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湖底市の日常・1 (親記事) - アズミ


「俺は本気だ!」

 タンブラーをカウンターに叩きつけて、杉城は激昂した。
 かの若い妖事一課の刑事が激することは日常茶飯事であったが、それが仕事ではなく色恋沙汰となると話が違う。千年に一度、天狗の長の交代に匹敵するほどの大珍事と言えた。
 岬は思わず呆気に取られたが、当の杉城が一拍置いて律義にマスターに謝罪し、飛び散ったウィスキーを布巾で始末しはじめた段になってようやくズレ落ちた眼鏡を直した。

「そうは言ってもですね、杉城刑事。
 相手は竜王のお嬢さんですよ? さすがに、こう……」

「安月給の刑事とじゃ身分が違うというのか」

 濁らせた口調に、杉城は仏頂面で言葉を被せる。
 普段は妖虎が舌を巻くほどのザルだが、心惑えば即ち酒に呑まれやすくもなるのか、杉城の眼は据わっていた。

「えぇ、まぁ……」

 この平成の世に身分違いの恋など……否、『恋に身分違いなる概念を差し挟むなど』、時代錯誤も甚だしいとは岬も思っていた。ゆえにこそ口ごもったのだが、いざそうした場面に居合わせてみると、太平洋を統括する竜王の娘と安月給の、それも妖怪を取り締まる妖事一課の刑事の恋愛など上手くいくとは到底思えなかった。
 まして……

「それにマズいでしょう、刑事が担当事件の関係者と恋愛なんて。捜査の公正が疑われかねない」

 普段、正義感と思い込みで暴走しがちな杉城刑事にあっては今更の話とも思えたが、逆にいえば純然たる正義感と情熱だったからこそ理解ある上司にお目こぼしをいただいてきたと言えなくもない。それが色恋沙汰とあっては、今度はそうした援護も期待できないだろう。

「無論、事件は解決する。乙姫のお嬢さんが困ってるのを放っておけるか!」

 鼻息荒く宣言する杉城だったが、その目はもはやお姫様を守る騎士のそれであって、真実を追う刑事のものではない。彼のためにもどうにか説き伏せねばならないが、これは殺人事件の解決よりも難事と見えた。
 ……全く、お医者様でも草津の湯でも、とはよく言ったものだ。

「そのお嬢さんが犯人の可能性だってあるんですよ」

「何だと、貴様ァ!」

 岬は危険を冒しても冷水を浴びせかけるつもりで言ったのだが、案の定、杉城は激昂して岬の襟首を掴み上げた。

「いたた、そういう可能性もあるってことですよ!
 アリバイはまだ無いんだから、疑ってかかるのが刑事の仕事じゃないですか!」

「ぬ、う……」

 根が真面目な男だけに、『刑事の仕事』という文言は効いたらしい。
 杉城は岬を放して再びタンブラーと向き合ったが、なおもぶつぶつと反論だけは欠かさなかった。
 その右手には、純白のハンカチーフが巻かれている。犯人と格闘して切りつけられた傷を止血してくれた、お嬢さんのハンカチ。
 この初恋まっただ中の無骨な刑事は、包帯に変えることもなく健気にもそれを巻き続けている。

「あんな可憐な乙姫お嬢さんが、人を殺めるなんて出来るもんか……」

「まぁ、それは否定しませんがね」

 岬は昼に出会った乙姫お嬢さんの姿を思い浮かべた。
 流れるような黒髪、白磁のような肌。澄んだ翡翠のような瞳の楚々とした美少女。
 柔和で、一緒にいるだけで幸せになれるような人だった。『虫も殺さないような善人』とはああいう人のことを言うのだろう。
 ついでに角隠しと白無垢を着せて袴姿の杉城の隣に並べてみた。
 ……画的に違和感が酷すぎる。立場や身分の違いを差っ引いても、彼の恋路は障害が多そうだ。 


  ――安曇理仁著『マヨヒガ探偵岬明日太4 竜宮城殺人事件』より

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 人目のある昼間の喫茶店にも関わらず、目の前の『自称ファン』は尋常ではない熱の入りようで安曇の作品を褒め称えた。

「ほんっとに光栄ですっ!あの安曇理仁先生にこうしてお会いできるなんて!
 マヨヒガ探偵の最新作も読みました! いやあ、毎度、先生の『倫理的に考えてまさか無いだろう』という話の纏め方には感服させられます!」

「はぁ、どうも……」

 純文学で賞でも取らなければ、基本的に作家など日蔭の商売である。
 安曇厚志はそれなりに印税に恵まれている部類だが、未だに映像化の話は入らないし人気は『知る人ぞ知る』の部類を出ない。
 だものだから、彼は自分の作品を褒められるのが酷く苦手だった。
 トリックではなくシナリオを褒める……本当に褒められているか怪しい表現だったが……この少年は自分の作品を『解っている』部類であろうとは思った。おべっかではなかろう。
 安曇の看板シリーズは『マヨヒガ探偵岬明日太』シリーズであるが、これは探偵小説でありながら密室トリックならぬ妖術を駆使した『マヨヒガトリック』を多用する、ミステリ界に言わせればトンデモ推理小説であり(まぁ安曇自身オカルト小説のつもりで書いているのだが)、その作品のトリックを褒め称える輩はまず以って作品を読まずにタイトルで適当に褒めていると見て間違いない。
 とはいえそんな珍奇な作品を書く身だからして、手放しで称賛されることは極めて稀であった。ゆえに、こうしていざ褒めちぎられると、どうにもケツの据わりが悪い。
 隣でフラッペをつついている雫はそんな安曇の心中を察してかにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「あー、その、ところでね、和彦くん。そろそろ本題に入りたいんだ。
 編集さんの話じゃ、何か、悩みがあるんだって?」

「あ、はい……」

 強引に称賛を打ち切って話を進めると、少年……和彦は、冷水を浴びせられたように熱を引っ込めて居住まいを正した。
 栗林和彦。安曇の担当編集者である栗林嬢の甥っ子に当たる18歳の少年である。何やら深刻な悩みがあるとのことで、編集の好で相談に乗ってやってくれと栗林嬢に頼まれ、こうして喫茶店にて面会と相成ったわけだが。

「そちらのお嬢さんにも関係のあることなのかな?」

 進路の悩みか何かと思っていたが、いざやってきてみれば話に聞いていた18歳の少年の隣には、彼より少し年若い少女の姿があった。
 淡い水色の髪をボブカットにした、西洋人のように見える少女である。……もっとも、尋常な人類に水色の毛髪などあり得ない。恐らくは妖怪の類であろう。
 少女は安曇の視線に気づいたか、おどおどと会釈して自己紹介した。

「マリーアって、言います。苗字はありません……ウンディーネなので」

 思ったよりも流暢な日本語だった。

「ウンディーネ。四大精霊の一つだね。湖や泉に棲む水の精霊」

 西洋のものとしては比較的日本でもネームバリューの高い妖怪である。仮にもオカルト小説を書いている人間としては当然の知識だった。
 と、同時に大方和彦少年の悩みも察しがついてしまい、その厄介さに我知らず渋面を作る。
 それに気づいてかどうなのか、和彦少年は慌てて話を続けた。

「先生は人間と妖怪の恋愛について開明的なお方と聞き及んでいます!
 最新作、読みました!まさか杉城刑事とお嬢さんが2巻ごしで結ばれるなんて――」

「あぁ、まぁ……あれは編集さんのアドバイスもあったんだけど」

「それに叔母の話では先生自身、人魚と添い遂げる決意をなさって不老不死になられたとか!
 僕、感動しました!愛があったってなかなかできる決心じゃありませんよね!」

 安曇は頭を抱えた。隣でバキッ、という破壊音。どうやら雫がプラスチックのスプーンを噛み砕いたらしい。
 確かに彼自身が他者に説明しないせいもあって、雫との関係は愛人だのなんだのと誤解を受けること甚だしいが、栗林嬢にまでそんな認識をされていたとは予想外であった。
 誤解されても仕方のない生活であるし、一面においては真実でもあるが……。

「つまり――その、あれだ。君たちは」

「はい!僕たち、結婚しようと思うんです!」





 ウンディーネには異類婚姻譚が多い。
 錬金術の祖、パラケルスス曰くには、魂無きウンディーネは人間と結ばれることで魂を得るという。
 しかしその結婚には大きな制約が付き纏う。水辺で夫に罵倒されたウンディーネは水に帰ってしまうとか、また夫が浮気した場合、ウンディーネは夫を殺さねばならないとも言われている。
 移り気な人間の男には概ね厳しい条件であり、ゆえにこそウンディーネと人間の恋は大方悲恋に終わる。

 つまるところ、栗林和彦少年の事情とはこういうことだ。
 彼は修学旅行先のドイツで偶然から出会ったウンディーネのマリーアと、今時珍しいほど熱烈に恋に落ち、彼女を連れ帰って結婚を前提に交際することを宣言した。
 妖怪と人間の婚姻は妖怪特区においては法的に認められているものの、世間では未だに珍しい。当然のごとく親類縁者からの猛反対を受け、彼は唯一の理解者である栗林嬢の仲介で湖底市に訪れ、先達……だと栗林嬢が勝手に思っていた……安曇に協力を求めた。
 栗林嬢の目論見としては、おそらく妖怪と人間の実態について見せつけることで彼らに諦めさせるか、あるいは腹を決めさせるつもりなのだろう。親類一同を敵に回した和彦少年としては、『先達のお墨付き』が欲しいに違いない。実際に上手くいった人間がいるのなら、親戚も幾許かは納得せざるを得ないだろうという皮算用だ。
 で、実際のところそんなお手本になるようなロマンチックな関係ではない安曇たちとしては。

「……どうするの?」

「追い返すってのは悪い気がするしなぁ」

 一服つくと言い訳して席を立った安曇と雫は、吸いもしない喫煙所で弱ったように顔を突き合わせた。

「結婚には早い年だと思うけど」

「交際を始める年としちゃ悪くないさ。
 それに大人なら許すってわけでもないのに年齢を理由にするのはズルい大人の遣り口だよ。俺は好かないな」

「なら、どうするの?」

「結局、月並みだけど『社会見学』でもさせるのが妥当かな」

 妖怪と人間が共に生きるというのは、決して楽な道ではない。無条件で棄却されるべき道でないのも、また確かだが。
 この湖底市は一つのモデルケースだ。職業、学校、あらゆる面において人間と妖怪は共生している。湖底市役所に提出される婚姻届の半分は異類婚という統計もある。この街の実態を見た程度で諦めるようなら、結婚などしない方がいい。当然だが。

「……諦めなかったら?」

 雫は鋭く、そう問うた。
 視線の先には、安曇がいる。人魚の肉を食って不老不死になった男。人間を辞めて、人間の道を示そうとした少年のなれの果て。

「……応援してやらないとね。
 他の誰が反対したって、俺だけは『彼の道に異論を挟む資格が無い』。そうだろう?」

 安曇の言葉に、雫は無言で視線を逸らすことで応えた。





「と、いうわけで今日一日は社会見学だ」

 一行は安曇の愛車に乗り込み、湖底市の街中に繰り出した。

「君たちには妖怪と人間が一緒に生きるってことの現実を見てもらう。
 人と違う生き方っていうのは、どんなことでもキツいもんさ。わかるよね?」

「はい」

 和彦少年は真剣に頷く。……が、イコール真摯であるとは言えないのが難しいところだ。

「まぁ、今日一日が終わって、まだ2人が付き合いたいっていうなら、その時は俺も協力してあげるよ」

「本当ですか!?」

「男に二言はない」

 色めき立つ2人に、安曇は悟られないように息をついて、視線を前に向けた。

 さて、まずは誰のところに向かうか……。

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※本スレです。
 一行の行く先に現れて普段の生活を愚痴るもよし、惚気るもよし、あるいはいきなり一行を赤血軍が狙ってもよし、ということで。


[No.467] 2011/07/26(Tue) 19:34:17
その頃&その頃 (No.467への返信 / 1階層) - りん

 八尾坂 文絵は学校の屋上が好きである。
 別に馬とか鹿とか煙とかそう言う意味ではなく、高い所から眺める風景が好きなのだ。
 雪女がアイスで腹痛と言うネタで記事を書きあげ、部長に渡したら「川西のことならいつものこと」と見事に却下を食らったので、気分転換に屋上にある貯水タンクの上まで昇ってみた。
 ………屋上がそもそも立ち入り禁止だったり、こそっと鴉天狗戻って飛んだのは乙女の秘密だけどね♪

「むー……いつものことだったからって、却下はないと思うんですよねー」

 高校生になると同時に湖底市に来たので、実を言えば市内の妖怪に関する情報はあまりない。
 さすがに大家が妖狐だとか、アパートに座敷わらしがいたり、九十九堂にドラゴンがいたりするのも知っている……あの外見でドラゴンと言うのはさすがに驚いたけども。
 ただ、雪夢ちゃんが雪女だって情報は知ってても、冷気に弱くて体調を崩したりしやすいと言うのはさすがに知らなかったんだよね。

「まぁ周知の事実ならしょうがない。また新しいネタを……ぉ?」

 なんとなく千里眼を使って遠くを眺めてたら、小説家の安曇さんの車が目に入った。

「助手席は雫さんで……あれ? 後ろに乗ってるの誰だろ?」

 黒い髪の男の人はとりあえずいいとして、もう一人が水色の髪で見たことのない女の子だ。
 水色の髪の時点で普通の人間ではないのだろう、何なのかは分からないけど。

「……あの方向は……西三荘にでも用があるのかな?」

 今日はどうせ昼までだ。
 帰ってから穂乃香さんに聞けばいいやと思いつつ、先生に見つかる前に3階の窓から部室の中に入った。

 そしたら、顧問の先生がいてこっぴどく怒られた、やっちゃったー。

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「しょーちゃーん。今日のお昼は何かしらぁ?」

 うちわで自分の顔を扇ぎつつ、日陰の縁側でうつ伏せにぐてーっとしている穂乃香が声を掛ける。
 ただし、顔の反対側にある壁かけ時計の短針はまだ10時を回った所だったりするが。

「今日はそうめんですよ? 一昨日もそうめんでしたけど」

 裏庭の物干し竿に洗濯物をかけながら答えるのは座敷わらしの咲だ。
 たすきを掛けているとは言え、真夏日に着物は見ていて暑くなるのは仕方がないところか……着ている当人は涼しげなのが不思議でならない。

「昨日はきつねうどんだったからぁ……まぁ妥当な所?」

「と言いますか、ここ数十年来であまり代わり映えしないのを根に持ってます?」

「そんなことはないわよぉ? 作ってくれることはうれしいからねぇ。
 レパートリーが増えるともっとうれしいなーとは思うこともあるけど」

「…………………………」

 じとぉっと、見られるだけで湿度が上がりそうな視線を返してくる。
 根は暗くないのだけど、根に持つのは咲の悪い癖だ。
 でもこの問答はそれこそ何十年前から続けていて、既に一種のお約束と化しているところはあるので穂乃香は全然気にしていない。
 しばらく、ぱたぱたとうちわを扇ぐ音とせっせと洗濯物を干す作業だけが進み、ふと穂乃香が質問する。

「そう言えば、薬味とかで足りなくなってるのはあったかしらぁ? 葱とか生姜とか」

「生にこだわるのでしたら、生姜は切れてますけど……チューブのがかなり残ってますし、むしろ足りないとすれば晩に炊く分のお米の方が切れかけてます。
 昼ごはんが終わった後に、買いに行ってもらえますか?
 その間に、私は部屋の掃除を済ませてしまいますので」

「まあチューブでいいか……分かったわぁ。
 それじゃぁ、文絵ちゃんが帰ってくるのを待ってから昼ごはんね」

「そうなりますね。とりあえず、新聞でも読みながら待っててください」

「はぁ〜い」

 新聞を取りに穂乃香が中に引っ込むと、咲はため息を吐きながら残った洗濯物を物干し竿にかけてしまう。

「あ、そう言えば……麦茶のパックもそろそろ切れかけてましたっけ。ついでに買ってきてもらいましょう」

 そう一人ごちながら、咲は勝手口の方に歩いていった。


[No.468] 2011/07/27(Wed) 01:43:34
人域魔境1 (No.468への返信 / 2階層) - アズミ

 愛車のドアを開けると、冷えた車内をたちまち夏が浸食してくる。
 やかましい蝉の鳴き声、35℃を優に超える熱気。湿気。……不快な大気。
 安曇は早くも汗ばんできたシャツの襟を撫ぜて湿った感触にうんざりしながら後部座席のドアを開いた。

「う――わぁ……」

 感嘆の声を漏らすマリーア。
 眼前に広がるのは、緑の多い湖底市においてすら目を引くほどの雑木林と、その中を貫いていく石畳。続く先に聳える小高い山。
 それだけ見れば、公園か、あるいは寺社仏閣と判断するであろう佇まいであるが。

「ここ、本当にアパートなんですか?」

「あぁ、部屋数6つ、食堂風呂共同。家賃は46000円、敷金礼金無し、ペットは不可」

 和彦の問いに安曇は頷いて答えた。
 西三荘。湖底駅から徒歩10分の距離にあるアパートである。
 人間、妖怪問わず入居可……という謳い文句だけはこの街において決して珍しいものではないが、十全な環境を備えている場所となるとそう多くはない。
 雪女や南国妖怪のために冷暖房完備は鉄則だし、天狗は清浄な空気の下でないと健康を害す。煙羅煙羅は生存のために炭焼き窯が必要だし、おとろしのようなある種の妖怪は神社のような清められた場を要し、逆にろくろ首や魍魎にとってそうした環境は害毒そのものである。
 なので、不特定の妖怪が居住する集合住宅に求められる条件は、一般人が想像するより遥かに多い。
 この西三荘は元は人間が経営する人間用の下宿であり、裏山を含む広大な土地を除けば普通のアパートであったのだが、湖底市が妖怪特区に指定されて後は適宜必要に応じて施設の増加が行われており実のところ管理人でさえ全てを把握していないという。
 遠くで、蝉の声に交じって波山の甲高い鳴き声が響いた。和彦とマリーアがびくりと震える。

「大丈夫だよ、人を襲う妖怪はいない」

 背を叩いて2人を促し、先に進んだ。
 石畳はそのものは、そう長く続いているわけではない。神社の細道を思わせる風景が暫し続くと、その先に拍子抜けするほどこじんまりとした、木造建築が姿を現す。
 なるほど、この大きさなら6部屋が精々であろう。奥には共同の風呂と食堂と思しき離れが見てとれた。和彦とマリーアが得心していると、唐突に安曇が足を止めた。

「――? どうしまし……」


 ――どすん!


 土嚢を乱暴に放ったような音を響かせて落ちた何かが、視界を遮った。
 一瞬それが何か理解しかね、和彦の視線がぐるぐるとそれの周囲を巡る。

 ――生首だった。車ほどもある、巨大な。

「うわああああああああっ!?」

 和彦が戦いて尻もちをつく。マリーアも……彼女もまた妖怪であるにも関わらず……口元を押さえて硬直した。
 その前に立つ安曇が呆れたように肩を竦め、雫がてくてくと前に進み出て……無遠慮に生首を蹴っ飛ばした。

「痛ぇ」

「おどかすな」

「いや、悪い、悪ぃ」

 生首は気を害した様子もなく笑みを浮かべて謝罪する。髭の伸びきった中年男性であるが、顔立ちに愛敬があるためか不思議と恐怖は漸減された。

「釣瓶落としのおっさん」

「よぉう、比丘尼のとこの坊主。何の用だぁ?
 後ろのは新入りかかぁ?」

 生首……釣瓶落としの問いに、安曇は首を振る。

「ただの見学だよ。……管理人さんは?」

「穂乃香なら食堂だぁ。飯の時間だからな」

「あいよ、どうも」

 軽く手を挙げて挨拶とし、安曇は釣瓶落としの脇を抜ける。向こうも向こうで用は済んだのか、するすると吊り下がる髪を伝って樹上へ戻って行った。
 安曇が一度だけ振りかえると、和彦は未だに尻もちをついた態勢のまま呆けている。

「どうしたの、行くよ?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 素っ頓狂な声をあげて、地を掻くように和彦は安曇に追随した。慌ててマリーアもついていくのを見届けて、雫は小さく息をつく。
 先行きは、不安だった。





 嫌いではないが。土台、狐の飯にしてはそうめんという奴はカロリーが足りないのだ。
 そんなことを考えながら、柳木穂乃香は縁側でそうめんを啜っていた。

「簡単だし食べやすいけど、こんな食生活してるとどんどん何かする気がなくなっちゃうのよねぇ」

「そういうのは自分で茹でてから言ってくださいよ……どうせ何かするわけじゃないし」

 先刻まで穂乃香が使っていた団扇を奪い取って煽ぐ咲。作るのは簡単だが、この季節は厨房に立つこと自体が重労働だ。
 だいたいにして家事全般、咲がやっているのだから何かする気も何も、穂乃香に仕事などありはしない。管理人業といっても、そうそう新入居者が来るわけでなし。
 だが、穂乃香は不満そうに頬を膨らませた。

「あらぁ、これでも意外と忙しいのよ?まぁ、自分から動くことは少ないけど……」

 足を数度ぶらぶらとさせてから、何かに気づいて立ちあがった。

「ほら、向こうから用事がやってきたじゃない」

 指し示す石畳の方からやってくる人影。
 咲は、嘆息して縁側を立った。客が来たら来たで、どうせ茶を出すのは自分の仕事なのだ。


[No.472] 2011/07/28(Thu) 02:03:38
尋ね人おらず (No.472への返信 / 3階層) - りん

「文絵ちゃんに会いたい?」

「ああ。あの二人に、会わせたくってね」

 あの二人とは、もちろんながら今回の『社会見学』の主役、栗林和彦とウンディーネのマリーアのことだ。
 当の二人は咲の持ってきた麦茶を飲みながら、食堂で雫と3人でそうめんが茹で上がるのを待っている。

「何でまた? ここを見に来たのならまだ分かるけどさぁ……」

 ある意味、妖怪の坩堝みたいなアパートなので、妖怪見学をするにはある意味もってこいではあるのは確かだろう。
 ただ、波山や釣瓶落としを始めとして西三荘内部の住居スペースに住んでいない妖怪もそれなりにいるので、ここら一帯の正確な妖怪の人数は把握してないのが実情ではあるが。

「話すと……そんなに長くならないか。端的に言えば、あの二人は結婚したいと言っている」

「今、湖底市で流行の異類婚? ……いや、流行っても困るけどねぇ」

 実際、湖底市の市役所に提出される婚姻届の半分は異類婚なのだから世も末だと穂乃香は思っていたりする。

「ちょうど先達がいるのだから、その話を聞くのもいいかなと思ってね。だからここに来たんだ」

「なるほど。それで文絵ちゃんか………」

 八尾坂文絵は鴉天狗と人間のハーフだ。
 つまり、妖怪と人間という垣根を越えて結ばれたことを意味している。
 乱暴されただとか、そういう後ろ向きな話は聞いていないので安曇としても安心して話を聞きに来たつもりだったのだが……。

「今日は学校の日だったか。物書きをしてると曜日感覚が鈍くなってしょうがないな」

 1992年から学校週5日制と言う制度が出来、毎月第二土曜日は休みとなっている。
 さらに1995年からは第二土曜日に加えて第四土曜日も休みになり、土曜は学校が休みと言う意識が浸透してきている中、今日は運悪くちょうど第三土曜日だ。
 とりあえず、土曜日だからここにいるだろうと言う意識で真っ先に来たのが裏目に出た形になっている。

「まぁ昼までだから、部活動も早々に切り上げて帰ってくると思うわよぉ。
 しょーちゃんお手製のお弁当も持っていってないしねぇ」

 そんなことをいっていたら、

               「ただーいまー」

 と暑さに負けかけてる感じがしないでもない女の子の声と、ガラス戸が開く音と一緒に聞こえてきた。

「帰ってきたみたいね。それじゃ、改めて頼んでみたら?」

 うまくいくといいわね、と言いたげな笑顔を向けられた。何でだろう?


-------------------------------------------------------------

 あとで穂乃香さんに聞けばいいや、と思っていたらさっきみた当の本人が家の玄関にいた。
 猩々の渡会さんは今日も仕事だからいないだろうし、穂乃香さんとの話の途中だったのかな?

「おかえり八尾坂さん。お邪魔してるよ」

「こんにちはー、安曇さん」

 と、挨拶を返した相手が、物書きとして参考にしたいと思っている小説家の安曇厚志さん。
 探偵小説の中でも、オカルト要素を混ぜた小説を書いている人で、今の所ブレイクしてる……という感じがしない人なんだよね。
 マヨヒガ探偵シリーズも、先月で6巻目を飾ってるのだからそれなりに知名度はあるはずなんだけど……。
 やっぱり、出してるレーベルの問題なのかな?
 ライトノベルの方で出してみたら、内容的には売れそうな感じがするのに………いや、ライトノベルにするにはちょっとアレな気はするけど。

「君に用があったから、待たせてもらったよ」

「私にですか? 分かりましたけど、ちょっと待っててください。着替えてきます」

 返事を聞かずにぱたぱたと逃げるように二階に走る。
 飛行せずに走って帰ったから、制服が汗だくだったし……ブラが透けて見えてなかったことを祈ろう。
 安曇さんの後ろに、笑い顔の穂乃香さんがいた気がするけど見なかったことに………

         ってことは、穂乃香さんには見えてたんだなちくしょう。


 背中の開き気味のタンクトップにショートパンツに着替えて、さっさと下に降りる。
 普段なら扇風機で涼んでから降りるけど、人を待たせてるしね。

「お待たせしました。何の用ですかー?」

 正味5分ぐらいで玄関に戻ると、まだ安曇さんが待っていた。律儀だなぁ。
 穂乃香さんは先に食堂に行っちゃったみたいだけど。
 それで、食堂に向かいつつ用件を聞くと、

「八尾坂さんに会わせたい人がいてね。それでここに来たんだけど……」

「でも私が学校だからいなかったーと……それって、車の後ろに乗せてた二人ですか?
 一人が黒い髪の男性で、もう一人が水色の髪の女の子の」

「あれ? 何で知ってるの?」

「学校の屋上から、千里眼でちょうどここに向かってるのを見てましたー」

「……雫がどこかから見られてる気がするとか呟いてたのはそれか」

 ちょっと遠い目をしてため息を吐く安曇さん。
 雫さんは警戒心が強いから気付いたのかな?
 ……と言うか、大体千里眼の最大距離近かったから、ほぼ1kmぐらい離れてたのに良く分かったなぁ……

「それで、何の話を? 大体、妖怪の話なら私より安曇さんの方がよっぽど詳しいと思うんですけど」

 もしくは雫さん。
 雫さんは昔から生きてる人魚だから当然として、小説の題材にする関係上、安曇さんが妖怪、妖術、妖力の類に詳しくないわけがない。

「君の両親の話を聞きたいんだ。ちょっとあの二人、訳ありでね」

 話を聞くと、つまるところあの二人は異類婚をしたいとそういうことらしい。
 確かに私は鴉天狗と人間のハーフだし、そう言う意味では聞くのには適任なんだろうとは思うけど……。
 いいのかなー、両親の馴れ初めなんてかなり特殊な気がするしそもそも円満でもないし。

「いいですけど、あまり期待はしないでくださいねー。妖怪法施行前の話なんですから」

 まぁいいか。こんなケースもあるよってことにしておこう。


[No.476] 2011/07/29(Fri) 01:22:45
文絵、かたるかたる (No.476への返信 / 4階層) - りん

「えー、初めまして。八尾坂文絵です」

「初めまして。僕は栗林和彦です」

「ウンディーネのマリーアです。今日はよろしくお願いします」

 ちょっと二人は不思議な顔をした後、挨拶を返してくれた。
 横を見るとそうめんの器が3つ残っていたので、雫さんと3人で食べていたのだろう。
 私の分は……後でもらえばいいか。でもお腹減ったなぁ。
 他の人はと言うと、、、、みんな聞く体勢ですかそうですか。

「一応、安曇さんからは話は聞いたんだけど……二人は結婚したいんですよね?」

「はいっ! 絶対大丈夫です。僕とマリーアなら!」

 思い込んだら一直線?な栗林さんと、微妙におどおどしているマリーアさんで釣り合いは……取れてるのかなこれ?
 どっちかと言うと、マリーアさんが栗林さんの勢いに乗せられている気はするけど、日本まで来ている時点で好意以上ものがないわけじゃないのは確かなんだろうなぁ。

「……分かりました。とりあえず、私の話ですけど何で私が選ばれたかと言うと……私、妖怪と人間のハーフなんです。
 人間変身も使ってるから、見た目からじゃ分からないと思いますけど」

『えっ!?』

 二人の顔が驚きに満ちるのが見える。
 多分、驚かせるためにわざと言ってなかったんだろう、安曇さんたちも人がいいのやら悪いのやら。

「一応、こういう者ですよ……っと」

 人間変身を解いて、鴉天狗のくちばしや翼が見える状態になる。
 やっぱり、くちばしってのがちょっと嫌だなぁ……色んな妖術が使えるから、こっちの姿は便利だけど。

「えーっと、えっと」「鴉天狗……ですか?」「そう、それだ!」

「ご名答です。お父さんが鴉天狗でお母さんが人間ですけどね、私の場合は」

 再度人間変身を行って、人の姿に戻す。
 別に鴉天狗のままでもいいんだけど、まぁなんとなく?

「と言うことで、私からの話は両親の馴れ初めです。第二次武良会談より昔の話だから、不干渉が前提の時代の話だけどね」

 ごくり、とつば飲む音がした。多分、栗林さんだろうと思う。
 あ、そうだ。とりあえずこれは言っておこう、うん。

「予め言っておくと、私に父親はいませんので」

『えっ!?』

 やっぱり驚かれたか……って、何で後ろの人たちまで驚いてるかな?
 少なくとも、穂乃香さんは知ってるはずなのに……ちゃんと戸籍謄本を見てなかったのかなぁ。

「あくまで戸籍上の父親がいないってだけの話で、遺伝上はいますよ?
 そうじゃないと、ハーフなんて生まれないわけだし」

 あー……と言う感じの表情。そんなに変なこと言ったかな?

「と言う感じに、私の場合は全然円満じゃないです。
 お母さんも一人で私を育ててくれたけどすごく大変そうだったし、シングルマザーなんて今でもあまり良い顔はされないんだから、16年前なんて言わずもがな。
 妖怪との子供がいるなんて世間体にも悪すぎるので、孤軍奮闘状態だったみたいで………。
 お母さんは私を産んだ事はすごく満足みたいだけど……やっぱり、大変なのは大変だと思う」

「………………」

 やっぱりちょっとしんみりしてるなぁ。

「でもね、事あるごとにお父さんとのノロケを連発してくれるので、本当に大変なのかがちょっと疑わしかったりは……するかな、うん」

 ちょっと遠い目をしてたかもしれないけど気にしない。

「と言うことで、私も高校になるまではずっとハーフだってことを隠して生きてきたし、これからもここみたいな出しても大丈夫な場所以外では妖怪としての姿や力なんて使わないで生きていくんじゃないかな、と思う」

 いやまぁ、便利だから多分使うけど。

「そう言う思いを、自分の子供にさせられる覚悟があるのかな?
 一応、その事は考えてあげてほしいなーと」

「確かに……自分たちのことだけを考えてて、子供のことは考えてませんでしたね」

「自分たちのことだけで、いっぱいいっぱいだったから…………」

 ちょっとは子供のことも考えてくれるとうれしいなって思ってたから、この反応は素直にうれしいな。

「そう言えば……さっきから母親の方はでてますけど、父親の方はどうしたのでしょう?」

「うーん……どうしてるのかな? 同僚だって人からは、まだ生きてることは聞いてるんだけど……」

「え、ちょっと待って。もしかして、全然会ってないの?」

 栗林さんが焦ってるなぁ。
 マリーアさんも………うん、困った顔してるや。

「うん、生まれてこの方一度もないですよー。
 写真が何枚かあるから、どんな顔なのかは知ってるし、性格とかはお母さんから聞いてるからなんとなくは」

 でも、よく考えたら人間変身してるお父さんの顔って全然知らないかなってあれ?
 また静かになった……。
 何で、安曇さんがあれ?って感じの表情をしてるんだろう……うーん、期待から逸れてたかな?

「まぁ何でそうなったかは、両親の馴れ初めで説明しますね」

-------------------------------------------------------------


「聞いた話では、二人が出会ったのは東京都の高尾山。
 ちょうどお母さんが一人で陣馬山の方に出かけた帰りに、足を滑らせて落ちちゃって最初に見つけてくれたのがお父さんだったんだって」

 第二次武良会談よりも前だったから、お父さんも助けるのは多少躊躇したらしい。
 戦前と違って少なくとも妖怪がいると言う認識が確実に広まっていたから、放っておけば死んじゃいそうだったからってことで、隠れ里のお父さんの家まで運んだんだとか。

「一応、お互いに不干渉が原則だから、応急手当だけして人のいる近くまで運ぼうとは思ったらしいけど……実際は一目惚れしちゃって連れて帰りたくなったんだって。怪我の件もあるけど。
 ほんと、何考えてたんだろうと聞いてみたいぐらい」

 それでまぁ、お父さんが隠れ里の人たちを説得して、怪我の面倒をみてくれたんだとか。
 それにしても、一目惚れしたからって連れて帰るお父さんもお父さんだけど、そういう人に惚れちゃうお母さんもお母さんな気がしないでもないのは何でだろう?

「ここまでなら、割と今まででもありそうな話なんだけど……問題はこの後。私がお母さんのお腹にいることが分かってからで……」

 息をつくために、ちょっと話を止める。
 栗林さんとマリーアさんを見ると、さっきのもあってかほんと真剣に聞いててくれてる感じ。

「平たく言えば、お母さん里の人に命を狙われました。
 お父さんが連れて逃げてくれてなかったら、多分死んでたんじゃないかなーと思う」

「殺され……ですか?」

「うん。
 結局は逃げ切れたけど、お父さんとしても元々の職務はあるし隠れ里の人の説得もあるからって、身重のお母さんを麓まで届けた後にとって返して、それっきりなんだって」

「それで、母子家庭になったのですね」

「そう言うことです。
 あと、私の文絵って名前は、お父さんが文博って名前だとかで、お母さんが香奈絵って名前だったから、一文字ずつとって文絵って名前にしたみたい。
 これで、私の話は終わりかな?
 参考になったのかさっぱり分からないけど………」

 いやぁ、ほんと如何なんだろうこれ?


[No.480] 2011/08/02(Tue) 01:40:33
珍奇な来訪者1 (No.480への返信 / 5階層) - アズミ

 ……時間は半日ほど遡る。



「こう言ったらなんなんだけどね、作家さん。あたしの占いって、当たらなくない?」

 タロットを机の上でシャッフルしながら、魔女ミレニーは占い師にあるまじき発言を行った。
 が、相対する客……安曇厚志は特に気にした様子もなく、締切明けらしいぼう、とした視線で蠢くカードの動きを追っている。
 ミレニーは正真正銘、欧州を由来とする魔女である。魔法を習得した女(ソーサレス)、ではない。妖怪としての、魔女(ウィッチ)だ。
 疫病を振り撒き、使い魔を使役し、人の生死の垣根を見極める本物の魔女。
 が、だからと言って、その占いが当たるかといえばそんなことは全くない。他にどんな超常の力を備えていようとも、妖怪とて予知能力でもなければ……否、備えていたとしても完璧には、未来を見極めることはできない。
 占術とはそもそもが、無知無明の人間が無知無明であるがゆえに編み出した経験則を解析し、抽出した要素を類型化することによって今後を予測する『技術』だ。土台が妖怪の使うような代物ではない。
 だからして、ミレニーの占いは世間一般の魔女のイメージに便乗しただけの生兵法であり、使っているタロットカードも通販で4000円という甚だいいかげんな商売だった。
 にも関わらず、この作家は締め切り明けごとに律義にミレニーに占ってもらいにやってくる。
 占う内容は必ず、「今後について」などという漠然としたものだ。内容が漠然としているから、結果も当たりそうなのか当たらなそうなのか、なんとも曖昧ではっきりしない。
 そんな結果のために、安曇はわざわざ占い賃3000円を払いにやってくる。
 ミレニーにとってはありがたい客であることには違いないが、なにせ占いがいいかげんなのでなんだか悪い気がしてしまうのも確かだった。
 
「未来を占う、という行為にはランダム性が重要なんだ」

 そんなミレニーの心中をよそに、安曇は並べられていくタロットを眺めながら言う。

「はぁ……?」

「ためになるお告げを期待しておみくじを引く奴はいないだろ?
 因果に縛られる真っ当な占いじゃあ、『運試し』にはならないのさ」

 だったらおみくじでも引いてきた方が安上がりではないかとミレニーは思うのだが、余計なことを言って定期収入のタネが来なくなっても困る。それ以上は突っ込むことをせず、占いに集中し始めた。

「愚者、逆位置の魔術師、逆位置の星、月、教皇、塔……そして恋人。何かを新しいことを始めるのは良くない向きですかねー」

「恋人と教皇は?」

「恋愛相談とか」

「誰からされるってのさ、そんなん……」

 と言っては見たものの、担当の栗林嬢は22歳と年頃な上に独り身を嘆いていたことを思い出す。あの性格では当分無理そうだし、そちら方面というのはありそうな気はした。

「まぁ、どっちにしろ当たるも八卦、当たらぬも八卦ですからね」

「占った当人がそれじゃな……まぁ、参考程度にしとくよ。いつも通りね」

 嘆息して、くたびれた夏目漱石3枚を広げられたタロットの上に置く。

「それじゃ」

「毎度ありーです」

 安曇が立ち去るのを待って、手持ち金庫に3000円を収める
 今日は彼を含めて5人も客が来た。かなり幸運な部類に入る。
 なにせミレニーの占いが当たらないのは詳しい人間なら周知のことなので、収入源はもっぱら余所者だ。ただでさえ不安定な占い師の収入だが、ミレニーは輪かけて安定しない。
 時間も時間だし、今日はここらで閉めるか――と、考えた矢先に、仕切りに使っている暗幕が音もなく開いた。

「いらっしゃいま――」

 笑顔で出迎えようとして、思わず呆けたように口を開いたまま止まる。

「失礼、お嬢さん。一つ占っていただきたい」

 そこに立っていたのは、上等な金糸のようなプラチナブロンドを緩く流した、長髪の美青年であった。
 しかしミレニーは頬を染めるでもなく、表情が引きつるのを我慢するので精一杯であった。
 まさしくお伽噺に出てくる騎士か王子ような美丈夫であるが、格好までお伽噺に出てくるような有様なのだ。全身に纏うのは白銀色の、実用性は甚だ怪しそうな豪奢な甲冑。腰に帯びるのは湖の貴婦人から与えられたかの如き神々しく輝く半両手剣。
 今日び妖怪でさえこんなトンチキな格好はしない。……というか、こんなあからさまに武器を持ち歩いたら退魔師だって銃刀法所持違反でしょっ引かれる。

「えーっと……何について、占いましょう?」

 通報も考えたが、下手なことをして暴れられでもしたらコトだ。一先ずは穏便に済ませて、立ち去ってから考えることにした。
 さすがに営業スマイルも引きつらざるを得なかったが、騎士はこれとって気にした様子もなく、律義にミレニーに断ってからがしゃがしゃと音を立てながら座り、微笑んで言った。

「この街に来たはずの許嫁を探しているのです。
 彼女とのこれからについて占っていただきたい」


[No.482] 2011/08/02(Tue) 01:49:21
魔女と騎士 1 (No.482への返信 / 6階層) - 桐瀬

「許嫁とのこれから……ですか」

「然様。彼女との間にこれからを」

 タロットをシャッフルしながら尋ねると、騎士は仰々しく頷きながら答えた。
 初めて見た時から感じていた事だが、所作がいちいち演技をしているように大仰に思える。その外見も合わせて、まさに物語から出てきたかのような振る舞いである。

「居場所は良いんですか?」
 
 許嫁を探している、と切り出されたからにはどこを探せば良いのかといったような占いを要求されるものかと身構えていたミレニーは些か肩透かしを食らったような気分であった。

「そちらは良い。
占いのようなものに頼らずに探し出して見せてこそ愛の証明と言えましょう」

「はぁ……」

 今後を占うのはまた違うのか、とは思ったが言わなかった。
 折角の客の機嫌を損ねて台無しにするのも勿体ない。
 気持ちを入れ替えて占いに集中し、タロットをめくっていく。

「逆位置の星、塔、死神……それから節制、魔術師、女司祭……んんー……変化が必要とされている時期、ですかね。変わる事を恐れたらよくない事が起きるかもしれません」

「変化?」

「最近型にはまった対応しかしてないとか無いですか?」

 と言ってみると、騎士は「ううむ」と唸ったきり黙ってしまった。
 機嫌を損ねたか、と思ったがそうではないようで何事かを考えているようである。当初は騎士が口を開くまで待っていようと思っていたミレニーであったが、暫く待っても進展がない上に微妙に気まずくなってきたので自分から聞いてみることにした。微かに好奇心もあった。

「ちなみに、許嫁さんはどんな人なんですか?」

「ん?ああ、湖のような青い瞳に、流れる水のような水色の髪がとても美しい女性です」

「水色の髪……ねぇ……水色?」

 水色の髪というのはいくら何でも常人ではあり得ない。染めることは出来るだろうが、それで綺麗に見える人の方が希少である。それを尋ねると、騎士は事もなげに言った。

「ああ、彼女はウンディーネなのです。」
 
 ああやっぱり、と思うと同時に少しばかり騎士に同情する。
 ウンディーネとの恋愛など、古今上手く成就したという話を聞いたことがないからである。
 その上大抵は男の方が死亡するという幕引きが多い。ミレニーが実際に見知っている何人かでもそうである。人間社会で戯曲にまでなっているのは伊達ではない。

「な、なるほど……それにしても、探しているってどういう事なんですか?許嫁なんですよね?」

「……実は……」

---------------

 騎士が語ったところによるとつまりは当の許嫁は失踪していたらしい。
 騎士はとある岬で許嫁のウンディーネと二人で暮らしていたらしいが、所用で数日家を空けて帰ってみるとそこには誰もいない。近隣に住む人に尋ねてみれば悲痛な顔をして海に溺れて死んだと聞かされたものの、ウンディーネが溺れ死ぬはずがない。何らかの事情があって家を離れる必要があったのだと考えるも、待てど暮らせど帰ってくる気配がない。
 これは何かあったと考えた騎士は伝手を使って情報を集め、ついにここ湖底市に彼女が訪れていると言う事を突き止めたのだと言う。

「はー……それは大変でしたね」

 そこまでして探し出すよりもウンディーネと結ばれる危険性を考えれば忘れた方が良かったのではないかとも思っていたが口には出さずに居た。別に恋愛を邪魔したいわけではないのであるし。

「しかし、ここまで来ればあと一歩。彼女を探し出すだけなのです。」

「アテはあるんですか?」

「ありません。何せ不慣れな街、そこで頼みがあります」

「何……でしょう」

 イヤな予感がしつつもとりあえず聞いてみるミレニー。
 騎士はわざわざ重々しく「うむ」などと頷きつつ続けた。

「道案内をお願いしたいのです。彼女が行きそうな場所はいくらか心当たりがあるものの、この街にそういったものがあるのかは判らない。」

 やっぱり、とミレニーは頭を抱える。
 これ以上この珍妙な騎士に関わりたくは無いとも思っていたが、さりとて無碍に断るのも悪い気もしていた。如何せん、当らない自覚のある占いを平気で告げているのは常に引け目なのである。

「何でしたら報酬にも上乗せしましょう」

「あ、いや、いいです。判りました、案内します」

 流石にそこまでされたら申し訳ない事この上ない。
 懐に手を入れようとした騎士を慌てて押し留める。
 
「……でも、一つだけ、条件があります」

「何ですか?」

「着替えてください」


[No.485] 2011/08/03(Wed) 21:40:19
魔女と騎士 2 (No.485への返信 / 7階層) - りん

「まさか、あの格好以外の服を持ってないとは思いませんでした………」

 名前も聞いてないあの騎士に着替えてほしいと頼んだ所、これ以外に服の持ちあわせがないとの返事。
 しょうがないので、店の中に待たせてユニクロに走って、今がその帰りだ。

「明らかに街中を歩ける格好じゃないですし、どうやってここまで来たんでしょうか……」

 それなりに永く生きているので考えるアテはあるものの、絞りきれないのが実情である。
 とりあえず尋常の手段はないのは確かだと思っている。そうじゃないと、あの格好でここまで来ることは不可能だ。

「とりあえず、この代金はちゃんと払ってもらいましょう」

 決意を込めて、一人頷く。
 ただでさえ少ない収入の一部が削られているのだから、それはそれで当然の思考だろう。
 ユニクロが低価格路線を突き進んでくれているのは、不幸中の幸いだ。
 そしてもうひとつ考えることがある。
 この事を誰かに相談するか、それともしないかだ。
 正直、相談するにしてもこのまま放置していくことになるので案内すると言った手前、それはあの人に悪い。
 公衆電話から安曇に連絡を入れようかとも思ったが、よく考えたら電話番号が分からない。
 常連ではあるが、親密な仲という訳ではないのだから仕方がない。

「どの道、そのまま案内するしかないってことですか………そこはしょうがないですね」

 さて、次に悩むのがどこに案内するか……なのだが、実はこれもあまりアテがない。
 何せ妖怪特区なだけに、ここに行けば確実に妖怪に会える!と言う場所が多すぎるのだ。
 思いつくだけでも、喫茶店、公園、繁華街のホテルなどなどと、妖怪の居そうな場所には事欠かない。
 他の都市ならば、あからさまに妖怪の集える場所も少ないのでアタリをつけて虱潰しにいけば、見つかる可能性も高いのだが……その場合は、居る場所を探す方が面倒になるためトントンかもしれない。
 とりあえず、悩んでいてもしょうがないので服を届けて、着替えてもらってから探し始めるしかない。

「そう言えば、探している許婚の人はウンディーネなんだから水色の髪の人を見なかったかを、駅の方から追いかければとりあえずは大丈夫でしょうか?」

 一条の光明が見えた気がしてきたので、心持ち気分が軽くなりながら店に急ぐ。
 だが、店に入る直前になって思い出したことがあって、また気が重くなる。

「………あの剣、どうやって隠しましょうか………」


[No.486] 2011/08/04(Thu) 00:09:07
人域魔境2 (No.486への返信 / 8階層) - アズミ

 西三荘を出るとちょうど刻限は13時前。
 暑さもピークに差しかかっていることだし、一行はそこらのファミレスで昼食をとることに相成った。

「いやーすいません、私まで御馳走になっちゃって」

「いい大人が取材料も払わないわけにはいかないからね。こちとら仮にも物書きで飯食ってる身だ」

 それにたかだかファミレスだし、とルームミラーごしに恐縮する文絵に安曇は苦笑した。
 少し視線を移すと、和彦は少し沈んだ様子だった。素直すぎる連中だ、と内心嘆息する。

「今はさ」

「はい……?」

「妖怪法もあるし、異類婚ぐらいで命がどうこうって話にはならないよ。逆に成人すれば親だって少なくとも法的に異論は差し挟めないし――」

 ……それが、良いことかどうかはともかくとして。

「マリーアさんの実家は、結婚に反対しないんじゃないか?」

「……はい、たぶん」

 マリーアの表情は、ミラーの端に途切れて見えない。ただ、その声音はどこか当惑を含んだものだと、安曇は思った。

「そうなんですか?」

「……洋の東西を問わず、水妖は人と交わりたがる」

 きょとんとして言う文絵に応えたのは、助手席で沈黙していた雫だった。

「ダム・ド・ラック、ルサルカ、ローレライ、アプサラス、蛤女房……そして、人魚」

 相変わらず抑揚が無く、説明文を読み上げるような調子であったが……安曇はなんとなく、その表情に視線を送ることを躊躇った。
 他人事ではない。ユーラシア大陸を挟んで西と東、遥かに離れたこの地にあっても。彼女らのその性質は、神の悪意を感じるほどに酷似する。

「ウンディーネには魂がない……というのが、錬金術の父祖パラケルススの言葉だ」

 ウンディーネには魂が無い。
 魂無き木偶人形は死後、ただ塵に還る。だから、彼女らは人と交わりたがる。人と結ばれれば魂を手に入れ、死後は魂のみの存在となり安らぎを得ることができる。

「だからマリーアは結婚したいの?」

 文絵の問いは何気なかったが、しかしナイフのように鋭い。思わず安曇は、継ぐ言葉を詰まらせた。
 しかし、マリーアの回答は素早く、それでいてこれ以上なく素直なものだった。

「そういう事情もなしに、好きだって言ってくれたから……結婚したいんです」

 見えない安曇にも、頬に手を当てて顔を赤らめるマリーアの顔が浮かぶような、そんな蕩けるような惚気だった。思わずハンドルを握りながら破顔する。
 それは文絵も同じだったらしく、声を出して笑いだした。見れば、雫も顔を逸らして肩を揺らしている。

「あまーいっ!
 そっかぁ、本当に好きなんですね、二人とも!」

「い、いやぁ……」

「そういえば、二人はどんな出会いをしたんだい?」

 照れる和彦に、安曇は自分から話を振る。
 自分は二人を別れさせたいわけではないのだ。深刻ぶった話より、どうせなら暖かい話題の方がいい。
 和彦は瞑目し、まるで詩を吟じるように語りだした。

「あれは、去年の夏、修学旅行先のドイツでのことでした。班と逸れて迷い込んだ、森の中の湖。
 ……今でも瞼を閉じれば眼に浮かぶようです。湖面に逆さに突き立った、マリーアの美しい姿……」

 沈黙が車内を支配した。
 和やかな空気は一変、冷たく……は、ならなかったものの、ピタリと静止してしまった。情景がモノクロになったような錯覚さえ覚える。

「え、いや……今、なんだって?」

「え、だから湖面に逆さに突き立った……」

「えっ」

「えっ」


 何それ怖い。


[No.487] 2011/08/04(Thu) 01:59:06
珍奇な来訪者2 (No.487への返信 / 9階層) - アズミ

 ミレニーに着替えを強要された騎士が選んだのは、ゆったりとしたトレーナーにスラックス姿だった。

「……それしかなかったんですか?」

 半眼で思わず突っ込む。
 今は七月の末、連日気温35℃超えの夏真っ盛りである。それこそ騎士と同年代街の若者には、まるで水着か下着のようなラフな格好でうろつき回っている者も少なくない。
 そこまでは言わないにしろ、せめてポロシャツとか……こう、クールビズに則った格好はできないのかと、他人事ながらミレニーは思った。
 が、騎士が返したのは不満の顔だった。

「むしろ、この国の人々が露出に無頓着すぎるのでは。未婚の婦女子が肩まで晒して歩いているというのは、どうにも……」

「まぁ、文化圏によってはそういう意見もあるでしょうけど」

 『この国の人々』でないミレニーだが、これといって若者の露出をはしたないと思ったことはなかった。まぁ自身は比較的厚着をしているほうだが、これは単に魔女の証である悪魔の紋章を露出して歩くのは日常生活に障りがあるからにすぎない。
 しかしこの騎士、全身甲冑に帯剣などという格好で街中をうろついていたあたり、日本社会どころか現代社会そのものに疎いようだ。
 ウンディーネを婚約者とする以上、彼も人間には違いないはずだが……。

「では参りましょうか、“賢き御方”」

「ミレニーです。……貴方の名前は?」

「おっと……これは、失礼」

 騎士は本当に無礼をしたように恐縮すると、まるで歌劇の登場人物のように大仰な動作で会釈した。

「ジョジョ。大いなる先達、湖の騎士にあやかってジョジョ=ド=ラックの名を賜っております」

「ド=ラック……?」

 訳すならば、湖のジョジョ。
 いや、その『大いなる先達』に習うならば湖の騎士ジョジョか。
 ウンディーネと許嫁という辺りから面倒な臭いはしていたが、どうやらこの騎士自身はダム・ド・ラックの縁者らしい。
 ミレニーが難しい表情をしていると、ジョジョはそれどどうとったのか、苦笑した。

「この国では珍しい響きかもしれませんね」

「いえ、そうでもないと思いますよ。
 いい響きなのです。グレートでやれやれだぜな感じです」

「は……?」

 呆気にとられた様子のジョジョだが、いちいち説明するのもめんどくさいので放っておいて歩き出す。
 さて、確かジョジョは幾つか思い当る場所があると言っていたが……。

「で、許嫁さん、どこに居そうなのです?」

「は。彼女は泉の乙女なれば、きっと澄み切った小川の傍の家か、大きな湖のほとりに建つ館などが怪しいかと」

「……なるほど、虱潰ししかないですね」

「あ、あれ?」

 嘆息して、ミレニーは通りを歩きだした。
 ジョジョはなんだか納得がいかない様子で暫しその場に立ちつくしていたが、やがて小走りでそれに追随しだした。


[No.488] 2011/08/04(Thu) 23:36:58
人域魔境3 (No.488への返信 / 10階層) - りん

「…………あ」

 言葉面だけでかなり驚いたが湖面から足が突き出ている事自体は、シンクロナイズドスイミングを思えばそう不思議でもないことに文絵が気付いたのは、和彦の発言からまるまる1分が経とうとしたぐらいだった。
 何故湖で?1人で?と思わないでもないのは仕方がない。
 安曇は小説家だけに犬神家の一族をすぐに思い出したが、光景の異様さ自体は閉口するには十分である。
 ちなみに、雫は未だ応対に悩んでいた。

「と言うことは、マリーアさん泳いでたの?」

 実際は泳ぐとは違うのだろうが、そこに適した言葉が文絵には出てこなかったようだ。
 語彙が大事だと思われる瞬間である。

「まあ、そんな感じ……ですね」

 文絵の質問にマリーアが多少詰まりつつ答える。泳ぐ、と言う言葉で返していいのか迷った感じだった。

「それにしても、湖から逆さに突き出たマリーアさん……の姿を見て惚れちゃうかぁ……」

 とりあえず、文絵には理解出来なさそう状態だった。多分、その辺りは安曇と雫もそうだろう。

「湖面から逆さに突き立っているにもかかわらず、均整の取れた体に、素晴らしい脚線美。
 何より、完成された絵画か何かのような………そんな、光景でした」

 話を聞いていると何か恍惚としている気がしないでもないのだが、当の本人はまったく気にも留めてない。
 その時の事を暴露されているマリーアはと言うと………何か安堵している雰囲気がある。

「なるほど、衝撃的な出会いだったわけだ」

「はい!今思い出しても身震いするぐらい、衝撃的でした!!」

 落ち着かせようとやんわりと言ったつもりだったが、和彦のテンションは上がりっぱなしのようだ。
 これは時間を置くしかない、と安曇はあきらめて運転に集中する。

「多分……か。何事も起こらなければ良いのだけど」

 ぼそっと、雫がつぶやいていた。安曇にだけ聞こえるようにわざとだろう。

「何か心配事か?」

「多分、と言う所が引っかかる。本人の意図し得ない所で、厄介なことが動いてそう」

 多分と言うのは、恐らくさっきのマリーアの返事のことだろう。
 固まってるのかと思いきや、そのことを考えていたらしい。

「分からないことは危惧してもしょうがないさ。今は社会見学を優先しよう」

 その時、歩道の方にミレニーとジョジョがいたのだが、幸か不幸か、お互いに気付くことはなかった。


[No.489] 2011/08/05(Fri) 01:24:05
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