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   サイバーパンクスレ本編再録その5 - 桐瀬 - 2011/04/30(Sat) 23:58:36 [No.164]
魔術少女の後日談 - イライザ・F・霧積 - 2011/04/30(Sat) 23:59:07 [No.165]
..and Rock you! - コウイチ・シマ - 2011/04/30(Sat) 23:59:48 [No.166]
明日よ続け - 上山小雪 - 2011/05/01(Sun) 00:00:35 [No.167]
探偵 - 三草・ガーデルネア - 2011/05/01(Sun) 00:01:17 [No.168]
アンダー・ザ・ムーンライト#1 - 咲凪 - 2011/05/01(Sun) 00:02:03 [No.169]
アンダー・ザ・ムーンライト#2 - 咲凪 - 2011/05/01(Sun) 00:02:45 [No.170]



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サイバーパンクスレ本編再録その5 (親記事) - 桐瀬

そのご

[No.164] 2011/04/30(Sat) 23:58:36
魔術少女の後日談 (No.164への返信 / 1階層) - イライザ・F・霧積

 上海は今日も変わらぬ薄闇の中にあった。
 相変わらずストリートではギャングが抗争を繰り広げ、企業が我先にと利潤を求め、その裏で多くの組織が蠢いている。
 電脳化が著しい地域もあればそうでない場所もある。老街は相変わらずその後者の手合いであった。
 あれから数日しか経っていないのだから、そうそう変化があるはずがないのではあるが。
 
 そう。何も変わらない、のだ。
 渦中に居る時は命を賭した大事件のような錯覚を起こしさえしたが、よくよく考えてみればそう大きな事件でも無い。直接に事件解決に関わった人間も全員記憶できる程度でしかない。
 あの狂人も、所詮は私達数人程度の力で押し切れるくらいの存在でしかなかったわけだ。
 偶然にもその狂人の計画がうまく進み、偶然上海が滅びそうになった。そこに偶然私達が絡んだ。それだけの事である。
 きっと私達が何もしなくても、他にも事件解決に動いた人間がいただろう。
 きっと今もこの上海のどこかで、下手をすれば上海が滅んでしまうような規模の計画が画策され、そしてまた潰されている事だろう。
 
 ここはそういう都市なのだ。
 混沌の中に佇み、電脳も魔術もオカルトもあらゆるものを受容し、存在を揺るがしかねない事件さえも糧として肥大化していく都市。
 その中にあって、今回の一件など何ら特別<イレギュラー>なものですらない。要は上海という都市にとっては日常茶飯事というやつなのだ。
 きっと関わった他の人間も、今頃は普段通りの生活に戻ることを余儀なくされているだろう。それぞれ個々に些少な影響はあるかもしれないが。

 私はと言うと、あの一件以来寝たきりである。
 教祖を無事にミサイルで打ち上げ、術の集中を解いた時に一度意識を失ってから、目覚めたときには平衡感覚が怪しくなっていた。ついでに吐気も酷かった。
 薬の後遺症なのは間違いないが、思っていたよりも酷かった。まだ真っ直ぐに立つのはままならない状態であるので、基本的に外には出ないようにしている。
 正直ストレスがたまってしょうがない。

 そんな状態であるので、殆ど誰とも会っていない。
 探偵への報酬は様子を見に来た如月の構成員に頼んでおいたので大丈夫なはずだが。
 しばらくは食べていけるくらいの額と名刺用の天然紙をいくらか送り付けたのでまあ妥当なところだろう。手が折れていたようだがその辺りは自己責任である。
 
 コウイチは私と違って大きな怪我などは無かったようであるし、今はまたミュージシャンとして活動しているのだろう。何とか言う大きなイベントが近かったはずだし。
 後遺症が治ったら顔でも見に行ってやろう、程度にしか考えていない。
 最後の最後まで無茶をした挙句対価も何も無しに元の生活に戻った辺りは不満ではあるが。
 今回の一件で、結局あいつは何も得をしていない、いや寧ろ損をしたのではないかとすら思う。
 
「まただ……」

 はぁ、と溜息をつく。する事が無いと思考がループしてしまって困る。
 それはいつもの事ではないか、という結論で落ち着いたじゃないか。

「……出るか」

 玄関先に出るくらいなら大丈夫だ。
 外の空気を吸って気分転換でもはかろうと思い、未だ違和感の残る頭を振りベッドから降りる。
 いきなり倒れそうになるが、どうにか脇にあった机に手をついて身体を支え、よたよたと壁に手をつき柱にしがみつきつつ玄関を目指す。
 まるで病人である。いや、病人でいいのか。だからどうでもいい事を考え付くのか。

 あいつの対応はいつもの事。
 そう、いつもの事だ。なればこそ相応にツケも溜まってきているだろう。
 それは何時か纏めて何らかの形で払ってやってもいいかもしれないな、と思う。
 例えば――例えば何だろう。
 それは判らないが、どうでもいい事だ。
 きっといつものように返されるだけだから。

 玄関を開け、外に出るとドアに寄り掛かって深呼吸をする。
 上海の空気はいつものように変わらずに、濁っていて不味かった。


[No.165] 2011/04/30(Sat) 23:59:07
..and Rock you! (No.165への返信 / 2階層) - コウイチ・シマ

 なんだかんだで、事件の始末には一ヶ月ぐらいかかった。
 といっても俺が手伝ったのは街に放たれた電魎の始末ぐらいのものだが。今日届いたバベルからのメールには企業人らしい懇切丁寧な謝辞と、その気があればO.M.E.(オラトリオミュージックエンタテインメント。バベル系列の音楽会社だ)はいつでもメジャーデビューの用意がある、というメッセージ。

「余計なお世話、って言うのは失礼かもしれんがな」

 『その気』が起きるのは当分先だ。煩いマネージャーに見つかる前に、コートの奥に仕舞い込む。

「Co−1ぃ、そろそろ出番よン」

「あいよ」

 ケースを担いで立ち上がる。
 『BlockHeads』でのギグも久々だ。

「ところで、またあの魔女ッコが来てたんだけど」

 訝しげというよりは、怪しげな様子でマネージャーは問う。

「あぁ、今日は呼んどいたからな」

 いつも向こうから勝手に押しかけてくるアイツが、今日はミュージシャン自らの招待客だという。確かに訝ろうというものだ。
 その上に。

「どうやって『ドレスコード』守らせたのよォ。今までどれだけ文句言っても聞かなかったのに。
 それともなぁに、女の装いに口出せるぐらいの仲になっちゃったわけ?」

 俺は笑った。
 そうか、アイツちゃんと着てきたか。

「なぁに、ツケっぱなしじゃアイツもケツの座りが悪いだろうと思ってよ」





 ステージに飛び出せば、小汚い身体をレザーやラバーで包み込んだ、愛すべき俺のファンが待っている。
 ついでに、着慣れないジャケットに崩したジーンズ、チェーンをじゃらじゃらとぶら下げたイライザも、だ。
 俺のコーディネイトだがなかなか溶け込んでるように思う。本人は酷く不本意そうだが、知ったこっちゃあない。

「待たせたな、しみったれた稼ぎを俺のギグに突っ込む愛すべきバカヤロウども!
 ここは俺たちの街だ!お前らが主役だ!企業もポリも気にするな、存分にノってけ!」

 この街の支配者は企業だ。ヤツらの都合一つで、人一人なんてIDごとこの街から消え去る。
 ストリートの支配者は暴力だ。きっと、目の前の連中の誰かも、明日にはストリートの染みになるのだろう。
 だが、そんなルールに俺は納得しねえ。誰かの都合で死んではやらねえし、くたばった連中を忘れもしねえ。
 いつか、俺の歌を聞いた誰かから、企業に一泡吹かせる大物が出れば。あるいは、圧倒的な暴力に、せめてワンパン返したら。
 そうすりゃあ。アストラルの果てに消えた、あの憐れな連中も、ちったぁ気が晴れるってもんだ。そうだろう?


「行くぜ、
 #1『...and Rock you!』」


[No.166] 2011/04/30(Sat) 23:59:48
明日よ続け (No.166への返信 / 3階層) - 上山小雪

 「よし、10分休憩ー」

 夕日がグラウンドを赤く染め上げる放課後、私はいつものように部活に励んでいた。

 今までとまるで変わらないその生活は、あの事件が、何か遠い夢だったのではないかと錯覚さえさせる。

 「お疲れ様です。小雪」

 でも、そんな中でも変わることがあれば、前に進むものもある。新しく入部したマネージャーが差し出してくれたタオルを、私は受け取る。

 「サンキュー、京。最近暑くなってきたから、汗が出まくりだよ」

 遠慮なく顔をうずめたタオルからは、ふんわりと良い匂いがただよい、練習の疲労を癒してくれる。

 「ねえねえ知ってる? この前のライブの時さ、終わった後、コウイチさんとイライザさんがご飯食べに行ったんだって。二人っきりで!」

 「それは中々興味深い話ですね。丁度大会と重ならなければ私達も行けたのですが」


 広いグラウンドでは、男子サッカー部、野球部、ソフトボール部……たくさんの生徒達が汗を流していた。ちょっとだけ自慢させてもらえれば、私達が命を救った生徒達が。

 「あの二人ってさー、やっぱ怪しいよね! いつ頃くっつくのかなあ」

 「人間同士の色恋沙汰は、私には良くわかりません。けど、きっと上手くいくのでしょう。二人がそう望めば」

 京がそういって微笑む。初めて会ったときに比べて、少しずつ表情が豊かになってきている、と思う。私にはそれがとってもうれしい。

 「深選のおじさんと舞子さんとかもさー、どうなんだろうね。 年齢の壁なんて力づくで壊しちゃえ!」

 「では、小雪とドクはどうなのですか? 随分気に入られていたみたいですけども。」

 飲みかけのスポーツドリンクを盛大に噴出す。

 「京も言うようになったよね……。あのおっさんなら、今頃他の何かに夢中なんじゃない? 殺しても死にそーにないし。
 探偵さんとかも元気かなぁ。私、紙の名刺貰ったの初めてだよ」

 「困ったことがあれば特別価格で依頼を受け付ける、とは言ってくれましたけれどね。」

 あの、どことなくとぼけた雰囲気のある探偵さんは、今日もこの街のどこかで浮気調査や迷い猫を探しているのだろうか。
 風に飛ばされた帽子を掴んで「これが無いと格好がつかん」とか言いながら。


 「ま、探偵さんに『次の大会で優勝させて』なんて言ってもしょうがないけどねー」

 「全国大会への切符がかかっていますからね。みんなのやる気も十分です。」

 京の視線の先には、入念にポジショニングや戦術の打ち合わせをする部員達がいた。その顔はみな、真剣でいてきらきらと輝いている。

 京が入部して以来、その正確なデータの生かし方でチームの実力は飛躍的に上昇した。

 「今年はマジで上位狙えそうだからね。私も頑張らないと!」

 「はい。応援しますよ。」

 にっと笑いあう二人。その間にけたたましい叫び声が割り込む。


 「セイヴァーズ、大変だっピー!」
 「はぐれ電魎が、また暴れだしたっピ! 恭太郎が食い止めてるけど、応援が必要だッピヨ!」

 空飛ぶぬいぐるみが2体、めまぐるしく二人の周りを飛び交う。そっとため息。


 「やれやれ……ゆっくり練習する暇もないのね……」

 「泣き言を言っている暇はありません。早く終わらせて、練習に戻りましょう」

 「うんっ!」


 普通に学校に行って、普通に部活をして、たまに電魎と戦って、知り合った人たちとの繋がりが広がっていって……。
 そうして私達の明日は続いていくのだ。


 やってやるぞ!


 私は、夕日に向かって京と一緒に走りだした。


[No.167] 2011/05/01(Sun) 00:00:35
探偵 (No.167への返信 / 4階層) - 三草・ガーデルネア

 アレから少しばかりの時が経った。
 砕けた両腕は何とか治りかけ、と言ったところか。
 
 基本素手なのでそこまで赤字にはならないのだが、いつも報酬は天然紙に消える。
 が、今回はイライザ嬢がくれた。
 印字は腕が完全に治ったらしようか。
 まぁ、何が言いたいのかと言うと、今回は結構な黒字である。
 高周波ブレードも貰ったし。
 ある程度の損耗も仕方がなし、と言えるだろう。
 損耗と言っても俺の腕が砕けただけ、少々難儀するがそこまでの痛手ではない。
 いや、痛覚レベルで言ったらとんでもなく痛いんだが言ってもしょうがない。
 飯もチューブの栄養食ぐらいしか取れないのもしょうがない。
 
「ノリで奥の手は出すべきじゃなかったかもな」
 
 まぁ、電魎に対処するべくもない生身の人間たる俺はあそこまでしないと駄目だったのだが。
 ぎこちなく新聞を広げる、まだ本調子には程遠い。
 今日もこの町は暴力と謀略が渦巻いている。
 まだ電魎とかいるんだな。
 あの二人の嬢ちゃんは今日も頑張っていることだろう。
 おおむね平和、というところか。
 と、ここでメールが入る。
 今回も厄介な依頼のようだ、浮気調査ばかりの日々はどこに行ったのか。
 完全に腕が治るまでは休業しようと思ったのだが…
 まぁ依頼は断らないタチだ。(人探しはしても人さらいはやってないが)
 結局世界が滅びかけても、探偵の仕事はそう変わらない。
 依頼があればそれをこなす。
 もしも世界が滅びても、人さえいればそれは変わらないだろう。

 俺は探偵である。

 ぎこちなく帽子をつかみ、コートを羽織ると俺は街へと飛び出した


[No.168] 2011/05/01(Sun) 00:01:17
アンダー・ザ・ムーンライト#1 (No.168への返信 / 5階層) - 咲凪

『結局、アレは何だったんだ?』

 教祖グレーシスを倒し、教団を葬ったあの戦いから数日が過ぎた。
 いまだ診療所を建て直す目処の立っていないドクと共に、深選はブシドー租界では珍しい“煙草の吸える”喫茶店で飲みもしない珈琲を見つめて呟いた。

「言ったろう、アレはナノブレイカー、ナノマシンを破壊する謎の寄生生命体だ」
『……ロングイヤーから顛末は聞いた筈だ、マイコの身に起きていたアレは何だったんだ?』

 グレーシスとの決戦の際、雉鳴舞子はナノブレイカーとしての己に目覚めた。
 その時彼女は身を蛍のような薄い光で包み、頭の上には光輪さえ浮かんでいた。
 天使、という言葉を深選は思い浮かべたが、バカらし過ぎて口にはとても出来なかった。

「推測できる事は幾つがあるが……」
『なんだ?』
「空想に近くて素面で話す気にはなれんな、酒が飲める場所にするんだった」

 ドクはそれでも珈琲を啜ると、ぽつりぽつりと喋り始めた。

「説明するが、まず80年以上前の話になる、2020年7月20日、何があった日か判るか?」
『……アーカム栄光の日、だ』
「あぁ、米国はアーカムシティ、そこで人類はナノマシンという技術と英知をモノにした、一人の天才によってな」

 ドクが話す話は深選だけで無く、ある程度歴史を学べば必ず知る事になる事だ。
 それほどまでにナノマシンの実用化は人類にとって先進的な出来事で、それを可能にした“たった一人の天才”は異様で、異彩で、異常な存在だったのだ。

『ルイ=サイファー』
「あぁ、“金の眼の男”だ」

 ルイ=サイファー。
 米国アーカムシティにてナノマシンを実用化させた男、全てのナノテクの祖にして、土塊から命を作り上げるとまで言われた男だ。
 出身地はロサンゼルス、家族構成は両親に加え弟が一人、成人後はアーカムシティに移住し……偉大な功績を残す。
 彼の遺したナノマシンという遺産は、人類に様々な幸福をもたらし、絶望も同じようにもたらした。

 ナノテクは当然兵器になり、ナノ兵器は“べへモス”を例にしても十分判るように、言葉にする事も出来ないような悲惨な殲滅戦を引き起こした。

 だが、ルイ=サイファーを責める事は出来ない、彼はただ造っただけなのだから。
 かつてダイナマイトが発明された時のように、彼はただ発明を発表したに過ぎない、彼を責める事は筋違いだ。
 第一、彼は生きているか死んでいるかも判らないのだから。

「金眼の男、ルイ=サイファーは失踪後、その行方は知れない。 死んだというのが通説だが、俺は何処かで生きてると思うぜ」

 ナノテクを語る時のドクは饒舌だ、深選は特別急いでは居なかったので、その饒舌さを止める事はしなかった。

 それに、金の眼という言葉に深選は思う所があった。
 ……あの時のマイコの瞳と、同じだと。
 そして、バベルの王としてこの上海に君臨するArもまた、“金色の眼”をしている。

『つまり、マイコはルイ=サイファーの同類とでも言いたいのか?』
「いいや?、むしろ真逆に位置する存在かもしれん。 一つだけ言えるのは、人類が進歩してきたのは決して人類だけの力じゃあ無いって事だ」
『……本当に空想だな、そんな言葉をドクから聞くとは思わなかったが』

 深選が呆れたようにぼやくと、ドクはくっくっと笑う。
 その笑みはやけに冷笑的で、彼を知る深選も初めて見るような表情だった。

「なんだよ、俺がファンタジーの話をしたら駄目かい?」
『いいや、ただ意外だ』
「なぁ深選、ナノマシンってのはルイ=サイファーが遺していった知恵の実だ、それをどう使うかは人間次第だ。 だが雉鳴舞子……いやさ、あの“落とし子”は違う、知恵の実を人間から奪い、人から闘争を取り上げようとする。 ……ナノブレイカーとは良く言ったもんさ、お前さんみたいな闘争でしか生きる事の出来ない人間が関わるモンじゃ無かったのに」

『……ドク?』

「人類っていうのを進化させるには、もっともっと甘い蜜を吸って、もっともっと禁断の果実を貪らないといけない、だっていうのにその密たる、果実たるナノマシンを取り上げるなんてのは、本当に傲慢な話だと思わないか?」

『ドク、少し疲れているんじゃないか?』

「……いいや、ちょっと熱くなっちまったな」

 深選はドクが興味のある分野において熱く語るのを知っていた。
 だが、それでも“今のドクは異常だった”。
 日焼けして浅黒い肌に冷笑的な笑みを貼り付けて、何処までも何処までも、嘲笑うように喋り続ける。
 いや、喋るように哄笑しているのかもしれない。

「アレはな、ジャンヌダルクなり、天草四郎なりに“語りかけた存在”なんだよ」
『……神だとでも言うのか』
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 ドクは爆笑する、“不思議と喫茶店にいる筈の他の客は誰一人、その爆笑を気にも留めない”。
 まるで深選とドクだけが、時間の中に取り残されたようだ。

「アレはただの“落とし子”さ、神だなんて大層なものじゃない。 だが人間でも無い、もちろん亜人でも無い、さぁ、あの子が何に見える?、天使かな、悪魔かな、さぁさぁさぁ、答えは深選、君が自分で出すんだ、さぁさぁさぁ、“私”にも聞かせてくれ、アレの正体は、一体何なんだ!?」

 深選には思い出せない事が一つだけあった事を、“今、思い出した”。
 自分は、一体何時、この闇医者と知り合ったんだ?。
 
 ルルイエ戦役で、重傷を負った時に、そういえば誰かの“冷笑的な哄笑”を聞いた気がする。

『ナイアルラトホテップ!』

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――」

 空間が、割れる。



「ちょっと、深選!」
『……マイコ?』

 何度目か舞子に呼びかけられて、深選の意識はようやく舞子に向いた。
 自分が“ぼんやりとする”なんて事は随分久しぶりだと深選は思った、何故自分が今外を歩いているのか、それは何故だったか……。

「……ちょっと、調子悪いの?」
『いや……俺は、何故此処に?』
「“ドクの診療所が直った”から、様子を見に行った帰りでしょ。 ねぇ、本当に大丈夫?」

 あぁ、と深選は思い出す。
 そういえばそうだ、何故直ぐに判らなかったのが深選にも不思議な程だった。
 ドクの診療所が直ったというので、舞子の診察もかねて様子を見に行ったのだ。

『……』

 本当にそうか?、と刹那に思う。

「ねぇ深選」
『ん』

 だが、その思考は舞子の呼びかけで直ぐに中断された。
 もう冷笑的な笑い声は聞こえてこない。

「私なりに、深選に報酬を渡す事を考えたの」
『ほう』

 道を歩きながら舞子……今ではちゃんとした服、ドクが“好意”で与えたという洒落た……というか、少しヒラヒラとし過ぎる感のある服を着た舞子が立ち止まり、深選を見つめた。

 そして――――


[No.169] 2011/05/01(Sun) 00:02:03
アンダー・ザ・ムーンライト#2 (No.169への返信 / 6階層) - 咲凪

 上海の夜空に月は見えない。
 大気が汚染されている事もあるが、夜空を埋めるのは星では無く、投影広告だからだ。



 深選は結局、雉鳴舞子という存在に迎合しなかった。
 彼女が指示した方策で、十全に損失分を補って余りある金を報酬として受取っている。

 全てが万事、何事も無かったかのように綺麗に収まったのだ。

 深選は十分に報酬を得た、もう舞子という存在は切り捨てて良い、思考を割く理由の無い“もはや何の関係も無い”存在だったが、それでも深選は少し彼女の事を思い出した。

『誰かに、アイツの事を“定義しろ”と言われた気がする』

 舞子と別れたあの日まで、深選は思考の多くをそれに傾けていた。
 “何者か”とのやり取りにより、自分は雉鳴舞子が何者であるかを定義しなければいけない、その課せられた“役目”は、他ならぬ雉鳴舞子が発案した「深選に報酬を与える方策」で解決してしまう。

『マイコは“迷子”だったんだ、この上海に居るべき考えも価値観も持っていなかった、だから“返した”んだ……』

 深選は、その選択を後悔しては居ない。
 例え、それが非難されるような方法であったとしても、雉鳴舞子が進む事を選んだ道は、結局はそれしか残されて無かったのだから。

 舞子は少しの間、深選と一緒に暮らしていたので、深選のアパートには少しだけ彼女の“私物”と言えるものがあった。
 これもそろそろ処分しなくてはいけないな、と……深選は思った。



 大気が汚れたこの世界で、月を見る事は“難しく”、そして“容易い”。

 雉鳴舞子は今――――月に居た。


[No.170] 2011/05/01(Sun) 00:02:45
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