じゃないこともやる向きはあるだろうが……」

 この有様では遅かれ早かれおまわりの捜査が入る。
 見られて拙いものは始末してあるにせよ、わざわざ探らせる危険を冒すよりか、穏便に引き払ったほうが利口なのは間違いない。

「ともあれ、奥に行ってみようぜ。
 地下はないみたいだから、セオリー通りなら最上階……」

 刹那。
 天井を突き破って現れた人影がその勢いのままイライザの身体を大上段から真っ二つに引き裂き、右手の高周波ブレードが俺の首と胴体を泣き別れさせた。





 ……という幻覚を敵が見ているであろう間に、俺たちは両サイドに散開した。
 20前後の裸体の女――だが、関節やうなじに明らかにサイバネと思しき機械部品が覗いている上に……デカい。
 デカいのだ。身長3m近い。明らかに尋常な人間ではない、ドロイドかサイボーグか。
 判別するのは後だ。

「ぶっ飛べ!」

 直接貼るのは躊躇われたか、イライザが空中に符を放ると、強風が巻き起こる――いや、『急激に移動した大気』が、女を巻き込んで壁へ殺到する!

 轟音。
 コンクリートの壁にヒビを走らせて、女が叩きつけられる。戦闘用ではないのか右手と左足が千切れて飛んだが、まだ息があるのか左手に持った短機関銃をこちらに向けてきた。
 引き金を引くより速く、俺の靴が地面に伸びる影を叩く。

「食らえ、『イド』」

 俺が命じれば影は速やかに三次元上に立ち上がり、漆黒の怪物と化して女に襲い掛かる。
 女は銃口を怪物に向けて引き金を引くが、吐き出された弾丸は怪物の突進を止めるには至らない。

『ぐぎっ』

 ごりん、と音を立てて、女の首が怪物に食いちぎられた。
 ――『殺した』。その手応えを得て、俺は集中を解く。
 それに合わせて怪物は霞か煙のように消えて失せ、後には床に崩れ落ちた、『きちんと首の繋がった女』だけ。

「……あぶねあぶね、ドロイドだったらどうしようかと思った」

 胸を撫で下ろす。
 攻性幻覚の一種だ。別に炎で焼いても首を切断しても『死んだ幻覚』さえ見せればなんでもいいのだが、『怪物に食い千切られる』というのが一番イメージとして殺傷力が高い。

「さっすが」

 イライザはぱちぱち、と手をたたきながら女に近づき、無遠慮に腕を掴んで身体を吊り上げた。

「でも、一つ訂正するとドロイドよこれ」

「なにぃ?」

 幻術は、当然だが精神のある対象にしか効果を為さない。
 経験上、動物並みの知性と自我さえあれば電脳生命体やゴーレムあたりまでは効果があるが、プログラムに従うだけのドロイドには効かない……はずだったのだが。

「……そうだ、これ。
 これよ、例のヤツ」

 指示語ばかりでイマイチ要領を得ないが、言わんとしていることはなんとなく察した。

「デンリョウ、ってヤツか?」

 イライザの話じゃガラクタの寄せ集めって話だったが。
 俺も後に続いてよくよく観察してみると、街角でよく見る愛玩用のガイノイドだった。……かなり巨大化しているが。

「寄せ集めじゃなくて、出来合いのものでもいいみたいね」

 初手のイライザの一撃でガイノイドの躯体構造は破壊されていたが、その後はいわゆるゴーレムと同じ原理で行動を続けたらしい。
 なるほど、マテリアルにしてアストラル。両輪で動くのではなく、片方でも動くにたる戦闘ユニット。
 こりゃあ、骨だ。
 俺とイライザ、どっちか片方で来てたら返り討ちだったろう。
 
「ここの有様はコイツの仕業?」

「さぁて、な。
 まだいないとも限らん。用心していこうぜ」

 見上げた天井に開いた大穴の先には、悪魔の顎のように底冷えのする空虚が広がっていた。


[No.123] 2011/04/30(Sat) 23:23:18
一次終息 (No.123への返信 / 3階層) - 黒須京

 「あっ、ご、ごめんなさい! 私たち、怪しい者じゃ……」

 「小雪、どうやらそれどころでは無いようです。」

 破壊された地下室の入り口と、その中の状態を見て京は冷静に言う。

 二人が歩いているとき、突然PIYOが「呼ばれている」「こっちだ」などと騒ぎ出し、勝手に飛んで言ったのである。
 それを追っていったら怪しげな診療所らしき建物の中の、そしてさらに怪しげな地下室へとたどり着いたわけだ。

 実のところ、京にはPIYOの突然の行動に心当たりがあった。
 データの上でしか知らなかったが、PIYOの試作機、いわば『兄』が存在しているという。その『兄』が、何らかの理由でPIYOを呼んだのだろう。
 だとすれば、その先にいるのは……


 「ええええええええいぃ!  先刻から一体ぬあんだというのだああああああ!!!」

 京の思考を吹き飛ばすかのような絶叫。凄まじい怒気がぶつけられる。

 「な、何なのあの人……手がち、チェーンソー……? ていうか、何ていうか……とても、禍々しい……」

 小雪がその様子に蹴落とされ、後ずさる。永い時を生きてきた狂気そのものを見ているのだ。無理もない。

 「小雪、変身しましょう。……『あれ』は敵です。」

 「う、うん……分かったよ!」

 少なくとも、部屋の中の様子を見る限りではあの男がどう見ても悪だ。
 掛け声と共に、二人が戦士へと変わる。



 「PIYO-2に…あれがキュアセイヴァーズ、か」

 恭太郎がつぶやく。その表情を伺うことは出来ないが、その言葉には様々な感情が込められていた。

 「あれが恭介の最後の仕事か。随分かわいらしいことだねぇ」

 にやにやと笑みを浮かべるドクを無視して、恭太郎は教祖に向け、再び銃を構える。

 「さて、多勢に無勢で悪いが容赦はしない」

 パァン
 乾いた音がし、大口径の弾があっさりと教祖の頭を砕く。
 しかし、破裂した周りの部分がうぞうぞと蠢き、瞬時に復元される。

 (……やはり電子攻撃デバイスが無ければ、決定打にはならんか)

 フルフェイスの仮面の下で恭太郎が苦い顔になる。
 少女二人も、目の前で起きたショッキングな映像に思わず動きを止める。

 教祖は弾丸を受けた衝撃でしばらくふらふらと揺れていたが、やがて何事かをつぶやき始めた。
 そして、不意に大粒の涙を流し始めたかと思うと

「おぉぉぉぉ、神よぉぉぉ、まだその時ではないということですかぁぁぁぁ!」


 両手を天に掲げると一つの巨大な削岩機――ドリルに変わり、それを突き上げながら跳躍した。

 「ぉぉぉぉおおおおお覚えておれええええええええええぃぃ!!!」

 轟音と振動、そして叫びを残し、地下室の天井から屋根まで一直線に大穴を空け……気配が消える。
 後には滅茶苦茶に破壊され尽くしたドクの住居だけが残された。

 「やれやれ、商売上がったりだぜ。敵討ちはしっぱいしたみたいだな?」

 「ふん、嫌味を言うんじゃねえよ。……さて」

 恭太郎は変身を解き、同じく変身を解いた少女二人に目を向ける。

 「あ、あの…ええと……」

 小雪が未だに状況を把握できずに、不安の声をあげる。
 それにかまわずに京が恭太郎の前に歩み寄る。二人とも無表情に見詰め合ったが、やがて口を開く。

 「……お前、か。『妹』」

 「はい。はじめまして、『お兄さん』。」

 「え、ええええええ!? お、お兄さん!?」

 「お前ら、感動の再会…じゃないな、出会いなんだからよ、もう少し盛り上がれよなぁ」





 その後は様々な情報を交換しあった。黒須家の事、教団の事、小雪の事……。

 「まぁ、運が悪かったと思って、こいつに付き合ってやってくれ」

 小雪に対して、少しだけ心苦しそうに言う恭太郎。
 そして京に顔を向けると、「持っているんだろう」。その言葉に京は頷いてキュアセルフォンを恭太郎に渡す。

 イクシードギアを取り出し、その一部を有線に変化させてキュアセルフォンに接続する。少しの時間が経ち、DLが完了する。エレクトロンバーストの攻撃デバイス。これで、一人で電魎と戦える。

 「俺のPIYOを置いていく。礼代わりって訳じゃないが、お前たちには必要だろう」

 そう言って京にキュアセルフォンを返す。0-PIYOはしばらく何か言っていたが、

「別に今生の別れじゃないんだ、また会えるさ。それよりも、こいつらのことを助けてやってくれ。頼む」

 という言葉に、しぶしぶと従い、名残惜しそうに京の肩に止まった。
 それを確認し、出口に歩き出すがふと振り向いて、

 「……大切にしてやれよ。家族も友人も、替えなんてないんだ」

 「……。はい。」

 頷く京を見て、今度こそ地下室を出て行く。
 京は『兄』の言葉をかみ締めながら、小雪を見る。


 「ちょっとくらいいいだろ? 生身の人間があれに変身して、身体に変化が出てないか調べるだけだって。大丈夫痛くないヨ」

 「ぜっったい嫌ー!? もう、さっきから一体なんなのよこれは〜!!」

 大切な友人が玩具にされていた。


[No.124] 2011/04/30(Sat) 23:24:16
リターン・トゥ・ナイト (No.124への返信 / 4階層) - 雉鳴 舞子

 深選が、帰って来た。
 先に逃げていた私達に追いついた、が正しいのだけど、彼が戦っていた事を思うと、“帰って来た”が正しいと、私は思う。

「お、おかえり……」
『あぁ、ただいま』

 深選は、その言葉の矛盾を指摘しなかった。



「さすがは旦那!、あの腐れサイボーグをぶっ殺したんですね!!」
『……ロングイヤー』
「へ?」

 深選は無言で、くいっと親指で私を指した。
 大方、“ぶっ殺す”なんて表現をすれば私がまた騒ぐとでも思っているのだろう、
 確かに、穏かな表現では無いし、慣れろというのは難しい。

 でも、さすがに命を狙ってくる人を相手にしたら、仕方ないんじゃないかと思って、少し反論をしようとして……やめる。

「ねぇ」
『ん?』
「少し、疲れている?」
『……いいや』

 それが嘘かどうか、戦いを経験した事の無い私には判らない。
 沢山の数を相手にしたから、肉体的に疲れたのではないか、という意味でなら疲れているのかもしれないし、心が疲れているのではないか、という意味でなら、疲れていないのかもしれない。

 あるいはその逆かもしれない。

 そんな事は私の空想でしか無いし、意味がある事では無いだろう。
 それでも私は、彼等この時代で生きる人々にとっては、多分にウェットなのだろう。
 深選は疲れている、そう、思えてならなかった。

 彼が望んでいる事かは判らないが、私は彼に安息を感じて欲しいと思う。
 私という“厄介者”がどうにか落ち着けば、彼は安らぐのだろうか?、……違う気がする。
 彼の行き方は、何処までも安らぎとは無縁なのだ。
 安らいで欲しい、という私の、言い方を変えれば独善が寄り付く事も出来ない程、彼の生き方は苛烈に過ぎる。

 そんな事を考えながら歩く内に、闇医者の診療所が見えてきた。
 途端に深選が走った、『少し待て』という言葉だけ残した事は、つまり何かトラブルがあったのだろう。
 先行する彼の背中を見て思う、やっぱり、彼は安息とは無縁なのだ、彼自身、安息など求めては居ないのだ。



 結論から言えば、闇医者の元に二度目の襲撃はあったようだ。
 その場に居合わせた男の人に助けられ、事なきを得たらしい。

 そして意外な事に診療所の地下室には闇医者のほかに、二人の小さな女の子が居た。

 ……居たのだが。

「何、やってるのよぉ!?」
「よぉシンデレラ、生きてたな」

 すっかり中年男性の闇医者が、小さな女の子に迫っていた。

『ドク、少し前にな、言われたんだ』
「あん?」
『ロリコンはどうかと思う』


[No.125] 2011/04/30(Sat) 23:25:07
Return failed 9 (No.125への返信 / 5階層) - 深選

 元凶とは言わない。
 だが、全ての結び目はこの男に繋がっていたのだ。

『これを言うのは何度目かもわからんが、ドク』

「ん?」

『ビズは選べ』

 ドクを救った少女二人とロングイヤーを診療所に残らせ、俺はシェルターの作業室で、マイコをドクに診せることにした。
 全てを説明してもらうために、だ。
 ドクは特に拒むことなく、全ての顛末を話した。
 教団……カルト『終焉の位階』の短期的目的は、あらゆる物質を分解し増殖するナノマシン兵器『ベヘモス』による脅迫・あるいは無差別破壊テロの実行。
 そして教団の依頼でそのベヘモスを開発したのは、他ならぬ、このドクだったのだ。

「……ってことは、全部あなたが元凶なんじゃない!」

 いつものことだし暖簾に腕押しなので俺はやめておいたのだが、案の定、マイコがドクに食って掛かる。

「No、No、待ってくれシンデレラ。
 あのイカレ教祖にチェーンソー突きつけられて命令されてみろ、俺みたいなひょろいモヤシに抵抗できるわけないだろ?」

 実際脅されたのかは解らないが、一応納得したのかマイコはむうと唸って手を離す。
 まぁ、十中八九、技術的好奇心だけで請けたと思うのだが話をこじらせてもなんなので黙っておく。

「で、な。深選。このシンデレラを俺に預けろよ」

 マイコはあからさまな動揺こそ見せなかったが、表情を硬くした。

『ベヘモスの中和に使う気か』

「病気だって治さなきゃならんだろ?
 ナノブレイカーはあのイカレ教祖への切り札にもなる。悪くない取引だぜ?」

 教団は、潰さなければなるまい。この街に住む限り奴らの計画は他人事ではないし、既に目はつけられただろう。宗教狂いに四六時中狙われるような状況がいつまでも続いては流石の俺も参る。
 奴らと戦うならば、そして企みを阻止せんとするならば、ナノブレイカーは確かに有用だ。
 だが、そんなものより重要なモノはある。

『マイコの病気の治療はしてもらおう。余裕のある状況ではないが、そのぐらいの時間は護りきれる』

 ガンの一種と言っていたが、この時代、それにドクの腕ならば腫瘍の切除に2時間はかかるまい。

「おうとも。じゃあついでにベヘモスを投与してナノブレイカーに……」

 熱を帯びて続けようとするドクに、手を出して制した。

『ドク。ナノブレイカーは取り出せないのか?』

「それは、無理だ。
 寄生虫だからな。宿主から切り離されればすぐに死ぬ」

『では、ベヘモスの投与は無しだ』

「な、なんで?」

 ドクは眉を跳ね上げた。

『ベヘモスが中和できなければマイコは死ぬ』

「で、でもよ。ベヘモスほどのナノマシンの活動を抑制できりゃ、あのイカレへの効果もだいぶ保証され……」

 よく回る舌で朗弁するドクに、俺は飽くまで首を振った。

『必要ない。マイコの命に危険が及ぶ選択は許さん』

 断じると、ドクは怪訝そうな顔をした。いや、ドクだけでなく、マイコまで変なモノを見る目で見ている。
 ……失敬な。

「ヤケに拘るじゃねえか、620新円の命に」

『620新円の“身柄”だ。
 命に値段はつかん。』

 命は、生きているという事実は、尊い。
 命を的にして生きるから、命を奪い合って生きているからこそそれは絶対のロウだ。

『自分が拾った命に死なれるのは、不本意だ』

 そう言うと、ドクはそれ以上反論はしなかった。

「じゃ、どうするんだよナノブレイカーは」

『必要ない』

 そして、必要としてはならない。
 俺はこの渾沌の時代の武芸者だ。武力に人生の全てを注力し、敵を打ち倒すことを仕事にしている。

『俺はサムライだ。
 敵を倒すのに蟲ケラの力なぞ借りない』





「では、協力していただけるということで宜しいのですね?」

 ミヤコの問いに、俺は頷いた。

『これは俺のビズでもある。
 ロハでいい。お互いに利用しよう、といったところだ』

「よくわかんないけど、一緒に戦うってことでいいんでしょ?
 よろしく、おじさん」

『……深選だ』

 あのクリッター……デンリョウ、と言ったか。あれへの対処は俺だとどうにも金がかかるし、このソーサリーの少女二名との共闘は、正直ありがたい。

「旦那ぁ、あっしは……」

『マイコとここで待っていろ。
 もうここに襲撃はない』

 攻勢に出る俺たちが負けるまでは、だが。
 おずおずと申し出たロングイヤーは救われたような顔を……表情はわからないが……した。が、マイコはそれに構わず一歩前に出た。

「一緒に行くわ」

『マイコ』

「足手まといには……なるかもしれないけど。
 私にはナノブレイカーがあるから」

 切り札になる、と言いたいらしい。

『必要ないと言った』

「貴方は必要としないでいい。
 これは、私が使うから」

 マイコは胸に。
 ナノブレイカーが巣食う己の身体に手を当て、決然と言った。

「これは、私の武器よ」


[No.126] 2011/04/30(Sat) 23:25:40
魔術少女の思考 (No.126への返信 / 6階層) - イライザ・F・霧積

 私たちは入り口で血の海を乗り越えた先で電魎であるところの愛玩用風戦闘用ドロイドの手荒い歓迎を退けた後、只管に上を目指して建物を上っていた。古くからの伝統でボスというのは大概が最上階にいるもので、それならば屋上に"跳んで"上から行った方が早い気もしたが、まあ途中に何があるかわからないので1フロアずつ踏破していく事にした。

「そんで、どーよ?」

「どうよ、って言われてもな」

 何体目になるか判らないドロイドもどきを始末した矢先の私に問いかけに、そう言ってコウイチは腕を組む。
 電魎自体の原理はもう判っている。マテリアルのベース――この場合は霊体部分が損なわれても動ける機械が使いやすいのだろうか。単に上海には機械の廃品が多いだけかもしれない――それに、アストラル的な霊体か何かを取り憑かせて動かしている。
 二人組から話を聞いた時点である程度は察していたが、実際に撃破してみたことで確信は得た。コウイチを連れてきたのも間違ってはいなかったわけだ。物質的な部分はともかく、霊的な部分は私の"専門外"である。
 そういうのは"魔術"ではないと私は思っている。同じ括りにされる事が多いけれど。コウイチだって私だって、門外漢から見れば同じ"魔術師"であるように。
 
「何か新しく判った事とか無いの?」

 私は"専門家"にそう尋ねる。はっきり言って私は霊的な感性は殆ど無い。
 だからコウイチのようなシャーマンの技術は原理として理解はしていても実践はできない。正直歯痒くはあるが、仕方ないとも思う。その分、私は自身の才覚と、ひいては魔術というモノ自体を誇りに思っているつもりだ。

「とりあえず……使われてる霊体は怨霊の類、みてぇだな」

「オンリョウ?……っていうとあの怨みはらさでおくべきか、ってアレ?」

 私の言葉にコウイチが怪訝な顔をする。……間違った事は言っていないはずだが。
 そう言われてみれば、あの二人組も成仏だとか何とか言っていた。霊体が関わっているところは聞いたが、もう少し突っ込んで聞いておくんだったと今更思う。まああの時は関わるつもりもなかったのだから仕方がない、ということにしておく。

「……まあ、恨みつらみを残して死んじまった奴のなれの果て、だな」

「それであんなに攻撃的、なのかな」

「そうかもしれねぇし、或いは別の手段で制御してるのかもな」

「でも、そうだとすると怨霊を作らないといけないわよね……」

 と、そう言ってからはたと気付いて周りを見回す。
 入り口からここまで、人気は全くなかったが、人だったモノだけはたくさんあった。
 誰が何人死のうが私は知った事ではないが、流石にこれだけの死骸を一度に見るのは辟易する。こんなところに好き好んでくるのはネクロマンサーくらいだろう。
 
「もしかしてコイツら……」

「さあな。まあその辺りは実際に聞いてみれば判るんじゃねえか」

 言ってコウイチは通路の先を示す。
 その先には、明らかに異様な雰囲気を発する一枚の扉。
 階層的には最上階に近い。そろそろボスの部屋か。それとも何もない、ただの錯覚か。

「……行くわよ」

 言って私はここにきて先に踏み出す。
 いい加減に決着をつけて、血だまりの中から抜け出したかったからだが。
 ……あるいは私は珍しく怒っていたのかもしれない。
 殺すための道具を作るために人を殺す所作に。その無意味さに。
 人を殺し殺す道具を作りそれに殺された人がまた道具になり……そんな循環に、何の意味がある。
 街や組織や人が滅びるのは仕方がないと思う。しかしそれは、意味のある滅びであってほしいと思う。
 狂人集団の酔狂で滅びるなどあってはならないのだ。
 ……また理屈をこねるなと言われるだろうか。ただ、それが私だ。私は理性的で合理的な"魔術師"なのだ。怒りにも理由が必要だ。

「手間はかけたくないから。一気にいく」

 言って私は符を地に向かって放つ。
 次の瞬間、周囲の死骸やドロイドの残骸や物置などあらゆる物体がドアに向けて殺到し、突き破る。
 鬼が出るか蛇が出るか――後は、踏み込むだけだ。


[No.127] 2011/04/30(Sat) 23:26:27
トゥルー・トゥ・レディ (No.127への返信 / 7階層) - 咲凪

「あぁ、行く前に……ちょっと良いか?」

 愛煙している銘柄の煙草に火を付けながら、ドクは深選を呼び止めた。
 彼が手招きをして呼ぶ時は、大抵が秘密の話をする時だ。
 矢継ぎ早の事態の中で、どうせ舞子にも休憩が必要だった所だ、術後間も無い事もあり、彼女の身体の事を思えば、少し間を置く事も必要な選択だった。

『なんだ?』
「いや、ちょっとな、お前に驚かされるとは思わなかったから、少し教えてやろうと思ってな」
『教える?』

 前述の通り、ドクは秘密の話をしようとしていたので、深選は舞子達を別室で休ませていた。
 小雪に京という少女に出会った事は、舞子にとっては僥倖な事だったかもしれない、と深選は思う。
 年頃の近い同性が居る方が舞子の張り詰めた気も幾分和らぐだろうと思う、和らぐ事が全て良いとは思っていないが、張り詰めすぎる事も良くなかったのだ。
 ……閑話休題。

「あぁ……しかしまぁ、あのシンデレラ、アレも幸運な話だ、知ってるだろ、コールドスリープされた人間が目覚める確立は、実は随分低い」
『あぁ、……幸運という点では、マイコは相当のものだろうな』

 実際、大した幸運だと頭の中で深選は続ける。
 舞子にも直接伝えたように、コールドスリープされた人間が目覚めるケースは深選にとっては初めての事だった。
 大抵は装置が機能不全を起こして中身が腐ってしまうか、ギャングに見つり、そのままバラされて売られるかだ。
 そういう意味では舞子は類稀なる幸運の持ち主であったし、一瞬だけ、“天使か何か”が憑いてるのかもしれない、などというジョークが深選の脳裏を過ぎる、が。

「脳がな、駄目になるんだ」
『……何?』
「脳だけじゃない、身体のあちこち駄目になるが、まぁ特に脳が駄目になるんだよ」

 何の事だ、と深選は問わなかった、舞子の事に決まっている。

「当たり前の話だが、脳っていうのはデリケートでな、コールドスリープ装置が万事完全でも、眠っている間に脳が死んじまうって事が……まぁ多いんだよ」

 “どの程度多い”のか、ドクはあえて口にしない。
 そんな事は判りきっている、深選もドクも、冷凍催眠から無事目覚めたというケースは“初めて”なのだ。

『だが、マイコは目覚めている』
「……あぁ」
『何が言いたい』

 ドクはすぅっ煙草を吸い、ふぅ、とため息に混ぜるようにして紫煙を吐いた。

「なぁ深選、生きてるっていうのはどう判断してる?」
『言葉遊びなら止せ』
「そうじゃない、まぁ聞け……例えば、心臓は動いているけど、脳が死んじまった患者は生きている、と言えるのか?」
『そんなものは人によって受け取り方は変わる、個人の意見に意味は無い』
「そうだな……続けるが、脳が……好まない言い方だが、心さえ生きていれば、その患者は生きている、と言えるのか?」

 脳というのは肉体の一部に過ぎない、が、脳というモノがその人物の精神性を定めていると言っても良い。
 ドクはこう言っているのだ、“肉体”と“精神”が伴ってこそ、人間が生きるという事ではないのか?、と。

『言いたい事は判った、だが何故今、そんな話をする?』
「なんだよ、もう判っているだろ」
『……何がだ』
「アレの事だ、聞けば聞くほど不気味な話だよ、コールドスリープから目覚めた直後に自分の足で出歩いた?、それで記憶障害も起こしてなければ、言語障害も起こしてない……深選、あの子に食事は与えているか?」
『固形物は食べられないと思った……水分を少々なら』
「なるほどな、術後の事だがアレは“ご飯が食べたい”と言った、長らく動いてなかった消化器官がもう活性化し始めてやがる、これがどれだけ不自然な事か判るだろう?」

 ドクは研究者だ、闇医者をやっているが、考え方は研究者のそれを持っている。
 だから、何の躊躇も無く言える。

「雉鳴舞子だなんて人間は、最初から……いや、少なくともかつては居たんだろうな、だが今は“居ない”」
『では……』

 あの雉鳴舞子は、何者なのか。
 決まっている、判りきっている、あれが雉鳴舞子という人間で無いのならば、答えは一つしか、無い。

「深選、俺には武芸者の矜持ってのは判らんが……アレを使おうと思ったら迷うな、ベヘモスを作っておいて言うのもどうかと思うが、俺は人間専門の医者なんだ」


[No.128] 2011/04/30(Sat) 23:27:28
いくさば (No.128への返信 / 8階層) - 三草・ガーデルネア

 不味いコーヒーを飲み干す。
 これならうちのコーヒーの方が不味いな。
 コーヒーは不味いほどに良い、となればこのコーヒーはまだ上品な方だ。 
 ただし対面の男は忌避する程、普通に不味いようだったようだ。
 その男(アル=シャーユィとか言ったか)は立ちあがると、では早速、と言った。

 さて、そんなわけで、俺とアルは、終焉の位階のアジトへきていた。
 外観は古臭いビル、それだけだと言いたいが中からする血の匂いが多すぎる。
 しかも入り口の天井は壊れ、戦闘跡がある。
 そして何より、今も中から戦闘の音が聞こえる。

「行くのか?」
「行かないのですか?」

 正直帰りたい。
 情報のやり取りだけで済ますはずが何故に道案内までしているのか。
 まあ、ホイホイ連れてきた俺にも……ん?
 
 視界の端に紙切れが映る。

 その紙切れを拾う、何やら複雑な文様がかいてある。
 そういえば探し人、イライザ嬢は符を使う魔術使いだとか聞いたか。
 
(依頼主も写真ぐらいよこせってんだ、どんな顔してるのかもわかりゃしない。)

 まさかこの中にいるのか?
 アルの方を見ると、戦闘の跡を調べていた。
 
「行くのですか?」
「帰ろうと思ってたが気が変わった」
「そうですか」
 
 あるは一瞬顔を歪ませたが、頷いた。
 まあ、いい、中に入って確かめればいいことだ。
 それに中でド派手に立ち回ってる奴らもいるし、今そっと入ってもそこまで危険もないかも知れん。
 いや、暴れているのはイライザ嬢なのか? 恐ろしい話である。

 ともかく、俺達は汚いビルに足を踏み入れた。


[No.129] 2011/04/30(Sat) 23:28:21
Rock you!3 (No.129への返信 / 9階層) - コウイチ・シマ

 酷い臭いがした。

 血の臭い。脳漿の臭い。髄液の臭い。胃液の臭い。精液の臭い。それらが外気に晒された臭い。
 死の、臭いがした。

「……行きたくなくなった」

「我慢しろ」

 通路は薄暗く、臭いの元は判然としない。
 下階と違ってここだけは手間をかけて作った……あるいは、他の場所からそのまま移してきたのかもしれない……床から天井まで計算して構築されており、バイオテクノロジー系企業の研究施設のような様相を呈している。
 壁に埋め込まれた監視カメラが、無機質な視線をこちらに投げかけていた。

「奥だ」

 ピタリと閉まっているはずの自動ドアの向こうから、臭いは続いている。
 人の気配はしない。
 こんなところに、人などいるはずはない。

「行こう」

 できれば永久に立ち尽くしていたいような顔をするイザベラを促し、俺たちは先に進んだ。





 待っていたのは、またも死体の山だった。
 手術台の上に横たえられた、死体、死体、死体。
 背格好は老若男女バラバラ。状態もバラバラだった。手足がコンクリートやベークライトで固められたようなサラリーマン、レイプされたと思しき10歳に満たない少女、腹が異様に膨らみ、吐瀉物をぶちまけて死んでいる女、四肢がもぎ取られた老人……。

「……グロいわね」

 空気の流れを制御し、臭いを遠ざけながら漏らす。酷い、と称さないのがイザベラらしい感想かもしれない。
 共通点もあった。
 頭部の喪失。
 生身の脳も電脳もあったが、揃って焼いて抉ったように後頭部には空虚があいている。
 こういう殺し方には、見覚えはあった。やったこともある。

「剥離熱(イクスバーン)か……」

 人の魂魄は本来肉体から引き離すことができない。
 肉体は魂魄を失うと程なく生命活動を停止し、強制的に引き剥がされれば魂魄の器たる脳髄が剥離熱(イクスバーン)と呼ばれる作用で破壊される。目の前に横たわる、無数の死体の頭部のように。
 医療現場でも配慮から人目につくことはないが、電脳への移行時に出来上がる脳髄の残骸だ。

「剥離熱?」

 問い返すイザベラを、とりあえず先へ促す。
 なんとなくアウトラインは見えてきた気がするが、自分の想像力で辿りつきたくない事実なのは間違いない。
 部屋の最奥に設置されたコンソールは、まだ生きているようだった。





 よほど不意の襲撃だったのだろう。
 システムは開いたままで、慣れないクラッキングを試みる必要もなかった。
 いっそ、サルベージも不可能なほど破壊されていればよかったのに、と切に思う。

「……どうだったの?」

 コトを終え、頭を抑えて呻く俺にイザベラは珍しく心配した様子で声をかけてきた。
 電脳に疎い……というより毛嫌ってさえいる……彼女はコンソールを見もしなかったのだが、今となればそれが正解だったろう。

「人の魂魄は、本来肉体から引き離すことが出来ない」

 俺に幻術を教えた隻眼の女の教えを、一つずつ反芻するように俺は言葉を紡ぎ始めた。
 人の魂魄は本来肉体から引き離すことができない。
 強制的に引き剥がせば、肉体は剥離熱で破壊され、器を失った魂魄は世界のアストラルに散逸してしまう。人の精神は物理的な枠組みに依らずに個を維持するには、強靭さが足りない。
 先端技術による脳髄の精巧なフェイク……電脳への移植だけが、辛うじて許された例外の一つだ。
 そして、もう一つ。

「強固な意志。往々にして怨みを纏った精神は、例外を作る」

 いわゆる亡霊の類だ。怨みつらみに塗れた魂魄は、肉体を離れてなお散逸せず、それどころか雑多な思念や同じ方向性の精神を取り込んで存在し続ける。
 そして、恐らくは自然発生的に生まれる電魎もその類だろう。
 つまり。
 つまり、人工的に電魎を作ると言うことは。

「念入りに怨みを抱かせて、魂魄を無理矢理引き剥がし、ネット上に構築したベースプログラムに乗せる。
 ベースプログラムに仕込みをしとけば、ある程度は操作も効くってこった」

 イザベラがまず感じたのは、嫌悪や不快より、疑念のようだった。

「なんで?
 なんの必要があって、そんなものを?」

 確かに手強い怪物だが、お世辞にも細かい制御は利いていない。戦力としても、企業軍がその気になれば殲滅できないほどではあるまい。
 こんな手間のかかるアジトをこさえて、こんなえげつない真似をしてまで作る蓋然性がどこに?

「『次の位階に祝福あれ』」

「なに、それ?」

「データベースの末尾に添えられてた」

 停滞して堕落した人類は、ヒトを棄てることによってのみ破滅を免れる。それが教団の教えだ。
 大方の信者はそれを精神的な昇華やサイバネを使った物理的変化と解釈しているだろう。
 だが蓋を開ければこんなもの。

「もういいだろう、腹一杯だ、たくさんだ!コイツら、心底イカれてんだよ!」

 俺は嘔吐する代わりに喚いた。
 電魎を作ることは手段ではない。
 肉体から解き放たれた魂魄。マシンを身体にした生命。来るべき、ナノマシネーションへの準備段階。俺たちが電魎と呼ぶそれ自体が、目的そのもの。
 あのナカもソトも捻じ曲がったバケモノが人間のあるべき次の姿で、目の前の死体は階梯を昇った幸福な人間だと言うのだ、このクレイジーな集団は。
 輪姦されて殺された娘も、それを目前で見せ付けられた上に生きたまま溺死させられた父親も。
 餓死寸前に追い込まれ、一緒に監禁された女に食われた老人も、老人に仕込まれた薬品で悶え苦しんだ女も。

「全て祝福された人間だと。
 これは天が認めた善意だと、よ!」

 壁を蹴りつける。
 胃が溶けて落ちそうなほど熱い。
 クズめ!悪魔め!
 どんな罵倒も勿体無い!
 祝福あれだと?
 お前たちこそ呪いあれ!

「落ち着いてコウイチ」

「落ち着いてられるか。
 奴らは許さねぇ」

 損得など関係ない。善悪も価値観の相違も関係ない。
 ただ、感情で。生かしておけないほど許せないと、決めていいものだってこの世には在る。

「止めるなよ、魔術師<メイジ>」

 イライザは首を振った。
 喚きも叫びもしなかったし、その表情は冷め切っていた。
 触れれば切れそうなほどの怜悧さに、満たされていた。

「止めないよ呪い師<シャーマン>。
 そんな狂気を、生かしておく道理はないから」


[No.130] 2011/04/30(Sat) 23:29:56
戦場跡にて (No.130への返信 / 10階層) - シア&カルデア

 完全に破壊されたドローン、否、電魎があるものは火花を上げ、あるものは炎に巻かれているそこはまるで戦場跡のようだった。
 いや、実際に戦場跡である。争いの絶えないこの上海でも、ドローンが暴れまわったその場所は確かに戦場だと言えただろう。

 その戦場跡に立つ少女、シア=イチノセの手にある16歳の少女が持ちには明らかに不釣り合いのレーザー砲がマナに溶けて消える。

「ふぅ、此処まで完膚なきまで破壊すれば十分でしょ」

『そうね、もう動き出しそうもないわ』

 気だるげにシアが完全に沈黙した残骸たちを見渡せば、シアの横に浮かんでいる空間モニタに映るシアと瓜二つな少女、カルデアが肯定する。

「まったく、なんで私達がこんなことを……」

『バベルへの貸しだそうよ、企業軍動かすより私達のが速いからね』

 カルデアの言葉に、シアは内心無駄な事をと呟いた。
 あのバベルがこれしきのことで貸しだと認識するとは到底思えない。
 この場にいたエージェント一人を助けたが、それこそたかだが駒一つだ。恩など感じるはずもないだろう。

『それとエルが例の奴を始末したそうよ』

 言われて、シアは誰の事だろうと考えたが、カルデアの映るモニターに一人の小太りの中年の映像が映し出された。
 大方カルデアがシアの表情を見て、思い出せるように表示したのだろう。実際にそれを見て思い出せたが。

「……あぁ、教団とかいうのにナノ工学者仲介した馬鹿ね」

『そうよ。どうやらオルファネイジに買収されてたようね、目先の小金に釣られた馬鹿よ』

 二人して酷い評価だが、実際その通りである。
 カルネアデスでまぁまぁな地位にいながら、オルファネイジの買収工作でカルト集団に関わるような奴は馬鹿で十分だろう。
 どうせエルを抱いて寝物語にその事を"語らせられた"のだろう、そしてそのままエルに暗殺されたと、この手段で情報を引き出されて死んだ男は数多い。

「それで、そのオルファネイジの介入は?」

『傭兵大隊の一個中隊が上海入りしてるらしいわ。ただし足取りは掴めずよ』

 ふぅん、とシアは興味なさげに頷いた。
 どうせ自分達が関わることはないだろうとタカをくくっていた。
 なにせそれはプロの傭兵軍だ、そういうのを相手するのはカルネアデスでも正規の企業軍である。
 自分達のような実験体兼エージェントが対処するような相手でも、対処できる相手でもない。

「とりあえず、後続が来たらこの場を任せて私達は撤収かしら?」

『そう、ね。恐らくそうなると思うわ』

 またあの研究所送りかと思うと多少憂鬱にもなるが、面倒事に巻き込まれるよりはマシだろうと、シアはぼんやりと考えていた。


[No.131] 2011/04/30(Sat) 23:30:43
Return failed 10 (No.131への返信 / 11階層) - 深選

「今度は戦争でも始めるわけ、リターナー?」

 バンに満載した物騒な金属塊を下ろしながら、フィクサーが笑う。

『イカれたカルトと少しモメてな。ちょいと殲滅してやろうと思う』

「A−Ha。
 貴方とケンカなんて、なるほど折り紙つきのクレイジーね」

 軽口を叩きながら、要求した分の武装を全て揃えて見せた。
 新品のブルベアーとフラットフィールドにルシファーズハンマーの弾丸1ダース、閃光、焼夷、通常の各手榴弾。

「あと、クリッターとやりあうって聞いたからカササギのLN2グレネードを仕入れといたけど」

『気が利くな、それも頼む』

「グッド。1つサービスしとくわ」

 聞いた話だと教祖はナノマシンのバケモノらしい。
 まともなアンチナノマシンが効かないなら、LN2は次点だろう。程度はともかく、とりあえず効かない相手はいない。

「ただ、急ぎだったんで足はホンドのワゴンしか用意できなかったわ」

 防弾処置もないファミリーカーだ。軍用ドローンを持ち出してくる連中にはどうにも不安だが、馬力と容量は及第点だし、日本車ならトラブる心配は少ない。

『あぁ、それで構わん』

「じゃあ、行くわ。次のビズまで壮健でね、深選」

 フィクサーはウィンク一つを愛想で残して、愛用のトラックで去っていった。

 さて。
 振り向くと、そこにマイコがいた。

「終わったの?」

『あぁ、お嬢さんがたを呼んできてくれ……それと』

 頷いて踵を返したマイコを、ふと気づいて呼び止める。

「なに?」

『もう来るなとは言わんが、身の安全は――』

「自分で確保しろ、でしょ」

 鼻息荒く台詞を奪うマイコだが、俺は否定した。

『シロウトにそんな芸当は期待しない。
 許可無く俺の傍を離れるなm、だ』

 マイコはきょとん、と俺を見た。

「護ってくれるってこと?」

『それ以外に何がある』

 俺はフィクサーの残していったワゴンの運転席に潜り込み、ネット端末を準備し始める。
 ロングイヤーは診療所に居残ることになったが、さりとてこちらの状況がわからないといざ逃げ出すタイミングも解らず恐ろしいらしく、ネット上からバックアップすることになった。……それとて、危険が皆無というわけではないが。

「深選、私、この時代で生きてけるのかな?」

 表情は見えないが、マイコの声は酷く弱弱しかった。
 この時代に、彼女の寄る辺は無い。家がなく、身分がなく、家族がない。
 ……そもそも。人間ですら、ないかもしれない。

 だがだからなんだと言うのだ。

『入用なら家は探してやる。IDの偽造もお手の物だ。イエローエリアあたりまで行けば高校もある』

 さすがに家族は用意できないし、友人は他所を当たってもらうしかないが。
 そう言うと、マイコはくすりと笑った。

「ただし、対価は払ってもらう?」

『そういうことだ』





 特に揉めることもなく、運転は俺、助手席はガイノイドのミヤコ、後部座席にマイコとコユキという編成に相成った。

『ロングイヤー、ログインしたな?』

「既にばっちり」

『ベヘモスの名前を、俺たちが持っているらしく適当に流せ。詳細はクローズだ』

「合点でさ」

 これで診療所の件のように教祖が直接出張ってきてくれれば話は楽なのだが。

「それと、旦那。企業軍が情報収集に動いてます」

『……そうか。リミットは遠くないな』

「どういうことです?」

 助手席のミヤコが聞く。
 年の割りにずいぶん理知的で、現状方針を練るに当たっては一番頼りになる。

『企業軍がベヘモスや教祖のことを把握すれば……連中はナノテクやバイオ汚染にはトラウマがあるからな。
 最終判断を下す可能性もある』

「最終判断……?」

 暴走したナノマシンは幾何級数的に増殖する。数時間で地球を埋め尽くす、などという妄想はさすがに現在は一笑に付されるが、都市一つが壊滅した例はなくもない。
 ナノマシン兵器となれば、気化爆薬で区画どころか街ごと“洗浄”する可能性もあるだろう。

 上海がナノマシンに沈むか、
 街が軍に焼かれるか、
 あるいは俺たちがくたばるか。

『それまでの、勝負だ』


[No.132] 2011/04/30(Sat) 23:31:12
ダーク・イル・ウィル (No.132への返信 / 12階層) - アル=シャーユィ

 アルは正直、三草に付いて来た事を少し後悔していた。
 アル自身は戦闘用の義体では無いので、出来ないとは言わないが、実際の所戦闘に向いているかと言えばそうではない。

 アルの義体は情報収集に優れており、その為に非常に多くの情報を周囲から拾う、たとえそれがどんなに胸糞悪くなるような惨状や、悪臭であってもだ。

「うっ……」
「どうした?、気分が悪いのは判るが……」
「いえ、大丈夫です」

 言葉とは裏腹に、大丈夫なものか!、とアルは内心で愚痴る。
 血の海、というものを見る機会は上海では幾らでもある。
 特にアルのようなエージェントなら尚更、さすがに慣れたものだと自分自身でも思っていたのだが、とにかく、臭い。

「上に、誰か居るようですね」
「そうだな、どうする?」
「……私は仕事です、貴方こそ、気変わりの理由は何です?」
「まぁ、俺も……仕事さ」
「はぁ……」

 アルは生返事を返したが、“仕事”という言葉には奇妙に共感を覚えた。
 それはそうだ、好き好んでこんな臭くて汚い場所に居たい人間など居るまい、アルは少しだけ三草に同情したが、状況が状況だけに、笑うことは出来なかった。

 床に散らばるのはどれもチンピラどもの無残な死体を眺めながら、アルは幾つか状況予測をしたが……やはり、切捨てられた、という線でしか考えられない。
 だとしたら、此処には大した物は残っていないかもしれない、それはアルを落胆させる事だったし、何よりも上の階に居る何者かが敵なのか見方なのか……それが何よりも問題だったのだ。

「Mr.ガーデルネア、上に居る連中に心当たりはあるのですか?」
「あぁ……まぁ、知り合いでは無いんだけど、ちょっとな」

 話ながら、三草は倒れ伏したドロイドに気付いた。
 アルも当然気付いていたが、アルと三草の違いは、それを“気にするか”、“気にしないか”なのだろう、三草はドロイドを見て、「何でこいつは、外傷が無いのに倒れているんだ?」と疑問に思う、探偵だからだ。
 しかしアルにとっては、ドロイドが倒れている事は重要だが、どのようにして倒れたかは関心外の事なのだ。
 ……閑話休題。



「Mr.ガーデルネア」
「あぁ、気付いてる、多分向こうさんもな」

 上に向かう階段(エレベーターは当然死んでいた)を上りながら、アルのセンサーがまず下に下りてくる二人の人間を捉えた。
 三草もそれに気付いている事はアルに軽い驚きを与えたが、それは鉄面皮の下に封じ込めておいた。

「次のフロアで鉢合わせします、逃げますか?」
「もう間にあわんだろ、そいつは」

 カツ、と乾いた音を立てて入ったフロアの向こう、降りてきた二つの影が見えた。
 男と女だ、……彼等がこの惨状を引き起こしたのだろうか?

「アンタ」「貴方は」

「「むっ」」」

「アンタ誰だ?」
「貴方こそ、何者です?」

 繰り返すが、アルは老街を嫌っている、ストリートの事も嫌っている。
 そんな彼がコウイチ・シマを知る理由は無かったし、何よりも隣に立つ女のローブ姿が彼の正体をあやふやで予測不能のものにしていた。

「……まさか、貴方は終焉の位階の……」

 構成員なのか、と言いかけて、アルのセンサーが危機を知らせる。
 ……危機というのは間違いだ、相手の怒気を感じ取って、警告を発しているのだ。

「……悪ぃ、だが、見誤らないでくれよ」

 怒気の発生源は勿論、目前の彼であった。

「あいつ等と一緒にされるなんざ、冗談じゃねぇ」


[No.133] 2011/04/30(Sat) 23:32:19
血塗れの魔剣中隊 (No.133への返信 / 13階層) - スレイヤー大尉

 重厚なテーブルが蹴倒され、テーブルに並べられた酒瓶とグラスが次々と割れる音が辺りに響く。

「ベヘモス、だとぉ! ふざけてるのか連中はぁぁ!」

 スレイヤーがそれでも足りないとばかりにイラただしげに別のテーブルに上に乗ったグラスを払いのけ、甲高い割れる音が再び響く。
 オルファネイジ、傭兵大隊所属ダインスレェーヴ中隊の隊長であるスレイヤー大尉が此処まで苛立っているのはつい先ほど判明したベヘモスの仕様を知ったからだ。

「上が教団に資金提供をして、カルネアデスの社員を買収してナノ技術者を仲介させたのは聞いていたが、こんな物を作らせたなんぞ聞いていないぞぉ!」

 オルファネイジはカルト教団「終焉の位階」のスポンサーの一つだ。
 無論、その教義を信じている訳ではない。テロ組織としての「終焉の位階」が程良く上海の荒らしてくれれば、それでよかったのだ。
 それによって崩れた上海の勢力バランスに付け込み、上海進出を果たそうというのが上の狙いだった。

 ところが、蓋を開ければベヘモスなどという上海そのものを消し去りかねない物を作り、あまつさえそれを使おうと考えているとは想定外である。
 狙っている上海市場の消失はオルファネイジとしても到底受け入れないだろう。
 スポンサーの意向を無視して、このところ不審な教団の監視役も兼ねてこの地に来たダインスレェーヴに隠れてこうまで好き勝手するとはオルファネイジも舐められたものである。

「フンッ、どうせ奴らは傭兵が裏切るはずがないと思っているんだろうが、その金は元々オルファネイジが提供した金だぞぉ!」

 あまりの腹立たしさに、手元に隠した鞭を取り出し一閃して部屋にある家具を纏めて破壊する。
 そこに、タイミング良くドアが開き12歳程の赤髪の少女…の姿をした義体の部下が入ってきて、スレイヤーがすっと顔を向ける。

「……スイレイヤー大尉、本社からの命令。それと追加情報」

「寄こせぇ!」

 赤髪の少女義体のメア中尉から、半ば奪い取るようにデータを受け取るとすぐさまそれを空間モニタに投影させる。
 それに目を通しながらスレイヤーは「中尉、すぐに撤収準備を初めろ」と先程までの感情的な苛立ちを感じさせない冷静な声で命令する。

「了解……」

 短く告げて部屋から出ていくメアには目もくれずにデータを読み続ける。

「……ハッ、教団を切り捨てろか。上にしてはいい判断だなぁ。ベヘモスの破棄もいい。だが、他社にオルファネイジが教団に関与した証拠を残さず教団を始末しろとは無茶を言ってくれるぅ!」

 既にカルネアデスには買収の件で知られているだろうが、それはダインスレェーヴの落ち度ではなく本社のエージェントの落ち度だ。
 故にその件に関してはスイレイヤーは関わるつもりはない。それにカルネアデスも買収されたといえ実際に仲介したのは自社の社員だという弱みもある。だからお互いに弱みを握り合ってイーブンだ。

 つまりはダインスレェーヴだけでベヘモスを抹消して教団を始末しろいうことだろうが、オルファネイジの支店すらない上海で活動する為に、今のダインスレェーヴは大半を支援要員に割いている。
 実質、本来のダインスレェーヴ中隊としての戦力は保有していないに等しい。
 それにクリッターなんぞは専門外だ、教団が此方に情報を明かしていないので教団の戦力は不透明なままだ。今のダインスレェーヴで教団を潰せるかと問われればスレイヤーは即答しかねる。

「チィ、このベヘモスを持ってるという連中に接触するしかないか」

 どうやら教団と対決するつもりのようだが、教団を潰せるだけの戦力があるかは不明。
 だが、最悪でもベヘモスの処分だけはできるだろうし、ダインスレェーヴだけで事を構えるよりは確実だろう。
 あまり損害を出すと上も煩い、共闘は難しいかもしれないが、此方の持っている教団の拠点等に関する情報を売れば勝手に潰しあってくれるだろう。
 もっとも、この上海で生き抜く戦争屋がそう簡単に利用されてくれるとも思えないが他の企業を頼れない以上、それしかないだろう。

「中尉ぃ! 撤収を教団に知られないうちに、この報告にあった連中と接触するぞ!」


[No.134] 2011/04/30(Sat) 23:32:59
魔術少女の決意 (No.134への返信 / 14階層) - イライザ・F・霧積

「もういいだろう、腹一杯だ、たくさんだ!コイツら、心底イカれてんだよ!」

 明らかに怒っていた。
 私が、ではない。眼前で喚く、感情で生きる呪い師が、である。
 その動きが、呼気が、鼓動が、全てが怒りを表していた。
 
 電魎についての詳細は既に聞いた。
 なるほどコウイチが怒るのも無理はないとも思えた。その怒りは理解できるし、共感もできなくはない。
 
 この部屋に踏み込む前までは、私も一種の怒りに燃えてはいたのだ。
 それは義憤だとか正義感だとかそういうものとは程遠い私なりの怒りではあったが。
 
 それが、話を聞いているうちに冷めてきた。
 コウイチがコンソールを弄ってあれこれしている間、私は部屋の遺体を調べたりしていた。
 少なくともマテリアル的な部分は私の専門である。検死程度、遺体の形さえあれば何の事はない。
 だから、私はコウイチが敢えて語らなかったであろうこの部屋で行われていた事も察しはつく。寧ろそんな気遣いをされた事は不愉快ではある。私を誰だと思っているのか。

 教団の教義は知っていた。よくある終末論だと思っていた。
 そういう教義がどんな時代も一定以上受け入れられるのも納得だったし、教団の拡大も自然だと感じていた。それは、歴史の繰り返しだから。
 
(――馬鹿じゃないの)
 
 だからこそ、電魎の目的を聞いた時にはそう思うしかなかった。
 人の肉体を捨て、あるべき姿へ。そういう題目を掲げて次のステップへと進化を目指して挙句の果てに失敗した狂人など、歴史を紐解けば掃いて捨てるほどいる。
 何故かどんな時代にも、"人"が"人"であり続けるのは停滞であるなどという馬鹿げた勘違いを犯した挙句に進化したがる連中がいるのだ。教団も、結局その一種だったというわけか。
 
「落ち着いて、コウイチ」

 尚も喚いている呪い師を落ち着かせようと試みるも、無駄なようである……端から期待はしていないが。
 コウイチは、教団を許さないだろう。
 それは彼が、怒っているから。許せないと感じたから。それだけだ。きっと深い理由はない。

 私は、違う。
 こんな馬鹿げた集団の時代錯誤な馬鹿げた狂気に巻き込まれて生まれ育った街が滅ぼされる道理など無いと。そう感じただけだ。
 馬鹿には己の馬鹿さ加減を思い知らせてやる役が必要である。ならば私がその役を務めてやろうと、そう思っただけだ。
 こんなにも気分が悪くなる思いを二度とさせられないように、分子の一つまで切り離してやろうと、そう決めただけである。

「止めるなよ、魔術師<メイジ>」

 コウイチが言う。私は首を振った。
 その時の私は、きっと自分で思ってるよりも冷めた目をしていたのだろうと思う。
 馬鹿相手に感情的になるなんて馬鹿である。落ち着いて、物事の道理を教え諭してやらねばならないのだ。
 だから――

「止めないよ、呪い師<シャーマン>
 そんな狂気を、生かしておく道理はないから」
 
 そう。狂気は消え去るのが"道理"なんだ。


[No.135] 2011/04/30(Sat) 23:33:48
移動 (No.135への返信 / 15階層) - 三草・ガーデルネア

「まあ、落ち着け」

 突然怒気を発した若い男を宥める、男はもう一度「悪ィ」と言いながらそっぽ向いた。
 何かひどく憤っている、この血の海と匂いの先に何か楽しいものがあるとはとても思わない、男にそうさせる何かがあったのだろう。
 そしてよく見たら巷で人気のミュージシャンじゃないか?
 どちらにせよ向こうが教団の手先なら問答無用で襲いかかってくるんじゃなかろうか。
 その点でいえば敵じゃないだろう。
 
 出来るならここで何があったか聞きたいが、知りたい情報と必要な情報は分ける必要がある。
 だからまあ、それは良い。
 
 
 問題は若い男の隣にいる女性だ。
 写真こそないが、話に聞くイライザ嬢の特徴にそっくりだ。
 服装だけでわかるのかと思ったが、これは確かに、わかりやすい。
 これで違う人だったら驚く、軽く自己紹介したところやはり、探し人であった。

 しかしこの二人、何故かぎらついた雰囲気を感じる。
 話しを続けようとして、少し思案する。
 
「まあ、立ち話もなんだ、ここを出て話さないか?」
 
 とりあえず、こんなところで長話するもんでもない。
 ついてきてくれるか心配だったが、思うところあるのだろう、それは杞憂に終わった。
 
 そんなわけで俺たちはアジトのそれなりの近くにあった喫茶店にきていた。
 とりあえずこれで俺の仕事はひと段落である。
 と、言うのもここが指定の場所なのだ。
 後は依頼のことを話せれば話しておこうか、と思ったのだが…
 便所行ってる間に話が始まって話す機会を逸したんだがどうしたもんか。
 流石にここでサヨナラするのも酷い話だ、アフターケアもバッチリな探偵である。
 依頼主でもない、しかも勝手に連れてきておいてケアもなにもないが。
 実際多少の興味もある、まあ、少しぐらい付き合うさ。


[No.136] 2011/04/30(Sat) 23:34:47
交わる線 (No.136への返信 / 16階層) - 上山小雪

 「あ、あの〜……」

 お世辞にも広いとは言えない社内で、舞子に声がかけられる。声の主は隣に座っている小雪だ。

 「なに?」

 聞き返しても、小雪はあーとかうーとか呻いて中々話を切り出そうとしない。
 出会ってからまだ間もないが、この少女の性格は分かりやすい。基本的に裏表が無くストレートなこの子が口ごもるということは、例えばプライベートに関わってくるような、聞きにくいことだろう。

 「小雪は舞子がどうして自分から車に乗ったのか気になってるっピ!」

 「危険だって分かってるのに、何でだろうっていってたっピヨ!」

 「こ、こら! ピーチにピッツ! 余計な言わない!」

 2匹のPIYOが口々に囀るのを、あわてて嗜める小雪に、舞子は笑みをこぼす。お互い、中々大変な仲間を得たようだ。

 「ピーチにピッツ?」

 「あ、はい。どっちもPIYOじゃ紛らわしいし、1と2でピーチとピッツって呼ぶことにしたんです」

 「なるほどねー。で、私がこの車に乗ってる理由だっけ?」

 「あ、はい……。私や京みたいに戦うため、って事じゃないんですよね? なら、私だったら安全なところに逃げちゃうのに、どうしただろって思って……」

 PIYOたちに気持ちをばらされて観念したのか、少しずつ話し始める。

 「私なんかは、電魎と戦わなきゃいけないって、ちゃんとした理由もあるのに、まだ怖くて……」

 聞けばまだ電魎と戦うようになってから日も浅く、それ以前は荒事とは全く無縁の普通の生活を送っていたらしい。
 ある意味で舞子と境遇がにているかもしれない。それを思えば彼女の悩みも理解できる。

 「理由か……一番シンプルに言えば、深選が乗ってるからかしら」

 「ええっ!? それってもしかしてその」

 「ストーップ! あなたが考えてるようなことは全く微塵も欠片もこれっぽっちもないからね。
 ……ええと、何でこの車に、っていうよりも、この世界に私の居場所って無いのよね。
ある日目が覚めたら国も時代も違ってて、おまけに身体の中に何か妙なものが入ってて、それが原因で狙われたりまでしている」

 あ……と小雪が声を上げる。歳の近い同性相手ということで話しやすかったのが、無遠慮な質問をしてしまった、などとでも悔やんでいるのだろう。本当に素直な子だ。

 「そんな中で、深選は……まぁ、最初は色々あったけど、今だって純粋な好意ではないけど私のことを助けてくれたし、守ってくれると言った。だから、ええと……」

 自分で何を言っているのか分からなくなってきた。これでは深選に依存しているようではないか。

 「ま、とにかく! よくわかんないけどそうしなきゃいけない気がしたのよ。
大体、このままだと下手したらこの街自体が無くなっちゃうかもしれないわけでしょ? せっかく開き直ってこの街で生きる覚悟したのに、そりゃないってもんよ。
 あなただって家族とか友達とか無くなると困るもの、あるでしょ?」

 その言葉に小雪ははっとした。そう、すでに問題は自分ひとりが何かを言えるような規模ではないのだ。

 「そっか……そうですよね。私にも出来ることがあるんなら、覚悟決めないと!」

 「まあ、大概酷い目に遭ってるわよね、お互いに」

 「これはもう、絶対に乗り切って幸せになってやらないとですね」

 目を合わせてふふふ、と笑いあう。
 そこに、ロングイヤーの声が割り込む。

 「後ろのお二人、いい雰囲気のところ申し訳ありやせんが、おいでなすったようですぜ。前方に装甲車が2台」


 『教団か?』

 「現在解析中。電魎の気配はないようですが。」

 キュアセルフォンを高速で操作しながら、深選の言葉に京が返す。
 数瞬の後カチリとボタンを押す音が止む。

 「車両の所属判明。カルネアデスです」

 その声と同時に、前方に例の車が見えてきた。とりあえず問答無用で発砲してくる気配は無い。

 『……企業か。さて、鬼が出るか蛇が出るか』


[No.137] 2011/04/30(Sat) 23:35:36
Return failed 11 (No.137への返信 / 17階層) - 深選

 港湾部にさしかかったところで前方を塞いだ装甲車は、確かにカルネアデスのものだった。
 が、識別が判別不能に加工されている上に、中から出てきた武装集団は明らかにかの企業のエージェントとは毛色が違う。
 ……余所者だ。

『余計な物がかかったな』

「はぁ、すいやせん……」

『いや、まだ想定内だ。お前はよくやってる』

 俺は恐縮するロングイヤーを労うと、3人娘に車から出ないように言ってワゴンから降りた。





「あぁ!?こりゃ、どういうこった!」

 トラックから降りるなり、一団の首魁らしき男が隣の少女に悪態をつく。

「教団に敵対してるってぇからどこのマフィアかと思えば、野郎一人に小娘3人が全戦力ときた!
 ハイキングにでもお出かけかぁ?」

『面子の珍奇さではそちらも負けていないと思うが』

「全くです」

 俺の素直な感想に、当の少女が首肯する。まぁ、物腰からすると全身義体の類だろうが。
 トラックの中に『視』える戦力はざっとサイボーグが14、5体。中隊規模か。
 ……装備から類推するに恐らく北米系だろう。
 企業軍か、傭兵かは解りかねるが。

『何者だ?』

「教団に敵対するもの、とだけ」

 首魁の男は見た目どおりに交渉に向かないのか、俺の質問には少女が答えた。

『教団に装備を流していたのはお前らか』

「余計な詮索は身を滅ぼすぞぉ?」

 凶悪な笑みを浮かべて脅しつけてくるが、その反応が既に肯定になっている。……やはり交渉ごとには向かないタイプらしい。
 大方軍用ドローンなどを供給していた外資が今回のテロを察知し慌てて引き上げにかかっている、といったところか。
 
『要求はなんだ?』

「ベヘモスをお渡しいただきたい」

『言われて素直に渡すとでも?』

「この場で処分しても構いません」

 コイツらとしてもアレは扱いかねる、か。

「こちらからは教団の本拠の情報をお渡しします。対等なビズだと――」

「やめとけやめとけ、中尉!
 こんな連中に渡したって虎に猫をけしかけるようなもんだ!」

『そこの男の意見は妥当だ。教団が邪魔ならお前たちでやればいい』

「……では、ベヘモスは」

 俺は用意しておいた『それらしい』容器をワゴンから出すと、宙に放り投げてレイヴンで撃ち抜いた。

「フェイク……」

『そういうことだ』

 男がいきり立って銃を抜く。

「ふざけるなぁ!
 無駄足踏ませやがっ……」

 男の罵倒は、地を揺るがす轟音と衝撃に遮られた。

「なんだぁ!?」

『無駄足ではなかったようだ。少なくとも俺たちにとってはな』

 ここは任せる。
 そう捨て台詞を残して、俺はワゴンに乗り込むと急発進。トラックの脇をすり抜けて進んだ。
 あの隊長の罵声が暫く聞こえていたが、気にしている暇はない。

「おじさん!」

『あぁ、確認している』

 積み上げられたコンテナや倉庫の切れ間に蠢く、巨体の群れ。港湾作業用の重機だが、無人な上にその動きは見覚えのある生物的な所作。

「電魎だッピよ!」

 このタイミングでこれだけの数ということは、当然教団の手のものだろう。
 ミヤコらの話では、本来電魎とやらは制御の効くシロモノではない。それをこうして意図的に大量投入するということは、どこかに指揮……とはいかないまでも、呼び出した人間がいるはずだ。

『釣果はまずまず、か』


[No.138] 2011/04/30(Sat) 23:36:09
魔術少女の交渉 (No.138への返信 / 18階層) - イライザ・F・霧積

「イライザ・フランセス・霧積。で、こっちのコレがコウイチ=シマ。」
 
 私は改めていつものようにそう名乗った。ついでに隣のも紹介しておく。
 場所は元マフィアの根城、現教団のアジトを出てすぐ近くの喫茶店。
 お世辞にも喫茶店などと洒落た名前が似合うほど整った店ではないが、今の私達には多少雑多なくらいの方が丁度いいだろうとも思った。
 
 眼前には、出会った時から鉄面皮を崩さない男が一人。アル=シャーユィとか名乗ったか。
 もう一人の、ここに連れてきた張本人である三草・ガーデルネアとか名乗ったコートの怪しい男は席を外している。
 何故こんな所に連れてきたのかは不明だが、私とて考えなしについてきたわけではない。
 
 眼前のこの男……アルは、私達を見た時にまず「教団の関係者か」と疑った。
 つまり。この男はあの外から見ればただのボロ建築物であったあのマフィアの根城が、教団に関係のある場所だと知っていた事になる。そうでなければあの第一声はあり得ない。
 要するに、他にも教団の情報を持っているのではないか。ならばそれを引き出してやろうと。そう思ってついてきたわけである。次の目的地の当てがない以上、何かしら情報がほしいところであるし。
 
 ただ……今もってこの男の正体はよく判らない。名前を名乗ったのみでどこの手の者かは明かさず、また常にその表情を崩さない。……まあ身分に関しては私も名前――しかも偽名――しか名乗っていないし、コウイチに関してもそれ以上の事は言っていないのでお互い様であるが。
 とはいえ、コウイチはストリートだけとはいえそこそこに名の知れたミュージシャンであるし、私もあちらこちらで色んな事をしているから知られている可能性は考えておいた方がいいだろう。

「それで、こんな所に連れてきて何の用」

 顔には出さないように努めてはいるが、私ははっきり言ってこの男が苦手であった。一目見た時から、である。
 私の嫌いな電脳の気配を纏い、私の嫌いな科学的な上海の匂いを纏い、それでもってこの老街で何をしているのか。
 ただいずれにせよ、話はさっさと切り上げてしまいたかった。今のコウイチが交渉事に向いているとは思えないから、私から切り出すことにした。

「……教団のコト、知りたいんじゃないの?」

 単刀直入にいく。腹の探り合いをするのも馬鹿らしいし、長話をしたいタイプでもなかった。
 あんなところに居て、しかも教団関係者じゃなくて、私達を始末するのが目当てでもないとなれば、おのずと目的は限られてくる。
 男は相変わらずの鉄面皮は崩さなかった。……が、効果はあったようだ。

「何か、御存知ですか」

 私は横目でコウイチを見る。何か言うつもりはないようだ。好きにしろということか。

「……話してアゲル。けど、聞いた以上は何かリアクションしなさいよ」


〜〜〜

 
 途中で戻ってきたコートの男も含めて、私が一通り語り終えた後の一座は奇妙な沈黙に包まれていた。
 ここまで聞いても表情一つ崩さなかった鉄面皮の男。首をひねったり唸ったり時折外を窺ったりしているコートの男……途中で思ったのだが、この男は鉄面皮の男の仲間というわけではないのだろうか。二人で調子が合っている、という風には見えないからだ。
 後は、もう何度も聴きたくないといった風なコウイチ。そして私。
 
 相手が何を伏せているのかは知らないが、持ち逃げされたところでこちらに特に損はないと思ったから先にカードを切った。
 ……あるいはこんな喫茶店でこんな話をすれば、教団関係者の一人や二人くらい引っ掛かるかもしれないという思惑もなかったわけではない。
 ともあれ、言う事は言った。後は、相手の出方を待つだけである。

「さ、知ってる事は話したわよ。ちゃんと対価は貰えるんでしょうね?」


[No.139] 2011/04/30(Sat) 23:36:46
マジック・アンド・エージェント (No.139への返信 / 19階層) - アル=シャーユィ

 アルはイライザ・フランセスを知っていた。
 さすがに電脳や科学を嫌うというパーソナリティを知っていた訳ではなかったが、魔術組織「如月」のトップともなれば知らない訳には行かない。
 彼女と出会い、鉄面皮を通す事が出来たのはアルでこそ出来た事だった。

「なるほど」

 なるほど、と呟き、アルは得たばかりの情報を吟味する。
 アルにとって“貧民街で暮らす連中がどのように死んだ”かは興味の無い事であったが、現場状況も含めて、イライザから得た情報はとても意義のある事だった。

 「対価を寄越せ」というイライザの要求を呑んだ訳では無いが、アルは小さなメッセージを主であるArに送信する。
 すなわち、現在進行中の秘匿情報の開示許可を求めているのだ。

 アルにとって、彼等……コウイチ・シマの事は名前を聞いても実力の程を知らなかったのだが。
 彼等の力を利用できる可能性がある事は魅力的だった。

 アルは自分はArに使われる存在であり、そして彼等は自分に使われる存在であるべきだと思っている。
 金銭という当たり前の対価を支払えば、協力を得る事は簡単だ。
 まして、彼等の実際の行動力は先ほどの遭遇を見ても明らか、彼等の力を使わない手は無い……と、アルは考えたのだ、そして…――。

「我が主から、情報開示の許可を戴きました」
「主、アンタの?」
「はい、そして貴方達の助力を求めるようにとの指示を頂きました」
「……企業か」
「はい」

 アルにとって予想外の事だったのは、コウイチ・シマがイライザ・フランセスと対等の関係であった事だ。
 初見の時はイライザの護衛なのかとも思ったが、一人だけというのは不自然だし、そういった雰囲気でも無い。
 ならば何故二人であんな所に居たのか、……恋人なのか?、とアルは少し考えたが、特別詮索する事でもなかったので、考える事を止めた。

 アルは自らが持つ情報、「終焉の位階」のベヘモスを利用したプロジェクトをイライザとコウイチ、そして当然三草にも伝えた。
 戦力として三草を利用できると思っていた訳では無いが、アルは三草に対して少し共感を持っていた、彼の力が、何かの役に立つかもしれないと思ったのだ。

「上海壊滅とは、大きく出たものね」
「はい、判っているとは思いますが……」
「不用意にこの情報を広めるなって言うんでしょ、当然よ」

 イライザは理解が早い、コウイチはというと、さらに怒りを深めたようだが……逆に先ほどの怒気をアルが感じ取るような事は無かった。
 この呪術師は熱いが、冷たいのだ。
 矛盾しているようだが、そうとしか言いようが無い、熱い怒りを抱えながら、冷静さを抱く事が出来なければ呪術の類に触れている事などできやしない、それが出来なければ、呪術に喰われて死んでしまう、呪術師としての側面を持つという事は、そういう事だ。

 「ベヘモスに関しては此方も調査中です、協力していただけますね?」

 ほぼ断定するような口調で、アルは各々に視線を送った。


[No.140] 2011/04/30(Sat) 23:37:35
バベル・エンゼル・ボイス (No.140への返信 / 20階層) - 雉鳴 舞子

「まずまずって……どういう事!?」

 急発進で驚くのもつかの間、休まずに走り続けるワゴンの中で深選に尋ねる。
 あの大きな重機の怪獣……電魎というらしいモノが暴れている事に関係があるのだろうか?。

『近くにアレを兵力として操っている親玉が居る、まずはそいつを叩く』
「叩くって……きゃっ!」
『余り喋るな、舌を噛むぞ!』

 まるでジェットコースターのように、勢いを殺さずに走り続けるワゴンの中で、私は言われた通りに舌を噛まないようにきゅっと口を結んだ。
 隣をちらっと見ると、小雪ちゃんも同じように口を結んでいた。

 彼女達は私と違い、明確に戦力としてこの車内に居る。
 明らかに私よりも小さな彼女達が戦うというのに、私に出来る事は余りにも少ない。
 それを思うと自分が情けなくなるけれど……今自分を卑下しても仕方が無い。
 決めたんだ、皆と一緒に行くって……決めたんだから。

「旦那、路上カメ――」
『回せ、抑える』
「了解でさ!」

 それにしても、凄い。
 ロングイヤーも相当凄いけど、あの人と話している時の深選は、本当に凄い。
 これが、戦場を知っている人間の顔なのだろうか。
 ギュル、とタイヤの擦れる音が聞こえる程の速度である一点を目指す。

『確認した』

 恐らくはあの怪獣を操っているという相手を見つけたのだろう。
 私にはまだ見えない、が、深選は小さく『今度もサイボーグか』と呟いた。



 戦いはあっという間だった。
 深選は電魎を操っているサイボーグを倒した。

 正確には、倒した後に尋問して、教団という組織のボスの居場所を聞き出すつもりだったらしい、だが……。

『こう出られると、埒があかんな』
「……」

 小雪ちゃんと京ちゃんは、制御を失い暴走状態に陥った電魎を倒しに向っている。
 さっきの軍隊に対するデモンストレーションも兼ねている、と深選は言ったが意味は正直良く判らない、京ちゃんだけがその意味を察したように頷き、小雪ちゃんと共に電魎へと向っていった。

「何なのよ、こいつら……」
『狂信者だ、でなければ自爆などせん』
「……」

 自爆テロという言葉と、私が過ごしていた時代のニュースが頭を過ぎる。
 TVでその話を聞いたとき、理解出来ないという感想を抱きはしたが……それはやっぱり遠い国の出来事だったのに。
 今こうして、本当に自爆するような相手を敵にしている。
 怯むわけにはいかない、引き下がる訳にはいかない、それでも、それでも簡単に死を選ぶその考えに、怖気が走る……。

「……」
『……!』

 死体は、……かつて身体を構成していたのだろう“部品”は多少なり形を残しているが、頭から爆発したらしい、顔を判別出来るような所は何処も残っていない。

『……マイコ、お前』
「え、何……?」
『……いや、なんでもない』

 ……?。
 もう一度深選は、なんでもないと言った。
 少し疑問に思ったが、もしかしたら私がショックを受けていると思ったのかもしれない、それは正解だし、そういう気遣いを、私は素直に嬉しいと思った。
 だが、一息吐く間もない、とはこの事だった。

「旦那!、大変でさ!!」
『どうした』
「旦那の出したメッセージ、予想外の奴が引っ掛かったかもしれませんぜ……」
『誰だ、企業か?』

「バベルですよ、バベル!、それもバベルの王Arの奴が、旦那宛てに情報提供を申し出てるんでさぁ!」


[No.141] 2011/04/30(Sat) 23:38:31
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS