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No.326に関するツリー

   コテファテ再録2 - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:48:27 [No.326]
少女偽曲T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:49:23 [No.327]
少女偽曲U - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:50:06 [No.328]
運命の名 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:50:49 [No.329]
欠損英雄W - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:51:28 [No.330]
欠損英雄X - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:51:55 [No.331]
平穏の狭間T−2 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:52:42 [No.332]
イレギュラーT - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 21:53:11 [No.333]
天命に至る道 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:53:58 [No.334]
イレギュラーU - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 21:54:55 [No.335]
宿命への直言 - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:55:36 [No.336]
殺神夜会T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:56:15 [No.337]
星の巡り - きうい - 2011/05/23(Mon) 21:56:58 [No.338]
少女偽曲V - アズミ - 2011/05/23(Mon) 21:57:56 [No.339]
日常の狭間T−3 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 21:59:23 [No.340]
殺神夜会U - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:00:04 [No.341]
イレギュラーV - ジョニー - 2011/05/23(Mon) 22:00:44 [No.342]
殺神夜会V - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:02:11 [No.343]
歪な因果 - きうい - 2011/05/23(Mon) 22:02:50 [No.344]
殺神夜会W - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:03:34 [No.345]
『其』の時 - きうい - 2011/05/23(Mon) 22:04:13 [No.346]
虚構彩る勝利の剣―1 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:05:05 [No.347]
虚構彩る勝利の剣―2 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:05:39 [No.348]
虚構彩る勝利の剣―3 - 咲凪 - 2011/05/23(Mon) 22:06:10 [No.349]
虚構彩る勝利の剣―4 - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:06:44 [No.350]
天幕模様T - アズミ - 2011/05/23(Mon) 22:07:16 [No.351]



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コテファテ再録2 (親記事) - アズミ

2スレ目。

[No.326] 2011/05/23(Mon) 21:48:27
少女偽曲T (No.326への返信 / 1階層) - アズミ

 騎士になる。
 母の制止を振り切り、ウェールズの森を去り、少女は一路、ブリテン王アーサーの居城、キャメロットを目指した。

 少女にあったのは決意だけであった。
 鎧兜なぞ望むべくもない。帯びる剣さえありはしない。
 元より上等とは言えない衣服は長旅で襤褸同然となり、その華奢な身体はなおやせ細り、跨るのは貧相な裸馬であった。
 少女にあったのは、ただ岩の如き決意と、騎士王への憧れだけだった。

 宮廷に辿りついた少女を迎えたのは、拒絶の大合奏。
 物乞い同然の彼女の姿に、誉れ高き円卓の騎士たちは揃って少女の意志を一笑に臥した。

 嗤わなかったのは、王だけだった。――……それとて、特別のことではない。
 王は笑わぬ人だった。
 美しき王妃と勇壮なる騎士に傅かれても、王は常に軍神の如き勇と断を以って政に当たる人だった。

 王は少女を嗤いはしなかった。

 ただ、王さえもが。
 静かに拒絶を口にした。

「そなたは、女ではないか」





 同盟を承諾する電話が鳴った時、康一は既に荷物を纏めた大き目のバッグの上に腰かけていた。

「……解った。では、昨日言った条件で同盟を組もう。賢明な判断に感謝する」

 彼の荷物は尻の下のバッグ一つに全て収まっている。せいぜいが幾らかの着替えと財布ぐらいのものだ。それ以外のもう少し重要な物品……例えば武器などは、湖底市中に用意したセーフハウスに分散して置いてある。

「お前はそのまま学校に行け。件のニュースの現場は俺が昼の内に偵察しておく」

『私も行かなくていいの?』

「探査分析はアトラス院の専門だ。
 それと、生活リズムは極力変えるな。妙な動きを見せるとそこからマスターであることが他の奴らに露見しかないからな」

 いずれにせよ、まともなマスターならば昼間の内に襲撃をかけてくる可能性は少ない。どうやっても人目につくからだ。学校のような人が密集する施設ならば尚更だろう。
 それはこちらにも言えることで、どうせ攻撃に転じられないならおとなしくしておくことが肝要だった。
 表向きの立場を明かせば、追いつめられた敵がそちらを攻撃してくる可能性はある。身元は極力隠しておくべきなのだ。

『……解ったわ。合流は――放課後だと、午後5時ぐらいになるけど』

「じゃあ、一時間ほど前に合流地点について連絡を入れる。俺は街中を動き回ってるから、何かあったら携帯にまず連絡を入れてくれ」

『了解』

 電話が切れるのを待ってから、康一はランサーを呼び出した。

「お呼びでしょうか、主」

 霊体から実体へと変じ、眼前に現れた完全武装の騎士に、適当に見繕った自分の服一式を投げて寄越す。

「買い出しに出る。着替えろ」

「……この服に、ですか?」

 訝るランサー。
 サーヴァントは一般生活の中ではそれ自体が目立ってしまうため、通常は不可視の霊体に偽装することでマスターに追随するのだが。

「荷物持ちが欲しい。ちとデカい物を買う」

 中には身の丈2mを超えるような異形の英霊も珍しくないが、幸いにしてランサーの見た目は普通の人間と大差ない。服装さえ変えれば人ごみに埋没することも可能だろう。

「成程。承知しました」

 得心した様子で、ランサーは着替えを携えてバスルームに入る。
 男しかいないのだから着替えぐらいそこらですればいいと思ったのだが、彼らの時代なら主従の間の礼儀のようなものがあるのかもしれない、と康一は勝手に納得した。

「サイズはどうだ?」

 ランサーの身長は康一より僅かばかり高い。その割に体格は華奢なので着れないほど小さい、ということは無いはずだが。

「……着る分には問題ありません、が……少し、その」

「が?」

 ランサーの言葉は奥歯に物が挟まったような物言いでなかなか要領を得ない。

「下着が、すーすーします……」

「……すーすー?お前、ブリーフ派?」

 言ってしまってから古代のブリテンにブリーフはあるまい、と苦笑した。
 康一も無論、下着の歴史に詳しいわけではないので、恐らく彼の生きた時代の下着と勝手が違うのは想像に難くない。

「まぁ、今回のところは我慢してくれ。俺はトランクス以外持ってないんだ」

「……承知しました」

 ランサーの声音は、彼にしては珍しく大層不服そうなものだった。
 はて、そう言えばサーヴァントの服は彼らの身体と同じくエーテルで構成されるはずだ。故に本人の身体と同じく出し入れは自由のはずだが、下着だけ顕現しておくことは出来ないのだろうか?
 康一がそんな益体も無いことを考えているうちに、バスルームのドアが開いた。

「……着こなし方に自信がないのですが……何か、不自然なところはありませんか?」

 ……ある。
 康一が貸したのはごく普通のトレーナーとGパンだ。着こなすもへったくれもないと思うのだが、それらを纏った今のランサーの姿は……何か、見る者に言い知れぬ違和感を与える。

「サイズが合わないのは、まぁ、しょうがないが……」

 と評してはみたものの、そこまでサイズが問題だとは思えない。
 若干ランサーのほうが長身であるとはいえ、せいぜい3cm以内の誤差である。むしろ線の細さゆえに全体的にだぶついて見えたが、それさえ奇異なほどではない。
 だが、何か違和感を感じる。

「な、何か?」

 じっと見つめる主の視線に、騎士はたじろいだ。
 構わずたっぷり1刻ほど凝視して……康一は、気づいた。
 Gパンに比して妙にタイトに見えるトレーナーが、胸元で妙に持ち上げられているのを。
 確信を得るにはあまりに慎ましやかであったが、しかして鍛え上げられた胸板……というには無理がある。

「ランサー。間違っていたら、素直に謝罪するが……」

「は、はい」

 康一はランサーの胸を凝視して――後にして思えばそれこそ謝罪を要するほど失礼なことだが……たっぷり迷ってから、意を決してそれを口にした。

「――お前。『女』……だったのか?」





「弁明をお許しください、主……たばかるつもりはなかったのです」

 ホテルを出るまでの間、ランサーはしきりに恐縮してそう謝罪してきた。
 が、どう考えても悪いのは康一の方である。
 まさしく彼……否、彼女の言葉通りランサーは康一が問うた己の情報は、真名から本人としては屈辱であったろう聖杯を求める理由まで真摯に明確に開示してみせた。性別とて、問われれば素直に答えただろう。
 だからして、過失は今日まで性別を問わなかった康一にある。……まぁかの円卓の騎士が女性だなどと、推測するには余りに無理のある事実だが。

「後世の伝説に男性として残っているのは承知しています。
 ……当時からして、私は普段から鎧を纏っていたため、騎士となる以前の私を知るものでもなければ男性と見られていたでしょう」

 歴史上、洋の東西問わず、女性の武人は極めて少ないが、皆無ではない。その功績が男性のものとして吹聴される事情も、またありとあらゆる社会で普遍的に存在する。
 大方の社会において戦いは男の仕事であり、誇りであり、特権を裏打ちする要素なのだ。

「いや。いや、まぁ――すまん。驚いたりして悪かった」

 康一は謝罪した。まだ動転していたのでしどろもどろだったが。
 別にランサーが女性だったからと言って何か問題があるわけではない。その戦闘能力は既に証明されている。その華奢な身体に隠された膂力は人間離れしており、まかり間違っても力不足ということはない。
 何も問題はないのだ。

「そう。何も問題はない。
 お前は、俺のサーヴァントだ。役に立つことはお前自身が証明して見せた。忠義もある。何も、問題はない」

 自分に言い聞かせるようにそらんじてから、康一は頭を下げた。

「悪かった。驚いたりして」

「い――いえ……」

 男装の女騎士は、視線を伏せる。
 ……女と解った途端、この生真面目な騎士の仕草一つ一つが、恥じらう乙女の仕草に見えるようになったことに康一は奇妙なおかしさを感じた。

「ありがとうございます、主。
 女のこの身に変わらぬ信頼を置いていただけることに、心から感謝を」

 それは甚だ大袈裟に見える礼であったが、康一は嗤わなかった。

 恐らくは彼女の元の主もまた、彼女の性別は知っていたはずだ。
 時は紀元500年頃。女性が戦うなど及びもつかぬ社会で、彼女を受け入れたかの騎士王の度量、そして受け入れられた彼女の喜び、いかばかりか。

「私もまた、変わらず忠義を誓います」

「あぁ、よろしく頼む」

 小さく笑んで、ホテルを出る。

 そうだ、何も問題はない。
 問題はないが……。

(今日の予定は、狂ったなぁ)

 苦笑は、あくまで従僕に悟られぬよう心に隠した。


[No.327] 2011/05/23(Mon) 21:49:23
少女偽曲U (No.327への返信 / 2階層) - アズミ

 志摩康一は、人並みの青春を知らない。
 彼が18年前に生まれた時、その身体は既に小学校低学年程度の大きさがあったし、以降の歳の取り方も滅茶苦茶だ。『今の形』に収まったのは、確か3年前だったか。
 そんな人生だからして、この国の一般的な青年が楽しむ娯楽……殊に御洒落には、とんと縁がなかった。まぁ、大体にして彼は外見を取り繕うのに無頓着なタチなので一概にして生まれのせいとばかりも言えないが。
 ともあれ、要するに。

(俺ぁこういう所は場違いなんだよな……)

 今、志摩康一は憂鬱な気分で大型ショッピングモールの中のブティックに立ちつくしていた。
 普通の服飾店でも縁遠いというのに、完全に女性向けの、オシャレな店構えである。
 そんな店に、女と二人連れで来店。
 常識的に考えれば喜ぶべき初体験だが、あまりに縁が遠すぎて身体が拒絶反応を起こしかけている。魔力回路を強引に寸断されたかの如き眩暈と息苦しさが康一を絶えず襲っていた。
 やがて、店の奥から店員のわざとらしい「よくお似合いですよ」という世辞が聞こえてくる。

――ようやく終わりか。

 時計を確認すると、ランサーが店員に連れていかれてから僅か15分しか経っていなかった。自分の免疫と堪え性の無さにしばし絶望。
 
「お待たせしました、ある――ぐむっ!?」

「あの、お勘定は?」

 主、と言いかけた迂闊なサーヴァントの口を平手で塞ぐと、康一は一刻も早くこの腑海林アインナッシュにも勝る魔境から逃げ出すべく店員を急かした。





「外で主、は無しだ。ランサー」

「は、失礼しました」

 騎士はおろか、使用人さえほとんど見かけない日本社会で「主」という呼び方は完全武装の騎士と同程度には悪目立ちする。
 人前では名前で呼ぶように念を押してから、康一は改めてランサーを見た。

「うん、まぁしかし――」

 シックなブラウスに黒のスカート、胸元にはブローチで中心を止めるリボンに、上着として同じ色のケープ。

「よく似合ってるじゃないか」

 なんだかピアノか何かの発表会にでも行きそうな『めかしこんだ』感じが拭えないが、長身の西洋美女が纏うのだから非常に様にはなっている。少なくともトレーナーにGパンよりマシだ。

「着てみて違和感はないか?」

「……足元がすーすーします」

「またすーすーしますか」

 苦笑する康一を余所に、ランサーはしきりに足元を気にしていた。スカートは今の時代を考えればむしろ長いほうなのだが。

「こんな、なんというか……婦人然とした服装は、生まれて初めてなので」

「……スカートも?」

「はい」

「まぁ……慣れな。そのまま戦えとまでは言わねえさ」

「御意……」

 主がそう命じれば、生真面目な騎士としてはおとなしく従わざるを得ない。

「しかし、よろしかったのですか主。このような上等な服を……」

「目ン玉飛び出るほど高かったわけじゃねえさ」

「私としては先刻の服でも構わなかったのですが……」

「下着無しってわけにもいかねえだろうが。まぁ、ついでだよついで」

 流石に女性に自分のそっけもないトレーナーと下着(確認したところ、彼女が元来着ていた下着はアンダードレスの類でGパンの下には着用できなかったらしい)を着せておくわけにもいかず、目的の買い出しを済ませたところでこうしてランサー用の普段着を調達したのだ。
 なおも納得していないランサーに続ける。

「それに、これも聖杯戦争の布石でもある」

「布石?」

「今のお前を見て真名を当てられる奴がいると思うか?」

「……成程。得心しました」

 頷くランサーに満足すると、康一は足元に置いた巨大なダンボール箱を吊り紐で引っ張り上げる。
 ……重い。

「お持ちします、ある――康一」

 確かにそもそも、これを運ばせるために霊体化させずに付いてこさせたのだが。
 自分より身長の高い外国人男性……ならともかく、如何にもお嬢様然とした今のランサーにホームセンターから買ってきた組み立て式の家具なぞ持たせたら、悪目立ちすること請け合いだ。

「女にこんなクソ重いもん持たせたら白い目で見られる。お前はバッグの方持て」

「しかし――」

「俺の名誉の為である、って言や納得するか?」

「……承知」

 とはいえこんなもの持ち歩いている最中に敵に襲われたらそれなりにコトではある。
 康一は無理せず、ショッピングモールを出ると即座にタクシーを呼んだ。





 同刻。
 女は、戦場にいた。

 刃が躍る。血潮が舞う。槍が駆け、矢が疾り、兵が倒れ伏す。

 それは戦争だった。
 およそ50年来、この国が縁を断っていた、人類の最高にして最悪の文化行為であった。
 100を超える人の群れが、一つの義と意の元に死を撒き、死に抱かれる狂気の儀式。
 仮に片割れが意志さえ見てとれぬ異形の徒だったとしても、仮に片割れが900年の時空、あるいは虚構と現実の狭間を超越して顕現した伝説の義賊集団だったとしても。
 それは戦争だった。戦争以外の何物でもなかった。

「――…………」

 女は、戦場を高みから見下ろしていた。
 敵方の異形……血管が無理矢理組み合わさって構築されたようなヒトガタは、彼女に見向きもしない。仮令、襲いかかってきたとて彼女の傍に控える『行者』が瞬時にその身を再生不能な領域まで打ち砕いてしまうだろうが。
 だが、いっそ襲ってくればいいと女は思う。彼女は彼女と血盟を結んだ仲間のなかでは『腕の立たない方』ではあったのだが、他人に頼り切るということにどうにも慣れない性質であった。
 それが、首魁たるものの務めであったとしても、だ。

「終わったぞ」

 背後にいた、彼女の主が短く言うと、女は安堵したように笑んで手にした剣を掲げた。

「時は満ちたり!全軍突撃、武勇を示せ!」


――おおおおおおおおおッ!!


 107の声と雄姿がそれに応じる。
 たちまち、戦争はただの虐殺に代わり果てた。
 黒旋風の板斧が両断し、豹子頭の蛇矛が穿ち、花和尚の禅杖が打ち据える。
 小李公の矢が雨霰と降り注げば、入雲竜の巻き起こした大風が怯んだ異形を粉砕した。

「……圧倒的だな」

 特に賞賛した調子でもなしに言った主人の言葉に、女は少しだけ誇らしげに首肯した。

「あの方々の敵ではありません」

 その首魁でありながら『我々』と称さないところが彼女の気質を端的に表していた。

「フン」

 それが気に障ったかどうなのか、背広の偉丈夫は面白くもなさげに広げ人払いの為に構築した陣を瓦解させにかかった。





「……解らんな」

 臨時休業で無人のガソリンスタンドの前で、康一は腑に落ちぬ様子で呟いた。

「何も痕跡は残っていないと?」

 問う従僕に、魔術師は首を振った。

「『痕跡を消した痕跡』がある。霊脈をさんざ荒らした後に、『直した』ような、そんな感じだ」

 ランサーが眉をひそめた。
 意図は不明だが、人為が聖杯戦争の一端に干渉した。それは、即ち彼女らの敵。他のマスターの行動の残滓ということだ。
 気を巡らせ、周囲を警戒するが当然サーヴァントの気配どころか、敵意の欠片さえ感じ取れない。
 背後の通りを、人と車が流れていく。

「……行くぞ。尾行にだけ注意しろ」

「御意」

 数刻だけ敵の痕跡を追う努力をした後、康一は諦めてその場を立ち去った。


[No.328] 2011/05/23(Mon) 21:50:06
運命の名 (No.328への返信 / 3階層) - きうい

 湖底市。
 魔術師の町。
 運命づけられた、魔術の町。

 樋口圭司は愛車のパジェロに水をかけているところだった。
 だが、車に向けられた棒状のそれには、ホースはついていない。

 「主(マスター)。」

 ん、と樋口はベランダを見る。
 灰色髪の少女がうらみがましく男を睨んでいた。

 「神器をそんなふうに扱うものではありません。」
 「他に役に立たねえんだもの。」

 彼が手にしているのは、一見ただの棒。
 だがその先端からは水が無尽蔵にあふれ出ている。

 三尖刀。それがこの棒の正体だ。
 治水神にして武神、顕聖二郎真君の得物である。
 その神器の先端からは、槍の穂の代わりに水が溢れ今パジェロを洗っている。三つ又に分かれいい感じに横に広がった放水は効率よく車の埃を落として行く。

 「……勿体なや。」

 少女のため息を効かぬふり。
 樋口は構わず、今度はタイヤの溝に丹念に水を当てていた。

 「後を追ってくると、思うか?」

 樋口は唐突に聞いた。

 「可能か不可能か、というのであれば、不可能でしょう。」

 少女は戸惑いもせず応える。

 「しかし、長期的に見れば、いずれ必ず見(まみ)える。」
 「その心は。」
 「これが聖杯戦争であるからです。」

 少女の目が強みを増した。

 「そりゃ、いつかは逢うかもな。」
 「……。
  現場は隠蔽しました。
  しかし、隠蔽の痕跡は残っている。
  誰かが不当な暴力を働いた、と言う事実だけは、伝わってしまいます。
  そして、それを探る者は必ず現れる。」

 「……。」

 樋口は軽くため息をつき、三尖刀からの放水を止めた。

 「追及する者がある限り、露見しない物はありません。」
 「なるほど。」

 樋口は苦笑した。
 これでも元は、追及する側の立場だったのだから。今は、事件を起こす側に向いている。理由があるとはいえ、それは極私的なもので、官憲をやっていた頃の正当な働きとは比べるべくもない。

 「『バーサーカー』、それは、何時だと思う?」

 『バーサーカー』と呼ばれ、少女は初めて、少し笑った。

 「何時だかは天が決めます。
  しかし、天が決めた時を、わたくしは絶対に外しません。」

 天魁星 宋江は、そういう星回りの存在なのだ。


[No.329] 2011/05/23(Mon) 21:50:49
欠損英雄W (No.329への返信 / 4階層) - アズミ

 駅前の踏み切りには、いわゆる『開かずの踏切』状態を解消するべく、長めの地下道が下に通されている。
 そこに入った瞬間、康一は襲撃を予感した。
 時間はPM3:50。まだまだ通行人の多い時間帯だが、ここならば、目撃者を排除しての戦闘は可能だ。……少なくとも自分なら可能とする算段がつく。

 果たして、康一の危惧は現実のものとなる。
 ごとん、と音を立てて背後の径路が分厚い鉄の壁に封鎖されたのだ。

「何――!?」

「前方を警戒しろ、ランサー」

 ランサーが慌てて振り返ろうとするが、康一が制止する。
 自身も前方に視線を送ったまま、背後に生じた隔絶を確かめる。

「災害時用の隔壁か……地方都市の癖に大仰なもの使ってやがる」

 もう片側も塞がれたと見るべきか。
 荷物をその場に下して左手で『糸』を準備。同時に右手で携帯を操作。マリナの番号を呼び出すが、応答なし。圏外か。

「主、敵が来ます」

 ランサーがバッグを後方に投げ、瞬時にして元の甲冑姿に変貌する。腰に帯びた異形の刃は既に抜刀済みだった。
 それを待っていたかのように通路の先で、じゃり、とコンクリートの床を踏みしだく音がした。
 つい昨晩見た、だんだら羽織の青年。

「――……なるほど。限定空間での撃剣は新撰組の十八番。
 お前向きの戦場ってことか、沖田総司」

「そういうことです」

 浮かべるのは相も変わらず、底の読めない柔和な笑み。

「なんせ、芸の無いサーヴァントなもので……こういう、使える状況はちゃんと使っておかないと、ね」

 間合いはざっと10m。即、殺し合いに繋がる距離ではないが、背後の隔壁をランサーに破壊させる暇はあるまい。
 退路は、見た目通りに断たれた。

「ランサー」

「ご安心を、主。ここで決着をつけます」

「いや、無理はするな」

 ランサーは引き締まった表情で壮語する。しかし、康一は首を振った。
 満足に回避も出来ない戦闘領域。敏捷性に優れるランサーはその能力を十全に発揮できないだろうし、逆に沖田は『切ったハズの切り札が復活している』。
 この状況は、圧倒的にランサーにとって不利だ。覚悟や気合だけでは引っ繰り返せないレベルの。
 ならば、工夫がいる。

「俺がフォローする」

 『糸』を展開する。
 この状況を、昨夜街を偵察した時――あるいは、地下道に入る直前までに予測出来なかったのは手痛い失点ではあるが……。

 『過失に囚われてはならない』。

 あぁ、そうだった。師よ。
 ならば、志摩康一のすべきことは唯一つだ。

「奴の切り札は切らせない。お前は存分に斬りこめ」

「……承知!」

 その一言で主の意を察したか、従僕は剣を携え敵へ向けて突進した。




Sword, or death

with What in your hand...?

Flame dancing,
Earth splitting,
Ocean withering...




 日本の戦史上、今日武士の魂とされる刀が主役となったことは皆無である。
 その製法の妙、限りなく単分子に近い鋭利さは確かに人類の技術史において特筆されるべき武装であるが、しかし所詮は悲しいかな、近接武器だ。
 戦争の主役とは常に投射武器であり、投石に始まり弓を経て、銃火器へと結実していく。かつて武士を“弓取り”と称した通り、戦場において武士の魂は刀ではなく、弓だった。

 だが、彼らは文明開化も目前にした幕末に、刀を約束事の上の死合ではなく、純然たる殺人の道具に昇華させた。

 遮蔽の多い『市街戦』。
 間合いを無効化する『急襲』。

 刀がこの日本に生を受け600余年、ついに日本刀は『飾り』から『凶器』への完成を視た。


「――ハァッ!!」

 沖田の剣が疾る。
 数多の志士を屠った必殺の剣閃。ランサーは辛うじてその全てを捌いた。刃で、柄で、あるいは籠手で。
 一方の沖田はこちらの攻撃を全て紙一重で回避しきっていた。回避に徹しているわけではない。むしろ相も変わらぬ攻めに偏った前進剣術。その上で、僅かな体捌き一つで相手の攻めを無為に帰す。
 おまけに手にした刃を防ぎ手に使わない分、さらに攻め手の速度が増していく。悪循環だ。

 なんと、無駄のない撃剣か。

 師を持たず、剣の扱いを習ったこともないランサーでもその脅威は確と理解した。

――技巧で競り合っていては、負ける。


「せェやッ!!」

 ならば、とばかりにランサーは力任せの剛剣で以って沖田を牽制した。
 空を切り裂く剣勢が、触れてもいない沖田の前髪数本を切り裂き、地下道に舞わせる。

(――この打ち込み。肝が冷えるな……)

 彼女は誉れ高き円卓の騎士でありながら、騎士たるべき教育を何一つ受けていない。剣術とて然り。だが、彼女は大木を引き抜いて武器にするほどの驚異的な膂力を持つ。力任せの盲剣法と侮るには余りに危険な破壊力であった。
 被弾すれば沖田の細身なぞ、枯れ枝の如くへし折れるだろう。
 技巧など不要。持って生まれた勘と身体で生のままに戦う。
 それがランサー・パーシヴァルの戦闘術であった。

「はァァァッ!!」

 狙いを外れた剣が、先刻まで沖田の踏んでいた地面を大きく抉り、砕く。
 長期戦は不利だ。
 ならば。

「――……首級、頂戴します」

 沖田が剣を水平に引き、『刃を番えた』。
 赤眼のサーヴァントの腹を抉った、あの一撃が来る。
 沖田が生前得意としたと言われる、神速の三段突き。人呼んで『無明剣』。一度の踏み込みで急所三つを射抜く人知埒外の剣技である。
 英霊ともなれば、生前のそれならば回避は可能だろう。如何に神速とはいえ、時間差が存在するならば。
 しかし、サーヴァントたる沖田の振るう無明剣に時間差は存在しない。如何なる理屈かは解らないが、魔術と魔法の壁を破る理念で以って無明剣は『全くの同時に』三連撃を見舞う魔剣と化した。

「疾ィィッ!!」

 取るべき対処は回避。
 防御至難ならば、そもそも二尺五寸の間合いに入らなければ良い。そして、英霊の反射を以ってすればそれはそう難しいことではない。
 しかし。

(間に合わない――!?)

 この狭い地下道では、回避する先が後方以外にない。後方への回避は隙が大きいし、逃げる方向が解っているなら沖田とて追うのは容易だ。
 故に。ここで戦うに限り、『沖田の切り札は復活していた』のだ。
 ランサーの刃が喉元への一撃を弾いた。残る二剣が彼女の鳩尾と腰椎を撃ち抜くのは必定、と思われた。実際、一対一の立ち合いならば、ランサーは血の海に沈んでいただろう。

「――ッ!?」

 沖田に動揺が走る。
 沖田の三本の刃が、ランサーの急所、その一寸手前で静止していた。
 文字通り、三本の刃だ。実体として観測出来るが、振るわれた軌道は一条。物理法則を超越した、尋常でない理屈で顕現されたものに相違ない。固有結界か、はたまた多元屈折か。

「それがお前の宝具か、沖田」

 刃を止めたのは、康一だった。
 先刻の宣言通り、沖田の切り札を阻止して見せたのだ。

「成程、攻撃が来てからの防御では間に合わない。
 ならば――」

 不敵に笑んだ。
 その両手から伸びるのは、無数の『糸』。

「――あらかじめ防御を『配置して』おけばいい」

 その先に絡め取るは、言わずもがな沖田の愛刀、その切っ先。
 非常灯の明かりが反射し、薄暗い地下道を蜘蛛の巣の如く縦横無尽に走る『糸』が輝いた。
 狭い空間ならば、こういった三次元的に配置できる武器は極大の効果を発揮する。それは、解る。
 だが、この男――サーヴァント同士の戦闘中に、しかも自身の騎士の動きは微塵も阻害しないように『糸』を配置していたというのか!?

「終わりにしましょう、ソウシ」

 康一に気を取られたのは刹那の隙に過ぎなかったが、ランサーが必殺の構えを取るには充分だった。
 昨夜見たあの構えだ。剣を逆手で構え、投げ槍の如く担ぎあげるあの異形の構え。


「――貴公に愛と救済あれ!
 (――Lieb' und Erlosung!)」

 投げ槍よろしく振るわれた剣。その空間に縫い止めたかの如く保たれていた刃が、あっさりと柄から離れ、銀の奔流と化して沖田に襲いかかる。

 剣にして投げ槍。刃にして散弾。

 その異形の構えと技は、彼女が愛用の武器と永劫の時間を共にする内に昇華した、英霊なる技。人外の戦術であった。

「が――ぁァァッ!?」

 指ほどの大きさの鋭利な刃が、沖田の胴を穿つ。
 しかして込められた膂力は空間に霧散することなく沖田の身体を押し流し、隔壁に叩きつけた!


[No.330] 2011/05/23(Mon) 21:51:28
欠損英雄X (No.330への返信 / 5階層) - アズミ

 鐘楼を打ち鳴らしたような大音響が地下道を揺らした。
 背の隔壁を歪ませながら、叩きつけられた沖田はずるりと床に崩れ落ちる。

「刃よ、戻れ」

 所持者が柄を掲げ命じると、破片と化した刃たちはたちまち従い帰還し、元の剣へと戻っていく。

「ぐ――が、はっ……!」

 溢れるように大量の血が、沖田の口から零れおちた。
 胴に幾つも穿たれた創傷。見るだに重傷であったが、サーヴァントの頑強さは人間の比ではない。安心するわけにはいかなかった。

「ランサー、とどめを――」

 命じようとした、刹那。
 歪んだ隔壁が、悲鳴を上げながら僅かに開いた。
 さながら迷宮に棲む怪物の顎のようなそこから、小瓶が2つ、3つ放りこまれる。
 康一の背筋に悪寒が走った。

「毒だ! ランサー、こっちの隔壁をブチ破れ!」

「毒!?」

 果たして、床に当たり砕け散った小瓶からは白煙と異臭が立ち込めだす。
 ランサーは剣の刃を隔壁の隙間に無理やり捻じ込み、その怪力で以ってこじ開けにかかった。
 それを見守る康一の遥か背後。隔壁の向こうから、どこかで聞いたような、低い男の声が響く。

「戻れ、セイバー」

 虚空に走る、赤い輝き。
 一瞬の後、沖田の姿は隔壁の前から消え去っていた。

(――……令呪か!)

 あの隔壁の向こうにマスターがいる。康一は眼をこらして隔壁の先の闇に視線を送ったが、いよいよ立ち込めた白煙がそれを阻んだ。

「主! 開きました、お早く!」

 どうにか人一人が通れる隙間が開き、ランサーが康一を促す。
 康一は……全く、らしくもなく激昂にかられて敵のマスターに襲いかかる算段を数瞬だけ脳内で組み立てたが――。

「マスター!」

 ランサーの呼びかけで頭を冷やし、隔壁の隙間に身を滑らせた。





 地下道から転がり出た二人を迎えたのは、けたたましい踏切の音だった。

「敵のマスターは……!」

 まだ遠くへは行っていまい。視線を巡らせると、呆気なく目的の――幾許か、予測していた姿を踏切の向こうに見つけ出した。

「て……めえ……ッ!」

 聞き覚えのある声だと思った。
 もしや、とは思った。
 だが、実際に相対することで康一は脳髄が火にくべたように熱くなるのを自覚せずにはいられなかった。
 現代の街中では多分に目立つ、黒の着流し。短く刈り込んだ髪に、巌のような表情。
 見紛うはずもなかった。この身体の幾許かを作った、あの忌まわしき男。

「志摩――空涯……ッ!!」

 唾棄するようにその名を呼んだ康一に、男――空涯は表情を一分も変えずに応じた。

「成程――よく練り上げたな。『あの女』に奪われた志摩の財、少々殺すのは惜しくなった」

 空涯が踵を返す。
 沖田は回収したのか姿が見えない。

(今なら奴を――!)

 ランサーを呼ぶ……いや、自分が仕掛けた方が速い。『糸』を振りかぶるが、煮えたぎった殺意は眼前を横切る列車によって遮られた。
 車列の合間に見た。
 振り向いた空涯が、薄く笑んだのを。

「ランサー!」

「――……いえ、ここからでは追えません、主」

 刹那の間に、空涯の姿は消え失せていた。魔術か、あるいは沖田に運ばせたか。

「くそっ……!」

 師にもらった拳をアスファルトに叩きつけると、あの憎い男からもらった血が滲み、流れた。


[No.331] 2011/05/23(Mon) 21:51:55
平穏の狭間T−2 (No.331への返信 / 6階層) - 咲凪

 現場の様子はマリナも気掛かりではあったが、康一の発言は理に叶っていた、言われた事に従うようで癪だとは思いつつ、マリナは私室で学校の制服に着替える。
 まだ慣れ親しんだとは言えない湖庭寺学園高校のベージュの制服をマリナは少し気に入っていた。
 色彩的な特徴は一致しないのだが、マリナはこのベージュの色に暖炉前を意識する。
 温かい暖炉前の穏かな安らぎのイメージを覚えて、マリナはこの制服を、ひいては湖庭寺学園をそれなりに好んでいる。

「でもランサー、貴方にも悪いわね、授業中は退屈でしょう」
「なに、この時代の様子風景を観ておくのも悪く無いさ」

 玄関で革靴を履いて、マリナは自らのランサーに声を掛けた。
 ランサーと言葉にすると、どうしてもあの剣を持つ“康一のランサー”がマリナの頭に浮かんだ。
 共同戦線を張るにしても、呼び名が同じというのは不便では無いだろうか?、とマリナはふと思う。
 何か良い呼び名を考えておこう、そう――この英霊の特徴を端的に表した呼び名、すぐに声を掛けられるように短い呼び名が良い、そう、例えば――、

 ――無職。



 湖庭寺学園高校は、その起源が江戸時代の寺子屋にあるという。
 現在校舎がある土地でかつては寺子屋をやっていたという話がある訳では無いのだが、名実共に湖庭寺学園は湖庭市の代表的な教育施設である。
 制服は男女共にベージュのブレザー、特に女子の制服は5年前にデザインが変更され、それが可愛いと評判になっている。
 この湖庭寺学園にマリナは徒歩で通学している、歩いて行ける距離だから、というのが理由だが、本当はバス通学にすると朝の時間管理が億劫になるからだ。
 朝の冷たい空気に白い息を吐きつけながら、マリナが校門前にまで差し掛かった頃だ、後ろの方から声が聞こえる。

「マ〜リナ〜!」

 マリナが振り返る、通学路の向こうに、手を振る友人の姿が見えた。
 ……いや、友人と呼ぶには語弊がある、マリナは彼女の事を友人とは思っていない。
 ……全然友達だなんて思ってない、勘違いしないでよね、貴方が声を掛けてくるから、無視すると私の評判が悪くなるし、仕方ないから相手をしるんだからね!、とツンデレみたいな事を考えながら、マリナは近寄って来た友人に眼を向ける。

「おはよう、マリナ!」
「えぇ、おはよう……朝から人の名前を大声で叫ばないで欲しいんだけど」
「あははは、ゴメンゴメン!」

 マリナと同じ湖庭寺学園の女子制服に身を包んだ少女は、相変わらず大きな声で笑うと反省のカケラも見えない声色で謝罪を示した、マリナがため息を吐く。

「いやー、後ろから姿が見えたからさぁ、マリナの赤毛チョンマゲはよく目立つから!」
「チョンマゲって言わないでくれる……?」

 マリナは髪の毛を纏めている、ポニーテールとはちょっと違うそれが、チョンマゲと言われればチョンマゲに見えない事も無い。
 だがマリナは決してチョンマゲのつもりで髪の毛を纏めているつもりは無い、動き易くする為なのだ、決して、断じて、チョンマゲでは無い。
 マリナがイラッとした顔で友人という立場で自分の生活圏に介入して来ようとする不穏分子を見た。

「…………」
「……どったのマリにゃん?」

 不穏分子はマリナのイラッとした顔など何処吹く風で笑顔を浮かべている、マリにゃんという自らの呼び名にマリナはますますため息を吐きたくなった。
 こんな事ならやっぱり事件現場を調べに行けば良かった、少なくとも学校に行かない理由は今なら思いつく、イジメだ、学級崩壊の危機だ、マリナは愚痴愚痴と心の中で呟きながら、友人を語る不穏分子をジロリと睨んだ。

「マリにゃんは止めてくれる、舞子」
「オッケーマリにゃん!」
「…………」

 マリナは心が折れそうで泣きたくなった。
 もういいや、とりあえず遅刻になる前に校門を潜ろう――放課後はまた魔術師の時間が始まるのだ、それまではこんな座興も良いだろう――マリナはそう思った。

 ――少なくとも、この時までは、本当にそう思っていた。


[No.332] 2011/05/23(Mon) 21:52:42
イレギュラーT (No.332への返信 / 7階層) - ジョニー

「うにゅぁぁぁ!!?」

「あはぁー。急いで逃げないと射抜かれますよー」

「冗談言ってる場合じゃないのぉぉぉぉぉぉ!!」

 急降下、そのままビルの物陰に隠れる。
 つい一瞬前まで自分がいた場所を通り過ぎる矢に心臓がバクンバクン五月蠅いぐらいに音を立てる。

「それにしても、空から探していきなり狙撃でしたからねー」

 初撃を回避できたのはマスターの幸運と直感のランクが高かったおかげですかね?
 なんてのんきに言って来る元凶にフツフツと湧き立つ思いがああるが、今は撤退が最優先。もちろん狙われないように地面を歩いて射線上に出ないように物陰に隠れながら。







「で、逃げ帰って来たわけか」

 拠点にしているホテルの一室で、兄である天川勇治が呆れ混じりで嘆息する。
 その姿はあちこちに包帯を巻いて痛々しい限りだ。

「あれは間違いなく黒化英霊のアーチャーでしたねー」

「黒化英霊、聖杯戦争、サーヴァント…それにあの血管を束ねたような異形か」

 頭が痛いとばかりに額を押さえる兄に、厄介ですよねぇーと羽をパタパタさせるルビー。

「うにゅぅ、ところで異形は本当に心当たりないの?」

「ないですねー。この地の聖杯戦争、というよりはサーヴァントシステムはクラスカードが原因なのは確実ですけどね」

 あはーと笑うルビーに苛立ちを覚えないでもないがひとまず我慢する。

 聖杯戦争。
 そんなものが起きているなんてあたしもお兄ちゃんも知らなかったが、おそらくは事実。
 この地に現れたというクラスカードを用いて、この湖底市に本来なら存在するはずのない"サーヴァントシステム"を構築したのが誰か。そしてそのクラスカードの回収の為にやって来たというカレイドステッキのルビー。
 異変の調査の為に湖底市に来て早々襲われて負傷した兄、湖底市近くまで兄を見送りに来ていてルビーに捕まったあたし、天川希。
 本当になんでこんなことになったんだろうと思わないでもない。

「それで本当にクラスカードを回収すれば、もう聖杯戦争は起きないんだな?」

「正確にはサーヴァント召喚ですけど、それは間違いないですよー」

 もっとも、既にサーヴァントシステムが起動している今回は手遅れですけどね、とルビーが語る。

「もっともサーヴァント召喚時と地脈の魔力でクラスカードが実体化してたのは想定外でしたけど、それはまぁシステム構築した誰かさんに取ってもそうだと思いますよ?」

 クラスカードを基盤にして構築されたサーヴァントシステム。そしてサーヴァントが召喚された際の魔力でクラスカードがシステムから弾かれて湖底市の何処かに飛び散り、更にその場所で地脈の魔力を吸収して実体化する。
 魔力を持った存在が傍にいない限りは現れないとはいえ、魔力を持った誰かがクラスカードに近づけば黒化英霊として実体化して攻撃してくる。
 ルビーの説明によればそういうことらしい。
 つまり、黒化英霊を倒してクラスカードを回収すれば次のサーヴァントシステムの構築が出来なくなるということだ。

「俺じゃ英霊と戦うなんて不可能だし、希もこの調子じゃ無理そうだな」

「相性悪かったのもありますけどねー、やっぱりキツイものがありますね」

「うにゅぅぅぅ〜」

 実際、攻撃する暇もなくただ逃げるだけが精一杯だった。

「勇治さん、サーヴァントでも召喚します?」

「はぁ? お前が調べた限りでは教会は全騎揃って聖杯戦争の開始を宣言したんだろ?」

「そうですけど、黒化英霊とサーヴァントって気配は同じですよ」

 だからクラスカード探すのも一苦労なわけですけど、と。

「あぁなるほど。つまり黒化英霊とサーヴァントが混ざって教会は7騎と数えていて、実は7騎揃ってない可能性があるわけか」

「そういうことです」

 黒化英霊のアーチャーを確認しましたから、アーチャーは召喚されてるでしょうけどね、と付け加え。

「だが、俺は魔術師じゃないぞ?」

「そこはこのルビーちゃんが補佐しますよー」

 百人力以上ですよー、と陽気に笑うルビーが正直信用できない。
 が、現状戦力を増やすのはそれが一番手っ取り早い。

「……わかった。やろう」







「告げる――」

 ルビーの指示のもとに構築されたサーヴァント召喚の場。

「汝の身は我に、我が命運は汝の剣に」

 そこに兄がルビーの補佐を受けて英霊召喚を試みる。

「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うなら答えよ!」

 正直、既にサーヴァントが出揃っている可能性もある。

「誓いを此処に、我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 それ以前に、サーヴァントと上手く協力関係を気づけるのかという不安もある。
 それでも何もしないよりはいいはず。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手――!」

 兄を中心として光が満ちる。

「あ、そういえば触媒を忘れてましたね。この場合、何が出てくるんでしょうねー」

 あはー、と楽しげに笑うルビーの、不吉な言葉と共に、あたしの意識はそこで途切れた。


[No.333] 2011/05/23(Mon) 21:53:11
天命に至る道 (No.333への返信 / 8階層) - きうい

「戴宗に様子を探らせなくてもいいのか?」

 橋口圭司は前を向いたまま、助手席の女性に問うた。

「神行太保殿の行動は却って危険です。
 この街に限っては、妖術道術は、余りに『匂いすぎる』。」

 少女――サーヴァント『バーサーカー』にして、天魁星 宋江――は、梁山泊の人間を呼び出し使役する能力がある。
 しかし、残念ながら現代の日本の市街地において、百八傑が存分に力を発揮できる場所は少ない。

 では、少数だけ呼び出し配置するのではどうか。
 橋口のこの提案に、梁山泊首魁は否を返した。

 英霊『バーサーカー』が呼び出した百八傑には、残らずその魔力の匂いが染みついている。
 それを嗅ぎ分けるものがいる限り、隠密活動の役には立たない。

「大事なのは、只一つ。
 『あの方々』が全力で他のサーヴァントと戦える場を、設けること。」 
「そうか。」

 少女の応えにうなずき、橋口はアクセルを踏む足に少しだけ力を込めた。

 『あの方々』、か。

 正直、彼女を召喚した当時から違和感は多数あった。

 灰髪の小柄な少女の姿を見て、最初はキャスターだと思っていたが、バーサーカーであると述べた。
 しかも、東洋人と思えぬ容貌でありながら、宋江であると名乗った。
 反逆の徒でありながら普段の物腰は柔らかく、およそ争いごとに耐えられるようには見えなかった。
 梁山泊首魁でありながら、他の百七星を『あの方々』と距離を置いて呼び、召喚し率いはしても、使役はしなかった。
 『バーサーカー』であり『宋江』である。その事実が如何にも似合わないように見えた。


 だが最も驚いたのは、自分が数年前に見た『希望』と、彼女が瓜二つだったこと。

 「……。」

 降りた遮断機の前に、パジェロを停車させる。
 ここの踏切は、多数の路線を抱えることもあってなかなか開かない。
 もともと急ぐ道のりでもないので、それ自体は問題は無いが。

 「マスター。」
 「分かってる。」

 そこには、濃密な魔力の気配が香っていた。橋口はパジェロを強引Uターンさせ、コンビニの駐車場に滑り込ませた。

 「居ますか?」
 「いや、残り香らしい。」

 よく見ると、地下道の口から薄く白煙が立ち上っている。
 コンクリートで固められた通路で火災が起こることは考えにくい。煙に黒さも見られなかったため、橋口はこれを何らかのガス、または化学反応の痕跡であると判断した。

 「始まってたか……。」
 「参りますか?」
 「いや、ひとまずは警察に任せよう。」

 まだ昼下がり。ほどなく事態は当局の知るところとなるだろう。
 そもそも閉所での戦闘は、『バーサーカー』――――というよりは、梁山泊――――にとって鬼門とも言うべき『難所』だ。
 例え目撃者の恐れが無かろうとも、彼らは逃げの一手を選ぶだろう。

 「菓子パン買ってきてくれるか?」
 「それは命令ですか?」
 「いや?ガリガリ君でもいいよ。」


 笑い合いながら、橋口とバーサーカーは車を降りた。

 バーサーカーはコンビニに行っている間、橋口はパジェロの後ろに回りトランクを空け、長い棒を取り出す。

 杖を突くようにその棒で地面を突きながら、道路を渡り向かい側に渡る。
 何事か呪文のようなものを呟き大地の『脈を取る』。
 直後、橋口は

 「げ。」

 と声を漏らした。


--

 湖底市郊外に向かうパジェロの助手席で、バーサーカーが大ロシアをパクついている。

 「大変不味い状況のようですね。」
 「想定の範囲内ではあるが。」

 バーサーカーの問いに、橋口は苦い声で言葉を返した。

 橋口が『見た』のは、魔力存在のと、魔術の痕跡。
 魔術師が歩いたであろう微かな脈の乱れ。英霊同士が激しく争ったと見られる脈の激しい乱れと、そして、魔術を使ったと見られる脈の穴。

 脈の点を突くような魔術、というのも調べる必要があるが、橋口が警戒したのは、更にもう一つの痕跡。

 踏切の前、地下道の入口にそれぞれ、地脈に染みがついたような濃い痕が残っていたのだ。

 ぽつ、ぽつと。ちょうど大人一人分の足跡のように。

 そいつは『魔術の気配を消しながら行動できる。
  且つ、魔術の気配を隠すのをやめ、何かを行なった。』

 魔術の気配を消しながら行動できるということは、裏を返せば、『普通に行動していたら濃密な魔の匂いが漏れてしまう』ということだ。

 それは、人間をやめかけた魔術師に他ならない。
 英霊にはそんなことをする必要も見当たらないし、英霊クラスがやるとすれば全ての気配を消せているはずであるからだ。

 「……。」

 聖杯戦争初出陣とは言え、『マスターがヤバい』のが一番ヤバい、ということぐらい橋口も分かっている。
 自分も見習い仙人みたいなものであり人の事は言えないが、この『足跡』を残した人物は、格が全然違う。

 恐らくは、「」を求めたタイプ。
 魔術師ならいつかは必ず意識することになる「」を、こいつは強く激しく希求している。
 「」を手に入れる方法までは見当をつけ、後は実験を繰り返すだけ、という、かなり『煮詰まった』魔術師。


 「だからこそ、勝たなきゃならない。」

 橋口は一人ごちた。

 パジェロは、湖底市郊外のショッピングモール跡地に止まる。

 いざという時の決戦の地として、橋口が想定している要塞。
 敵に強大な魔術師が居ることが分かった以上、偵察の暇は無い。急いで罠を組まなければならない。

 ここがバーサーカーの『梁山泊』となり、反逆の旗印となるのだ。

 「マスター、あなたに問います。」
 「何だ。」
 「勝利とは。」

 少女は、微笑んでいた。

 「正義が、悪を倒すこと。」

 橋口がトランクから二郎真君の三尖刀を取り出しながら応える。

 「マスター。サーヴァントとして、わたくしはマスターの勝利を願っています。」
 「そうか。」

 橋口は振り返り、少女に向き直って言った。

 「俺は、願っていない。」


[No.334] 2011/05/23(Mon) 21:53:58
イレギュラーU (No.334への返信 / 9階層) - ジョニー

 交錯する嚇い槍と、高密度の魔力で編まれた刃を持った短槍と化したステッキ。

「あぅぅ! ルビー、身体強化を9に上げて!物理保護は1でいいの!!」

「あはー、無理無茶無謀ですね」

 再び打ち合わされる槍と短槍。
 だが、今度は今までと違い。ランサーの側が力負けしてその槍を引かされる。

「よし、いけるの!」

 魔術師混じりとはいえ混血は伊達ではない。元々同年代の中では希以上に優れた身体能力を持つ者は同じ一族内以外では見た事がない。
 本気を出せば成人男性とも渡り合えなくもない上に、まだ10歳故に基礎だけとはいえ一族の訓練を受けている希がほぼ限界までカレイドステッキの身体強化を受ければどうなるか、その答えが黒化ランサーを上回る筋力である。

 弾かれたランサーが自らも跳び、距離を取る。
 着地と同時に、その構えを大きく変えた。

「っっっ!?」

 大気が震えた。
 混血の本能が悲鳴を上げる。アレは絶対の死である。絶対の死、そのものの具現だと。

「刺し穿つ(ゲイ)―――」

「今だアサシンっ!」

 勇治の叫びと共にランサーの背後に降り立つ半獣の女性、その手には符が握られている。

「隙だらけ、氷像の出来上がりです」

 その符がランサーの背に叩きつけられるとランサーの身体が氷塊に閉じ込められる。
 同時にアサシンと呼ばれた女性がその場から離脱する。

「もっと薄く、もっと鋭く……大、斬撃!!」

 希が放った斬撃魔力砲が、唯一氷塊から出たランサーの、その槍を持つ右腕を切り裂く。
 腕が切り落とされるということこそなかったものの、大きく切り裂かれた腕から槍が零れ落ちる。

「これでぇ!」

 それを見て飛び込んだ希が両手で握りこんだ短槍と化したカレイドステッキで氷塊に閉じ込められたランサーの胸を貫く。

「零距離、とったの!」

 ランサーの胸を貫いたまま、莫大な魔力がステッキの先端に集う。

「全力砲射(シュート)!!」

 身体の内部から放たれた魔力砲の光がランサーの上半身を氷塊ごと消し飛ばす。

 ランサーの身体が崩れいき、その場にLancerという文字と槍を持った羽帽子の男の姿が描かれたカードが現れる。

「これで漸く一枚目ですねー」

 前途多難ですね、などというルビーを無視して、緊張を解いて大きく息を吐きながら、ランサーのクラスカードを回収する。

「うにゅぅ、やったの……お兄ちゃん、アサシン、ありがとぉなの」

「気にするな、俺はなにもしてないしな」

「いえいえ、ご主人様がいなければそもそも私はいませんし、なにより最適なタイミングでの指示はグッドでしたよ!」

 困った顔の勇治と、それをフォローするアサシン。
 なんでもアサシンは本来は英霊として括るのは大きな間違いだとか、オマケに本来なら英霊として召喚するにしても適正的にキャスターになるのが正しいものが、キャスターの席が既に埋まっていたのかアサシンとして召喚されてしまったとか。
 お陰で呪術のランクが下がったとか。それでも呪術とアサシンとしての気配遮断を併用すればサーヴァント相手でも不意打ちが可能と言っていたが、確かにたった今ランサーの背後を取って不意打ちを成し遂げていた。
 他にもアサシンだけあって魔力は下がったが多少は筋力、敏捷のステータスが上がっている、らしい。

「おや、英霊の気配ですね。サーヴァントか黒化英霊のどっちかはわかりませんが」

「っ!」

 ルビーのその言葉に全員に緊張が走る。
 最悪連戦になる。消耗は比較的押さえられているがそれでも黒ランサー戦で消耗したのは変わりない。

「……逃げられるか?」

「無理じゃないと思いますけど、この距離だと相手によっては捕まりますし、サーヴァントなら本拠地特定される恐れもありますねー」

 勇治はその回答に苦い顔をする。
 本拠地のホテルは精々魔力隠蔽を施したぐらいなのだ、もし攻め込まれればどうしようもない。

「仕方ない…アサシンは隠れててくれ、様子を見よう」

 幸いサーヴァントはアサシンと隠密性はサーヴァント随一である。
 それでサーヴァントを隠して、希とルビー、そして勇治だけなら相手が聖杯戦争参加者なら問答無用で攻撃される可能性は幾らか下がる。
 勇治のその案に反対する者は、その場にはいなかった。


[No.335] 2011/05/23(Mon) 21:54:55
宿命への直言 (No.335への返信 / 10階層) - きうい

――――
 「宋江、面を上げよ。」
 「はい。」

 皇帝の使いが、胸を張っていた。

 「褒美を。」
 「ありがたき幸せ。」

 声が遠く聞こえる。
 頭には全く入らない。

 わたくしは何もしていない。
 あの方々が優秀であっただけだ。
 戦略すらも練っていない。

 わたくしは、斬らなければいけないものがあったはずなのだ。

 わたくしが、斬らなければいけないものを。

――――

 「バーサーカー。」
 「はい。」

 店長室の椅子に座る橋口に、バーサーカーは宋朝の官吏の姿を幻視した。

 「やれるか。」
 「やります。」

 それは、最後の確認。

 英霊との戦いに、怖気づいてはいないか。そんな低劣な問いではない。

 「わたくしは、きっとそのためにここに来た。」
 「俺もきっと、そのためにお前を呼んだ。」

 「……。」
 「……。
  あの地下道、暫くは使えないだろうな。」

 橋口が頬杖をつく。

 「でしょうね。」
 「毒とか。」
 「報道では、ガスとのことでした。」
 「……これだから、魔術師連中は。」

 割れた窓の外に、欠けた月が覗いていた。

 「皆、殺す。」
 「御意。」


[No.336] 2011/05/23(Mon) 21:55:36
殺神夜会T (No.336への返信 / 11階層) - アズミ

志摩康一は、偽物で出来ている。

 身体は模造で、親は義理。
 技術は模倣。信念は借り物。
 それらで出来ているこの命は、きっと偽物なのだろう。

 ならば。
 きっと、この心もまた。
 機械仕掛けのギミックに、違いなかった。





「――……なるほど、ね」

 その日一日の報告を大雑把にすると、マリナは紅茶の入ったカップ……淹れたのは康一だ……を、コースターの上に静かに置いた。

 あれから。
 尾行に注意し移動経路を撹乱し、かつ罠を仕掛けながら七貴邸にやってきた康一を見たマリナが最初に浴びせたのは、罵声だった。
 まぁ、無理もない。あれだけ偉そうに指示しておきながら、康一からの合流指示の連絡が一向に来ず、工房で待ちぼうけしていたのだ。地下道で連絡したときに圏外だったきり、康一はマリナへの連絡を全く失念していた。
 その上にサーヴァントとの戦闘を行っていたとなれば、結局こちらを戦力と見ていないのではないか、と憤慨しても仕方ない。

「いや――本当にすまなかった」

 そんなわけで、七貴邸に着いてからの丸一時間、康一は休む間もなくマリナへの謝罪と説明に追われていたのだ。

「まぁ、それはいいわよ、もう」

 全て説明し終わるころには、マリナの怒りはすっかり収まっていた。
 どうも激しやすい傾向があるが、根本的には理性的な少女である。

「で、その沖田……セイバーだったんだっけ……のマスター、心当たりがあるのね?」

 避けていたわけでは、誓ってないが。最後まで残していた問題に、マリナは当然のように踏み込んできた。
 答えるのは簡単だが、それを言葉にして口に出すことにささやかな抵抗を感じずにはいられない。
 康一はたっぷり数秒だけ悪あがきをして、やがて観念したようにそれを口にした。

「志摩空涯。
 俺の……そう。……親父ってことになる」

「父親?」

 あぁ、と頷きながら康一はどう説明したものかと頭を巡らせる。
 別に隠すことは無いが、あの男について語れば志摩康一の18年を余すことなく語ることになりかねない。……それは長いし、誤解や、その他の余分な感情を想起させるに違いなかった。

「……子を捨てた親さ。掻い摘んで説明すればな」

 その言葉に、マリナの表情が僅かに動く。
 全く、解りやすい奴だと心中独りごちながら、話を続けた。

「俺は生来、志摩の家に珍しい資質を持ってたらしくてな。生まれ方も真っ当じゃなかったんで、家としちゃ『標本』にするつもりだったらしい」

「『標本』……?」

 今度はランサーが不機嫌そうに眉をひそめた。まぁ一般的な感覚、それも清廉な騎士からすればとんでもない非人道行為に思えるだろう。
 だが、魔術師というものは、それをしばしば実行する連中なのだ。

「だが、取り上げに関与した俺の師が俺を連れ出し、弟子として育てあげてくれた。野郎、というか志摩の家はそれが余程不服だったのか……師は、奴に殺された。
 まぁ、そんな関係さ」

 どうでもいいことのように、言い捨てた。
 どうでもいいのだ。聖杯戦争には何の関係も無い。康一とマリナの同盟には何の益体も無い。

「そんな輩で、そんな間柄だ。
 親の情を期待するのは無理だろう。
 まだ俺の『資質』には未練たらたららしいから、俺を生かして捕らえようとはするだろうが――まぁ、それも聖杯と秤にかけちゃアテには出来ない程度の価値だな」

 そう語る康一に、マリナは苦い眼差しを向けてきた。
 話が重苦しかったのもあるだろうが、それ以上にそれを語る康一の態度にこそ、マリナはある種の不快を感じていた。

「――……で、私はそれをどうしたらいいの?」

「どうしたら、って何だ。
 敵なんだ、出てきたら倒す。それでいいだろう?」

「……私が、手を出してもいいの?」

「そうさな、手強いことは否定しない。断絶状態だから詳しいことは知らんが、道具作成に特化したかなり強力な魔術師のはずだ。
 だが沖田には深手を負わせたし、それが直るまでならお前にも勝ち目は――」

「そうじゃなくて!」

 立ち上がったマリナに、康一はきょとんとした視線を向ける。
 歯車の噛み合わないような得体の知れない不快感が、彼女を苛んでいた。
 そうじゃない。そうじゃないだろう。

「そういう、因縁のある相手なんだから。アンタが……」

「まぁ、始末すべきってのは否定しないが」

「べき、とかそういう話じゃなくて!」

「仇を討ちたくはないのか、とマリナは問うているのだ。康一」

 激昂するマリナを制して、赤眼のサーヴァントが涼やかにそう言った。
 指摘されて、そこでようやく康一は感情を揺らがせる。ミルクを投じた珈琲のような、濁った視線を何とはなしに、掌に落とした。

「仇、か」

 舌で転がすように、口にしてみる。
 空々しい響きだと、思った。

「陳腐な言い方をすれば、『師はそんなことは望んじゃいない』し、『それで師が帰ってくるわけじゃない』」

「……真理だな」

 赤眼のサーヴァントは頷いた。
 そしてそれが心からの言葉ならば、彼から言うことは何もない。

「奴は、俺という人間が生き残る上での敵だ。来たら倒す。それだけさ。
 お前らが倒してくれたら、それはそれで助かる……て言い方は、同盟者として不誠実かな?」

 康一の言葉に、マリナは反論しなかった。
 ただ、きっと……納得はしていないに違いなかった。





 工房を出ようとする空涯は、入口に控えた従僕の姿に足を止めた。

「休んでいろ、と言ったはずだが?」

「ついていこうとまでは言いませんよ、流石に」

 沖田……セイバーは、力なく笑った。
 身体をエーテルで構成するサーヴァントでも、激しい欠損が生じれば相応の時間をかけて魔力を生み出し、巡らせ、身体を再構成するしかない。
 当分、戦闘は厳禁だった。

「ただ、昔からおとなしく寝てられない性分で」

「……こんなくだらないことに令呪を使わせないでもらいたいのだが」

 空涯がにこりともせずに令呪の刻まれた左手を掲げたので、セイバーは降参、とばかりに両手を上げた。

「解った、解りました。戻りますよ」

 全く、本当にあの人にそっくりだ、とセイバーは苦笑した。
 空涯はそれに反応することもなく令呪を着流しの袖口に引っ込めると、入口から足を踏み出す。

「――小煩い蠅を片づける。敵の来訪には防衛に専念しろ」

「了解です。……お独りで大丈夫ですか?」

「もう一人いる」

 セイバーは、主の傍らの空間に視線を向ける。姿は霊体故に不可視。声さえ発さないが、そこにもう一人、空涯に従うサーヴァントがいるのは間違いなかった。

「心配は無用だ。……休め、総司」

「……はい、マスター」

 空涯の感情の無い言葉に、しかし沖田は微笑んで応じた。


[No.337] 2011/05/23(Mon) 21:56:15
星の巡り (No.337への返信 / 12階層) - きうい

 「では、手筈通りに。」
 「うん。行ってくれ。」

 橋口が携帯電話を投げて渡すと、バーサーカーは廃墟の外に出て行った。

 「許せよ、兄ちゃん。ケツは拭くからさ……。」

――――

 橋口が彼女と出会ったのは、38歳の誕生日を3ヶ月後に控えたある日の事。

 「あなたは、何故警察官をしているのですか?」

 光り輝く「それ」は、開口一番にそう問うた。

 橋口は、なぜか彼女の事を不自然には思えず、素直に質問の答えを考え、応えた。

 「わからない。」と。

 「では、警察官とはどうあるべきだと思いますか。」

 あなたは、それになりたくはありませんか。

 彼女は問うた。

 「俺は。」

 頭に浮かんだのは、警邏中に目にして来たクズども。上司が汚職を働く現場。
 世の中はそういうふうに成り立っているとわかっていながら、納得はできなかった、そういう者たち。

――――正されるべきだ。

 言葉ではなく、心でそう思った時、彼女は。

 「叶えましょう。」

 と言い。

 橋口は、突然に。唐突に。人間をやめた。

――――

 それでもこれは、俺の意志なのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、モールの濡れた床に洗剤を撒く。

 三尖刀から溢れる豊富な水で全フロアのタイルを覆い、薬剤や寒天を混ぜ滑りやすくする、ただそれだけのトラップだ。

 だが単純であるがゆえに魔力での回避は難しい。滑らないように一瞬でも行動が遅れればそれで良いのだ。
 水分である以上、宝具:二郎真君三尖刀で味方の行動を阻害しないように好きに動かせる。

 それに、こちらには人数がいる。
 自由に動き回れる者が百余人持いれば、隙の一つぐらい出来るであろう。

 それに、橋口には秘策があった。


――――

 湖底市市会議員、橋口凜吾は橋口圭司の父方の従兄に当たる。
 代議士の例にもれず、彼もまた地方の中小企業に顔が効いたし、贔屓「されない」側の企業から恨みも買っていた。

 「もしもし……夜分申し訳ありません。わたくし“市会議員橋口凜吾の事務所の者”です。
  ご主人は御在宅でしょうか?
  ……あ、どうも。わたくしです。はい、予定が早まりまして、明日午後20時。場所は以前お伝えした通り。ええ、『いよいよ決起の時です』。
 『よろしくお願いしますね』。」


 その言葉には、心をざわつかせる甘い毒の匂いが漂っていた。

――――

 「……終わりました。」
 「おっと気を付けてくれよ。」

 モールに戻ってきたバーサーカーに橋口が声をかける。

 「いい気分じゃねえなあ、身内を餌にするってのは。」
 「異分子を取り除くためです。致し方ありません。」

 橋口には、奥の手があった。
 バーサーカーと橋口は、市の有力企業に訪問し、それとなく市会議員橋口凜吾の評判を聞いていた。
 橋口の「元警察官」という肩書きは信頼を得るのにとても便利であったし、バーサーカーの「逆徒を見抜く」才能は、それとなく橋口凜吾への敵意の有無を晒させる役に立った。
 人脈さえそろえば後は洗脳するだけ。
 バーサーカーに何度も電話をかけさえ、電波越しに『勧誘』を繰り返させた。

 電話越しでも多少は魔力が通る。逆徒としての使命感と正義感を少しずつ植えつけ、決起集会の約束を取り付ける。

 ただそれだけだ。

 あとはバーサーカーのカリスマで一挙に暴徒化させ、叩きつける。

 本当はもっと様子見をしてバーサーカーの剣が通る相手だけをおびき寄せるつもりだったが、そうも言っていられなくなった。

 「主(マスター)こそ、準備は。」
 「ああ、大丈夫だ。『どうとでもなる』。」

 これが聖杯戦争である以上、時間はかかっても敵は必ず、勝手にやってくる。
 それに、明日はここに人が不自然に集まるのだ。偵察ぐらいには来るだろう。

 派手な挑戦状はいらない。

 「ここにマスターがいる」ただそれだけで、十分戦う理由になる。

 来なければ来なかったで、こちらは準備をより万全にするだけだ。水脈でも気脈でも魔法陣でも、魔力的陣地を広げる手段はいくらでもある。

 「斬るぞ。」
 「はい。」

 真に悪なるものを。
 真に無秩序なる■を。■をこそ斬るために。


[No.338] 2011/05/23(Mon) 21:56:58
少女偽曲V (No.338への返信 / 13階層) - アズミ

 騎士たちの嘲笑と背の高い騎士の頬を張る掌に、少女は宮廷を追われた。

 彼らの言い分が解らぬほど、少女は愚かではない。だが、それで納得するほど殊勝でもなかった。

 胸を渦巻く怒りを吐き出す場の無いまま街を彷徨う少女は、道中で横暴を働く騎士に出会った。
 民草に乱暴を働き、威張り散らし虐げる。真紅の鎧兜ばかりが立派なその姿に、少女は憤った。

 人を嘲笑うのが、騎士なのか。
 力に任せ横暴を働くのが、騎士なのか!

 憤りに任せて、少女は騎士に勝負を挑んだ。
 怒りに任せて拳を振るい、力に任せて引き抜いた大木で騎士を強か打ち倒した。

 気がついてみれば。
 眼下には物言わぬ騎士の亡骸。
 周囲には、自分を恐れる人々の眼があった。

 血だまりに映る自分の姿に、少女は慄いた。
 襤褸を纏った貧相な身体には無数の傷が走り、その両手と顔は返り血に染め上げられている。

 醜い。
 森の中で見た騎士とは程遠い、愚か者の姿がそこにあった。
 騎士とて愚者を嘲笑うことはあろう。
 騎士とて力に溺れることはあろう。

 しかし。

 こんな野蛮で醜い人間が、騎士になどなれようはずがない。

 絶望して膝をついた少女に、しかし喝采を送る乙女がいた。
 周囲の白い目も意に介さず少女を賞賛し、血で汚れることも厭わず少女の傷を労わった。

「お立ちなさい、立派な人。あなたは民草の為に傷つくことを恐れず、戦った」

 そして暖かい抱擁で少女を癒し、認めたのだ。

「あなたこそ、真に騎士の華となる人です」

 その青い瞳。その美しい金の髪を、少女は知っていた。
 それは、ウェールズの森で憧れた騎士。
 それは、少女を嗤わなかった誉れ高き騎士王。

 この人に、全てを捧げよう。

 私は、この人の騎士になろう。
 
 その時、ついにウェールズの森の少女は死に果てた。

 円卓の騎士パーシヴァルは、その時こそこの世界に生まれ落ちたのだ。




 マリナに割り当てられた部屋は、長く使っていないのか埃っぽくはあったものの、まず作りは上等と言ってよかった。
 寝床にするには充分な柔らかさのあるソファに身を預ける。

「……あー、しんどかったな。今日は」

 眉間を揉みながら、康一は愚痴を漏らした。
 このまま眠ってしまうのもいいかもしれない。するべきことは幾つかあったが、まずは取り急ぎ体力を回復することだ。戦闘能力の維持こそ最優先である。
 しかし、康一が眠りの海に意識を沈める前に、眼前に控えるランサーが声をかけた。

「……主。先刻の言、真意ですか」

「なんだよ、藪から棒に」

 そう言いながらも、康一はランサーの言わんとしていることは察していた。
 昼間の、地下道での一件を思い返す。敵意丸出しで、危うく戦力を温存している相手への深追いという愚を犯しかけた馬鹿の姿を。

 ……全く、馬鹿め。

「主は、あの男を――」

「……あぁ。討ちたいと思ってるよ」

 あっさりと、認めた。

 過失に囚われてはならない。
 教訓だけを心に刻み、過失を消去し、未来へ進め。
 それが、師の教えだ。
 愛する、師の。真実、愛していた母親の。
 『師はそんなことは望んじゃいない』。
 『それで師が帰ってくるわけじゃない』。
 は、陳腐だが、真理だ。
 しかし真実じゃあない。真実たる価値がない。

「俺は、奴が憎い。仇を討ちたい。それはきっと、偽らざる真意だ」

 愛していたのだ。
 何の見返りもなく、死人の自分に命をくれた。
 この偽物だらけの人生で、唯一真実の愛を与えてくれた人なのだ。
 それを殺した相手が、憎くないハズがない。

 だが。

「だがな」

「……?」

「師は、望まない。奴を殺しても師は帰ってこない。
 師がくれたこの命を放ってまで仇を討つなんてのは、許されざる愚行だ」

 あぁ、馬鹿め。昼間の自分を心から罵る。
 あの状況で追撃をもし敢行していれば、十中八九敗北していただろう。そのぐらいの伏せ札は遺した行動だった。
 良くて二人とも殺されていたし、悪くすれば捕らえられて令呪と身体を奪われていたに違いない。

「無駄死にほど不本意なことはない。
 奴は敵だ、立ち塞がるなら倒す。
 だが憎悪に捉われず、無理なら退く。
 それが結論だ。偽りなく、俺が選んだ方針だ」

 過失に囚われるな。
 教訓を心に刻みこめ。
 未来を。どんな時でも、未来を捨てるな。生き続けることに勝る夢を持つな。
 この、最愛の師がくれた命を無駄にしてはならないのだ。

「すまなかったな、ランサー。昼間の俺の行動は、失策だった」

「……いえ。あなたは賢明です、主」

 ランサーの眼差しは、しかし何故か深い悲しみが含まれていた。

「あなたは賢明です。私が仕えた王も、そうだった」

 王は笑わない人だった。
 常住坐臥を王たるべく使い、己の心を殺して王に徹し、臣下の心に目を閉じて臣に徹させた。
 人の心が解らぬ王とそしられた。誰しもに敬われたが、誰にも心を許さなかった。
 それが偽りの姿であることを、パーシヴァルは己の心の中だけに悟っていた。

「……ですが、それは。悲しい人の生き方です」

 康一は己の為に生きていない。
 己の命を守ってはいても、それはその命をくれた師の為だ。生き残るために最善を尽くしても、それは師が愛した弟子の為だ。
 根本で、己の為に生きていない。


――そんな生き方は、人間として壊れている。


「――……」

 康一は、無言だった。表情さえ動かさなかった。
 承知していた。

 志摩康一は、偽物で出来ている。

 身体は模造で、親は義理。
 技術は模倣。信念は借り物。
 それらで出来ているこの命は、きっと偽物なのだろう。

 ならば。
 きっと、この心もまた機械仕掛けのギミックに違いない。
 受けた愛を返すだけの、機械に違いない。

「我儘をお許しください、主」

 ランサーは傅いた。
 かつて、彼女は王を諌めなかった。
 憧れの王に、憧れたままの王であって欲しかったから。壊れた王こそ、真なる王と思ってやまなかったから。
 それは彼女の過失だ。
 もう、取り戻せない過失なのだ。

「かの悪逆の魔術師を討てと、このパーシヴァルめにご命じください。
 身命を賭して、討ち果たしてご覧にいれます」

 ランサーの真摯な忠義から、康一は目をそらした。
 動揺していた。どんな失策にも動じず、次を思考し続けた精神が根底から揺らいだのを、自覚した。

「――俺の為に、命なんぞ賭けるな」

 絞り出すような、その言葉が精一杯だった。

「あなたの為ではありません。
 私の我儘です。私が、そうしたいのです。
 かつての罪を雪ぐ為に。
 かつての過失を購う為に。
 私は、あなたにこの命を捧げたいのです」

 こんなに狼狽したのは、たぶん師に叱られた時以来だった。
 あぁ、そうだ。この騎士の眼は、あの時の師と同じなのだ。
 真実の眼だ。
 心から、相手を思う瞳だ。

「……俺は」

 康一は、逃げた。
 偽物を継ぎ接ぎしたフランケンシュタインの怪物には、真実の愛は眩しすぎる。

「俺は、お前の王じゃあ、ない」

 だから、自分に尽くしても罪は雪がれない。購いの手段にはなってはやれない。

 そう言って、康一はソファに寝転んだ。

 少女は無言で一礼し、恥じ入るように姿を霊体に転じた。

 その悲しみに満ちた表情が、いつまでも。
 いつまでも、康一の胸を苛んでいた。


[No.339] 2011/05/23(Mon) 21:57:56
日常の狭間T−3 (No.339への返信 / 14階層) - 咲凪

 雉鳴舞子は七貴マリナの親友を自称している。
 舞子の気質をマリナは苦手に思っている事を舞子自身も知っていたし、自分がその気質を変えられない事も知っていたけれど、
 それでも共に居ようと思う程度に、舞子はマリナの親友を自称していたし、体現していた。

 小さな事ではあるが、舞子はマリナに助けられた事があるのだ。
 それは本当に些細な事で、マリナはその事をとっくに忘れてしまっているけれど。
 それでも、その時舞子を助けてくれたのはマリナだけで、
 その時に舞子は、マリナの親友であろうと思ったのだ。

 強く、願ったのだ。

 この親友の孤独が、少しでも癒えるようにと。



 マリナとて午前中を遊んで過ごしていた訳では無い、マリナは血管について分析し、学校内で出来る範囲の調査をしていた。
 これまで接触を持った敵は3種類、『セイバー』沖田総司とそのマスターである志摩空涯。
 正体不明の敵性存在である『血管』これはガソリンスタンドの一件から一般市民に区別襲い掛かる危険性が高い為、早急の排除が求められる。
 そして『ランサー』と志摩康一、同盟を結んでいるとはいえ、これが聖杯戦争である以上、最期まで結託するという事はありえない。

 少なくとも、午前中の時点でマリナはセイバー・沖田のマスターである所の志摩空涯の事を知らなかったし、同盟を結ぶ事を決定したばかりの志摩康一事は一時的に敵性対象から除外して考えていた。
 となると、調べ事をするならば『血管』についてであった。
 あれの目的がわからないのだ、例えば――そう、あくまで仮想の話であるが、その分野に得意なマスターか、あるいはキャスターが作り出した兵隊である可能性をマリナは想像する。
 ガソリンスタンドの従業員が貧血で倒れていたという事件、恐らくは何らかの手段で生命力――あるいは魔力を吸い上げている事はほぼ間違いがなかった。
 と、すれば逆に不自然に思える点はあった、――雑なのだ。

 例えば本当にいずれかのマスターかキャスターの起こした事件だとすれば、魔力を蓄える為の作戦である筈なのに、初見で自分達、つまりマスターの一人であるマリナと赤眼の英霊に襲い掛かって来る理由は無いのだ、むしろ逃げ隠れるべきだったと言える。
 その手の作戦では相手にいかに露見しないかがカギとなる筈であり、敵性存在を見かけるや否や襲い掛かる仕組みを『血管』に与えるのは知識ある魔術師のとる手段とはとても思えない。

 単純な兵隊として運用する場合にしても、派手に事件を起こす事は魔術を秘匿すべき魔術師ならば取る筈の無い手段なのだ、康一が同盟を申し込んだ理由の内にもあるように、事件を起こせば、それは相手の結託を促す事になり、まったく意味は無い。

 次の可能性は『血管』とガソリンスタンドの事故がまったく別関係である場合だ。
 この場合、『血管』はいずれかの勢力の兵隊としての意味合いで完結し、思考を割く程の脅威でも問題でもなくなる。
 『血管』の総てを理解した訳では無いが、目にした限りの能力では英霊でなくとも、魔術師ならば――それこそ戦闘能力に乏しいマリナにだって倒せる。
 ガソリンスタンドの事件が別件だとしても話はずっとシンプルになる。
 つまりは別の勢力が起こした事件だと想定する事が出来、聖杯戦争に7人のマスター、7騎のサーヴァントという通常運行から外れたイレギュラーな案件では無くなるからだ。

 最後の可能性は今回の偽・聖杯戦争におけるイレギュラー、
 英霊では無い、何かが召還されているというケースだ。
 それがマリナにとっては気掛かりだった、何せ情報が無い、相手が何者かも判らないと来ている、どのように対策を練ればいいのかも判らない。
 だからこそ、マリナは最後のケースを基準にした調査を行う事にした。
 自分達が遭遇した時、ガソリンスタンドの事件に加えて、もう少しの情報が欲しかった。

 マリナは昼休みの間に暗示の術を用いて幾つかの生徒に接触し、情報を集めた。
 学校という場所は情報の坩堝でもある、マリナ自身は大して期待をしていなかったが――それなりに成果はあった。
 ある素行の悪い生徒が、夜遊びの為に都市部を仲間と徘徊している時に、どうやら『血管』を、正しくは『血管が人の形になったモノ』を目撃したようなのだ。
 暗示によって彼から引き出した話によれば、時刻は夜の11時頃、これまでのケースと合わせても血管の主な行動時間帯は夜を中心にしていると思われた、そして――。

「最初は抱きついていると思ったんです、でも……」
「……」
「『赤い方』がよく見たら凄い変な、針金みたいな奴で……」

 マリナは暗示をかけた男子生徒の言葉を聞いて顔をしかめた、まったく冗談では無い、と。
 暗示にかけられた彼はマリナに目撃した風景を話した、『血管』が被害者――女性だったらしい、を抱くように接触し――。
『血を吸っていた』らしいのだ。
 それを見た彼等は直ぐに逃げ出した為に、その後被害者がどうなったかも判らなかったが……おそらく、貧血常態で発見されたのだろう。
 マリナは自らの脳裏に焼け付く吸血から連想するイメージを揺り起こされ、それを必死で追い返した。
 イメージに重い蓋を乗せて、閉じる。
 出るな、出るな、出てくるな、お前の所為で、お前の所為だ、だから、出てくるな、二度と私の前に姿を現すな――。
 念じながら、祈るように念じながら――マリナは記憶の蓋が開かないように、気を落ち着けて安定をイメージした。
 マリナの中で安定のイメージは、普段は苦手に思っている自称親友のクラスメイトの姿だった――。



 無論、放課後に康一と接触した時に、その『血管』に関する情報は洩れなく伝えた。
 血を吸う、という一件からどうしても吸血種が連想されたが、やはり確証を得るには情報が足りなかった。
 それに康一と彼のランサーが沖田と再戦し、それを退けたという話が優先されたので、結局の所は『さらに調査してみる』という事で話は落ち着いた。

 ――が、夜はこれからであった、事が起こるのは、これからだった。
 部屋で休んでいたマリナの携帯に着信が入る、……マリナが所属しているクラスの担任だ、女性教諭なのだが彼女から電話が掛かって来る事は初めてだった。

「――もしもし、シンシア先生?」
「こんばんは、七貴さん。 そちらに雉鳴さんはいらっしゃいますか?」

 専門では英会話を教えている女性教諭の姿を思い浮かべながら、マリナが電話に出る。
 女性教諭は普段は鉄面皮にも思える物静かな人だが、この時は明らかに動揺が見て取れた。
 そして彼女の口から語られたのは、親友を自称するクラスメイトの行方を伺う言葉だった。

「……舞子がどうかしたんですか?」
「いえ、貴方の所に居るかと思ったのですが……」
「先生、舞子がどうか、したんですか?」

 マリナは逸る心臓を押さえて、努めて静かに担任教師に問いかけた。
 電話の向こうで彼女は少し迷ったようだが、やがて隠しても無駄であろうと悟ったのだろう。

「雉鳴さんが家に帰っていないようです、家族が心配しているようなので、お友達の所に居るのではないかと――」
「――――舞子はここには居ません、他のクラスメイトのところには?」
「……いえ、まだ」

 マリナは返答の僅かな間で担任教師の言葉が偽りだと気付いた。
 担任教師としてはマリナに余計な心配を与えない為に『既に他のアテには連絡済み』である事をひとまず隠したのだろうが、
 僅かな逡巡でマリナは気付いたのだ、雉鳴舞子の行方が判らなくなっており、クラスメイトや友達の家にも見つからなかったのだ。

「一応、見つかったら連絡を下さい」
「判りました、七貴さんも心当たりがあれば、電話を御願いします」

 担任はそう言ったが、恐らく真っ先に本人の携帯に連絡した筈なのだ。
 それでもこうして捜索が続いている以上、本人には繋がらなかったのだ。 マリナは舞子が仲良くしているクラスメイトを何人か思い浮かべる。
 何人かに連絡して、想像通り「此処には居ない」という事実を確認すると、マリナは舞子本人の携帯に電話を掛ける。

「――――」

 繋がらない。

「――――出なさいよ」

 やはり、繋がらない。
 時計を見た、既に時刻は午後11時を回っている。 『血管』が活動している時間だ。
 マリナは立ち上がり、壁に掛けてあるコートを手に取ると部屋を出た、部屋を出ると、部屋の前で霊体化し控えていた赤い瞳の英霊が姿を現した。

「マリナ、どうした?」
「出掛けるわよ、私のランサー」

 マリナは康一が休んでいるだろう部屋の方を見て、少し逡巡し――。
 彼の部屋のドアの前に立つ、恐らく気配だけで中に居るサーヴァント・ランサーには察知されているであろうが、マリナはノックを二度だけすると。

「ちょっと出掛けて来るわ、昼の一件もあるから休んでても良いけど……」

 マリナはもう一度逡巡した、聖杯戦争とは関わりの薄い事を頼むという事もあったし、彼女自身のプライドもあった。
 だいたい断られる可能性の方が高いし、昼に沖田宗司と一戦交えた疲れも考慮の中にあった、
 それでも、その総てを差し引いても――七貴マリナは、嫌いな相手に頭を下げる事を選んだ。

「御願い、一緒に人を探してほしいの……」


[No.340] 2011/05/23(Mon) 21:59:23
殺神夜会U (No.340への返信 / 15階層) - アズミ

「事情は解った、行こう」

 事情を説明したマリナに、康一はあっさりと応じてコートを羽織った。
 きょとんとして康一を見返してから、マリナは……自分でも驚くほど素直に、礼を述べることができた。

「あ、ありがとう」

 康一は何のこともない、といった調子で肩をすくめる。

「仕事の内だ、気にするな」

 魔術師は神秘の公開を嫌う。無為に一般人が巻き込まれることは、避けるのがセオリーだ。
 だがだからと言って、積極に一般人を救う義理はないし、魔術師はそうした……そう、心の贅肉とでも言うべき非合理性を総じて嫌う。 
 康一は自分の選択が、とても魔術師的でないことを自覚した。

(ナーバスなんだよな……意識してんだ)

 それは誰よりも『魔術師らしい』彼の父親への反発かもしれないし、あるいは先刻のランサーとのやり取りが原因だったのかもしれない。
 だが、まぁいいだろう。
 一戦交えたとはいえ、体力的な消耗は僅少。これといって切った札もない。戦闘は充分に可能だし、逆にセイバーのダメージは今日明日に復活するレベルではないはずだ。
 むしろせっかくの同盟者と別行動することの方が、危険性が高い。

「ランサー!」

 呼びかけると、背後に霊体と化していたランサーが現れる。
 その表情にはどこか気まずさが漂ったが、康一は努めてそれを意識から外した。あんなやり取りでサーヴァントとの連携が崩れるのは、つまらない不利益だ。

「話は聞いたな。ついてこい」

「御意」

「着替えてな」

「は?」

 康一の言葉を理解しかねて、問い返したのはマリナだった。
 だが康一は取り合わず、ちょっと待てと制してランサーを残してドアを閉じる。
 あまり考えたくないことだが、人探しの最中に敵に襲われる可能性も少なくはない。人目につく中で戦う可能性もあるだろう。少しでも誤魔化す方策は用意しておいたほうがいい。

 ほどなくして、昼に買った服装に着替えたランサーが部屋から出てきた。

「……お待たせしました」

 少し、気恥ずかしそうにしているのは康一の気のせいだろうか?
 帰ってきた時は元の鎧姿だったので、今まで男だと思っていたのだろう。マリナは暫し唖然とした様子でランサーを見た。……一方で、赤眼のランサーは「ほう」と声を上げるだけだったが。
 ややあって、ようやくマリナが口を開く。

「……ラン子ちゃん?」

「その呼び方は……出来れば、辞退したいのですが」

 ランサーは苦い表情で答えた。





 湖底市は、所謂バブルの崩壊で開発計画に失敗したベッドタウンの典型例である。
 特に郊外南側は顕著で、大型百貨店やパチンコ店、高級ホテルなど、投機性の高い、あるいは撤退の多い事業のなれの果てが林立している。
 そのショッピングモールも、またそうした例の一つであった。

「……霊場としては、まぁまぁの規模か」

 志摩空涯はモールの入り口に直立不動のまま、その深淵を覗きこんだ。
 箱としては、ほぼ完成していたらしい。建築資材が雑然と放置されているが、建物自体は外装まで出来上がっており、物理的にはそれなりに堅牢であろうと思われた。
 地脈は通っていないが、なんぞ曰くのつくようなことでもあるのかもしれない。キャスターあたりが手を出せば、相応の城塞として組み上げるだろうと空涯は踏んだ。
 足を踏み入れる。
 ぴちゃり、という音が足裏から返った。
 濡れている。雨は降っていない。水道管が壊れたのでもなければ、人為的なものだ。
 罠か。

「――起きよ」

 黒の魔術師が命ずると、その魔力(オド)を僅かに吸い上げて身に付けた魔術礼装の一つがその役目を履行し始める。
 階段を上るように足を出すと、果たして何もない空間はまさしく階段の如く空涯の身体をほんの20cmほど持ち上げた。
 そのまま数歩。モールに足を踏み入れる。
 魔術的な罠はまだ見当たらない。恐らく、『組み上げる途中』なのだ。この砦は。

(完成する前に先制をかけられたのは、僥倖か)

 とはいえ、空涯も完調とは言い難い。
 このまま鬼の居ぬ間に砦を破壊しておければこの上ない僥倖なのだが……。

「む――」

 飛び退く。
 一瞬後に、空涯のいた空間を貫いて一本の矢がモールの床に突き立った。

「……ふむ。やはり、そう易くは済まないか」

 怪物の胃袋のように広がる、廃墟の闇の中。107対の眼差しが彼を射抜いた。


[No.341] 2011/05/23(Mon) 22:00:04
イレギュラーV (No.341への返信 / 16階層) - ジョニー

 目の前で血管がヒトの形をとった異形が抵抗すら出来ずに次々と斬り伏せられている。
 黒いバイザーで顔を隠し、黒い鎧と黒い西洋剣で武装した剣の英霊。

 血管が襲いかかり、それを意にも解せず返り討ちにする黒化セイバー。
 その光景は英霊の現象である黒化英霊はともかく、血管の方も黒化英霊を敵と見なしている事実を示すがこの状況では救いにならない。

「リカバー終了。傷は回復しましたよ!」

 黒化セイバー。信じがたいほど高密度の黒い魔力の霧を身に纏い、その異常な高魔力の領域は希の魔力砲を弾き飛ばし、その魔力と剣圧による複合攻撃の飛ぶ斬撃はルビーが常時展開する障壁を容易く超えてきた。
 黒化ランサー撃破後に遭遇したこれは、黒化ランサーを遥かに超える強敵だった。

 逃げ出そうとしても飛ぶ斬撃による遠距離攻撃もある所為で、撤退もさせて貰えず。
 ずるずると泥沼の後退戦に持ち込まれた、正直血管が乱入しなければ希の治癒促進(リジェネレーション)も間に合わなかっただろう。

「アサシン、そっちはどうだ?」

「気を失ってるだけです、異常はないですよ」

 アサシンの腕に抱かれた、おそらくは血管に襲われていただろう学生と思われる若い女性。
 あの血管に何かされる前に、黒化セイバーの方を血管が優先したようで意識がないだけで異常はないだろうと言うアサシンの言葉に勇治は安堵の溜息をつくが、正直安心はできない。
 否、もしくは黒化セイバーなどとという凶悪の災害を自分達が引きつれてきてしまった所為で、少女への危険度は跳ね上がってしまったかもしれない。

「っ、ルビー! クラスカード『ランサー』限定展開(インクルード)!!」

 最後の血管を斬り伏せる、まさにその瞬間に希が飛びだし、今さっきルビーに聞いたばかりこの状況を打開出来るかもしれない手段をとる。
 手に入れたばかりのクラスカードをカレイドステッキに重ねる。すると、ステッキが嚇き魔槍にその姿を変える。

「刺し穿つ(ゲイ)――」

 最後の血管を斬り伏せた黒化セイバーが希の方に反応するが、遅いっ!

「―――死棘の槍(ボルク)!!」

 真名を解放した魔槍が、黒化セイバーの胸を貫き、紅い花を咲かせる。

「やっ―――ッッ!?」

「物理保護全開!」

 喜びに顔を緩める希に、黒化セイバーの横薙ぎが胴を打ちすえ、ごろごろと無様に吹き飛ばされて転がる。
 ルビーのフォローが間に合わなければ、今頃は真っ二つになっていただろう。

「カッ…あっぅ……な、んで?」

「すんでのところで、心臓を外した?」

 ゲイボルク。放てば必ず心臓を貫く魔槍、勇治と希の二人も知るその宝具の一撃を受けてまだ生きているということは大きな衝撃を与えていた。

 胸に大きな傷を残した黒化セイバーは希達に向き直り、その剣を両手に構え……その剣が黒い光に変わる。

「約束された(エクス)――」

「宝具っ!?」

「っっ、アサシンッ!!!」

「―――勝利の剣(カリバー)」

 黒い黒い極光の暴力は、その至高の聖剣の名に相応しくない色で、その最強の聖剣の名に相応しい威力で希達のいた場所を一瞬で呑み込み、雲を切り裂くように空へと昇る。


「っ、くっ…ぁ……間に合った、か?」

 聖剣の極光が通過した、その場所からそれ程離れていない場所に満身創痍で希達が倒れる。
 勇治の令呪の、3回の命令権を司るその一角が消える。

「ぅ、く…ギリギリでした、ご主人様」

 転移。アサシンがキャスターで召喚されていて条件さえ整っていれば行使できただろうそれを令呪によってアサシンに使わせた。
 とはいえ、幾ら令呪を使ったといっても4人纏めての転移は完全といえず、エクスカリバーの余波で一般人故に庇われた少女を除けば大きなダメージを受けた。

「あ、ぅ……エクス、カリバー…騎士王、アーサー王なの?」

 傷をおさえて立ち上がる勇治が横目で希を見るが、心が折れ怯えていた。

 無理もないと勇治は思う。幾ら天川一族に生まれたといっても今だ10歳の希にそもそも実戦で戦えというのが酷なのだ、ましてや相手は伝説の騎士王だ。

「くっ、ルビー…希でもサーヴァント1騎は支えられるな?」

 本来、勇治よりも希のが魔力量などの問題でマスターとして優れているが、ルビーによって魔力を全力で使い戦うので勇治がアサシンのマスターとなった経緯があった。
 それなのにこの問い。

「まー、不可能じゃないですけどね」

 ルビーのその答えに、勇治はふっと淡い笑みを浮かべて、なんとか無事だった刀を抜いて鞘を捨てて両手で構える。

「ぁ…ご主人様、まさかっ!」

「令呪において命ずる! アサシン、二人を連れて全力で逃げ――」

 己の主を悲壮な顔で止めとするアサシンに、勇治が令呪を使おうとしたその時。

「これは一体何事だ?」

「まさか、あれは…王?」

 予期せぬ乱入者が、その場に現れた。


[No.342] 2011/05/23(Mon) 22:00:44
殺神夜会V (No.342への返信 / 17階層) - アズミ

 よろしくない状況だった。
 現在想定する範囲では、最悪と言ってもいい。
 サーヴァント2体に、マスターらしき人間が一人。残りの一人は判断しかねるが、どうやらマスターの仲間らしい。
 他のマスター同士の戦闘に出くわした、と解釈するのが妥当なところだろう。

「舞子っ!」

 ……探し人が、サーヴァントの一人に確保されているということだ。
 意識を失くしているのが唯一の好材料だが、いつ眼を覚ますかわからないし、このままでは人質にされているに等しい。
 どうするか。
 いや、一手目は決まっている。

「ランサー、そっちの黒い――」

「あちらは抑えます!」

 サーヴァントを、抑えろと命令する前にランサーは再度武装し、黒衣のサーヴァントへ向けて突撃した。
 命ずるべきことは同じだったが、その速度に康一は危険な気配を感じた。果断というにも速すぎる。
 ランサーは、焦っている?

「……マリナ。俺はアイツをフォローしなきゃならん。友達を助けられるか?」

 康一の問いに、マリナは舞子を確保している狐耳の女に視線を向けながら、数瞬だけ迷った。
 依然として赤眼の記憶は戻らない。見たところ前衛クラスでは無さそうだが、1対1、しかも宝具なしで果たして御しきれるか?
 だが。

「――いいわ、行って」

 マリナはそう言って送りだした。
 いずれにせよ、倒さねばならないのだ。不調だからと言っていつまでも戦闘を避け続けることはできない。

 求めているのだから。聖杯を。

 己一人で戦い抜き得ない者に、そも聖杯を手にすることなど不可能なのだから。
 だから、ここで占おう。
 自分と赤眼が、聖杯を求めるに足る者なのかどうかを。

「遅れは取らないわ、アンタはアンタの仕事をして」

「……わかった。武運を祈る」

 康一は地を蹴り、黒いサーヴァントと斬り結ぶランサーに向けて駆けだした。





Sword, or death
―――――――――――――
with What in your hand...?

Flame dancing,
Earth splitting,
Ocean withering...





 ランサーの刃が、叩きつけるように切り下された黒い剣を打ち弾く。
 沖田の時と違い、黒いエーテルを絶えず放射するその剣勢はランサーを剛剣を確実に押し返している。見た目にはランサーと大差ない細腕だと言うのに、なんという膂力か。

「はァッ!!」

 裂帛の気合と共に、横薙ぎ一閃。
 しかし、ランサーの追撃を黒いサーヴァントはまるで読んでいたかのように半歩だけ後退して回避した。

――巧い。

 康一は舌を巻いた。
 沖田ほどではないが、洗練された動きだ。
 ただでさえ冷静さを欠いて見える今のランサーでは、荷が勝ち過ぎている。

「ランサー!」

「来てはいけません!」

 援護しようと駆け寄る康一を、ランサーは制した。
 振るう剣は、いつにもまして力任せの盲剣法。相手の的確な反撃に肩口を切り裂かれ、籠手が弾き飛ばされてもなお防御を考えず打ちかかる。
 冷静さは無い。だが、周囲に気が回らないほどではない。
 では、何がランサーを焦らせている――?

「くあッ!?」

 ついに、黒剣の反撃がランサーの剣を強か打ち弾いた。
 異形の剣が、夜の街に舞う。
 黒衣の剣士が、剣を深く構えた。

 夜の闇が、揺れる。
 黒き宝具が、唸りを上げた。

「約束された(エクス)――」

 あれは、拙い。
 見ているだけで解る。あれは、致死的な一撃だ――!

「――――ッ!」

 全身の臓器という臓器が残らず警鐘をならしている。臓腑を残らず吐きだしそうな衝動を堪えて、康一はその思考をフルに回転させ、『糸』を操った。

 ランサーは。
 誉れ高き円卓の騎士は、へたり込んでいる。避けようとも、剣を拾おうともしない。
 親に見捨てられた童女のように、ただ己を粉砕せんとする処刑者を見上げていた。

「―――勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 荒れ狂う黒い魔力の奔流が放たれる、そのほんの刹那。
 康一の『糸』が、先んじた。

「ぐ――――ッ」

 黒いサーヴァントの腕を、僅かにこちらにそらす。
 その刹那で康一に可能だったのは、それだけだった。

 成果はあった。剣から放たれた荒れ狂う魔力の奔流はランサーを外し、脇にあった雑居ビル一軒を、跡形もなく吹き飛ばした。

 代償も、あった。
 その一撃の出鱈目な破壊力は左手の『糸』をまとめて寸断し――。


「あああああァァ――ッ!?」


 康一の左腕を、諸共に奪い去っていったのだ。

「主――!?」

 主の危急に、忘我の境にあったランサーは我に返った。
 身を翻し跳躍。黒いサーヴァントが宝具使用の反動で硬直した隙を突き、地に突き立った愛剣を抜くとサーヴァント一の俊足で以って主を助け起こした。

「主――主ッ!お怪我は――あぁ、なんということ……主っ!」

「――ラン……サぁ……」

 この、馬鹿野郎。俺にかまっている場合か。悪態を吐く余裕さえ、康一にはなかった。

 黒いサーヴァントが、こちらを見下ろしている。
 今の一撃で外れたのか、その貌を隠していたバイザーが、アスファルトに音を立てて転がった。

(そう――か)

 康一は、全てを悟った。
 ランサーは、パーシヴァルはこのサーヴァントを知っていたのだ。
 さもあらん。
 あれなるは王なる剣、エクスカリバーの所持者。
 あれなるは、円卓の騎士が仰ぐ主君。

「何故――何故、あなたがそこに!
 あなたが、そこにいるのです!王よ!我が君、アーサー王よ!」

 ランサーの慟哭が響いた。

 その名も高き騎士王の名で呼ばれた少女の、美しい金の髪が夜風に揺れていた。


[No.343] 2011/05/23(Mon) 22:02:11
歪な因果 (No.343への返信 / 18階層) - きうい

 「……想定、内だ。」

 一階の喧騒を耳に入れながら、橋口圭司は、胡桃の実を齧った。


――

 モール一階は地獄の様相を呈していた。
 刃が、鈍器が、拳が。
 火が、風が、水が。

 一人の男を獄卒さながらに襲っていた。

 「ふん。」

 荒れ狂う地獄をしかし、男は悠然と歩く。

 刃には盾を向け、鈍器は薙ぎ払い、拳を迎撃する。
 火には水を当て、風は堰き止め、水は弾く。

 それはすべて、彼を覆う光球が為した事であった。

 襲撃の雨は止まない。
 だが男は。志摩空涯は、文字通り露ほどにも構わず歩む。
 歩みながら、辺りを注意深く観察する。

 ――床の水には粘りがある。何かを溶かしたらしい。
 ――彼らの足元を避けるように水が動いている。設置型の術か、制御者がいるか。
 ――この数、この能力……サーヴァントは十中八九……。

 「砦の主」に思いを馳せつつ、志摩空涯は動かないエスカレーターへと歩を進めた。

 ギャアアアン

 頭上で響いた衝突音に、空涯は宙を見上げた。
 背広姿の大柄な男が、長い棒をこちらに向けている。

 「防ぐか。」
 「貴様が、砦の主か。」

 空涯の頭の上には、光が傘のように開き、大男の攻撃を弾いていた。

 「なるほど。」

 ――水か。

 空涯は一人ごちると、何事もなかったかのように前進する。
 まるで、エスカレーターが稼働しているかのように、空涯は滑らかに黒い階段を上っていく。

 大男の棒から暫くは刃の如き水が放水されたが、やがてそれも止む。空涯が二階に上る頃には、男は棒を水平に構え、接近戦に備えていた。

――――――

 間が悪いな。
 橋口圭司は正直なところ、天命さえ恨んでいた。

 選りにも選って、あの最悪が来なくてもいいじゃないか。

 あの時あの踏切に居たはずの、異形の魔術師。
 それが、整い切らぬ陣に踏み込んで来た。

 神秘(ミステル)を求める魔術師の性質、と言えばそれまでだが、強大な魔術師は『何をしでかすかわからない』。
 常人では思いいたらぬ方法を、常人には届き得ぬ行動力でやってのけてしまう。それが、求道する魔術師だ。

 そのことを、覚悟はしていた。
 覚悟など、身の助けにはならないと、知りつつも。

 エスカレーターを挟み、二人の男が対峙する。

 「『首魁』は、不在か?」

 男の言葉に三方の水の槍で返礼する。
 強固な盾、鋭い剣、回転する鋸がそれぞれを防いだ。

 「さあな。」

 橋口は、背に走る冷たい汗を隠すように強く笑った。
 それを見透かしたのか、空涯も口の端を上げる。

 目は、笑っていない。

 「……。」

 今までの抵抗の無力さが、誘いとも思えない。
 年齢は近いが、この男は、魔術師としては『若輩』だ。

 「では、遠慮なく。」

 空涯が上体を軽く前に曲げた。
 突撃の構え。

 あのバカげた球体で押し込むつもりか!冗談じゃない!
 地に撒いた水をかき集め、橋口は水流の防護壁を張る。

 だがそれより早く。
 空涯の球体から、光る矢が撃ちだされた。

 「あ?」

 橋口にできるのは、間抜けな声を漏らすことのみ。
 鋭い矢じりは未だ薄い水の膜を易々と突き破り――

 ギィン。

 金属音。
 光の矢が軌道を曲げられ天井へ刺さる。
 矢を弾いたのは中華剣。
 それを手に持つは灰色髪の少女。
 エスカレーターからロケットのように現れ、主の命を守った。

 一階から揺れるような雄たけびが聞こえる。

 「君が、『首魁』か。」

 空涯には動じるところもない。
 既に真名のわかっているサーヴァントなど、恐れるに足らず。

 少女もそれを察したのか、主を顔色を一瞬うかがった後、高らかに名乗った。

 「我は天魁星が化身、宋江!
 義に依って貴殿を討つ者である!」

 一階から、雄たけびと共に義侠の濁流がなだれ込んだ。


[No.344] 2011/05/23(Mon) 22:02:50
殺神夜会W (No.344への返信 / 19階層) - アズミ

 殺到する100を超える暴力に、しかし空涯は鉄壁の護りで応じて見せた。
 何百人束にしようと、このまごうことなき英雄の軍勢は、しかし単純な物理攻撃に終始せざるを得ない。一部の妖術に注意すれば物理防護に特化した防壁――例えば、単純にチタン程度の硬度を持つ盾――でこれを防ぐことができる。単一のサーヴァントとして召喚されたならともかく、宝具による素子に過ぎぬ今の彼らの武器に物理を以って神秘に届くほどのパワーソースは存在しない。
 まして、どれだけ数を揃えようが近接攻撃を織り交ぜれば同時に襲いかかるのはどうやったとて4人が限度。心を揺らがせなければ空涯の手管ならば対処は可能だ。

 可能ならば、それを過失なく行う。

 志摩空涯の精神とはそうした構造をしている。

「――無為なこと」

 攻撃の途切れた刹那の隙に、空涯は反撃に転じた。
 盾を生み出していた球体から、突如爆炎が上がり、軍勢を押し返す。三人ほどが炎に巻かれて動かなくなった。

「宗旺! 宋万、焦挺!」

 宋江が悲痛な声を上げかかるが、配下はそれより幾分か冷徹だった。
 人の群れから、一頭の猛獣が空涯に飛びかかる。
 両手に二挺の板斧。浅黒い肌にぎらぎらとした肉食獣を思わせる眼差し。黒旋風・李逵か。
 手数で足りなければ一撃の威力で勝負ということか。――正しい。彼奴の剛力なら今の防壁を両断するのも可能だろう。

――手伝おうか?

 令呪を通して脳裏に響く声に、空涯は「無用だ」とだけ返して球体に魔力(マナ)を集積する。

「弾種・大黒天の眼。狙え」

 防御は難しい。ならば、かかってくる前に打ち抜くまで。

「――撃て」

 球体から光線が走った。
 爪楊枝ほどの太さの、規模にすればあまりにもささやかな攻撃。
 しかし空中で299792458m/sの速度で迫る刃を避けることは、残念ながらかの鉄牛も出来はしなかった。レーザーの刃に斬り裂かれ、血煙りに撒かれたまま英雄は墜ちる。

「……ッ、怯むな、矢を番えよ!」

 宋江の号令一下、弓兵が一斉に弓を、投石を、各々の投射武器を構える。
 仲間をまた一人戦闘不能に追い込まれながら、しかし即座に反撃に転じる戦意は流石としか言いようがない。
 判断も上々だ。投射武器ならば従事する人数こそ少ないものの、瞬間あたりに襲いかかる攻撃の数も種類も白兵戦の比ではない。光球の対応限界を超える可能性は充分あるし、事実長時間の防御は不可能だろうと空涯は思った。

「――だが、遅い」

 その言葉がトリガーだったかのように。
 宋江の前に並ぶ射手たちが、次々とうめき声をあげた。
 弓が引けないのだ。
 宋江は即座に、鼻を突く異臭に気がついた。

「これは……毒――!?」

「『痺れ薬』、だ」

 無味無臭、効果も筋弛緩程度だが武芸者にはこの上なく効果がある。……何より、水滸伝の武侠はこの手の策に酷く弱い。
 悟られないために広がるのが遅い散布手段を取らざるを得なかったが、空涯は十二分に時間を稼ぎ切った。

「なんの――ッ!」

 橋口が宝貝を振るう。
 水流を巻き上げ、空中に飽和した毒を洗い流すつもりだろう。
 だが。

「弾種・帝釈天の矢――放て」

 雷撃。
 光球から走った電撃が、構築された水壁に命中し、爆ぜる。

「がッ!?」

 背広のマスターの身体がその場で跳ね、巨体を水浸しの床に叩きつけた。

「主(マスター)!?」

 万一、相撃ち覚悟で打ち返してきた場合を考え威力は抑えた。が、少なくともこの戦闘中は敏速な反応は望めまい。

「――幕だ」

 英雄が累々と横たわる中、黒衣の魔術師は堂々と球を掲げた。

 阻む者は、いない。

 かの山東省の武侠たちは逆徒でありながら今なお轟く勇名を誇る。しかし決して『無敵の軍勢』ではない。むしろ、弱点は多い。
 未知なる攻撃に弱く。
 軍略には往々にして穴があり。
 攻め手に幅を欠く。
 何故か、と問われればそれは単純だ。

 彼らは逆徒なのだ。
 中華の思想において、それは滅びるために存在していると言って過言でない。
 敗北を宿命された英雄は、『勝つべき時』にしか勝てない。

 宋江は主を庇って前に立ち塞がる。

「無駄だ、天魁星」

 志摩空涯は無為を好まない。それは己が紡ぐ言葉一つとってもそうだったが、それでも一つだけ宋江に言うことにした。

「義に依って、とお前は言った。
 体制に反逆し、しかし最後は体制に膝を折ったお前が」

 あるいは、己への訓戒の意味も込めて。

「呼保義 宋江」

 敢えて、天魁星ではなく、賊としての渾名で呼んだ。
 運命に従った星主ではなく、世の流れに惑った人間の名で。

「如何なる『道』も、一度裏切った者に微笑みはしない」

 国の義に反し人の義を守った英雄たち。だが、その首魁はそれでも、最後には国の為に毒を煽り、果てた。
 人の為に他者を打ち倒す者は、必ずそこに行きつく。義を為すために義を外れ、自身の死を以って初めて義を完成する。
 必要悪たる暴力装置、正義という概念の走狗は、役目を終えれば必ず煮殺されなければならないのだ。

 そも、108魔星とはそうしたもの。
 彼らは義の為に立った人でありながら、しかし同時に世を乱すことを宿命づけられた凶星の使者なのだ。
 次なる世のために、今の世を破壊する。
 次なる秩序のために、今の秩序を混沌に叩き落す。
 そして。
 その先には敗北と悲劇だけが待つのだ。――人として生を受けた、彼らの意を介さぬまま。

「無為に終われ。
 星のように落ちよ、天魁星」

 球が、輝きを増す。
 宋江は。星の宿命を負った少女は、怯えた。
 死ぬことにではない。負けることにではない。
 義を持たぬ賊徒に、ただの『敵』として敗れることに怯えた。
 義の為に戦い続けることを、天命は許さない。ならば。所詮、逆徒に過ぎぬならば。
 その時は、己もまた、悪として義に討たれなければならないのに――。





「――想定、内だ」

 それでも動いたのは、宋江ではなくその主だった。
 轟音がショッピングモールを揺るがす。二階部分の店舗から、激流が次々に噴き出した。
 大量の水をモール中の配管に封じ、圧を高めておいたのだ。
 水の大槌が四方八方から空涯に襲いかかる。

「ぬゥ――!?」

 再び防壁で弾くが、余りの質量に防壁ごと押し込まれる。
 やはり、防ぎきれない。

「バーサーカー、風だ!」

「入雲竜殿!」

 主の声に、バーサーカーが後ろに控えていた公孫勝に命じ、暴風で以って空涯を襲わせる。その身体が、ついに異能の力場を離れ宙に舞った。
 この黒衣の魔術師は恐ろしく多芸であるが、しかしまだ人域なのだ。単純なパワーにおいて人間離れした英霊のそれに及ばない。
 残念ながら彼の英霊は強大な破壊力を持つタイプではないが、しかし人の手でも然るべき手管を使えば、同レベルの破壊力は導きだせる。

「偉そうに語るお前はどうだと言うんだ、魔術師(ウィザード)……」

 未だ痺れに震える五体に鞭打って、橋口は立ち上がった。

「己の、一族の欲望に従い、禁忌に手をかける生業。アラヤに抗う生命の異端。
 お前は、悪だ」

 真に義で無いものが討たれるのが必定だったとしても。それに優先する理が、橋口圭司にはある。
 悪は、討たなければならない。
 正義の有無が問われる前に、悪の根絶が為されなければならない。
 正義が、世の価値観全てにそれぞれあったとしても、それを選ぶことに惑ったとしても、唾棄すべき悪は必ずある。それは、排除しなければならない。

――橋口圭司は、警察官なのだから。

「悪は、討たなければならない!」

 咆哮と共に、空涯の周囲に散った飛沫、その全てが大槍と化して再び突撃してくる。

「お――オォオオッ!!」

 光球が展開した防壁は、その全てを辛うじて往なした。


――だが、もう一枚!


 累々と横たわる英雄の中から、小柄な影が飛び出した。
 梁山泊107位の好漢、地賊星・時遷。
 鼓上蚤の異名をとる身軽さで、後に乞食と盗人の神にまで祭り上げられた英雄は短刀一閃、空涯の左腕を切断した。

「――――ッ」

 正面戦闘に向かない手合いを、既に倒れた好漢に庇わせ隠していたか。大半の機能が任意で起動する以上、彼の道具も完全な奇襲には対応しづらい。
 黒の魔術師の動揺は、一瞬だった。取り巻く水の凶器を蒸発させ、大きく跳び下がってモールの上階の手摺に着地する。
 睥睨すれば、好漢たちの何人かは身体を引き摺りながらも立ち上がり、己が大将とその主の前に集い始めていた。

(……成程、強いな)

 空涯が心中、そう評すると今の今まで黙していたサーヴァントが、傍らの空間に顕現した。

「ここまでだな、空涯」

 華美な羽織に、西洋のものと思しき装飾をあしらった、国籍不明の美丈夫である。
 その手には、先刻切り落とされた空涯の左腕が握られている。

「さっさと継がないと、お前とセイバーの繋がりが消えてしまうぞ?」

「――そうだな」

 特に惜しむでもなく、空涯は天井を破砕し、サーヴァントに抱えられてモールを脱出した。
 橋口は追わなかった。余力がない。少なくとも、実力未知数のサーヴァントと戦うには、とても足りない。

「あの化け物、この期に及んでまだサーヴァントを伏せていたのか」

 忌々しげに口にする橋口に、夜闇に消えさる直前、美貌のサーヴァントが笑んだ気がした。


「興趣であった。次は果たし合おう、義侠の人よ」


[No.345] 2011/05/23(Mon) 22:03:34
『其』の時 (No.345への返信 / 20階層) - きうい

 仰向けに倒れる橋口の体を、バーサーカーが労わる。

 「どうした……。勝ち鬨を上げろ……。」
 「え?」

 だが、橋口の口から出たのは突き放すような言葉。

 「腕一本斬り落として、退けた。俺たちの『勝ち』だ。」
 「……。」

 バーサーカーは暫くうつむき悩んでいたが、やがて意を決し剣を取り、エスカレーターの淵に立った。

 「皆の者、大儀であった!」

 怪我人の手当てや魔術師への呪詛で騒がしかった階下が、一気に静まり返る。

 「此度、討ち果たすことはならなかったが、この砦から邪悪な妖術師を見事に退けた!
  諸君らの働きに感謝する!」

 獣のようだった百七星の瞳が、穏やかで凛とした。人間の物へと変わっていく。

 「まことに、よく働いてくれた。
  今宵はゆるりと、傷を癒し、更なる悪党との戦いに備えられたし。

 以上。」

 バーサーカーが剣を下ろすと、百七星は、虚空へと消えていった。

 「……これでよろしいか?」

 渋い顔で振り向くバーサーカーに、橋口は倒れたまま笑う。

 「ああ……。
  戦果はあった。初陣にしちゃあ、上出来だ。」

――――

 バーサーカーも梁山泊も、他の英霊に比べれば随分と非力である。
 バーサーカー本体はともかく、他百七星は、魔力も体力も英霊に遠く及ばず、知識も古いため近代兵器に対応できない。

 「だが、オーバーフローを起こさせられることは証明できた。」

 橋口がメモを取る。
 彼らが選んだ戦術は、『消耗戦』だ。
 ひたすらに手数を潰す。
 防御が追い付かなくなったところで、橋口の二郎神剣か、バーサーカーの『名斬りの剣(王者を切り裂く勇者の剣)』で止めを刺す。

 『砦』を構えたのもそのためだ。
 只の野外戦では逃げ場が多すぎる。かといって小さな空間では人数を展開できない。
 梁山泊は正に、水滸に合って真価を発揮するのだ。

 「戦力は小出しに……。水の罠、効果薄い……しかし、雷撃に応用は可能……。」

 橋口のメモが充実していく。

 「休まれては。」
 「そんな暇は無い。」
 「集会は今夜ですが、日延べしてでも魔力の回復をなさるべきかと。」
 「いや、今夜しかない。」

 現状で最も恐ろしいと思える相手に手傷を負わせ、退けることができた。志摩空涯に回復の時間を与えたら、今度こそ確実に叩き潰される。
 総力をつぎ込み、切り札を切り、奥の手を出し。
 それでもサーヴァントも使わぬ彼の魔術師の腕を一本取ったきり。
 とても斃せる相手ではない。
 他の『プレイヤー』に喧嘩を売るなら、奴が休息中の今しかない。

 「しかし……。」
 「ああ、お前の魔力も回復しなくちゃな。」

 橋口は袋入りの松の実を掌に山盛りにあけ、口の中に放り込んだ。

 「そういうことではなく……。」
 「……んむ。
  不服か?どっちにしろ今からは連絡も行き届かない。戦略を知られれば対策を取られる。敵に時間をやるのは、不利になるだけだ。」
 「ならば、おおせのままに。
  ……しかし。」
 「何だ。」

 バーサーカーは恨みがましい目で、自分の主を見上げた。

 「汗をば、かいてしまいまして。」
 「俺はきにしない。
  水でも浴びるか?」

 三尖刀を棚にかけ、橋口は呪文を唱える。
 棒の上端から、弧を描くように水を噴き出した。

 「ですから、神器をそのように扱うのは。」
 「時間が無いんだろ?」

 文句を言うバーサーカーの手を取り、強引に水の膜の中に引き入れる。
 上着を脱ぎ捨て、背の低い彼女を包み込むように抱いてキスをした。


――――

 「じゃ、よろしく頼む。」

 モール内の、イベント用の舞台にバーサーカーが上がる。
 パイプ椅子に腰かけた人々の目は虚ろで、しかし、ぼやけた意識は市会議員橋口凛吾への敵意と義憤に滾っていた。

 後は、火種を入れるだけ。

 「悪政を許してはなりません。
  統治者の風上にも置けぬ悪人を、皆様の手で、権力の座から引きずり降ろしましょう!」

 橋口が合いの手を入れる。

 「えい!えい!」

 バーサーカーが剣を掲げる。
 スキル『梁山泊』、発動

 「おおおおおおおおお!!!!」


 今宵二度目の鬨の声が、モールに響き渡った。


[No.346] 2011/05/23(Mon) 22:04:13
虚構彩る勝利の剣―1 (No.346への返信 / 21階層) - 咲凪

 マリナと赤眼の英霊は対峙したアサシン陣営に注視した。
 相手のクラスはこの時点では不明、だが3大騎士クラスに該当するとは思えない。
 ただし沖田総司――セイバーの件もあるので、見た目が「騎士らしいかどうか」は度外視される。
 しかし、この場合も既に「セイバー」と「ランサー」と出会っている為にその2者はすぐさまマリナの思考から除外された。
 自らの英霊と志摩康一の英霊「ランサー」に関しては、マリナは実のところ、「ランサーが二人居る」という現状を、既に自らの英霊が“実はランサーではない”という方向で解釈している。
 根拠という根拠は無かった、“女の勘”だ、口で説明など出来る事では無い。
 とはいえ、これで相手がセイバーとランサーである可能性、狂化の様子が見られない事から「バーサーカー」も除外され、残るは「アーチャー」、「ライダー」、「キャスター」、「アサシン」という事になる。

 ――――そういえば、月(ゆえ)が気掛かりな事を言っていた、マリナは思い返したが、考える余地すら挟まず思考から度外視した、この状況で検討する意味が無いからだ。

 相手の戦力は男が1名、サーヴァントであろう強い魔力を持った狐耳の女が1名、そして小さな女の子が一人、いずれも先ほどの黒い英霊との戦闘からか、ダメージを追っているように思えた、勝算はそこにある、とも。
 つまり、逃がす手は無いのだ、これは何よりの好機でもある、相手が消耗している現状は、ハンディを抱える赤眼の英霊にとって、競争相手の一人を打ち倒すまたとないチャンスなのだ。

「ランサー」
「あぁ」

 マリナは自らの英霊に「目前の英霊を討て」と命じようと思った。
 相手の消耗は体力だけではない、魔力も消耗している。
 ならば勝てる、宝具の危険性はあるが、それでも押し勝つ事が出来る、ほぼ確信に近い予測でマリナはそう判断した。
 マリナと同じように、此方の様子を注視する男、おそらく此方がサーヴァントのマスターであろう。
 その能力は未知数であるが、少なくとも戦闘能力ではマリナよりも上だろう、だが、マリナにも奥の手がある、正面からぶつかりあったとして、“七貴マリナ”にはその治癒特化の特性から勝ち目が無いが、自分がこの髪を解き“マリナ=エレノアール”として闘うのならば話は別だ、勝てる、これも確信に近い、相手の消耗はそれ程重要で甚大な事だったのだ。
 最大の注意点はむしろ小さな女の子だったと言える、こんな場に居るのだ、魔術師には違いあるまいが……魔術師だとすれば、外見など大した意味を持たない、油断をする理由はまるで無いし、能力がかえって未知数で不気味だ。

 それら総ての考慮を踏まえたうえで、マリナは相手の動きに注視する視線を僅かに逸らした。
 この小さな動作だけでマリナの方針は決まった。

「ランサー、あいつらから舞子を取り戻せる?」
「難しいな、だが、やってみせよう」

 マリナは勝てる戦いを捨ててでも、クラスメイトを救う事を選んだ。
 赤い瞳の英霊もそれに素直に従った、記憶こそ無いが、彼には一つだけ判る事があったのだ、それは既にマリナには打ち明けている。

 “彼は、聖杯に託す願いが無い”

 だからこそ、勝利を捨てた戦いに付き従う事が出来た。
 マリナはともかく、彼個人は聖杯を求めていないのだから、主たるマリナが決めた方針に、心から従う事が出来た。
 マリナとしては聖杯は誰かに渡す事の出来ないモノであったが……途中まで考えて、その思考を停止した。
 これが最後では無い、好機はまた訪れる、しからば自分がするべき事はクラスメイトを――――雉鳴舞子を――――いや。

「友達を、返して貰うわ」

 自らの安定の象徴を、平穏へと返す事のみだ。


[No.347] 2011/05/23(Mon) 22:05:05
虚構彩る勝利の剣―2 (No.347への返信 / 22階層) - 咲凪

「――待て、ランサーのマスター」

 赤い瞳の英霊がその手のランスを狐耳の女――つまるところアサシンであるサーヴァントに突き立てるよりも早く、
 狐耳のアサシンが何らかの手段を持ってして、赤い瞳のランサー、の攻撃をかわし、マリナの首を刎ねるよりも早く。
 そしてマリナが己が目的を果たす為の命令を告げるよりも早く、この対峙する両陣営で真っ先に動いたのはアサシンのマスターである勇治だった。
 彼はマリナの名を知らなかったので、彼女が口にしたランサーという言葉から彼女の英霊を推察し――特に英霊がランスを構えていたので――マリナの事をランサーのマスターと呼んだ。
 そして傷を負った自ら一歩前に踏み出ると、マリナの姿を見て制止を呼びかけた。

「確認がしたい、君はこの娘の知人なのか」
「…………だとしたら?」
「大事な事だ、この子の身に関わる」

 マリナは相手が早速、舞子を人質に取って来たのだと誤解した。
 確かに、舞子を人質に取られればこの場の有利は覆される、逆に相手にとって有利だ。
 勿論、マリナが舞子を捨てればその前提は意味をなくすのだが、マリナの思考にそれは無かった、当然だ、何故此処に来た、何故夜の街に出た、自問すら必要ないほどわかりきっている事だ。
 親友を救う為、それが目的なのだから、それを捨てる事など出来ない。

 マリナは心の中だけで小さく自嘲した、だから私は魔術師として三流なのだ、いや、魔術師とすら言えない、これでは“魔術使い”だ。
 自嘲はするが――――決して、悪いとは、マリナは思わなかった。

「えぇ、知り合いよ」
「ならば取引をしよう」

 勇冶の言葉に困惑を見せたのは、意外にも小さな女の子――希の方だった。
 てっきり、知り合いだという彼女に素直に一般人である舞子を預けると思っていたのだ、この緊迫した状況の中で、唯一彼女だけが「あぁ、友達が探しに来たんだ」と的を得てはいるが、平和に過ぎる考えを持っていたのだ。
 しかし兄は助けるべき一般人をダシに取引と言い出した、彼女の知る限り、兄はそのような人物ではない、困惑はその為だ。
 逆に、この展開を予測していたマリナは当然だろうという顔をしていたし、舞子を人質に取るだろうと予測していたとはいえ、赤い瞳の英霊はその顔に怒りを滲ませていた。
 赤い瞳の英霊の価値観において、闘う力を持たない女性を取引の材料にするなど、許し難い事だったのだ。
 彼の価値観において、力無き者は守るべき対象である、それを人質にするとあれば、彼が怒るのも当然であったのだが――それは誤解であった、当然、マリナも誤解していたし、勇冶の妹である希も少しばかりの誤解をしていた。
 ただ一人勇冶の思惑を理解していたのは、彼と直接の面識を持ち、彼の人となりを多少なり理解した上で、この場の状況を正しく理解できる者……つまり、アサシンである狐耳の女だけが、主の思惑を正しく理解していた。

「彼女を君の元へ返す、ただし条件として、俺達を見逃して貰う」
「……なんですって?」
「この場は退く、という事か」
「そうだ、見ての通りの状況で戦闘は避けたいのでな」

 勇冶が求めたのは、彼等全員の撤退を許せという事だった。
 舞子を人質にとって、此方に害をなそうとするならば、もっと多くを要求する事も出来たろう、実際マリナは最悪令呪を奪われる事さえ思考の内に入れていたのだから。
 しかし、勇冶はそれをしなかった、ただ自らと、サーヴァント、そして最愛の妹の安全のみが今は確保したかった。
 彼としては欲を出して必要以上の協力を求めて、相手が一般人に構わなくなってしまうと最悪であったし、とはいえ無条件でサーヴァントのマスターにこの一般人を渡す事は避けるべきだと思えた、彼とて、聖杯戦争がどういう舞台なのかは重々に理解している。

 彼個人としては、一般人をダシに使う事は恥だと思っていた。
 だがこの場では――守る者が多い、その為ならば、戦士としての恥だってかく事が出来た。
 妹を守るという気持ちは、彼の恥じ入る気持ちよりも強かったのだから。

 そして、眼の前で対峙するマスター、すなわちマリナと保護した一般人が知り合いという判り易い証拠があった。
 名前を知っているようだった、というのもあるが、それだけでは彼はマリナを信じなかったろう。
 実に単純な話だ、マリナはまだ学校の制服を着ていて、保護した一般人、舞子もまた同じ制服を着ていたのだから。

「……貴方を信じろと?」
「信じてほしい、いや……」

 だが、マリナに彼を信じる理由は無い。
 舞子が無事に帰ってくる事は最大の収穫であったが、マリナにとって勇冶等を倒す最大のチャンスである事には変わりないからだ。
 しかし、マリナは実の所返事は決めていた、仕方が無いだろう、相手の対応はこの場において、誠実過ぎるくらいだ。
 赤い瞳のランサーも勇冶が直接的に舞子を人質に取らなかった事に安堵し、未だ敵対する立場でありながら相手の質を見極めようと勇冶に注視していた。

「信じて貰うしかない、俺も彼女がこの狂騒に巻き込まれるのは本意じゃないんだ」
「……判ったわ」
「マリナ」

 彼女の名を呼ぶ赤い英霊の言葉は彼女の判断を責めるものではなかった。
 勝利よりも友を選んだ、自らのマスターの判断を彼なりに評価した、短い賛辞でもあった。

 仮に、この申し出を蹴ったとしても勇冶は一般人である舞子に危害は加えなかったであろう。
 だが、相手の誠実な対応に、誠実な対処で応えた主が、赤い瞳の英霊には嬉しかったのだ。

「彼女は――――」
「判ってる、貧血、でしょ?」
「理解しているようで何よりだ」
「早く行きなさい、こっちはまだやる事があるんだから」

 康一と彼のランサーが何を相手にしているのか、マリナは正確に把握している訳ではなかったが、彼等が苦戦している事はわかっていた。
 勇冶がそっと舞子を地に横たえて、「立場上、また会おうとは言えないが――彼女を頼む」と言い、彼等が去るのを見届けて――――。

「舞子……っ!」

 地に横たえられたクラスメイトにマリナは駆け寄った。
 意識は無いようだが、息はある、治癒に優れた魔術師であるマリナは直ぐに彼女を診断する……命に別状は無い、自分が魔術を行使すれば、直ぐにでも眼を覚ますだろう。
 だが――今はもう少し眠っていてもらうしかない。
 自分たちの戦いは、まだ終わっていない。

「ランサー、康一達を助けに行って!」
「承知している、彼等の相手はどうやら……相当な代物らしいからな」

 改めて赤い瞳の英霊は戦意を漲らせた。
 康一達が相手にしている黒い英霊の危険さは、マリナも赤い瞳の英霊も十分に理解していた、正面からぶつかって勝てるとは――――思えない。

 マリナは、一つの決意を決めた。

「……やっぱり、まだ思い出せない?」
「……?、……あぁ」

 康一達の助力に向かおうとした赤い瞳の英霊をマリナは僅かに呼び止めた。
 彼の記憶は未だに戻らない、あの強大な力を持つ黒い英霊に、彼が加わった所で、どこまで太刀打ちできるか判らない、ならば……太刀打ちできるように、するしかない。
 その為の手段は、在る。

「正直憎たらしい奴だけど、今回の事は借りだわ、だから……」
「……マリナ、令呪を……」
「康一を助けるわよ」

 マリナの手の甲に刻まれた令呪が所持者の意思に呼応して赤い光を放っていた――。

「令呪を持って命じる、我が英霊よ、己が総てを理解し、その能力を持ってして、その威を示せ!」


[No.348] 2011/05/23(Mon) 22:05:39
虚構彩る勝利の剣―3 (No.348への返信 / 23階層) - 咲凪

 まず明確な事実として、黒い英霊が真に騎士王たるアーサー王であれば、ランサーと赤い瞳の英霊が結託したとしても、勝ち目のある相手では無かった。

 だが、黒い英霊はそうではなかった、例えるならば模造品。
 しかもそれは歪んだ形で再現した、曲解交じりの酷い贋作、ともなれば、既にそれはアーサー王ではなく、アーサー王の形を借りたまったく異質なモノであった。
 アーサー王の形をしているだけで、それはアーサー王とは言えなかった。

 だからこそ――――。



 「気をしっかり持て、ランサー!」

 黒い英霊に挑みかかると共に、その強大な力と威圧にしては小さな体を赤い瞳の英霊は弾き飛ばした。

 「お、前……」

 志摩康一が見たのは、自らの英霊を叱咤する男の背中だった。
 マリナの英霊、赤い瞳の男だ。
 大きな“損壊”を受けてなお、自らの英霊たるランサーよりも冷静だった康一はさらにマリナも彼を追って此方に来る事を察知していた、どうやら何らかの形で決着を付けたらしい。

 しかし――赤い瞳の英霊が、違う。
 これまでとは、確実に違う、何だ?、と康一は思うが、それを追求している余裕も彼にはなかった。

「おぉぉぉぉっ!!」
「―――――っ!!」

 黒い英霊は贋作であったが、“元が凄まじ過ぎた”。
 赤い瞳の英霊が令呪によるサポートを受けている状態に関わらず、槍と剣の打ち合いで押しているのは黒い英霊の剣の方であった。
 圧倒的過ぎるその英霊、アーサー王の似姿に、志摩康一のランサーは改めて深い疑問と絶望を叩きつけられた。

 何故、と問い応えるものは居なかった。
 自らの主たる康一も大きな傷を負い、ランサーに指示を出しかねている。
 ランサーとて彼の主の意思を察してはいるが――――動く事が出来ない、相手はかの“騎士王”なのだ、何故剣を向ける事が出来る、何故闘う事が出来る。
 相手は――相手は己が理想の具現だというのに。

 闘おうと全力で意思が命じる、だが戦えないと心が拒否する。
 何故だ、何故だ、何故なのだ、王よ、何故貴方はそこに居る、何故貴方はそのように凶(まが)っている、何故だ、何故です、何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故……。

「間違えるな、ランサー」

 応える者が居た、ランサーは最初それを主である志摩康一の声だと思ったが、それは赤い瞳の英霊の声であった。
 赤い瞳の英霊は黒い英霊に押されながら、混乱と困惑の中に居るランサーに語りかけた。
 当然、その余分な行動の分だけ彼の体に傷が増えていく、だが彼は言葉を続けた。

「間違えるなランサー!、“これ”は騎士王では無い!!」
「な――に?――」

 王では無い、と赤い瞳の英霊は吼える、だが、あの姿は、かつて憧れ、そして仕えた我が敬愛なる王そのものではないか。

「王を知るならば、判ろう。 王が何を大事にし、どのような者であったか」

 王は人の心の判らない王だと言われていた。
 己が心を殺し、他人の心に頓着する事なく、正義と公正を守る王であった、だが――――。

「民を捨てる王であったか?」

 そうではない。

「言葉無き王であったか?」

 そうではない。

「力なき者を苦しめる王だったか?」

 そうではない!。

「王を知るならば答えろ、お前が知る王はこんなモノだったのか、答えろランサァー!!」

 そうでは――ない!!。

「違う!!」
「ならばやるべき事は判っているはずだ、ぐっ、コレは貴様の王を何よりも冒涜するモノだぞ、騎士王の姿を借りて暴れる、貴様が最も許し難いモノだ!!」
「そんな事はぁ――!!」

 判っている、ランサーは言葉では無く心で吼えた。
 手にした剣が重みを増した気がする、正しく思い出したのだ、王に認められたあの時を、騎士である自分が生まれたその時を、そして――――王があのような、紛いモノでは無いという事を。

 赤い瞳の英霊を圧倒する黒い英霊の刃はまたしても、相手の息の根を止める事は敵わなかった。
 復帰したランサーがその手にした刃で赤い瞳の英霊の首を狙う邪剣を抑えたのだ。

「――やれるな?」
「当然だ」

 英霊が並び立ち、そして康一の元にマリナが遅れてやってきた。
 彼の負った損壊に一瞬言葉を失い青ざめるが、直ぐにやるべき事を理解し、彼に駆け寄る。

「こっちは手を出す事は出来ないわ、任せていいわね、“ライダー”」
「元よりそのつもりだ」

 赤い瞳の英霊――ライダーは、ランサーと並び立ち黒い英霊を睨みすえた。


[No.349] 2011/05/23(Mon) 22:06:10
虚構彩る勝利の剣―4 (No.349への返信 / 24階層) - アズミ

 戦意を取り戻したランサーが、剣を握る。
 満身創痍だった。右の籠手は破壊され、肩口の傷からは出血が止まらない。
 赤眼のランサー……いや、ライダーもまた、先刻の数合の打ち込みで少なくない傷を負っている。

「あれは我が君ではない。
 だが、紛れもなく『アーサー王』ではある――」

「あぁ、手強い」

 英霊は、その存在の真偽を問題にしない。
 人の想念が鍛える、人の世を守るための存在だ。芯にあるのが真実だろうと虚構だろうと、その力量は人々がそれにかける想念に左右される。
 アーサー王。ブリテンの騎士王。その騎士道と物語に注ぎ込まれた憧れと夢。それが、あそこに立っている物の正体だ。
 パーシヴァルの王、アルトリアではない。だが、『アーサー王』ではある。英霊としての力は過不足なく発揮するはずだ。

「ならば――その偽り、我が虚構で砕くとしよう」

 ライダーが槍を地に突き立てた。
 ランサーは彼が何をする気かは解らなかったが、己のすべきことは理解した。

「――稼げるのは5合と言ったところです」

「充分だ、頼む」

 ライダーの応答を聞いて、ランサーが疾駆する。
 アーサー王が、黒の王剣を振り下ろす。その剣勢に、ランサーは抗うことなく後方に受け流した。
 踏みとどまろうとしてはならない。引きこむのだ。護るに籠もる剣術は決して勝利しない邪道だが、後を任せられる同輩がいるならばそうした邪剣はてき面に効果を発揮する。
 相手が己より強大ならば、尚のこと。

「剣技は本物――力も、技巧も、踏み込みも、呼吸も、全て本物――」

 ランサーが王の戦う姿を見たのは、たったの数度。しかし忘れようはずもない。この『アーサー王』が振るうのは、それと寸分違わぬ剣。
 だが。
 ここには、アレをアーサー王足らしめるものが決定的に欠落している。
 
「我が君の隣には、いつも背の高いケイ卿がいた。厳しく、私の嫌いなあの人は――しかし、我が君に必要な人だった!」

 一歩だけ、踏み込む。振り払った剛剣は、今度こそアーサー王の一撃を圧し返した。
 踏みしめるアスファルトは、いつの間にか赤茶けた荒野になり変わっていた。

「誠実なガウェイン卿は、常に王の剣に徹した!去って行ったランスロット卿は、しかしそれでも王を敬愛していた!」

 合わせた刃を逃がさず、正面に据えて圧し込む。真っ向勝負でありながら、先刻の劣勢が嘘のようにランサーは押し勝った。
 夜の帳に包まれたはずの空は、いつしか世界をセピア色に染め上げる夕暮れに塗り替えられている。

「お前には何もない!我らの夢の残滓よ、虚構の王よ!お前には、何もない!」

 円を描くように打ち払えば、アーサー王は動揺したように大きく跳び退く。
 相対するアーサー王の背後に、巨大な風車が出現した。

「ランサー!」

「承知!」

 深追いはせず、ライダーの声に応じてこちらも間合いを取る。
 それを機と取ったか、アーサー王は再び黒に汚れたエクスカリバーを掲げた。
 あの宝具が、来る。


「我が虚構は、世界を染める――」
 (わがきょうきは、せかいをおかす――)


 ライダーの言葉が、風に溶けて消えた。
 それが結びだ。彼の魔術(のろい)の。あるいは彼の虚構(きょうき)の。
 そこはもう、夜の湖底市ではない。それはこの世の何処にもない『風車の丘』。彼だけの領土だった。


「真実は脚色され、騎士道は華開く」
 (じじつはくさりおち、ゆめはしんじつとなる)


 ライダーが槍を引き抜き、決闘相手に宣告するように、立ち塞がる敵に突きつけた。
 アーサー王の刃が、輝きを失い、その闇に染まったように黒い身体が、周囲と同じくセピアの虚構に溶けていく。
 明確に、その動き、身体を構成するエーテルが束縛されている。――いや、縛っているのは、その真名か。
 対するランサーは、かつて生きた中にさえ感じたことのない昂揚と湧きだす力を感じた。
 まるで、自分が――あの、虚構の中の、聖杯の騎士と化したかの如く。


「固有結界――いや、これは……!?」

 リアリティ・マーブル。己の心象世界で以って世界を侵食する魔術の最高峰。
 マリナらの眼前の状況はそれに酷似していたが、しかし、彼女らの感覚は魔術とは決定的に違う事象と断じた。

「これが、奴の宝具か――?」

 呟く康一に、ランサーは振り返らず叫んだ。

「主!……宝具を使います、許可を!」

 ここで取り逃すわけにはいかない。あの黒いアーサー王は、下手なサーヴァントよりもよほど脅威だ。

「いいんだな、ランサー!」

「然り!あなたが討てと命ずるならば!」

 康一は残った右手を掲げた。
 輝く赤の三紋。
 令呪。サーヴァントへの絶対命令権。それは、単なるサーヴァントへの強制権ではない。世界の理を越え、『それを為し遂げるために力を与える』モノ。

「令呪において命じる!
 我が英霊よ、怨敵をその槍にて討ち果たせ!」

「御意!」

 ランサーがその異形の剣をひと振るいすると、罅の走った刃は砕け散り、全く別のシルエットへと独りでに組みあがっていく。

「槍よ――聖槍よ――」

 それは槍。
 神の血を受け、人を救い給う契約の聖槍。

「偽りの栄華を、哀しみの廃墟へ突き落とせ!」

 ランサーが握った槍が、十字を切った。その軌跡は、まさしく神の威光を示すかのように空間にロザリオを描いて対空する。
 アーサー王もまた、束縛を無理矢理に引き摺りながら、最強の宝具を振り上げた。


――真名、開放。


「約束された――勝利の剣!!」
 (エクス――カリバー!!)


「偽り砕く――十字の槍!」
 (ロン――ギヌス!)


 円卓の騎士、パーシヴァルの……いや、『パルジファル』の宣言通り。
 十字に走る白き奔流が、黒の極光ごと虚構の騎士王を呑みこみ、爆ぜた。


[No.350] 2011/05/23(Mon) 22:06:44
天幕模様T (No.350への返信 / 25階層) - アズミ

 空を引き裂く魔力の奔流が、僅かな痕跡を残して地平の彼方へ消えさる。
 同時に風車の丘は水滴を垂らした水彩のように、滲んで崩れた。
 覚めない夢は無い。虚構はいつか終わる。

(王――人々の編み上げたアーサー王よ。あなたは、偽りだった)

 ランサーの心に去来したのは、透明な悲しみだった。
 あのアーサー王は、己の頂いた王ではない。だが虚構だからこそ、正しく彼女の理想だった。
 ウェールズの森で焦がれた。キャメロットで傅いた。……そしてカムランの丘で果てた。
 あれは偽りの王だった。だが、彼女の主君は――むしろ、あの偽りを纏っていたのではないか。偽りに塗り固めたのは、他ならぬ臣下たる自分たちだったのではないか。

(これは、私の罪だ)

 ひらひらと舞い落ちる、カード。剣掲げた騎士の描かれたそれを、しかと握った。

「御安らぎください、王の偽りよ」

 一人の乙女が、国を負って戦った。
 全てを天に返上した。友を追い出し、妻を責め、子を手にかけた。
 その果てに剣の丘に独り倒れた。
 もう、いいだろう。全ては歴史と虚構の彼方だ。もう、いいだろう。この乙女に安らぎを与えても。

(もう指の一本――纏う偽りさえも、戦わせはすまい)

 妖精郷(アヴァロン)は遠く、ここは血で血を洗う魔術師の戦場だ。
 だが、この乙女が安らぐ場所ぐらいは。この身、この剣で用意して見せよう――。

 それが、彼女の奉公だった。
 アーサー王への、ではない。

 彼女を騎士の華と認めてくれた、一人の乙女――アルトリアに返す、大恩だった。





 風車の丘は崩れて落ち、残滓一つ残さず消えた。
 さもあらん。あれは世界のどこにも在り得ぬ風景。彼の狂気という名の虚構。
 本が閉じられれば、物語は終わるのが定め。――だというのに、その主たる赤眼の騎乗兵は確かにここに存在する。

(――虚構の王よ。私は、君と同じだ)

 この身は虚構で出来ている。
 人の想いと夢。あるいは自嘲と逃避。それらが形作った、虚実の騎士。騎士道物語の権化。
 人々が、嘘を重ねて己を現界させたならば。自分もまた、この嘘を鍛えて真実を目指そう。

(眠れ、騎士の王。夢は私の領分だ。お前が託されたモノは、この槍が確かに継いでいる――)

 足元に広がる不毛の荒野が、元の無機質なアスファルトに戻っていく。

 物語は、閉じた。


「ライダー!」

 マリナが駆け寄ってくる。傍らの康一の腕は――無論、治療できようはずもないが、どうやら生命の危険は無いのだろう。足取りはしっかりしている。

「ぼろぼろじゃない、大丈夫なの!?」

「あぁ――まぁ、手酷くやられたが、差し当たっては問題ないよ」

 聖杯は不要ぬ。託す願いなどありはしない。
 だが、負けはすまいとライダーは思う。
 この少女が彼の主。なれば、それに従い道行を守るのが彼の存在根幹を為す秩序――そう、『騎士道』だ。

「……どうしたの、ライダー?」

「ん?」

「貴方――笑ってるわよ?」

 言われて気づき、顔に触れる。
 笑んでいた。微笑んでいた。
 あぁ――全く、不謹慎な。まだ苦境を抜けきったとも限らぬのに。聖杯戦争は、まだまだ続くのに。

「いや……自分の幸運に感謝していたところさ」

「――まぁ、そうね。正直、生き残れたのが不思議なぐらいの強敵だったわ」

 あぁ、違う。違うのだ、主人よ。過酷な現実の中、誇りと善良さを失わぬ少女よ。
 この身の最大の幸運は、七貴マリナに召喚された、そのこと自体だ。
 確実な勝利を投げ出してでも友情を貫き、しかしてその果ての望みを捨てぬ不屈――。人が醜さを曝け出す戦いの場で、彼女はまさしく騎士が護るに値する娘だ。それは――彼にとって、何よりの幸運だった。

「いきましょう、ライダー。舞子を病院に連れて行かないと」

「あぁ――心得た」

 物語は続く。
 願わくば、その果てに彼女の幸福があることを。





 雉鳴舞子は夢を視る。

 酷く現実離れしていて、物騒な悪夢だ。
 戦い。この世の根底を覆すような、常識外の法則が支配する戦いの中に、彼女の友はいた。
 悪夢だ、と思う。
 だがその中で、彼女の友――そう、親友だ。彼女はそう自称している――は、しかしいつか見た誇らしく、強く、そして孤独な彼女のままで……そのことだけが、この埒も明かない悪夢に現実の臭いを付加していた。

 雉鳴舞子は夢を視ている。

 救急車に乗せられる舞子に、「大丈夫よ」と言って頬を撫ぜた、親友。
 自分の現実は、それだけでいい。

 雉鳴舞子は、その夜に夢であれと願った――。


[No.351] 2011/05/23(Mon) 22:07:16
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