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No.142に関するツリー

   サイバーパンクスレ本編再録その4 - 桐瀬 - 2011/04/30(Sat) 23:38:51 [No.142]
Rock you!4 - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:39:29 [No.143]
魔術少女の契約 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:40:04 [No.144]
受領 - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:42:09 [No.145]
Horizon End - アズミ - 2011/04/30(Sat) 23:43:00 [No.146]
ダーク・ホライゾン・エンド - 雉鳴 舞子 - 2011/04/30(Sat) 23:43:37 [No.147]
魔術少女の支度 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:44:29 [No.148]
Rock you!5 - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:45:20 [No.149]
下拵え - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:46:05 [No.150]
Return failed 13 - 深選 - 2011/04/30(Sat) 23:47:19 [No.151]
その覚悟は・3 - 上山小雪 - 2011/04/30(Sat) 23:48:54 [No.152]
魔術少女の独白 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:49:41 [No.153]
Horizon End2 - 深選/コウイチ - 2011/04/30(Sat) 23:50:23 [No.154]
イントルーダーズ2 - 黒須恭太郎 - 2011/04/30(Sat) 23:50:57 [No.155]
Horizon End3 - アズミ - 2011/04/30(Sat) 23:52:03 [No.156]
魔術少女の決闘 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:52:50 [No.157]
その覚悟は・4 - 上山小雪 - 2011/04/30(Sat) 23:53:19 [No.158]
ジ・スターリー・レフト - ナノブレイカー - 2011/04/30(Sat) 23:53:51 [No.159]
激闘 - 三草・ガーデルネア - 2011/04/30(Sat) 23:54:42 [No.160]
Horizon End3 - アズミ - 2011/04/30(Sat) 23:55:25 [No.161]
その覚悟は・5 - 上山小雪 - 2011/04/30(Sat) 23:57:11 [No.162]
その覚悟と終わり - 上山小雪 - 2011/04/30(Sat) 23:58:02 [No.163]



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サイバーパンクスレ本編再録その4 (親記事) - 桐瀬

そのよん

[No.142] 2011/04/30(Sat) 23:38:51
Rock you!4 (No.142への返信 / 1階層) - コウイチ・シマ

 否やと言っても仕方ない状況だが、俺は一応イライザに視線で問うた。
 女は肩を竦める。
 組織に属する彼女が黙認するなら、俺が拒む理由もない。

「OK、エージェント。
 だがペイは受け取らねえ、気に入らない指示も聞かねえ。オーライ?」

 たとえば、いざベヘモスとやらを手に入れた時にやっぱり寄越せとか、教祖が取引を持ち出してきても応じない、などだ。
 アルとかいうエージェントは特に異論を挟まなかった。まぁ、今異論を挟まなかったからといっていざというとき信が置けるかといえばノーな手合いだが。

「そっちの用は済んだな?」

 アルの隣に座っていた男が帽子を抑えながら切り出す。
 そういえばこいつ、室内だというのに帽子を取らない。別にマナーに煩いほうじゃないが、企業人らしからぬ立ち振る舞いからしてアルとは別口らしいが。

「で、結局アンタ誰なんだ?」

「俺か?
 俺は、探偵だ」

 懐から名刺を出す。
 ……名刺だと?

「今時、紙の名刺かよ」

 しかも見る限り天然紙。リッチにゃ見えないのに珍奇な拘りだ。
 電脳嫌いのイライザは「へぇ」と感嘆の声を漏らしむしろ好感を持ったようだったが、まぁさておく。
 私立探偵、三草・ガーデルネア。
 紙の名刺なんぞ出してくるのみならず、このご時世に私立探偵とは呆れたアナクロ具合だ。
 まぁ、俺もこういうセンスは嫌いじゃないが。

「イライザ・フランセス。アンタを探してた。依頼でな」

「依頼?」

「ここに連れて来いってな。依頼人は解らん。依頼人を詮索するのは探偵の仕事じゃない……」

 店内に悲鳴が響き渡った。
 通りに面したガラスが割れ飛び、客が血を流して倒れたり逃げ惑い、挙句の果てにパイナップルが俺たちの座ったテーブルの上に転がった。

「グラナァァァドッ!」

 反応してくれるかはわからないが店員と客に向けて叫んで、ちょうど目の前だった俺が手榴弾を通りに向けて蹴り飛ばす。
 イライザと探偵が申し合わせたようにテーブルを倒して盾にする。アルは反応が遅れたが、テーブルの陰に隠れるだけの余裕はあった。
 即座に銃弾の雨あられが店内を蹂躙する。

「……あれが依頼人?」

「そうらしい」

 イライザの問いに、探偵は一応バツが悪いのか帽子を抑えて頷く。
 ちょいと視線を送れば、通りに停車したバンの上から重機関銃を向けてくるストリート・ギャング。
 要するにアレは教団の手先で、一緒に消しても惜しくないこの探偵に昨日、一揉め起こしたイライザを探させたのだろう。見つかればラッキー、ぐらいの感覚で。

「依頼人の裏を取るのは仕事じゃないにしろ当然のサービスじゃないのか?」

「ヨソはヨソ、ウチはウチだ。
 が、まぁ……安心してくれ」

 探偵が手近にあった破壊された椅子の足を手に取ると、くるりと一回転して握りを確かめる。

「アフターサービスは万全だ」

 止める暇もあらばこそ。
 銃撃の嵐の最中に、探偵が身を躍らせた。





 椅子を飛び越え、プランターを蹴散らし、探偵が喫茶店の入り口に向けて肉薄する。
 弾丸の雨が往く手を阻めばテーブルを蹴り上げて凌ぎ、あるいは遮蔽に身を躍らせて回避する。
 特に迅い動きではない。強化神経を仕込んだサイボーグに比べれば明らかに遅い。
 
「だが、巧い!」

 アルの感嘆の呟き。
 確かに巧い。ひらひらとはためかせるコートに、弾丸が掠りもしない。

「野郎っ!」

 業を煮やしてナイフを煌かせて襲い掛かってくるストリートギャングの顎を蹴り飛ばし、怯んだところに懐に入って強かに掌打。そのままの勢いで投げ飛ばす。
 その隙に背後に回っていたもう一人を持っていた椅子の足で殴り倒し、いつの間にか持っていた手榴弾……恐らく、殴りかかってきたギャングから掠め取ったのだ……を優雅ささえ感じる動きでギャングのバンに、窓から放り込んだ。

「伏せろっ!」

 俺の号令でイライザとアルが首を引っ込める。

 轟音!

 俺は戻った聴覚で近づいてくる足音を聞き取ると、テーブルの上から顔を出して、そして呆れながら聞いた。

「なにか、武術の心得が?」

「ニンポーを少し。
 いや、カラテだったかな?」

 探偵はコートの埃を払いながら、肩を竦めて言った。


[No.143] 2011/04/30(Sat) 23:39:29
魔術少女の契約 (No.143への返信 / 2階層) - イライザ・F・霧積

 探偵がその風貌に似合わぬ活躍でチンピラ共を退けた後、私達は喫茶店を後にした。
 仮にも騒ぎの原因になった元凶がその場にいるのも何だし、もう粗方話す事は話し終えただろうからだ。
 とはいえ、あの喫茶店はただの巻き添えを食らっただけで、そのままにしておくのは些か悪い気もする。
 そう思った私は、店を出る際に符に一言書き付けて出入り口の辺りに貼り付けておいた。
 後は、いつも私を血眼で捜しているであろう如月の構成員がなんとかしてくれるはずだ。

 店を出た、と言っても次の目的地の当てがあるわけではない。
 鉄面皮のエージェントから教団についての詳細は聞けたが、その例えば教祖だとかの所在地までもが判明したわけではないからだ。
 そうなると、また適当な教団の関係者を見つけ出して締め上げるしかないのか……

「ねえ、エージェントさん。何でもいいから次の行き場の当てはないの?」

 協力しろと言った以上、何かしら指針は無いと困る。
 ベヘモスとやらが現状どこにあるのかなどくらいは判らないものか。出来れば教団の本拠地等が判ると話が早いのだが……さっきの話で提示しなかった以上、未だ掴んでいないという事なのだろうか。

「……少々お待ちください」

 聞かれたエージェントは言って黙りこむ。
 ……何か状況に変化でもあったのか。それともいちいち親玉に確認しないと情報を開示できないのか。
 後者だとすれば面倒な話である。

 いずれにせよエージェントがその職務から戻ってくるまでの間に、ひとつ用件を済ませておく事にした。

「探偵さん」

 エージェントから距離を取った私は、何やら帽子の角度を調節している探偵に声をかける。……拘り、なのだろうか。

「ん?なんだ?」

「依頼を一つ、受けてみない?」

「……内容によるな」

 こんな状況でも唐突な申し出を無理だ、とは言わない辺りが流石というべきかもしれない。
 そうでもなければ私とてこんな事を言い出したりはしないが。

「私達と一緒に『終焉の位階』を潰す事。」

「おいおい、俺は"探偵"だぞ?」

「あら、私立探偵<何でも屋>なんでしょ?」

 私の言葉に、当の探偵は苦笑する。
 先のエージェントはあの場に居た全員に助力をしろと言ったように思うが、この探偵は未だそれに対しては何のリアクションも返していない。逃げるつもりは無さそうにも見えるが。
 正直言って、あのエージェントは完全には信用できない。怪しいところがある、という事ではない。企業と言うのはそういう世界だからだ。全体の利益を優先し、個々がどうなるかという事には関心が無い。いざという時に個を犠牲にして掌を返すなど、ままある話である。
 ならばまだ依頼は確実に遂行する探偵の方が信が置けるというものである。まして正確な手続きを踏んだ契約を行えば尚更、である。そう考えての依頼だった。
 受けるだろう、という確信はあった。
 結局のところ、この探偵もコウイチと同じ。どちらかと言えば厄介事に首を突っ込みたがる……いや、巻き込まれるタイプだ。
 寧ろ厄介事が舞い込んでくるくらいでないとこの世の中で探偵なぞやってられないのかもしれないが。

「とりあえず……。」

 言って私は懐から紙を一枚取り出し、依頼内容と署名欄を書き付ける。

「契約書。今すぐじゃなくていいから気が向いたらサインしといて。」
 
「報酬は?」

「出来高払い。サインした時点からカウント」

「俺が大活躍しちまったら大変なことになるぜ?」

「大丈夫よ。その辺は心配しないで」

 別にこの探偵を見くびっているわけではない。寧ろ先の戦闘の様子を見るに、電魎相手はともかく普通の相手になら十分に戦力になり得るだろう。だからこそ、誘っているのであるし。
 ただ、この探偵がどれだけ奮闘しようとも報酬は確実に払える。否、払われる。契約とはそういうものだから。

「魔術師は契約は違えない。信用してもらっていいわ……ま、考えておいて」

「前向きに検討させてもらうよ」

 エージェントの「お待たせしました」の声を聞いて手を翻しながら背を向ける私に、探偵はそう付け加えた。


[No.144] 2011/04/30(Sat) 23:40:04
受領 (No.144への返信 / 3階層) - 三草・ガーデルネア

 前向きに検討してみる、そうは言ったものの俺の心は大部分のところで決まっていた。
 
 
 『終焉の位階』を潰す。
 最近、浮気調査ばっかり受けていた俺としては何とでかい依頼か。
 残念なことに俺は厄介事が嫌いにはなれないようだ。飯の種でもある。
 先ほど久方ぶりにハッスルした事も無関係ではないが……
 
「移動しながら説明しましょう」
 
 そういうアルの方を見やる。
 俺はてっきり、アルの方から依頼(曖昧な協力関係でなく、正式な依頼)があるとでも思っていたのだが、まさかイライザ嬢から来るとは。
 企業も悪くはないが今回はイライザ嬢につくことにする、まあ、今のところ協力関係は変わらずだ。
 出来高払い、というのも難しい話だがまぁ、やりがいがあるともいえる。
 何より魔術師の契約である、これほど恐ろしいまでに信頼できる話もそうはない。
 依頼人に襲われたばかりでもある、たまにはそういう話もいい。
 
 しかしまぁ、電魎とかいうものにどれほど対応できるのかは不明だ。
 ただでさえバケモノは専門外であるのに、見たことすらない。
 帽子の位置を直しながらコウイチ・シマの方へ眼を向ける。
 『私たち』と、そう彼女は言った。
 目線で会話しているところを見るに、二人は相棒のような関係なのだろうとは見当をつけてはいたが、それは当たりだったようだ。
 まぁ、二人の方針が違える事はないのだろう、とりあえずのそこのところは気にしないで良いようだ。
 
「どうかしたか?」

「いいや、なんでもない」

 契約書にサインをする。
 まあ、後はなんとでもなるか。


[No.145] 2011/04/30(Sat) 23:42:09
Horizon End (No.145への返信 / 4階層) - アズミ

 Arはここ数日、身体の何処かに鈍痛を感じていた。
 疾病や感染症ではない。デザインされた塩基を譜面にナノマシンの音符が奏でる芸術品とも言うべきこの身体は、そんな生物的な煩わしさとは無縁だから。

「共振……か」

 心当たりはあった。
 カルト『終焉の位階』。その教祖は、ナノマシンを使う――と聞いている。
 四肢の構造を変幻自在に組み替え、長らく当局にマークされ、確実に数度は抹殺されながらも現在まで生き永らえている。

「『幹部会』め……」

 きっと、自分と関係のある何かなのだろうとArは思う。ナノマシン技術はその歴史こそ長いが、ついぞ義体……『意志を宿す』領域まではまだ至っていない。
 できるとすれば、それは自分を生み出した者たち……この上海を支配する『幹部会』ぐらいのもの。この事態が彼らの予測範疇かは解らないが……否、『不本意ではあるが予測され得た』自体と見るのが妥当か。

 つまり、歯牙にもかけていないということだ。

「神の寵愛を顕現せんとしても、我が身は未だ神ならず、か」

  予想外のことは起こる。彼らでさえ。科学技術を極めても神にはなれないし、どれだけ塔を高くしても天には届かない。

 繊細な指がコンソールを数度撫ぜる。
 すると、クリスタルガラスが突如外光の取り込みを中断し、彼の意のままに映像を映し出すモニターとなった。

「だけど、『教祖』。
 あなたはお粗末に過ぎる」

 Arはワイヤードを通じて、『天意』を上海の隅々にまで放った。

「僕の統べるこの街を。
 『上海』を。あまり見くびらないことだ」



 ワゴンの端末に表示された情報は一切の修辞を含まない機械的で簡潔なものだった。

『……確かにArと言ったんだな?』

「へ、へぇ。痕跡は全く終えませんでしたが……」

 深選は冷静に問うが、ネットの向こうのロングイヤーは、酷く狼狽した様子だった。

「介入コードはバベルの最上位IDから出されてます。
 あれの偽造はどんな電脳屋<ワイヤード>でも無理です。
 少なくともこの上海に、やれたヤツぁいねえ」

 その言葉には、若干の悔しさも混じる。
 その御簾の向こうを覗けばゴーストも残らず抹殺されるという噂のバベルの支配者だが、そのシステムをクラックするという、電脳屋の至上目的を諦めるほど、ロングイヤーとて臆病にも諦観的にもなりきれない。

『……教団の本拠は旧政府軍基地施設か』

 深選は情報を流し見ながら、唸った。予想されうる範疇であったが、向かうとすれば最後にしていた場所だ。
 上海北東部に隣接する、総面積55.sq.miに及ぶ旧政府軍基地施設。
 それは上海が企業に落ちる前、まだ国家が無軌道な戦争で人類と地球の命を削るのに必死だった頃の遺物。
 今の時代より合理的で、しかし決定的に金の臭いのしない時代の廃墟。
 不法居住者(スクワッター)さえ寄り付かない、上海の果て。

「Horizon End...」

 地平線の果て。
 その場所は、そう呼ばれていた。




「Horizon End……ねぇ」

 大仰な名前つけること、とイライザは小さく漏らす。

「上海北東、ケイト戦争の跡地。
 まさしく鬼門だな」

 さしもの企業も立ち寄らないらしいが、魔術師にとってもあそこは忌み地だった。
 戦時中の怨念と磁場改変が及ぼした霊障、魔障は依然強力に効果を発揮しており、かの地では魔術一つ使うにも『場を読む』必要がある。

「移動手段はこちらで用意いたします」

「いや、いいよ」

 アルの申し出をイライザは固辞した。
 まさかいきなり借りた車が爆発するとまでは思っていないが、バベルの回す車など電脳制御の最新式に決まっている。自分が運転するでないにせよ、いざとなればプログラムが運転に介入できるシステムというのは彼女にとって余りに空寒い。

「ちょっと如月のほうに用があるから、ついでに出してもらうわ」

 時間は乏しいが、敵地に攻め込むなら準備が必要だ。如何に魔法使いとはいえ、イライザもコウイチも限りなく丸腰である。
 探偵に至ってはコートの下に銃さえ持っていないように見えるが……。

「探偵さん、そのままでいいの?」

「ん?……んー……?」

 探偵は考え込んだ。あれでもない、これでもない、と5分ばかり。

「高周波ブレードでいいや」

 本当に必要なんだろうか?
 イライザの心中を察したように、アルが「それはこちらで用意します」と申し出た。


[No.146] 2011/04/30(Sat) 23:43:00
ダーク・ホライゾン・エンド (No.146への返信 / 5階層) - 雉鳴 舞子

「Horizon End……」
『意味は地平線の果て、だ』
「知ってるわよ、馬鹿にしないでよ」

 それは失敬、と深選は言うが、わざと言ったに違いない。
 旧政府軍基地施設、と言っていたのを聞いたけど、本当に、いよいよ物々しくなってきた。

「すぅ……はぁ」

 深く息を吸い込んで、深呼吸。
 小雪ちゃん達が電魎を倒して戻って来るまでの間に、少なくとも覚悟だけは決めておかなきゃいけない。
 死ぬ気は無い、勿論無い、当然だ。

 ただ、死ぬかもしれない。

 私は弱い、ハッキリ言って、この中で誰よりも弱い。
 深選が護ってくれると言ってくれた事を信じてる、それでも“死ぬ”可能性が一番高いのは、やっぱり私だろう。

 当然、銃弾が当れば死ぬ。
 刃物で切り裂かれても死ぬ。
 何かに潰されても死ぬ。
 首を絞められても死ぬ。

 その他色々、私が死に至る可能性に溢れる要素が満ちている場所に向かおうというのだ、緊張しないなんて無理、正直恐い、泣き叫んでしまいたいし、その場に蹲ってしまったら、二度と立ち上がれない気すらする。

「深選」
『何だ』

 それでも、私は負けない。
 ぎゃふんと言わない、「もう駄目だ!」と泣いて諦めたりなんかしない。
 だって、私より強いけど、私よりずっと小さな女の子があんなに一生懸命戦ってるのに、私が「もうヤダ!」なんて言える訳が無い。
 小雪ちゃん達の事を抜きにしたって、こっちはいい加減頭に来てるんだから、この騒動の元凶には絶対にその報いを与えてやらなければいけない。

「……えっと」
『どうした、言いたい事は言えるうちに言っておけ』

 つまり、そう、私は気合を入れなおしたのだ。
 気合を入れなおしたからには、こう、それを表明したいと思う訳で。

「……その、ぜ……」
『何だ、一体?』
「全部上手く行ったら……」
『ん?』
「全部上手く行ったらキスしてあげる!」
『ノーサンキューだ』

 深選は一切の間を挟まずに即答した。

『それより入手した情報を信じるなら、俺達以外にも教団を相手にしている連中が居るらしい、まずはそいつらと……聞いているか?』
「聞いてるわよ!!」

 勢い任せだったのは認める!、自分でも何言ってるんだ、映画の見すぎじゃないの?って(今は)思うけど!!。
 あぁもう、耳まで熱い!、この微妙な間をどうしてくれるのよ!!。

 ……小雪ちゃん達が近くに居なかった事だけが幸いである。






「あっしは聞いてるんですが……」
「ぎゃあああぁぁぁぁっ!?」


[No.147] 2011/04/30(Sat) 23:43:37
魔術少女の支度 (No.147への返信 / 6階層) - イライザ・F・霧積

 コウイチ、探偵とは時間と場所を決めて一旦別れた。
 それぞれがそれぞれの準備があるだろうし、逃げる猶予でもある。
 敵の本拠があるという上海北東部。私でも足を踏み入れた事の無いそこは、普通の神経を持っていれば入ろうとすら思わない。
 過去の大戦争の余波は、かつてバミューダの海底にも存在していた異空間を人為的に地上へと作り出した。
 そう。異空間だ。空気は澱み、生命は絶え、磁場は狂い、計器類は勿論の事、下手な者は魔術一つまともに行使できない自然の摂理から外れた地。
 行きたくないと言ったとて誰も責めはしないだろう。そういう場所だ。

 無論、私にはそんなつもりなどない。
 自身から飛び込んだ事態から逃げ出すほど臆病者でも無責任でも無い。
 しかし、あそこに乗り込むとなるとそれ相応の準備が必要である。だから、私は再び如月の本部に来ていた。

「イライザ様!今までどちらに……」

 本部に入ると同時に、いつものお目付け役が声を掛けてくる。この様子だと大分探したらしい。喫茶店の方はちゃんと処理をしてくれたのだろうか。

「足を用意して」

「は?」

「メルセデスでもワーゲンでもいいから。電脳制御のされてない、駆動系に魔術も使ってない旧世代の車両を一つ。」

「そ、そのようなものを何に……」

「後で私の家に回してくれればいいから。ヨロシク」

 言うだけ言って私はその場を後にする。足の確保は出来た。後は……


〜〜〜

「お父様」

 言いながら無機質な部屋に足を踏み入れる。
 今日は一段と息苦しい。疲労がたまっているせいか。無理もない話だと思う。

「……イライザか」

「『フランチェスカ』は今日を最後に帰ってこないかもしれません。それをお伝えしに」

「……そうか」

 父様はいつものように迎える。それでいい。何があっても変わらない父様であってほしいと思う。

「その場合は、手筈通りに」

「判っているよ」

 『如月の後継者』がいなくなったとなれば少なくとも如月自体にとっては大事である。最悪の場合、組織が分裂する可能性だってあり得る。
 だから、そうならない為にも処置を取らなければならない。
 例えば死亡を隠匿する。組織を改編する。あるいは……『代り』を用意する。
 父様がどういう措置を取るつもりかは判らない。けれど、その為の準備は常にしていただろう。
 だからこそ、私が勝手な行動を取るのも黙認されてきたのだろうし。

「……今日は、それだけです。行って参ります」

「イライザ」

「はい」

 踵を返して部屋を退出しようとした私を父様が呼び止める。珍しい事だ。

「『私の』後継者はお前だけだ。
それは覚えておきなさい」

「……はい」

 父様の言葉を胸に刻んで、私は部屋を出た。


〜〜〜

 家に帰った私は必要なものを揃えた。
 符や杖などの各種術具は勿論の事、ローブも丈夫なものを引っ張りだしてくる。
 かの地に入った事は無いが、文献資料を見る限りだと何の補助もなしに正常に魔術が行使できる環境だとは考えない方がいいだろう。
 私自身で用意できる術具は粗方手元にある。後は自身の腕で何とかするしかない。

「……一応これも持ってくか」

 透明な液体の入った試験管型の容器もローブのポケットにつっこむ。
 大分前に自身で調合した薬品だが、未だ使用した事は無い。
 成分としてはかつては幻覚剤などに使われた麻薬に近いが、要はドーピング剤の一種で飲めば例え消耗した状態からでも安定して高い魔力を発揮できるようになる……はずであるが、使用した素材から考えて副作用や反動が酷い事になりそうなので使ってなかったのだ。
 そもそもが身体を酷使する薬ではあるので使わないに越したことは無いのだが。持っていって損は無いだろう。

「さて……」

 時計を見る。もうそろそろ時間である。
 ローブの前をしっかりと止め、杖を抱えて部屋を出る。

「幕引きのお仕事といきましょうか」


[No.148] 2011/04/30(Sat) 23:44:29
Rock you!5 (No.148への返信 / 7階層) - コウイチ・シマ

 助手席に入ってきたイライザは、少しだけ意外な顔で俺を見た。
 驚いたのは、指定の時間より早く出向いてきたことか。
 それとも、逃げずにやってきたこと自体か?

「来たんだ」

「運転手がいなきゃ始まらんだろ?」

 無免許運転如きでしょっぴかれる心配は少ないが、それ以前にこの魔女はハンドルも握ったことが無さそうだ。
 イライザは息を一つ吐いて、助手席のゆったりしたシートに身を沈めた。

「……ごめん」

「あん?」

 聞きなれない台詞を聞いて、俺はイライザを見た。
 言葉面ほど申し訳なさそうな顔はしていないかったが、それでも言っておかねばならないと思ったのだろう。『理屈』で。
 イライザはもう一度言った。

「ごめん。付き合わせて」

 俺は鼻を鳴らした。
 
「俺が勝手に噛んだだけだろ」

「『付き合ってやる』って言ったでしょ。一番最初に」

 自分が話持ってこなければ、知らずに済んだ。怒りに身を焦がすこともなく、ともすれば死地に赴かずに済んだ。
 イライザの考える『理屈』はそうだ。

「ビビってんのか?」

 イライザはそれを認めるのに数瞬を要したが、やがて認めた。

「当然でしょ」

 突然の心配は、つまりそういうことだ。
 お互い腕に覚えがある。だから軽い気持ちで火遊びに誘う。

「でも、今回は遊びじゃ済まない」

 社会の闇の奥底、陰(シャドウ)では、金と命だけがビズを回す。だというのに、俺は。俺だけはついぞ、金を受け取らないままここに来てしまった。
 それが収まり悪いのだ、この『理屈屋』は。

「『フラニー』。
 親愛なるフラニー。
 お前が、どう思ってるかは知らないが」

 この魔女が俺の前で最初に名乗った偽名。
 あれは、何年前のことだったか。俺もこいつも、ほんのガキの頃だったはずだ。

「俺は一緒に鉄火場を歩くぐらいの誼は感じてるんだ、お前に」

 ウマもソリも合わないくせに、今日の今日まで火遊び続けた仲なんだ。
 スペシャルじゃあないが、ライトな仲とは思いたくない。

「だから水臭いこと言わずに黙って連れてけよ、ダチ公」

 ウェットが陰を駆け抜けるのに、『感情』で足りないなら『友情』で充分。
 イライザは困った顔をした。――よく心配になるのだが、こいつ友達いるんだろうか?

「いつか俺が死んだら、『我が友ここに眠る』とでも彫っといてくれ」

 友情なんて、それで済むもんさ。
 そう言って話を打ち切ると、俺はシートを倒して身を預けた。

 約束の時間まではまだある。探偵は、まだ来ない。


[No.149] 2011/04/30(Sat) 23:45:20
下拵え (No.149への返信 / 8階層) - 三草・ガーデルネア

 イライザ嬢とシマといったん別れた俺は事務所に戻ってきていた。
 Horizon Endか、話には聞いたことがある、なんでも『臭う』らしい。
 用がなきゃ行きたくはないところだな。
 もちろん、逃げるという選択肢はない、探偵だからだ。
 怒りに燃えるシマや依頼人のイライザ嬢も逃げはしないだろう、イライザ嬢来なかったら帰るぞ。
 ノリでそのまま付き合うかもしれないが。
 アルは裏方に回るのだろうか、次に会うときはあの世かも知れんな。
 
 
 ちなみに準備の方はすでに終わっている、正確には準備の必要がない。
 電子キーには通用しない万能鍵やら応急処置の道具やら必要なものは日頃から常にコートに忍ばせてある。
 その時々で必要なものはやはり変わるわけである程度で良いだろう。
 
 しかし、武器は特に持ってはいなかった。
 銃の類もピンと来ないため普段は使っていない。
 まあ、必要なら撃つが、素手より威力、精度ともに劣る、あれなら『キ』でも飛ばした方がマシだな。

「高周波なぁ……」

 高周波ブレードを掲げてみる。
 ほぼジョークで言ったらアルがくれた、さすがバベル仕事が早いぜ。
 帰ったら届いてたことには少々驚きだが。
 見た目には普通の剣だが、スイッチを…これか? 押す、と
 ほら、机が切れ……やっちまった。
 
 結局、俺の準備の時間の大部分は机の修理にあてがわれた事になる。
 
 やれやれ、馬鹿やったな。
 くっ付けた机で不味すぎるコーヒーを飲み、新聞を読みながら一人笑う。
 まぁ、遺書を書いてもしょうがないわけで、こんなものだ。

「いつも通りの依頼、それだけさ」

 さぁ、時間だ、新聞をゴミ箱に投げ捨てる、今出れば約束の時間まで丁度。
 俺はコートと帽子をひっつかみ街へと繰り出した。


[No.150] 2011/04/30(Sat) 23:46:05
Return failed 13 (No.150への返信 / 9階層) - 深選

 俺とて真面目に武術を学んだわけではないが、コユキ……いや、今はキュアスノーだったか……のパンチは、およそ体系だてた発想を感じない、出鱈目な動きだった。

「天罰覿面ッ!」

 得体の知れない変身で強化されていることもそうだが、運動神経自体はいいらしい。その出鱈目な身体能力で出鱈目に身体を振り回すと。

「八面六臂ッ!」

 さながら暴力の暴風と化す。

「スノー・全力全開ッ!
 パァァァンチッ!!!」

 なぎ払った拳が四方を取り囲む電魎を纏めて吹き飛ばし、それが落着する頃には動きも唸りもしない、ただの鉄屑へと変貌していた。

『お見事』

 応賛辞を送っておき、両手の銃から排莢する。
 俺と例の武装集団で機体を粉々にして数機は沈黙させたが、8割方はキュアセイヴァーズの手柄だ。
 当の武装集団は周囲の警戒も忘れて、唖然とした様子でコユキとミヤコを見ていた。『鍛冶屋にパンは焼けない』という言葉を骨身に染みるには少し若すぎると見える。

『取引の件だが』

「はい」

 俺が話しかけると、例の交渉役の少女は淀みなく応えた。肝が据わってるのか、頓着しない性格なのはかよく解らない。

『本拠がHolizon Endなのは別口から聞いた。
 もう少し詳しく解るか?』

「衛星の取得情報をこちらのソフトでフィルタリングすれば、教祖の位置は詳細に捕捉できます」

『グッド。取引に乗ろう。
 ドク?』

 俺はそれだけ言うと、ワゴンの端末からドクを呼び出す。

「聞いてたよ、好きにしな」

 俺はポートコムで診療所の場所を少女のそれに転送する。

『あとはそこにいる医者と取引しろ。まぁ、処分するだけなら否やとは言うまい』

「…………」

 少女は暫し俺を値踏みするように見ていたが、やがて小さく礼をして踵を返した。
 例の首魁は最後までこちらに剣呑な視線を向けていたが、まぁ気にしないでおく。

「大丈夫なんですかい、旦那。
 あんな物騒な連中こっちに寄越して」

『いざとなったらバベルを呼びつけてやれ。連中は上海企業連と関わりたくないらしいからな』

 心配そうに言うロングイヤーにそう残すと、俺は空を見た。
 澱んではいるが、衛星の映像が遮られるほどではない。いつもの天気だ。

『行くぞロングイヤー。
 空から見張れ』

 弾薬は充分。鬼札は白黒2枚。

『これから、王手をかける』


[No.151] 2011/04/30(Sat) 23:47:19
その覚悟は・3 (No.151への返信 / 10階層) - 上山小雪

 「スノー・大回転ボンバー!!」

 キュアスノーこと上山小雪が今まで以上の気迫と破壊力でもって電魎を倒しているのは、これが『デモンストレーション』だからではない。
 むしろこれが何故『デモンストレーション』なのか良くわからなかったが、難しいことを考えるのは相方のキュアエレクトロに任せることにした。
 では何故か。

 《おおおおおおおん……!》

 「エレクトロ……この電魎たちって」

 キュアセイヴァーズたちには、電魎に封じ込められた怨霊の声が聞こえていた。
 終わりの無い怨嗟の声はそれだけで正気を殺がれそうなものだったが、それ以上にその叫びの内容が、スノーの心に突き刺さっていた。


 あの子を返して
 子供だけは助けて
 私の赤ちゃん
 私はどうなってもいいからこの子だけは


 「……。はい。子供と引き離された、親の怨念です。」

 怒りや恨みが強い力へとなるならば。
 我が血肉を分けたかけがえの無い子供を手にかけられた人間のそれは、どれほどのものか。

 「……救うことは、できないんだよね」

 強く拳を握るスノーに、エレクトロは無情に首を振る。

 「彼らにもしも救いがあるのならば、私たちが倒して……浄化してあげるしかありません。……スノー」

 あまりにも残酷な敵の手口に、また相棒の意思が揺らぐのではないかと心配するエレクトロ。
 しかし、スノーの言葉には強い意志が宿っていた。

 「大丈夫。悲しんだりしない。落ち込んだりしない。」

 吃と正面を見据えると大地を蹴る。
 目にも留まらぬ速さで前方にいた電魎達が吹き飛ばされる。

 「今はただ、爆発しそうな怒りを全部ぶつけてやる!」

 スノーの急激な動きについていけず、頬から振り落とされた涙がゆっくりと地面に落ちた。


 エレクトロは冷静に考える。せっかく高まったスノーのモチベーションを利用しない手は無い。

 エレクトロは冷静に考える。スノーの言うとおりこの怒りをぶつけない手は、無い!


 「スノー、一気に片付けますよ。」

 「おう!」

 とん、とスノーがエレクトロの隣に飛び退り、エレクトロが何かを掲げるように手を天へと向ける。

 「エレクトロ・マキシマム・ドライブ! ブリリアントスフィア!」

 エレクトロの身体がバチバチと帯電し、その諸手に高度に圧縮された電子球が出現する。――そう、まるで虹色のサッカーボールのような。

 「ピーチ、ウェポンシフト・ストライカーシューズ!」

 「気張るっピー!!」

 スノーの起動音声に反応し、ピーチの身体が変容する。スノーの脚部の追加装甲。
 サッカーシューズにも似たそれの履き心地を確かめるように数度地面を蹴ると、


 「スノー・イナズマ・トルネード・ドライブ・シュートオオオオオオオ!!!」

 オーバーヘッドの要領でありったけの力を込めて電子球を蹴りつける。

 ヴァイタルバーストの力を受け、ボールはまばゆいばかりの輝きを放ちながら高速で撃ち出される。

 《おおおおおおおおおんんんん!!!???》


1体、2体、巻き込まれて3体、ありえない角度でカーブを描いてもう1体……ボールに貫かれた電魎たちは文字通り空っぽになった胸をさらしながら崩れ落ちる。

 砂埃が晴れた後、残ったのはおびただしいドロイドの残骸と、変身を解いた二人の少女。


 「……京。私、絶対に止めてみせるよ」

 「……。はい、私も同じ気持ちです。」


 こつん。
 二人、拳に決意を込めて打合せる。


[No.152] 2011/04/30(Sat) 23:48:54
魔術少女の独白 (No.152への返信 / 11階層) - イライザ・F・霧積

 景色が流れる。
 電脳化された高層ビルが立ち並ぶ中央区を抜け、環境保護の名の下にありとあらゆる植物が集められた自然区を抜け、時代遅れの愛すべき燃料車は上海郊外へと向かっていた。

 ――結局。集まってしまった。
 探偵は時間丁度に現れた。比喩ではなく、一秒の狂いもなく。
 契約は出来高払いだから、逃げたところで何の問題も無いのだが来てしまった。
 
 この場に居る人間は、要は私が巻き込んだのだ。自惚れているわけではない。
 コウイチは私が話を振った。探偵は私を探したが為に巻き込まれた。
 私というファクターが介在したが為に知らずに済んだ事件に関わり、ここまで来てしまった。
 
 探偵にも先に謝った。
 契約したとはいえ、まさかあんな場所に乗り込むほどになるとは思っていなかったから。想定外の事態が発生した場合の謝罪は道理だ。
 そう言うと探偵は「報酬ははずんでくれよ」とだけ言った。常態を崩さないその余裕は改めて凄いと思う。

 コウイチは、ああ、彼らしい、と思うような事を言っていた。
 誼だとか友情だとか。
 それ自体は理解できない話じゃない。私だって感情の一つや二つはあるし、それが不要だとは思わない。
 ただし。それは物事のものさしに使っていいものじゃない。不確定すぎる拠所だからだ。
 ……昔からそうだった。計量できない感情論を振り回し、理屈にならない理屈で行動する。およそ年上だとは思えない。
 必要が無いからもう覚えてはいないが、初めて会った時もきっとそうだったのだろう。

 それを微笑ましいだとかそういうのも良いかもなどとは思っていない。道理を知れ、とは常々感じている。
 ただ、どう生きるかは本人の自由意思だ。だから強制するようなことはしない。それだけだ。

 今回は黙って連れて行けと言われたから連れていく。
 どんな理由であれ行きたいのであれば止める由は無い。
 しかし、巻き込んだのは私の責任だ。だから。いざという時にその責任は果たさなければならない。

 コウイチの「もうすぐ着くぜ」という言葉と共に顔を上げる。
 私は懐の試験管の存在を確認しつつ、迫りくる施設群を前にして決意を固める。

 何があろうとも生きて、返すと。


[No.153] 2011/04/30(Sat) 23:49:41
Horizon End2 (No.153への返信 / 12階層) - 深選/コウイチ

/Return failed

 遮蔽を出る直前に足を止めると、ほんの数cm先の地面が音も無く抉れた。
 数瞬後、耳を聾するような破裂音。
 ……狙撃手か。

「南側の鉄塔、数1人。装備はスイーパー7」

『面倒だ、娘どもを下がらせろ』

 ロングイヤーに指示してブルベアーを鉄塔の根元に撃ち込み粉砕。金属音に紛れて上がった悲鳴の元に向けて9mm弾を叩き込み黙らせる。

「正面、MBTが3」

『全く、いよいよ戦争じみてきたな』

 スマートリンクをルシファーズハンマーに調整。生身の射手ならしちめんどくさい設置作業を要するバケモノ銃だが、強化筋肉をちょいと働かせれば適当に振り回してトリガーを引けばそれでコト足りる。
 轟音。爆裂。
 200mほど先から接近していた濃緑の鉄塊は、間に挟んだ塀一枚ごと鉄屑に変わり果てた。
 さらに隠す気もない、大勢の足音が接近する。カモ撃ちにしてやってもいいが、せっかく押っ取り刀で駆けつけてきたのだ、派手に出迎えてやろう。

『まとめてくたばれ』

 肩に担いだフラットラインから吐き出されたミサイルが2階の渡り廊下に突き刺さり、中を行軍していた信徒の集団諸共爆裂四散させる。

「派手でやすねぇ」

『此処ならどこからも文句は出ないからな。
 ……粗方片付いたか?』

「そうらしいです。車を前進させますぜ」

『頼む』

 ブルベアーの銃身を折って次弾装填。残り7発。ミサイルも似たようなもの。
 どうせ電魎が出ればキュアセイヴァーズの仕事になる。となれば、俺の出番がある内に撃ちつくすつもりでいたほうがいい。出し惜しみはなしだ。

『ターゲットは?』

「依然動き無し……地図からすると、ミサイルサイロの奥らしいです」

 悪党の根城と言えば上か下と決まっている。司令部はケイト戦争で吹っ飛んでいるから、セオリー通りといえばセオリー通りか。

『今のところ順調だが……』

 車はロングイヤーの電脳からの制御に任せている。護りながら戦うには向かない車両なので、こうして俺が前方を徹底的に平らげてからのろのろと着いてきてもらっているわけだが。

『キュアセイヴァーズに伝えろ。
 そろそろ次が来る』

 戦車が出てきたということは、そろそろ格納庫区画。
 ……あのバケモノが出てくるには、お誂え向きだ。


/Rock you!

 正面からいけば巨大な電魎に取り囲まれて往生するのは目に見えているため、俺たちは排水システムを逆に辿って中から基地区画に潜入した。

「……また電子ロックか」

 舌打ちする俺たちの前に、漏水で水垢に汚れた鉄の扉が立ちはだかる。
 旧政府軍が放棄して早5年。
 この年月は、基地のセキュリティを意外にも強固なものにしていた。
 現行の政府軍システムからすれば既に一世代遅れだし、既に廃墟になったこの場所はネットにも接続されていないスタンドアロン。さしものクラッカーも手が出せない。
 というわけで、俺たちは電子扉一つ一つを破壊するなりして通らなければければならなくなったわけだが……。

「それじゃ、ブチ破るよ」

「待ちな」
 
 イライザが壁を破壊しようとした先に、探偵が進み出た。

「潜入ってのはもっとスマートにやるもんさ」

 探偵がテンキーに手馴れた手つきで暗証番号を打ち込むと、果たして扉はあっさり開いた。

「アンタ、その番号どこで……」

「昔、ちょっとな」

 いつもの調子で帽子をくいと上げる。
 ……ひょっとして元政府軍かなんかだったのか?このおっさん。
 探偵はそのまま部屋の入り口までは先導し、そして……。
 俺たちに、道を譲った。

「アンタたちの客らしい」

 視線の先にいたのは、女だった。
 否、男だったかもしれない。格好と身体的特徴は女のそれだが、どことなく面影に男のそれを見た。
 ともあれ、人間ではない。四肢の金属フレームはぐにゃりと捻れ、中からはメカニックが露出している。立っていることも一苦労な有様だ。
 頭部は治療したのかもともとそういうデザインなのか、人間二人分ほどの大きさがある。

「教団の手下か……?」

「如何……にも」

 ごぼり、ごぼりと冷却液を吐きながら、女が笑う。

「此処から先は……通行止め。
 ねぇ、お姉様」

「そう……ですとも、お兄様」

 一人問答をして、倒れそうになった四肢を億劫そうに持ち上げる。
 単なるサイコなサイボーグ……では、ない。
 女の四肢が、アジトで出会ったガイノイドと同じように膨れ上がった。人間を蹴散らすのに充分な膂力を備え、かつ限定空間内でも問題なく運動できる大きさ――あのガイノイドと同じ、3m前後まで。
 人並みにお喋りだが、こいつら……。

「電魎か!?」

「「我らは汝を抹消する
  (Deleeeeeeeete.) 」」


[No.154] 2011/04/30(Sat) 23:50:23
イントルーダーズ2 (No.154への返信 / 13階層) - 黒須恭太郎

 挨拶代わりというわけではないだろうが、デェリートがどこか緩慢とした動きで肥大化した腕を振り降ろすと、耳障りな轟音が響き地面が抉れる。
 3人は瞬時に飛びのく。

 「ここまで指向性を持たせられるモノなのか!?」

 「さあね。けど、どんなモノか分からなくても目の前のこいつは現実よ!」

 「しかし、ここで時間をとられると増援呼ばれてジリ貧だぞ」


 互いの間に緊張が走る。と、一向が進入した方向から――



 ―――ブォォオオオオン―



 ―ガキィィィィィィン!!


 突如大型のレーサーバイクが現れ、躊躇なくデェリートに突っ込む。
 甲高い金属音と火花があたりを彩り、デェリートの身体が大きく後退する。

 激突の瞬間、ライダーはその手を離し、一瞬早く着地している。

 「お兄様、また、新たな侵入者、のよう、です。」

 「その、ようです、問題は、ありません、排除する、まで、です、お姉様」

 ライダーはそのままデェリートとの間合いを詰め、コウイチたちとデェリートとの間に立ちはだかる。
 その姿はスマートなパワードスーツに包まれており、顔も見えない。

 「何者なの!?」

 「イライザ・F・霧積、か。先日の電魎騒ぎに噛んでたのはあんただろう。あんたが共闘した二人のうちの、黒い方の『兄』だ」

 パワードスーツの男――黒須恭太郎が答える。

 「兄? 随分唐突だけど、このタイミングでこの行為ってことは、加勢してくれると見ていいのかしら」

 イライザは符を構えながら更に問う。ミヤコと名乗った少女は随分と淡々と大人びた雰囲気を持っていたが、なるほど、どこか似た空気を纏っているかもしれない。

 「あぁ、あんた達じゃこのレベルの電魎の相手は厳しいだろう」

 「いきなりやってきて随分と言ってくれるじゃないか、マスクドライダー。子守を頼んだ覚えは無えぜ」

 「コウイチ=シマ、か。適材適所だと言ってるんだシャーマン。――こいつの相手は俺がやるから、あんた達は進め」

 言うが早いか、デェリートの懐に潜り込み、痛烈な蹴りを放つ。

 「俺にかまわず先に行けってかい。おいおい格好良いな」

 「お蔭様で一人でも電魎に対抗できそうなんでね。先に行って『妹』達を助けてもらいたい」

 息をつかせぬ連続攻撃。その一瞬の間を突いたデェリートの攻撃が、恭太郎の身体を3人がいる方向へ吹き飛ばす。

 「自分で助けに行ってはやらねえのかい」

 「……家庭環境が複雑でね。どんな顔して会えばいいかわからん」

 パワードスーツに身を包んで、顔も何も無いだろう。その言い回しに思わずイライザは笑みを浮かべる。

 「まぁいいわ、乗ってあげる。異論は?」

 コウイチも三草も首を振る。実際問題、ここで消耗してはとても教団を潰すどころではない。

 「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらう!」

 3人は出口に向って走り出し、それを守るように恭太郎が構える。

 「――もしあいつに会えたら、無理はするなと伝えてくれ」

 呟く恭太郎に、イライザは、

 「自分で伝えなさい。って言いたいところだけどね、忘れなければ言ってあげる」

 そして三人の姿は消え、異形の電魎と恭太郎だけが残された。


 「不覚です、逃してしまいました、お姉様。」
 「不覚です、すぐに追いましょう、お兄様。」

 「でも」
 「でも」

 「こいつは八つ裂きにしましょう、お姉様。」
 「こいつは八つ裂きにしましょう、お兄様。」


 デェリートの四肢が蠢き更に膨れ上がる。異形という言葉だけでは足りぬ異形。
 それに対峙するには、人間一人は余りにも頼りなく映る。

 「……と言って、あっさりやられる訳にもいかんしな。あいつに貰ったデバイスの試運転にもちょうどいい」

 右腕に生体オーラ、左手に電磁光を漲らせ、仁王に立つ。



 「こいよ、化物」


[No.155] 2011/04/30(Sat) 23:50:57
Horizon End3 (No.155への返信 / 14階層) - アズミ

 誘いこまれたのだ、と深選が気づいた時には、ミサイルサイロ脇まで辿り着いた後だった。

『前狼後虎というわけか……』

 後方10mには、地下200mまで続く巨大な竪穴。前方を十重二十重に取り囲むのは、兵器を元にしたと思しき電魎の群れ。
 弾薬もキュアセイヴァーズの体力もまだ余裕があるが、さりとて全て平らげるまでは保ちそうもないし、マイコの乗った車を護りきることも恐らくできないだろう。
 前か後ろか。まだ目があるとすれば――。

(……ミサイルサイロか)

 サイボーグである深選なら途中の作業口を飛び移りながら移動することは恐らく可能だ。キュアセイヴァーズの身体能力でもそう無理はあるまい。
 問題はマイコを抱えながらそれが可能かということと、竪穴内で迎撃を受けないか、という問題だ。
 作業口に射手が潜むことは恐らく可能だし、標的は中心の穴を落ちてくるだけなのに対し射手は四方八方に配置できるため、迎撃は極めて容易な地形である。おまけにロングイヤーの衛星画像による索敵も利かない。
 かなり分の悪い賭けになると深選は踏んだ。

「おじさん、そっち!」

 キュアスノーの声が深選の思考を中断する。前方から迫る配電ケーブルの鞭。
 ブルベアーで迎撃しようとするが――。

「お困りの様子だね?」

 飛来した瓦礫がケーブルを寸断すると、電魎たちが一斉に同士討ちを始めた。
 視線をめぐらせれば、排水口の入り口に、3人の人影。
 深選は知らない顔だったが、キュアスノーとキュアエレクトロが驚きの表情で迎える。

「イライザ・フランセス……!」

「まぁ、どこかで噛んでると思ったけど。
 まだ元気そうで何より」

 如月の魔女は、不敵に笑った。





『バベルの雇われか』

「立場的にはね。そっちは?」

 イライザに言われて、深選は一行の面々を見回す。

『説明が難しいが、まぁ味方だと思って問題ない』

 説明になっていないが、とりあえずイライザは納得したらしく、懐から3枚の符を取り出した。

「ボスは下なんでしょ?これ」

『なんだ?』

「下までの直行便」

 200m地下とはいえ、見えている目標へならば瞬間移動もそう難しくはない。
 問題は、予備がない。当初の人数である三枚が限度ということだ。

「私達は残ります」

 キュアエレクトロが電魎を睨んだまま、まず申し出た。キュアスノーも異論は出さない。

「私たちの使命は、あの人たちを救うことだから」

 コウイチの幻術で足止めしているものの、最終的に電魎を倒すには……その中身を救うには、キュアセイヴァーズの力が不可欠だ。
 そして、それをこそ目的にして、彼女らはここまで来た。
 深選は頷くと、マイコを車から出す。

『マイコ、お前は下に行け』

「え、なんで……?」

『どっちもどっちだが、下が一番安全だ。何かあったらロングイヤーに指示を受けろ』

 言って自分のポートコムを渡す。基地の端末がハックできない今、ロングイヤーがこの場に持ち込める唯一の目であり耳であり頭脳であり、口だ。

『俺は途中の雑魚を蹴散らしてから行く。すぐに追いつくから安心しろ』

「……わかった」

「じゃあ、俺もそっちだ」

 探偵がいつもの調子で帽子の縁を掴む。

「探偵は足で稼ぐものだからな」

『……この場合に使う言葉ではないと思うが、まぁ……了解した』

 性格はともかく、一先ず腕が立つことは見ただけで解った。
 生身の強者は、強さの意味が如実に表に出る。

「イライザ、そろそろ限界だ!」

 幻術の維持には集中を要する。
 後じさりで戻ってくるコウイチの背に、イライザは符を貼り付けた。

「決まりだね、行くよ」

 続けてマイコの背、自分の胸に。
 意識を集中。完成済の術の起動は、刹那で済む。

 次の瞬間、マイコの身体は物理と空間のくびきを外れて、サイロの底へ飛んだ。




「……ここまで一息に辿ぉり着いたか……」

 マイコの精神がサイロの底に佇む自分の身体に追いついたのは、その深く沈んだ声が切欠だった。

「さも……あらん。
 天敵とは古来そうしたものよなぁ……」

 視界が暗い。
 四方は金属壁。地面は鉄板だが、薄いのか踏んだ心地がどうも頼りない。サイロ内に突き出したデッキ上の場所だと、なんとなく察した。ということは。目の前に鎮座する巨大な円柱は、ミサイル、か?

「……アンタ」

 湿気は無いが、酷く寒気がした。
 それは一日中陽光が当たらぬ場所故か……それとも、目の前に立つ男の、異様な気配故か。

「あ、アンタが……」

 教祖。
 自分を狙う教団のボス。
 上海を滅ぼそうとする狂人。

「いかぁぁぁにもッ!
 逢いたかったぞ、我が宿敵ナァァァノ・ブレイカァァァよぉ!」

 マイコは、すぐ上の非常口から聞こえる、イライザとコウイチの声が酷く遠くに感じた。


[No.156] 2011/04/30(Sat) 23:52:03
魔術少女の決闘 (No.156への返信 / 15階層) - イライザ・F・霧積

 なるほどあれが教祖か。とそう思った。
 いかにもな狂人。見たまま、いやそこから放たれる気配が既に常軌を逸している。
 この場に跳ばせたのは三人。コウイチと私はともかくとして、もう一人の……マイコと言ったか、彼女がどれだけの戦力になるかは未知数である……が、戦闘慣れしているようには見えない。
 それにも関らず、あの手練らしき男がこの女を下に来させたのには何かしら理由があるのだろう。
 
「お話はそこまでよ」

 いずれにせよ様子見をしたところで無駄であると判断し、マイコと教祖の間に立つように降り立つ。
 狂人と話す言葉など持ってはいない。問答無用で消し飛ばすのが道理である。
 
「宿敵との邂逅をぉ、邪魔するんじゃあなぁぁぁいッ!」

 私の姿を確認するや否や真直ぐに突っ込んでくる狂人に対して杖を構える。
 符は使いきった。ローブもここに来るまでに破損が激しくもはやただの上着としてしか機能していない。
 残った術具はこの杖だけ。短期決戦で決めなければ身体がもたない……いや。

「吹き飛べ」

「ぬぅぅぅ?!」

 私の言葉と共に、教祖の腕の一部分が、まるで別の物体であるかのように剥離し始める。
 教祖は人間ではないかもしれないというような話は聞いていた。予感もあった。人間ではなく、一つ一つ異なるパーツで構成されている物体ならば、引き剥がせない道理は無い。

「……っ?!」

 だが。これはあまりにも『多い』
 個々の結びつきは人の細胞には及ばないものの、数が多い。干渉する対象が多ければ多いほどそれだけの能力が必要だ。普段ならまだしも、消耗した上に術具も少なく、おまけにこんな魔所で相手取るには厳しい。

「そぉの程度かぁぁぁ!!」

 術の干渉を受けていないもう片方の腕を、チェーンソーのようなものに変形させつつ狂人が雄叫びを上げたかと思うと、そのまま勢いに任せて突っ込んでくる。
 
 ――マズイな。
 術の集中を解いて跳ぼうにも間合いが近すぎる。仮にかわせたとしても今度は後ろのマイコが危ない――
 となればどうにか受け止めるしか……

「ぐぅぅ?!」
 
 私が逡巡している一瞬の間に、狂人は『腹に強烈な打撃を受けた』ような格好で後方へと飛んだ。
 
「ナノマシンってやつらしいな」

「コウイチ」

 後ろを振り向けば、手を合わせた姿勢でいつものシャーマンが立っていた。
 忘れていたわけではない、が。可能ならば手を煩わせずに終わらせたいとも思って、敢えて思考の外に置いていた。
 今更ではあるが、今更だからこそである。一番危険なのはボス戦だと相場は決まっている。

「水臭い事言うなって言っただろ」

「……ゴメン」

 結局、こうなるのか。それが私とコウイチの間での道理なのかもしれない。

「おのれぇぇぇ!!」

 狂人が唸るのを聞いて思考を戻す。
 今のコウイチの術が聞いている節はある。時間をかければ倒す事も出来るかもしれない。
 ただ、確実なのは……

「マイコ!って言ったっけ?」

 狂人に目を合わせながら後ろにいるはずの少女に叫ぶ。
 先の男は誰かから指示を受けろと彼女に言っていた。つまり何かしら策があってここに来たはずだ。それに期待しても良いのではないだろうか。

「時間は稼いであげるから、何か出来る事があるんならさっさとしなさい!協力してほしい事があったら言いなさい!いつまでもつかは判んないわよ!」

 言いつつ私はローブのポケットに手を突っ込み、中の試験管を取りだし、中身を一気に飲み干す。
 液体が体内に入ると同時に、少し頭がふらつく感じがしたが、大丈夫。戦うに支障は無い。後は身体がもってくれるよう祈るだけだ。

「さあ仕切り直しよ。魔女の本気、見せてあげるわ!」


[No.157] 2011/04/30(Sat) 23:52:50
その覚悟は・4 (No.157への返信 / 16階層) - 上山小雪

 『すぐに追いつくと言ってみたは良いが……』

 深選は着地と同時にバシャっと排莢し、瞬時に弾を込める。
 一瞬送れて探偵が降り立つ頃には、すでに銃撃を開始している。

 被弾してのけぞった電魎に、間合いを詰めた三草が掌底を叩き込む。十分に『キ』の乗った一撃が電魎を吹き飛ばす。

 「安請け合いしちまった、かい?」

 帽子を押さえつつ、体を流してもう1体吹き飛ばす。
 口調は軽いが、顔は笑ってはいない。

 『約束を違える気も、こんなところで死ぬ気も無いがな』

 とはいえ、如何せん数が多すぎる。竪穴を飛び降りながらショートカットするという荒業を使いながら降りてきた二人だが、降りるたびに蠢く電魎の数が増えている。

 「俺の報酬出来高払いなんだけど、こういう場合は何をすれば給料あがると思う?」

 『とりあえず、これを突破するだけでも評価に値する――!?』

 深選の言葉が中断される。二人が行ったように、上階にいた電魎が飛び降りて来て背後から襲い掛かってきたのだ。

 (しかも重量級――避け切れん)

 高速で差し迫る巨大な鉄塊に、深選は一瞬で死を覚悟する。




 「……人の行く道邪魔する奴は」


 電魎の後ろから声が聞こえたのは、その時だ。

 「私に蹴られて地獄の超特急!!」

 ガイィン!

 《おおおおおおん!?》

 突如背後から襲った衝撃に、電魎は深選に一撃を与えることなく吹き飛ばされる。その後には白黒の鬼札2枚がふわりと降り立つ。


 「ふわりと舞い遊ぶひとひらの雪、キュアスノー!」

 「電子の海を渡る羽根、キュアエレクトロ!」

 びしっとポーズを決める二人。様式美とでもいうのだろうか。
 凛と強い意志を覘かせる、見ているだけでどこか希望を抱かせるその姿は、まさしく『癒し救うもの(キュアセイヴァーズ)』と言ったところか。


 「スノー・デンゲキ・サイクロン・ドライブ・シュートオオオオオオオ!!!」

 エレクトロが作り出したエネルギーボールをスノーが蹴りだせば、周囲の電魎達が一気に浄化され無力化される。

 「おじさんたち、早く舞子さんのところに行ってあげて! ……多分、そうしなきゃいけない。そんな気がする」

 「露払いは私達に任せてください。」

 言うが早いか、二人は絶妙なコンビネーションで電魎達を蹴散らしていく。

 『……すまん』
 「家に帰るまでが依頼だからな、無理はするなよ嬢ちゃん達」

 深選は三草に目配せすると、二人は更に深部へと飛び降りる。

 「あやまんなくていいから、皆で帰ってきてね!」

 その声が聞こえたかどうか。残されたキュアセイヴァーズの周りには、倒しきれず放置した上階の電魎も集まり始めていて、今にも押しつぶされてしまいそうだ。

 「いろんな人が出てきて、イライザさんとまでまた会えて……
なんだかクライマックス!って感じだね……!」

 「彼我戦力比は言わずもがな。絶体絶命です。」


 「だけど」
 「しかし」

 背中合わせの二人は微笑む








 「京となら
          負ける気がしない!!』
 「小雪となら







 無数の異形の波に、白と黒の閃光が疾走った


[No.158] 2011/04/30(Sat) 23:53:19
ジ・スターリー・レフト (No.158への返信 / 17階層) - ナノブレイカー

  The Starry Rift.

  ジェームズ・ディプトリー・Jr.著
  邦題「たった一つの冴えたやり方」より抜粋。



 目前の3人、すなわちイライザ、コウイチ、教祖グレーシスの3名、三者三様の言葉に、舞子は困惑した。

「何かって……」

 舞子は困惑していたが、“舞子であり、舞子では無い者”はやるべき事は全て理解していた。
 自らを“宿敵”と呼んだ教祖と遭遇した時より認識していた事は先ほどのコウイチの言葉で確信に変わる。
 敵がナノマシンであり、自らはナノブレイカーである以上、舞子に出来る事などただ一つしか無い。

 その身を武器とし、教祖を道連れに死ぬ事だけだ。

 舞子自身は気付いていなかったが、青かった舞子の瞳はナノブレイカーの活性化と共に赤く染まり、今では最大限に励起状態となったナノブレイカーの影響は、彼女の瞳を金色に染めていた。
 敵を滅ぼす準備は整った、後はこの身を投げ出すだけで全てにカタが付く、

これが“たった一つの冴えたやり方”だ。

 舞子の……いや、“雉鳴舞子の記憶と精神を受け継いだナノブレイカー”は本能で理解した。

「えっと、イライザさん……!」
「何」

 イライザとコウイチは教祖と対峙し続けていた、事実この場で彼を抑える事が出来たのはこの二人だけであったし、コウイチの幻術はイライザの読み通りに、続けていればあるいは教祖を葬る事が出来るのかもしれない。
 だが、確実では無い。

 舞子は全ての覚悟を決めて告げようとしていた、「私が教祖を道連れに死ぬ」と。

 だが、舞子は逡巡した。

 そういえば、深選に金を返して無いのだ。
 借りたというよりも、本来はこれまでの働きの見返りとして払うべき報酬を与えていない、という事だが、舞子は“返していない”と思った。

 金だけではない、借りたままのクロークも返していない。
 正直着心地は最悪だし、一緒に借りた護身用の武器は結局使う事は無いだろう、それでもこれは返さなくてはいけない。

 そこまで逡巡して、舞子は思い出した、
 そういえば、全部が上手く言った時に、キスをするんだっけ、と。

「で、何?」

 しびれを切らしたようにイライザが問い返した。
 何分戦いながら問答をする余裕も無いので当然だ。

「まず、私は命賭けならそいつを倒せます、どうしても無理そうだったら、そうして下さい」
「……本気で言ってる?」
「はい」

 イライザの問いは「本気で命を賭けられるか?」という意味ではなく、「本当に倒せるのか?」という意味だったが、舞子はそれを理解した。
 舞子の脳はナノブレイカーの影響を受け、その思考能力は常人のそれを超え始めていた。
 今ならば色々な事が判る、自分が何故この時代に目を覚ましたのか、何故この力がナノマシンを破壊する事が出来るのか、そしてナノブレイカーとは、“本当は一体何なのか”を舞子は理解した、そして――

「でも出来るだけ、足掻かせて下さい!」
「確実な方法があるならそうしたいんだけど」
「……良いぜ!」

 舞子の願いへの返答はイライザに代わり、コウイチが答えた。

「ちょっと!」
「全部が上手く行くかもしれないんだろ、じゃあそっちだ!」
「ありがとうございます!」

 イライザはコウイチの性格は理解していたが、この場面においてもそれを貫くとは思っていなかった……いや、思ってはいたので、改めて呆れた。
 「全くもう」とだけ呟くと、イライザはそれ以上は舞子に何も言わなかった。
 方針が決まった以上、後は最善を尽くすしか無いのだから。

「無駄だ無駄だ無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁぁぁぁ!!、この程度の事!、これしきの事!、これだけの事で、我が身が滅ぶとでも思ったかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「くそっ、だけど本気でコイツは滅茶苦茶だ、どうするっ!?」
「どうするって言われても!」

 イライザとコウイチに抑え込まれつつも、教祖は両手をチェーンソーとパイルバンカーに……それだけでは無い、足の一本もただ相手を抹殺せしめるという唯一つの意思の為に激しく回転する回転カッター状の武器と貸し、破壊せよ!、破壊せよ!、破壊せよ!、とまるで教祖の全身が叫ぶように唸りを上げる。

「――ロングイヤー」
「へい」

 その轟音と狂気の中で、舞子の演算能力が一つの結論と結末を見つけた。

「このミサイルは生きているわね、発射出来る?」
「へぇ、そいつは俺っちが教えやすが……どうするんで?」

 舞子はおよそ自分の周りに起きていた全ての出来事を、この数分だけで理解した。


 無論、自分が人間では無い事も。
 全てを、理解した。


 舞子はサイロにそびえるミサイルを眺めた。
 作戦は余りに単純、教祖をミサイルに張り付けて、宇宙に放逐しようというのだ。
 正確には、宇宙に到達する以前に大気圏でその全ては燃え尽きるだろう。

 問題は、どうやって教祖をミサイルに張り付けるか。
 自分には手段が無い、自分の仕事はこのミサイルを発射する事と、それが上手く行かなかった時、命と引き換えに教祖を滅ぼす事だ。
 舞子はイライザとコウイチを見て、“語りかけた”。

(イライザさん……)
「……えっ?」
(コウイチさん……)
「何だ、頭ん中に直接……声か?」

 ナノブレイカーはナノマシンを破壊する作用を持つ寄生生物、というのが、研究者の間での一般的な認識である。
 だが、全てのナノ工学者はコールドスリープによる生命の保存と、長時間のナノブレイカーの活動により、完全とそれと一体化した雉鳴舞子という第二段階ナノブレイカーを知らない。

(あの男……教祖をミサイルに張り付け、身動きを封じる事はできますか?)

 ナノブレイカーと一体化した生命体は元来ナノブレイカーが備える共鳴作用を得る。
 すなわち、テレパシーである。
 それは超能力として話の種にされるような“ベタな”力だったが、かつては天啓と呼ばれた大いなる現象だった。

「お……あ……」

 イライザもコウイチも教祖から目を離す訳にはいかなかったし、教祖も二人の攻撃で崩される体を再生する事に手一杯だったので、それを見る事が出来たのは結局はロングイヤーただ一人だった。

 雉鳴舞子は、天使だった。

 その身は淡い光を放ち、頭上には光の輪が浮かんでいる、翼が無いので天使にしては出来損ないだが、悪い冗談のようなそんな光景をロングイヤーだけが目撃した。
 あるいは、魂を知るコウイチは背後で起きている出来事に気付いていたのかもしれない。

(ミサイルを利用し、教祖グレーシスをこの星の大気で焼き尽くします、力を……貸して下さい)


[No.159] 2011/04/30(Sat) 23:53:51
激闘 (No.159への返信 / 18階層) - 三草・ガーデルネア

 ワイヤーで適当なところにひっかけ、降りる、を繰り返す。
 引っかかったと思ったらさっさと降りるのがポイント、そうしないとサムライに置いてかれる。
 前のサムライや二人の嬢ちゃんと違って、俺は生身の人間なので幾らなんでもそのままで降りるのは骨が折れる、文字通り。
 いや、ホント、ノリで来たら後悔してるところだった。
 
 さて、嬢ちゃんらが露払いを引き受けてくれたとは言え、いまだ電魎はいる。
 とはいえ半分は過ぎた、もう少しだろう。
 今も竪穴から電魎が飛び出してくる。
 俺はサムライの発砲に合わせて飛び出し、銃弾の当たったところに蹴りをくらわす。
 電魎がのけぞるうちにサムライが仕込み杖で斬り、俺が掌底で弾き飛ばす。
 コンビは初結成だが何とかなっているのか、今のところは。
 
 しかしこのサムライ、撃ってよし打ってよし討ってよしの三拍子、もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
 とはいえ、いかなサムライとて手が五本も六本もあるわけでなくて、フォローぐらいはできるだろう。
 
「サムライ、弾が切れたのかい?」
 
 先ほど突然仕込み杖に持ち替えたのだ。
 それまで火器に特化したカキ・ザ・サムライかと思ってた。

『教祖の分はある』
「そうか」
 
 話しながらも下降を続ける、そういえば俺も高周波ブレード持ってきてたっけ。
 コートのこやしにするところだった。
 
 丁度電魎が来る、コートの裏に手を回し、ブレードを取り出す。
 ワイヤーにぶら下がったまま、遠心力を使ってすれ違いざまに電魎を斬る。
 流石はまだ何も切ったことはない(机?なんのことだ?)ブレード、切れ味よく電魎の腕を斬り飛ばす。
 もう一匹来た、飛んでやがる、そちらはサムライに任す事にする。
 俺とサムライは背中合わせで電魎を待ちかまえる。

「やれやれ、まだこんなにいたとはね、どうする?」
 
『当然、突破ダ』

「少しだけ待ってくれ、奥の手がある」

 サムライが頷く気配を感じた俺は「タンデン」に「キ」を集める、気を纏う必要のないブレードを使うのはそのためだ。
 電魎はケーブルを延ばし斬られた腕をくっ付けると俺に向かってきた。
 伸びる腕を躱し、すかし、いなす。
 こちらも「キ」を溜めているわけで防戦一方になるのは仕方なしだ。
 しかし、ただでさえ一人でやるには分が悪い電魎を「キ」を溜めながらでは少々無理がある。
 
「ぐぅっ!?」
 
 とうとう電魎の長い腕に払われ壁に叩きつけられる。
 ダメージ自体はコートのお陰で大してない。
 しかし、その拍子で帽子が落ちた。
 くそ、俺のトレードマークが、しかし、これで充分だ。
 
「サムライ、パスだ!」
「フンッ!」

 正しく意味を理解したサムライは電魎をこちらに蹴飛ばす。
 その電魎は俺と対峙していた電魎に激しい勢いでぶつかった。
 俺はその隙に立ちあがり、ワイヤーで二匹を絡め捕ると、ほぼすべての「キ」を左手に集める。
 その「キ」の塊と言える掌底で敵を打つ。
 衝撃音と共に電魎の中央部分と俺の左手の骨が砕ける。
 電魎が奇妙な声を出した気がするが、倒せないのだろう。しかし、壁にめり込ませておいた。
 
『それが、奥のテか?』
「あぁ、後一発しか使えん」
 
 砕けた左手をぶらぶらさせてサムライに言う。
 とりあえずはこれで良いだろう。
 帽子を拾う、やはりこれがなければな。
 電魎が動けないうちに俺たちはさっさと飛び降りる。
 ワイヤーが回収できなかったので難儀する、が、もう必要ないだろう
 
 もうすぐ最下層だ。


[No.160] 2011/04/30(Sat) 23:54:42
Horizon End3 (No.160への返信 / 19階層) - アズミ

 明らかに既製品にはありえない、ベルトが外れかねない勢いで回転するチェーンソーがコウイチに迫る。

「お前は『アキレス』だ」

 コウイチの呟きは、意味を持って教祖には届かなかった。
 だが、幻術の発動にはそれで充分。

 確実に幻術師の首を刎ねるはずだった一撃は、ほんの半歩足らず空気を切った。

「ぬゥ!?」

 身を翻し、回転カッターを伴う蹴り。だが、これも紙一重でコウイチはかわす。
 幻術は、利く。ただ攻性幻覚の殺傷力には期待しないほうがいいだろうとコウイチは踏んだ。
 あくまで感覚を介して精神に負担を与える術理であるため、感覚に精神が先んじるタイプには経験上、効果が薄い。
 となれば、コウイチの役目はこのまま教祖の攻撃を引き受け続けること、そして――。

「跳んでっ!」

 ――イライザの攻撃に繋げること、だ。

「っ!」

 コウイチが左に跳べば、そこを擦過するように不可視の暴力が飛び過ぎ、教祖を打ち据えて吹き飛ばした。
 恐らく、アジトで使った大気の高速移動による一撃だろう。

(しかし、ミサイルに貼り付ける……たってな……)

 イライザの専門は『移動』だ。土台『停止』とは相性が悪い。

「どうする……?」

 イライザの息が荒い。魔法とはいえ、対価が無いわけではないのだ。肉体の行使が常にそうであるように、彼女の魔術は体力を消費する。『呼吸』を拠り所にするコウイチは調息が間に合う限り余裕はあるが、それとて無限ではない。
 ケリを早くつけなければ。

(俺がやるしか、ねえか……!)

 向きではないが、この場では適任だろう。
 そう判断して、コウイチは走った。イライザに後を頼む、と視線で合図して。

「コウイチっ!?」

「死ににぃっ、来ぃぃぃぃたかぁぁぁぁぁっ!!」

 振り下ろされるチェーンソーを、紙一重で避ける。
 靴を踏み鳴らし、『イド』を出すと、教祖へ向けて突撃させる。
 しかし。

「同じ手が二度も通用するかぁっ!」

 一刀の元に切り伏せられた。
 何せ幻だ、幻術と知れていれば膂力も質量も0に等しい。
 だが、その幻術の後ろからタックルする、コウイチ自身をかわすことはできなかった。

「おおっ!?」

 全身全霊を込めた体当たりだったが、元より体格で勝る教祖をミサイルに叩きつけるには不足にすぎる。

「だが、貧弱に過ぎるぅっ!」

 教祖の振るった回転カッターがコウイチの身体を真っ二つに引き裂いた。

「ぐがっ……!?」

 それでは気が済まぬと、教祖の太い腕がコウイチの頭を鷲掴みにする。
 天高く掲げると、その腕は巨大で凶悪なフォルムの、パイルバンカーと化した。

「やめなさい……やめてっ!」

 イライザの悲鳴が、聞こえた。
 その懇願は教祖に対するものか、それとも神に対するものか?
 いずれにせよ、聞き届けられるはずもない。

「死ぃねぇッ!!!」

 巨大杭の蹂躙が、コウイチの頭部を爆裂四散させた。
 脳漿が飛び散り、首を失った上半身が、噴水のように鮮血を噴き出した。

「あ――あぁ……」

 膝からくず折れるイライザ。
 教祖は数瞬、血に酔った。





 が、その直後。

「なぁにぃっ!?」

 吹き出す血が、飛び散った脳漿が、地面に転がったコウイチの亡骸が消えて失せた。
 代わりにパイルバンカーと化した教祖の右腕が掴み、貫いているのは……巨大なミサイルの、壁面!
 幻覚!!

「上等な芝居だったぜフラニー、仕上げだ!」

 いつのまにそこにいたのか。
 教祖の頭上、非常口に五体満足で立つコウイチが叫べば、教祖の背後から大量の鉄パイプ……デッキの手すりが飛来し、枷となって教祖の身体をミサイルに括りつけた。

「ぬぅっ!?」

 さらに連続して放たれる大気の砲弾が教祖の動きを封じ続ける。

「い……っけぇぇぇぇぇっ!!」

 イライザは精神を振り絞って術の出力を引き上げた。
 長距離弾道ミサイルの壁面が圧壊する恐れはなかったが、このまま教祖を拘束できるかは怪しいところだ。
 せめて、せめて何か――。





『さっきのヤツ、もう一発いけるか』

 自由落下しながら、深選は問うた。粉砕骨折した左手を棚引かせながら、探偵は笑う。

「次で仕舞いだろう?
 なら出し惜しみはすべきじゃないな」

 痛覚遮断を入れてるわけでもないのに不敵に笑ってさえ見せる余裕は全く不可解だったが、コンフーの達人ならそんなものかもしれないと、深選は勝手に納得した。
 片腕を犠牲にさせるのだ、自分も出し惜しみはすべきであるまい。
 強化筋肉をブートアップ。リミッター解除。

『行くぞ』





 砲弾の激突するような轟音を立てて、深選と探偵はデッキに降り立った。

「せーえっ」

『のォッ!』

 練りこまれた気が漲る右腕と、強化筋肉の膂力に任せた左腕が炸裂する。

「ぐォおッ!?」

 探偵の右腕が砕け、深選の左腕の人工筋が爆ぜたが、それを代償に教祖の全身はミサイルの壁面に完全にめり込んだ。

『おまけだ』

 痛覚遮断したサイボーグに迷いはない。右手だけでブルベアーを抜き放つと、飛び退りながら榴弾を発射。爆発するように広がった白霧がその姿を包み込む。
 冷気が、イライザの頬を撫ぜた。

「液体窒素!?」

『備えあれば、とはよく言ったものだな』

 フィクサーから買い付けたLN2グレネード。生体兵器やクリッターへの対抗策としてカササギ社が開発したものだが、意外なところで役に立った。

「コ……ざかっ……し……!」

 極低温はナノマシンに致命的な影響を与えはしないが、凍りついた周囲の大気や金属板を引き剥がすだけの膂力をすぐに捻出することは不可能だ。

『マイコ、やれ!』

 ロングイヤーの操作だけでも、ミサイルの発射は可能だった。
 あるいは、深選が端末まで走り、スイッチを押してやることもできた。
 だが、深選は叫んだ。
 やれ、と。

「うわあああああ!」

 マイコの拳が、カバーを叩き割り発射スイッチを押し込んだ。





 上海から、一条の光が天に昇った。
 それは、一地方を壊滅させるほどの威力を持つ弾道ミサイルであったが、各国、各企業のどの衛星も、その存在を確認することはできなかった。
 唯一。それらを工作した、バベルの衛星以外には。

「……憐れなグレーシス」

 ミサイルの壁面に磔にされた教祖をモニター越しに眺め、Arは呟いた。
 大気の摩擦をもってすら彼は健在だったが、高空の気温はむしろ殺人的に低い。その身を覆う氷はさらに厚みを増し、表情さえ伺うことはできない。
 だが、きっと彼は憤怒しているのだろう。
 世界が未だ、肉に拠る人々の手にあることに。この身を覆う氷の枷が外れないことに。
 自分がここで終わることなど、想像もしないのだろう。自分の妄執も、不死も、その意味さえ理解はしないのだろう。

「憐れな、憐れなグレーシス」

 お前は、狂ったナノマシン以上の何でもない。お前は、『彼ら』の期待する何者にもなれなかった。
 神を讃えるのは定命の人だけ。肉に縛られた人間だけ。なれば、神の恩寵のための生物たるのではなく、無知蒙昧な人々にこそ、神の恩寵を与えるべきだったのに。

 そして、お前の誇る不死など。

 限りある時間に何も出来ぬことの証左でしかないのに。

「さようなら、兄弟」

 Arは別れの言葉を紡いだ。
 御遣いの紡ぐそれは、常に処断の合図だった。
 ナノマシンは須らく有機分子で構成される。殺し尽くすなら、選ぶべきはやはり焔だ。


 衛星軌道を飛び出したミサイルを、バベルの戦略衛星が放ったレーザーが灼きつくしたのは、直後のことだった。


[No.161] 2011/04/30(Sat) 23:55:25
その覚悟は・5 (No.161への返信 / 20階層) - 上山小雪

――ヴゥゥン――

 コウイチもイライザも深選も三草も、そしてグレーシスも、その場にいた誰一人として、その時何が起こったのか、理解することは出来なかった。





 「負ける気はしない。けど……どんだけいるのよ、こいつら……」

 キュアスノーがうんざりしたようにつぶやく。言葉は冗談のようだが、とてもではないが笑えない。
 深選と三草を先に行かせてから相当数の電魎を屠った筈だが、相変わらず視界を埋め尽くすほどの電魎がひしめき合っている。

 「深選氏たちを送り出したのは失敗でしたかね」

 「あそこまでカッコつけちゃったからね〜……。でも、流石にこんなにいっぱいいるとは思わなかったよ」

 今まで自分達が倒しただけの数ですら、野に放たれれば甚大な被害を与えるであろう。それが未だに視界を埋め尽くすほどいる。
 自分の『日常』を壊すものは、こんなに簡単に存在していたのだ。小雪はそれに戦慄し、そしてそんな場合ではないことを知っていた。

 「でも、泣き言言ってる場合じゃないよね。親玉を倒しに行ってる皆のために、帰り道を作っとかないと」

 「その通りです。私達ばかり楽をしてはいられ――!?」

 エレクトロの言葉は、高速で飛来した物体にさえぎられる。

 「ぐああああああああ!?」

 その物体を抱きかかえて数mも後退するエレクトロ。

 「な、何!? って、エレクトロのお兄さんー!?」

 スノーの言葉通り、エレクトロの腕の中で崩れ落ちるのはパワードスーツに身を包んだ黒須恭太郎その人だった。

 「ぐぅ、キュアセイヴァーズか……。逃げろ、こいつは危険すぎる……!」


 「ただの人間にしては、意外と、頑丈ですねお兄様」
 「ただの人間にしては、意外と、頑丈ですねお姉様」

 恭太郎が飛来した方向の奥、がしゃり、がしゃりと音が響き、やがて姿を現したのは、二人の人間を無理やり一つに押し込めたかのような異形。
 デェリート。その言葉のもつ意味を知らずとも、キュアセイヴァーズの二人にはこの存在がどれだけ危険かを肌で感じることが出来た。


 「電魎共は、相当、やられたようです、お兄様」
 「大丈夫です、お姉様、ベヘモスを使い、上海を沈めれば、素材はたくさん、手に入ります。」

 そう言い、デェリートは触手のように電子コードを伸ばすと、周囲の電魎を絡めとり、まるで租借するかのように取り込み始めた。

 「電魎を……食べてる!?」

 このままではまずい。反射的にスノーは駆け出し、デェリートへ拳を突き出す。
 ――が、振り出された腕をかいくぐった刹那、横合いから繰り出されるもう1本の腕!

 「きゃあああああ!?」

 その正体は、取り込んだ電魎の電子コードの束であった。
 かろうじて左腕を防御に回すが、途方も無い衝撃に吹き飛ばされる。
 背中から壁に激突し、息が詰まる。

 デェリートの背中が盛り上がったかと思うと、電子コードが収束し肥大化した腕を形どる。

 「スノー!? しまっ……!」

 相方に駆け寄ろうとしたエレクトロの右腕に、音もなく忍び寄った電子コートが絡みつき、常人の腕なら粉々になるほどの力で締め付ける。みしみしと嫌な音があがった。

 すぐに恭太郎がコードを斬り捨てるが、腕の感覚は、すでに無い。

 「早く、片付けましょう、お姉様」
 「早く、教祖様の元へ、参りましょう、お兄様」

 周囲の電魎を組み込み、デェリートは更にその大きさ、禍々しさを増す。

 「全く、出鱈目な野郎だ……! イクシードギア、アーマーシフト・アキレスフォーム!」

 恭太郎の声で全身のパワードスーツの形が変わり、次の瞬間にはデェリートへ攻撃を仕掛ける。
 ナノマシンで脳処理速度を引き上げる事により、通常以上の超高速戦闘を可能にする恭太郎の切り札。

 しかし、それを持ってしても届かない。
 デェリートの4本の腕と無数の電子コード、その猛攻を凌ぐだけで手一杯だ。少しでも判断を誤れば、一瞬で体を引きちぎられるだろう。

 恭太郎が時間を稼いでいる間に、エレクトロはぐったりと壁に寄りかかるスノーの元へ駆けつける。

 「エレクトロ……ごめん、ドジっちゃった」

 それに気づいたスノーが力なく笑う。攻撃を防いだ左手が痛々しく赤く腫れ上がっていた。

 「いいえ。無事で、良かった……」

 エレクトロは、何とか動かせる左腕でスノーの肩を担ぐと、よろよろと立ち上がる。

 「くやしいなあ、くやしいよ……。さっきはああ言ったけど、あいつに勝てる気が、しないよ……」

 ただでさえ長時間の戦闘に先ほどの一撃。張り詰めていた緊張の糸が切れてしまっても誰も責めないだろう。

 「スノー……」



 一方で、恭太郎も限界を迎えようとしていた。限界以上の速度で酷使した身体が悲鳴を上げ始め、被弾が増えてきた。
 一瞬、体勢が崩れた隙を突き、デェリートが延ばした電子コードが恭太郎の体を拘束する。

 「がぁっ!!」

 ぎりぎりと締め付けられ、負荷に耐えられなくなったパワードスーツに皹が入る。
 フルフェイスが砕け、恭太郎の血にまみれた頭部があらわになる。

 「おや、どこかで、見た覚えの、ある顔ですね、お兄様」
 「確か、我々が、潰した、研究所か何かのデータで、見た覚えがあります、お姉様」

 恭太郎の顔から表情が消える。

 「確か、クロス研究所、とか言いました、お兄様。中々、梃子摺りましたが、中々、良い断末魔でした」
 「教祖様の、障害になるやもと、排除(デリート)しました、お姉様。人間は全て殺した、と思いましたが、取り逃がしていた、ようです」
 「我々は、運が良い」
 「あの惨劇の、続きを」


 ――どくん

 震える手で恭太郎は自分の喉を締め付けるコードを掴むと、力任せに引きちぎった。

 「そうか……貴様らがああああああ!!!」

 パワードスーツの亀裂が深まるのも構わず、体中のコードを引きちぎる。体中から血が流れ出るが、デェリートの拘束を抜け出す。
 そのまま我武者羅にデェリートに突進――



 「……許っせなーい!!!!」


 しようとしたが、背後から飛んできた怒声に足を止める。声はキュアスノーのものだったが、その叫びに込められた激情は、先ほどの恭太郎の叫びにも匹敵した。

 「スノー……」

 「エレクトロやお兄さんの仇なんでしょ、あいつ。あの言い分聞いてたら怒りで身体が爆発しちゃいそうだよ! 
 さっきの言葉は取り消し! あいつには絶対に負けない!」

 怪我が治ったわけではない。体力が戻ったわけではない。相変わらず体重をエレクトロに預けなければ立つことすら難しい。
 なのに、なのにこの相棒はこんなにも真っ直ぐなのか。こんなにも私に力をくれるのか。

 「……誰かのために本気で怒ることができる、か」

 恭太郎は毒気を抜かれたようにつぶやくと、キュアセイヴァーズたちの方へ飛びのいた。

 「良い友を持ったな」

 「……。はい」

 恭太郎は我が身を省みる。分かっていたが全く酷い状態だ。何とかあと一撃、繰り出せるかどうか。

 「よし……俺が奴の動きを止める。……だから、とどめはお前達が決めろ。やれるな」

 二人は大きく頷く。
 そしてスノーは、エレクトロが何かを言おうとして口に出せないでいるのに気づき、目配せをする。
 エレクトロは諦めたように、意を決したように

 「……。無理だけはしないで、お兄さん」

 「……。妹の前なんだ、格好付けさせろ」


 エレクトロには、恭太郎が照れくさそうに笑ったように見えた。


 「……行くぞ!」

 恭太郎が、跳ぶ。


[No.162] 2011/04/30(Sat) 23:57:11
その覚悟と終わり (No.162への返信 / 21階層) - 上山小雪

 「わざわざ、向こうから、来てくれました、お姉様」

 「丁重に、御持て成ししましょう、お兄様」

 真っ直ぐに向かって跳躍した恭太郎に向け、デェリートは電子コードの両腕を伸ばした。

 そのまま恭太郎の体を握り潰そうとするが、身を捩りぎりぎりのところで逃れる。しかし、恭太郎の体は失速し、着地したところに再び腕が迫る。

 が、直前、何かに締め上げられるようにその両腕が引き絞られ、動きを止める。

 「――超高密度の鋼製ワイヤーだ。千切れると思うな!」

 かわしざま、腕から延ばしたワイヤーをデェリートの両腕に巻きつけていた。
 このまま押さえつけるには力負けするだろうが、一瞬動きを止めるにはこれで十分。
 再びデェリートに向かい走る。

 体中のナノマシンを両脚に集中、右脚にヴァイタルバースト、左脚にエレクトロバーストの力を篭める。

 「もう片方の、両腕は、どうするつもりなのでしょうね、お姉様」
 「もう同じ手は、食わないのに、どうするのでしょうね、お兄様」

 すぐさまもう一方の腕と、無数の電子コードを振るう。その様は黒い濁流のごとく。


 「それごと吹き飛ばすっ!!」

 渾身の力を篭めて地面を蹴る。恭太郎の体が黒い波に呑み込まれ――

 「おおおおおおおお!!」

 黒い波の中から一筋の光が漏れ、やがてそれは強大な閃光へと変わる!

 「貴様が弄んできた命の重み、今こそ思い知れ――!」

 閃光は波を真っ二つに引き裂き、デェリートの胸を貫く。
 
 《おおおおおおおおおん!!!》

 デェリートが初めて余裕の消えた声を上げ、苦しそうにのたうつ。

 「任せた……!」

 しかし、まだ倒すには至らない。
輝きを失った恭太郎ががくりと膝をつき、全てをキュアセイヴァーズに託す。




 「ピーチ、ドレスシフト:エクステンデッド!」
 「ピッツ、ドレスシフト:エクステンデッド!」

 『クライマックスだっピー!!』

 二人の声に反応し、2体のサポートユニットが二人を包む衣服へと変化する。更に豪奢に、更にしなやかに、更に美しく。

 スノーは右手を、エレクトロは左手を、それぞれ前に突き出し、握り締める。お互いの存在を確かめ合うように、強く。

 「これ以上の悲しみを増やさないために!」
 「みんなが笑い会える明日のために!」

 それぞれの力が高まり、混じり、握り合った手に集まってゆく。それは、全てを癒し、救うような、やさしい光だった。


 『キュアセイヴァーズ・リミットブレイク・シャイニングアロ――!!!』

 二人の拳から膨大な光の奔流が放たれ、デェリートを、残った全ての電魎たちを包み込む。


 「お姉様、教祖様のトコろに、行カなけレバ」
 「オ兄様、教祖様ノトころニ、行かナケれば」
 《おおおおおおおおおおおん……》


 光が収まったとき、全ての電魎は浄化され、静寂が訪れた。








――ヴゥゥン――

 コウイチもイライザも深選も三草も、そしてグレーシスも、その場にいた誰一人として、その時何が起こったのか、理解することは出来なかった。





 「ぬうううううううおおおああああああああ!!!」

 「これでも……まだ動けるっていうの!?」

 「出鱈目にも程があるぞっ!」

 コウイチとイライザの拘束を振り切ろうと、グレーシスはミサイルから我が身を引き剥がす。

 「貴様等ぁぁぁるぁくには殺さぬううううううああああ!!」

――ヴゥゥン――


 咆哮したグレーシスの動きが、不意に止まる。


キュアセイヴァーズが放った一撃は半径数kmにも及ぶ不可視の電磁的な衝撃波となり駆け巡った。

それは、常人にとっては刹那のノイズに過ぎなかったが、ナノマシンの集合体であるグレーシスへの影響は大きかった。



 「せーえっ」

 『のォッ!』


 たった一瞬の空白。しかし、意識が戻ったグレーシスが目にしたのは、自らに突き刺さる拳。再びミサイルの壁面に叩きつけられる己の身体。

 その瞬間、教祖の運命は決まった。


[No.163] 2011/04/30(Sat) 23:58:02
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