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No.404に関するツリー

   コテファテ再録5 - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:20:26 [No.404]
赤色偽剣V - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:21:17 [No.405]
赤色偽剣W - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:22:52 [No.406]
天幕模様Z - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:23:31 [No.407]
装創儀礼T - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:24:03 [No.408]
天橋の口 - きうい - 2011/06/02(Thu) 20:24:38 [No.409]
天幕模様[ - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:25:25 [No.410]
フランケンシュタインの怪物W - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:26:01 [No.411]
天幕模様\ - ジョニー - 2011/06/02(Thu) 20:26:38 [No.412]
風車の丘、従者の夢T - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:27:23 [No.413]
莫逆神王 - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:28:25 [No.414]
夢城の主T - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:29:05 [No.415]
赤色偽剣X - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:29:43 [No.416]
夢城の主U - きうい - 2011/06/02(Thu) 20:30:19 [No.417]
夢城の主V - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:31:04 [No.418]
夢城の主W - きうい - 2011/06/02(Thu) 20:31:43 [No.419]
夢城の主X - ジョニー - 2011/06/02(Thu) 20:32:16 [No.420]
赤色偽剣Y - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:32:53 [No.421]
夢城の主Y - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:33:29 [No.422]
夢城の主Z - きうい - 2011/06/02(Thu) 20:34:04 [No.423]
夢城の主[ - ジョニー - 2011/06/02(Thu) 20:34:51 [No.424]
血宴の絆Z - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:35:47 [No.425]
安穏の毒 - きうい - 2011/06/02(Thu) 20:36:25 [No.426]



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コテファテ再録5 (親記事) - アズミ

5スレ目。

[No.404] 2011/06/02(Thu) 20:20:26
赤色偽剣V (No.404への返信 / 1階層) - 咲凪

 少女が地獄を認識できなくなったのは、単純に状況に慣れた――絶望したというのも一因であったが、直接的な原因は薬物の投与にあった。
 生命活動を維持する為の、ひいては彼女を仮死状態に追い込む為の薬品は、その副作用として彼女の人格、性格を侵蝕し、やがて塗りつぶしていった。

 何も感じないのだ。

 喜びも、哀しみも、怒りも、絶望すら、少女はもう、感じる事が出来ないのだ。
 ただ漠然と、感情が失われていく事が危険である事は理解していたが、その危険である事を恐れるという心の動きさえ彼女には起きなかった。

 人形になっていった、少しずつ、少しずつ、感情を失う度に少女は人形になっていった。

 その全てが失われる前に――――何とか、この状況を何とかできないか、少女は半死半生のままで、それだけを考えていた。
 皮肉な事に、感情を失っていた事が彼女から絶望を遠ざけ、助けが来る、という夢さえも遠ざけていた。

 動かせるのは体内の生命維持に必要な贓物と、身体を循環する血液だけだった。
 ――――あとは体内に残留する薬物の成分、生命活動を維持する為の成分、仮死状態を維持する為の成分、それらを解析し、体内で調合する事が出来たのは、単にそれが彼女の非凡な才能が顕著に現れた例だった。

 治癒に特化した魔術師の一族は、彼女で一つの達成を得たのだ。
 手を動かさず、魔力を通すだけで自分の身体の中身を弄り回せるという、“おぞましい事”が出来る程度の達成を得たのだ。

 こうして“剣”は作られた。
 後はあの吸血鬼が血を啜りに来るのを待つばかり――――自らの行動の成果を試す時が来たというのに、少女の心は少しの高揚も恐れもなかった。
 ただ機械的な――生物として在る、という目的の為だけど、感情を伴わない意思だけが彼女に残されていた。



 やがて、薄暗い彼女の寝所に、一人の男がやって来た。
 吸血鬼――――では無い、それは足音で少女にも判別できた。
 誰だろう?、と思うが、興味を持てる程の好奇心が感情を失った少女にはどうしても沸いてこない。

「やぁ、これは酷い」

 酷く軽薄な声が聞こえた。
 驚いているようで、その実何も驚いていない、そんな声だ。

「君を助けに来たんだ、嘘だけど、信じてくれ」

 軽薄な声が言葉遊びのような言葉を続ける、助けに来た――――?、嘘なのか?、信じれば良いのか?、少女は感情なく思考する。

「どうやら君は自分だけで奴に一泡吹かせる手段を作ったらしいねぇ、凄い、本当に凄いよ……。
 そんな君に敬意を表して、一つ良い事を教えよう、次に奴が血を採りに来る時、君は“その力を使ってはいけない”よ」

 ――――何を、言っているのだろう。
 少女は言葉の意味を理解できない、この男は、何もせずこのまま人形でいろというのか。

「まぁでも、使っても良いんだ、俺は」

 今度は、使っても良いと言う、どっちなのだ、と少女は思う。
 殆ど人形と化した少女に、感情を伴う思考は出来ない。

「それじゃあ検討を祈るよ、グッドラック!」

 それだけ言うと、男は寝所を出て行った。
 去り際に彼が口笛で吹いていた「G線上のアリア」が少女にはやけに印象に残っていた。


[No.405] 2011/06/02(Thu) 20:21:17
赤色偽剣W (No.405への返信 / 2階層) - 咲凪

 少女が体内の血液の薬物の成分で構築した「血液爆弾」は彼女の自作の礼装とも言うべき代物だった。
 まだ荒削りであり、汎用性は殆ど無い、“吸血鬼”の頭を吹き飛ばす事が出来る程度の武器であったが――結局、彼女はそれを使う事にした。

 「血液爆弾」は彼女の意思で、彼女の体外の彼女自身の血液を文字通り爆弾のように炸裂させる事が出来る。
 少女は吸血鬼が血を採り、やがてそれを吸い上げる頃を見計らい――――どういうわけか、吸血鬼はいつも、少女を見ながら吸血をするという癖があったので、少女は首尾よくタイミングを計る事が出来たのだ。

 抜き取った血を吸血鬼が舐め、啜り上げる――そして恍惚を味わう瞬間に――――爆発。

「■■■――――!!!」

 吸血鬼は言葉ですらない悲鳴をあげたのかもしれなかった。
 もしくは、爆発の勢いで声のように聞こえただけかもしれない。

 だが、事は全て上手く言った。
 爆弾にしては威力が控えめなそれであったが、吸血鬼一人の頭を吹き飛ばすには十分な威力があった。
 吸血鬼は――――死んだのだ。

 だが、取り立てて少女に喜びは無かった、もはや「吸血鬼は倒すモノ」という機械的な認識だけの行動だ、躊躇も無かったが、それで得るモノも何一つ無かった、自分が置かれている状況も何一つ変わらない、後はこのまま朽ち果てるのを待つだけだった――――。



 しかし、そうはならなかった。
 遅れて駆けつけた聖堂教会の人間に、彼女は無事保護されたのだ。
 彼女の蘇生処置もまた問題なく成功し、彼女は人形から人間に戻る事が出来た。

「―――――」

 だが、感情だけはついぞ戻らなかった。
 あの時、自分が作った血液爆弾で頭を吹き飛ばしたのが“実の母親”であったと聞かされても、彼女は表情一つ変える事が無かった。

 一体何時から、吸血鬼と母親が入れ替わっていたのだろう。
 自分以外の人間は全て殺されたと思っていたのに、どうやら母親は吸血鬼として蘇生する事が出来たらしい、それも特例的な速度で、だ。
 それが何時、“村を壊滅させた吸血鬼”と入れ替わっていたのかは判らない、知りようも無いし、知りたくも無い。

「…………」

 苦笑めいた笑みを少女は作った。
 「知りたくない」と思える程度には自分には感情が残っていたらしいのだ、それがほんの少し嬉しいと想う程度の感情も。

 親殺しをしてしまった事に、後悔を感じる心までは残っていなかった。

 失われてしまった、何もかも、全てが失われた。
 少女は失くした感情を思い出すべく、死んだ村の人々や――殺してしまった母親の顔を思い浮かべた。
 空虚、どこまでも空虚だ、心には何も去来しない。

 ――――あるいは救いを求めたのかもしれなかった。
 この時より、彼女は一つの妄念に取り憑かれる。
 「失われたモノ」に意味を与えるという妄念だ、彼女は死んでいった村人の死に意味があると思えなかったし、自分が殺してしまった母親の死にすら、意味を見出せなかった。

 ――意味があった筈なのだ、人の死には。

 だが、少女は感情が無い、自分が意味を見出せないのは感情が無い為だと思った、だからこそ――。

 少女は、マリナ・エレノアールは何時までも失くした感情が与えてくれる筈の意味を――――ずっと、ずっと――――今も、探し続けている。


[No.406] 2011/06/02(Thu) 20:22:52
天幕模様Z (No.406への返信 / 3階層) - アズミ

 ランサーの刃が、宗造の目の前に突き出された。

「ひ、ひっ……!?」

 対峙するサーヴァントの瞳は、普段の彼女からは想像もつかないほど怜悧で、無機的。
 さながら死刑執行人のように、女騎士は邪智暴虐の魔術師を糾弾した。

「――貴様か。
 あの誇り高き英雄と、我が王を愚弄したのは」

 ランサーは聖杯戦争のシステムはおろか、魔術さえロクに知らない。だが、黒化英霊を自在に操ったこと、彼の性格を鑑みればその事実に行きつくのは容易いことである。
 ランサー……いや、この場は敢えてパーシヴァルと呼ぼう……は、目に見えて激怒していた。声音も表情も凍りつくほど冷たいが、その理性は宗造が一片でも反抗的な態度を見せれば即座に斬り捨てるであろうほどに危うい。

「あ――あ、あ……!」

 がくがくと首肯する宗造に、無慈悲に切っ先がその間合いを詰める。
 抵抗など思いもよるまい。この距離でなくても、戦闘機一機に匹敵するというサーヴァントを相手に生身の人間が出来ることなどありはしない。

「……主。この男、斬ります」

 康一も勇治も、それを止める気にはならなかった。
 この男は危険すぎる。魔術師としても。人としてならなおのこと、論外だ。

「――ダメですよ」

 ランサーの凶行を差し止めたのは、意外なことにアサシンだった。
 しかし手段は言葉でも腕を掴むでもなく。

「――ギッ!?」

 宗造の全身を包む、呪術の炎によってである。

「ギアアアアアアアアアッ!?」

 火達磨になった青年が、その外見に似合わぬしわがれた声で絶叫し、のたうつ。
 それをうるさい、とばかりにアサシンが火力を上げると、宗造の姿も叫びも、業火の向こうに消えて、果てた。

「……アサシン」

「ダメですよ、ランサー。あなたのような人が、ああいう輩の血で汚れては」

 アサシンはいつものように愛嬌のあるウィンクでランサーの驚きに応えた。

「――汚れ役は、私の仕事です」

 だが、その纏う気配に一抹の寂寥を感じたのは、彼女の気のせいではあるまい。
 勇治は、何も言わずにその頭を背後からくしゃり、と撫でた。ピンと立った耳が、それに甘えるように倒れる。

「そっちの女は、どうする?」

 康一が倒れ伏したまま動かない『令呪の女』を示す。
 見たところ外傷はないが、そもそもまともな精神状態ではないようだった。それが治るかどうかは、聊か難しいだろう。精神の修復は魔術でさえ容易ではないし、ランサーの宝具も精神そのものや生まれながらに弄られた部分は手が出せない。

「……こっちで引き取ろう。それぐらいはやらないとな」

 結局、借りを返しに来てまた作ってしまった。その分だ、と勇治は言いたかったのだが、康一もランサーも思い当らないのか怪訝な顔をしているのに気づいて、苦笑する。
 悪い連中では、無い。気を許してはいけない連中なだけだ。

「一度、こちらの拠点に戻ろう。近いからな。
 その状態で七貴の工房に行く途中襲われたら事だろう?」

「――助かる」

 言って、そこでようやく康一は肩にかかる鉛のような重さを自覚した。
 酷い一日だった。幾つの死線を潜ったかもわからない。魔力はランサーどころかマスターさえ供給に滞るほど空っぽで、康一に至ってはまたも片腕を吹っ飛ばされた。
 まぁ、得たものも少なくない。とりあえずは、生き残ったことを良しとしよう。
 康一はランサーに振りかえった。すっかり容姿は変わってしまったが、緊張を解いたその表情は黒の騎士王などではなく、紛れもなく彼女である。

「帰ろうぜ、ランサー」

 差し出した手を、パルジファルは微笑んで取った。

「はい……マスター」


[No.407] 2011/06/02(Thu) 20:23:31
装創儀礼T (No.407への返信 / 4階層) - アズミ

 ずるり。
 ずるり、ずるり。

「が――、は……はァ……ひ……」

 それは彼が這いずる音であり、同時に彼が削れていく音でもあった。

(こんな――何故、儂がこんな――)

 加賀宗造は、生きていた。
 肉体の大半は灼かれ、砕かれ、塵に還ったが――そもそも、彼にとって身体の大半は彼の子孫……加賀弓の弟として生を受けたモノの部品である。執着も無いし、切り離したこと自体が彼の命を即座に奪うものではない。
 頭部と、脊髄と、腕だった部位のなれの果て。それだけで、彼は生き延びていた。

 ずるり。ずるり。ずるり。

「ぎ――ぐゥ……あ、あぁ……!」

 だが。ゆえにこそ、身体を捨て去った今、彼にあるのは『己』だけだ。
 このずるりという音は取りも直さず、200年以上も営々と保持し続けてきた『加賀宗造』の身体が削れる音。彼の最後の領地が、崩壊していく音に他ならなかった。

(死ん……で……なるものか)

 耐え難い苦痛に呻きながら、なおも宗造は這いずる。回復の手段が用意されていない以上、所詮は絶望的な道行ではあったが、それでも彼は生への執着を手放すことが出来なかった。
 死んでなるものか。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 根源に辿りつくまでは。「」に至るまでは。

「――浅ましい、とは言うまいよ」

 彼の前に立ち塞がる者がいた。
 一つだけ残った眼球をぐるりと回して、それを見る。

「だが……醜い。因果を弁えぬ輩は主の御許に逝けんぞ、老醜」

 異装のサーヴァント。志摩空涯の小聖杯。

「セ――い、ヴぁァァァ……!」

 発声器官は既に破壊し尽くされていたが、それでもいずこからか――あるいは、魂の震えか。
 宗造は、それの名を呼んだ。

「う――ィ……者ォ……」

「あん?……あぁ、『裏切り者』か。
 いよいよ末期(まつご)だな、宗造。貴様がそんな台詞を吐くとは」

 セイヴァーは肩を竦める。

「誰も信じていない貴様に、『裏切り』などという概念はあるまい」

 それは、今更他者が指摘するまでもないことのはずだった。宗造の魔術師としての起源に拠る志向。それは、誰より彼自身が理解している理のはず。
 それさえ忘れて呪詛を吐く姿に、セイヴァーは末期を感じ取った。

「貴様の起源は『侵略』。他者を貶め、己の『物』とするが常道。
 故にこそ、貴様は他者の力を拒絶した」

 加賀宗造は、他者を拒絶する。
 利用することさえしない。況や信頼などなお在り得ない。彼にあるのは、侵略だけだ。打倒し、凌辱し、自我を奪い、己の物とする。そこで初めて使う価値を見出す。
 そういう彼だから、サーヴァントにさえ手を出さなかった。システムの構築者である彼は、誰より早くサーヴァントを召喚できたはずなのに、令呪による制御、狂化や黒化による理性の喪失ですら不満とした。
 その全てを以って「個」を奪い尽くした最強の駒で、ようやく彼は聖杯戦争への参戦に踏み切ったのだ。

「だから私の制御を奪われなどするのだ、莫迦め。
 その様を何故と問うなら、全て貴様のその所作が因よ」

 セイヴァーに最初に出会ったのは、加賀宗造であった。
 召喚したわけではない。イレギュラーと同じく、彼は聖杯戦争の進行によって反作用的に生み出されたシステムの一端。システムの側から用意された小聖杯。
 だが、彼はその存在を良しとしなかった。令呪で縛ることは出来たが、それさえ良しとしなかった。
 意志の介在する道具など、断じて認めなかった。況や他者など存在自体が彼には不要だった。
 だが、代替の小聖杯を用意するまでの隙は致命的といって差し支えなかったのだ。少なくとも志摩空涯に奪取されるには、充分過ぎた。

「…………」

 宗造の動きが、止まる。
 それがこの事態の因ということに、宗造は異論なかった。――己の道さえ曲げる魔術師に、根源への道筋など在るはずが無いから。

「……見たいか、根源の渦が。始原の理が」

 セイヴァーの言葉に、宗造がびくりと震えた。
 最早ロクに思考も出来ない有様であったが、それでも彼は至上目的だけは忘れていなかった。

「た……ィ!
 ……かラ……こンげん……!」

 その対応に、セイヴァーは頷くと、あの聖杯の描かれた旗を虚空から取り出し――ひと振るいした。

「あ――ァ、あ……!?」

 アスファルトの地面に、波紋が走る。
 瞬間、赤の水面と化したそこに、宗造がゆっくりと呑みこまれていく。

「特等席だ――ゆるりと観て、理解しろ。
 ……もっとも、その時にお前は『加賀宗造』ではなくなっているだろうが」

 セイヴァーのその通告を結びに、宗造の姿が水面の下に融けて、消える。
 セイヴァーが旗をもうひと振るいすると、水面が消えて失せ、その場は元の路地裏に戻った。

「消化に悪そうな爺さんだな。
 大丈夫か?あんなの放りこんで」

 背後からかけられた声に、セイヴァーは振り向く。
 彼の……とりあえずの、であるが……主ではない。
 Yシャツに黒のスラックス、そしてワイン色のベストを着た青年。……一見して、それはバーテンダーのような格好に見えた。歓楽街の近くであることを考慮すればそう奇矯な格好ではないが、サーヴァントに相対するにはやや場違いと言わざるを得ない。

「『兎』」

「今は宇佐木安澄で通してる」

「知るか」

 この男はしょっちゅう名前を変える。いちいち付き合っていては記憶力がいくらあっても足りないことは、セイヴァーも短い付き合いで悟っていた。

「何ぞ、用か」

「いや、宗造んちでね。これ、見つけたんで」

 懐から芝居がかった……さもなければ手品師のような仕草で、『兎』が2枚のカードを取りだす。
 ライダーとアーチャーのクラスカード。

「盗んだのか」

「やだなぁ、もともと俺の物だって。……まぁ、一応断り入れようかと思って来たんだけど」

 悪びれもせずに言って、カードを懐にしまい直す。

「無駄足だったな」

「まァ、ね。……どうだい、『中身』の溜まり具合は」

「あと二人か三人、といったところだな」

 陣中旗を見上げて、セイヴァーが言う。描かれたただの意匠に過ぎぬはずの聖杯には、先刻と違って赤々とした中身が書き加えられていた。

「は――そりゃ、僥倖。概ね予定通りってわけだ」

「うむ」

 セイヴァーが首肯する。
 『兎』のおどけるような笑顔とは対照的に、その貌は珍しく真面目くさったような無表情。


「……間もなく、聖杯はこの湖底市に顕現する」


[No.408] 2011/06/02(Thu) 20:24:03
天橋の口 (No.408への返信 / 5階層) - きうい

 「へえ、黒化英霊は全部倒れたのか。」

 協会からの知らせを受け取った小太りの男は、さしたる驚きもなさそうに言った。

 「早いな、黒化英霊とやらの知らせが来たのはほんの二、三日前ではないか?」

 男の傍らに立つ、もう一人の痩せた男が首をかしげる。

 「うん。黒化とは言え、呼び出されたのはどれもこれも相当な格のサーヴァントだったはずなんだけど。
 まああれかな?真名が割れていたらやはり対策が取られてしまうのかな。」
 「以前の戦争で斃された者たち、ということは負け癖がついていた。そういうことだな。」

 二人の男はそれぞれの見解を述べる。

 「よかったよ、余計な魔力を消耗しないで済む。」
 「ああ。
  どうするマスター。もう一度奇襲をかけるか?」
 「うーん……。」

 痩せた男の提案に、小太りの男が顎をさすって暫く考えていたが、やがてのんびりと返事をした。

 「やめておこう。」
 「ほう?」
 「君はキャスターだ。
  力を疑うわけじゃないけど、正面から殴りかかって来られるのは骨だろう?」
 「王たる者のする戦ではないな?」
 「君は燃費も悪いしね。
  暫くは、潜伏させてもらうとしよう。」
 「心得た。さて。」

 痩せた男が背を伸ばし、辺りを見まわす。
 彼らの周囲を、血管の亜人達が取り囲んでいた。
 ある程度の距離を保ち、踏み込むのを逡巡している、と言った風情である。

 「どうするかな。」
 「そうさな、あれの試運転と行こう。」
 「心得た。」

 小太りの男が進み出ると、鞄の中から羊皮紙を取り出して広げ、呪文の詠唱を開始した。

 「――――高く飛ばせよ魂の鳥
  ――――遠く歩めよ魂の影
  ――――居並びよ 狗頭の神の天秤へ
  ――――我はただ祈るのみの者なり
  ――――汝らの清らなる体のみ現世(うつしよ)に残さん」

 褐色の肌をした半裸の人々が羊皮紙の中から現れる。
 半透明で、表情が無い。

 幻の人々が血管の亜人たちそれぞれに集い、幻の寝台に寝かせていく。
 鼻に管を入れ脳を抜き去り、わき腹に入れた切れ込みから臓腑を取りだす。

 幻の古代人たちが、猿面、狗面、人面、鳥面の四種の壺に、それぞれ肺、胃、肝、腸を納める。

 かしゃぁん。

 一斉に壺の蓋が閉じられると、寝台に寝かされた血管の亜人達は見る見る内に干からびて死んだ。


 その成果に、小太りの男――――橋口凜土――――は、満足そうに笑った。

 「おっとっと。」

 よろめいた橋口の体をキャスターが支える。

 「試運転の感想は?」
 「消耗が激しいね。
  やっぱりばちばち戦うのに僕らは向いていない。」
 「その割には、楽しそうな顔だが?」

 キャスターと橋口凜土は、いたずらっぽい笑いを交わした。

 「もう少し待っていてくれよ圭司君。
  約束通り、お土産を渡すから。」

――――

 「黒化英霊全部終りか。」

 郊外の廃モールにて、橋口圭司も協会からの知らせを受け取っていた。

 「よかったですね。
  他のクラスが襲ってきたら、また砦の立て直しに時間がかかるところでした。」
 「他の奴らが頑張ってくれた、ってことなのかな。」

 圭司とバーサーカーの『砦』は、志摩空涯と黒化アサシン以外の敵を未だ招いていない。
 構築途中の砦をこれ幸いと他のマスターが余り攻めてこなかったのは、黒化英霊に構っていたからなのだろう、と圭司は推測した。

 「すると、これから先が本当の戦いなのかな。」
 「然り。」

 圭司が表情を引き締める。

 「志摩空涯は、来ると思うか?」
 「……五分五分かと。」

 マスターの問いにバーサーカーは眉を顰めながら応えた。

 「彼にとっては我らは比較的与しやすい相手でしょう。我らの手の内も知っている。
 しかし、彼は『我々に勝ちたいわけではない』。
 そんな印象を受けました。」

 初対決では腕を斬って退けはしたものの、空涯はサーヴァントを最後まで使わなかった。余力を残して戦っていた。
 敵を偵察に来たというには堂々とし過ぎており、英霊を斃しに来たというには無防備に過ぎていた。

 空涯の姿勢は『斃せたら斃す』、と言うあたりが妥当なように彼らには思えた。

 「聖杯戦争が進めばそれでいい。ってところかな?」
 「ええ。
  そのためにここをもう一度狙ってくるかは……。」
 「五分五分、と言ったところか。」

 砦を構えて待つバーサーカーのスタイルには、明確な長所と短所が存在する。

 長所は、地の利を使えること。
 『梁山泊』が存分に力を出せる空間を演出し、最大のパフォーマンスで相手を迎撃する。

 短所は、機動性が皆無であること。
 積極的に敵に接触しに行けないため、情報が集まらない。もし知らないところで対策を練られていたら、為す術なく斃されることもあり得る。

 バーサーカーと圭司は考えた末、短所を補うのはある程度諦めることに決めた。

 『砦』を構えるのは、バーサーカーにとって間違いなく最良の戦術だ。ならば、なまじの対策では滅ぼされない強力な『砦』を作ることに専念する。

 廃モールの中だけではなく、外側を覆うように陣を描き、結界を作る。地脈の力を引きずり出し、圭司自身も最高のパフォーマンスで戦えるよう準備を整える。
 動線上に魔術的、或いは物理的罠を仕掛ける。

 妖力吸収の陣、捕縛の陣、電撃を通すための水たまり、古典的な落とし穴。

 陣は駐車場を覆うほどにまで広げられた。
 圭司が密かに懸念していた『モール外からの城塞破壊攻撃』にもある程度耐性を付ける。
 魔力の力場がモールをドーム状にすっぽりと覆うように仕向ける。

 ここ数日比較的消耗の少なかった彼らペアは、着々と虎穴を育てていた。


[No.409] 2011/06/02(Thu) 20:24:38
天幕模様[ (No.409への返信 / 6階層) - アズミ

 勇治らのホテルに仮の寝床を設け、約16時間……康一は泥のように眠った。
 そして、聖杯戦争開始の宣言から4日目の、昼。





 ――もともと、手荷物さえ持たない身で転がりこんだのだ。準備は、速やかに終わった。

「行くのか?」

 コートを羽織った康一に、勇治は壁に背を預けたまま言った。
 流石にばつの悪さを感じて、肩を竦めて返す。

「一応、敵に戻ったんだ。敵陣でぐーすか眠りこけてるわけにも、いかんだろう?」

 片手には、月からのメールの本文を表示した携帯電話が握られている。
 内容は、聖杯戦争の再開を期す知らせ。
 ヘラクレスの撃破から16時間が経過して後、月はどういった手段によってか宗造が黒化アーチャーと黒化ライダーを仕留めていたことを突きとめ、黒化英霊全駆逐を一先ず康一、マリナ、勇治らに連絡してきた。追って他のマスターへも連絡が取れ次第、聖杯戦争は正式に再開が宣告されるだろう。
 それは取りも直さず、彼らの同盟が破棄される時が来たことを示している。

「……敵、か」

 勇治の様子は、心底残念そうであった。たった1日半の同盟とはいえ、3度の死線を潜った仲だ。情が沸かないわけではないし――何より。勇治は、ついぞ康一に二度の借りを……命を助けられるほどの借りを作って返すことができなかった。
 借りを作ったまま、命の奪い合いをする仲に戻ろうとしている。それが、無念でならなかった。

「そんな顔するなよ」

 康一は自嘲気味に笑った。勇治の感情は非合理で陳腐であったが、解らないでもない。全く魔術師にあるまじきことであるが、解らないでもなかったのだ。
 だが、なぁなぁで終わらせるわけにはいかない。

「俺もお前も、この戦争を譲るつもりはないんだ。そうだろう?」

「……あぁ」

「なら、これは必要な手順なのさ。通すべき筋なんだ」

 未だ消耗の重い身体のまま勇治らのホテルを出て、七貴邸に戻る。
 ここに来る以前に勇治が指摘した通り、幾許か危険な行為ではあったものの、敵対関係に戻った以上はその懐で甘えるわけにはいかない。
 勇治らが自分を襲うとは康一とて思わないが、それでも宣戦布告の代替として、ここを出ていくのは必要な儀礼だった。

「ランサー、カードを」

 呼ぶと、部屋の外から音も無く騎士は姿を現した。彼女は用件を察していたのか、懐から一枚のカードを取りだす。

「――ここに」

 バーサーカーのクラスカード。死闘の末にヘラクレスを脱落させたランサーの下に、このカードはやってきた。
 だが、康一らにクラスカードは扱えない。ランサーにとって格別の思い入れのあるセイバーのカードはともかく、それ以外は勇治に渡して構うまいと、康一は思った。
 しかし、勇治は首を振ってそれを辞退する。

「……お前たちが持っていてくれ」

「いいのか?」

 そもそも、それを目的として彼らはこの戦争に首を突っ込んだはずなのだ。バーサーカーどころか、本来ならセイバーの引き渡しさえ要求すべきところなのだが。

「お前たちに勝って、戴く。それが『通すべき筋』だ。そうだろう?」

 勇治の言葉に、康一は口の端を上げて肩を竦めた。そう言われては、成程辞退は出来ない。
 あるいは、彼なりに借りを少しでも返そうとしたのかもしれないが。

「……オーライ、預かっておこう」

 康一はランサーを伴って、部屋を出た。アサシンはドアの脇で、何も言わず小さく礼をし二人を見送る。
 そのまま、無言で通そうとお互いが思ったに違いない。重苦しさはなかったが、張りつめた緊張がその場にはあった。
 だが、ランサーだけが去り際に口を開いた。

「また会いましょう、アサシン」

 その言葉に、狐耳のサーヴァントは苦笑した。

「次は殺し合うのに、ですか?」

「だからこそです」

 ランサーは確と頷いた。
 殺し合いなればこそ。相手は見知らぬ敵よりも、一度は轡を並べた相手のほうが良い。
 それが、騎士の情だ。

「……はいな、解りました。
 また、会いましょう」

 アサシンはそんな心理を解する女ではなかったが、仕方ない、といった様子で肩を竦め、承諾した。
 ランサーは満足げに頷くと、主に続いて廊下を進んでいく。


「……厄介な敵を作っちゃいましたねぇ」

 アサシンの吐いた嘆息に、勇治はただ頷いて返した。





 ホテルを出ると、そこにはマリナが待っていた。
 ライダーの姿は見えないが、恐らく霊体となって傍にいるだろう。
 康一は軽く手を上げて挨拶に代える。

「大変だったみたいね」

「お互いにな」

 大方の状況は昨晩の内に既に電話で交換し合っている。
 ライダーがキャスターを退けたこと。加賀円が工房に来訪し、招き入れたこと。
 セイバーが脱落したこと。黒化バーサーカーと、そのマスターを下したこと。
 ……そして、勇治らとの同盟が、解消されたこと。

「……その、部外者を工房に入れたことなんだけど」

 ばつが悪そうに言うマリナに、康一は首を振った。
 恐らく勝手に『自分たちの』陣地に部外者……それも、一応は敵方の人間……を入れたことを、事前の連絡でも彼女はしきりに謝罪していた。
 だが、康一としてはそれを糾弾する気も資格も無い。

「『お前の工房』なんだ、好きにすりゃいい。相応の警戒はしてるんだろう?」

「そりゃ、ね」

 康一を招き入れたように、普通、工房には外部の人間を引き込むことを前提とした領域も当然用意されている。
 円が通されているのも、確かにそこだ。妙なことをすれば即座に対応は出来る。

「なら、いいさ。こっちゃ居候の身だしな。
 ……細かい話は後にしようぜ。まだ疲れが残っててな、さっさと寝たい」

 正直なところ、ほとんど空に等しいほど消耗した魔力は未だ回復しきっていない。今すぐその場に倒れこんでしまいたいほどの疲労となって康一を苛んでいる。
 これから1時間弱もかけて七貴邸に向かうのが億劫でしょうがなかった。

「……そうね。それは全く同意だわ。……でも、一つだけいい?」

「ん?」

 マリナは、康一の傍らにいるランサーに視線を向けていた。
 鎧は消しているが、髪を結い上げたため昨日に別れた彼女とはひどく印象が異なって見えるだろう。
 あぁ、そういえば何故霊体化していないのかも後で説明せねばならないが――。

「そっちの、本当にランサー?」

「あー……」

 康一は頭を掻いた。
 本当に、ランサーか。それは難しい質問と言えた。真名さえ違えた以上、確かに昼間とはある意味で、同一英霊とさえいえないかもしれない。
 だから、康一もまたランサーに問うた。

「どうなんだ、ランサー?」

 ランサーは暫しきょとん、と康一を見返していたが、やがて柔和な微笑みを以って彼に返してきた。

「……ええ、主。
 私は『あなたのランサー』です」


[No.410] 2011/06/02(Thu) 20:25:25
フランケンシュタインの怪物W (No.410への返信 / 7階層) - 咲凪

「……ええ、主。
 私は『あなたのランサー』です」
「何でお前が言うんだよ……」

 柔和な笑みと信頼に満ちた瞳、穏かに紡がれたランサーの言葉を聞き、マリナは無表情で同じ言葉を繰り返した。
 特に『あなたの』という部分にアクセントを置いた発言に、康一はささやかな悪意を感じる。

「……えっと、何かおかしかったですか、マリナ?」
「あ、いや、変な訳じゃないんだけど……」

 マリナが“からかっている”のを解らず、律儀にランサーが問い返すものだから返ってマリナの方が恥ずかしい気持ちになってしまう。
 霊体化したままのライダーは姿を現さないが、なんとなく含み笑いを浮かべる青年騎士の姿がマリナの頭に浮かんだ。



 逆に――ライダーは困惑していた。

 昨夜、七貴邸に戻った後に、彼はついにマリナに尋ねたのだ。

『君は、聖杯をどうするのだ?』と。

 マリナは考えるような素振りも見せず『吸血鬼化の治療』と答えた。
 その答えはライダーにとって満足のいくモノの筈であったが、今となっては疑問があった。

 教会での月との会話、そしてキャスター戦で見せた表情。
 自らのマスターが何かを抱えている事を察する程度には、ライダーは察しの良い男だった。

 どう尋ねようか迷いながら、あるいは尋ねるべきでは無いのかと思案するライダーを見て、先に語りだしたのはマリナの方からであった。

「私には――――感情が無いのよ」

 その言葉から始まった説明は、ひどい冗談にしか思えなかった。
 これほど感情的で表情豊かなマリナに、感情が無い等とはとても思えなかったからだ。
 だが、説明を聞けば聞くほど――――。

「吸血鬼化の治療は母親の件に私なりにけじめを付けたいだけ、
 あの村の死んだ人達に、その流れから来る結果という意味を与えたいのよ」

 聞けば聞くほど、あの時の表情と、何故彼女が自分を召還したのかをライダーは理解してしまう。

 七貴マリナは、偽物で出来ている。

 欠けた感情(なかみ)を継ぎ接ぎにした、偽者の心。
 彼女は――――フランケンシュタインの怪物だったのだ。
 身体ではなく、心を継ぎ接ぎにした怪物だったのだ。

 それがライダーには酷く理不尽に思えた、どうして、この“感情豊かなマリナ”が真のマリナでは無いのかと。
 偽りを纏う者でなければ、偽りに満ちた英霊である己は召還に適合しない、つまりやはり真のマリンは“感情の無いマリナ”なのだ。
 その事実がライダーにはどうしようもなく悲しく、また、どう言葉を掛けるべきか解らないでいた。

 なぜなら、彼は後悔して死んだのだから。
 偽りを纏って生きた生涯を、『間違いであった』と絶望して、死んだのだから――。



 康一は言葉通り、七貴邸に着いてから泥のように眠りに入った。
 康一は勿論だが、傷が塞がったばかりのマリナも身動きが取れる状態では無い、自然とその日は夜まで休む事になった。

「寝る前に、これを飲んでおきなさい」

 眠る前に康一はマリナからゼリー状の飲料に似たパックに入った赤黒い液体を渡された、見れば早速同じ形のモノをマリナ自身も口にしている。

「これは?」
「私の血」

 反射的に受取った手を遠ざけると、マリナがイラッとした顔をする。
 康一はげんなりした目線だけで説明を求めると。

「厳密に言えば血を媒介にして保存してある私の予備魔力よ、
 本当なら直接点滴した方が早いのだけど、飲んでも効果はある筈よ」
「でもよー……」

 康一は手にした血液のパックをぷらぷらと揺する、これを飲めというのか、吸血鬼じゃあるまいし、あの血管ではあるまいし。

「血液を媒介にしてるだけで全部血液って訳じゃないんだから我慢しなさい!、
魔力が回復しない事にはアンタもどうしようも無いでしょ?」
「まぁ――な」

 良薬口に苦しって言うでしょ?、というマリナの言葉には同意しかねるが、康一は我慢して血液(だけでは無いらしいのだが、ならばこの赤い色はどうにかならなかったのか)パックの封を開け、覚悟を決めて口に含んだのだった。

「…………うっ」
「ぐっと飲む!」
「うぅ……」

 点滴した方が、と言っていた事から嫌な予感はしていたが、案の定だ。
 マリナの血液入り魔力パックは、ちょっと想像以上に不味かった。


[No.411] 2011/06/02(Thu) 20:26:01
天幕模様\ (No.411への返信 / 8階層) - ジョニー

 康一とランサーと別れた後、勇治とアサシンは美弥子が用意したと言っていた拠点に居を移していた。
 ホテルは既に引き払っている。敵対関係に戻った相手が知る場所を何時までも拠点には出来ないからだ。

 そして、今この新しい拠点の極一般的な一戸建て住宅には勇治とアサシンしかいない。
 美弥子は既に帰路についた、過去の英雄たるサーヴァントがうろつくこの町に何時までも居たくないし、無理に居ても足手纏いになるのは確実だからだ。
 その美弥子には、黒化バーサーカーの令呪であった加賀弓を連れて行ってもらった。正直、彼女の状態はアサシンでもお手上げだったのだ、そこで天川御用達の病院に連れて行くことが決まった。
 天川一族御用達の病院でも彼女を癒す事は出来ないだろうが、此処に置いておくよりも遥かにいい。
 希はその二人の護衛として一時帰宅させた。希が目を覚ました時は一悶着あったが、既に黒化英霊がすべて斃されている現状、勇治にはこれ以上希を戦わせるつもりはなかった。
 無論、希はそれでも戦うと言ったが湖底市を出る関係者である美弥子が襲われないとも限らず、更に黒化バーサーカーの令呪の持ち主であった弓も同じく襲われる理由はある。故に希に二人の護衛という役割を持たせて無理矢理帰ることを納得させた。
 他にも天川当主である父に現状の報告も希に頼んだ。ある程度は既に報告済みだが、やはり当事者の口から直接報告した方がいい。盗聴等を恐れて詳しい報告は現状出来てはいないのだし。
 なにより、元々希はこの湖底市の調査に関わる予定はなかったのだ、その辺の説明というか弁明もしなければならない。

「という訳だ。これで希が今日明日中に戻ってくることはないだろう」

 意識のない弓を運ぶというのは大変なことだ。アサシンが持たせた認識阻害の符で一般人には不審に思われる恐れは低いが、それとて通報されない程度の極弱いものだ。
 必然的に移動手段は限られる故に最速で帰るという訳にはいかない。それにあのルビーと希が当主を納得させる報告と説明をするには少々時間がかかるだろうし、湖底市に戻る許可を取るのも難しいだろう。
 最終的に強硬手段で戻ってくる可能性もあるが、希の性格的にその可能性は低いし、仮にその選択をするにしても最終手段となるだろうから、やはり湖底市に戻るにはかなり時間が掛かるだろう。

「なるほど。まぁ戦力的にはダウンですが取れる手段には幅が出ますね」

 きつね蕎麦を幸せそうに啜りながらアサシンが頷く。
 希は確かにサーヴァント戦では強力な戦力だが、9歳という年齢の所為もあるだろうが性格的に甘い、共に行動すると搦め手が殆ど使えなくなる。

「そうだな。差し引きは……ほぼゼロと考えていいかもしれん」

 アサシンというクラス、玉藻の前というサーヴァントは搦め手でこそ真価を発揮する。前衛クラスとも戦える希がいなくなった穴は大きいが、アサシンが真価を発揮できるようになったとなれば、その差し引きは微妙なところだ。

「とりあえず、食事が終わったらまずはこの拠点と装備の確認だな」

 定番の引っ越し蕎麦。勇治は月見蕎麦をアサシンは予想通りきつね蕎麦を出前で頼んで現在食事中だった。
 油揚げと美味しそうに食べるアサシンに、勇治の頬が自然と緩む。







 この家に運び込まれていた美弥子が運んできた装備一式。
 曲った刀は美弥子に持ち帰ってもらったから代用品が必要である。

 代用品の武器を整頓されていない道具一式から探そうとしたところ、覚えのない魔力封じが施されたトランクが見つかった。

「これは…鍵は、これか。しかし、こんなものは頼んでいないが?」

「うーん。でも、ご主人様のご実家が聖杯戦争にご主人様が参加したから、向こうでご主人様が要望した物以外も送って来てるんですよね。だったら、これもそうじゃないですか?」

「まぁ、そうだろうな」

 実際、勇治が要求した物以外の品も多く含まれていた。
 それらの殆どが勇治でも滅多に使わない高価な治療薬などで本家が追加した物だと分かる。

 まぁ開けてみれば分かるかと勇治はトランクの鍵を外して、その蓋を開けた。
 中から出てきたのはサーヴァントが持つ武器のような威圧感を感じさせる白と黒の一対の中華剣。

「これは、確か……」

 勇治はそれを知っていた。
 何代か前の天川当主が堕ちた混血を斃して戦利品として持ち帰ったという中華剣だ。
 だが、そこらの概念武装や魔剣などとは比べ物にならない相当な神秘を宿すそれは結局、危険物として使われることなく宝物殿に納められて封印されていたはずだった、勇治でさえ一度だけ見ただけの品である。

「あら、これは本物の干将莫邪じゃないですか。まだ現存してたんですね」

「……………は?」

 後ろから覗きこんできたアサシンの一言に勇治が固まる。
 正体不明だった中華剣の真名があっさり判明した。しかも、予想の斜め上にぶっ飛んで。

「今、なんて言ったタマモ?」

「いやん、ご主人様。タマモって呼んでくれて嬉しいです」

 頬を手で押さえてくねくねし出すアサシン。

「あー、いや…そんなに呼んで欲しかったなら、これからはこの家ではそう呼んでやるから」

 そういえば、黒化バーサーカーと戦った時も無我夢中だったが冷静になれば恥ずかしいことを叫んだ覚えもある。その事を後悔するつもりはないが。

「いや、今はそれは置いておくが……干将莫邪、だって?」

「あ、はい。それレプリカとかじゃないオリジナルの干将莫邪ですよ。ランクは低いですけど正真正銘の宝具です」

 ちょっと気が遠くなった。
 知らなかったといえ、家に宝具があったのかと。

 勇治は頭痛を振り払うように頭を振って、干将莫邪をトランクから取り出す。
 そのまま構えて、軽く振るう。今までの刀と短刀の二刀流とはまるで違うが、使えなくはない。
 動きを徐々に干将莫邪に合わせて修正しながら振るっていく、元々相手に合わせて武器を変えてきたのだ。ある程度似た武器を使ってきたとはいえ重心等の変化は免れない。
 此処まで大きな変化は久しぶりだが、曲刀の短剣だけあって型の修正の方向性は分かる。

「おお〜! 見事です、ご主人様」

 アサシンの称賛に若干照れながら苦笑する。
 干将莫邪を振るうのを止めて座り直す。型の修正は思ったより早く終わりそうだ。なら、武器はこれで問題ないだろう。

「とりあず、暫くは情報収集だな」

 地図を広げ、勇治とアサシンが向きあって座る。

「まぁバーサーカーとキャスターの情報が無いですからね」

「だが、此処を拠点としてるのは……おそらくはキャスターか」

 地図の上の、郊外に位置する廃モールを勇治が指差す。

「だと思いますよ。バーサーカーは頭パーですから拠点を作るなんて出来ませんし。
 多分、此処がキャスターの陣地なんでしょうね」

 まさかこの聖杯戦争のバーサーカーが理性を保っているとは思いもよらない二人は自然とその結論に至る。

「でも、キャスターの陣地にしては…砦としてはともかく神秘の秘匿が杜撰過ぎますね。多分正規の魔術師じゃないんでしょうね」

 サーヴァントもマスターも、そう付け加えるアサシンの意見に勇治も頷く。

 砦としての陣地と考えるなら軽く調べた限りでもかなりのものだと分かる。が、その軽く調べただけでも魔力の残り香が周囲にも漏れていた。
 とても神秘の秘匿を第一とする魔術師の陣地とは思えない。となると正規の魔術師ではないのだろう。
 魔導書を持つとか悪魔召喚をしたとかの伝承を持つ者がキャスターなのかもしれない、そうであれば神秘の秘匿を気にしないのも道理だ。
 マスターに関しては、アーチャーのマスターは魔術使いであったし、アサシンのマスターである勇治自身は魔眼持ちの混血である。どちらも正しい魔術師ではないのだから、キャスターのマスターがそうであっても驚くには値しない。

「………暫く、この陣地を見張る。
 この神秘の秘匿の杜撰さなら、他のマスターが必ず潰そうと動く」

 その時が狙い目だと、勇治が無言のうちに語っていた。
 アサシンもそれに異議はなく、黙って頷きマスターの方針を肯定した。


[No.412] 2011/06/02(Thu) 20:26:38
風車の丘、従者の夢T (No.412への返信 / 9階層) - アズミ

 夜半。
 康一が用を足しに寝床を立つと、途中、ロビーに意外な人影を見つけた。

「……ライダー」

 赤眼のサーヴァントは、ロビーの片隅に……恐らく、大掃除か何かの時退かしてそのままなのだろう……詰まれたソファの上に身を預け、黙して上天を仰いでいた。
 この騎士は始終マスターの傍に霊体化して侍っているものと思っていたので、康一は少し驚いて彼を見た。
 ライダーは……無論気づいてはいたのだろう。闖入者に視線を向けてくる。

「……康一か。どうした」

「いや、便所。……お前こそ、こんなところでどうした?
 お前はいつもマリナの傍にいるもんだと思ってたよ」

 言われて、ライダーは少し決まりの悪い顔をした。
 七貴邸は構造上、侵入者がマリナの寝室に向かうには必ずこのロビーを通る必要があるため、確かに防備として決して不足ではないのだが。

「私も、マスターと顔を合わせづらい時ぐらいはある」

「ふうん」

 目も覚めてしまっていたので、康一は生返事一つして彼の隣にどっかと座った。
 ロビーは吹き抜けになっており、天井は嵌め殺しの窓で採光を行うようになっている。
 今は、満月の柔らかな月光が彼らを照らし出していた。

「…………」

 二人は、暫し黙したまま月を見上げた。
 康一は、ライダーがきっと何かを話したがっているのだと何処かで察していた。それを話すか話さないかは彼の自由だが、それを待ってやるぐらいの器量は同盟者として持ってもいいはずだった。

「……偽りに」

「うん?」

 ライダーの真なる葛藤は、そこではなかった。ただ、騎士として主の秘を軽々しく口にするのを躊躇った彼は、己に置き換えて口にした。

「偽りに塗れて生きる者に、救いは無いのだろうか。
 真実を掴むことは、二度と出来ないのだろうか」

「…………」

 黙して聞く康一に、ライダーは月を仰いだ。

「……確か、天を見上げよと言ったのだ、私は」

 ライダーはこちらに視線を向けない。
 ただ、詩を諳んじるように独白した。

「望郷の念に駆られる従者に、私はこう言った。
 天を見上げよ、従僕よ。どれだけの時、どれだけの道程を隔つとも――天の王、月の女王、侍る星々は我らの騎士道をご覧になっている、と」

 その言葉に釣られて、康一も空を見上げた。
 なるほど、幾星霜の時を経て、縁もゆかりもない土地に召喚される彼らにとってさえ、それは真。
 太陽と、月と、星々。
 英霊が勝利しようと敗北しようと、何処に流されようと誰を失おうと。その果てに、命さえ失い、ついには人としての生涯さえ失おうと。
 ……天だけは一切変わることなく、彼らを見つめている。

「……だが、私の言葉は。それさえ偽りだったのかもしれない」

 ライダーは首を振って憂いた。

「私は、偽りの英雄だった。
 従者を偽り、姫君を偽り。己が身を偽った。全事万事を偽り続けた人生だった」

 そして、英霊となった瞬間から彼は『それが全て』になった。
 人としての生まれも、従者の本当の名も、己という道化が如何に滑稽に生きたのかも。全ては不要の物と切り捨てられた。
 この身はラ・マンチャの男、騎士を装う狂人。それが全てと、世界が断じた。
 真実は最早、全て忘却の彼方。ただ一つだけ許されたのは、『自身が偽りである』という、その認識だけ。

「天を仰ぎながら、あるいは地を見ていたのかもしれない。太陽を讃えたつもりで、それは実は月だったのかもしれない。
 自分の吐いた言葉さえ、偽りだったのかもしれない」

 それは、狂人にしか解らぬ憂鬱だ。
 狂人の世界は偽りで出来ている。それは決して健常と、彼以外の全てと交わることがない。

「死に際に、それを悟ったはずなのだ、この私は。
 己が狂人であったと。誉れ高き騎士など何処にもいない、全ては狂人の妄想に過ぎなかったと。
 だというのに……」

 だというのに。
 この身は、未だ騎士道を追い続けている。
 聖杯に託す望みは無い。そんな彼がこの戦場に赴いた理由は唯一つ。

「……今度こそ、誰かを護ろうと。誰かを護れる、真の騎士になろうと私は槍を振るう」

 愚行だろうか、と彼は問う。

 だが答えはとっくに出ていた。愚行だ。彼自身が断じる。
 偽りが真実になることはない。一人の狂気が世界に受け入れられることはない。
 自分さえ偽り続けた彼の人生は、間違いだった。

「……俺の身体は、偽物だ」

 康一はそれに応えず、月に掌を翳して言う。

「だが、『俺の本物の身体』なんてものは、どこにもない。
 ……なら、俺の身体は価値の無いものか?」

 それは、違う。
 ライダーは首を振った。康一自身も、そう思っているはずだ。
 彼は言ったのだ。この身体は、大切な人がくれたものだと。師が確かに愛してくれた証としてくれたものだと。
 ならば、この身体に不足などない。志摩康一の身体は、これ以外には在り得ない。

「そうだ、俺の身体はこの身体以外にあり得ない。たとえ、人の身体としてこれが偽物だったとしても。
 ……お前の人生も、そうだろう」

 最早、真実は無い。
 彼が知る由もなかった、彼の真実は忘却の彼方に消えて果てた。
 世界は、彼の狂気をこそ祝福した。

「ならば、『それでいい』んだろう。
 偽りが真実に勝ることもある。虚構こそが人を救うこともある。まして、真実が何処にも存在しないなら」

 本物の身体などどこにもないなら。愛されて生まれ出でたものならば。
 たとえこれが偽物の身体であっても。

 正気の人生など何処にもないなら。それが善なる騎士の生き方だったならば。
 たとえそれが狂気の産物だったとしても。
 
 彼女の本当の感情など何処にもないなら。それが、愛すべき人の心ならば。
 たとえそれが継ぎ接ぎの仮面だったとしても。

「それでいいのさ。
 世界にとって偽りでも、自分にとってはそれは護るべき『唯一つの物』だろう?」

 ライダーは、言葉を返すことが出来なかった。
 彼は悠久の時の中、己の人生を悔いてきた。空虚な偽りと侮り、自分に尽くした全ての人々に謝罪してきた。

 だが、この男は『それでいい』という。
 あの生涯さえ、価値あるものだと――そう、言うのだ。

「……そろそろ寝るわ」

 康一は立ち上がった。

「なぁ、ライダー」

 一度だけ、康一は振り向いた。

「俺は、マリナのことは嫌いじゃあない。お前だってそうだろう?」

 なら、それでいいじゃないか、と。黒衣の魔術師は笑ったようだった。

 それを浅薄と指摘することが、ついにライダーには出来なかった。
 彼の表情が、似ていたから。
 狂気の騎士に引き摺り回され、生涯を無為にしたはずのあの従者の、最後に見た笑みに似ていたから。

 立ち去って行くその背中を、ライダーはただ黙って見送った。


[No.413] 2011/06/02(Thu) 20:27:23
莫逆神王 (No.413への返信 / 10階層) - アズミ

 湖底市郊外の廃モール。

 魔力、地脈の力の漏れ出る様を見て、橋口凜土はため息を漏らした。

 「ここに魔術師がいますよ。」

 そう知らしめるような行動は、魔術魔法の「神秘性」を損ねるとして、厳に自重すべき事態だ。

 「なんだかよくわからないもの」への畏敬と恐怖が、「なんだかよくわからないもの」への力を与えている。

 魔術師としては、「なんだかよくわからないもの」は表に見せてはいけない。
 うっかり把握され、分析され、「これはこうだ!」と分解(バラ)された日には、それに関する「神秘性(ミステル)」は失われる。
 「人が未知であること」その現象を、その概念を、そのまま集めて煮て漉いて、魔力の根源にしているという土壌があるのだ。

 未知が未知でなくなると言うことは、魔力魔術の根源が弱ると言うこと。それを魔術師は危惧している。


 比して。
 己の道術を秘することもなく、廃モールの防備に使う魔術に(罠を除き)隠匿を行わなかった。
 道術を求める橋口圭司にとって、ミステルの『消費』になど興味はない。
 「人は、至るべきところに至れば、超人となれるはずだ。」
 ただそれだけである。

 全ての人間が、運と努力で人間を超えられる。

 それが圭司の『真理』であった。

 「人に知られていないから力を持つ神秘性(ミステル)の保持」など、圭司には醜悪な既得権益競争にしか見えなかった。
 そんなものが無くとも、人は偉人になれる。
 正しき道を歩めば、それぞれに求めるものが生まれ、意味のある道程が刻まれる。

 その結果として、ミステルが人の科学で解析されることがあろうとも、それは喜ばしいことだとすら考えている。

 つまるところ、彼、橋口圭司は、魔術など知らない普通の人の普通の研究成果が世界を暴くと信じているのだ。

 人が全てを知る「約束の日」を夢見る橋口にとって、魔術師がかたくなに守る神秘性(ミステル)など、無駄な抵抗にしか見えなかった。


 そもそも、廃モール周辺の結界は、半ば他のクラスを呼び込む意味もある。隠さない理由がないこととは別に、あからさまにしておくための理由もあるのだ。


 「とは言え、警戒心を呼び込むのは如何なものか。」

 橋口凜土が、甥っ子の前へと着地する。続いてキャスターがバーサーカーの前に。
 刷いた剣の柄に手を添えるバーサーカーを、橋口圭司はそっと手で制止した。

 「何の用だ。」
 「協力関係を提案しに。」

 小太りの体を揺らして、凜土はにこりと笑った。


――――

 「なるほど?防御が俺らで、攻撃がお前ら。」
 「そういうこと。」

 橋口凜土の提案はごく単純。
 『死者の書』による機動性能とキャスターの遠距離攻撃魔術で、
 バーサーカーの欠点を補おうというわけだ。

 「それが『お土産』か?」
 「んーーーー。」

 凜土はわざとらしく考えて見せたが。

 「そうだね。そう思ってもらって構わない。」

 語弊はあるけれど、ということを言外に含めて答えを返した。

 「……何故だ。」
 「ん?」

 疑問を呈したのは圭司。

 「兄ちゃんにとって俺は親の敵のはずだ。」
 「そんなのどうでもいいよ。」

 凜土はあっけらかんと応える。

 「実際、お父さんは何も知らずに生きている。
  敵も何もない。」
 「でも俺は、」
 「君が爆弾を抱えているのは知っている。
  けれど、これは聖杯戦争だ。
  人質は死ぬか解放しかない。
  その選択肢の中で、お父さんに被害が及ぶ未来はあり得ない。」
 「……。」

 橋口凜土は、バーサーカーの逆徒掌握能力を正確に把握していた。

 悪政、侵略を為す輩に対する反感を高め、煽り、自分を頂点に洗脳する。
 統率と支配には、「支配されている者全てが同じ方向を向いている」必要があり、
 それが瓦解した瞬間、バーサーカーの影響力は途切れ、人は正常な判断力を取り戻す。

 人質が死ぬ、とは、バーサーカーの支配下に置かれたまま死ぬことであり、
 人質が解放されるとは、バーサーカーの支配から外れ、意のままにならぬただの人に戻るということだ。

 この過程の中に、義憤の目標である橋口凜吾への襲撃行為は存在しない。
 支配者であるバーサーカーには特に襲撃理由はなく、
 支配を外れた人にも襲撃理由が消える。

 結果、橋口凜吾に実害が及ぶ可能性は限りなく小さい。

 「怒ってはいるけどね。」
 「……すまん。」

 小太りな凜土に、大柄な圭司が頭を低く下げる。

 「だから。
  より効率のいい聖杯戦争の進め方を提案しに来たのさ。」
 「マスター。」

 バーサーカーが口をはさんだ。

 「この話、乗るのですか。」
 「いい話だと思うんだけどねえ?」
 「あなたには聞いておりません。」

 キャスターのマスターにぴしゃりと言い、自分のマスターに向き直る。

 「……もし断ったら?」
 「場所を変えてもらうことになるかな?」
 

 キャスターのマスターの遥か背後、細い声で詠唱が聞こえていた。

 「――――今正に洪に遇(あ)いたり。
  ――――天に三十六、地に七十二、
  ――――恕�助掾iこうさつ)の星、輝くべし。」

 バーサーカーの詠唱はやはり、遅きに過ぎた。


 「――――来たれ、輝く満天の中へ」
 
 キャスターの詠唱が終わると、辺りは白い光に包まれた。


――――

 「驚いたな。地形丸ごとAbductionかよ。」

 ドーム上の光り輝く空間で、橋口圭司が漏らした。
 砦としていた廃モール、集まっていた一般人達の車、その下の地面のアスファルト。
 それら全てをスプーンで掬ったように、機械音と光の空間の中に置かれていた。

 「余り長い間召喚はできないんだ。
  時間が過ぎれば、君らは時間と空間の向こう側へさようならしてもらうことになる。」

 バーサーカーが剣を構えると、いつの間にか背後に立っていたキャスターがウアス杖でその剣身を引っ掛けた。

 「……っ!!」
 「お前らは!」
 「いつでも降りられる。」

 敢えて『死者の書』は見せずに、凜土は言った。

 これはお願いではない、脅迫だ。圭司はそう感じ取り、ため息をついた。

 「分かった、砦を使わせてやる。」
 「主!?」
 「だから、元の場所に戻してくれ。頼む。」

 圭司が頭を下げると、凜土は実に、実に満足そうに笑った。

 「ああ♪」


――――

 気付けば、先ほどまであったままの廃モール。
 電気も点き、欠員も無し。暗闇の駐車場に車が並び、
 魔術的結界も残ったまま。

 「どうかな?」

 頬杖をついて、橋口凜土が訊く。
 答えはわかっている、と笑って。

 「……わかったよ。」

 圭司の返事に、凜土は笑みを一掃に強く深くした。

 「但し。こちらにはこちらが張った罠や計画がある。
  それを壊す真似はやめてもらう。」
 「わかった。
  じゃあ、教えてくれ。」

 マスター同士がノートを介して作戦会議を始める中、
 バーサーカーとキャスターは将棋を指しているのであった。
 

 「……無能の無為の不義の王が。」
 「折れよ砕けよ降参せよ、逆徒め。」

 鼻血を出しながら食らいつくバーサーカーと全身にネバついた汗を流すキャスターの、
 全生涯をかけた戦いが盤上に繰り広げられていたが。
 それはまた別のお話。


[No.414] 2011/06/02(Thu) 20:28:25
夢城の主T (No.414への返信 / 11階層) - アズミ

 五日目、夕刻。

 待ち望んだ知らせを受け取り、背を壁についたままパトリツィアは瞼を開いた。

「教会から知らせだ。本日只今より聖杯戦争を再開する」

「ようやくか」

 開いたメールの文面をアーチャーに示すと、彼は待ちくたびれたように一つ伸びをして、愛用の弓に弦を張った。
 狙撃手にしては大胆極まる行為だが、いずれにせよこの距離では如何に英霊とて彼の姿を認識することさえできまい。つまるところ、パトリツィアの対応のほうがアーチャーには奇矯に思えた。まぁ、彼女の場合臆病というよりは、狙撃手はそういうものという定型文に則った行動なのだろうが。

 窓枠に足をかけ、標的を睥睨する。
 既に準備は万端である。
 標的は24時間以上前に捕捉。狙撃地点は充分な距離と魔術・社会両面からの隠蔽を以って確保されていた。
 殺ろうと思えばいつでも仕掛けられたが、それでも今の今まで動かずにいたのは教会への一応の義理だてと、ランサーとライダーの件を教訓とした結果だった。
 念には念を入れなければならない。

「少し風があるな……」

 アーチャーが呟いて、視線の先、遥か彼方。廃モールを視界に収める。

「問題があるか?」

「この距離だからな。サーヴァントの『勘』次第で回避される可能性がある」

 人間の限界を突破し、世界の一部と化した英霊の戦術においては、運や勘といった曖昧な要素でさえ無視はできない。
 特に剛運に護られた英霊は、時として神霊の加護と言って差し支えないほどの防御効果を発揮する。

「構わん。今回は別に首を殺りにきたわけではない」

「そうかい」

 言って、アーチャーは弓に矢を番え、満身の力で引いた。
 彼我の距離は500m。人間の狙撃可能域を大きく凌駕する間合い。況や原始的な長弓で、矢の届く距離ではない。普通ならば。
 だが、アーチャーの眼……障害物や距離を問題にしない『鷹の眼』と、文字通り神域の狩人の腕の前には、問題にはなり得ない。

「第一目標はバーサーカー。弾種『女神の御手(ベテルギウス)』、人質には当てるなよ」

 壁から顔を出さないまま命ずるパトリツィアに、アーチャーは不敵に笑った。

「誰に言っている。俺は弓兵(アーチャー)だぞ?」





 然したる音もなく。
 突如、窓際に立っていたバーサーカーが血煙に塗れた。

「あ――……!?」

 視線がぐるりと下を向く。矢。人間が使うには聊か長大な矢が、バーサーカーの胸を刺し貫いていた。
 霊核は辛うじて外したため英霊として致命傷とは言えないが、さりとて戦闘を継続できるほどの浅い傷でもない。

「バーサーカー!」

「伏せ……て……!」

 駆け寄ろうとした圭司だがバーサーカーの血泡混じりの叫びが押し留められ、手近に居たキャスターと凛土の頭を掴んで伏せさせ、柱の脇に引きずり込んだ。
 次弾が来る。確定的な予感に、圭司の胸はざわめいた。

「かわせ!」

 急いで命ずるが、間に合う速度ではない。
 令呪を使うか――?しかし、その逡巡が実を結ぶ前にバーサーカーの防御も成立し――それに遅れること数瞬、次なる必殺の矢が襲来した。

「李逵!」

 虚空から現れ出でた鉄火肌の巨漢が、弁慶よろしく首魁の前に立ち往生する。バーサーカーはその間に、遮蔽の下を這いずって主の元まで退避した。
 鈍い音を立ててその胸に矢が突き刺さり、黒旋風は兄貴分と慕った天魁星の盾になり続けたまま、二ィと笑ってバーサーカーの宝具へ還った。
 
「くっ……!」

「バーサーカー、傷は?」

「神医殿に診ていただきます……ご心配なく」

 言っている間にも、バーサーカーの傍らに“神医”安道全が召喚され、彼女の治療に当たっている。
 一方、なおも続く矢撃がガラスを粉砕し、薄い壁面に穴を穿っていく中、柱影に引きずり込まれたキャスターと凛土は。

「やられたな……狙撃か」

「フン、こそこそと。仮にも英雄の戦術とは思えんな」

 鼻息荒く吐き捨てるキャスター。戦闘経験に乏しい凛土にとって、このサーヴァントの泰然自若とした態度は幾許か頼りになる。

「キャスター、反撃を」

「敵がどこかも解らないのにか?」

 ……問題は、経験が少ないのはこのサーヴァントも同じということだが。

「解らないのになんでそんな偉そうなんだよ!」

 食ってかかる凛土にキャスターは肩を竦める。

「落ちつけ、マスター。
 この攻撃、たいした強弓だが、この砦を端から崩していくほどの威力はない」

「だから?」

「やり過ごせばよいではないか」

 凛土は呆れたように息を吐いた。
 確かに、矢である以上いつかは尽きるだろうし、降り注いでいる矢の威力は砦の陣によって減衰しているのかせいぜいガラスや薄い建材を撃ち抜く程度。こうして遮蔽を取っている限り有効打にはならない。バーサーカーは単に運が悪かったのか、はたまたあの一撃だけは毛色が違ったのか。
 ともあれ、このまま一先ずやり過ごすのが唯一にして無難な方針だ。情けないのは変わりないが。

「……いや、出来ることはやっておこう」

 言って、凛土は懐からタウンマップを取りだした。
 敵のおおよその方向は解る。ならば、廃モールからその方角にある、狙撃に適した建造物のいずれかに敵はいる。
 場所さえ当たりをつければ、死者の書で急襲することも可能だ。
 ……その、はずなのだが。

「これは骨だな……」

 再開発区には建築途中で放棄されたビルが山ほどある。箱としては完成してさえいるものも少なくない。
 そのどれもが、狙撃地点に足る。今や、彼には夕日に照らされるビル群が彼らをねめつける巨人のように思えた。





 そして、アーチャーらがいるのはそのいずれでも無かった。
 再開発区を丸ごと挟んだ反対側。無断で侵入したオフィスビルの屋上こそが、彼らの狙撃地点。

「全員遮蔽に入ったぞ」

「では目標を指定する」

 そこに至って、ようやくパトリツィアは遮蔽から顔だけ出して光学双眼鏡を構えた。しかしこの距離、この光量では文明の利器に頼ってすら目標の捕捉は難しい。手元の携帯端末による衛星からのデータで、ようやくおおよその状況を把握できるレベルだ。

「駐車場のライトを破壊しろ、全てだ。……続いて停まっているバン……そう、白い奴。その後部を破壊。爆発させるなよ、ガソリンを撒くのが目的だ。……次弾、火矢。モールに類焼させるなよ。次……」

 次々と送られるパトリツィアからの指示を違えず、アーチャーが精確無比に矢を放っていく。
 意味もなくモールを破壊しているわけでは、もちろん無い。如何なる陣とて、外縁は必ず外界に接する。パトリツィアが指示しているのはその接触した点だ。

「矢の勢いが殺がれなくなったな」

「あぁ、物理的な障壁を2枚ほど排除した。まだあるぞ、次」

 仙術には明るくないが、しかしそれが魔術である以上、踏むべき要点は変わらない。『それが人の魔術であるならば』、然るべき手段で排除は可能だ。
 正直なところ、バーサーカーにキャスターが合流した時点で、パトリツィアはこの作戦にさほどの効果を期待していなかった。
 キャスターの多くは『陣地作成』というスキルを有しており、彼らが構築、強化した魔術陣地は人間に破壊するのは至難である。いかにオリオンの剛弓でも、矢封じの結界を施されれば『女神の御手』を以ってすら貫けない可能性さえあった。

(だが、予想より容易いな……クラス特性と英霊の技能が一致していないのか?)

 それはバーサーカーが陣を構え、キャスターと合流した時点で考えていたことであった。
 本来、魔術陣地を構築しての籠城戦はキャスターこそが得意とする。一方でバーサーカーはその手の絡め手に最も向かないというか、そもそも狂化で理性を失う以上、そういったことが不可能なのが普通だ。
 しかしあのバーサーカーは普段狂化していないのみならず、砦に引き籠り兵を揃え始めた。他方、キャスターは、恐らく自前で用意すればいいであろう砦を求めてバーサーカーと合流した。
 つまり、考えられるのはバーサーカーは正面戦闘に劣り、キャスターは陣地作成能力を有していない……両者とも、クラス特性を生かせない英霊である可能性だ。

「……ならば、ここが好機か。移動するぞアーチャー」

 あらかた砦の魔術的防備は蹂躙し終えた。
 双眼鏡と端末をその場に放棄して、パトリツィアは遮蔽を取ったまま非常階段へ向かう。

「じきにキャスターとマスターが動くはずだ。そこをお前が仕留めろ」

「それは構わんが、バーサーカーの方はいいのか?」

 アーチャーの問いに、パトリツィアは一度だけ振り向いた。
 己のサーヴァントにではない。その方角にいるはずの、『もう一人の監視者』に対して、だ。

「……それはあちらに期待しよう」





 駐車場に火の手まであげたアーチャーの攻撃は、当然バーサーカーの砦を監視していたアサシンらにも悟られることとなった。

「……ご主人様、あれは」

「あぁ……たぶん、他のサーヴァントが仕掛けたんだ」

 アサシンの言葉に、勇治は首肯する。
 バーサーカーの陣の堅固さゆえに今の今まで攻めあぐねていたが、ことここに至っては慎重を期してまごつくわけにはいかない。あそこにはまだバーサーカーが人質にしたと思しき一般人がいることは調べが付いている。
 サーヴァント同士の戦闘に巻き込まれれば、彼らもただでは済まない。

「いくぞ、タマモ」

 避け得ぬ戦闘を前に、勇治は敢えてサーヴァントを真名で呼んだ。家でさんざ口にしたというのに、やはりアサシンはそれが嬉しいのか、ふさふさとした尻尾がぴょこん、と揺れる。

「はい、お任せあれ!」


[No.415] 2011/06/02(Thu) 20:29:05
赤色偽剣X (No.415への返信 / 12階層) - 咲凪

――真紅の夢を観る――

――真紅の、深紅の、赤い――

――血塗れの夢を観ている――

『これは――――』

 これは、自分の知っている景色では無いと彼は察した。
 見知らぬ村……そう大きな規模でもなければ、日本でも無い。
 彼の夢――意識に急に飛び込んできた見知らぬ景色は血に塗れていた。

『――――これは』

 これは、誰の夢なのかと彼は考える。
 己で無ければ、まず考えられるのは聖杯戦争における自らのパートナーの夢であるという可能性があった。
 だが違う、ハッキリと違う。

 “彼女”が過ごした時代に、自動車なんてモノは存在しない。
 これは比較的近代の記憶、風景にある物品から判別して、おそらくは10年から少し昔程度の――――。

『とくれば、一人しか居ないか』

 この夢の主は、マリナなのだろうと――――彼女の夢を垣間見ている康一は理解した。
 おそらくは、彼女の過去の夢。 それを覗き見るような事は彼自身の感性で言えばどうかとも思ったが、この小村がこれほど血と死体に満ちている訳を康一は突き止めなければいけなかった。

 つい先程話したライダーの顔が浮かぶ、彼の苦悩はおそらく、この過去を知りえたから来るものなのだ。
 夢は夢であるゆえに抽象的であり、康一はその夢を第三者の視点から眺めていた。
 見知らぬ小さな子供の首を失った亡骸が転がっている、少し先にはその頭部を抱えて絶命している母親らしき女性の遺体。

『――――』

 村の入り口にはありえない形に曲げられた……おそらくは抵抗を試みたのだろう、斧を手にした老人の死体があった、一際大きな家の前には、悪趣味な事に一家の首が並んでいた。

『――――これは、過去だ』

 過去に捕らわれてはいけない、過失に囚われてはいけない、まして、それが他人のモノであるならば――。
 康一は、努めて、努めて、その死体の一つ一つを目にしながら――おそらくはこの夢の主たる彼女が居る小屋の扉へと手を掛けて……。


 “G線上のアリア”の口笛が聞こえた。
 ぞぶり、と背筋に氷柱を差し込まれたような寒気が走る。
 このメロディ、この旋律、聞きなれたモノであるというのに、この口笛から特に異質に感じる軽薄さに――――何処か、覚えがある。
 頭の中の何処かで、小屋の扉を開けてはいけないと警鐘が鳴る。

 ダメだ!。

 開けてはいけない!。

 見てはいけない!。

 ■■■が居る――――!!。

『だ、まれ』

 康一は扉に掛けた手に、夢であるというのに――――力を込めた。

『これは、過去だ、それも他人の――――』

 なれば自分がそれに囚われる由縁は無いと、康一は小屋の扉を開け放った。


[No.416] 2011/06/02(Thu) 20:29:43
夢城の主U (No.416への返信 / 13階層) - きうい

 「くそ、くそ、どうすれば。」

 廃モール三階の一角に縮こまって、橋口凜土は城塞が破砕される音を聞いていた。

 「うろたえるな見苦しい。」

 こんなときでもキャスターは王の威厳を忘れない。
 腕組みをし仁王立ちでマスターを見下ろす。

 「でも!」
 「これは望んでいた事態だろう。
  ならば。」

――――

 「想定の内だ。」

 橋口圭司は一つ深呼吸をして、自らに言い聞かせた。

 敵がわざわざ砦に『来てくれた』のだ。待ち望んでいたこの状況に慌てふためくなど、覚悟の無い行為でしか無い。

 落ち着け。

 敵は遮蔽物を厭わずにバーサーカーの霊核を狙った。
 だが、外れた。
 それは非常に強い意味を持つ。
 英霊が必中必殺を願うなら、それは非常に高い確率で成就する。

 『超人的狙撃能力を持つ英霊の攻撃を受けて生きている』。
 これはそのまま、モール全体に張った陣が幾許か魔力的な抵抗に成功したと言う証。
 作戦は、想定した通りに機能している。

 「……バーサーカー。」

 横たわるバーサーカーの顔を見つめる。
 神医・安道全の治癒を受けながら、バーサーカーは剣を掲げた。

 「……守れ。」

 一言、命じると、好漢たちと打倒橋口凜吾の同士達がバーサーカーを中心に円陣を組む。

 「ああ。『役目を果たす』。」

 そう言って橋口圭司は、三尖刀の先端をバーサーカーの傷口に押し当てた。


――――

 突如、モールの上空から真っ白い光が照りつけた。

 遥か上空、逆光に浮かぶ影が杖を天に差し出している。

 「アーチャー。」
 「分かっている。」

 光は一瞬で失せたが、落ちる影はしっかりとアーチャーの眼に映っている。
 パトリツィアの合図を待たず、アーチャーは狙撃の準備をしていた。

 待ち切れず飛び出した獲物を射るのは、射手の本分。
 矢を番え、風を読み、弓を引き絞る。

 だが。

 「……ダメだ。」

 アーチャーは番えた矢をしまう。

 「どうした。」
 「もういない。」

 唐突に現れた杖持つ影は、唐突に消え去っていた。



 「……見えた?」
 「ホルスの眼を侮るな。
  二人、攻め入ってきている。
  そっちは?」
 「ダメだね、狙撃手の気配もない。」


 再開発地区のビルの一室に、キャスターと凜土は居た。

 彼らは、『死者の書』による瞬間移動でモール上空に移動、キャスターの魔術で辺りを照らし、英霊の強力な視力で索敵を試みたのであった。

 「その二人は狙撃手?」
 「いや、多分違うな。
  男女のペアだったが、女の方は狼のような、犬のような、耳と尾を生やしていた。」
 「何だいそりゃ。」
 
 キャスターの報告に、凜土は首をひねる。

 「分からん。
  だが、矢弓を持っているふうでは無かったな。」
 「他には?」
 「いない。」
 「いない?」
 「いない。この区画の窓際には、まるで人影が無かった。」

 そんなバカな。

 バーサーカーを射抜いた矢は間違いなくこちらから飛んで来ていた。それ以降の、陣を破砕してきた矢も全てこちら側からだ。

 隠密技能?
 いや、現に凜土は『今ここで生存している』。敵のマスターがすぐそばを単独で動いているのに、その絶好の機を狙わない狙撃手などあり得ない。英霊であるなら尚更だ。

 ならば答えは一つ。『敵はここにいない』。
 何らかの方法で、どこからともなく攻撃を仕掛けてきている。

 「……なら、それはそれでいい。」

 凜土は思考を切り替える。
 捕えられない相手に拘泥すべきではない。
 狙撃手の脅威を放置するのは危険だが、自分たちの役目はあくまで『オフェンス』。『敵が怖いから動けない』など愚の骨頂。怖さを思い知らせる必要があるのはこちらの方だ。

 「ぶっぱなせ、キャスター。」
 「心得た、マスター。」

 キャスター――――アメンホテプ4世――――は、自らの遺骨をポケットから取り出し、握りしめると、凜土と共に死者の国へと消えた。
 その直後、彼らの居た場所をきらめく矢が貫いていた。

――――

 「ほへー。」
 「大丈夫か?」
 「はい何とかー。」

 眼をしぱしぱさせながらアサシンが応える。

 「見つかったか?」
 「拙いですねえ。」

 アサシンの口調は飽くまで暢気である。
 身体能力で他の英霊に劣るはずのアサシンには、どこか余裕があった。

 「急がないとな。」
 「にゅふふー♪」
 「何が可笑しい?」
 「わたしわかっちゃったんですよー♪」

 アサシンが地面に引かれた線の上に手を触れる。

 「これ、道術です。」
 「ん?」
 「お忘れですか?わたしの生まれ。」

 道術仙術を踏み荒らすのは白面金毛九尾乃狐の十八番。
 人の作った術式の陣など、彼女の前ではガラス細工も同然。

 まるでハッキングをするように指で触れた陣の中へ意識を流し込む。
 アサシン・玉藻御前として召喚されたため、誘惑の力や使用できる呪術の規模は全盛期に比べれば随分と制限されてはいるが、有利な土俵に変わりはない。楽しそうな笑みを浮かべながら、陣を巡るエネルギーを捻じ曲げにかかる。

 だが。

 「痛っ!」

 アサシンが慌てて飛びのいた。
 その指先から鮮血がにじみ出ている。

 「どうした!?」
 「急に力が増しました。
  呪詛返しをするつもりだったのですけど、これ下手するとモールごとぺちゃんこにしてしまいます。」
 「む。」

 それは拙い。
 やはり、ある程度罠にかかることも覚悟で踏み入るしかない。

 しかし、道術の力が急に増すとは一体どういうことなのか。



 狙撃手の攻撃が止んだので、今一度陣を整え直す。
 しかし、壊された物を作り直す時間はない。

 最も内側に張った防御円に力を流し込む。

 モールの中心、橋口圭司が地に立てる三尖刀には、英霊バーサーカーの血で出来た赤い穂先が光っていた。



 「アーチャー。」
 「すまん。」

 パトリツィアの声に微かなの苛立ちが混ざっていることを、色好みのアーチャーは敏感に感じ取った。
 二度も仕留め損なうなど射手の名折れ。
 『次こそは必ず』などという言い訳はもはや通じない。そうわかっているから、アーチャーは手短に謝罪するにとどめた。

 「間違いない、瞬間移動礼装だ。」
 「いや、違うな。」

 パトリツィアの推理をアーチャーは否定する。

 「あいつは今、この世にいない。」

 アーチャー――――オリオン――――の千里眼に『映らない』。
 オリオンの眼に見えない物はこの世に存在しない。
 そう、『存在しない』のだ。

 「……気配遮断の亜種か?」

 それもランクA+以上の。

 そう考えた矢先。

 「――劃して慈悲深き処罰を、
  ――而して無慈悲なる恵みを与えん。」

 オリオンの耳が上空からの微かな詠唱の声を捕えると、再び空から極光が降り注いだ。

 それは、先ほどの辺りを照らす光とは違う。
 絞りこまれた筒状の熱と光が巨大な鎚のように何度も地を叩いた。


[No.417] 2011/06/02(Thu) 20:30:19
夢城の主V (No.417への返信 / 14階層) - アズミ

「退いてろっ!」

 アーチャーが建物の影にパトリツィアを突き飛ばすのと、光熱の槌が彼目掛けて殺到するのは同時だった。

「フン――」

 鋼さえ溶解させんばかりの猛烈な熱波の只中に晒されながら……しかし、アーチャーは防御姿勢一つ取らない。
 そればかりか、いつもと変わらぬ速度と精度で弓矢を抜き放つと、迫りくるメギドの雨の合間を縫って文字通り『一矢報いた』。

「ぐっ!?」

 果たして、返ってきたのは呻き声。
 一方的に攻撃していたはずのキャスターは、その片腕に矢傷を負って、無傷のアーチャーと相対した。

「……それも、対魔力か」

 そればかりでは無いのだが、わざわざこちらの手の内を明かしてやることもない。アーチャーは首肯した。

「応。……英霊同士で闘り合うのは初めてか?」

 アーチャーのクラスは大方、セイバーほどでないにせよ高い対魔力を備えている。
 儀礼魔術や大魔術を以ってしても傷つけることが難しいそれは、彼と同世代……神代の魔術師でさえ貫くのは容易ではない。

「……正直、不服だ。
 王が死せよと命じるのだ。塵に還るが下賤の義務であろう」

「はっ」

 アーチャーは鼻で笑った。
 この遠き異国の王の口ぶりには、酷く覚えがあったからだ。

「悪いが、俺は生まれてこの方、王とやらを敬ったことは一度もなくてね」

「不遜の輩が」

「褒め言葉だな」

 神をも嘲笑う不遜こそ、神代の時代からの彼の個性。神に挑み、神をも魅了する自信と腕こそが彼の伝説。
 天に掲げられるほどの、伝説だ。それを知る人の数、かけられた夢、願い、祈り。それらこそがサーヴァントの力の大半を占める。
 故に。
 神なるか、ならざるかなど問題ではない。
 生まれの高貴なるか、下賤なるかも関係ない。
 彼は、彼であるがゆえに。ギリシャ最優の狩人、天に上げられた大英雄オリオンであるがゆえに無双なのだ。

「ふんぞり返るだけの王に、俺は殺せんぞキャスター」

 矢を番え、引き絞る。
 さしたる距離ではない、宝具を使用せずとも命中は容易い。いや、それどころか急所に当たらずとも、彼の剛弓では掠めただけで物理防御力に乏しいキャスターの身体なぞ粉砕されるだろう。
 キャスターは、息を吐き――そして認めた。
 不本意な戦術を、取るしかないことを。

「野に在っては狩人に劣る、か。
 宜しい、認めよう」

 キャスターは己の主が、何処かで笑っているのを察した。
 まさしく、彼の事前に立てた計略通りに事が進んでいる。

「――来たれ、輝く満天の中へ」

 掲げたウアス杖が、眩いばかりの輝きを呼んだ。

 そして。





「アーチャー!?」

 眼前から忽然と消えて失せた己がサーヴァントの姿を探して、パトリツィアは物影を飛び出した。
 警戒したものの、周囲にはアーチャー……そして、相対していたキャスターの姿もない。

(瞬間移動――……?)

 訝るが、アーチャーの否定を思い起こす。
 奴らは今、この世にいない。
 字義通りに解釈するならば――。

「結界宝具か!」

 現実の空間から幾許かシフトした異界へ、一時的に身を移す。人間の魔術師にはついぞまだ到達できない領域だが、英霊の宝具にはそれを可能にするものがある。

 先刻、キャスターらが使用した移動と現在アーチャーらを攫った移動とは異なるものであったが、奇しくもその言葉は両者ともの原理を的確に突いていた。
 ゆえに。
 凛土は賞賛を送った。

「御名答」

「――ッ!?」

 後方から飛んできたナイフを、危うく身を捻ってかわす。
 何時の間にそこにいたのか。キャスターのマスター……橋口凛土が、パトリツィアのすぐ後方にいた。

「貴様ッ!」

 抜刀、斬撃。しかし凛土はそれを紙一重で再びの転移を以って回避する。

「……怖い、怖い。やはり直接殺すのは危ないな」

 口の端を上げて余裕を演出するものの、凛土の背を脂汗が伝っていた。
 先日のライダーのマスターとの戦闘で懲りたので、ナイフを直接刺しに行くことは控えたのだが、どうやら正解だったらしい。

「君のサーヴァントはもう戻ってこない。降参をお勧めするね」

 それはほぼ確定した未来だった。なので、別に脅しというわけではなく純然たる厚意と無用の戦闘を避けたい思惑から出た言葉だったのだが。
 パトリツィアは微塵の逡巡も無く刃を構えた。

「やめときなって。今頃彼は、星の彼方だ。どんな英霊でも戻ってこれるものじゃない」

 パトリツィアは、その言葉に初めて不敵に笑んだ。
 強がりではない。戻ってくる。その公算と方法はある。だがそれ以上に。

「星の彼方、だと?」

 アーチャーは、彼女に繰り返し言っていたのだ。
 あの満天の星に浮かぶということがどういうことなのか。英雄の座たる天が如何に退屈な場所なのか。
 そんなところに送られて、アレが黙っているはずがない。
 そうとも。

「あの助平が、そんな色気のないところで大人しくしていられるものか」





 光輝く空間に、響く機械音。
 神代の人間たるアーチャーに、その構造と用途を理解するのは当然不可能であったが。

「――船、かな」

 勘で述べたそれは、限りなく真実を突いていた。
 もっとも、敵陣に誘いこまれた→生活感が乏しい→移動手段→船?という甚だ飛躍した推論であったのだが。

「ようこそ、我が星の船へ」

 転移する直前と、全く同じ位置関係でキャスターがアーチャーを見下ろしていた。

「ここがお前の“領地”か、王」

「そうとも。何人にも侵せぬ、我が真なる、そして最後の領土」

 キャスターが誇るように手を広げるが、アーチャーは醒めた様子で肩を竦めた。

「王宮というのは――もっと、煌びやかで女や御馳走に溢れているものだと思っていたよ」

「無くもないが、貴様には不要だろう。
 これから裁かれる咎人を歓待する道理はあるまい?」

「裁かれる、ね」

「安心するがいい。片割れもじきに後を追おう。いや、先に我がマスターが処断しているやもしれんな」

 その言葉に、初めてぴくりとアーチャーの眉が動いた。
 余裕一色に塗り固められていた表情に、幾許かの緊張が戻る。

「足掻くな、下賤。最早貴様は檻の中の獅子。恐れる道理はない。
 今、貴様に流刑をくれてやる。時と空の狭間に落として――」

 言葉を結ぶ前に、アーチャーの姿が消えた。

「では、やってみろ」

 頬を撫ぜる風圧と、猛烈な悪寒にアーチャーの攻撃を認識できぬまま、キャスターは飛び退いた。
 一瞬――否、半瞬だけ遅れて振るわれた棍棒が、キャスターのいた空間を引き裂き輝く壁を強か叩く。
 ぐしゃり、と音を立てて壁が凹んだ。

「――なかなか堅牢だな。これを壊すのは骨が折れそうだ」

「こわ――ッ!?」

 壊す。壊すだと?
 我が星の船を?宝具を?
 いや、壊せ――るのか?まさか?
 今の今まで、所有者たるキャスターの脳裏には浮かびもしなかった発想に、動揺した。
 宝具はそれ自体が高密度の魔力で出来た構造体であり、人類が破壊するのは当然不可能である。――が、さりとて『人類以外になら』破壊が不可能なわけではない。
 実際に戦術として実行する英霊はそういないが、宝具を恣意的に破壊すれば『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』と呼ばれる現象が起こり、英霊一人程度なら容易く殺すほどの熱量と破壊が発生する。
 然るに、この状況でキャスターの船が破壊されれば、当然両者ともただでは済まない。

「壊す――だと!?我が星の船を!」

「船を狩るというのは流石に初めてだからな……まぁ、いずれはやるつもりだったのだ、構うまい」

 アーチャーはそれを理解しているのかいないのか、何のことは無い、と言った様子で言う。

「いずれ星をも狩る腹積もりだったのだ、これが『星の船』というなら練習台にはちょうど良い。
 だが、そう時間はかけられん」

 英霊が笑った。纏う皮に相応しく、獅子のように。
 檻の中の獅子を恐れる道理はない。だが、その檻に共に入ってしまったら――?
 必殺を期した策こそが、逆に致命的な事態を招くこともある、としたら?

「俺は女を待たせん主義だ。
 さっさと狩らせてもらうぞ、キャスター」

 キャスターの背筋を、冷たいものが伝い落ちた。


[No.418] 2011/06/02(Thu) 20:31:04
夢城の主W (No.418への返信 / 15階層) - きうい

 アーチャーに無遠慮に叩き壊されていく床や壁を見て、キャスターの背筋に、熱と寒気が同時に走った。

 何なのだこいつは。
 見えぬところから獲物を射抜き、太陽の光熱も涼しげに耐え、星の彼方にあると知れば天から落ちよとばかりに船を壊し始める。

 聖杯戦争とは、こういうものなのか。
 英霊とは、このように互いの全存在ごと踏み荒らすような戦いをするものなのか。




 「王よ、此度の遷都、まことにめでたく存じます。」
 「うむ。」

 座の下で傅く官吏に、アメンホテプは冷ややかな眼差しを向けた。

 神官の声には押し殺した不満の音色が聞きとれる。
 神官も、アメンホテプが自分に不信を抱いていることを知っている。

 首都をテーベからアマルナに移したのは、アメンホテプの悲願成就のため。
 幾代にも渡って願い続けて来た、星への帰還。

 アケトアテン……アテンの地平線とは、正に、旧来のアメン神から決別し、太陽の果てにある故郷へ戻るための橋頭保。

 強引な手法を取ったことは分かっている。不満もあろう。
 しかし、楽園に至れば民は全て満たされる。今は冷遇に耐える時、それが王の務め。
 そう信じていた。



 「……やめよ。」
 「あ?」
 「やめよ、と言っている。」

 構うつもりは無かったが、ふと見たキャスターの顔に憂いが籠っているのを見ると、棍棒を振るう手を一時止めた。

 「貴殿の破壊では、我を殺すには『間に合わん』。」

 そうなのだ。
 船の召喚は地球の抑止力に抵触する。

 アメンホテプ4世自身が地球と言う頸木から逃れられない限り、彼自身ですら、星の彼方へ還ることができない。魔力が切れた瞬間強制的に地球に引き戻される。

 何しろ、彼の遺体はエジプトに実在している。地球の上で『生涯を終えた』という事実を、抑止力は決して曲げさせない。

 キャスターのみが船から降り地球に帰り、アーチャーのみこの船に残し永劫の別れを告げる、と言う手段もあったが、キャスターはそれを良しとはしなかった。
 王土に侵略者を残したまま去るなど、王にあってはならぬことだ。

 「聞き捨てならんな、俺の狩りが間に合わんとは。」
 「貴殿が優秀な狩人であることは十分に認める。
  だが、貴殿が狩ろうとしているのは獣ではなく。城塞であり領土だ。それは貴殿の得意とするところではあるまい?」
 「やってみなければわからんよ?」
 「自慢の矢弓で射ないのが何よりの証拠。そうであろう?『アーチャー』。」
 「なるほど?」

 アーチャーはふん、と鼻を鳴らした。

 「人質にもならぬのであれば、異端の民を我が土地に許す道理もなし。
  退けるのみ。」
 「やってみ、」

 アーチャーは、キャスターがウアスを掲げるのに合わせて弓を引いたが、視界は突然に真っ暗になった。
 上下が無くなり、虚空に漂う。
 いや、『落ちている』。
 アーチャーは自分の背に、己を引きずる青い惑星の力を感じた。



 「何故だ!」

 王が呼んだ星船はしかし、理解できぬ音を発したまま夕焼けの中に消えた。

 『お前に この船に乗る資格は 無い。
  青き星の上で全うせよ。』

 全うせよとは何か。
 何を全うすると言うのか。

 何代も近親婚を繰り返し、血を薄めぬよう努め、太陽に礼拝を続けた。
 先祖の誰も果たせなかった、太陽神一神教化にも成功した。

 何が、何が足りない!


 だが、王は薄々気付いていた。

 故郷に帰るのに『何かが足りない』のではなく、故郷に帰ること自体が『己の役目ではない』と。

 ファラオの役目とは、神秘の青い惑星を、その全世代に渡って未来永劫観察することにあったのだから。



 光り輝く幻の故郷の中で、王は祈りを唱える。
 侵略者を、王土から完全に拒絶するために。

 「――我が肉体、輝きと共に生まれ
  ――我が魂、金字塔の中に不変
  ――諸人と交わることあたわず
  ――されど諸人と袂を分かつなかれ
  ――それ正に無二の輝石
  ――上天にありて民を照らし
  ――上天にありて地に生きるべし
  
  ――劃して慈悲深き処罰を、
  ――而して無慈悲なる恵みを与えん」

 「不思議な景色だ。」

 高度11km。後ろを見れば青い大地。正面には無限の暗黒。
 地上でも星界でも見ることのできない眺め。

 だが言葉とは裏腹に、アーチャーが見つめるのはただ一点であった。

 地平線から日の出の如く上る銀色の円。光の粒が明滅し、眩くきらめく。

 「お望み通り、射殺してやろう。」

 この眼に映る限り、それは俺の獲物。土地ではなく獲物となった時点で、貴様の運命は決定している。
 風を読み、弓を構え、矢を番え、弦を引き絞る。

 いつもと違うのは矢尻に込めた魔力。
 因果を逆転させる必殺必中の矢。

 丁度アルテミスもこのような心持であったのか。

 自分を射殺した恋人の心を、地平線の彼方の光球に重ね、すぐにやめた。
 眼を見開き、真名を叫ぶ

「『女神の御手』――!!」
 (ベテルギウス――!!)


 キャスターもまた、宇宙船のモニター越しに堕ちるアーチャーの姿を捕えている。
 星船の召喚も長くは持たない。

 射てみよ、狩人。

 見事我が領土を射落とせたのなら、貴殿は我にとっての抑止力の守護者、ということだったのであろう。

「『太陽神の杖』――!!」
 (アトンウアス――!!)


 二柱の神が、必中の光線を撃ち放った。


[No.419] 2011/06/02(Thu) 20:31:43
夢城の主X (No.419への返信 / 16階層) - ジョニー

 足元から床を突き破り槍の穂先が生える。
 寸でのところでそれを避け、跳びのいた先の金網をぶち破って、浮遊感に身を任せる。

 配線などが張り巡らされた天井上の整備用通路から勇治が落ちてくるのと同時に、そこに待ち受けていた英傑達がそれぞれの武器を突き出そうとして、金縛りにでもあったように不自然に動きが止まる。
 英傑達と眼を逸らさぬまま着地すると同時、獣のような俊敏さで駆け、その手に持った干将と莫邪で英傑2人の喉をそれぞれ切り裂き、一番奥にいた最後の一人はおそらくは自慢だろうその鎧を十字に裂かれ、自身を襲った刃を鎧で受け止める事が出来ずに深々と致命傷を受けて霧にように消えていく。

「……これは、完全に気付かれたな」

「気付かれたな、じゃないですよご主人様!」

 勇治が落ちてきた金網が破られた穴からぴょんとアサシンが降りてくる。

「なんでサーヴァントより先にマスターが敵前に飛びだすんですか!」

「あー、いや…すまん。いけると思ったんだ、実際に出来たしな」

 そう言って、勇治は干将莫邪を握る自分の手を見つめる。
 薄々感じてはいたが、今の攻防とも言えぬ一方的な戦いで確信した。自分の能力が上がっている。
 おそらくは狐の混血である自分が、玉藻の前であるアサシンと契約してる為であろう。混血としての力がこの湖底市に来る前とは比べ物にならないほど向上している。

 束縛の魔眼は目を合わせ発動させた途端、英傑達に一切の行動を許さなかった。
 身体能力も、単純な腕力の向上は然程でもないようだが、こと俊敏さでは成り立ての死徒ぐらいになら匹敵するのではないかと思う程になっている。
 オマケに急に向上したそれらに振り回されることはなく、本能的に制御しているのが空恐ろしい。

「にしても、低ランクの宝具と言ってたが……とてもそうは思えなかったぞ」

 あの英傑達を一蹴出来たのは武器の性能も大きい、以前の刀と短刀ではこうはいかなかっただろう。
 最初の急所の喉を狙った二人はともかく、最後にどの程度効果があるのかが試す意味でも振るった鎧を纏った胴体への斬撃、まさから鎧を切り裂いた上で致命傷を与えるとは思ってもみなかった。

「あ、確かに思ってたより強いですね。
 具体的にはゲイボルク級の宝具じゃないですか?」

 また、さらっと凄い事を言われたが今は気にする暇はない。
 精々武器の強かった幸運に感謝するとしよう。

「それにしても、術を使い、英傑を従える中華系の英霊…か」

 今倒した3人がサーヴァントとは思っていない。おそらくは召喚系の宝具かスキル持ちの英霊。

「張角……いや、違うな」

 あの3人は黄巾には見えなかった。
 術を使い、英傑を従える中華系の英霊。この条件なら、おそらくは反英霊に当たるだろう。
 ますます持って厄介な相手だ。

 だが、束縛の魔眼が効いた。
 全員が全員に効くと思うのは危険だが、それでも召喚された英傑は勇治でも十分対処が可能だ。
 推定キャスター本人には効果はないのは確実だろうが、不意を突けばキャスターのマスターを単独で葬る事も可能だろうと思う。

「……あれこれ考える暇はないか、既に3人倒したのはバレたはずだ。
 今まで通りアサシンは術的な罠を頼む、物理的な罠は俺が対処する。いくぞ!」

「了解です、ご主人様!」

 返事と共に気配を消したアサシンを従え、勇治は通路を駆け出した。


[No.420] 2011/06/02(Thu) 20:32:16
赤色偽剣Y (No.420への返信 / 17階層) - 咲凪

 かくして扉は開かれた。

 開かれた小屋の扉の向こうには、丁度出てくる所だったのだろう、“男”の顔があった。

『――――』

 康一は息を呑んだ、夢だというのに――男はその康一の様子を笑ったように口元を歪めると、やはり口笛でG線上のアリアを吹きながら康一の身を通り抜けるようにして去っていった。

『――――馬鹿な』

 その男を背後に感じながら、康一はついぞ身動きをする事が出来ない、恐怖では無い、何か特殊な能力を使われた訳でもなかった。
 ただ理不尽があったのだ、あまりの不可解に、康一は身動きを忘れたのだ。

 『そんな、馬鹿な――』

 ありえない、モノを見た。
 小屋から出てきた男は“志摩康一”に他ならなかった。
 この見覚えの無い景色の中で、本能が忌避する相手を見た。

 その相手の姿が自分とまったく同じモノである事に、康一は身動きをする事が……出来なかった。



 女性の寝姿を覗き見るなど、騎士である以前に、紳士としてどうかとライダーは思ったが……それでも、主の、マリナの姿を見に来てしまったのは、やはり康一との会話が彼の胸に残っているからだった。

「…………」

 マリナは、死んだように眠る女だ。
 眠るというよりは停止といった方が似合う、マリナの眠る姿は電源が落ちた機械を彷彿とする――ライダーに機械の類に馴染みはなかったが、凪の時の風車を思い浮かべた。
 悪夢を見ているようには見えない寝顔――だが、安眠とも無縁な停止した寝顔。

「……我が姫君は、私の虚構が生み出した幻だ」

 ライダーの誰に告げる訳でもない呟きは、部屋に虚しく吸い込まれて消えていった。
 ちらりと視線をめぐらせれば、相変わらず散らかったマリナの部屋がよくわかる。
 当初は単に散らかった部屋という印象しかライダーは持っていなかったが、今は違う。
 マリナは片付ける事を嫌い、無駄な物を置かない……いや、そもそも無駄な物に興味を持つ事が出来ないのだ、だから、無駄など持ちえようが無いのだ。
 だがそれに矛盾したこの散らかった部屋は、空虚を満たそうとした抵抗の証だった。

 何物にも興味を抱く事の出来ない彼女が、その空虚を満たそうと足掻いた証がこの部屋なのだ。
 散らかっているのではない、満たそうとして――――失敗したのだ。
 満たされる事など無かったのだろう、だが絶望も無かったのだろう、絶望さえ感じなかったのだろう。
 ただ満たされないという結果だけがあった部屋なのだ、これは――――。

「――マリナ、君がたとえ偽りでも」

 ベッドの近くに椅子を寄せ、それに掛けていたライダーは眠るマリナの手を取った。
 眠る彼女の手は冷たかったが、それを包んで暖めるように、ライダーは両手で柔らかくその手を包み、そっと握った。

「君は私にとっては真実だ――姫君ではない、君こそが――私にとっては」

 それは助けを求めているようでもあったし、助けの手を差し伸べているようでもあった。
 かつて狂気の中にあったように、マリナを想う事は簡単だ、だがそれはマリナにこれ以上の偽りをかぶせてしまう事になる。
 それだけは――――してはいけない。

 だからこそ、ライダーはマリナの全てを受け入れた。
 感情豊かなマリナを受け入れ、感情の無いマリナもまた受け入れた。
 そして――――康一が言ったように、それでも良いと、告げたかった。

 それでも、君は赦されると、伝えたかったのだ。



 康一は、まだ夢の中に居た。

 あれは――あのG線上のアリアの口笛は、確かに聞き覚えがある。
 自分を愛してくれた、自分を人間にしてくれた師匠、その人が――――死んだ時にも、聞こえた口笛だ。

『師匠を殺したのは――――』

 志摩空涯、自分の父親だ、康一は自らの記憶を辿る。
 その時に、自分はあんな――自分の姿など見ていない筈だ。

 だが、あの時確かにあの口笛を聞いている、ならば、誰が――――俺が――――?、俺が、あの時、居たのか?、師匠の側に――――?。

『――――違う』

 そう、違う、自分の筈が無い。
 だって、師匠を殺したのは志摩空涯の筈なのだから。


『違う――――違う』

 違う、絶対に、違うというのに――。

『俺は、師匠が殺された瞬間を、見ていない――――』

 康一は小屋の中に歩みを進めた。
 そこには必然的にマリナの姿があった、小さい頃なのだろうが、マリナだと一目で理解できるのは、これが彼女の夢だからだろう。

 『マリナ――』

 傍から見る彼女は眠っているようであったが、死んでいるようでもあった。
 実際このようになっていたという訳では無いのだろう、これは彼女の夢である以上、“彼女自身”が彼女自身の姿を正確に把握できる筈が無いからだ。

 『そうだ――――そうだな』

 そう、正確に把握など出来る筈が無いのだ。
 だから、あの口笛の男の姿が自分になったのだと、康一は思った。
 どうせこれは夢なのだから――そう、夢なのだから、このままマリナを助けても良いのかもしれないと、康一は一瞬そういう考えが浮かぶ、だが――――。

『…………これは、過去だ、しかも他人の……』

 だから、無意味だ、もう無意味なのだ。
 今この場でマリナをこの小屋の外へと連れ出しても、何の意味も為さないし、康一が介入すべき事でも無い。
 康一はこの気の参る夢が早く覚める事を願いながら――――。

『…………これは、過去なんだ』

 過去は変える事は出来ない。
 だがせめて――――せめて、なんなのだろうかと思いながらも、康一は、夢の中でも眠り続けるマリナの手を握った。
 暖かみの感じない手ではあったが、この夢から醒めるまではそうしていようと康一は思った。

 それは救いの手を差し伸べているようであったし、あるいは――――救いを求めているようでもあった。


[No.421] 2011/06/02(Thu) 20:32:53
夢城の主Y (No.421への返信 / 18階層) - アズミ

 英霊には二種類いる。
 死すべき時に死ねる者と、死に損なう者だ。


「が――アァァァァッ!」

 炎に包まれながら、キャスターが吼えた。
 英霊の身を焼くには余りに弱々しい火であったが、それの意味するところは致命的である。

――それは、彼の領土が燃え落ちる火なのだから。

 アーチャーの必殺の矢はモニターを突き抜け、キャスターの眼の前で止まり、落ちた。さしものアルテミスの加護と言えども、一矢に宇宙船を破壊し尽くすほどの破壊力を与えることはできない。

 が。

 破壊し尽くすことはできなかったが、それだけだった。
 宝具と言えども複雑な構造体である以上、特定の点を破壊すればその機能は損なわれる。
 然るに。『女神の御手』は、星の船を確実に『殺して』いた。
 キャスターの最後の領土は、火を噴きながらその役目を失効し、地球の重力に掴まって落ちようとしていた。
 対流圏から地表に叩きつけられれば、さしものサーヴァントの身体も四散する。キャスターは無論のこと……アーチャーも。
 しかして、サーヴァントの身体は『墜落死』するほどヤワではない。地表に落着するまでの僅か数十秒、彼らは微動だに出来ぬまま静かに死を待たなければならない。

「墜ちるな――墜ちるな!
 余はまだ、ここにおるのだぞ!」

 キャスターが叫んだ。その響きはいっそ悲痛といっていい。
 英霊は死ぬことを恐れない。その人生は、既に終わっているのだから。
 彼らを心胆から動揺せしめるのは、その役目が地に堕ちた時だ。
 その人生を賭して構築した『意味』が、世界が定めた『役目』が、履行され得ず無意味に消える、その時だ。

「王は――王は!王のまま死なねばならぬのに!」

 王は王のまま死なねばならぬ。
 領土も、民も、全ては王の後に蹂躙されねばならぬ。
 だというのに。自分は永らえようとしている。領土が燃え落ちてなお、地表へのほんの数十秒だとしても。
 それは屈辱だった。いかなる拷問にも勝る、屈辱だった。故郷に帰還を拒まれた時に似た焦燥。
 数100mを挟み対峙するアーチャーは、それを嘲笑いはしなかった。
 ただ、静かに一つ言葉を紡いだ。

「――英霊には、二種類いる」

 届くはずのない言葉だが、間違いなくそれはキャスターに対しての言葉。

「英霊には、二種類いる。
 死すべき時に死ねる者と、死に損なう者だ」

 英霊は、第二の生など興味ないと言い放った男がいる。
 死すべき時に死ねた英霊にとって、それは正しい。彼らの人生は充足に始まり、永久の求道へ続く。いつ死んでも後悔はなく、いつまで生きても飽くことが無い。
 だが、死すべき時に死に損なった英霊は違う。彼らの人生は悔悟に始まり渇望で終わる。いつ死んでも未練が残り、いつまで生きても満たされない。

「お前の慟哭が、ここからでも聞こえるぞ、王よ。
 悪いが、それを止めてやることは出来ん」

 矢は、キャスターの眼前まで届いていた。つまり、キャスターへの道筋は既に開いている。もう一撃放つことができれば、その穴を通してキャスターの頭蓋を割る程度の神業は、彼なら出来る。
 だが。その背の矢筒には、謀ったように矢が一本たりとも残っていなかった。

「矢が切れた。
 ……死に損なったな、キャスター」

 アーチャーの身が、そして船の中のキャスターの身が、赤の輝きに包まれた。
 令呪。パトリツィアは2画目だ。

「全く、惜しげもなく使う――大人しく叱られに戻ってやるとするか」





 パトリツィアの胸を穿たんとしたナイフを、アーチャーの棍棒が弾き飛ばした。

「――随分やられたな、マスター」

「供回りが呑気に天体観測に出掛けてしまったのでな」

 傍に控えたアーチャーに、全身傷だらけのパトリツィアが嘆息交じりに答えた。
 瞬間移動――厳密には違うが、敢えてこう称する――の礼装を駆使するキャスターのマスターは、まるで戦闘の素人であったがそれでも彼女に対して絶対の優位を以って戦闘を展開した。
 然るべき戦術の上に利用すれば、瞬間移動とは戦闘においてそれほどの利便性を持つ。
 あと一合あれば、パトリツィアの心の臓は凛土に造作もなく貫かれていたに違いない。

「キャスター!?」

「ぐ……っ」

 一方、対峙するキャスターらもまた、余裕の表情とはいかない。
 キャスターの傷は致命傷とは言い難いが、既にその手札は晒してしまった。無論のこと、彼らが正面戦闘でアーチャーを倒すのは余りにも至難である。

「……退くぞ」

 凛土が押し殺した声でそう言うと、珍しくキャスターは何一つ異論を挟まず、彼の転移に呑まれて消えた。
 『女神の御手』なら確実に首を取れたが、如何せん矢が一本も残っていない。

「……すまんな、パトリツィア。良い戦果とは言えなかった」

 アーチャーはこの聖杯戦争が始まって以来、初めて殊勝に謝罪した。
 キャスターの手の内を晒させ、令呪を一画使わせたものの有効打には程遠い。傷は浅くすぐに一両日中には完全復帰するだろうし、宝具も粉砕したわけでない以上、いつかは復活するだろう。
 対して、こちらは残り2つの令呪を一画使ってしまった。
 こちらが取り分は多いものの、今後の聖杯戦争継続に支障が残る結果である以上、痛み分けというのも苦しい戦果だ。

「構わん。死んでいなければ次はある」

 しかし、まだ20にも届かぬ指揮官は、歴戦の貫録を持ってそれを許した。
 静かに、瞼を閉じる。

「パトリツィア」

「……私は疲れた。……宿まで、運べ……アーチャー」

 糸の切れた人形のように倒れ伏した少女を、偉丈夫は優しく抱きとめる。

「心得た」

 日は、もうすっかりと暮れている。

 パトリツィア=エフェメラの聖杯戦争5日目は、終わりを迎えようとしていた――。


[No.422] 2011/06/02(Thu) 20:33:29
夢城の主Z (No.422への返信 / 19階層) - きうい



 結果から言えば。
 アーチャーと痛み分けたキャスターとは対照的に、バーサーカーはアサシンの前に一方的に斃された。


 バーサーカーとマスターが組んだ基本戦術は、人質兼兵隊である一般市民を盾に、好漢達を殺到させること。
 だがそれは天川勇治の魔眼と、呪術を得意とするアサシンにとって、これ以上なく与しやすい攻撃であった。

 勇治の魔眼でまとめて動きを止め、アサシンの呪術で人質の洗脳を解き放つ。
 バーサーカーが好漢を差し向け抵抗を試みるも、魔眼と干将・莫耶の前には無力。
 バーサーカーの軍団を、豆腐をつかみ取るように瓦解させていった。

 劃して、時をおかずに、マスターとサーヴァントの二対二の構図になる。

 「しかし驚いた。まさかバーサーカーだったとは。」

 剣を構えながら、勇治が漏らす。

 擬似的ながら陣地を作成し、人をかどわかし、呪術を扱う。
 その特徴はまるでキャスターのそれであったし、目の前に立つ女がサーヴァントと知った後も、橋口の“バーサーカーのマスターである”という以前聞いた自己紹介の方が嘘ではないかとすら疑った。

 「クラスは何でもよかったのですよ。」

 扈三娘の残した二刀、日月双刀を構えながら、バーサーカーは語る。

 「この姿で。橋口圭司の前に現れることが出来さえすれば。」
 「……どういうことだ。」

 必死に至りつつも落ち着き払ったバーサーカーの姿に、勇治は疑問をぬぐえない。

 「あなたのその眼のように。
  わたくしのこの、少女の姿は。この立ち居振る舞いは。
  マスター橋口圭司にとって、逃れ得ぬ宿命のようなもの。」
 「……。」
 「それさえ守られれば、『何のクラスでどの英霊の魂でマスターの前に現れようが』関係ないのです。」

 英霊の姿や性格は、歴史上で語られるそれに対して変質することも多い。
 性格や顔貌はもちろん、性別ですら変わることも珍しくない。過去の聖杯戦争で呼び出された英霊とそっくりの姿をした、別人の英霊、というサーヴァントも存在する。
 召喚される英霊の姿は英霊自身の本質や、マスターの本質によって左右される。

『狂化せず、異国の少女のような姿であること』。

 それがきっとマスター・橋口圭司が強く呼び込んだ特性なのだ。バーサーカーというクラスの特徴を捻じ曲げてでも、『その縁を呼び込んだ』。
 何らかの大きな力に依り。

 「……わたくしの身の上話、まだ興味がおありで?」
 「……いや。長くなりそうだから、別の機会にしておくよ。」

 薄く笑うバーサーカーに、勇治が目つきを鋭くする。
 バーサーカーの由来に興味はない。興味を持つべき時ではない。今は、戦うべき時なのだ。

 「では。」

 橋口圭司が一歩踏み出し、深紅の穂先をアサシンに向ける。

 「始めましょっか♪」

 アサシンがにこりと笑い地を蹴ると、『梁山泊』の最終攻防戦が始まった。



 勇治は束縛の魔眼を試みるが、やはりバーサーカーには通らない。

 「カアァッ!!」

 振り下ろされた日月双刀が、勇治の立っていた床を叩き割る。
 狂化しているため動きは単純だが、やはり英霊。速さと力強さは人間に比肩するべくもない。
 アサシンなら多少は耐えられるだろうが、『耐えられる』だけだ。
 いや、戦闘能力などはただの理屈。
 アサシンに……タマモに。この狂戦士の相手をして欲しく無かった。
 仲間に苦戦を強いるぐらいなら自分で背負う。
 それが天川勇治という男であった。

 一方、橋口とアサシン。

 「あーんもう、邪魔しないでくださいよぉ!」

 勇治への援護を行おうとするアサシンを、悉く妨害する橋口。
 殺生石を向けて呪を撃ち放つも、三尖刀の赤い穂先に切り裂かれる。

 「女の子の生き血を武器にするなんて、オトコの風上にも置けませんね!」
 「女狐に言われる筋合いじゃないな!」
 「およ!何でわたしが狐だと!」
 「尻尾と耳を隠せ!変化を覚えたての子ダヌキか!」
 「タヌキじゃありません、狐です!」
 「やっぱり狐じゃねえか!」

 アサシン―――タマモは、穂先の正体を完全に見破っていた。
 英霊の血で出来た刃。
 魔術的に、極めて高い強度を持つ武器である。
 人の振るう武器とは言え、当たればただでは済まない。

 曲がりくねり自分を狙う血の鞭を、ひょいひょいと飛び退って交わす。
 遠めの棚の上にひょいと座り、術を詠唱する隙を作る。
 だが橋口が三尖刀の柄を地面に叩きつけると、アサシンは慌ててその場から飛びのいた。

 「おわわわ!」

 破壊した筈の罠が息を吹き返しアサシンを襲う。回避自体は容易だが、不安定な態勢となったアサシンに橋口が三尖刀を突きだした。

 「ひゃあー!」

 血の針が放射状に広がりアサシンの視界を埋め尽くす。
 尻尾を振り回し空中で制動、大きく横にかわし地面に着地した。

 「痛っ!?」

 全てはかわし切れず、尾の先を少し引っ掛けてしまう。

 「アサシン!?」
 「イィヤアアアアア!!!」

 一瞬集中を欠いた勇治をバーサーカーの剣が横薙ぎにする。
 勇治はほぼ反射的に二刀で受け止め、全身のばねを使って衝撃を受け流す。軽く地を蹴って体を浮かせる。
 勇治の体が吹き飛ばされ、陳列棚を派手に叩き壊した。

 「マスター!」
 「心配ない!」

 アサシンの声に勇治は即応した。体に力がみなぎるのがわかる。狐の『血』が、体の中を沸き立たせている。

 「そっちは!」
 「掠り傷ですへっちゃらです!」
 「掠り傷で十分なんだよ。」

 主従の会話に橋口が乱入した。
 アサシンの尾の傷が、中から広げられ切り裂かれる。

 「ああっ!?」

 橋口圭司の真なる奥の手が炸裂した。敵サーヴァント自身の血を液体として解釈し、三尖刀の制御化に置いて武器とする。
 如何なるサーヴァントと言えど、皮膚の下からの攻撃を受け止めきれる者などいない。
 増して自分の血液。自分の魔力に反逆されれば無事でなどいられない。
 これが、ヘラクレスを殺し切ることさえ視野に入れた、橋口圭司の対サーヴァント用最終攻撃である。

 だが、今度ばかりは相手が悪かった。
 アサシンは、床に散った自分の血を手でぬぐい殺生石を握りしめる。
 その途端。

 「ぎ。」

 声にならない声を漏らし、橋口が倒れた。

 殺生石と自分の血を媒介にした玉藻御前の呪力。
 俄か仙人如きでは、抵抗の暇もありはしない。

 「アアアアアッ!?」

 主を討たれアサシンに飛びかかるバーサーカー。
 しかしその跳躍は届くことなく地に落ちる。

 「アアッ?!」

 バーサーカーの右脚を勇治の干将が斬り飛ばしていた。

 状況を把握し、振り向き、背後からの敵を迎撃する。

 狂化状態のバーサーカーにそのような冷静な判断ができる訳もなく、莫耶がその背を真横に切り裂いた。


[No.423] 2011/06/02(Thu) 20:34:04
夢城の主[ (No.423への返信 / 20階層) - ジョニー

「――――――ぁ」

 狂気から解き放たれたバーサーカーが、力なく床に倒れ伏しながらも、その手を己がマスターの方へと伸ばす。
 斬った勇治には分かる、バーサーカーの傷は既に致命傷だ。それこそランサーの宝具のようなものがなければバーサーカーはこのまま消えゆく運命だろう。
 事実、既にバーサーカーの身は薄らと透けて消え始めている。

「…………」

 それでも勇治とアサシンは油断せず、トドメを刺そうとして。

「っ!これは、アサシン!」

「えぇ、囲まれましたね」

 既に抵抗力のないバーサーカーとそのマスターから注意を外し、勇治とアサシンが背中合わせになって構える。

 気づくのが遅れた。いや、たった今、この現世に出現したのか?
 勇治達のホール、そこに繋がる通路という通路から血管達が現れてホールへと侵入してくる。
 30、50、目算で敵を数えるがすぐに無駄だと悟る。何故なら敵はこのホールを埋め尽くさん勢いで増えている。

「ちぃ!」

 これ以上侵入されると人質であった一般人達を助け出すことが不可能になる。

「炎天よ、奔れ!」

「ふっ!」

 アサシンの呪術が、駆け出した勇治の斬撃が血管をそれぞれ襲う。
 が、

「うそぉ!?」

「なにっ!」

 密集地帯に撃ち込んだ炎天は"直撃した"血管こそは消滅させたが、巻き込むつもりだった血管の多くは炎が燃え移るも、燃え尽きるよりも遥かに先に炎が消えて僅かに焦げる程度に収まる。

 勇治が左右の干将莫邪で切り裂いた2体の血管が、袈裟に大きく斬られながらもまだ動いていた。
 舌打ちと共にそれぞれ、縦と横に再び切り裂くと、漸くそこで崩れ落ちて動きを止める。

「……こいつら」

 後ろに飛退いてアサシンと再び背中に合わせになった勇治は苦い顔で呟く。
 それにアサシンも頷く。

「はい。前よりずっとタフになってますよ」

 動きや外見を見る限り、以前までの血管と変わりない。だが、硬くなったとか防御力が上がった訳ではないが、血管のバケモノに対してこの表現が正しいかは不明だが生命力が大幅に向上している。

「逃げるしか、ないか」

 苦虫を噛み潰したような顔で勇治が呟く。
 横目で確認すれば、既に人質だった者達は血管の群れに呑まれている。バーサーカーと、そのマスターである橋口圭司も同じく。
 気を失っていたからか、人質であった一般人の悲鳴が聞こえないことは、それでも何の救いにはならなかった。

「そうですね。正直、既に助けるのは不可能です。
 というより、私達も無事に脱出できるかってとこですよ」

 幸いというべきか、残っていた罠は軒並み血管共が発動させているらしく、奥の方からは様々な破壊音が聞こえていた。とはいえ、この数ではすぐに罠は尽きるだろう。

「悩んでる時間はない、最短距離で強行突破だ」

 此処で時間をかければ、それだけ脱出できる確率が低くなる。
 侵入する時は、結果的にはバレたが、出来るだけ見つからないようなルートを選んだので出口までは遠い。
 此処の構造は、廃モールになる前のマップだが頭に入れてある。最も近い出口を目指せばそこまで遠くはない。

「了解です。それじゃあ、

 私の本気、見せてあげます!」

 呪層界・怨天祝奉

 呪相・密天

「肉片も残らないかも♪」

 本来縦に、上から押しつぶすそれを横に放つ。
 通常の密天のおよそ4倍の威力で放たれた暴風は、射線上にいた血管をすべて吹き飛ばして、通路の奥への道を作る。
 そうして出来た道を、血管に再び塞がれないうちに二人は駆け出す。


 どうやら、あのホールへと血管共は集結しているらしく、通路で遭遇したアサシンの先の密天を受けていない血管との遭遇は思ったよりも少なく、散発的だった。
 それらはアサシンが焼き、勇治が切り裂いて最短の時間でやり過ごした。

「出口付近に結構固まってますね」

 出口を塞ぐ意図が血管にあるかどうかは不明だが、突破するには少々骨が折れる数が出口付近に固まっている事をアサシンが把握する。
 ちらりと勇治が後ろを振り向けば、来た道からも血管が迫っているのが感じられる。追って来たというよりはホールから溢れて逆流してきたという感じだが、退路が絶たれのには違いない。

「―――ハァ!」

 思考は一瞬、勇治は干将莫邪を全力で振るって壁に切れ込みを入れる。

「タマモ!」

「っ、炎天よ、奔れ」

 名を呼ばれ、すぐに主の意図を察したアサシンが切れ込みの入った壁に炎の呪術をぶつける。


 爆煙から勇治とアサシンが飛びだし、ひび割れたアスファルトから雑草の生え茂った屋外駐車場に着地する。

「彫像の出来上がりです!」

 振り向きざまにアサシンが呪術を放ち、自分達が出てきた穴を氷塊で塞ぐ。
 外に血管共は、いない!

 駐車場に放置された、おそらくは人質になっていた誰かの物だろうバイクを見つけると素早く勇治は駆けよって確認する。
 キーは付いてる、エンジンも……動いた!

「タマモ、乗れ!」

「はいさ!」

 アサシンが後ろに飛び乗ったか否かのタイミングで、勇治はバイクを走らせる。
 アサシンが主のいなくなった廃モールの結界を剥奪し、外から護るモノから内に閉じ込めるモノに逆転させる。とはいえ、急場なので一晩持つかどうか。

 廃モールがぐんぐん遠ざかる。
 追って来るものは、いない。

 勇治が懸念した先にこの陣地に攻撃を仕掛けた、おそらくはアーチャーによる攻撃もない。
 向こうは既に退いたのか、それともこっちに関わっていられる状態ではないのか不明だが、今はありがたい。

 まずは隠蔽を含め、教会に知らせるべきだろう。
 そう考えながら、バーサーカーには勝利したにも関わらず、勝ったとは到底思えない逃走から帰路につく。







 聖杯戦争6日目。

 勇治は目の前の畳の上で丸くなって眠るアサシンに、目を細めて優しく頭をなでる。

 昨夜、家に帰ってきてから。念の為、自分が見張りをするからご主人様は休んでくださいと言われて、それに反論したが結局言い負けて自室で休ませてもらったが。
 朝起きて、居間に入って真っ先に目撃したのが可愛らしく寝息を立てていたアサシンだった。

 おそらく、明方が過ぎて暫くまで起きていたが、もう大丈夫だと判断したら眠気に負けたのだろう。

 アサシンの髪を指で梳きながら勇治は思う。
 自分はタマモを好いているのだろうと、ある程度自覚出来たのは黒化バーサーカーとの戦いの後。
 あの時、黒化バーサーカーの一撃からタマモを庇い。宗造に対して怒り、感情が理性を上回った。
 それらはマスターとしても、普段の勇治自身からしても甚だ不合理極まりない。だが、勇治はそれを後悔していない。
 何故なのか、それを考えたいった結果、タマモに惹かれ好意を寄せている。そう思い至った。

 しかし、サーヴァントとは世界にとっては稀人。冗談のような奇跡。儚く消える幻のような存在である。
 タマモもそうと理解しているだろう、そんなタマモに想いを告げても迷惑をかけるだけ。そう思って告げるつもりは一切ない。
 それにタマモの願いは召喚してすぐに確認したところ「幸せな第二の人生…狐生?を送ること」らしい、なにやら誤魔化したような雰囲気もあったがこの願いは嘘ではないだろう。
 なればこそ、願いが叶えた時に自分がその妨げになる事は避けたい。自分が想いを告げることはタマモの願い、幸せな第二の人生を壊しかねないのだから。
 だから、この想いは秘めたままにする。なに、タマモの願いが叶えばもう二度と会う事の出来ないサーヴァントとの別れと違い、会う機会はあるのだから。

 故に、この聖杯戦争はもう負けられない。
 案外自分勝手な考えに内心苦笑する。


 マナーモードで震える携帯が、穏やかな時間の終わりを告げる。

「……なに?」

 それは教会からの連絡だった。

 血管がいなくなった事を確認した後、廃モールを調査したところ。
 "誰もいなかった"と、人質にされていた一般人達も、消えただろうバーサーカーはともかく、そのマスターさえも、誰も確認できなかったと。
 確かに戦闘をした跡も、陣地としてそこでバーサーカーのマスターが過ごしていた跡もある。
 だが、肝心の人間は誰もいなかった。
 またバーサーカーが打倒した黒化アサシンのクラスカードも、バーサーカーのマスターが持っていた宝具も確認できなかった。それらも消えていたらしい。

 考えられる線は2つ。
 一つは、バーサーカーのマスターが生きていて、拠点を引き払って身を潜めた。
 もう一つは、血管が人の血を貧血になる程度に吸うから、殺して喰らうようになった。
 あの血管の大群から考えて、前者の線は薄い。後者の場合もクラスカードと宝具の行方について疑問が残る。

「厄介な事に、ならなければいいが」

 勇治は、半ば祈るようにそう呟いた。


[No.424] 2011/06/02(Thu) 20:34:51
血宴の絆Z (No.424への返信 / 21階層) - アズミ

 柔らかな日差しの中、康一は目を覚ました。
 手を握ったまま隣で眠るランサーを起こさぬよう、静かに身を起して全身を確認。人工筋、エーテライト、眼球運動、内臓機能、全て異常無し。
 時刻を確認しようと傍に放りだしておいた携帯電話を手に取る。
 現在時刻7:30。メール着信3件。一つは魔術協会からの現状確認、一つは姉からのメール……しまった、昨日一昨日と連絡を忘れていた……もう一つは……。

「――…………」

 携帯を閉じて、起き上がる。さすがにそれに気づいたか、ランサーも瞼を開いた。

「おはようございます、主」

「あぁ、おはよう……調子はどうだ? ランサー」

 ランサーは今まで寝ぐせをしきりに気にしながらソファから起き上がる。彼女の髪は癖がない直毛なのだが、結い上げたことで少し勝手が変わったらしい。

「消耗はほぼ完全に回復しました。……例の問題は、そのままですが」

「そうか――……まぁ、そこはマリナと相談しよう。そんな致命的な問題でもない」

 一先ず――……一先ず、飯の用意か。弱った、そういえば一昨日の戦闘のどさくさで買い出しした食料は街中に置いてきてしまったはずだ。マリナたちは買い直してくれただろうか。

 そんなことを考えながら部屋を辞して……そこで、見慣れぬ顔にばったりと出くわした。

「――……あ」

 驚いた相手の顔を暫し見て、気づく。……そうか、マリナが保護したという加賀家の娘。

「加賀円……だったか?」

「あ、はい。おはようございます」

「あぁ、おはよう」

 とりあえず挨拶はしたものの、これといって会話のタネも無い。奇妙な沈黙を保ったまま、三人は揃って洗面所で顔を洗う。

「……あの、志摩、さん」

「康一でいい」

「あ、はい。康一さん」

 この聖杯戦争には志摩が二人参加しているし、志摩という名に余りいい印象はない。
 そんな康一の内情はいざ知らず、円は他人行儀なのか気おくれしているのか、おずおずと頷いた。

「その――加賀宗造は」

「死んだよ。確実に殺した」

 出るとすれば、その話題だけだろうと思っていたので康一は即座に答えた。
 ランサーは「殺した」という表現に、ぴくりと反応する。実際に手にかけたのはアサシンだし、彼がその確実性を保障できるはずもない。だが、敢えて殺したと表現したということは……あの魔術師の悪逆ぶりから見て在り得ぬことだとは思うが、円の家族の仇を買って出た、ということだ。

「…………、」

 円は、暫く感情の発露に惑ったようだった。
 実のところ彼女は宗造を蛇褐の如く嫌っていたし、家族と思ったこともなかったが――その死に際して、『どういう感情を発露していいのか』は、容易に答えの出せない問題だった。

「恨み事以外は言うな」

 康一は、敢えて彼女が答えを出す前に釘を刺した。
 ぎょっとしたように、円が康一を見返す。理屈としては解るにせよ、彼を恨むという発想だけは思い当らなかったからだ。

「家族を殺されたんだ。感情はどうあれ、どうあれな。感謝も謝罪も、言うのは『危うい』。
 螺旋曲がりたくなかったら、恨み事以外は言うな」

「…………はい」

 理解はし兼ねたが、しかし納得は出来た。だから、円はそれ以上何も云わぬことで康一への返答とした。





 康一の懸念は、マリナが昨日合流する前に再び買い出しに行っていてくれたことで、杞憂に終わった。

「ごはんー」

 ……まぁ、それを傘に来て再び朝食の用意を押しつけられたが、どうせこの面子で料理が――もとい、家事が出来るのは康一ぐらいのものだったので、別に問題はない。円も幾らか手伝ってくれた。

「ごはんー」

「行儀悪いから黙って待ってろ!」

 箸でお茶碗をちんちん鳴らすマリナとランサーを一喝してベーコンエッグとシーザーサラダの皿を並べる。
 康一としては日本食のほうが性に合っているのだが、過半数が西洋出身とあっては譲歩もいたしかたない。

「……あの、いつもこうなんですか?」

 円が曰く言い難い複雑な表情で問うてくる。言外に言わんとしてることは解らないでもなかった。
 康一とマリナは聖杯戦争の参加者、つまり命を奪い合うはずの仲だ。同盟中とはいえ、こうも和気藹々とできるものなのか。

「こんなもんだよ、存外にな」

 康一はそれにただ、肩を竦めて返した。





「……で、今日はどうする?」

 ある程度食事が片付いたところで、ライダーが切り出した。
 康一、マリナ、ランサー、ライダーいずれも3日目の激戦の消耗からはほぼ脱している。攻めるにせよ守るにせよ、行動指針は定めなければならない。

「私たちは予定通り、円を教会に送っていこうと思うの。加賀の家に小さな子供がいるらしくて、その子たちも拾ってくつもり」

 それはマリナが昨日の内に円の話を聞いて決めたことだった。康一にも昨日の内に概要は話してある。
 かの家は実質、加賀宗造以外は彼の道具、あるいは手足に等しく、主が消えた今敵性存在は在り得ない。ただ、加賀弓――あの令呪になっていた女と加賀宗造の幼い子が家に置き去りになっているはずで、それを看過するわけにはいかないというのが彼らの結論だった。
 康一がそれに同行するかまでは決まっていなかったのだが……。

「とはいえ、魔術師の工房だからな。……やはり、加賀の家までは俺たちもついていこう」

 魔術師の工房は即ち外敵を排除し、侵入者を抹殺する要塞である。
 主を喪ったとはいえ舐めてかかるわけにはいかないし、そこに至るまでの道程で他のサーヴァントに襲撃される可能性もある。やはり別行動はしないのが賢明だった。
 が。

「ただ、加賀の家を無事に出たら俺たちは一度別行動をさせてもらう」

 それはこの場で初めて口にしたので、他の全員が康一に視線を送った。

「何か予定があるの?」

 康一は、問われて迷った。
 馬鹿正直に答えるにはあまりに衝撃的かつ危険な行動だったし、マリナの反対は必至だ。
 だが、今後の為に必要な行動であったし……同時に、黙秘はもうこの同盟には必要あるまいとも思った。
 メールの文面を呼び出し、携帯電話を一同に見せる。


「……志摩空涯に呼び出しを受けた。会いに行って来る」


[No.425] 2011/06/02(Thu) 20:35:47
安穏の毒 (No.425への返信 / 22階層) - きうい



 それは騒がしい暗闇だった。
 全身がちぎられるように痛み吐き気がし、耳鳴りが止まず頭痛がする。
 それでもそこは穏やかだった。病の床に伏せったように、苦しみの中で安らぎがあった。

 記憶を呼び起こす。
 狐耳のサーヴァントが、血塗れの石を握ったのが最後の映像。息が切れ心臓が止まり胸が痛んで視界が失せた。

 幾つもの奇妙な足音を聞いて微かに気を取り直した時、確か血管達に取り囲まれていた。そしてまた、視界が闇に失せる。

 ああ、負けたのだっけ。
 勝たなければ、いけなかったのに。
 俺は、勝って。
 聖杯に願わなければいけなかったのに。
 俺は、■■■■■に……。

 体を蝕んでいた痛みや苦しみはやがて薄らぎ、意識が闇の中に溶けだして行く。

 死の予感。
 だが、恐怖を感じるにはもう彼の意識は濁り過ぎていた。

 血の匂いのする闇の中に、溶けて同じになる。そして唐突に理解する。
 これが何か。ここがどこか。


 何だ。
 そうか。これは■■■■■じゃないか。
 なんだ、俺は■■■■■になれたんだ。俺の願いは叶ったじゃないか。

 あはははは。

 あはははは。

 あはははは。
 あはははは。
 
 あははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあはははは


 無限の中で限りなくゼロに近づいてゆく彼の意識に、一瞬だけ。
 白く輝く鳥の、空をゆく姿が浮かんだ。

 帰るべき場所に戻るのだな。本当の本当に、狂いきった戦士になって。
 この心臓のように、また誰かの胸に種を落として行くのだろう。

 あははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあはははは

 あははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあははははあはははは


 あは




 砂漠の夜は冷える。
 昼の熱を蓄えるべきものが大地に全く無いからだ。

 底冷えのする墳墓の中で、松明一つを頼りに橋口凜土とキャスターが向かい合い座っていた。
 互いに一言も交わさぬまま、もう半刻が過ぎている。
 金字塔に満ちる魔力に身をゆだね、只管回復を待っている。

 モールの中に、橋口圭司の姿は無かった。

 自分は攻撃に失敗し、彼は防衛に失敗したのだと理解した。
 恨みも悲しみもなく、ただ単純に心細く感じる。もう同盟を組める相手はいない。なけなしの策は破綻し、キャスターの全霊をかけた攻撃も通用しなかった。
 令呪も一回切っている。余裕があるとは言えない状態だ。


 「マスター。」

 キャスターが徐に口を開く。

 「アーチャーは、優れた射手であった。」

 うつむいたまま、キャスターは言った。

 「そう。」

 凜土は虚ろな声で応える。

 「素晴らしいものだな。英霊とは。」
 「そう。」

 凜土の返事は飽くまで虚しい。敗北の味は苦く心を犯していて、身を満たす魔力に今は身をゆだねていたかった。

 「我も英霊。」
 「そう。」
 「彼らに並ぶ。」
 「そう。」
 「だから勝てるよ。」
 「……。」

 凜土が顔を上げて、キャスターの顔を見た。
 勝てなかったではないか、という批難の表情を張りつけて。

 「勝てるとも。」
 「どうやって。」
 「手段は問題ではない。」

 キャスターの声にだんだんと覇気が戻ってきた。

 「恥ずかしながら、我は彼奴と戦うまで我自身が何であるかを知らなかった。」
 「……。」
 「我を射たアーチャーは、最初から最後まで彼自身であったよ。」

 キャスターが初めて見せる殊勝な言葉に、凜土も耳を傾け始めた。

 「我は、故郷に帰りたかった。だが、やはりそれは我の役目ではないのだ。
  我はこの青い星で生まれ、この青い星で死んだ。己の欲を果たせぬままに。」
 「……。」
 「だが、我は王だ。
  王たる我が我欲に溺れ、あの船にアーチャーを乗せた時も、淡く望郷の念に駆られた。
  ……恥じるべきあり方、負けて当然だ。」

 キャスターの声には、自嘲が混ざる。

 「帰りたいと泣くのは、童のすること。王の役目に程遠い。
  その望みを民の幸せにすりかえるなど、暗君と呼ばれて然るべきだ。」

 キャスターの眼が、凜土の目をしっかりと見つめた。

 「――マスター。
  我はもう、帰りたいなどと願わない。」

 例え守るべき民が歴史の彼方に消えていたとしても。
 聖杯に願う王国が儚い幻であったとしても。
 王であろうとすることを曲げてはいけない。もう曲げたくない。

 「――我は今度こそ、民のためにありたいと思う。」

 三千年の時を経て、アメンホテプ4世の魂はようやく、己の収まるべき器を見つけたのだ。


[No.426] 2011/06/02(Thu) 20:36:25
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