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   スチームパンクスレ再録 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:39:13 [No.5]
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人形夜会1 - アズミ - 2011/04/24(Sun) 12:53:43 [No.21]
ただの趣味だと彼は言った - 咲凪 - 2011/04/24(Sun) 12:54:23 [No.22]



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スチームパンクスレ再録 (親記事) - アズミ

テストがてら。

[No.5] 2011/04/24(Sun) 12:39:13
File:1 (No.5への返信 / 1階層) - アズミ


――貴方と同じ空気が吸いたい。

 彼女の最初の我儘はそれだった。
 彼女の口は純然たる発声器官で、鼻は完全なイミテーションだ。
 僕は彼女にピッタリの肺と気管を求めて夜の街に繰り出した。
 後になって考えてみれば、肺が最も入手が難しい部位だったのだが、幸いにして僕には肺を萎ませずに扱う程度の医学の心得と、最初の一つで彼女に適合するものを引き当てた運の強さがあった。
 僕は彼女に新鮮な空気をプレゼントし、二人で郊外の丘にピクニックへ行った。


――貴方のために美味しい食事を作ってあげたいの。

 彼女の次の我儘はそれだった。
 我儘とは言ったが、同じ物を食べたい、ではなく僕のために食事を作りたい、という彼女のいじらしさに、僕は正直心ときめいていた。
 彼女の口は純然たる発声器官で、当然その先には人工声帯以外に何もない。
 僕は彼女にピッタリの胃と食道、腸と膵臓、肝臓を求めて夜の街に繰り出した。
 今度は少々苦労した。なにせ、数が多いので彼女に適合するものを一揃え用意するのに1週間もかかってしまった。
 僕は彼女に新しいキッチンと料理道具を一揃えプレゼントし、彼女の作った料理でディナーを楽しんだ。


「……また、ダメか」

 僕は落胆して、手にした無用の肉塊を摘出皿に放りだした。
 手早く縫合針を振るい、開腹した彼女の傷を閉じる。気落ちしていても、この作業を怠るわけにはいかない。術式は慎重を期して終わらせた。

「ごめんよ、僕のリリィベル。君の望みを叶えるには、もう少し時間が必要らしい」

 目を閉じたままの彼女の頬を、優しく撫ぜる。
 麻酔が効いているため応えることはないが、優しい彼女のこと、僕を責めることはまずあるまい。
 だが、僕は焦っていた。
 彼女が最後の我儘を言ってから、既に2週間が過ぎている。適合する部品は一向に見つからない。
 街に繰り出す回数が増えれば、当然、作業にも粗が出始める。
 前回は危うく当局に見つかりかけ、うっかり道具を一部、路上に置き忘れてしまった。目をつけられた可能性を考慮し、この3日間は部品探しを自粛せざるを得なかった。

 しかし、そろそろ限界だ。

 一刻も。一刻も早く、彼女の望みを叶えてあげたい。

 この衝動を抑えるのは、もう限界だ。


――貴方の子供が、産みたいわ。

 彼女の最後の我儘をかなえるため、僕は夜の街に繰り出した。
 彼女にピッタリの卵巣と子宮を求めて。

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FILE:1
『切り裂きジャックは電気羊の夢を見るか?』

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[No.6] 2011/04/24(Sun) 12:40:42
クレメンティーナは眠らない1 (No.6への返信 / 2階層) - アズミ

 帝都四番街、通称『故買通り』。

 その名の通り故買屋を始めとした小さな個人商店が立ち並ぶ、雑多とした通りである。
 質流れ品に始まり、不法拾得物、盗品、果ては逸れ自動人形まで。帝都のありとあらゆる物品ががここに流れ込み、店先に並ぶ。
 そんな一種アウトローな街でありながら治安が悪くないのは、組合がマフィアと繋がり自警能力を保持していること、そして……他ならぬ帝都警察が、この通りをよく利用するためであった。

(とはいえ、俺ァこの空気は好きになれんが……)

 ウィンストン警部は人ごみの中を進みながら独りごちた。
 収入の実に6割が呑み代に消えるような、真性の飲兵衛である。昼間の商店街を歩くこと自体が「らしくない」。既に両手に余る回数訪れながら、未だにこの通りに馴染めないのもむべなるかな、と自覚はしていた。
 4番街の中心を東西に横断する通りのちょうど中ほどから右折し、路地を進んで3つ目のビルヂング。外に張り出した階段を上って古いが場違いに小洒落たデザインの扉を開くと、目的の店はある。

 『古物商 縁起屋』。





 扉を開けるとかららん、と低いベルの音が店内に響いた。
 中は表の通りに負けず劣らず雑然としている。
 人形、刀剣、壺に絵皿、異国の物らしい扇や織物、果ては古書まで並んでいる。総じて年代物のようだが、たまにピエロの人形まで転がっていたりして、アンティークとしての価値は疑わしいとウィンストンは思っていた。

「あら、いらっしゃいウィンストン警部」

 並べられた人形の一つが首を向けてウィンストンに挨拶した。
 頭と胸元に黒い羽があしらわれた、少女のビスクドール。
 不本意にも不意を突かれて、渋面を作る。見知った顔であった。

「おどかすない、黒羽の嬢ちゃん」

「それは、ごめんあそばせ」

 悪びれた様子もなく言うと、人形……黒羽のクレメンティーナはひょい、と跳んで近くの棚に着地する。
 30cmに満たない人形と警部の視線の高さが、合った。

「それで何の御用かしら、警部。アンティーク趣味に目覚めたようにも思えないけれど」

 ウィンストンはクレメンティーナの軽口に、うんざりした様子で手をひらひらと振った。

「当たり前だ、貴重な安月給をそんな高価い趣味に割り振れるか。
 ……水仙寺はいるか?」

 クレメンティーナは肩をすくると、「奥よ」と一言残して床に飛び降りるとそのままとことこと歩いていってしまう。ついてこい、ということらしい。
 張り出した商品棚のおかげで随分狭くなった店内を突っ切り、奥の通用口に入る。
 細長い廊下を歩くと、甘い匂いが鼻腔を突いた。

「……何やってるんだ、アイツは」

「アップルパイを焼いてるの」

「アップルパイぃ?」

「駅前で食べたら美味しかったからって」

 アンティークショップの店主が、店先を放っておいて真昼間からアップルパイを焼いている。
 ……道楽にしてももう少し店主らしくしても罰は当たるまい、とウィンストンは思う。指摘する義理もないので黙っていたが。

 頑丈な鉄の扉を押し開けると、そこは工房になっていた。

「クレメンティーナ、ドアはノックしてから開けろよ……」

 そこで、恐らくは料理用ではない前掛けをつけた青年が、恐らくはアップルパイ以外の何かを焼くために誂えられたはずの竃でアップルパイを焼いていた。

「って、あれ、ウィンストン警部?」

「……水仙寺」

 これまた、ウィンストンの知己である。
 青年……縁起屋店主・水仙寺千多はきょとんとした顔でウィンストンの仏頂面を見上げた。
 その手には、焼きあげられたばかりのアップルパイ。

「……食べる?」

「……甘いものは好かん」

 絞り出すように、ウィンストンはそれだけ言った。





 適当に引っ張りだした椅子をウィンストンに勧めて、自身は立ったままアップルパイの皿を作業台の上に広げた。
 人形製作用のものらしく、大きさと形はちょうど手術台のそれだ。食欲を殺がれること著しいが、当の店主は気にしない様子でアップルパイを頬張る。

「……んで、何の用?」

「俺がアンティークを求めに来ると思うか?」

「そりゃ、明日には帝都が滅びるなぁ」

 千多はけらけらと笑った。が、パイを一齧りする間に、真面目な表情を作る。

「じゃあ、事件か」

「……そうだ。魔法使いの手がいる」

 ウィンストンは苦虫をかみつぶしたような表情で頷いた。

 魔法。
 古より続く、情報を物理力に変える秘儀。実在するオカルト。周知されたアンタッチャブル。
 時として拳銃以上の殺傷力を発揮する凶器であり、最新鋭の防犯装置を無に帰するイカサマである。
 帝都警察にも魔法使いは存在するが、犯罪の数に対して全く足りていないのが実情だ。
 故に。こうして、市井の魔法使いに捜査員が個人的な伝手を使って渡りつけ、協力を仰ぐことはザラにある。
 つまるところ、ウィンストンと千多の関係も、まさしくそれであった。

「報酬は?」

「官憲への協力は市民の義務だ」

「酷い話だなぁ」

「断るか?」

「いや? 協力しよう」

 千多は手に残ったパイを胃袋にさっさと収めると、前掛けを外して壁のフックに放り投げた。

「ちょうど、退屈してたんでね」

「言ってろ、万年、閑古鳥鳴いてるくせしやがって」

 甘いものは好かないのだが、昼飯を抜いてきたせいか小腹がすいた。
 ウィンストンは作業台の上のパイを一切れひっつかむと、むしゃりと一齧りした。

「クレメンティーナ!」

「お傍に。マスター」

 何時の間に持ってきていたのか、クレメンティーナが足元にステッキとコートを持って控えている。
 千多はコートを翻してステッキを携える。髪はぼさぼさ、眼鏡は弦が少し曲がっており、お世辞にも整っているとは言い難いが、これが彼の「余所行き」だ。

「で、今回はどんな事件なんだい、警部」

 問われてウィンストンは食べる手をピタリと止めた。



「……お前、切り裂きジャックって知ってるか?」


[No.7] 2011/04/24(Sun) 12:41:47
クレメンティーナは眠らない2 (No.7への返信 / 3階層) - アズミ


 帝都警察四番街詰め所の一室。

 ごとりと重い音を立てて、千多の前のテーブルの上に刃物が置かれた。
 大きい。
 全長はクレメンティーナの身長より少し小さい、程度。ナイフにしては少し歪で、携帯性に劣る。肉の切断に特化しているようだが、包丁の類にしては刃が肉厚すぎ、頻繁なメンテナンスを必要とするだろうと千多は看破した。

 つまるところ――――。

「……医療用メス?」

 テーブルの上に座っていたクレメンティーナが評する。

「らしいな。外科医が一般的に使っているものとは違うらしいが」

 ウィンストンが珈琲を一啜りして首肯する。
 千多が一応「触っても?」と問うと、「あまり指紋をつけるな」という条件付きで許可が下りた。
 素手で、柄の先に指を乗せる。

「――起動」

 スターター・ワードを唱えると触れた指から若干の熱量が奪われ、メスの内側で1/1000ナノメートルの歯車が回転を始めたのを『感じた』。
 脳裏に4つばかりの術式が浮かぶ。

「……『魔法の杖』だな、これ。
 搭載術式は『切断』『探査』『癒着』『分析』。
 医療用魔法使いが使う奴だったと思う」

「そうだ。つまりこれが犯人の遺留物ならば――」

「……切り裂きジャックは魔法使いってことか」

 ふん、と鼻を鳴らして千多はメスから指を離した。





 切り裂きジャック。
 それは帝都を1月ほど前から騒がす、連続殺人事件の犯人の通称だ。
 犯行はいずれも夜。犠牲者は全て女性。その名の通り、鋭利な刃物で一突きにされていずれもほぼ即死。
 犯人の特定は遅々として進まず、既に犠牲者は計18名を数えた。
 手掛かりは、必ず犠牲者から幾つかの内臓を摘出し持ち去っていくという猟奇的な手法と、そして……今千多の目の前にある、遺留品と思しきメスだけ。





「でもこれで犯人を特定しろってのはなぁ……」

 千多は息を吐いて首を傾げた。
 階差機関はその性質上、用途が限定される。
 魔法の杖も例外ではなく、どれだけ優れた魔法使いでも、搭載された術式以外を行使することはできない。魔法使いの仕事とは愛用の杖に編み出した魔法を階差機関として追加していくことであると言っても過言ではないのだ。
 優れた杖ならば1000以上の魔法記述が搭載されていることもザラだが、目の前のメスはたった4つ。使い捨てとまではいかないが、間に合わせ程度の出来と言えるだろう。

「外装も普通のメスを転用したものだろうし、術式もクセがない。
 魔法の杖である以上、犯人の指紋は出たんだろ? ……個人特定はそれが限界だろうな」

 魔法の杖の起動には先刻千多がそうしたように、素手で接触する必要がある。
 当然指紋は出たのだろうが、犯人がある程度絞れなければ有効には働かないだろう。
 ウィンストンの返事も色のないものだった。

「出たとも。
 だがこの三日間で帝都中の医療用魔法使いをあたったが、アタリは無しだ」

 黙り込む千多とウィンストン。
 そこに、クレメンティーナが声を挙げた。

「……人形師は?」

「あ?」

「人形師なら、メスを使うこともあるわ。そうでしょう、マスター?」

「……そうか、義肢装具士なんかをやってれば可能性はあるな」

 人形師とは自動人形を製作、あるいは保守整備する技術者の総称だが、自動人形のパーツは生体電流と同期させることで義肢にも転用できるため、義肢装具士を生業にする者も少なくない。
 一般に蒸気機関に造詣の深い技師が多いとされるが、自動人形の人工知能には高度な階差機関を要するため、そのスペシャリストである魔法使いを兼ねることも多かった。

「……そうか、『人形師』で『魔法使い』!それならだいぶ絞られるな。さっそく出るぞ!」

 色めきだって立ち上がるウィンストンに、千多は眉をひそめた。

「今から?」

「当たり前だ、こちとら一刻も早く解決しろって上からせっつかれてるんだからな!
 お前も来い、同業なら条件に当てはまる心当たりぐらいあるだろうが!」

「へいへい……おいで、クレメンティーナ」

「慌ただしいことね、マスター」

 クレメンティーナは肩をすくめると、コートを纏った千多の肩に飛び乗った。


[No.8] 2011/04/24(Sun) 12:42:47
帝都迷宮案内1 (No.8への返信 / 4階層) - アズミ

「……増えたなァ、自動人形」

 信号待ちの車上から通りを見渡して、ウィンストンはぼやくように呟いた。
 ウィンストンは特別自動人形が嫌いなわけではなかった、とクレメンティーナは記憶している。
 しかし、それであろうとも6番街のメイン通りの光景は見る者にある種の嫌悪を引き起こさせるのは確かだった。
 寂れた通りにぽつりぽつりと立ちつくす人影がある。そのいずれもが自動人形で、大方の者がどこかしら欠損していた。
 何処へ行くでもなく、その場を動かない。休んでいるようには見えないし、強いて言えば物乞いに見えたが、5番街にもいるそれらに比べて決定的に生気が無い。

「……あれは何をしているの、マスター?」

 クレメンティーナが問うてくる。
 千多の祖母の代から稼働している彼女は非常に博識だったが、その祖母があまり触れさせなかったために裏社会の事情には今ひとつ疎い。
 千多は渋面を作った。千多とて、わざわざ触れさせたいとは思わない街の側面だ。知らないほうがいいことだって世の中にはある。
 暫く回答に窮して、短く「客引きだよ」とだけ漏らした。

「客引き?」

 ウィンストンが前方に視線を投げたまま、助け船を寄越した。

「娼婦だよ、お嬢ちゃん。……いや、男性型も幾らかいるかな」

「あぁ……」

 クレメンティーナは主人の奥歯に物の挟まったような態度に納得したのか、それ以上は何も言わずに窓の外に顔を向けたまま押し黙った。

 そこはいわゆる歓楽街であったが、6番街のそれは華々しさとは無縁である。
 この辺りはマフィアの勢力圏のちょうどエアポケットとなっており、故にこそ治安が悪い。犯罪の統制が取れていないのだ。
 ここに流れてくるのは裏社会からもつまはじきにされた正真正銘のろくでなしばかりだ。例外があるとすれば……そう、それこそが自動人形である。
 自動人形は公においても諸権利を認められていないが、裏社会においては尚のこと風当たりが強い。
 人を傷つけることに倫理的な忌避感が強い彼らは大方の犯罪行為に向かないし、売春行為では逆にその人為的に整えられた見目が既存の売春業者の客を奪うとしてマフィアによって排除される傾向にある。
 故に、何らかの事情で主人に捨てられ、裏社会に流れる憂き目にあったはぐれ自動人形はやがてマフィアの手の届かないこの6番街の歓楽街、通称『スクラップ・ダウン』に流れ着く。
 多くの自動人形が不具であるのは、先の理由で見せしめとしてマフィアが痛めつけることが多いからだ。

「路上の客引きって確か違法だろ?摘発しないのか、警部」

「自動人形の売春行為自体、取り締まる法がない」

 庇護されないが、逆に縛られることもない。それが帝国法上の自動人形である。
 『蒸気革命』以前は魔法と同じく秘中の秘であった存在だ。爆発的に数が増やしたとはいえ、まだまだ法整備が追いつかないのだろう。

「切り裂きジャック騒ぎで生身の立ちんぼはすっかり引っ込んじまっててな。……代わりに随分自動人形が増えた。
 3番街あたりでも見かけるようになったから、コンラッド・ファミリーも認める方向になったのかもしれん」

「まぁ、マフィアにしてみりゃ上納金さえ手に入ればいいんだからな……」

 信号が青に変わり、自動車が発進する。憂鬱な光景は、灰色の流れになってクレメンティーナの背後に消えていく。
 クレメンティーナの原型はビスクドールだ。彼女は愛されるために生まれてきた。
 今備えている、戦闘に堪える怪力も助言足る知識も余禄に過ぎない。彼女の本質は整えられた美貌と愛嬌である。

 ゆえに彼女は、スクラップダウンの人形たちに侮蔑を覚えた。決して表には出さないが。
 あれはもう、人形として死んでいる。
 愛されるために生まれたのだ。愛を乞うために生きたら、それはもう人形として欠格だ。

 ゆえに彼女は、スクラップダウンの人形たちに仄かな恐怖を感じた。
 あれは、自分の死の肖像だ。
 愛も、それをくれる人間も有限である。いつか愛を失い、人に捨てられた時、自分は彼女らと同じところに逝くのだろう。

 何も入っていないはずの胸が少し痛んで、クレメンティーナは隣に座る主人の腕を掴んだ。
 主人は顔も向けず、何も言わず、ただ優しく彼女の頬を撫ぜた。

 ああ、愛されている。
 自分は、生きている。

 ……黒羽のクレメンティーナはまだその時、幸せの中にいた。


[No.9] 2011/04/24(Sun) 12:43:30
帝都迷宮案内2 (No.9への返信 / 5階層) - アズミ

「じゃあ、話を聞いてくる」

 それだけ言って、ウィンストンは工房に入っていく。
 入口の脇には打ちだしの鉄板に『アーリア蒸気工房』と書かれた味もそっけもない看板が風に揺れていた。
 この工房の主と千多は知己であったが、近くに真っ当な駐車場がなかったため、車の番として千多とクレメンティーナは居残りだ。
 5番街の治安は悪くないが、それでも車上荒らしぐらいはたまに出る。
 露天で買った林檎果汁のジュースをストローで啜っていると、どこからかがしゃん、ぷすん、がしゃん、ぷすんという機械音が聞こえてきた。

「なんだ……?」

 眉をひそめて辺りを見回していると、足元のクレメンティーナが何かに気づいたように千多のコートをくいくいと引っ張った。

「マスター」

「ん……?」

 指し示す方に視線を向けると、路地裏から何かが這いだしてくる。

 がしゃん、ぷすん。
 がしゃん、ぷすん。

 ぱっと見では人間の上半身に見える。……が、当然上半身と下半身が泣き別れした状態で這いずりまわれる人間はいない。
 自動人形だ。
 よくよく見れば酷くいいかげんな作りで、辛うじて人型はしているものの、纏った襤褸の下は人工皮膚もつけていない剥き出しのフレームである。ぷすんぷすんという音はこれまた背中に剥き出しの……自動人形に搭載するには聊か大きすぎる蒸気機関から発せられるもので、どうやらシリンダーを始めとしてあちこちに不調を抱えているようだった。
 そんな有様なのに顔面だけは美しい女性のそれで、それが余計に歪な印象を強めていた。

「――人形師の方ト、お見受ケしまス……」

 声帯にまで不調があるのか、金属音の混じった片言の帝国語で自動人形は言った。

「どうカ、私ヲ貴方の召使にシてくださイ」

「……………」

 どうやら、この人形は『はぐれ自動人形』であるらしかった。





 はぐれ自動人形、というものが最近問題視されている。

 自動人形は人型という不安定なボディにも搭載しうる小型高性能の蒸気機関と精神性を表現しうるほど高度な階差機関を要する、現代技術の粋を集めた先進機械だ。
 これを作りだすことを最終目標とする技術者も少なくない。

 だが、当然のことながら一つの成功を生み出すには無数の失敗を積み重ねなければならない。
 結果、技術者たちが自動人形の完成という境地に至るまでに、無数の『出来損ない』がこの世に生み出される。
 外観が整っていないとか、精神に欠陥がある程度ならまだいい方で、初期的なものであればそもそも上半身しか作られていないとか、酷ければ素材をケチったせいで人間大のブリキの玩具にしか見えない外観のものも少なくはない。
 多くは親である人形師に破壊され鋳潰され、再び自動人形の原材料となるわけだが……死を恐れて逃げ出したり、再利用を面倒がって人形師に棄てられるなりしたものが、『はぐれ自動人形』となる。

 街には……とりわけ、管理の緩い下町や歓楽街には、そんな出来損ないの人形が溢れた。野良犬のように。
 身元もなく、人権もなく、救いあげてくれる福祉さえない。五体さえ不満足なことが多い彼らに出来る仕事はほとんどない。人を積極的に傷つけられないように倫理制限をかけられていれば、犯罪に走ることさえ難しい。
 結局はそれこそ壊れた人形のように路傍に転がって故障を待つか……もう少し活動的ならば、他の自動人形を襲って晶炭を奪う。飲まず食わずでも死なないが、燃料が無くなれば止まってしまうからだ。

 一時期、街には大量のスクラップが溢れた。自動人形の製作自体に法的拘束がかかる話が上がりだした頃、ようやく皆が態度を改めた。
 人形師は一体一体を大切に作るようになり、故買屋は積極的にスクラップの使える部分を改修して転売し始めた。それでも残った部分を国が回収する、ということで一応の決着がついた。

 それでも。
 それでも、帝都から出来損ないの人形が消えることは、ない。





「……どうカ、私ヲ貴方の召使にシてくださイ」

 千多が押し黙っていると、はぐれ人形はもう一度そう言った。
 一般人が自動人形と聞くとすぐにメイド服を着たものを想像するように、召使は自動人形にとって最もポピュラーな職業だ。
 責任を伴う管理職は無論のこと出来ないし、鉄工所や鉱山などの危険な職場での作業が花形とはされるものの、これも高性能で優秀な自動人形でなければかえって危なくて任せられない。階差機関の性能が低ければ文化・芸術分野もダメだ。
 必然、自動人形の社会的な使い道は、召使や労役の類に収まる。人間より長時間働けるし、主人に逆らったり手癖の悪さを見せることだけは絶対にないからだ。

「私ハ……よく……働きまス。
 足ヲつけて……いただけレば、よりお役に立てマすが、こノままでも……精一杯働かサセて頂きマス」

 はぐれ自動人形にとって絶対の救済こそ。人間に拾われることである。
 それ以外に安定を得る道がないということもあるが、よしんば他の自動人形を襲って晶炭を安定して得られたとしても、それ以前に人間と関わりを持たないと精神が保たないのだ。
 人形として生まれてしまった以上、それは不可避の宿命である。

「マスター……」

 クレメンティーナが、主人を見た。
 そこから続く言葉を、表情から類推するのは難しい。あるいは彼女本人にさえ、何を言ったらいいのか、何を望んだらいいのか解らないのかもしれない。
 生前、千多の祖母は言っていた。「面倒も見れないのに野良犬に餌をやるものではない。それは人形でも同じことだ」と。
 そんなことはクレメンティーナも百も承知だし、目の前のはぐれ人形に手を差し伸べることが偽善であることも解っている。この壊れかけの人形を好ましくも思えはしない。
 だが、一抹の憐憫は感じる。それは逆らい難い衝動だった。

「どうカ……どウカ……」

「……ダメだ」

 だが、千多は首を振った。
 憐憫とか偽善とか。それ以前のところでこのはぐれ人形は、もうダメだと理解したのだ。

「お前、最近記憶の欠落が激しいだろう」

 千多の指摘にはぐれ人形は押し黙る。恐らくは図星だ。

「お前の階差機関、欠損が生じてるんだ」

 片言の喋り方も、恐らく声帯の不調ばかりではないと千多は推測した。

「並列配置された予備でなんとか動けてるんだろうけど、一度崩壊の始まった階差機関はもう直しようがない」

 お前は、これから死ぬんだ。
 千多がそう言うと、はぐれ人形は寂しげに笑んだ。
 否定はしなかった。泣きも、喚きもしなかった。
 人間が、それも人形師がそう指摘したのだ。それは自動人形にとって、疑う余地もない事実だった。
 ぷすんと音を立てて地面に踏ん張っていた腕から力を抜くと、静かにぼろぼろの身体を横たえる。

「人形師様」

「なんだ?」

「私ヲ壊しテくださイ」

 はぐれ人形は、静かに言った。
 それからつらつらと、幾つかの部品の名前を述べた。記憶する限り、自分の中でも質のいい部分だという。それを抜き取って、人間の役に立ててほしい。はぐれ人形は、そう言った。
 珍しいことではない。自動人形とは、そうしたものだ。
 千多は杖をはぐれ人形の上に掲げた。

「お前、名前は?」

 その問いを承諾と取ったらしく、はぐれ人形は微笑みながら応えた。
 名前を聞くと、千多は何も言わずに杖でこつん、と軽く人形の頭を叩く。
 小さく火花が散ったかと思うと、岩が崩れて砂になるように、はぐれ人形の身体がぼろぼろと崩れていく。
 数刻後には、そこに鉄粉の山が出来上がっていた。
 千多は鉄粉の中から幾つかの部品を拾い上げてコートのポケットに突っ込むと、自動車に背をもたれたまま、何事もなかったように再びストローを吸い始める。

 千多は何も言わなかった。

 クレメンティーナは何も言えなかった。
 ただ、主人の横に寄り添って、蒸気の街並みを眺め続けていた。


[No.11] 2011/04/24(Sun) 12:44:55
博士と助手と人形と1 (No.11への返信 / 6階層) - 桐瀬

ミリア・アーリアは邪魔をされる事が何よりも嫌いである。
説明の途中で許可なく割り込まれるのは勿論の事、作業や研究を中断させられた時など、クリスカーボンが燃焼する発電機関にそのまま突っ込んでやろうかと思うくらいだ。
勿論そんな事をすれば機関が異常をきたして電力の供給が止まり、そもそもの研究に悪影響が出る事などは判り切っているので実行はしないが、要はそれほど腹立たしいという事でありマリとテネにはよく言い含めてある。

……だというのに、だ。

「先生、危ないですよー」

「黙れバカ」

燃焼機関に取り付けるはずだった歯車が、扉にぶつかって跳ね返り、金属音を響かせながら地面へと落下する。
それを見ながら、作業を中断させた張本人であるところのマリは何事も無かったかのように続ける。

「えーと、先生にお客さんですよ」

「客?そんなものお前達で何とかしろと言ってあるだろうが」

工房での接客はマリとテネに任せられている。
ミリアが自分の事に集中したいからというのもあるが、双子の方が受けが良いというのもある。

「私達じゃダメだから先生を呼びに来たんですー」

「お前達でなんとかならんようなのの相手はしたくないんだが」

「けーさつなんですよう」

「警察だぁ?」


◆◆◆

「切り裂きジャック、ねえ……」

適当に挨拶を済ませた後、ウィンストンと名乗った警官は用件を説明し始めた。
内容としては、要するに連続猟奇殺人が行われていて、その容疑者を探しているところのようだった。
この場合のジャックと言うのは要は一般的男性名であるから、別に犯人の名前とは何ら関係がないのだろうが、それにしてもジルではなくジャックだと断定する根拠は何なのだろうかともミリアは思った。

「これまでの捜査で犯人の特徴は大分絞れてきました。つきましては、何か関係のありそうな事を御存知ないか、と」

「知らないね。外の事なら私よりもそこの双子の方がよほど知ってるくらいだ」

基本的に工房に籠っているミリアが外の出来事を知る手段は、双子による伝達と依頼人、それに加えて新聞くらいなものだ。
その内の新聞は、読みもせずに燃料にされる事の方が多い。
本当はそれ以外にも情報源はあったが、敢えてこの警官に話す事でもないし話したところで事態がややこしくなるだけなので黙っていた。

「本当に些細な事でも構わないんですが」

手帳を構えながらそう言う警官の目からは、微かな痕跡すら見逃すまいというような気迫が感じられるような気もする。
やや冴えない感じもする外見からは想像もし辛いが、この男もそれなりの信念を持って職務に当たっているのだろうか。

「そう言われても知らないモノは知らない。大体、ウチは人形やそれに類するものは作って無いし、来るところを間違えたんじゃないか」

「作って無い?」

「作って無いよ。大体、義肢を作ってたらまず自分のこの腕を治してる」

言って、白衣の下に隠れてはいるが、あるべきところにあるものがない右腕を示す。
治す事は出来る。出来るが、やらなかった。自分は事故以来、人形作りに携わる事自体を辞めたのだ。
人形に関わらなくとも、階差機関や蒸気が必要とされる場は山ほどある。仕事には困らなかった。

同情を誘いたくて話しに出したわけではない。
インパクトのあるものが結局のところ千の言葉より説得力を持つモノで、そういう意味では失った部分と言うのは便利でもある。
案の定、警官はそれ以上は追及はしなかった。

「……水仙寺のところには?」

話を進めると、警官は頷いて返した。

「じゃあ清水んとこは?人形云々ならあっちのが専門だろう。何せ天才サマだしな」

◆◆◆

その後、2,3言、言葉を交わした後、警官は工房を後にした。
警官が出て行ったのを見て、テネが声をかけてくる。

「先生、嘘付きましたね?」

「ついて無い。人形を「作って」はいないだろ、本当に。そもそもアレだって、本当は関わりたくないんだ」

「またそんな事を言って……」

「……警官が無能じゃなきゃ気付くかもな。バレたらバレたでその時だ。公安に捕まってみるのも貴重な体験かもしれんなあ」


[No.12] 2011/04/24(Sun) 12:45:50
清水自動人形工房 (No.12への返信 / 7階層) - ジョニー

 痛む身体に鞭を打ち、地面に倒れた身体を必死に起こそうとする。
 すると、視界に信じられない。信じたくない光景が目に映る。

 無残に破壊された自動人形。
 彼女の要望に答えて、それぞれ機能を特化させた戦闘用のソレら。
 馬力最優先でその力を活かして強力な武器を扱い敵を圧倒してきた「赤」。速度最優先で常に動き回り敵を翻弄してきた「青」。防御最優先で敵の攻撃を悉く受け止めてきた「緑」。
 そんな彼女と共に戦いぬいて来た彼らが無残な屍となって転がっている。
 「赤」と「青」は胴体がバラバラになっていて一目見ただけで、もう修復は不可能だとわかる。その装甲が幸いしてか四肢が激しく破損してものの「緑」だけは比較的原型を止めている、階差機関が無事ならばあるいは「緑」だけは助かるかもしれない。

 そして、意識的に視界に入れないようにしていた彼女に目を向ける。
 知己は己の知識を呪った。
 清水知己は人形師である。階差機関の知識は深く、人形師の多くがそうであるように魔法使いも兼ねている。それだけに留まらず、そこらの医者に負けない程の医学的知識を持っている。
 故に分かる。彼女は、樋口綾はもう助からないと。
 自分がどんなに手を尽くしても2〜3日の延命が限界。おそらく名医と呼ばれる者に見せてもそれよりもほんの数日余命を伸ばすのが精一杯だろう。
 彼女の傷はそれだけ深い。

 一蹴された。
 彼女と自分が作り上げた3体の自動人形。彼女達は陸軍の一部隊とさえ互角に戦う事が出来る。それだけの実力があった。
 だが、結果はどうか。
 自分の制作した自慢の自動人形は大破、彼女は瀕死の重傷。自分とて決して無視はできないダメージを負った。
 それをなした奴はもういない。軍に依頼されて自分が作った軍用自動人形、試運転で陸軍の演習場の地形を変えたと一時期非常に軍関係者が騒がしくなった原因、整備の為に戻って来たその自動人形一体を奪って目的は果たしたとばかりに去っていった。

 いや、奴のことも奪われた自動人形のことも今はどうでもいい。
 無理だと理解しながらも、彼女を救う方法を必死に考える。
 彼女のいないこれからなど想像したくもない、ずっと同じ時を共に過ごして、あそこから此処まで這いあがって来たのだ。
 このまま諦めるなどあってはならない。


 ふと頭にある方法が浮かぶ。
 馬鹿な、何を考えているんだ、俺は。と、その考えを振り払う。

 だが、それしか方法は――

 ありえない。アレは確かに理論上は確立されている。だが、いまだ誰も成功させた者はいない。少なくも自分が知る限りではゼロだ。

 自分が治療しても無理だ。名医に駆け込んでも助からない。それならば――

 仮に成功しても、彼女がどうなるかわからない。その工程上、彼女はそこで一度死ぬのだ。俺が綾を殺す?馬鹿な。

 彼女の咳き込む音が聞こえる。
 症状から肺ではないだろうが、どこか内蔵をやられたのか、血混じりの咳だった。

 時間は、あまりない――

 彼女の目がうっすらと開き、こっちをその視界に納めた。
 命に別状はない俺の姿に安心したように口元に薄く笑みを浮かべる。
 そして、小さく声を紡いだ。


 そして、俺は最大の過ちを犯した―――







 パコンと、頭を叩かれて目を覚ます。
 見上げれば、もう既に見慣れたサヤの表情が薄いながらも呆れが感じられる顔。

「んぁ……なにか?」

「なにか、ではなく。知己兄さん、店番で居眠りはやめろと何度言えば」

 さて何度目だっただろうかと、一瞬考えるが、すぐに数えるだけ無駄だと悟る。

「いいじゃないか、別に客もこないんだし」

「いえ、お客がいま来てます」

「へ?」

 言われて入口の方に目を向ければ、そこには確かに人がいた。
 珍しいと思ったが、ふと気付く。
 40代ほどの如何にも現場叩き上げという雰囲気の都市警察の制服を着た男性は客と言っていいのだろかと首をかしげる。

「あー、いらっしゃい。清水自動人形工房に何か御用で?」


[No.13] 2011/04/24(Sun) 12:46:52
ジャックが笑う1 (No.13への返信 / 8階層) - アズミ

 何度も会ったはずなのに、もう顔さえ思い出せない。
 何度も話したはずなのに、もう声さえ思い出せない。
 ただ、こう言われたことだけは覚えている。

「君は愛する人間を取り戻さんと、人形の技術を利用した。
 僕は愛する人形を完成させるために、人間の部品を利用する」

 そう言って、彼は深く、紙に走る切れ込みのような鋭い笑みを浮かべたはずだ。

「僕らは、仲良くできると思わないか?」





「では、何かありましたら是非ご連絡を」

 工房のドアを開けて去っていくウィンストンを見送る。
 ドアが閉まりきるまで、知己はどうにかその場に座り込むのを堪えることに成功した。

「兄さん?」

「大丈夫だ」

 サヤが心配そうに声をかけるのに、どうにか力ない笑みで返す。
 空元気にも程がある、と自嘲した。膝が震えている。胃の内容物が激しく渦巻いている。嘔吐はどうにかせずに済んだが、代わりに行き場の無い不快感が身体に堆積した。
 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け。

(……そうだ、落ち着け)

 手近な椅子に身を預け、こめかみを抑えた。

 ウィンストン警部と名乗ったあの中年男の用件は、切り裂きジャック事件の容疑者探しであった。
 しょっちゅうサヤに叱られるのだが……知己はあまり外の情報に詳しくない。あまり外を出歩かないし、ニュースペーパーはおろか、ラジオさえきちんと聞かない。
 なので、切り裂きジャック事件も聞いたのは先刻が初めてであった。
 ……にも関わらず、犯人の手掛かりを聞いた瞬間、知己の脳裏にある男の存在がフラッシュバックした。

(……あれは、サヤを作ってすぐの頃のはずだ)

 綾を喪うことが確定した頃。
 それでいて、まだ綾を取り戻すことを諦めるに至らなかった、僅かな期間。
 研究資料を閲覧したいと言って訪ねてきた男。……男だったはずだ。もうそれさえ怪しいが。
 幾らか研究成果の交換をして去って行った。

 『人形師』であり、『魔法使い』。
 『内臓を必ず持ち去る』。
 『医術の心得がある』。

――僕は愛する人形を完成させるために、人間の部品を利用する。

「……奴だ」

 間違いない。奇妙な確信があった。
 だがこれだけ思い出せながら、肝心要の男の容貌や名前が全く思いだせない。
 いや、そもそも。そんな男を、今の今まで何故忘れていた?

 頭が痛い。

 眩暈がする。

 思考を巡らせることを脳髄が拒否するような感覚。

(記憶処理を食らっていた……?)

 実際に使ったことも受けたこともなかったが、そういう魔法があることは聞き及んでいる。対象に自覚症状が希薄なのも特徴だったはずだ。

――僕らは、仲良くできると思わないか?

 ……吐き気がした。

「……サヤ、出かける準備を」

 椅子から立ち上がる。
 不快感は消えていたが、代わりに奇妙な、やり場のない嫌悪感が残留していた。

「はい。……でも、どちらへ?」

 首を傾げるサヤに、知己は頭を振った。

「『古い友人』に、『借りを返しに』行く」


[No.14] 2011/04/24(Sun) 12:47:30
クレメンティーナは眠らない3 (No.14への返信 / 9階層) - アズミ

 夕刻を回る頃には、千多の知る限りの人形師の下を回り切った。
 ウィンストンがうんざりした様子で自動車の座席に身を沈ませる。

「しかしまぁ、面倒だな……人形師にせよ魔法使いにせよ、ギルドぐらい作らんのか?」

 帝都の技術職は、大方ギルドだの協会だのという互助組合が存在し、その中で設定された徒弟制度で後進を教育している。
 当然、何か事件があればギルドに話を通せばスムーズに捜査が進むわけだが……。

「自分の手の打ち晒すのが何より嫌いな連中だよ。そんなもん作ってもメリットがない」

「フン。確かに非協力的な連中だったがな」

 あからさまに嘘を吐いた奴までいた。ウィンストンは隻腕の女技術者を思い出しながら、煙草を乱暴に抜き出して火をつける。

「で、警部の見立てで怪しい輩はいたかい?」

「清水知己……だったか。アレは臭いな」

 千多の推測した通りの名前だった。

「犯人ではないように思う。……あの体格ではいくら女が相手でも一突きで人間一人を即死させるのは難しい」

 人体というのは意外に頑強で、抵抗可能な状態から即死に持っていくのは以外に難しい。
 しかし当の切り裂きジャックはここまでの18件全てをほぼ即死させている。相応の体力を備えているのはまず間違いなく、「ジャック」の呼称もそこから少なくとも男性と類推されうるが故だ。

「……ただ、な。明らかに反応が妙だった。少なくとも心当たりがないというのは嘘だ」

「まぁ――思うところがあったんだろうな」

「なに?」

「同期じゃ有名な噂だよ、堕ちた天才ってのは」

 語る千多の表情は、珍しく苦いものだった。





 証拠は無いし、天才と呼ばれた彼の技術への嫉妬も多分にあったのだろう。
 幼馴染が死に、代わってその妹を名乗る女が工房に居付き、本人は失意のまま工房に閉じこもった。……そんな状況は、彼に一つの悪評を生じさせた。

 曰く。
 清水知己は禁忌人形に手を出したのだ、と。

 禁忌人形とは、生きた人体を部品として構成した自動人形だ。
 人体は自動人形技術が1000年分発展しても再現不能と言われるほどメカニズムとして優れており、また通魔性が極めて高い。結果として高性能になるわけだ。

 しかし、倫理上の問題は大きい。
 素材として『生きた』人間を使う(当然、施術中にその人間は死亡する)という点は勿論のこと、禁忌人形には一つ、『死の拒絶』という人間にとって禁断の願望が付き纏うからだ。
 死にゆく者を救うために禁忌に手を出す技術者は存外に、多い。

 知己はそれに手を出したのだと、それが同期の人形師の中でのもっぱらの噂であった。
 それで何かの問題が起きたわけではない。
 禁忌人形は帝国法上も禁止されているが、いざ作られてしまえばそれと見破ることは極めて難しい。……自動人形義肢と境界が定めにくいというのもある。
 悪評はたったが、そも同年代どころか人形師全体でも飛び抜けた才を発揮した彼の評価には嫉妬が常に付き纏っていたし、前述の通りギルドさえ作らない繋がりの薄い業界だ。わざわざ知己を告発する義理はない。


「……フン、なるほどな」

 ウィンストンは何か言いかけたが、口に出す代わりに自動車のキーを捻った。
 エンジンが動き出す。暖気に時間が少しかかるのは、蒸気自動車永遠の課題だ。

「俺は清水知己を張る。お前はどうする?」

「雁首揃えて張り込みってのも芸が無いな」

 ドアを開け、クレメンティーナを肩に乗せる。

「見回りしとくよ。歩哨は足りてないんだろ?」

「なんせ帝都中だからな」

 ウィンストンはやれやれと息を突き、無線機を手に取った。

「解った、行け。
 部下にはその旨連絡しておく」

 それを聞きながら、千多は手をひらひらと振って夕日の沈みかけた帝都に消えていった。





「……清水知己の話をする時、マスターは嫌な顔をするわね」

 暫く表通りを歩くと、不意にクレメンティーナがそう言った。

「そうか?
 ……まぁ、不肖の二代目としちゃ、昔は奴さんの才能には随分嫉妬したけどな」

 自嘲気味に言う。
 千多は自分を凡才だと言う。祖母から継いだものを使っているだけだと。
 クレメンティーナは……決して口に出さないにせよ……こういう時の千多が、あまり好きではなかった。

「翠璃は言ってたわ。
 人形作りに必要なのは、才ではなく愛だって」

「あぁ、そうだ」

 千多は首肯した。
 『人形師』水仙寺翠璃の口癖だった。人形師にとって人形は子供に等しい。子を愛さない親などいようか。翻れば、子ほど愛せもしない人形に命がどうして宿ろうか?

「……だから気に食わないんだよ、清水知己じゃなく、禁忌人形って奴がな」

 千多はぽつりと言って歩を速めた。
 クレメンティーナは首を傾げたが、主人が会話を打ち切った意だけは察して、そのまま黙り込んだ。


[No.15] 2011/04/24(Sun) 12:49:11
ジャックが笑う2 (No.15への返信 / 10階層) - アズミ


 ぞんざいな蹴りが、はぐれ人形の腹に突き刺さった。

「…………っ!」

 袋小路に身体が転がる。
 踏ん張る腕も立ち上がる足ももぎ取られた達磨状態の人形が、ボールのように路地裏に転がった。
 腹腔内の空気が押し出されて口から漏れ出たが、粗雑な階差機関は痛覚を再現していないし、表情も変えられない。
 平気な顔をしている人形が気に入らなかったのか、女たちは罵声を浴びせながらなおも人形に暴行を加えた。

「このクズっ!」

「泥棒猫が!アンタたちのおかげでアタシらは商売あがったりだよっ!」

 けばけばしい化粧を塗りたくった女たちは、この歓楽街を根城にする娼婦たちだった。
 彼女らは帝都の裏社会においては高所得層と呼びうるが、同時に美貌の維持という慢性的かつ高額な先行投資も要する。
 組織的な女衒ならともかく、個人営業の彼女らは、ほんの数日仕事が途絶えるだけでも死活問題であった。

「……申し訳ありません」

 人形は無表情なまま、謝罪した。心から。そう、心からだ。
 人形は問題の本質を把握する程度には賢明で、少なくとも私刑を受けるに値する程度には、娼婦らの生活に打撃を与えたのだと理解していた。
 だが、その謝罪から誠意を汲み取れと言うのもまた無理な話。娼婦たちは激昂し、防御もできず、またする気もない人形を、拙い暴力で以って蹂躙し始めた。

 そのはぐれ人形は娼婦だった。
 階差機関こそ粗雑だったものの、小型高性能な蒸気機関、頑強なフレーム、美麗な人工皮膚と造形、ハード的な面においてはまず一級品の出来であった。
 はぐれ人形は、そも生まれた時から慰み者であった。
 近頃、貴族の間では自動人形を側女にするのが『流行り』で、彼女はそういった需要に応えて製作され、貴族に売却された内の一体であった。
 ……とはいえ、所詮一過性の流行。早々に飽きられ、処理されることもなく路傍に捨てられた彼女は己に唯一身に着いた生業の道で生き延びんとした。

「謝るっ!ぐらいならっ!金の一つも吐き出してみろってんだっ!ええっ!?」

 ……結果、生身の娼婦から客を奪った。
 不幸だったのは、彼女がその帰結に思い当ったのが娼婦たちに私刑を受けた直前であったことだ。
 手持ちの金は晶炭に消え(そもそも、金銭感覚に今ひとつ疎い彼女は客に騙され二束三文で抱かれていたのだが)、出来るのは彼女らの苛烈な八つ当たりに耐えながら空虚な謝罪を繰り返すだけ。
 行く末は決まっている。
 このまま娼婦たちの怒りのままに壊されるのだ。娼婦たちがもう少し冷静なら、彼女らの代わりに仕事をしてあがりを全て吸い上げられる、という末路もあり得たが、いずれにせよ壊すことはあっても直すことはありえない。晶炭が切れればそれまでだ。

 はぐれ人形は、それを別に悲しいとは思わなかった。
 悲しいと思う機能が、そもそもなかった。彼女にあるのは愛し、愛される機能だけだ。

「……あん?なんだい、アンタは――」

 もう、自分が愛されることは無いのだから。

「ベティ?……ひっ、な、これ……血!?」

 このまま壊れてしまっても。

「や、やめ……ッ、人殺――……!」

 別に――。




「……大丈夫かい?」

 停止しかけた思考が、再び動き出す。
 かけられた声に首を回し、視線を上げるとそこには若い男がいた。
 と、同時に。
 先刻まで自分に暴行を加えていた娼婦たちが、揃って『破壊』され、転がっているのに気がついた。

「助けていただいてありがとうございます、人間様」

 はぐれ人形は、ともかく自分を助けてくれたのだから礼を言った。
 娼婦たちを殺したことについては何も言わなかった。……悲しむべきことだとは思ったが、男の行いを咎め立てする権限は人形にはない。

「いいんだ。君が無事なら」

 男は人形を抱え上げた。見た目より逞しい身体だと、人形は思った。
 男は、人形の身の上について問うた。人形が前述のような経緯を語ると、男は貴族の身勝手さに怒るでも娼婦の横暴さに憤るでもなく、ただ安堵した笑みでこう言った。

「僕のものになってくれないか?」

 人形は承諾した。断る理由がなかった。
 ただ、なぜかとだけ問い返した。

「――……一目見て、君に恋したからさ」

 男ははにかんで、暫く言うか言うまいか悩んだ末に、そう言った。
 ……まだ、自分は愛してもらえるらしい。
 愛してくれる人が、いるらしい。
 ならば愛されよう。それが、自分の仕事なのだ。



「私を愛していただけますか、人間様」

「あぁ、勿論。この世の終わりまで、何があっても!」




 そして、切り裂きジャックは産声をあげた。


[No.16] 2011/04/24(Sun) 12:49:53
ジャックが笑う3 (No.16への返信 / 11階層) - アズミ


 自動人形の精神は、無数の反応で形作られる。

 人を見たらまず挨拶する。好意を受ければ返礼する。悲しむ人間あらば慰め、それが叶わぬなら共に悲しむ。
 那由多の状況を想定し、無量大数の反応を構築する。
 結果、人はそこに精神を見る。

 つまりは、人形の精神は……成功ではあるが、人間のそれとは決定的に違う。主体性のない紛い物だ。
 それが、世間一般の人形師の常識である。



 ……だが、真実ではない。





 男は最初に、人形に手足を与えた。
 娼婦たちにもぎとられた元の四肢は所在がわからなくなっていたので、仕方なくその場に転がっていた娼婦たちの手足から見た目がマシなものを選んで人形に継いだ。
 男の腕は大層なもので、人形は元の手足よりよく動くことを伝えると、男は喜んだ。

 蜜月は長かった。
 少なくとも、人形が貴族に抱かれていた時間よりは、ずっと。
 ……あるいは破綻さえなければ、永劫続いたかもしれなかった。
 人形は男のため、甲斐甲斐しく働いた。家事の全てを完璧にこなし、男が傷つけば慰め、孤独を望めば黙って辞し、愛を求めればいつまででも寄り添った。
 うららかな日差しの下では花を愛でることを覚え、嵐の夜には獣に堕して男を受け入れた。

 男の全てに応えつくした。
 それしか知らないし、それを幸福に思うことだけは彼女の階差機関にも可能だった。

 だが。
 破綻の日は来た。

 男はある日問うた。

「何か、僕にして欲しいことはないかい?」

 人形は首を振った。
 彼女は人に何かを望むことなどできない。
 そういう反応は、彼女の階差機関には記されていない。

「君にはもう少し我儘になって欲しいな」

 男は苦笑して、言った。

 それから男は、どこか不満げになった。
 変わらず人形に愛を注いだが、注がれたままの愛情をどこか残念そうにしはじめた。
 充分過ぎるほど人形に尽くしているのに、人形が尚も何かを望むことを望むようになった。
 その時、人形は初めて困った。
 男の望みは全て叶えてきた。男の愛に全て応えてきた。
 だが、ことここに至って、人形は自分のお粗末さに絶望した。
 彼女に、我儘を言う機能は存在しなかったのだ。

 破綻の始まりだった。





 男と人形とは、全く関係ない時間と場所。
 二人のことなど知る由もない、ある老婆と孫の話。

 孫は、偉大なる祖母に一つ問うた。

「ねえ、ばーちゃん。
 ばーちゃんの知ってる、一番凄い魔法って何なの?」

 祖母はにっこり微笑んで言った。

「それは、人形に魂を作ることよ」

 魂を作ること。
 その深遠なる意味はともかく、まだ6つの孫でさえ、とても凄いことなのは感覚的に理解した。

「どうすれば魂は作れるの?」

「簡単なことよ。
 私にも、千多にも。誰にだってできることなの」

 祖母ははぐらかすことなく、真摯に答えた。
 その時の孫はそうは思わなかったのだが、孫が真に魔法を理解したその時、祖母の言葉がどれだけ真理を突いていたかを理解し、深く反省した。
 祖母はこう答えたのだ。


「その人形を、愛してあげること。
 それが私の知っている、最も偉大な魔法なのよ」






 人形は三日三晩、悩み苦しんだ。
 人形である自分には、主人の愛に応えきることができない。
 そういうものだと諦めることができなかった。初めての苦しみだった。
 己が死ぬと悟った時さえ悲しむことはできなかった。
 そんな機能はなかったから。
 主人が人を殺す時さえ、憤ることができなかった。
 そんな機能はなかったから。

 主人が我儘を言えというのに、たったそれだけのことができなかった。
 ……そんな機能は彼女になかったからだ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ!

 三日三晩苦しんで、人形は決めたのだ。

 この愛に応えられないぐらいなら、諦めることなどやめてしまおう。

 人形であることなどやめてしまおう。


 そして彼女は言ったのだ。


――貴方と同じ空気が吸いたい。


 彼女の最初の我儘は、それだった。


[No.17] 2011/04/24(Sun) 12:50:26
博士と助手と人形と2 (No.17への返信 / 12階層) - 桐瀬

ミリア・アーリアは人形が嫌いである。

最初の自動人形が制作されてから、現在で約60年。
ミリアの幼少期はその折り返し地点と言っても良い時期であり、自動人形制作のノウハウが一般の技師にも知れ渡りつつあると共に、様々な試行錯誤の下に大いに活気付いていた時期でもあった。
元々女の子にしては珍しく、幼い頃からガラクタのようなモノを愛した変わり者のミリアが人形師にあこがれてその道に入ったのは自然な事と言える。

人形師となるには、様々な知識が必要である。
蒸気機関、階差機関に対する深い造詣は勿論のこと、人型のものを作るのであれば人体の構造も理解せねばならないし、実際に動かした時の挙動を予測する為の物理学等など、学ぶべき事を挙げればキリがない。
ミリアは自身が凡人である事を自覚していたが、他人に負ける事も嫌いだったので血の滲むような努力をした。
結果としてその青春は蒸気と煤に塗れたものとなったわけではあるが、後悔はしていなかった。

努力の末に入った研究機関での生活は当初は順風満帆であった。
多くの優秀な技師の中で切磋琢磨できる環境は理想的であったし、念願叶って人形制作に携わる事も出来るようになった。
だが、念願だったはずの人形制作に実際に携わる事で、ミリアは今まで考えなかった事を考えるようになった。
彼、彼女らの行く末はどうなるのだろう、と。
愛し愛される為に生れてきた自動人形。
その反応は極限まで突き詰められてはいるものの、人間のそれとは根本的に異なる。
主体性が無い以上コミュニケーションの相手とするにはいずれ不満が生じるのは明らかであるし、道具として扱われる限りはそうなった自動人形の末路は言うまでも無い事だった。
仮に長くパートナーに恵まれた自動人形がいたとしても、その先にあるのは別離である。
自動人形は動力さえあれば動く。しかし、人間はそうはいかない。寿命が来たらそこまでである。
自動人形は多少損傷しても動く。しかし、人間はいともあっけなく死んでしまう。
その時、残された自動人形はどうなるのだろうか。
結局、自動人形の生きる先には悲しみしかないのではないだろうか。
そもそも、自動人形は「生きて」いるのか、それともただの道具でしかないのか。

そんな技師にとっては些細な事がミリアの中に迷いのようなものを生じさせた。
その迷いを抱えたまま仕事をしていた中で、右腕を失うこととなる事故を起こした。
人形を制作している途中で起きたその事故は、ミリアにとって人形から拒絶されたようにもこれ以上作ってくれるなと言われたようにも感じられた。
それ以来、人形に携わる事を辞めた。研究機関も辞した。
それでも蒸気機関に対する愛着はあったので、工房を開いた。
ただし、人形には関わっていない。一つの例外を除いて。

◆◆◆

「来てたのか」

「ええ、ついさっき」

ミリアが研究室に戻ると、一人の女性が居た。
肩口まで伸びた薄茶色の髪と白磁のように白い肌、整った顔立ちがまるでドールを彷彿とさせる。
それもそのはず、彼女は正真正銘の自動人形で、ミリアが例外的に関わりを持っている相手であった。
名を一日草という、最新鋭の技術をもって作られた人形であった。

「何の用だ。リセットまでにはまだ期間があるはずだぞ」

一日草には、一定期間毎に動作及び日常活動に必要な分を除いたメモリーをリセットするという機構は仕込まれている。
それはかつて似たようなコンセプトで作られた『栄誉のメザーリア』が特定の人物に肩入れし過ぎるあまりに失踪したという経験に立脚したものであったが、今度は人間の側が思い入れ過ぎて持ち出すという皮肉な結果となった。

「ミリアさんが何をしているのか気になって」

「だったら正面から入ってこい」

「誰かとお話してるみたいだったから」

「そんな事を気にする柄じゃないだろお前」

全体的に陽性な設計をされた一日草は、基本的に行動的な方である。
それは後ろ暗い仕事も多いであろう公安で使用するにあたって、極力おかしな事で悩まないようにする処置の一環だったのかもしれないし、公安で働く他の人間への配慮だったのかもしれない。

「切り裂きジャックって知ってますか?」

「……ついさっき知ったところだ」

それがどうしたと思うと同時に、好奇心旺盛なこの人形が次に繰り出しそうな言葉は予想が出来ていた。


「アレ、なんとかなりませんか?」


[No.18] 2011/04/24(Sun) 12:51:12
赤の退魔剣士 (No.18への返信 / 13階層) - ありくい

 凪宮大我はこれまで、都会どころか人里に下りることも稀であった為に、初めて降り立った帝都に目を奪われることはある意味必然であった。
 立ち聳えるビルヂングの群れ、甲高い声を上げて走る蒸気機関車、途切れることなく煙と蒸気を吐き出す工場。夢物語に紛れ込んだかのような心地だった。

 「……だからまぁ、迷っちまってもしょうがないよな。っていうかどこだよここ……」

 夜の気配が濃くなっていた夕暮れ、人気の無い辻で大我は一人立ち尽くしていた。手には目的地の簡単な地図が握られているが、現在地すら分からぬ現在ではただの紙切れだ。

 「早く『縁起屋』って所に行かなきゃなんねえってのに……」

 ため息をつきつつ、このまま立ち続けていても仕方ないと足を進める。誰かと出会えればその人に道を聞けばいいだろう。
 そう思いしばらく歩いていると、果たして一人の女性が立っているのを見つけた。

 「あのー、すんません。この場所に――」

 言葉が終るのを待たず。女性が手に持っていた鋏を振るう。
 体を後ろに反らせかわす。髪の毛が数本切断されるのを認めるが早いか、大我は飛び退って間合いを取る。女性は白目をむき荒い息を吐いている。明らかに正気ではない。

 (憑かれてやがるのか? 厄介だな……)

 尚も鋏を振りかざし、獣の如き勢いで襲い掛かってくる女をいなしながら、大我は考える。取り憑かれた期間が短ければ引き剥がすことも容易だが、もしも深く同化しているとしたら――

 「案じてもしょうがねえな。法術系は苦手だが、やるしかねえか……血操術・縛剥陣――!」

 再び女の攻撃を回避した時、すれ違いざまに指先から伸ばした糸状の血を女に絡ませる。ぐい、と糸を引くと、それに引きずられるように苦しむ女の体から、女に取り付いた幽霊が姿を現す。
 眼球を失い、腹部を引き裂かれ内蔵を毟り取られ、自らの血に塗れた無残な、女の姿。舌を切り取られた口から、怨嗟の声が紡がれる。痛い、苦しい、怖い、悔しい、憎い。痛い、憎い、痛い、憎い、痛い、憎い憎い憎い――
 負の感情に呑み込まれた、哀れな叫び。

 「……この世を呪っても、あんたが救われることはないぜ。これ以上この世に留まって恨みを大きくしちまったらあんた、怨霊になって成仏できなくなっちまう」
 
 霊から解放され、意識を失って倒れた女性を抱き上げながら大我は言う。

 「見たところあんた、理不尽にも殺されちまったみたいだけど……このまま人に障りを起こし続ければ今度はあんたが無理やり除霊されちまう。そんな救えない話があってたまるか」

 怨嗟の声が、少し、小さくなった気がする。

 「あんたの無念は俺が晴らしてやる。必ず犯人を捕まえてやる。あんたの痛みも恨みも恐怖も、みんな俺が背負ってやる……だから、あんたは上にあがるんだ。次に進むんだよ」







 「切り裂きジャック、ね……優男の割にえげつない真似をしやがる」

 ……頭上から、声がする。

 「あいつ、ちゃんと成仏出来たかな……。"記憶を見せて”もらったとはいえ、これだけで犯人見つかったら苦労しないよなぁ。やれやれ」

 だんだんと意識がはっきりとしてきた。確か使いの帰り道を歩いていたら急に意識が遠のいて……。
 巷で騒がれている連続殺人事件の現場だという場所を、気味が悪いと思いながらも通り過ぎようとしたところで記憶が途絶えている。

 「着いた早々きな臭い事になってきやがった……。物騒なのは帝都でもどこでも変わんねえなぁ。とりあえず、水仙寺さんとやらに相談してみっか……」

 目を開けると、男性の顔が見えた。年の頃は10代の半ばと言った所か。どうやら私を介抱してくれているようだ。

 「……あの、貴方は? 私は一体……」

 私が声をかけると、なにやら難しい顔をしていた少年の顔が笑顔に変わった。

 「おう、気がついたか。あんた取り憑……じゃねぇ、あー、道端で倒れてたんだよ。貧血にでもなったんかな。とにかく、大丈夫みたいでよかった。医者に連れて行こうとも、俺は帝都に着いたばっかで道も分からなかったからな」

 「そ、そうだったんですか……。それはありがとうございました」

 「礼はいらねーよ。それよりも、ちょっと道を教えてほしいんだけど」

 そう言って少年が見せた紙片には、4番街の地図と古物商『縁起屋』の文字が書かれていた。


[No.19] 2011/04/24(Sun) 12:52:26
ジャック狩り1 (No.19への返信 / 14階層) - ジョニー

「おはよう、白」

 厳重に閉じられた箱の蓋を開け放ち、その中にいる存在に声を掛ける。

「……前回の起動から大凡で3年近く。もう二度と起動する事はないかと思っていたぞ」

 箱の中からさっそく皮肉混じりに愚痴りながら、知己の制作したワイバーン型の自動人形「白」がその翼を羽ばたかせて飛びあがる。
 その様子に知己は相変わらずかと苦笑を浮かべる。何処をどうしたらこうも自動人形らしくない自動人形になるのやらと自分で作ったのにも関わらず首を傾げてしまう。あるいは非人型の戦闘用ということが関係あるのかもしれないという考えが頭の隅をよぎる。もしそうなら自動人形が人型と言うのは立派に意味があるのかも知れないなと白を作った当時の疑問の答えを考える。
 まぁ、今はそんなことなど別にいいかと頭を振る。もう自動人形を作るつもりもないのだし、そのような事を考察しても仕方ない。

「それで、今更私に何の用だ?」

「決まってるだろ、キミの力を使わせて貰う」

 その言葉に白はやれやれと言わんばかりに首を振る。

「自分で作っておいてボケたかね。私は自衛用で戦闘用ではないぞ?」

「だが、戦闘も可能だ。いや、こと攻撃力に限れば白、キミが俺の作品の中でもトップクラスだ」

「キミの作品すべてを知っているわけではないが、まぁ確かに私の攻撃力は自衛用の域に収まるものではないな」

 キミは一体私でなにをしたかったのだね?と問いかける白に知己は苦笑を返す。
 確かに荷電粒子砲などなんで組み込もうと思ったのか自分でもよく分からない。多分、当時の自分がパッと閃いて作れたからだと思うが、つくづくかつての自分はどこかおかしいと今は思う。まぁ天才なんて何処かおかしいものなのだろうが。

「とにかく、借りを返したい奴がいる…利子をたっぷりと付けてね」

 ほぉっとトカゲ顔の所為で表情は読めないが何処か楽しそうな声を白が上げる。
 そして納得したように頷いて、知己の肩に降り立つ。

「いいだろう、マスター。また箱の中に仕舞われては敵わん、手を貸してやろう」

 本当に自動人形らしくないな、と苦笑しながらも頷く。

「サヤも黒の準備をしてくれ。さて、行こうか……ジャック狩りに」

 サヤが頷き、工房の奥に自身が扱う自動人形を取りに行く。
 白が彼女は誰だと、視線で問いかけてくる。

「それも含めて説明するさ。キミを封印してからの事をね」

 言いながら、工房の扉に手を触れる。
 さて外に出るのは何時ぶりだっただろうか?


[No.20] 2011/04/24(Sun) 12:53:07
人形夜会1 (No.20への返信 / 15階層) - アズミ

 古物商『縁起屋』は、端的に言って流行っていない。……いや正確には、『流行ったことさえ』ない。
 蒸気革命以来、世の志向は先端技術、科学万能、先進未来に向いており、アンティーク趣味といのは有体に言って斜陽の時代だ。
 自動人形を発明した稀代の大魔法使いの名も、俗世ではいささか有難味に欠けるとあって、今や縁起屋は故買通りのメインストリートで人に尋ねてすら10人中9人は知らないような有様である。

 ……だからして、大我が偶然助けたのが『彼女』であったのは、望外の僥倖と言ってまず過言ではない。

「まぁ、奇遇。縁起屋に御用ですか?
 でしたら、ちょうど向かうところでしたのでご案内しましょう」

 女はぽん、と手を叩くと、にっこり笑って頷いた。

「あぁー……そりゃ、助かるけど」

 貧血で倒れた、と誤魔化したが、実際には大立ち回りをした直後である。普通に考えれば病院に行かせるだ。
 しかし、女はそんな大我の心配をを察したのか、「私ならご心配なく」と丁寧に辞した。

「右上腕筋肉筒と12番ギアが少し不調ですけど、このぐらいなら問題ありません」

 みぎじょうわんきんにくとう?
 じゅうにばんぎあ?
 相次いで女の口から出る聞きなれない用語に大我は戸惑ったが、きっと女は医者か看護婦か何かなのだろうと勝手に納得した。

「まぁー……それなら、いいか。そいじゃあ頼むぜ、お姉さん」

「はい」

 手を貸すと、随分軽い手応えと共に女が立ち上がる。
 大我はその瞬間、ぷしゅう、という小さく気の抜けるような音が女からしたのに気がついたが、数瞬思考した後、わざわざ指摘するのは「でりかしー」に欠けると柄にもなく判断して、流した。

「それにしても、縁起屋にお客様なんて随分久しぶりですね」

「久しぶりって……流行ってねえのか?」

「はぁ、お恥ずかしながら、お父様は営業努力に欠けるところが多々ありまして……」

「……『お父様』?」

 前後の文脈に奇妙な開きを感じて聞き返すと、女は少し遅れて気づいたように頭を下げた。

「あぁ!……申し遅れました。
 私、縁起屋主人の娘、カタリナと申します」

 娘。
 なるほど、それは確かに奇遇な話だ。
 大我は得心した。

 縁起屋の主人がまだ20代そこそこと聞き及んでいたことについては、その時すっかり頭から抜けおちていた。





 ちょうど同刻。
 4番街の片隅で、切り裂きジャックは『顕現』した。
 視線をあげれば、厚い霧の帳の向こうで満月の光が頼りなげに揺らめいた。

「……悪くない条件だ」

 さほど地理に明るくないためこれまで敬遠してきた地区だったが、雑然とした街並みのおかげでいざというとき、逃走は容易い。当局の追跡も撹乱できるだろう。
 残る問題は、彼女に適合する素材が見つかるかどうかだが……こればかりは実際に持ち帰るまでわからない。

「待っていておくれ、僕の可愛いお嬢さん(リリィベル)。
 今日こそ、君にふさわしい部品を手に入れて見せよう」

 ……両手に携えた白刃は、禍々しい輝きを湛えていた。


 今宵開幕、人形夜会。
 舞台は帝都、4番街。
 演目は血の惨劇か、痛快捕り物か?

 台本知るは、神のみぞ。

 行く末知るは、神のみぞ――。


[No.21] 2011/04/24(Sun) 12:53:43
ただの趣味だと彼は言った (No.21への返信 / 16階層) - 咲凪

 雉鳴大吾郎はごく普通の男子であり、ごく普通の異常者だった。

 一月ほど前から帝都を騒がす“切り裂きジャック”なる男(というのが概ねの通説である)の引き起こす怪殺人事件に、ごく普通人である大吾郎は、当然のように興味を引かれていた。
 恐怖故では無い、帝都を脅かす切り裂きジャックに対する怒りでも無く、真相究明への使命感でも無い。

 ただ純粋に、この怪事件にときめいていたのだ。



 夜の帝都を、一組の男女が歩いていた。
 目的は切り裂きジャック、だが彼を捕らえようというのでは無い、ましてや凶行を止めようという気すら無い。

「今夜で何度目だったかな、そろそろ遭遇しても良い頃合だが」
「…………」

 男は大吾郎、帝都のとある学校に通うごく普通の学生であり、ごく異常な好奇心を持って切り裂きジャックを夜な夜な探し歩いていた。

「元気が無いな、腹でも減ってるのか?」
「……ぶち殺すわよ糞餓鬼」

 大吾郎の隣を歩いている少女は、その麗しく可憐な姿に似つかわしく無い口調で呟くと、大吾郎を睨んだ。
 彼女の怒りは実に最もだ、切り裂きジャックが女性を標的にしていると聞いて、囮にする為に夜な夜な連れ歩かされたのでは堪ったものではあるまい、普通キレる。

「っていうか殺すわ、アンタ殺すわ」
「まぁ落ち着け、怒ると尚更腹が減るぞ」
「空腹だからキレてる訳じゃない!!」

 というか、既に少女は完全にキレていたが、大吾郎がその怒りの一切を悉くスルーして現在に至る……。
 怒りで白い顔を真っ赤にしながら、少女は大きく深呼吸をした後、やはり大吾郎を睨んだ。
 少女はひとまず自分の不満を呑み込んで、大吾郎を説得する事にした。
 切り裂きジャックを見てみようなどという好奇心だけのふざけた行動はこれまでだ、これまで何度警官に呼び止められた事か、もう沢山だ、もう耐え切れない、でないと私はこの糞餓鬼をいつ焼き殺してしまうかも判らない。

「大吾郎、貴方わかってるの?、切り裂きジャックに会ったら、貴方殺されるかもしれないのよ?」
「そうかもしれんないなぁ、俺は取り立てて魔術も使えないし、格闘技が得意という訳でも無いからなぁ、相対した時に襲い掛かられれば、まず命はあるまい」
「判ってるなら話は早いわ、さぁ帰りましょう、これ以上夜の待ち歩きはまっぴらゴメンだわ、私に感謝と謝罪をしてとっとと糞して寝ろ!」

 途中から怒りがこみ上げて怒鳴りつけるような言葉を少女が言うと、大吾郎は「ふむ」と頷いて更に歩みを街の奥へと進めた。

「……私の話を聞いていたのかしら?」
「聞いていたさ」

 だが、大吾郎の歩みは止まらず。

「確かに俺は殺されるかもしれない、だが君はそうじゃないだろう?、その為に君を囮に選んだんだ、“君以外、囮になんて恐くて出来ない”」
「……貴方ねぇ……」

 褒められているのだろうが、そんな事を理由に殺人鬼の囮にされたらたまったものでは無い、少女は頬を引きつらせて、少し笑ったような呆れたような顔をした。

「信頼してるよ、“溶鉱炉”」
「信頼するな、“異常者”」

 あくまでも歩みを止めない大吾郎の後を、溶鉱炉と呼ばれた少女は結局……仕方なく付いていく事にした。


[No.22] 2011/04/24(Sun) 12:54:23
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