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   スチームパンクスレ再録2 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 22:42:56 [No.23]
赤の退魔剣士2 - ありくい - 2011/04/24(Sun) 22:43:25 [No.24]
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クレメンティーナは眠らない4 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 22:50:49 [No.33]
赤の退魔剣士3 - ありくい - 2011/04/24(Sun) 22:51:24 [No.34]
人形の視座1 - 桐瀬 - 2011/04/24(Sun) 22:51:59 [No.35]



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スチームパンクスレ再録2 (親記事) - アズミ

です。

[No.23] 2011/04/24(Sun) 22:42:56
赤の退魔剣士2 (No.23への返信 / 1階層) - ありくい

 4番街目指して歩いていくすがら、大我はカタリナと様々な話をした。初対面の相手に込み入った話をとも思ったが、カタリナはこれから色々と世話になる店の者であったし、人気無い山奥で育ち、今は天涯孤独のわが身のことを話しても誰に災いが及ぶでもないと思い直した。なにより、逆にカタリナが話してくれる話に興味が尽きない。

 「へえ、自動人形ねぇ……。九十九神なら見たことはあるが、それと似たようなもんを人間が作ってるなんてなあ」

 「ふふ、その内に嫌でも会えますよ、きっと」

 自分がその一人だとは、あえて言わない。いつまで気づかないかという悪戯心半分と、このまま人間扱いしてもらうのも心地よいという願望が半分。
 そんなカタリナが、数少ない大我の話題の中で特に興味を示したのは、大我が持っていた日本刀の事であった。

 「ほえ〜、これが翠璃様が手を加えた刀ですか。あ、この鞘蒸気機関が組み込まれてますね。この感じだと、空気周りですか」

 「うわ、見ただけでよく分かるな……正解。元は大昔の銘刀らしいんだけど、クソ親父が水仙寺翠璃さんに頼んで改良してもらったらしい。今じゃクソ親父のほぼ唯一の形見さ」

 過去を懐かしむように鞘に収まった刀を見つめる大我に、カタリナが問う。

 「お父上とは、仲が良かったんですか?」

 途端に大我の表情が曇る。げっそり、という形容がぴったりな風に。

 「仲良かったっつーか……修行でしごかれた記憶しかねえな。食い物は自分で獲れって奴だったし、そこらの木の棒一本で熊を倒せとか、谷底にいきなり突き落とされたこともあったなぁ。あん時は帰るのに二月はかかったっけ」

 「………」

 剣聖と謳われた猛者も子育てに関しては大雑把なようだった。
 でも――と、返答に詰まったカタリナに大我は続ける。

 「確かにとんでもねぇクソ親父だったが――血も繋がってねえこの俺を育ててくれて、生きる術を叩き込んでくれた上にこうやって、自分が居なくなった後の事まで考えてくれやがる。感謝しねぇとな」

 そう言ってはにかむ大我は、妙に、幼く見えた。












 運が悪いと言ったら、将に今夜の彼女の事を指すのであろう。たまたま4番街に寄る必要が生じ、たまたま足を向けたら、たまたま用のある店が少し入り組んだ場所にあったために見つけるまで時間を食い、たまたまそこでの話がこじれ、挙句解放されたのが夜もどっぷりと更けた頃であった。

 結果どうなったのかと言えば、人気の無い路地で怪しげな人影に待ち伏せされ、命を狙われる羽目に陥った。出会い頭に放たれた刃物――それは医術用のメスのような形をしていたが、彼女にそこまで確認する余裕は無かった――が彼女の持っていた鞄によって殺人を免れたのは完全なる偶然で、この日の『たまたま』が彼女に味方したのは、この時ただ一度であろう。

 しかし、『たまたま』がそう何度も続くはずも無く、必死で逃げた甲斐なく彼女は袋小路に追い詰められた。切り裂きジャックの単語を思い出す余裕も無く、目の前にぎらつく白刃の前に涙を浮かべ、壁を背に力なくへたり込む。

 「―――――」

 目の前の怪人が何事か呟くと、特に躊躇も無く手にした刃を我に向かい振り下ろす。こんなものか。こんなもので自分の人生は終るのか。
 悔恨と怨嗟の言葉を心の中に浮かべながら観念して目を閉じる。我が怨念、せめて眼前の仇を討ち取るべしと。


 ガキ……ン!

 しかし、その想いは甲高い金属音にかき消されることとなる。何事かと目を開けると、暴漢が振るった刃と自分との間に、にょっきりと鋼が生えているではないか。
 もちろん、壁から鋼が突き出た訳ではなく、誰かが放った日本刀が壁に突き刺さり、それが凶刃を受け止め自分ん命を救ったのだと、彼女は一瞬遅れて理解する。

 「――ったく、次から次へと……帝都っていうのは伏魔殿の事だったのか?」

 何処からか声がすると思えば、暴漢と彼女の間に人影が割り込む。人影は壁に刺さった日本刀を引き抜くと、暴漢に向けて構える。

 「お前が『切り裂きジャック』とやらかどうかは知らねえが、どっちにせよこの凪宮大我、見過ごす訳にはいかねえ!」


 それは月明かりに照らされた、赤の退魔剣士。


[No.24] 2011/04/24(Sun) 22:43:25
ジャックが笑う4 (No.24への返信 / 2階層) - アズミ


 女が悲鳴をあげて逃げていく。
 切り裂きジャックは、何も言わなかった。

「…………」

 ただ、両手に保持したメスから握る力をほんの少しだけ、抜いた。

(やる気だな……)

 ジャックの戦闘の術理は推し量りかねたが、少なくとも逃走を考える相手の放つ殺気ではない。仕掛けてくる。
 大我との間合いは約5m。抜刀済みの泥慈威は聊か遠いが、納刀するだけの隙は無さそうだ。

(詰めるか……)

 大我のすり足が石畳を擦った……瞬間。

「邪魔だな」

 何事か呟いて、ジャックが動いた。
 ……大我の目前まで!

「――ッ!?」

 甲高い金属音が二つ、夜闇に響く。
 右の一撃目を柄で弾き、左の二撃目を……刃で弾くことに何か猛烈な嫌な予感を覚え、身を捻ってかわす。

 しゅこっ、という軽い音が響いた。
 瞬間、大我の背後にあった青銅製のガス灯が、藁でも断ち切るように真ん中から両断されて崩れ落ちる。

「ンだ、とっ!?」

 予想外の威力に驚く暇もなく、返す刀で右の刃が迫る。食らえばひとたまりもないことはたった今背後のガス灯が証明してくれた。
 ならば――!

「はッ!」

 石畳を殴りつけるように掌を叩きつけ、反動でジャックに向けて跳ねるように身をかわし、斬撃の『内側』を潜る。
 そのまま当て身を叩きつけると、真上からジャックが肺から息を絞り出す音が聞こえた。
 勢い、両者の身体が離れる。大我がすかさず後方に飛ぶと、ジャックもまたこれに同調して間合いを取った。

(なんだ――今のは……?)

 左右両刀とも、見た目あまりにも貧弱な刃だ。そも戦闘用に鍛えられた刃には見えない。実際、柄に受けた一撃目は技の鋭さに比してあまりにも軽かった。
 問題は左の二撃目。青銅の柱を一撃の下に両断する鋭さと膂力。
 武器が特別なのか?
 左の武器だけ何か仕掛けがあるのか?

(違うな)

 本能でそう悟った。返す刀で放ってきたあの二撃目も、『必殺にできた』。奴の手管がそう言っていた。
 黒い外套に目深に被った山高帽。表情も体格も推し量りかねる、奇妙な相手だった。少なくとも打ち合った感触として男には違いなさそうだが。

 ジャックが動く。
 今度は充分な溜めを以って迎撃できた。
 刃で受け流す。…一合、二合……三合、四合……。

(五合目はあれが来る!)

 納刀しながら体をかわし、泥慈威を抜き打つ!
 鞘が蒸気の咆哮をあげ、神速の刃がジャックを捉えた――はずだった。

「――『強靭』」

 ジャックは惜しげもなく両手の刃を放り捨てると。外套を翻して泥慈威を『絡め取った』。

「――ッ!?」

 布で刃物を絡め取る術理自体は珍しくはない。だが、この封魔刀・佐上義鷹"泥慈威(デイジー)”、生半な業物ではない。この急場でそんな曲芸じみた技で防がれるとは――!

「大我さんっ!」

 背後から響いたカタリナの声に、大我は我に返った。
 切り裂きジャックが外套から次の刃を引き抜いている。その狙いは――。

「――やめろォッ!」

 叩き落す暇はなかった。かわせ、と叫んでも無駄であることは解っていた。
 だが――後に思う。まだ他に、何かやれることはあったのではないか、と。

 とす、と。

 酷く呆気ない音を立てて、カタリナの胸にジャックが投擲した刃が突き刺さったのが、見えた。

 脳髄が沸騰するのを、感じた。

「が――ああああああッ!!!」

 ジャックの二撃目が迫っていたが、構うことなく納刀、再び踏み込み、居合で逆袈裟に斬り上げる。

「ちッ!」

 切りかかってきた刃物ごと、ジャックの右手を深く薙いだ。
 いずれにせよ離脱する腹積もりではあったらしく、ジャックが大きく飛びずさる。
 右手は皮一枚で繋がっているような状態だったが、気にすることなくそのまま走り去った。
 一瞬だけ追うことを考えたが、カタリナの呻きが大我に冷や水を浴びせかける。

「カタリナッ!」

 慌てて駆け寄るが、刃物は正中線やや左寄りの胸に深く突き刺さっている。
 致命傷だ。そんな考えが過ぎったが、強引に振りはらった。

「医者を――!」

「呼ばなくていい」

 背後から男の声がかかった。
 振り向くと、コートを着た青年が二人を見下ろしている。

「俺が『直す』」

 男はカタリナの胸元をナイフのようなもので切り開くと、手にしたステッキを当てて何事か呟き始めた。
 治療行為には見えない。大我は焦ったが、青年の肩からちょこんと降りた小さな影が、言った。

「大丈夫よ。マスターはこの子のことは世界で一番よく知ってるわ」

「っ……!?」

 ぎょっとしてその影を見た。
 人形。小さな人形が、独りでに動いて喋っている。

「あ、あんた、一体……い、医者……」

「いいや」

 青年は首を振った。
 そして、冗談めかすでもなく、こう言ったのだ。


「魔法使いさ」


[No.25] 2011/04/24(Sun) 22:44:07
ジャックが笑う5 (No.25への返信 / 3階層) - アズミ

「チッ……ここで会ったが100年目、と行きたかったが」

 ウィンストンは斬られた脇腹の感触にぞっとしないものを感じながら、マクシムスRoute-9を構えた。
 目の前に立つ、切り裂きジャックに。

「…………」

 切り裂きジャックは無言。図ったかのように、月明かりを背後にしており表情は読めない。
 清水知己を尾行中、女の悲鳴を聞いて慌てて駆けつけてみればこの有様。出会い頭に拳銃3発と一太刀を応酬したが、成果を挙げたのはあちらの斬撃だけだった。

「年貢の納め時は、こっちの方かな……」

 ジャックが身を落とす。
 ウィンストンは覚悟を決めた。
 なんとしてでも生き残る覚悟を、だ。
 最低でも、ジャックの顔を見て生き残らなければければ斬られ損だ。
 脇腹の傷は深かったが、だから何だと言うのだ。『命惜しさ』なら、当に犬に食わせてある。
 じりじりと間合いを測るジャックを急かすように、引金を引いた。
 ジャックが地を踏む。

「来い!」

 傷で集中が乱されたか、2発はあらぬ方向に飛んで行ったが、それでも最初の一発は狙い違わずジャックの頭部に突き刺さる。
 が、弾かれた。がぎん、という高い金属音。何かの魔法防御か。
 しかし、衝撃はジャックの山高帽を確かに弾き飛ばした。

「ぐおっ!?」

 一方のウィンストンもまた、肩口から切り裂かれ、路地に転がる。

「ジャック……!」

 切り裂きジャックが、こちらを見ていた。
 流れるような銀髪。澄んだ海のようなコバルトブルーの瞳。20前後の、精悍な顔立ちの若者。

「お前が、ジャックか……!」

 銃を持つ手が上がらない。血を失い過ぎた。

(万事休すか……!)

 だが、ジャックはウィンストンから視線を外し、通りの先に顔を向けた。
 そこには……。

「……また会ったな」

 ウィンストンが尾行していた清水知己、その人がいた。





「あぁ、また会った。
 覚えていてくれて嬉しいよ、清水知己」

 そこで初めて、ジャックが笑った。嘲りを全く含まない、本当に旧知の友にあったような、淀みの無い笑みだった。

「よく、言う。
 そっちで記憶を奪っておきながら」

 舌打ちする知己の肩から、白が浮かび上がった。

「退がれ、マスター」

 生来の慇懃な口調はなりを潜め、人形の飛竜が端的に言う。

「アレは厄介だ。一手仕損じれば殺される」

 知己は一瞬だけ不満を口に漏らしかけたが、白の言葉に従って一歩退いた。代わって、サヤと黒がそれを庇うように前に出る。

「……初めてみるな、どの人形も」

「挨拶は不要だろう?」

 白が言う。言葉と共に、その口から稲光が漏れ出た。

「どうせ、ここで死ぬのだ」

 荷電粒子の火線が走った。
 口径は絞ったが、当たればその暴虐な熱量の前に生きて耐えきるものなどありはしない。――が、白は一片たりとも油断はしなかった。

「『停止』」

 目の前でジャックが荷電粒子砲を外套で弾く光景を、どこか予見さえしていた。

「なッ……!」

 知己が息を呑んだ。人形作成に関しては天賦の才を持つとはいえ、魔法の戦闘運用に関しては素人に近い。サヤもまた眉をひそめたが、当の攻撃の主たる白だけはその術理を見抜いた。

「分子運動制御か。相当に練り上げた『杖』だな」

「御明察」

 ジャックはとぼけもせずに首肯した。
 杖の記述式が1000を超えたあたりから、一人の魔法使いは(内在魔力に左右されるにせよ)ほぼ万能の力を振るうが、それでもその根本的な術理には一定の法則がある。
 ジャックの外套の場合、分子運動を制御するタイプらしい。着弾した荷電粒子の熱量を奪うなり、外套の分子結合を強化するなりして防いだのだろう。
 さしもの荷電粒子砲でも単純に撃ち抜くのは不可能だ。ジャックの内在魔力次第で回数に制限はあるだろう(そして、決してその回数は多くないはずだ)が、それはこちらとて同じこと。荷電粒子砲の発射は最低でも10ギガワットもの出力を要するのである。
 しかし、それ以上に驚異的なのは。
 この状況下にありながら、表情一つ変えない奴の精神、そのものだ。

「挨拶は不要、と言ったね」

 ジャックが外套を翻した。

「同感だよ、人形君。
 どうせ、ここで死ぬのだからな」


[No.26] 2011/04/24(Sun) 22:44:46
ジャックが笑う6 (No.26への返信 / 4階層) - アズミ

 黒の騎士が疾走する。
 大剣が石畳を削りながら走り、掬い上げるような斬撃がジャックに襲いかかった。
 純戦闘用の自動人形の膂力で斬られれば、人体など大根より容易く両断される。

「ふむ」

 ジャックはバックステップで僅かに距離を取った。斬撃の風圧が前髪を揺らすほどの、余裕のない回避。
 夜の風を受けて滑空する白が、右側から肉薄する。メスを投擲して迎撃しようとしたジャックが、僅かに呻いた。

「もらった!」

 再び襲いかかる最大出力の荷電粒子の死神を、コンマ1秒早く身を落としたジャックがかわす。

「危ない、危ない。聊か今のはヒヤリとしたよ。
 今のが最後かな?」

「チッ」

 ジャックの指摘の通り、聊か無理をして最大出力を捻りだしたため、荷電粒子砲は今ので最後だ。
 だが全く無効に終わったわけでもない。今の一撃で、ジャックの外套に大きく欠損ができた。
 階差機関は一部でも崩壊すれば最早用を為さない。奴の魔法の大半は封じた。
 さらに。

「サヤ、『右側』だ!」

 先刻の一撃に、背後から見ていた知己はジャックの致命的な隙を見抜いた。
 右手の反応が鈍い。

「了解です、兄さん」

 サヤはその一言だけで察したか、黒を再び走らせる。
 ジャックの顔から余裕の笑みが消えた。

(気付かれたか)

 先刻、大我に切断されかかった腕は『癒着』でくっつけたものの、逃走しながらの乱暴な処置だったため完調とは言い難いのだ。
 白兵戦を挑まれた場合、これは致命打になりうる。

「――――!」

 幾条もの白刃が夜闇を引き裂く。
 袈裟がけに襲いかかった大剣をメスで受け流し、そのまま捻じ込むように黒の懐に飛び込んだジャックがその甲冑の如き躯体の間隙を狙って刃を閃かせれば、大剣を手放した鋼の腕がメスを弾き飛ばす。
 ジャックが残った右のメスで鋭い三連撃を放ちながら、片手を外套の下に引っ込めた。

――来る。

 必殺のトリガーを引いたのは同時だった。

「『切断』!」

 ジャックの左手が、電光石火の早業で魔法を黒の肩口に叩きこむ。
 『切断』。工業用、医療用として最もポピュラーな術式だ。効果は読んで字のごとく。分子結合を解除することで、如何なる構造体をも両断する。
 そう、如何なる構造体をも、だ。ポピュラーであるからといって、力不足な術式では決してない。熟練の近接戦闘技能と併用すれば、容赦なく必殺の威力を発揮する。

 黒の左腕が、肩から切断された。

「黒ッ!」

 操作するサヤが叫ぶが、当の自動人形は自我無き故の愚直さで構わずジャックの胸板に蹴りを入れた。

「がァッ……!?」

 180cmを越える長身が空を舞い、ビルヂングの壁面に叩きつけられる。
 自動人形の膂力で、充分な溜めのある蹴りである。肋骨の2、3本で済めば御の字だ。
 戦闘に堪える身体では、ない。

「終わりだ、『切り裂きジャック』」

 知己が言うと、ジャックは笑った。
 幾分力を失っていたが、依然として邪気のない笑顔だった。

「酷いなァ、殺されるかと思ったよ」

「殺しはしない。聞くことがあるからな」

 知己はサヤに黒を回収させ、ウィンストンを治療するように指示した。官憲を死なせると後が面倒だ。
 脇に控える白。荷電粒子砲抜きではさしたる戦闘力は無いが、それでも半死人を見張る程度なら十二分だ。

「何故こんなことを?」

「何故?
 ……まだ、思い出せないのかい?」

「正気で言っているのか、と聞いているんだ」

 問い返すジャックに、知己は苦虫を噛み潰すような表情で応じた。
 思い出せている。一度解けてしまえば記憶操作の後遺症など微々たるものだ。
 この男は、かつて知己に語った。


――僕は愛する人形を完成させるために、人間の部品を利用する。


「禁忌人形に、生殖能力を持たせる?
 そんなこと、出来るはずがない。狂気の沙汰だ」

「狂気。はは、それを君が言うかね」

「言葉には気をつけろ」

 知己が低い声で警告する。生殺与奪を握られた状況で、なおこの態度のジャックに、彼はうすら寒い物を感じていた。

「『出来る』とも」

「なに?」

「君は間違いなく天才だが、3年前から足踏みしている君と違って、僕はこの3年間も弛まず研究を続けてきた。禁忌人形というものを、専門にだ」

 知己は眉をひそめた。
 3年。
 あのおぞましい研究を、3年も。弛まず?……なんて馬鹿げた勤勉さか。
 だが、出来る?出来る、だと?

「そもそも試したこともあるまい、君も。この帝都の人形師、誰一人として。
 出来ないと決めつけているだけだ。誰もが。誰もが、だ」

 ジャックは笑った。
 初めて、知己を、他の人形師全てを嘲るように笑った。

「なるほど、僕は狂人だ。
 だが狂人だから辿りつける領域というものが確かにあるのさ。
 僕には出来る。
 禁忌人形に子を孕ませることも。
 君の幼馴染を取り戻すことも、だ」

「――ッ!?」

 視界が真っ赤に染まった。
 知己は我知らず、ジャックの頭、その僅か10cmほど右の壁面に渾身の蹴りを叩きこんだ。

「マスター!?」

 白が叫んだが、一顧だにせずに知己はジャックを締めあげた。

「――……今、何と言った」

「取り戻せる、と言ったんだ。君の幼馴染を。
 取り返せる、と言ったんだ。君が最大の過ちと思っている、あの時間を」

「嘘を――」

「言う理由があるかね?今の僕に」

「そ……ん、な……」

 知己は狼狽した。
 目の前の狂人をどうすればいいのか、様々な考えが激流のように脳髄を駆け巡った。
 それを世迷言と否定して、殴り殺せばいいのか。

 それとも。

 それとも……。

「受け取りたまえ」

 知己の迷いに答えをくれてやるように、ジャックが懐から手帳を放った。
 思わずジャックから手を放し、それを受け取ってしまう。

「3年前の約束だ。
 君からいただいた資料は得難いものだったからね。
 今、その分を返そう」

 ジャックは懐からメスを出し、軽く振るった。
 石畳に切れ込みが走り、ジャックの周囲1mほどの地面が陥没していく。

「――僕は、君とは仲良くできると思っているんだよ」

 ジャックは笑った。
 相変わらず、邪気のない。
 それこそ、10年来の親友に向けるような屈託ない笑みだった。

 制止する白を尻目に、切り裂きジャックは地下水道の闇に消えた。





 禁忌人形は、『人間を部品として人形を作り上げる技術』あるいはその結実物である。
 つまり、綾を生かさんとした知己の間違いは禁忌人形という技術を選んだそのことにある、とジャックの研究メモは指摘していた。

 その技術の禁忌か否かではなく、そも目指す用途が異なるのだ、と。
 人形作りは構成する手順や事物が同じでも、その目標……『意味』を違えれば、異なる結果を生みだしてしまう。それが純然たる蒸気機械と自動人形の決定的な差だ。
 人形を作れば、人形が出来る。
 仮令、その部品が人間そのものであっても、その思考機関が完全なる保存の行われた脳髄であったとしても。
 それが人形義肢ではなく、禁忌人形である限り。
 完成するのは、人形だ。人形になってしまう。

 だから、今あそこにいる彼女は、人形の『サヤ』なのだ。人間の『綾』ではなく。魂が変質し、変質した魂は人間の精神と記憶を拒絶してしまった。


 それが、知己の間違いだとするならば。それを正す手段は?

 ……簡単だ。
 知己は『保存』したのだから。
 彼女は『死んでなどいない』のだから。
 依然、『彼女たるべき構造物』はそこにあるのだから。

 邪魔物を除けば、それでいい。

「馬鹿な……!」

 知己は激昂した。


「サヤを壊せ、だと……!?」


 ジャックが、どこかで笑った気がした。


[No.27] 2011/04/24(Sun) 22:45:31
博士と人形たち1 (No.27への返信 / 5階層) - 桐瀬

「なんとかってのはどういう事だ」

予想していたとはいえ、目眩がする思いだった。
この人形は自分の立場が判っているのだろうか。

「なんとかっていったらなんとかですよ。そのー、あれです。捕まえちゃったりとか?」

「無意味に語尾を上げると、ただでさえバカっぽいのが余計バカに見えるからやめた方が良いぞ」

「ひどい!バカっていう方がバカなんですよ!」

「知るかそんな事。大体なんで急にそんなこと言い出したんだ」

元々、公安局とはいえ対犯罪用に作られた一日草が、妙な正義感を発揮したとて不思議な話ではない。
それでも、何故急に興味を示し始めたのか。事件ならもう大分前から起こっているはずなのに。

「……何か、見たのか?」

「……関係あるのか判りませんけど……」

◆◆◆

「……本当か?」

「私が故障していなければ間違いありません。あの子から出ていた輻射線の量は純粋な人形とも、人間とも違うものでした。中途半端に人っぽいというか……その、禁忌人形に近いような……」

一日草は、特殊な武装は装備されていないものの、いくらか人形ならではの装置が仕組まれている。
その一つが生物等から発せられる輻射線などを視覚化する事が出来るものだが、そもそもが実用化中の装置であり、洗練されていないが為にそれを組み込む為に本来あるべき機能がオミットされていたりもする。この場合は、平常時の色彩情報を可能な限り削っており、普段彼女の眼に見えているのはグレースケールの世界だというわけである。

「お前が正常かどうかはこの後調べて判断するとして、だ……」

ジャックの犯行や被害者の状況、及び先の警官から伝え聞いた事などを考えると、ジャック本人もしくは近しいところに人形師やそれに類する者が関わっている可能性は高い事は判る。
そこから、被害者から奪い取った人体の一部を人形のパーツとして利用するような可能性は考え得る話ではあるが……

「……その人形がジャックと関係ある確証はないだろう」

「それは……そうですけど」

「じゃあこの話は終わりだ。一応正常かどうかは見てやるからそこに立て」

◆◆◆

「寒いぞ」

「季節が季節ですからねえ」

結局ミリアはその夜、一日草が気になる人形を見かけたという4番街に来ていた。
明らかに気にしている様子だった一日草をまた解放すれば、一人で何かしでかそうとしそうなのは自明であったし、

それを放っておく事も出来なかった。
一日草が目立って公安に捕まろうがどうなろうが、ミリア自身には何の影響も無い話であったが、関わった以上は面倒をみなければならないという気がしていた。公安に戻る事が、一日草にとって良い結果とはならないだろうと感じていた事もあった。

それに、ジャックについても少し気になる点もあった。
ただの猟奇殺人ならなんの関係も無いし興味もなかったが、それが人形に関わるとなると別だ。
禁忌人形の制作は御法度であるし、別段作ってみたいともミリア自身は思ってはいない。
ただ、それを作りそうな人物、あるいは作ったと噂される人物であれば心当たりはなくも無い。

一人は警官にも言ったように清水知己である。
そしてその時にはすっかり忘れていたが、まだ国の機関に勤めていた頃にその手の事にやけに熱心だった奴が居たような記憶がある。個人的に話をした事もあったはずだ。
いつの間にか姿を見なくなったが、今もあの時の執念を捨てていなければ研究を続けている可能性は、ある。
あいつは……

「ミリアさん、どうしたんですか?」

「……いや、少し考え事をしていた。行こうか」

ともかくまずは事実を確認する事だ。
自分の身の振り方を考えるのは、それからでいい。
そう決めて一日草の後を追った。
夜闇に佇む4番街の雑然とした街並みは、まるで先の見通しが立たない現在の状況そのもののように見えた。


[No.28] 2011/04/24(Sun) 22:46:25
ジャックが笑う7 (No.28への返信 / 6階層) - アズミ

 ジャン=カルロ=ピバルディ。
 ミリアが直接面識のある『彼』は、そんな名前だったはずだ。
 帝立蒸気機械研究所の研究員。深い見識を持つ優良な人材ではあったが、閃きには欠ける……いわゆる、目立たない技術者というのが周囲の評価であった。

「気に入らん男だったよ」

 夜の道を進みながら、ミリアは言った。
 数度、研究成果について論を交わしただけの間柄だったが、逆に言えばそれだけで明確な嫌悪を彼女に植え付けるような、そんな男だった。

「私から見れば、明らかに奴のそう言った評価は自身が不当に低く構築したものだった。
 敢えて目立たずにいるためのポーズだったわけだ」

「なんでそんなことを?」

「恐らく、『仮面』の一つだったのさ。ジャン=カルロ=ピバルディはな」

「『仮面』?」

「貴族の一部が『ペルソナプレイ』なる戯れを嗜んでいるのは知っているか?」

 一日草は首を振った。
 さもあらん、表だってやるような遊びではないし、多分に違法性も含む。
 帝都では、身元は金で買える。伝手の有無はともかく、そのこと自体は周知の事実だ。貧困層が糊口を凌ぐために戸籍まで売却することはしょっちゅうだし、没落貴族がその家名を売り払って海外で財を為す場合もある。0から『人間』を作りあげる業者も存在するとかなんとか。
 暇と財を持て余した上流階級の子弟が様々な戸籍を買い漁って、サロンや市井で別人として振舞う、日常の中で一種の演劇を愉しむ行為……それを『ペルソナプレイ』と呼ぶ。
 少なくともミリアはピバルディを名乗った男が『フレモンド伯』の名でサロンに顔を出していたことを人伝に聞いて知っているし、7番街の『スチーム・クラブ』で見かけた時は『5番街のヨハン』を名乗っていたのも記憶している。

「ジャン=カルロ=ピバルディも恐らくそんな中の一つだったのだろうな……と、ここだ」

 ミリアが足を止め、投光式のランタンを掲げる。一日草のグレースケールの視界の中に、ぼう、と大きな洋館が出現した。

「ここが、その……ピバルディ氏の?」

「自宅ということになっている」

 民間人の家としては豪華なほうと言えるだろう。敷地はおよそ120坪、作りの古さから考えて、蒸気革命以前からここにあったものを改修したものだろうか。
 ミリアは門を何やらがしゃがしゃと弄っていたが、やがて一歩下がると錠前に向けてぞんざいに蹴りを入れだした。

「ちょっと、ちょっとそんな乱暴な!?」

「大丈夫だよ、役所で調べてきたが、書類上は空き家になってる」

「そうじゃなくて!こんなところで騒いだら近所迷惑じゃないですか!」

 どう考えても中に切り裂きジャックがいた場合に気付かれるデメリットのほうが問題なのだが、一日草の指摘も若干ずれている。
 ミリアが「じゃあお前がやれ」と退がったので、一日草は仕方なく手刀で錠前を両断した。





 大量の紙束を放置した書斎はダミー。本命は、本来食料倉庫だったと思しき地下スペース。それも一見して空の箱に二重底で仕込む。

「……いやはや、セオリー通りだな」

 ミリアは呆れたように呟いたが、背後の一日草は他ならぬミリア自身にも呆れているように見えた。

「ミリアさんもこういうところに大事な書類を隠したりするんですか?」

「……まぁ、そんな時期もあったかな」

 言いながら、ランタンの明かりを絞る。
 書類を読むためというより、自身の表情を隠すためだろうと一日草は直感した。
 ミリアはばらばらと紙束をめくっていく。速読の心得があったとは初耳だが、別段驚きはしなかった。ものの数分で、頁を送る手が止まる。

「……黒だな」

「え?」

「ヴィクター=フランケンシュタイン著、『11月の憂鬱』の写し。……禁忌人形作成のハウツー本だよ」

「それって……」

「半世紀前に禁書指定を受けてる。単純所持でも帝国教会に異端審問にかけられかねんシロモノだ……他にも、『シェム・ハ・メフォラシュ』、プリンの『妖蛆の秘密』……」

 そして、他の資料とは一線を画す、頻繁に人の手が入ったと思しき手帳を手にする。


「そして、奴自身が書いたと思しき禁忌人形への臓器搭載に関する研究データ!
 何か弁明はあるか、ピバルディ!」

 ミリアが怒鳴るように言った。
 一日草がぎょっとして周囲を見回す。
 実のところあてずっぽうだったのだが、果たしてミリアに応える者があった。

「……お久しぶりですね、アーリア研究員」

 がらがらと、粗雑な作りの車輪が回る音がした。ミリアが音の元へランタンを向けると、奇妙な影が近付いてくる。
 一日草がそれを見た印象は、『帽子掛け』だった。
 キャスターのついた一本足に、案山子のように斜めに伸びた腕、その上にはパペットのような随分簡略化された頭部が据え付けられている。身にまとった外套と帽子のおかげで、どうにかそれが『人形』であると気づくことができた。

「思考を模写したメッセンジャーだ。戦闘能力は無い」

 ミリアが小声で言ったが、一日草は警戒を解かない。
 そんなこちらの事情にはお構いなしに、メッセンジャーは言葉を紡ぐ。

「そろそろ当局の捜査が及ぶことは覚悟していたが、まさか君がここに来るとはね」

「私自身、気まぐれが過ぎるとは思っている」

 ミリアは憮然として言った。
 ここまで関わってしまったことが不満なのではない。これで、本格的に関わらざるを得なくなったことが腹立たしかった。

「お前が『切り裂きジャック』だな、ピバルディ」

「いいや、『切り裂くジャック』が『ピバルディでもあった』のさ」

 不敵に笑うメッセンジャーの向こうに、ミリアはあのイラつく研究員の顔を幻視した。


[No.29] 2011/04/24(Sun) 22:47:15
狂人と溶鉱炉 (No.29への返信 / 7階層) - 咲凪

4番街での事件の翌日、帝都のカフェテラスで学生服の男と夜を彷彿とする黒いゴシックロリータに身を包んだ少女が、かたや新聞を読みつつ、かたや紅茶を啜りつつ談話していた。 雉鳴大吾朗と溶鉱炉である。
 結果として、4番街で起きた切り裂きジャックの凶行と、それに対峙した者達の一連の出来事を雉鳴大吾朗は目撃する事が出来なかったのだ。

「こいつは参ったな、チャンスだったんだが……」
「残念だったわね」

 レモンを乗せた紅茶を啜りながら、溶鉱炉はにこやかに微笑んでそう言った。

「嬉しそうじゃないか、溶鉱炉」
「それは当然よ、切り裂きジャックに対面せずに済んで一安心だわ」

 大吾朗の読んでいる新聞には切り裂きジャック出現の報が掲載されていた、出現地区は4番街、完全に見当違いの方向を大吾朗達は探していた事になる。
 溶鉱炉が上機嫌なのは、切り裂きジャックが、その容姿を運良く逃げ延びた被害女性や居合わせた官憲に見られた事で、新聞にその似顔絵が掲載されている事だった。
 これで切り裂きジャックはその神秘のベールを削がれ、大吾朗の馬鹿も興味を失っていくだろう、そう考えたのだ。
 まして、ここまで情報が一般に開示されているならば、逮捕も近かろうと溶鉱炉は思っていたのだ。

「果たして、それはどうかな?」
「えっ?」
「帝都の官憲は優秀だ、認めよう。 だが帝都の闇はそれ以上に深い、帝都の夜は、それ以上に暗い」

 まだまだ楽しい事が控えている、言外にそう含めながら、大吾朗はニヤリと顔をゆがめた。
 溶鉱炉は知らない事だが、大吾朗のその指摘は実に正しかったと言える。 官憲としてはまだ切り裂きジャックのおおよその顔は混乱を避ける為に秘匿情報としておきたかったのだ、新聞にその情報が流れたのは、逃げ延びた被害女性からというのが真相だ。

 これがまた、若干の誇張が混じっていたから始末に終えない。

 官憲には無数の情報提供が溢れていた、その数はどんどん増えていく一方だったが……共通点を見出せる情報も少なく、また明らかに悪戯と思われる情報もあった。
 この多すぎる情報提供に官憲は人員を割かれ、捜査を乱され、血に飢えた夜はまた、深く、暗く、切り裂きジャックの顕現を待ちわびる事となった……。



「では、少しアプローチを変えてみよう、溶鉱炉」
「今度は何に付き合わされるのよ……」

 腰掛けていた椅子から立ち上がり、近場のゴミ箱に読み終えた新聞を捨ててきた大吾朗を、腰掛けたままの溶鉱炉がジト目で見上げた。
 大吾朗としては、方針を転換した以上、彼女に付き合ってもらう理由は無かったのだが……せっかくなので、このまま道連れにする事にした。

「生き延びた被害者は初めてだ、是非会ってみたい」

 溶鉱炉は、別種とはいえ狂人に会わなければいけない被害者に深く同情した。


[No.30] 2011/04/24(Sun) 22:47:56
人形夜会2 (No.30への返信 / 8階層) - アズミ

 昼間アップルパイを広げた作業台の上に、カタリナの身体を静かに横たえる。

「あー、慣れない肉体労働はするもんじゃないな……」

 千多が大きく息を吐く。
 自動人形としては破格の軽さだが、それでも完全に脱力した状態の躯体を通りから縁起屋まで運ぶのはそれなりに重労働であった。
 体力的には大我の方が上だし実際そう申し出たのだが、身長の関係で足を引き摺ってしまうので結局千多が運ぶことと相成った。
 背後で大我少年が妙にしょぼくれているのは、カタリナを守れなかったことばかりが原因ではあるまい。

「あの、さ。千多の兄貴。カタリナ……治るのか?」

 カタリナが自動人形であることは千多が既に説明したが、それでも胸を肉厚の刃で貫通されているのである。素人目には大丈夫には見えない。
 が、千多はぱたぱたと手を振った。

「中の晶炭ごとボイラーを撃ち抜かれて燃料切れになってるだけだ。このぐらいならどってことはない」

 言いながらぷちぷちと背中のボタンを外し、カタリナの上半身を裸にし始める。
 露わになった豊かな乳房を目にしてしまってから、大我は慌てて部屋の外に飛びだした。

「お、俺邪魔するといけないから外出てるッ!」

 千多も思わず苦笑い。

「初心だなぁ」

「あれが普通よ、あのぐらいの年なら」

 作業台の脇で必要な道具を並べ始めたクレメンティーナが口をとがらせる。

「6歳で私のスカートをめくったどこかの誰かさんと違って、可愛げがあるわ」

「……いいかげん時効にしないか、それ」

 頸椎のあたりと鎖骨の間に埋没している小さなスイッチを操作し、背中のメンテナンス用ハッチを開きながら千多がげんなりとする。

「だいたい、ほら。参考までに偉大なる先達の作品を見せてもらっただけだって。他意はないんだって」

「へー、そう。
 それにしては初めての人形は随分スタイルのよろしいこと。私と違って」

 ダメだ。なんか妙に臍を曲げている。どういうわけだかカタリナのメンテ中はいつもクレメンティーナの機嫌が悪くなるフシがあった。
 千多は反論を諦めて作業に集中する。
 シリンダーの停止を確認してからチャンバー脇のつまみを『停止』まで捻る。ボイラーに熱が残っていないのを確認してから展開すると、壁面に小さな亀裂が入り、中の晶炭が砕けていた。

「ボイラーは丸ごと変えた方がいいな……」

「替えを持ってくる?」

「いや、昼間の奴を使う。晶炭だけ持ってきてくれ」

 千多はポケットから缶状の部品を取り出す。
 あのはぐれ人形の冥福を祈りながら、カタリナの故障したそれと取り替えた。
 クレメンティーナの寄越した、5cmほどの正八面体の結晶をボイラーにセットし、蓋を閉じて脇のつまみを回す。
 がちん、と音がして、カタリナの心臓部は再び鼓動を開始した。
 
「とりあえずこれでいい。駆動系のダメージは落ち着いてからゆっくり直そう」

 千多がハッチを閉じると、それに呼応したようにカタリナの両上腕が展開し、勢いよく蒸気が噴き出した。

「……けほっ、けほっ……お父様?」

 晶炭の破片と思しき鉱物を2、3回咳とともに吐き出すと、カタリナはぱちりと瞼を開いた。

「無事で何よりだわ、カタリナ」

「クレメンティーナ大伯母様……」

「その大伯母様はやめて頂戴。
 ……とりあえず服着なさいな」

 クレメンティーナはため息を突いて着衣を促した。
 カタリナにとって千多は父親であり、それに習うならその祖母の娘であるクレメンティーナは確かに大伯母と呼ぶのが妥当なのだが、やはり見た目が永遠の少女たる彼女からすればあまり嬉しい呼び方ではない。
 千多は苦笑いしながら、大我を呼ぶために部屋を出た。





「すまねえ」

 部屋を出た千多を迎えたのは、頭を深く下げた大我だった。
 突然のことに何が何やら解らず首を傾げる千多に、大我は頭を上げぬまま続けた。

「俺が一緒にいながら、カタリナに怪我させちまった」

 そう聞いて、千多はあぁ、と少し納得した。大我の故郷であり……そして、祖母の故郷でもある帝都の東の地域では、帝都における騎士道に似た価値観が広範に普及しているらしい。特に刀を日常的に帯びる戦士階級、それも男性には殊更にその傾向が強いと聞いた。

「……頭を上げてくれよ。
 お前さんにカタリナを守る義理があったわけでなし……大我少年が無事だっただけ僥倖さ」

「でも……っ!」

「手紙の件は承った」

 なおも続けようとする大我に、千多は先刻預かった大虎からの手紙でぺしりと叩いて制した。

「ただ何分突然なんで、部屋の準備ができてない。今日のところはこの工房で適当に休んでくれ」

「え……?」

「カタリナはまだ動かせない。心細かろうから付いてやってくれよ」

 きょとんとする少年に、魔法使いは意地悪く笑った。

「……でも、変なことはするなよ?少年にはまだ早いからな」





 空が白み始めた頃。
 縁起屋の倉庫の片隅で、未だ一睡もせずに千多はガラクタの山から小さな懐中時計を取りだした。

「お兄様を使うの?」

 何時の間にそこにいたのか、クレメンティーナが背後から問う。
 千多は驚いた様子もなく、懐中時計をコートのポケットにしまい込んだ。

「必要になるかは解らない。だが……一つだけ決めた」

 その視線は鋭かった。
 久しく見ていなかった、『敵』を定めた魔法使いの眼。

「俺の家族を傷つけた莫迦を、この帝都に生かしてはおかない」

 クレメンティーナは、普段の温厚な様からは想像もつかない物騒な視線が、嫌いではない。
 彼が怒るのは大概、家族を傷つけられた時で。
 その家族には、自分たち人形もちゃんと入っているからだ。

「……貴方の望むままにすればいいわ、マスター」

 いつも、お傍に。

 クレメンティーナは静かに魔法使いの隣に侍った。


[No.31] 2011/04/24(Sun) 22:48:52
清水自動人形工房2 (No.31への返信 / 9階層) - ジョニー

 最初の記憶はゴミ溜めだった。

 廃棄区画。
 帝都の地下にある中止された地下都市計画の名残であるその場所は、6番街よりもなお死の臭いと気配の強い、すべてから捨てられた者とすべてを捨てた者が集う土地。
 物心つく頃には既に俺と綾はそこにいた。理由なんて知らない、捨てられてきたかあるいはそこで生まれたか、どちらにしろ俺達に親はいなかった。
 それまで生きられた事、そして生き抜いてこられた事は幸運という他にないだろう。
 廃棄区画にいたはぐれ自動人形を俺が弄り、綾がそれを使い俺達は8歳になる頃には廃棄区画から出る事が出来た。
 入るのは容易でも出るのは困難極るとされる廃棄区画から10にもならない子供が廃棄区画から外に出たのは、おそらくは俺達が最初だろう。
 初めて陽の光を目にしたあの時の事は今でも忘れられない。

 外での戸籍を持たない子供に過ぎない俺達は、それでも運よく施設に保護され戸籍を得る事が出来た。
 とはいえ施設に関して感謝するつもりは今でもない。廃棄区画程ではないといえ、あそこも最低に類する場所だっただから。
 結局、俺達はそこからも飛び出した。

 ただ生きるだけなら廃棄区画出身の俺達には十分出来た。
 だが、ただ生きるだけでは足りないと貪欲に知識を力を求めた。
 それだけの才もあったのだろうが何よりも貪欲さによって、若くして俺は人形師の天才と呼ばれ、綾も人形遣いとして一流と呼べるだけの実力者になった。

 そう、何時も俺達は一緒だった。あの場所からずっと共に歩いてきた。お互いに支え合い拠り所にして戦い生き抜いてきた半身だった。







 ふと、止まっていた手を動かし道具を片付ける。
 目の前に鎮座した黒は既に完璧に修理されている。
 綾が使っていた3体のうち、完全に壊れていなかった緑をベースに赤と青の部品を組み込み修理した自動人形。それぞれに特化した3体の部品を使っているせいで非常にバランスが悪く、その性能は小さく纏めるしか無かった。戦闘用自動人形としてはギリギリ中堅どころの性能があるかどうかというところだ。

 窓の外を見ればすっかり日が昇っている。
 実戦使用は初だった白を念入りに整備し、そして黒の修理と結局一睡もしていない。いや、しないようにしていたか。
 ジャックのあの手帳の中身を考えたくなくて、作業に没頭していたのだから。

 あの手帳の内容は正しいと認める自分がいる。
 ならば迷う事はないという自分がいる。

 確かにあの内容の、俺の過ちの指摘は最もだろうと納得する自分がいる。
 しかし、それで綾が取り戻せるとはまた別だと断じる自分がいる。

 手帳の内容を頭から追い出すように頭を振る。徹夜明けの頭痛が頭に響くが、それが今はありがたい。
 ともあれ、コーヒーでも淹れるべきかと思ったその時、カランカランと鈴の音を立てて工房のドアが開く。
 そちらに振り向けば、意外な来客がそこにいた。

「……久しぶり。というべきかな、二代目さん」

「昔軽く顔を合わせたぐらいだろう。堕ちた天才」

 古物商『縁起屋』の主、水仙寺千多が、そこにいた。


[No.32] 2011/04/24(Sun) 22:50:02
クレメンティーナは眠らない4 (No.32への返信 / 10階層) - アズミ


 11月の雨は冷たい。
 窓の外。街をしとしとと濡らす陰鬱な天気を眺めたまま、千多は息を吐いた。

「そうか、禁忌人形をねぇ」

「…………」

 千多が清水自動人形工房に訪れたのは、昨夜の立ち回りで入院したウィンストンの代わりに知己の事情聴取を行うためだった。
 代わりの警官は動いているが、ウィンストンが一蹴されるほどの切り裂きジャックの戦闘力を鑑みると、警察にはどうにも荷が重い。
 彼らに還元される雀の涙ほどの税金のために死ねというのは余りに薄情だと千多は思うのだ。
 知己は……千多の予測を裏切って、全てをすんなりと話した。
 禁忌人形のこと。ジャックのこと。記憶処理を受けていたこと。

 そして、今現在の自分の惑い。

「……俺には、解らないんだ。
 奴のこの研究メモが正しいのか、単なる狂人の妄言なのか」

 清水知己は魔法も嗜むものの、元来、純然たる技術者として人形を作っている。
 魂魄の存在などそれ自体信じられないというのが正直なところだったし、その制御に至ってはそれこそこの帝都中を漁ってもかの『人形師』とその後継たる千多しか扱えない。

「……まぁ、正しいよ。それは保証する」

 千多の言葉に、知己の表情は揺らいだ。この人形師はどちらの答えを期待していたのか。
 ただの妄言と切って捨てて欲しかったのか、それとも一縷の希望を繋いで欲しかったのか。
 ……あるいは、当人さえそれを判断しかねていたのかもしれない。そういう、混沌とした表情だった。

 数刻の沈黙。

「……綾を」

 知己は慎重に言葉を選びながら、しかし芯鉄を打ち込んだかの如き粘り強さで問い続けた。


「教えていただきたい。綾を、取り戻す方法を」

「魔法使いが己の秘儀を容易く明かすと?」

「思いません」

 即座の返答に、千多が知己に向き直った。
 相変わらず表情は読めないが、視線だけはまっすぐに……射抜くように千多に向けられている。

「どんな対価でも払います」

 有無を言わせぬ意志を感じた。
 魔法使いが己の秘儀を他者に明かすことは、まずない。
 知己はどんな対価でも、と言った。それこそ、全財産、全研究資料、あるいは命さえ払いそうな、そんな有様だ。それでなお足りないなら、実力行使に出てくるだろう。
 千多は傍らに置いたステッキに手をかけた。

「……その、幼馴染を取り戻すために?」

「……」

「あの人形を壊すことに決めたのか?」

 顎で隣の部屋の気配を指す。
 人形製作に使う工房はそれなりに防音性が高い。この部屋の会話は聞こえていないだろう。自分を壊すかもしれない算段も。

「……わかりません」

 そこで初めて、知己は明確な迷いを見せた。

「でも、今の俺にはその選択肢さえない。虫のいい話だということは解っています。でも――」

 千多は、知己の言葉を遮るように、ステッキで一つ、とん、と床を叩いた。
 押し黙る知己。

「……愛していれば、そこに魂は生まれる」

「……?」

 千多は大きくため息を吐いて、言った。


「作り手の意識が、人形の魂を定義する。それが最も基本的な契約だ」





「……まるでおまじないですね」

 知己はその言葉の真意を測りかねて、渋面を作った。
 遠回しの拒否か、韜晦されたのかと思ったのだろう。さもあらん。千多とて、この秘儀を祖母から教わった時、子供相手だからと誤魔化されたように感じたものだ。

「だが事実だ。材料は想念。方向性を与えるのは作った者の愛情」

 帝都の東方には、付喪神という民間伝承がある。長年愛用された物品に魂が宿り、変化するという言い伝え。同じく、こうも言う。人形とは人の形を真似た時点で魂を宿す要項を備えており、ゆえに亡霊の類を宿しやすいと。
 人形に本来主体性は無い。製作者が愛したなら、愛したままの魂を宿し、定着する。
 魂を作るというのは、たったそれだけのことなのだ。

「具体的な手段もまた然りだ。
 重要なのは作り手の意識。お前が、如何に幼馴染を取り戻したいか。それが肝要なんだ」

 ジャックの研究メモを肯定する千多には確たる根拠があった。
 前例があるのだ。禁忌人形はおろか、純然たる自動人形に魂を移し替えて生きている男が、この帝都には一人、いる。

「一度解体して、組み立て直せ。霊器たる脳髄を中心にして、禁忌人形ではなく人形義肢を作るつもりで。
 あくまで、『人間』を組み立てるつもりでやるんだ」

 瓶の中身を変えてはいけない。その中身は、既に必要十分なのだから。人間の綾が生きるための材料は、それこそ魂さえ揃っているのだから。
 問題は瓶のラベルなのだ。そこに『人形のサヤ』と書いてあるから、その魂は人形になった。ならば。

「貼り替えればいいのさ、『人間の綾』に」

 それだけ述べると、千多は席を立った。
 もう話すことは無いとばかりに、一度も振り返らず。

「……たった、それだけのことで?」

「たったそれだけのことを秘儀にしてしまったのが今の人形師だ。
 人形を物か代替にしか思わない。『人形そのもの』のことなんて、真っ向から見てもいない。
 人形を心から愛しているなら魂なんて勝手に宿る。同じように、お前がその幼馴染を心から愛しているなら、たったそれだけで戻ってくるさ」

 ドアを開けるその時、千多が一度だけ視線を向けてきた。
 心の奥まで見透かすような、冷めた鋭い視線だった。

「心から、愛しているならな」

 それは暗に、今のままでは無理だと言い含めるものだった。
 綾か、サヤか。
 悩むままでは、どちらも失いかねない。そういう警告だった。

「……僕が禁忌人形を作ったことは」

「誰かに言うつもりはない。
 人様に迷惑をかけないなら、禁忌を侵そうが法を犯そうが好きにしたらいい。だがな」

 千多の向こうの空で、雷鳴が一度響いた。

「自分のしたことからは、逃げられないぞ」

 法から、倫理から、暴力から差別から貧困から、全てから逃げても自分からは逃げられない。
 それだけ言って、魔法使いは去って行った。

 自分からは逃げられない。
 サヤを作ってしまったという事実は決して消えない。
 綾を取り戻すのは容易いが、彼女とサヤは同時に存在しえない。それは彼岸を渡すよりも困難な奇跡だ。
 選ばなければならない。どちらかを。

 知己は、力なく工房の椅子に身を預け続けていた。


[No.33] 2011/04/24(Sun) 22:50:49
赤の退魔剣士3 (No.33への返信 / 11階層) - ありくい

 大我を工房に押しやると、千多は店に置かれたソファに身を沈めて左手につまんだ手紙をちらりと見る。
 凪宮大虎。幼いころ、一度会ったことがある懐かしい名だ。もっとも、その名前はずっと後になってから聞いたものだけれど。

 眼光鋭く、精悍な巨躯を悠然と構えている。無骨を絵に描いたような人だったが、遠くで様子を伺う自分を目に留めたときは、僅かにその目元が緩んだような気がした。
 何か日本刀の改造?について祖母と話し合っていた。ちょうど今自分が座っている辺りで二人が頭を突きつけて相談に耽っていたのを覚えている。
 すらりと伸びた刀身が、ランタンの明かりを鋭く反射するのが美しいと思った。

 「中々面白い縁だが……鬼と人の子、ね。いつ爆発するか分からん爆弾が転がり込んだ気分だな」

 あの剛の者は、一体何を思って我が子を此処に寄越したのか――

 「では、投げ捨てて見ない振りをする?」

 悪戯っぽい口調のクレメンティーナの言葉に苦笑する。

 「まさか。まぁ安全に火薬を抜き取る方法でも考えるさ。……ともあれ、今はもう一つの爆弾の方だ」

 手紙を懐に仕舞い立ち上がると、ふわりとその肩にクレメンティーナが飛び乗る。
 そのまま部屋を出る。目当てのものは、倉庫に保管されている。







 「魂を宿す方法、ね……」

 11月の雨は冷たい。
 清水自動人形工房の軒先で、大我は独り言ちた。永く使われてきた道具に魂が宿る付喪神なら何度か目にしたことがあるが、その類のものを人為的に作り出すなど聞いたことが無かった。
 聞いたことが無かったが、それを実際に行うことの出来る人物と、実際にそれで生まれた人物の両方に会った。

 その内の一人が今、この建物の中に居る。切り裂きジャックと対峙して負傷した警部の代わりに事情聴取に行くという千多に、大我は無理やり着いて来たのである。
 自ら行動に出ずにはいられなかった。決して邪魔にはならないからと頭を下げた大我を、千多は止めはしなかった。

 そうして行き着いたのがこの工房だ。扉をくぐろうとすると、ここで待て、と手で押しとめられた為に手持ち無沙汰に待ち惚けている。
 清水知己という人物は千多と顔見知りという話だから、他人が居ないほうが色々と話しやすいのであろう。……そう自分に言い聞かせながら不機嫌な空を仰ぐ。そして昨夜のことをぼんやりと思い出す。







 カタリナについていてくれと言われ工房に押し出されたものの、一体どの面を下げて会えばいいのか分からず、数十分を頭を抱えるだけで消費した。

 「なんて無力、なんて無様だ――」

 あの時、不穏な空気を嗅ぎ取って一人で駆け出した結果がこれだ。カタリナの胸にメスが突き立った瞬間がフラッシュバックする。
 何とかなると思った。何とかできると思った。
 何もならなかった。何も出来なかった。

 「……っ。カタリナ、入るぞ……」

 どのくらい経ったか、一人で悩む事に耐えられなくなり意を決してドアを開ける。

 「あれぇ、大我さん」

 予想に反して、聞こえてきたのは明るい声だった。まるで、縁起屋に案内してもらう道々に交わした雑談の時のような。

 「帝都に着いた早々、災難な目に遭われましたね。お怪我はありませんでしたか?」

 作業台の上に横たわるカタリナは、一目には元気そうであった。

 「あ、あぁ……。俺は、なんともねぇよ。それより、お前の方こそ……大丈夫なのか?」

 しかし、少し注意深く見れば、元気そうに動いているのは首から上だけで、身体を起こすのも容易ではないようであった。カタリナの身体を支えながら、大我は問い返す。

 「私はまあ、最悪頭さえ残っていれば修復は可能ですから」

 お父様からは大目玉ですけれどね、と舌を出す。その様子が痛々しく見えて、大我は声を張る。

 「――すまねえ! 俺があの時一人で突っ走ったりしなければ……奴が獲物を投げるのを止められてれば……。俺なんかと会わなければ! お前はこんな目に遭わずに済んだんだ……!」

 どう償えばいいのか――謝っても謝りきれない。一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていた。

 目を伏せてどれくらい経ったろう。何十分と流れたか、それとも数秒の出来事か。

 「……ぷ。くくっ……あはは」

 ……聞こえてきたのは、無邪気なカタリナの笑い声だった。
 力なくうなだれる大我が、まるで叱られた子犬のように見えて笑いが止まらなくなってしまったのだ。

 「ふふ……ご、ごめんなさい。身内以外で私のことをそこまで案じてくれる人は居なかったものですから」

 訝しげにカタリナを見る大我に、カタリナは取り澄まして言う。

 「今回の事は、不用意に危険に近づいた私の自業自得です。どうか気になさらないでください。……と言っても貴方は気に病んでしまいそうですから」

 柔らかな笑みを浮かべて大我を見る。

 「今度私が危険に晒されたら、その時こそ助けてくださいね」

 指切り、と上手く動かない腕を上げ、小指を立てる。
 大我は暫くその指を見つめた後、徐に自分の小指を絡めた。音がしそうなほど、強く。

 「約束する。今度こそ絶対にお前を守ってみせる……!」









 「何が出来るかは知らねえが……」

 相変わらず、不機嫌な空は冷たい雨をざあざあと降らせる。
 腕を組み身体を壁に預けた格好で、肩に立てかけた刀の重さを確かめる。

 「……何も出来ないままで終れるか!」


[No.34] 2011/04/24(Sun) 22:51:24
人形の視座1 (No.34への返信 / 12階層) - 桐瀬

「貴様、どこまで本気だ」

「どこまで?僕はいつだって本気さ」

思考を模した人形と言うのは話し相手としては最悪だと一日草は思う。
最低限喋る機能しか備えていない為、表情から何かを読みとる事も出来ない。
暗くて表情は判り辛いが、ミリアからも苛立ちが伝わってくるようだった。

「何故禁忌人形など作ろうと考えた」

「彼女が望んだからさ。
 僕と『同じ』空気を吸いたい。僕と『同じ』モノを食べたい。
 僕と『同じ』になりたい、と」

「望んだ、だと……?」

「そう。だから僕は、愛する彼女の為に尽くした。欲しいモノを手に入れた」

同じになりたいとはどういう事だろうか。
愛されたいと思うことなら判る。一日草も人形の端くれである以上、一定以上人間から愛されたいと思う気持ちはある。
何かがほしい、という気持ちも判る。ある程度行動に弾力性を持たせるために、自動人形にもほどほどの欲求は備わっている……はずである。

しかし、同じ空気を吸いたい、同じものを食べたい、とは。
それは自動人形としてはひどく不自然な欲求に思える。
基本的に自分達は、今の自分達あるいは環境に出来る以上の事は求めない。
それは自分達の能力を客観的によく把握しているからであり、自分達の立場を認識しているからであり、そして主に無理な要求をして愛想を尽かされない為でもあり……要は箍である。
何かになりたい、と思えばまず自分達で行動して何とかしようとする。
一日草も今回の一件はそもそも自分で何とかしようと思ったわけで、ミリアに話を振ったのはその為に参考意見を伺う程度だったのだが、どうも話の切り出し方がおかしかったようで今に至る。
ともあれ、意図的に設計されたわけではないが、総合的にそういう箍が出来上がっているのであると一日草は認識している。

あるいは昔の自分なら、そんな気持ちも理解できた事もあったのだろうか、などとも少し思ったりもする。

「……質問を変えようか。貴様の人形の居場所はどこだ」

一日草が考え込んでいるうちに、話は進んでいたようだ。
ミリアの苛立ちは最高潮に達しているようにも見えるが、基本的に不機嫌なので本当のところは判らないと思う。

「聞いてどうするつもりかな?」

「それに答える義理はないな」

「ならば僕も同じ答えを返そう」

「……そうか」

それだけ言って、ランプを床に置き空いた手でポケットからメスを取りだす。

「『切断』」

メッセンジャーに近付くと、メスを一振りしてその頭部を斬り落とす。
あまりに警戒心の無さ過ぎる動きに、一日草は器官が冷える思いだったが、突然爆発したりというようなことはなかったようだ。

「ミリアさん、危ないですよ!安全だと思ったら急に――!なんて日常茶飯事……らしいんですから!」

「バカに言われなくても判ってる。こっちだって計算はして動いてるんだ」

「こんな時にまでそんな事言わなく――!」

「静かにしろ。誰か来ても面倒だからさっさと帰るぞ。ランプはお前が持て」

言うが早いが、ミリアはさっさと地下倉庫から出て行こうとしたので、一日草は慌ててランプを拾ってそれを追った。

「でも、まだ殆ど手掛かり見つけてませんよ……?」

「あんなメッセンジャーを残してたんだ。もうここにはそんなに重要なモノは残って無いだろう」

その言葉を聞いて肩を落とした一日草を見て、ミリアは付け足した。

「……だがまあ、人形師が階差機関を残していくのは片手落ちとしか言いようがないな」

「……どういう事ですか?」

「こいつをバラして解析してみたら何かが出てくるかもしれないという事だ。
 手が足りなければ知ってる技師を叩き起こしてでも手伝わせる。
 人形の限界を知りながら『壊した』不肖の研究員に、一発くれてやらんと気が済まんからな」


[No.35] 2011/04/24(Sun) 22:51:59
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