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   コテファテ再録1 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:10:32 [No.306]
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コテファテ再録1 (親記事) - 咲凪


 ―深紅の夢を観る―

 ―紅く儚い世界の夢―

 ―赤より紅く泡沫よりも脆く―

 ―それは血では無く、焔でも無く―

 ―ただ一片の深紅が、散り逝く夢―

 ―深紅の、夢を観ていた―


[No.306] 2011/05/23(Mon) 21:10:32
RedT (No.306への返信 / 1階層) - 咲凪

 こと、本当に必要な事とは尽く重要で致命的な事実である。

 誰かが言っていた、零れた水はもう二度と元の瓶には戻らないと。
 全く持ってその通り、その通りの事に気付いていながら――。

 こと魔術師は、ならばと水を戻そうとする。

 例えるならば深紅の部屋であった。
 紅い光に満ち、薄い灰の色をしているのに深紅としか見えない壁。
 その深紅の光の紅さは苛烈なもので、部屋の本来の灯であったランプのオレンジの灯火はすっかりその色を紅に奪われている。
 不思議であるのは光源が天井ではなく床からである事、
 そして床の中央に描かれた幾何学的な紋様から溢れ出ている事である。

 魔術師は零れた水を瓶に戻そうとする。

 その為の手段は在った、
 魔術師なのだから、それは勿論魔術であり、人の触れ得ざる領域でありながら、人がその手で編み出した秘術である。
 その少女は取り戻そうとしたのだ――水を。
 流れ落ちた紅い雫を、
 その手でどんなに押さえようとしても、指の間から、その小さな手の平から零れ落ちていくその雫を。

 紅い光を放つ紋様は魔法陣。
 魔術師が大きな術を使う時に用いる魔術の遂行を助けるモノ。
 そういえば、尽く自分は紅い色に縁があるのだと少女は思った。

 「でも、赤は嫌いだな」

 口にして呟いた言葉とは裏腹に彼女が身に纏う衣類もまた深紅。
 彼女が一番自分の魔力を安定させ、効率的に、確実に、魔術として行使出来る時間は丁度午後五時頃―――その日は空まで紅い。

 故に其処は、何処までも紅い部屋であった。

 少女は意識を集中させた、
 これから先は秘術の中の秘術、人としての自分が踏み入れて良い世界では無い。
 故に、彼女は魔術師としての自分にシフトする。
 魔術師としての自分は簡潔だ、
 イメージするのは上に伸びていくような深紅の線、この世の断りに逆らい天に昇っていく深紅の水が引き伸ばす紅い道筋。
 ただそれだけをイメージして、全ての感情を排除し、五感の全て、いや、六感すら注ぎ込み集中する。

 「昇れ(もどれ)」

 自信の魔力の全てを注ぎ込むように、少女は自らの内の深紅の線に集中した。

 「昇れ、昇れ、昇れ」

 瞳は閉じている、既に部屋中に溢れる紅い光に耐え切れなかった事もあるが、単純に魔術師としてベストの自分を確立する一つの手段でもある。

―――ドクン

 脈打つ心臓の鼓動を聞いた。
 彼女の中の深紅の線は螺旋を描き始める、
呼び出そうとするモノの存在が大きくて、大きすぎて、彼女が魔力で紡ぐ紅い線を尽く振るわせるのだ。
 少女は額に汗を浮かべながらも術の行使を続ける。
 二度目は無いのだ、この術には。
 失敗は出来ない、許されない、自分自身が決して許さない。
 やがて深紅の線が――そう、例えば湖に垂らした釣り糸のように。
 釣り糸のように途方も無く深い湖面からゆっくりと…螺旋を描きながらそれを現世へと引き上げる。
 魔法陣から溢れる光は極限に達し、
 深紅の釣り糸がやがてついにはピンッと音を立てて断ち切れたように溢れる光は一瞬の間を置いて炸裂した。

「――――っ!!」

 物理的な衝撃は無い、
 濃厚に練り込まれた魔力が拡散し、それがさながら突風のように中心から拡散したものだから、堪らず少女は両手で我が身を護ろうとした。

 「嘘ッ、しくじった!?」

 少女は身体にぐらり、と鈍重な重みが加わるような感覚を感じる。
 魔力を沢山使った時の反動だ、彼女にとってそう珍しいものではない。
 が―――彼女が呼び出そうとしたモノはどうか、
 この疲弊感は成功かの証か、失敗のそれか、
 意を決して少女は顔を覆うように交差させていた両腕を退け、目前を見据えた――そして。

 「―――あ」

 目前に立つ男と目が合った。
 彼の瞳もまた、血を溜めたような深紅の瞳であり、その瞳に吸い込まれるような感覚を覚えながらも、
 少女は何処かでそれを面白いなと感じていた。

 「――問う、君は私のマスターなのか?」
 


[No.307] 2011/05/23(Mon) 21:11:06
RedT−2 (No.307への返信 / 2階層) - 咲凪

 聖杯戦争には条件が在る。

 まず第一に聖杯が存在する事。

 魔術師が7人存在し、

 七体のサーヴァントを召喚する事。

 聖杯戦争には条件が在る。

 湖庭市(こていし)は、本来その条件を満たしていない街だった。

 「問う、君が私のマスターなのか?」

 少女の眼前に立つ男は静かに、だが妙に部屋に通る声で言った。
 印象的な紅い瞳に短く黒い髪、肌の色は東洋人を思わせるが、彼を東洋の人間と断定できるかは判らない。
 何故ならばその身に纏うの銀色の西洋の鎧。
 全身を覆い隠すようなフルプレート型のそれではなく、胸当てと篭手、脛当てといった要所のみ護り動きやすさを重視したもの、
そういった出で立ちの男の体格は英霊と呼ばれるに相応しく、大きいが引き締まったものだ、ただ無闇に巨大な訳ではなく、ひたすらに実戦の為に鍛え上げられた騎士の身体をしている。
 
 「――――」
 「……君?」
 「あ、え、ごめんなさい、ちょっと呆けていたわ」

 少女が呆けるのも無理は無い。
 眼前の英霊の勇壮たる姿も勿論だが、それ以上に彼女を呆けさせるのは魔術師である彼女を遥かに凌ぐ魔力量を男が持っているからだ。
 恐らく、少女が50年から一生修行を続けたとしても辿り着けない場所に、彼は立っているのだ。
 少女は目前に立たれただけで自覚する、自身が召喚したのは人を超えた存在、英霊なのだと。

 (驚いた、こんなに凄いなんて―――)

 想像はしていた、理解もしていた、
 それでもなお、目前に立たれて圧倒されるその存在感に少女は惚れ惚れとした。
 だがこれ以上呆けている訳にもいかず、数日前からひりひりと痛み出し、英霊の召喚により令呪という形で右手の甲に現れた痣のような模様を男の前にかざした。
 令呪とは英霊であるサーヴァントのマスターである証、
 絶大な力を持ち、人間よりも高次元の存在であるサーヴァントを従える為の印である。
 その令呪により、3回のみマスターはサーヴァントに命令を強制する事が出来る。
 だがしかしそれはただの強制装置ではなく、令呪の力によりサーヴァントはその命令に従う時、より大きな力を振るう事が出来るのだ。
 逆に、その命令に逆らおうとすればサーヴァントは大きな負担を背負う事になる。
 そして何よりも重要なのは令呪を使いきり、それを失った時マスターはマスターである資格を失う事である。
 令呪はマスターである証にしてマスターにとっての切り札の一つである、聖杯戦争にとって重要な要素の一つである。

 「……ふむ」

 その紅い瞳で少女の令呪を確認した男は小さく頷いて呟く。
 
 「なるほど、君が私を召喚した事実、間違いは無さそうだ」
 「えぇ、ここに契約は完了した、相違は無いわね?」
 「あぁ――やるべき事は全て判っている、やるべき事はやらねばなるまいよな」

 凛とした強い意志を感じる声で紅い瞳の英霊は言った。
 少女はその姿を頼もしげに見るが、ふとある事に気付いた、それはとてもとても重要な事だ。

 「それで、貴方は何のサーヴァントなの?、見た感じ少なくともバーサーカーでは無さそうだけど」

 サーヴァントには基本七つのクラスが存在する。
 高次元の存在である英霊を現世に召喚するに際し、予め用意されたクラスを拠り代とする事で初めて英霊の召喚は可能になる。
 その七つのクラスとは、

 剣の騎士、セイバー

 槍の騎士、ランサー

 弓の騎士、アーチャー

 騎乗兵、ライダー

 魔術師、キャスター

 狂戦士、バーサーカー

 暗殺者、アサシン

 …以上の七つが必ずサーヴァント達のクラスとして割り振られている。
 あくまでそれらは基本的なクラスであり、時として例外も存在するが、少女は紅い瞳の英霊の鎧姿に、彼がセイバー、あるいはアーチャーやランサーといった騎士の英霊であると思っていた。

 「……私か、私は―――」

 言い含めるように小さく間を取って男は言う。

 「私は――何だろう」

 その言葉にやや遅れて、少女が顔に困惑の色を見せる。
 最初は男が冗談を言ったと思ったのだが…男の表情を見て少女は察する「あぁ、これは本当の話なのだな、と」。
 何か言おうと思ったのだが、全く予想外の展開にそれは言葉にならず、ただ一文字に全ての疑問を込めて少女は言った。

 「――――は?」
 「いや、その……」

 気恥ずかしいような困ったような顔をして男は言葉を続ける。

 「実は判らないんだ、この私自身が一体いかなるクラスなのか―――」
 「な――なんでっ!?」
 「……なんでだろう?」
 「〜〜〜〜〜!!」

 わなわなと拳を握り締めて少女は震える。
 先までの頼もしい印象は何処へやら、紅い瞳の男はというと少女のその様子にバツが悪そうに萎縮してしまっている。

 「………」
 「………」
 「………」
 「……その……」
 「………」
 「……ごめん」

 紅い瞳の男がつい謝る。
 しかしそれが返って少女の逆鱗に触れる。

 「何であやまるのよー!?」

 目尻に涙まで浮かべながら、何故こんな事になったのかと悩む彼女に紅い瞳の男はやれやれと呆れるのとおろおろとうろたえるのが混じった複雑な顔をした。
 だが少女の狼狽ももっともと言えばもっともだ。
 クラスはそのままその英霊の戦い方に繋がる。
 常識外の戦いが繰り広げられる聖杯戦争に参加するというのに、その戦い方すら判らないというのだからこれでは話にならない。

 「…百歩譲って、貴方のクラスは問わないであげる」
 「…ありがとう」
 「じゃあ貴方の真名を教えてよ、それくらい判るでしょ?」

 英霊はすなわち生前は英雄なので、ちゃんと名前がある。
 それが判れば彼の由来も判るし、その由来を元にクラスを推測する事も出来るだろう。
 生前の戦い方を知る事が出来るのも重要なポイントだ。

 ――――が。

 「………」
 「………」
 「………」
 「…ちょっと、何で黙ってるのよ」

 「………ごめん、すまない、悪気は無いんだ」

 「アンタって人はぁぁっ!?」

 少女の剣幕に、自らの名もクラスも忘れてしまったらしい紅い瞳の英霊は……結構本気で怯んだ。


[No.308] 2011/05/23(Mon) 21:11:44
RedT−3 (No.308への返信 / 3階層) - 咲凪

 「――で、そのクラス無し、言ってみれば無職のサーヴァントである貴方は何で記憶喪失なのよ?」

 あれから少女は記憶を失っているらしい自らのサーヴァントに追求の雨を降らせたが、あいにくと彼が覚えている事は少なく、少女はいよいよ頭を抱えた。
 そんな中、儀式が終わる頃は日も沈み、とても夕飯の支度は出来ないだろうと思っていた少女が事前に頼んでおいた宅配ピザが届いた呼び鈴が鳴り、ひとまず薄暗い儀式用の部屋から出て腰を落ち着けて話し合う事にしたのだ。

 「何故、か…心当たりはある」
 「…もしかして、私の術が不完全だったの?」
 「いや、君の召喚の儀式は完璧であったと思うよ」

 蛍光灯の灯で照らされた割と近代的な居間で少女は英霊と向かい合って座布団に座り、ピザを食べて――いや、相談をしていた。

 「じゃあ何で?、私が知らないだけでこういう事って結構あるの?」
 「私も他を知らないが……それも恐らく違う」

 はむっ、とピーマンとエビの乗ったピザを食べる紅い瞳の男。
 その味が気に入ったのか、「ほう」と小さく呟いて、きちんと飲み込んでから話を続ける。

 「おそらくはこの街の影響だろう」
 「この街の……?」
 「聖杯が降臨するだけの事はある、街には霊気が溢れ始めているのだが…どうにも気脈、霊脈の流れがおかしいな、川に例えればまるで濁流のようだ」
 「あぁ、そういうこと」
 「何かあるのか?」

 紅い瞳の男が言うにはこうだ、
 この土地は聖杯が存在する事もあってか、土地そのものが強い霊気を持っている。
 強い霊気は幸であれ災であれ様々な事を呼び込むが、この土地の霊気の流れ…すなわち霊脈が少々おかしな事になっているのだ。
 本来の流れから外れたり、次の日には流れが変わったりと、それはさながら濁流のように不安定で、とても不自然な事なのだ。
 しかし少女はというと、男の説明を受けて納得したという様子で応える。

 「この土地にある聖杯はね、もうずっと前に偽物判定されてたのよ」
 「何だって…?」

 男の顔に不信の色が宿る、
 それもそうだろう、自身が求める聖杯が面と向かって偽物だと言われれば落ち着く筈も無い。

 「まぁ聞きなさいよ、もうだいぶ昔に聖杯が偽物だし大した力も無いだろうって事になってたんだけど……」
 「何かその評価を覆す事があったと?」
 「そう、そうなのよ」

 少女は飲んでいた烏龍茶を置いて真剣な顔をして言う。

 「本来ね、この街では聖杯戦争なんて起きるはずは無かったの」
 「……」
 「でも、それはある日突然に覆された、偽物と言われてた聖杯に異変が起きたのよ。偽者である筈の聖杯が―――本物になってしまったのよ」
 「何だって―――?」

 少女は置いた烏龍茶を一口のみ、ふぅと息を吐いた。
 一息吐いてもう一度男の紅い目を見詰めて説明を続ける。

 「勿論本体は偽物、値打ちモノかもしれないけれど、魔術師や貴方達にとっては大した価値も無いモノよ。でも貴方が言っていたように、ある日突然に街の霊脈が乱れて、この土地に不自然なまでの霊気が集まるようになってしまったの」
 「…元は違うのか、この街は」
 「勿論、普通の街だったわよ。…話を続けるけど、その強い霊脈の影響で、霊体である聖杯がいよいよこの土地の聖杯に宿るかもしれない……にわかにそういう話になっていたのよ」
 「バカな、いかに霊脈の影響とはいえ…」
 「仕方ないでしょ、あるみたいなんだから…私の力だけではとても召喚できない貴方が今此処に居るのが何よりの証拠なんじゃなくて?」

 少女の言葉に紅い瞳の男は言葉に詰まる。
 確かにその通り、聖杯の力無くしてこの現世にサーヴァントが降臨する事は無く、自身も聖杯の存在を感じたからこそ召喚に応じたからだ。

 「偽物だったそれは輝きを増し、ついには本物になろうとしている――いい?、これは確かに聖杯戦争だけど、こと例外的な聖杯戦争なのよ」
 「―――なるほど、そういう事か」
 「えぇ、多分貴方の記憶が無いのも聖杯…っていうか聖杯かも?ってモノに無理矢理引っ張ってこられたからでしょうね」

 うーん、と悩むような顔で少女は言う。
 この例外的な聖杯戦争、何かあるとは言われていたが…まさか自分がその当事者になるとは思っていなかったのだ。

 「事情は飲み込めた、ならば私が為すべき事に変わりは無い」
 「そう、まぁジタバタしてもしょうがないのは本当だけどね」

 二人向かいあってピザを食べながら談義を続ける。
 そこでふと二人思いついたように互いの顔を見て。

 「「ところで――」」

 「…君からどうぞ」
 「良いわ、大した事じゃないから貴方から言って」

 二人揃って苦笑して言葉を促す。
 すっかり少女の怒りも緩んだようなので、紅い瞳の男も安心したように尋ねた。

 「私は君の名前を聞いていない、まぁマスターと呼んでも良いのだが……」
 「あぁ名前?、七貴マリナ、マリナ=エレノアールでもあるけれど、マリナって呼んで」
 「ではマリナと、…マリナ、君の用件を聞こう」
 「あぁ、うん、貴方と同じよ、貴方の事を何て呼べば良い?、無職?」
 「……無職はやめてくれ」

 心底嫌そうな顔で紅い瞳の男は搾り出すように言う。
 マリナはふふふと笑って男の言葉を待つが、自分の名前を忘れている男には、これといって思い当たる自分を特定する名前が無かった。

 「……名前か、そうだな、困った」
 「―――」

 マリナはふいに記憶を失った男の不安を思った。
 思えば現世に呼び出され、自らの出自も判らぬとは何たる孤独だろう、彼のその気持ちにマリナは思い至ったのだった。


[No.309] 2011/05/23(Mon) 21:12:23
RedT−4 (No.309への返信 / 4階層) - 咲凪

 湖庭市にも教会が在る。
 街の南にある教会はさほど大きくは無いが綺麗な佇まいである。
 静謐であるその場所に訪れたマリナと紅い瞳の男は目を丸くした。
 教会の扉を開けると、そこには目当ての人物が居たのだが…。

 「ちょっと月(ゆえ)!、月!!」
 「………」

 小さな礼拝堂の長椅子にクッションを枕に横になっている女がいる。
 格好から察するにこの教会の人間らしいのだが、耳に大きなヘッドフォンを付けている。
 寝入っているようにも見えるがヘッドフォンからは洋楽らしき音が漏れ出ている。
 随分と大音量で音楽を聴いているらしく、教会に入る時に声を掛けたのだが聞こえなかったらしい。
 マリナは月と呼びかけた女を見つけてやれやれと溜息を吐くとその肩を軽く叩いて起こすが、ちらっと瞳を開けた女はマリナの顔を見ると何か言葉を発するでもなくまた瞳を閉じて音楽に没頭し始めたのだ。

 …少し前に遡る。

 食事を済ませたマリナと紅い瞳の男は、男の出自を調べる為の思案をしていた。
 そこでマリナがふと思い出したのだ。

 「教会、そうだ、教会には月が居る」
 「教会…?」
 「そう、知っているかもしれないけど…」

 聖杯戦争は人類の常識外の魔術対魔術、神秘対神秘、超現象対超現象の戦いとなる。
 必然的にその戦いは激しく、無制限に争いを始めてしまえば一つの街など簡単に滅んでしまうだろう。
 そうならない為に、本来は魔術協会とは対立関係にある教会が監督役を務め、その為の人員を送り込むのである。
 今回の例外的な聖杯戦争を察知した教会はこの湖庭市にも監視役を送り込んでいた。
 その送り込まれた人物こそ月と呼ばれる女であり、聖杯戦争に参加する事を決めた時からマリナは彼女と面識があった。

 「監督役の月ならどんなサーヴァントが召喚されたかある程度把握しているだろうし、アンタの正体も判るかもしれないわ」
 「なるほど、では明日に…」
 「いいえ、すぐに行きましょう、物事は決めたら早い方が良いわ」
 「判った」
 「あぁ、それと…貴方、霊体にはなれるわね?、さすがにその格好は目立つわ」
 「確かに、では移動の間は姿を消しているとしよう」
 「お願いね」

 身体を霊体とし、姿を消した紅い瞳の男を付き従えてマリナは家を出た、徒歩だと少し遠く感じる距離だが、紅い瞳の男に街の様子を伺わせる目的もあったのだ。
 こうして、教会までやって来た二人だが…目的の人物はこのように、のんびりと音楽に没頭して来訪者の無視を決め込んでいる。

 「マリナ、彼女は…」
 「えぇ、こういう奴なのよね……」

 困った顔の紅い瞳の男にマリナは苛立ちを隠そうともせずに言う。
 マリナは月から大音量を出すヘッドフォンを奪い取る。

 「月、迷える子羊が助けを求めに来たっていうのに、その態度は無いんじゃない?」

 嫌味を込めて言うが、月はヘッドフォンを奪われた事に瞳を閉じたまま眉を顰めるが、マリナの言葉には一切の無視を続ける。
 どうやら無視と決め込んだらそれを徹底するつもりらしい。

 「マリナ、ここは日を改めて――」

 出直そう、とその様子を見かねて紅い瞳の男が言う前に。

 どかっ!!

 と、長椅子をマリナが蹴っ飛ばした。
 その衝撃でどさりと音を立てて横になっていた月が床に転がり、さすがに無視をしきれなくなった彼女は「やれやれ、乱暴だな」と呟きながら身を起こした。

 「こんばんは月、目は醒めたかしら?」
 「あぁ十分に、だいぶ乱暴に起こされたようで些か気分は良くないがね」

 服に付いた埃を払いながら月はマリナの軽口に応える。
 紅い瞳の男はというと、二人のやりとりに呆れたような顔をしている。

 「さて…まぁ目的は判っている、なるほど、見事な英霊を呼び出したようだね」
 「まぁね、その事でアンタに聞きたい事があるのよ」
 「ほう」

 マリナは月に紅い瞳の男が自分のクラスが判らない事を話した、
 真名も判らないという事は一応伏せておいたが、マリナは月がその事も恐らく察しているだろうな、とは思っていた。
 実際、月はそこまで理解しているようで、「ふむ、なるほど」といって紅い瞳の男の姿をまじまじと見つめる。

 「………」

 月は女だが男のような口調で話す、
 かといって外見まで男のようかと言えばそうではない、彼女が美しい女である事は遠目で見ても明らかであるだろう事だ。
 西洋の血が混じっているのか、はたまた元々西洋の人間なのかその髪は金の糸のように煌めき、透き通るような肌と空のように青い瞳を持っている。
 そんな美しい女に見つめられると紅い瞳の男も僅かに照れたような顔を見せる。
 仮にも英霊である男がそのようにするのだから、彼女の美しさは本物である。

 「どう、判る?」

 そんな男の様子を意にも介さずにマリナは月に問う。
 月は「ん」と肯定とも否定とも取れる呟きを漏らすとマリナに向き直り。

 「これは面白いカードを引いたね、マリナ」
 「はぁ?」
 「まず最初に言えば、残念だが私にも彼の正体は判らない」

 月の言葉にマリナは落胆する、勿論紅い瞳の男もそうだ。
 だが月が言う「面白いカード」という言葉が気になり、二人は無言で彼女の言葉を促した。

 「この街で起きる聖杯戦争は知ってのとおり例外的な事だ、どんなイレギュラーが起きるか判らない」
 「えぇそうね、当事者だもの、それは理解しているわ…それで?」
 「彼の正体は判らないが、もしかしたら基本七種に挙げられるサーヴァントでは無いかもしれない」

 月の言葉にマリナはやはりか、という顔をした。
 その反応を予測していたように月は頷くと紅い瞳の男をもう一度見た。

 「無論、彼がセイバーである可能性もランサーである可能性も、それ以外である可能性もある。だが―――少なくとも今回、1名以上はイレギュラーが在る」
 「あら……良いの?、そんな事をバラしちゃって」
 「おっと、これはしまったな……まぁさして大した事では無いが、できれば忘れてくれ」
 「もう無理よ、しっかり覚えてしまったわ」

 月が言うには、聖杯戦争における七種のサーヴァント、『セイバー』、『ランサー』、『アーチャー』、『ライダー』、『キャスター』、『バーサーカー』、『アサシン』と、今回の聖杯戦争におけるクラスの枠が少なくとも1名以上は異なるらしい。
 それがどのクラスに代わって加わったもので、どのようなクラスかは判らないが――最低1名は基本七種以外のサーヴァントであるという事だ。
 加えて紅い瞳の男の事もある、もしこの男もまた特殊なクラスである可能性もある。

 「力になれなくてすまないね」
 「良いわ、別の収穫もあったし…あと一つ聞く事があるけれど、良いかしら?」
 「何かな?」
 「今召喚されているサーヴァントは何人?、もう全部揃ったって事は無いわよね?」
 「あぁ――」

 月は綺麗に微笑んで言う。

 「そういえば、キミ達で最後だ、あらかじめ決められた期日にまだ3日の猶予があるが――全て揃った時に開始にしても良いのだったね、忘れていた」
 「な――っ」

 さらりと笑って言う月だが、マリナと紅い瞳の男はとても笑う事など出来なかった。
 一応、聖杯戦争は教会が派遣した監督役の宣言で開始される。
 だが全てのマスターとサーヴァントが揃っているのならそれを待つ必要は無い、そんな形だけの宣言を待たずに、揃った瞬間からこの街は戦場となるのだ。

 「では宣言しよう、今この時より―――」

 例外的で、歪で、何処か不確かなこの街の聖杯戦争の開始が、月により宣言される。
 それは本当に形だけのもの、この街は既に戦場であったのだ、魔術と魔術が争い、神秘と神秘が殺しあう戦場に。

 聖杯戦争は、既に始まっている。


[No.310] 2011/05/23(Mon) 21:13:03
―間奏― (No.310への返信 / 5階層) - 咲凪

 時間はマリナが赤い瞳の騎士と出会う日の朝に遡る。

 その日、湖庭市で一人の男が死んだ。
 これはその男が残したモノと、その結果の物語。

『Fate/plus“F”』

 Fate、それは哀しき運命。

 Fate、それは悲しき宿命。


[No.311] 2011/05/23(Mon) 21:13:42
フランケンシュタインの怪物T (No.311への返信 / 6階層) - 咲凪


 志摩康一は死んだ人間だ。

 何故ならば彼には何も無かった。

 ただ財産が無いのでは無く、

 彼には本当に何も無かったのだ。

 腕も、脚も、瞳や耳や舌ですら。

 何一つ持たずにこの世に産み落とされた彼には本来は名前すら持って居なかったのだ。

 それなのに―――。

 「康一、志摩康一…貴方の名前よ」

 志摩康一は、普通ならば死んでおかしくない人間だったのだ。





 チュンチュン…という小鳥の囀りで彼は目を覚ました。
 彼にとって眠りはそれほど心地良いものではない、眠っていた等と感じさせない眼を開くと、彼は…志摩康一は溜息と共に意識を覚醒させる。
 どうやら昨日は遅くまで起きていたらしい姉は経験から考えればまだ眠っているだろう、起こさないように気をつけながら家の二階にある自室から抜け出ると、一階に降りてキッチンに向かう。

 「昔の、夢を見たな」

 憂鬱な気分を吐き出すように康一は呟いた。
 志摩家の朝食はご飯だ、これは日本食派の姉の絶対的な意見により決められており、これが覆る事はそうそう無い。
 康一は朝食の献立にとフライパンで目玉焼きを焼きながら、ふいに眠っている間に見ていた夢の事を考えた。
 彼が眠る事を余り好まない事には理由の一つは、眠ると夢を見るからだ。
 彼が見る夢は大抵は一つの事柄に起因している。
 それは彼の身体の事だった。

 (3日前に調整してもらったばかりだからな――その所為か)

 焼きあがった目玉焼きにコショウを振りかけながら、康一はコショウ瓶を持った自らの手を見る。
 コショウ瓶を置くと、中空に広げた手の平を二度三度握ったり開いたりをしてみる。

 「問題ない」

 触覚正常、神経正常、タイムラグ許容範囲内。
 そこまで考えて、ぐぐっと爪が手の平に食い込む程、康一は拳を握り締める。
 痛覚、正常。

 彼の全身は人間が生まれ持って手に入れたそれでは無い。
 彼は生まれ落ちた時、何も持っていなかった、何一つ持っていなかったから、後から継ぎ足す事でその不足を補ったのだ。
 それはどちらかといえば新しい命を創造する作業に近く、錬金術と魔術にて、作り補われた命が彼であった。

 志摩康一の全身は、ギミックで出来ている。


[No.312] 2011/05/23(Mon) 21:14:11
フランケンシュタインの怪物U (No.312への返信 / 7階層) - アズミ

 部屋に張り巡らせた『糸』の上に佇みながら、師の教えを反芻する。

 即ち曰く。
 過失を正そうとしてはならない。

 ピンと張りつめた『糸』は、成人男性一人を保持するにはあまりに脆弱に過ぎる。ほんの刹那、コンマ1mmでも重心に狂いを生じさせればずり落ち、この身は次に張られた『糸』に委ねられる。
 落ちたとしても、決して登ってはならない。ただ落ちて、墜ちて、失敗が積み重なった末に地に堕ちるまで。
 時間の許す限りこれを続ける。

 過失は起きる。どれだけ注意していても。
 だが、正してはならない。過失に心を揺らしてもならない。終着に進みながら、なおそれを遅らせるという苦痛を伴う無為に、全神経を捧げなければならない。
 即ちこれは肉体の鍛錬であり、神経の鍛錬であり、同時に精神の鍛錬である。

 康一の下には、最早一本の『糸』しかない。
 保って数分――一瞬だけそう試算したが、それさえこの鍛錬には必要ない工程だ。自省し、自制する。

 過失を、取り戻そうとしてはならない。
 鍛錬が終局に近づくと、康一の脳裏には常に師の貌が過ぎる。
 さもあらん。彼女こそが、彼の長くは無い人生最大の過失。その象徴。
 この作業は鍛錬であると同時に、彼自身にとって己に忘却を強いることでもあった。――つまり、過失を忘却し教訓だけを記憶し、未来への動力とする。そんな、人間として当たり前の行動を自身に刻み込むための。

「主」

 不意に部屋のドアが開き、流麗なテノールが響いた。
 原因は意識の隙か、僅かな気流の乱れか。それは判然としなかったが、康一の重心が崩れた。
 足が『糸』から滑り落ちる。だが、決して動揺はせずに身を翻し、部屋の中心に着地した。

「――……失礼。鍛錬のお邪魔でしたか」

 残心を待って、闖入者が謝罪する。
 銀の長髪を流したままにした、白人系の美丈夫であった。人柄を感じさせる柔和な表情と合わせて同性からすら十二分に魅力的に見えたが、纏う衣装は漆黒の甲冑、腰には長剣。即時、戦場に馳せ参じられるかの如き完全武装であった。

「いや、気にしないでいい。……用件は?」

「監督者からの報告です。……本日ただ今より、聖杯戦争を開催すると」

「……最後のマスターが揃ったか」

 康一は息を吐いた。
 青年の寄越したコートを程よく上気した身体に纏うと、部屋に張り巡らせた『糸』をその袖に一瞬で巻き取る。

「出陣を?」

「まぁ、一応真面目にやらねえと、な。いくぞランサー」

「御意」

 コートの裾を翻して部屋を辞する康一に、ランサーと呼ばれた青年は静かに追随した。





 志摩康一の始まりを語るには――それこそ、18年の時を遡らなければならない。それは冗長だし、彼の18年は他の人間よりほんの少し濃密に過ぎる。……だから、この場は『二人の始まり』を語る。

 志摩康一がこの湖底市の聖杯戦争に参加したのは、魔術協会の命令故にであった。
 かつて偽と断ぜられた、湖底市の聖杯。
 だが先ごろ、この霊場を管理する加賀家から聖杯発見の報を受け、協会と教会、そして現地の魔術師によって聖杯戦争の開催が提言された。
 聖杯。
 万能の願望機たる魔術礼装。
 数多候補が存在し、しかし表向き、冬木のそれを除いて全てが偽とされてきた。
 実際、ここ湖底市のものも、一度はそう判定されたのだ。

 聖杯は本物なのか?
 実のところ、志摩康一にそれほど興味はない。
 志摩康一の未来に、望みは無い。志摩康一の過去に、贖いはあってはならない。師はそう教えたし、彼は愚直にそれに従ってきた。
 聖杯なるものが本当にあったとして。そういったものを求めてはならぬと、師は繰り返し教えてきたのだ。

「巡れ(まざれ)」

 だから、これはただの仕事なのだ。
 手慰みに珈琲にミルクを混ぜるように、康一は術を編んでいく。

「巡れ、巡れ、巡れ」

 魔術協会からの命令は調査。もちろん、聖杯が本物だったならばその奪取と解明も織り込み済みの話だろうが、わざわざ従ってやる気はさらさらない。

「御身は我が従僕。
 命運は我が走狗。
 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば、応じよ」

 気の向かない、仕事だ。

「来たれ、抑止の天輪より――天秤を守りし者よ!」

 風が巻いた。
 円を描くように、集って、球を描くように。
 巡る。巡る。巡る。
 風が塵と光を巻き込み、部屋の中心に珠を描く。
 珠に、文字通り瑕が走った。

(……しくじった?)

 そう思いながらも、康一の心は揺れない。日頃の鍛錬の成果をこういう時に痛感する。……最も、痛感せずに済めばそれにこしたことはないのも、また確かだが。
 彼の平静な心に反して、瑕は何度も走った。
 自分の過失ではないと魔術師は悟る。揺らしてもいない鉢の水面に波が立ったなら、風か地震を疑うべきである。ましてこの儀式は、前提となる聖杯からしてイレギュラー塗れだ。何が起きてもおかしくはない。

(問題はこれが致命的な事象かどうか――!?)

 光が爆ぜた。
 突風が狭い部屋を蹂躙し、康一は両腕で顔を庇ってその場に踏みとどまる。

 果たして。

 果たして、気がつけば目の前に立っていたのは、青年だった。
 銀の長髪、青の瞳。身に纏う漆黒の鎧、腰に下がる西洋剣。

 サーヴァント。

 魔術を超越する使い魔。
 人為にて顕現した英霊。
 聖杯戦争を共に戦う、マスターの刃にして生命線。

「――お初に御意を得ます。
 ランサー、招致に応じここに参上しました」


[No.313] 2011/05/23(Mon) 21:18:30
フランケンシュタインの怪物V (No.313への返信 / 8階層) - アズミ

 ランサーは、混沌の中から己の意識が不意に浮かび上がるのを感じた。
 召喚され、己が現界する時の感覚はマーブリングが施された水面から引き上げられた布に似ている。
 自分が築き上げた自分と、他者が築き上げた自分が混濁し、速やかに、かつ強引に一人の人間という形の中に押し込められていく感覚。
 細かい相違は無数にあり、全き同じ己が顕現したことは一度として無い。
 だが、概ねに於いて、共通する要素も確実にあった。

 それは――自分が敗北者であるという事実だ。
 救えなかった主君。届かなかった使命。
 栄光は己の上に輝いた。だが、正当でないそれは騎士たる自分にとって、耐えがたい屈辱以外の何物でもない。
 自分は、敗北者なのだ。

「お前は、何者だ?」

 声が、問う。
 答えられる名は二つある。だが、名乗るべき名は一つしかない。
 敗北者の名だ。
 届かなかった者の名だ。
 故に名乗ろう、新たな主よ。

「……パーシヴァル。
 円卓の騎士。ぺリノア王が一子、谷を駆ける者。
 パーシヴァルと申します、主よ」





「パーシヴァル……?」

 康一は眉をひそめた。
 その名は知っている。アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人だ。殊更にアーサー王の死とそれ以後に逸話が多く、聖杯探索に成功した騎士として挙げられることもある。
 聖杯戦争のサーヴァントとしては縁起がいい、と見ることもできるが、康一の見込んだ召喚結果ではなかった。
 サーヴァントの召喚は、対象に関わりの深い物品を触媒とすることで、ある程度限定して行うことができる。
 康一は足元に転がる刃物を拾い上げた。
 血糊のような赤黒い染みが先端を彩る、古い槍の穂先だ。

「……主?」

 訝るランサーに、康一は動揺を消した。
 儀式のアクシデントの時と同じだ。イレギュラーは、覚悟して当たらなければならない。
 事前の見込みとは違うが、ランサーには違いない。知名度も充分。出だしとしては悪くないと思うべきだろう。

「いや――なんでもない。
 契約は完了した。そうだな? ランサー」

 右手に刻まれた令呪を示すと、ランサーはその場に傅いた。

「御意。
 この身、この命運、聖杯を手にするその時まで主に委ねることを誓います」

 ……悪くない出だしではあるが、この騎士の大仰な仕草には、聊か困惑した。

「オーライ。……オーライ。
 俺は志摩康一。魔術師だ。……まぁ、好きに呼んでくれ。もう少し堅苦しくない方が有難いが」

「心得ました、主」

 ランサーは立ち上がって言う。
 どう見ても心得たようには見えないが、傅くのを止めただけでも彼にしてみれば相当にフランクな立ち振る舞いらしい。

(先行き不安だぜ……)

 黒の魔術師は黒のサーヴァントに悟られぬよう、小さく、小さく息を吐いた。


[No.314] 2011/05/23(Mon) 21:19:04
欠損英雄T (No.314への返信 / 9階層) - アズミ

 黙って潜んでいても、恐らく月は何も言わなかっただろうし、マリナとかいう少女魔術師がこちらに気づく様子はなかった。
 が、気づいてしまった。
 先刻からその脇に控える騎士の紅い視線がこちらに向けられたままだということに。

「……間が悪いこったな」

 志摩康一は観念して、礼拝堂の奥から顔を出した。

「だ、誰っ!?」

 マリナはぎくり、とした顔でこちらを見る。問いながらも、答えは自ら悟っただろう。
 サーヴァントのマスターだ。自分以外の。……即ち、聖杯戦争の開始が宣言された今、疑う余地なく自分の敵である。
 恐らく心構えが済んでいなかったのだろう。不意に聖杯戦争の開始を宣言され、その前からこんな致死的な距離に敵がいたことに今更ながら気づいた。
 構える魔術師に、康一は首を振って答えた。

「この教会の中はご法度だ。そうだよな?」

 監督官たる修道女が首肯する。

「その通り。まぁ、扉から一歩でも出ればそこから先は関知しないがね」

「そういうことだ。
 最も、そっちがやるってんなら今から外に出てよーいどん、でも……構わないがな」

 康一の言葉にマリナが身体をこわばらせる。……こんな安い挑発にも乗るあたり、荒事そのものにさほど慣れていないらしい。
 隣の騎士はこちらの心中をすっかり見通していた様子で、泰然と腕を組んだまま康一と……傍らに霊体となって居るはずのランサーを見ていた。

「主だから、とは言わないが、あまり女子を虐めるのはどうかと思うな」

「あぁ、そうだな。すまん」

 弁解するでもなくあっさりと頷くと、マリナは混乱した様子で己がサーヴァントを見た。

「彼にここで争う気はない」

「そんなの……どうして解るのよっ!」

「わざわざ姿を現したのだ、不意を打つのは諦めたか、そもそも不可能なのだろう」

 大半のサーヴァントの戦闘能力は、生身の人間とは別次元である。仮令、康一が武道の達人だったとしても不意を打てば取れる、というような甘い相手ではない。
 先刻の話は聞いていたものの、康一は改めて自らの眼で無銘のサーヴァントをじっと観察する。
 白銀の半甲冑。黒髪に赤眼、肌はモンゴロイド……に見える。先刻の話に出た局外のクラスを度外視すれば、セイバーないしアーチャーであろうと当たりをつけた。アサシンにしては音の鳴る金属鎧は不適当だし、ライダーにしては鎧が軽装過ぎる、という甚だ頼りない根拠だったが。
 戦うにしても、アーチャー相手ならともかく、セイバー相手に正面戦闘は得策でない。ランサーの本領はサーヴァント一の敏捷性と持久性なのだ。

「信用ならないってなら先に出て行こう。こっちの話はもう終わってるんでね」

 肩をすくめて、堂々と無銘のサーヴァントの脇を抜けて聖堂を出る。

「……待ち伏せされないかしら?」

「警戒はしておくさ」

 という二人の会話は、聞かなかったことにしておいた。





「よろしいのですか、主?」

 教会を出ると、ランサーは霊体のまま短く問うてきた。
 他のサーヴァントの不調を知ったのである。名前もクラスも解らないとあっては、宝具さえ使えるか怪しいところだ。
 普通であれば千載一遇のチャンスである。
 しかし。

「まだルールさえ解らねえんだ、今回の聖杯戦争はな。どこに落とし穴があるか解らん、無理せずに行く」

 英霊の勝ち負けは力量差より、相性に依る部分が非常に大きい。あのサーヴァントが他のサーヴァントに対して有利な属性を持っていた場合、潰し合ってもらったほうが有利なこともある。
 いや、それ以前に敵を打ち倒すだけで聖杯が手に入るかさえまだ解らないのだ。
 今回の聖杯戦争はとかく泥縄である。霊場に合わせて所有者である加賀の家が構築したものの、その詳細は当事者にしか解らない。
 ただ勝ち残れば聖杯が手に入る、という安易な条件とは限らないのだ。

「まぁ、サーヴァントはともかくあの女は与し易そうだ。急くことはないさ」

 康一の言に、ランサーは「御意」とだけ応えた。


[No.315] 2011/05/23(Mon) 21:19:30
RedU−1 (No.315への返信 / 10階層) - 咲凪

 特例、というのは良い事ばかりでは無い。

 特別な処置。

 特別な配慮。

 特別な待遇。

 その一つ一つの特例に、一つ一つのズレが生じる。

 一つ一つの、“余分”が生じる。



 あれからマリナとその英霊は教会を後にし、拠点たるマリナの工房へと引き上げる為に夜の街を歩いていた。
 英霊は当然霊体化していたが、その視線はマリナの横顔に注がれていた、……特に色っぽい理由では勿論無い、マリナの顔が一言あらわすなら『不満』そのものだったからだ。
 もっと判り易い言葉で表すと『イラッ』という表情をマリナはしていた。

「……いい加減、そういう顔はよしたらどうだ、マリナ」
「お生憎様!、私の顔は生まれつきこうなのよ」

 紅い瞳の英霊としては、マリナが教会で自分以外のマスターと出会って、言葉のやり取りをして以来不機嫌そうな顔を隠さない事を指して言ったつもりだったし、マリナもそれを理解していたが意地にでもなっているのか、先のように返した。
 魔術師として、ここまで内面が量りやすいのは問題だろう、と紅い瞳の英霊は思う。
 あのマスターと騎士のサーヴァントは、結局の所待ち伏せをして来なかった。

「マリナ、相手が此方を過小評価しているのは好都合な事だ」
「別にそんな事気にして無いわよ!」
「……ふむ?」
「あの男が私を見るからに過小評価している事は良いの!、あんたがその評価に同意している事は不服だわ」
「私が?、いや、だがなマリナ……」

 事実、英霊の眼から見ても、ここまでのマリナの印象は頼りない、というのが正直な所だ。
 勿論サーヴァントとしての勤めは果たすし、主の能力はその忠誠において問題にする所では無い。
 紅い瞳の英霊はマリナの不満を、若さから来るものだと思った、だからこそ、それを諌めようと思った、が――。

「私たちはパートナーなのよ、まず信頼して、私は私の不足を隠さないわ、貴方が補って」
「む……」
「貴方に不足があるなら、私が必ずそれを補ってあげる、だから、まず私を信頼して」

 マリナの言葉には根拠は無かったが気概があった。
 紅い瞳の英霊はその気概を汲み取り、マリナの不満を理解した。
 言外にその理解を察知したマリナは、ようやく不服の表情を崩すと柔らかく微笑んだ。

「これからの戦いの中で、貴方の中に私を頼る事を手段の一つに入れておいてね、私は貴方の相棒なんだから」
「あぁ――」

 元より、聖杯戦争はマスターとサーヴァントの連携無しでは勝ち残れるものでは無いだろう、それを英霊は承知していたし、今更言われるまでも無い事であったが……。
 より深く、より大きく、承知していてなお、彼はマリナの言葉に承服した。

「心得た、マスター」
「よろしい」

 これからの苦難は激しいものだろう、ましてや自分は初めから自己の喪失という重い枷を与えられている、だがやらぬ訳にはいかない。
 やっていこう、このマスターと。

 英霊がそう決意してからの動きは早かった。

「止まれ、マリナ!」
「えっ!?」

 霊体と化し姿を消していた英霊が現世に顕現する。
 歩むマリナを止め、この世に現れたその身を盾にでもするように、マリナを庇うように英霊は右手を広げ、夜の街の街灯の向こうにある暗闇を睨みすえた。
 その手には一振り……“槍”が握られていた。


[No.316] 2011/05/23(Mon) 21:20:01
欠損英雄U (No.316への返信 / 11階層) - アズミ

「ムゥ――ッ!」

 槍が一陣の暴風と化して異形を砕き散らす。記憶は相変わらず戻らないが、得物の出し方と使い方まで忘却していなかったのは僥倖だった。
 彼の手の中にある槍は、馬上槍(ランス)である。歩兵が振り回すには聊か巨大に過ぎる武器だが、英霊は如何なる理法によってかこれを地に足をつけたまま自在に操ることができた。

(何者だ――?)

 英霊は心中で問う。
 異形らは差し当たって脅威ではない。油断していい相手では勿論ないが、サーヴァントのように百手先まで考えておかねば命取りになる類の敵ではない。雑兵だ。
 サーヴァントではない。こんな粗雑な、知性の欠片さえ感じないものが英霊などであるはずがない。使い魔か何かか?
 しかし、赤眼の英霊の問いは、自問であった。

(私は、何者だ――?)

 あらゆる事象において、基本は己を知ることだ。自分の手札も見ずに命を賭けて見せる博徒なぞいない。
 自分が何者か解らない、というのは――いざ、戦場に立ってみて、ようやく理解した――恐ろしく、儚く頼りない。
 どれだけ踏み込めばいいのか。突くべきか斬るべきか?斬るべきだとして、自分の身体はその隙をどれだけ減じることができるのか。それが一切解らない。
 解らないならば。

(……試してみるまでだ!)

 槍が閃く。
 異形を構成する、血管のような構造物を吹き散らすように破砕する。端から再び麻紐が寄り合わさるように再生してしまう。
 およそ、人の操る攻撃は全て、対象の急所を突くことに特化している。
 人体というものは構造的には脆く、急所の、その向こう……大きな神経なり内臓なり血管なりを破壊されれば、その時点で行動不能となり、多くはそれに留まらず、死に至る。
 そんな人体に比すれば。赤眼の英霊の眼前に立ち塞がる紅い異形の五体は、まず頑丈と言ってよかった。

「面倒だな……!」

 急所らしい急所がないとはいえ、再生しているということは何らかのリソースを削っているには違いない。
 問題はそれがどの程度の負担かということだが――。

「大丈夫なの!?」

 視界の端で、マリナが間合いを測りながら声をかけてくる。
 彼女の魔術基盤は治癒に特化している。攻撃に加勢出来ない以上心情的には下がって欲しかったが、いざというとき自分がフォローできない位置まで行かれるのも問題だ。
 ならば。

「あぁ、だいたい『感じは掴めた』」

 さっさと片をつけるに限る!


「――大丈夫だ」


 およそ、人の操る攻撃は全て、対象の急所を突くことに特化している。
 それは、人間の膂力とスタミナでは対象のの身体を『破壊』するのは極めて効率が悪く、難しいからだ。
 そう、人間の膂力とスタミナなら。
 ……だが、彼は英霊なのだ。

「――ォォ……ォォォォオオオッ!!!」

 斬り。突き。払い。
 出鱈目に見えて、それでいて絶妙な規則性の元に配された『破壊』が乱れ飛ぶ。
 異形が瞬く間にミキサーにでもかけられたかのように粉砕され、虚空に塵となって消えていく。

「め、滅茶苦茶だわ……」

 マリナが呆然と呟く。
 だが、死徒の復元呪詛ですら、粉々にされれば再生は難しい。
 それは単純明快で確実無比な、必勝の手段であった。
 赤眼の英霊は異形が全て消え去ったと同時、ランスを引き戻し――そして、油断することなく前方に構えた。

「どうしたの……?」

「増援――いや、先刻からそこにいたな」

 赤眼の言葉に、その視線を辿って前方をの闇を視る。
 大樹の陰になっていた其処から、男……少年と言ってもいい年頃だ……が、進み出た。

「凄い、凄い。あんなやり方でアレを退けるなんて、僕にはちょっと思いつきませんでした」

 ぱちぱち、と空々しい拍手をする。
 眼も覚めるような美少年だ。サーヴァントはその出自が英雄なだけに美形が多いが、それでもマリナは一瞬、見とれざるを得なかった。
 だがそれ以上に、その纏う服装に、彼女は目を見張った。
 あまりにも特徴的な。一目見ればそれと解る装いだ。

「……あぁ。その表情からすると、もう僕の名前は知られちゃってるんですね?」

 しょうがないなァ、と少年は笑う。
 青地に白抜きのだんだら羽織。それは150年ほど前、この国の動乱期を駆け抜けた殺人集団の証であった。

「沖田、総司……!」


「はい。僕の名です」


[No.317] 2011/05/23(Mon) 21:20:35
RedU−2 (No.317への返信 / 12階層) - 咲凪

 沖田 総司――。

 幕末にその名を轟かせた新撰組、その一番隊組長をしていた男。

「その槍捌き、大したものですね」

 外見にして美貌の優男、だが彼がその名を響かせているのはその剣の腕だ。
 マリナも知っている、沖田総司が剣士としてどれ程の名声を得ていたかを知っている、その沖田総司がサーヴァントとして現世に顕現し、目の前に立ち塞がっている――!!。

「狂っている様子も無い、ランサーとお見受けしますが……」
「さてな――案外こう見えて、セイバーかもしれないし、アサシンかもしれないぞ」
「ふふっ」

 対峙した赤眼の英霊と、その槍を見て沖田は赤眼がランサーではないかと言った。
 それは槍を武器としている時点で当然の発想ではあったし、同時にそれだけで判断するにはやや軽率な事でもあった。
 事実、沖田も確信を持っての発言では無い、相手の出方を伺う為のブラフのようなものだ。
 そして赤眼の英霊は――本人としては、自分のクラスを理解していなかったのだが……セイバーかアサシンと例えた。
 これも当然、沖田を意識しての言葉だ。
 沖田総司の悠然とした姿には狂化の影響は全く見られないので、自動的にバーサーカーは彼のクラスの可能性から除外される。
 彼がその名を轟かせているのは剣の腕前であり、特別騎乗や魔術に関しての逸話も聞かない、よってアーチャー、ランサー、ライダー、キャスターが除外される。
 残るはセイバーかアサシン、どちらかと言えばセイバーの方が可能性としては高く思えたが――赤眼の英霊はあえて、沖田のクラスに該当しそうなクラス名を挙げた。
 その事に沖田は邪気も思惑もなく、ただ愉快だったので小さな笑い声を上げると、腰に下げた日本刀に手を掛けた。
 赤眼の英霊も油断無く槍を構えた、両者共に、ここで一戦交えるつもりがあった。
 より厳密には、赤眼としては準備も何も無い遭遇戦、しかも此方はマスターを連れている状況で初見の相手とやり合うのは得策とは思えなかった、だが、相手がその気ならばやらぬ訳にもいかない。
 武器の射程は赤眼に利があったが、やはりランスは騎兵の装備であった、歩兵の持つ装備としては取り回しは余りに不便、そして相手が剣を極めたものであるならば――むしろ、赤眼は不利であった。

「いきます、ランサー」
「受けて立つ!」

 赤眼が名乗らなかったので、結局沖田は赤眼をとりあえずの所でランサーと呼ぶ事にした。
 沖田が日本刀を抜くと、赤眼……この場においてランサー(?)は射程の利を活かしての迎撃では無く、防御を選らんだ、自分の防御では無い。

「――へぇ」

 感心の声を沖田は呟く、彼の刃は止まっていた、正面から鍔競り合うのは日本刀の性質からして避けるべき事だからだ。
 ――赤眼のランサーはマスターであるマリナの防御を選んだのだ。
 そしてそれは正解だった、彼の槍が電光石火の勢いで踏み込んだ沖田の刃を防がなければ、マリナの首が飛んでいただろう。
 だが沖田の感心は赤眼のランサーのその行動に対してのものでは無い、彼も赤眼のその動きは読んでいた。
 だが彼が首を狙ったマリナの動きは予想外だった、彼女は自分が狙われる事も察していたし、電光石火の打ち込みに自分が対処できない事も理解し、その一撃を自らのサーヴァントが防ぐ事も、信じていた。

「奔れ!」
「おっと……」

 一瞬の攻防の中、マリナは自分が使える攻撃力のある術で最も早い“針”を使った。
 金属では無い、彼女の髪の毛を媒介として魔力を通した針だ、それだけでは大した攻撃力を持たない、意識を逸らす為だけのような些細な攻撃に思えたそれを、沖田は赤眼のランサーに対峙して日本刀が有利な間合いを放棄して後退する、そうまでしてその髪の毛の針を避けたのは、彼の危険察知能力がなせる業だった。
 マリナの髪の毛の針に破壊力という物は皆無に等しい。
 彼女は本来、治癒に特化した魔術回路の持ち主であったので、攻撃手段の会得は困難であった。
 だからこその発想、奇策、沖田総司が回避せざるを得ない攻撃であった。

 彼女の髪に刺された者は、一瞬にせよ緊張した肉体が弛緩するのだ。

 傷を癒し、疲労を癒すという魔力、これをどれほど拡大解釈できるかをマリナは研究した。
 肉体は基本的に自然治癒能力を持つ、それをマリナの針は加速する、だが肉体が損傷していないにも関わらず、治癒能力が加速すればどうか?。
 緊張している肉体の細胞が新しい細胞にとって代わり、本来は癒される所がそもそもからして傷など無い、だから、ほんの刹那の筋肉の弛緩が生まれる。
 そしてその隙は、サーヴァント同士の争いにおいて致命的な隙となる。
 沖田総司が避けたのは、その“刹那の隙”であったのだ。
 針を避けた沖田を、赤眼のランサーは逃がさない。
 間合いは有利、取り回しは不利、踏み込みも向こうに分があると思えたからこそ、沖田が引いた瞬間にこそ赤眼のランサーの付け入る隙があった。

「コオオォォッ!」
「なる――ほど!」

 長大に過ぎるランスという武器を持ってして、赤眼のランサーの突きは稲妻のようであった。
 だがそれを沖田は避けて見せた、斬り返す!、魔術師の援護より早くこの槍兵を斬り捨てる!、沖田の斬り返しは的確であった、だがその刃もまた届かない。

「……っ!?」

 二度目の突きが来た、先程の赤眼のランサーの突きは確かにかわした、それに合わせて迎撃の一太刀をあびせる筈が、それより速い二度目の突き。
 武器の取り回しは、明らかに沖田に分があるというのに――である。
 赤眼の英霊の力量だけでは説明がつかないその二度目の突きを沖田はそれでもかわして見せたが、反撃は断念せざるを得ない、沖田も赤眼のランサーも、互いに武器を振り直す為に距離を取った。

「今のは――貴方の宝具ですか」
「……」

 当の赤眼のランサーとしても、胸の内には軽い困惑があった。
 最初の突きがかわされた瞬間、咄嗟に二度目の突きを撃とうとしたのは事実だ、だがあれは自分の技量で放たれたものでは無い。
 沖田の言うように、それはまぎれもなく――赤眼の英霊の持つ、宝具の一つによる効果であった。


[No.318] 2011/05/23(Mon) 21:21:36
欠損英雄V (No.318への返信 / 13階層) - アズミ

 沖田は構えを変えた。
 赤眼のランサーから見て、それは奇異な構えであった。
 正中線に沿って自然体で構え、切っ先をこちらに向ける……いわゆる平晴眼の構えであるが、刀の切っ先をやや傾けている。
 奇異な構えではあったが、その堂の入りようからして付け焼刃の奇策ではあるまい。どうやらこれが彼本来の構えであろうと察した。
 つまり――それは狙いをマスターであるマリナから、赤眼のランサーに変更したということ。

(真っ向勝負を挑んでくるか……!)

 赤眼の心中を読んだかのように、沖田は苦笑した。

「ふふ、怖いなぁ。得体の知れない手札を持った相手に正面からかかっていくなんて」

 震えそうですよ、と語る少年剣士の身体は、しかし引き絞られた弓のように微動だにしない。

「まぁ、でも――さっきの、『次は使えませんよね』?」

「何故そう思う?」

 動揺は微塵も出さず、ただ問い返して見せた。が、どうやらカマをかけたわけではなかったらしい。

「今の今まで使わなかったんです。何か条件があるのか――いや、理屈は解らないんですけどね。頭を使うのは苦手なんです」

 事実その通りだ。明らかに自分の力、恐らくは宝具の効果であろうことを察したが、依然それについての記憶は蘇らない。
 沖田の言うように、最初から発動していなかったことを考えれば常時発動ではないか、ないしは何らかの要因をトリガーにして起動するのだろう。そして、そのトリガーが赤眼のランサーには解らない。

「まぁでも、自信はありますよ。賭けてもいいです。
 そう――それこそ、」

 来る。
 馬上槍の切っ先を落とし、防衛姿勢を取った。命の取り合いで専守防衛は褒められた選択ではないが、攻撃を見込んでいては凌げない攻撃が来ると肌で察した。


「『命を張ってもいい』」


 微笑のまま、死神が駆ける。
 斬撃三閃。赤眼のランサーはこれを、努めて最小限の動きで捌ききった。いずれも浅い、突きに近い軌道。
 いずれも牽制。
 しかし『本物』は遠からず来るだろう、沖田は先刻発動した宝具の効果を警戒しているはずだ。次は使えない、と看破したが、いつ復活するか解らない以上はすぐにでも片をつけにかかりたいはず。
 問題はそれまでに隙をどの程度作らずに凌げるか――。

(しかし――なんと鋭い攻撃だ!)

 人間の戦術はどうしても防御に一定の労力を割かざるを得ない。死人に戦闘は継続できないからだ。沖田の剣撃はそうしたセオリーから考えると恐ろしく攻撃への配分が大きい。
 さながら狼。東洋餓狼。
 正面切っての打ちあいでは遅れを取る。仕切りなおしての一撃に賭ける方が分はいいと踏んだ。
 赤眼は刹那の間合いを取るべく、槍を引いた。
 が、沖田はそれを待っていたとばかりに、刀を引いた。

「出し惜しみする札でもないので――切らせてもらいます」

 弓を引き絞るかのような、水平の構え。
 宝具か、それに類する一撃が来る!

「く―――ッ!?」

 まさしく迅雷の速度で沖田の突きが来る。

(狙いは正中線――喉か!)

 赤眼のランサーの対処は、会心の速度と精度であった。如何に必殺の意を念じて放ったとはいえ、沖田のそれまでの動きならば確実に防ぎきっただろう。……それが、予期せぬ三連撃であったとしても、だ。
 だが。

「が……ァッ――!?」

 馬上槍が喉への一撃を受け止めたと『同時』に、沖田の剣槍が赤眼の鳩尾を貫いていた。
 『同時』に。
 たとえ刹那の間であっても、時間差があったならば撃ち落とすだけの技量と余裕が赤眼にはあった。しかし、馬上槍が喉への一撃を防ぐのと、『全き同時』に襲いかかった攻撃には、さしもの彼も対処できない。

「以って必倒――――『無明剣』」

 沖田が剣を引き抜くと、血煙が赤眼のランサーの胴を覆った。

「ランサー!」

 マリナが思わず駆けよってくる。
 やめろ――来るな!
 叫びは血泡に塗れて、口内で溶けた。
 沖田が返す刀で放った一撃が、マリナに向けて――。


 暗転。


[No.319] 2011/05/23(Mon) 21:22:09
仮縫同盟T (No.319への返信 / 14階層) - アズミ

 マリナの眉間の先、ほんの数cmのところで凶刃は静止した。
 無論、沖田が止めたわけではない。雲に陰っていた月明かりが取り戻されると、マリナは刃に幾重にも絡みつくピアノ線のようなものが月光を照り返すのに気付いた。

「――ッ!」

 沖田が持ち手を返し、鋭く呼気を漏らして刃を振るう。斬鉄の理法を以って振るわれた刃に絡みつく『糸』は寸断されたが、沖田の心眼はなおも四方から来る追撃を察知していた。

「ちィっ!!」

 襲いかかったのはいずれも、『糸』。材質は不明だが、鋼の強度と糸のようなしなやかさ、そして刀の鋭利さを備えていることは確実だった。
 それを刀でもって全て叩き落としたのは流石の技巧であったが、沖田は慢心することなくマリナから距離を取る。
 だが、一息吐くことさえ闖入者は許さなかった。

「ランサー!」

 闇に男の声が響く。
 呼応したように、街路樹の枝々が形作るヴェールを貫いて漆黒の騎士が沖田に襲いかかった。

「勝負!」

「――応!」

 『康一のランサー』が、異形の刃を振るう。
 その外見は概ねにおいて一般的なバスタードソードのそれであったが、刃はまるでジグソーパズルのようにバラバラで、かつそのバラバラな刃が組み上げられたまま空間に固定されたように整列している。外見こそ西洋剣のそれだが、軽妙に反り、撓る様は沖田の振るう日本刀の感触に近い。
 沖田は衝撃で以って打ち弾くように刃を振るい、一撃をかわす。
 相手が着地する僅かな隙に、今度こそ沖田は飛び退がって間合いを取った。
 ランサーは今度は追撃をかけることなく、マリナに一瞥を向ける。

「そこのマスター。今のうちにサーヴァントを」

「あ、貴方は……」

 見る限り、目の前の騎士もまたサーヴァントである。……である以上、根本的には気を許すべきではない『敵』なのだが、現状を鑑みるにこの隙に便乗する以外の選択肢はない。
 マリナは一瞬だけ逡巡してから、己のサーヴァントの治療へ向かった。
 沖田はそれを妨害しない。
 妨害するだけの隙がなかった。

「……あなたが、『ランサー』?」

「如何にも」

 沖田は苦笑した。
 いかにもな槍を携えた先刻の騎士がランサーではなく、槍などどこにも見当たらぬ眼前の騎士がランサー。全く、サーヴァントシステムというのはややこしい。
 だが表面上こそ飄々と振る舞っているものの、状況は沖田にとり、圧倒的に不利になったことを認めざるを得ない。
 何より『無明剣』を見られたのは手痛い失策だった。

「先刻の、やっぱり見てました?」

「ええ。貴公の邪剣は最早、私にも――恐らくはそこのサーヴァントにも、通用しません」

 先刻の技が如何なる理法によるものかは実のところ、ランサーにも量りかねたが、ともあれあれが一種の邪剣であり、一度限りの奇策であることは見破っていた。宝具に等しい超常の理論の上に成り立ってはいるものの、宝具そのものではあるまいとも。
 実際、その推察は概ね正しい。だからこそ、『出し惜しみする札ではなかった』のだ。

「しくじったなァ――これで7人中2人には通用しなくなっちゃったか」

「気にすることもないでしょう。貴公はここで仕留めます」

 ランサーが剣を逆手に構え、担いだ。さながら投げ槍でも扱うかのような、異形の構えである。
 沖田はその姿に、危険なものを感じた。
 言葉通りだ。彼は、ここで沖田を仕留める気で来る。
 沖田は笑った。久方ぶりの死合、望むところ。意識が我知らず昂るのを感じずにはいられなかったが、令呪を通じて流れるマスターの意思がそれを阻害した。

「こちらとしても望むところ――と言いたいところですが。どうやらこちらの主人はそれを望んでないみたいです」

 沖田の足元のアスファルトが爆ぜた。
 かと思えば、次の瞬間にはその小柄な体は手近な廃ビルの屋上に転じている。
 何という瞬歩。サーヴァント最俊足であるはずのランサーは、その動きに舌を巻いた。

「続きはまた今度、ということで。……もう一人の『ランサー』さんによろしくお伝えください」

 その言葉を最後に、沖田の姿は夜闇に消えた。
 追うことは恐らく可能だが――。

「よせ。今はいい」

「――……承知しました」

 康一の制止に従い、ランサーは剣を収める。
 彼自身はともかく、康一があの動きについていくのは不可能だ。世杯戦争のセオリー上、サーヴァントとマスターが離れるのは余程の覚悟と準備が無ければ避けるべき事態であった。
 振り向けば、彼のマスターはもう一人のマスター……マリナと対峙している。

「なんで、助けたの?」

「別にお前らを助けたわけじゃあない」

 仏頂面で答える康一の事情は、確かに言った通り。別にマリナらを助けるために介入したわけではない。
 彼らの目的は、先刻マリナらが相対した赤い異形である。
 あれに関して、沖田が彼女らより幾許か情報を持っていそうな素振りを見せたので、捕獲か、あるいは打倒するか最低でも枝をつけておこうと企図してのことである。

「主。……あのサーヴァントの行き先は」

「ダメだ、『糸』は切られた」

 ……つまり、収穫なしということだ。

「彼女らは如何します?」

 マリナらを見るランサーの片手は、依然納刀した柄にかけられている。主の命あれば、即座にマリナの首を撥ね飛ばすだろう。
 だが、康一は首を横に振った。

「放っておけ」

 その、相変わらずマリナを何の脅威とも思っていないかの如き言葉に、マリナの心はざわついた。
 否、先刻の表現を踏襲するならば『イラッ』ときた。
 水の入った鍋に例えるなら、瞬時に常温から沸騰して鍋を蒸気で跳ねあげるほどに、だ。

「……放っておけってどういうことよッ!!」

 少女の激昂に、思わず気圧されて康一とそのサーヴァントは顔を見合わせた。


[No.320] 2011/05/23(Mon) 21:22:43
RedV−1 (No.320への返信 / 15階層) - 咲凪

 湖庭市にあるファミリーレストラン「ルーナリア」。
 教会から住宅街へ向かう道の逆側の都市部へ向かう先にある為、住民に親しまれているチェーン店である。
 人気料理は「ハンバーグランチ」熱々のハンバーグをナイフで切ると、じゅわっと溢れる肉汁に注力した自慢の一品である。
 逆に人気の無いメニューが「バナナ・バースト」である、これはその名の通りバナナを使ったメニューなのだが、それはもはや調理では無い闇の儀式の産物だと言われている、当然注文される事は滅多に無いのだが、一部熱烈な愛好家がおり、今もルーナリアのメニューとして親しまれている――。



「それで、マリナとか言ったか……何でファミレスなんだ」

 あれから、頭に血が上ったマリナをどうにか赤眼のランサー……今となってはランサーなのかは定かでは無いが、赤眼の英霊がなだめる事で事なきを得ていた。
 康一としてもマリナに聞きたい事があったし、マリナにしても康一に聞きたい事があったので、ひとまずは一時休戦して情報交換を行う事にしたのだ。
 二人の英霊はそれに異を挟まなかった、赤眼の英霊としては、連続した戦闘は避けたかった事もあるし、康一のランサーは主の意向に、ただ従っただけの事だ。

「だってお腹空いたんだもん、奢るから良いでしょ別に!」
「いや、別に奢ってもらわなくて良いよ」

 店自慢のハンバーグランチではなく、エビグラタンを食べながら、マリナは康一の言葉に応えた。
 情報交換の場として提示したのは、お互いにとって損得の無い場所が求められた。
 なおかつ戦闘が極力避けられる場所を、という事で都市部に向かったのは確かだが……康一はまさかマリナがここで豪快に食事を始めるとは思わなかった。
 まぁ、一応マリナの勧めもあったので、彼も珈琲を注文してはいるのだが。

「頼んだ訳じゃないけど、アンタには借りがあるからね、一応」
「……借りだとは思うんだな、一応」

 英霊2名は霊体化してボックス席に座るそれぞれの主の傍らに控えている。
 康一がマリナに聞きたい事はあの「血管」の事だった。
 マリナがあれに詳しい様子は見られなかったが、一応「血管」と直接やりあった相手なのだから、話を聞いても損は無い、それにあの「血管」に対するこれからの考えも聞いておきたかった。

「で、本題なんだけど」
「――あぁ」

 先に切り出したのはマリナだ、あの血管、今回の聖杯戦争の影響で出現したモノと見るのが当然だ、今は少しでも情報が欲しいと康一は思う。

「アンタのサーヴァント、ランサーなの?」
「……あぁ?」
「ウチのサーヴァントもランサーなんだけど、どういう事よ?」

 ジロリ、と康一を見てマリナは言う。
 正確にはマリナの英霊はランサーだろう、という予測に過ぎないのだが……少なくとも、槍を武器にしていた以上、見た目がランサーに見えるのはマリナの英霊だ。

「……同じクラスが二人もいるなんて事があるの?」
「前例は無くも無いが……」

 注文した珈琲を一口啜り、康一は言葉を続ける。
 冬木市で行われた第五次聖杯戦争の折、前回、つまり第四次聖杯戦争の頃から“生き残っていた”アーチャーが居たらしいのだ。
 その場合、第五次聖杯戦争で新たに召還されたアーチャーを含めて二名のアーチャーが存在した事になるのだが……今回の場合は話が違う。
 なにせ、湖庭市の聖杯は偽者なのだから、“前回”が存在しない以上同じ理由で二名存在するとは考えられない。

「今回の聖杯戦争が特例尽くめなのは知ってるよな」
「えぇ」
「もしかしたらその影響かもしれない、断定は出来ないが……」

 マリナは頷き、ちらりと傍らに居る筈の赤い瞳の英霊を見た。
 彼の記憶に辿り着く道は、まだ遠く、霧の向こうにあるらしい――。


[No.321] 2011/05/23(Mon) 21:23:18
仮縫同盟U (No.321への返信 / 16階層) - アズミ

「――あぁ、ちゃんと飯は食ってるよ。うん、そっちは……あぁ、元気にしてりゃそれでいいんだ。うん、うん……それじゃ、また明日な」

 携帯の通話ボタンを押して、深く息を吐く。
 姉への無事の報告が志摩康一の一日の締めくくりの儀式であり、これを以って彼は聖杯戦争一日目たる今日を――差し当たっては生き延びたことを確認した。
 姉は康一にとって唯一の家族である。正確には師の娘なのだが、生家と断絶状態の彼にとって亡き師と、姉こそが家族に等しかった。
 彼女は魔術を知らない。魔術師の娘でありながら素養を持たず、そしてそれを失望されることも疑問に思うこともなく、当たり前のように普通に生きてきた。
 今現在も、康一は学校の合宿で家を空けていると知らされているはずだ。……この聖杯戦争の間の彼に対する人質として、魔術協会の監視と護衛を受けながら。
 視線を上げると、彼のサーヴァントは窓へ向けていた鋭い視線を外し、主人を見た。

「異常ありません。今日のところは襲撃は無いとみて問題ないでしょう」

「そうか、御苦労さん」

 湖底市出身でない康一は、この街に魔術師としての拠点を持たない。宿を取ったこのホテルは駅前の一等地にある高層ビルの上階だが、現状においては一級のセキュリティも高層建築も甚だ頼りないと言わざるを得なかった。
 本来、魔術師は己の居城として“工房”を構築する。大方の場合、侵入者への警報や防衛機構も兼ねており、最低でも休息中の不意打ちだけは避けることができる。これは常時命を狙われているに等しい聖杯戦争中は非常に頼りになるのだが、契約サーヴァントがキャスターでもなければ一朝一夕に構築できるものではない。康一にとって早急に解消すべきハンデであった。
 解決の方策は既に打ってある。ただそれが実を結ぶかは、少し分の悪い賭けだった。 

「……マリナは同盟に乗るでしょうか」

「で、なければ早々にくたばるしかない。
 ……だが、そこんとこが解らないからこそ危なっかしいんだよな、あの小娘は」

 言って、康一は上等なベッドの上に疲れた体を横たえた。





「同盟ですって?」

 康一の言葉に、マリナはハンバーグを嚥下しながら眉を跳ねあげた。
 今次の聖杯戦争は、あの『血管』に始まり多数のイレギュラーを孕んでいる。康一とマリナは同じ聖杯戦争の参加者として命を賭けて争う間柄であるが、同時に魔術師として最低限の共通項は存在する。

 魔術師は、魔術を含む秘儀の公開を望まない。

 魔術は公開された瞬間に、それを魔術足らしめる条件を失する……即ち、『神秘足り得なくなる』。それは魔術師が求める根源への道筋が絶たれるということであり、魔術師にとって

何をおいても避けなければならないことだった。
 魔術協会の存在意義にしても、そうだ。かの協会は名前から連想されるような魔術師の互助組織ではなく、魔術の無軌道な仕様や犯罪への使用によって神秘が漏洩しないよう、『互いを監視する』組織なのである。
 聖杯戦争においてもそれは例外ではない。その為に監督官が中立な教会組織から配されているものの、過去その監督官自身が聖杯を得るべく暗躍していた例もある以上、完全な信用はできまい。
 故に魔術師は神秘を秘匿する。一般社会から。魔術師以外の全てから。

 しかしそこに、今回の『血管』である。

「あれはお前たちを狙って現れたという感じじゃなかった。あれが他のマスターの手による使い魔の類としても、聖杯戦争それ以外の要因に依るものだとしても、共通して排除しなけりゃならんものだ。違うか?」

「協力するのはあれと戦う時だけ?」

 で、あればマリナとしては特に考えずとも承服してもいいと思った。
 マリナとて魔術師だ。一般人への被害はあってはならないことぐらい解っている。連絡先を教えあい、『血管』の情報についてだけ共有する。それは、別にいい。
 だが、康一はその先に踏み込んだ。

「お前がいいなら『血管』の件をさておいても、直接的な協力をしたいな」

 康一はコーヒーの液面を見つめながら、言葉を選ぶように続けた。

「そう……俺たち以外のマスターが全て脱落するまで。あるいは状況が変わったら、合意の上で同盟を破棄するまで。互いに協力して戦う。
 お互いに今次の聖杯戦争はまだ勝手が解らないし、お前はサーヴァントが不調だ。悪い話じゃないだろう?」

「アンタのメリットはどうなのよ?」

「工房の軒先でも貸してもらえればいい。
 俺はこの街からすると余所者なんでな。休息中、不意打ちを避けられる拠点が喉から手が出るほど欲しいんだ」

「私たちが不意打ちする可能性は考えないの?」

 多分に皮肉るつもりで、マリナは即座に言った。
 康一の申し出は、こちらを信用してのものではない。欲しいのは拠点で、戦力としては足しになればいい、という程度の認識だろう。その程度のメリットで同盟などという大胆な提案を寄こしてくるのはつまり、マリナたちが裏切ったとしても大した障害にならないと考えているから。
 つまり、舐めきっているのだ。マリナはそう思った。

「もちろん考えてはいる。それでも欲しいメリットがあるから、申し出てるのさ」

 康一の言葉は、打てるものならやってみれば?ぐらいの台詞を予想していたマリナからすると聊か拍子抜けするほど毒の無いものだった。
 マリナは迷った。
 確かに、現状自分たちの状況はあまり良くない。マリナはお世辞にも戦闘向きの魔術師ではなく、赤眼のサーヴァントは未だ宝具はおろか、真名も、クラスさえも解っていない。戦闘力が十分なのは先刻の戦闘で解ったが、切り札を使えないまま戦うのは戦闘能力以前の問題だ。
 康一が裏切る可能性は、無視できるデメリットだ。
 招き入れるのは自分の工房だ。牢獄や倉庫に相当する『他者を留めておく』ための領域がある。裏切ったとしても即座に解るし、地の利がある以上勝てる公算は高い。
 工房の外なら……口惜しいが、康一が裏切りなどという回りくどい手を使う必要は恐らくない。何の制限もないサーヴァントならば、現状の自分たちなら真正面から打ち砕くことが可能だろう。
 総合すれば、この申し出は受けたほうがいい。
 ただ、それでも心情として引っかかるものはあった。

「……保留にしてもいいかしら」

「あぁ、いいとも。サーヴァントとよく相談するといい」

 康一は席を立った。

「結論は急がないが――願わくば、迷ったまま脱落するなんて間抜けはナシにしてくれよ?」

 その顔に嘲りはなかった。
 事実、迷う時間はさほどない。次に沖田が襲撃してくれば今度こそ往なすのは難しい。
 そして淡々と事実を述べるからこそ、その言葉はマリナの神経を逆立てるのだ。





「まぁ……よしんば断られても、あのマスターの評価は定められるさ」

「マリナの?」

 ランサーは問い返した。
 彼にはマリナの魔術師としての力量や資質は解らない。彼が生前出会った魔術師はただ一人であるし、かの老翁は余りに優秀すぎたがゆえに他との比較には適さなかった。
 ただ、主人のこれまでの対処や……戦闘に携わるものとしてのごく一般的な視点から見て、彼女は聊か未熟であるとは思った。
 康一も、それを否定しない。

「未熟ということは、不利を不利と正しく認識できないってことだ」

 退際を心得るのは武芸者として重要な資質であり、かつ最も見極めにくい問題である。それは実際に苦境を体感しなければ理解できない。

「現状では、あいつらは同盟に乗らなけりゃ未来はない。この上で不信感や警戒に任せるだけで話を蹴るなら、どの道先はない。利用する価値も脅威に感じる必要もない」

「もし、乗ったなら?」

「未熟さを解消する資質はある。手を組む価値もあるってこった。
 そして、もし同盟を蹴り、かつ速やかに代替策を講じたなら……それは、七貴マリナが俺たちにとって警戒すべき敵だってことさ」

 そうなった場合、マリナは当初の公算を大きく超えた能力を持ち、かつこちらと相いれない感性や事情を持つということになる。それは看過してはいけない類の危険だ。
 ランサーは静かに言った。

「であれば、私が彼女を斬ります」

 よろしいですね?と問う視線に、康一は肯定の意思を以って肩をすくめた。


[No.322] 2011/05/23(Mon) 21:24:23
仮縫同盟V (No.322への返信 / 17階層) - アズミ

 ……ウェールズの森が彼女の故郷であり、母との生活が彼女の全てであった。
 過去と現在、未来の別に意味などなかった。繰り返す毎日に、疑問さえ抱かなかった。

 母はそれでいいと言った。
 何も背負わず、風に揺れる花のように生きることができれば、それは無上の幸せだと言った。

 ――時々。
 そのまま、ただの少女であったならあるいはもっと幸福だったのかもしれないと考える。
 ……せめて、満足の中で一生を終えることが出来たのかもしれないと、そう考える。

 そう考えてみてから、決まって後悔する。

 脳裏を過ぎるのは、やはり森の光景だ。
 15の春に、森で出会った騎士ら。彼らが傅く、その名の栄誉に比してあまりに小柄な王。

 彼らに出会わずに得る幸福に、何の意味があろうか。騎士道無き幸福に、何故満足出来ようか。

 あの日から、過去と現在、未来は分かたれた。

 ウェールズの森の少女は露と消え果てた。今、ここにいるのは誇りと共に歩む騎士だけだ。

 ならば、未来もまた、あの日決定された必然なのだ。

 失望に塗れたまま、幽世にたゆたう永久の未来もまた。


 ――恐らくは、必然だったのだ。





 夜半。
 不意に、目が覚めた。
 というより、恐らく眠りが深くなかったのだ。

「どうなさいました、主?」

 部屋の隅から、佇んだままランサーが問うてくる。
 サーヴァントに睡眠は必要ない。
 ならば、とばかりにランサーは武装したまま、壁際、かつ窓の外を監視できる位置で不寝番を続けていた。
 恐らく今、他のサーヴァントが部屋に乱入し康一に斬りかかったとて、ランサーは鉄壁の護りを以ってそれに応じるだろう。

(……生真面目な奴だ)

 このサーヴァントとの付き合いはまだ丸2日足らずではあったが、少なくともその点に於いては疑いはいらなかった。

「いや、少し目が覚めただけだ」

 適当に誤魔化したが、無論浅い眠りの原因はランサーだ。部屋の中に武装した男が佇んでいる状況で寝るというのは……存外に神経を使う。
 が、拠点の防衛に難がある今、寝る必要のないサーヴァントが常時見張るというのは確実性は無いが有効な手段だ。お前のせいで寝られない、というわけにもいかず、康一は関節を鳴らしながらベッドから起き上がった。

「……一度起き上がるとなかなか眠れん。少し話に付き合ってくれ、ランサー」

「……御意」

 両者が起きているなら奇襲を受ける危険性は大幅に下がる。なんせ、康一の武器は全て身体の中に収まっているのだから。
 ランサーは頷き、康一の傍に来た。
 話題を探す努力は必要なかった。
 英雄としての真名まで明かしてもらったとて、人間としてはお互い何も知らないに等しい。
 この聖杯戦争の間だけの関係だとしても、その中で必要になることさえまだ話し足りてはいないのだ。

「……ランサー。お前が聖杯を求める理由は、なんだ?」

 サーヴァントはマスターを聖杯戦争に勝利させるために契約し、召喚される。
 しかしサーヴァントシステムによる契約とて、彼らがタダで力を貸してくれるわけではない。サーヴァントとなる英霊たちにも、聖杯を求めるそれぞれの理由があるのだ。

「……」

 ランサーは短く、息を呑んだ。
 彼には珍しい、動揺だった。

「それを――……語る必要が、あるのでしょうか」

「必要はある」

 語りたくないなら、それでもいい。だが知っておく必要はある。
 仮にマリナと同盟を組むとして。その上で仮に、首尾よく他のマスターを全て打倒したとして、その後康一がどうするのか。
 康一は、あくまで魔術協会の命でここに来た。調査のために。翻れば、聖杯を手に入れる必要はない。いざとなれば、令呪を手放し棄権することも出来る。……マリナに譲ることだって、選択肢に入る。
 だが、ランサーは?
 ランサーが聖杯を求める理由とは。何なのか。

「……私の理由がどうあれ、あなたは己の動機に応じて戦えば良い。違いますか?」

 違わない。
 この馬鹿騒ぎから降りるか否かは、最終的にマスターに委ねられる。聖杯に未練があろうが、マスターが令呪を捨ててしまえばサーヴァントもおとなしくその御座へ帰るより他ない。
 それが、仮初の命で以って聖杯戦争に参加するサーヴァントに対して、ただ一つの命を賭けるマスターの優越権だ。
 だが。

「いいから話せよ」

 康一は答を促した。
 それでも頑として話さないならば諦めざるを得なかっただろうが、ランサーは暫く迷った上で、観念したように答えた。

「……聖杯を手に入れ、主に捧げること。
 そのものが私の願いです」

「……名誉ってことか?」

「はい。聖杯の騎士たる栄誉を、私は所望します」

 騎士の言葉に、主は眉をひそめた。
 聖杯の騎士。……それは、他ならぬ円卓の騎士サー・パーシヴァルにこそ与えられた名ではないか。
 そうだ。そもそもパーシヴァルは、伝説において聖杯を一度得ているのではなかったか?
 そう問うと、ランサーはいよいよもって苦悶を示した。

「……確かに、私は聖杯に至りました。しかし城に持ち帰ったのは別の騎士であり……そもそも、聖杯は王に捧げられはしなかった」

 道理だ。
 聖杯の力は諸説あるが、あらゆる傷を癒すとか、永遠の命をもたらすというものも多い。
 だが、結局彼らの主たるアーサー王は傷を癒すことなく、アヴァロンへ還った。
 ならば。
 ならば、聖杯の騎士という名は、ランサーにとって……パーシヴァルにとって如何なる意味があったのか。
 愉快なものでは、なかったのだろう。今の彼の苦々しい表情が、それを物語っていた。

 屈辱だったのだろう。

 この純朴な騎士にとって、実の無い、それでいてあまりにも華やかな栄誉は。

 ……きっと、どんな侮辱より苦痛だったのだろう。

「故に、私は此度こそ聖杯の騎士の栄誉を願うのです」

 この答えで満足でしょうか、と問うランサーに、康一は「あぁ」とだけ応え頷いた。
 ベッドに身を横たえると、ランサーは再び部屋の隅に戻っていく。
 その背中は定置につくというより、己を恥じ入り、陰に隠れるように見えた。

(……だけど)

 だとして、彼の屈辱はこの戦争で聖杯を得れば返上されるものなのだろうか。
 円卓は崩壊し、アーサー王は死んだ。
 全ては歴史の彼方に消え、彼自身、もはや円卓の騎士どころか人間ですら無い。

 それでも。
 彼は、聖杯を求めずにはいられないのだろうか――。


[No.323] 2011/05/23(Mon) 21:25:00
煉獄の生 (No.323への返信 / 18階層) - 咲凪

―深紅の夢を観る―

―紅く儚い世界の夢―

―赤より紅く、泡沫よりも儚く―

―それは血では無く、焔でも無く―

―ただ一片の深紅が、散り逝く夢―

―悲嘆は無かった、達観も無かった―

―ただ、満足さえしていなかった―

―痛む脚を引きずり、闇の向こうに手を伸ばす―

―届かない―

―届かない―

―どうしても、この手は届かない―

―深紅の、夢を観ていた―


[No.324] 2011/05/23(Mon) 21:25:46
平穏の狭間T−1 (No.324への返信 / 19階層) - 咲凪

「ん……ぁ?」

 決して上質なものではないベッドで眠っていったマリナは眼を覚ました。
 ……何か、欠けた夢を観ていた気がする、とマリナは思う。
 ベッドから起き上がると、マリナはゆるゆると部屋を出て、台所に向かう……確か、買い置きのパンがまだ残っていた筈だと思いながら。

「あー……」

 マリナはゾンビのような奇声を上げた。
 彼女は日常生活に弱い、自炊もしなければ、掃除もしない、むしろ掃除をしない為に余分なモノを部屋におかないように徹底している程だ、それでも部屋が散らかっている所から、“絶対に掃除はしたくない”という強い意志を感じる。
 そして、日常に弱い彼女は朝にも弱い、今も起きているようで寝ているようなものだ、朝食を求めて台所に向かったのは本能に近い。
 昨夜は夜更かしをしたから尚更に眠い……マリナの意識はいまだ眠気に支配されていると言って良い。

「ふあぁぁ……」

 控えめに言ってもマリナは可愛らしい、美人だ。
 それを台無しにする大欠伸をしながら、マリナはパンを探す、見つからない。
 ……確かコンビ二で買ったパンがある筈なのに、いや、もしかしてまだコンビ二の袋に入れたままでリビングに放置してあるんじゃないか?、そういえばそんな気もする……マリナは記憶を辿るがどうしても眠い、昨日は結局着替える間も無く疲れて眠ってしまったから……あぁ、お風呂にも入ってないんだ、これから学校にも行かないといけないのに……ダメだ、眠い、一度シャワーでも浴びて眼を覚まそう……そう考えたマリナは、まるで夢遊病者のようにふらふらと浴室に向かった、着替えを取りに行くのは面倒臭い、バスタオルは洗濯したものが置いてある筈……たぶん、きっと……あったら良いな、と思いながら。



 浴室で温かいシャワーを浴びたマリナは完全に眼を覚ました。
 そして思い出した、昨晩寝る前にランサー……いや、ランサー(?)がこう言っていた事を。

「サーヴァントに就寝は必要ない、霊体化はしているが、傍らに居るので、休んで回復に努めると良い」

 ……あぁ、そうだった、昨晩はあの康一とかいういけ好かない男との同盟の件をランサー(?)と相談していて、ひとまず話しが纏まった所でランサー(?)からのその言葉を聞いて眠りに就いたのだった。
 シャワーを浴びてから服を着直し、リビングで目的のパンを見つけて一息吐いてから、マリナはぽつりと呟くように。

「……えっと、無職?」

 と呟いた。

「無職は止めてくれと言った筈だが……」

 それでも律儀に、マリナの傍らに控えていた英霊は姿を現した。
 マリナは治癒魔術が得意な魔術師だ、昨夜の沖田総司との戦いで英霊が負った傷は決して浅くは無かったが、マリナの治癒魔術と英霊自身の魔力により既に完全治癒している。

「じゃあランサー、……まさかとは思うけど……覗いたりしてないでしょうね?」
「……君が先程湯浴みをしていた事か?。心外だな、それくらいの常識は弁えているつもりだ」

 気恥ずかしそうに尋ねるマリナに英霊は呆れたように返した。
 マリナは安心したかのようにパンをトーストにしようと台所へ向かう前に、何気なく近くにあったリモコンでテレビを付けた。
 地方局のローカルなニュースには興味が無かったので、彼女はすぐにチャンネルを変えようと思っていたのだが――。

『続いてのニュースです、湖庭市南区でガソリンスタンドの従業員が集団貧血で倒れるという事が起こりました』
「これ……」

 マリナはニュースに注視した、湖庭市の都市部にあるガソリンスタンドで起こった事件、聖杯戦争が何らかの関わりを持っている事は間違いが無かった。
 サーヴァントの手による事件である可能性もあったが、マリナの脳裏に浮かんだのはやはりあの『血管』だった。

「……マリナ」
「判ってる」

 これから着替えて学校に行く予定だったのに、と頭の中で小さくぼやきながら、マリナは携帯電話を手に取った。
 連絡手段が無いと話しにならないという事で交換した番号で相手を呼び出す――繋がった。

「あぁ、私よ、今ニュース見てる……?」

 不服はある、が魔術師としてあの血管を見逃す事は出来ない。
 渋々ではあるが、彼女は同盟を受ける事を決めていた。


[No.325] 2011/05/23(Mon) 21:26:43
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