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   コテファテ再録6 - アズミ - 2011/06/02(Thu) 20:37:15 [No.427]
真実T - 咲凪 - 2011/06/02(Thu) 20:38:05 [No.428]
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キツネの見た夢T - ジョニー - 2011/06/02(Thu) 20:53:41 [No.445]



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コテファテ再録6 (親記事) - アズミ

6スレ目。

[No.427] 2011/06/02(Thu) 20:37:15
真実T (No.427への返信 / 1階層) - 咲凪

「呼び出しを受けたって……」

 康一はマリナが激しく反対する事を想像していたが、マリナの反応はもはやそれを一周して呆れたような顔をしていた。
 事情を正確に把握していない円も似たような表情をしていたが、此方は本当に事情を知らない為だ、マリナのように呆れている訳ではない。

「呼び出されたから会いに行くだなんて、本気なの!?」
「あぁ、ランサーも居るし、それに……」

 志摩空涯はセイバーを失っている。
 あの男がその状況を踏まえてなお「会おう」というのだ、此方の考える事もお見通しの筈、すなわち――――。

「此方の利もあるって事?」
「ざっくばらんにはそう取ってもらって構わない」
「だからって、ちょっと賛成しかねるわ」

 康一は「だよなぁ」という顔をしたし、ランサーはただ康一に従う意向だけは示したが、マリナの言い分にも理を感じているのか口を挟むような事はしなかった、だがそこに意外な人物が口を挟んだ。

「私は賛成だ」
「ちょと、ライダー?」

 それはライダーだった、例の如く霊体化していた彼が姿を現すと、まずはマリナを、次に康一を見て言葉を続けた。

「確かに相手は敵対しているマスターだ、
 サーヴァントを失ったとはいえ、会いに行くというのは危険が混じる事ではあると思う」
「だったら……」

 マリナは口を挟みかけたが、ライダーがまだ言葉を残しているのを悟り、その口を閉じる。

「だが、逆に言えば今を除けばそのような機会も無いだろう。
 志摩空涯に相対する時が来た……そういう事なのだと、私は思う」
「だったら、私たちが居る時にでも良いじゃない」
「マリナ」

 マリナの言葉は理に適っていたが、それでもライダーはマリナを止めた。
 これがライダーなりの昨晩の康一の言葉への礼である事は彼にしかわからなかったし、彼もまた語るつもりは無かったが。

「たぶん戦闘にはならねぇ、そのつもりなら奴はこんな回りくどい手は使わないさ」
「…………判ったわ」

 マリナは渋々、といった顔をあからさまにしながらも、ようやく康一が志摩空涯に会いに行く事を承諾した。

「――――」
「ん、何よ?」
「いや、なんでもない」

 康一にもライダーにも、これが演じられた偽りの感情とは俄かに信じがたい思いだった。



「ここが加賀の家……」

 あれから少し入念な支度を経て、マリナ達は加賀邸に訪れていた。
 まだ昼間だと言うのに、薄暗い、という印象を感じる。
 七貴邸はあれで人好きな家なのだが、加賀邸は檻か籠を彷彿とする、七貴邸が人を包む家ならば、加賀邸は人を飲み込む家だと思えた。

「それじゃ、行きましょうか、案内はしてくれるわよね」
「えぇ、勿論」
「それじゃあ、俺達はそろそろ」

 加賀邸を前にして打ち合わせどおりに、康一とランサーは別行動を取る。
 ライダーはランサーを見た、時より一言二言程度の会話をするが、基本的には深く話す事の無い二人が視線を交わすのは酷く珍しい事だった。

「要らぬ世話と思うが、気をつけて」
「――意外ですね、貴公からそのように言葉をかけられるとは」
「いや――私も今回の戦いで、色々と思う所があるのだ」

 ライダーはランサーに大きな借りがある、
 それを返す目処がある訳では無いのだが、それでも最後の戦いはこの騎士との正々堂々対峙とした対峙でありたいライダーは内心で思っていたのだ。
 ランサーの様子が変わって以来、その気持ちはライダーの中で大きくなっている。
 何らかの迷いを振り切ったランサーは、既に完成した人間である筈の英霊がさらに脱皮をしたような劇的な輝きを持っていた。
 ライダーはその輝きを感じて、武人として昂る思いを感じていたのだ。

「なるほど。
 ……ですがご心配なく、油断は致しません」
「あぁ、理解しているが、まぁ気分の問題でな」
「確かに――では、そろそろ」

 康一とランサーが去っていくのを見送りながら。

「そういえばランサー、何で霊体化しないのかしら?」

 ぽつり、とマリナが呟いた。


[No.428] 2011/06/02(Thu) 20:38:05
空の境界T (No.428への返信 / 2階層) - アズミ

 志摩康一は、死んでいた。


 彼の世界は、只管に赤かった。


 言葉一つ紡ぐこと能わず、指先さえ動かせない。
 ただ、それでも定まらない自分の形は視えていたし、自分が生物として欠格であることも理解していた。
 幸福を掴む腕が無く、大地を踏みしめる脚が無い。呼吸する為の肺が無く、物を食むための消化器官が無い。


 ただ、赤い世界に。
 彼の原型が浮かんでいた。


 生きることが出来ない。死にたくない、と叫ぶことさえ出来ない。その不満さえ、的を射ていない。

 彼は、『生まれてさえいない』。
 そして、『生まれることさえ許されない』。

 彼の心に渦巻くのは、只管の攻撃性。
 それは生を否定した者への憎悪。それは原初の権利を奪った者への糾弾。それは秩序を違えた世界への弾劾。全ての生きる者への嫉妬。
 怒りと悲嘆が枝分かれする、その遥か前の感情。

 彼の世界は、只管に赤かった。
 それが、自分を包む母体の色で内と気付いたのは、いつのことだったか。

 赤の世界。

 『被害』の原型。

 彼の意識が出でたその時から、「」は其処に在った。
 彼と共に、在ったのだ。


 志摩康一は、死ぬ度に思う。

 あれはまだ、ここにあるのだ。

 この、志摩康一の中に。


 「」は。


 だから、だから――いつかは――。



 死という眠りから、康一の意識が浮かび上がる。

 また、忘却の時が来る。
 この言葉に出来ない感情も、自身の起源も、「」も。
 全ては『生まれなかった自分』に返却される。

 覚醒の世界に舞い戻る志摩康一が所持することを許されるのは、予感だけだ。
 根拠のない、恐れ。悪夢の残滓のようなもの。

 いつか、「」と相対しなければならないという……底冷えのする、予感だけだ。





「ある――、康一」

 ランサーの声で、康一は目を覚ました。
 ごとん、という感触と共に、バスが停車する。

「着いたか」

 一つだけ伸びをして、座席から立ち上がった。
 ランサーはいつぞや買ったあの服に身を包んでいるが、既に表情は戦場のそれだ。
 さもあらん、空涯の指定した待ち合わせ場所まで、ここから100mと少し。
 康一は戦闘は無い、とした見立てに自信はあったものの、やはりいつ首を取りに来られても対処しておく心構えは必要だと思った。

「行くぞ、ランサー」

「御意。主も努々、気を抜かぬように」

 一つだけ言葉を交わして、康一とランサーは降り立った。

 湖底市の北の果て、街並みを見下ろす丘。
 そこが、空涯の指定した場所だった。


[No.429] 2011/06/02(Thu) 20:39:50
狐の見る夢 (No.429への返信 / 3階層) - ジョニー

 ……‥

 ……

 …


 天照大神は自分を崇める人間達を見て思った。

 あの有象無象の連中は何が面白くて生きているのだろうと。

 そして人間を見下しながら、人間の不自由さを知りたくなった。

 初めは正義感から、人間が悪い生き物ならば叱ろうと。

 ずっと見ていくうちに、尽きない興味が沸いていた。

 何一つ幸福な要素がないのに、人間達は楽しそうだから。

 楽しくもなく、弱々しいのに、沢山の顔が笑っている。

 見えもしない神を、全身全霊で自分を信じて祀ってくれる。


 そこで天照大神は思ったのだろう。
 自分に尽くす人間達が、それはもう幸せそうだったから。
 私も、誰かに仕えてみたい、と―――




 そして藻女というカタチに、興味本位で転生した。

 一人の、人間の少女として地上に降りた。
 ……自分が何者であるのかも、全てを忘れたまま。

 彼女は美しく成長し、鳥羽上皇に見初められる。

 だが、彼女が燃えるような恋をした直後。 

 ある朝、起きたら狐耳が生えていた。
 一ヶ月程は隠し通してきた。

 朝起きたら、自分の身体が変わっていた。
 朝起きたら、自分が人間ではなくなった。

 自分への不審、疑惑、不満。
 何時周囲にバレて迫害されないかという恐れ。


 なにより、愛した人に、いつか、化け物とそしられる日が来る絶望。


 誰にも相談できず、宮廷の奥に閉じこもって、身体を震わせながら、この悪夢が早く覚めますようにと祈りながら。

 しかし、安倍の陰陽師に狐精である事を暴かれ。
 取る物も取らず奥の院から逃げ出した。

 その後、混乱しながらもなんとか那須野まで逃げた。


 那須野の荒野でぽつんとただずむ少女の頬には、はらはらと涙が落ちていた。

 自分を愛してくれた人々に追われ、自分が愛していたものに決別され。
 眷族の狐達に囲まれて、彼女はようやく、自分が何者であったかを思い出す。


“ああ―――私は、なんと愚かだったのでしょう” 


 集まった狐達に慰められながら、玉藻の前は独白する。
 人間に裏切られ、恐れられ、ここまで追い込まれた。
 何も害は与えなかった。
 ただ富を与えようとしただけだったのに。
 "人間ではない"という理由で、桃源の里から追われたのだ―――


 妖狐伐倒の軍勢、弁明は誰も聞いてくれず。
 応戦して、皆殺しにしたのは、やり過ぎだったかもしれない。

 二度目は、なんとか話し合いをしようしたが。
 三日三晩矢の雨で、何を言っても聞こえてはいなかった。

 降り注ぐ鏃の中で、血にまみれながらも、
“騙す気はなかった。もう立ち去るから忘れて欲しい”
 と訴え続けた。

 けれど追撃は止まず、人間達の一方的な憎しみは消えなかった。
 ……その中で、彼女は悟った。


 なんて狭量な生き物。
 なんて乱暴な憎しみ。
 なんて思い上がった独善。
 なんて、なんて―――











 なんて弱々しくも愛おしい、限りある命たち。



 人間は神を崇め、神の意識と同一する事によって神域に触れようとする。

 だが無駄なこと。

 そんな努力をしても、
 どんな力を尽くしても、
 人が神になれないように。

“―――神が、人になれる筈がなかったのです”

 ……かくして。
 その胸に破魔の矢を受け、玉藻の前は泣くように崩れ落ちた。



 人間以上である神様が、人間ひとりにすら成れなかった物語。

 ……早い話。
 この神様は、人間に憧れた、ただの夢見る少女だった。







 これはタマモの夢、タマモの過去。
 マスターとサーヴァントの間に、このような事が起こりえるとは聞いていた。
 だが、これはあまりにも―――

 天川とタマモはどこか似ている。
 人間に成ろうとした神であるタマモと、混血でありながら退魔である天川。

 いや、逆だ。

 天川にタマモが似ているじゃない。タマモに天川が似ているのだ。
 玉藻の前の眷族である狐、その狐の魔との混血である天川が大本であるタマモに似るのはある意味で必然だったのかもしれない。

 そう、混血(狩られるもの)でありながら退魔(狩るもの)であるという矛盾。

 人間に仕えようとして、人間ではないと追われた玉藻の前。
 それと同じように、血と力が薄まり弱まった近代はともかく、天川の者は退魔としての戦いで死ぬ者よりも、退魔の過程で"己が魔に呑まれ"、天川や他の退魔に"魔として討滅"される者の割合の方が遥かに多かった。

 混血の退魔という矛盾は、魔として討たれる最後を迎える退魔という結末を生み出した。
 だが、それでも天川の者は今に至るまで退魔を止めていない。
 今でもなお、人に仕えたいと願うタマモのように。
 それはまさしく、親の似る子の如く。

 ならば、天川勇治が玉藻の前を呼ぶことは必然だったのかもしれない。
 狐の混血としての身だけではなく、その在り方としても。


 そして、だからこそ、俺は己の魔に呑まれてはならない。
 タマモの願いは"人間に仕えたい"だ。決して"魔に堕ちた混血に仕えたい"ではない。
 混血である事実は曲げられない、ならばせめて人間としての意思を失くしてはならない。

 他の天川はともかく、混血の…魔の力が強くなっている自分は、反転する危険性が高い。かつての多くの天川の者のように。

 それでも最低でもタマモのマスターである間は人間であることを止めてはいけない。
 おそらく、タマモの願いが叶い第二の生を得られれば、タマモは俺の元を去るだろう。それはタマモの真の願いからすれば当然のこと。
 だからこそ、それまで俺は堕ちるわけにはいけない。

 タマモに、自分の所為で俺が魔に堕ちたなどと思わせない為に。
 タマモの心に、新しい傷を負わせない為に。


 この聖杯戦争で、どれだけ混血の、魔の力を振るっても。
 タマモがいる間は、絶対に己が魔に呑まれてはいけないのだ。


 タマモが、いる間だけでも………


[No.430] 2011/06/02(Thu) 20:40:18
安穏の毒U (No.430への返信 / 4階層) - きうい


 「……良く生きてたね。」
 「お前が提案した作戦ではないか。」

 対アーチャー戦の詳細を語られ、橋口凜土は改めて敵の強さにため息を吐いた。
 キャスターは三つ目のコンビニおにぎりに齧り付こうと言うところ。

 「お前本当に好きだねそれ。」
 「んぐ。
  うむ。大好きだ。
  まずはこのパリッパリの、海苔と言う奴が素晴らしい。海藻を天日で干すとここまで趣のある歯ごたえと味わいになるとは、生前はついぞ思ったことはないぞ。
  それだけではない。形もまた完璧だ。
  特筆すべきは、海の幸で大地の恵みを包み、手のべたつきを抑えつつ味を増すという完成度の高さだ。
  贅を凝らすだけでは決して辿りつけぬ、清貧であればこそ見いだせた究極の三角形。」
 「わかったわかった。」
 「いつか、炊きたての米とやらのおにぎりを食してみたいものよ。」

 アーチャーと戦ってからと言うもの、憑き物が落ちたような晴れ晴れとした様子のキャスター。

 やる気があるのはいいことだけれど。

 「……どうするかな。これ。」

 橋口圭司が所有していた三尖刀が、フローリングの床に無造作に転がっている。



 ゆらり
 ゆらり。

 この赤い苦痛の中で、わたくしは生まれ。
 この黒い病魔の中に、わたくしは死ぬ。

 わたくしの名前は。
 宋江。
 義に戦い義に死んだ英傑。

 自分で発した言葉を反芻する。

――――わたくしのこの、少女の姿は。
――――この立ち居振る舞いは。
――――マスター橋口圭司にとって、逃れ得ぬ宿命のようなもの。――――それさえ守られれば、
――――何のクラスでどの英霊の魂でマスターの前に現れようが
――――関係ないのです。

 わたくしは、ケイジに魔を与えた悪魔の滴。
 大魔から零れた一滴の悪意。

 世を滅ぼす悪意よ。

 「ただいま♪」



 色々と考えた末、凜土は協会の物を呼び出し、三尖刀を預けた。

 「誰にとっても要らないもの」
 とは、彼の談。

 仙術道術に明るくない凜土では使いようがなく、しかも持っているだけで狙われる理由が増える。他のマスターに渡すのはもってのほか。
 安全に手放すには、この方法が最適と判断したのだった。

 「……形見は、持っておくべきだと思うがな。」
 「冗談じゃない。
  役立たずの思い出をどうして後生大事にしなくちゃいけないんだい。」

 キャスターの言葉に凜土は不愉快そうに応えた。

 「歴史的価値があるなら、それをきちんと保存してくれるところに預けなくちゃ。
  遺物は遺物。
  役目を終えたからこそ価値が生まれるんだ。」
 「よく言う。」

 キャスターが凜土の懐の『死者の書』を一瞥する。

 「これはまだ『使える』。
  使えるうちは、『無価値』だ。」

 価値は、無駄の中にのみ存在する。即ち、無駄を無駄と見ない、過去を過去としない、未来を未来と夢見ない、人の作りだす幻想の中にある。

 「ゴミをどうしようと、僕の勝手だ。」
 「その暴言、二度は許さんぞマスター。」


[No.431] 2011/06/02(Thu) 20:41:05
空の境界U (No.431への返信 / 5階層) - アズミ

 太陽のように眩く輝く魔術礼装はその輝きを失い、貧相なボールになって宙を舞った。

「――……っ!」

 康一は思わず受け取ってしまってからしまった、と身を強張らせる。これがフェイクで何かの毒なり爆発物なら致命的な軽挙だ。
 しかし、手の中にすっぽりと収まったバレーボールほどの大きさの球体は、爆発することも彼の手を溶解させることもなく、金属でも有機物でもない不思議な光沢を放っている。

「……どういう、つもりだ」

 丘の上に佇む空涯に、憎々しい視線を送る。
 康一はそれが何か知っていた。

――『万能器械』。

 志摩家の最秘奥たる、文字通りの万能魔術礼装。使用者の魔力(オド)、ないしは周囲の魔力(マナ)を吸い上げて65535通りの用途を発揮する。
 志摩空涯、最大の武器。
 それを彼は康一と出会って一番、己を仇と狙う相手にあっさりと渡したのだ。
 康一は困惑した。ランサーも、空涯に明確な敵意を示しながらも攻撃に踏み切れずにいる。

「私が持っていても仕方がない」

「仕方がない、だと?」

 意図は測りかねたが、脅しの意味で康一は『糸』を振るった。
 『糸』は妨害を受けることもなく、狙い通りに空涯の首に絡みつく。
 主がほんの少し力を込めれば、仇敵の首を花のように落とすだろう。

「聖杯戦争から脱落したとしても、アンタは俺の師の仇なんだ。
 このまま『その首を落とせるなら、落としておく』相手なんだぜ?」

「理解している」

 だが、空涯は何も抵抗しなかった。
 恐らく武器は隠し持っているが、戦意が全く感じられない。自然体のまま丘の上に佇み、康一を見ている。

「が、説明ぐらいは聞いておけ。今後の為にな」

「これから死ぬ奴に、語る今後があるのか?」

「私にはある」

 ドスを利かせた康一の言葉もどこ吹く風、空涯は涼やかな様子でそう言った。

 沈黙は恐らく、数刻は続いた。
 仇敵の首に刃をかけたまま、数刻。決定的に追い詰めたまま、しかし動揺しているのは康一のほうだった。
 聖杯戦争を脱落して自棄になっている、という可能性はまずない。空涯ほどの魔術師なら他のマスターを暗殺して令呪を奪うぐらいやってのけるし、それ以前にこの男はその程度の困難で目的を諦めるような性質にない。首を落とされても次の瞬間には残った身体で目的を遂行するのが志摩空涯という男だと、康一はよく知っていた。
 首を、落とされても?

 康一は逡巡を止め、静かに問うた。

「……お前の目的はなんだ、志摩空涯」

「無論、志摩が根源の渦への到達すること」

 根源の渦。
 ゼロ、始まりの大元、全ての原因。この世のあらゆる事象の出発点。
 魔術師の最終到達地点である。
 魔術師とはそも、それを希求する学徒を示す。あらゆる魔術は根源の渦から洩れ出でる神秘であり、その術理を辿ることで魔術師は根源の渦へ至ろうとする。

「それが、何故聖杯戦争に噛んでくる?」

「本気で問うているのか?」

 珍しく、驚いた様子で空涯が問い返す。
 それに少し苛立ち、康一は吐き捨てた。

「冬木で根源の渦が確認されたのは知ってるよ。……聖杯が額面通りの万能の願望機なら、そりゃあ根源への到達も可能だろう。
 ならばなおさら、お前がここで死ぬ理由にはならんはずだ」

「私は根源には至れない」

 空涯は、その一生を否定しかねない一言を何の躊躇もなく口にした。
 康一の手が、ぴくりと震えた。

 ここで殺すべきだ。
 康一の中で、何かがそうざわめいた。

「私が根源に触れれば、抑止力は私を忽ち排除するだろう。
 私に、それに抗う術はない」

 根源への到達は、多くの場合、集合無意識が構築した世界の安全装置――抑止力で以って、排除される。
 根源は人間には過ぎた『完成』であり、無への回帰を誘発してしまうためだ。
 だからこそ、魔術師は最初にこう習うのだ。「お前たちがこれからすることは、全て無駄だ」と。
 一族の血を連ね、営々と築き上げた神秘の全ては、『世界の為に』、最後は全て潰えることになるのだと。

「そんなことは――」

「無論、私はそれでもいい。
 根源に辿りついたならば、その後どうなろうとどうでもいい」

 その、いずれ崩される小石を積み上げ続けるような苦行を受け入れるのが、魔術師だ。
 少なくとも空涯はそれを受け入れた男である。恐らくは、誰よりも真摯に。一族の歴史全てをつぎ込んだ壮大な徒労の終わりに、自分の命を捧げることなどなんとも思わない。

「だが――『その先に行ける』ならば。その方がいいに違いない」

 康一の心が、またざわめいた。
 心の奥底に埋葬した何かが、這い出してくる。
 墓穴から、見てはいけないものが顔を覗かせている。

「――…………」

 殺せ。今すぐ殺せ。聞いてはいけない。

 己の内なる命令に、康一が屈する前に。

「お前ならば到達できる」

 空涯は、言葉を結んだ。



「お前の身体は、「」と繋がっている」


[No.432] 2011/06/02(Thu) 20:41:34
安穏の毒V (No.432への返信 / 6階層) - きうい


――――いずれ全ては解き明かされる。

 世界の仕組みを知らぬ、若き道術師の戯言と思った。

 橋口凜土は、ただの魔術使いだ。それでも、世界の成り立ちは知っている。
 全ては「」から生まれ、流れ出し、後はただの支流に過ぎない。

 橋口圭司の言った「解き明かす」とは、支流の元をたどり太い流れを改めて支流に分割する行為に過ぎない。
 それではだめだ。その方法では「」に至れない。それは世界の仕組みではない。

 だが、凜土はたまに思う。

 やはり、神秘の秘匿など意味がないのではないか。人の知力の果てにこそ、「」への道があるのではないか。

 そもそも、知識として蔓延することに依る「支流化」と、「根源から遠ざかる」こととは、イコールではないのではないか。
 寧ろ、知識の蔓延、即ち支流化を推し進める人の営みこそ、緩慢なれども確実に「」へと歩む王道なのではないか。

 魔術の才に乏しい凜土は、たまにそう思う。



 ならば、暴きたてられた神秘こそ。
 無為に成り果てた過去の魔術にこそ。
 愛する価値がある。

 『かつて魔術と呼ばれた何か』に貶めてしまってこそ、価値は生まれるのだ。

 「そうか。」

 凜土は、甥の正しさを知った。

 人の知恵は尊い。

 たとえそれが「」へ到達するのに及ばなくても、神秘を神秘だったものに変えてしまうのは存分に価値のあること。価値を「生む」こと。

 「」など、至れなくとも構わん。何もかも暴きたてられ荒野に変わってしまえ。
 荒らされつくした廃墟にこそ、理想郷は夢想されるのだから。

 「キャスター。」

 凜土が呼ぶ。

 「うむ。」

 英霊が応える。

 「聖杯、分解しようか。」


[No.433] 2011/06/02(Thu) 20:42:07
空の境界V (No.433への返信 / 7階層) - アズミ

 ぴしり。

 空涯の言葉は、康一の心に走っていた罅を決定的に突き崩した。
 心の奥底にある墓穴から、葬られたはずの、否そもそも生まれてさえ来なかったはずの「志摩康一」が、顔を覗かせる。

「お前は――生まれることを許されなかった。生まれてきてはいけないという烙印を押された子だった」

「それをしたのは貴公であろう!」

 他人事のように述べる空涯に、ランサーがいきり立つ。
 そのまま首を刎ねてしまいそうな剣幕の彼女を、康一は辛うじて手で制した。
 構うことなく空涯は続ける。

「生まれる前――原罪さえ無い身に、存在の否定という害を突きつけられた。
 『原型被害者』とでも言うのか。……お前は生まれる前にして、根源の渦に触れていたのだな」

「――お前、が……俺を求めていたのは、それが理由か」

 ともすれば墓穴から漏れだす死臭に意識を奪われそうになりながら、どうにか絞り出すように声を出す。
 空涯は首肯した。

「慮外のことであった。理論上、そういった存在を仮定はしていたが、よもや其処にお前が至っていたとはな」

 根源への到達は、多くの場合抑止力の発現を促す。
 尤も、現に根源に至り魔法を拓いた者たちがいる以上、全てのケースにおいてではない。それには至った魔術師の性質が大きく関与する。
 ただ、確実にこれを免れえる者も、存在し得る。
 全ての太源たる根源の渦。それに、より強固に結び付く者。存在そのものを以って原型を為す存在。
 つまりは、「志摩康一」のような人間。

「だから、師を殺したのか」

「そうだ」

 憎悪を軸にして、自身の感情を呼び覚ます。忘れ得ぬ過失を再生し、師の死に際を食んで萎えた魂を立ち上がらせた。

「お前の、『魔術師』に俺が付き合わなきゃいけない理由はない」

「そうかな?」

 死者を墓穴に叩き返し、開いた空虚を無理矢理に埋めた。

「そうさ」

 獣のように歯を剥いて、康一は断言した。
 空涯の首にかかった『糸』を引き絞る。

「お前はここで死ね、志摩空涯。
 やはり、お前は斃れるべき魔術師だ」

「――そういうわけにはいかんな」

 応じたのは眼前の空涯の声ではなかった。

 虚空で『糸』が一息に寸断される。ランサーが康一の前に飛び出したのと、襲いかかった刃が聖杯の剣に弾かれたのは同時だった。

「――サーヴァントか」

 ランサーが油断なく構えた。
 眼前には和洋の混在した衣装に身を包む、羽織の男。
 初めて見る顔だが、サーヴァントたる彼女の渾身の一撃を受けてなお刃を折ることも腕を萎えさせることもない以上、彼もまたサーヴァントであることは間違いない。

――……他のマスターからもう奪っていたのか?

 焦燥する康一をよそに、異装の男は手にした刀――二尺五寸の極めて一般的な太刀だ――を緩く構えて、空涯に皮肉げに笑んだ。

「勝手に死なれては困るぞ、空涯。今少し、お前には私のマスターをやってもらわねばならん」

 空涯はそれには礼を言うでも謝罪するでもなく無表情で首を摩るだけに留まり、ただ彼のクラスを短く呼んだ。

「セイヴァー」

「セイバー……?」

「Saviour。……救済者、という意味だ、ランサー」

「救済者、だと?」

 およそ聖杯戦争には似つかわしくないクラス名だった。正規の7騎には当然存在しないし、そもそも英雄とは大方、他者から奪うことで成立する概念である。どれだけ高い知名度と力を誇ろうと、救世主や解脱者が呼ばれないのはそういうことだ。

「名乗らせてもらおう。
 我はセイヴァー。今次聖杯戦争のシステムの一部。
 『全ての願いを祝福する者』。ゆえに、救済者(セイヴァー)。
 真名を天草――」

 それは、400年前の肥後国で起きた島原の乱の首謀者。数多のキリシタンの解放と救済を願って戦い、共に炎の中に消えた救世主の再来を自称した男。

「――天草四郎時貞。
 以後、見知りおけ。異邦の救い主よ」


[No.434] 2011/06/02(Thu) 20:42:44
安穏の毒W (No.434への返信 / 8階層) - きうい


 幼いころから、一つ所にとどまるのが苦手な男であった。
 遠い景色を見に行くのが好きだった。
 地球は丸く果てなどないと知る前から、無限の荒野を眺めるために駆けずり回った。

 夕焼けに照らされ、終っていく世界がたまらなく好きだった。
 切なくて恋しくて、何度でも見たくなる。

 だから大学在学中にも平気で世界中を旅行したし、その為ならば非合法な手段でさえ資金集めに使った。
 この地球上の、ありとあらゆる『終り』の景色を見るために。
 終っていく全ての世界に向けて、「終ってくれるな、きっと素晴らしかった大地よ」と焦がれるために。

 橋口凜土。

 彼は、遺失に恋し幻想を愛する人であった。



 聖杯を分解しよう。

 そう言った凜土に、キャスターは異論を挟まなかった。

 自分は、終わっている王だ。
 語り継がれる伝説になれず、先祖の夢を読み違え、民からも墓を荒らされた、歴史上に愚かな王の一人として残る存在だ。

 『架空ではない』ということが、必ずしも存在を強めてくれるわけではない。

 寧ろ、史実でない伝説の方が人の心の近くにあることが多い。
 書物を読む時、物語を聞かされる時。人は確かに、その世界に『居る』のだから。

 翻って、『歴史上の人物』は、死んでいる。過去の、失われた生命体だ。どんなに頑張っても身近に引き寄せることはできない。「その人は死人だ」その集団の意識が、死人を死人たらしめる。

 我は死んでいる。
 我の王国は終わっている。
 我は、永らえてすらいない。

 心にあるのは、王たりえなかった無念だけ。

 そんな自分が、果たして何を望むと言うのか。
 王でありたいと願うなら、王土でも民でもなく、終ってしまった王国に想いを手向けることだけを願うべきではないか。

 アーチャーの矢の真名を確かに聞いた。
 『ベテルギウス』。

 確か星の名前であったか。640光年彼方の死にゆく星の名。
 ベテルギウスは光神オシリスの星でもある。

 「なるほど、我が射抜かれたのも道理。」

 確かにあれを矢として放つ射手ならば、天から落ちることを何とも思いはするまい。


 凜土は問うた。
 願う事もなく、
 存在意義さえとうの昔に消えた王は、何故自分に従うのか。

 「我も、夕焼けが好きなのだ。」

 勝利でも敗北でもなく、神秘が朽ちる様を見たいと。彼は言った。




 「圭司を、やったそうだね。」

 声は、上から聞こえた。


[No.435] 2011/06/02(Thu) 20:43:19
幕魔 無聊の理 (No.435への返信 / 9階層) - きうい


 ど ちゃり

 重い水音に、宇佐木安澄は振り返る。

 そして、笑った。

 それは、良く知る人の形をした血管獣であった。

 赤黒い血管が織り成し造るは、ツーテールの少女の影。重い体を引きずるように、宇佐木に歩み寄る。

 「だめだよ。」

 血管の少女を、宇佐木はつま先でトン、と蹴る。

 少女は見る間に破け砕けて、血だまりになって地面に落ちた。

 「君の敵は、僕じゃない。」

 血に落ちた少女の首が、笑ったように見えた。

 「全て空也(からなり)。」

 それは、無限の器たるべきセカンドマスターの自負のようにも、自嘲のようにも聞こえた。


[No.436] 2011/06/02(Thu) 20:48:17
空の境界W (No.436への返信 / 10階層) - アズミ

 ランサーは油断なく刃を下段に構えたまま異装のサーヴァント……セイヴァーと対峙した。
 彼我の距離はほんの数m。敏捷性に優れるランサーならば一足一刀の間合いと言っていい。
 だが、ランサーは動かない。

「……主」

「迂闊に仕掛けるなよ、ランサー」

「御意」

 康一の言葉に、小さく頷いて応じる。
 通常、サーヴァントはクラスにより戦術傾向に制限がかかるため、クラスさえ解っていれば大雑把な対処方針は定める事が出来る。
 しかし、セイヴァーというクラスはサーヴァントシステムの正規の枠ではない。必然、その傾向をランサーは知り得ない。
 片手には抜き身の刀をぶら下げているものの、構えは到底、剣で身を立てた者のそれではない。むしろキャスターに近い性質をランサーは感じ取ったし、言葉を交わさぬものの康一の考えもまた同じであった。

 天草四郎時貞。
 江戸時代初期、肥後の国で起きたキリシタンの叛乱を主導した『神の子』。盲目の少女を治療した、水面の上を歩いた、などイエスのそれを模した秘蹟を起こし、絶大なカリスマを以って島原の乱を起こし――そして幕府軍の攻撃に晒され自刃した、と伝えられている。
 実状はともかく、武芸で知られる英霊ではない。むしろ警戒すべきは『秘蹟』。何らかの魔術か、それ以外の超抜能力か。

「……そう脅かしてくれるな、ランサー」

 だが、警戒する二人をよそにセイヴァーは構えを解いて肩を竦めた。

「私は、お前と戦うだけの力は無いし、その気も無い」

「それを信じろと?」

 誠実を信条とする円卓の騎士とて、対峙した敵の言葉を鵜呑みにするほど愚直ではない。
 セイヴァーはそれに自嘲したような笑みを浮かべたまま首を振り、刀を持った手を中空でひと振るいすると、その手には刀に代わって一挺の軍旗が握られていた。

――奴の宝具か?

 ランサーが剣の切っ先を起こすものの、相手の次なる行動は攻撃ではなかった。
 とん、と石突きを地面に落とすと、それに呼応するようにセイヴァーの背後に巨大な影が現れた。
 茫洋としたシルエットゆえに正確な把握は難しかったが、康一には砂時計のように見えた。

「……これが何か解るか、康一」

 攻撃を警戒する康一に、しかし静かに問うたのはサーヴァントではなく彼のマスターだった。
 康一は無言でその旗を観察する。戦国時代にごく一般的な、陣中旗だ。描かれている聖杯の図柄が特異ではあるが、それ自体は彼の真名を知っていれば驚くに値はしない。彼の遺品として最も有名なものだ。
 だがそうした表層的な情報をさておき魔術的な視座から見れば、この陣中旗は異常の極みであった。

「……なんだ、それは」

 ランサーまでもが、思わず訝る。サーヴァントたる彼女にも、その異常は一目で解った。

 魔力。

 尋常でない魔力が、旗に描かれた聖杯から背後の影に向けて流れ出している。
 大気中に常在する魔力(マナ)とはケタが違う。それこそ、湖底市中からかき集めでもしなければここまで濃い魔力は捻りだせまい。まるでサーヴァントが数人、中に入ってでもいるかのような――。



 「       」



「――ぎ……!」


 それらを理解しようとした途端、脳髄が揺れた。あるいは、魂までもが震えた。
 先刻、空涯に心中の墓穴を暴きたてられたのと同じ感覚。何か、康一の手に余るものがあの中にある。
 人の手に余るそれを、構造把握に飛び抜けて長けた志摩の異才が康一の脳髄に突きつけてくる。

(――思考を、統御しろ)

 全神経を以って、乱れた思考を束ね上げ、細密に分割し高速に回転させる。
 逃げてはダメだ。墓穴の底から、康一の中の何かがそう命じた。

(アレは、なんだ)

 渦巻く魔力の向こうにある、編み上げられた術理を解きほぐす。理性を冒す情報の波を受け止め、その飛沫の一つまでを観察する。

 その膨大な魔力の発生源。質。量。構造と経路からその用途を推測。
 無限にも思える時間――実際には、1刻にも満たなかったが――と労力を費やし、康一はその全てを悉く暴き立てた。

「――聖杯か」

「主?」

 訝るサーヴァントに応えず、康一は続ける。口に出すことで、脳裏に充満した情報と不快感を吐き出すように。

「それが、聖杯か。この聖杯戦争の」

「そうだ」

 はっとして虚空に浮かぶ影を見上げたランサーをよそに、空涯は首肯した。

「黒化英霊7騎、正規サーヴァント1騎。内容量としては8割ほどだが、お前が構造把握するのには十分な程度の実体は持っている」

 シルエットが陽炎のように揺らぐ。上下対称な砂時計に見えたそれは――なるほど、見ようによっては杯のように見えなくもない。

「やがて、『根源を映す水鏡』たる湖底の聖杯は機能を発揮する。
 斃れたサーヴァント、その魂と魔力をその杯に受けてな」


[No.437] 2011/06/02(Thu) 20:48:55
安穏の毒X (No.437への返信 / 11階層) - ジョニー

 声のした方を見上げれば、そこには二人の男の姿。
 日本人と外国人の二人組、服装はそこらにありふれた普通のものだが、外国人の方はその気配からサーヴァントだと分かる。

(こいつは……キャスターか)

(そうですね。私達が知らないのはキャスターしか残ってませんし)

 霊体化した状態で傍にいるタマモの肯定に思わず舌打ちしそうになって堪える。
 まだ日が暮れるまで時間があると油断していたか。階段の上にある公園から此方を見下す二人、声をかけられた時から人払いの結界が張られたといえ、時間と場所的に派手な事は出来ないだろうに。

 それと圭司。確かバーサーカーのマスターの名前だ。
 つまりバーサーカーとキャスターは同盟を組んでいたのだろう。その仇打ちにでも来たのか。いや、それは魔術師らしくないか。

 だが、昨日遭遇しなかった事を考えると、おそらくは先にあの陣地に攻撃を仕掛けたアーチャーの迎撃に出ていたのだろう。
 バーサーカーが防衛し、キャスターが迎撃とは普通ならば逆だが、あのバーサーカーとは思えないバーサーカーの例もある。キャスターらしくないキャスターの英霊なのかもしれない。
 なにせ、あのアーチャーと戦って健在で、翌日にはこうして俺達の前に姿を現すのだから。
 アーチャーがそう簡単に敗れるとは思えないが、こうしてアーチャーと戦っただろうキャスターが此処に平然といることを考えるとアーチャーが倒された可能性もある。

 アサシンが顕現するのとキャスターの魔術が発動するのと、どちらが早いかは微妙なところだ。
 肩に提げた鞄に隠してある干将莫邪を取り出して斬りかかるなど論外だ、間に合う訳がない。
 こちらがバーサーカーを打倒したのを理解したうえでこうして堂々と現れるのだから、勝算は非常に高いと判断したのだろう。
 それらの情報を加味すると、アーチャーと互角以上の遠距離戦闘能力を持ち、バーサーカーのあの軍勢を上回る接近戦能力を誇るキャスターということか?
 一体どこの化け物英霊だ、それは。

「おっと、そう警戒しないでくれよ。別に戦う為に来たわけじゃない」

「聖杯戦争参加者同士が出会って、それは説得力がないですよ」

 俺を庇うように顕現したアサシンが己の武器である鏡、神宝・玉藻鎮石を出現させて滞空させ構える。

「人の、特に我の話は大人しく聞くべきだぞ。犬耳尻尾のサーヴァント」

「カッチーン! そりゃ元を辿れば野干(ジャッカル)ですけど、犬と狐を間違えないでください!
 というか、このプリティーでチャーミングな狐耳を犬耳と間違えるなんて何考えてる生きてるんですか!
 それともアナタ犬耳少女萌えですか、獣耳属性は犬耳から狐耳メインに変わればいいんです、だってその方が可愛いですし。
 えぇ、私は可愛らしい純情良妻狐ですからまさにパーフェクトです、キャッ♪」

 キャスターの言葉に、アサシンが変な方向に大暴走して反論したが、暴走し過ぎだ。
 何を妄想したのかイヤンイヤンと悶えるアサシンに、お前こそ何考えて生きてるんだ言わんばかりの呆れか白けの視線がアサシンに突き刺さっているが、気づいてないようだ。

「……その、空気読めんサーヴァントですまん」

 思わず謝ってしまった。
 今のタマモは一瞬前までの敵を睨んでいた凛々しいサーヴァントとはまるで別人のようだ。

「あー……狐の女性で、その服装からすると…三国由来の大妖怪か?」

「ムキィィィィイ! 後世での後付け設定で贅沢狐の妲己なんかと同一人物にしないでください!
 次言ったら焼いて、裂いて、凍らせて、貫いて、爆発させて殺しますよ!
 えぇ、死にたいんですね。つーか、殺します。
 よりにもよって、あの贅沢狐のダッキとこの良妻狐のタマモを混同するなん、て…………ぁ」

「あ…………」

 キャスターのマスターに推測された真名に、それまで妄想でアッチに逝っていたタマモがそれにブチ切れた。
 それはいい、いやよくはないが、とりあえずそれは置いておく。が、問題は自爆して真名を暴露したことだ。

「こ、この私に誘導尋問で真名を晒させるとはやりますね!」

「いや、今のはあきらかに自爆だろう」

 タマモ、その言い訳は見苦しいぞ。おまけに目が泳いでいるぞ。

「それにしても、玉藻の前。九尾の狐、日本の三大化生の一角か。
 それにしちゃ、随分印象が違うが」

 それには同意しよう。
 いや、俺はタマモがタマモだからこそ好いているのだが。
 それでも伝承の玉藻の前と、今の目の前にいるタマモはまるで人物像が一致しないのは否定しきれない事実だが。

「なんだかグダグダだが、とりあえず名乗っておこうか。
 橋口凜土、御覧の通りキャスターのマスターだ」

「……橋口?」

 それは確か……。

「ご想像どおり、バーサーカーのマスターの橋口圭司のいとこだ」

 なるほど。二人が同盟を組んでいたわけだ。

「確かに、バーサーカーとそのマスターは俺達が倒した。トドメは刺していないがな」

 奴の身内ならば、最初の言葉も納得だ。
 それ故に最低限の礼儀としてそれを答える。

「トドメを刺していない?」

「あぁ、刺そうとしたが百を超えるだろう血管の群れに襲われてな。
 おかげで逃げるのが精一杯で生死の確認どころか、人質を助ける事さえ出来なかった」

 そう、俺達はバーサーカーのマスターの死に様を知らない。
 あの状況では生きているとは思えないから、それが死に様といえばその通りだが。

 俺の言葉に、微かに考え込んだようだが。すぐに顔を上げて此方に向き直った。
 チッ。流石にそう簡単に隙を晒してはくれないか。

「どうだろうか、同盟を組まないか?」

 キャスターのマスター。橋口凜土の予想外の言葉に、この状況を打破する機会を窺っていた俺の思考が真っ白になった。


[No.438] 2011/06/02(Thu) 20:49:28
安穏の毒Y (No.438への返信 / 12階層) - きうい

 勇治とタマモの目が点になる。

 何を言っているんだ、こいつは。
 顔がそう語っている。

 「知ってるかどうかはともかく、僕は君が倒したバーサーカーとコンビを組んでいた。
  が、御覧の通りの敗北だ。」
 「味方が、欲しいと。」
 「そういうこと。」

 勇治の声から警戒の色は消えない。

 「都合のいいことを。」
 「今更だね、『プレイヤー』。自分の都合のいいようにしていくのは、ゲームの鉄則だよ。」
 「……。」
 「守れとも言わないし、守るとも言わない。
  お互いの目的を理解した上で利益になるように働き合おう、なんていうつもりもない。
  ただ、戦いたくないだけ。」
 「そんなことが!」

 約束できる訳ないだろう。

 「理由はどうあれ、君は僕の大事な親戚を殺した。」
 「それは、」
 「戦争だから仕方ないだろう、と言いきるのであれば、もう話すことはないよ。素直に消えよう。
  ……そうでないなら、もう数分だけこちらの話を聞いてくれないかい?」
 「……。」

 警戒は解かないが、沈黙で応答する。

 「キャスターも僕も、戦闘に関しては素人だ。
  先日のモールでの戦いでも、僕らはほうほうの体で逃げ帰ったのが現状。」
 「アーチャーは、生きているのか。」
 「ピンピンしてるらしいよ、残念ながら。」
 「……。
  バーサーカーは、一般人を巻き込んだ。」

 数百に及ぶ人間を洗脳し、武器として防具として扱った。勇治にとって、それはとても許せることではない。
 それを、どう思っているのか。

 「そうだね。」

 勇治の問いを凜土は軽くあしらった。
 自分には関係ないとでも言いたげに。

 「何故一般人を巻き込んだ。」
 「それは君があいつに訊くべきことだ。僕が応えることじゃない。」
 「……お前は。」

 容認していたのか。

 言外の意味を捉えつつも、凜土は言葉を返さない。

 「僕は聖杯戦争の終わりが見たいんだ。
  だから死にたくない。
  君たちは、『僕らの良く知る』バーサーカーを倒した。とてもとても怖い相手だ。
  敵に回したくはない。」

 見上げるように見つめる凜土の眼が、勇治を試している。
 にやついた唇に、虚偽にまみれた真実を感じ取っている。

 「……キャスター。」

 凜土の発する声に勇治は体をこわばらせる。
 だが、呼ばれた当のキャスターは、杖をその場に放っただけだった。
 武器を手放したサーヴァントに、勇治の手元の力が揺らぐのが見えた。

――――思った通り、素敵なお坊ちゃんだ。

 人質を取る戦術に嫌悪感を感じていた彼は「真っ当な正義感を持っている」と、凜土は見抜いた。
 たとえそれが敵であろうと、武器を捨てた相手には多少の情を感じる。そういう、普通の、しかし、「魔術使いとしては異常な」、人間だ。

 「敵対の意図があれば、初めから拠点ごと焼き払っている。」
 「……。」

 凜土の言葉に、勇治は薄く反応する。

 「詳細は明かせないが、うちのキャスターはそういう術を得意とする。
  反面、君のアサシンのような
小回りは不得手でね。対人戦闘には頗る向かない。
  アーチャーほどの精密な射撃も残念ながらできない。」

 凜土の横で、キャスターが心なしか不機嫌そうな顔をしたようだ。

 「はっきり言って、僕ではキャスターを扱いきれないことが分かってしまったんだ。
  だから、お願いをしにきた。」
 「目的は何だ。」
 「先ほど言った通り。不可侵を要求する。協力しろとは言わない。できるとも言わん。
  ……そうだな、信頼の証と言っては何だけど、一応条件を同じくしておこう、勇治君、タマモ君。」

 そう言って、凜土は仰々しくキャスターに手を差し出した。

 「彼の名は、アメンホテプ4世。」


[No.439] 2011/06/02(Thu) 20:50:09
デッドエンドT (No.439への返信 / 13階層) - アズミ

 どう生きるべきか、など瑣末なのだ。
 ただ、生き延びるべきなのだ。

 それが出来ないというなら、お前たちは死ぬべきだ。





 丘が、赤く染まった。
 そろそろ時間的には夕刻だが、まだ日は高い。まして、染め上げる赤は夕焼けの朱にしてはあまりに紅く、凶い。

「……そうか」

 紅い波紋が、走った。水など何処にもない。何も無い空間……『空』を水面に見立てたように、波立っていく。
 尋常でない事態に晒されながら、康一は狼狽しなかった。それどころか、全てに得心がいった。

「これが、『血管』の正体か」

 波紋が描いた楕円がほどけるように『線』に分解され、複雑に絡み合っていく。それがヒトカタを為した段になれば、もはやそれは紅い線ではないと気づく。

 『血管』。この聖杯戦争に噛み続けたイレギュラー。
 いや……。

「これはサーヴァント……?
 いや、それとも……」

 絡みついた血管がさらに縒り合わさり、不格好な針金細工が朱塗りの木偶に、木偶が完全な人型を模し始めたところで、ランサーがその正体を不完全ながらも解する。
 これはサーヴァントだ。サーヴァントの座を以って顕現した。
 だが、英霊などではあり得ない。もっと原始的で、破壊的で……彼女らより根源的な存在。

「抑止力……」

 言葉に出してみて、康一はその可能性に確信を持った。
 抑止力。それは抑止すべき対象……人や世界の『滅び』を排除できる大きさと、なるたけそれと解らない隠匿性の高い形を以って顕現する。
 多くの場合は、人の活動に働きかけ、その行動を後押しする形で顕れるが……。

「何処からどう来るかも解らない抑止に対抗するのは難しい。
 故にこのシステムを作り上げた男は、サーヴァントシステムに『抑止力用の座』を用意することで顕現の形をある程度誘導しようとした」

 空涯が言葉を紡ぐ間も、血管は徐々にその形をより精緻にしていく。
 本来、英霊とは抑止の顕現の一端。相性を言うならば、この上なく良かったに違いない。

「イレギュラー。
 システム側は、かのサーヴァントのクラスをそう定義している」

 言葉を結ぶと同時に、ついに形を為し終えた『血管』……イレギュラーは、小柄な少女の姿で地に降り立った。





 紅を編み上げて作られた身体なのに、その少女は異様に『白』かった。
 流れる、両に結わえた銀の長髪。纏う、ドレスのように華美で鎧のように硬質な白の衣服。瞳さえもが、凍りつくようなアイスブルー。

「イレギュラー……?」

 呼びかけたわけでもなかったが、康一の漏らした呟きに少女……イレギュラーが腰を落とした。
 攻撃姿勢だ。

「主、退がって!」

 曲がりなりにも一定の戦闘技術を修めた魔術師の眼で確認できたのは、地面が爆発したことだけだった。

「ぐぅっ……!?」

「ランサー!?」

 次の瞬間には、目の前に立ち塞がったランサーが突き出された少女の右拳を剣で受け止めていた。
 徒手空拳だ。籠手さえ嵌めていない裸の手。花でも愛でている方が似合いだろうその華奢な腕が、怪力で馴らした円卓の騎士の剣をへし折らんばかりに押し込んでいる。

「なんだ、コイツは……!?」

「さぁな。さしもの私も真名までは知らん」

 セイヴァーの他人事のような言葉。視線を巡らせれば、異装のサーヴァントは空涯を抱え、この場から退こうとしている。

「空涯っ!」

「まだ、それは完全ではない。ランサーでもどうとでもなる。
 お前が繋がりさえすれば、敵ですら無くなる」

「……っ!」

 一瞬の狼狽。それが、師の仇の首を刎ね飛ばす最後のチャンスを奪い去った。
 セイヴァーの跳躍と何らかの魔術礼装の複合か、二人の姿は丘の上から掻き消える。
 同時に、蜃気楼のように揺らめいていた聖杯が霞みゆき、消えて失せた。
 眼前に残されたのは聖杯に触れんとしたサーヴァントとマスターを排除せんと襲い来るイレギュラーと、それを必死に押し留めるランサーのみ。

「くそっ、繋がるったって……!」

 志摩康一の身体は「」と繋がっている。だが、『志摩康一である限り』、「」とは繋がり得ない。
 根源的被害者は、『生まれ出でなかった』志摩康一なのだ。心の奥底に葬った、彼の死の象徴。
 それを表に出す方法など『生まれ、生きている』志摩康一には想像もつかないし、それをすれば彼にとって致命的な結果をもたらす予感だけはあった。
 惑う主に、しかしランサーは何も督促しなかった。

「……主。ご安心を」

 僅かに振り向いた貌には、確かな戦意。
 円卓の騎士は、主の業ではなく己の刃を以って眼前の障害を斬り捨てることを決めていた。

「『これ』は、私が斃します」


[No.440] 2011/06/02(Thu) 20:50:43
デッドエンドU (No.440への返信 / 14階層) - きうい

 討伐を宣言し、向き直った先に見えるはやはり変わらぬ少女の表情。

 ランサーの瞳が、アイスブルーの瞳を睨み返す。

 ランサーがすり足で前進を試みる。地面が軋むような踏みこみ。
 だが、ランサーの剣と「抑止力の少女」の腕は、へし合ったまま、空間に縫い止めたように動かない。
 「抑止力の少女」も、すり足で前進する。ランサーとの接点は微動だにせぬまま、肘が曲がり、腰と肩に『溜め』が作られる。

 「いかん!」

 康一が糸を張るが間に合わない。

 「■■■■■ーーーーーっ!!」
 「!!」

 少女が吠えた。

 振りきられた拳が、ランサーの剣を体ごと吹き飛ばした。

 「ランサー!」
 「心配ご無用!」

 ランサーは身を翻し、足から着地する。
 派手に見えるが、実際は『持ち上げられただけ』だ。ほんの数メートルの跳ね飛ばしなど、英霊に傷さえつけはしない。

 「■■■■■ーーー!!」

 着地を見逃さず突進する「抑止力の少女」。ランサーは臆さずに刃を突き出し迎撃する。

 ズム。

 少女の拳が届く前に、ランサーの剣が少女の胸に喰い込んだ。
 だが、必殺の剣を刺し込んだはずのランサーが渋い顔をする。

――――重い……!

 貫けない。
 少女自身も構わずずんずんと進むが、刺さらない。押し込まれる。
 少女が滅法に拳を振り回す。
 当たるような間合いではないが、それでも風圧が痛いほど。

 「■■■■■ーーっ!!」

 少女がようやく、『つっかえ棒』を見出した。
 掴まれるより早くランサーが剣を抜く。
 障害の排除を感じ取り、少女は音より早く順突きを打ちこんだ。



 「」と繋がる術を探しあぐねる一方で、康一はうっすらと少女の正体を感じ始めていた。

 いや、「正体」は抑止力に違いない。
 問題は、抑止力の「器」たるアレ。どこともなくいきなり現れたものではないのは明白。「抑止力」はそういう顕現を好まない。「その場にあるもの」の姿を借りて、「抑止」を実行する。
 ならば。

 『アレ』は、バーサーカーだ。

 言葉にならぬ音声を叫び、頑健な肉体に物を言わせ攻め立てる。それ以外の事は一切考えぬ。それが、クラス・バーサーカー。
 怪力を誇るランサーと力比べをして互角以上という事実も、それを裏付ける。
 橋口圭司という男が確かバーサーカーのマスターだったはずだが……。
 彼はここまで知っていたのだろうか?

 マスター橋口圭司は今ここには居ない。彼の真意を知るすべもない。
 ただ、確かなのは、彼のバーサーカーが抑止力の加護を受け、めでたく『首輪の切れた猛獣と成り果てた』ということ。

 躊躇をするな。過去を想うな。
 それが必要なら、するべきだ。
 「」と繋がり、『アレ』を鎮圧するのだ。

 自分に言い聞かせながら、糸と意図を、空間と心に張り巡らせる。



 「■■■■■ーー!!」

 上段蹴りを剣戟で返すランサー。

 骨まで届くほど喰い込んだはずの刃は、しかしそのまま吹き飛ばされる。

 技術でも攻防でもランサーが勝っている。だが、少女はまるで意に介さない。
 隙だらけだが隙がない。
 優勢だが追い詰められている。

 実際は、こちらの方がダメージを与え続けているのだから、地道に打ちこみ続ければ、いつかは倒れる相手のはずだ。

 しかし剛力で鳴らしたパルジファルは、そういう忍耐の戦いには不慣れであった。

 「くっ!」

 強烈な衝撃波を孕んだ拳が、空間とともにランサーの精神力を削り取っていく。

――――それでも、康一に負担をかけるわけにはいかない。

 「」への到達など、康一は望んでいない。させてはいけない。
 わたしが『コレ』を止めなければいけないのだ!

 思い切り振り抜いた剣が、遂に少女の拳を弾き飛ばした。

 しかし、少女の目に揺らぎはなく。
 浮いた拳に力を込め、膨れ上がった上腕は落雷の如く地に落ちた。

 少女は、大地を割った。


[No.441] 2011/06/02(Thu) 20:51:20
安穏の毒Z (No.441への返信 / 15階層) - ジョニー

 アメンホテプ4世。後にアクエンアテンと名乗ったとされる古代エジプトの王の一人。
 正直、あまり真名を知っても意味を成さない英霊だろう。少なくとも真名を知られても即座に弱点と宝具が上がるような英霊ではないだろう。
 その辺、アサシンである玉藻の前とは違う。玉藻の前といえば弓矢で射殺されたという弱点と、死後転じた殺生石が宝具であるという可能性は日本人ならば多くが思い至るだろう。

 そういう意味では条件を揃えると言っているが、実際には条件は対等ではない。
 つまり、そういうマスターということだろう。
 先の言葉も暗に「その気になれば拠点ごと何時でも焼き払えるから、殺されくなかったら言うこと聞け」と言っているようなものだった。
 なるほど、キャスターのマスターに相応しい。実に魔術師らしい相手といえる。
 となると、此方が断り此処で戦闘になってもどうにかする。おそらくは逃走手段は用意されているのだろう。この手の輩はそういうものだ。

「真名まで明かしてもらってなんだが、その申し出は断る。
 お前らは此処で倒れろ」

「不可侵さえ認めないと?」

「可笑しな事を言うな魔術師。俺は単に、脅しに屈するつもりも、その脅威を放置するつもりもないと

 言ってるだけだ!」

 一拍置いて、そう宣言すると同時にタマモと共に駆け出し、階段を駆け上がる。

 キャスターが杖を拾い上げる。こちらは階段を半ばまで上がったところ。

 キャスターの杖から、火球が迸る。
 詠唱はなかった。魔術としてのランクは現代の魔術師でも可能な域だろうが無詠唱でこれは確かにキャスターのサーヴァントに相応しい。

「その程度で、私を斃せると思っているんですか?」

 火球を前にタマモが鏡を構えて前に飛び出す。

 呪層・黒天洞

 タマモの持つ鏡を中心に展開する二重の紫光の円に阻まれた火球が魔力に変換され、タマモに吸収される。
 タマモの持つ最高の防御呪法。とはいえ、完全に火球を無力化する事は出来ず、その威力の大半を魔力として吸われた火球はタマモに襲いかかり、爆煙を上げる。


 煙を切り裂き、鞄を捨て干将莫邪を両手に構えて突っ込んでくる勇治の姿に凜土は疑問を覚えた。
 すなわちサーヴァントの姿がない、と。
 今の一撃で倒せたなどと甘い考えを持つつもりはない。仮にそうだとしたらその手に刃を持ち駆け上がってくる勇治の冷静さはおかしい。

 そこでその事実に思い至ったことは凜土にとって幸運だったといえる。
 玉藻の前というサーヴァントのクラスはアサシンであるという事実に。
 そう、アサシンとは本来"マスター殺し"のクラスであるということに。

 咄嗟にその場を転がるように離れた凜土の髪を掠めて、人間の頭蓋ならば陥没させるだろう勢いで頭上を鏡である玉藻鎮石が通過する。
 その左手に握られた呪符が役目を終えたと証明するように消えてなくなる。気配遮断と呪術の併用による奇襲、例え目の前でやられたといえ、それをギリギリでも回避するのは戦闘とは無縁の生粋の魔術師ならばたいしたものであろう。

「あら、結構感がいいですね」

 続けて放たれたタマモの蹴りは、しかし凜土が掻き消えた事により空振りに終わる。

「くっ!」

 己のマスターが離れたことにより再び放たれるキャスターの火球。
 それを前屈みに突進することで火球の下を走り、避ける。
 そのままタマモはキャスターの目の前に走りこむ。
 咄嗟にキャスターはサーヴァントとしての姿に、現在の服装から戦闘用の衣に変える。だが、それよりもキャスターは逃げるべきだったのだ、どうやら本人達の申告通り戦闘には向いていないらしい。

「折角ですので、
 あなたの魔力分けて貰いますよ」

 キャスターの溝尾にタマモの蹴りが決まる。
 思わず前屈みになるキャスターのその顎に、今度は打ち上げるような掌底。跳ね上がった頭に、その側頭部に玉藻鎮石が叩きつけられる。

 生前の、最盛期を再現した姿を取っているサーヴァントにも当然人体急所への攻撃は、生身の人間程ではないにしろ有効である。
 その急所を三連打されたキャスターは呻き声が思わず漏れる。そしてインパクトの瞬間に感じる脱力感。
 それはその身体を構成する魔力を奪われる事によって感じるもの。

 呪法・吸精。タマモの持つ呪術の一つであり、ダメージを与えると同時にその相手の魔力を与えたダメージに応じて奪うというもの。
 一見強力な呪術に思えるが、体術でなければならない故に、実際には最弱のサーヴァントとされるキャスター相手にぐらいしか使い道がない。
 そのキャスター相手でも、タマモの力では体術で打倒にするには手間と時間がかかりすぎる。

「ノッてきたぁ!

 いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花……
 常世咲き裂く――(ヒガンバナ)」

 ふらつくキャスターに対して両手を掲げ、タマモが自らの宝具の真名を解放しようとする。

「―――大殺(セッショウ)…ってぇ」

 その呪毒を叩き付けようとして、盛大に空振りつんのめりそうになってバランスを取る。

「……むぅ、避けられましたか」

「霊体化…いや、あのタイミングじゃ難しいな。
 礼呪か、あるいは他の切り札でも切ったか」

 タマモの隣に駆け付け、勇治は辺りを見回すがキャスターとそのマスターの姿を捉える事は出来ない。

「……逃げられた、か?」

 油断なく干将莫邪を構え、奇襲を警戒するが、攻撃は……なかった。


[No.442] 2011/06/02(Thu) 20:51:52
デッドエンドV (No.442への返信 / 16階層) - アズミ

 鎧を纏った人体が、中空に融けて消えた。

 その先に浮かぶ――彼女には名状しがたい「何か」を、彼女は忘却した。

 後の伝説には天に昇ったとか、そう記されている。

 そういうものか、と今の今まで、彼女は納得していた。

 馬鹿な。

 何故、忘れていたのだ。
 あれだ。あれこそが聖杯。

 あれこそが、我が愛しの友を奪い去った、怨敵だというのに。


「サー・ガラハッドッ!」

 かつて礼拝堂に響き渡った彼女の嘆きが、今再び彼女の脳裏に寸分の違いなく再生された。

 二度と。

 二度と、奪わせてなるものか。




 雷挺の如く振り下ろされた拳が、丘の一角を岩盤ごと砕いて巻き上げた。

「しまっ――――!?」

 拳の直撃だけは辛うじて避けたランサーだが、捻った身体の着地点がその一瞬で消失していた。
 人外の膂力と生まれたままの戦術で戦う彼女とて、重力の掟には逆らえない。
 体勢を崩したまま傾いだ大地を滑る黒の騎士目掛けて、銀の猛獣が突撃した。

「ランサー!」

 従者の窮地に、康一は「」との格闘を手放した。未知の全能に期待するより、既知の万能を駆使することを本能が選んだ。

 『糸』が疾る。

 攻撃ではない。
 狂化したバーサーカーの動作に巻き込まれれば、その怪力を以って逆に康一の疑似人体が蒲鉾のように寸断されてしまうだろう。

「跳べっ!」

「……承知っ!」

 一声で主の意を汲み、槍兵が跳躍する。その身体はまるで宙に見えない階段でもあるようにステップを踏み、バーサーカーが見上げる高さにまで躍り上がった。
 康一の『糸』が紡いだのは、足場。
 幸いにしてバーサーカーによる地盤の破壊は、平面であるはずの丘の原っぱに『糸』を張り巡らせるための立体を作り上げていた。
 陥没した地面、そそり立った岩盤。砕けた岩を中空に固定すればそれは足場のみならず盾にさえなる。
 差し込む夕日に僅かに煌めく透の舞台。
 理性を喪ったバーサーカーは、その常道ならざる構造物に対して反応が遅れた。況や、理解など望むべくもなかった。

「は――ああああああっ!!」

 ランサーのクラスなれば可能な神域の踏み込みで迫るパルジファルに、しかし宋江は生前ならばあり得ぬ蛮勇を以って真っ向から応じた。

「■■■■■――――!」

 拳。技も何もなく、文字通り「振り」「回される」拳が旋風の如くランサーの鎧を幾度も叩く。
 しかし打撃であれ斬撃であれ刺突であれ、人の行う攻撃はその最高点になければその力積は粗雑に拡散しロクに破壊を為さない。
 口の端を切り、血の混じった唾を吐き捨てながらもランサーは突撃した。
 もっと、安全な勝ち方は恐らく可能だ。だが、命を投げ出して意味を勝ち取る戦いというものは存在する。
 そして、彼女ら伝承の騎士にとって、それは慣れ親しんだ戦いなのだ。

(主――照覧あれ!)

 「」になど手を出させない。
 たとえそれが世界の掟であろうが神の意志であろうが、決して主を傷つけさせはしない。
 たとえそれが――――

(それが、『聖杯』であろうと!)

 主を傷つける者は、全て斬り捨てねばならないのだ!

「はああああああっ!」

 弾け飛ばんばかりに撓った異形の刃が、鞭のようにバーサーカーを強か叩く。紛れもなく斬撃でありながら、それ以上に致命的な衝撃でもってその華奢な身体が宙を舞った。

「■■■■■――――!」

 だが一切の容赦なく追撃がさらにその腹に打ち込まれる。
 反撃を試みれば拳を握った腕ごと胴体を半ばでへし折てさらに巻き上げた。
 ランサーが標的を見上げる。
 彼我の距離、大凡にして5m。踏み込みによる加速ができない中空において、近接攻撃を封じる絶対の結界となる距離。

 これを、待っていた。

「槍よ――聖槍よ!」

 唯一の武器たる聖杯の剣を粉砕し、ランサーが宝具を構成する。

「偽りの栄華を、悲しみの廃墟へ突き落とせ!」

 彼女の宝具の、唯一にした絶対の隙――展開時において接近戦を行えないという最大の弱点を、彼女はこの瞬間、超克したのだ。


『偽り砕く十字の槍――ッ!!』
 (ロンギヌス――ッ!!)


 邪悪なる堕ちた騎士グリングゾルを、その城砦ごと打ち砕いた破邪の呪いが、今度こそその真なる破壊力を以ってバーサーカーに殺到し、その身体を現界から消し去った。





 ちゃぷん。


 そして、『ふりだしに戻る』。


[No.443] 2011/06/02(Thu) 20:52:22
星界感応T (No.443への返信 / 17階層) - きうい


 凜土とキャスターは、命からがらにヤサへの転移を完了した。

 「大丈夫か!」

 近寄る凜土に、キャスターは蹲ったまま手で制した。

 「近づくでない……!」
 「……お前……!」

 キャスターの股間は痛々しいほどに膨れていた。



 「……ふぅ、耐えた。」
 「よかった。」

 10分ほどの苦悶の末、キャスターは上体を起こした。
 敵に与えられた攻撃で漏らすなど、王以前に男として恥である。

 「何があった。」
 「殴られた。気持ち良かった。」
 「頭まだ大丈夫じゃないのか?」
 「あれはサキュバスの類だ。」

 凜土の呆れをよそに、キャスターは予想を語る。

 「玉藻でサキュバス?
  ……ああ、吸精するという『解釈』か。」

 凜土は聖杯戦争をどこか冷ややかな目で見ている。
 伝説にのっとっていながら、伝説通りの姿では現れない英霊たち。
 伝説の信仰によって具現していながら、「一般的に広く信じられている物」とは違った能力を持つサーヴァント達。

 凜土はそのギャップの生じる原因を、『解釈』と呼んでいた。

 目の前にいる「火球や太陽光を操り宇宙人であり、おにぎりが大好きな」アメンホテプ四世も、『誰も想像だにしなかったはずの』アメンホテプ四世なのである。

 歴史学者である凜土は、「現実にそうであるからそうなのだ」という理解を良しとしなかった。
 こと伝説由来の英霊に関しては、「伝承で姿や行いが語り継がれ多くの人間が信じ続けたからこそ生まれた」という特性がある。その『史実』を加味するなら、当然「伝承から生まれながら伝承から剥離する英霊」の姿は、「別の誰かの大胆な『解釈』」が入っていると考えられた。

――――誰か、とは?

1.湖底市を統べるセカンドマスター。

2.聖杯戦争というシステムの作り手。

3.強大な力を持った、伝説を具現化する未知の存在。

4.大胆な解釈などは凜土の勘違いで、「このような姿の英霊こそが最も多くの人に信じられている」だけ。

 凜土の仮説は、3番である。

 根拠はない。これが一番、『夢が見られる』からだ。

 「おっふ!」
 「キャスター?」
 「すまんが、厠と書棚の裏にある本を借りる。」
 「何で知ってるの。」

 キャスターは応えないまま、慣れた手つきで書棚をずらし、大判の薄い本を十冊ほど掴むとユニットバスへと消えて行った。



 「敗北であるが。」
 「うん。」

 ここまでキャスターが出会ったサーヴァントは、バーサーカー、アーチャー、アサシン、ライダー。

 ランサーとセイバーは見たことも無く、バーサーカーは脱落、アーチャーには惨敗、ライダーはマスターに肉薄するも敗北、そしてアサシンは、痛み分け。

 大いに消耗させたアーチャー戦を、凜土は痛み分けとはしなかった。それはキャスターとも見解が一致している。

 『太陽光の魔術が全く通じなかったから』

 これに尽きる。

 キャスターの攻撃力の最たるものは、太陽光、即ち核融合エネルギーの照射である。
 性質上、「周りに被害を与えない」、ひいては「マスターに放射線被害を与えない」のが至難であるため、極めて限定的にしか用いられない。
 それゆえに地球上空で、地表ではなく地平線めがけて照射を行った訳だが、アーチャーはその最大出力を凌ぎ切った。

 それは、この聖杯戦争に置いて、『キャスターでは絶対に勝てない相手』の存在を立証したことに等しい。それは、聖杯戦争の敗北を証明することと寸分変わらない。

 彼らはその時点で『詰んで』いた。
 例え湖底市ごと焼き尽くしたとしても、アーチャーだけは耐えきるだろうとさえ、凜土は推測した。

 だからこその不可侵の提案である。
 勝てないならせめて、死にたくはない。
 だが結局は、天川勇治を敵に回すだけのきっかけを与えるだけに終った。

 「脅威なら排除する」

 なるほど正しい。異論はない。
 排除するだけの実力があるならば。

 「……ふむ。」

 凜土が頭を掻く。

 「どうするマスター。次は。」
 「うん。」

 凜土は考える。

――――不可侵に応じず、脅威としての排除を選んだと言うことは、裏を返せば、アサシン側には『脅しは通じた』ということでもある。天川勇治は、『拠点ごと焼き払われるおそれがある』と信じた。彼が、彼我の戦力を明確に把握していなかったとしても。
 それは決して、悪い情報ではない。

 天川勇治は存外に、理で動く人間でもあった。
 バーサーカー戦を軽く見物した限り、人質を取る戦術に嫌悪を示していたようだから「正義漢」と思っていたが、甘かったらしい。
 
 「つまり、理と利が一致すれば、余地はある。」

 とはいえ、即座に再説得は厳しい。キャスターも見た目以上に疲労しているようだし、また戦闘となると今度は負けかねない。

 「アサシンは保留でいいや。」

 生き残るためにすべきこと。
 キャスターの天地を焼く力と、自分の死者の国を渡る力を最大限に活用するには。

 ライダーとアサシンは、キャスターを共通の敵と見る可能性がある。
 圭司の情報から、ライダー、ランサー、アサシンはそれぞれマスター同士の面識がある。
 「仲良くないのは自分だけ」。

 アーチャーに至っては論外。一度全力で矛を向けあった以上、勝敗無き和解など無理だ。歴史が証明している。

 怖気が走った。

 死ぬのは怖くない。
 殺されそうになることも、海外旅行先で何度もあった。

 だが、殺意が明確に自分に向かっている、と言う状況は、初めてだった。
 そして、逃れることはできない。

――――それでも僕は、歴史が見たいのだ。
――――素晴らしかった物を追憶したいのだ。

 自分の予測が正しければ、「この」アメンホテプ4世は、意味があってここにいる。
 誰かが都合良くカッコよく解釈したアメンホテプ4世。

 ならば何かあるはずだ。
 ただただ舞台を下りるだけでない、何かが、僕に、彼に。

 凜土が猛然とパソコンに向かう。

 「新しいファイル.doc」

 すぐに名前を書き換える。

 「湖底市について.doc」

 既に詰んだ将棋。ならばすべきことは、投了。
 しかし、『できること』はさにあらず。
 元より目的はさに収まらず。

 「将棋盤の裏こそが見たいのだ!」

 凜土がブレインストーミングを開始する。


[No.444] 2011/06/02(Thu) 20:53:07
キツネの見た夢T (No.444への返信 / 18階層) - ジョニー

 バーサーカーとそのマスターが根城としていた廃モール。
 そこに勇治とアサシンは再び来ていた、攻め込む側から迎え撃つ側に立場を変えて。

「やっぱり教会の処理は適切ですね。まぁ、だからこうして私が罠仕掛けやすいんですけどね」

 目的はランサーと志摩康一。
 ランサーと戦う場合。対軍…否、対城宝具とその速さをどうにかする必要がある。
 そこで勇治が目を付けたのが、この廃モール。障害物が多く、またそれなりに広いとはいえ動き回ってこそのランサーの俊敏さを発揮するには狭く。なにより室内故に対城宝具は使用できない、使ったら最後全員生き埋めになるのが確実だからだ。

 血管の大群が発生した場所だという曰くはあるが、それでもサーヴァント同士が戦闘しても問題がなく、なおかつランサーに対して有利に戦える場所はそう多くはなく、その中で勇治は此処が最も適していると判断した。
 なにより、此処はバーサーカーのマスターが陣地にしていた程である。時間をかけたとはいえ、サーヴァント相手でも有効だった陣地を構築出来るほどにこの地は地脈に優れている。
 バーサーカーのマスターが構築した陣地は罠も含めてすべて教会によって排除されているが、それはアサシンが新たに罠を張るのに好都合なだけだ。

「で、ランサーは来ますかね?」

「来るさ。あいつらの性格ならな」

 既に康一にはアサシンの眷族、ちょっと遠場に住んでいた狐にメッセージを持たせてやってある。それが届いた事も確認済みだ。
 現在の日本で野生の狐を呼び出すのは多少苦労と心配はしたが、主に狐が無事湖底市に辿り着けるかどうかで。

「だが、済まないな。俺の我儘に付き合わせて」

 志摩康一とランサーとは真っ向から勝利したい。彼らに二度も命を救われた勇治なりのケジメだ。
 無論、アサシン:玉藻の前というサーヴァントがランサーと真っ向から戦えるわけがない。だからこそ地の利による有利を得ようとしているのだが、本来ならばそんなまどろっこしいことをせずにアサシンというクラス特性、玉藻の前というサーヴァントの宝具を駆使すれば、そもそも真っ向から対峙する必要すらない。
 だが、それを分かっていながら選ばないのは単なる勇治の我儘に過ぎない。

 タマモの為に戦うと決めておきながらこれか、と内心自分の矛盾に毒気づく。

「いいえ、タマモはご主人様の意向に従うまでですから」

「本当に、俺には勿体ない奴だな」

 苦笑しながらそう思う。
 事実、多種多様な呪術を操るタマモの引き出しの多さは全サーヴァント中でも上位を争うだろう。真っ向からの戦いにこそ向かないが、完全に裏に回って暗殺・呪殺に徹すれば聖杯戦争に勝利するのもそう難しい事ではないはずだ。
 なにより、勇治がマスターでは解放することのできない本来の宝具が使えれば、それこそヘラクレスなどの規格外以外では相手にならないだろう。

「そんなことないですよ。でも、惚れ直しました?」

 キャッ♪といいながら、どこかふざけた風にそんな事を言うタマモに自然と笑みが浮かんだ。

「あぁ、そうだな」

 自然とそう口にして、しまったと口を押さえる。

「……え。ご、ご主人さま! 今のはどういう意味で!?」

「い、いや、その……!」

 顔が赤くなっているのが分かる。
 不味い、不味い、不味い。なんとか誤魔化さなければと思い。

「あー、ラブコメってるとこ悪い」

 背後からの声に、二人して飛退く。
 まったく気配が感じられなかった、アサシン以上の気配遮断。
 干将莫邪を構え、タマモを庇うように立つ。

 Yシャツに黒のスラックス、そしてワイン色のベストを着た青年。
 サーヴァントでもマスターでもない。既に勇治達はすべてのサーヴァントとマスターに遭遇している。

「何者だ?」

「宇佐木安澄。湖底市のセカンドマスターだ」

 その名乗りに、怪訝な顔を隠しきれない。湖底市のセカンドマスターは加賀宗造だったはずだ。

「まぁ本当のセカンドマスターだよ。加賀宗造には貸してただけだ、これもね」

 芝居染みた動作で取り出されたのは、3枚のカード。
 裏面を向けられて表に描かれた絵柄は不明だが、それは間違いなくクラスカードであった。

「本当はこういうことしたくなかったんだけど、ランサーのマスターが聖杯戦争止める気だし、それは困るからな」

「……なに?」

 クラスカードを取り出した事もそうだが、言っている事もよくわからない。
 志摩康一に聖杯戦争を止める理由などないはずだが。

 宇佐木と名乗った男が、広げた3枚のカードのうち1枚を引き抜き、此方に向けて見せる。
 それはバーサーカーのマスターが持っていたはずのアサシンのクラスカード。

「まっ、運が悪かったと諦めてくれ。
 管理者権限使用。『カードにおいて命じる。アサシン、マスターを殺して自害せよ』と」

 なにを、と思う間もなく。ドンッと、背中から胸を突き破って氷塊が飛び出る。
 意図したものではなく、ただ貫かれた衝撃で体が回転する。

 反回転して後ろを見れば、そこには絶望の表情を浮かべ、こちらに手を突き出したタマモの姿。

「あ、あ……あっ、あああぁあぁぁぁぁああぁ――――!!!??」

 氷天を己がマスターに放った、自分の手を信じられないもののように見て、悲痛の叫びを上げる。

 そんな、見たくも聞きたくもなかったタマモの姿を見ながら、力なく地面に倒れる。
 即死しなかったのは混血故か、それでももはや今すぐランサーの宝具でも使わない限りは死は免れない。

 遠くなる耳に聞こえる、何かを切り裂く音と誰かが倒れる音。
 抜けていく力を振り絞って、なんとか顔を向ければ、そこには血溜まりに倒れ、透けていくタマモの姿。

「……ぁ…タ……モッ!」

 自分の死は、いい。

 だが、タマモの死は許容できない。

 そんな思いが、既に風前の灯の身体に最後の力を与える。

「……い呪に…おい……重ね、て……じる。…………タ・マ……生き、ろ」

 既に擦れて、途切れ途切れのその言葉に応じて、残った2画の令呪がすべて消える。

 が、しかし。

 2つの令呪を持ってしても、もはやタマモを救う事は出来ず。勇治の目の前でタマモは消え去った。
 そして、勇治自身もまた。タマモを救えなかった絶望を目の当たりにして、その生を終えた……。




















「さて、あと一騎ぐらいは放りこまないと駄目かな。
 此処からだと、うん。アーチャーが近いな」

 既に聞く者のいないその場に、ただそれだけが響き。そして、彼もその場から消えた。


[No.445] 2011/06/02(Thu) 20:53:41
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