[ リストに戻る ]
No.380に関するツリー

   コテファテ再録4 - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:33:01 [No.380]
天幕模様Y - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:33:40 [No.381]
透る射界Z - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:34:18 [No.382]
崩壊境界T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:37:01 [No.383]
神王の息 - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:37:44 [No.384]
神王の息U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:38:14 [No.385]
神王の息V - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:41:44 [No.386]
少女偽曲X - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:42:26 [No.387]
血宴の絆T - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:43:03 [No.388]
血宴の絆U - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:43:40 [No.389]
神王の息X - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:44:28 [No.390]
暗く蠢くU - ジョニー - 2011/05/24(Tue) 22:45:10 [No.391]
少女偽曲Y - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:45:49 [No.392]
螺旋血管T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:46:21 [No.393]
赤色偽剣T - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:47:00 [No.394]
血宴の絆V - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:47:39 [No.395]
血宴の絆W - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:48:13 [No.396]
血宴の絆X - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:48:57 [No.397]
血宴の絆Y - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:49:41 [No.398]
義侠舞曲T - きうい - 2011/05/24(Tue) 22:50:45 [No.399]
レアルタ・ヌアT - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:51:33 [No.400]
レアルタ・ヌアU - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:52:47 [No.401]
レアルタ・ヌアV - アズミ - 2011/05/24(Tue) 22:53:21 [No.402]
赤色偽剣U - 咲凪 - 2011/05/24(Tue) 22:53:57 [No.403]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
コテファテ再録4 (親記事) - アズミ

4スレ目。

[No.380] 2011/05/24(Tue) 22:33:01
天幕模様Y (No.380への返信 / 1階層) - ジョニー

「うにゅ……?」

 気づけば、希は不思議な空間にいた。
 上も下のないようでいて、それでいて足場はある。まるで透明なガラス張りの床に立っているような感覚。

「……此処は?」

 きょろきょろと辺りを見回すがただ何もない空間が広がっている。
 何故、こんなところにいるのだろうと考えて、ゲイボルクに貫かれた事を思い出す。

「にゅ、此処…あの世なの?」

「いや、あの世じゃねぇぜ。近いちゃ、近いがな」

 若干青くなった顔で呟くと、その呟きへの返事が聞こえ、勢いよく振り返る。

「………え?」

 そこにいた人物に希は見覚えがあった。
 希が知るただ戦うだけの黒い存在と違い、ニヤニヤとからかう様な笑みを浮かべた青い装束に身を包んだ男は、纏う衣装の色と何よりも感情をよく表した表情の違いはあれど、両腕で支え肩に担ぎ首の後ろに回されたその男を現す嚇い槍に違いはなく、黒化英霊のランサーその人だった。

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した…だったら、よかったんだどけよぉ」

 希の背に合わせてしゃがみ込んだランサーは悪戯めいた笑みを苦笑に変える。
 どうしてか希は彼を警戒する気にはなれなかった。それはランサーがまるで敵対する意思を見せないからか、それとも他になにか理由があるのかは希にも分からない。

「やれやれ、ちゃんとサーヴァントとして呼ばれてれば思う存分戦えたはずなのによ」

「え、えっと……」

「ん、あぁすまねぇな。まぁどっかのインチキ神父に従うよりはずっといいさ。
さて、穣ちゃん。俺の槍を受け取り、俺の力を宿して戦う覚悟はあるか?」

 ポカンと付いていけない希に問うランサー。
 その言葉を理解するのに数秒を要した、そして理解すると同時に疑問が浮かぶ。

「にゅ、それってどういうことなの?」

「んー、簡単に言えばだな。そのカードの本当の使い方をするつもりはあるかってことだ」

 ランサーが希の身に付けたカードケースを、正確にはそこに収まる『ランサー』のクラスカードを指さす。

「本当の、使い方?」

「おぅ、いわばあの気にくわねぇ黒化英霊のような英霊の力だけをその身に宿すってことだ。
まぁこの場合は一時的に俺の力を宿して穣ちゃんは穣ちゃんのまま俺と同じになるってことだ」

「んっと、分かるような分からな言う様な?
でも、黒化英霊と同じならなんでランサーはこうして意思を持って接触できてるの?」

 希のその疑問に、感心したような顔を浮かべる。

「へっ、あと10年後が楽しみな穣ちゃんだな。
俺と穣ちゃんが接触出来たのは、穣ちゃんが俺の槍に心臓を貫かれただろうな、他にも今回のランサーの宝具で蘇生したからってのもあるかもしれねぇが、詳しくはわからん」

「うにゃ、まぁ分からないのは仕方ないの」

 理由は不明でも、今二人がこうして出会っているのは事実なのだから。

「そういうこった。で、そういう詳しい事はよくわからん状態だからか。本来は俺の"力の一旦"を穣ちゃんに"上書き"するだけなんだろうが、それよりもうちょい進んだことが出来そうなんでな」

「進んだ、こと?」

「おぅ、俺の基礎的な戦闘能力だけじゃなく経験や知識なんかの一部も穣ちゃんに与えられそうだな。
存在を上書きする疑似召喚に加えて、ちょっとした憑依召喚も追加ってとこか」

 トンデモないことをさらっと言われた。
 戦闘能力だけが同じだけでは真実英霊には届かない。ルビーを振るって英雄に等しい力を行使できる希にはそれがよくわかる。だが、それに経験や知識などが加われば、力だけの状態と比べればその差は比べ物にならないだろう。

「その所為で俺の力を夢幻召喚(インストール)したら、幾らか俺に引っ張られるだろうけどな。
憑依召喚みたいなもんも含まれるし、送還されればインストール中の経験は俺の座に多分来るだろうから、俺もこの聖杯戦争をちっとばかし楽しめるって寸法よ」

 自分自身が戦える訳ではないが、それでも疑似的に聖杯戦争で戦えるのだから強敵と戦いたいランサーには好条件といえる。

「で、最初の問いに戻るぜ。
俺の力を受け入れるなら、きっと穣ちゃんでもサーヴァント相手に早々負けはしねぇだろうし、こうなった原因のようにアレ相手に無力ってことはないだろ。
ただし、俺の力を振るうってことはそれだけ死に近い場所に身を置くことになるぜ」

 何故ならそれは疑似サーヴァントと言っても過言ではない。今までのように英霊に近いスペックに短時間のみ宝具が使えるという限定的なものではない。
 当然、明確な敵と認識されやすくなるだろうし、危険な魔術師に知られれば命も危うい。

「それでも、あたしは戦うよ。
あたしだって天川当主の娘、普通に過ごす人達を襲う理不尽な力から一般人を護るための理不尽、表と裏の境界線を護る者なの。
それに、きっとお兄ちゃんはクラスカードと血管以外では聖杯戦争にあたしを関わらせるつもりはもうないんだろうけど、でもあたしは戦うの。
だって、家族を護るのは、家族と一緒に戦うのは当然なの!」

「はっ! 言うねぇ、じゃあ契約といくぜ」

 希の宣言に、ランサーがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
 その言葉に希が頷くと同時に希の足元に魔法陣が描かれる。


「―――告げる!

汝の身は我に、汝の槍は我が手に!

聖杯のよるべに従い、この意この理に従うならば応えよ!

誓いを此処に!

我は常世総ての善と成る者!我は常世総ての悪を敷く者!

汝、三大の言霊を纏う七天!

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手―――!」







「いやー、一度死んだ所為か、それともランサーの宝具の所為か。
希さんの魔術回路、数だけは一流から、質も一流魔術師の魔術回路と同等以上になってますね」

 流れた失われた血を補うアサシンによる処置が終わって、もう心配はない状態になってルビーがそんな事を言った。

「そんなことがありえるのか?」

「普通はないと思いますけど、実際なってますしねー。宝具の副作用かなんかじゃないですか?」

 随分都合のいい副作用ですけどね。
 そんな事を言うルビーに、本当になと頷く。

「で、どうだ?」

「そうですね。今晩は念のため、このまま治癒促進(リジェネーション)を続けますけど、明日にはまったく問題ないと思いますよ」

「そう、か。よかった」

 ほっと一息をつく。
 大丈夫だと分かっていても、やはり心配なものは心配だった。
 この先、勇治は希を最低限の戦い以外に関わらせる気はなくなっていた。
 が、それは朝起きた時、希本人によって否定されるのは今の勇治には知る由もなかった。


[No.381] 2011/05/24(Tue) 22:33:40
透る射界Z (No.381への返信 / 2階層) - アズミ

 雨霰と降り注ぐ神代の魔術が、さながら爆撃のようにアーチャーごとアスファルトを蹂躙していく。

「まったく、派手だな」

 直撃すれば巨岩をも砕く攻撃に晒されつつも、アーチャーは涼やかな顔で吐き捨てる。
 不意の会敵ゆえに人払いも不十分な中で、何の遠慮もなくこれだ。彼のマスターの苛立ちがアーチャーには手に取るように解った。

「さっさと片をつけさせてもらうぞ、コルキスの魔女」

 視線の先には、ローブの裾を翼よろしく広げて中空に浮かぶ魔女の姿。
 黒化キャスター。その正体は、同じギリシャの英霊であるがゆえにアーチャーにとっては既知の相手であった。
 魔女メディア。コルキスの皇女にしてヘカテーの魔術を操り、多くの英雄を誑かした女。
 その魔術は今や失伝した神代の言語で編まれた異質にして遺失の技。現代の魔術師では到底触れ得ぬ高みに居る存在。
 で、あるが。その必殺の魔術はアーチャーの身体に傷一つつけることはできない。アーチャーのクラス故の高い対魔力スキルと、鉄壁の防御を誇る宝具『百獣征す証(キオス・レオ―)』。この二つを抜く手札を彼女は持っておらず、代替となる……否、むしろ彼女の最大の武器となる策を弄する頭脳は黒化によって著しく制限されている。

「――天は俺の領分だ。墜ちて死ね」

 空の上という位置的優位さえ何の役にも立ちはしない。ギリシャ最優の狩人オリオンが狙いを定めたならば、地平線の果てとて安全圏には程遠い。
 アーチャーは矢を番え、爆撃を物ともせずに満身の力を込めて引き絞った。

――真名、開放。


「『女神の御手』――!!」
 (ベテルギウス――!!)


 弓構えた弓から、文字通り必殺必中の矢が放たれる。
 月の女神の加護を受けた、この世の全ての獣を狩り尽くす暴虐。魔術の防御など幾層重ねたとて問題にさえならない。
 キャスターの心臓に突き刺さったそれは、砲弾さながらの衝撃を以ってその身体を濡れた障子紙のように引き裂き、悲鳴さえあげる間もなく絶命させた。





「――結局のところ、何なんだ?
 あのサーヴァントは」

 アーチャーを回収し、隠れ家への道を急ぐパトリツィアはハンドルを握りながら自問する。

「知らんよ。頭脳労働はお前の担当だろう?」

 別に、彼に問うたわけではないのだが霊体となったままアーチャーが言ってくる。
 だが、確かに然り。これが聖杯戦争において何を意味するのか、それを考えるのはマスターにして魔術師である彼女の領分だ。
 パトリツィアは頭の中で一つずつ整理しながら、アーチャーに一つ問うた。

「……あれは、正規のサーヴァントでは無いのだな?」

「あぁ、それは間違いない。あの毒婦めが今次のキャスターということは有り得まいよ」

 頷くアーチャーには断固たる自信があるようだった。

「何故解る?」

「質が悪すぎる。まぁ、元を考えれば充分な脅威ではあるが――あれで『キャスターを倒せた』と判断するのは楽観にすぎるという話だ」

「……成程な」

 あれの正体はどう考察したとて今は判断材料が足りない。ならば目先の問題に集中すべき、というのは正論だ。
 アレが本当にキャスターかどうかは問題ではない。どちらにせよ他の全てのサーヴァントは倒さなければならないのだ。状況は常に悪い方向を想定しておくのがセオリーだろう。

「ともあれ、情報収集は続け……ん?」

 軽快な音楽と共にメール着信を告げる携帯を片手で運転したまま取る。
 お世辞にも褒められたものではない運転マナーだが、いちいち止まったところを攻撃してくる敵マスターの攻撃という可能性もなくはない。
 脇見でディスプレイを確認。差出人は月。……教会の監督役。
 一度聖杯戦争が始まった以上、特に顧みる必要のない存在ではあるが――パトリツィアはそのまま操作を続け、メールの文面に目を通した。

「なんだと――?」

 携帯を放りだし、ハンドルを切る。急な方向転換に、アーチャーが訝るような意識を向けてきた。

「どうした?」

「あの黒い奴について、監督役から情報があるらしい」

「罠という可能性は?」

 アーチャーの指摘は、在り得ぬ可能性では無かったが……愚問だった。

「そうなら、踏み潰すまでだ」


[No.382] 2011/05/24(Tue) 22:34:18
崩壊境界T (No.382への返信 / 3階層) - 咲凪

「うん――まぁ、だいたいの事は察しているよ」
「でしょうね、っていうかこの期に及んで知らない様子だったらドツいてやろうかと思っていたわ」

 マリナとライダーは教会を訪れていた。
 無論、総ての事情を月に説明し、今回の聖杯戦争にまつわるイレギュラーへの対応を申請する為だ。
 事実、月としても事態は既に見過ごす事の出来ない状況になっており――。

「まぁ、此方でも出来る限りの対応をさせて貰おう、マスターの面々への連絡も行おう、そうだな……何か特典でもつけて上げられれば良いんだが……そう、令呪とか」
「そんな事が出来るの!?」
「いや、ムリムリ、言ってみただけさ」

 令呪を例に出した月にマリナは一瞬驚いたが、月はけらけらと手を振って自らの発言を否定した、マリナはがくっとあからさまに肩を落とし、ライダーはそれを見つめて苦笑いを浮かべている。

「何せこの土地で初めての聖杯戦争だからね、何か提示できるような特典がまるで無い」
「まぁ、そこまで期待して話を持ってきた訳じゃないわ……」

 そこで月がポン、と手を打った。

「じゃあこうしよう」
「何?」
「黒化英霊を討ったら、うん、私が脱ごう」
「脱ぐなっ!?」

 けらけらと笑いながら言う月にマリナは吼えるように怒鳴った。
 そのマリナの様子を見て、月は心底愉快そうに目を細めると。

「――――本気でそう思ってる?」

 その視線と声色の冷たさに、油断していたマリナは射抜かれたように言葉を失った。
 月は相変わらず薄ら笑いを浮かべていたが、その視線は冷ややかにマリナを見つめている。

「いや、勘違いしないで欲しいんだが……君が本気でそう思っているなら、私も嬉しいんだけどね、マリナ」
「…………」
「――――さて、他のマスターと顔を合わせるのは拙かろう?」
「……行くわ」
「あぁ、行きたまえ、生きたまえ、願わくば、君が本当に君たらん事を」

 マリナは月の言葉など聞いていないように背を向けた、彼女に追従しようとしたライダーは一瞬、ほんとうに一瞬驚いた。
 マリナの顔には、表情が無いだけではなく、その瞳に一切の感情の揺らぎが見られなかったからだ。

「私は願ってやまない、君が救われる事をだ、マリナ」

 月の言葉を背に受けて、マリナ達は教会を後にした。


[No.383] 2011/05/24(Tue) 22:37:01
神王の息 (No.383への返信 / 4階層) - きうい

 「黒化英霊、ってわかる?」
 「いや。」

 小太りで背の低い、探検ルックの男と、やせぎすで背の高い、Tシャツにジーンズの男が、破壊されたアスファルトを見下ろしていた。

 「だが、不愉快なものだと言うのは理解できた。」

 痩せぎすの男の顔に、嫌悪の表情が映された。


――――

 「つまり、英霊の影、というか、英霊そのものではあるんだけど……。」
 「全然わからん。」

 湖底市のとあるマンションの一室。
 橋口凜土とキャスター・アメンホテプ四世は畳の上に座って向かい合っていた。

 コンビニで買ってきた食料を2人でパクついている。
 もちろん、英霊に食事の必要は本来はない。

 「冬木市の聖杯戦争は結構有名でさ、その時に関わって来たらしいんだけど、いや僕も良く知らないんだけどね。」
 「つまり偽物なんだな?」
 「いや、そうじゃなくてだね、英霊ってのは色んな解釈ができる訳で、その中でも……んーーと、えーーーとね。」
 「何を言いたいのかさっぱりわからん。
  そもそもそれは我が理解して意味のあることか?」
 「無いね。」
 「だろう。」

 会話終了。
 理屈で説明したがる凜土と、直感を信じるキャスターとは、ある意味いいコンビであるともいえた。

 「本屋に行くか。」
 「本屋……。ああ、そうかこの時代は書物が沢山沢山沢山あるんだったな!」

 文明サイコー!

 「静かに。」

 興奮するキャスターにそっと釘をさす凜土である。


――――

 「……随分と狭い店だ。」
 「そう言うのがウケるんだよ。」

 店内をきょろきょろと見回すキャスターを尻目に、薄い本を手に取り矯めつ眇めつする凜土。

 「それにその……煩悩をアレだ。あれをあれしてる、けしからん本が多いぞ!前の店に比べて!」
 「そういう店だから。あと静かにね。」
 「マスターもこう言う、煩悩を満たすための本が好きなのか。」
 「とても。」

 客の視線を集めていることを気にもかけない二人である。

 「でも僕は寧ろ、偽史とか架空戦記の方が好きなんだよね、下火のジャンルだけど。
  実際にこの時代だったらそれは無いやろとか突っ込んだり、自分ならこう言う解釈するなぁとか考えるのが好きなんだ。」
 「意地悪な趣味だな。」

 橋口凜土は考古学者である。博士号もきちんと取っている。

 「で、我のために来たのではないのか。」
 「ああそうそう。そうだった。まだあったかなあ。」

 手に取った本をおいて、文庫のコーナーに移る凜土。
 一冊の厚い本を見つけ、にっこり笑った。

 「よかったあった。」
 
――――

 電車の中、キャスターは文庫本を横にしてめくりながら、しかめっ面をしていた。

 「……何故日本の文字は縦書きなんだ。」
 「だからって横にして読む奴は如何にも稀だ。」

 真新しく輝く文庫の表紙には、「Fate/Zero Vol,1 -第四次聖杯戦争秘話- 」の文字が燦然と輝いていた。

 いいのか。

 「王だから大丈夫だ。」
 「偽史偽史。」

 あんたらもっと抑止力に気を付けるように。


――――

 背後に突然に現れた二つの気配。
 七貴マリナが振り返ると、二人の男が立っていた。

 「七貴マリナちゃん。だね?」
 「……誰?」

 男の内、背が低くて太っている方が、七貴マリナに声をかけた。

 「ではこちらから名乗ろう、我は――――」

 喋りだした背の高い男の口を、慌てて男が塞いだ。

 「何をするか無礼者!」
 「名乗っちゃだめだろ!
  あと、一応今僕マスターだからね!僕が上司だから!」
 「サーヴァントとマスター……!」

 七貴マリナが身構える。
 まずい。消耗した状態のランサーで戦闘は可能だろうか?
 逃げることは?
 どちらも無理か?

 「色々訊きたいこともあるけれど……とりあえず一つだけ。」

 七貴マリナが行動を決定する前に、小太りの男が声をかけた。

 「……何?」
 「聖杯を譲る気は、無いかな?」

 小太り男の上目遣いの瞳に、確かな狂気の一端を見た。


 七貴マリナの答えは一つ。

 「『ライダー』!!」
 「やっぱりね、『キャスター』!」

 マスター同士の声が交錯する。

 「防げ!」
 「焼いちゃえ。」

 サーヴァントが応える。

 「御意。」
 「心得た。」

 槍を構えるライダーに、キャスターは怯まず杖を向けた。
 
 「日本の文化は素敵だ。
  特に言霊信仰と言うのは気に入った。
 我はこの術に良い名前を付けたので聞け!
 そして燃え尽きよ!」
 「悪いが聞く義理は無いな、キャスター。」
 「でも聞け!
 『月王の失せし呪術』――!!
 (プロミネンス・ボルト――!!)」

 太陽の如き赤く巨大な光熱が、キャスターのウアス杖から射出された。


[No.384] 2011/05/24(Tue) 22:37:44
神王の息U (No.384への返信 / 5階層) - 咲凪

 純粋にクラスの評価を比べた場合、概ねサーヴァントの中でキャスターは最弱と評価される。
 キャスターというクラスの性質上、その能力の多くは魔術に傾いている。
 だが、サーヴァントの多くは強力な対魔力を備えている為、キャスターの攻撃の多くはサーヴァントには通用しない事になるのだ。

 これは無論、ライダーにも当てはまる。

「でぇいっ!!」

 裂帛の気合と共に振るったランスがキャスターの放った火球を切り裂いた。
 ライダー、そして後方に控えるマリナの両脇に両断された火球が炸裂し、一瞬の灼熱音と短く詰められたような爆発音、そしてアスファルトが溶けた匂いが充満する――。

「何のつもり、キャスターのマスター」
「んん?、何のつもりとは、どういう質問かな?」

 キッと自分を睨んで問うマリナに、その質問の意味を理解しながら凜土は口元に笑みを作って逆に問い返した。
 マリナの言外の問いの内容は二つ、一つはおそらくは既に教会……月から黒化英霊にまつわる話はマスターに通達している筈なのに、此方を襲ってきた事。
 これは実際にはたいした疑問は無い、むしろ当然だと思ってすら居る、異常事態とはいえ、本来の目的は「敵対するマスターとサーヴァント」を倒す事なのだから、律儀に黒化英霊が排除されるまで仲良くやっていく必要性など、無い。
 もうひとつの問いは、ライダーに対しては不利ともいえるキャスターというサーヴァントを、正面きってライダーに挑ませた事だ。
 確かに度重なる連戦でライダーは消耗していたが、それでもクラスの基本性能から来る優位性は覆される事は無い。
 マリナは相手が此方のサーヴァントがライダーである事を把握していなかった可能性を考慮したが、出会い頭に自分の名前を呼んだという事は、ある程度調べがついているという事だろう、襲撃にまで踏み切ったという事は――向こうにはライダーを打倒する手段があるという事だ。

「さすがはライダー、といったところか」
「この程度ではあるまい、キャスター」
「いかにも」

 ライダーの取るべき戦術は明白だ、接近戦での短期決着、これしかない。
 相手に対して大きなアドバンテージを持ってる事に加え、血管獣との戦いで宝具を使った事による、自らの偽りようの無い消耗がライダーの気を幾許か焦らせた。
 事実、接近戦を選んだ事も間違いでは無い、キャスターは、やはりキャスターなのだ、接近戦の名手では無い。
 キャスターの杖から二発目の火球が生成される。
 ライダーはその火球が放たれた時、その火球を切り開いてキャスターを槍にて貫くつもりであった。

 ライダーは、焦っていた。

「『月王の――』」

 キャスターの火球が膨れる、防いだとしてもその威力はマスターであるマリナには致死的な威力の筈だ、ライダーはマリナに目配せし、マリナをさらに後方へと下がらせる。

 ライダーの焦りは僅かなものであったが、それがこの致命的な判断ミスを生んだ。

「『失せし呪術』――!!」
「そこだっ!!」

 火球が放たれると同時にライダーは駆けた、
 己の消耗は甚大、ならばこの一撃で決める、そう決意した一撃は鋭く、彼の持つ対魔力の恩恵もあって容易に火の球を撃ち抜き、四散させた。
 そしてその向こうのキャスターを貫き――――いや。

「――――いない、だと」

 撃ち抜いた火球の先に、キャスターの姿は無かった。
 ライダーは咄嗟に後方を振り向いた、だがもう遅い――!!。


「えっ―――?」
「悪いね、マリナちゃん……僕が正面きって魔術師と戦うには、これが一番効率が良くてね」

 後方に下がった筈のマリナの更に後ろに、彼女にナイフを突き立てる橋口凜土の姿があった。
 マリナは勿論、サーヴァントであるライダーですら彼の移動を把握できなかった、通常の手段による移動では、ない――――。

「瞬間移動の……礼……装……?」
「あぁ」

 コホッ、と咳き込むように喀血したマリナの呟きに応えて、凜土は更にナイフを深く彼女の身体に押し込んだ。


[No.385] 2011/05/24(Tue) 22:38:14
神王の息V (No.385への返信 / 6階層) - 咲凪

「マリナ――!!」

 ライダーが怒号と共に駆ける、やせすぎで背の高いキャスターは凜土の持つ「死者の書」の力により、彼の傍らへと移動していた。
 彼の放っていた火球は、結局のところ終始ライダーに対する目晦ましであったのだ。
 マリナの事を調べる機会があったのは二度、黒い英霊と闘っていた時と、血管獣との戦いの時だ。
 この時に凜土は偵察に放っていた使い魔を経由して、彼女が治癒魔術に特化していて、本人には大きな戦闘能力が無い事が判っていた、当然そこが隙になると凜土は思い、そしてそれは間違いが無かったのだ。
 闘う力が乏しい魔術師ならば、サーヴァントではなく、マスターでも殺す事が出来る――。

「あと一息なのでな」
「キャスター、そこをどけぇ!!」
「邪魔しないで頂こう」

 キャスターの持つウアス杖から連続して火球が放たれた。
 先ほどの目晦ましの為の大きな火球では無いが、ライダーの脚を止める為にはこれが正解。
 ライダーもまた己の抗魔力を持ってして火球をものともせず突き進んで来るが、それよりも早く、凛土のナイフがマリナにトドメを刺す。
 そうすれば後は撤退するだけで良い、マスターが居なくなれば、ただでさえ消耗しているライダーはやがて消失する。

 それこそが橋口凛土の作戦、そして七貴マリナの辿る運命!。

 これでようやく一騎、サーヴァントがこの舞台から降りる、凛土もキャスターもそう確信した。

 ――――――だが。

「――い、ぅぐあっ……っ!?」

 悲鳴を上げたのは凛土の方であった。
 マリナの背中に突き立てたナイフを握る手が無数の刺し傷により出血している。

「――――ふふ、ははっ、まるでヤマアラシだな」
「どうした……うがっ!!」

 凛土の上げた悲鳴に、そちらを伺ったキャスターは一瞬目を離した隙に距離を詰めたライダーのランスに殴り飛ばされる。
 そしてライダーもまた視線をマリナの方へと向けた目を見張る、マリナの背は凛土の言葉のようにヤマアラシのように、あるいは地獄の光景の一つのように。

「マリナ――――」

 傷口から溢れた血液が、そのまま赤い剣山のように――――ヤマアラシのように、彼女の背から無数に突き出ていた。
 何時の間にか彼女の髪を纏めていた紐が解けている、髪に隠れてマリナの表情は見れない――。

「ライダー、キャスターを抑えて、マスターは私が殺すわ」
「マリナ、その傷で戦闘は無理だ!」

 刺された時に、その衝撃で膝を突き姿勢を崩していたマリナがゆらりと立ち上がる。
 マリナの表情は見えない。髪の毛は既に顔を隠していないにも関わらず、“マリナに表情は見えない”。

「大丈夫、このくらいじゃ、死なないから」

 言葉と共に、マリナは背に刺さったままのナイフを自ら引き抜いた。
 傷口から血液が大量に溢れ、マリナの服を赤く染める、紅く赤く、朱く、染め上げていく。
 その傷口から溢れる血も、やがて瘡蓋(かさぶた)のように傷口を覆った赤色の棘に覆われた、ライダーはそれをマリナの魔術と判断した。
 しかし大量出血には変わりが無い、これは間違いなく危機であったが――――同時に、マリナにとっては好機でもあった。

「赤色偽剣展開、生成――――」

 アスファルトが隆起する、いや――アスファルトにぶちまけられた、彼女の血が立ち上がり、刃の形に固定した。

「いかん、マスター!」
「1番から5番、投射」

 生成された彼女自身の血液による赤い刃が、彼女の命に従い5本、橋口凛土に襲い掛かる。
 投射された側から、赤い刃はキャスターの放った熱放射に焼き払われた。

「6番、7番、順次投射、――ライダー、キャスターを抑えて」
「……っ、心得た」

 困惑しつつも、ライダーはキャスターに立ち塞がる、
 キャスターの援護を失った凛土に再び赤い刃が遅い掛かる。

「くそっ!」

 身を捻ってかわそうとするも、凛土の腕に赤い刃が突き刺さる、続けて首を取りに来た7本目の赤い刃は死者の書の力による瞬間移動でかわした。
 凛土にとっては都合よく、キャスターにとっては幸運な事に、度重なる火球を受けたアスファルトが溶け、それによって崩れたブロックベイによりライダーとキャスターの間が刹那に分断される。

「マスター、退くぞ!」
「だけど!」

 キャスターの言葉に凛土は反論した、相手は確実に消耗している、マスターも負傷した事には変わり無い筈だ、むしろそれが回復する前に押し切るのが定石だと思えたし、キャスターもまだ宝具を使っていない。
 マリナから受けた腕の傷の痛みが凛土を熱くさせている事もあったが、キャスターは冷静だった。
 確かに宝具を使えばライダーを押し切る事が出来るかもしれない、ライダーは恐らく二度目の宝具の使用に踏み切るだろう、相手の消耗を考慮すれば宝具の勝負に分があるのはキャスターだ。
 だが、キャスターの宝具は大軍宝具、一度に要する魔力が大きい、これを防がれた時点で、キャスターの勝ちは無くなると言って良い。
 それほどの賭けをする程の価値は、今回の襲撃には無い――――まだ好機はあるとキャスターは判断した。

「流れが変わっているのだ、立て直す機会も今しかない」
「くっ……」

 凛土は、キャスターの献策に従う事にした。
 ブロックベイの向こうで聞こえた声、そして気配が消えるのをライダーは察知したが、彼は自らの消耗とマリナの大量出血を想い、あえてこれを追う事をしなかった。
 それに、いかにライダーとはいえ瞬間移動をする相手を追う事は出来ない、敵の気配が消えると同時に、ライダーは主であるマリナに駆け寄った。

「マリナ!!」
「――――…………血が足りないだけ、生きてるわ」

 マリナもまた、凛土達が退散したのを感じ取り、静かにその場に膝を着いた。
 ライダーが彼女を支えると、マリナの背に広がっていた血液の棘がボロボロと崩れていった。
 そしてそのまま、マリナは気を失った。


[No.386] 2011/05/24(Tue) 22:41:44
少女偽曲X (No.386への返信 / 7階層) - アズミ

 そして、少女の前にアムフォルタス王は傅いた。
 その傍らには、老騎士グルネマンツ。否、彼だけではない。傷ついた王に従い続けた勇壮なる聖杯の騎士たち。

――彼女の、騎士たち。

 騎士たちが彼女を讃える。

「王の罪は贖われた……奇跡だ!
 この上ない奇跡が行われた!」

 王の傷は癒され、全ての罪は購われた。邪悪は呪いにより退けられ、ここに聖杯を継いだ新たな王が誕生する。

 かつて、それを分不相応な虚構だと少女は自嘲した。
 これは幸福な夢だ。だが、故にこそ虚しい。
 自分には何一つ出来なかったことが、此処には全てある。

 大恩ある王は苦痛の中に倒れ、王どころか騎士道さえ貫けなかったこの身は友を見殺しにした咎に苛まれたまま、失意の内に修道院で朽ちた。
 この虚構は、そんな自分には余りにも眩しすぎる。この身の全ての罪を照らし出すように。

「王よ、我らが王!聖杯の王よ!」

「貴方は救済者を救い給うた!」

 ……やめろ。
 やめてくれ。
 少女は悲鳴を上げる。

 なぜ、こんな偽りを被せるのだ。
 私は何も出来なかったのに。
 王を救えなかったのに。
 なぜ、こんなにも眩い輝きを当てるのだ。なぜ私に深い罪を思い出させるのだ。

 やめてくれ。どうか。どうか。

 この卑しい女を、放っておいてくれ――……。





 ランサーは、薄暗い部屋の中で目を覚ました。
 決して柔らかいとは言えないソファから身を起こし、視線を巡らせる。
 彼女の記憶が確かなら、そこは市内中心部にほど近い、アパートの一室。康一が用意したセーフハウスの一つだった。
 ここに向かう途中、車中からの記憶が無い。消耗しすぎて意識が途切れていたのか。

「――目、覚めたか」

 すぐ傍から、主の声がした。
 康一は昨晩そうしていたように、傍らで籠手を外したランサーの手を握っていた。
 慌てて、我知らずしかと握っていたその手を放す。

「も、申し訳ありません、主。ご迷惑を……」

「別にいい。随分魘されていたみたいだが……身体の調子はどうだ?

 言われて、ランサーは己の身体……高密度の魔力で構成されたエーテル体の状態を確認する。

「……宝具の使用は、まだ無理なようです」

 つまり、依然守勢に回るべき状態ということだ。

「宝具の不調は一刻も早く解消しなくてはならない。
 ……ランサー」

「――は」

「お前の真名を、教えてくれ」

 ランサーは押し黙った。
 名乗ったではありませんか、と韜晦しなかったあたりに彼女の生真面目さと賢明さが垣間見れた。

「……だいたい見当は付いている。真名も、真名を隠した……いや、認めなかったお前の気持ちも」

 自覚し切っていたわけではない。出来れば否定したくさえあった。

「だが、今は必要なんだ。お前の口から聞かなきゃならないんだ。
 お前のもう一つの真名を」

 嫌だ、という従僕にあるまじき拒絶の言葉が口を突きかけて、飲み込んだ。
 自分は、円卓の騎士パーシヴァルなのだ。為すべきことを為せなかった愚か者。
 惨めな敗北者たる自分は、谷を駆け抜ける者(パーシヴァル)でなければならないのだ。
 だというのに。
 康一は、その名を口にした。

「パルジファル」

 聖杯の王。
 傷を癒した者。
 自分には分不相応な、虚飾。

「清らかなる愚者(パルジファル)。
 ――……それがお前の真名のはずだ」

 不調なのは当然なのだ。聖槍は『円卓の騎士パーシヴァルの宝具などではない』のだから。
 パーシヴァルは、かつて漁人の王の城で、聖杯と共に聖槍もその目にしているが、その手に掴んだことは一度もなかった。
 彼女の本来の宝具は、腰に差した『選定する聖杯の剣(ソード・オブ・グレイル)』。主を聖杯の元へ導く鍵剣である。
 聖槍を振るったのはパルジファル。虚構の中の聖杯の王。

 本来、英霊はその身が虚構であるか真実であるかなど問題にしない。纏う人々の祈りさえ確かなものであれば。……名の響きの違いなど、当然問題ではない。
 しかし、パーシヴァルとパルジファルはその意味さえ異なる。パルジファルとはアラビア語で清らかなる愚か者という意味。彼女の美徳を示した栄誉を得るにふさわしい『資格』でもある。
 言霊を違え、意志で拒絶した真名では、人々の祈りを繰ることは出来ない。

 恐らく、ランサーの不調はそういうことだろうと康一は推測した。

「ほんの些細な、ボタンの掛け違いのようなズレだ。俺なら、それを修正できる」

 お前が、認めてさえくれれば。
 康一の言葉が、錘のようにランサーのか細い肩にのしかかった。

 ランサーは、震えた。
 大木を素手で引き抜き、武装した屈強な騎士を叩き伏せるその身体が、まるで呪いに縛られたように竦み、動かない。
 両の腕でその細い身体を抱き締め、少女のように怯えた。

「主、私は――……」

 何を口にすればいい。認めればいいのか。謝罪すればいいのか。違う。そのどちらもしなければならない。だというのに、この唇は震えるばかりで一向に言葉を紡げない。
 言葉を続けられぬまま、1刻が過ぎた。

「……見張りをしてくる。ここで休んでいろ」

 康一は、瞑目すると立ち上がり、部屋を辞した。
 その表情に失望はなかった。どこか申し訳なさそうでさえあった。

「あ、主――……あぁ……」

 あぁ。
 悪いのは、この身なのに。
 瑣末な拘りに身を縛られる、この卑しい女なのに。
 それでも、ランサーは動けなかった。それを認めてしまえば、何かが決定的に壊れてしまうと思った。
 人々の祈りに編まれたこの身にとって、『それ』はそれだけの重みがあった。

「主……」

 無機質な部屋の中で、少女は震えた。
 かつて抱きとめてくれた乙女は、ここにはいない。


 仰いだ王は、もう歴史と虚構の彼方なのだから。


[No.387] 2011/05/24(Tue) 22:42:26
血宴の絆T (No.387への返信 / 8階層) - アズミ

 彼の生きた時代からすれば珍しくもないことだが、セイバーには学が無い。幼少の頃、近藤家に預けられてからずっと剣を振ることばかりしてきた。
 ただ、常時に殺し、死にかけてきた人生ゆえにか。彼は極限定的な医療、殊に生き死にが関わる傷には非常に勘が冴えた。

「うーん、これは……」

 だからして、目の前で震える子犬が、命の危険だけはないことは一目で察することが出来た。

「きっと傷んだものを食べちゃったんだね。ちゃんと吐きだしてるし、元気のつくものを取ればきっと大丈夫だよ」

 子犬を抱いた女の子に微笑んで、小さな命を撫でてやる。
 小学生が学校帰りに捨てられた子犬を拾ったという、ありがちな話だ。『小学校』という施設の有無を除けば彼の生前もよくあったほどの。
 女の子の表情がぱあ、と輝いた。

「ありがとう、お医者さん!」

 セイバーは苦笑する。お医者さんどころか、本当はそのお医者さんに人一倍世話になった方なのだが。

「本当に飼うなら、ちゃんと本物のお医者さんに診てもらうんだよ」

 手を振って去っていく女の子をそう言って見送る。
 きっと彼女とあの子犬の行く先にはまだたくさんの障害があるだろう。
 彼もかつて屯所で飼っていた豚を世話したことがあるが、一頭の動物を飼うというのは存外に手間がかかる。
 女の子の親はきっと反対するだろうし、そのことを彼女も解っているだろう。その上で、失われていく命を見捨てない優しさは、未熟だが尊い感情だ。
 鉄火場に生きて死ぬ宿命にありながら、沖田総司はこうした面で修羅に成りきれぬ男だった。否、修羅の面を被りながらその内に菩薩を秘めることの出来る男――と言った方が正しい。
 だからこそ。

「――……お待たせしました、ランサーのマスター」

 必要とあらば、命を愛でた次の瞬間に命を奪う側に回ることが出来る。

「いや、いいさ――」

 セイバーはその柔和な笑みを崩さぬまま、いつでも頚を落としにかかれる備えをして背後の康一に振りかえった。

「――……どうせ、いつでも始められる」





 康一とセイバーは、言葉一つ交わさずに街を並んで歩いていた。
 別にどこを目指していたわけでもないし、ついて来いと指示したわけではない。
 ただ、互いにいつ相手が心変わりをしてもいいように場所を変えているだけだ。

 ……つまるところ、いつ殺し合いが始まってもいいように。

「ランサーは呼ばないんですか?」

 間合いは1m弱。セイバーならば康一が何か行動を起こす前に絶命させられる距離だったが、康一はサーヴァントを呼ぶどころか武器を準備する素振りさえ見せない。
 Yシャツにスラックス姿になっているセイバーはしかしサーヴァント故に即座に元の姿に戻ることができる。佩いている太刀とて然り。しかし康一の得物である『糸』は見た限りでは展開に僅かながら時間がかかるハズだった。

「必要になったら、呼ぶさ」

 語る康一の口調は、あくまで冷ややかだ。一分の動揺さえ含まない。
 何かセイバーの一撃を往なす手段を用意しているのか。あるいは、後の先を取って殺す手段を。
 で、なければ――。

「……白状するとね。今戦いたくはないんです。積極的に戦えという命令は受けていないし、貴方を――」

「殺すわけにはいかないんだろう?知ってるよ」

 あぁ。やはり、悟られていたか。
 志摩康一を殺してはならない。これだけは、空涯に厳命されていた。彼の身体に何らかの用があるらしい。
 殺さずに捕らえることは許可されているが、それは手段として幾許か速効性が落ちる。康一に一つか二つ、致命的な反撃を許す程度の隙を作るだろう。

「……俺だって、戦いに来たわけじゃない」

 如何に魔術師とはいえ、康一がサーヴァントを殺す手段を持っているとは考え難い。本心だろう。

「じゃあ……そこの角でお互い別れるというのはどうでしょう」

「悪くないな」

 目の前の丁字路を示す。線路の高架に阻まれ、細い道が左右に分かれていた。
 突き当ると同時、康一は左に、セイバーは右に折れ、進んでいく。
 それぞれ3mほど歩いたところで、列車の通過する喧しい音が、ビル壁と高架の間に乱反射し、路地は騒音に満ちた。


――その瞬間。


 セイバーの刀が康一の左腕を飛ばし、康一の『糸』がその刃を絡め取る。

 両者の唸りも呻きも、全ては列車の足音に掻き消された。


[No.388] 2011/05/24(Tue) 22:43:03
血宴の絆U (No.388への返信 / 9階層) - アズミ

 たった数mの間合いが、セイバーの必殺の剣を鈍らせた。
 まるでステップでも踏むように飛び退く康一を、セイバーは追撃しかけて踏みとどまる。
 気付いたのだろう。己と康一の間に張り巡らされた、幾重にも張り巡らされた『糸』の結界に。
 無論、今さっき張ったものではない。直接相対した状態ではそんな隙は流石になかった。これらは昨日日中、七貴邸へ戻る途中に用意しておいたものだ。ちょっとした操作でビルとビルの間に展開されるようになっている。

「今戦いたくはないんじゃなかったのか?」

「だからといって取れる首を取らないのは、流石に怠慢ですから」

 言葉を交わして、お互い不敵に笑った。
 康一は即座に踵を返し、走る。とにかく距離を詰められないことだ。罠はたんまりと用意してある。セイバーが人目を恐れて切り上げるぐらいの時間は稼げるだろう。

「備えあれば……か」

 一瞬だけ振り向いてセイバーの様子を確認する。
 如何にサーヴァントとはいえ、身体と同じエーテルで編まれた『糸』に刻まれてはノーダメージというわけにもいかない。恐るべき速度で刃を振るって距離を詰めようとするが、まだ僅かに康一の移動速度の方が勝る。
 高架を抜けて商店街へ出る。ここまで来れば流石に人目を恐れて手出しを控えるだろう……と算段したのだが。

(甘かったか……!)

 商店街に人気が無い。
 人払い?まさか。いくら寂れた商店街でも、昼間から店主も客も全くいないなどという自体が通常、あるはずはない。
 鼻腔を突く僅かな血臭で気づく。

「――野郎……!」

 空涯の姿が見えないと思ったら、思い切った手を使ったらしい。
 そうだ。目撃者が怖いなら、まとめて消してしまえばいい。ショッピングモールに客を取られ、立地上交通の要所でもない萎びた商店街である。せいぜい店主や通行人、含めても30人に満たないだろう。

 全て殺したのだ。

 ある意味でそれはとても魔術師的に賢明で、ある意味で聖杯戦争の常道だった。

(反吐が出る……!)

 とはいえ、これで状況はかなり危険になった。敵はセイバーだけではない。空涯が近くにいるはず。
 背後から迫るセイバーを牽制しながら、何処にいるともしれぬ空涯の攻撃に備えなければならない。
 好材料は一つだけ。どうやら未だ、空涯は康一を殺す気はないらしい、ということのみ。

(盾が自分の命だけ、とはな……!)

 愚痴っても始まらない。とにかく牽制を続けながら人通りの多い場所まで――

「疾ィィィッ!!」

 けたたましい破壊音を轟かせて、セイバーが突撃してくる。――八百屋の中から!

(くそ、壁をぶち破ってショートカットしたか!)

 主がいないのだ、そんな無茶も当然効く。
 障害物を蹴散らしながらの攻撃だったため難なく回避。しかし、大幅に間を詰められた。

(拙い――……!)

 セイバーが必殺を期して突きを放ってくる。身を捻ってかわそうとするが、その剣は届くまでも無く阻まれた。

「ランサー!」

 アーケードの上から飛来したランサーに!

 ギィィィンッ!と耳を覆いたくなるような金属音をたて、刃と刃が激突する。

「主はやらせん!」

「はッ、そうこうなくっちゃあ!」

 昨日の焼き直しのような撃剣が始まる。
 しかし、動きこそ同じでも今回のランサーは魔力という根本的なリソースが消耗している。消耗、という点では瀕死の重傷から24時間も経たぬセイバーとて同じであるはずだが、どうやらランサーのそれのほうがよほど深刻らしい。
 徐々に圧され、ついには切り払いを抑えた際にそのまま康一の方まで弾き飛ばれてきた。

「ランサー……この馬鹿野郎、なんで来た!」

 康一は思わず悪態を突いた。
 空涯は康一を殺す気はないようだが、ランサーに関しては躊躇なく仕留めるだろう。まかり間違ってもランサーが矢面に立つような状況だけは避けて、ここまでセーフハウスから引き離したというのに!

 しかし、ランサーもそうした事情は全て汲んだうえでの行動だった。

「騎士が主の危急を捨て置くわけには参りません……」

 頑として取り合わず、ランサーは立ち上がった。

「もう二度と――主を見捨てるような真似だけは、断じて出来ません!」

 その瞳には強い戦意がありありと見えたが、それで消耗が補えるわけではない。次の一合は保たないだろうと康一は踏んだ。

「――……美事な意地、と言いたいところですが」

 セイバーが剣を番える。
 今のランサーに無明剣を避けるだけの体力は無い。念には念を、ということか。

「無為ですね。護れなかったものを、取り戻すことなんか誰にも出来ないんですよ」

 その視線は普段の柔和な笑みからは想像もつかぬほど、冷ややかだった。まるで突き刺さりそうなほどに。

「それとも、替えが効くんですか?
 護りたかった、貴方の主とやらには。
 ――それとも」

 同時に、どこか悲壮な響きがあった。まるで自分の臓腑を抉るように。

「それとも、その忠義は。
 相手など誰でも良くて。
 貴方自身の自己満足からくる、卑小な誇りなんですか?」

「――――ッ!」

 ランサーが歯噛みしたのを合図にしたように、沖田が突撃する。


――殺られる!


 康一の脳裏に剣槍に貫かれるランサーの姿がちらついた瞬間、彼の冷静さは粉と砕け散った。


「偽――」
 (スピア・レプリカ――)


 『切り札』を懐から引き抜いた。それは槍の穂先。ランサーを召喚する際に使用した、あの媒体。

 聖槍ロンギヌスのレプリカ。


「――神殺槍U!」
 (――テスタメント!)


 稲妻のように空間を引き裂いて、砲弾と化した穂先がセイバーに激突する。

「ぐッ――!?」

 辛うじて剣で受けた。が、聖槍は構うことなくセイバーを圧し切り、その愛刀を弾き飛ばすとアーケードの壁に叩きつけた。

 人の身で使える……即ち、『現存する』宝具というものは数が少ないながら、確実に存在する。
 そしてそれが極めて著名な品であれば、長い歴史の中で数多の贋作が作られ、中には極めて精度の高い代物も存在し得る。
 この槍も、その一つ。
 神殺しの属性が付加された、攻撃面に限り完全に再現された攻撃宝具。

「逃げるぞ、ランサー!」

 康一は叫んで、ランサーの手を取った。強力な攻撃宝具ではあるが、あくまで専門は神殺し。およそ神性とは程遠い沖田総司には必殺とは成り得まい。
 ランサーはとくに異論をはさまず、主に付き従った。
 今はともかく、距離を稼がなければ。

(――見ているな、空涯……!)

 それも、いつでも殺せる位置から。
 康一はあの憎い男の掌で踊っていることを自覚し、歯噛みした。


[No.389] 2011/05/24(Tue) 22:43:40
神王の息X (No.389への返信 / 10階層) - きうい

 「……。」
 「……。」

 高層マンションの一室。
 男二人が項垂れて食事をしている。

 いつもは

 「海苔サイコー!」

 などと喚くキャスターも、鎮痛な面持ちでコンビニおにぎりをパリパリ言わせている。

 三角巾に吊るされた橋口凛土の右手が、事態の深刻さを物語っていた。

 彼らには、治癒術がない。
 いや、治癒術どころか魔術といえるようなものは橋口凛土にはおよそ無かった。

 今回のライダーとの戦いにおいては、出来うる限りの最善を並べた。
 消耗を待ち、陽動をしかけ、マスターの虚を突きナイフを突き立てるところまで成功した。
 それで敗北したのだから、凡そ為す術が無い。

 キャスターはキャスターで凹んでいる。

 英霊とは言え、人類由来の(今回のライダーに関してはその認識も正しいとは言えないが)存在に、ああも防御されきるとは。
 「目くらまし用に制御していた」というのも言い訳にはならない。

 英霊の魔術防御力を舐めていた。

 消耗したライダーに対してさえダメージ無しなのだから、他のクラスとの戦闘など……。

 つまるところ、彼らは魔術においても戦闘においても素人だったと言わざるを得ない。
 彼らはただただ無為に敗北するために参加したようなものだったのだ。


 「……。」
 「……。魔力が足りん。」

 ポツリと言ったのはキャスターだった。

 地球圏外の生命体を由来とする『キャスター』は、その最盛期には地球の抑止力を発動させるほどの力を持っていた。
 今は西欧の田舎騎士一人粛清できない。
 王様は、大いに大いに不満である。

 「わかってるけどね。」

 魔術回路を体内に持つとは言え、凛土の『本性』は考古学者だ。魔術になど大した興味は無く、そんな暇があれば史跡の一つでも見に行きたい。
 彼が聖杯に望むのも、「人類に関する全ての事実の記憶」。
 考古学を完成させるチャンスが巡って来たのに、考古学が好きすぎるせいで夢を阻まれるのはどうにも納得が行かない。

 「魔力って何だろう。」
 「……。」

 サーヴァントのマスターらしからぬ言葉が橋口の口から出たのを聞いて、キャスターは深い深いため息をついた。

 「我らのピラミッドにでも行くか?」
 「調べてる時間は無いね。」
 「バーサーカーから貰って来るか?」
 「僕の体には合わんだろう、圭司君の仙術は。」
 「注文の多い男だ!」
 「悪かったね!」

 はぁ。

 二人してため息。

 彼らが敗北した七貴マリナには、確かな経験があった。
 自らの血液を刃と化す魔術。それを澱み無く行なえる才能と経験が。つまるところ、魔術の『地力』があった。
 橋口には『死者の書』しかない。

 「時間をかけることはできない。」

 聖杯戦争は既に始まっている。仮令魔術の習得に時間をかけることが可能だったとしても、七貴マリナを初めとする他のマスター達も『同じ時間の分成長する』。彼らモノホンの魔術師に追いつけるかどうかは甚だ疑問だ。

 「老人が若者に勝とうと足掻くな。醜い。」

 キャスターは橋口の悩みを一蹴した。

 「どうしろって言うんだ。」
 「老人は、若者に勝つのではない。
  彼らが生まれたときから
  『既に勝者として君臨していなければならないのだ』。
  今持てる力でその地位を守るために足掻くのが、大人の役目である。」
 「僕には何も無い。」
 「この我を引き当てたではないか。」
 「……。」

 確かに、英霊は数あれど『太陽の力をそのまま引っ張り出せる』存在は数少ない。そこまでいくと、大抵は英霊ではなく神か邪神の類になってしまう。
 そう考えると、『太陽王』アメンホテプ4世は、キャスターとして召喚できる存在の中では、跳びぬけたポテンシャルを持っているといっていい。それは橋口にも分かる。
 キャスターが己の力を最大限まで使うことができれば、焼けぬもの、干からびぬものはこの地上に存在しない。

 となると。

 「やっぱり僕の魔力不足が原因なんじゃないか!」

 キャスターの『宇宙の力の召喚』が行なえないから、あまつさえ『死者の書』でさえ瞬間移動の媒体にしか使えないから。
 橋口に魔術師たるだけの力が無いからこんな事態になっているのだ。
 堂々巡りではないか。

 「だから言ったであろう。
  『ピラミッドにでも行くか?』と。」

 キャスターが己のマスターを見下ろす。

 「……盗掘しろっての?」
 「考古学者はそれが仕事だろがアホンダラ。
  そもそも、我が我の忘れ物をとりに行くことを、『盗む』とは言わん。」
 「いや、君の副葬品はもうとっくに盗られまくってるけど。」
 「エジプト考古学美術館。」
 「犯罪だから。」
 「何を今更。」
 「……英霊って戦闘区域外に出られるんだっけ?」
 「何だったらその間は死者の国で待ってるからお前一人で取りに行けばいい。」

 ふん、とキャスターは胸を張る。

 「結局付け焼刃かぁ。」
 「装飾は王の嗜み。恥じるところなどあるものか。
  それにピラミッドは我ら歴代の王(ファラオ)の墳墓、永遠の座。
  余人はともかく、我のマスターたるお前と、その『死者の書』。
  墓の中で一晩も星が巡れば、お前如きでは手に負えぬほどの魔力が溢れるわ。」
 「圭司君には連絡をしておくか。」

 劃して、作戦名『精神と時の部屋』発動。

 その日、エジプト考古学美術館にて、荒されまくっていた自分の遺体を見て大泣きするファラオの姿が防犯カメラに写っていたとか、いないとか。

−−−−

 「不器用な兄ちゃんだ。」

 橋口圭司はため息をついて携帯電話を畳んだ。

 「キャスターのマスターは何と。」
 「『暫く家を空ける。凄いお土産を持って帰るから楽しみにしといて』だと。」

 廃モールは要塞化が徐々に進んでおり、バッテリーによる明かりも点いていた。
 水道は通っていないが、代わりに給水器を持ち込んでいる。
 食料置き場、寝床も、粗雑なりに確保されている。

 「油断なりませんね。
  何となれば、彼のマスターは、貴方に恨みを持っていてもおかしくない。
  しかも一度この砦を見ています。」
 「それはいい。」
 「いいのですか。」
 「いいんだ。それより服を着ろ。」

 橋口圭司の前には、バーサーカー、扈三娘と孫二娘がそれぞれ一糸纏わぬ姿で立っていた。

 「いや、もう一周して来ようかと。」
 「恥じろ!」
 「魔力の供給が必要ですので。」
 「だったら召喚すんな梁山泊を!」

 彼女らの後ろには、体液まみれでどろどろになっている、打倒橋口凛吾を目指す同志たち死屍累々。

 「暇なときにはこれしかすることが。」
 「馬鹿者がー!」

 圭司の構えた三尖刀が、同志たちに消火栓さながらの強烈なシャワーをお見舞いした。


[No.390] 2011/05/24(Tue) 22:44:28
暗く蠢くU (No.390への返信 / 11階層) - ジョニー

「ちわー、天川からのお届け物でーす」

 そんな第一声と共に締め出しを喰らった人物が、ドンドンと扉を叩く音が響く。
 つーか、迷惑だ。此処はホテルだぞ。廊下で此処を開けてなどと叫ぶな。

「はぁ、で何の用だ?」

「いやいやいや!何の用は酷いよ、勇治様ぁ!?
ぬぁ、つばぁ!!?」

「てゆーか、この子誰です、ご主人様?」

 勇治が再びドアを開けて招き入れると同時に勇治に掴みかかり、あっという間にアサシンの呪術で床に倒れ伏す少女。
 なんというかギャグ漫画のような展開だった。アサシンの冷たい視線が洒落にならんが。

「あー、天川分家の高原の娘。一応、俺の幼馴染だ」

 敵じゃないから呪うのやめてやれという主の言葉に、渋々引き下がるアサシン。

「幼馴染、なんですかその美味しい立場は。フラグですか、フラグなんですかー」

 アサシンが怖い。
 ぶつぶつなにか呟くアサシンに恐怖を感じながら、勇治は床に這いつくばった少女に目を向ける。

「う、うぅぅ……あたしの扱いが酷過ぎる」

「言ってないで、さっさと起きろ。あとちゃんと挨拶ぐらいしろ」

 呪いが止んで、よろよろと立ち上がる。
 なんというかまるで生まれたての小鹿のような消耗具合だ。流石は日本三大妖怪の呪いである、明らかに軽くやってたのにこれか。

「うぅ、えーと…勇治様のサーヴァントのアサシンだよね。あたしは高原美弥子、此度は勇治様に用意しろって言われた道具一式を持ってきました」

 ぺこりと頭を下げて挨拶する美弥子。

「道具?」

「あぁ、此処に来た時は聖杯戦争なんかに巻き込まれるとは思ってなかったからな。そこまでの装備はしてこなかったんだ。
とはいえ、こうして参加する事になったから万全を尽くす為に装備や薬なんかを補充を頼んだんだ」

 なるほどとアサシンは頷く。
 万全の状態で参加した他のマスターと比べ、勇治は如何にも急造である。せめて装備一式だけでも完璧に揃えようとする当然だろう。

「で、これが用意した家の鍵ね。お父さんの名義だから一発で勇治様に辿り着く事はないと思う」

 高原が天川の分家って知っているならともかく。と言って鍵を手渡す。
 これも勇治が言って用意させたものの一つだ。さすがに何時までもこのホテルを拠点とするわけにはいかない。仕方なかったとはいえ、ライダー達にこの場所を知られたのだから早いうちに拠点を移す必要もある。
 そういう意味では美弥子の到着はいいタイミングだったと言える。

「売りに出されてた一戸建てを買い取って、ちょっと裏から手を回したから明日の昼前にはもうライフラインも整ってるはずだよ」

 家具や食器なんかも最低限揃えておいたからと美弥子は続ける。
 なんかアサシンが嬉しそうに目を輝かせている。変わり身が早い。

「一戸建てにご主人様と一緒にお引っ越し。
キャー!まるで新婚夫婦みたいです!」

 両手で顔を覆って恥ずかしそうにしてるが、逆に尻尾は嬉しそうにぶんぶん振られている。
 そんなアサシンを生温かい目で見ていると、ふと何かを思い出したように美弥子がポケットからあるものを取り出す。

「そーそー、忘れてた。此処に来る前にちょっと戦い目撃して、その跡地から拾って来たんだ」

 そう言って美弥子が差し出すのはローブを被り杖と本を持った老人の描かれたカード。キャスターのクラスカードだった。

「クラスカード!? これは、キャスターのか」

「これでしょ、今勇治様達が集めてるのって」

「あぁ、そうだが…どうやって」

 どういう経緯で手に入れたか詳しく問いただそうとした、次の瞬間には3人して窓のもとに走って外を見る。

 混血の勇治と美弥子、そしてサーヴァントのアサシンが同時に感じ取った嫌な気配。
 窓の下、ホテルの裏路地に一人の若者が立っている。まるで見せつけるように。

「……美弥子は希を頼む、行くぞアサシン」

「りょうかい」

「任せてください、ご主人様!」







 勇治とアサシンがその場に付いた時、待っていたとばかりにその男はいまだにそこにいた。

「カカッ、思ったより早かったの」

「何者だ?」

 見た目と異なり、老人のような口調。
 違和感が酷い。その口調ではなく、その身に纏う気配は年経たものだ、故にその若々しい姿と声にこそ違和感が生じる。

「加賀宗造。この地の聖杯戦争を起こしたものよ」

 その言葉に勇治とアサシンが内心反応するが、外には微塵も出さない。
 此処の手の輩に内心を悟らせるのは危険だと知っている故に。

「それで、その加賀宗造が何の用だ」

「なに、小僧。ぬしらの持つクラスカードを渡して欲しいのよ」

「……渡すと思っているのか?」

 年老いた魔術師は危険だが、此方にはサーヴァントがいる。
 少なくともサーヴァントの気配はアサシン以外にはない。工房の外である此処で実力行使に出る可能性は低い。

「カッ、まぁ思わんよ。なに身内への仕置きに出たついでよ。今日のところはいずれ受け取りに来るという宣言だけよ」

「……憐れですねぇ」

 それまで黙っていたアサシンが唐突に口を開いた。

「そんなになってまで生きたいですか」

「カカ、当然よ。「」に辿り着くまで滅びぬよ」

 すっとアサシンの目が細まり、想像を睨む。

「まぁどうでもいいですけど。そんな死臭に塗れた存在で、ご主人様に近づかないでくれます?」

「クカカッ、嫌われたものよ。それはそうと、ぬしらと協力関係にあるランサーとそのマスターが危機に陥っておるぞ」

 ピクリと勇治が反応する。
 何故なら彼らには希を助けてもらった恩がある。

「どういうつもりだ?」

「なに、この場を見逃してくれということよ」

 胡散臭い、信用できない。可能ならこいつはこの場で殺すべきだ。
 だが、ランサー達を見捨てるわけにはいかない。

「カカッ、等価交換成立よな。向こうに行くがいい、アサシンならばすぐに補足できるだろうて。
安心せい、今日のところはこれで退散する。ホテルの中の者には手は出さんよ」

「………アサシン」

「…………分かりました、ご主人様」

 アサシンが呪術による護りをホテルに施し、二人は駆け出して行く。


「カッ、甘い事よ。故に利用のしがいもあるがの。
弓よ、分かっておるな……アサシンとランサーには手を出すな、標的は空涯の若造とそのサーヴァントのみよ」

 そう言い残し、宗造はその姿を消した。


[No.391] 2011/05/24(Tue) 22:45:10
少女偽曲Y (No.391への返信 / 12階層) - アズミ

 床いっぱいに広がる『水面』の上に、セイヴァーは佇んでいた。
 血のような色であるが、血ではない。血に肉は溶け込まない。
 血に人間が呑みこまれることなど、あってはならない。

「ぎ――が……っ……ぐぁ……」

 足元で、写真屋の店主が溶解していく。魂を手放し、単なる魔力となって宝具の中に投じられていく。
 セイヴァーはその様を物憂げに眺めながら、背後に生じた気配に振り向きもせず声をかけた。

「……来たか、空涯」

「これは貴様の謀りか、セイヴァー」

「あぁ」

 包み晦ますことなく、異装のサーヴァントは主の問いに答えた。

「どうせ、明日にはここもイレギュラーに喰われていた。……ならば、我らの礎にしてやっても構うまい」

「そんなことはどうでもいい」

 従僕の……エゴに塗れたりとはいえ人間性を感じる弁解を、しかし主は非人間的に「そんなこと」と切って捨てた。

「ランサーは捨て置けと言ったはずだ」

 あぁ、そっちか。とセイヴァーは肩を竦める。
 否、志摩空涯がこういう人間であることはとうの昔に承知の上だったはずだが。……セイヴァーは己が大概、身勝手な人間であると自認しているのだが、この男は――あるいは魔術師というものは、人でなしさ加減において次元が違う。

「黒化英霊は質が落ちる。所詮は粗悪な模造(コピー)……いや、映身(シャドウ)か。
 ともあれ、7騎放りこんでも聖杯を満たすには聊か足りん」

「正規のサーヴァントが2、3人倒れねばならないことは理解している。
 何故、ランサーなのだ」

「イレギュラーの成長が予想より早い。聖杯戦争の進行を急がねばならん。弱ったヤツではアレに対しての戦力足り得まい」

 セイヴァーは空涯に向き直った。ことこの一件に関して、彼とマスターの利害は今ひとつ一致しきれないことは理解していた。

 セイヴァーは聖杯戦争を進めたい。その為にランサーを仕留める気でおり、その上でマスターの意に沿うには志摩康一を捕らえ、その身体を空涯に奪わせなければならない。
 だが戦闘に特化した魔術師一人を虜にするというのは容易なことではない。空涯が不服なのはそこだ。『志摩康一が生きてさえいれば目的達成には不足が無いのに』、余計な危険を冒すことになる。多少聖杯戦争の進行が遅れてもそれは避けたいリスクだったのだ。

「――……いいだろう」

 折れたのは空涯だった。
 先刻の無様な逃走からすると、あのサーヴァントには何か単純な消耗以上の不調があるようだ。で、あれば聖杯に辿りついた『先』に取って置く必要はない。

「セイバーが奴を倒せばそれで良しとする。
 で、なければ――」


 ぐずぐずに崩れた被害者の身体が、とぷんと『水面』に沈んで消えた。





 『糸』を引くと、ランサーが保持した義手が吸い寄せられるように傷口に接触する。
 然るべき装置も助手もいない荒っぽい治療に剥き出しの神経が悲鳴を上げるが、苦悶している時間は無い。康一はマリナのそれに比べれば遥かに劣る魔術で傷口を塞ぎにかかる。 
 どうにか表皮が癒着し始めた頃、ランサーは口を開いた。

「……何故、私を呼ばなかったのです、主」

 主従を結んで三日目。彼女が口にした中で初めて、主を咎める響きを持つ言葉だった。

「奴を遠ざける為に移動していたのは解っています。
 何故!私を護るためにそのような無茶を!」

 サーヴァントは、否。騎士は主を護るもの。どんな名誉も武勲も、主君を護れなければ意味が無い。仮令、世の全てが騎士を讃えたとしても己の心が騎士を弾劾する。
 誇りは、地に落ちる。ランサーはそれを痛いほど知っていた。

「……言ったぜ、ランサー。
 俺なんかの為に命を懸けるなって」

 暫し瞑目し、やがて観念したように康一は首を振った。
 そろそろ決着をつけるべきだろう。セイバーにまで指摘されたのが、一つの転機だ。

「ランサー、俺はお前の主君にはなれない。お前の忠義を捧げるに足る主じゃあない。
 そんなものを護り切って。聖杯を手に入れて。それでお前の名誉は回復されるのか?
 いや、そもそも――」

 セイバーが指摘した通りだ。
 ランサーの誇りとは、自己満足から来るものなのか。卑小かどうかはさておき、己の中に定義されればそれでいいものなのか。
 違う。
 あのアーサー王を前にした時の慟哭を聞けば、違うように思った。

「――……」

 押し黙るランサーに続けた。

「そもそも。お前の『主』に代わりはあるのか。お前の主君は、アーサー王だけじゃあないのか?」

 騎士としての生き方が問題ではないのだ。
 ランサーは、かの騎士王に、彼女を騎士の華と讃えてくれた乙女にこそ忠義を捧げた。
 否、もっと単純に。

「――護りたかった」

 ランサーはぽつりと言った。

 大切な人を。
 憧れた人を。
 ただ、護りたかった。
 少女の全ては、その想いで出来ていた。

「その通りです、康一。
 私はアーサー王を……アルトリア様をこそ護りたかった。あの方の為にこそ聖杯を捧げたかった」

 なればこそ、彼女は己の名誉に何の意味も見出さなかった。
 彼女が欲しかったのは、「アルトリアを癒した」誉れなのだ。架空の王でも見も知らぬマスターでもない。
 だから、ランサーの戦いはとっくに終わっていたのだ。不名誉は、雪げないことが確定していた。

 彼女の王は。
 アルトリアは死んだのだから。
 あのカムランの丘で。

「……ランサー。終わりにしてもいいんだ」

 康一は言った。
 それは決定的に彼の命運を断つ選択だったが、この魔術師はそれを躊躇わない。
 マリナの協力を辞したのと同じ。それが通すべきものなら、この男は己の命さえ切り捨てて筋を通す。

「お前の聖杯戦争は、もう終わってもいい。ここで降りたって、構わないんだ」

 ランサーの求めるものは、もう聖杯ですら手に入らない。この聖杯戦争に、意味などない。
 ならば、もう傷つく意味もないだろう。疲れ果てたその命を、削る意味などないだろう。
 ここで、降りてもいい。康一はそう言った。

 この状況でそれをすれば。
 彼の行く先は決まっているのに。

「――あなたは、似ている」

 肯定も否定もせず、ランサーは言葉を紡いだ。

「人が誰かに尽くすのは、己の心を護るため。人が道理を通すのは、己の誇りを護るためのはずなのに。
 あなたは、己の心も誇りも見てはいない。
 あなたは、己の為に生きていない」

 その果てにあるのは、必ず悲劇なのだ。彼女は、愛する主君の生涯からその理を導き出した。
 あるいは、康一はそれより『壊れて』いるかもしれない。死ぬその瞬間さえ、この人は己の心に一瞥さえしないかもしれない。

「――……それが、私には悲しくて。
 それが、私には許せなくて。
 だから……」

 己の為に生きられない主ならば、この従僕が身を、代わりに捧げよう。

「どうか、我儘をお許しください『主』。
 あなたの為に戦うことを」

 ランサーは、昨夜と同じ真っ直ぐな眼で、康一を見た。

「……ランサー」

 今度は、康一は目を逸らせなかった。むしろ吸い寄せられるように、その青い瞳を見つめた。

「己が誇りのためでも、
 亡きアルトリア様の為でもありません。
 かつての罪を雪ぐ為でも、
 かつての過失を購う為でもなく。
 志摩康一の為に、私はこの命を捧げたいのです」

 円卓の騎士パーシヴァルは、失意の中に死んだ。
 彼女の物語は、もう終わったのだ。ならば。

「あなたのサーヴァント、ランサーのパルジファルとして」

 ならば、今度はパルジファルの物語を始めよう。
 分不相応な虚飾ならば、それに見合う自分を鍛え上げよう。誇りを持って唱えればいい。
 自分は、傷ついた主を癒したのだと。

 たとえ今は偽りでも、それを貫いて真実にすることは出来るはずだから。

「……俺、は」

 康一は、震える手を抑えた。
 応えなければならない。彼女の真摯な好意に。
 忠義を捧げるに足らない主であることなど、逃げる理由にはならない。忠義を捧げるに足る主になればいい。

「……俺は、壊れた人間だ。
 否、人間にさえ成り損なった、継ぎ接ぎの偽物だ。
 だが……」

 フランケンシュタインの怪物が、人間になれなかったとしても。
 せめて、この少女の主としてだけは偽物ではなく、真実になろう。
 師がくれた愛が、この偽物だらけの命の中で唯一真実であるように。

「だが……解った。
 俺は、お前の主になろう。
 パルジファル。
 お前の誇りを、俺が護る。
 俺の命と道行を、お前が護ってくれ」

 康一は、ランサーの剣を抜いてその肩に掲げた。

 ――誰も見ていない騎士叙勲。

 魔術師が血で血を洗う修羅の中で、二人だけが誓った主従の契りだった。


[No.392] 2011/05/24(Tue) 22:45:49
螺旋血管T (No.392への返信 / 13階層) - 咲凪

 足りないのです。

 足りない、足りない、足りないのです。

 肉がたりないのです、血がたりないのです、魔力が足りないのです。

 たりないたりない、たりないのです。

 肉がたりないのです、にくにく、にくがたりないのです。

 血がちがちがちがちがちが、たりないのです、血がたりない、のです。

 わけてください。

 貴方の肉をわけてください。

 貴方の血をわけてください。

 貴方の肉にくにくにくにくにくニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクわけ分けわけ分けわけ分けてくだくだくだサイいイ。
 貴方の血を分けてくださ、くださいください、ください、ください。

 血と肉を、分けてください、血と肉、血と肉!、ちとにく!、ちとにく!、ちとにく!、ちとにきゅ!、ちとにきゅ!ち!、ち!、ち!、にきゅ!、にきゅ!、にきゅ!!。

 血と肉がありました。

 魔力を持った血と肉、ありました。





 ――――ぱくり。


[No.393] 2011/05/24(Tue) 22:46:21
赤色偽剣T (No.393への返信 / 14階層) - 咲凪

 意識を失っているマリナを抱えているライダーにとって、最も重要な事は誰にも見つからず七貴邸へと戻り、彼女を回復させる事だった。
 そしてそれは成功した、けして隠密能力を持っていない彼だったが、七貴邸の構造を知っていた事と、素早さを最大限に活かした事、そして単純な幸運が重なって、マリナをひとまず七貴邸のベッドに寝かせる事に成功したのだ。

 次にやるべき事は彼女の治療のはずだった、彼女の傷は出血こそ止まっているが、癒えた訳では無い、大量出血の事もあるので、出来るだけ早く手を打たねばならない。
 ――――が、ライダーはそれを後回しにせざるを得なくなった。
 七貴邸の前に、一人の女がいたからだ、先ほどから七貴邸の様子を伺っている。

 ライダーはこれを確かめぬ訳にはいかなくなった。
 ……場合によっては、これが最後の別れになるかもしれない、消耗がいよいよ激しいライダーは俄かにそんな予感さえ感じて、マリナの横顔を見た。
 気を失っている横顔に表情も何も無いが――――ライダーは聞かねばならない、マリナの事を――――。
 そして、それまで己が消える訳にはいかないと思った、だからこそ、ライダーは単身で、未知なる来訪者に対処する事を決めたのだ。



「本来ならば、此方が先に名乗るのが道理なのだがな――」

 円は背後からかけられた声に驚き振り向いた。
 そこには黒い髪の男の姿があった、一目で英霊だという事が判った。

「生憎と、今はそういう気分でもなくてな、此処に居る訳を聞かせてもらおうか」

 ライダーの言葉には僅かにも友好的な色は無かったが、ライダーは――ドン・キホーテは騎士である為、女性にいきなり武器を突きつける真似だけはしなかった。
 相手が一般の人間であるという考えは勿論無い、七貴邸は住宅街からは離れた場所に位置している、円の態度だけではなく、そういう状況からも通りすがりとは考えられる筈も無かったのだ。

「あの、私は……」



「話は判った――」

 一連の話を聞きはしたが、さすがに円をマリナと会わせる訳にはいかなかった。
 話が信用できるかどうか、というのは勿論。
 信用の置けない人間を危機的状況のマリナに会わせられる訳が無かった。

 だが――――ドン・キホーテは騎士なのだ。

 騎士が、女性を見捨てる道理など、ありはしないのだ――。

「円といったか、君も帰る訳にはいくまい」
「…………」
「――――私は立場上、君を匿う訳にはいかない」
「……はい」

 ライダーは心底困り果てた、今は一刻も早くマリナの治療を急がねばならない。
 取るべきは――忠義であった、このまま返せば、この女性が悲惨な目に遭うだろう事は想像に難く無かったが、それでも――マリナへの忠義を護る為には、仕方が無い。
 ライダーは無力な己を呪った、生前のように、結局誰も救う事の出来ない自分を呪った。

「構わないわ、来なさいよ」
「えっ」
「マリナ――」

 ボロボロの少女が、髪だけはしっかり結んで、姿を現した。
 着替える余裕すら無かったのか、服装は血塗れのままだ。
 慌てて彼女を部屋に戻そうと近づいたライダーに、マリナは視線を合わせた。

「ライダー、貴方の好きにしなさい」
「しかし!」
「――――貴方は自分が正しいと思った事を貫いてきた筈じゃない」
「――――……」

 マリナは夢に見たのだ、夢の中で深紅の夢の主は、後悔していなかった筈なのだ。
 しかしマリナは知らない、ライダーは後悔して死んだのだ、すなわち、深紅の夢の主は――――。

「最後まで貫きなさい、私と貴方は対等よ、貴方の信じる道を最後まで貫いて――」
「…………」

 深紅の夢の主は、ドン・キホーテでは無い。
 彼は後悔して死んだのだ、己が信じた道を歩んだ結果を、悔いながら死んだのだ。
 そう、深紅の夢の主は彼では無い、その夢の主は――――。

「私を護る事で他の誰かを護れない?、他の誰かを護ると、私を守る事は出来ない?」

 深紅の夢の主は、彼と共に歩み、彼と友に過ごしたある従者の記憶――。

「ちがうでしょう、ライダー」

 真紅の夢の主は、後悔などしていない。

「貴方は私を護りながら、他の誰かも護れる人よ、夢幻に生き、幻想を信じた人、貴方だから――きっと、護れたものが――あった筈なのだから」

 彼との旅を――――後悔などしていない。


[No.394] 2011/05/24(Tue) 22:47:00
血宴の絆V (No.394への返信 / 15階層) - アズミ

 それは、ほんの先刻死闘を演じた間柄にしては、あまりに穏やかな接触だった。

「――観念した、という様子ではありませんね」

 セイバーは前方、高架の陰から奇襲するでもなく堂々と現れたランサーと康一を見た。
 傷は未だ治癒していない。先刻の打ち込みで剥がれた籠手や鎧はそのままだし、魔力の消耗も補填できたとは思えない。

「無論です」

 だが。

 だが、セイバーは身体の芯に震えを覚えた。

「我が主を害する敵に、向ける背はありません」

 それは武者震いであり、同時に恐怖から来る震えでもあった。
 何かが変わった。
 最早、先刻の死に体のサーヴァントはどこにもいない。昨日の一戦にすら勝るプレッシャーを感じた。

「――怖いな。まるでさっきとは別人だ」

 言いながらも、セイバーの表情はいつもの柔和な笑み。構えた菊一文字はあくまで戦うことを選んだことを示している。
 ランサーもまたそれに応えた。
 異形の刃、その切っ先が眼前のサーヴァントへ向く。

「――セイバー、沖田総司。
 尋常に勝負」

「受けて立ちましょう、ランサー」





Sword, or death
―――――――――――――
with What in your hand...?

Flame dancing,
Earth splitting,
Ocean withering...





 先に仕掛けたのはランサーだった。
 空間さえも裂けよとばかりに振るわれた剛剣を、セイバーはすんでのところでかわす。
 先刻に比べれば力強いが、しかし以前の埒外な膂力は感じられない。セイバーはその全てを紙一重で回避し、あるいは打ち払ってランサーに肉薄する。

「は――ッ!!」

 至近距離から、狙い澄ました一刺し。無明剣と違い一撃必殺とはいかないものの、並のサーヴァントでは往なすことはかなわない必勝の一手。
 だが、ランサーは冷や汗一つ流すことなく、それを引き戻した剣で打ち払った。

「――へぇ」

 消耗は回復していないようだが、ここに来て剣風が変化している。否、成長とすら表現していい。
 余計な力が抜け、剣筋が柔らかくなった。なるほど、この状況ではそれが最善だ。

「――しかし!」

 返す刀で打ち下ろす一撃を身を捻って潜りぬけ、逆袈裟に切り上げる。しかし、これはランサーの喉笛一歩手前で弾かれた。
 ランサーを庇うように張られた、一本の『糸』。

「俺を忘れるなよ、セイバー」

「チッ……!」

 舌打ち一つだけ残して、セイバーは間合いを取った。
 ランサーは深追いせず、再び剣を青眼に構える。その城壁のように安定した立ち姿を攻め落とすのは、酷く難儀に思えた。

「……あなた、本当にランサーですか?」

「何を、今更」

「短期間でいきなり剣風の変わる手合いは、人間には多いですけどね……英霊にはついぞ聞いたことがない」

 サーヴァントはそれ自体完成した幻想ゆえに身体的に成長することは無い。
 人間的にも、そうだ。何せ既に凡夫の何倍にも濃密な人生を生きて、死んでいるのだ。その先に伸びしろを残しているような人間は普通、いない。

「何にせよ――先を考えていては僕の方が仕留められそうですね」

 セイバーが菊一文字を青眼に構える。
 宝具が来る。康一は直感した。既に対応策の割れた無明剣ではない、それ以上の何かだ。


「『動かねば――闇にへだつや 花と水』……」


 背後の空間から、刀が出現した。1本、2本――瞬く間に数十もの数に膨れ上がる。
 いずれもしみ込んだ返り血が滴り落ちそうなほど使いこまれた実用の太刀。
 無明剣の時に観測された現象に酷似しているが、別物だと康一は判断した。あの時に現れたのはあくまでセイバーの持つそれと同じ刃であったが、今回出現したそれらは見た目も質もばらばらで、統一感が無い。

「――それが貴公の夢の残骸か、セイバー」

 ランサーはその正体を見抜いたように言う。セイバーは自嘲気味に笑って答えた。

「――そうです。
 追って、追って、届かなかった背中。共に死のうと決めた朋友。
 ……結局、英霊になってまで僕が叶えられたのは、その刃と共に戦うことだけだった」

 その言葉に、康一は直観的にその刀の群れの正体を察した。
 あの宝具は、彼の属した人斬り集団、新撰組そのものを顕したものなのだろう。
 沖田総司にとって、新撰組は単なる所属組織以上のものだったはずだ。主要なメンバーは家族同然であり、時代に抗って死線を潜った同輩は、その愛刀以上に彼の中で大きなものだったに違いない。――その身が英霊に変じた今、宝具として結実するほどに。

「……幕引きにしましょう、ランサー」」

 中空に浮かぶ無数の刀を背に殺気を漲らせるその姿は、まさしくセイバー。剣の権化。

「ええ、どう転んだとしても。いや――」

 しかし臆すことなくランサーは真っ向から受けて立った。

「――貴公の敗北を以って、この勝負に決着をつけます」


[No.395] 2011/05/24(Tue) 22:47:39
血宴の絆W (No.395への返信 / 16階層) - アズミ

 無数の刃が走る。

「くっ!?」

 自分を串刺しにせんと飛来したそれを、ランサーはすんでのところで飛び退いてかわす。
 なおも追撃してくる刀の群れ。その幾許かを康一の『糸』が弾き落とし、残りをランサーが薙ぎ払う。
 視線を巡らせれば、まだ概数さえ測れないほどの刃がさながら狼の群れのように十重二十重に彼女を取り囲んでいた。

 如何に英霊とはいえ、一人の意識が制御するには余りに膨大な数。
 しかし、セイバーの宝具『闇と水』はその全てが統率され、かつ個々に鍛え上げられた技量を持って振るわれていた。
 さもあらん。これは単に輩(ともがら)の武器だけを召喚するような、底の浅い宝具ではない。
 それぞれの経験と技量、そして彼ら全てが共有する集団戦術さえも再現し投影する、まさしく『新撰組そのもの』。

 加えて。

「せぇぇいやッ!!」

 刃の攻撃の間断を縫って襲いかかる――剣群と完全に一体化した沖田の突きを、すんでのところでランサーは撃ち落とした。

「なん――のォっ!」

 ランサーは防戦一方だった。単純に手数で劣りすぎる。剣の一つ一つ……一人一人が、鎧袖一触には出来ない程度に腕も立つ。
 だが、ランサーの瞳は決して絶望に染まることは無かった。

 セイバーの一撃を弾き返すや、好機ぞ来たりとばかりに沖田めがけて疾駆する。
 彼女を矢衾……『刃衾』にせんと、襲いかかる剣槍の壁。しかしランサーは止まらない。一陣の暴風と化してそれらを五体が刻まれるのも構わず弾き散らす。
 機関砲の弾幕の如く追いすがる刃に目もくれず、奔る、疾る――。

 『新撰組』の剣術、確かに見事。しかし、一騎を以って当千を為す領域の円卓の騎士を相手どるには、聊か足りない。ランサーは防戦一方であったが、攻勢に転じることが出来なかったわけではないのだ。

 故に、勝負は一撃。

 剣林を潜り、セイバーに肉薄する。
 頭さえ潰してしまえば宝具は即座に機能を停止する。それがランサーの勝機。一方で、セイバーがこれを凌ぎ切れば、背後からの追撃をかわす手立ては無い。心臓を貫かれ、一巻の終わりだろう。

 故に、乾坤一擲。

 最早防御は微塵も考えず、己めがけて一直線に突っ込んでくるランサー。
 セイバーは、その瞳に――かつての自分と、同じ物を見た。





――惣次郎も、やってみるか?

 そう言って、勝太は木刀を寄越した。
 9歳の沖田惣次郎の手には大きすぎる木刀と、それを差し出す島崎勝太の、粗野で愛嬌のある笑顔。

 恐らくは、沖田の全てはその時決まっていた。



 その生涯ほぼ全てを剣を振るうことに費やしながら、沖田総司は別に剣に生きたわけではない。
 剣を振るうことしか、できなかっただけだ。
 頭がいいとは言えなかった。家柄も良くは無い。振りかざすだけの大層な正義があったわけでもない。

 ただ、剣だけが彼が仲間の役に立てる唯一のことだった。

 真昼の太陽のように、何一つ負うことなく彼と仲間を導いた近藤。仲間の為に敢えて誰よりも怜悧な人間に徹した土方。
 沖田より優しかった山南、沖田よりきっと頭の良かった藤堂。二人とも道を違え、その手にかけた。しかしそれでもなお、彼らは互いに家族同然に愛していた。
 原田、永倉、斎藤、山崎……皆、かけがえのない仲間。彼らが、沖田の全てだった。
 たとえ手にした刃が血に塗れても、その命が短く儚かったとしても。
 彼らの為に戦い、死ねたなら、沖田はそれで良かった。たとえ行く先が地獄だろうが涼しい笑みで逝けたに違いない。


 だから、たぶん。
 報いなのだろうと彼は思う。


 死地に向かう土方と、仲間たちについていけなかった。兄に等しい近藤は、その死さえ知らされなかった。

 沖田の最期は戦場ではなく、病床の上。
 彼を殺したのは誰の刀でもなく、身を蝕む病。
 沖田総司は仲間の為に生き、殺し、しかし仲間の為に死すことを許されなかった。

 その無念が、彼を聖杯戦争の戦場に立たせた。
 今度こそ、仲間の為に死ぬために。





(……あぁ。そっか)

 胴丸ごと、ランサーの刃が俺のを貫くのをどこか遠い出来事のように眺めながら、セイバーは自嘲した。

(矛盾してたのは――無為だったのは、僕も同じか)

 仲間と共に戦って、死にたかった。
 だが、その仲間に替えはいない。
 今のマスターに不満はなかったし、彼を嫌ってもいなかったがそれでも、彼は自分の護りたかった仲間ではない。

 彼が欲しかったのは、「新撰組と共に戦い、果てる」最期なのだ。代替など効かない。生き様の問題でもない。
 だから、セイバーの戦いはとっくに終わっていたのだ。千駄ヶ谷の植木屋で労咳に殺された、あの時に。

 彼の仲間は。
 新撰組は死に果てたのだから。
 最早、歴史に綴られるだけになった、あの時代に。

「……何故」

 ランサーは、倒れ伏したセイバーを見下ろして呟いた。

「何故、マスターを狙わなかったのです」

 志摩康一を狙っていれば、ランサーは当然それを守る為に釘付けになる。そもそも一撃の賭け自体を実行に移せなかったかもしれない。
 だが、セイバーは致死的な量の血を吐き出しながらも、笑った。

「彼を殺すなという命令でしたから」

 万に一つでも彼を殺しかねない手は打てなかった。

「命令ならば――その為に敗死しようと構わないと?」

「もちろん」

 欲しかったのは勝利ではなく、存分な戦いでもない。『仲間の為に死ぬ』ことなのだから。
 主の意志に殉じることができるなら、セイバーにとってそれは十全な結果だった。
 それが彼の愛した仲間でなくても、後悔しない程度にはあのマスターが好きだったから。あの愛想のない兄貴分に、どこか似ていたから。

「だから――いいんです。僕は、死力を尽くしました」

 宝具は虚空に消え去り、後に残ったのは死に体のサーヴァントが一人。
 とどめを刺す手も止めたまま、ランサーは彼を見つめた。

「……貴公も、私と同じか」

「そうだったんでしょうね……きっと」

 だから、最後の一瞬、見とれた。
 矛盾を振り払い、今の主を真っ直ぐに受け入れた彼女に後れを取った。彼女に指摘した矛盾を、そのまま抱えて気付きもしなかった自分に勝てる相手ではなかった。

「――終わりにしましょう、ソウシ。貴公の戦いを。貴公の、聖杯戦争を」

 ランサーの言葉に、セイバーは瞼を閉じ、ただ静かに死を――。





 受け入れることを、轟音と共に崩れたビル壁が許さなかった。

「な――っ!?」

 絶句するランサーを、康一が『糸』で無理やり己の傍まで引き戻す。
 倒れ伏したセイバーの姿は、巻き起こった粉塵の中に呑まれて消えた。

「――くっ……」

 代わりに崩れた壁の向こうから現れたのは、額から血を流す空涯と、彼と相対する一人の青年――そして、傍に侍る女。

「……ほう?
 思ったよりは、善戦したと見えるな」

 青年が、その若い姿に似合わぬ呵々とした笑みを浮かべた。
 康一は身構える。――こいつは、ヤバい。姿を一目見ただけで解る、老練な魔術師特有の気配。『邪悪』の臭い。
 そして、何より。

 背後から遅れて現れた『それ』は、どう考えても友好的にも与し易くも見えなかった。
 大地を揺るがさんばかりの巨体。黒く染まった鎧のような筋肉。如何なる獣より凶暴な、その貌。


「■■■■――ッ!!」


 黒のバーサーカー……ヘラクレスが、天を引き裂く咆哮を上げた。


[No.396] 2011/05/24(Tue) 22:48:13
血宴の絆X (No.396への返信 / 17階層) - アズミ

 柱よりも太い剛腕が唸りをあげる。
 空涯はそれを飛び退きながら光輝く球体――志摩家の秘伝、魔術礼装『万能器械』だ――から防壁を生み出してそれを防いだ。
 およそ彼に可能な最善の防御策。……眼前の巨人を前に微塵も臆することなくそれを履行したことは掛け値なしに大した精神力だと言っていい。
 だが、無意味だった。

「ぬゥ――ッ!?」

 およそ人間の魔術礼装如きで止めるには、あまりにも地の出力規模が違い過ぎる。
 大砲を至近距離から食らった鋼板のように防壁が拉げ、突き抜けた衝撃が空涯の骨を2、3本へし折って通りの向こうまで吹き飛ばした。
 追撃にかかるでもなく、黒の巨人はゆっくりと身を起こし、空涯を見下ろす。

 康一と傍らのランサーは、まるで地面に縫いとめられたようにその光景を微動だにせずに見守っていた。
 否、正確には。眼前の余りに致死的な存在から、眼を放すことが出来なかった。一瞬でも警戒を怠れば、それが即座に牙を剥くと決めつけたかのように。


「■■■■――――ッ!!」

 まるで、彼らの死すべき運命そのもののように。それは、超然とそこに在った。
 2m半を超える、鎧のような筋肉の塊。巌のような顔に、獣のような表情を張りつかせたおよそ人類とは思えぬ異形。武器は携帯していなかったが、康一の胴周りより太い腕は下手な鈍器よりよほど致死的な破壊力を発揮する。

 黒化英霊。外見特徴から推し量るに、恐らくは第五次聖杯戦争時アインツベルンが召喚したバーサーカー……真名はヘラクレス。
 ギリシャ神話にその名を謳われた不死身の大英霊。一般に最強と称されるバーサーカーのクラス、その歴代においてもこの上なしと思われる、『最強のバーサーカー』。

(――……それが、なんで『人間の制御下にある』!?)

 あれは明らかに昨晩見たアーサー王と同じく、黒化英霊。しかし、勇治らの証言が確かなら強い魔力に反応し無軌道に暴れまわっているはず。
 それを制御しているこの男は、何者なのか。

「カカ。……直接顔を合わせるのは初めてよな、志摩の小童」

 康一の視線に気づいたように、青年が嗤った。

「……加賀宗造、と名乗ればおよそ解るであろう?」

「湖底市のセカンドマスター……」

「応、その通りよ」

 セカンドマスター……即ち、この湖底市の霊場を管理する魔術師。同時に、この聖杯戦争自体を主催する家である。
 当然どこかで聖杯戦争に噛んでくるであろうことは予測していた。……が、まさかこんな鬼札を切ってくるとは。

「そこで黙ってみておれ。おとなしくしておれば――」

 宗造がくいと顎で示すと、ヘラクレスがその巨体からは信じがたい速度で踏み出し、拳を空涯に向けて打ちおろした。
 空涯の対処と結果は、先ほどの焼き直し。違うのは、呻き声を上げる暇さえなく架脚に叩きつけられたという点だけ。

「――後で、楽に殺してやろう」

 その人外の笑みに、足が竦んだのを康一は自覚した。
 宗造はそれに満足したようで、薄気味の悪い笑みを浮かべたまま空涯を見やる。
 黒の魔術師はその着流しをところどころ赤く染め上げながらも、未だ意識を手放してはいなかった。それどころか、戦意さえ失わぬ視線を眼前の敵に向けている。

「無駄な強がりはやめて、サーヴァントを呼んだらどうだ、若僧」

 嘲るように言う宗造に、空涯はやはりいつものように、表情さえ変えずに応じた。

「断る」

 やれやれと宗造は息を吐く。余計な手間を増やしおって、と言わんばかりの呆れ顔で。

「では、死ね」

 短い死刑宣告に従い、ヘラクレスが空涯の身体を片手で掴み上げる。
 平均的な成人男性に比すれば頑強な身体だが、かの英霊に比べれば枯れ木に等しい。ヘラクレスが少しでも力を入れれば、粉々に砕け散ってしまいかねない。

「――…………」

 康一は、迷っていた。
 すべきことなど決まっている。逃げなければ。
 こちらの準備が万全だったとしても勝ち目など万に一つもあるまいが、ただでさえこちらは連戦の上に限界まで消耗している。逃げ切れる自信さえ甚だ薄かったが、それでも最善の方策が逃走であることは間違いない。令呪を使ってでもこの場を脱さなくてはならない。

 だというのに、空涯が掴みあげられる僅かな間、康一は迷っていた。
 ……否、答えは出てきたのだ。ただ、彼が殺されようとする刹那まで踏ん切りがつかなかった。
 だが。

「――何の真似だ、小童」

 宗造が底冷えのする口調で、振り向きもせずに康一に言う。
 視線の先には、空涯を吊り上げる腕に絡みつき、食い込む複数の『糸』があった。

 言うまでも無く、康一の所作である。他ならぬ康一自身にさえ意外な……愚行であったが。
 志摩空涯が殺される。それだけは、康一の中の何かが看過出来なかった。
 子を子とも思わぬ親に、それでも康一の側には一厘の情があったのか。それとも、師を殺した怨敵を横から掻っ攫われることが腹に据えかねたのか。
 ともあれ。賽は振られてしまった。出た目は、およそ最悪だったが。

「――何の真似?」

 息を大きく吐いた。
 もう、後戻りはできない。ならば。

「温いことを聞くじゃないか、加賀宗造」

 過失に囚われてはならない。
 打ち捨てた逃走の可能性などに縋るべきではない。

「聖杯戦争なんだぜ?
 マスターとマスターが相対して、することなんて一つだろうよ」

 志摩康一の全身全霊は、万に一つもない勝機を、それでも見つけ出すことに向けなければならない。

「カカカ」

 宗造は嗤った。
 だが、先刻までのそれとは違う感情のこもった響きに、康一は己の挑発が成功したことを確信した。
 果たして、宗造が一つ命じればヘラクレスは手にした空涯の身を地面に放り投げる。腕を振るうと、絡みついた『糸』は造作もなく千切れた。

「――よかろう。貴様のような跳ね返りの小童を叩き潰すのは、嫌いではない」

 振り返った宗造の視線には、はっきりと憎悪の色が見て取れた。





 主の宣戦布告に、ランサーは待っていたとばかりに前に進み出た。

「――ランサー」

 康一は、出かかった謝罪を呑みこんだ。
 明らかなる愚行だと康一は自身の行動を断じたが、しかしそのことを彼女に謝罪すべきではない。もう二人の関係に方針の齟齬など存在しない。
 主の想いは全て従僕のもの。従僕の命は、全て主のもの。
 だから、出たのは労いの言葉だった。

「……しんどい戦いになるだろうが、頼む」

「御意」

 ランサーの答えは短かったが、それで十分だった。
 湧き上がる戦意に剣を握り直し、黒の槍騎士は神代の大英雄に襲いかかる。

「■■■■――ッ!!」

 咆哮と共に先手を打ったのはヘラクレスだった。破城鎚の如き拳の打ち下ろしを、ランサーは持ち前の機動力で余裕をもって回避する。……否、余裕をもって回避せざるを得なかった。

「う――ッ!?」

 轟音を立てて足元のアスファルトにクレーターが穿たれる。
 何という膂力。ランサーも大概剛力の英霊であるが、この巨人のそれは比較にならない。こんな攻撃、掠っただけでもランサーの華奢な身体など引き裂かれてしまうだろう。完全に回避し切っても、風圧で動きが封じられる恐れさえあった。

「でやぁぁぁッ!!」

 裂帛の気合と共に、ランサーの反撃。
 振り下された刃に、ヘラクレスは反応さえしない。果たして肩口に吸い込まれた剛剣は……

――ガチン、と。

 鈍い音を立てて、弾かれた。

「!?」

 驚愕しつつも、ランサーは油断なく飛び退く。一瞬遅れて、ヘラクレスの拳が彼女のいた空間を薙ぎ払った。
 完全に回避したはずだが、ランサーの前髪が数本だけはらりと落ちる。

「……くっ!」

 多少の焦りは見えたものの、その後のランサーの戦闘行動は悉く精緻にして最善だった。
 暴風の如く振るわれる拳を、不慣れな動きで全てを完全回避し、僅かな隙を突いて刃を叩きこむ。
 その全弾をヘラクレスは防御する素振りさえ見せずに被弾した。

 しかし――有効打は、無い。

「――主。これは……」

「あぁ、宝具だ」

 如何に消耗したランサーの剣、如何に相手がかの大英霊とはいえ、在り得ぬ頑強さ。
 何らかの宝具の所産と見て恐らく相違ない。

「――『十二の試練(ゴッド・ハンド)』」

 それまで口を噤んでいた宗造が、愉快そうに言った。

「常時発動宝具たるバーサーカーの身体そのもの。
 生半な攻撃は無効化し、貫いて仕留めたとしても11回まで自動的に蘇生する。そして同じ攻撃は二度とは通じぬ」

 ヘラクレスは武芸百般に優れた英雄だが、何より特筆すべきはその不死身さだ。生涯に12の困難な冒険をやり通し、その最期は毒に苦しむも死に切れぬがゆえに生きたまま火に焼かれた。
 恐らくは、その逸話とタフネスを顕した宝具。
 宗造はその性能を包み隠さず開示して見せた。無論のこと、単なる余裕だ。
 そして、確かに。開示されたところで全く破る隙の見つからない、まさしく無双の宝具である。

「ついでに一つ褒めてやろう、小童」

 宗造は嘲るように嗤った。

「逃げ出さなかったお前は、正しい。時間をかければ失われた命は11個まで、再補填が出来る」

 ……つまり、時間をかけて攻略することさえ許さない。
 ここで仕留め切る以外に、康一とランサーに勝機も生き残る目も無い。

「生憎だが、絶望させる間も惜しい。――さっさと死ね」

 その言葉に従うように、ヘラクレスの剛腕が再度ランサーに襲いかかった。


[No.397] 2011/05/24(Tue) 22:48:57
血宴の絆Y (No.397への返信 / 18階層) - アズミ

 攻防は、5分以上も続いた。
 否、『5分も保たせることが出来た』。

「て――りゃあッ!!」

 ランサーの打ち込み……即ち、そのままヘラクレスの被弾……は、優に200を超える。だが、その一つとしてヘラクレスに傷一つつけられはしない。
 宝具を使用しない攻撃では到底ヘラクレスの『十二の試練』を抜くことは出来ないし、ランサーは昼間の三度に渡る宝具の使用で消耗している。時間経過による回復を考慮しても、使えてあと一度。それでもあの聖槍の光では不死身の英雄を複数回殺すには到底足りるまい。
 つまり、詰んでいる。
 ランサーの奮闘は、しかし彼女の体力が切れるまで決着を遅らせるだけの悪足掻きに過ぎない。

(――本当に?)

 その光景を倒れたまま傍観しながら、空涯はそれでも彼らの勝機を探っていた。
 彼の理性が断じている。万に一つの勝ち目などないと。だが――あらゆる仮定要素を付け足し、仮想戦闘を再試行する。

(無理が――あるはずだ。どれだけ聖杯戦争のルールを逸脱しても、魔術の理を逸脱することは出来ない)

 現界している以上、あのヘラクレスの無体な強さにもどこかに代償が伴っているはずだ。
 バーサーカーのクラス故の膨大な消費魔力をどう補うのか。いや、そもそもあれだけの大英雄を狂化させて令呪の制御は効くのか?
 恐らくは先ほどから一言も発さぬ傍らの女が令呪の持ち主と見えたが――。

(――そうか)

 答えが出るのと、ヘラクレスの拳がランサーを捉えたのは同時だった。

「ランサー!」

 康一が『糸』で己を地に繋ぎとめながら、吹き飛ばされるランサーを受け止める。

「が――はっ……!?」

 数歩、踏鞴を踏んでどうにか踏みとどまった。
 ランサーは拳を受ける直前に飛び退いて衝撃を漸減していたが、それでもダメージは軽くなかったと見え、血を吐き出す。

「だ……い、じょうぶか……?」

「――ええ、なんとか」

 だが次は助かるまい。先ほどに比べれば回避行動にも精彩を欠くはず。

「仕上げだ。やれ、バーサーカー」

 宗造の酷薄な言葉に従い、バーサーカーが哀れな獲物に向けて歩を踏み出す。

――今しか無い。

「令呪において命ず――」

 左腕の紋様が、赤く輝く。


「――セイバー。
 志摩康一とランサーを死守せよ」


 崩れた瓦礫の山が、爆ぜた。
 令呪の赤い輝きを引いて、砲弾の如き速度でセイバーがヘラクレスの背に肉薄する。

「――了解です、マスター」

 令呪の助けを得ているとはいえ、満身創痍。だが、セイバーは負傷を微塵も感じさせぬ鋭い剣勢といつもの涼やかな笑みを保持したまま、ヘラクレスに躍りかかった。

「何ィッ!?」

「セイバー!?」

 驚愕する空涯以外の一同に構わず、セイバーは抜刀した刃を番え、必殺の構えを取った。

「『動かねば――闇にへだつや』……」

 かつて、病魔に取り殺されるその前に詠んだ、辞世の句。

「『花と水』――!!」

 それを言の葉で結べば、即ちそれを真名開放として彼の宝具が再び発動する。
 虚空から波紋を広げ顕れ出でた50の刃とセイバーの菊一文字により、ヘラクレスの背中は刃衾と化す。

「■■■■――――ッ!?」

 ついに、ヘラクレスが悲鳴を上げる。
 刃は狙い違わず巨人の急所と、その命を貫いていた。

「まず……一つ!」

「小賢しいわァッ!!」

 宗造の一喝にヘラクレスが動く。
 掴みかかる腕をかわすのは、令呪の助けを失ったセイバーには聊か荷が重い。

「――――ッ!」

 左腕を掴まれた。と、同時に野花でも手折るようにその骨が粉砕される。
 襲い来る激痛。
 しかし、セイバーは呻き一つ上げずに己の左腕を愛刀で――切って落とした。

「なッ……!?」

 誰もが驚愕する中、他ならぬセイバー自身と彼のマスターだけが冷静だった。
 身を翻して剣閃三つ。眼、喉笛、鳩尾を強か打ち据えて間合いを取る。
 如何にダメージが無いとはいえ、眼を塞がれれば視界は効かなくなる。その隙に――。

「空涯ッ!」

 黒の魔術師は、『万能器械』を起動しその身を転移させ始めていた。
 康一の叫びは、多分に糾弾の色を含んでいた。
 逃げるのか。己を慕うサーヴァントを、令呪で捨て駒にしてお前は逃げるのか。
 だが、無論――そんな感傷に、かの魔術師が反応することを期待したわけではない。
 空涯が返したのは一言だけ。

「頚木を外してやれ」

「……?」

 言葉の意図を量りかねて眉をひそめる。

「いかん!止めろ、バーサーカー!」

 宗造が初めて焦りを見せるが、最早間に合いはしない。
 セイバーだけが、穏やかに笑んでそれを見送っていた。


「――去らばだ、総司」


「ええ――お去らば。
 どうか、壮健で……空涯さん」


 空涯を包む術式が、一際瞬いて爆ぜる。
 ヘラクレスの拳を目前にして、志摩空涯はその場から消えて失せた。

「貴様……ッ!」

 宗造は歯噛みする。
 別段、致命的な失点ではない。いずれにせよ大打撃は与えた。ゆるりと追撃し、次こそ確実に仕留めれば良い。……と、思いつつも、激情が沸き立つのを抑えることは出来ない。
 宗造はその魔術師としての起源ゆえに、相手の上位に立ち、勝となれば絶対的優位の上にとことんまで蹂躙することを好む。
 己の描いた青写真を乱されることを嫌うのは、魔術師という人種において比較的普遍の特徴であるが、殊に宗造はそれが顕著であった。
 そして、それが彼にとって問題になることはない。

「――楽に逝けると思うなよ、死に損ないが」

 ただ、彼の機嫌を損ねた愚か者が惨たらしく死ぬだけのことだ。
 だが、セイバーは満身創痍の身体で相対しながら、微塵も臆さなかった。

「望むところです」

 それが悲惨な負け戦だろうが、戴いた主の為に戦い、死ねるのなら。
 それは沖田総司にとって、望外の喜びなのだ。
 沖田は血を滴らせながら、康一とランサーの前に出る。先刻打ち倒された者が、打ち倒した者を護らんと命を張る。不思議な光景だった。

「……セイバー」

「ここは引き受けます。退いてください」

「しかし……」

 感情をさておいても、ここで撤退することはお世辞にも利口な判断とは思えない。『十二の試練』は時間が経過すれば再び命を補填してしまう。たった今、セイバーが片腕と引き換えに奪い取った一つが、無為になる。

「稼げて数刻です。アレをその間に倒す手段を講じてください」

 ……アレを、倒す?
 眉をひそめる康一に、セイバーは振り返ることなく断固として言った。

「空涯さんは無駄なことは一つだってしません」

 ……そうだ。
 奴は、「康一とランサーを護れ」とセイバーに命じた。康一の身体は個人的に必要としているにしても、ランサーの命は先刻本気で取りにかかってきたように、空涯の興味範疇外のはず。
 ならば何故?情や借りではあるまい。そんなものにかかずらうような男ではない。
 ならば、何故?
 ……恐らく、奴は思い当ったのだ。ランサーには、ヘラクレスを倒す手段があることに。

「……解った。退くぞ、ランサー」

「御意……」

 ランサーは渋々といった様子であったが、康一に従った。
 バーサーカーが咆哮を上げたのに合わせ、一度だけ、瀕死の剣士の背を振り返る。

「セイバー」

「はい?」

「私が言うことではないかもしれませんが。
 ……ご武運を」

 セイバーは、くすりと笑ったようだった。

「次があったら、また死合いましょう、ランサー」

 それは、別れの言葉だった。
 主に切り捨てられ、死に体の身体で死地に赴く侍の言葉は、しかしあくまで晴れやかだった。

「あれの命、もう一つぐらいは土産代わりに貰っていきます」



 そして。

 咆哮と轟音を背に、ランサーは主と共に駆けだした。

 



 逃げ込んだのは、先刻の商店街だった。じきに見つかるしお世辞にも安全地帯ではないだろうが、それでも店舗に身を隠していれば暫しの時間は稼げる。
 後退はするが撤退はしない。ランサーの回復と作戦を練る時間は確実に必要だが、しかし敵が回復する時間を与えてもいけない。

「奴を倒す、手段か……」

「諦めるつもりはありませんが……そんなものが、あるのでしょうか?」

 疑わしげにランサーが言う。
 気持ちは解る。理屈抜きにすれば、あのバケモノの不死身ぶりに穴を探すのは無理なように思える。

「だが、ある。必ずあるはずだ」

 空涯が『ある』と判断したのだ。あるのだろう。その点においてはあの魔術師の優秀さは信用していいと、康一は思っている。
 答えはある。しかし、およそ『十二の試練』の性能を見るだに、正攻法で貫くことは不可能。弱点もあるようには思えない。
 ヒントは、無論あの男が去り際に行った「頚木を外せ」という言葉だろう。
 意図は解る。要は、サーヴァントが手がつけられないなら令呪をなんとかすればいい。マスターを殺せば、サーヴァントとて現界は続けられない。黒化英霊にまでその原則が通用するかは未知数……いや分の悪い賭けだったが、それでも制御さえ失えば立ち回りようはある。
 ただ、その程度のことならこれまでに考え付かなかったわけもない。

「ランサー、奇襲でマスターを仕留められるか?」

「……難しいでしょう」

 先刻の攻防でランサーも康一も、宗造にせよ令呪の持ち主と思しき女にせよ、幾度か狙った。
 だが正直言って、あの大英雄の前にはそれだけの隙さえありはしない。悉くが阻止された。
 なにせ、自身の防御を完全に捨て置いていいのだ。他者を庇う余裕は常にあると思っていいだろう。

「その程度であるはずがない。
 セイバーの命まで使ったんだ、あの男の意図がその程度であるはずが――」

 ぶつぶつと呟くそれは、半ば願望も混じっていた。敵とはいえ、あのセイバーが命を捨てて稼いだ可能性。それが、最初から無為と決まっていたなどという結末だけは、ランサーも康一も認められない。
 何か、あるはずだ。ランサーならば出来る、何かが。

「ランサー、ならば……?」

 二つ目のヒントを口に出すと同時に、康一の脳裏にある推論が組みあがった。
 机上の空論に等しい、甚だ曖昧な可能性だが……それが真ならば、勝てる。消耗も関係ない、問題なく遂行できる。
 何度も確認してみるが、現状では金の鎖と言えた。

「ランサー、出るぞ」

 立ち上がった主を、従僕は見上げた。
 依然、状況は危険だがその瞳に迷いはない。

「甚だ……分の悪い賭けだが、降りる選択肢は無さそうだ」

 轟音が、近づいてきている。セイバーとの戦いが未だ続いているかは解らなかったが、見つかるのは時間の問題だ。

「……御意。
 この命、全て主にお預けします」

 これから修羅の巷へ向かう二人は、最後に軽く口づけを交わした。


[No.398] 2011/05/24(Tue) 22:49:41
義侠舞曲T (No.398への返信 / 19階層) - きうい

 「で、何故お戻りに。」

 すっかり服を着て、マスターと正座で相対するバーサーカー。
 梁山泊の面々はとうに虚空に還し、打倒橋口凛吾の同志たちも、魔力、というか精力をすっかり抜かれて一人残らずシュラフで睡眠中である。

 「戻って欲しくなかったような言い様だな。」
 「伽に水を差されるのは、趣味ではございませんゆえ。」

 バーサーカーがぷいと横を向いてむくれた。
 怒りたいのはこっちの方だとマスター・橋口圭司が口を開く前に、バーサーカーが真剣な目で向き直った。

 「不逞の輩を、招かねばならなくなりましたし。」
 「何?」

 乗り出す橋口を片手で制して、腰に刷いた剣の柄に手をかける。
 ひゅひゅ、と複数の風切り音が聞こえたかと思うと、バーサーカーは己の主を引きずり転がし自分も棚の影へと走りこんだ。

 それまで彼らがいた場所に、四方八方から鋭利な刃物が通り抜けた。

 「バーサーカー!」

 命じられる前に、バーサーカーは剣を抜き放っていた。

 「――――今正に洪に遇(あ)いたり。
  ――――天に三十六、地に七十二、
  ――――恕助掾iこうさつ)の星、輝くべし。

  ――――扉を開けよ、伏魔殿。」
 
 天に掲げた剣が、虚空から三十六、床から七十二の好漢が出現した。
 そう、虚空から「三十六」。
 天魁星たるバーサーカー自身もまた、改めて虚空より現れたのだ。

 「我が主の命を狙うそなたら、よもや一片の理をも語る余地無し。
  義を持って誅殺す!!」

 バーサーカーの声に、百七星が吼えた。

 「マスター、こちらへ!」
 「おう!」

 溢れ出た好漢達に揉まれながら、圭司は三尖刀を拾い、バーサーカーの横に立つ。

 「では、こちらでお待ちくださいませ。」
 「は?」
 「わたくしも参りますゆえ。お傍におられると危険です。」

 そう言ったバーサーカーの目が血走っている。
 顔も憤怒に歪み、刀を握り締めた手が震えて膨れ上がっている。
 いや、手だけではない。腕も脚も胸も、筋肉が隆起して脈打っている。
――狂化。


 「……俺なんぞにそんなに本気にならなくてもいいのに。」

 ああ、悲しいかな、その一言が遂にバーサーカーの理性を蹴破った。

 「オアアアアアアアアアアアア!!!」

 声にならぬ叫びを上げながら、好漢達を飛び越えバーサーカーが集団の先頭へと躍り出た。

 智多星と神機軍師が東西に別れ扇子を振るえば、
 東に銀槍手が弓を乱れ打ち、
 西に跳澗虎と白花蛇が突撃する。

 神火将がつけた松明に仄かに照らされた敵の姿は、黒い衣服に髑髏の仮面。異様に長い右腕。

 サーヴァント・アサシン。真名、ハサン・サッバーハ。

 暗殺集団ハサンに属した殺人者達の、亡霊の集合体。

 「なるほど、黒化英霊が来たか。」

 通達は圭司の元にも届いていた。話に聞いていた『アサシン』、単純な膂力や魔力は他のクラスに譲るものの、気づかれずに殺すということにかけては天下一品。

 しかし、黒化しているということは闘争本能以外の思考能力が殆ど欠落しているということでもあり、それは『アサシン』という搦め手を本懐とする英霊にとっては致命的な欠陥と言えた。

 20に分身したアサシンは統率した動きこそ見せていたものの、好漢の群れに飲み込まれるように倒されて行った。

 自慢の毒付き投げダークが好漢達を屠っても、その屍を乗り越えて更なる好漢が押し寄せる。
 身軽さに任せて逃げを打とうと棚に飛び乗れば、数十の矢、投げ刀、入雲竜の五雷正法が殺到して叩き落とす。

 『単純な膂力や魔力』を比べさせられることになった時点で、最早アサシンに勝てる見込みは無かった。

 一人だけ、ひっそりと気配を殺したまま潜むアサシンが居た。
 バーサーカー『宋江』、否、『梁山泊』の魔力供給源たるマスター・橋口圭司の頭上に、ゆっくりと天井を這い、狙いを定める。

 両足と片手で天井にしっかと張り付き、ニ、三度素振りをする。
 荒れ狂い飛び回る好漢たちの隙間を付き、橋口圭司の脳天にダークを向けた。
 その時。

 「きえええええっ!」

 気合一閃、バーサーカーが飛び掛り、その最後のアサシンを真っ二つにした。
 圭司の三尖刀に払いのけられたアサシンの死体が、エーテルとなって霧散する。

 ずどん、と橋口の横に降り立ったバーサーカーが、そのまま勝ち鬨をあげると、モールには、揺れんばかりの好漢の雄叫びが響き渡った。

――――

 「しっかし、真上の奴よくわかったな。」

 戦いが終わり、再びモールに静寂が訪れた。
 片付けをしながら、圭司は同じく作業中のバーサーカーに疑問を投げる。
 アサシンは、完璧に気配を遮断していたはずだ。

 「愛です。」

 そう言い切るバーサーカーの目に、一点の曇りも無かった。

 実際は、攻撃態勢に移ったことでアサシンの気配遮断への集中が僅かに途切れたのが原因だったのだが、それを察することが出来たのも圭司へ向けられる殺気に始終気を配っていたからだと思えば、なるほど愛の力と言うのもあながち嘘ではない。
 狂化状態であったのなら尚の事。

 「なら浮気すんなよ。」
 「体の浮気と心の浮気は違うと聞きました。」

 圭司の抗議にもしゃあしゃあと言ってのける。

 「浮気と言って下さるのですね。
  嫉妬して下さるのですね。」
 「天魁星宋江はそういうキャラじゃないと思うんだが。」
 「何を今更仰るのですか。
  サーヴァントはマスターの魂に共鳴して呼ばれるのです。
  そして我らは男と女。
  閉じてしまった物語の先にて、花咲く道の一つや二つはあろうというもの。」
 「そういうもんかな。」
 「わたくしの天運から逃れるおつもりですか?」
 「確かにそれは難しいそうだんだな。
  それに、九天玄女に後ろ髪を引かれたら、とんでもない死に方をしそうだ。」
 「分かればよろしい、いざ契らん♪」

 死の果ての更に果て、結末した物語の先で、呼保義宋江は猛烈に青春をしていた。


[No.399] 2011/05/24(Tue) 22:50:45
レアルタ・ヌアT (No.399への返信 / 20階層) - アズミ

 そこは、最早異界だった。

「なん――だ、これは……?」

――静寂。

 まだ黄昏時だというのに、街を支配するのはただひたすらに静寂。
 ビルの崩れ落ちた通り。路上の血溜まり。それらの異常が瑣事に思えるような大異常。

――静寂。

 街から人が消えるということは、こうも。世界を変えてしまうものなのか。
 これが魔術師が、戦うということ。彼らが遠慮なしに立ちまわるということ――。
 勇治は歯噛みして、周囲を見回した。激闘の後は見て取れるものの、目指す康一とランサーの姿はどこにも見当たらない。
 よくない推測ばかりが浮かぶ。周囲の状況を見る限り、平穏無事に済んだとは思えない。最低一戦はやらかし――たぶん、誰かがここで命を落とした。
 最悪の場合……康一とランサーは既にやられている可能性は当然想定するべきだ。前提として『危機に陥っている』から『助けに来た』のだ。既に彼らが敵を撃退した、と見るのはあまりに楽観的過ぎる。

「アサシン、サーヴァントの気配は」

 と、すれば――彼らを倒した『敵』が、近くに潜んでいる可能性がある。
 だが、返答が何時までも帰ってこない。見やれば、アサシンは一点を見つめて震えていた。猛獣に狙われたウサギのように。
 本来、野干(かるがわ)であるはずの、彼女が。


「カ、カ。遅かったの」

 加賀宗造が、そこにいた。
 傍らには女が一人。否、それはいい――問題は、彼女の前に。

 巨躯のサーヴァントが、一人。

「……黒化バーサーカーか」

 勇治は即座にその正体を見抜き、刀と短刀を抜き放った。『あんなもの』を眼前に出現させておいて、『敵意が無いわけが無い』。
 あれは、抜き身の刃よりよほど致死的な存在だと、勇治は即時に理解した。
 だが。

「――……ご主人様。逃げてください」

 アサシンは身を竦ませたまま、唇だけを動かしてそう言った。
 足りなかった。勇治の認識は、否、恐怖は。――それでもまだ足りなかった。

「ダメだ、まだ康一たちが――」

「逃げなさい」

「――……!?」

 従僕の口から飛び出した『命令』に、勇治は目を丸くする。
 アサシンは未だ竦む身に鞭打って、そんな主を庇うように前に立つ。

「逃げてください、今すぐに。
 私では、あれを相手にどれだけ時間を稼げるかも解りません」

 勇治の認識は甘かった。
 危険な相手ということは理解していた。勝てない相手ということも、あるいは察していた。だが、それでもなお足りない。

 あれは、『逃げることさえ侭ならぬ』理不尽なのだ。

「――本来なら、お前たちなぞ見逃してもよかったのだが、な」

 宗造は不機嫌そうに息を吐く。

「標的を取り逃したゆえ、聊か血を見足りぬ」

 顎で傍らの女に指図すると、彼女に従う巨体がゆっくりと歩を踏み出した。

「悪いが、出来るだけ醜く死んでくれ」

 宗造の口の端が釣り上がるのと、アサシンが呪を結ぶのは同時だった。

「氷天よ、砕け!」

 巨大な氷柱がバーサーカーの全身を包み閉じ込める。勇治が今聖杯戦争で初めてみるほどの高出力での発動。
 しかし――。

「■■■■―――ッ!!」

 バーサーカーが腕をひと振るいすれば、それはまるで飴細工のように溶け、砕かれて粉雪と舞う。
 アサシンはそれを予測していたかのように、さらに呪術を立て続けに編む。

「砕け――、砕け、砕け、砕け、砕けぇぇぇっ!!」

 いずれも選択は呪相・氷天。
 アサシンは端からバーサーカーにダメージを与えることを放棄していた。現に対魔力か何らかの宝具か、はたまた生来の頑強さか……放った呪術は彼に毛ほどもダメージを与えていない。
 故に、氷天。容易く砕かれるとはいえ、その場に障害物が発生する以上、バーサーカーも刹那は動きを止めなければならないだろうという、楽観的で、儚い抵抗。

「カカ、カ。良い。それで良い」

 上機嫌で宗造が褒めたのは、無論アサシンの対応ではない。

「そうやって健気に抵抗してくれてこそ、こちらも溜飲が下がるというもの。
 のう、ぬしら」

 宗造は笑みを深くした。
 勇治は仕事柄、数多の人の理を外れた狂人、魔人を目の当たりにしてきた。
 奈落の底のような底冷えのする笑みを浮かべる者がいた。逆に文字通り鉄で面の皮が出来ているような、決して笑わぬ者がいた。子供のように無邪気な笑みで非道を行う者がいた、見ただけで死を予感する笑みを浮かべる、危険な者がいた。

「容易く壊れてくれるなよ?」

 が。……これほど、醜悪な笑みを浮かべる男は初めてだった。

「■■■■――――!」

 バーサーカーが、動く。今までは『歩いて』いただけだ。アサシンの攻撃を振り払いながら。
 だが、今度は走った。アサシンの攻撃は、最早、刹那の隙を生み出すことにさえ足らなかった。
 大型肉食獣もかくやというほどの速度で必殺の存在が迫る。
 勇治は、その危険を理解した上でアサシンを押しのけて前に出た。彼女の背後に隠れたままでいるという選択肢は、その瞬間に消えて失せていた。

「う――おおおおおっ!!」

 血の滲むような日々の鍛錬で培われた彼の武は、それが無為に終わることを予見した今でさえ完璧にその役目を履行した。
 袈裟がけに人体の最大破壊を狙う太刀と、彼の敵、魔術師の急所たる首を狙う短刀。反撃を許さぬ必殺の一撃。

「――――ッ!?」

 勇治が最初に認識したのは、自分が吹き飛ばされたということだった。アスファルトに叩きつけられ、転がったところでようやく自分が斬撃諸共バーサーカーの拳に薙ぎ払われたのだと理解する。

「がッ――げほっ、は――あ、が……っ!?」

 喉元にこみあげてきた熱い塊をたまらず吐き出す。自分でもぎょっとするほどの量の血が、その場に零れて落ちた。

「ご主人さ――きゃあっ!?」

 勇治に振り向こうとしたアサシンが、バーサーカーの腕に囚われる。
 ともすれば命に関わる傷を負いながらも、サーヴァントの危急にマスターは即座に戦意を再燃させた。

「アサ……シン……!」

 だが、それに応える武器はなかった。
 短刀が見当たらない。どこかに弾き飛ばされたか。太刀は――不死殺しの概念武装は、『へし曲がって』いた。
 一般に良質な刃というものは、過度の衝撃を受けると『折れる前に曲がる』ように出来ている。強固な芯があるため破断しにくく、破断していない限り刀剣は再生が利く。しかし、それにしたところで異常な事態だった。概念武装の刃が容易くへし曲げられるなど、聞いたこともない。

「さて、この女狐はどうするかのう」

 勇治には最早興味を外し、宗造が吊り上げられたアサシンを眺める。

「やはり、ここは皮を剥ぐのが常道か。バーサーカー」

 下卑た笑いが、洩れ出でる。

「犯せ」


 脳髄が、熱を持つのを感じた。
 戦闘戦斗の只中において、激情は常に無駄であり、弱みであり、時として命取りになる。勇治はそう教わってきたし、努めてそれを封印してきた。

「放、せ……!

 だが、長きに渡る精神鍛錬もこの時ばかりは無為に帰した。

「汚い手で……」

 沸点を振り切り、脳漿が気化せんばかりの怒りに、勇治は全てを委ねた。


「タマモに触れるな、爺――ッ!!」


 へし曲がった太刀さえ投げ捨てて、勇治は走った。
 蛮勇ですらない無謀だった。あの怪物相手に武器もなしでは、自殺以外の何物でもない。
 だが、『それが正しかった』。


「そのまま走れ、天川!」

 声が響く。
 言われずとも。勇治は腰を落とし、さらに速度を上げた。
 熱を持った脳髄は嘘のように冷えて澄み渡った。激情に任せて踏み出した脚は、洗練された歩法によって韋駄天の如く地を駆ける。

「偽・神殺槍!」
(スピアレプリカ・テスタメント!)

 ビルの上から稲妻の如く襲いかかった神殺しの宝具が、アサシンを捕らえるバーサーカーの腕に突き刺さり、爆ぜる。

「■■■■――ッ!?」

 たまらず、掴んだアサシンを手放した。勇治は触れなば即座に死を振り撒く巨凶を前に、しかし全く速度を落とすことなく己がサーヴァントを抱き上げる。
 バーサーカーの視線が、二人を向いた。追撃が――。

「させませんッ!!」

 黒い鉄塊がバーサーカーの顔面に突きささる。
 武器ですらない、黒い籠手に包まれたただの拳だった。ダメージなど無論あろうはずもないが、しかし被弾したサーヴァントの注意は当然、攻撃の主に向く。

「はァッ!!」

 身を翻しての追撃三蓮。
 如何にダメージが無いとはいえ、眼を塞がれれば視界は効かなくなる。あの男が教えてくれた、数少ない有効戦術。
 生まれた隙に乗じて勇治と、黒籠手の主はバーサーカーから間合いを取った。

 勇治らを救ったのは――。

「ランサー……康一!」

「悪い、遅くなった」

 まさしく、探しに来た康一とランサーだった。幸いにして、生きていたのだ。
 だが、無傷では済まなかったらしい。二人とも戦闘の継続さえ危ういほど、満身創痍だった。

「――カ。そのまま逃げ回っておれば良いものを」

 新手の出現に、しかし宗造は嗤う。

「セイバーも犬死にだったな」

 死者を嘲るその言葉に、気配を強張らせてランサーが前に出た。康一はたしなめる気はなかった。
 相手がどれだけ絶望的に強くても、ここは戦わねばならない。逃げるという選択肢はあってはならない。この敵の存在を、許してはならない。
 全き愚行だが、康一はそれを敢えて冒す気になった。そして、それを決めたのならば、もはやその『過失』に囚われない。
 見つかっている勝ち目に、この命までも賭けるだけだ。

「手筈通りだ。
 ケリをつけるぞ、ランサー」

「承知しました、マスター」





Sword, or death
―――――――――――――
with What in your hand...?

Flame dancing,
Earth splitting,
Ocean withering...


[No.400] 2011/05/24(Tue) 22:51:33
レアルタ・ヌアU (No.400への返信 / 21階層) - アズミ

 ヘラクレスの心は、痛みに埋め尽くされていた。
 理性を奪われ、感情の大半を奪われ、記憶を塗り潰され。当然のように、彼の精神に残されたのは痛みだけだった。

 彼の命は、常に痛みと共にあった。

 望まずして与えられた不死。英雄たる宿命が鍛え上げた鋼の精神は、神も臆する数多の試練を課せられてなお、決して失われも壊れもしない。
 故に、彼は常に痛みに苛まれた。

 彼の命は、常に痛みと共にあった。

 神に疎まれ、血を分けた兄弟に恐れられ、我が子をその手で殺し、友の裏切りに晒され、最期は妻の嫉妬に殺された。
 幾度も斬られ、突かれ、裂かれ、焼かれた。随時に傷つけられ、常時に殺されかけた。
 それでも、死ぬことは許されなかった。

 不死身であるがゆえに、彼は常に痛みに晒され続けた。



「また逃しても面倒よの。
 念入りに殺せ、バーサーカー」

 痛みに埋め尽くされた彼の中に、一つの命令が投ぜられる。
 泡が投石に吸いつくように、彼はそれにしがみ付いた。それ以外に、この全身を覆う、黒い澱のような痛みから逃れる手段が無かった。

「■■■■■■■ッ!!」

 咆哮する。
 衝動に任せて振るった拳は、しかし身体に染みついた技巧で以って運用され、眼前の女騎士へ向けて振り下された。
 それをかわされても、ヘラクレスは何も思わなかった。命令は果たされていない。ならば、続けるだけだ。『念入りに殺し切るまで』、拳を振るうだけだ。

「なんのッ!」

 だが、暴風のように荒れ狂う彼の破壊に、相手は一度として捕まらなかった。
 反撃が、幾度か来た。
 肩口を、腰を、脳天を刃が打ち据える。
 痛みが、ヘラクレスを襲った。傷一つつかなくとも、痛みは生まれる。過去の経験を元に、身体が危険信号として脳髄に痛みを寄越してくる。

「■■■■―――ッ!!」

 咆哮する。
 泣き叫ぶことはない。痛みに流す涙は、赤子の時分に枯れ果てている。
 だから、拳を振るう。正気にあってさえ、彼の生き方はそれに尽きる。痛みに追い立てられ、敵を打ち砕くまで戦い続ける。
 それが、彼の生き方全てだから。

 ランサーはその全てに、対応して見せた。ヘラクレスに心が残っていたなら、感嘆したであろう戦いぶりである。
 技巧も及ばぬ、力も及ばぬ、だがその上で精神で以って足りぬ領域を全て埋め尽くして見せる、そんな奮戦。
 砕けた氷で白く染まった世界で、彼女はヘラクレスの猛攻を実に一刻もの間、凌ぎ続けた。

 だが、限界は来る。

「ぐっ――!?」

 ヘラクレスの拳が、肩口を掠った。鎧諸共、肉が浅く抉り取られ、衝撃で大きく飛び退がる。

 とどめだ。

 追撃を加えんと踏み出すヘラクレスに、しかしランサーは……賞賛を送った。


「――――強いな、貴公は」


 何気ない一言、だったのだろう。
 だが、その言葉が痛みに塗りつぶされたヘラクレスの心を、激震を以って揺るがせた。
 とうに埋もれてしまった記憶の山から、黄金のように輝く一片の情景が顔を覗かせたのだ。



 白く染まった世界で。


 銀の髪の少女は彼を見上げ、か細く儚い声で、言った。




『―――バーサーカーは強いね』








「■■■■■■――――ッ!!」


 ヘラクレスは。
 否、『バーサーカー』は咆哮をあげて拳を止めた。

「何をしておる、バーサーカー!」

 宗造の叱責にも応えない。
 浮かび上がった記憶の残滓に命令を乱されたのか。それとも、奮起した自我が痛みに負けてはならない、と命じたのか。
 ともあれ、それは絶対の隙だった。


「――泣いているのですか、ヘラクレス」

 剣を構えたランサーが浮かべたのは、憐れみの貌だった。
 眼前の、己を殺さんとする不死身の怪物が、しかし彼女には苦痛に泣き叫ぶ童に見えた。

 否。
 『そう』なのだろう。

 英雄とは、誰も。
 宿命に押し潰される、力なき童のようなものなのかもしれない。

「聖槍よ――救済の時が来た」

 掲げた聖杯の剣の上を、ランサーの指が撫ぜた。

「ヘラクレス――
 古今無双の大英雄よ、安らぎ給え」

 忽ち、砕けた刃は四散し、虚空に光の霧と化して広がってゆく。


「――今こそ、その傷を癒しましょう」


 そして。

 ランサーの姿が、光に包まれた。





 ……やがて、パーシヴァルは森の中で目覚めた。
 そこは懐かしいウェールズの森にどこか似ていて、しかし決定的にそれよりも美しい場所だった。火宅の如きこの世界には存在し得ぬ、約束の地の如く。

 いや、あるいは本当に。
 それは全て遠き、あの理想郷であったのかもしれない。

「卿――。
 パーシヴァル卿」

 彼女の眼の前には、あの乙女がいたのだから。
 最早仕えること叶わぬ、王。
 粗暴な彼女を抱擁し讃えてくれた、麗しの人。
 その御前に、パーシヴァルは傅いていた。

 夢だ。
 幻だ、嘘だ、偽りだ。
 彼女は、もう戻ってこないのだから。ここは、この世界に在り得ぬ場所なのだから。

 それでも、パーシヴァルは感謝した。

 この、幸福な夢に。


「――立ち上がれるか、卿。
 この手を取る、覚悟はあるか?」

 差し伸べられた手は、武骨な籠手に覆われていた。
 手だけではない。その美しい全身に、乙女は傷だらけの鎧を纏っていた。

――この手を取る、覚悟はあるか。

 王の偽りを纏う覚悟はあるか。彼女の虚構に、追いつく覚悟はあるか。

 ■■■■■■に、なる覚悟はあるか。


「……無論です、アルトリア」

 少女は、微笑んでその手を取った。

「あなたの言葉を、違えるわけには参りません」

 たとえ王たる彼女に忠義を貫き通せなくとも、乙女たる彼女の信義に背く訳にはいかない。

 それでよい、と乙女は微笑んだ。



――そなたは、騎士の華となる人なのだから。



 ……かくて、騎士王は目覚めた。


[No.401] 2011/05/24(Tue) 22:52:47
レアルタ・ヌアV (No.401への返信 / 22階層) - アズミ

 瞼を開けば、そこは元の戦場。
 眼前にはバーサーカーとその主。背後には護るべき人々。手の中に握られているのは、彼女の宝具。
 だが、他ならぬ彼女自身が。
 変貌(かわ)っていた。

「アーサー……王……?」

 康一の漏らした言葉に、誰もがその場の共感した。
 結い上げられた銀の髪。その身を鎧う漆黒の甲冑。その変貌した姿は、昨夜対峙した黒き騎士王に酷似していた。
 ただ、理性を感じさせる彼女の蒼い瞳と手にした宝具だけが、彼女が『康一のランサー』であることを示していた。


「――我が奇蹟を履行する」

 銀に輝くその槍は、聖槍ロンギヌス。

 エクスカリバーが星の鍛えた神造兵装ならば、この槍はこの大地に傷つき嘆く人々の祈りが築き上げた、至高の『“信”造兵装』。
 罪は許される。
 傷は癒される。
 苦難は必ず報われる。
 過去は、必ず清算される。
 弱き人々が求め信じた、絶対の救済。その概念を編み上げたこれもまた、一つの『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』。
 その光に慄いて、宗造がバーサーカーを叱責する。

「何を――している!
 殺せ、叩き潰せ!」

 迫る剛腕に、ランサーは臆することなく槍を掲げた。

「救い主に、救いあれ!」

 しくじることは在り得ない。虚構であるがゆえに、この儀式は絶対無比。彼女の伝説は、あらゆる困難を殲滅して成就する!


「『英雄救う贖罪の槍』――!!」
 (ロ ン ギ ヌ ス ――!!)


 槍が放つ威光が、穂先に沿って奔り、十字を為して放出される。

「■■■■■――――ッ!!?」

 ヘラクレスの巨体も剛力も敵意も一切意に介さず――奇蹟はその身を呑みこみ、天を終着として昇り、果てた。





 光の全てが天へ還り。
 しかし、バーサーカーはまだそこに立っていた。

「――カッ。不発、か」

 宗造が嘲笑する。
 さもあらん、ランサーは既に3度宝具を使用し、セイバー、バーサーカーとの連戦でさらに傷ついた。そんな消耗しきった状態では、一発たりとも宝具が撃てなくなっていてもおかしくはない。

「余興としては盛大だったが、な――飽いたわ。
 殺せ、バーサーカー!」

 宗造の命に、しかし巨人は立ちつくしたまま応えない。

「どうした、殺せ!」

 なんだ。何かがおかしい。焦燥に駆られて宗造は叫んだ。
 だが、無言。バーサーカーも、それを見つめる康一も、勇治も、アサシンも。対峙するランサーさえもが、厳かな儀式を見守るようにただ黙していた。

 宗造の言葉に反応したのは、すぐ傍らにいた弓だけだった。

「あ――……」

 ぱきり、と陶器が欠けるような音が、小さく響く。

「あ――ゃ――あ――……」

 ぱきり、ぱきり。
 乾いた音は尚も進む。

 感情さえ奪われたはずの女が、生きた令呪が、慄くように身を震わせてその場に崩れ落ちる。

 ぱきり、ぱきり。
 その音に何か、致命的な事態が進行しているのを感じて宗造は焦った。

「ど――どうした、何が起こった!?」

「……アインツベルンも相当に苦労したそうだな、バーサーカーの制御には」

 康一が静かに語り始める。

「そもそもが限りなく最強に等しい英霊。そもそもが制御の難しいバーサーカーのクラス。
 20年の時間、ギリシャをひっ繰り返すような媒介の選定作業。挙句生体改造まがいのことまでやったらしいが」

 それは被告に罪状を読み上げる、裁判官のような酷薄な口調だった。

「あのアインツベルンがそうまでしてやっとこ手綱を嵌めたサーヴァントをよ。
 収めておけると思ってたのか?
 お前如きに付け焼刃で」


――ぱきん。

 決定的な音を残して。
 加賀弓の身体に刻まれた特製の令呪が。最強の英霊を縛る唯一の頚木が。

 砕けて、消えた。





 ヘラクレスは、気の抜けたような気持で立ちつくしていた。
 最早、その身に黒き束縛も、意にそぐわぬ命令を下す令呪の束縛もありはしない。
 否、そればかりか。
 あれだけ彼の命を苛んできた、“痛み”が。
 嘘のように、一つ残らず消え去っていた。

 ランサーの掲げる槍が、役目を終えて砕けて、元の刃に戻っていく。
 聖槍はあらゆる傷を癒し、罪を許し、呪いから解き放つ。
 永劫の祈りが紡いだ契約が、彼を苛む黒化も令呪の強制力も、神代から続く彼の痛みさえも消し去ったのだ。

 そして。縛るものが消えた今、彼の身は再びこの世ならぬ英霊の座に戻る。

「――名前を」

 ヘラクレスが、初めて意味を結ぶ言葉を口にした。
 銀の髪の少女は、真っ直ぐな瞳でそれを見守っている。

「お前の名を、聞かせて欲しい」

 自身より遥かに早く、欧州全てにその武勇を轟かせた大英雄に、ランサーは愛剣を地に突きたて、堂々と名乗って返した。

「――聖杯の騎士王、パルジファル」

 ヘラクレスは、眉を上げた。
 騎士王。
 あぁ、そうか。何処か、似ていると思ったのだ。――何という奇縁。自分を座に還すのは、またも騎士の王であったか。

「……礼を言うぞ、パルジファル」

 ヘラクレスは、その岩を削り出したような貌からは想像もつかぬほど、柔らかく笑んだ。

「ようやく――痛みが、消えた……」

 日の沈もうとする上天には、雲ひとつありはしない。その空模様と同じぐらい、彼の心は晴れ渡っていた。

 巨体が、輝きに変じ虚空に溶ける。
 微笑みを浮かべたまま、大英霊は神話の中に還って行った。


 ランサーも、他の皆も。
 何も言わずに偉大なる英雄の去り際を見守っている。
 ただ一つ。
 何時の間に抜け出たのか、ランサーの頭上から彼女を見下ろしていたセイバーのクラスカードだけが、彼女の勝利を讃えるように再び自らその胸元へ帰還した。


[No.402] 2011/05/24(Tue) 22:53:21
赤色偽剣U (No.402への返信 / 23階層) - 咲凪

 ――――十年前――――

 まだ幼い少女にとって、絶望はむしろ触り心地が良いくらいに甘美な誘いだった。
 彼女が住んでいた村に吸血鬼がやって来たのはもう一週間以上も前の事だ、正確な時間経過を少女は思い出す事が出来ない、半分眠っているような、起きているような感覚。 夢見心地だが、決して安らかでも穏かでも無い、永遠に続くような悪夢、時間の経過がわからなくなるような悪夢、悪い夢の連続、持続、永続。
 ――――夢見心地の悪夢だ。

 村に訪れた吸血鬼は、それがさも当然の所業であるように少女の親しんだ村に住む人々を殺戮して、その血を啜り上げて行った。
 小さな村だった、文明から遠ざかり、独自の生活形態を続けていた、時間に取り残されたような――――それでも、穏かな村であった。
 だからこそ、吸血鬼の所業は中々外部に知れ渡る事が無く、いよいよ、少女を除いて村は全滅してしまったのだ――。

 かくいう少女もまた、寝台に横になったままで、半死半生で身動きが取れないでいる。
 少女は村に住んでいた魔術師の一族の娘だったのだ。 治癒魔術を得意として、生命の再生を研究していた父親の教育の元で、少女もまた魔術を学んでいた。
 だからかは少女にも、もう誰にもわからない事だが、少女の血は少しだけ特別だったのだ。 治癒に特化した魔術回路を持って生まれ、魔術師として鍛錬を積む事に、魔術回路を活性化させる度に彼女の血は、彼女の血そのものが治癒を促す特性を帯びていたのだ。
 その血を、吸血鬼は大層気に入った。

 直接の吸血をせず、わざわざ薬を投与して、半死半生の仮死状態に少女を追い込み、彼女の血を毎日毎日、少しずつ抜いていったのだ。
 この貴重な血が少しでも長く味わえるように、この治癒の血の恩恵を少しでも堪能する為に、吸血鬼は少女を殺さず、まるで家畜を扱うように“生きたまま保存した”のだ。

 少女の地獄はそこから始まり、やがて終わった。

 地獄を、認識できなくなったのだ。


[No.403] 2011/05/24(Tue) 22:53:57
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS